説明

新規転写制御遺伝子を利用した固体培養特異的遺伝子産物の液体培養での生産方法

【課題】固体培養特異的遺伝子を液体培養系においても発現させることができる転写制御遺伝子を同定し、該転写制御遺伝子を高発現させることにより、液体培養において固体培養特異的遺伝子にコードされる菌体内タンパク質を発現させて容易に抽出すること。
【解決手段】特定のアミノ酸配列からなる、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする遺伝子、該遺伝子による形質転換麹菌を液体培養して、麹菌の固体培養特異的遺伝子を発現させ、該遺伝子産物を回収することを特徴とする該遺伝子産物の生産方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする新規な遺伝子、及び該遺伝子を利用した固体培養特異的遺伝子産物の液体培養での生産方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糸状菌は産業的にも重要な微生物で、我国では、伝統的発酵産業やタンパク質の分泌生産などに麹菌Aspergillus oryzaeが広く利用されている。麹菌の培養は大きく分けて、フラスコなどに培養成分を入れて培養を行う液体培養と、米や麦などの固体上で培養を行う固体培養の2種類が存在する。醸造発酵産業で重要な酵素は、固体培養でしか生産されない物が多く固体培養での解析が非常に重要である。しかしながら、固体培養では培地と菌体を分離することができず、培養途中に培地条件を変化させることができない。そのため培地成分の変化による、遺伝子発現の解析が不可能であった。又、固体培養で生産された菌体内タンパク質を抽出するには労力が必要である。
【0003】
尚、固体培養と同様な条件で培養ができ、培地成分が分離可能な培養方法として、フィルター培養が知られている(非特許文献1)。
【非特許文献1】H. ISHIDA et al. J. Ferment. Bioeng., 86: 301-307 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、実質的に固体培養でしか生産されない物質をコードする遺伝子、即ち、固体培養特異的遺伝子を液体培養系においても発現させることができる転写制御遺伝子を同定できれば、該転写制御遺伝子を高発現させることにより、液体培養において固体培養特異的遺伝子にコードされる菌体内タンパク質を発現させて、それを容易に抽出することが期待される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで本発明者は、上記の課題を解決すべく、上記のフィルター培養で麹菌を生育させ、DNA オリゴマイクロアレイを用い遺伝子の網羅的発現解析を行なうことによって、固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする遺伝子を新たに見出し、本発明を完成させた。
【0006】
即ち、本発明は以下の態様に係るものである。
[態様1]下記のいずれか一つに示す蛋白質をコードする遺伝子。
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、
(b)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸残基が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質、及び
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質であり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質。
[態様2]下記のいずれか一つに示すDNAを含む遺伝子。
(a)配列番号1又は2に示される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1又は2に示される塩基配列の相補鎖を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする塩基配列、及び
(c)配列番号1又は2に示される塩基配列のDNAと70%以上の配列同一性を示すDNAまたはその部分断片であり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする塩基配列。
[態様3]麹菌の固体培養特異的遺伝子が、AOS1〜13, AOS15〜20,AOS22〜24,AOS26〜33及びAOS35〜38から成る群から選択される一種又は数種である、態様1又は2記載の遺伝子。
[態様4]下記のいずれか一つに示す蛋白質。
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、
(b)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸残基が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質、及び
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質であり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質。
[態様5]麹菌の固体培養特異的遺伝子が、AOS1〜13, AOS15〜20,AOS22〜24,AOS26〜33及びAOS35〜38から成る群から選択される一種又は数種である、態様3又は4記載の蛋白質。
[態様6]態様1又は2記載の遺伝子が組み込まれた発現ベクター。
[態様7]態様6記載の発現ベクターにより形質転換された麹菌。
[態様8]アスペルギルス・オリゼである、態様7記載の麹菌。
[態様9]態様7又は8記載の形質転換麹菌を液体培養して、態様1又は2記載の遺伝子を発現させる方法。
[態様10]態様7又は8記載の形質転換麹菌を液体培養して、麹菌の固体培養特異的遺伝子を発現させ、該遺伝子産物を回収することを特徴とする該遺伝子産物の生産方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によって、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする遺伝子(転写制御遺伝子)が同定された。この遺伝子が液体培養下でも高発現されるように組み込まれた形質転換体を作製し、これを液体培養することによって、該転写制御遺伝子の機能によって、従来、実質的に固体培養でしか発現されない遺伝子(固体培養特異的遺伝子)を液体培養においても発現させ、その発現産物(蛋白質)を液体培養においても効率的・簡便に産生させ、抽出することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
[本発明の遺伝子]
本明細書の実施例に記載されているように、本発明の遺伝子は液体培養とフィルター培養を比較したDNAマイクロアレイ解析で、フィルター培養で特異的に強く発現する遺伝子として見出された。この遺伝子についての詳細な解析により、Zn(II)2-Cys6(Gal4型)のジンクフィンガーモチーフを有している転写制御遺伝子であることが判明した。この遺伝子の発現をSYBR Green Iを用いたリアルタイムPCRで詳細に解析を行うと、明らかにフィルター培養でのみ強く発現することが確認された。更に、この遺伝子を高発現ベクターに組み込んだ高発現株を作製し、コントロール株(ホスト株)と高発現株を液体培養で培養し、DNAマイクロアレイ解析を行った。その結果、新規転写制御遺伝子はコントロール株に対して65倍の発現上昇が認められた。また、固体培養特異的遺伝子AOS23の発現上昇が2倍以上認められ、この解析結果より、本発明の遺伝子は、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする遺伝子、即ち、転写制御遺伝子として機能し、固体培養特異的遺伝子の転写制御に関していることが明らかとなった。本発明の遺伝子の代表的例として、配列番号1又は2に示される塩基配列からなるDNAを含む遺伝子を挙げることができる。
【0009】
本発明の転写制御因子活性を有する蛋白質の転写制御を受ける、麹菌の固体培養特異的遺伝子の非限定的な代表例として、AOS(Aspergillus oryzae solid-state cultures gene)1〜13, AOS15〜20,AOS22〜24,AOS26〜33及びAOS35〜38等を挙げることができる。
【0010】
本発明遺伝子は当業者に公知の方法で調製することが出来る。例えば、本明細書に開示された塩基配列情報に基づき作製可能な適当なプローブ又はプライマーPCRを用いて、コロニーハイブリダイズにより取得したり、プライマーPCRにより増幅して調製することも出来る。
【0011】
PCRは、例えば、94℃で2分の後、94℃で10秒、55℃で20秒、72℃で2分を30サイクル行い、最後に72℃で5分を行う。なお、サーマルサイクラーとしては、Perkin Elmer社製9600など一般のサーマルサイクラーを用いることができる。耐熱性 DNAポリメラーゼとしては、ExTaq DNA Polymerase(宝酒造製)などの一般の市販品を用い、反応液の組成はポリメラーゼに添付の説明書に従って実施する。
【0012】
更に、当業者に周知の化学合成によって、本発明の各遺伝子を調製することも出来る。
【0013】
本明細書において、ポリヌクレオチド間のハイブリダイズに際しての「ストリンジェントな条件下」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件が挙げられる。
【0014】
「ストリンジェントな条件下」の具体的な条件とは、例えば、50%ホルムアミド、5×SSC(150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸三ナトリウム、10mM リン酸ナトリウム、1mM エチレンジアミン四酢酸、pH7.2)、5×デンハート(Denhardt’s)溶液、0.1% SDS10% デキストラン硫酸及び100μg/mLの変性サケ精子DNAで42℃インキュベーションした後、フィルターを0.2×SSC中42℃で洗浄することを例示することができる。尚、ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0015】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリー又は添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0016】
[本発明の蛋白質]
本発明の遺伝子がコードする蛋白質の中で、配列番号2において1個若しくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、又は付加を含むアミノ酸配列を有する蛋白質であって、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質であるには、当該ポリペプチドを構成するアミノ酸のうち、同族アミノ酸(極性β非極性アミノ酸、疎水性β親水性アミノ酸、陽性β陰性荷電アミノ酸、芳香族アミノ酸など)同士の置換が可能性として考えられる。又、実質的に同等の機能の維持のためには、本発明の各ポリペプチドに含まれる機能ドメイン内のアミノ酸は保持されることが望ましい。
【0017】
更に、本発明の蛋白質として、上記のアミノ酸配列と、全体の平均で約70%、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、更に好ましくは約95%以上であるような高い配列同一性を有するアミノ酸配列を含む蛋白質又はその断片であって、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質を挙げることができる。
【0018】
配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる蛋白質の変異体であるこのような蛋白質は、当業者に公知の任意の方法、例えば、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、プライマー伸長法、及びPCR法等の当業者に周知の方法を適宜組み合わせて、容易に作成することが可能である。
【0019】
尚、塩基配列間及びアミノ酸配列間の同一性は、Blast、FASTA等の当業者に公知のアルゴリズムを用いて決定することができる。
【0020】
[本発明の遺伝子の発現]
上記で得られた本発明遺伝子を当業者に公知の任意の方法によって適当なプラスミドベクターに組み込み、本発明の発現ベクターを構築することが出来る。
例えば、(1)本発明の転写制御遺伝子を含有するDNA断片を切り出し、(2)該DNA断片を適当なプラスミドベクター中の制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入して該ベクターに連結する挿入することにより製造することができる。プラスミドベクターに特に制限はなく、例えば、麹菌由来のプラスミド(例えば、pMAR5、pSal23, pTAex3, pNGU113, pRBG1, pGM32, pSE52, pNAGL142等)、大腸菌由来のプラスミド(例、pT7Blue T−Vector、pRSET、pBR322、pBR325、pUC18、pUC118)、枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110、pTP5、pC194)、及び、酵母由来プラスミド(例、pSH19、pSH15)、等のプラスミドベクター等の中から、形質転換する宿主菌の種類等に応じて適宜選択することができる。
【0021】
該発現ベクターには、上記タンパク質のコード領域以外に、5’および3’に非コード配列(非転写配列、非翻訳配列、プロモーター、エンハンサー、サプレッサー、転写因子結合配列、スプライシング配列、ポリA付加配列、IRES、mRNA安定化・不安定化配列等を含む)を含んでもよい。例えば、本発明の転写制御遺伝子をアスペルギルス・オリゼのアミラーゼプロモーターのような液体培養条件下においても下流の遺伝子を高発現させることができるようなプロモーターの制御下に転写されるように発現ベクターを構築することによって、該遺伝子を高発現させることが可能となる。
【0022】
こうして調製される発現ベクターを用いて麹菌を形質転換することができる。麹菌としては当業者に公知の任意のもの、特に、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ソーエー、アスペルギルス・アワモリ等の醸造・食品産業に使用される菌種が好ましい。
【0023】
これら宿主細胞の形質転換は、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション、パーティクルガン、エレクトロポレーション法等の、当該技術分野で公知の方法に従って行うことが出来る。例えば、以下に記載の文献を参照することが出来る。Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69巻、2110(1972); Gene, 17巻、107(1982);Molecular & General Genetics,168巻, 111(1979);Methods in Enzymology,194巻、182−187(1991);Proc. Natl. Acad. Sci. USA)、75巻、1929(1978);細胞工学別冊8 新細胞工学実験プロトコール。263−267(1995)(秀潤社発行);及びVirology、52巻、456(1973)。
【0024】
このようにして得られた、本発明の形質転換麹菌を液体培養することにより、組み込まれた本発明の転写制御遺伝子を発現させ、それによって、麹菌の固体培養特異的遺伝子を発現させ、該遺伝子産物を回収することによって、該遺伝子産物である蛋白質を液体培養によって生産することが可能となる。
【0025】
本発明における蛋白質の生産に際しては、当業者に公知の方法を適宜選択することができる。例えば、該蛋白質を含む培養液から、例えば、各種クロマトグラフィーカラム、フィルター、限外濾過、塩析、溶媒沈殿、溶媒抽出、蒸留、免疫沈降、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動、等電点電気泳動法、透析、再結晶等の当業者に公知の方法を適宜選択、組み合わせることによって、実質的に純粋で均一な蛋白質として分離、精製することができる。
【0026】
更に、蛋白質をグルタチオン S−トランスフェラーゼ蛋白質との融合蛋白質、又はヒスチジンを複数付加させた組換え蛋白質として発現させた場合には、発現させた組換え蛋白質はグルタチオンカラムあるいはニッケルカラムを用いて精製することができる。融合蛋白質の精製後、必要に応じて、目的の蛋白質以外の領域を、トロンビンまたはファクターXaなどにより切断し、除去することも可能である。或いは、トリプシン、キモトリプシン、リシルエンドペプチダーゼ、プロテインキナーゼ、グルコシダーゼ等の適当な蛋白質修飾酵素で、精製前又は精製後に蛋白質を処理することにより、任意に修飾を加えたり、部分的にペプチドを除去することもできる。
【実施例】
【0027】
以下の実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらによって制限されるものではない。又、実験操作方法・条件等に関して特に記載のない場合には、当該技術分野における常法に従い実施した。
【0028】
フィルター培養で特異的に強く発現する遺伝子の同定
常法に従い、アスペルギルス・オリゼRIB-40株(ATCC 42149)を30℃で3日間、液体培養(Submerged Culture: SC)(DPY培地)及びフィルター培養(Membrane-Transfer Culture: MTC、セルロースエステル膜:孔径0.20μm)し、以下の要領で液体培養及びフィルター培養で発現する遺伝子のマイクロアレイ解析を実施した。
【0029】
[マイクロアレイ解析]
ISOGEN(日本ジーン)を用いてアスペルギルス・オリゼRIB40株からtotalRNAを抽出した。次に、OligotexTM-dT30<Super>mRNA Purification Kit(TAKARA)を使用してmRNAを精製した。得られたmRNAをCyScribe cDNA Post Labelling Kit(GE)を使用してラベリングした。こうして調製したラベル化mRNAを用いてマイクロアレイ解析を実施した。マイクロアレイは麹菌オリゴアレイ12K((株)ファームラボ製)を使用し、推奨プロトコールに従ってハイブリダイゼーション・洗浄を行った。又、SilicoCyte(ディスカバリー・バイオテクノロジーズ)を使用して、ノーマライゼーションと分散分析(ANOVA)でデータ解析を行った。
【0030】
その結果、約11,000個の遺伝子の内の692個(約6.3%)の遺伝子において、液体培養と比べてフィルター培養において2倍以上の発現量が見られた。例えば、固体培養特異的に発現することが知られているAOS23(機能未知)遺伝子(21.4倍、t-test P-value:0.028)、Hydrophobin遺伝子(45.1倍、t-test P-value:0.003))、及び分生子形成調節遺伝子:brlA(2.0倍、t-test P-value:0.034)等でフィルター培養において顕著な発現の上昇が見られ、フィルター培養は固体培養と類似性が高いことが推測された。
【0031】
比較の為に、固体培養とフィルター培養における遺伝子発現の様子を同様にマイクロアレイ解析した。以上の2つのマイクロアレイ解析で得られたスキャタープロットを図1に示す。この2種類のアレイデータのスキャッタープロットを見比べてみると、液体培養とフィルター培養では変動が大きいのに対して、フィルター培養と固体培養ではほぼ同じ発現パターンをしていることが判明した。このことより、フィルター培養は固体培養と遺伝子の発現に類似性が多いことが確認された。
【0032】
以上のマイクロアレイ解析の結果から、コードする蛋白質の機能が未だ知られていない遺伝子(predicted protein)の一つが液体培養と比べてフィルター培養において発現強度が上昇した(5.0倍、t-test P-value:0.024)ことが確認された。この遺伝子は4つのイントロンを有し、859個のアミノ酸をコードしており、そのアミノ酸配列の情報から、Zn(II)2-Cys6(Gal4型)のジンクフィンガーモチーフを有しているが推測され、新規な転写制御遺伝子であることが判明した。因みに、この遺伝子の発現量は固体培養とフィルター培養とでは同程度であった。この本発明の転写制御遺伝子を含むゲノムDNA及びcDNAの塩基配列を、夫々、配列番号1及び配列番号2で示す。又、該遺伝子にコードされるポリペプチドのアミノ酸配列も夫々の配列番号に示されている。
【0033】
次に、この遺伝子が本当にフィルター培養で特異的に発現しているかを以下の要領でリアルタイムPCRを用いて解析を行った。その結果、液体培養2日目を1とすると、フィルター培養2日目:3、3日目:38、4日目:70、7日目:82の発現の値を示し、フィルター培養で強く発現していることが確認された。また、培養日数がたつほど発現上昇していることも確認された。
【0034】
[リアルタイムPCR解析]
RNAの抽出及びmRNAへの精製の方法はマイクロアレイ解析の場合と同じである。リアルタイムPCRはSuperScriptIII Two-Step qR-PCR with SYBR(登録商標)Greenキット(Invitrogen)を使用し、解析にはABI PRISM(登録商標) 7500を用いた。使用したPCRプライマー(1450番目から1530番目の塩基配列部分を増幅)は下記のとおりである。又、反応条件としては逆転写反応及びリアルタイムPCR反応ともにメーカーの推奨条件に従った。
F側:TGTTCGTTCGGCAATCTCACT(配列番号3)
R側:TATCGCGCCTCCTTTGAGATA(配列番号4)
【0035】
転写制御遺伝子が組み込まれた発現ベクターの作製
次に、本発明で特定された上記の転写制御遺伝子を高発現ベクターに組み込んだ高発現株を以下の要領で作製した。
まず、アスペルギルス・オリゼRIB-40株の胞子をYPD培地100 mlに植菌し、30℃で一晩振盪培養した。その後、飯村(Argric. Biol. Chem. 323-328, 51 (1987)) の方法に従ってゲノムDNAを抽出し、このゲノムDNA断片を鋳型として用いてPCRにより本発明の転写制御遺伝子を取得した。下記にPCR反応液・条件及びPCRプライマーを記す。
【0036】
[PCR反応液]
10×PCR buffer for KOD-Plus- 5μl(1×)
2mM dNTPs 5μl(0.2mM)
25mM MgSO4 3μl(1.5mM)
10μM Primer 2.5μl(0.5μM)×2
Template DNA 1μl(8.7ng)
KOD-Plus-DNA Polymerase 1.25μl(2.5U/100μl)
Autoclaved,distilled water to 50 μl
[PCR標準条件(30サイクル)]
95℃ 2分
95℃ 30秒
58℃ 30秒
72℃ 4分
72℃ 4分
[PCRプライマー]
F側 CCATCGATATGGACGCACCTTCCAATCACC(配列番号5)
R側 GGACTAGTTTAATTTTGTTCCCATGGCTCC(配列番号6)
【0037】
次に、アスペルギルス・オリゼのアミラーゼプロモーターを持つ発現ベクタープラスミドpMAR5(Biosci. Biotech. Biochem., 56:1674-1675, 1992)にマーカー遺伝子であるniaD遺伝子を導入したpAPTLを作製した。このプラスミド(pAPTL)は、niaD遺伝子を選択マーカーとして持ち、アミラーゼ遺伝子のプロモーターと同じ方向で遺伝子のORFを組込み、麹菌を形質転換することにより、アミラーゼ遺伝子プロモーターの制御下で目的の遺伝子を発現することが出来る。常法に従って、このプラスミドpAPTLの制限酵素部位に上記のPCRで増幅した本発明の転写制御遺伝子のORFを含むDNA断片をClaI-SpeIサイトに組み込み、本発明の発現ベクターを作製した。
【0038】
転写制御遺伝子強制発現形質転換体の作製
上記で得られた発現ベクターをアスペルギルス・オリゼRIB326株(保存番号:RIB326、独立行政法人 酒類総合研究所より自由に分譲可能)から当業者に公知の方法により作製したniaD欠損株へ形質転換した。形質転換法は、プロトプラスト化した後ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いる方法(Mol. Gen. Genet., 218:99-104, 1989)によって行った。該発現ベクター20 μg用いて形質転換し、最少培地で形質転換体を選択したところ、約20個のコロニーが得られた。このうち、12コロニーについて最少培地で単分生子分離を繰り返し、形質の安定化を行った。これらの株の分生子を寒天培地上よりかき取り、0.05% Triton X100を含むTEバッファー100μlに懸濁し、-80℃の超低温槽で凍結させ、室温で再融解させることを3回繰り返すことにより、PCRの鋳型として使える染色体DNAを得た。これらの染色体DNAを用いて、組み込んだORFをプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、目的の遺伝子が組み込まれた遺伝子組換え体を取得した。
【0039】
上記で取得した転写制御因子強制(高)発現株及びコントロールである宿主株 (Aspergillus oryzae RIB326)を以下の要領でDPY液体培養を行い、RNAを抽出しアレイ解析に供した。
(1)100 ml of CD(カビ標準最少培地)-3 % fructose in 500 ml 容三角フラスコ
(2)1x106 個胞子/ml となるように、胞子懸濁液を接種
(3)30℃、125 rpm、24hr 振盪培養
(4)Miracloth (CALBIOCHEM) にて濾過し菌糸体を取得
(5)100 ml of CD-3 % maltose in 500 ml 容三角フラスコにすべての菌糸体を移植
(6)30℃、125 rpm、4 hr (8 hr) 振盪培養
(7)Miracloth にて濾過し菌糸体を取得
(8)total RNA を抽出
【0040】
マイクロアレイ解析の結果、本発明の転写制御遺伝子はコントロール株に対して65倍(t-test P-value:0.015)の発現上昇が認められた。また、固体培養特異的遺伝子AOS23の発現上昇が2倍(t-test P-value:0.024)以上認められた。この解析結果より、本発明の遺伝子は転写制御遺伝子として機能し、固体培養特異的遺伝子の転写制御に関していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明で見出された、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする新規な転写制御遺伝子を組み込んだ形質転換体を利用して、従来は固体培養でしか発現しない遺伝子を液体培養においても発現させ、その発現産物を効率的・簡便に産生・抽出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】固体培養(SC)とフィルター培養(MTC)、及び、液体培養とフィルター培養における遺伝子発現パターンのマイクロアレイ解析で得られたスキャタープロットを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のいずれか一つに示す蛋白質をコードする遺伝子。
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、
(b)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸残基が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質、及び
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質であり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質。
【請求項2】
下記のいずれか一つに示すDNAを含む遺伝子。
(a)配列番号1又は2に示される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1又は2に示される塩基配列の相補鎖を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする塩基配列、及び
(c)配列番号1又は2に示される塩基配列のDNAと70%以上の配列同一性を示すDNAまたはその部分断片であり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質をコードする塩基配列。
【請求項3】
麹菌の固体培養特異的遺伝子が、AOS1〜13, AOS15〜20,AOS22〜24,AOS26〜33及びAOS35〜38から成る群から選択される一種又は数種である、請求項1又は2記載の遺伝子。
【請求項4】
下記のいずれか一つに示す蛋白質。
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、
(b)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸残基が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質、及び
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列と70%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含む蛋白質であり、かつ、麹菌の固体培養特異的遺伝子の転写制御因子活性を有する蛋白質。
【請求項5】
麹菌の固体培養特異的遺伝子が、AOS1〜13, AOS15〜20,AOS22〜24,AOS26〜33及びAOS35〜38から成る群から選択される一種又は数種である、請求項3又は4記載の蛋白質。
【請求項6】
請求項1又は2記載の遺伝子が組み込まれた発現ベクター。
【請求項7】
請求項6記載の発現ベクターにより形質転換された麹菌。
【請求項8】
アスペルギルス・オリゼである、請求項7記載の麹菌。
【請求項9】
請求項7又は8記載の形質転換麹菌を液体培養して、請求項1又は2記載の遺伝子を発現させる方法。
【請求項10】
請求項7又は8記載の形質転換麹菌を液体培養して、麹菌の固体培養特異的遺伝子を発現させ、該遺伝子産物を回収することを特徴とする該遺伝子産物の生産方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−60877(P2009−60877A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−233553(P2007−233553)
【出願日】平成19年9月10日(2007.9.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年3月25日 社団法人日本農芸化学会主催の「2007年度(平成19年度)大会[東京]」において文書をもって発表
【出願人】(593165487)学校法人金沢工業大学 (202)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】