説明

新規遺伝子ファミリーECSA

【課題】食道癌の診断に有効な新規腫瘍マーカーとして用いることができる遺伝子ファミリーの保存された塩基配列、及び該塩基配列によりコードされる抗原性ポリペプチド、及び該抗原性ポリペプチドに対する抗体、並びにそれらを利用した食道癌診断方法及び手段の提供。
【解決手段】食道癌SEREX抗原(ECSA)ファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド。ECSAファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチドに対する抗体、又は(c)ECSAファミリーに属する遺伝子の塩基配列と相補的な配列における少なくとも15個の連続する塩基からなるプライマーDNA若しくはプローブDNAを含有し、ECSAファミリーに属する遺伝子が、特定の保存アミノ酸配列をコードするか、又は特定の塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする、食道癌検出用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規遺伝子ファミリーECSA(esophageal carcinoma SEREX antigen)を利用した、食道癌を検出及び診断するための手段及び方法に関する。また本発明は、ECSAファミリーの新規遺伝子及び該遺伝子によりコードされるタンパク質、ならびにそれらの用途にも関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は、40歳以降の特に男性に多く発症する悪性腫瘍である。原因については不明であるが、食生活における特定因子(例えば、高温飲食物や刺激性飲食物への嗜好性、短時間の食事等)、あるいはアルコールや喫煙等の因子がその誘因として挙げられている。
【0003】
発生部位は胸部中部に最も多く、次いで胸部下部、胸部上部、腹部食道、頚部食道の順となっている。隣接臓器を早期に侵し、所属リンパ節への転移、特に気管系リンパ節などへの転移が予後に影響を与え、食道癌末期には嚥下不能による全身衰弱、気管気管支や大動脈への癌の穿孔により死亡することが多い。
【0004】
食道癌の治療は、早期に発見し、根治的外科手術による癌腫の切除と所属リンパ節郭清を十分に行い、さらに放射線治療や化学療法との併用療法によって手術成績の向上を図ることが行われている。
【0005】
従って、食道癌に対する対策としては、癌腫の早期発見が最も重要な課題であり、主に食道造影法、食道ファイバー、生検検査等の直接診断が行われている。ただし、これらの直接診断は、食道や胸部における何らかの不快兆候を自覚した患者に対して行われることが多い。食道癌の初期症状は、嚥下困難、胸骨後部痛及び逆吐を三徴とするが、一般的に食道癌は発見時には既に進行している例が多く、さらなる早期発見が求められている。
【0006】
そこで、食道癌に対するタンパク質マーカーを用いた分子生物学的診断方法が提案されている。この方法は大がかりな設備を必要とせず、被験者への負担も少ないため、自覚症状のない多くの被験者に対しても広範囲に実施することが可能である。
【0007】
例えば、食道癌のタンパク質マーカーとしては特許文献1に記載されたものや、α-フェトプロテイン(AFP)、癌胎児性抗原(CEA)、扁平上皮癌関連抗原(SCC)、サイトケラチンフラグメント(CYFR)21-1、ミクログロブリン、イソフェリン等が知られている。
【0008】
さらに、担癌患者の腫瘍細胞のmRNAから作製したタンパク質を患者の自己血清でスクリーニングするSEREX法(serological identification of antigens by recombinant expression cloning)が報告され(非特許文献1、特許文献2)、悪性黒色腫、腎癌、食道癌、大腸癌、肺癌等においてIgG抗体が認識する癌抗原を、上記SEREX法により単離した報告もなされている(非特許文献2〜7)。また、特許文献3には、SEREX法によって特定した悪性黒色腫抗原タンパク質とそれをコードするDNA配列、並びにこれらを使用した悪性黒色腫の診断方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2000-511536号公報
【特許文献2】米国特許第5,698,396号
【特許文献3】特開2001-333782号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:11810-11813, 1995
【非特許文献2】Int. J. Cancer 72: 965-971, 1997
【非特許文献3】Cancer Res. 58:1034-1041, 1998
【非特許文献4】Int. J. Cancer 29:652-658, 1998
【非特許文献5】Int. J. Oncol. 14:703-708, 1999
【非特許文献6】Cancer Res. 56:4766-4772, 1996
【非特許文献7】Hum. Mol. Genet 6:33-39, 1997
【非特許文献8】Cell 116: 281-297, 2004
【非特許文献9】Cell 109: 145-148, 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
抗原タンパク質マーカーを用いた分子生物学的診断は、食道の造影や生検検査に比べて被験者への負担が少なく、検査手続も簡便であるため、自覚症状のない多くの被験者を対象とする診断が可能であり、食道癌のさらなる早期発見に大きく寄与すると期待されている。しかしながら、診断精度をさらに向上させるためには、より多くの抗原タンパク質マーカーを準備することが不可欠である。
【0012】
従って、本発明は、食道癌の診断に有効な新規腫瘍マーカーとして用いることができる抗原性ポリペプチドを提供することを課題としている。また本発明は、該抗原性ポリペプチドに対する抗体、並びにそれらを用いた食道癌診断方法及び手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、ヒト食道癌に関連する新規な遺伝子ファミリーを見出し、この遺伝子ファミリーの発現の検出を利用することによって、食道癌の存在を検出し、又は食道癌を診断することができるという知見を得、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(10)である。
(1)食道癌検出用キットであって、
(a)食道癌SEREX抗原(ECSA)ファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド、
(b)ECSAファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチドに対する抗体、又は
(c)ECSAファミリーに属する遺伝子の塩基配列と相補的な配列における少なくとも15個の連続する塩基からなるプライマーDNA若しくはプローブDNA
を含有し、
ECSAファミリーに属する遺伝子が、(i)配列番号7に示される保存アミノ酸配列をコードするか、又は(ii)配列番号1、3若しくは5に示される塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることを特徴とする、
上記食道癌検出用キット。
【0015】
上記キットに関して、ECSAファミリーに属する遺伝子は、ECSA-1、ECSA-2、ECSA-3、HCA25a、GOSR1、FAM119A、BBS5、KLHDC6、C2orf3、C11orf72、FAM82B、SDHAP3、ARL17P1、CEP170L、FAM116A及びNEK5からなる群より選択される。好ましくは、ECSAファミリーに属する遺伝子は、ECSA-1、ECSA-3、BBS5、C11orf72、SDHAP3、ARL17P1及びCEP170Lからなる群より選択される。
【0016】
上記キットにおける(a)の抗原性ペプチドは、例えば配列番号22〜27のいずれかに示されるアミノ酸配列、好ましくは配列番号27に示されるアミノ酸配列を有するものである。
【0017】
上記キットにおける(c)のプライマーDNAは、例えば配列番号28〜59に示される塩基配列を有する。
【0018】
上記キットにおける(b)の抗体は、例えばHCA25aによりコードされるポリペプチドに対して生起されたものである。
【0019】
また上記キットに含まれる(a)のポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド、(b)の抗体、又は(c)のDNAは、標識されていてもよい。さらに、又はあるいは、(a)のポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド、(b)の抗体、又は(c)のDNAは、固定されていてもよい。
【0020】
(2)被験者由来のサンプルを調製するステップ、及び上記(1)のキットを用いて該サンプル中の食道癌SEREX抗原(ECSA)ファミリーに属する遺伝子の発現を検出するステップを含む、食道癌の診断方法。
【0021】
上記方法において、遺伝子の発現の検出は、サンプル中の、ECSAファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチドに対する抗体と、該キット中のポリペプチド若しくは抗原性ペプチドとを接触させ、該抗体と該ポリペプチド若しくは抗原性ペプチドとの反応を検出することにより行うことができる。あるいは、遺伝子の発現の検出は、サンプル中の、ECSAファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチドと、該キット中の抗体とを接触させ、該ポリペプチドと該抗体との反応を検出することにより行うことができる。あるいは、遺伝子の発現の検出は、該キット中のプライマーDNAを用いてサンプル中のECSAファミリーに属する遺伝子のmRNA若しくはそれに対応するcDNAを鋳型とした増幅反応を行い、増幅産物を検出することにより、あるいは該キット中のプローブDNAを、該サンプル中の該mRNA若しくはそれに対応するcDNAと接触させ、該プローブDNAと該mRNA若しくはcDNAとの反応を検出することにより行うことができる。
【0022】
(3)以下の(a)又は(b)のポリペプチド。
(a)配列番号2、4若しくは6に示されるアミノ酸配列を含むポリペプチド、又は
(b)配列番号2、4若しくは6に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、ヒト食道癌の抗原性ポリペプチドであるポリペプチド
【0023】
(4)上記(3)に対する抗体。
(5)上記(3)のポリペプチドをコードするDNA。
(6)以下の(a)又は(b)のDNA。
(a)配列番号1、3若しくは5に示される塩基配列を含むDNA、又は
(b)配列番号1、3若しくは5に示される塩基配列と相補的な配列を含むDNAに対し、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつヒト食道癌の抗原性ポリペプチドをコードするDNA
(7)上記(5)又は(6)のDNAを含む発現ベクター。
(8)上記(5)若しくは(6)のDNA、又は上記(7)の発現ベクターを含み、該DNAを発現する形質転換体。
(9)上記(8)の形質転換体を培養し、得られる培養物からポリペプチドを採取することを含む、ヒト食道癌の抗原性ポリペプチドの製造方法。
(10)配列番号8〜19に示される塩基配列において、配列番号1、3又は5に示される塩基配列と相補的な配列からなるDNAに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする領域からなり、食道癌においてRNAに転写されるDNA。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る食道癌検出用キット及び食道癌の診断方法により、食道癌を高精度で検出及び診断することができ、食道癌の早期診断に有用である。また、本発明に係る新規遺伝子及びポリペプチドは、食道癌との関連性を有し、食道癌の検出、診断、発生機序の解明、さらにはその治療や治療薬の開発などに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】ECSA-1、-2又は-3とHCA25aとの塩基配列(A)及びアミノ酸配列(B)の相同性(%)を示す。
【図2】ECSA-1〜3とHCA25aの部分アミノ酸配列のアライメントを示す。(a)はECSA-1とECSA-2との部分配列アライメントを、(b)はECSA-1とECSA-3との部分配列アライメントを、(c)はECSA-1とHCA25aとの部分配列アライメントを、(d)はECSA-1とHCA25aとの部分配列アライメントを、(e)はECSA-2とECSA-3との部分配列アライメントを、(f)はECSA-2とHCA25aとの部分配列アライメントを示す。
【図3】ECSA-1、-2及び-3ポリペプチドに対する血清抗体価(ELISA)を示す。図中、Nは健常者血清を、Pは食道癌患者血清を表す。
【図4】HCAポリペプチドから作製した合成ペプチドのHCAアミノ酸配列上の位置(A)と、それらの合成ペプチドに対する血清抗体陽性率(B)を示す。
【図5】合成ペプチドHCA26/41、HCA57/71及びHCA81/97に対する血清抗体価(ELISA)を示す。図中、Nは健常者血清を、Pは食道癌患者血清を表す。
【図6】モノクローナル抗体HCA mAb-1、-2及び-3を用いた食道癌組織の免疫染色の結果を示す。
【図7】食道癌患者の非癌部組織及び癌部組織における、RT-PCRにより検出したECSAファミリーmRNAの発現を示す。
【図8】食道癌患者の非癌部組織及び癌部組織における、RT-PCRにより検出したECSAファミリーmRNAの発現を示す。
【図9】食道癌患者の非癌部組織及び癌部組織における、RT-PCRにより検出したECSAファミリーmRNAの発現を示す。
【図10】HCA25aの1000〜1300番の塩基配列に基づいて予想した3つのフレームのアミノ酸配列を示す。
【図11】食道癌組織及び周辺正常組織におけるECSA-1 mRNA発現の比較を示す。
【図12】食道癌組織及び周辺正常組織におけるECSA-2 mRNA発現の比較を示す。
【図13】食道癌組織及び周辺正常組織におけるECSA-3 mRNA発現の比較を示す。
【図14】食道癌組織及び周辺正常組織におけるFAM119A mRNA発現の比較を示す。
【図15】食道癌組織及び周辺正常組織におけるHCA25a mRNA発現の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0027】
本発明は、食道癌患者において発現される新規な遺伝子ファミリーと、それを利用した食道癌の診断及び検出のための方法及び手段を提供する。この新規遺伝子ファミリーは、SEREX法に基づいて、ヒト食道癌由来の培養細胞T.Tn株から単離したmRNAからcDNAファージライブラリーを作製し、各cDNAから発現させたペプチドのうち、複数の食道癌患者血清中の抗体と反応するファージクローンを特定することによって得られた新規遺伝子ESCA-1、-2及び-3と、それと高い相同性を示し、かつ食道癌患者の血清中で発現されることが確認されたHCA25a、GOSR1、FAM119A、BBS5、KLHDC6、C2orf3、C11orf72、FAM82B、SDHAP3、ARL17P1、CEP170L、FAM116A及びNEK5から構成される。本明細書中、この新規遺伝子ファミリーを「ECSA(esophageal carcinoma SEREX antigen:食道癌SEREX抗原)」ファミリーと呼ぶ。なお、ECSAファミリーに属する遺伝子は、本明細書中「ECSAファミリー遺伝子」ともいう。また、ECSAファミリーに属する遺伝子によってコードされるポリペプチドは、本明細書中「ECSAファミリーに属するポリペプチド」又は「ECSAファミリーポリペプチド」ともいう。
【0028】
ECSAファミリーはヒト食道癌に高頻度に存在するため、このファミリーに属するポリペプチドは、新規な食道癌マーカーとしての有用性を提供し、また被験者由来サンプル中の該ポリペプチド若しくは該ポリペプチドに対する抗体のレベルの測定、又は該遺伝子mRNAもしくはそれに対応するcDNAのレベルの測定による食道癌の診断の可能性を提供する。
【0029】
本発明において用いるECSAファミリーは、ヒト食道癌において発現されるものであり、(i)配列番号7に示される保存アミノ酸配列をコードするか、又は(ii)ECSA-1、-2、若しくは-3のDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするものである。ECSAファミリーに属する遺伝子としては、ECSA-1、ECSA-2、ECSA-3、HCA25a、GOSR1、FAM119A、BBS5、KLHDC6、C2orf3、C11orf72、FAM82B、SDHAP3、ARL17P1、CEP170L、FAM116A及びNEK5が挙げられるが、上記特徴を有する限りこれらに限定されるものではない。また、ECSAファミリーに共通する配列、すなわちECSA-1、-2、若しくは-3のDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列の領域はタンパク質コード領域ではない。これらの遺伝子の名称、アクセッション番号、塩基配列及びアミノ酸配列を、表1にまとめる。
【0030】
【表1】

【0031】
表1において、ECSA-1、-2及び-3(配列番号1、3及び5)の3種が新規遺伝子であり、残りの13種が既知の遺伝子である。なお、既知の遺伝子によりコードされるタンパク質について、食道癌との関連性は報告されていない。
【0032】
また、配列番号1、3、5、及び8〜19は、正確な翻訳領域が不明であり、翻訳領域を推定することも困難である。このことはECSA遺伝子ファミリーにおいて相同性を有する領域は必ずしもポリペプチドに発現されて影響を及ぼしているのではなく、RNAとして作用している可能性を示唆している。RNAレベルで影響を及ぼす例としてはmicroRNA(非特許文献8)等のnoncoding RNA(非特許文献9)が知られている。なお、このファミリーの一部は癌細胞においてポリペプチドとして高発現しているためにこのポリペプチドに対する自己抗体が発生していると推定される。
【0033】
また、本明細書において使用される用語「血清中抗体」とは、食道癌患者の血清中に存在し、ECSAファミリーポリペプチドと結合する抗体を意味する。また、用語「抗体」は、ECSAファミリーポリペプチド又はその部分断片を免疫原として作製されたポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を意味する。
【0034】
本発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。また本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学及び分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている。
【0035】
上述の通り、ECSAファミリーに属する遺伝子はヒト食道癌において発現されるため、ヒト食道癌患者においては、このECSAファミリーに属する遺伝子のmRNA、該遺伝子によりコードされるポリペプチド、及び/又は該ポリペプチドに対する抗体(血清中抗体)が存在することになる。従って、被験者由来のサンプルにおいてこれらのmRNA、ポリペプチド及び/又は抗体を検出し、ECSAファミリー遺伝子の発現を検出することによって、被験者における食道癌の存在を検出し、又は被験者をヒト食道癌について診断することが可能となる。
【0036】
従って、本発明に係る食道癌検出用キット(以下、「本食道癌検出用キット」ともいう)は、被験者に由来するサンプル中の、ECSAファミリー遺伝子の発現を検出するための手段を含むものである。使用するサンプルは、食道癌の有無又は食道癌に罹患するリスクを判定しようとする被験者に由来するサンプルであれば特に限定されるものではなく、ECSAファミリー遺伝子の発現を検出するための手段の種類に応じて適宜選択される。例えば組織又は細胞サンプル(食道器官、癌の組織又は細胞等)、生体液サンプル(血液、血清、血漿、尿、髄液腹水等)などが挙げられ、採取の容易性の点から、尿、血液、血清又は血漿などをサンプルとして用いることが好ましい。例えば、検出手段がECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドであり、検出対象が血清中抗体である場合には、サンプルは、血清中抗体が含まれるサンプル、すなわち血清とすることができる。また検出手段が抗体であり、検出対象がECSAファミリーポリペプチドである場合には、サンプルは、ECSAファミリーポリペプチドが発現されるサンプル、例えば血液や血液細胞(単核球等)、組織(食道器官組織など)とすることができる。そして検出手段がプライマーDNA又はプローブDNAであり、検出対象がECSAファミリー遺伝子のmRNAである場合には、サンプルは、便や血液、血液細胞(単核球等)、組織(食道器官組織など)とすることができる。
【0037】
また被験者は、ヒトであるが、その他の哺乳動物、例えば霊長類(サル、チンパンジーなど)、家畜動物(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジなど)、ペット用動物(イヌ、ネコなど)、実験動物(マウス、ラットなど)、さらには爬虫類及び鳥類などであってもよい。
【0038】
ここでECSAファミリーに属する遺伝子の発現を検出する手段としては、
(a)ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチド、
(b)ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体、あるいは
(c)ECSAファミリー遺伝子に基づいて設計されたプローブDNA又はプライマーDNA
が挙げられる。以下、これらの手段について詳述する。
【0039】
(a)ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチド
ECSAファミリーポリペプチドは、癌細胞が発現するポリペプチドであるため、癌を有する患者の血清中には、発現されたECSAファミリーポリペプチドに対する抗体(血清中抗体)が存在する。従って、ECSAファミリーポリペプチド又はその抗原性ペプチドを使用して血清中抗体との反応を調べることによって、サンプルにおけるECSAファミリー遺伝子の発現を検出することができる。本発明において用いることができる「ECSAファミリーポリペプチド」には、配列番号2、4、6及び21に示されるアミノ酸配列を含むポリペプチドが含まれる。このアミノ酸配列からなるポリペプチドが食道癌の抗原性ポリペプチドである限り、そのアミノ酸配列において複数個、好ましくは1若しくは数個のアミノ酸に欠失、置換、付加等の変異が生じてもよい。例えば、配列番号2、4、6及び21に示されるアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2、4、6及び21に示されるアミノ酸配列に1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が付加してもよく、あるいは、配列番号2、4、6及び21に示されるアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換してもよい。上記アミノ酸の欠失、付加及び置換は、上記ポリペプチドをコードするDNAを、当該技術分野で公知の手法によって、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、改変することによって行うことができる。
【0040】
また、配列番号2、4、6及び21に示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列に対して相補的な配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるポリペプチドもまた本発明においてECSAファミリーポリペプチドとして用いることができる。
【0041】
ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」とは、DNAをプローブとして使用し、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、サザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAを意味し、例えば、コロニー、プラーク由来のDNA又はこのDNAの断片を固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0MのNaCl存在下65℃でハイブリダイゼーションを行なった後、0.1〜2×SSC溶液(1×SSCの組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるものを挙げることができる。ハイブリダイゼーションは、Molocular Cloning 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等に記載されている方法に準じて行なうことができる。
【0042】
さらにECSAファミリーポリペプチドは、配列番号1、3、5、及び8〜20に示される塩基配列によってコードされるポリペプチドを含む。
【0043】
なお、本発明においてECSAファミリー遺伝子は、配列番号1、3、5、及び8〜20に示される塩基配列を有するDNAである。ECSAファミリー遺伝子はまた、配列番号1、3又は5に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAに対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズするものである。またECSAファミリー遺伝子はまた、配列番号1、3又は5に示される塩基配列と約60%以上、好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約80%以上、特に好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列を含むDNAである。従って配列番号8〜20に示される塩基配列のうち上記の条件を満たすDNA領域(配列番号8〜20の一部)も含まれる。このようなECSAファミリー遺伝子は、食道癌と関連している、すなわち食道癌組織又は細胞において発現されるものであり、その発現は、当技術分野で公知の方法により確認することができる。
【0044】
ECSAファミリー遺伝子のDNAは、化学合成によって、又はクローニングされたcDNAを鋳型としたPCRによって、あるいはその塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって取得することができる。さらに部位特異的誘発等によって前記遺伝子をコードする修飾されたDNAを合成することができる。
【0045】
例えば配列番号1、3又は5に示される塩基配列を含むDNAは、それぞれヒト食道癌由来の培養細胞T.Tn株から単離した全mRNAから作製したcDNAライブラリーから特定されたcDNAである。従って、これらのcDNAは、ヒト食道癌由来細胞T.Tn株から公知の方法(Mol. Cell Biol. 2, 161-170, 1982; J. Gene 25,263-269, 1983; Gene, 150, 243-250, 1994)を用いてcDNAを合成し、配列番号1、3又は5のそれぞれの塩基配列に基づいて作製したプローブDNAを用いて、それぞれのcDNAを単離する方法によって取得することができる。また、各塩基配列に基づいてプライマーセットを作製し、前記T.Tn細胞株から単離したmRNAを鋳型とするRT-PCR法によっても各cDNAを得ることができる。得られたcDNAは、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法及びSDA(Strand Displacement Amplification)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅することができる。
【0046】
また本発明において用いる「抗原性ペプチド」には、配列番号2、4、6及び21に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも6個以上の連続するアミノ酸からなる部分ペプチドが含まれる。抗原性ペプチドは、配列番号2、4、6及び21に示されるアミノ酸配列においてよく保存されている領域を含むことが好ましい。抗原性ペプチドは、例えばHCA25aの部分ペプチド、具体的には配列番号22〜27に示されるアミノ酸配列を含むペプチドであり、特に好ましくは配列番号27に示されるアミノ酸配列を含むものである。このようなペプチドは、「抗原性」を保持している限り、他のペプチド、標識、タグなどが付加されていてもよい。このような他の要素が付加されたペプチド及び融合ポリペプチドであっても、抗原として認識される6〜10個程度のアミノ酸が存在する限り、抗原性を保持していることが当技術分野で公知である。
【0047】
ここで、「食道癌の抗原性ポリペプチド」又は「抗原性ペプチド」とは、ヒトの食道癌細胞又は組織において発現されたポリペプチドに対して生起される抗体との反応性(すなわち抗原性)を保持しているポリペプチド又はペプチドを意味する。あるDNA(例えば、変異遺伝子)が「食道癌の抗原性ポリペプチド」又は「抗原性ペプチド」をコードするか否か、あるいはあるポリペプチドが「食道癌の抗原性ポリペプチド」又は「抗原性ペプチド」であるか否かは、対象のDNAを当技術分野で公知の方法に従って宿主において発現させて得られるポリペプチド、又は対象のポリペプチドを、食道癌患者に由来する血清中抗体と反応させ、あるいは公知のECSAファミリーポリペプチドに対して生起された抗体と反応させ、その反応を検出することによって確認することができる。
【0048】
本発明において用いるECSAポリペプチド又は抗原性ペプチドは、例えば、それをコードする塩基配列を有するDNAを含む発現ベクターからインビトロ転写によってRNAを調製し、これを鋳型としてインビトロ翻訳を行うことによりインビトロでポリペプチドを発現させることにより調製することができる。また発現ベクターを、宿主、例えば大腸菌、枯草菌等の原核細胞や、酵母、昆虫細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞に導入して形質転換体を作製すれば、この形質転換体からECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを発現させることができる。
【0049】
ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドをインビトロ翻訳で発現させる場合には、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドをコードするDNAを、RNAポリメラーゼプロモーターを有するベクターに挿入して発現ベクターを作製し、このベクターを、プロモーターに対応するRNAポリメラーゼを含むウサギ網状赤血球溶解物や小麦胚芽抽出物などのインビトロ翻訳系に添加すれば、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドをインビトロで生産することができる。RNAポリメラーゼプロモーターとしては、T7、T3、SP6などが例示できる。これらのRNAポリメラーゼプロモーターを含むベクターとしては、pKA1、pCDM8、pT3/T7 18、pT7/3 19、pBluescript IIなどが例示できる。
【0050】
ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを、大腸菌などの微生物で発現させる場合には、宿主微生物中で複製可能な複製起点、プロモーター、リボソーム結合部位、DNAクローニング部位、ターミネーター等を有するベクターにECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドをコードするDNAを連結した発現ベクターを作製し、この発現ベクターで宿主を形質転換したのち、得られた形質転換体を培養すれば、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを微生物から発現させることができる。この際、他のタンパク質との融合タンパク質として発現させることもできる。大腸菌用発現ベクターとしては、pUC系、pBluescript II、pET発現系、pGEX発現系、pRSET発現系などが例示できる。
【0051】
ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを、真核細胞で発現させる場合には、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドをコードするDNAを、プロモーター、スプライシング領域、ポリA付加部位等を有する真核細胞用発現ベクターに挿入して組換えベクターを作製し、真核細胞内に導入すれば、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを形質転換真核細胞で発現させることができる。発現ベクターとしては、pKA1、pCDM8、pSVK3、pMSG、pSVL、pBK-CMV、pBK-RSV、EBVベクター、pRS、pcDNA3、pYES2などが例示できる。また、pIND/V5-His、pFLAG-CMV-2、pEGFP-N1、pEGFP-C1などを発現ベクターとして用いれば、Hisタグ、FLAGタグ、mycタグ、HAタグ、緑色蛍光タンパク質(GFP)など各種タグを付加した融合タンパク質として抗原ポリペプチドを発現させることもできる。真核細胞としては、サル腎臓細胞COS7、チャイニーズハムスター卵巣細胞CHOなどの哺乳動物培養細胞、出芽酵母、分裂酵母、カイコ細胞、アフリカツメガエル卵細胞などが一般に用いられるが、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを発現できるものであれば、いかなる真核細胞でもよい。発現ベクターを真核細胞に導入するには、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法など公知の方法を用いることができる。
【0052】
ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを原核細胞や真核細胞で発現させたのち、培養物から目的のポリペプチドを単離精製するためには、公知の分離操作を組み合わせて行うことができる。例えば、尿素などの変性剤や界面活性剤による処理、超音波処理、酵素消化、塩析や溶媒沈殿法、透析、遠心分離、限外濾過、ゲル濾過、SDS-PAGE、等電点電気泳動、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0053】
なお、以上の方法によって得られる組換えのECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドには、他の任意のタンパク質との融合タンパク質も含まれる。例えば、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)や緑色蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質などが例示できる。さらに、形質転換細胞で発現されたペプチドは、翻訳された後、細胞内で各種修飾を受ける場合がある。したがって、修飾されたペプチドも抗原ポリペプチドとして用いることができる。このような翻訳後修飾としては、N末端メチオニンの脱離、N末端アセチル化、糖鎖付加、細胞内プロテアーゼによる限定分解、ミリストイル化、イソプレニル化、リン酸化などが例示できる。
【0054】
ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを用いて、被験者由来のサンプルにおけるECSAファミリー遺伝子の発現を検出するためには、被験者のサンプル(血清)中に、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドと結合する血清中抗体が存在するか否かを試験する。そして血清中にその抗体が存在する被験者には、食道癌が存在することを判定し、並びに/あるいはその被験者を食道癌患者又は食道癌ハイリスク者と判定する。すなわち、ECSAファミリーポリペプチドは、食道癌患者に由来する血清中抗体と結合するポリペプチドであるから、被験者の血清と反応させた結果、サンプルがこれらのECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドと結合する血清中抗体を含む場合には、食道癌患者又はそのハイリスク患者のサンプルとして判定することができる。
【0055】
また、上記ECSAファミリーポリペプチドに対する血清中抗体は、既存の腫瘍マーカーと交差することがないため、他の腫瘍マーカーと併用することによって、高精度に、例えば陽性率30%以上で食道癌を検出することが可能となる。従って、本食道癌検出用キットに関して、他の食道癌マーカー、例えば癌胎児性抗原(CEA)、サイトケラチン19フラグメント抗原(CYFRA)及び扁平上皮癌関連抗原(SCC-Ag)を併用してもよい。これらのCEA抗原、CYFRA抗原及びSCC抗原を検出するための手段又はキットは市販されており、当業者であれば容易にこれらの抗原を検出することができる。また、サンプルとしては、血清中抗体が含まれるサンプル、すなわち血清を対象とすることができる。
【0056】
本食道癌検出用キットを用いた具体的な検出及び診断は、例えば食道癌検出用キットに含まれるECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドに被験者血清を接触させ、該ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドと被験者血清中の抗体とを液相中において反応させることにより行う。さらに血清中の抗体と特異的に結合する標識化抗体を反応させて、標識化抗体のシグナルを検出すればよい。標識化抗体に使用する標識としては、酵素、放射性同位体又は蛍光色素を使用することができる。酵素は、代謝回転数が大きいこと、抗体と結合させても安定であること、基質を特異的に着色させる等の条件を満たすものであれば特段の制限はなく、通常の酵素免疫アッセイ(EIA)に用いられる酵素、例えば、ペルオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、グルコース-6-リン酸化脱水素酵素、リンゴ酸脱水素酵素等を用いることもできる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。基質としては、使用する酵素の種類に応じて公知の物質を使用することができる。例えば酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合には、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジシンを、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。
【0057】
酵素を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。
【0058】
放射性同位体としては、125Iや3H等の通常のラジオイムノアッセイ(RIA)で用いられているものを使用することができる。放射性同位体を用いる場合には、放射性同位体の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。
【0059】
蛍光色素としては、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)やテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等の通常の蛍光抗体法に用いられるものを使用することができる。蛍光色素を用いる場合には、蛍光光度計や蛍光顕微鏡を組み合わせた測定装置によって蛍光量を測定すればよい。
【0060】
さらにまた、標識化抗体には、マンガンや鉄等の金属を結合させたものも含まれる。このような金属結合抗体を体内に投与し、MRI等によって金属を測定することによって、血清中抗体の存在、すなわちECSAファミリー遺伝子の発現を検出することができる。
【0061】
シグナルの検出は、例えば、ウエスタンブロット分析を採用することができる。あるいは、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチド+血清中抗体+標識化抗体の結合体を、公知の分離手段(クロマト法、塩析法、アルコール沈殿法、酵素法、固相法等)によって分離し、標識化抗体のシグナルを検出するようにしてもよい。
【0062】
また、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを固相(プレート、メンブレン、ビーズ等)上に固定化し、この固相上において被験者血清の抗体との結合を試験することもできる。ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを固相上に固定化することによって、未結合の標識化結合分子を容易に除去することができる。また特に、数十種類のECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドを固定化したメンブレンを用いるプロテインアレイ法では、0.01ml程度の被験者血清を用いて多種類の抗体の発現を短時間で解析することができる。
【0063】
このように抗体の存在に基づいて食道癌の検出又は診断を行う場合、ECSAファミリー遺伝子が発現した時点から免疫系によって抗体の産生が促進されるため、腫瘍の進展段階(ステージ)によらず、早期段階で高感度(陽性率20%以上)に該抗体を検出することができ、食道癌を検出及び診断することができる。
【0064】
(b)ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体
ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体は、癌細胞において発現されたECSAファミリーポリペプチドと結合することができるため、該抗体を用いてサンプル中のECSAファミリーポリペプチドとの反応を検出することによって、該サンプルが食道癌を含むか否か、そして該サンプルが癌患者又はハイリスク者に由来するか否かを診断することができる。
【0065】
ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体は、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体であり、それぞれECSAファミリーポリペプチドのエピトープに結合することができる全体分子、及びFab、F(ab’)2、Fvフラグメント等が全て含まれる。このような抗体は、例えばポリクローナル抗体の場合には、ECSAファミリーポリペプチドやその一部断片を免疫原として動物を免疫した後、血清から得ることができる。あるいは、上記の真核細胞用発現ベクターを注射や遺伝子銃によって、動物の筋肉や皮膚に導入した後、血清を採取することによって作製することができる。動物としては、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ニワトリなどが用いられる。
【0066】
また、モノクローナル抗体は、公知のモノクローナル抗体作製法(「単クローン抗体」、長宗香明、寺田弘共著、廣川書店、1990年; "Monoclonal Antibody" James W. Goding, third edition, Academic Press, 1996)に従い作製することができる。モノクローナル抗体を作製するための一般的な手順について以下に具体的に説明する。
【0067】
ECSAファミリーポリペプチド又はその一部断片を含む免疫原を用いて哺乳動物を免疫し、必要に応じて適宜に追加免疫して動物を充分に感化する。免疫原は、例えば、上述のように発現ベクターからインビトロ転写で発現させたECSAファミリーポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド、又は形質転換体から発現させたECSAファミリーポリペプチド若しくはその抗原性ペプチドを免疫原とすることができる。例えば、HCA25aポリペプチド(配列番号21)を用いることが可能である。あるいは、その一部断片(10〜20アミノ酸)の場合には合成ペプチドであってもよい。これらの免疫原は、他のタンパク質(例えば、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ:GST)との融合タンパク質の形で使用することもできる。このような融合タンパク質の使用は、宿主−ベクター系の発現産物からの目的ポリペプチドの単離、及び後記するハイブリドーマ細胞のスクリーニング工程を容易かつ確実とする点において好ましい。
【0068】
被免疫動物としては、公知のハイブリドーマ作製法に用いられる哺乳動物を使用することができる。具体的には、たとえばマウス、ラット、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ウマ等である。ただし、摘出した抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞の入手容易性等の観点からは、マウス又はラットを被免疫動物とするのが好ましい。また、実際に使用するマウス及びラットの系統は特に制限はなく、マウスの場合には、たとえば各系統A、AKR、BALB/c、BDP、BA、CE、C3H、57BL、C57BR、C57L、DBA、FL、HTH、HT1、LP、NZB、NZW、RF、RIII、SJL、SWR、WB、129等が、またラットの場合には、たとえば、Low、Lewis、Spraque、Daweley、ACI、BN、Fischer等を用いることができる。このうち、後述のミエローマ細胞との融合適合性を勘案すれば、マウスではBALB/c系統が、ラットではlow系統が被免疫動物として特に好ましい。なお、これらマウス又はラットの免疫時の週齢は5〜12週齢が好ましい。
【0069】
動物の免疫は、免疫原の溶液を動物の皮内又は腹腔内に投与することによって行うことができる。免疫原の投与スケジュールは被免疫動物の種類、個体差等により異なるが、一般には、抗原投与回数2〜6回、投与間隔1〜2週間である。また、抗原の投与量は動物の種類、個体差等により異なるが、一般には、10〜100μg/μl程度とする。
【0070】
上記の投与スケジュールの最終免疫日から1〜5日後に被免疫動物から抗体産生細胞を含む脾臓細胞又はリンパ細胞を無菌的に取り出す。これらの脾臓細胞又はリンパ細胞からの抗体産生細胞の分離は、公知の方法に従って行うことができる。
【0071】
次いで、抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合する。このミエローマ細胞には特段の制限はなく、公知の細胞株から適宜に選択して用いることができる。ただし、融合細胞からハイブリドーマを選択する際の利便性を考慮して、その選択手続が確立しているHGPRT(Hpoxanthine-guanine phosphoribosyl transferase)欠損株を用いるのが好ましい。すなわち、マウス由来のX63-Ag8(X63)、NS1-Ag4/1(NS-1)、P3X63-Ag8.Ul(P3Ul)、X63-Ag8.653(X63.653)、SP2/0-Ag14(SP2/0)、MPC11-45.6TG1.7(45.6TG)、FO、S149/5XXO,BU.1等、ラット由来の210.RSY3.Ag.1.2.3(Y3)等、ヒト由来のU266AR(SKO-007)、GM1500・GTG-A12(GM1500)、UC729-6、LICR-LOW-HMy2(HMy2)、8226AR/NIP4-1(NP41)等である。
【0072】
抗体産生細胞とミエローマ細胞との融合は、公知の方法に従い、細胞の生存率を極度に低下させない程度の条件下で適宜実施することができる。そのような方法は、例えば、ポリエチレングリコール等の高濃度ポリマー溶液中で抗体産生細胞とミエローマ細胞とを混合する化学的方法、電気的刺激を利用する物理的方法等を用いることができる。
【0073】
融合細胞と非融合細胞の選択は、例えば、公知のHAT(ヒポキサンチン・アミノプテリン・チミジン)選択法により行うのが好ましい。この方法は、アミノプテリン存在下で生存し得ないHGPRT欠損株のミエローマ細胞を用いて融合細胞を得る場合に有効である。すなわち、未融合細胞及び融合細胞をHAT培地で培養することにより、アミノプテリンに対する耐性を持ち合わせた融合細胞のみを選択的に残存させ、かつ増殖させることができる。
【0074】
目的とするモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞のスクリーニングは、公知の酵素免疫検定法(EIA:Enzyme Immunoassay)、放射線免疫測定法(RIA:Radio Immunoassay)、蛍光抗体法等により行うことができる。また、融合タンパク質を免疫原とした場合には、融合パートナーであるタンパク質について上記の各スクリーニング方法を併せて実施することによって、より確実にハイブリドーマ細胞をスクリーニングすることができる。
【0075】
このようなスクリーニングによって、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドと特異的に結合するモノクローナル抗体をそれぞれに産生するハイブリドーマ細胞群が得られる。なお、スクリーニング後のハイブリドーマ細胞は、メチルセルロース法、軟アガロース法、限界希釈法等の公知の方法によりクローニングし、抗体産生に用いる。
【0076】
以上の通りの方法によって得たハイブリドーマ細胞は、液体窒素中又は−80℃以下の冷凍庫中に凍結状態で保存することができる。
【0077】
上述のとおり作製したハイブリドーマ細胞を公知の方法で培養することによって、ECSAファミリーポリペプチド又は抗原性ペプチドと特異的に結合するモノクローナル抗体を得ることができる。培養は、例えば、前記のクローニング法で使用した同じ組成の培地中で培養してもよく、あるいはモノクローナル抗体を大量に産生するためには、マウス腹腔内にハイブリドーマ細胞を注射し、腹水からモノクローナル抗体を採取してもよい。
【0078】
このようにして得たモノクローナル抗体は、例えば硫安塩析法、ゲル濾過法、イオン交換クロマトグラフィー法、アフィニティークロマトグラフィー法等により精製することができる。
【0079】
またECSAファミリーポリペプチドに対する抗体には、標識物質によって標識化された抗体も含まれる。そのような標識化抗体の詳細については、上記を参照されたい。
【0080】
ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体を用いて被験者由来のサンプル中のECSAファミリーポリペプチドの発現を検出し、ヒト食道癌を検出又は診断する場合には、被験者のサンプル中に、ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体又はその標識化抗体と結合するECSAファミリーポリペプチドが存在するか否かを試験し、サンプル中にそのECSAファミリーポリペプチドが存在する被験者を食道癌患者又はそのハイリスク者と判定する。すなわち、ここで使用する抗体又は標識化抗体は、食道癌細胞で発現しているECSAファミリーポリペプチドと特異的に結合する抗体であるから、この抗体と結合するECSAファミリーポリペプチドを含むサンプルを、食道癌患者又はそのハイリスク患者の試料として判定することができる。また、サンプルとしては、ECSAファミリーポリペプチドが発現されるサンプルであれば特に限定されるものではなく、血液や血液細胞(単核球等)、組織(食道器官組織など)を対象とすることができる。
【0081】
また別の態様は、抗体とECSAファミリーポリペプチドとの結合を液相系において行う方法である。例えば、標識化抗体とサンプルとを接触させて標識化抗体とECSAファミリーポリペプチドを結合させ、この結合体を上記と同様の方法で分離し、標識シグナルを同様の方法で検出する。
【0082】
液相系での診断の別の方法は、ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体(一次抗体)とサンプルとを接触させて一次抗体とECSAファミリーポリペプチドを結合させ、この結合体に標識化抗体(二次抗体)を結合させ、この三者の結合体における標識シグナルを検出する。あるいは、さらにシグナルを増強させるためには、非標識の二次抗体を先ず抗体+ECSAファミリーポリペプチド結合体に結合させ、この二次抗体に標識物質を結合させるようにしてもよい。このような二次抗体への標識物質の結合は、例えば二次抗体をビオチン化し、標識物質をアビジン化しておくことによって行うことができる。あるいは、二次抗体の一部領域(例えば、Fc領域)を認識する抗体(三次抗体)を標識し、この三次抗体を二次抗体に結合させるようにしてもよい。なお、一次抗体と二次抗体は、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、一次抗体と二次抗体のいずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。液相からの結合体の分離やシグナルの検出は上記と同様とすることができる。
【0083】
また別の態様は、抗体とECSAファミリーポリペプチドとの結合を固相系において試験する方法である。この固相系における方法は、極微量のECSAファミリーポリペプチド検出と操作の簡便化のため好ましい方法である。すなわちこの固相系の方法は、ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体(一次抗体)を固相(樹脂プレート、メンブレン、ビーズ等)に固定化し、この固定化抗体にECSAファミリーポリペプチドを結合させ、非結合ポリペプチドを洗浄除去した後、プレート上に残った抗体+ECSAファミリーポリペプチド結合体に標識化抗体(二次抗体)を結合させ、この二次抗体のシグナルを検出する方法である。この方法は、いわゆる「サンドイッチ法」と呼ばれる方法であり、マーカーとして酵素を用いる場合には、「ELISA(enzyme linked immunosorbent assay)」として広く用いられている方法である。一次抗体と二次抗体は、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、一次抗体と二次抗体のいずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。シグナルの検出は上記と同様とすることができる。
【0084】
あるいは、免疫組織化学染色法(例えば免疫染色法)又は免疫電顕法のように、ECSAファミリーポリペプチドのin situ検出のために、ECSAファミリーポリペプチドに対する抗体を組織学的に用いることも可能である。in situ検出は、被験体から組織学的サンプルを切除し(組織のパラフィン包埋切片など)、それに標識した抗体を接触させることにより実施しうる。
【0085】
(c)ECSAファミリー遺伝子に基づいて設計されたプローブDNA又はプライマーDNA
本食道癌検出用キットは、ECSAファミリー遺伝子のDNAの全部若しくは一部の配列又はその相補配列を含むプライマーDNA又はプローブDNAを含むものであってもよい。該プライマーDNA又はプローブDNAは、被験者由来のサンプル中に発現しているECSAファミリーポリペプチドのmRNA又は該mRNAに対応するcDNAと特異的に結合して、サンプル中のECSAファミリー遺伝子の発現を検出することが可能である。
【0086】
プライマーDNA及びプローブDNAは、ECSAファミリー遺伝子の塩基配列、具体的には、配列番号1、3、5、又は8〜20に示される塩基配列に基づいて、公知のプログラムや公開されているウェブサイト(例えばhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/tools/primer-blast/index.cgi?LINK_LOC=BlastHomeAd等)により容易に設計することができる。プライマーとして実質的な機能を有するDNAの長さとしては、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは15〜50塩基であり、さらに好ましくは20〜30塩基である。またプローブとして実質的な機能を有するDNAの長さとしては、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは15〜50塩基であり、さらに好ましくは20〜30塩基である。
【0087】
本発明において用いることができる具体的なプライマーDNAとしては、例えば配列番号28〜59に示される塩基配列を有するものが挙げられる。
【0088】
上述のように設計したプライマーDNA及びプローブDNAは、当業者に公知の方法に従って調製することができる。さらに、当業者には周知のように、プライマーDNA又はプローブDNAには、アニーリング又はハイブリダイズする部分以外の配列、例えばタグ配列などの付加配列が含まれていてもよく、上述したプライマーDNA又はプローブDNAにそのような付加配列が付加されたものも本発明において用いることができる。
【0089】
被験者由来のサンプルにおけるECSAファミリー遺伝子の発現を検出するためには、上記プライマーDNA及び/又はプローブDNAをそれぞれ増幅反応又はハイブリダイゼーション反応において用い、その増幅産物又はハイブリッド産物を検出する。
【0090】
サンプルとしては、便や血液、血液細胞(単核球等)、組織(食道器官組織など)を対象とすることができる。また増幅反応又はハイブリダイゼーション反応を行う場合には、通常は、被験者由来のサンプルからmRNA又は該mRNAに対応するcDNAを調製する。mRNA及びcDNAは、当技術分野で周知の方法を適宜使用して抽出することができる。例えば、RNAを抽出する場合には、グアニジン−塩化セシウム超遠心法、ホットフェノール法、又はチオシアン酸グアジニウム−フェノール−クロロホルム(AGPC)法などを利用することができる。cDNAは、公知の逆転写酵素を利用して調製することができる。以上のように調製したサンプルを用いて、以下に示す増幅反応及び/又はハイブリダイゼーション反応を行う。
【0091】
プライマーDNAを用いてmRNA又はcDNAを鋳型とした増幅反応を行い、その特異的増幅反応を検出することにより、サンプル中のECSAファミリー遺伝子の発現の検出を行うことができる。増幅手法としては、特に限定されないが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法の原理を利用した公知の方法を挙げることができる。増幅は、増幅産物が検出可能なレベルになるまで行う。PCRの最適条件は、当業者であれば容易に決定することができる。またRT-PCR法では、まず、mRNAを鋳型として、逆転写酵素反応によりcDNAを作製し、その後、作製したcDNAを鋳型として一対のプライマーを用いてPCR法を行う。なお、増幅手法として競合PCR法やリアルタイムPCR法等の定量的PCR法などを採用することにより、定量的な検出が可能となる。
【0092】
上記増幅反応後に特異的な増幅反応が起こったか否かを検出するには、増幅反応により得られる増幅産物を特異的に認識することができる公知の手段を用いることができる。例えば、アガロースゲル電気泳動法等を利用して、特定のサイズの増幅断片が増幅されているか否かを確認することにより、特異的な増幅反応を検出することができる。
【0093】
あるいは、増幅反応の過程で取り込まれるdNTPに、放射性同位体、蛍光物質、発光物質などの標識体を作用させ、この標識体を検出することができる。放射性同位体としては、32P、125I、35Sなどを用いることができる。また蛍光物質としては、例えば、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、スルホローダミン(SR)、テトラメチルローダミン(TRITC)などを用いることができる。また発光物質としてはルシフェリンなどを用いることができる。これら標識体の種類や標識体の導入方法等に関しては、特に制限されることはなく、従来公知の各種手段を用いることができる。例えば標識体の導入方法としては、放射性同位体を用いるランダムプライム法が挙げられる。
【0094】
標識したdNTPを取り込んだ増幅産物を観察する方法としては、上述した標識体を検出するための当技術分野で公知の方法であればいずれの方法でもよい。例えば、標識体として放射性同位体を用いた場合には、放射活性を、例えば液体シンチレーションカウンター、γ-カウンターなどにより計測することができる。また標識体として蛍光を用いた場合には、その蛍光を蛍光顕微鏡、蛍光プレートリーダーなどを用いて検出することができる。
【0095】
以上のようにして特異的な増幅反応が検出された場合には、サンプル中にECSAファミリー遺伝子が発現していることとなる。従って、サンプル中にECSAファミリー遺伝子が発現している被験者を食道癌患者又はハイリスク者と診断する。
【0096】
また、プローブDNAを用いてサンプルに対するハイブリダイゼーション反応を行い、その特異的結合(ハイブリッド)を検出することにより、ECSAファミリー遺伝子の発現を検出することもできる。
【0097】
ハイブリダイゼーション反応は、プローブDNAがECSAファミリー遺伝子に由来するmRNA又はcDNAのみと特異的に結合するような条件、すなわちストリンジェントな条件下で行う必要がある。
【0098】
ハイブリダイゼーションを行う場合には、プローブDNAに蛍光標識(フルオレセイン、ローダミンなど)、放射性標識(32Pなど)、ビオチン標識等の適当な標識を付加することができる。従って、本食道癌検出用キットには、上記のような標識を付加したプローブも含まれる。
【0099】
標識化プローブDNAを用いた検出は、サンプル又はそれから調製したmRNA若しくはcDNAとプローブDNAとをハイブリダイズ可能なように接触させることを含む。「ハイブリダイズ可能なように」とは、上述したストリンジェントな条件下にて特異的な結合が起こる環境(温度、塩濃度)において、ということである。具体的には、サンプル又はmRNA若しくはcDNAをスライドグラス、メンブラン、マイクロタイタープレート等の適当な固相に固定化し、標識を付加したプローブDNAを添加することにより、プローブDNAとサンプル又はmRNA若しくはcDNAとを接触させてハイブリダイゼーション反応を行い、ハイブリダイズしなかったプローブDNAを除去した後、サンプル又はmRNA若しくはcDNAとハイブリダイズしているプローブDNAの標識を検出する。標識が検出された場合には、サンプル中にECSAファミリー遺伝子が発現していることとなる。従って、サンプル中にECSAファミリー遺伝子が発現している被験者を食道癌患者又はハイリスク者と診断する。
【0100】
また、標識の濃度を指標とすることにより、定量的な検出も可能となる。標識化プローブDNAを用いた検出方法の例としては、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等を挙げることができる。
【0101】
以上のようにして、検出手段(a)〜(c)を用いて被験者由来のサンプル中のECSAファミリー遺伝子の発現を検出し、食道癌を検出し、又は診断することが可能である。本食道癌検出用キットを用いて食道癌の診断を行う場合には、被験者に由来するサンプル中のECSAファミリー遺伝子の発現量を測定し、そのECSAファミリー遺伝子の発現が健常者のそれらと比較して多い被験者を食道癌患者又はそのハイリスク者と判定する。具体的な判定基準としては、被験者のECSAファミリー遺伝子発現量が健常者のそれと比較して、10%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは70%以上、最も好ましくは100%以上である場合である。
【0102】
本食道癌検出用キットにより検出又は診断の対象となるのは食道癌であり、例えば限定するものではないが、食道扁平上皮癌(SCC)、腺癌、腺扁平上皮癌、腺様のう胞癌、及び未分化癌等が含まれる。また、ECSAファミリー遺伝子は食道癌以外の癌においても発現している可能性があり、そのため、他の癌(例えば大腸癌)を検出又は診断することも想定される。
【0103】
本食道癌検出用キットは、食道癌の検出及び/又は診断を行うための試薬キットである。このような試薬キットには、ECSAファミリーに属する遺伝子の発現を検出するための手段(ポリペプチド若しくはペプチド、抗体、プライマーDNA、プローブDNAなど)のほか、公知公用のキットに用いられている各種成分(例えばバッファー、サンプル処理用試薬、標識化抗体など)が含まれてもよい。
【0104】
またECSAファミリーのDNA又はポリペプチドは、食道癌において発現されるものであるため、その発現が癌化の原因となっている可能性がある。そのため、ECSAファミリーのDNA又はポリペプチドの機能又は発現を抑制すれば、細胞の癌化やその進行に対する治療効果が期待される。すなわち、ECSAファミリーのDNA又はポリペプチドの機能及び発現を抑制するための手段は、食道癌の予防及び/又は治療用医薬として有効である。そのような手段としては、ECSAファミリーのDNAの転写を抑制可能な手段、ECSAファミリーのDNAの翻訳を抑制可能な手段、及びECSAファミリーポリペプチドに対する抗体が挙げられる。
【0105】
さらに、ECSAファミリーのDNA又はポリペプチドは、食道癌において発現されるものであるため、この特異的発現を食道癌へのターゲティングとして利用することによって、食道癌治療薬を癌部位で有効に作用させることが可能となる。例えば食道癌にターゲティングする手段として、ECSAファミリーのDNAの発現制御領域の塩基配列、及びECSAファミリーポリペプチドに対する抗体が挙げられる。このような食道癌にターゲティングする手段と、食道癌治療薬若しくは予防薬又はそれをコードする遺伝子とを組み合わせて、食道癌を効果的に予防又は治療することが想定される。
【0106】
以下、実施例を示して本発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、本発明は以下の例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0107】
cDNAライブラリーの作製とスクリーニング
ヒト食道癌由来の培養細胞T.Tn株(Takahashi K, et al., Jpn J Oral Maxillofac Surgery 36: 307-316, 1990;Shimada H, et al., Surg Today 31: 597-604, 2001)は、カナマイシン(100μg/ml)を添加した10%のウシ胎児血清を含むDMEM培地で培養した。この細胞株T.Tnからグアニジンチオシアネート-フェノール-クロロホルム抽出法によりトータルRNA(250μg)を単離し、oligo-dT(Oligotex-dT30super, TAKARA社)を用いたポリ(A)セレクションを2回行い、mRNAを精製した。この得られたmRNA(5.7μg)を用いてT.Tn株のcDNAライブラリーを構築した。一本鎖cDNAは、Xho Iリンカープライマーと5-methyl dCTPを用いて合成した。この一本鎖cDNAからT4 DNA polymeraseにより平滑末端を有する二本鎖cDNAを合成し、この二本鎖cDNAの両端に制限酵素サイト(Eco RI/λZAP II)を含むリンカーを付加した。cDNAフラグメントをバクテリオファージ(Stratagene社)に挿入し、1.8×106個のクローンからなるcDNAライブラリーを作製した。
【0108】
上記で作製したT.Tn株のcDNAライブラリーの各ファージベクターを大腸菌XL1-Blueに感染させ、NZYアガロースプレート(10 g/L NZ amine、5 g/L Yeast extract、5 g/L NaCl、2 g/L MgSO4・7H2O、0.7% Agarose (Sigma社))上でプラークを形成させた。各感染大腸菌に対して、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)処理により発現誘導し、各cDNAがコードするペプチドを発現させた。このペプチドをニトロセルロース膜(NitroBind: Osmonics社)に転写し、TBS-T[0.5%Tween-20を含むTBS(10 mM Tris-HCl、150 mM NaCl;pH7.5)]で膜を洗浄して吸着したバクテリオファージを除去した後、1%のアルブミンを含むTBS-Tにて非特異反応を抑制した。このフィルターを2000倍希釈した3名の食道癌患者血清と室温でそれぞれ一夜反応させた。
【0109】
血清は、患者から単離した後、−80℃で保存し、使用直前にTBS-T溶液で2000倍に希釈して用いた。血清と、上記の発現ペプチドをブロットしたニトロセルロース膜とを室温で10〜20時間反応させて血清中の抗体が反応したペプチドを特定した。すなわち、二次抗体として5000倍に希釈したアルカリフォスファターゼ標識抗ヒトIgG-Fcヤギ抗体(Jackson社)を用いて反応させ、ニトロブルーテトラゾリウム(Wako社)と5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルホスフェート(Wako社)を用いた酵素発色反応により標識シグナルを検出し、発色反応陽性部位に一致するコロニーをアガロースプレート上から採取し、SM緩衝液(100 mM NaCl、10 mM MgSO4、50 mM Tris-HCl;pH7.5)に溶解させた。発色反応陽性コロニーが単一化するまで上記と同様の方法で、二次、三次スクリーニングを繰り返し、3名の患者血清中のIgGと反応するファージクローンを単離して、陽性クローン52個を得た。
【実施例2】
【0110】
抗原性ポリペプチドの同定
実施例1に従って得られた52クローンをヘルパーファージExAssist(Stratagene社)を用いてプラスミド(pBluescript II SK-)に変換し、インサートDNAをBig Dye DNA Sequencing Kit(ABI社)とABI Prism(PerkinElmer社)とを用いて配列決定した。既存データベースを用いて検索した結果、未知遺伝子由来の抗原が3種類含まれており、それらの塩基配列は類似していた。
【0111】
これらの新規の3遺伝子をそれぞれECSA(esophageal carcinoma SEREX antigen)-1、-2、-3と名付けた。それらの塩基配列を配列番号1、3及び5に、またこれらの遺伝子によりコードされるアミノ酸配列を配列番号2、4及び6にそれぞれ示す。それらは既知遺伝子HCA25a(hepatocellular carcinoma-associated antigen:肝細胞癌関連抗原)(Accession number: AF469043)とも類似しており、これらは新規の遺伝子ファミリーであると考えられた。なお、HCA25aの塩基配列及びアミノ酸配列をそれぞれ配列番号20及び21に示す。ECSA-1、-2又は-3とHCA25aとの塩基配列及びアミノ酸配列の相同性と部分配列のアライメントを図1及び図2に示す。この相同性はGenetyx(登録商標)ソフトウエア(株式会社ゼネティックス)を用いて計算された。
【実施例3】
【0112】
ECSAファミリーと食道癌との関連
ECSA-1、-2、及び-3タンパク質を抗原として食道癌患者及び健常者由来の血清中の抗体レベル(血清抗体価)をELISA法により測定した。具体的な操作は以下のとおりである:
1)発現クローニング法にて得られた精製タンパク質をELISA法の固相とする。96穴ELISAプレートに10μg/mlの濃度に調製した精製タンパク質を50 μL注入し、一晩室温に放置し、固相化させた。
2)0.1% Tween-20 を含むPBS(PBS-T)で洗浄し、10%ウシ胎児血清PBS溶液150 μLでブロッキング後、患者血清、及び対照血清(健常者の血清)を2000倍希釈し、その50 μLを固相化したタンパク質と1時間反応させた。
3)PBS-T洗浄後、5,000倍希釈した西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識ヤギ抗ヒトIgG抗体を50 μL加え1時間反応させた。
4)基質(o-phenylenediamine、Sigma社)を加えて発色させた後、4N 硫酸を30 μL加えて反応を止め、マイクロプレートリーダーにて490 nmの吸光度を測定した。
【0113】
その結果、食道癌患者血清(P)において健常者血清(N)より有意に高いレベルで抗体の存在が示された(図3)。
【0114】
また、ECSAファミリーでよく保存されている領域のアミノ酸配列を有するペプチドを6種類合成した。各合成ペプチドのHCA25aのアミノ酸配列における位置を図4Aに示す。またそれぞれの配列を以下に示す:
【0115】
合成ペプチドの配列
HCA-26/41: Biotin-EGGGGVSPPPGQPPCP(配列番号22)
HCA-57/71: Biotin-SGREVGGSAPCPASR(配列番号23)
HCA-85/97: Biotin-PLLGSEEPLCPASR(配列番号24)
HCA-88/97: Biotin-SEEPLCPASR(配列番号25)
HCA-74/88: Biotin-REVRGASARPPLLGS(配列番号26)
HCA-81/97: Biotin-ARPPLLGSEEPLCPASR(配列番号27)
【0116】
これらのペプチドを抗原として用いて、上記と同様のELISA法を行ってこれらの抗原に対する抗体の血清レベルを測定した。その結果を表2及び図4Bに示す。ペプチドHCA-81/97(配列番号27)に対する血清抗体レベルは、健常者血清より食道癌患者血清において有意に高かった。
【0117】
【表2】

【0118】
また、これらの合成ペプチドのうち、HCA26/41、HCA57/71及びHCA81/97の血清抗体価の分布を図5に示す。この結果から、抗原性ペプチドを用いた場合には、ECSAファミリーのポリペプチドと比較して、さらに感度及び特異性が向上することがわかる。
【実施例4】
【0119】
ECSAファミリーと反応するモノクローナル抗体の作製
HCA25a遺伝子を人工合成し、そのリコンビナントタンパク質(配列番号21)を調製し、モノクローナル抗体HCA mAb-1、-2、及び-3を作製した。具体的には、C末端にヒスチジンタグを付加した組換えHCA25aタンパク質を大腸菌BL21(DE3)RIL株に発現させ、これをニッケルキレートセファロースによりアフィニティー精製して免疫抗原とした。この免疫抗原をフロイント完全アジュバントと等量混合し、乳化させ、Balb/cマウスのフットパットへ1週間毎に3回免疫を行った。最後の免疫から2日後に、膝窩リンパ節由来のリンパ球とミエローマP3-X63Ag8U1(略称P3U1)とをポリエチレングリコール(PEG)法により細胞融合し、HATを含む15%FCS-RPMI-1640培地で10日間培養することでハイブリドーマを作出した。つづいて、ハイブリドーマ培養上清の反応性を抗原固相ELISAにより測定し、HCA25aに対するモノクローナル抗体産生クローンをスクリーニングした。反応性の良好な3クローンを選び、限界希釈法によるクローニング操作を2回行い、HCA25aに対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを3クローン樹立した。
【0120】
これらの抗体(ハイブリドーマ培養上清)と、ECSA-3、及び実施例3で調製した合成ペプチドの反応性をELISA法により調べた。その結果、HCA mAb-1、-2、及び-3のいずれも、ECSA-3タンパク質及びペプチドHCA-81/97と反応した(表3)。特にHCA mAb-1、及び-2の反応は強く、HCA mAb-3の反応はやや弱かった。他のペプチドには全く反応しないことから、HCA mAb-3抗体液は抗体濃度が低いと推定された。従って、これらの抗体の認識配列はHCA-81/97に含まれるARPPLLGSEEPLCPASRに存在すると考えられた。
【0121】
【表3】

【0122】
次に、モノクローナル抗体HCA mAb-1、-2、及び-3を用いて食道癌組織をStreptoavidin-Biotin-Complex 法で免疫染色した。具体的には、パラフィン包埋食道癌組織を薄切し、アルコール/キシレンで脱パラフィンを行い、10 mMクエン酸緩衝液(pH 6.0)中で95℃、40分間処理して抗原を露出させた。その後、3%過酸化水素水で内在性ペルオキシダーゼを失活させ、5%粉ミルクで1時間ブロッキングし、200倍希釈した一次抗体と1時間反応させた。次に洗浄液(Dako社)で5分間、3回洗浄し、ビオチン化抗マウスIgG抗体と反応させ、さらにストレプトアビジン結合HRP溶液(Dako社、LSAB HRP system)と反応させた。最後に3%過酸化水素水中diaminobenzidineを加えて発色させた。対比染色はヘマトキシリンで行なった。
【0123】
その結果、HCA mAb-1、及び-2によって正常組織に比べ食道癌組織において高い反応性が見られた(図6)。HCA mAb-3によっても同様の傾向は見られたが染色レベルは低く、その原因は前述のように抗体濃度が低いためと推定された。
【実施例5】
【0124】
別のECSAファミリー遺伝子の単離
実施例4で作製したモノクローナル抗体HCA mAb-1を用いて、それが認識する抗原を実施例1と同様に発現クローニング法により単離した。cDNAファージライブラリーはヒト食道癌細胞T.Tn、及びヒト精巣から調製したものを用いた。その結果、6種の抗原遺伝子が同定された(表4)。
【0125】
【表4】

【0126】
これらのアミノ酸配列の相同性からこのモノクローナル抗体の認識配列はARPPLLGSEEPLC(配列番号7)と推定された。遺伝子データベースの検索により、この配列の対応の塩基配列に類似した配列を持つ遺伝子としてFAM119Aが同定され(配列番号10)、これもECSAファミリーに属すると考えられた。その領域の他に、単離された6種の遺伝子はいずれも、ECSA-1〜-3と相同性の高いHCA25a遺伝子(配列番号20)の1000〜1300塩基対の領域(図10)と塩基配列相同性(約50〜70%)を保持していた。
【0127】
そこで、HCA25a遺伝子の1000〜1300塩基対の領域の配列(図10)を用いてホモロジーサーチを行なった結果、新たに9遺伝子が相同性(約50〜70%)を持つことが判明した(表5)。従って、これらもECSAファミリー遺伝子であると考えられた。
【0128】
【表5】

【実施例6】
【0129】
ECSAファミリーの癌特異的発現(1)
次に、ECSAファミリー遺伝子のmRNA発現レベルをRT-PCR法により測定した。具体的には、食道癌患者7名の食道癌組織(癌部)及び正常組織(癌部)を用いて、RNA Purification Kit(BioRad社)により全RNAを抽出し、Thermoscript (Invitrogen社)を用いて逆転写を行い、続いてKOD(Toyobo社)を用いてPCRを行なった。PCRは94℃、2分間の変性の後、94℃、15秒の変性、60℃、30秒のアニーリング、68℃、30秒の伸長反応の処理を35〜40サイクル行なった。
【0130】
【表6】

【0131】
その結果、ECSA-1、-2、-3、及びHCA25aのうち、ECSA-1、及び-3は非癌部(正常組織)に比べ癌部において高発現する傾向が見られた(図7)。一方、ECSA-2、及びHCA25aは両者で差が見られなかった。また、その他のファミリーメンバーではBBS5、C11orf72、SDHAP3、ARL17P1、及びCEP170L遺伝子は非癌部に比べ癌部において高発現する傾向が見られた(図8及び9)。
【実施例7】
【0132】
ECSAファミリーの癌特異的発現(2)
ECSAファミリーのmRNAレベルの発現を癌組織と周辺の正常組織で比較した。逆転写の手順までは上記の実施例6と同じである。定量的発現解析はUniversal Probe Library(ロシュ社)を用いたリアルタイムRT-PCR法を用いた。PCRは95℃、2分間の変性の後、95℃、15秒の変性、60℃、30秒のアニーリング/伸長反応の処理を60サイクル行なった。用いたプライマーは下記のとおりである。
【0133】
ECSA1-790F: taagggcggtgcaagatg(配列番号50)
ECSA1-867R: tagggagtggtgctgactctta(配列番号51)
ECSA2-778F: gagacttttcattttgttctgcact(配列番号52)
ECSA2-852R: gggggtaaggtcacagatca(配列番号53)
ECSA3-516F: gacatgggagacttttcattttg(配列番号54)
ECSA3-619R: ctgtgggattggtggtgata(配列番号55)
FAM119A-4219F: aatgcagttctttcccaagc(配列番号56)
FAM119A-4278R: ttttaatgtcatcctatgcgttg(配列番号57)
HCA25a-898F: cgttcttgaaaatctgttcctctt(配列番号58)
HCA25a-974R: agagggagaccgtggaaag(配列番号59)
【0134】
その結果、ECSA-1は調べた12組の組織のすべての組において正常組織より癌組織において高発現し、さらにそのうち7組について有意差(P<0.05)が認められた(図11)。ECSA-2は調べた12組の組織のうち11組において正常組織より癌組織において高発現し、さらにそのうち9組について有意差(P<0.05)が認められた(図12)。ECSA-3は調べた12組の組織のうち8組において正常組織より癌組織において高発現し、さらにそのうち5組について有意差(P<0.05)が認められた(図13)。これらは、8組の正常組織においてほとんど発現していなかった。FAM119Aは、調べた12組の組織のうち11組において正常組織より癌組織において高発現し、さらにそのうち4組について有意差(P<0.01)が認められた(図14)。HCA25aは調べた12組の組織のうち11組において正常組織と癌組織において発現レベルに差を認めなかった(図15)。
【0135】
以上のように、ECSAファミリーのECSA-1、ECSA-2、ECSA-3、FAM119Aは癌組織において高発現し、食道癌の診断に有用であると考えられた。このようにECSAファミリーのメンバー遺伝子の多くが癌化に伴って発現上昇することから、この遺伝子ファミリーが発癌に密接に関係していると推定された。
【産業上の利用可能性】
【0136】
本発明に係る食道癌検出用キット及び食道癌の診断方法により、食道癌を高精度で検出及び診断することができ、食道癌の早期診断に有用である。また、本発明に係る新規遺伝子及びポリペプチドは、食道癌との関連性を有し、食道癌の検出、診断、発生機序の解明などに用いることができる。
【配列表フリーテキスト】
【0137】
配列番号7:保存アミノ酸配列
配列番号22〜27:合成ペプチド
配列番号28〜59:合成プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のポリペプチド。
(a)配列番号2、4若しくは6に示されるアミノ酸配列を含むポリペプチド、又は
(b)配列番号2、4若しくは6に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、ヒト食道癌の抗原性ポリペプチドであるポリペプチド
【請求項2】
請求項1記載のポリペプチドに対する抗体。
【請求項3】
請求項1記載のポリペプチドをコードするDNA。
【請求項4】
以下の(a)又は(b)のDNA。
(a)配列番号1、3若しくは5に示される塩基配列を含むDNA、又は
(b)配列番号1、3若しくは5に示される塩基配列と相補的な配列を含むDNAに対し、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつヒト食道癌の抗原性ポリペプチドをコードするDNA
【請求項5】
請求項3又は4記載のDNAを含む発現ベクター。
【請求項6】
請求項3若しくは4記載のDNA、又は請求項5記載の発現ベクターを含み、該DNA領域を発現する形質転換体。
【請求項7】
配列番号8〜19に示される塩基配列において、配列番号1、3又は5に示される塩基配列と相補的な配列からなるDNAに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする領域からなり、食道癌においてRNAに転写されるDNA。
【請求項8】
食道癌検出用キットであって、
(a)食道癌SEREX抗原(ECSA)ファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド、
(b)ECSAファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチドに対する抗体、又は
(c)ECSAファミリーに属する遺伝子の塩基配列と相補的な配列における少なくとも15個の連続する塩基からなるプライマーDNA若しくはプローブDNA
を含有し、
ECSAファミリーに属する遺伝子が、(i)配列番号7に示される保存アミノ酸配列をコードするか、又は(ii)配列番号1、3若しくは5に示される塩基配列と相補的な配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることを特徴とする、
上記食道癌検出用キット。
【請求項9】
ECSAファミリーに属する遺伝子が、ECSA-1、ECSA-2、ECSA-3、HCA25a、GOSR1、FAM119A、BBS5、KLHDC6、C2orf3、C11orf72、FAM82B、SDHAP3、ARL17P1、CEP170L、FAM116A及びNEK5からなる群より選択される、請求項8記載のキット。
【請求項10】
(a)の抗原性ペプチドが、配列番号22〜27のいずれかに示されるアミノ酸配列を有するものである、請求項8又は9記載のキット。
【請求項11】
(b)の抗体が、HCA25aによりコードされるポリペプチドに対して生起されたものである、請求項8又は9記載のキット。
【請求項12】
(a)のポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド、(b)の抗体、又は(c)のDNAが標識されている、請求項8〜11のいずれか1項に記載のキット。
【請求項13】
(a)のポリペプチド若しくはその抗原性ペプチド、(b)の抗体、又は(c)のDNAが固定されている、請求項8〜12のいずれか1項に記載のキット。
【請求項14】
被験者由来のサンプルを調製するステップ、及び請求項8〜13のいずれか1項に記載のキットを用いて該サンプル中の食道癌SEREX抗原(ECSA)ファミリーに属する遺伝子の発現を検出するステップを含む、食道癌の診断方法。
【請求項15】
遺伝子の発現の検出が、サンプル中の、ECSAファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチドに対する抗体と、該キット中のポリペプチド若しくは抗原性ペプチドとを接触させ、該抗体と該ポリペプチド若しくは抗原性ペプチドとの反応を検出することにより行われる、請求項14記載の方法。
【請求項16】
遺伝子の発現の検出が、サンプル中の、ECSAファミリーに属する遺伝子によりコードされるポリペプチドと、該キット中の抗体とを接触させ、該ポリペプチドと該抗体との反応を検出することにより行われる、請求項14記載の方法。
【請求項17】
遺伝子の発現の検出が、該キット中のプライマーDNAを用いてサンプル中のECSAファミリーに属する遺伝子のmRNA若しくはそれに対応するcDNAを鋳型とした増幅反応を行い、増幅産物を検出することにより、あるいは該キット中のプローブDNAを、該サンプル中の該mRNA若しくはそれに対応するcDNAと接触させ、該プローブDNAと該mRNA若しくはcDNAとの反応を検出することにより行われる、請求項14記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−284135(P2010−284135A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−142265(P2009−142265)
【出願日】平成21年6月15日(2009.6.15)
【出願人】(390004097)株式会社医学生物学研究所 (41)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】