説明

新規金属錯体系イオン液体

【課題】金属錯体をカチオンとして含有するイオン性液体であって、前記金属錯体の中心金属に対し、気相等に存在する分子が配位又は脱離することにより状態が変化するイオン液体及び該イオン液体の利用方法を提供すること。
【解決手段】式


で表される金属錯体をカチオンとして含有することを特徴とするイオン液体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属錯体をカチオンとする新規なイオン液体及びその利用法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン液体とは、通常融点が100℃以下である塩のことを指し、近年、電解液及び新規反応溶媒等への応用を目的として、さかんに研究がなされている。このようなイオン液体としては、例えば、イミダゾリウム塩、ピリジニウム塩、アルキルアンモニウム塩、ホスホニウム塩及びそれらの誘導体等が知られている。しかし、イオン液体の種類及びその特性についてはまだ十分知られておらず、新規イオン液体及びその利用可能性に関心が高まっている。
【0003】
前記イオン液体の中でも、金属錯体をカチオンとするイオン液体は、幅広い利用可能性が期待される。例えば、特許文献1には、新規なメタロセン系イオン液体が開示されており、酸化反応試薬、磁性流体、MR流体及び磁気記録媒体等への利用が考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−37336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、金属錯体をカチオンとして含有するイオン性液体であって、前記金属錯体の中心金属に対し、気相等に存在する分子が配位又は脱離することにより状態が変化するイオン液体及び該イオン液体の利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、特定の構造を有する金属錯体が前記課題を解決し得ることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の発明を含むものである。
[1]下記一般式(1)
【0008】
【化1】

【0009】
(式中、R〜R11は、それぞれ同一又は異なって、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、オキソ基、ニトロ基、ニトリル基、ビニル基、カルボキシル基、置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を示し、かつ前記R〜R11のうち少なくとも1以上は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数3〜20のアルキル基(但し、tert−ブチル基及びiso−ブチル基は除く。)、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数2〜20のアルコキシ基を示す。Mは、銅原子、ニッケル原子、パラジウム原子又は白金原子を示す。)
で表される金属錯体をカチオンとして含有することを特徴とするイオン液体。
[2]下記一般式(2)
【0010】
【化2】

【0011】
(式中、R12は、水素原子又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を、R13は、置換基を有していても良い直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を示し、かつ前記R12及びR13のうち少なくとも1以上は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数3〜20のアルキル基(但し、tert−ブチル基及びiso−ブチル基は除く。)、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数2〜20のアルコキシ基を示す。Mは、銅原子又はニッケル原子を示す。)
で表される金属錯体をカチオンとして含有することを特徴とする前記[1]に記載のイオン液体。
[3]前記イオン液体が、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミドをアニオンとして含有することを特徴とする前記[1]又は[2]に記載のイオン液体。
[4]前記[1]〜[3]のいずれか一項に記載のイオン液体から構成される分子センサー。
[5]液体状、ゲル状またはフィルム状であることを特徴とする前記[4]に記載の分子センサー。
[6]前記イオン液体へ気相分子が可逆的に配位又は脱離することにより、色調が可逆的に変化することを特徴とする前記[4]又は[5]に記載の分子センサー。
【発明の効果】
【0012】
本発明のイオン液体は、特定の構造を有する金属錯体を用いることにより、気相等の分子が前記金属錯体の中心金属に対し配位又は脱離することで、色調、融点、粘度及び磁性等の変化を起こすため、分子センサー用途等に用いることができる。例えば、色調の変化等、視認できる変化を利用する場合、広く普及しているガス検知器等と異なり、検体の存在を判別するのに電子回路が不要である等の利点を有する。分子の配位又は脱離は可逆的であるため、分子を吸着させた状態の液体は、該分子の徐放剤としても利用でき、この場合、分子の放出度合いが前記変化により容易に判断できる。また、本発明品は液体であるため、塗布、封入、ゲル化及びフィルム化等が容易であり、利用形態に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例品1の有機溶媒吸収による色調変化を示す写真である。
【図2】実施例品1が有機溶媒を吸収した試料のUVスペクトルである。
【図3】実施例品3の有機溶媒吸収による色調変化を示す写真である。
【図4】実施例品1のDMSO吸収による相変化を示す写真である(左:吸収前、右:吸収後)。
【図5】製造例1のフィルムのメタノール吸収による色調変化を示す写真である(左:吸収前、右:吸収後)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明におけるイオン液体とは、融点が100℃以下でカチオン成分とアニオン成分とからなるイオン性物質のことを表す。また、使用の形態によっては、室温(約10〜35℃)で液体であることが好ましい。
【0015】
本発明のイオン液体は、特定の構造を有する金属錯体を用いることにより、有機溶媒等の分子が前記金属錯体の中心金属に対し配位又は脱離して色調、融点、粘度及び磁性等の変化を起こす。前記配位又は脱離する分子は、気相に存在するものであってもよく、液相、固相に存在するものであってもよい。前記分子を本発明のイオン液体に接触させることにより、該イオン液体の性質(色調、融点、粘度及び磁性)等が変化し、分子センサー等の用途に好ましく供される。
【0016】
本発明のイオン液体は、下記一般式(1)
【0017】
【化3】

【0018】
(式中、R〜R11は、それぞれ同一又は異なって、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、オキソ基、ニトロ基、ニトリル基、ビニル基、カルボキシル基、置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を示し、かつ前記R〜R11のうち少なくとも1以上は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数3〜20のアルキル基(但し、tert−ブチル基及びiso−ブチル基は除く。)、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数2〜20のアルコキシ基を示す。Mは、銅原子、ニッケル原子、パラジウム原子又は白金原子を示す。)
で表される金属錯体をカチオンとして含有することを特徴とする。
【0019】
前記R〜R11の全てがそれぞれ同一又は異なって、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、オキソ基、ニトロ基、ニトリル基、ビニル基、カルボキシル基、置換基を有していてもよいメチル基、置換基を有していてもよいエチル基、置換基を有していてもよいメトキシ基、tert−ブチル基又はiso−ブチル基である場合には、得られるイオン性物質の融点が非常に高くなり、イオン液体が得られない。
【0020】
前記一般式(1)において、Mで表される中心金属元素は、ニッケル、銅、パラジウム又は白金であり、安定な錯体を形成できる、色調変化が視認しやすい等の点から、ニッケル又は銅であることが好ましい。
【0021】
前記ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子が挙げられる。また、「置換基を有していても良い」という表現における「置換基」とは、本発明の効果を妨げない限り特に限定されないが、例えば、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子)、ニトロ基、アセチル基、アミノ基、水酸基、アリール基、シアノ基、スルホ基、カルボキシル基、カルバモイル基、ホスフィノ基、アミノスルホニル基及びオキソ基等が挙げられ、合成が容易であることから、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子)、ニトロ基、アセチル基、アリール基、及びシアノ基等が好ましい。
【0022】
前記直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基としては、本発明の効果を妨げない限り特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基及びヘキサデシル基等が挙げられ、合成が容易である等の点から、直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜10のアルキル基が好ましく挙げられる。
【0023】
前記直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基としては、本発明の効果を妨げない限り特に限定されないが、メトキシ基、エトキシ基、トリチルオキシ基、メトキシメトキシ基、1−エトキシエトキシ基、2−トリメチルシリルエトキシ基及び2−トリメチルシリルエトキシメトキシ基等が挙げられ、合成が容易である等の点から、直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜10のアルコキシ基が好ましく挙げられる。
【0024】
前記一般式(1)で表される本発明の金属錯体のうち、さらに好ましい形態としては、合成が容易で、安定性が高く、かつ分子の配位又は脱離時の変化が顕著である点等から、下記一般式(2)
【0025】
【化4】

【0026】
(式中、R12は、水素原子又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を、R13は、置換基を有していても良い直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を示し、かつ前記R12及びR13のうち少なくとも1以上は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数3〜20のアルキル基(但し、tert−ブチル基及びiso−ブチル基は除く。)、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数2〜20のアルコキシ基を示す。Mは、銅原子又はニッケル原子を示す。)
で表されるものが挙げられる。
【0027】
また、前記一般式(2)のR12及びR13は、本発明のイオン液体が溶媒を吸着したときの安定性が高い等の点から、直鎖の飽和アルキル基又は直鎖の飽和アルコキシ基であることがさらに好ましい。
【0028】
また、本発明の金属錯体は、本発明の効果を妨げない限り特に限定されないが、ソルバトクロミックな金属錯体であることが好ましい。本発明において、ソルバトクロミックな金属錯体とは、ソルバトクロミズムを示す金属錯体、即ち溶媒の極性の変化によって色調が変化する金属錯体を表す。
【0029】
本発明のイオン液体を構成するアニオンは、本発明の効果を妨げない限り特に限定されないが、安定なイオン液体を構成できる等の点から、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミド(以下、TFSAともいう。)、ビス(フルオロスルホニル)アミド(以下、FSAともいう。)、ビス(ヘプタフルオロプロパンスルホニル)アミド、ビス(ノナフルオロブタンスルホニル)アミド、ジシアナミド及びトリシアノメタニド等が好ましく、TFSA及びFSA等がより好ましく、TFSAが最も好ましい。
【0030】
本発明のイオン液体は、前記カチオン及びアニオン以外にも、本発明の効果を妨げない限りの範囲において、適宜添加剤等の他の成分を含んでいてもよく、そのような成分としては、例えば、ゲル化剤(ポリビニリデンフルオリ‐ヘキサフルオロプロピレン共重合体等)、界面活性剤(ポリエチレングリコール等)、他のイオン液体(1‐ブチル‐3‐メチルイミダゾリウムTFSA等)及び溶媒(ジクロロメタン等)等が挙げられる。
【0031】
本発明のイオン液体は、広く公知の方法で製造することができる。本発明のイオン液体は、例えば、前記金属錯体の中心金属となる金属の硝酸塩、ジアミン配位子及びジケトナート配位子をモル比1:1:1の割合でエタノール中に溶解させ、25℃、常圧下で30分混合して反応させた後、リチウムTFSAを用いてアニオン交換を行うことによって合成されてもよい。
【0032】
本発明のイオン液体は、前記本発明特有の性質から、様々な用途を有しており、例えば、分子センサー、分子の徐放剤、分子吸蔵剤、気体分子のドナー数の評価、低極性液体中の配位性分子の検出、粘度を可逆的に調節できる液体材料、磁性の調節が可能な磁性流体等に用いることができる。
【0033】
前記分子センサーとしては、有機溶媒蒸気等の検知に好ましく用いられる。具体的には、例えば、製造プラント及び化学反応漕の内外での物質検出及び反応モニター等への適用が可能である。本発明のイオン液体を使用することで、溶媒蒸気の存在が色等で判別可能となり、電子回路が不要である等の利点を有する。
【0034】
また、前記金属錯体の中心金属に対する分子の配位又は脱離は可逆的であり、本発明のイオン液体は、可逆的に分子を吸脱着することが可能であるため、分子を吸着させた状態の液体は、分子の徐放性を持つ液体となり、分子の徐放剤として利用できる。分子の放出度合いは、色等により簡単に判別できる。
【0035】
また、本発明のイオン液体には、分子を吸着することで固体になる性質を有するものも包含される。そのようなイオン液体に液体状態で分子を吸収させ、固体状態にすることで容易に回収、運搬が可能となり、分子吸蔵剤として好ましく用いられる。また、前記固体状態のものを分子徐放剤として用いることもできる。
【0036】
従来、錯体を有機溶媒に溶解させて吸収スペクトルを測定することで、有機溶媒のドナー数(ルイス塩基性を表すパラメーター)を評価する技術があるが、本発明のイオン液体では、有機溶媒(液体)のみならず、気相分子のドナー数の評価も可能である。
【0037】
本発明のイオン液体は、低極性液体に溶解せず液滴として相分離し、濃度に応じて変色等の状態変化を生じるため、気相のみならず、低極性液体中の配位性分子の濃度検出にも用いられる。
【0038】
本発明のイオン液体は、前記金属錯体の中心金属に対し分子が配位又は脱離することにより粘度変化を生じるため、容易・かつ可逆に粘度を調節可能な材料としても利用できる。
【0039】
本発明のイオン液体のうち、特にニッケル錯体等をカチオンとするものは、分子を吸着することで磁性流体となるため、磁性の大きさを容易かつ可逆に調節できる磁性流体としても利用できる。また、分子センサー用途に利用する際にも、磁性を用いたモニターが可能となる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形が可能である。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0041】
N−ブチル−N,N’,N’−トリメチルエチレンジアミンは、N−ブチルエチレンジアミン(東京化成社製)と35%ホルムアルデヒド水溶液(和光純薬社製)、ギ酸(和光純薬社製)のモル比1:7:3混合溶液を24時間還流し、中和後ジエチルエーテルで抽出することで合成した。その他の試薬と溶媒は市販のものを用いた。
UV−Vis−NIR(紫外・可視・近赤外)スペクトルの測定には、紫外可視近赤外分光光度計(V−570、日本分光社製)及び積分球装置(ISN−470型、日本分光社製)を使用した。FT-IRスペクトルはThermo Nicolet Avatar 360を用い、サンプルをKbr板にはさみ、ペレット状に成形して測定した。
示差走査熱量測定は、示差走査熱量計(Q100 DSC、TA Instruments社製)を用いて行った。なお、温度範囲は−160℃〜100℃、昇温および冷却速度は特に断りの無い場合、10K/minとした。
イオン液体の粘度は、粘度計(東機産業社製、TV−22L)を用いて、25℃における粘度を測定した。測定条件は、ローターNo.7(3′×R7.7)を使用し、回転速度は100rpmとした。
【0042】
〔実施例1〕
Cu(NO・3HO(和光純薬社製、242mg,1.0mmol)をエタノール(10mL)に溶解させ、アセチルアセトン(和光純薬社製、0.10mL,1.0mmol)と乳鉢で粉砕した炭酸ナトリウム(和光純薬社製、53mg,0.5mmol)を加えた。さらに、系中に、N−ブチル−N,N’,N’−トリメチルエチレンジアミン(0.19mL,1.0mmol)を滴下して加えた。反応溶液を30分間撹拌後、未反応の炭酸ナトリウムと析出したNaNOをろ過により取り除き、ろ液にLiTFSA(和光純薬社製、574mg,1.5mmol)を加え数分撹拌した。溶媒を留去後ジクロロメタンに溶解させ、水で数回洗浄した。有機層を無水硫酸マグネシウムで脱水乾燥し、溶媒を留去した後、生成物を70℃で一晩真空加熱乾燥し、本発明のイオン液体を得た(実施例品1:[Cu(acac)(BuMeen)][TFSA]、暗紫色液体、収量499mg、収率83%)。
【0043】
【化5】

【0044】
〔実施例2〕
アセチルアセトンの代わりに3−ブチル−2,4−ペンタンジオン(東京化成社製、1.0mmol)を用いた以外は、実施例1と同様の操作で合成を行い、本発明のイオン液体を得た(実施例品2:[Cu(Bu−acac)(BuMeen)][TFSA]、暗紫色固体、収量510mg、収率78%)。合成直後は暗褐色の過冷却液体であったが、室温、大気中で数日放置すると結晶化した。
【0045】
【化6】

【0046】
〔実施例3〕
Ni(NO・6HO(小宗化学社製、582mg,2.0mmol)をエタノール(10mL)に溶解させ、アセチルアセトン(和光純薬社製、0.20mL,2.0mmol)と乳鉢で粉砕した炭酸ナトリウム(和光純薬社製、106mg,1.0mmol)を加えた。さらに、系中にN−ブチル−N,N’,N’−トリメチルエチレンジアミン(0.38mL,2.0mmol)を滴下して加えた。反応溶液を30分間撹拌後、未反応の炭酸ナトリウムと析出したNaNOをろ過により取り除き、ろ液にLiTFSA(和光純薬社製、1.14g,4.0mmol)を加え数分撹拌した。溶媒を留去後ジクロロメタンに溶解させ、水で数回洗浄した。有機層を無水硫酸マグネシウムで脱水乾燥し、溶媒を留去した後、生成物を70℃で一晩真空加熱乾燥し、本発明のイオン液体を得た(実施例品3:[Ni(acac)(BuMeen)][TFSA]、暗赤色液体、収量567mg、収率95%)。
【0047】
【化7】

【0048】
〔実施例4〕
アセチルアセトンの代わりに3−ブチル−2,4−ペンタンジオン(東京化成社製、2.0mmol)を用い、反応時間を10分間とした以外は、実施例3と同様の操作で合成を行い、本発明のイオン液体を得た(実施例品4:[Ni(Bu−acac)(BuMeen)][TFSA]、暗赤色液体、収率91%)。
【化8】

【0049】
〔試験例1〕
ガラス製のサンプル瓶に実施例品1及び実施例品3を20mg秤取し、それぞれ10mLの有機溶媒を入れたサンプル瓶とともにガラス容器に入れ、蓋をした。前記有機溶媒としては、アセトニトリル、アセトン、メタノール、DMF(ジメチルホルムアミド)、DMSO(ジメチルスルホキシド)、ピリジンの6種類を用い、実験を行った。イオン液体が、気相を通じてイオン液体に対し2当量の有機溶媒分子を吸着したことを秤量により確認し、その時点で目視による色調変化の評価とUV−Vis−NIR吸収スペクトルの測定を行った。
【0050】
実施例品1は、単体では暗紫色だが、配位能の異なる有機分子を気相から吸収することで、図1に示されるように、紫色(アセトニトリル、アセトン)、濃青色(メタノール)、青色(DMF、DMSO)、緑色(ピリジン)へと色調変化した。図2に、実施例品1単体、及びメタノール、DMF、DMSOを吸着した試料のUV−Vis−NIR吸収スペクトルを示した。実施例品1は単体で549nmに吸収極大波長を有するが、有機分子を吸収した試料では567nm(メタノール)、591nm(DMF)、611nm(DMSO)に吸収極大が見られた。アニオンの配位能が高いほど吸収極大は高波長シフトした。
【0051】
実施例品1の色調変化に必要な時間は数秒(アセトン)から数十時間(DMSO)であり、蒸気圧の高い分子ほど短時間であった。この色変化は可逆であり、大気中で放置すると分子が脱離し、元の暗紫色へと戻った。
【0052】
実施例品3は、単体では暗赤色だが、気相から有機分子を吸収することによって、図3に示されるように、赤色(アセトニトリル)、茶褐色(アセトン、メタノール)、薄緑色 (DMF、DMSO)、緑色(ピリジン)へと色調が変化した。実施例品3がメタノールを吸収したものは、室温では茶褐色であるが、さらにサーモクロミズムを示し、60℃では赤色、0℃では薄緑色へと色変化を示した。
【0053】
〔試験例2〕
試験例1と同じ条件下で、実施例品1に対するDMSO蒸気の吸収速度を、一定時間ごとに秤量を行うことで70時間まで計測した。DMSOが2当量付加するのに要する時間は約33時間であり、この間の吸収速度は0.18mg/hであった。2当量以上では吸収は緩やかとなり、吸収速度は0.09mg/hとなった。
【0054】
〔試験例3〕
実施例品1及び実施例品1にDMSO蒸気を吸収させた試料について、DSC測定によって熱物性を評価した。実施例品1は−160℃〜100℃で結晶化せず、ガラス転移(−48.8℃)のみを示したが、DMSOを1〜2当量吸収した試料は、昇温過程において低温(−30℃付近)で液体状態から結晶化を起こした。すなわち有機分子の付加によって、液体から結晶への変化が起こるようになった(図4)。生成した結晶の融点は室温付近(6〜24℃)であり、融点及びガラス転移点は、DMSO含量の増加に伴って低下した。
【0055】
〔試験例4〕
実施例品3は、融点59.6℃であり、室温で固体として存在するが、DMSO分子の付加によって液体(Tg=−83.9℃)に変化した。
【0056】
〔試験例5〕
DMSOを4当量吸収させた実施例品1の熱測定では、昇温過程において低温(−50.1℃)で全体が液体状態から結晶化した後、DMSOの融解(−30.0℃)とイオン液体の融解(5.6℃)が独立に観測された。このことから、この液体が六配位錯体と過剰なDMSOの混合物であることがわかる。
【0057】
〔試験例6〕
25℃における実施例品1の粘度は1188mPa・sであった。DMSOを1当量又は2当量吸収させた試料の粘度は、それぞれ191.3mPa・s、119.5mPa・sとなった。このように、分子付加によって顕著な粘度の変化が起こった。
【0058】
〔試験例7〕
エタノール(1〜10vol%)又は1−プロパノール(10vol%)を含むヘキサンに実施例品1を少量加えたところ、イオン液体の液滴が、それぞれ気相からエタノール、1−プロパノールを吸収した場合と同様の色調変化を起こした。低濃度(1vol%)の場合には色調変化に時間を要し、変色の度合いも小さかったものの、色変化自体は確認可能であった。このことから、本発明のイオン液体は、低極性液体とは混和せず、液滴として相分離するため、低極性液体中に溶解している配位性分子の検出も可能であることが明らかになった。
【0059】
〔製造例1〕
実施例品1に対して、下式で表されるゲル化剤PVdF−HFP(ポリ(ビニリデンフルオリド−co−ヘキサフルオロプロピレン)、シグマアルドリッチ社製)を20wt%又は50wt%加え、アセトン中で混合した。この溶液をシャーレに入れ、室温で静置することで、溶媒が完全に蒸発し、紫色・フィルム状のイオンゲルが得られた。得られたフィルムは半透明であり、若干の伸縮性を有していた。PVDF−HFPの含量が多いほど、得られるフィルムは高強度となった。PVDF−HFPの割合を10wt%とした場合には、フィルムは得られず、高粘度の半液体状物質が得られた。
【0060】
【化9】

【0061】
〔試験例8〕
作製したフィルム(ゲル化剤濃度20wt%又は50wt%)を用いて、気相の分子に対する応答性を評価した。フィルムをメタノール蒸気下におくと、蒸気を吸収し、数分(10分程度)で紫色から青色へと変色した(図5)。また、この状態のフィルムを大気下へ取り出すと、数秒(5秒程度)で元の紫色へと戻った。このことから、ゲル状態でも分子の可逆な脱着が可能であることが示された。
【0062】
〔試験例9〕
製造例1で作成したフィルム(ゲル化剤濃度20wt%)を、トリエチルアミンを20wt%含む水溶液に浸すと、1分以内にフィルムが紫から青に変色した。このことから、本発明のイオン液体から製造されたゲルを用いると、水中に溶解している配位性分子を検知できることが示された。
【符号の説明】
【0063】
1 実施例品1
2 アセトニトリル吸収後の実施例品1
3 アセトン吸収後の実施例品1
4 メタノール吸収後の実施例品1
5 DMF吸収後の実施例品1
6 DMSO吸収後の実施例品1
7 ピリジン吸収後の実施例品1
11 実施例品3
12 アセトニトリル吸収後の実施例品3
13 アセトン吸収後の実施例品3
14 メタノール吸収後の実施例品3
15 DMF吸収後の実施例品3
16 DMSO吸収後の実施例品3
17 ピリジン吸収後の実施例品3

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

(式中、R〜R11は、それぞれ同一又は異なって、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、オキソ基、ニトロ基、ニトリル基、ビニル基、カルボキシル基、置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を示し、かつ前記R〜R11のうち少なくとも1以上は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数3〜20のアルキル基(但し、tert−ブチル基及びiso−ブチル基は除く。)、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数2〜20のアルコキシ基を示す。Mは、銅原子、ニッケル原子、パラジウム原子又は白金原子を示す。)
で表される金属錯体をカチオンとして含有することを特徴とするイオン液体。
【請求項2】
下記一般式(2)
【化2】

(式中、R12は、水素原子又は置換基を有していても良い直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を、R13は、置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルキル基、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数1〜20のアルコキシ基を示し、かつ前記R12及びR13のうち少なくとも1以上は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数3〜20のアルキル基(但し、tert−ブチル基及びiso−ブチル基は除く。)、又は置換基を有していてもよい直鎖若しくは分岐状の炭素数2〜20のアルコキシ基を示す。Mは、銅原子又はニッケル原子を示す。)
で表される金属錯体をカチオンとして含有することを特徴とする請求項1に記載のイオン液体。
【請求項3】
前記イオン液体が、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミドをアニオンとして含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のイオン液体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のイオン液体から構成される分子センサー。
【請求項5】
液体状、ゲル状またはフィルム状であることを特徴とする請求項4に記載の分子センサー。
【請求項6】
前記イオン液体へ気相分子が可逆的に配位又は脱離することにより、色調が可逆的に変化することを特徴とする請求項4又は5に記載の分子センサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−63928(P2013−63928A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−203806(P2011−203806)
【出願日】平成23年9月16日(2011.9.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日 平成23年8月8日 掲載アドレス http://www.molsci.jp/2011/bk2011/block/4D11−4D19.pdf
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】