新規K04−0144D物質およびその製造法
【課題】MRSA感染症やβ−ラクタム系抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症の新しい治療薬を提供する。
【解決手段】本発明は、K04−0144物質を生産する能力を有するストレプトミセス エスピーに属するK04−0144株を代表とする微生物を培地に培養して、その培養液中から採取した新規K04−0144D物質は、抗菌剤として利用されているβ−ラクタム抗生物質と併用することによりその効果を増強する作用を有することから、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やβ−ラクタム抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症の治療薬として有用である。
【解決手段】本発明は、K04−0144物質を生産する能力を有するストレプトミセス エスピーに属するK04−0144株を代表とする微生物を培地に培養して、その培養液中から採取した新規K04−0144D物質は、抗菌剤として利用されているβ−ラクタム抗生物質と併用することによりその効果を増強する作用を有することから、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やβ−ラクタム抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症の治療薬として有用である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−ラクタム抗生物質と併用することにより抗MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)活性を増強するK04−0144D物質およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
黄色ブドウ球菌は、人や動物の皮膚、消化管内などの体表面に常在するグラム陽性球菌で、健常な人に対しては無害であるが、術後患者や新生児、高齢者のように免疫力の低下した場合に発症し、皮膚の切創や刺創に伴う化膿症などの皮膚軟部組織感染症から、肺炎、腹膜炎、敗血症、髄膜炎などに至る様々な重症感染症に加え、エンテロトキシンや毒素性ショック症候群毒素−1などの毒素産生による食中毒やショック症候群、腸炎などを引き起こす。重篤化する例も少なくなく、最悪の場合死に至るケースもある。近年、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、院内感染の主な原因菌として社会的問題となっている。この病原菌は、β−ラクタム系抗生物質など種々の薬剤に対する耐性を有しており、現在MRSA感染症の治療には、グリコペプチド系のバンコマイシンやアミノグリコシド系のアルベカシンといった抗生物質が使用されている。この他には、近年新たに開発されたキヌプリスチン/ダルホプリスチン合剤やオキサゾリジノン系抗生物質リネゾリドがある。
【0003】
現在MRSAに対して有効な薬剤として用いられているバンコマイシンやアルベカシンは、第8脳神経障害による聴力障害などの副作用を有することが知られている。また、グリコペプチド系抗生物質はショック、腎毒性、red man syndromeといった副作用を引き起こし、臨床で投与する際には血中濃度のモニタリングを行うなど、慎重に投与する必要がある。さらに、最近ではMRSAの多剤耐性化に加え、主たる治療薬であるバンコマイシンに対しても低感受性となった菌も報告されている。従って、新しい抗生物質の出現や新しい治療法の開拓か望まれている。実際新しい治療法として、β−ラクタム系抗生物質同士、もしくはβ−ラクタム系抗生物質と他の作用点の異なる抗生物質の併用療法が行われている(長谷川裕美ら、抗菌薬投与の科学、264−273、1998年)。また、それ自身では抗菌活性をほとんど示さないが、β−ラクタム系抗生物質の効力を回復あるいは活性化させる作用を有する物質が報告されている。例えば、特許文献1に開示された茶エキスまたはその活性フラクション(ポリフェノール化合物類)やステフォン類の化合物(特許文献2)があげられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表平9−509677号公報
【特許文献2】PCT/JP2006/305625号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような背景のもと、MRSAに対して抗菌活性を示す新しい構造を有する新規な抗生物質を提供することは重要である。また、MRSAに対するβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する薬剤は、β−ラクタム抗生物質の投与量を減量させ、投与期間を短縮させることにより耐性菌出現の頻度を低減させることが期待される。また同時に、作用の異なる2つの薬剤を併用することにより、薬剤耐性を克服することも期待される。
本発明の目的は、MRSA感染症やβ−ラクタム系抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症の新しい治療薬を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、微生物の生産する代謝産物を対象にMRSAに対して抗菌活性を示す化合物あるいはMRSAに対するβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する化合物を探索した結果、新たに土壌から分離した放線菌K04−0144株の培養液中に目的の活性を示す物質が産生されていることを見いだした。次いで、該培養物から目的の活性を示す物質を単離精製したところ、3種の抗MRSA抗生物質と1種のβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する化合物を得た。このような化学構造を有する物質は従来まったく知られていないことから、抗MRSA抗生物質をK04−0144A物質、K04−0144B物質およびK04−0144C物質、そしてβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する活性物質をK04−0144D物質と称することにした。またこれらすべてをK04−0144物質と称することとした。
【0007】
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって、下記の式[I]で表されるK04−0144A物質、下記の式[II]で表されるK04−0144B物質、下記の式[III]で表されるK04−0144C物質、および下記の式[IV]で表されるK04−0144D物質のいずれかであるK04−0144物質のうちのK04−0144D物質である。
【0008】
【化1】
【0009】
【化2】
【0010】
【化3】
【0011】
【化4】
【0012】
本発明はまた、ストレプトミセス属に属し、K04−0144D物質を生産する能力を有する微生物を培地で培養し、培養物中にK04−0144D物質を蓄積せしめ、該培養物からK04−0144D物質を採取し、前記微生物が、ストレプトミセス エスピー K04−0144(Streptomyces sp.K04−0144)(NITE BP−107)であるK04−0144D物質の製造法である。
【0013】
本発明の前記の式[I]、[II]、[III]、および[IV]で表される新規K04−0144物質を生産するために使用される菌株としては、一例として、本発明者らによって沖縄県石垣島の土壌から新たに分離されたストレプトミセス エスピー(Streptomyces sp.)K04−0144株があげられる。
【0014】
本菌株の菌学的性状を示すと次のとおりである。
(I)形態的性質
栄養菌糸は各種寒天培地上でよく発達し、分断は観察されない。気菌糸はイースト・麦芽エキス寒天培地やグリセロール・アスパラギン寒天培地で豊富に着生し、白色からグレーの色調を呈する。顕微鏡下の観察では、気菌糸上に20ケ以上の胞子の連鎖が認められ、その形態は螺旋状で、胞子の大きさは約1.0 x 1.0μmの円筒状である。胞子の表面は平滑である。菌核、胞子のうおよび遊走子は見出されない。
【0015】
(II)各種培地上での性状
イー・ビー・シャーリング(E.B.Shirling)とデー・ゴットリーブ(D.Gottlieb)の方法(インターナショナル・ジャーナル・オブ・システィマティック・バクテリオロジー、16巻、313頁、1966年)によって調べた本生産菌の培養性状を次表に示す。色調は標凖色として、カラー・ハーモニー・マニュアル第4版(コンテナー・コーポレーション・オブ・アメリカ・シカゴ、1958年)を用いて決定し、色票名とともに括弧内にそのコードを併せて記した。以下は特記しない限り、27℃、2週間目の各培地における観察の結果である。
【0016】
培養性状
【表1−1】
【表1−2】
【表1−3】
【0017】
(III)生理学的諸性質
(1)メラニン色素の生成
(イ)チロシン寒天 陰性
(ロ)ペプトン・イースト・鉄寒天 陰性
(ハ)トリプトン・イースト液 陰性
(ニ)単純ゼラチン培地(21〜23℃) 陰性
(2)硝酸塩の還元 陰性
(3)ゼラチンの液化(21〜23℃)(単純ゼラチン培地) 陰性
(4)スターチの加水分解 陽性
(5)脱脂乳の凝固(37℃) 陽性
(6)脱脂乳のペプトン化(37℃) 陽性
(7)生育温度範囲 12〜42℃
(8)炭素源の利用性(プリドハム・ゴトリーブ寒天培地)
利用する:D−グルコース、メリビオース、D−マンニトール、L−ラムノース
やや利用する:L−アラビノース、D−キシロース、ラフィノース、D−フラクトース、シュークロース
(9)セルロースの分解 陰性
【0018】
(IV)化学分類学的性状
細胞壁のジアミノピメリン酸はLL型、主要メナキノンはMK−9(H6)とMK−9(H8)である。
【0019】
(V)結論
以上、本菌の菌学的性状を要約すると次のとおりである。細胞壁中のジアミノピメリン酸はLL型、主要メナキノンはMK−9(H6)とMK−9(H8)である。胞子連鎖の形態は螺旋状で、長い胞子鎖を形成し、胞子の表面は平滑である。培養上の諸性質としては、栄養菌糸は褐色の色調を呈し、気菌糸は白色からグレー系の色調を呈する。メラニン色素は産生しない。
【0020】
これらの結果から、バージーズ・マニュアル・オブ・システマティック・バクテリオロジー、4巻、1989年に基づくストレプトミセス属に属する菌種であると考えられる。
【0021】
微生物の国際寄託
本菌株は、ストレプトミセス エスピー(Streptomyces sp.)K04−0144として、特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブタペスト条約に基づき、郵便番号292−0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2丁目5番8号(2−5−8 Kazusakamatari Kisarazu−shi,Chiba−ken 292−0818 Japan)に所在する独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(International Administrative Agency National Institute of Technology and Evaluation Patent Microorganisms Depositary(NPMD)に寄託した。寄託日は2005年6月30日、受託番号はNITE BP−107である。
【0022】
理化学的性状
次に、本発明のK04−0144物質の理化学的性状について説明する。
1.K04−0144A物質
(1)性状 :白色粉末
(2)分子式:C64H103N4O33P
HR Neg.ESI−MS(m/z)[M−H]−計算値1485.6206、実測値1485.6164
(3)分子量:1487
Neg.ESI−MS(m/z)で[M−H]−1485を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第
1図に示すとおりであり、末端吸収を示す
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは
第2図に示すとおりであり、νmax3399、2960、1722、1673、138
2、1068cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(6)比旋光度[α]D24+6.7°(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:メタノールや水に可溶、クロロホルムやヘキサンに不溶
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第3図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第4図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)および炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.97(6H),1.26(3H),1.38(2H),1.41(3H),1.60(3H),1.62(3H),1.67(3H),1.78(3H),1.90(2H),2.02(2H),2.04(3H),2.05(3H),2.10(4H),2.13(1H),2.17(1H),2.70(1H),3.24(1H),3.31(2H),3.34(1H),3.46(1H),3.51(1H),3.55(3H),3.60(3H),3.69(3H),3.81(1H),3.90(2H),4.10(2H),4.18(3H),4.29(3H),4.38(1H),4.43(1H),4.45(1H),4.47(2H),4.67(2H),5.06(1H),5.10(1H),5.14(1H),5.28(1H),5.38(1H),5.45(1H),5.93(1H)ppm
δC:16.1,16.4,17.8,18.0,23.3,23.5,24.0,26.0,27.7,27.9,27.9,32.4,32.7,33.5,35.9,36.5,40.9,42.9,55.7,56.9,62.5,66.9,68.5,69.4,71.6,71.6,72.2,72.6,73.8,73.8,74.0,74.1,74.7,75.0,75.2,75.4,76.4,78.0,78.2,78.3,79.7,82.4,86.1,96.2,103.2,104.3,104.7,105.0,109.3,122.7,123.5,125.4,126.8,132.2,137.4,141.6,142.6,151.1,159.2,173.5,173.8,174.2,174.6,175.1ppm
【0023】
以上のように、K01−0144A物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K01−0144A物質は前述の式[I]で表される化学構造であることが決定された。
【0024】
2.K01−0144B物質
(1)性状 :白色粉末
(2)分子式:C58H93N4O28P
HR Neg.ESI−MS(m/z)[M−H]−計算値1323.5656、実測値1323.5636
(3)分子量:1325
Neg.ESI−MA(m/z)[M−H]−1323を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第5図に示すとおりであり、末端吸収を示す
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは第6図に示すとおりであり、νmax3399、2923、1716、1675、1378、1068cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(6)比旋光度[α]D24+4.0°(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:水、メタノールやジメチルスルフォキシドに可溶、アセト
ン、クロロホルムやn−ヘキサンに不溶
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第7図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第8図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)および炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.97(6H),1.26(3H),1.38(2H),1.42(3H),1.60(3H),1.61(3H),1.67(3H),1.77(3H),1.91(2H),2.02(5H),2.03(3H),2.10(6H),2.70(2H),3.33(2H),3.56(3H),3.58(1H),3.60(1H),3.64(3H),3.84(3H),4.09(1H),4.12(1H),4.15(1H),4.17(1H),4.20(2H),4.28(1H),4.37(1H),4.44(1H),4.45(2H),4.67(2H),5.04(1H),5.10(2H),5.14(1H),5.29(1H),5.38(1H),5.45(1H),6.04(1H)ppm
δC:16.1,16.3,17.8,18.0,23.1,23.3,24.0,26.0,27.7,27.8,27.9,32.4,32.7,33.4,36.0,36.5,40.9,42.9,55.9,56.7,60.8,67.0,67.7,71.6,72.1,72.6,73.7,73.8,73.9,74.0,74.6,75.1,76.0,76.3,77.9,79.9,81.5,86.4,96.5,103.4,104.6,105.2,109.3,122.8,123.5,125.4,126.8,132.2,137.4,141.7,142.4,151.1,159.2,173.2,173.7,174.1,174.7,174.9ppm
【0025】
以上のように、K04−0144B物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K04−0144B物質は前述の式[II]で表される化学構造であることが決定された。
【0026】
3.K04−0144C物質
(1)性状 :白色粉末
(2)分子式:C58H94N5O27P
HR Nef.ESI−MS(m/z)[M−H]−計算値1322.5809、実測値1322.5795
(3)分子量:1324
Neg.ESI−MS(m/z)で[M−H]−1322を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第
9図に示すとおりであり、末端吸収を示す
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは
第10図に示すとおりであり、νmax3400、2925、1677、1648、1400、1066cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(6)比旋光度[α]D24+3.7°(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:水、メタノールやジメチルスルフォキシドに可溶、アセトン、クロロホルムやn−ヘキサンに不溶
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第11図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第12図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.97(6H),1.25(3H),1.38(2H),1.42(3H),1.60(3H),1.61(3H),1.67(3H),1.76(3H),1.91(2H),2.01(6H),2.04(2H),2.11(6H),2.70(2H),3.34(2H),3.56(4H),3.64(4H),3.72(1H),3.84(2H),4.06(1H),4.11(3H),4.17(1H),4.21(2H),4.42(1H),4.43(1H),4.45(1H),4.53(1H),4.67(2H),5.08(1H),5.12(1H),5.14(1H),5.31(1H),5.35(1H),5.38( H),5.99(1H)ppm
δC:16.1,16.4,17.8,17.9,23.1,23.3,23.9,26.0,27.7,27.9,27.9,32.3,32.6,33.4,36.0,36.5,40.9,42.9,56.5,56.7,61.0,67.2,67.6,70.7,72.3,72.8,73.5,73.7,73.9,74.0,74.4,75.7,76.0,76.0,78.3,79.4,81.6,85.1,96.2,103.5,103.9,104.9,109.3,122.6,123.5,125.4,126.8,132.2,137.3,141.6,142.1,151.1,159.2,173.7,173.7,173.7,174.0,174.7ppm
【0027】
以上のように、K04−0144C物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K04−0144C物質は前述の式[III]で表される化学構造であることが決定された。
【0028】
4.K04−0144D物質
(1)性状 :白色粉末
(2)融点 :138℃
(3)分子式:C25H41NO5S
HR FAB−MS(m/z)[M−H+2Na]+計算値512.2423、実測値512.2416
(4)分子量:467
FAB−MS(m/z)で[M−H+2Na]+512を観測
(5)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第13図に示すとおりであり、232nmで吸収極大を示す
(6)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは第14図に示すとおりであり、νmax3427、2927、2864、1641、1604、1398、1124、1078cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(7)比旋光度[α]D25+26.8°(c=0.1、メタノール)
(8)溶剤に対する溶解性:メタノールや水に可溶、クロロホルムやヘキサンに不溶
(9)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第15図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第16図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.84(5H),0.91(4H),1.00(3H),1.14(1H),1.20(1H),1.35(2H),1.63(4H),1.75(3H),1.98(3H),2.13(1H),2.42(1H),2.63(1H),2.77(1H),2.82(1H),3.02(1H),3.82(1H),4.41(1H),4.86(1H),5.03(1H),5.55(2H),6.35(1H)ppm
δC:12.0,16.0,19.3,22.3,22.8,24.4,27.8,34.0,34.1,37.7,39.2,39.8,41.1,43.0,53.7,55.2,55.8,72.3,78.8,110.1,133.2,137.6,143.1,172.5,177.4ppm
【0029】
以上のように、K04−0144D物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K04−0144D物質は前述の式[IV]で表される化学構造であることが決定された。
【0030】
生物学的性状
次に、本発明のK04−0144物質の生物学的性状について詳細に述べる。
K04−0144A、B及びC物質の抗菌活性
最小発育阻止濃度(MIC)の測定は寒天平板希釈法(日本化学療法標凖法、CHEMOTHERAPY 29巻 76−79頁 1981年)に凖じて行った。
試験菌として、臨床分離されたメチシリン耐性Staphylococcus aureus株を含む27種の菌を用いた。それぞれの被験菌はMueller−Hinton broth(2.1% w/v)(DIFCO)培地中37度で20時間培養後、同培地で菌数を約106/mL相当に懸濁し、接種用菌液として用いられた。作成した菌液は
マイクロプランターを用いて128μg/mlより2倍希釈した各濃度段階のK04−0144A、B及びC物質を含むMHA培地(Mueller−Hinton broth 2.1%(w/v)、Agar 1.5%)に塗抹し、37度にて20時間培養後、菌の生育の有無を肉眼で確認することによってMICを算出した。また比較対象としてバンコマイシン、アルベカシン及びリネゾリドを用いた。その結果を下記第2表にまとめた。
【0031】
【表2】
【0032】
上記のようにK04−0144A、B及びC物質はMRSAを含むグラム陽性菌に対して、既存薬剤(バンコマイシン、アルベカシン及びリネゾリド)と同等あるいはそれ以上の強さでその生育を阻害することが明らかとなった。
【0033】
カイコを用いたMRSA感染モデルでの活性評価
動物を用いたin vivo MRSA感染モデルの代替法としてカイコを用いた感染系が報告されている(Kaitoら、Microbial Pathogenesis.32巻,183−190頁,2002年)。この方法に従いK04−0144A物質の効
果を測定した。
【0034】
試験菌として、臨床分離されたMRSA(K24株)を用いた。MRSAをLB−10培地(DIFCO)中で37度で18時間静置培養し、5齢2日目のカイコ(約2g、愛媛蚕種社、日本国)の背脈管に50μl接種した。K04−0144A物質を1mg/mlに調整し、5頭のMRSA感染カイコの背脈管より注射器を用いて50μl(25mg/kg)投与した。判定は接種後72時間飼育し、この間観察されるサンプル投与および非投与群との生存率を比較した。何も接種しなかったカイコ(Control)並びに、K04−0144A物質のみを25mg/kg投与したカイコは少なくとも72時間後まですべて生存していたことから、この条件ではK04−0144A物質はカイコに全く毒性を示さないことを確認した。またMRSA菌液50μLを接種したカイコは接種72時間後までにすべて死亡した。このような条件下、K04−0144A物質を25mg/kgで投与したカイコはMRSA接種72時間後でもすべて生存していた。同様にバンコマイシン25mg/kgで投与したカイコもMRSA接種72時間後すべて生存していた。
【0035】
このように、カイコを用いたMRSA感染実験でもK04−0144A物質の有効性が示された。
【0036】
K04−0144D物質によるイミペネム活性増強作用
1.ペーパーディスク法によるイミペネム活性増強作用の評価方法
試験菌として、臨床分離されたメチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)K24株を用いた。MRSA K−24株は、Mueller−Hinton broth(2.1% w/v)(DIFCO)37度、20時間培養後、同培地で0.5Mc FARAND(約108CFU/mL)相当に懸濁し、MHA培地(Mueller−Hinton broth 2.1%(w/v)、Agar 1.5%)および同組成の培地にイミペネム(日本国、萬有製薬社、チエナム筋注用力価0.5)を試験菌の生育に影響を与えない濃度、すなわち最終濃度10μg/mLとなるように添加した培地に塗抹した。塗抹は米国臨床検査標準化委員会(National Committee for Laboratory Standard,NCCLS)法に従い、滅菌綿棒(日本国、川本産業社)を用いて行った。試験菌に対する各培地上での抗菌活性は、ペーパーディスク法(薄手、6mm:ADVANTECH社)にて、37℃で20時間後の阻止円径の直径を単位mmで表記した。その結果、第3表に示すように1μgディスク条件下にて、K04−0144D物質それ自身では阻止円が測定されなかったのに対して、イミペネム存在下では、15mmの阻止円が測定され、イミペネム活性増強作用が確認された。
【0037】
【表3】
【0038】
2.微量液体希釈法による各種抗菌剤に対する活性増強作用の評価方法
ペーパーディスク法による評価で強いイミペネム活性増強作用を示したK04−0144D物質に関しては、微量液体希釈法に従いイミペネムに加えその他抗菌剤を含む活性増強を評価した。その他薬剤としては、バンコマイシン(日本国、和光純薬社)、ストレプトマイシン(日本国、明治製菓社)およびシプロフロキサシン(日本国、和光純薬社)を使用した。評価は、日本化学療法学会標準法(CHEMOTHERAPY 38巻、103〜105頁、1990年)を一部改変して行った。
【0039】
96−well plate(米国、Corning社製)の各wellに、Mueller−Hinton broth(2.1% w/v)を85μl添加した後、あらかじめ滅菌水で段階希釈しておいたイミペネムを各wellに最終濃度4.8 x 10−4から256μg/mlとなるように5μl添加した。さらに、これら各wellに、K04−0144D物質自身では生育に影響を与えない最終濃度16μg/mlとなるように水溶液5μlを添加した。よく混合した後、試験菌MRSAを上記同様に0.5Mc FARAND(約108CFU/mL)相当に懸濁し、これを同培地て10倍に希釈した接種菌液を各wellに5μl接種した。37℃で20時間培養後、wellの中で菌の発育が肉眼的に認められない最小の薬剤濃度をもってMICとした。各種抗菌剤単独時のMICおよび各種抗菌剤とK04−0144D物質併用時のMICは第4表に示すとおりであり、イミペネムでは、32μg/mLから0.03μg/mLまで1024倍の活性増強が確認された。一方、バンコマイシン、ストレプトマイシンおよびシプロフロキサシンにおいては、活性増強作用が確認されないことから、K04−0144D物質の活性増強作用はβ−ラクタム抗生物質に特異的に作用することが明らかとなった。
【0040】
【表4】
【発明の効果】
【0041】
本発明のK04−0144D物質は、β−ラクタム抗生物質と併用することにより抗MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)活性を増強することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明によるK04−0144A物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図2】本発明によるK04−0144A物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図3】本発明によるK04−0144A物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図4】本発明によるK04−0144A物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図5】本発明によるK04−0144B物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図6】本発明によるK04−0144B物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図7】本発明によるK04−0144B物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図8】本発明によるK04−0144B物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図9】本発明によるK04−0144C物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図10】本発明によるK04−0144C物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図11】本発明によるK04−0144C物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図12】本発明によるK04−0144C物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図13】本発明によるK04−0144D物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図14】本発明によるK04−0144D物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図15】本発明によるK04−0144D物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図16】本発明によるK04−0144D物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれのみに限定されるものでない。
【0044】
K04−0144物質の製造法
1)K04−0144A、BおよびC物質の製造法
寒天斜面培地(スターチ1.0%(日本国、関東化学社)、エヌ・ゼット・アミン0.3%(日本国、和光純薬社)、酵母エキス0.02%(日本国、オリエンタル酵母社)、肉エキス0.1%(日本国、極東製薬工業社)、炭酸カルシウシム0.3%(日本国、関東化学社)、寒天1.2%(日本国、清水食品社)pH7.0に調製)で培養したK04−0144株を、種培地(スターチ2.4%(日本国、関東化学社)、グルコース0.1%(日本国、和光純薬社)、ペプトン0.3%(日本国、極東製薬工業社)、酵母エキス0.5%(日本国、オリエンタル酵母社)、CaCO30.4%(日本国、関東化学社)pH6.0に調製)100mLを分注した500mL容三角フラスコに一白金耳ずつ接種し、27℃で3日間ロータリーシェイカー(210rpm)で培養した後、生産培地(グルコース0.5%(日本国、和光純薬社)、コーンスティプパウダー0.5%(日本国、マルコー社)、オートミール1.0%(日本国、日本食品製造社)、ファーマメディア1.0%(日本国、イワキ社)、K2HPO40.5%(日本国、関東化学社)、MgSO4・7H2O 0.5%(日本国、和光純薬社)、トレース塩溶液0.1%(FeSO4・7H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、MnCl2・4H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、ZnSO4・7H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、CuSO4・5H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、CoCl2・6H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、pH7.0に調製)50Lを入れた90L容ジャーファーメンターに1%植菌し、27℃で6日間培養した。
培養終了後、この培養液50Lをシャープレス遠心機で遠心して上清と菌体に分けた。上清をHP−20カラム(Φ10 x 20cm、三菱化学社、日本国)にかけ、水1.5Lで洗浄後、活性成分を100%メタノールで溶出し、減圧下濃縮して凍結乾燥した。得られた粗物質27gのうち15gを少量の水に溶解してODSカラム(Φ5 x 28cm、センシュー科学、日本国)にて精製を行った。40%メタノールの溶液でODSカラムを洗浄したのち、メタノール精製水(2:3、3:2、4:1、100:0)の各混合溶媒を展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い、各溶出液4Lを100mL x 40本で分画した。活性画分(100:0フラクション番号4からフラクション番号9)を濃縮乾固することで、褐色粉末物質450mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC(カラム:PEGASIL ODS、20φ x 250mm、センシュー科学、日本国)により精製を行った。50%アセトニトリル水溶液(10mM酢酸アンモニウ厶pH3、蟻酸により調整)を移動相とし、8mL/分の流速において、UV210nmの吸収をモニターした。保持時間21分、23分、及び38分に活性を示すピークを観察し、これらのピークを分取した。分取液はアンモニア水でpHを7とし、減圧濃縮した。さらに脱塩を目的に残渣水溶液をODSカラムに吸着し水洗後メタノール溶液で溶出し、濃縮乾固することによりK04−0144A物質及びK04−0144B物質は部分精製画分として、またK04−0144C物質は活性画分として収量19.4mg単離した。
【0045】
さらに、部分精製画分として得られたK04−0144A物質及びK04−0144B物質を分取HPLC(カラム:PEGASIL ODS、20φ x 250mm、センシュー科学社、日本国)により最終精製を行った。46%アセトニトリル水溶液(10mMリン酸2水素カリウムpH4.7)を移動相とし、8mL/分の流速において、UV210mmの吸収をモニターした。保持時間はK04−0144A物質が20分、K04−0144B物質が26分で観察され、これらのピークを分取した。分取液は10mMのリン酸水素2カリウム水を用いてpH7とし減圧下濃縮した。さらに脱塩を目的に残渣水溶液をODSカラムに吸着し水洗後メタノール溶液で溶出し、濃縮乾固することによりK04−0144A物質及びK04−0144B物質を活性成分としてそれぞれ収量15.7mg及び5.8mg単離した。
【0046】
2)K04−0144D物質の製造法
K04−0144株をK04−0144A−C物質の製造と同じ生産培地50Lを入れた90L容ジャーファーメンターに1%植菌し、27℃で6日間培養した。
【0047】
培養終了後、この培養液50Lをシャープレス遠心機で遠心して上清と菌体に分けた。上清をHP−20カラム(Φ10 x 20cm、三菱化学社、日本国)にかけ、水1.5Lで洗浄後、活性成分を100%メタノールで溶出し、減圧下濃縮して凍結乾燥した。得られた粗物質27gのうち15gを少量の水に溶解してODSカラム(Φ5 x 28cm、センシュー科学社、日本国)にて精製を行った。40%メタノールの溶液でODSカラムを洗浄したのち、メタノール精製水(2:3、3:2、4:1、100:0)の各混合溶媒を展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い、各溶出液4Lで分画した。活性画分(4:1フラクション)を濃縮乾固することで、褐色粉末物質131mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC(カラム:PEGASIL ODS、20φ x 250mm、センシュー科学社、日本国)により精製を行った。60%アセトニトリル水溶液(0.05%リン酸を含む)を移動相とし、8mL/分の流速において、UV210nmの吸収をモニターした。保持時間32分に活性を示すピークを観察し、このピークを分取した。分取液は1N水酸化ナトリウム水を用いてpHを7とし、減圧下濃縮した。さらに脱塩を目的に残渣水溶液をODSカラムに吸着し水洗後メタノール溶液で溶出し、濃縮乾固することによりK04−0144D物質を活性画分として収量17.1mg単離した。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上のとおり、K04−0144物質を生産する能力を有するストレプトミセス エスピーに属するK04−0144株を代表とする微生物を培地に培養して、その培養液中から採取したK04−0144A、B及びC物質は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を初めとするグラム陽性細菌に対して強い抗菌活性を有することから、MRSA感染症やβ−ラクタム抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症に治療薬とて有用であると期待される。また、同様にその培養液中から採取した新規K04−0144D物質は、抗菌剤として利用されているβ−ラクタム抗生物質と併用することによりその効果を増強する作用を有することから、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やβ−ラクタム抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症の治療薬として有用であると期待される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−ラクタム抗生物質と併用することにより抗MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)活性を増強するK04−0144D物質およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
黄色ブドウ球菌は、人や動物の皮膚、消化管内などの体表面に常在するグラム陽性球菌で、健常な人に対しては無害であるが、術後患者や新生児、高齢者のように免疫力の低下した場合に発症し、皮膚の切創や刺創に伴う化膿症などの皮膚軟部組織感染症から、肺炎、腹膜炎、敗血症、髄膜炎などに至る様々な重症感染症に加え、エンテロトキシンや毒素性ショック症候群毒素−1などの毒素産生による食中毒やショック症候群、腸炎などを引き起こす。重篤化する例も少なくなく、最悪の場合死に至るケースもある。近年、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、院内感染の主な原因菌として社会的問題となっている。この病原菌は、β−ラクタム系抗生物質など種々の薬剤に対する耐性を有しており、現在MRSA感染症の治療には、グリコペプチド系のバンコマイシンやアミノグリコシド系のアルベカシンといった抗生物質が使用されている。この他には、近年新たに開発されたキヌプリスチン/ダルホプリスチン合剤やオキサゾリジノン系抗生物質リネゾリドがある。
【0003】
現在MRSAに対して有効な薬剤として用いられているバンコマイシンやアルベカシンは、第8脳神経障害による聴力障害などの副作用を有することが知られている。また、グリコペプチド系抗生物質はショック、腎毒性、red man syndromeといった副作用を引き起こし、臨床で投与する際には血中濃度のモニタリングを行うなど、慎重に投与する必要がある。さらに、最近ではMRSAの多剤耐性化に加え、主たる治療薬であるバンコマイシンに対しても低感受性となった菌も報告されている。従って、新しい抗生物質の出現や新しい治療法の開拓か望まれている。実際新しい治療法として、β−ラクタム系抗生物質同士、もしくはβ−ラクタム系抗生物質と他の作用点の異なる抗生物質の併用療法が行われている(長谷川裕美ら、抗菌薬投与の科学、264−273、1998年)。また、それ自身では抗菌活性をほとんど示さないが、β−ラクタム系抗生物質の効力を回復あるいは活性化させる作用を有する物質が報告されている。例えば、特許文献1に開示された茶エキスまたはその活性フラクション(ポリフェノール化合物類)やステフォン類の化合物(特許文献2)があげられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表平9−509677号公報
【特許文献2】PCT/JP2006/305625号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような背景のもと、MRSAに対して抗菌活性を示す新しい構造を有する新規な抗生物質を提供することは重要である。また、MRSAに対するβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する薬剤は、β−ラクタム抗生物質の投与量を減量させ、投与期間を短縮させることにより耐性菌出現の頻度を低減させることが期待される。また同時に、作用の異なる2つの薬剤を併用することにより、薬剤耐性を克服することも期待される。
本発明の目的は、MRSA感染症やβ−ラクタム系抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症の新しい治療薬を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、微生物の生産する代謝産物を対象にMRSAに対して抗菌活性を示す化合物あるいはMRSAに対するβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する化合物を探索した結果、新たに土壌から分離した放線菌K04−0144株の培養液中に目的の活性を示す物質が産生されていることを見いだした。次いで、該培養物から目的の活性を示す物質を単離精製したところ、3種の抗MRSA抗生物質と1種のβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する化合物を得た。このような化学構造を有する物質は従来まったく知られていないことから、抗MRSA抗生物質をK04−0144A物質、K04−0144B物質およびK04−0144C物質、そしてβ−ラクタム系抗生物質の活性を増強する活性物質をK04−0144D物質と称することにした。またこれらすべてをK04−0144物質と称することとした。
【0007】
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって、下記の式[I]で表されるK04−0144A物質、下記の式[II]で表されるK04−0144B物質、下記の式[III]で表されるK04−0144C物質、および下記の式[IV]で表されるK04−0144D物質のいずれかであるK04−0144物質のうちのK04−0144D物質である。
【0008】
【化1】
【0009】
【化2】
【0010】
【化3】
【0011】
【化4】
【0012】
本発明はまた、ストレプトミセス属に属し、K04−0144D物質を生産する能力を有する微生物を培地で培養し、培養物中にK04−0144D物質を蓄積せしめ、該培養物からK04−0144D物質を採取し、前記微生物が、ストレプトミセス エスピー K04−0144(Streptomyces sp.K04−0144)(NITE BP−107)であるK04−0144D物質の製造法である。
【0013】
本発明の前記の式[I]、[II]、[III]、および[IV]で表される新規K04−0144物質を生産するために使用される菌株としては、一例として、本発明者らによって沖縄県石垣島の土壌から新たに分離されたストレプトミセス エスピー(Streptomyces sp.)K04−0144株があげられる。
【0014】
本菌株の菌学的性状を示すと次のとおりである。
(I)形態的性質
栄養菌糸は各種寒天培地上でよく発達し、分断は観察されない。気菌糸はイースト・麦芽エキス寒天培地やグリセロール・アスパラギン寒天培地で豊富に着生し、白色からグレーの色調を呈する。顕微鏡下の観察では、気菌糸上に20ケ以上の胞子の連鎖が認められ、その形態は螺旋状で、胞子の大きさは約1.0 x 1.0μmの円筒状である。胞子の表面は平滑である。菌核、胞子のうおよび遊走子は見出されない。
【0015】
(II)各種培地上での性状
イー・ビー・シャーリング(E.B.Shirling)とデー・ゴットリーブ(D.Gottlieb)の方法(インターナショナル・ジャーナル・オブ・システィマティック・バクテリオロジー、16巻、313頁、1966年)によって調べた本生産菌の培養性状を次表に示す。色調は標凖色として、カラー・ハーモニー・マニュアル第4版(コンテナー・コーポレーション・オブ・アメリカ・シカゴ、1958年)を用いて決定し、色票名とともに括弧内にそのコードを併せて記した。以下は特記しない限り、27℃、2週間目の各培地における観察の結果である。
【0016】
培養性状
【表1−1】
【表1−2】
【表1−3】
【0017】
(III)生理学的諸性質
(1)メラニン色素の生成
(イ)チロシン寒天 陰性
(ロ)ペプトン・イースト・鉄寒天 陰性
(ハ)トリプトン・イースト液 陰性
(ニ)単純ゼラチン培地(21〜23℃) 陰性
(2)硝酸塩の還元 陰性
(3)ゼラチンの液化(21〜23℃)(単純ゼラチン培地) 陰性
(4)スターチの加水分解 陽性
(5)脱脂乳の凝固(37℃) 陽性
(6)脱脂乳のペプトン化(37℃) 陽性
(7)生育温度範囲 12〜42℃
(8)炭素源の利用性(プリドハム・ゴトリーブ寒天培地)
利用する:D−グルコース、メリビオース、D−マンニトール、L−ラムノース
やや利用する:L−アラビノース、D−キシロース、ラフィノース、D−フラクトース、シュークロース
(9)セルロースの分解 陰性
【0018】
(IV)化学分類学的性状
細胞壁のジアミノピメリン酸はLL型、主要メナキノンはMK−9(H6)とMK−9(H8)である。
【0019】
(V)結論
以上、本菌の菌学的性状を要約すると次のとおりである。細胞壁中のジアミノピメリン酸はLL型、主要メナキノンはMK−9(H6)とMK−9(H8)である。胞子連鎖の形態は螺旋状で、長い胞子鎖を形成し、胞子の表面は平滑である。培養上の諸性質としては、栄養菌糸は褐色の色調を呈し、気菌糸は白色からグレー系の色調を呈する。メラニン色素は産生しない。
【0020】
これらの結果から、バージーズ・マニュアル・オブ・システマティック・バクテリオロジー、4巻、1989年に基づくストレプトミセス属に属する菌種であると考えられる。
【0021】
微生物の国際寄託
本菌株は、ストレプトミセス エスピー(Streptomyces sp.)K04−0144として、特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブタペスト条約に基づき、郵便番号292−0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2丁目5番8号(2−5−8 Kazusakamatari Kisarazu−shi,Chiba−ken 292−0818 Japan)に所在する独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(International Administrative Agency National Institute of Technology and Evaluation Patent Microorganisms Depositary(NPMD)に寄託した。寄託日は2005年6月30日、受託番号はNITE BP−107である。
【0022】
理化学的性状
次に、本発明のK04−0144物質の理化学的性状について説明する。
1.K04−0144A物質
(1)性状 :白色粉末
(2)分子式:C64H103N4O33P
HR Neg.ESI−MS(m/z)[M−H]−計算値1485.6206、実測値1485.6164
(3)分子量:1487
Neg.ESI−MS(m/z)で[M−H]−1485を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第
1図に示すとおりであり、末端吸収を示す
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは
第2図に示すとおりであり、νmax3399、2960、1722、1673、138
2、1068cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(6)比旋光度[α]D24+6.7°(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:メタノールや水に可溶、クロロホルムやヘキサンに不溶
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第3図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第4図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)および炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.97(6H),1.26(3H),1.38(2H),1.41(3H),1.60(3H),1.62(3H),1.67(3H),1.78(3H),1.90(2H),2.02(2H),2.04(3H),2.05(3H),2.10(4H),2.13(1H),2.17(1H),2.70(1H),3.24(1H),3.31(2H),3.34(1H),3.46(1H),3.51(1H),3.55(3H),3.60(3H),3.69(3H),3.81(1H),3.90(2H),4.10(2H),4.18(3H),4.29(3H),4.38(1H),4.43(1H),4.45(1H),4.47(2H),4.67(2H),5.06(1H),5.10(1H),5.14(1H),5.28(1H),5.38(1H),5.45(1H),5.93(1H)ppm
δC:16.1,16.4,17.8,18.0,23.3,23.5,24.0,26.0,27.7,27.9,27.9,32.4,32.7,33.5,35.9,36.5,40.9,42.9,55.7,56.9,62.5,66.9,68.5,69.4,71.6,71.6,72.2,72.6,73.8,73.8,74.0,74.1,74.7,75.0,75.2,75.4,76.4,78.0,78.2,78.3,79.7,82.4,86.1,96.2,103.2,104.3,104.7,105.0,109.3,122.7,123.5,125.4,126.8,132.2,137.4,141.6,142.6,151.1,159.2,173.5,173.8,174.2,174.6,175.1ppm
【0023】
以上のように、K01−0144A物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K01−0144A物質は前述の式[I]で表される化学構造であることが決定された。
【0024】
2.K01−0144B物質
(1)性状 :白色粉末
(2)分子式:C58H93N4O28P
HR Neg.ESI−MS(m/z)[M−H]−計算値1323.5656、実測値1323.5636
(3)分子量:1325
Neg.ESI−MA(m/z)[M−H]−1323を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第5図に示すとおりであり、末端吸収を示す
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは第6図に示すとおりであり、νmax3399、2923、1716、1675、1378、1068cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(6)比旋光度[α]D24+4.0°(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:水、メタノールやジメチルスルフォキシドに可溶、アセト
ン、クロロホルムやn−ヘキサンに不溶
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第7図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第8図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)および炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.97(6H),1.26(3H),1.38(2H),1.42(3H),1.60(3H),1.61(3H),1.67(3H),1.77(3H),1.91(2H),2.02(5H),2.03(3H),2.10(6H),2.70(2H),3.33(2H),3.56(3H),3.58(1H),3.60(1H),3.64(3H),3.84(3H),4.09(1H),4.12(1H),4.15(1H),4.17(1H),4.20(2H),4.28(1H),4.37(1H),4.44(1H),4.45(2H),4.67(2H),5.04(1H),5.10(2H),5.14(1H),5.29(1H),5.38(1H),5.45(1H),6.04(1H)ppm
δC:16.1,16.3,17.8,18.0,23.1,23.3,24.0,26.0,27.7,27.8,27.9,32.4,32.7,33.4,36.0,36.5,40.9,42.9,55.9,56.7,60.8,67.0,67.7,71.6,72.1,72.6,73.7,73.8,73.9,74.0,74.6,75.1,76.0,76.3,77.9,79.9,81.5,86.4,96.5,103.4,104.6,105.2,109.3,122.8,123.5,125.4,126.8,132.2,137.4,141.7,142.4,151.1,159.2,173.2,173.7,174.1,174.7,174.9ppm
【0025】
以上のように、K04−0144B物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K04−0144B物質は前述の式[II]で表される化学構造であることが決定された。
【0026】
3.K04−0144C物質
(1)性状 :白色粉末
(2)分子式:C58H94N5O27P
HR Nef.ESI−MS(m/z)[M−H]−計算値1322.5809、実測値1322.5795
(3)分子量:1324
Neg.ESI−MS(m/z)で[M−H]−1322を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第
9図に示すとおりであり、末端吸収を示す
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは
第10図に示すとおりであり、νmax3400、2925、1677、1648、1400、1066cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(6)比旋光度[α]D24+3.7°(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:水、メタノールやジメチルスルフォキシドに可溶、アセトン、クロロホルムやn−ヘキサンに不溶
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第11図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第12図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.97(6H),1.25(3H),1.38(2H),1.42(3H),1.60(3H),1.61(3H),1.67(3H),1.76(3H),1.91(2H),2.01(6H),2.04(2H),2.11(6H),2.70(2H),3.34(2H),3.56(4H),3.64(4H),3.72(1H),3.84(2H),4.06(1H),4.11(3H),4.17(1H),4.21(2H),4.42(1H),4.43(1H),4.45(1H),4.53(1H),4.67(2H),5.08(1H),5.12(1H),5.14(1H),5.31(1H),5.35(1H),5.38( H),5.99(1H)ppm
δC:16.1,16.4,17.8,17.9,23.1,23.3,23.9,26.0,27.7,27.9,27.9,32.3,32.6,33.4,36.0,36.5,40.9,42.9,56.5,56.7,61.0,67.2,67.6,70.7,72.3,72.8,73.5,73.7,73.9,74.0,74.4,75.7,76.0,76.0,78.3,79.4,81.6,85.1,96.2,103.5,103.9,104.9,109.3,122.6,123.5,125.4,126.8,132.2,137.3,141.6,142.1,151.1,159.2,173.7,173.7,173.7,174.0,174.7ppm
【0027】
以上のように、K04−0144C物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K04−0144C物質は前述の式[III]で表される化学構造であることが決定された。
【0028】
4.K04−0144D物質
(1)性状 :白色粉末
(2)融点 :138℃
(3)分子式:C25H41NO5S
HR FAB−MS(m/z)[M−H+2Na]+計算値512.2423、実測値512.2416
(4)分子量:467
FAB−MS(m/z)で[M−H+2Na]+512を観測
(5)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは第13図に示すとおりであり、232nmで吸収極大を示す
(6)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外部吸収スペクトルは第14図に示すとおりであり、νmax3427、2927、2864、1641、1604、1398、1124、1078cm−1等に特徴的な吸収極大を示す
(7)比旋光度[α]D25+26.8°(c=0.1、メタノール)
(8)溶剤に対する溶解性:メタノールや水に可溶、クロロホルムやヘキサンに不溶
(9)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重メタノール中で、バリアン社製、400MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した。第15図にプロトン核磁気共鳴スペクトルを、また第16図にカーボン核磁気共鳴スペクトルを示した。水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである。
δH:0.84(5H),0.91(4H),1.00(3H),1.14(1H),1.20(1H),1.35(2H),1.63(4H),1.75(3H),1.98(3H),2.13(1H),2.42(1H),2.63(1H),2.77(1H),2.82(1H),3.02(1H),3.82(1H),4.41(1H),4.86(1H),5.03(1H),5.55(2H),6.35(1H)ppm
δC:12.0,16.0,19.3,22.3,22.8,24.4,27.8,34.0,34.1,37.7,39.2,39.8,41.1,43.0,53.7,55.2,55.8,72.3,78.8,110.1,133.2,137.6,143.1,172.5,177.4ppm
【0029】
以上のように、K04−0144D物質の各種理化学的性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、K04−0144D物質は前述の式[IV]で表される化学構造であることが決定された。
【0030】
生物学的性状
次に、本発明のK04−0144物質の生物学的性状について詳細に述べる。
K04−0144A、B及びC物質の抗菌活性
最小発育阻止濃度(MIC)の測定は寒天平板希釈法(日本化学療法標凖法、CHEMOTHERAPY 29巻 76−79頁 1981年)に凖じて行った。
試験菌として、臨床分離されたメチシリン耐性Staphylococcus aureus株を含む27種の菌を用いた。それぞれの被験菌はMueller−Hinton broth(2.1% w/v)(DIFCO)培地中37度で20時間培養後、同培地で菌数を約106/mL相当に懸濁し、接種用菌液として用いられた。作成した菌液は
マイクロプランターを用いて128μg/mlより2倍希釈した各濃度段階のK04−0144A、B及びC物質を含むMHA培地(Mueller−Hinton broth 2.1%(w/v)、Agar 1.5%)に塗抹し、37度にて20時間培養後、菌の生育の有無を肉眼で確認することによってMICを算出した。また比較対象としてバンコマイシン、アルベカシン及びリネゾリドを用いた。その結果を下記第2表にまとめた。
【0031】
【表2】
【0032】
上記のようにK04−0144A、B及びC物質はMRSAを含むグラム陽性菌に対して、既存薬剤(バンコマイシン、アルベカシン及びリネゾリド)と同等あるいはそれ以上の強さでその生育を阻害することが明らかとなった。
【0033】
カイコを用いたMRSA感染モデルでの活性評価
動物を用いたin vivo MRSA感染モデルの代替法としてカイコを用いた感染系が報告されている(Kaitoら、Microbial Pathogenesis.32巻,183−190頁,2002年)。この方法に従いK04−0144A物質の効
果を測定した。
【0034】
試験菌として、臨床分離されたMRSA(K24株)を用いた。MRSAをLB−10培地(DIFCO)中で37度で18時間静置培養し、5齢2日目のカイコ(約2g、愛媛蚕種社、日本国)の背脈管に50μl接種した。K04−0144A物質を1mg/mlに調整し、5頭のMRSA感染カイコの背脈管より注射器を用いて50μl(25mg/kg)投与した。判定は接種後72時間飼育し、この間観察されるサンプル投与および非投与群との生存率を比較した。何も接種しなかったカイコ(Control)並びに、K04−0144A物質のみを25mg/kg投与したカイコは少なくとも72時間後まですべて生存していたことから、この条件ではK04−0144A物質はカイコに全く毒性を示さないことを確認した。またMRSA菌液50μLを接種したカイコは接種72時間後までにすべて死亡した。このような条件下、K04−0144A物質を25mg/kgで投与したカイコはMRSA接種72時間後でもすべて生存していた。同様にバンコマイシン25mg/kgで投与したカイコもMRSA接種72時間後すべて生存していた。
【0035】
このように、カイコを用いたMRSA感染実験でもK04−0144A物質の有効性が示された。
【0036】
K04−0144D物質によるイミペネム活性増強作用
1.ペーパーディスク法によるイミペネム活性増強作用の評価方法
試験菌として、臨床分離されたメチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)K24株を用いた。MRSA K−24株は、Mueller−Hinton broth(2.1% w/v)(DIFCO)37度、20時間培養後、同培地で0.5Mc FARAND(約108CFU/mL)相当に懸濁し、MHA培地(Mueller−Hinton broth 2.1%(w/v)、Agar 1.5%)および同組成の培地にイミペネム(日本国、萬有製薬社、チエナム筋注用力価0.5)を試験菌の生育に影響を与えない濃度、すなわち最終濃度10μg/mLとなるように添加した培地に塗抹した。塗抹は米国臨床検査標準化委員会(National Committee for Laboratory Standard,NCCLS)法に従い、滅菌綿棒(日本国、川本産業社)を用いて行った。試験菌に対する各培地上での抗菌活性は、ペーパーディスク法(薄手、6mm:ADVANTECH社)にて、37℃で20時間後の阻止円径の直径を単位mmで表記した。その結果、第3表に示すように1μgディスク条件下にて、K04−0144D物質それ自身では阻止円が測定されなかったのに対して、イミペネム存在下では、15mmの阻止円が測定され、イミペネム活性増強作用が確認された。
【0037】
【表3】
【0038】
2.微量液体希釈法による各種抗菌剤に対する活性増強作用の評価方法
ペーパーディスク法による評価で強いイミペネム活性増強作用を示したK04−0144D物質に関しては、微量液体希釈法に従いイミペネムに加えその他抗菌剤を含む活性増強を評価した。その他薬剤としては、バンコマイシン(日本国、和光純薬社)、ストレプトマイシン(日本国、明治製菓社)およびシプロフロキサシン(日本国、和光純薬社)を使用した。評価は、日本化学療法学会標準法(CHEMOTHERAPY 38巻、103〜105頁、1990年)を一部改変して行った。
【0039】
96−well plate(米国、Corning社製)の各wellに、Mueller−Hinton broth(2.1% w/v)を85μl添加した後、あらかじめ滅菌水で段階希釈しておいたイミペネムを各wellに最終濃度4.8 x 10−4から256μg/mlとなるように5μl添加した。さらに、これら各wellに、K04−0144D物質自身では生育に影響を与えない最終濃度16μg/mlとなるように水溶液5μlを添加した。よく混合した後、試験菌MRSAを上記同様に0.5Mc FARAND(約108CFU/mL)相当に懸濁し、これを同培地て10倍に希釈した接種菌液を各wellに5μl接種した。37℃で20時間培養後、wellの中で菌の発育が肉眼的に認められない最小の薬剤濃度をもってMICとした。各種抗菌剤単独時のMICおよび各種抗菌剤とK04−0144D物質併用時のMICは第4表に示すとおりであり、イミペネムでは、32μg/mLから0.03μg/mLまで1024倍の活性増強が確認された。一方、バンコマイシン、ストレプトマイシンおよびシプロフロキサシンにおいては、活性増強作用が確認されないことから、K04−0144D物質の活性増強作用はβ−ラクタム抗生物質に特異的に作用することが明らかとなった。
【0040】
【表4】
【発明の効果】
【0041】
本発明のK04−0144D物質は、β−ラクタム抗生物質と併用することにより抗MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)活性を増強することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明によるK04−0144A物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図2】本発明によるK04−0144A物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図3】本発明によるK04−0144A物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図4】本発明によるK04−0144A物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図5】本発明によるK04−0144B物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図6】本発明によるK04−0144B物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図7】本発明によるK04−0144B物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図8】本発明によるK04−0144B物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図9】本発明によるK04−0144C物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図10】本発明によるK04−0144C物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図11】本発明によるK04−0144C物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図12】本発明によるK04−0144C物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図13】本発明によるK04−0144D物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示したものである。
【図14】本発明によるK04−0144D物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示したものである。
【図15】本発明によるK04−0144D物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【図16】本発明によるK04−0144D物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重メタノール中)を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれのみに限定されるものでない。
【0044】
K04−0144物質の製造法
1)K04−0144A、BおよびC物質の製造法
寒天斜面培地(スターチ1.0%(日本国、関東化学社)、エヌ・ゼット・アミン0.3%(日本国、和光純薬社)、酵母エキス0.02%(日本国、オリエンタル酵母社)、肉エキス0.1%(日本国、極東製薬工業社)、炭酸カルシウシム0.3%(日本国、関東化学社)、寒天1.2%(日本国、清水食品社)pH7.0に調製)で培養したK04−0144株を、種培地(スターチ2.4%(日本国、関東化学社)、グルコース0.1%(日本国、和光純薬社)、ペプトン0.3%(日本国、極東製薬工業社)、酵母エキス0.5%(日本国、オリエンタル酵母社)、CaCO30.4%(日本国、関東化学社)pH6.0に調製)100mLを分注した500mL容三角フラスコに一白金耳ずつ接種し、27℃で3日間ロータリーシェイカー(210rpm)で培養した後、生産培地(グルコース0.5%(日本国、和光純薬社)、コーンスティプパウダー0.5%(日本国、マルコー社)、オートミール1.0%(日本国、日本食品製造社)、ファーマメディア1.0%(日本国、イワキ社)、K2HPO40.5%(日本国、関東化学社)、MgSO4・7H2O 0.5%(日本国、和光純薬社)、トレース塩溶液0.1%(FeSO4・7H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、MnCl2・4H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、ZnSO4・7H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、CuSO4・5H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、CoCl2・6H2O 0.1%(日本国、関東化学社)、pH7.0に調製)50Lを入れた90L容ジャーファーメンターに1%植菌し、27℃で6日間培養した。
培養終了後、この培養液50Lをシャープレス遠心機で遠心して上清と菌体に分けた。上清をHP−20カラム(Φ10 x 20cm、三菱化学社、日本国)にかけ、水1.5Lで洗浄後、活性成分を100%メタノールで溶出し、減圧下濃縮して凍結乾燥した。得られた粗物質27gのうち15gを少量の水に溶解してODSカラム(Φ5 x 28cm、センシュー科学、日本国)にて精製を行った。40%メタノールの溶液でODSカラムを洗浄したのち、メタノール精製水(2:3、3:2、4:1、100:0)の各混合溶媒を展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い、各溶出液4Lを100mL x 40本で分画した。活性画分(100:0フラクション番号4からフラクション番号9)を濃縮乾固することで、褐色粉末物質450mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC(カラム:PEGASIL ODS、20φ x 250mm、センシュー科学、日本国)により精製を行った。50%アセトニトリル水溶液(10mM酢酸アンモニウ厶pH3、蟻酸により調整)を移動相とし、8mL/分の流速において、UV210nmの吸収をモニターした。保持時間21分、23分、及び38分に活性を示すピークを観察し、これらのピークを分取した。分取液はアンモニア水でpHを7とし、減圧濃縮した。さらに脱塩を目的に残渣水溶液をODSカラムに吸着し水洗後メタノール溶液で溶出し、濃縮乾固することによりK04−0144A物質及びK04−0144B物質は部分精製画分として、またK04−0144C物質は活性画分として収量19.4mg単離した。
【0045】
さらに、部分精製画分として得られたK04−0144A物質及びK04−0144B物質を分取HPLC(カラム:PEGASIL ODS、20φ x 250mm、センシュー科学社、日本国)により最終精製を行った。46%アセトニトリル水溶液(10mMリン酸2水素カリウムpH4.7)を移動相とし、8mL/分の流速において、UV210mmの吸収をモニターした。保持時間はK04−0144A物質が20分、K04−0144B物質が26分で観察され、これらのピークを分取した。分取液は10mMのリン酸水素2カリウム水を用いてpH7とし減圧下濃縮した。さらに脱塩を目的に残渣水溶液をODSカラムに吸着し水洗後メタノール溶液で溶出し、濃縮乾固することによりK04−0144A物質及びK04−0144B物質を活性成分としてそれぞれ収量15.7mg及び5.8mg単離した。
【0046】
2)K04−0144D物質の製造法
K04−0144株をK04−0144A−C物質の製造と同じ生産培地50Lを入れた90L容ジャーファーメンターに1%植菌し、27℃で6日間培養した。
【0047】
培養終了後、この培養液50Lをシャープレス遠心機で遠心して上清と菌体に分けた。上清をHP−20カラム(Φ10 x 20cm、三菱化学社、日本国)にかけ、水1.5Lで洗浄後、活性成分を100%メタノールで溶出し、減圧下濃縮して凍結乾燥した。得られた粗物質27gのうち15gを少量の水に溶解してODSカラム(Φ5 x 28cm、センシュー科学社、日本国)にて精製を行った。40%メタノールの溶液でODSカラムを洗浄したのち、メタノール精製水(2:3、3:2、4:1、100:0)の各混合溶媒を展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い、各溶出液4Lで分画した。活性画分(4:1フラクション)を濃縮乾固することで、褐色粉末物質131mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC(カラム:PEGASIL ODS、20φ x 250mm、センシュー科学社、日本国)により精製を行った。60%アセトニトリル水溶液(0.05%リン酸を含む)を移動相とし、8mL/分の流速において、UV210nmの吸収をモニターした。保持時間32分に活性を示すピークを観察し、このピークを分取した。分取液は1N水酸化ナトリウム水を用いてpHを7とし、減圧下濃縮した。さらに脱塩を目的に残渣水溶液をODSカラムに吸着し水洗後メタノール溶液で溶出し、濃縮乾固することによりK04−0144D物質を活性画分として収量17.1mg単離した。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上のとおり、K04−0144物質を生産する能力を有するストレプトミセス エスピーに属するK04−0144株を代表とする微生物を培地に培養して、その培養液中から採取したK04−0144A、B及びC物質は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を初めとするグラム陽性細菌に対して強い抗菌活性を有することから、MRSA感染症やβ−ラクタム抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症に治療薬とて有用であると期待される。また、同様にその培養液中から採取した新規K04−0144D物質は、抗菌剤として利用されているβ−ラクタム抗生物質と併用することによりその効果を増強する作用を有することから、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やβ−ラクタム抗生物質耐性を含む多剤耐性菌を起因とする感染症の治療薬として有用であると期待される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式[IV]であるK04−0144D物質。
【化5】
【請求項2】
ストレプトミセス エスピー(Streptomyces sp.)に属し、請求項1記載のK04−0144D物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養し、培養物中に前記K04−0144D物質を蓄積せしめ、該培養物から前記K04−0144D物質を採取し、
前記微生物が、ストレプトミセス エスピー K04−0144(Streptomyces sp.K04−0144)(NITE BP−107)であることを特徴とするK04−0144D物質の製造法。
【請求項1】
下記式[IV]であるK04−0144D物質。
【化5】
【請求項2】
ストレプトミセス エスピー(Streptomyces sp.)に属し、請求項1記載のK04−0144D物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養し、培養物中に前記K04−0144D物質を蓄積せしめ、該培養物から前記K04−0144D物質を採取し、
前記微生物が、ストレプトミセス エスピー K04−0144(Streptomyces sp.K04−0144)(NITE BP−107)であることを特徴とするK04−0144D物質の製造法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
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【図10】
【図11】
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【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2012−19792(P2012−19792A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−182795(P2011−182795)
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【分割の表示】特願2008−515423(P2008−515423)の分割
【原出願日】平成18年5月16日(2006.5.16)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【分割の表示】特願2008−515423(P2008−515423)の分割
【原出願日】平成18年5月16日(2006.5.16)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
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