説明

方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】鉄損を劣化させることなしに、方向性電磁鋼板の磁歪の圧縮応力特性を大幅に改善する。
【解決手段】フォルステライト被膜を有する仕上焼鈍板の表面に、張力付与型絶縁被膜処理液を塗布、焼き付けることからなる方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) フォルステライト被膜を含む仕上焼鈍板の板厚平均S濃度を25ppm以下とする、
(2) 張力付与型絶縁被膜処理液として、金属リン酸塩とシリカを主成分とする水溶液を用い、この処理液のリン酸とシリカのモル比(P205/SiO2)を0.15〜4.0とする、
(3) 焼付け温度を900℃以上 1100℃以下とし、かつ該温度域における保持時間を5秒以上600秒以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造方法に関し、特に方向性電磁鋼板の仕上焼鈍板の表面に適切な張力付与型絶縁被膜を形成することにより、磁歪の圧縮応力特性を改善しようとするものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板の磁歪は、鋼板を交流電流にて磁化する際に鋼板が伸縮振動する現象で、変圧器騒音の最も大きな原因となっている。
この磁歪の原因は、鋼板の磁化過程が90°磁壁移動と回転磁化を含むことに起因しており、鋼板に圧縮応力が付加されると磁歪は一層増大する。通常、変圧器組み立て時には鋼板に不可避的に圧縮応力が付加されるため、予め鋼板に引っ張り応力を与えておくことで、騒音は改善される。
【0003】
一般に、方向性電磁鋼板は、フォルステライト被膜とリン酸塩被膜の二重被膜を有している。
このうち、フォルステライト被膜は、表面にサブスケール(SiO2)が形成された脱炭焼鈍板の表面にマグネシアを含有する焼鈍分離剤を塗布し、1200℃程度のバッチ焼鈍(以下、仕上焼鈍とよぶ)を施すことにより、形成される。
一方、リン酸塩被膜は、リン酸塩を含有する塗布液をフォルステライト被膜上に塗布し、焼き付けることにより形成される。
【0004】
従来、磁歪の応力特性を改善するために、鋼板に張力を付与する方法がいくつか提案されている。
例えば、特許文献1には、コロイド状シリカ、リン酸アルミニウムおよび無水クロム酸を有する塗布液を、フォルステライト被膜を有する仕上焼鈍板の表面に塗布し、800℃から900℃で焼き付ける方法が提案されている。
また、特許文献2には、コロイド状シリカおよびリン酸マグネシウムを有する塗布液を、フォルステライト被膜を有する仕上焼鈍板の表面に塗布し、800℃から900℃で焼き付ける方法が提案されている。
【特許文献1】特開昭48−39338号公報
【特許文献2】特開昭50−79442号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、変圧器の低騒音化に対する要求は、益々厳しくなっており、上記したような従来の磁歪の圧縮応力特性改善技術では、対応が不十分となってきた。
本発明は、上記の実情に鑑み開発されたもので、方向性電磁鋼板における磁歪の圧縮応力特性を大幅に改善することができる方向性電磁鋼板の新規な製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下、本発明の解明経緯について説明する。
さて、発明者らは、上記の課題を解決するために、まず、りん酸塩被膜の焼付け条件について検討した。
その結果、通常800〜900℃程度であるリン酸塩被膜の焼付け温度を、900℃以上 1100℃以下程度、望ましくは960℃以上 1070℃以下まで高温化し、焼付け時間を制御することによって、磁歪の圧縮応力特性が大幅に改善されることを見出した。
【0007】
しかしながら、一方で、磁歪の圧縮応力特性が改善される焼付け条件では、鉄損が著しく劣化することも明らかとなった。
そこで、発明者らは、次にその原因について詳細な検討を行った。
その結果、フォルステライト被膜中やフォルステライト被膜と地鉄の界面に存在するSが鉄損劣化の原因であること、すなわち方向性電磁鋼板の組成にも鉄損劣化の一因があることが明らかになった。
【0008】
すなわち、Sは、インヒビターとして製鋼段階で鋼中に添加され、また積極的に添加しなくても不純物としてある程度鋼中に存在する。さらに、焼鈍分離剤中にも不純物として存在する。フォルステライト被膜・地鉄界面のSは、このようなSが仕上焼鈍後も残留したものであり、積極的に添加しなくても25ppm超存在し、インヒビターとして用いる場合にはさらに多量に残留する。
焼付け温度が900℃以上になると、この界面に存在するSが地鉄中に拡散・固溶し、焼き付け後の冷却時に地鉄中に微細に析出して、鉄損を劣化させるものと考えられる。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0009】
本発明は、上記の知見に立脚して開発されたものである。
すなわち、本発明は、表面にフォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板の仕上焼鈍板の表面に、張力付与型絶縁被膜処理液を塗布、焼き付けることからなる方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) フォルステライト被膜を含む仕上焼鈍板の板厚平均S濃度を25ppm以下とすること、
(2) 張力付与型絶縁被膜処理液が、金属リン酸塩とシリカを主成分とする水溶液であって、リン酸とシリカのモル比(P205/SiO2)が0.15〜4.0であること、
(3) 焼付け温度が900℃以上 1100℃以下であって、該温度域に5秒以上 600秒以下の時間保持すること、
を特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明に従い、フォルステライト被膜を含む仕上焼鈍板の板厚平均S濃度を25ppm以下に抑制した上で、リン酸塩被膜処理液の焼付け温度を、従来より高温でかつ所定時間に制御することにより、鉄損を劣化させることなしに、磁歪の圧縮応力特性を大幅に改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明によれば、フォルステライト被膜を含む仕上焼鈍板の板厚平均S濃度を25ppm以下とすることが重要である。というのは、このS濃度が25ppm超では、リン酸塩被膜の焼付け工程において、Sが地鉄中に固溶したのち微細に析出するため、鉄損の著しい劣化を招く。
このSは、インヒビターとして製鋼段階で添加されたり、不純物として鋼に存在するだけでなく、焼鈍分離剤中のマグネシア中にも不可避不純物として存在する。従って、これらのS量を十分に抑制することにより、板厚平均のS濃度を25ppm以下とすることが重要である。
なお、S濃度を25ppm以下に低減するには、
a)鋼の製鋼段階で十分な脱硫を行う、
b)マグネシア製造プロセスでSの混入を阻止する
ことなどにより、達成することができる。
【0012】
また、張力付与型絶縁被膜処理液としては、金属リン酸塩とシリカを主成分とする水溶液であって、リン酸とシリカのモル比(P205/SiO2)を0.15以上 4.0以下に調整したものを用いる必要がある。というのは、(P205/SiO2)が0.15未満または4.0超では、被膜により発生する張力が低減するため、磁歪の圧縮応力特性の劣化を招く。
【0013】
ここに、金属リン酸塩の種類としては、リン酸マグネシウム、リン酸アルミニウム、リン酸バリウム、リン酸ストロンチウム、リン酸カルシウム、リン酸鉄およびリン酸亜鉛などいずれもが適合する。また、シリカは、コロイダルシリカとして添加することにより、処理液中に安定に分散させることができる。
なお、この張力付与型絶縁被膜処理液には、塗布性を向上させるために、金属リン酸塩およびシリカ以外に、クロム酸や無水クロム酸、クロム酸塩等を添加することもできる。
【0014】
次に、上記した張力付与型絶縁被膜処理液を、仕上焼鈍板の表面に塗布したのち、焼き付ける。このとき、焼付け温度は900℃以上 1100℃以下とし、この温度域に5秒以上 600秒以下の時間保持することが肝要である。というのは、焼付け温度が900℃未満では、焼付け温度上昇による磁歪の圧縮応力特性の向上効果が不十分であり、一方1100℃超では、ガラス質である絶縁被膜の結晶化が起こり、やはり磁歪の圧縮応力特性の改善効果が得られないからである。最も良好な結果が得られるのは、焼付け温度を960℃以上 1070℃以下とした場合である。また、該温度城での保持時間が、5秒未満では、焼付け温度上昇による磁歪の圧縮応力特性の向上効果が不十分であり、一方600秒超では、効果が飽和するだけでなく、コストの増加を招く。
【0015】
本発明に従い、焼付け温度を上昇することによって、磁歪の圧縮応力特性が改善される理由については、まだ明確に解明されたわけではないが、発明者らは次のように推察している。
すなわち、900℃未満の焼付け温度では、金属リン酸塩とシリカの相互の拡散による均一化が不十分なのに対して、900℃以上に焼付け温度を上昇させることにより、金属リン酸塩とシリカが十分に拡散して均一な被膜となり、被膜の弾性率が向上し、その結果、高い被膜張力が発生して磁歪の圧縮応力特性が改善されるものと考えられる。
【0016】
本発明において、張力付与型絶縁被膜の膜厚は1〜5μm程度とするのが好適である。
また、本発明における方向性電磁鋼板の仕上焼鈍板について、その成分組成が特に限定されることはなく、従来公知のもの全てが適合する。
さらに、上記仕上焼鈍板の製造方法についても、特に限定されることはなく、従来公知の製造方法いずれもが適合する。
【実施例】
【0017】
C:0.04mass%、Si:3.2mass%、Mn:0.1mass%、sol.Al:0.02mass%、Se:0.02mass%およびS:5ppmを含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼スラブを、熱間圧延し、ついで熱延板焼鈍後、中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延により、0.30mmの最終板厚に仕上げた。ついで、850℃、1分間の脱炭焼鈍後、鋼板表面にマグネシアを主成分とする焼鈍分離剤を塗布したのち、1200℃、5時間の仕上焼鈍を施して、フォルステライト被膜付きの方向性電磁鋼板を作製した。得られたフォルステライト被膜付き仕上焼鈍板の板厚平均S濃度について調べた結果を表1に示す。なお、この板厚平均S濃度は、焼鈍分離剤中のS濃度を変更することにより、変化させた。
ついで、この仕上焼鈍板の表面に、金属リン酸塩とコロカダイルシリカを含有する張力付与型絶縁被膜処理液を塗布し、焼き付けて、張力付与型絶縁被膜を形成した。
上記処理液中におけるリン酸とシリカのモル比(P205/SiO2)および被膜焼付け条件を表1に示す。
【0018】
かくして得られた張力付与型絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板の鉄損(W17/50)および圧縮応力:7MPa付与下での磁歪λについて測定した結果を、表1に併記する。
【0019】
【表1】

【0020】
同表に示したとおり、本発明に従い得られた発明例はいずれも、低い鉄損と、良好な磁歪の圧縮応力特性が得られている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にフォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板の仕上焼鈍板の表面に、張力付与型絶縁被膜処理液を塗布、焼き付けることからなる方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) フォルステライト被膜を含む仕上焼鈍板の板厚平均S濃度を25ppm以下とすること、
(2) 張力付与型絶縁被膜処理液が、金属リン酸塩とシリカを主成分とする水溶液であって、リン酸とシリカのモル比(P205/SiO2)が0.15〜4.0であること、
(3) 焼付け温度が900℃以上 1100℃以下であって、該温度域に5秒以上 600秒以下の時間保持すること、
を特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2008−50676(P2008−50676A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−230845(P2006−230845)
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】