説明

方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液および方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】クロムを含有しない、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率が共に優れた方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液と、その処理液を用いた方向性電磁鋼板の製造方法を提案する。
【解決手段】Mg,Ca,Ba,Sr,Zn,AlおよびMnのリン酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上に対して、そのリン酸塩のリン酸(PO)1molに対し、コロイド状シリカをSiOにして0.5〜10mol、Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,CuおよびAlの次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上を金属元素のモル数にして合計0.05〜3.0mol含有する絶縁被膜処理液を用いて方向性電磁鋼板の表面に絶縁被膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率が共に優れる方向性電磁鋼板の製造に用いられる絶縁被膜処理液と、その処理液を用いた方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、電力用変圧器から発生する騒音が新たな公害として問題となっている。電力用変圧器の騒音は、変圧器の鉄心に用いられている方向性電磁鋼板の磁歪に起因するものであることが知られている。したがって、変圧器の騒音を減らすためには、方向性電磁鋼板の磁歪を小さくする必要がある。方向性電磁鋼板の磁歪を低減する工業的に有効な手段としては、低熱膨張性の上塗絶縁被膜を形成し、鋼板に引張応力を付与する方法がある。
【0003】
方向性電磁鋼板の表面に形成される被膜は、通常、二次再結晶焼鈍時に形成された結晶質のフォルステライト被膜と、その上に形成されたリン酸塩系の絶縁被膜とから構成されている。この絶縁被膜を形成する従来技術としては、特許文献1あるいは特許文献2に開示されているような、コロイド状シリカとリン酸塩、さらに無水クロム酸、クロム酸塩、重クロム酸塩のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する絶縁被膜処理液を塗布し焼き付ける方法がある。
【0004】
この方法によって形成される絶縁被膜は、方向性電磁鋼板に引張応力を付与し、磁歪特性を改善する効果を有する。しかし、この絶縁被膜形成に用いられる処理液には、絶縁被膜の耐吸湿性を改善するために、無水クロム酸やクロム酸塩、重クロム酸塩が添加されており、これに由来する6価クロムを含有している。この処理液中に含まれる6価クロムは、塗布後の焼付けにより3価クロムに還元されて無害化されるとはいえ、廃液処理作業において、取り扱いが難しいなどの問題がある。
【0005】
そこで、無水クロム酸やクロム酸塩、重クロム酸塩を含まない絶縁被膜処理液の開発が行われている。例えば、特許文献3には、コロイド状シリカとリン酸アルミニウムと硼酸とMg,Al,Fe,Co,Ni,Znの硫酸塩から選ばれる1種または2種以上を含有する絶縁被膜処理液が開示され、また、特許文献4には、コロイド状シリカとリン酸マグネシウムおよびMg,Al,Mn,Znの硫酸塩から選ばれる1種または2種以上を含有するクロム酸化物を含まない絶縁被膜の形成方法が開示されている。
【特許文献1】特開昭48−039338号公報
【特許文献2】特開昭50−079442号公報
【特許文献3】特公昭57−009631号公報
【特許文献4】特公昭58−044744号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、方向性電磁鋼板の表面に形成される絶縁被膜に必要とされる特性としては、被膜張力が大きいことの他に、耐吸湿性や防錆性に優れ、占積率が高いことが挙げられる。しかし、特許文献3や特許文献4に記載された、無水クロム酸やクロム酸塩、重クロム酸塩等のクロム酸類を含有しない絶縁被膜は、近年における被膜特性に対する高い要求に対しては、必ずしも十分な被膜張力や耐吸湿性を有するものではない。
【0007】
そこで、本発明の目的は、クロムを含有しない、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率が共に優れた方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液と、その処理液を用いた方向性電磁鋼板の製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、従来技術のクロムフリー絶縁被膜が抱える上記問題点を解決するために、各種リン酸塩とコロイド状シリカを配合し、さらにこれに、種々の水溶性金属塩を添加した絶縁被膜処理液を二次再結晶焼鈍後の方向性電磁鋼板に塗布し、焼き付けて、被膜特性を評価した。その結果、ある特定金属の次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩を添加することにより、所期した特性を有する絶縁被膜が得られることを見出した。そしてさらに、種々のリン酸塩、金属の次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩を用いて、絶縁被膜処理液の最適組成を検討するとともに、その処理液を用いて方向性電磁鋼板を製造する方法を検討し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、Mg,Ca,Ba,Sr,Zn,AlおよびMnのリン酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上に対して、そのリン酸塩のリン酸(PO)1molに対し、コロイド状シリカをSiOにして0.5〜10mol、Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,CuおよびAlの次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上を金属元素のモル数にして合計0.05〜3.0mol含有する方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液である。
【0010】
また、本発明は、方向性電磁鋼板用鋼スラブを熱間圧延し、熱延板焼鈍したのちあるいは熱延板焼鈍することなく、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚とし、一次再結晶焼鈍および二次再結晶焼鈍し、その後、絶縁被膜を形成する方向性電磁鋼板の製造方法において、上記の絶縁被膜処理液を塗布し、350℃以上の温度で焼付処理して絶縁被膜を形成することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法を提案する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、方向性電磁鋼板の表面に、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率が共に優れた絶縁被膜を形成することができるので、方向性電磁鋼板の磁歪の低減、ひいては騒音公害の低減に寄与することができる。また、本発明の処理液は、クロムを含まないため、廃液処理が容易となり、環境保護の面からも好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明を開発する契機となった実験について説明する。
リン酸マグネシウムMg(HPOの34mass%水溶液450ml(リン酸(PO)に換算して1molに相当)に、SiO分を30mass%含むコロイド状シリカ450ml(SiOに換算して2molに相当)を添加し、さらに、過塩素酸マグネシウムMg(ClOの添加量をMgに換算して0.01〜3molの範囲で変化させて添加して絶縁被膜処理液を調整した。次いで、この絶縁被膜処理液を、板厚0.22mmでフォルステライト被膜を有する二次再結晶焼鈍後の方向性電磁鋼板に塗布し、800℃×60秒の焼付処理を施し、厚さが片面当たり2μmの絶縁被膜を形成させた。この絶縁被膜焼付処理後の方向性電磁鋼板について、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率を下記の方法で評価した。
【0013】
(1)被膜張力
本発明における被膜張力とは、絶縁被膜によって鋼板に付与される張力のことである。この被膜張力は、上記焼付処理後の方向性電磁鋼板から、長さ方向を圧延方向として、幅30mm×長さ280mmの試験片を剪断により採取し、片面の絶縁被膜を除去してから、鋼板の長さ方向端部30mmを固定して、長さ方向を水平方向、幅方向を鉛直方向とし、この時の試験片端部の反りの大きさを測定し、下記式;
σ(MPa)=1.2152×10(MPa)×板厚(mm)×反り(mm)/250(mm)/250(mm)
から算出した。
(2)耐吸湿性
耐吸湿性は、上記焼付処理後の方向性電磁鋼板から、50mm×50mmの試験片を3枚採取し、これらを100℃の蒸留水に浸漬して5分間煮沸し、被膜表面からのP溶出量を定量分析することにより評価した。
(3)防錆性
防錆性は、温度50%、露点50℃の空気中に50時間保持した後、鋼板表面を目視観察し、錆びの発生の有無により評価した。
(4)占積率
占積率は、JIS C2550に規定された方法により評価した。
【0014】
図1は、P溶出量、即ち、耐吸湿性に及ぼす過塩素酸マグネシウムの添加量の影響を示したものである。図1から、リン酸塩とコロイド状シリカからなる絶縁被膜処理液に、過塩素酸マグネシウムを添加することにより耐吸湿性は改善され、リン酸(PO)1molに対し、過塩素酸マグネシウムを0.05mol以上添加することにより、良好な耐吸湿性が得られることがわかる。
【0015】
また、図2は、被膜張力に及ぼす過塩素酸マグネシウムの添加量の影響を示したものである。図2から、リン酸塩とコロイド状シリカからなる絶縁被膜処理液に対して、リン酸(PO)1molに対し、過塩素酸マグネシウムを3.0mol超添加すると、被膜張力は、低下する傾向にあることがわかる。なお、他の特性(防錆性、占積率)については、過塩素酸マグネシウムの添加量に因らず良好であった。
本発明は、上記新規な知見に基き開発したものである。
【0016】
次に、本発明に係る絶縁被膜処理液について説明する。
本発明の絶縁被膜処理液は、Mg,Ca,Ba,Sr,Zn,AlおよびMnのリン酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上と、コロイド状シリカと、Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,CuおよびAlの次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上とから構成されるものである。
【0017】
まず、本発明の絶縁被膜処理液は、Mg,Ca,Ba,Sr,Zn,Al,Mnのリン酸塩から選ばれる1種または2種以上を含有するものであることが必要である。各種リン酸塩の中で、これら金属元素のリン酸塩に限定する理由は、クロム酸類を添加しない場合には、これら以外の金属元素のリン酸塩では、耐吸湿性に優れる被膜が得られないからである。特に、Mg,Ca,Ba,Sr,Zn,Al,Mnの第一リン酸塩であるMg(HPO、Ca(HPO、Ba(HPO、Sr(HPO、Zn(HPO、Al(HPO、Mn(HPOおよびこれらの水和物は、水に容易に溶解するため、本発明に好適に用いることができる。
【0018】
また、本発明の絶縁被膜処理液は、上記リン酸塩のリン酸(PO)1molに対して、コロイド状シリカをSiOに換算して0.5〜10mol含有する必要がある。コロイド状シリカは、上記リン酸塩と共に低熱膨張率のガラスを形成し、被膜張力を発生させるために必須の成分である。コロイド状シリカは、処理液の安定性、相溶性が得られる限り、特に限定されない。たとえば、市販の酸性タイプであるST−0(日産化学(株)製、SiO含有量20mass%)が挙げられるが、アルカリ性タイプのコロイド状シリカでも使用することができる。さらに、被膜の外観品質を向上させるため、加熱によりアルミナとなるゾル、例えば、アルミナゾル100(日産化学製)を添加してもよい。
【0019】
さらに、本発明の絶縁被膜処理液は、耐吸湿性を高めるために、Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,Cu,Alの次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩から選ばれる1種または2種以上を、金属元素のモル数に換算して合計0.05〜3.0molの範囲で含有する必要がある。ここで、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩とは、それぞれ、(ClO)、(ClO、(ClO、(ClOと金属元素との化合物(金属塩)であり、また、これらの水和物であっても構わない。
【0020】
耐吸湿性を高めるためには、リン酸塩のリン酸(PO)1molに対し、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩を、金属元素のモル数に換算して0.05mol以上添加することが必要である。一方、3.0mol以上添加すると、被膜の熱膨張率が増加するため被膜張力が低下するため好ましくない。なお、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩を構成する金属元素は、Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,Cu,Alであることが必要である。これ以外の金属元素では、例えば、Naでは、被膜張力低下等、被膜特性が劣化するからである。
【0021】
ここで、Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,Cu,Alの次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩の添加により、耐吸湿性が高められる理由は、シリカとリン酸塩はガラスを形成するが、ガラスに取り込まれなかったフリーのリン酸が、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩の金属元素(Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,Cu,Al)と結合して不溶化し、耐吸湿性を向上するため推定される。また、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩は、硫酸塩など他の水溶性の塩と比較して、被膜中に均一に分散するため、フリーのリン酸と金属元素の結合が容易となり、これが耐吸湿性の向上に有利に働くためと考えられる。
【0022】
なお、無水クロム酸やクロム酸塩、重クロム酸塩には、絶縁被膜の耐吸湿性を改善する働きがあるため、本発明の処理液では、リン酸塩のリン酸(PO)1molに対し3.0molを上限に添加することができるが、前述したように、有害な6価クロムとして、処理液中に存在し、廃液処理が困難となるので、添加しないか、あるいは添加量を最小限にとどめることが望ましい。
【0023】
ところで、方向性電磁鋼板を用いて巻鉄心型の変圧器を製作する場合、鋼板を鉄心の形に巻いて成形するときに鋼板に導入された歪を除去するために、その後、800℃×3時間程度の歪取焼鈍が施されるが、その際、隣接する鋼板の被膜同士が融着することがある。この融着は、鉄心の層間絶縁抵抗を低下させ、磁気特性を劣化させる原因にもなるので、絶縁被膜は、耐融着性を有するものであることが望ましい。また、方向性電磁鋼板を用いて積鉄心型の変圧器を製作する場合、積み作業を円滑に行うには、鋼板同士の滑り性が良好であることが望ましい。そこで、耐融着性や滑り性を向上するため、本発明の絶縁被膜処理液には、1次粒径が50〜2000nmのSiO、Al、TiOの内から選ばれる1種または2種以上を含有してもよい。
【0024】
次に、本発明に係る上記絶縁被膜処理液を用いて方向性電磁鋼板を製造する方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、所定の成分組成を有する方向性電磁鋼板用鋼スラブを熱間圧延し、熱延板焼鈍しあるいは熱延板焼鈍を施すことなく冷間圧延して最終板厚とし、その後、一次再結晶焼鈍と二次再結晶焼鈍を施した後、上述した本発明の絶縁被膜処理液を鋼板表面に塗布し、350℃以上の温度で焼付処理する方法である。
【0025】
上記方向性電磁鋼板用鋼スラブの成分組成は、公知の成分組成あればよく、例えば、Sを200massppm程度添加して、インヒビターとしてMnSを用いる成分系、sol.Alを200ppm程度添加して、インヒビターとしてAlNを用いる成分系、インヒビター成分としてMnSeとSbを用いる成分系、あるいは、インヒビター成分を添加しない成分系など、いずれの成分系でもよい。
【0026】
方向性電磁鋼板用鋼スラブの熱間圧延は、公知の方法を適用できるが、熱間圧延後の板厚は1.5〜3.0mmの範囲とするのが望ましい。熱間圧延後の熱延板は、その後、熱延板焼鈍し、必要に応じて酸洗し、あるいは、熱延板焼鈍を施すことなく、必要に応じて酸洗し、冷間圧延して最終板厚とする。上記冷間圧延は、1回の冷間圧延あるいは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延としてもよい。
【0027】
冷間圧延に続く一次再結晶焼鈍は、一次再結晶のために施すが、脱炭を兼ねて行ってもよく、その処理条件は、800〜950℃の温度で10〜600秒程度の連続焼鈍で行うのが好ましい。なお、この一次再結晶焼鈍中あるいは一次再結晶焼鈍後に、アンモニアガスなどを用いて窒化処理を施すこともできる。
【0028】
続く二次再結晶焼鈍は、鋼板に二次再結晶を起こさせることによって、磁気特性が優れる結晶方位(いわゆる「ゴス方位」)を圧延方向に高度に集積させた集合組織を得るために施す。また、この二次再結晶焼鈍では、インヒビター成分の純化やフォルステライト被膜の形成を兼ねて行うこともできる。この焼鈍条件としては、800〜1250℃×5〜300時間程度のバッチ焼鈍とするのが好ましい。
【0029】
次いで、上記のようにして得た二次再結晶後の方向性電磁鋼板の表面に、本発明の絶縁被膜処理液を、ロールコーター等の公知の方法で塗布し、350℃以上の温度で焼付処理し、絶縁被膜を形成する。なお、絶縁被膜の耐吸湿性を向上するためには、350℃以上の温度での焼付処理が必要であるが、変圧器の製造工程において歪取焼鈍が行われない場合には、焼付処理温度は750℃以上とするのが好ましい。というのは、絶縁被膜による張力は、750℃以上の温度に加熱されることにより発生する。歪取焼鈍が行われる場合には、この歪取焼鈍により被膜張力が発生するため、絶縁被膜の焼付処理温度は350℃以上であればよいが、歪取焼鈍が行われない場合には、絶縁被膜の焼付処理で被膜張力を発生させる必要があるからである。焼付温度の上限は、1100℃である。これは、1100℃を超えると、防錆性が劣化するからである。なお、絶縁被膜処理液を塗布する二次再結晶後の鋼板表面には、フォルステライト被膜が存在してもしていなくても構わない。
【0030】
絶縁被膜の厚さは、特に限定しないが、片面当たり1〜5μmの範囲とするのが好ましい。被膜張力は、被膜の厚さに比例するため、1μm未満では、被膜張力が不足する可能性があり、また、5μm超では占積率が低下するからである。また、本発明の絶縁被膜処理液には、塗布性を向上するために、水を加えて液比重を調整することもできる。
【実施例1】
【0031】
C:0.05mass%、Si:3mass%、Mn:0.04mass%、S:0.02mass%、sol.Al:0.02mass%を含有する方向性電磁鋼板用スラブを熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とし、1000℃×60秒の熱延板焼鈍を施し、次いで、この熱延板を冷間圧延して板厚1.5mmとし、1100℃×60秒の中間焼鈍した後、冷間圧延して最終板厚0.22mmの冷延板とした。次いで、この冷延板を、脱炭を兼ねた820℃×150秒の1次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤(MgOスラリー)を塗布した後、1200℃×15時間の二次再結晶焼鈍し、フォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板を得た。
【0032】
次に、リン酸マグネシウムMg(HPOをリン酸(PO)換算で1mol含有する水溶液500mlと、SiOを3mol含有するコロイド状シリカ700mlとを混合し、これに、表1に示す次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩を添加して絶縁被膜処理液を調整し、この処理液を、上記のようにして得た方向性電磁鋼板の表面に塗布し、750℃×1分の焼付処理を施した。被膜厚さはいずれも片面当たり2μmとした。このようにして得た絶縁被膜付き方向性電磁鋼板について、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率を下記の方法で評価した。
【0033】
(1)被膜張力
上記焼付処理後の方向性電磁鋼板から、長さ方向を圧延方向として、幅30mm×長さ280mmの試験片を剪断により採取し、片面の絶縁被膜を除去してから、鋼板の長さ方向端部30mmを固定して、長さ方向を水平方向、幅方向を鉛直方向とし、この時の試験片端部の反りの大きさを測定し、下記式;
σ(MPa)=1.2152×10(MPa)×板厚(mm)×反り(mm)/250(mm)/250(mm)
により算出した。
(2)耐吸湿性
耐吸湿性は、上記焼付処理後の方向性電磁鋼板から、50mm×50mmの試験片を3枚採取し、これらを100℃の蒸留水に浸漬して5分間煮沸し、被膜表面から溶出したPの量を定量分析して評価した。
(3)防錆性
防錆性は、温度50%、露点50℃の空気中に50時間保持した後、鋼板表面を目視で観察し、錆びの発生がないものを防錆性良(○)、若干錆びが発生したものを防錆性やや不良(△)、錆びが激しいものを防錆性劣(×)と評価した。
(4)占積率
占積率は、JIS C2550に規定された方法により評価した。
【0034】
上記評価結果を表1中に併記して示した。表1から、本発明で選定したリン酸塩とコロイド状シリカからなる処理液に対して、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩を適量添加することにより、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率のいずれの被膜特性にも優れる絶縁被膜を形成できることがわかる。
【0035】
【表1】

【実施例2】
【0036】
C:0.05mass%、Si:3mass%、Mn:0.04mass%、S:0.01mass%未満、Sb:0.03mass%、sol.Al:0.01mass%未満を含有する方向性電磁鋼板用スラブを熱間圧延し、板厚2.5mmの熱延板としたのち1050℃×60秒の熱延板焼鈍を施し、冷間圧延して板厚0.30mmの冷延板とした。次いで、上記冷延板に、900℃×30秒の一次再結晶焼鈍を施したのち、焼鈍分離剤(MgOスラリー)を塗布し、880℃×50時間の二次再結晶焼鈍に続いて1200℃×15時間の焼鈍を行うバッチ焼鈍を施して、フォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板を得た。
【0037】
次いで、表2に示したリン酸塩をリン酸(PO)に換算して1molを含有する水溶液500mlに、100ml当たり0.5molのSiOを含有するコロイド状シリカを表2に示した量添加し、さらに、過塩素酸マグネシウムMg(ClOをMg換算で0.5mol、過塩素酸カルシウムCa(ClOをCa換算で1.0mol(合計1.5mol)を添加した絶縁被膜処理液を調整し、この処理液を上記方向性電磁鋼板の表面に塗布し、1030℃×60秒の焼付処理を施した。なお、焼付処理後の被膜厚さは片面当り3μmであった。この焼付処理後の方向性電磁鋼板について、実施例1と同様にして、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率を評価した。
【0038】
上記評価結果を表2に併記して示した。リン酸塩の種類やコロイド状シリカの量が本発明の範囲内で変化しても、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩のいずれか1種を適量添加することにより、被膜張力、耐吸湿性、防錆性、占積率のいずれの被膜特性にも優れる絶縁被膜を形成できることがわかる。
【0039】
【表2】

【実施例3】
【0040】
C:0.05mass%、Si:3mass%、Mn:0.04mass%、S:0.02mass%、sol.Al:0.02mass%、Sn:0.10mass%を含有する方向性電磁鋼板用スラブを熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とし、1000℃×60秒の熱延板焼鈍を施し、冷間圧延して1.5mmとし、1100℃×60秒の中間焼鈍を施した後、さらに冷間圧延して最終板厚0.22mmの冷延板とした。次いで、この冷延板に脱炭を兼ねた820℃×150秒の一次再結晶焼鈍を施し、焼鈍分離剤(Alスラリー)を塗布したのち、1200℃×15時間の二次再結晶焼鈍を施して、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板を得た。
【0041】
次いで、第一リン酸マグネシウムMg(HPOをリン酸(PO)に換算して0.5mol、第一リン酸アルミニウムAl(HPOをリン酸(PO)に換算して0.5mol、合計1mol含有する水溶液500mlと、SiOを3mol含有するコロイド状シリカ700mlとを混合し、これに過塩素酸マグネシウムMg(ClOをMg換算で1.5molを添加した絶縁被膜処理液を調整し、この処理液を、上記方向性電磁鋼板の表面にロールコーターで塗布し、850℃×1分の焼付処理を施した。被膜厚さは、片面当り3μmであった。上記焼付処理後の方向性電磁鋼板について、実施例1と同様にして、被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率を評価した。
【0042】
上記評価の結果は、被膜張力が11.8MPa、耐吸湿性が55μg/150cm、防錆性の評価が○、占積率が97.8%で、いずれの被膜特性にも優れる絶縁被膜を形成することができた。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】絶縁被膜の耐吸湿性(P溶出量)に及ぼす処理液中のMg(ClO添加量の影響を示すグラフである。
【図2】絶縁被膜張力に及ぼす処理液中のMg(ClO添加量の影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg,Ca,Ba,Sr,Zn,AlおよびMnのリン酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上に対して、そのリン酸塩のリン酸(PO)1molに対し、コロイド状シリカをSiOに換算して0.5〜10mol、Ca,Mn,Fe,Mg,Zn,Co,Ni,CuおよびAlの次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩から選ばれるいずれか1種または2種以上を金属元素のモル数に換算して合計0.05〜3.0mol含有する方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液。
【請求項2】
方向性電磁鋼板用鋼スラブを熱間圧延し、熱延板焼鈍したのちあるいは熱延板焼鈍することなく、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚とし、一次再結晶焼鈍および二次再結晶焼鈍し、その後、絶縁被膜を形成する方向性電磁鋼板の製造方法において、請求項1に記載の絶縁被膜処理液を塗布し、350℃以上の温度で焼付処理して絶縁被膜を形成することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−240080(P2008−240080A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−83325(P2007−83325)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】