説明

既存建築物の耐震補強構造

【課題】 施工に手間を要せず、また、新設の柱梁架構の厚みを薄くすることができ、さらに、大きな変形があっても耐力が低下しない既存建築物の耐震補強構造を提供する。
【解決手段】 既存建築物外面の既存柱50及び既存梁60に、RC造の新設柱10及び新設梁20からなる柱梁架構を増設する。新設柱10は、4隅の柱平行主筋11に加えてX形配筋13が配置されている。新設柱10及び新設梁20からなる柱梁架構は、ブレースを備えることが可能であり、さらに、ブレースは、制振手段を備えることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既存建築物の耐震補強構造に関するものであり、特に、RC造又はSRC造の建築物でラーメン構造又は壁式ラーメン構造に好適に適用可能な既存建築物の耐震補強構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、既存建築物を耐震補強するための方法が種々提案されている。例えば、S造の新設柱梁架構(枠)にS造ブレースを接続した枠付き鉄骨ブレースの直付け補強工法が開示されている(非特許文献1参照)。この耐震補強工法では、既存建築物と枠付き鉄骨ブレースとを接続するために、あと施工アンカーを用いている。
【0003】
また、RC造の新設架構内部にS造の板材を内蔵して、あと施工アンカーで固定し、S造板材の周囲に割裂防止筋と称する閉鎖形状の鉄筋を配置し、既存柱梁面の外側に型枠を設けてコンクリートを充填するようにした、いわゆるピタコラム工法が学校建築物を中心に広く適用されている。また、通常のRCラーメン構造の柱仮架構を新設し、あと施工アンカーを介して既存建築物と一体化する工法も知られている。
【0004】
【非特許文献1】『既存鉄筋コンクリート造建築物の「外側耐震改修マニュアル」−枠付き鉄骨ブレースによる補強− 財団法人日本建築防災協会発行 2003年2月10初版2刷』
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上述した従来の耐震補強構造には、以下のような問題があった。
枠付き鉄骨ブレースの直付け補強工法では、補強材料がすべてS製になるため材料費が高くなる。また、新設柱梁架構(枠)がS造であるため錆が発生するおそれがあり、長期的なメンテナンスが必要である。さらに、RC造の既存躯体との外観上の調和が取れないばかりでなく、タイルの貼り付けや吹き付け塗装ができないため意匠上の制約がある。
【0006】
また、いわゆるピタコラム工法では、まず始めに、既存躯体に対して、あと施工アンカーを固定し、その後、S造の板材をクレーンで吊りながら所定位置に設けたすべての孔に、あと施工アンカーを挿通して固定しなければならないため、施工に手間を要する。さらに、板材はS製であるため材料費が高くなる。
【0007】
また、RC造ラーメン構造に架構を新設する工法では、新設の柱の厚みを20〜30cmとした場合、柱主筋の付着割裂破壊及びせん断破壊が起こりやすくなり、柱の本数を多くしたりする必要が生じる。さらに、RC架構はS架構に比べて小さい変形で耐力低下が始まるため、S造ブレースとの併用が難しくなる。
【0008】
本発明は、上述した課題を解決するために提案されもので、施工に手間を要せず、また、新設の柱梁架構の厚みを薄くすることができ、さらに、大きな変形があっても耐力が低下しない既存建築物の耐震補強構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の既存建築物の耐震補強構造は、上述した目的を達成するため、以下の特徴点を有している。
すなわち、本発明の既存建築物の耐震補強構造は、既存建築物外面の既存柱及び既存梁に、RC造の新設柱及び新設梁からなる柱梁架構を増設する。そして、新設柱は、4隅の柱平行主筋に加えてX形配筋が配置されていることを特徴とするものである。なお、新設梁に対しても、4隅の梁平行主筋に加えてX形配筋を配設してもよい。
【0010】
また、前記構成に加えて、新設柱及び新設梁からなる柱梁架構は、ブレースを備えることが可能であり、さらに、ブレースは、制振手段を備えることが可能である。
【0011】
このような構成からなる既存建築物の耐震補強構造では、4隅の柱平行主筋に加えてX形配筋を配置することにより、地震等の影響により新設柱に逆対称モーメントが生じると、一端で引張力が加わるX形鉄筋は他端でも引張力が加わることになり、また、一端で圧縮力が加わるX形鉄筋は他端でも圧縮力が加わることになる。したがって、X形配筋のみで曲げモーメントと、その曲げモーメントに起因して発生するせん断力に抵抗することができる。
【0012】
また、理論的には、X形配筋に対する付着割裂の設計は不要であり、X形配筋に対してのせん断補強筋も不要である。なお、実用的には、X形配筋のみのせん断力では補強できるせん断力が不足するため、4隅の平行配筋とせん断補強筋を配置することになるが、上述した理由により、従来の新設柱と比較して厚みを薄くすることができる。
【0013】
また、X形配筋のみの機構では、X形配筋とコンクリートとの付着が完全に切れた状態となっても、柱の力学的挙動は鋼材の性質に支配され、大変形した場合であっても耐力が低下しにくい安定した構造となる。
【0014】
さらに、上述したX形配筋の特性は、短スパンになればなるほど、より明瞭になるため、本発明は内法階高が比較的小さい古い建築物ほど有効となり、特に耐震補強が必要となる建築物に好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の既存建築物の耐震補強構造によれば、新設の柱梁架構をすべてRC造とすることにより、タイルや吹き付け塗装が可能となり、既存躯体のRC造との外観上の調和がとりやすい。また、S造特有の錆の発生がなく、S材を使用しないためコストを低減することができる。また、従来のピタコラム工法と比較して、S造の板材に設けた孔のすべてに、あと施工アンカーを貫通させる作業がなくなり、施工性が向上する。
【0016】
また、X形配筋を配置することにより、平行配筋と比較して新設柱の厚みを薄くすることができる。さらに、変形性能が向上するため、ブレース及び制振手段の性能をより一層効果的に引き出すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明に係る既存建築物の耐震補強構造の実施形態を説明する。図1〜図7は本発明の実施形態に係る既存建築物の耐震補強構造を示すもので、図1は新設柱への配筋状態を示す模式図、図2は新設の柱梁架構の配筋状態を示す正面図、図3は図2におけるA−A断面図、図4は図2におけるB−B断面図である。また、図5はブレースを取り付けた新設の柱梁架構の配筋状態を示す正面図、図6はブレースの取り付け方法の第1の実施形態を示す正面図、図7はブレースの取り付け方法の第2の実施形態を示す正面図である。また、図8は、X形鉄筋に加わる力を示す説明図である。
【0018】
<耐震補強構造>
本発明の実施形態に係る既存建築物の耐震補強構造は、図1〜図4に示すように、既存建築物外面の既存柱50及び既存梁60に、RC造の新設柱10及び新設梁20を増設して新柱梁架構を形成した構造となっている。
【0019】
<新設柱>
新設柱10は、図1〜図3に示すように、4隅に柱平行主筋11を配筋し、これらの柱平行主筋11を取り囲むようにして柱せん断補強筋12を配筋している。さらに、新設柱10には、4隅の柱平行主筋11に加えて、その内側にX形配筋13が配置されている。
既存柱50に新設柱10を増設するには、既存柱50にアンカー挿入孔(図示せず)を穿孔し、このアンカー挿入孔内にあと施工アンカー14を挿入すると共にグラウト材若しくは接着剤を注入して、既存柱50にあと施工アンカー14を固定する。そして、このあと施工アンカー14を用いて、新設柱10を増設する。図3中、符号70は既存壁を示す。
【0020】
<X形配筋>
図8に示すように、X形鉄筋に逆対称モーメントが発生すると、X形鉄筋を構成する各鉄筋には、それぞれ引張力又は圧縮力が加わることになる。図8では、地震等の影響により、X形鉄筋の上端部及び下端部に右回りのモーメントMが発生した場合を示している。この場合、左上から右下へ向かう鉄筋には、上下端においてそれぞれ引張力Tが加わることになる。一方、右上から左下へ向かう鉄筋には、上下端においてそれぞれ圧縮力Cが加わることになる。
【0021】
せん断耐力をQ、X形鉄筋の高さをl、X形鉄筋の最大間隔をmdとすると、引張力T及び圧縮力Cは、以下に示す式で表すことができる。
【0022】
【数1】


このように、地震等の影響により新設柱10に逆対称モーメントが生じると、一端で引張力が加わる鉄筋は他端でも引張力が加わることになり、また、一端で圧縮力が加わる鉄筋は他端でも圧縮力が加わることになるため、X形配筋13のみで曲げモーメントとせん断力を伝達することができる。このため、従来の新設柱10と比較して厚みを薄くすることができる。
【0023】
<新設梁>
新設梁20には、図1、図2、図4に示すように、4隅を含む外周部に梁主筋21を配筋し、これらの梁主筋21を取り囲むように梁せん断補強筋22を配筋している。既存梁60に新設梁20を増設するには、既存梁60にアンカー挿入孔(図示せず)を穿孔し、このアンカー挿入孔内にあと施工アンカー23を挿入すると共にグラウト材若しくは接着剤を注入して、既存梁60にあと施工アンカー23を固定する。そして、このあと施工アンカー23を用いて、新設梁20を増設する。図4中、符号80は既存床を示す。
【0024】
なお、本実施形態では、新設柱10にのみX形配筋13を行い、新設梁20ではX形配筋13を行っていないが、新設梁20においてもX形配筋13を行うことができる。すなわち、X形配筋13の特性は、短スパンになればなるほど明瞭になるため、新設梁20のスパンが短い場合にはX形配筋13を行うメリットがある。
【0025】
<ブレース>
先に説明したように、本発明の耐震補強構造によれば、変形性能が向上するため、ブレースの性能をより一層効果的に引き出すことができる。そこで、本実施形態では、図5に示すように、新柱梁架構に鉄骨製のブレース30を設けている。このブレース30は、公知の技術を用いたもので、上側の新設梁20と下側の新設梁20との間に斜行するブレース材を取り付けた構造となっている。なお、ブレース30の構造は、図5に示すものに限られず、公知の種々の構造を用いることができる。
【0026】
次に、ブレース30の取り付け構造の実施形態について説明する。
ブレース30を新設梁20及び新設柱10に取り付けるための構造の第1の実施形態として、図6に示すような構造がある。図6に示す構造は、新設梁20又は新設柱10にアンカー100を埋め込み、このアンカー100に取付片31を取り付けることによりブレース30を配設するようにしたものである。
【0027】
また、ブレース30を新設梁20及び新設柱10に取り付けるための構造の第2の実施形態として、図7に示すような構造がある。図7に示す構造は、新設梁20又は新設柱10を貫通するボルト110を取り付け、取付片31とプレート32との間に新設梁20又は新設柱10を挟み込んで、ボルト110の両端にナット111を螺着することにより、ブレース30を配設するようにしたものである。
なお、ブレース30の取り付け構造は、上述した例に限られず、公知の種々の構造を用いることができる。
【0028】
<制振手段>
また、本発明の耐震補強構造によれば、変形性能が向上するため、制振手段の性能をより一層効果的に引き出すことができる。そこで、本実施形態では、図5に示すように、ブレース30に制振手段40を設けている。この制振手段40は、公知の技術を用いたもので、例えば、制振ダンパーからなる。制振手段は、どのような構造であってもよいが、特開2001−355348号公報に開示されている粘弾性部材からなる制振ダンパーや、特開2001−182359号公報に開示されている高減衰ゴム、粘弾性材、低摩擦樹脂材等からなる制振ダンパーを用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】新設柱への配筋状態を示す模式図。
【図2】新設の柱梁架構の配筋状態を示す正面図。
【図3】図2におけるA−A断面図。
【図4】図2におけるB−B断面図。
【図5】ブレースを取り付けた新設の柱梁架構の配筋状態を示す正面図。
【図6】ブレースの取り付け方法の第1の実施形態を示す正面図。
【図7】ブレースの取り付け方法の第2の実施形態を示す正面図。
【図8】X形鉄筋に加わる力を示す説明図。
【符号の説明】
【0030】
10 新設柱
11 柱平行主筋
12 柱せん断補強筋
13 X形配筋
14 あと施工アンカー
20 新設梁
21 梁主筋
22 梁せん断補強筋
23 あと施工アンカー
30 ブレース
31 取付片
32 プレート
40 制振手段
50 既存柱
60 既存梁
70 既存壁
80 既存床
100 アンカー
110 ボルト
111 ナット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
既存建築物外面の既存柱及び既存梁に、RC造の新設柱及び新設梁からなる柱梁架構を増設し、
少なくとも前記新設柱は、4隅の柱平行主筋に加えてX形配筋が配置されていることを特徴とする既存建築物の耐震補強構造。
【請求項2】
前記新設柱及び新設梁からなる柱梁架構は、ブレースを備えていることを特徴とする請求項1に記載の既存建築物の耐震補強構造。
【請求項3】
前記ブレースは、制振手段を備えていることを特徴とする請求項2に記載の既存建築物の耐震補強構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−138658(P2010−138658A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−318068(P2008−318068)
【出願日】平成20年12月15日(2008.12.15)
【出願人】(000201478)前田建設工業株式会社 (358)
【Fターム(参考)】