説明

時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板およびその製造方法

【課題】時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】C: 0.01〜0.05%、Si:0.05%以下、Mn: 0.1〜0.5%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%以下で、残部が鉄および不可避不純物であり、フェライト相主体の組織を有し、該フェライト相の平均粒径が10〜20μmで、個々のフェライト粒径を平均値で割った値の自然対数の標準偏差σAは0.30以上である。上記鋼板を得るためには、冷間圧延後焼鈍を行うに際し、600℃から均熱温度までの温度域を1〜30℃/sの平均加熱速度で加熱し、均熱温度を800〜900℃、均熱時間を30〜200sとして均熱処理し、均熱温度から550℃までの温度域を3〜30℃/sの平均冷却速度で冷却し、500〜300℃で30s以上保持し、室温で伸び率:0.5〜2.0%の歪みを加える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大型液晶テレビのバックライトシャーシなど、大型の平板形状をした部品の部材として最適な、時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄型液晶TVやOA機器などには、曲げ・張出し成形を主体とする加工により成形された平板状の部品が数多く使われている。そして、これらの部品に用いる部材(薄鋼板)を製造するにあたっては、板の形状を矯正したり降伏点伸びを消したりするために、調質圧延において伸び率数%程度の軽圧下がおこなわれる。しかし、調質圧延後に時間が経過すると、降伏点伸びの復活や延性低下など、いわゆる歪み時効と呼ばれる特性の劣化がおこってしまう。特に、近年では、コスト低減のため、コイルを輸出して海外でプレス加工をおこなうケースが非常に多くなってきており、コイル製造からプレス加工まで時間がかかるため、ひずみ時効は避けられなくなってきている。また、国内であっても、コイルの流通過程で時間がかかったり、あるいは、コイルを在庫として抱えたりした場合などには、鋼板は歪み時効がおきてしまう。このように、歪み時効がおこって鋼板の特性が劣化した場合には、プレス条件や金型などの再調整をおこなう必要があり、コスト増の要因の1つとなっている。
【0003】
さらに、最近では、コスト削減のため、部材の板厚を薄くして鋼板の使用量を削減したいという要望が大きい。板厚を薄くすると、加工時の形状凍結性が劣化したり、加工時に割れが発生したりするなどの問題が生じ易くなる。さらに、薄肉化にともなう部品剛性の低下を補完するため、ビードを追加したり、曲げ加工などにより閉断面構造に近づけたりなど、部品形状が変更される場合もあり、益々加工条件が厳しくなり、その結果、プレス時の割れや形状不良が助長されてしまう。特に、曲げ加工の場合には、稜線反りと呼ばれる形状不良が発生し、部品が反るなどの問題が生じる。また、張出し加工の場合には、張出し高さが大きい場合に割れが生じたり、しわ抑えが弱い場合にしわが生じたりするなどの問題が生じる。
【0004】
このような稜線反りに対してはr値を低くすることが有利である。しかし、r値を低くすることは伸びの低下を招くことから、張出し加工に対しては不利に働く。さらに、歪み時効により降伏点伸びの復活や延性低下が起こると、プレス条件の変更等では割れやしわなどに対する対応ができなくなってしまう。
【0005】
歪み時効は、鋼板中に固溶するCやNによって引き起こされることが知られており、このC、NをTi、Nbなどの炭窒化物生成元素を添加して析出物として固定したIF鋼は、歪み時効の起こりにくい鋼板として知られる。しかし、従来からあるIF鋼は、製造コストが高い上に、r値が高く、曲げ成形を含む場合には不利である。
以上から、時効後も低r値で降伏点伸びが小さくかつ伸びの高い廉価な部材(薄鋼板)に対する要望は非常に大きい。
【0006】
r値が低く形状凍結性に優れた鋼板として、例えば、特許文献1には、熱間圧延における仕上圧延において、Ar3〜(Ar3+100)の圧下率を25%以上、圧延時の摩擦係数が0.2以下としてAr3以上で仕上圧延を終了するか、Ar3以下の圧下率を25%以上、圧延時の摩擦係数を0.2以下として仕上圧延をおこなうことで、集合組織を制御するとともに、圧延方向か圧延直角方向のr値のうち、少なくとも1つを0.7以下とする鋼板が開示されている。
特許文献2には、板面に平行な{100}面と{111}面の比が1.0以上である形状凍結性に優れた自動車用フェライト系薄鋼板が開示されている。
特許文献3には、形状凍結性に優れたフェライト系薄鋼板を得るために、{100}<011>〜{223}<110>方位群の強度と{112}<110>、{554}<225>、{111}<112>、{111}<110>の各方位の強度を制御すること、圧延方向のr値および圧延方向と直角方向のr値のうち、少なくとも一つを0.7以下にすることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3532138号公報
【特許文献2】特開2008−255491号公報
【特許文献3】特開2003−55739号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1〜3に記載の鋼板は、時効後に加工性が低下し、プレス割れなどの問題が発生してしまう。
【0009】
本発明は、かかる事情に鑑み、時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意研究調査を重ねた。
その結果、圧延方向、圧延45°方向、圧延直角方向の平均のr値を1.2以下、時効後の伸びを40%以上、時効後の降伏点伸びを1.0%以下とすることで、時効後も成形性と形状凍結性に優れる冷延鋼板が得られることを見いだした。なお、ここで、平均のr値(r)とは、圧延方向、圧延45°方向、圧延直角方向のr値をそれぞれ、rL、rD、rCとしたとき、r=(rL+2rD+rC)/4である。
また、本発明により時効後の成形性及び形状凍結性が確保できるメカニズムは以下のように考えられる。一般的に、降伏点伸びを消すために、室温で歪を加え可動転位を導入する方法がとられる。しかし、歪量が小さい場合、時効により可動転位がC、Nで固着されてしまい、降伏点伸びが復活してしまう。一方、室温での歪量を大きくすると、降伏点が大きくなるとともに伸びが低下することから成形性が低下してしまう。そこで、本発明では、フェライト粒径の分布に着目した。フェライト粒径の分布を大きくすることで、少ない歪量でも、歪の導入位置を不均一にして歪を集中させることができる。その結果、時効後も降伏点伸びの発生を抑制できる。また、歪導入の少ない粒は、時効による硬化も少ないことから、伸びの低下も抑制できる。そして、このような、歪の不均一な導入は、フェライト粒径分布の標準偏差を大きくすることで達成できる。
また、上記のようなr値が1.2以下、時効後の伸びが40%以上、時効後の降伏点伸びが1.0%以下である冷延鋼板は、熱間圧延においてフェライト域で仕上圧延を終了し低温で巻き取ることで熱延段階では未再結晶とし、焼鈍において熱履歴を制御することでフェライト粒径と粒径分布を制御するとともに冷却後の歪量を制御することで得られる。
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]質量%で、C: 0.01〜0.05%、Si:0.05%以下、Mn: 0.1〜0.5%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%以下で、残部が鉄および不可避不純物である組成とフェライト相主体の組織を有し、かつ、該フェライト相の平均粒径が10〜20μmで、個々のフェライト粒径を平均値で割った値の自然対数の標準偏差をσAとしたとき、σA≧0.30であることを特徴とする時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板。
[2]前記[1]において、さらに、質量%で、Ti:0.005〜0.02%、B:0.0003〜0.0030%のいずれか1種以上を含有することを特徴とする時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板。
[3]前記[1]または[2]において、鋼板表面に亜鉛系めっき層を有することを特徴とする時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板。
[4]前記[1]または前記[2]に記載の組成からなる鋼スラブを、仕上圧延の最終出側温度を(Ar3-100℃)〜Ar3℃、巻取り温度を550℃未満で熱間圧延し、次いで、酸洗し、40〜80%の圧下率で冷間圧延を行った後、焼鈍を行うに際し、600℃から均熱温度までの温度域を1〜30℃/sの平均加熱速度で加熱し、前記均熱温度を800〜900℃、均熱時間を30〜200sとして均熱処理し、前記均熱温度から550℃までの温度域を3〜30℃/sの平均冷却速度で冷却し、500〜300℃で30s以上保持し、室温で伸び率:0.5〜2.0%の歪みを加えることを特徴とする時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板の製造方法。
[5]前記[4]において、前記均熱処理後、前記均熱温度から550℃までの温度域を3〜30℃/sの平均冷却速度で冷却し、引き続き500℃以下の温度域に冷却し、次いで500〜550℃の温度域に再加熱し、その後500〜300℃で30s以上保持し、室温で伸び率:0.5〜2.0%の歪みを加えることを特徴とする時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板の製造方法。
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%は、すべて質量%である。また、本発明が対象とする冷延鋼板には、冷延鋼板に亜鉛系めっき処理(例えば、電気亜鉛系めっき処理、溶融亜鉛系めっき処理、合金化溶融亜鉛めっき処理)を施す鋼板も含むものである。さらに、その上に化成処理などにより皮膜をつけた鋼板をも含むものである。
【0011】
また、本発明の鋼板は、大型TVのバックライトシャーシ、冷蔵庫のパネルや、エアコン室外機など、平面部と曲げ、張り出し、軽度な絞り加工等を施す家電用途一般の部材として広く用いることができる。さらに、本発明を用いれば、例えば、板厚0.8mmの鋼板で、650×500mm程度(32V型)以上のバックライトシャーシを製造可能である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板が得られる。これにより大型の部品に要求される平板形状を確保可能であり、大型液晶テレビのバックライトシャーシなどの部材が製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】時効後の降伏伸び(YP−El)と伸び(El)におよぼすσの影響を示す図である。
【図2】σAにおよぼす(仕上圧延の最終出側温度(FT)-Ar3)の影響を示す図である。
【図3】σAにおよぼす巻取り温度(CT)の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の鋼板の化学成分について説明する。なお、以下の説明において、成分元素の含有量%は全て質量%を意味するものである。
【0015】
C:0.01〜0.05%
Cはセメンタイトを形成し、固溶Cを低減し、降伏強度をさげることができる。Cが少ないとセメンタイトの生成が抑制され、固溶Cが増加することで、時効硬化しやすくなるとともに、熱間圧延において、仕上げスタンド内でオーステナイトからフェライトに変態する場合、2相域が小さいために変形抵抗が急激に低下し、圧延が不安定となってしまう。したがって、Cは0.01%以上とする必要がある。一方、Cが多くなると、粒成長が抑制されることで細粒化するため、鋼板が硬質化して伸びが低下する。したがって、Cは0.05%以下とする必要がある。
【0016】
Si:0.05%以下
Siは、多量に添加すると、硬質化により成形性が劣化したり、焼鈍時のSi酸化物の生成によりメッキ性が阻害されたりしてしまう。したがって、Siは0.05%以下とする必要がある。
【0017】
Mn:0.1〜0.5%
Mnは有害な鋼中SをMnSとして無害化するため、0.1%以上とする必要がある。一方、多量のMnは、固溶強化や低温変態相の生成による硬質化により成形性を劣化させる。また、Mnは変態点を低下させ、熱延におけるフェライト域での圧延を困難する。さらに、焼鈍時、フェライトの再結晶を抑制することで組織が細粒化してしまう。したがって、Mnは0.5%以下とする必要があり、好ましくは0.3%以下である。
【0018】
P:0.05%以下
Pは粒界に偏析して、延性や靭性を劣化させることから、0.05%以下とする必要がある。好ましくは0.03%以下である。
【0019】
S:0.02%以下
Sは、熱間での延性を著しく低下させることで、熱間割れを誘発し、表面性状を著しく劣化させる。さらに、Sは、強度にほとんど寄与しないばかりか、不純物元素として粗大なMnSを形成することにより、延性を低下させる。これらの問題はS量が0.02%を超えると顕著となり、極力低減することが望ましい。したがって、S量は0.02%以下とする必要がある。
【0020】
Al:0.02〜0.10%
Alは、Nを窒化物として固定することで、固溶Nによる時効硬化を抑制することができる。このような効果を得るためにはAlは0.02%以上とする必要がある。一方、多量のAl添加は、強度を上昇させ成形性を低下させるだけでなくコストの上昇を伴う。したがって、Alは0.10%以下とする必要がある。
【0021】
N:0.005%以下
Nは多量に含有すると、熱間圧延中にスラブ割れを伴い、表面疵が発生する恐れがある。また、冷延、焼鈍後に固溶Nとして存在する場合には、時効硬化を引き起こしてしまう。したがって、Nは0.005%以下とする必要がある。
【0022】
上記の元素に加えて、本発明では、時効性と形状凍結性を改善することを目的としてTi、Bのうちの1種以上をTi:0.005〜0.02%、B:0.0003〜0.0030%の範囲内で含有することができる。
【0023】
Ti:0.005〜0.02%
Tiは高温でNと結合して窒化物を形成し、固溶Nを減らすことで時効性を改善することができる。このような効果を得るためには、Tiは0.005%以上とする必要がある。一方、Tiの含有量が多いと、さらにCと結合して炭化物や炭窒化物を生成することから、強度が上昇し、成形性が低下してしまう。したがって、Tiを含有する場合は0.005%以上0.02%以下とする。
【0024】
B:0.0003〜0.0030%
Bは高温でNと結合して窒化物を形成し、固溶Nを減らすことで時効性を改善することができる。さらにBは、冷延後の焼鈍過程でフェライトの粒成長を抑制して、r値を制御することで形状凍結性を改善することができる。このような効果を得るには、Bを0.0003%以上とする必要がある。一方、Bが多量に存在する場合には、焼鈍時のフェライトの再結晶を抑制することから、組織が細粒化してしまう。したがって、Bを含有する場合は0.0003%以上0.0030%以下とする。
【0025】
上記以外の成分は、鉄および不可避不純物からなる。不可避不純物としては、例えばスクラップから混入しやすい0.05%以下のCu、Crや、その他0.01%以下のSn、Mo、W、V、Nb、Ni等が挙げられる。
【0026】
本発明の鋼板の組織は、フェライト相主体とする。また、フェライト相の平均粒径は10〜20μmである。さらに、個々のフェライト粒径を平均値で割った値の自然対数の標準偏差をσAとしたとき、σA≧0.30である。
成形性を確保するため、軟質なフェライト相を主体とする。ここでいう「フェライト相を主体とする」とは、組織全体に対するフェライト相の割合が面積率で95%以上である場合を言う。フェライト組織を主体とすることで、時効後の伸び40%以上を達成できる。フェライト組織が100%であると伸びが向上するため好ましい。主相以外の第二相としてはセメンタイト相やパーライト相などであり、面積率で5%以下の範囲で含有することができる。5%を超えて多くなると、延性の低下が著しくなる。なお、フェライト相の面積率は、組織観察によりフェライト相とそれ以外の相を識別し、画像処理により求めることができる。
平均粒径は、成形性を確保するため、10μm以上とする。一方、粒径が大きくなると、成形時にオレンジピールなどの外観不良が発生するほか、粒径分布が小さくなることから、平均粒径の上限は20μmとする。なお、平均粒径は切断法により測定し、圧延方向と板厚方向の平均切片長さLl、Lcより、2/[(1/Ll)+(1/Lc)]により算出する。
本発明は、フェライト粒径の分布を大きくすることで、少ない歪量でも、歪の導入位置を不均一にして歪を集中させ、時効後も降伏点伸びの発生を抑制するものである。また、歪導入の少ない粒は、時効による硬化も少ないことから、伸びの低下も抑制するものである。そのためには、個々のフェライト粒径を平均値で割った値の自然対数の標準偏差をσAとしたとき、σA≧0.30とする必要がある。以下、これについて説明する。
実際の鋼板使用を考慮すれば、室温(20℃)での時効期間として6ヶ月を考えれば十分である。図1は、20℃で6ヶ月時効したときの降伏伸び(YP−El)と伸び(El)におよぼすσの影響を示した図である。また、図1は、C: 0.01〜0.05%、Si:0.05%以下、Mn: 0.1〜0.5%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%以下で、残部が鉄および不可避不純物である組成を有し、フェライト相の割合が面積率で95%以上で、かつ、フェライト相の平均粒径が10〜20μmである種々の鋼板を用い、これら鋼板をJIS5号引張試験片に加工して測定したものである。ここで、時効後の降伏伸びを1.0%以下とすることで、成型後のしわを無くすかあるいは目視でほとんど判別できないレベルまで抑えることができる。また、時効後の伸びを40%以上とすることで張り出し成型時の壁角が45°程度まで割れなく成型することができ、ほとんどのプレス成型に対応することができる。図1に示したように、σを0.30以上とすることで、降伏伸びを1.0%以下と小さくするとともに、伸びを40%以上と大きくすることができる。したがって、σは0.30以上とする。
【0027】
次に本発明の鋼板の製造条件について説明する。本発明においては、上記の組成を有する鋼スラブを、仕上圧延の最終出側温度を(Ar3-100℃)〜Ar3℃、巻取り温度を550℃未満で熱間圧延し、次いで、酸洗し、40〜80%の圧下率で冷間圧延を行った後、焼鈍を行うに際し、600℃から均熱温度までの温度域を1〜30℃/sの平均加熱速度で加熱し、均熱温度を800〜900℃、均熱時間を30〜200sとして均熱処理し、前記均熱温度から550℃までの温度域を3〜30℃/sの平均冷却速度で冷却し、500〜300℃で30s以上保持し、室温で0.5〜2.0%の歪みを加えることにより、フェライト粒径の分布を大きくし、時効後の低い降伏点強度と低いr値と優れた伸びを得ることができる。
【0028】
仕上圧延終了温度:(Ar3-100℃)〜Ar3
熱間圧延における仕上圧延をフェライト域で終了することで、フェライト組織に歪を蓄積するとともに、回復が結晶方位によって不均一に進む。その結果、歪の蓄積が不均一となり、焼鈍後のフェライト粒径分布を大きくすることができる。また、結晶方位による不均一が集合組織の発達をランダム化し、r値を低くし、形状凍結性を向上させることができる。したがって、仕上圧延の最終温度は、Ar3以下とする必要がある。より好ましくはAr3未満の温度である。Ar3以下での圧下量はとくに規定しないが好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上である。一方、仕上圧延終了温度が低くなると、歪が導入された結晶の回復が進まず、歪の蓄積が不均一にならない。さらに、圧延荷重が大きくなることで、操業上の困難をともなう。したがって、仕上げ圧延終了温度は(Ar3−100℃)以上とする必要がある。
なお、Ar3は以下の式にて求めることができる。
Mn含有量<0.4%の場合:Ar3=880−1000×C含有量(%)
Mn含有量≧0.4%の場合:Ar3=870−1000×C含有量(%)
巻取り温度:550℃未満
仕上圧延後の巻取り温度が高いと、フェライトが再結晶してしまい、不均一な歪を導入することができなくなることから、巻き取り温度は550℃未満とする必要がある。巻取り温度の下限はとくに規定しないが、温度を低くしすぎると、コイルの巻き形状が悪くなるため、300℃以上が好ましい。仕上げ圧延終了から巻取りまでの冷却速度はとくに規定しないが、10℃/S以上が好ましく、より好ましくは30℃/s以上、さらに好ましくは100℃/s以上である。
【0029】
冷間圧延時の圧下率:40〜80%
熱延板を酸洗した後の冷間圧延における圧下率が大きい場合、歪の導入が均一化されて、焼鈍後のフェライト粒径分布が小さくなるとともに、歪量増大による細粒化で高強度化し、成形性が低下してしまう。また、集合組織も発達することで、r値が高くなり形状凍結性が低下してしまう。以上より、圧下率は80%以下とする必要がある。一方、圧下率が小さい場合、導入される歪量が少ないことで、焼鈍時の再結晶が抑制され、回復組織となることで、成形性が低下する。よって、圧下率は40%以上とする必要がある。
【0030】
600℃から均熱温度までの温度域までの平均加熱速度:1〜30℃/s
冷間圧延を行った後、焼鈍を行う。本発明においては、焼鈍における熱履歴を制御することでフェライト粒径と粒径分布を制御するとともに冷却後の歪量を制御する。そのため焼鈍を行う際の製造条件は重要な要件である。
600℃から均熱温度までの平均加熱速度が小さいと、回復が進行することで、再結晶が抑制されてしまう。したがって、平均加熱速度は1℃/s以上とする必要がある。一方、平均加熱速度が大きいと、加熱途中での再結晶の核発生が抑制され、均熱時に一斉に核発生するため、粒が細粒化してしまう。したがって、平均加熱速度は30℃/s以下とする必要がある。
【0031】
均熱温度:800〜900℃、均熱時間:30〜200s
加熱後の均熱処理では、再結晶を完了させるとともに、粒径を大きくして成形性を向上させる必要がある。そのため、均熱温度は800℃以上とする必要がある。一方、均熱温度が高すぎると、フェライトからオーステナイトへの変態が進むことで、冷却後の逆変態で粒径が小さくなってしまう。したがって、均熱温度は900℃以下とする必要がある。
また、均熱時間が短いと、再結晶が完了しないか、あるいは、完了しても粒成長する時間が短いために、細粒化し成形性が低下してしまう。したがって、加熱時の均熱時間は30s以上とする必要がある。一方、均熱時間が長くなると、大きい粒が小さい粒を侵食しながら成長し大きくなるため、フェライト粒径の分布が小さくなるとともに、粒径が大きくなることで、プレス成形時にオレンジピールなどの外観不良をもたらす。したがって、均熱時間は200s以下とする必要がある。
【0032】
均熱温度から550℃までの温度域の平均冷却速度:3〜30℃/s
均熱処理後の冷却速度が小さいと、フェライト粒の成長が促進され、大きい粒が小さい粒を侵食しながら成長し大きくなるため、フェライト粒径の分布が小さくなるとともに、粒径が大きくなることで、プレス成形時、オレンジピールなどの外観不良をもたらす。したがって、均熱温度から550℃までの温度域の平均冷却速度は3℃/s以上とする必要がある。一方、冷却速度が大きすぎると、強度が高くなり成形性が低下することから、平均冷却速度は30℃/s以下とする必要がある。
なお、前記した均熱から550℃までの冷却の後、500〜300℃までの保持の間は、製造設備に合わせて適宜冷却すればよい。好ましくは、均熱温度から550℃までの冷却後引き続き同様の冷却速度範囲で冷却、すなわち3〜30℃/sで冷却する。
【0033】
500〜300℃での保持時間:30s以上
固溶Cは、セメンタイトとして析出されることで、時効性を向上させることができる。そのため、セメンタイトが析出しやすい300〜500℃の温度域で30s以上保持する必要がある。時間の上限はとくに規定しないが、長時間の保持は生産効率を低めるため、保持時間の上限は300s程度とすることが好ましい。
なお、保持の後は室温まで冷却するが、前記冷却条件は特に規定する必要はなく、製造設備に合わせて適宜行えばよい。
【0034】
室温での歪付与、伸び率:0.5〜2.0%
焼鈍後は、室温で歪を加えることで、降伏点を消すことができる。そのため、室温で加える歪は伸び率で0.5%以上とする必要がある。一方、伸び率が大きくなると、降伏点が上昇し、成形性が低下するため、2.0%以下とする必要がある。好ましくは1.5%以下である。なお、室温での歪の付与はロールによる圧延でも引張りでも、あるいはロールと引張りの複合でも構わない。また、圧延においては、潤滑してもしなくてもよい。
【0035】
本発明の実施に当たり、溶製方法は、通常の転炉法、電炉法等、適宜適用することができる。溶製された鋼は、スラブに鋳造後、そのまま、あるいは、冷却して加熱し、熱間圧延を施す。熱間圧延では前述の仕上条件で仕上げた後、前述の巻取り温度で巻取る。その後、通常の酸洗後に、前述の冷間圧延を施す。冷間圧延後の焼鈍処理については、前述の条件で加熱、保持、冷却をおこなう。必要に応じて、480℃近傍で溶融亜鉛によるめっきをおこなってもよい。まためっき後、500℃以上に再加熱してめっきを合金化してもよい。なお、再加熱を行うに際しては、フェライトが粒成長しないよう、550℃以下とする必要がある。また、前記した500〜300℃の保持に関しては、500℃以上への再加熱によりセメンタイトが溶解する可能性があるため、500℃以上550℃以下に再加熱する場合は、再加熱後の500〜300℃の保持時間を30s以上とすることが好ましい。なお、めっき浴温の下限としては、460℃程度である。すなわち、前記均熱処理後に溶融亜鉛めっきを行い、さらに合金化処理を行う場合、熱履歴としては、下記のようにすればよい。前記均熱処理後、前記均熱温度から550℃までの温度域を3〜30℃/sの平均冷却速度で冷却し、引き続き500℃以下の温度域に冷却して溶融亜鉛めっきを行い、次いで500〜550℃の温度域に再加熱して合金化処理を施し、その後500〜300℃で30s以上保持する。保持時間としては、上記と同様の理由で、300s程度とすることが好ましい。なお、保持後は室温まで適宜冷却すればよい。さらに、0.5〜2.0%程度の伸び率で調質圧延をおこなう。好ましくは0.5〜1.5%である。また、焼鈍途中でめっきを施さなかった場合には、耐腐食性を向上させるために電気亜鉛メッキなどをおこなってもよい。さらに、冷延鋼板やめっき鋼板の上に、化成処理などにより皮膜をつけてもよい。
以上より、時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板が得られる。そして、以上により得られた冷延鋼板は、圧延方向、圧延45°方向、圧延直角方向の平均のr値が1.2以下、時効後の伸びが40%以上、時効後の降伏点伸びが1.0%以下である。なお、これらの特性は、20℃で6ヶ月の時効処理後の平均のr値、伸び、降伏点伸びである。
r値は、曲げ成形後に生じる反りと相関がある。曲げ成形では、曲げ方向のr値が高くなることで、曲げ線に沿って鞍型の反りが顕著に発生する。したがって、低r値化によって、プレス成形後の形状凍結性を向上させることを目的として、本発明では平均のr値を1.2以下とする。
伸びは成形性と良い相関があり、伸びが大きいほど、例えば、高くまで張出し成形することができる。したがって、必要とする伸びは大きいほど良く、時効後の伸びを40%以上とすることで、絞り加工や張り出し加工をおこなうことができ、部品に要求される形状を確保することができる。
【0036】
上記に加えて本発明の鋼板は、時効後の降伏点伸びを1.0%以下とする。鋼板製造直後だけでなく、時効後の降伏点伸びを低減することで、成形後のストレッチャーストレインを抑制し、表面外観に優れた成形品が製造できる。
【実施例1】
【0037】
表1に示す化学組成を有するスラブを溶製したのち、再加熱して表1に示す最終出側温度(FT)で熱間圧延をおこない、平均冷却速度:10℃/sで冷却したのち、表1に示す巻取り温度(CT)で巻取り処理をおこなった。次いで、酸洗し、表1に示す圧下率にて冷間圧延をおこない、表1に示す条件で焼鈍を行った。次いで、室温で表1に示す伸び率で圧下を行い供試材を製造した。
なお、表1において、600℃から均熱温度までの平均加熱速度はHR、均熱温度はAT、均熱時間はHt1、均熱温度から550℃までの平均冷却速度はCR、500℃から300℃の滞留時間はHt2とした。また、供試材No.4は、途中480℃で溶融亜鉛によるめっき処理をおこない、表面を溶融亜鉛めっき(GI)とした。供試材No.3は、途中480℃で溶融亜鉛によるめっきをおこなったのち、540℃に再加熱し、表面を合金化溶融亜鉛めっき(GA)とした。供試材No.2は電気めっき処理をおこない、表面を電気めっき(EG)とした。なお、供試材No4以外は550℃から500℃まで引き続き表1に示すCRと同様の冷却速度で冷却した。
以上により得られた供試材に対し、組織と機械特性を調査した。組織は、圧延方向の板厚断面を光学顕微鏡で観察し、切断法により組織の平均粒径と粒径分布を求めた。結果、本実施例では、すべての供試材の組織はフェライト相が99%以上であった。また、供試材より圧延方向を引張方向とするJIS5号引張試験片を切り出し、20℃で6ヶ月の時効処理をおこなったのち、引張速度10mm/分で引張試験をおこない、降伏点伸び(YP-El)と全伸び(El)を測定した。また、r値は、供試材の圧延方向、圧延45°方向、圧延直角方向の各方向からJIS5号引張試験片を切り出し、予歪み15%で測定し、圧延方向のr値(rL)、圧延45°方向のr値(rd)、圧延直角方向C方向のr値(rC)から、平均のr値(r)をr=(rL+2rD+rC)/4で求めた。
得られた結果を、成分組成および製造条件と併せて表1に示す。 また、図2に、供試材No.1〜8について、σAにおよぼす(FT-Ar3)の影響を、図3に、供試体No.1〜4、9について、σAにおよぼすCTの影響をそれぞれ示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1によれば、本発明の組成を有し、本発明の製造方法で製造した鋼板(発明鋼)は、フェライト平均粒径が10〜20μmの範囲内で、かつ、標準偏差(σA)が0.30以上である。その結果、圧延方向、圧延45°方向、圧延直角方向の平均のr値が1.2以下、時効後の降伏点伸びが1.0%以下、かつ時効後の伸び(Elm)が40%以上であり、時効後の成形性及び形状凍結性に優れる冷延鋼板が得られた。
これに対して製造方法が本発明の範囲外である鋼板(比較鋼)は、フェライト平均粒径もしくは標準偏差(σA)が範囲外となっており、平均のr値、時効後の降伏点伸びおよび時効後の伸び(El)のいずれかが劣っていた。
また、図2より、最終出側温度(FT)を(Ar3-100℃)〜Ar3とすることで、標準偏差(σA)を0.30以上とすることができることがわかる。
図3より、巻取り温度(CT)を550℃未満とすることで、標準偏差(σA)を0.30以上とすることができることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C: 0.01〜0.05%、Si:0.05%以下、Mn: 0.1〜0.5%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%以下で、残部が鉄および不可避不純物である組成とフェライト相主体の組織を有し、かつ、該フェライト相の平均粒径が10〜20μmで、個々のフェライト粒径を平均値で割った値の自然対数の標準偏差をσAとしたとき、σA≧0.30であることを特徴とする時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板。
【請求項2】
さらに、質量%で、Ti:0.005〜0.02%、B:0.0003〜0.0030%のいずれか1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板。
【請求項3】
鋼板表面に亜鉛系めっき層を有することを特徴とする請求項1または2に記載の時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の組成からなる鋼スラブを、仕上圧延の最終出側温度を(Ar3-100℃)〜Ar3℃、巻取り温度を550℃未満で熱間圧延し、次いで、酸洗し、40〜80%の圧下率で冷間圧延を行った後、焼鈍を行うに際し、600℃から均熱温度までの温度域を1〜30℃/sの平均加熱速度で加熱し、前記均熱温度を800〜900℃、均熱時間を30〜200sとして均熱処理し、前記均熱温度から550℃までの温度域を3〜30℃/sの平均冷却速度で冷却し、500〜300℃で30s以上保持し、室温で伸び率:0.5〜2.0%の歪みを加えることを特徴とする時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記均熱処理後、前記均熱温度から550℃までの温度域を3〜30℃/sの平均冷却速度で冷却し、引き続き500℃以下の温度域に冷却し、次いで500〜550℃の温度域に再加熱し、その後500〜300℃で30s以上保持し、室温で伸び率:0.5〜2.0%の歪みを加えることを特徴とする請求項4に記載の時効後の成形性及び形状凍結性に優れた冷延鋼板の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−144427(P2011−144427A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−6553(P2010−6553)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】