説明

曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板及びその製造方法

【課題】曲げ加工性の異方性が少なく耐応力緩和特性が良好な寸法精度に優れたCu−Cr−Zr系の異形断面銅合金板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】厚肉部と薄肉部とが幅方向に並んだ異形断面銅合金板であって、質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有し、JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験において割れが発生しない最小曲げ半径Rと板厚tとの比(R/t)である曲げ加工性について、BadWay方向の曲げ加工性(R/t)をR、GoodWay方向の曲げ加工性(R/t)をRとした場合に、R/Rが0.8〜1.7であり、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて観察した、(薄肉部のGOS1)/(厚肉部のGOS2)が0.9〜1.4である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有する曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚肉部と薄肉部とが幅方向に並んだ異形断面銅合金板は、プレスにて打抜き加工や曲げ加工等が施された後に、必要に応じてめっき処理が施され、コネクタやリードフレーム等の電気・電子部品の素材として使用され、耐熱性、通電性、熱放散性等が要求されている。
一般的に、この異形断面銅合金板は、銅合金鋳塊から板幅方向に一定の厚さを有する平板を製造する平板加工工程と、その平板を用いて板幅方向に厚さの異なる異形断面板を製造する異形加工工程とにより製造される。平板加工工程は、銅合金鋳塊の均熱、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍、続いて必要に応じて行われる冷間圧延の各工程からなる。異形加工工程は、平板加工工程によって製造された平板を最終製品形状に加工するにあたり、必要とされる幅に切断した後に、粗冷間加工、焼鈍、仕上げ冷間加工、スリッタ加工、必要に応じて行われる矯正の各工程からなる。この場合、冷間加工の中間で焼鈍を行わず、仕上げ冷間加工後に焼鈍を行うこともある。また、異形加工工程における冷間加工は、異形ロールによる冷間圧延、或いは、異形金型による冷間圧延や鍛造などにより行われ、異なる加工方法が組み合わされることもある。
異形断面銅合金板の素材としては、Cu−Fe−P系銅合金、Cu−Ni−Si系銅合金等が多用されているが、最近の電気・電子部品の更なる小型化に伴って、その内部に組み込まれている接点部材や擦動部材等に流される電流密度がますます高くなってきており、導電率及び強度に優れたCu−Zr−Cr系銅合金も素材として使用され始めている。
【0003】
特許文献1には、鋳塊から板厚方向に一定の厚さを有する平板を製造し、その平板を異形ロールにより冷間圧延して、板幅方向に厚さの異なる異形断面銅合金板を製造するに当たり、異形ロールによる冷間圧延の中間又は最終で一度も焼鈍を行わずに、高耐熱性を有し、かつ高導電性及び優れた曲げ加工性を有する異形断面銅合金板が開示されている。Ni:0.03〜0.5質量%、P:0.01〜0.2質量%を含有し、NiとPとの質量比であるNi/Pが2〜10であり、残部銅及び不可避不純物からなる銅合金を用いる。望ましくはSn:0.005〜0.5%又は/及びFe:0.005〜0.20%を含む。必要に応じてZn:0.005〜0.5%を含む。異形ロールによる冷間圧延において、薄肉部の冷間加工率は30〜90%とされる。
【0004】
特許文献2には、良好な曲げ加工性を備えるとともに、芯線圧着部や嵌合凸部等を簡単にかつ高強度に成形することが可能な端子用銅合金条材及びその製造方法が開示されている。端子を製作するための端子用銅合金条材であって、時効析出型銅合金で構成されるとともに、条材の長手方向に直交する断面において、板厚の厚い厚板部と、この厚板部よりも板厚の薄い薄板部とを備えており、厚板部の引張強度TS1と薄板部の引張強度TS2との比TS1/TS2が、1<TS1/TS2≦1.4の範囲となるように設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−39735号公報
【特許文献2】特開2009− 9887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の製造方法で製造されたCu−Cr−Zr系の異形断面銅合金板は、その材料特性から、異形圧延加工にて、圧延組織が圧延方向に繊維状に形成され易く、曲げ加工の異方性が大きくなり、特に、BadWay方向の曲げ加工性とGoodWay方向の曲げ加工性との差異が大きくなり、耐応力緩和特性も充分ではなく、また、形成された異形部の寸法精度の公差(バラツキ)が大きくなるという欠点を有していた。
【0007】
本発明では、上述の欠点を改良し、曲げ加工の異方性が少なく、充分な耐応力緩和特性を有し、寸法精度に優れたCu−Cr−Zr系の異形断面銅合金板及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討の結果、Cu−Cr−Zr系の異形断面銅合金板のBadWay方向の曲げ加工性(JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験において割れが発生しない最小曲げ半径Rと板厚tとの比、以下R/tとする)とGoodWay方向の曲げ加工性(R/t)との差異は、異形圧延加工を、往復する圧延ロールとダイの成形面との間に平板状銅合金素材を挟みこんで連続的に圧延加工し、幅方向の銅合金素材の伸びをW、圧延加工方向の銅合金素材の伸びをWとした場合に、W/Wを1.4〜2.3にて実施することにより、所定範囲内に収まり、異方性が少なくなることを見出した。
また、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて、異形断面銅合金板の薄肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS1、異形断面銅合金板の厚肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS2とした場合に、GOS1/GOS2が0.9〜1.4の範囲内であると、優れた耐応力緩和特性を示すことも見出した。
また、W/Wを1.4〜2.3とし、異形圧延加工後の異形断面銅合金板の平均送り速度をA(mm/分)、異形断面銅合金板の薄肉部の板厚をT(mm)、圧延ロールの往復回数をB(回/分)とした場合に、(A/B)/Tを1.5〜70にて実施することにより、形成される異形部の寸法精度の公差(バラツキ)を小さくできることも見出した。
【0009】
即ち、本発明の曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板は、
厚肉部と薄肉部とが幅方向に並んだ異形断面銅合金板であって、質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有し、JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験において割れが発生しない最小曲げ半径Rと板厚tとの比(R/t)である曲げ加工性について、BadWay方向の曲げ加工性(R/t)をR、GoodWay方向の曲げ加工性(R/t)をRとした場合に、R/Rが0.8〜1.7であり、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて、前記薄肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS1、前記厚肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS2とした場合に、GOS1/GOS2が0.9〜1.4であることを特徴とする。
【0010】
Crは、銅合金を溶体化処理後、時効処理を施すことにより、銅母相中に析出し、強度を向上させる合金元素である。Crの含有量が0.2質量%未満では、析出作用による効果が不充分であり、0.4質量%を超えると、強度向上の効果が得られない。
Zrは、銅合金を溶体化処理後、時効処理を施すことにより、銅母相中に析出し、強度を向上させると共に耐熱性を向上させる合金元素である。Zrの含有量は、形成される析出粒子の量や大きさに影響を与えて、導電率と強度とのバランスを変化させるが、0.05〜0.2質量%にて含有させることにより、導電率と強度とを共に高い次元でバランスさせることができる。Zrの含有量が0.05質量%未満では、析出作用による効果が不充分で、耐応力緩和性も低下し、0.2質量%を超えるとCu−Zr析出物の形状が粗大になり易く、強度向上の効果が得られず、曲げ加工性低下の原因ともなる。
BadWay方向の曲げ加工性R、GoodWay方向の曲げ加工性Rとの比であるR/Rが0.8未満、或いは、1.7を超えると、曲げ加工性の異方性が大きくなり、特に、プレスにて打抜き加工や曲げ加工時に支障を来たすことが多くなる。
GOS1/GOS2が0.9未満、或いは、1.4を超えると、耐応力緩和特性が低下する。
【0011】
本発明の曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板は、更に、質量%でSi:0.005〜0.03%を含有することを特徴とする。
Siは、Zrと併せて添加することにより、全体的な強度を更に向上させる。Siの含有量が0.005質量% 未満では、効果が充分ではなく、0.03質量%を超えると、導電性が低下し、曲げ加工性にも悪影響を及ぼす。
【0012】
本発明の曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板の製造方法は、冷間圧延後の平板状銅合金素材に、異形圧延加工、仕上げ圧延加工、矯正加工、時効処理をこの順で含む工程で施して前記異形断面銅合金板を製造するに際して、前記異形圧延加工を、往復する圧延ロールとダイの成形面との間に前記平板状銅合金素材を挟みこんで連続圧延加工し、幅方向の伸びをW(%)、圧延加工方向の伸びをW(%)とした場合に、W/Wを1.4〜2.3にて実施し、前記矯正加工を、異形断面銅合金板の塑性ひずみが0.05%〜1.0%となるように実施することを特徴とする。
【0013】
質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有する平板状銅合金素材に、異形圧延加工、仕上げ圧延加工、矯正加工、時効処理をこの順で含む工程で施して異形断面銅合金板を製造する。
異形圧延加工は、往復する圧延ロールとダイの成形面との間に前記平板状銅合金素材を挟みこんで連続圧延加工し、被圧延銅合金素材の幅方向の伸びをW、加工方向の伸びをWとした場合に、W/Wを1.4〜2.3にて実施する。
/Wが1.4未満では、R/Rが1.7を超え、寸法精度の公差(バラツキ)も悪くなる傾向があり、W/Wが2.3を超えると、圧延組織が繊維状に圧延方向に形成され易く、R/Rが0.8未満となって曲げ加工性の異方性が大きくなる。
仕上げ圧延加工は、曲げ加工性の異方性には影響を与えない圧延加工であり、表面硬度に分布が生じることがなく、厚肉部及び薄肉部において均一な物性の異形断面合金板を得る為にも、段付きロールと平ロールとからなる圧延ロールによる冷間圧延加工にて実施することが好ましい。
矯正加工は、主に異形断面銅合金板の曲がりを矯正する加工であり、異形断面銅合金板のコイルを一定速度で繰り出すアンコイラー、繰り出された異形断面銅合金板に所定の張力を付与することにより目的の異形断面銅合金板とするストレッチ機構、ストレッチ機構を通過した異形断面銅合金板を一定速度で巻き取るリコイラーを有する装置を使用して、ストレッチ機構での異形断面銅合金板の塑性ひずみが0.05%〜1.0%となるように実施する。
ストレッチ機構では、基本的に異形断面銅合金板の一方端を固定し、他端を移動して所定の張力(引張量)を付与するが、この時の張力(引張量)とひずみ(%)の関係は、ひずみ=(引張量/引張前のチャックの間隔)=弾性ひずみ+塑性ひずみ、にて表され、塑性ひずみは、ひずみ−弾性ひずみで求めることができる。
この塑性ひずみが0.05%未満では、GOS1/GOS2が1.4を超え、塑性ひずみが1.0%を超えると、GOS1/GOS2が0.9未満となり、得られた異形断面銅合金板の耐応力緩和特性が低下する。
時効処理は、平板状銅合金素材を製造する段階ではなく、異形加工工程の後に実施することにより、厚肉部及び薄肉部における析出粒子の析出状態をそれぞれに調整することができ、厚肉部及び薄肉部の引張強度、導電率等の特性を所定の範囲に調整することが可能となり、この効果を高める為にも、仕上げ圧延加工後に実施することが好ましい。
【0014】
本発明の曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板の製造方法は、更に、前記異形圧延加工において、前記異形圧延加工後の異形断面銅合金板の平均送り速度をA(mm/分)、異形断面銅合金板の薄肉部の板厚をT(mm)、前記圧延ロールの往復回転数をB(回/分)とした場合に、(A/B)/Tを1.5〜70にて実施することを特徴とする。
(A/B)/Tが1.5未満、或いは、70を超えると、形成される異形断面銅合金板の厚肉部及び薄肉部の寸法精度の公差(バラツキ)が大きくなる。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有する曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の異形断面銅合金板の製造方法の一実施形態について、製造工程順に平板状銅合金素材、粗異形断面銅合金板、仕上げ異形断面銅合金板、矯正後の異形断面銅合金板を示す斜視図である。
【図2】一実施形態における異形圧延加工で用いられるダイと圧延ロールとを示す正面図である。
【図3】図2のダイの成形面を示す平面図である。
【図4】仕上げ圧延加工で用いられる段付きロールと平ロールを示す斜視図である。
【図5】本発明の一実施形態における矯正加工で用いられる矯正装置の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る異形断面条の製造方法を、質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有する銅合金からなる異形断面条の製造に適用した実施形態について説明する。
本発明の異形断面銅合金板1は、厚肉部2と薄肉部3とが幅方向に並んだ異形断面銅合金板(図1参照)であり、図示例では、厚肉部2の両側に薄肉部3が配置され、厚肉部2と薄肉部3との間は、所定の立ち上げ傾斜角度βの傾斜部4とされている。
【0018】
この異形断面銅合金板1は、質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有している。
Crは、銅合金を溶体化処理後、時効処理を施すことにより、銅母相中に析出し、強度を向上させる合金元素である。Crの含有量が0.2質量%未満では、析出作用による効果が不充分であり、0.4質量%を超えると、強度向上の効果が得られない。
Zrは、銅合金を溶体化処理後、時効処理を施すことにより、銅母相中に析出し、強度を向上させると共に耐熱性を向上させる合金元素である。Zrの含有量は、形成される析出粒子の量や大きさに影響を与えて、導電率と強度とのバランスを変化させるが、0.05〜0.2質量%にて含有させることにより、導電率と強度とを共に高い次元でバランスさせることができる。Zrの含有量が0.05質量%未満では、析出作用による効果が不充分で、耐応力緩和性も低下し、0.2質量%を超えるとCu−Zr析出物の形状が粗大になり易く、強度向上の効果が得られず、曲げ加工性低下の原因ともなる。
【0019】
また、この異形断面銅合金板1は、更に、質量%でSi:0.005〜0.03%を含有してもよい。
Siは、Zrと併せて添加することにより、全体的な強度を更に向上させる。Siの含有量が0.005質量% 未満では、効果が充分ではなく、0.03質量%を超えると、導電性が低下し、曲げ加工性にも悪影響を及ぼす。
【0020】
また、この異形断面銅合金板1は、BadWay方向の曲げ加工性(R/t)をR、GoodWay方向の曲げ加工性(R/t)をRとした場合に、R/Rが0.8〜1.7である。BadWay方向の曲げとはLD(圧延方向)を曲げ軸とする曲げであり、GoodWay方向の曲げとはTD(圧延方向および板厚方向に垂直な方向)を曲げ軸とする曲げをいう。その曲げ加工性は、JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験において割れが発生しない最小曲げ半径Rと板厚tとの比(R/t)によって表わす。
BadWay方向の曲げ加工性R、GoodWay方向の曲げ加工性Rとの比であるR/Rが0.8未満、或いは、1.7を超えると、曲げ加工性の異方性が大きくなり、特に、プレスにて打抜き加工や曲げ加工時に支障を来たすことが多くなる。
更に、この異形断面銅合金板1は、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて、薄肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS1、厚肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS2とした場合に、GOS1/GOS2が0.9〜1.4である。
GOS1/GOS2が0.9未満、或いは、1.4を超えると、優れた耐応力緩和特性を有することができない。
【0021】
次に、本発明の異形断面銅合金板の製造方法につき説明する。
上記組成の平板状銅合金素材10を用意し、冷間圧延後の平板状銅合金素材10に、異形圧延加工、仕上げ圧延加工、矯正加工、時効処理をこの順で含む工程で施して異形断面銅合金板1を製造する。
異形圧延加工では、図2及び図3に示すような成形面21となる凹凸面を有する平板状のダイ22と、このダイ22の成形面21に対向して成形面21に沿って往復移動される圧延ロール23とにより、平板状銅合金素材10を冷間にて異形圧延加工して、粗厚肉部12と粗薄肉部13とが幅方向に並んだ粗異形断面銅合金板11を得る。図示例では、ダイ22の成形面21は、粗薄肉部13を成形する二つの凸部24の間に粗厚肉部12を成形する凹部25が形成されており、粗異形断面銅合金板11は、粗厚肉部12の両側に粗薄肉部13が配置され、粗厚肉部12と粗薄肉部13との間が所定の立ち上げ傾斜角度の傾斜部14とされる(図1参照)。
この異形圧延加工は、平板状銅合金素材10の幅方向の伸びをW(%)、圧延加工方向の伸びをW(%)とした場合に、W/Wが1.4〜2.3となるように実施する。幅方向の伸びW(%)は、平板状銅合金素材10の幅Waに対する粗異形断面銅合金板11の幅Wbの差を百分率で表した(Wb−Wa)/Waであり、圧延加工方向の伸びW(%)は、平板状銅合金素材10の長さLaに対する粗異形断面銅合金板10の長さLbの差を百分率で表した(Lb−La)/Laである。
/Wが1.4未満では、R/Rが1.7を超え、寸法精度の公差(バラツキ)も悪くなる傾向があり、W/Wが2.3を超えると、圧延組織が繊維状に圧延方向に形成され易く、R/Rが0.8未満となって曲げ加工性の異方性が大きくなる。
また、この異形圧延加工において、異形圧延加工後の粗異形断面銅合金板11の平均送り速度をA(mm/分)、粗異形断面銅合金板11の粗薄肉部13の板厚をT(mm)、圧延ロール23の往復回転数をB(回/分)とした場合に、(A/B)/Tを1.5〜70にて実施する。(A/B)/Tが1.5未満、或いは、70を超えると、形成される異形断面銅合金板1の厚肉部2及び薄肉部3の寸法精度の公差(バラツキ)が大きくなる。平均送り速度は、間欠送りされる異形断面加工における単位時間当たりの送り速度の平均値である。
【0022】
次に、図1に矢印の順に示すように、この粗異形断面銅合金板11を仕上げ圧延加工工程により、厚肉部42と薄肉部43とが幅方向に並んだ仕上げ異形断面銅合金板41に形成する。仕上げ圧延加工工程では、図4に示すような段付きロール31と平ロール32とからなる仕上げ圧延ロール33により、粗異形断面銅合金板11を冷間にて仕上げ圧延加工して異形断面銅合金板1を得る。段付きロール31は、薄肉部3を成形する一対の大径部34の間に厚肉部42を成形する小径部35が配置された形状とされ、この仕上げ圧延加工により、厚肉部42の両側に薄肉部43が配置され、厚肉部42と薄肉部43との間が所定の立ち上げ傾斜角度βの傾斜部44とされた異形断面銅合金板41が得られる(図1参照)。この仕上げ圧延加工は、曲げ加工性の異方性には影響を与えない圧延加工であり、表面硬度に分布が生じることがなく、厚肉部42及び薄肉部43において均一な物性の仕上げ異形断面合金板41を得る為にも、段付きロール31と平ロール32とからなる圧延ロール33による冷間圧延加工にて実施することが好ましい。
【0023】
次に、図5で示すようなストレッチ機構82にて、仕上げ異形断面銅合金板41の長さ方向の曲がりを、好ましくは、1メートル長さ当たりの曲がり量の実測値をD1(mm)としたとき、D1が0.13以下となるように矯正し、異形断面銅合金板1を形成する。厚肉部2、薄肉部3、傾斜部4の寸法は、仕上げ異形断面銅合金板41の厚肉部42、薄肉部43、傾斜部44の寸法と同様である。
矯正工程は、アンコイラー81に巻き取られた仕上げ異形断面合金板41を一定速度で繰り出し、繰り出された仕上げ異形断面合金板Eに所定の張力を付与することにより目的の異形断面銅合金板1とするストレッチ機構82、ストレッチ機構82を通過した異形断面条1を一定速度で巻き取るリコイラー83が用いられる。この場合、アンコイラー81とストレッチ機構82との間、及びストレッチ機構82とリコイラー83との間では、それぞれ張力調整のため、仕上げ異形断面合金板E又は異形断面合金板1はたるみ部Es,Gsを形成した状態に支持されることが好ましい。
ストレッチ機構82は、仕上げ異形断面合金板Eを長さ方向に間隔を開けた二箇所でチャック84によって挟持し、これらチャック84の一方端を固定し、他端を移動して仕上げ異形断面合金板Eに所定の張力(引張量)を付与し、最終的な異形断面銅合金板1とする。この時の張力(引張量)とひずみ(%)の関係は、ひずみ=引張量/引張前のチャックの間隔=弾性ひずみ+塑性ひずみ、となり、塑性ひずみは、ひずみ−弾性ひずみで求めることができる。この塑性ひずみが0.05%〜1.0%となるようにストレッチ機構82を調整することにより、耐応力緩和特性に優れた異形断面合金板1となる。
この塑性ひずみが0.05%未満では、GOS1/GOS2が1.4を超え、塑性ひずみが1.0%を超えると、GOS1/GOS2が0.9未満となり、いずれも耐応力緩和特性が低下する。
【0024】
次に、時効処理を例えば300〜500℃にて2〜10時間にて施す。この時効処理は、平板状銅合金素材10を製造する段階ではなく、異形加工工程の後に実施することにより、厚肉部2及び薄肉部3における析出粒子の析出状態をそれぞれに調整することができ、厚肉部2及び薄肉部3の引張強度、導電率等の特性を所定の範囲に調整することが可能となり、この効果を高める為にも、仕上げ圧延加工後に実施することが好ましい。
以上の製造方法により、曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板1を得ることができる。
【実施例】
【0025】
表1に示す合金組成のCu−Cr−Zr系銅合金の鋳塊に熱間圧延と冷間圧延を施し、厚さ2.3mm、幅600mmの銅合金板を製造し、スリッタラインにて厚さ2.3mm、幅45mmの銅合金板を作製した。この銅合金板を、表1に示すW/W、(A/B)/Tにて、往復する圧延ロールとダイの成形面との間に挟みこんで連続圧延加工し、異形断面銅合金板を連続的に作製した。
【0026】
【表1】

【0027】
次に、これらの異形断面銅合金板を、厚肉部を形成するための小径ロール部及び薄肉部を形成するための大径ロール部が軸線方向に並んで形成された段付きロールと、半径が軸線方向に沿って一定とされた平ロールとからなる仕上げ圧延ロールとの間に挟み込んで連続圧延加工した後、表1に示す条件にて矯正加工を施し、更に、400℃にて3時間の時効処理を施して、厚肉部の幅が25mm、薄肉部の幅が40mm、厚肉部の厚さが1.5mm、薄肉部の厚さが0.65mm、厚肉部の立上傾斜角度βが10°(水平面から80°)で、厚肉部の両側に薄肉部を有する図1に示す形状の実施例1〜8及び比較例1〜5の異形断面銅合金板を連続的に作製した。
矯正加工(ストレッチ機構)では、基本的に異形断面銅合金板の一方端を固定し、他端を移動して所定の張力(引張量)を付与するが、この時の張力(引張量)とひずみ(%)の関係は、ひずみ=引張量/引張前のチャックの間隔=弾性ひずみ+塑性ひずみ、にて表され、塑性ひずみは、ひずみ−弾性ひずみで求めることができる。本実施例では、ストレッチ機構82のチャック84の間隔を6000mmとして、張力(引張量)を変化させて、塑性ひずみを求めた。この場合、異形断面銅合金板の弾性ひずみは、その応力−歪み曲線より0.3%とした。
これらの異形断面銅合金板につき、BadWay方向の曲げ加工性RとGoodWay方向の曲げ加工性Rの比、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて測定した薄肉部の全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値(GOS1)と厚肉部の全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値(GOS2)との比、厚肉部と薄肉部の引張強度の比、厚肉部と薄肉部のビッカース硬さの比、耐応力緩和特性を求め、厚肉部と薄肉部の厚みの寸法公差を測定した。
【0028】
BadWay方向の曲げ加工性Rは、板材を幅10mm×長さ60mmに切出し、曲げR=0〜0.4mmの0.025mm単位として、BW(BadWay:圧延垂直方向)の90°W曲げを行い、曲げ部における割れの有無を50倍の光学顕微鏡で観察し、割れの生じない最小の曲げ半径Rと銅合金板の板厚tの比をR/tとして評価した。
GoodWayの曲げ加工性Rは、板材を幅10mm×長さ60mmに切出し、曲げR=0〜0.4mmの0.025mm単位として、GW(GoodWay:圧延方向)の90°W曲げを行い、曲げ部における割れの有無を50倍の光学顕微鏡で観察し、割れの生じない最小の曲げ半径Rと銅合金板の板厚tの比をR/tとして評価した。いずれも、厚肉部、薄肉部について複数個ずつ切り出して評価し、その平均値を求めた。
GOS1及びGOS2は、次のようにして求めた。
前処理として、10mm×10mmの試料を10%硫酸に10分間浸漬した後、水洗、エアブローにより散水した後に、散水後の試料を日立ハイテクノロジーズ社製フラットミリング(イオンミリング)装置で、加速電圧5kV、入射角5°、照射時間1時間にて表面処理を施した。
次に、TSL社製EBSDシステム付きの日立ハイテクノロジーズ社製走査型電子顕微鏡S−3400Nでその試料表面を観察した。観察条件は、加速電圧25kV、測定面積150μm×150μmとした。
観察結果より、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値は次の条件にて求めた。
ステップサイズ0.5μmにて、測定面積範囲内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした。次に、結晶粒界で囲まれた個々の結晶粒の全てについて、結晶粒内の全ピクセル間の方位差の平均値(GOS:Grain Orientation Spread)を数1の式にて計算し、その全ての値の平均値を全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差とした。なお、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒とした。
【0029】
【数1】

【0030】
上式において、i、jは結晶粒内のピクセルの番号を示す。
nは結晶粒内のピクセル数を示す。
αijはピクセルiとjの方位差を示す。
このGOSについて、薄肉部のGOSをGOS1、厚肉部のGOSをGOS2とした。
耐応力緩和特性は、片持ち梁方式によって測定した。圧延方向に対し平行方向の幅10mmの短冊状試験片を切り出し、その一端を剛体試験台に固定し、試験片のスパン長Lの部分に、d(=2mm)の大きさのたわみ量を与えた。このとき、材料耐力の80%に相当する表面応力が材料に負荷されるようにLを決めた。これを180℃のオーブン中に1000時間保持した後に取り出し、たわみ量dを取り去ったときの永久歪みδを測定してRS=(δ/d)×100で応力緩和率(RS)を計算し、残留応力率(%)=100−RSとして耐応力緩和性を求めた。
引張強度は、JIS5号試験片にて測定した。
ビッカース硬さの測定は、マイクロビッカース硬度計にて、4.9N(0.5kgf)の加重を加えて行った。
これら結果を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
これらの測定結果より、本発明の製造方法により製造された異形断面銅合金板は、比較例と比べて、曲げ加工の異方性が少なく、耐応力緩和性に優れ、更に、形成された異形部の寸法精度の公差(バラツキ)が小さいことがわかる。耐応力緩和性としては85%以上を示している。また、寸法精度の公差は、比較例が±0.025mm以上あったのに対して、±0.005〜±0.010mmと小さいものであった。
【0033】
以上、本発明の実施形態の製造方法について説明したが、本発明はこの記載に限定されることはなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0034】
1 異形断面銅合金板
2 厚肉部
3 薄肉部
4 傾斜部
10 平板状銅合金素材
11 粗異形断面銅合金板
12 粗厚肉部
13 粗薄肉部
14 傾斜部
21 成形面
22 ダイ
23 圧延ロール
31 段付きロール
32 平ロール
33 仕上げ圧延ロール
82 ストレッチ機構
81 アンコイラー
83 リコイラー
84 チャック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚肉部と薄肉部とが幅方向に並んだ異形断面銅合金板であって、質量%でZr;0.05〜0.2%、Cr:0.2〜0.4%、残部はCu及び不可避的不純物からなる組成を有し、JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験において割れが発生しない最小曲げ半径Rと板厚tとの比(R/t)である曲げ加工性について、BadWay方向の曲げ加工性(R/t)をR、GoodWay方向の曲げ加工性(R/t)をRとした場合に、R/Rが0.8〜1.7であり、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて、前記薄肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS1、前記厚肉部の表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、全結晶粒における結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差の平均値をGOS2とした場合に、GOS1/GOS2が0.9〜1.4であることを特徴とする曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板。
【請求項2】
更に質量%でSi:0.005〜0.03%を含有することを特徴とする請求項1に記載の曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板。
【請求項3】
冷間圧延後の平板状銅合金素材に、異形圧延加工、仕上げ圧延加工、矯正加工、時効処理をこの順で含む工程で施して前記異形断面銅合金板を製造するに際して、前記異形圧延加工を、往復する圧延ロールとダイの成形面との間に前記平板状銅合金素材を挟みこんで連続圧延加工し、幅方向の伸びをW(%)、圧延加工方向の伸びをW(%)とした場合に、W/Wを1.4〜2.3にて実施し、前記矯正加工を、異形断面銅合金板の塑性ひずみが0.05%〜1.0%となるように実施することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板の製造方法。
【請求項4】
前記異形圧延加工において、前記異形圧延加工後の異形断面銅合金板の平均送り速度をA(mm/分)、異形断面銅合金板の薄肉部の板厚をT(mm)、前記圧延ロールの往復回転をB(回/分)とした場合に、(A/B)/Tを1.5〜70にて実施することを特徴とする請求項3に記載の曲げ加工の異方性が少なく耐応力緩和特性に優れた異形断面銅合金板の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−104110(P2013−104110A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−249945(P2011−249945)
【出願日】平成23年11月15日(2011.11.15)
【出願人】(000176822)三菱伸銅株式会社 (116)
【Fターム(参考)】