説明

最適な抗ウイルス剤の選択方法

【課題】各患者における簡便、迅速かつ信頼性の高い、抗ウイルス剤の選択方法を提供する。
【解決手段】ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与しない配列を特異的に認識するプライマーを使用し、かつ無細胞タンパク質合成系により発現させた標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出することにより、各患者における最適な抗ウイルス剤の選択方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、最適な抗ウイルス剤の選択方法に関する。より詳しくは、無細胞タンパク質合成系を利用して発現させたウイルス由来の標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出することによる簡便、迅速かつ信頼性の高い各患者での最適な抗ウイルス剤の選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はすでに全世界の1%の人が感染したという証拠があり、今も着実に感染が広がっている。AIDS epidemic update (Dec. 2007: UNAIDS/WHO)によれば、エイズの病原ウイルスであるHIVの感染者は世界中で3320万人であり、年間の新規感染者が250万人、感染が原因の死亡が210万人、と報告されている。わが国では欧米諸国に比較し、感染者の数もエイズ患者の数も少ないためか教育効果が十分に上がらず、世界の先進国の中では例外的に今も感染者の増加に歯止めがかかっていない。最近のHAART療法の確立により、患者の生命予後は改善したものの、一方で長期療養患者が増加し、既存の薬剤に対する耐性の問題や免疫再構築症候群などの新たなの合併症も出現した。
【0003】
HIVの治療方法としてHAART療法{アジドチミジン(AZT)などの逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤の、2〜4剤を併用する強化治療法}の確立によりエイズの発症を遅らせることが可能となってきている。しかし、これらの薬剤においても、耐性ウイルスの出現や副作用により、治療効果にも限界が見られる場合が多くなっている。より詳しくは、ウイルス特性である、プロテアーゼや逆転写酵素への変異導入率の高さから、投与薬剤に対する耐性ウイルスが容易に出現し、不用意な薬剤の選択により、同一作用機序に基づく複数薬剤に耐性のウイルスを出現させ、以後の治療に困難をきたすことも多く報告されている。
【0004】
すなわち、抗ウイルス剤(抗HIV-1療法)を用いた治療では、迅速かつ正確に耐性ウイルスの検出を行い、個々の患者のウイルスに最も効果的な薬剤を選択することが重要である。
【0005】
抗HIV-1薬剤を用いたHIV治療法において、有効な薬剤選択の判定基準としてGenotypingとPhenotypingの薬剤耐性試験法が確立されている(非特許文献1)。
【0006】
GenotypingはHIV-1 pol遺伝子領域の増幅による塩基配列解析を行う。しかしながら、検体中のウイルスゲノムの逆転写酵素あるいはプロテアーゼをコードする遺伝子のアミノ酸変異による薬剤耐性と、患者の薬理学的な薬剤耐性の成績が一致しないことが多々報告されている。
【0007】
Phenotypingは実際のウイルス耐性を反映する方法である。しかし、ウイルス耐性試験では結果が得られるのに数ヶ月かかることがある。また、労力、費用を要することから多検体を処理するには不向きである。
【0008】
一方、上記では、抗ウイルス剤の一例として抗HIV-1薬剤について言及した。さらに、近年、インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス剤(ノイラミニダーゼ阻害剤)についても薬剤耐性が問題となりつつある。
【0009】
以上により、上記問題点を克服するために、いくつかの特許出願がされている(参照:下記特許出願)。
【0010】
特表2002-518065(特許文献1)は、「特徴的なプローブを使用して試料中のHIVプロテアーゼ遺伝子の関連部分を増幅することによりHIVプロテアーゼ遺伝子の塩基配列変異を検出する方法」を開示している。
しかし、試料中の塩基配列変異に基づくHIVプロテアーゼ活性を調べていない。
【0011】
特開2002-191399(特許文献2)は、「HIV-1感染により分泌型レポータータンパク質を発現することができる動物細胞を被験薬剤の存在下においてHIV-1を含む試料と接触させ、HIV-1感染により培養上清に分泌されるレポータータンパク質を検出することを特徴とする、HIVの薬剤耐性の試験方法」を開示している。
しかし、本公報に記載のHIV薬剤耐性の検出方法は、HIV-1感染細胞を使用するので、本発明の方法とは明らかに異なる。
【0012】
特表2002-508158(特許文献3)は、「レポータータンパク質のレポーター機構に基づく薬剤耐性標的タンパク質を含むコロニーを同定することを特徴とするHIVの薬剤耐性の検出方法」を開示している。
しかし、本公報に記載のHIV薬剤耐性の検出方法は、細菌レポーター系を使用するので、本発明の方法とは明らかに異なる。
【非特許文献1】Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents (Jan. 29, 2008: Developed by the DHHS Panel on Antiretroviral Guidelines for Adults and Adolescents)
【特許文献1】特表2002-518065号公報
【特許文献2】特開2002-191399号公報
【特許文献3】特表2002-508158号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記した問題点を解決することを解決すべき課題とした。より詳しくは、本発明は、簡便、迅速かつ信頼性の高い各患者での最適な抗ウイルス剤の選択方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために、ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与しない配列を特異的に認識するプライマーを使用しかつ無細胞タンパク質合成系で発現させた標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出することにより各患者における抗ウイルス剤の薬剤耐性の検出が簡便、迅速かつ信頼性が高く行えることを見出し、本発明を完成した。即ち、本発明は、個別患者に最適な、テーラーメイド的な抗ウイルス薬剤の選択方法を提供する。
【0015】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1.以下の工程を含む、患者に適した抗ウイルス剤の選択方法であって、
1)ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与しない配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、を含む遺伝子増幅溶液を患者由来の試料に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子を増幅する工程、
2)1)で増幅した標的タンパク質遺伝子を、そのまま又は精製後に、転写溶液に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質の翻訳鋳型を構築する工程、
3)2)で構築した標的タンパク質の翻訳鋳型を、そのまま又は精製後に、無細胞タンパク質合成系に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質を発現させる工程、
4)3)で発現させた標的タンパク質と、1又は複数の抗ウイルス剤を、同時又は別個に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質に対する該1又は複数の抗ウイルス剤の阻害効果を検出する工程、
5)4)の検出結果を基にして、該患者に適した抗ウイルス剤を選択する工程、
を特徴とする患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
2.前記無細胞タンパク質合成系が、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系である前項1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
3.前記ウイルス由来の標的タンパク質がプロテアーゼであり、前記抗ウイルス剤がプロテアーゼ阻害剤であることを特徴とする前項1又は2の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
4.前記4)の工程が、ALPHAを使用する前項1〜3のいずれか1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
5.前記4)の工程が、以下の工程を含む前項4の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
(1)ビオチン化基質配列、該ビオチン化基質配列を直接的又は間接的に認識可能なアクセプタービーズ、ストレプトアビジンが結合したドナービース、並びに前記3)で発現したプロテアーゼ及びプロテアーゼ阻害剤を接触させ、
(2)アクセプタービーズとドナービーズの近接によるシグナル変化により、プロテアーゼに対するプロテアーゼ阻害剤の阻害効果を検出する。
6.前記ウイルス由来の標的タンパク質がHIVプロテアーゼであり、前記プロテアーゼ阻害剤がHIVプロテアーゼ阻害剤であることを特徴とする前項1〜5のいずれか1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
7.前記ウイルス由来の標的タンパク質が逆転写酵素であり、前記抗ウイルス剤が逆転写酵素阻害剤であることを特徴とする前項1又は2の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
8.前項1〜7のいずれか1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法を実施するためのキット。
9.少なくとも以下を含む前項8のキット。
(1)ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、
(2)真核生物由来の無細胞タンパク質合成用抽出液
10.以下を含む患者に適したHIVプロテアーゼ阻害剤の選択方法を実施するためのキット。
(1)配列番号1〜5のプライマー
(2)コムギ胚芽由来の無細胞タンパク質合成用抽出液
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、各患者における簡便、迅速かつ信頼性の高い最適な抗ウイルス剤の選択方法を提供した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法は、主に以下の特徴を有する。
(1)ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与しない配列を特異的に認識するプライマーを使用して、ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子を増幅する。これにより、生理活性に関与するすべてのアミノ酸の変異を検出することができる。
(2)上記標的タンパク質遺伝子を、ベクターに導入することなく転写鋳型として合成し、さらに翻訳鋳型にして、無細胞タンパク質合成系により、標的タンパク質を発現する。これにより、ベクターに導入する必要がないので、簡便かつ迅速に標的タンパク質を発現することができる。
(3)上記標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を好ましくはホモジニアスアッセイで検出する。これにより、すべての工程で精製を必要としないので、簡便、迅速かつ容易に抗ウイルス剤を選択することができる。
【0018】
(抗ウイルス剤)
本発明の「抗ウイルス剤」は、患者体内においてウイルスの存在により引き起こされる疾病を治療するための薬剤を意味する。
例えば、HIV-1感染症治療薬である核酸系逆転写酵素阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、インフルエンザ治療薬であるノイラミニダーゼ阻害剤、HBV治療薬、HCV治療薬等が挙げられる。
【0019】
(標的タンパク質)
本発明の「標的タンパク質」は、患者体内において疾病に関与するウイルス由来のタンパク質を意味する。
例えば、HIV-1感染におけるHIVプロテアーゼ、HIV逆転写酵素、インフルエンザウイルス感染におけるノイラミニダーゼ等が挙げられる。
なお、「生理活性に関与しない配列」とは、標的タンパク質固有の作用(例えば、プロテアーゼ反応、逆転写酵素反応等)に必要な塩基配列以外の配列を意味する。
【0020】
(試料)
本発明の「試料」は、各ウイルスに感染したヒト(または動物)から直接的に、あるいは培養後に得られる生物学的材料を意味する。生物学的材料は、例えば、あらゆる種類の痰、気管支洗浄物、血液(血漿)、皮膚組織、生検物、精子、リンパ球血液培養物、コロニー、液体培養物、糞試料、尿等であってもよい。特に好ましくは、血液(血漿)である。
さらに、患者試料とは、患者由来の上記試料から抽出したウイルスRNAを含む画分(溶液又は固体のいずれの状態でも良い)を意味する。
【0021】
(接触)
本発明の各工程における「接触」とは、A溶液をB溶液に添加する、又はB溶液をA溶液に添加する、の両方を意味する。
例えば、遺伝子増幅溶液を患者由来の試料に接触させる場合には、遺伝子増幅溶液を患者由来の試料に添加しても、又は患者由来の試料を遺伝子増幅溶液に添加しても良い。
【0022】
(プライマー)
本発明の「プライマー」は、増幅されるべき核酸鎖(ウイルス由来の標的タンパク質をコードする遺伝子)に対して相補的なものをいう。好ましくは、プライマーは約3〜100ヌクレオチド、好ましくは5〜70、より好ましくは10〜50の長さである。
なお、本発明のプライマーは、標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションすることを特徴とする。これにより、標的タンパク質の生理活性に関与するすべてのアミノ酸の変異を検出することができる。
また、本発明のプライマーは、より特異的に生理活性に関与する配列部分以外の配列にハイブリダイゼーションするために、自体公知のnested PCR、本出願の発明者の一人である澤崎が発明したプロモーター分断型プライマーを使用することが好ましい(参照:WO02/018586)。
なお、「プロモーター分断型プライマー」とは、「5'側プライマーとして、1種類のプライマーのみを用いて構築されたDNAからの転写が起こらないという条件を満たす2種類のプライマー(プロモーターの5'末端から少なくともプロモーター機能部位の一部分を含む塩基配列に相補的な配列を有するポリヌクレオチドと、プロモーターの3'末端から少なくともRNAポリメラーゼ認識部位の一部分を含む塩基配列に相補的な配列を有するポリヌクレオチド)並びに3'側プライマー」である(参照:図1)。
なお、個々の長さおよび配列は必要遺伝子の複雑性ならびに温度およびイオン強度のごときプライマー使用条件に依存する。
【0023】
(遺伝子増幅溶液)
本発明の「遺伝子増幅溶液」は、試料中のウイルス由来の標的タンパク質のRNAを逆転写によりDNAにして、さらに該DNAを増幅させることができる必須の成分が含まれる溶液を意味する。
例えば、遺伝子増幅溶液がPCRを実行するための溶液であれば、逆転写酵素、dNTPs、ポリメラーゼ、上記段落に記載のプライマーを含む。
また、DNAを増幅するにはPCR以外では、NASBA法(Nucleic Acid Sequence Based Amplification 法、Nature,350,91-92,1991、特許第 2648802号公報及び特許第 2650159号公報記載)及びLAMP法(Loop‐mediated isothermal amplification of DNA増幅法、特開2001-242169号公報)などを利用することができる。
加えて、本発明では、逆転写工程とDNA増幅工程を別途分けて行うこともできる。さらに、転写鋳型構築工程とDNA増幅工程を別途分けて行うこともできる。
なお、本発明では、発現プラスミドに導入しないので、大腸菌形質転換工程、鋳型DNAが導入されたクローンの選定工程を必要としない。さらに、一旦プラスミドを大量調製して、これを制限酵素処理して転写鋳型を得る方法と比較して、工程を格段に省略でき、少ない工程数で短時間での転写鋳型の大量合成が可能となる。すなわち、目的タンパク質をコードするDNAを組み込んだプラスミドを調製する工程を必要としないので、プラスミド精製のための超遠心に要する時間を短縮することができる。
【0024】
(転写溶液)
本発明の「転写溶液」は、増幅した標的タンパク質遺伝子(DNA)を翻訳鋳型にするための必須の成分が含まれる溶液を意味する。
例えば、RNAポリメラーゼ(例えば、SP6RNAポリメラーゼなど)やRNA合成用の基質(4種類のリボヌクレオシド3リン酸)等の転写反応に必要な成分を含む溶液である。なお、転写条件は、約20℃〜約60℃、好ましくは約30℃〜約42℃で約30分間〜約16時間、好ましくは約2時間〜約5時間該溶液をインキュベートすることにより行われる。
なお、本発明では、標的タンパク質の翻訳鋳型を含む転写後の転写溶液は、精製することなく、下記無細胞タンパク質合成系に添加することにより、標的タンパク質を容易に発現することができる。これにより、簡便かつ迅速に大量の標的タンパク質を発現することができる。
【0025】
(無細胞タンパク質合成系)
本発明の「無細胞タンパク質合成系」は、好ましくは真核生物由来のコムギ胚芽等を用いた無細胞タンパク質合成用抽出液が用いられ、これを使用して標的タンパク質を発現する系を意味する。
市販のタンパク質合成用抽出液としては、ウサギ網状赤血球由来ではRabbit ReticulocyteLysate Sytem(Promega社)、更にコムギ胚芽由来ではWheat Germ Expression Premium Kit( WEPRO登録商標、株式会社セルフリーサイエンス)等が挙げられる。
本発明の適用される最良の抽出液は、コムギ胚芽由来の抽出液であり、さらに混入する胚乳成分や胚芽組織細胞中のタンパク質合成阻害をもたらすグルコースなどの代謝物質が実質的に除去された抽出液である。詳しくは、胚芽抽出液中に夾雑する胚乳成分が実質的に除去されている。なお、胚乳成分が実質的に除去された抽出液とは、リボソームの脱アデニン化率が7%以下、好ましくは1%以下になっていること意味する。さらに、好適には、細胞抽出液は、実質的に糖、リン酸化糖が10mM以下、好ましくは6mM以下まで低減されている(260nmにおける吸光度200OD/mlの抽出液中のグルコース濃度として)。このような抽出液の調製方法は、WO 2005/063979 A1号公報に例示される。
【0026】
(翻訳反応工程)
上記のようにして得られる未精製又は精製後の標的タンパク質の翻訳鋳型を添加したタンパク質合成用細胞抽出液に、3',5'−cAMP、基質となるアミノ酸、エネルギー源、各種イオン、緩衝液、ATP再生系、核酸分解酵素阻害剤、tRNA、還元剤、ポリエチレングリコール、葉酸塩、抗菌剤等の、翻訳反応に必要もしくは好適な成分を含有する溶液(「翻訳溶液」ともいう)を添加して、翻訳反応に適した温度で適当な時間インキュベートすることにより翻訳反応を行う。基質となるアミノ酸は、通常、タンパク質を構成する20種類の天然アミノ酸であるが、目的に応じてそのアナログや異性体を用いることもできる。また、エネルギー源としては、ATP及び/又はGTPが挙げられる。各種イオンとしては、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、酢酸アンモニウム等の酢酸塩、グルタミン酸塩等が挙げられる。緩衝液としては、Hepes−KOH、Tris−酢酸等が用いられる。またATP再生系としては、ホスホエノールピルベートとピルビン酸キナーゼの組み合わせ、またはクレアチンリン酸(クレアチンホスフェート)とクレアチンキナーゼの組み合わせ等が挙げられる。核酸分解酵素阻害剤としては、リボヌクレアーゼインヒビターや、ヌクレアーゼインヒビター等が挙げられる。このうち、リボヌクレアーゼインヒビターの具体例としては、ヒト胎盤由来のRNase inhibitor(TOYOBO社製等)等が用いられる。tRNAは、Moniter, R., et al., Biochim. Biophys. Acta.,43, 1 (1960)等に記載の方法により取得することができ、あるいは市販のものを用いることもできる。還元剤としては、ジチオスレイトール等が挙げられる。抗菌剤としては、アジ化ナトリウム、アンピシリン等が挙げられる。これらの添加量は、無細胞タンパク質合成において通常使用され得る範囲で適宜選択することができる。
また、以下のような組成のタンパク質合成反応液が好ましい。
上記記載のコムギ胚芽抽出液を全容量の48%容(濃度は、200A260nm units/ml)含む、次のような終濃度の組成〔1,000units/ml リボヌクレアーゼ阻害剤(RNAsin)(TAKARA社製)、30mM HEPES−KOH(pH7.6)、95mM 酢酸カリウム、2.65mM 酢酸マグネシウム、2.85mM ジチオスレイトール、0.5mg/ml クレアチンキナーゼ、1.2mM アデノシン三リン酸(ATP)、0.25mM グアノシン三リン酸(GTP)、16mM クレアチンリン酸、0.380mM スペルミジン、20種類のL型アミノ酸(各0.3mM)〕からなるタンパク質合成反応液。
【0027】
翻訳溶液の添加の態様は、用いる翻訳反応系に応じて適宜選択することができる。本発明の方法に用いられる合成系は、無細胞タンパク質合成法に適用し得る自体公知のいずれの方法であってもよく、例えば、バッチ法{Pratt,J. M. et al., Transcription and Translation, Hames, 179-209, B. D. &Higgins, S. J., eds、,IRL Press, Oxford(1984)}や重層法(国際公開第02/24939号)等が挙げられる。
【0028】
(標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出する)
本発明の「標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出する」とは、各患者由来の標的タンパク質遺伝子が変異している場合、それに由来した変異標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の薬理効果が直接的又は間接的に影響を受ける可能性があり、それを確認することを意味する。
例えば、標的タンパク質がHIVプロテアーゼであり抗ウイルス剤がHIVプロテアーゼ阻害剤の場合では、HIVプロテアーゼ阻害剤が各患者由来のHIVプロテーゼの基質認識活性を阻害できるかどうかを確認することである。
【0029】
(標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出する方法)
上記の阻害効果を検出する方法は、各患者由来の標的タンパク質と抗ウイルス剤の存在している状態を、野生型標的タンパク質と抗ウイルス剤の存在している状態とを比較することである。具体例は、以下に記載の通りである。
【0030】
(標的タンパク質に対するプロテアーゼ阻害剤の阻害効果を検出する方法)
(1)プロテアーゼ(例:HIVプロテアーゼ)の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、を含む遺伝子増幅溶液を患者試料に直接接触させて、該プロテアーゼ遺伝子を増幅する工程、
(2)(1)で増幅したプロテアーゼ遺伝子を、そのまま又は精製後に、転写溶液に接触させて、該プロテアーゼの翻訳鋳型を構築する工程、
(3)(2)で構築したプロテアーゼの翻訳鋳型を、そのまま又は精製後に、無細胞タンパク質合成系に接触させて、プロテアーゼを発現させる工程、
(4)(3)で発現させたプロテアーゼと1又は複数のプロテアーゼ阻害剤{例:RTV(ritonavir)、SQV(saquinavir)、NFV(nelfinavir)、IDV(indinavir)、APV(amprenavir)、LPV(ritonavir)}並びに両端に蛍光修飾(FRET)した基質(HIVプロテアーゼにより認識されかつ切断される:配列番号12)を同時又は別個に接触させて、蛍光強度を指標として、該患者のプロテアーゼの薬剤耐性を検出する工程。
なお、基質はプロテアーゼにより切断されると、両端の蛍光修飾の位置が近接しなくなり、蛍光強度が低下する。すなわち、薬剤耐性を持つプロテアーゼは、薬剤耐性のないプロテアーゼと比較して、蛍光強度が低下する。
【0031】
(標的タンパク質に対する核酸系逆転写酵素阻害剤の阻害効果を検出する方法)
(1)逆転写酵素(例:HIV逆転写酵素)の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、を含む遺伝子増幅溶液を患者試料に直接接触させて、該逆転写酵素遺伝子を増幅する工程、
(2)(1)で増幅した逆転写酵素遺伝子を、そのまま又は精製後に、転写溶液に接触させて、該逆転写酵素の翻訳鋳型を構築する工程、
(3)(2)で構築した逆転写酵素の翻訳鋳型を、そのまま又は精製後に、無細胞タンパク質合成系に接触させて、逆転写酵素を発現させる工程、
(4)(3)で発現させた逆転写酵素と1又は複数の核酸系逆転写酵素阻害剤{例:ジドブジン(AZT,ZDV)、ジダノシン(ddI)}並びにBromo - deoxyuridine triphosphate(BrdU)を含む dNTP(Oligo - dT をプライマーとする)をPoly-rAを固定したプレートに同時又は別個に添加する。さらにAP標識抗 BrdU 抗体を該プレートに添加して、pNPPを反応させ、吸光度(405 nm)を指標として、該患者の核酸系逆転写酵素の薬剤耐性を検出する工程。
なお、薬剤耐性を持つ逆転写酵素は、薬剤耐性のない逆転写酵素と比較して、吸光度が低下する(参照:AIDS 2003, 17:1463-1471)。
【0032】
(標的タンパク質に対する非核酸系逆転写酵素阻害剤の阻害効果を検出する方法)
(1)逆転写酵素(例:HIV逆転写酵素)の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、を含む遺伝子増幅溶液を患者試料に直接接触させて、該逆転写酵素遺伝子を増幅する工程、
(2)(1)で増幅した逆転写酵素遺伝子を、そのまま又は精製後に、転写溶液に接触させて、該逆転写酵素の翻訳鋳型を構築する工程、
(3)(2)で構築した逆転写酵素の翻訳鋳型を、そのまま又は精製後に、無細胞タンパク質合成系に接触させて、逆転写酵素を発現させる工程、
(4)(3)で発現させた逆転写酵素と1又は複数の非核酸系逆転写酵素阻害剤{例:ビラミューン(一般名:ネビラピン)、デラビルジン、エファビレンツ}をPoly-rAを固定したプレートに同時又は別個に添加する。さらにAP標識抗 BrdU 抗体を該プレートに添加して、pNPPを反応させ、吸光度(405 nm)を指標として、該患者の非核酸系逆転写酵素の薬剤耐性を検出する工程。
なお、薬剤耐性を持つ逆転写酵素は、薬剤耐性のない逆転写酵素と比較して、吸光度が低下する。
【0033】
(標的タンパク質に対するノイラミニダーゼ阻害剤の阻害効果を検出する方法)
(1)ノイラミニダーゼ遺伝子の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、を含む遺伝子増幅溶液を患者試料に直接接触させて、該ノイラミニダーゼ遺伝子を増幅する工程、
(2)(1)で増幅したノイラミニダーゼ遺伝子を、そのまま又は精製後に、転写溶液に接触させて、該ノイラミニダーゼの翻訳鋳型を構築する工程、
(3)(2)で構築したノイラミニダーゼの翻訳鋳型を、そのまま又は精製後に、無細胞タンパク質合成系に接触させて、ノイラミニダーゼを発現させる工程、
(4)(3)で発現させたノイラミニダーゼと1又は複数のノイラミニダーゼ阻害剤{例:ザナミビル(商品名:リレンザ)、オセルタミビル(商品名:タミフル)}並びに2'-(4-メチルウンベリフェリル)-α-D-N-アセチルノイラミン酸アンモニウムを同時又は別個に接触させて酵素反応を行い、該酵素活性を指標として、該患者のノイラミニダーゼの薬剤耐性を検出する工程。
なお、酵素反応は、酵素反応の結果遊離する4-メチルウンベリフェロンをEX365nm、EM450nmの蛍光強度を計測することにより求めることができる(参照:特開平11-318445)。
【0034】
加えて、上記検出方法としては、ホモジニアスアッセイ又はヘテロジニアスアッセイがある。なお、ホモジニアスアッセイは、洗浄工程を省略できるのでより好ましい。
また、ホモジニアスアッセイは、以下のいずれか1以上から選択される。
1)ALPHA、2)表面プラズモン共鳴法、3)蛍光相関分析法、4)蛍光強度分布解析法、5)FRET、6)BRET、7)EFC、8)FP
加えて、ヘテロジニアスアッセイは、以下のいずれか1以上から選択される。
1)ELISA、2)DELFIA、3)SPA、4)フラッシュプレート分析
【0035】
{FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)}
FRETは、ドナーおよびアクセプターと称される2種類の蛍光物質間のエネルギー転移を利用した手法である。代表的な例は、以下に示すALPHA等である。
【0036】
{ALPHA(増幅ルミネッセンス近接ホモジニアスアッセイ)}
ALPHA は、PerkinElmer社のAlpha ScreenTMが代表的なアッセイ法である。
その方法は、近接させられたドナービーズとアクセプタービースとの間に一重項酸素の移動に基づく分析方法である。これは、680nmでの励起において、ドナービース中の光増感剤は、周囲の酸素を一重項状態の酸素に変換し、その酸素が200nmの距離まで拡散する。アクセプタービーズ中の化学発光基は、エネルギーをビーズ内の蛍光アクセプターに移動させ、続いて約600nmで光を放出する。なお、アクセプタービーズは、ガラス、シリカゲル、樹脂のような不活性担体であって、上記生体分子を固定化しておくための担体である。ドナービースは、ガラス、シリカゲル、樹脂のような不活性担体であって、ストレプトアビジンを固定化しておくための担体である。
【0037】
{表面プラズモン共鳴法(SPR:surface plasmon resonance)}
患者由来の標的タンパク質をリンカーを介して金属膜に固定する。次に、抗ウイルス剤、基質等を含む溶液をSPRに投入し、金属膜に固定化された標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を光の屈折率の変化をマーカーにして検出する。なお、測定は、通常の表面プラズモン共鳴法で行うことができる。
【0038】
{蛍光相関分析法(FCS:Fluorescence Correlation Spectroscopy)}
患者由来の標的タンパク質を含む溶液を適当な希釈液で希釈し、抗ウイルス剤及び基質等と接触させた後に、そのまま測定装置で検出する。測定は、レーザー光を照射し、液中の蛍光分子の揺らぎを測定するので、特にpH、測定時間の条件はなく、温度も室温で可能である。また、FCS測定では、微小領域内の蛍光分子の揺らぎを測定し、得られた情報に基づいて並進拡散時間を求める。この並進拡散時間をマーカーにして、標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出する。
なお、FSCの改良方法であるFCCS(蛍光相互作用相関分析法)も含まれる。
【0039】
{蛍光強度分析解析法(FIDA:Fluorescence Intensity Distribution Analysis)}
患者由来の標的タンパク質を含む溶液を適当な希釈液で希釈し、抗ウイルス剤及び基質等と接触させた後に、そのまま測定装置で検出する。測定は、レーザー光を照射し、液中の蛍光分子の揺らぎを測定するので、特にpH、測定時間の条件はなく、温度も室温で可能である。また、FIDA測定では、微小領域内の蛍光を発している分子の蛍光強度と数を測定する。測定した蛍光強度と数をマーカーにして、標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出する。
【0040】
{蛍光偏光法(FP:Fluorescence Polarization)}
患者由来の標的タンパク質を含む溶液を適当な希釈液で希釈し、抗ウイルス剤及び基質等と接触させた後に、そのまま測定装置で検出する。蛍光偏光法は、偏光励起光を蛍光物質に照射することにより、蛍光物質から発せられる蛍光が分子量に応じて異なった偏光を示すという特性に基づいた測定方法である。蛍光標識物質が、抗体、受容体等の高分子のものと結合すると、見かけ上の分子量が大きくなるため、分子運動が小さくなり、結果としてその偏光を維持した蛍光(偏光度が高い)を放出する。該偏光を維持した蛍光をマーカーにして、標的タンパク質に対する抗ウイルス剤の阻害効果を検出する。
【0041】
{EFC(酵素断片コンプリメンテーション)}
EFC分析は、2つのフラグメント、すなわち酵素アクセプター(EA)および酵素ドナー(ED)からなる加工されたβ−ガラクトシダーゼ酵素に基づく。フラグメントが分離すると、β−ガラクトシダーゼ活性が失われるが、フラグメントが合わさると、それらは連携して(補い合って)、活性酵素を形成する。EFC分析は、ED−分析物結合体を利用し、この場合、分析物は、抗体または受容体のような特異的結合タンパク質によって認識が可能である。特異的結合タンパク質の非存在下では、ED−分析物結合体は、EAを補い、活性β−ガラクトシダーゼを形成することが可能であり、正の発光シグナルを発生する。ED−分析物結合体と特異的結合タンパク質とが結合する場合、EAとの補完が阻害され、シグナルは生じない。遊離の分析物が(サンプル中に)提供される場合、その分析物は、特異的結合タンパク質に対する結合に関してED−分析物結合体と競合する。遊離の分析物は、EAとの補完のためにED−分析物結合体を解放し、サンプル中に存在する遊離の分析物の量に応じてシグナルを発生する。
【0042】
{BRET(Bioluminescent Resonance Energy Transfer:生物発光共鳴エネルギー転移)}
エネルギーがルシフェラーゼの生物発光発生反応から蛍光タンパク質に移行される生物発光共鳴エネルギー移行を利用したアッセイである。
【0043】
{蛍光タンパク質monomeric Kusabira-Green(mKG)を使用した方法}
無細胞タンパク質合成系で発現させたプロテアーゼと1又は複数のプロテアーゼ阻害剤並びに蛍光タンパク質修飾した基質{mKG-N末端−基質配列−mKG-C末端}を同時又は別個に接触させて、蛍光強度を指標として、該患者のプロテアーゼの薬剤耐性を検出する(参照:CoralHue登録商標 Fluo-chase Kit 、Amalgaam社製品)。
なお、基質はプロテアーゼにより切断されると、mKG-N末端とmKG-C末端が近接しなくなり、蛍光強度が低下する。すなわち、薬剤耐性を持つプロテアーゼは、薬剤耐性のないプロテアーゼと比較して、蛍光強度が低下する。
【0044】
(ALPHAを使用したin vitroでのHIVプロテアーゼ変異の検出)
ビオチン化基質配列、該ビオチン化基質を直接的又は間接的に認識可能なアクセプタービーズ、ストレプトアビジンが結合したドナービース、発現させたHIVプロテアーゼ並びにHIVプロテアーゼ阻害剤をin vitroに導入する。
ここで、HIVプロテアーゼ阻害剤が、HIVプロテアーゼの変異により、該プロテアーゼ活性を阻害できない場合には、基質(P2-P7:配列番号12)が切断される。よって、図3の下段図のようにドナービースとアクセプタービーズが近接できずシグナルの上昇が起こらない。
一方、HIVプロテアーゼ阻害剤が、HIVプロテアーゼの活性を阻害する場合には、基質が切断されない。よって、図3の上段図のようにドナービースとアクセプタービーズが近接してシグナルの上昇が起こる。
なお、シグナルの検出方法は、例えばアクセプタービーズが発する蛍光強度を使って測定しておこなわれる。
【0045】
(患者に適した抗ウイルス剤の選択方法)
本発明の「患者に適した抗ウイルス剤の選択方法」は、上記シグナル検出結果を基にして行う。詳しくは、各HIVプロテアーゼ阻害剤を使用して上記シグナル検出を行い、図7のような薬剤耐性プロファイリングを作成する。これにより、各患者特有の薬剤耐性を特定することができ、各患者に適した1又は複数のHIVプロテアーゼ阻害剤を選択することができる。
なお、図7では、各患者の1試料に対して1つの阻害剤のみの反応を検出しているが、当然に1試料に対して複数の阻害剤の反応を検出することができる。
【0046】
(患者に適した抗ウイルス剤の選択方法を実施するためのキット)
本発明の「患者に適した抗ウイルス剤の選択方法を実施するためのキット」は、少なくともウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、並びに無細胞タンパク質合成用抽出液を含む。
さらに、「患者に適したHIVプロテアーゼ阻害剤の選択方法を実施するためのキット」は、少なくとも配列番号1〜5のプライマー並びにコムギ胚芽由来の無細胞タンパク質合成用抽出液を含む。
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0048】
(患者試料の調製方法)
患者から得た血液から患者試料を調製した。詳細は以下の通りである。HIV感染患者から取得した血液よりウイルスRNAを抽出して、さらに緩衝液を加えて患者試料とした。
【実施例2】
【0049】
(検体中のHIVプロテアーゼ遺伝子の増幅)
実施例1で得られた患者試料のプロテアーゼ遺伝子を増幅した。詳しくは、プロテアーゼ活性に関与しない配列を特異的に認識するプライマーを使用した。詳細は、以下の通りである。
5'プライマー1(S1-plus35-HIVpro:配列番号1)、5'プライマー2(deSP6-E02-S1:配列番号2)、5'プライマー3(Spu:配列番号3)、3'プライマー1(-18-HIVpro-sUTR:配列番号4)及び3'プライマー2(sUTR-2nd:配列番号5)を含む10 μl 遺伝子増幅溶液(1 x PCRバッファー、400 nM dNTPs、0.025U/μl 耐熱性ポリメラーゼ、逆転写酵素)を、実施例1で得られた各患者試料に直接導入した。そして、以下のPCR条件によりHIVプロテアーゼのDNA鋳型を増幅した(参照:図2のA)。
なお、図2中の「35aa」は、MRANSPTRRELQVWGRDNNSLSEAGADRQGTVSFSF(配列番号6)、「18aa」は PISPIETVPVKLKPGMDG(配列番号7)、「S1」は、CCACCCACCACCACCA(配列番号8)、「E02」はCTCACCTATCTCTCTACACAAAACATTTCCCTACATACAACTTTCAACTTCCTATT(配列番号9)、「3'UTR」はTAAGTTTTTGTATAGAATTTACGGCTAGCGCCGGATGCGACGCCGGTCGCGTCTTATCCGGCCTTCCTATATCAGGTAGT(配列番号10)である。なお、「S1」は、タンパク質合成したい遺伝子の5'側に付加すると、目的タンパク質のN末端への様々なタグの付加などが容易に行うことができる。
RT-PCR条件:60℃ 30minの後、(98℃ 10sec、55℃ 30sec、72℃ 1min)を30サイクル行った。
【実施例3】
【0050】
(HIVプロテアーゼの翻訳鋳型の作成)
実施例2で増幅したHIVプロテアーゼDNAにより翻訳鋳型を作成した。詳細は、以下の通りである。
実施例2で得られた30μlの増幅したHIVプロテアーゼのDNA鋳型を含む溶液を、転写溶液{30 μl の5x転写バッファー(400 mM HEPES, pH 7.6; 80 mM Magnesium acetate; 10 mM Spermidine; 50 mM DTT)、15 μl の25 mM 4NTPs、1.875 μl のRNAsin (80 Units)、1.875μl のSP6 polymerase (80 units)、71.25 μl水}に添加して、37℃、3時間転写反応を行い、翻訳鋳型を作成した。
【実施例4】
【0051】
(HIVプロテアーゼの発現)
実施例3で得られた翻訳鋳型をコムギ胚芽無細胞タンパク質合成液(参照:段落「0026」)に添加して各患者由来のHIVプロテアーゼを発現させた。詳細は、以下の通りである。
実施例3で得られた翻訳鋳型(mRNA)を含む溶液をコムギ胚芽無細胞タンパク質合成系に添加し26℃、15〜20時間タンパク質合成を行い、各患者由来のHIVプロテアーゼを得た。
【実施例5】
【0052】
(ビオチン化基質配列の作成)
HIVプロテアーゼのプロテアーゼ活性により切断されるビオチン化基質配列を作成した。詳細は、以下の通りである。
HIVプロテアーゼに認識されるアミノ酸配列をコードする塩基配列を導入したpEU{−SP6−E01(配列番号11)−GST−p2-p7(配列番号12)−bls}ベクターを作成した(参照:図2B)。続いて、pEUベクターを鋳型にPCRを用いて転写鋳型を作成した。該転写鋳型を転写反応溶液〔最終濃度、80mM HEPES−KOH pH7.8、16mM 酢酸マグネシウム、10mM ジチオトレイトール、2mM スペルミジン、2.5mM 4NTPs(4種類のヌクレオチド三リン酸)、0.8U/μl RNase阻害剤、1.6U/μl SP6 RNAポリメラーゼ〕に添加して、37℃、3時間転写を行った(参照:Proc Natl Acad Sci USA,2002, vol 99, p14652-14657 :Sawasaki,T et al.)。得られたmRNAのペレット全量をコムギ胚芽無細胞タンパク質合成液(参照:段落「0026」)に添加し26℃、15〜20時間タンパク質合成を行い、ビオチン化基質配列を得た。
【実施例6】
【0053】
(最適な基質量の検討)
コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系でのALPHAスクリーニングでの最適な基質量を検討した。詳細は、以下の通りである。
実施例5のビオチン化基質配列を含む翻訳後のタンパク質合成液を洗浄することなくAlpha ScreenTMに使用した。
該タンパク質合成液(30nM:0.01、0.02、0.05、0.1、0.2、0.5、1.0、2.0、5.0μl)及び3 μl野生型HIVプロテアーゼを15μl反応緩衝液{50mM Tris-HCl(pH 7.6)、50mM MgCl2、500mM CH3COOK、0.1mM DTT及び1mg/ml BSA}で23℃、1時間インキュベートして、培養液を得た。各培養液を、384穴プレート{各穴中に反応緩衝液(10μl 抗GST抗体、AlphaScreen protein A conjugated Acceptor Bead(PerkinElmer)及びstreptavidin donor bead(PerkinElmer)を含む:OptiPlate NEW microplate)}に入れ、23℃、1時間インキュベートした後に、Alpha Quest HTS analyzerで解析した(相互作用のプラスレベルの閾値は、200 AlphaScreen単位に設定した)。
なお、上記で使用した野生型HIVプロテアーゼ(35-HIVpro(WT)-18)は、上記コムギ胚芽無細胞系で合成した。
【0054】
上記結果を図4に示す。図4の結果より、基質タンパク質量の範囲は、0.05〜5.0μl、好ましくは0.2〜2.0μlであることがわかった。
よって、下記実施例7では、基質タンパク質量を0.5μlに設定した。
【実施例7】
【0055】
(最適なプロテアーゼ量の検討)
コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系でのALPHAスクリーニングでの最適なプロテアーゼ量を検討した。詳細は、以下の通りである。
実施例5のビオチン化基質配列(30nM: 0.05μl)を含む翻訳後のタンパク質合成液を洗浄することなくAlpha ScreenTMに使用した。
該タンパク質合成液及び1.0、3.0、5.0μl野生型HIVプロテアーゼを15μl反応緩衝液{50mM Tris-HCl(pH 7.6)、50mM MgCl2、500mM CH3COOK、0.1mM DTT及び1mg/ml BSA}で23℃、1時間インキュベートして、培養液を得た。各培養液を、384穴プレート{各穴中に反応緩衝液(10μl 抗GST抗体(GEヘルスケア)、AlphaScreen protein A conjugated Acceptor Bead(PerkinElmer)及びstreptavidin donor bead(PerkinElmer)を含む:OptiPlate NEW microplate)に入れ、23℃、1時間インキュベートした後に、Alpha Quest HTS analyzerで解析した(相互作用のプラスレベルの閾値は、200 AlphaScreen単位に設定した)。
なお、検出結果は、同濃度のDHFRの検出値と比較して切断活性(Cleavage activity)を算出した。
加えて、DHFRは、pEU-DHFR(50 ng)を鋳型に、プライマーSPu(上述)とAODA2306 (5'-AGCGTCAGACCCCGTAGAAA)を用いて増幅して、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成液(参照:段落「0026」)で合成した。
【0056】
上記結果を図5に示す。図5の結果より、いずれの濃度(1、3、5μl)のプロテアーゼ量でもALPHAスクリーニングでの検出可能であることがわかった。
よって、下記実施例8では、プロテアーゼ量を3.0μlに設定した。
【実施例8】
【0057】
(最適な抗ウイルス剤濃度の検討)
以下の実施例9で使用する無細胞タンパク質合成系でのALPHAスクリーニングでの最適な抗ウイルス剤濃度を検討した。詳細は、以下の通りである。
実施例5のビオチン化基質配列(30nM: 0.5μl)を含む翻訳後のタンパク質合成液を洗浄することなくAlpha ScreenTMに使用した。
該タンパク質合成液及び3μl野生型HIVプロテアーゼを15μl反応緩衝液{50mM Tris-HCl(pH 7.6)、50mM MgCl2、500mM CH3COOK、0.1mM DTT及び1mg/ml BSA}で23℃、1時間インキュベートして、培養液を得た。各培養液を、384穴プレート{各穴中に反応緩衝液(10μl 抗GST抗体(GEヘルスケア)、AlphaScreen protein A conjugated Acceptor Bead(PerkinElmer)及びstreptavidin donor bead(PerkinElmer)を含む:OptiPlate NEW microplate)に入れた。
さらに、各濃度(1、10、100、1000、10000 nM)のHIVプロテアーゼ阻害剤(阻害剤A、B、C、D、E、F)を反応緩衝液に入れて、23℃、1時間インキュベートした後に、Alpha Quest HTS analyzerで解析した(相互作用のプラスレベルの閾値は、200 AlphaScreen単位に設定した)。
【0058】
上記結果を図6に示す。各阻害剤によって、最適な濃度が異なることがわかった。下記実施例9では、阻害剤Aの濃度は100 nM、阻害剤Bの濃度は1μM、阻害剤Cの濃度は100 nM、阻害剤Dの濃度は100 nM、阻害剤Eの濃度は100 nM並びに阻害剤Fの濃度は1μMに設定した。
なお、HIVプロテアーゼ阻害剤ではないDMSOは、いずれの濃度でも阻害効果を検出できなかった。
【実施例9】
【0059】
(患者に適したHIVプロテアーゼ阻害剤の選択方法)
各患者特有のHIVプロテアーゼ変異による各阻害剤の治療効果を判定するために、HIVプロテアーゼの薬剤耐性プロファイリングを作成した。詳細は、以下の通りである。
実施例5のビオチン化基質配列(30nM: 0.5μl)を含む翻訳後のタンパク質合成液を洗浄することなくAlpha ScreenTMに使用した。同様に、実施例4の各患者由来のHIVプロテアーゼを含む翻訳後のタンパク質合成液を洗浄することなくAlpha ScreenTMに使用した。
ビオチン化基質配列(30nM:0.5μl)を含む翻訳後のタンパク質合成液を15μl反応緩衝液{50mM Tris-HCl(pH 7.6)、50mM MgCl2、500mM CH3COOK、0.1mM DTT及び1mg/ml BSA}で23℃、1時間インキュベートして、培養液を得た。各培養液を、384穴プレート{各穴中に反応緩衝液(10μl 抗GST抗体(GEヘルスケア)、AlphaScreen protein A conjugated Acceptor Bead(PerkinElmer)及びstreptavidin donor bead(PerkinElmer)を含む:OptiPlate NEW microplate)に入れた。
さらに、16人のHIV感染患者由来のHIVプロテアーゼを含む翻訳後のタンパク質合成液(0001〜0016)各3μl並びに阻害剤A(100 nM)、阻害剤B(1μM)、阻害剤C(100 nM)、阻害剤D(100 nM)、阻害剤E(100 nM)、又は阻害剤F(1μM)を反応緩衝液に入れて、23℃、1時間インキュベートした後に、Alpha Quest HTS analyzerで解析した(相互作用のプラスレベルの閾値は、200 AlphaScreen単位に設定した)。
【0060】
上記結果を図7に示す。図中の「+、++、+++、++++」は、各患者の各阻害剤存在下でのHIVプロテアーゼの基質切断活性割合をコントロール(阻害剤非存在)を基にして算出したものである。すなわち、「++++」は、コントロールでの活性100に対して約75〜100%のHIVプロテアーゼの基質切断活性が残っていることを意味する。
よって、「++++」を示す阻害剤は、HIVプロテアーゼの基質切断活性を阻害できないことを意味する。すなわち、各患者由来のHIVプロテアーゼが変異したことにより、阻害剤の効果がない又は低減していることを示す。
図7の結果から明らかなように、番号0008、0014のHIV感染患者由来のHIVプロテアーゼはどの阻害剤に対しても耐性であることがわかった。なお、番号0008、0014のHIV感染患者は、阻害剤A〜Fのいずれにも耐性があることを臨床的に確認している。一方、番号0003、0007、0009の患者の場合、阻害剤A及びBが最適な薬剤として選択される。
以上により、本発明のHIVプロテアーゼ阻害剤の選択方法の結果は、実際の患者での薬剤耐性の臨床結果と一致していることがわかった。すなわち、本発明のHIVプロテアーゼ阻害剤の選択方法は、非常に信頼性の高い方法である。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、簡便な各患者に最適な抗ウイルス剤の選択方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】HIVプロテアーゼDNAを増幅するためのプロモーター分断型プライマー
【図2】A:HIVプロテアーゼDNAの模式図 B:ビオチン化基質配列の模式図(図中の「↓」は、切断箇所を示す)
【図3】ALPHAを使用したin vitroでのHIVプロテアーゼ変異の検出
【図4】最適な基質量の検討結果
【図5】最適なプロテアーゼ量の検討結果
【図6】最適な抗ウイルス剤量の検討結果
【図7】患者に適したHIVプロテアーゼ阻害剤の選択結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、患者に適した抗ウイルス剤の選択方法であって、
1)ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与しない配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、を含む遺伝子増幅溶液を患者由来の試料に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子を増幅する工程、
2)1)で増幅した標的タンパク質遺伝子を、そのまま又は精製後に、転写溶液に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質の翻訳鋳型を構築する工程、
3)2)で構築した標的タンパク質の翻訳鋳型を、そのまま又は精製後に、無細胞タンパク質合成系に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質を発現させる工程、
4)3)で発現させた標的タンパク質と、1又は複数の抗ウイルス剤を、同時又は別個に接触させて、該ウイルス由来の標的タンパク質に対する該1又は複数の抗ウイルス剤の阻害効果を検出する工程、
5)4)の検出結果を基にして、該患者に適した抗ウイルス剤を選択する工程、
を特徴とする患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
【請求項2】
前記無細胞タンパク質合成系が、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系である請求項1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
【請求項3】
前記ウイルス由来の標的タンパク質がプロテアーゼであり、前記抗ウイルス剤がプロテアーゼ阻害剤であることを特徴とする請求項1又は2の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
【請求項4】
前記4)の工程が、ALPHAを使用する請求項1〜3のいずれか1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
【請求項5】
前記4)の工程が、以下の工程を含む請求項4の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
(1)ビオチン化基質配列、該ビオチン化基質配列を直接的又は間接的に認識可能なアクセプタービーズ、ストレプトアビジンが結合したドナービース、並びに前記3)で発現したプロテアーゼ及びプロテアーゼ阻害剤を接触させ、
(2)アクセプタービーズとドナービーズの近接によるシグナル変化により、プロテアーゼに対するプロテアーゼ阻害剤の阻害効果を検出する。
【請求項6】
前記ウイルス由来の標的タンパク質がHIVプロテアーゼであり、前記プロテアーゼ阻害剤がHIVプロテアーゼ阻害剤であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
【請求項7】
前記ウイルス由来の標的タンパク質が逆転写酵素であり、前記抗ウイルス剤が逆転写酵素阻害剤であることを特徴とする請求項1又は2の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1の患者に適した抗ウイルス剤の選択方法を実施するためのキット。
【請求項9】
少なくとも以下を含む請求項8のキット。
(1)ウイルス由来の標的タンパク質遺伝子の生理活性に関与する配列部分以外の配列に特異的にハイブリダイゼーションする、少なくとも1個の5'プライマーと1個の3'プライマー、
(2)真核生物由来の無細胞タンパク質合成用抽出液
【請求項10】
以下を含む患者に適したHIVプロテアーゼ阻害剤の選択方法を実施するためのキット。
(1)配列番号1〜5のプライマー
(2)コムギ胚芽由来の無細胞タンパク質合成用抽出液

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−172486(P2011−172486A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−154747(P2008−154747)
【出願日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(503094117)株式会社セルフリーサイエンス (19)
【Fターム(参考)】