説明

有害プランクトンの検出法

【課題】 二枚貝類(Bivalvia)に属する貝(特に、アコヤガイ)に有害な浮遊生物の検出法の提供。
【解決手段】 二枚貝類に属する貝を試料と接触させ、次いでその貝の筋肉の活動電位の変化を測定することを含む二枚貝類に属する貝に有害な浮遊生物の検出法。本発明による検出法は、極めて低い細胞数の有害浮遊生物を検出することができる。従って、本発明による検出法によれば、赤潮のごく初期段階でその原因となる浮遊生物を検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の背景】発明の分野本発明は、有害な浮遊生物の検出法に関し、更に詳細には、アコヤガイに有害なプランクトンの検出法に関する。
【0002】背景技術西日本の沿岸海域では、戦後の工業発展、都市への人口の集中化に伴い、水質の汚染・富栄養化が急速に進行し、赤潮が頻発するようになった。このため養殖魚介類などの水産生物が大量に斃死し、水産業に重大な被害をもたらした。赤潮発生件数は、高度経済成長と共に急速に増加し、1978年以降次第に減少してきたが、現在でも毎年発生している(T.Honjo, Rev.Fish.Sci.,2,225-253(1994); Y.Fukuyo et al., Uchida Rokakuho (Tokyo), p407(1990))。特に、1988年依頼新種の藻類、Heterocapsa circularisquama(T.Horiguchi, Phycol.Res.,43,129-136(1995))が赤潮を形成するようになり、アコヤガイやアサリなどの貝類を特異的に斃死させ毎年多くの魚業被害を与えている(山本千裕および田中義興、福岡水試研報、16,43-44(1990);松山幸彦ら、Nippon Suisan Gakkaishi,61,35-41(1995))。しかし赤潮が発生した場合、採水とプランクトン種の同定・計数作業に時間と熟練を要するため、早急に被害防除対策を講じることが非常に困難である。
【0003】貝は生息環境状態により殻の開閉運動を変化させるため、このことを利用した海水中の汚染物質の検出が報告されている。Kramerは海水中の汚染物質に対する貝の応答を(Baldwin,I.G.and Kramer,K.J.M, Biomonitoring of Coastal Waters and Estuaries,CRC Press, Boca Raton,FL,1-28(1994))、GaineyとShamwayは有毒プランクトンAlexandrium に対する貝の応答を調べている(Gainey Jr.L.E.& S.E.Shumway, J. Shellfish Res,7,623-628(1988))。Fujii は潮汐等の貝閉殻筋の運動に与える影響について調査している(T.Fujii, Bulletin of the Japanese Society of Scientific Fisheries,43(7),901(1977))。
【0004】Kramerは、ムラサキイガイの両殻に小さなコイル2個をそれぞれ送信器と受信器として装着し、貝の閉貝により送信器から受信器に信号が伝わり、その信号を受信器から陸上に送ることで、異常を検知する電気工学的な方法を用いた。また、Fujiiは、コの字状の金属板を貝の両殻にまたがるようにパテで装着し、貝の開閉運動により生じる金属片の歪みをストレインゲージで検知することで、殻の動きを検知した。
【0005】
【発明の概要】本発明者らは、今般、アコヤガイの閉殻筋の活動電位の変化を測定することにより極めて低い細胞密度の浮遊生物を検出できること、更に、活動電位の波形を観察することにより特定の浮遊生物種を判別できることを見いだした。本発明は、より高感度な有害浮遊生物の検出法および該浮遊生物種の判別法の提供をその目的とする。
【0006】本発明による二枚貝類に属する貝に有害な浮遊生物の検出法は、二枚貝類(Bivalvia)に属する貝を試料と接触させ、次いでその貝の筋肉の活動電位の変化を測定することを含むもの、である。
【0007】本発明による検出法は、極めて低い細胞数の有害浮遊生物を検出することができる。従って、本発明による検出法によれば、赤潮のごく初期段階でその原因となる浮遊生物を検出することができる。
【0008】
【発明の具体的説明】本発明による検出法においては、まず、二枚貝類(Bivalvia)に属する貝を試料とを接触させる。試料は漁場環境のモニターリングを実施する海域や養殖池から採取することができるがこれらに限定されるものではない。例えば、二枚貝類に属する貝をモニターリングを実施する海域や養殖池の中に固定する態様も、「試料と接触させる」に含まれるものとする。
【0009】二枚貝類に属する貝としては、海産二枚貝の翼形目(Pteriomorphia)に属する貝(例えば、ウグイスガイ科(Pteridae)に属するアコヤガイ、イガイ科(Mytilidae)に属するムラサキガイ、イタヤガイ科(Pectinidae)に属するホタテガイ、並びにイタボガキ科(Ostreidse)に属するマガキ、マルスダレイガイ科(Veneridae)に属するアサリ及びハマグリ)や淡水産二枚貝に属する真弁鰓目(Eulamellibranchia)に属する貝(例えば、イシガイ科(Unionidae)に属するイケチョウガイやカラスガイ、シジミガイ科(Corbiculidae)に属するマシジミ)が挙げられる。
【0010】本発明の検出法においては、試料に接触させた貝の筋肉の活動電位の変化を測定する。具体的には、筋活動電位のスパイクの数または形状を観察することにより行うことができる。本発明による検出法においては、例えば、15分間あたり4回以上の筋活動電位のスパイクが観察された場合に、その貝に有害な浮遊生物が試料に存在していると判断できる。筋活動電位の測定の対象となる貝の筋肉としては、いわゆる貝柱である閉殻筋を用いることができる。
【0011】筋活動電位の変化の測定は下記の方法に従って実施することができる。まず、二枚貝の閉殻筋後方部より直接2本または3本(+極、−極、GND(接地))の電極を挿入するか、または外殻に小穴(0.3〜1mm)を開け、貝殻を通して閉殻筋に電極を挿入し、歯科用セメントやエポキシ樹脂等の接着剤で固定する。電極の材質は、銀‐塩化銀、銀、白金、ステンレス等が使用できる。電極の直径は、0.1〜0.5mm、好ましくは0.2〜0.3mmである。挿入する電極の長さは、貝の年齢(又は大きさ)や閉殻筋の大きさによって異なるが、2年母貝では、2〜8mmで使用できる。筋活動電位の測定は、電極と送信機を結線するか、又はリード線で直接測定器に結線して貝体内の閉殻筋の活動によって生じた筋活動電位を測定する。
【0012】本発明において「貝に有害な浮遊生物」とは、貝の生存や生殖、成長を妨げる浮遊生物をいい、その多くは赤潮の原因となりうる。また、「浮遊生物」とは植物プランクトンのみならず動物プランクトンも含む。
【0013】本発明による検出法により検出できる浮遊生物は、アコヤガイを被験対象として用いた場合、渦鞭毛藻類(Dinophyceae)およびラフィド藻類(Rhaphidophyceae)に属する浮遊生物が挙げられ、特に、Heterocapsa circularisquamaChattonella antiquaGymnodinium mikimotoiGymnodinium catenatumCochlodinium polykrikoidesAlexandrium tamarenseAlexandrium catenells、 およびChattonella marina が挙げられる。なお、Chattonella antiquaはラフィド藻類に分類されると共に緑色モナス類(Chloromonadida)にも分類される。
【0014】本発明による検出法は、アコヤガイを被験対象として用いた場合でも、アコヤガイのみならず、ヒオウギガイ、イタヤガイ、マカキ、ムラサキガイ、アサリ等に関する漁場環境のモニターリングに使用できることは言うまでもない。
【0015】漁場環境のモニターリングは、漁場に固定された二枚貝の筋活動電位の変化を送信機により有人施設へ送信し、受信機により受信した入力信号を解析することにより行なうことができる。もちろん、筋活動電位の変化を送受信装置を介さずに直接解析することもできる。解析はモニターを通じて人為的に行うか、あるいは解析装置により行なうことができる。解析装置は更に警報装置に接続されていてもよく、警報装置は特定の信号が入力したときに自動的に警報を発することができる。
【0016】漁場への二枚貝の固定は、沖合に浮かべた筏に吊した養殖カゴ中で行ってもよく、また、ポンプにより陸上に汲み上げられた海水を満たした容器中で行ってもよい。後者の容器には取水口と排水口が設けられていてもよく、この場合常に新鮮な海水が容器中に送り込まれる。
【0017】本発明によれば、筋活動電位のスパイクの波形を観察し、その波形から浮遊生物の種類を判別することができる。例えば、Heterocapsa circularisquamaが試料中に存在する場合のスパイクの波形とChattonella antiquaが試料中に存在する場合のスパイクの波形は図2および3に示すように明らかに異なる。従って、波形の特異性から試料中に存在する浮遊生物の種類を特定することができる。
【0018】
【実施例】実験貝として英虞湾産アコヤガイ(Pinctada fucata)の2年貝を用いた。暴露生物として、有害赤潮プランクトンHeterocapsa circularisquamaChattonella antiquaHeterosigma akashiwo、および餌料プランクトンのPavlovalutheriの4種を用いた。
【0019】先端の一部を残し他をエポキシ樹脂で被覆した直径0.2mm、長さ5mmの銀線を電極とし、直径0.3mmの銀線を導線としシリコンチューブを通し絶縁した。この電極を開殻させた貝の閉殻筋に心臓の反対側から筋繊維に直角になるように3本装着した。電極を装着したアコヤガイをプラスチック製の網に口を上にして置き、図1に示すように通気口と注水・排水口を有するアクリル製の実験水槽内に入れた。これに口径1μmのフィルターで濾過した海水1リットルを水槽に注水し、弱い通気下で筋肉電位変化を安定させた後、筋肉電位応答を30分から1時間記録し、これを対照とした。
【0020】対照を記録した後、実験水槽内の濾過海水の半量を注意深く排水し、目的の細胞密度になるように調節した赤潮生物懸濁液500mlを注意深く注入した。弱い通気により細胞を均一に懸濁しながら、筋肉電位応答を約30分間記録した。試験した細胞密度をそれぞれ、H.circularisquamaは5〜1,000細胞/ml、C.antiquaは100〜800細胞/ml、H.akashiwoは1,000〜50,00細胞/ml、P.lutheriは1,000〜100,000細胞/mlとした。電位測定はフクダ電子株式会社製Dynascope DS3140型心電計を用いて、暗幕を張った23℃のインキュベーター内で行った。
【0021】H.circularisquama5〜25細胞/ml曝露区の筋電図を図2に示す。この曝露区において、対照ではスパイクが一度も出現していないのに対し、最低密度である5細胞/mlでは既に明瞭なスパイクが多数出現し、10及び25細胞/mlにおいてもほぼ同数のスパイクが出現した。
【0022】C.antiquaに曝露した時の筋電位スパイクを図3に示す。100〜800細胞/mlの細胞密度ではいずれも対照区より多いスパイク数を示した。また、このスパイクの波形は図2と異なった。
【0023】ここに供試したプランクトンに曝露した時の15分当たりのスパイク数を平均して表1に示す。
【0024】
【表1】


【0025】H.circularisquamaの曝露区において、スパイク数は細胞密度の増加とともに若干増加したが、1,000細胞/mlではかえって減少した。このようにアコヤガイは総ての細胞密度において対照区を上回るスパイク数を示し、5細胞/mlという低細胞密度においても敏感に反応した。また、C.antiquaに曝露した場合、総ての細胞密度で対照区の約5倍のスパイク数を示した。一方、H.akashiwo曝露区では、P.luther曝露区と同様に対照区との差は認められなかった。
【0026】アコヤガイの筋肉電位を測定することにより、H.circularisquamaで海水が着色して見える細胞密度700細胞/ml(松山幸彦ら,「広島湾のHeterocapsacircularisquama赤潮」,南西海区水産研究所研究報告,30,189-207(1997))やアコヤガイ稚貝が閉殻する50細胞/ml(K.Nagai et al., Aquaculture, 144, 149-154(1996))より非常に低密度で本種を検知できる。従って、赤潮発生準備段階を監視できる。また、C.antiquaに対してスパイク数が増加し、かつ他の3種とは明らかに異なる波形の筋電スパイクを示したことから、本種を他種プランクトンと区別して検知できる。またH.akashiwoP.lutheriに対して、閉殻筋に何らの異常反応も示されなかったことは、アコヤガイがこの2種を活発に摂餌することと関係があると思われる。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例において用いた実験水槽を示した図である。
【図2】Heterocapsa circularisquamaを曝露したときのアコヤガイ閉殻筋の筋電図を示した図である。時間は試料を注入した後の時間を示す。
【図3】Chattonella antiquaを曝露したときのアコヤガイ閉殻筋の筋電図を示した図である。時間は試料を注入した後の時間を示す。
【符号の説明】
1 電極
2 通気口
3 プランクトン注入口
4 排水口
5 アコヤガイ

【特許請求の範囲】
【請求項1】二枚貝類(Bivalvia)に属する貝と試料とを接触させ、次いでその貝の筋肉の活動電位の変化を測定することを含む、二枚貝類に属する貝に有害な浮遊生物の検出法。
【請求項2】貝の筋肉が閉殻筋である、請求項1に記載の検出法。
【請求項3】二枚貝類に属する貝がアコヤガイである、請求項1に記載の検出法。
【請求項4】アコヤガイに有害な浮遊生物が、渦鞭毛藻類(Dinophyceae)およびラフィド藻類(Rhaphidophyceae)に属する浮遊生物である、請求項3に記載の検出法。
【請求項5】アコヤガイに有害な浮遊生物が、Heterocapsa circularisquama または Chattonella antiqua である、請求項3に記載の検出法。
【請求項6】筋活動電位のスパイクの波形を観察し、その波形から浮遊生物の種を判別して検出する、請求項1に記載の検出法。
【請求項7】Heterocapsa circularisquamaChattonella antiquaとを判別して検出する、請求項6に記載の検出法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2000−93038(P2000−93038A)
【公開日】平成12年4月4日(2000.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平10−268161
【出願日】平成10年9月22日(1998.9.22)
【出願人】(391060535)株式会社ミキモト (4)
【出願人】(598129451)
【Fターム(参考)】