説明

有機エレクトロルミネッセンス素子

【課題】有機化合物層への水分や酸素の浸入を防止し、且つ有機化合物層から出る光を効率よく取り出すことの出来るバリア層を有する有機EL素子を提供する
【解決手段】ガラス基板1に積層された不透明電極2と有機化合物層6と透明電極7及びそれらを覆うバリア層8で構成された有機EL素子において、
前記透明電極7上に形成されるバリア層8を、少なくともシリコン、窒素、水素を主成分とし、添加元素に酸素を含み、シリコンに対する窒素濃度が30以上70atomic%以下の領域を含み、且つ膜厚方向に周期的に窒素濃度勾配が形成されたものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラットパネルディスプレイ等に用いられる有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フラットパネルディスプレイとして、最も広範に用いられているのは液晶素子であるが、電界に対する応答速度が数十msec程度と遅く、動画像などを表示するには、この応答速度が問題となってくる。また、視野角依存性が大きいという問題も抱えている。
【0003】
上記の問題を解決するために、最近フラットパネル対応の自発光型デバイスである有機EL素子が注目されているが、有機EL素子は、水分や酸素により特性劣化を招き、また、有機化合物層と電極層の剥離が生じダークスポット発生の原因となっている。そこで、有機EL素子による省スペースのフラットパネルディスプレイを実現するため、水分や酸素の有機化合物層への浸入を防止するための高機能なバリア層が要求されている。
【0004】
従来、透過率の高いバリア層は二酸化シリコン(SiO2)や、窒化シリコン(Si34)が蒸着や、スパッタ、CVDの方法で形成されている。
【0005】
しかしながら、有機EL素子を構成する有機化合物層は、100℃を超える温度で結晶化を起こし、有機EL素子の特性劣化を招いてしまう。そのため、少なくとも不透明電極、有機化合物層、透明電極が積層され、その上に形成されるバリア層は、80℃以下の低温で形成することが要求される。
【0006】
有機化合物層を含む積層膜上に形成されるスパッタを用いた二酸化シリコン膜や窒化シリコン膜は、有機EL素子の特性劣化を十分防湿する性能を有していない。それは、スパッタで形成されるこれらの膜は、硬く、カバレッジ性が悪く、成膜を行う電極表面粗さの影響を受け十分なカバレッジができない。さらに膜の内部応力により、クラックや欠陥を生じてしまうからである。
【0007】
また、プラズマCVDを用いた二酸化シリコン膜は、300℃を超える高温で形成することにより防湿性の高いバリア層が得られているが、100℃以下の温度では、十分な防湿性能を得られない。さらにプラズマCVDにより形成される窒化シリコン膜は、膜厚を厚くすると光の透過率が大きく低下し、さらに、膜応力により、クラックやカバレッジ性の低下が生じ、光取り出し面側のバリア層として不十分である。
【0008】
特許文献1には、ポリカーボネート基板に樹脂層をコーティングし、平坦化処理を行って、スパッタ法により酸化窒化シリコンの防湿用バリア膜を形成した有機EL素子について開示されている。また、特許文献2には、TFT等の半導体絶縁膜を用いた半導体装置及びその製造方法について開示されている。しかしながら、基板温度を350℃以上に加熱する方法では、有機化合物層が熱により変性、変質し、有機EL素子の特性劣化を引き起すことになる。また、酸化窒化シリコン膜は、膜中酸素量の増加により防湿性能が低下し、シリコン、窒素、酸素の総数に対する酸素濃度が50atomic%を超える酸化窒化シリコン膜は、有機EL素子の防湿性能としては不十分である。
【0009】
【特許文献1】特開2002−100469号公報
【特許文献2】特開2001−53286号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、特許文献1,2に開示されている方法においても、プラズマのイオン衝撃や熱に弱い有機EL素子のバリア層を形成することは困難である。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、有機化合物層への水分や酸素の浸入を防止し、且つ有機化合物層から出る光を効率よく取り出すことの出来るバリア層を有する有機EL素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、基板に積層された不透明電極と有機化合物層と透明電極及びそれらを覆うバリア層で少なくとも構成された有機EL素子において、
前記透明電極上に形成されるバリア層は、少なくともシリコン、窒素、水素を主成分とし、添加元素に酸素を含み、シリコンに対する窒素濃度が30以上70atomic%以下の領域を含み、且つ膜厚方向に周期的に窒素濃度勾配が形成されている事を特徴とする有機EL素子である。
【0013】
本発明において、前記バリア層は、VHFプラズマCVD法で形成されたものが好ましく用いられる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の有機EL素子は、有機化合物層からの光の透過率が高く、且つ防湿性能の高いバリア層で構成でき、素子劣化やダークスポットの発生を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0016】
図1及び2は本発明の有機EL素子の一例の概念図である。
【0017】
図1に示した有機EL素子では、ガラス基板1上に不透明電極である正孔注入電極2を形成し、その上に正孔注入輸送層3、発光層4、電子注入輸送層5の有機化合物層6を形成する。さらに、その上に透明電極である電子注入電極7が形成され、これらを覆うようにバリア層8が形成される。また、不透明電極2の下層はTFTを形成することが少なくない。
【0018】
本発明の有機EL素子の透明電極7には、ITO,IZOが好ましく用いられるが、ITOにタングステンやZnが含まれる場合もある。
【0019】
バリア層8は、発光層4から出る光の光取り出し面側の透明電極7上に、不透明電極2、有機化合物層6、透明電極7をほぼ覆うようにプラズマCVD法により形成される。プラズマCVDの励起周波数を30MHz以上100MHz以下のVHF帯を用いることで、プラズマのイオン衝撃を弱め素子の熱ダメージを抑えるとともに、緻密で欠陥の無い酸化窒化シリコン膜及び窒化シリコン膜を形成することができる。
【0020】
有機EL素子は有機化合物層6と両電極2,7との密着性が弱いため、バリア層8は、透明電極7表面の凹凸のカバレッジ性の高さと防湿性、低応力の膜質が求められる。
【0021】
後述する表1に示した結果より、窒化シリコン膜の窒素濃度を30以上70atomic%以下の範囲に減少させるとカバレッジ性と防湿性が改善できることがわかった。これは、シリコンに対する窒素濃度を低下させる事で、窒化膜が金属の性質に近くなり、柔軟性、カバレッジ性が改善すると考えられる。
【0022】
しかし、低応力で、高い光の透過率を求めるには、低窒素濃度の窒化シリコン層では光の透過率を満足できない。そこで低窒素濃度の窒化シリコン層と、窒化シリコン層又は酸化窒化シリコン層の窒素濃度を高めたり低くしたりして窒素濃度勾配を周期的に形成したバリア膜が有効である。
【0023】
本発明の有機EL素子では、シリコンに対する窒素濃度が30以上70atomic%以下の領域を含み、且つ膜厚方向に周期的に窒素濃度勾配を形成することにより、バリア膜8中の内部応力を緩和し、且つ防湿性能、光透過率の高い膜を形成した。
【0024】
具体的な代表例として以下2つのパターンを示す。
【0025】
有機EL素子1のバリア層8は、ITOの表面から約500Åの膜厚の範囲はシリコンに対する窒素濃度を50以上110atomic%以下まで徐々に増加させた窒化シリコン層を形成する。その後、5000Åの膜厚の範囲は窒素濃度を110atomic%で一定に形成する。その後、約500Åの膜厚の範囲は、窒素濃度を50atomic%まで徐々に減少させ、その後、1000Åを一定にする。その後、500Åは、窒素濃度のみを110atomic%まで徐々に増加させ、さらにその後、約5000Åの膜厚の範囲は窒素濃度を110atomic%に維持して形成する。
【0026】
有機EL素子2では、バリア層8は、ITOの表面から約5000Åの膜厚の範囲はシリコンに対する酸素濃度が30atomic%、シリコンに対する窒素濃度が110atomic%である。そしてその後の約500Åの膜厚の範囲は、酸素濃度が0atomic%で、窒素濃度を70atomic%に徐々に減少させている。その後、1000Åは、酸素濃度を0atomic%に、窒素濃度を70atomic%に維持する。その後、約500Åの膜厚の範囲は、酸素濃度を30atomic%、窒素濃度を110atomic%に増加させる。これを再度繰り返し、さらにその後、約3000Åの膜厚の範囲はこれを維持し形成する。
【0027】
この時の窒素濃度勾配は、アンモニアの流量を変化させて形成した。また、シランガス流量を変化させたり、プラズマ電力の制御でも可能である。
【0028】
このようなバリア層8の一部にシリコンに対する窒素濃度が30以上70atomic%以下の領域を含み、且つ膜厚方向に周期的に窒素濃度勾配を形成した有機EL素子は、次の効果がある。即ちこの有機EL素子は防湿性能が高いばかりか、屈折率の異なる膜の積層で生じる光の反射を抑え、光の透過率を改善できる。
【0029】
本発明の有機EL素子に用いたバリア層は、ボトムエミッション素子に於いても有効である。
【実施例】
【0030】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0031】
[実施例1]
本発明のバリア層のカバレッジ性を含む透湿性について次のように測定した。
【0032】
幅1μm、深さ1μm、斜面の角度55°のスリットを形成したシリコンウエハにカルシウムを1000Å成膜した。このシリコンウエハを用い、その上にバリア膜を形成し、121℃、2×105Pa、100%RHの条件でプレッシャークッカーにより加速試験を行った。その後、リング照明を照射し、光学顕微鏡で観察し、黒点に見える欠陥数をカウントした。
【0033】
窒化シリコン膜の条件はシラン流量50sccm、アンモニア流量を0以上1000sccm以下で可変した。堆積膜形成装置は、高周波電極とそれに対向する基板ホルダー兼接地電極で構成され、その基板ホルダーに先ほどのカルシウムを成膜したシリコンウエハ基板をセットし、さらに、窒素ガスをフローし放電炉の圧力を100Paに維持した。その後、一旦真空容器を1×10-5Paに真空引きした後、モノシランガス、アンモニアガスをフローし、反応空間圧力を100Paに制御した。そして、電力密度150mW/cm2の60MHz高周波電力を高周波電極に供給し、膜厚が約6000Åの窒化シリコン膜を堆積形成した。
【0034】
そのサンプルを、2×105Pa、121℃、RH100%の環境のプレッシャークッカー装置に20時間放置し、透湿量をシリコンウエハに形成したカルシウムの反射率の変化により評価した。
【0035】
その結果、表1に示すように、黒点に見える欠陥は、シリコンに対する窒素濃度が0atomic%で6個、30以上70atomic%以下で0個、90atomic%で5個、さらに、110atomic%では、14個発生していた。このことから、窒素濃度が30以上70atomic%以下では、カバレッジ性及び防湿性の高い結果となっている。
【0036】
[実施例2]
実施例2では、実施例1の結果から、良好な結果を得た窒素濃度30以上70atomic%以下の条件を用いて、有機EL素子の透明電極上に図2に示す窒素濃度勾配のバリア層を形成して、素子の特性評価を行った。
【0037】
まず、ガラス基板上にクロム電極を形成し、その上に有機化合物層を蒸着により形成し、その上層の透明電極はITOをスパッタにより150nm成膜し、さらにこれらの有機化合物層、透明電極を覆うようにバリア層をプラズマCVDで次のように形成した。
【0038】
堆積膜形成装置の放電炉は80℃で保温した。この放電炉の基板ホルダーに有機EL素子をセットし、さらに、窒素ガスをフローし、放電炉の圧力を100Paに維持し、80℃で10分加熱した。その後、一旦真空容器を1×10-5Paに真空引きした後、モノシランガスを50sccm、アンモニアを20以上500sccm以下、一酸化二窒素ガスを0以上80sccm以下の範囲で変化させてフローし、反応空間圧力を100Paに制御した。そして、電力密度150mW/cm2の60MHz高周波電力を高周波電極に供給し、有機EL素子上に窒化シリコン膜を堆積形成した。
【0039】
プラズマ励起周波数は、30MHz以上100MHz以下のVHF帯が好ましいが、27MHzや105MHzであっても良い。また、電力密度は500mW/cm2以下が好ましい。
【0040】
バリア層の組成は図2に示す窒素濃度勾配になるように、次のように形成した。
【0041】
有機EL素子1のバリア層は、ITOの表面から約1000Åの膜厚の範囲はシリコンに対する窒素濃度を50atomic%から110atomic%に上昇させる。その後、約5000Åの膜厚の範囲は、酸素濃度30atomic%、窒素濃度を110atomic%で形成する。その後、約1000Åの膜厚の範囲で酸素濃度0atomic%、窒素濃度を50atomic%に減少させ、その後、約6000Åの膜厚の範囲はこれを維持する。その後、約500Åの膜厚の範囲は、窒素濃度を110atomic%に増加させ、さらにその後、約5000Åの膜厚の範囲はこれを維持し形成する。
【0042】
この有機EL素子1を、気温60℃、相対湿度95%の環境に放置した。100時間、240時間、500時間後のVI特性、輝度特性を測定した。同時に、ガラス基板で封止し、その内部に酸化カルシウムを挿入した有機EL素子を作製し、室内放置と比較した。その結果を図7、図8に示す。その結果、駆動電圧、輝度の変動は殆ど無く、劣化は見られなかった。さらに、Φ1μm以上のダークスポットも、生じていなかった。
【0043】
[実施例3]
次に、実施例3では、実施例2と同様にして、図3に示す窒素濃度勾配のバリア層の有機EL素子2を形成し、加速試験後のVI特性、輝度を測定した。さらに、ダークスポットの状況を確認した。
【0044】
有機EL素子2では、バリア層は、ITOの表面から約5000Åの膜厚の範囲はシリコンに対する酸素濃度を約30atomic%、窒素濃度を110atomic%で形成した。その後、約500Åの膜厚の範囲は、酸素濃度を0atomic%、窒素濃度を70atomic%に徐々に減少させ、さらに6000Åの膜厚の範囲は、それを維持した。その後、約500Åの膜厚の範囲は、窒素濃度を110atomic%に増加させ形成した。
【0045】
この有機EL素子2を、気温60℃、相対湿度95%の環境に放置した。100時間、240時間、500時間後のVI特性を測定した。その結果を図7、図8に示す。その結果、VI特性、輝度特性に、大きな差は見られなかった。また、Φ1μm以上のダークスポットも、生じていなかった。
【0046】
このように、窒素濃度が30以上70atomic%以下の膜厚範囲を約0.6μm以上にすると防湿性が高く出来、さらに窒素濃度が70atomic%以上のバリア層と組み合わせて窒素濃度勾配を連続的、周期的に変化させる事で透過率が向上できる。
【0047】
図4から6は、窒素濃度を連続的かつ周期的に変化させた模式図で、窒素濃度が30以上70atomic%以下の領域を約0.6μm設けてバリア層を構成するものである。これらのバリア層も、防湿効果と光透過率に対して有効である。
【0048】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の有機EL素子のバリア層を形成した一実施形態の模式的断面図である。
【図2】本発明の有機EL素子のバリア層における窒素濃度勾配を表す一実施形態の模式図である。
【図3】本発明の有機EL素子のバリア層における窒素濃度勾配を表す一実施形態の模式図である。
【図4】本発明の有機EL素子のバリア層における窒素濃度勾配を表す模式図である。
【図5】本発明の有機EL素子のバリア層における窒素濃度勾配を表す模式図である。
【図6】本発明の有機EL素子のバリア層における窒素濃度勾配を表す模式図である。
【図7】本発明の有機EL素子の耐久試験に於ける駆動電圧変動のグラフである。
【図8】本発明の有機EL素子の耐久試験に於ける輝度変化のグラフである。
【符号の説明】
【0050】
1 ガラス基板
2 不透明電極(正孔注入電極)
3 正孔注入輸送層
4 発光層
5 電子輸送層
6 有機化合物層
7 透明電極(電子注入電極)
8 バリア層
9 保護ガラス
10 接着剤(物)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板に積層された不透明電極と有機化合物層と透明電極及びそれらを覆うバリア層で少なくとも構成された有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記透明電極上に形成されるバリア層は、少なくともシリコン、窒素、水素を主成分とし、添加元素に酸素を含み、シリコンに対する窒素濃度が30以上70atomic%以下の領域を含み、且つ膜厚方向に周期的に窒素濃度勾配が形成されている事を特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項2】
前記バリア層は、VHFプラズマCVD法で形成された事を特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−123174(P2007−123174A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−316777(P2005−316777)
【出願日】平成17年10月31日(2005.10.31)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】