説明

有機エレクトロルミネッセンス素子

【課題】 低い駆動電圧と長い輝度半減寿命を得ることができ、かつ発光色の制御を行うことができる有機エレクトロルミネッセンス素子を得る。
【解決手段】 陽極1と陰極5の間に発光層3を含む複数の有機層が配置され、発光層3と陰極5の間に有機層として電子輸送層4が配置された有機エレクトロルミネッセンス素子において、電子輸送層4が、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体を含み、電子輸送層4の膜厚が5nm以下であることを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL素子)は、ディスプレイや照明への応用の観点から活発に開発が行われている。
【0003】
有機EL素子の駆動原理は、以下のように説明される。
【0004】
1.陰極側に負、陽極側に正となるように両電極間に電圧を印加することによって、陰極から電子、陽極から正孔が有機層に注入される。
【0005】
2.注入された電子及び正孔は、有機層内を輸送され、有機層内で再結合する。
【0006】
3.再結合の際、有機化合物がエネルギー的な励起状態になる。
【0007】
4.励起された有機化合物が基底状態に戻る際に発光し、これが素子の発光として外部に取り出される。
【0008】
有機EL素子の実用化においては、消費電力の低減が重要となる。特に、携帯電話のディスプレイなどのモバイル用途に有機EL素子を用いる場合、消費電力の低減が重要となる。
【0009】
有機EL素子の消費電力を低減させる方法としては、素子の駆動電圧を下げる方法と、素子の発光効率を向上させる方法がある。駆動電圧を下げるためには、正孔あるいは電子の注入を増加させる必要がある。従来より、有機EL素子に用いる電子材料としては、後述するAlqが広く用いられている。また、正孔輸送材料としては、後述するNPBなどのトリアリールアミン誘導体が広く用いられている。Alqを電子輸送層に用い、NPBなどのトリアリールアミン誘導体を正孔輸送層に用いた場合、駆動電圧はAlqによって制限される。これは、NPBなどのトリアリールアミン誘導体の正孔移動度が10-3〜10-4cm2/Vsであるのに対して、Alqの電子移動度が10-6cm2/Vs程度と大幅に低いためである(非特許文献1及び2を参照)。
【0010】
最近、電子輸送材料として、フェナントロリン誘導体やシロール誘導体が、高い電子移動度を示すことが報告されている(非特許文献2及び3など)。
【0011】
しかしながら、これらの電子輸送性に優れる材料を用いて有機EL素子の駆動電圧を低下させた場合、素子の半減寿命が低下してしまうという問題がある。これは、次のような原因に基づくと考えられる。
【0012】
すなわち、陰極からの電子の注入量が多すぎると、発光層において正孔と電子とが再結合せずに正孔輸送層へと抜け出てしまう。正孔輸送材料として一般にトリアリールアミン誘導体が用いられているが、これらの材料が電子を受け入れた場合、電気化学的に不安定となり、劣化してしまうことがこれまでに知られている。従って、過剰に電子注入がなされる素子においては、正孔輸送層に進入してきた電子によって正孔輸送層が劣化してしまうため、素子の半減寿命が短くなる。
【0013】
また、上述の電子輸送性に優れる材料を用いた場合、白色発光EL素子において、発光色の制御が困難になるという問題がある。これは、次のような原因に基づくと考えられる。
【0014】
すなわち、白色発光EL素子は、青色発光とオレンジ色発光などの複数の発光を混ぜ合わせることによって実現されており、照明や液晶ディスプレイなどのバックライトとして工業的に重要である。これらの複数の発光は、一般に複数の発光層から取り出されており、例えば、陽極側からオレンジ色発光層、青色発光層をこの順で積層させることにより、白色発光層としている。この場合の素子の発光色は、オレンジ色発光層の発光と青色発光層の発光の足し合わせによって決まる。電子注入が過剰なEL素子においては、素子内の電子の分布は陰極側よりも陽極側に偏る。陽極側からオレンジ色発光層、青色発光層をこの順で積層させた素子において、電子注入が過剰となった場合、青色発光層はほとんど発光せず、オレンジ色発光層からの発光が強くなり、素子の発光色が実質的にオレンジ色になり、白色発光を実現することができなくなる。このように、電子注入が過剰な素子においては、複数の発光層をバランス良く発光させた白色発光が取り出せないという問題を生じる。
【0015】
以上の従来のEL素子における問題点をまとめると、以下のようになる。
【0016】
・Alqなどの電子輸送材料を用いると、駆動電圧が高くなり、消費電力が大きくなる。
【0017】
・電子輸送特性に優れた電子輸送材料を用いると、駆動電圧は下がるが、輝度半減寿命が短くなる。また、複数の発光層を有する白色素子では、発光色の制御が困難になる。
【0018】
なお、特許文献1には、後述する本発明の実施例において用いたDBzAが開示されている。
【特許文献1】特開2005−108726号公報
【非特許文献1】Applied Physics Letters 66号 1995年 3618〜3620ページ
【非特許文献2】Applied Physics Letters 76号 2000年 197〜199ページ
【非特許文献3】Applied Physics Letters 80号 2002年 189〜191ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明の目的は、低い駆動電圧と長い輝度半減寿命を得ることができ、かつ発光色の制御を行うことができる有機EL素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の有機EL素子は、陽極と陰極の間に発光層を含む複数の有機層が配置され、発光層と陰極の間に有機層として電子輸送層が配置された有機EL素子であり、電子輸送層が、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体を含み、電子輸送層の膜厚が5nm以下であることを特徴としている。
【0021】
本発明においては、電子輸送特性に優れたアントラセン誘導体及びシロール誘導体を、電子輸送層形成用材料として用いているので、駆動電圧を低減することができる。また、電子輸送層の膜厚を5nm以下としているので、電子輸送特性に優れた電子輸送材料を用いていても、電子注入が過剰になるのを防止することができ、輝度半減寿命を長くすることができる。
【0022】
また、電子の過剰な注入を抑制することができるので、複数の発光層を積層した場合の発光バランスを改善することができ、発光色を制御することができる。従って、白色発光においては、所望の白色光を得ることができる。
【0023】
本発明において、電子輸送層は、島状に分布した不連続な薄膜であってもよい。電子輸送層の膜厚は、1nm未満になると一般に成膜が困難になるため、1nm以上であることが好ましい。従って、本発明における電子輸送層の膜厚は、1〜5nmの範囲内であることが好ましい。本発明における電子輸送層のさらに好ましい膜厚の範囲は、1〜4nmの範囲内である。
【0024】
本発明においては、陽極と陰極の間に、発光層を含む複数の有機層が配置されており、発光層と陰極の間に有機層として電子輸送層が配置されている。従って、複数の有機層には、少なくとも発光層及び電子輸送層が含まれている。発光層は、単一の発光層であってもよいし、積層された複数の発光層であってもよい。複数の発光層は、中間層などを介して積層された発光層であってもよい。
【0025】
発光層が白色発光層である場合には、青色発光層とオレンジ色発光層を積層した構造のものであってもよい。青色発光層の発光ピーク波長は、例えば、430〜490nmの範囲内とすることができる。また、オレンジ色発光層の発光ピーク波長は、例えば、550〜580nmの範囲内とすることができる。
【0026】
本発明における複数の有機層に含まれる有機層の他の例としては、正孔輸送層などのキャリア輸送層や、正孔注入層及び電子注入層などのキャリア注入層が挙げられる。
【0027】
本発明における電子輸送層は、複数の有機層のうち陰極に最も近い有機層であってもよい。
【0028】
本発明において、電子輸送層に含まれるアントラセン誘導体としては、以下の一般式(1)で表わされるものが挙げられる。
【0029】
【化1】

【0030】
(式中、Rは、炭素数5以下の脂肪族置換基を表わし、アントラセン環上のいずれの置換位置であってもよく、Ar1及びAr2は、水素、ハロゲン、または炭素数30以下の芳香族置換基を表わし、互いに同一または異なっていてもよい。)
本発明において、電子輸送層に含まれるシロール誘導体としては、以下の一般式(2)で表わされるものが挙げられる。
【0031】
【化2】

【0032】
(式中、R1及びR2は、水素、ハロゲン、または炭素数6以下の芳香族もしくは脂肪族置換基を表わし、互いに同一または異なっていてもよく、Ar1〜Ar4は、水素、ハロゲン、または炭素数30以下の芳香族置換基を表わし、互いに同一または異なっていてもよい。)
本発明における発光層は、ホスト材料と発光ドーパント材料から形成されていることが好ましい。また、必要に応じてキャリア輸送性の補助ドーパント材料が含有されていてもよい。発光ドーパント材料としては、一重項発光材料であってもよいし、三重項発光材料(燐光発光材料)であってもよい。
【0033】
本発明の有機EL表示装置は、上記本発明の有機EL素子を用いたことを特徴としており、例えば、以下の有機EL表示装置が挙げられる。
【0034】
本発明に従うボトムエミッション型の有機EL表示装置は、陽極と陰極に挟まれた素子構造を有する有機EL素子と、表示画素毎に対応した表示信号を有機EL素子に供給するための能動素子が設けられたアクティブマトリックス駆動基板とを備え、有機EL素子をアクティブマトリックス駆動基板の上に配置し、陰極及び陽極のうち基板側に設けられる電極を透明電極としたボトムエミッション型の有機EL表示装置であって、有機EL素子が、陽極と陰極の間に発光層を含む複数の有機層が配置され、発光層と陰極の間に有機層として電子輸送層が配置された有機EL素子であり、電子輸送層が、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体を含み、電子輸送層の膜厚が5nm以下であることを特徴としている。
【0035】
本発明に従うトップエミッション型の有機EL表示装置は、陽極と陰極に挟まれた素子構造を有する有機EL素子と、表示画素毎に対応した表示信号を有機EL素子に供給するための能動素子が設けられたアクティブマトリックス駆動基板と、該アクティブマトリックス駆動基板と対向して設けられる透明な封止基板とを備え、有機EL素子をアクティブマトリックス駆動基板と封止基板の間に配置し、陰極及び陽極のうち封止基板側に設けられる電極を透明電極としたトップエミッション型の有機EL表示装置であって、有機EL素子が、陽極と陰極の間に発光層を含む複数の有機層が配置され、発光層と陰極の間に有機層として電子輸送層が配置された有機EL素子であり、電子輸送層が、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体を含み、電子輸送層の膜厚が5nm以下であることを特徴としている。
【0036】
有機EL素子が白色発光の素子である場合、カラーフィルターが配置されていることが好ましい。ボトムエミッション型の有機EL表示装置の場合、アクティブマトリックス駆動基板と有機EL素子の間にカラーフィルターが配置されていることが好ましい。また、トップエミッション型の有機EL表示装置の場合、封止基板と有機EL素子の間にカラーフィルターが配置されていることが好ましい。
【0037】
トップエミッション型の表示装置の場合、有機EL素子で発光した光は、アクティブマトリックスが設けられている側と反対側の封止基板から出射される。一般にアクティブマトリックス回路は多数の層を積層して形成するものであり、ボトムエミッション型の場合はこのようなアクティブマトリックス駆動基板の存在により出射光が減衰するが、トップエミッション型の場合、このようなアクティブマトリックス回路による影響を受けることなく光を出射することができる。
【0038】
本発明の発光装置は、上記本発明の有機EL素子を用いたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、低い駆動電圧と長い輝度半減寿命を得ることができ、寿命特性を低下させることなく、消費電力を低減することができる。また、本発明によれば、複数の発光層を有する白色発光素子などにおいて、発光色を制御することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
図1は、本発明に従う有機EL素子の一実施例の素子構造を示す断面図である。陽極1の上には正孔輸送層2が設けられており、正孔輸送層2の上に発光層3が設けられている。発光層3の上には、電子輸送層4が設けられており、電子輸送層4の上には陰極5が設けられている。陰極5が負に、陽極1が正になるように陽極1と陰極5の間に電圧を印加することにより、陰極5から電子が、陽極1から正孔が複数の有機層(正孔輸送層2、発光層3及び電子輸送層4)内に注入され、発光層3内で電子と正孔が再結合することにより有機化合物が励起され、励起された有機化合物が基底状態に戻る際に発光する。
【0042】
本発明においては、電子輸送層4を、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体から形成しているので、有機EL素子における電子輸送特性を改善することができ、駆動電圧を低減することができる。また、電子輸送層の膜厚を5nm以下としているので、過剰な電子注入を抑制し、長い輝度半減寿命が得られる。
【0043】
また、発光層3が複数の発光層を積層して構成される場合には、発光色を制御することができる。従って、オレンジ色発光層と青色発光層を積層することにより構成される白色発光層などにおいて、所望の白色発光を得ることができる。
【0044】
〔有機層の膜厚の測定法〕
以下の各実施例及び各比較例において、有機層の膜厚は、以下のような水晶振動子モニターを用いた方法により測定した。
【0045】
すなわち、蒸着装置に備え付けられた水晶振動子によってモニターしながら、例えば100nmの厚みの有機膜を作製する。この有機膜の実際の膜厚を、エリプソメータにより測定する。エリプソメータに代えてAFMまたは触針法により測定してもよい。
【0046】
測定により得られた実際の膜厚が、100nmから大きくずれていた場合には、水晶振動子を制御する膜厚計のツーリングファクターを較正することによって調整し、実際の膜厚に近い値が測定できるようになる。このような操作を、蒸着装置により形成する全ての種類の有機層に対して行う。このような較正を行った後、有機層の膜厚を水晶振動子でモニターしながら薄膜を形成することにより、一般に5%以内の誤差で膜厚をモニターすることができる。例えば、較正された水晶振動子でモニターしながら10nmの厚みの有機膜を成膜した場合、10±0.5nm程度の範囲内で形成することができる。
【0047】
一例として、NPBからなる正孔輸送層の場合の、較正前及び較正後の水晶振動子による膜厚のモニター値及びエリプソメータによる測定値を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示すように、較正前においては、水晶振動子でモニターした膜厚が100nmの場合、エリプソメータで測定すると、その膜厚は123nmであった。この場合の水晶振動子のツーリングファクターは35%であった。そこで、ツーリングファクターを43%に較正し、較正後水晶振動子モニターで100nmとなるようにNPB膜を形成し、形成後エリプソメータで膜厚を測定したところ101nmとなった。このようにして、水晶振動子のツーリングファクターを較正することによって、有機層の膜厚を水晶振動子で測定することが可能になる。
【0050】
〔青色発光素子の作製〕(実施例1〜4及び比較例1〜7)
発光層3として青色発光層を用いた、図1に示す構造を有する有機EL素子を作製した。
【0051】
ITO(インジウム錫酸化物)膜が形成されたガラス基板の上に、フルオロカーボン(CFx)層を形成し、ITO/CFxからなる陽極の上に、NPBからなる正孔輸送層(膜厚150nm)を形成した。
【0052】
NPBは、N,N′−ジ(ナフタセン−1−イル)−N,N′−ジフェニルベンジジンであり、以下の構造を有している。
【0053】
【化3】

【0054】
NPBからなる正孔輸送層の上に、青色発光層を形成した。青色発光層は、ホスト材料としてTBADNを用い、青色発光ドーパントとして1重量%のTBPを用いて形成した。青色発光層の厚みは表2に示す通りである。
【0055】
TBADNは、2−ターシャリー−ブチル−9,10−ジ(2−ナフチル)アントラセンであり、以下の構造を有している。
【0056】
【化4】

【0057】
TBPは、2,5,8,11−テトラ−ターシャリー−ブチルペリレンであり、以下の構造を有している。
【0058】
【化5】

【0059】
各実施例及び各比較例においては、青色発光層の上に、表2に示す材料からなる電子輸送層を、表2に示す厚みで形成した。次に、電子輸送層の上に、陰極(LiF/Al)を形成した。従って、各有機EL素子は、以下に示す積層構造を有している。
【0060】
ITO/CFx/NPB(膜厚150nm)/TBADN+1%TBP(表2に示す膜厚)/電子輸送層(表2に示す膜厚)/LiF/Al
なお、フルオロカーボン層は、CHF3ガスのプラズマ重合により形成した。フルオロカーボン層以外の各層は蒸着法により形成した。
【0061】
電子輸送層の形成に用いた各材料は以下の通りである。
【0062】
Alqは、トリス−(8−キノリラト)アルミニウム(III)であり、以下の構造を有している。
【0063】
【化6】

【0064】
DBzAは、9,10−ビス(4−(6−メチルベンゾチアゾール−2−イル)フェニル)アントラセンであり、特許文献1に開示された公知の有機化合物である。DBzAは以下の構造を有している。
【0065】
【化7】

【0066】
PyPySPyPyは、2,5−ビス(2′,2″−ビピリジン−6−イル)−1,1−ジメチル−3,4−ジフェニルシラシクロペンタジエンであり、非特許文献3に開示された公知の有機化合物である。PyPySPyPyは、以下の構造を有している。
【0067】
【化8】

【0068】
作製した各有機EL素子について、色度、駆動電圧、発光効率、及び輝度半減寿命を測定し、測定結果を表2に示した。なお、色度、駆動電圧、及び発光効率は、20mA/cm2で駆動させた時の値である。また、輝度半減寿命は、80mA/cm2で駆動させて測定した。
【0069】
【表2】

【0070】
表2に示すように、比較例1に比べて、比較例2の駆動電圧は低くなっており、発光効率が向上している。これは、電子輸送層の材料をAlqからDBzAに代えたことによって、電子注入が大幅に向上したためである。電子注入が増加したことにより、発光効率が向上するメカニズムは、以下のように説明される。
【0071】
すなわち、Alqを用いた比較例1の素子は、電子注入に比べ、正孔注入が過剰であり、正孔と電子のバランスが悪いので、発光効率が低くなっている。これに対し、DBzAを電子輸送層に用いた比較例2の素子においては、正孔と電子のバランスが改善され、発光効率が向上したものと考えられる。
【0072】
比較例2〜4においては、電子輸送層の材料としてDBzAを用い、従来用いられてきた膜厚の範囲で電子輸送層の膜厚を変化させている。このような膜厚の範囲では、駆動電圧や輝度半減寿命に大きな変化は認められない。
【0073】
これに対し、本発明に従い、電子輸送層の膜厚を5nmにした実施例1及び2においては、駆動電圧は比較例2〜4に比べて高くなっているが、輝度半減寿命が大幅に向上している。これは、電子注入が抑制されたため、正孔輸送層に到達する電子の量が減少したためであると考えられる。実施例1及び2においては、比較例2〜4に比べ、駆動電圧が上昇してしまうが、従来電子輸送層の材料として一般的に用いられているAlqを用いた比較例1と比べると、駆動電圧が低減されており、発光効率も高くなっている。
【0074】
比較例5〜7並びに実施例3及び4においては、電子輸送層の材料としてシロール誘導体であるPyPySPyPyを用いている。電子輸送層にPyPySPyPyを用いた場合にも、上記と同様に電子輸送層の膜厚を5nmとすることにより、輝度半減寿命が大幅に向上している。また、電子輸送層にAlqを用いた比較例1に比べ、駆動電圧が低減されており、発光効率が向上している。なお、DBzAを用いた場合に比べ、PyPySPyPyを用いた場合に輝度半減寿命が短くなっているのは、PyPySPyPy自体の安定性に由来しているものと考えられる。
【0075】
図2は、DBzAを用いた電子輸送層の膜厚と、駆動電圧の関係を示している。また、図3は、DBzAを用いた電子輸送層の膜厚と輝度半減寿命との関係を示している。図2及び図3からも明らかなように、本発明に従い電子輸送層の膜厚を5nm以下とすることにより、駆動電圧の若干の上昇を伴うが、輝度半減寿命が大幅に向上する。
【0076】
一般に、有機EL素子においては、有機層の膜厚を薄くすると、駆動電圧が低下するが、本発明においては、逆に駆動電圧が高くなっている。これは以下のような理由であると考えられる。
【0077】
すなわち、一般の有機EL素子において、有機層を薄くすると、電荷が移動する距離が減るため、一般的に電気的な抵抗が下がり、電圧が低下する。これに対し、本発明において電子輸送層に用いているアントラセン誘導体及びシロール誘導体は移動度が十分に高いため、膜厚を減少しても、電気的な抵抗値の減少はそれほど大きくならない。その一方で、膜厚を薄くすることにより、陰極や隣り合う有機層との界面における接触状態が荒れるため、電子注入量が減少し、これによって電圧が高くなるものと思われる。
【0078】
〔白色発光素子の作製〕(実施例5及び比較例8〜9)
発光層として、オレンジ色発光層の上に青色発光層を積層した構造を有する白色発光層を形成した。青色発光素子作製の実施例と同様に、陽極(ITO/CFx)の上に、NPBからなる正孔輸送層(膜厚100nm)を形成し、この上に膜厚50nmのオレンジ色発光層を形成し、その上に膜厚45nmの青色発光層を形成した。オレンジ色発光層は、NPBをホスト材料として用い、20重量%のtBuDPNからなるキャリア輸送性の補助ドーパントと、3重量%のオレンジ色発光ドーパントDBzRから形成した。
【0079】
tBuDPNは、5,12−ビス(4−ターシャリー−ブチルフェニル)ナフタセンであり、以下の構造を有している。
【0080】
【化9】

【0081】
DBzRは、5,12−ビス{4−(6−メチルベンゾチアゾール−2−イル)フェニル}−6,11−ジフェニルナフタセンであり、以下の構造を有している。
【0082】
【化10】

【0083】
青色発光層は、TBADNをホスト材料として用い、10重量%のNPBをキャリア輸送性の補助ドーパントとして含有させ、1重量%の青色発光ドーパントTBPを含有させて形成した。
【0084】
青色発光層の上に、表3に示す材料からなる電子輸送層を、表3に示す厚みとなるように形成し、その上にLiF/Alからなる陰極を形成した。従って、作製した有機EL素子は、以下の積層構造を有している。
【0085】
ITO/CFx/NPB(膜厚100nm)/NPB+20%tBuDPN+3%DBzR(膜厚50nm)/TBADN+10%NPB+1%TBP(膜厚45nm)/電子輸送層(表3に示す膜厚)/LiF/Al
作製した各有機EL素子について、上記と同様にして、色度、青色発光とオレンジ色発光の発光ピーク強度比(青/オレンジピーク比)、駆動電圧、及び発光効率を測定し、測定結果を表3に示した。なお、駆動電圧は、20mA/cm2における値である。
【0086】
図4は、比較例5及び6の発光スペクトルであり、図6は実施例3の発光スペクトルである。
【0087】
【表3】

【0088】
表3に示す青/オレンジピーク比及び図4から明らかなように、従来の電子輸送材料Alqを用いた比較例8においては、発光色は白色となっているが、駆動電圧が高くなっている。また、DBzAを電子輸送材料として用い、電子輸送層の膜厚を10nmとした比較例9においては、駆動電圧が低くなり、発光効率が高くなっているが、発光色がオレンジ色となっている。これに対し、本発明に従い、DBzAを電子輸送層の材料として用い、かつ電子輸送層の膜厚を5nm以下とした実施例5においては、従来の比較例8よりも駆動電圧が低くなり、発光効率が高くなっており、かつ発光色が白色となっている。これは、膜厚を薄くすることにより、DBzAの強すぎる電子注入特性を抑制し、正孔と電子の再結合領域を調整することによって、発光色を制御できているからであると考えられる。
【0089】
図6は、本発明に従う実施例のボトムエミッション型の有機EL表示装置を示す断面図である。この有機EL表示装置においては、能動素子としてTFTを用いて各画素における発光を駆動している。なお、能動素子としてダイオードなども用いることができる。また、この有機EL表示装置においては、カラーフィルターが設けられている。この有機EL表示装置は、矢印で示しているように基板31の下方に光を出射して表示するボトムエミッション型の表示装置である。
【0090】
図6を参照して、ガラスなどの透明基板からなる基板31の上には、第1の絶縁層32が設けられている。第1の絶縁層32は、例えばSiO2及びSiNXなどから形成されている。第1の絶縁層32の上には、ポリシリコン層からなるチャネル領域20が形成されている。チャネル領域20の上には、ドレイン電極21及びソース電極23が形成されており、またドレイン電極21とソース電極23の間には、第2の絶縁層33を介してゲート電極22が設けられている。ゲート電極22の上には、第4の絶縁層34が設けられている。第2の絶縁層33は、例えばSiNX及びSiO2から形成されており、第3の絶縁層34は、SiO2及びSiNXから形成されている。
【0091】
第3の絶縁層34の上には、第4の絶縁層35が形成されている。第4の絶縁層35は、例えば、SiNXから形成されている。第4の絶縁層35の上の画素領域の部分には、カラーフィルター層7が設けられている。カラーフィルター層7としては、R(赤)、G(緑)、またB(青)などのカラーフィルターが設けられる。カラーフィルター層7の上には、第1の平坦化膜6が設けられている。ドレイン電極21の上方の第1の平坦化膜6にはスルーホール部が形成され、第1の平坦化膜6の上に形成されているITO(インジウムースズ酸化物)からなるホール注入電極8がスルーホール部内に導入されている。画素領域におけるホール注入電極(陽極)8の上には、ホール注入層10が形成されている。画素領域以外の部分においては、第2の平坦化膜9が形成されている。
【0092】
ホール注入層10の上には、本発明に従い積層した発光素子層11が設けられている。発光素子層11は、第2の発光ユニットの上に中間ユニットを介して第1の発光ユニットを積層した本発明に従う構造を有している。発光素子層11の上には、電子輸送層12が設けられ、電子輸送層12の上には、電子注入電極(陰極)13が設けられている。
【0093】
以上のように、本実施例の有機EL素子においては、画素領域の上に、ホール注入電極(陽極)8と、ホール注入層10と、本発明に従う構造を有する発光素子層11と、電子輸送層12と、電子注入電極(陰極)13とが積層されて有機EL素子が構成されている。
【0094】
本実施例の発光素子層11においては、オレンジ色発光層と青色発光層とを積層した発光ユニットを用いているので、発光素子層11からは白色の発光がなされる。この白色の発光は、基板31を通り外部に出射するが、発光側にカラーフィルター層7が設けられているので、カラーフィルター層7の色に応じて、R、GまたはBの色が出射される。単色で発光する素子の場合、カラーフィルター層7はなくてもよい。
【0095】
図7は本発明に従う実施例のトップエミッション型の有機EL表示装置を示す断面図である。本実施例の有機EL表示装置は、矢印で図示しているように基板31の上方に光を出射して表示するトップエミッション型の有機EL表示装置である。
【0096】
基板31から陽極8までの部分は、図6に示す実施例とほぼ同様にして作製されている。但し、カラーフィルター層7は、第4の絶縁層35の上に設けられておらず、有機EL素子の上方に配置されている。具体的には、ガラスなどからなる透明な封止基板10の上にカラーフィルター層7を取り付け、この上にオーバーコート層15をコーティングし、これを透明接着剤層14を介して陽極8の上に貼り付けることにより取り付けられている。また、本実施例では、陽極と陰極の位置を図6に示す実施例とは逆にしている。
【0097】
陽極8として、透明な電極が形成されており、例えば、膜厚100nm程度のITOと膜厚20nm程度の銀とを積層することにより形成されている。陰極13としては、反射電極が形成されており、例えば、膜厚100nm程度のアルミニウム、クロム、または銀の薄膜が形成されている。オーバーコート層15は、アクリル樹脂などにより厚み1μm程度に形成されている。カラーフィルター層7は、顔料タイプのものであってもよいし染料タイプのものであってもよい。その厚みは1μm程度である。
【0098】
発光素子層11から発光された白色光は、封止基板16を通り外部に出射されるが、発光側にカラーフィルター層7が設けられているので、カラーフィルター層7の色に応じてR、GまたはBの色が出射される。本実施例の有機EL表示装置はトップエミッション型であるので、薄膜トランジスタが設けられている領域も画素領域として用いることができ、図6に示す実施例よりも広い範囲にカラーフィルター層7が設けられている。発光素子層11は本発明に従う有機EL素子から形成されており、発光効率の高い発光素子層であるが、本実施例によればより広い領域を画素領域として用いることができるので、発光効率の高い発光素子層の利点を十分に活用することができる。また、複数の発光ユニットを有する発光素子層の形成も、アクティブマトリックスによる影響を考慮せずに行うことができるので、設計の自由度を高めることができる。
【0099】
上記実施例では、封止基板としてガラス板を用いているが、本発明において封止基板はガラス板に限定されるものではなく、例えば、SiO2などの酸化膜やSiNxなどの窒化膜などの膜状のものも封止基板として用いることができる。この場合、素子上に膜状の封止基板を直接形成できるので、透明接着剤層を設ける必要がなくなる。
【0100】
また、図6及び図7に示す有機EL表示装置では、画素領域を設け、表示装置としているが、発光層を全体に設けることにより、本発明の発光装置であるバックライト光源などの有機EL発光装置とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】本発明に従う一実施例の有機EL素子の構造を示す断面図。
【図2】DBzAからなる電子輸送層の膜厚と駆動電圧との関係を示す図。
【図3】DBzAからなる電子輸送層の膜厚と輝度半減寿命との関係を示す図。
【図4】比較例8及び比較例9における発光スペクトルを示す図。
【図5】実施例5における発光スペクトルを示す図。
【図6】本発明に従う実施例のボトムエミッション型の有機EL表示装置を示す断面図。
【図7】本発明に従う実施例のトップエミッション型の有機EL表示装置を示す断面図。
【符号の説明】
【0102】
1…陽極
2…正孔輸送層
3…発光層
4…電子輸送層
5…陰極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極と陰極の間に発光層を含む複数の有機層が配置され、前記発光層と前記陰極の間に前記有機層として電子輸送層が配置された有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記電子輸送層が、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体を含み、前記電子輸送層の膜厚が5nm以下であることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項2】
前記複数の有機層が、単一の発光層を含むことを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項3】
前記複数の有機層が、積層された複数の発光層を含むことを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項4】
前記複数の発光層が、青色発光層とオレンジ色発光層を積層した構造を有し、白色発光することを特徴とする請求項3に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項5】
前記アントラセン誘導体が、一般式(1)で表わされることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化1】

(式中、Rは、炭素数5以下の脂肪族置換基を表わし、アントラセン環上のいずれの置換位置であってもよく、Ar1及びAr2は、水素、ハロゲン、または炭素数30以下の芳香族置換基を表わし、互いに同一または異なっていてもよい。)
【請求項6】
前記シロール誘導体が、一般式(2)で表わされることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化2】

(式中、R1及びR2は、水素、ハロゲン、または炭素数6以下の芳香族もしくは脂肪族置換基を表わし、互いに同一または異なっていてもよく、Ar1〜Ar4は、水素、ハロゲン、または炭素数30以下の芳香族置換基を表わし、互いに同一または異なっていてもよい。)
【請求項7】
前記電子輸送層が、前記複数の有機層のうち前記陰極に最も近い有機層であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子を用いたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス表示装置。
【請求項9】
陽極と陰極に挟まれた素子構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子と、表示画素毎に対応した表示信号を前記有機エレクトロルミネッセンス素子に供給するための能動素子が設けられたアクティブマトリックス駆動基板とを備え、前記有機エレクトロルミネッセンス素子を前記アクティブマトリックス駆動基板の上に配置し、前記陰極及び前記陽極のうち前記基板側に設けられる電極を透明電極としたボトムエミッション型の有機エレクトロルミネッセンス表示装置であって、
前記有機エレクトロルミネッセンス素子が、前記陽極と前記陰極の間に発光層を含む複数の有機層が配置され、前記発光層と前記陰極の間に前記有機層として電子輸送層が配置された有機エレクトロルミネッセンス素子であり、
前記電子輸送層が、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体を含み、前記電子輸送層の膜厚が5nm以下であることを特徴とする請求項8に記載の有機エレクトロルミネッセンス表示装置。
【請求項10】
陽極と陰極に挟まれた素子構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子と、表示画素毎に対応した表示信号を前記有機エレクトロルミネッセンス素子に供給するための能動素子が設けられたアクティブマトリックス駆動基板と、該アクティブマトリックス駆動基板と対向して設けられる透明な封止基板とを備え、前記有機エレクトロルミネッセンス素子を前記アクティブマトリックス駆動基板と前記封止基板の間に配置し、前記陰極及び前記陽極のうち前記封止基板側に設けられる電極を透明電極としたトップエミッション型の有機エレクトロルミネッセンス表示装置であって、
前記有機エレクトロルミネッセンス素子が、前記陽極と前記陰極の間に発光層を含む複数の有機層が配置され、前記発光層と前記陰極の間に前記有機層として電子輸送層が配置された有機エレクトロルミネッセンス素子であり、
前記電子輸送層が、アントラセン誘導体及び/またはシロール誘導体を含み、前記電子輸送層の膜厚が5nm以下であることを特徴とする請求項8に記載の有機エレクトロルミネッセンス表示装置。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子を用いたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス発光装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−36127(P2007−36127A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−221103(P2005−221103)
【出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(000001889)三洋電機株式会社 (18,308)
【Fターム(参考)】