説明

有機スズの分解・除去方法

【課題】 現在環境汚染の原因となっているトリブチルスズ、トリメチルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解し、その毒性を低減し得る、有機スズ化合物の分解・除去方法や、トリブチルスズ、トリメチルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解することができる微生物を提供すること。
【解決手段】 トリブチルスズのみを炭素源とする田代式無機培地で長崎港より採取した砂地を培養し、生き残った菌を単離して得た30クローンについての解析を行った。その結果、アシネトバクター・ヘモリチカス菌がトリブチルスズ、トリメチルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解し、その毒性を低減し得ることを見い出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリブチルスズ等の有機スズの分解・除去方法や、有機スズ除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)に関する。
【背景技術】
【0002】
環境ホルモンとも呼ばれる内分泌攪乱物質はヒトも含めた生態系の様々な生物に内分泌系の変調を及ぼすことで、地球の生物環境を大いに危機に追いやっていると言われている。有機スズ化合物は1940年代にポリ塩化ビニルの安定剤として使用されていた。環境ホルモンとしての疑いがもたれているトリブチルスズ(TBT)は、スズ原子(Sn)にブチル基(C−)が3つ結合した化合物で、酢酸塩、塩化物、リノール酸塩などの種類が知られており、農・漁業、製紙・製材・塗料製造事業で殺菌剤、防黴剤、防汚剤として、8000t/年で用いられてきた(例えば、非特許文献1参照)が、魚類を含む各種の生物への生殖器異常の原因物質としてトリブチルスズが懸念されるようになった結果、その使用は平成2年から禁止され、全国的な環境調査(水質、底質、生物)が毎年行われている。このように、TBTやトリフェニルスズなどの有機スズ化合物は、水棲生物に対して強い毒性を有する上に、生体内への蓄積性が高く、難分解性であるため、沿岸海域における魚類や海草類などの生体濃縮による汚染が大きな社会問題となっている。このため、わが国を始め、諸外国は、有機スズ含有船底防汚塗料の使用を規制しているが、まだ使用を規制していない国々も多く、有機スズ化合物による海域汚染の問題は、依然として解決されていない。
【0003】
有機スズ化合物を分解して無害化することは、環境保全の観点から非常に重要である。しかし、水に難溶性である有機スズ化合物は微生物に難分解性であることから、微生物による有機スズ化合物の分解・除去方法に関する報告は数少ないが、現在環境汚染の原因となっているトリフェニルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解してその毒性を低減し得る、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌が生産するシデロフォアを活性成分としてなる有機スズ化合物分解剤(例えば、特許文献1参照)が提案されている。
【0004】
その他、TBT化合物を特異的に分解する酵素を産生する識別のための表示Halomonas sp. HB−NまたはHalomonas sp. HA−Tの菌株を前記菌株の培養可能な条件に調整した被測定試料に加え、単離生成した無機化合物SnClをICP発光分析計で測定し、被測定試料中のTBT化合物定量するTBT化合物の定量分析法(例えば、特許文献1参照)が知られている。
【0005】
【特許文献1】特開2001−352994号公報
【特許文献2】特開2004−301602号公報
【非特許文献1】Fent,K 1996.Organotin compounds in municipal westewater and swage sludge:contamination,fate in treatment process and ecotoxicological consequencens.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
長崎港は有機スズ化合物の含有濃度が40ng/g湿重を上回るほど高いことが環境省調査で明らかにされている。本発明の課題は、現在環境汚染の原因となっているTBT、トリメチルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解し、その毒性を低減し得る、有機スズ化合物の分解・除去方法や、TBT、トリメチルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解することができる微生物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため、有機スズを浄化あるいは無毒化するミクロ海洋生物の発掘を目的とした研究を鋭意行った。一般に、土壌中の有害物質は自然浄化作用とも呼ばれる未知の微生物の働きによって分解されると考えられるが、有害物質にさらされた環境では通常の菌は死滅もしくは増殖を停止し、耐性を獲得した菌や分解能を獲得した菌が生き残ることが予想され、有用菌をより多く含むことが期待される。そこで、TBTのみを炭素源とする田代式無機培地で長崎港より採取した砂地を培養し、生き残った菌を単離して得たクローンについての解析を行った。その結果、アシネトバクター・ヘモリチカス菌がTBT、トリフェニルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解し、その毒性を低減し得ることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は、(1)アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する有機スズ化合物資化性菌を、有機スズ存在下で培養することを特徴とする有機スズ化合物の分解・除去方法や、(2)アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する有機スズ化合物資化性菌が、アシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)であることを特徴とする上記(1)記載の有機スズ化合物の分解・除去方法や、有機スズ化合物が、トリメチルスズ、トリエチルスズ、トリプロピルスズ、TBT、及びトリフェニルスズから選ばれる1種以上の有機スズ化合物であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の有機スズ化合物の分解・除去方法に関する。
【0009】
また本発明は、(3)有機スズ化合物の分解・除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)や、(4)有機スズ化合物が、トリメチルスズ、トリエチルスズ、トリプロピルスズ、TBT、及びトリフェニルスズから選ばれる1種以上の有機スズ化合物であることを特徴とする上記(3)記載のアシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、現在環境汚染の原因となっているTBT、トリフェニルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解し、その毒性を低減し得る、有機スズ化合物の分解・除去方法や、TBT、トリフェニルスズなどの有機スズ化合物を効果的に分解することができる微生物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の有機スズ化合物の分解・除去方法としては、アシネトバクター属に属する有機スズ化合物資化性菌を、有機スズ化合物存在下で培養する方法であれば特に制限されるものではなく、上記アシネトバクター属に属する有機スズ化合物資化性菌として、アシネトバクター・ヘモリチカスを好適に例示することができる。また、上記有機スズ化合物としては、トリメチルスズ、トリエチルスズ、トリプロピルスズ、TBT、及びトリフェニルスズから選ばれる1種以上の有機スズ化合物を挙げることができ、例えば、トリメチルスズとトリフェニルスズの混在下に上記有機スズ化合物資化性菌を培養してもよい。
【0012】
有機スズ化合物資化性菌の培養条件としては、有機スズ化合物資化性菌が増殖する条件であれば特に制限されず、例えば、好気的条件下で、好ましくは液体培地による振盪培養法、静置培養法、撹拌培養法などによって培養することができる。上記液体培地には、炭素源として、グルコース、デンプン、糖蜜などを用いることができ、また、窒素源として、イースト、大豆粉、小麦胚芽、コーンスティープリカー、落花生粉、綿実粉、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、硫酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、尿素等を使用できる。その他、必要に応じ、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、コバルト、リン酸等の無機塩類を添加することもできる。培養温度は、通常20〜30℃、好ましくは25〜28℃の範囲であり、また培養pHは、通常6.5〜8.0、好ましくは7.2〜7.6の範囲である。そして、培養期間は培地や培養条件などによって異なるが、一般に2〜15日間、好ましくは2〜10日程度である。
【0013】
本発明の微生物としては、有機スズ化合物の分解・除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカスであれば特に制限されず、トリメチルスズ、トリエチルスズ、トリプロピルスズ、TBT、及びトリフェニルスズから選ばれる1種以上の有機スズ化合物の分解・除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカスを好適に例示することができる。有機スズ化合物の分解・除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカスは、例えば、TBTのみを炭素源とする田代式無機培地で、長崎港より採取した砂地等のTBT含有土壌を培養し、生残した菌を単離することにより、不当な実験をすることなく得ることができる。実際、長崎港周辺の3地点(小菅町、戸町、西泊町)より採取した砂地のうち2カ所(戸町及び小菅町)から、トリブチルスズ分解・除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカスを得ることができている。また、TBTやトリメチルスズに対して優れた分解・除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカスT1株は長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子薬理学教室において保管されており、一定の条件下分譲されるようになっている。
【0014】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
(トリブチルスズ分解菌の単離培養と菌体の生化学的及び遺伝子学的同定)
長崎港周辺の3地点(小菅町、戸町、西泊町)より採取した砂地(1〜2g)を、トリブチルスズ(TBT;和光純薬工業株式会社製:0.1%)のみを炭素源とした以下に示す田代式無機培地(pH7.4)で1週間振盪培養(25℃)を行った。1週間後増殖してきた菌体の一部を分取し、新たに調製したTBTのみを炭素源とした田代式無機培地にて1週間振盪培養(25℃)を行った。同様の操作をもう一度繰り返し、計3回の操作によって増殖してくる菌をスクリーニングした。増殖した菌体を単離する目的で、菌体を含む培養液の一部を、0.1%TBTを塗布した田代式無機寒天培地に塗布し、7〜10日後にコロニーを形成する微生物のクローン30個を得た。TBT分解菌の単離培養の概要を図1に示す。
【0016】
得られた30クローンについて、グラム染色及びカタラーゼ試験をあらかじめ実施した。次ぎに、微生物の資化性を調べるために必要な95種類の炭素源と、酸化還元発色試薬が、乾燥状態でマイクロプレートの個々のウエルに充填されているバイオログシステム(株式会社GSIクレオス)を利用した。同定するコロニーの懸濁液を分注後、16〜24時間培養するとその代謝反応により呼吸が行われたウエルは発色し、発色は紫色単色で得られるため、プレートリーダーを用いて、染色されたウエルの場所や濃さから、データベースに登録されている既存の菌体情報と比較検討して、菌体を判定した。
【0017】
[田代式無機培地の組成]
CaCl・2HO;34.4mg,MgSO・7HO;0,1g,NHNO;10g,FeCl・6HO;20mg,MnSO・5HO;2mg,CuSO・5H2O;0.1mg,ZnSO・7HO;0.114mg, HBO;0.1μg,CoCl・6HO;0.1mg,NiSO・6HO 0.1μl,KHPO;0.1144g,KHPO;2.964g in MQ1L。
【0018】
(トリブチルスズ分解菌の単離培養と菌体の生化学的及び遺伝子学的同定)
得られた30クローンのうち、後述する環境中TBT除去能の測定において優れたTBT分解能を有するアシネトバクター・ヘモリチカスT1株をLB(Luria-Bertani)培地[Tryptone 10g, Yeast 5g,NaCl 10g in MQ1L]にて18時間培養することで大量に増殖させ、常法に従い、菌体より16SrRNAをコードする遺伝子配列をゲノムDNAより得た。得られた16SrRNAをコードする遺伝子配列を遺伝子配列解析装置(ABI PRISM; 3100 AVANT Genetic Analyzer)によって解析した結果、配列番号1に表される塩基配列を有することがわかった。明らかになった塩基配列を、データベース(The European Ribosomal RNA database, http://www.psb.ugent.be/rRNA/index.html)との比較検討によって菌種の同定を行った。比較検討によってアシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)と92%の相同性を示したことから菌体を同定した。このアシネトバクター・ヘモリチカスT1株グラム染色陽性の桿菌で、白色の菌体色素を生産し、O/Fテスト(酸化的)、カタラーゼ試験(+)、オキシダーゼ試験(+)であった。
【実施例2】
【0019】
(アシネトバクター・ヘモリチカスによる環境中TBT除去能の測定)
実施例1で単離されたアシネトバクター・ヘモリチカス菌をLB培地で18時間振盪培養し増殖させた後、0.1%TBTのみを炭素源とした田代式無機培地中で菌体を12日間振盪培養した。培養液を24時間おきに100μLずつ分取し、分取した培養液を0.5M塩酸で200倍希釈した溶液2mlに、増感剤であるPd/Mgを最終濃度100ppmになるように調製した。調製した培養液に含まれるTBT由来のSn (スズ)の量(吸光度:224.6nm)を原子吸光光度計(AAS: ゼ-マン式, 日立, Z-5010)で224.6nmの吸光度を測定した。224.6nmの吸光度と培養上清中のSn量の関係を図2に示す。また、培養液中のTBTの濃度を培養上清中のSn量から推定した。TBT分解能に優れたアシネトバクター・ヘモリチカスT1株(●)と、対照としてTBT存在下でも生存するもののTBT分解能を持たないアシネトバクター・ヘモリチカスK8株(○)における培養液中のTBT濃度の経時変化を図3に示す。その結果、アシネトバクター・ヘモリチカスT1株による培養液中のTBTの分解・除去は、培養の3日目から認められ、4日目には最初の量の約13%にまで減少することがわかった。
【実施例3】
【0020】
(アシネトバクター・ヘモリチカスT1株のトリメチルスズ含有培地での生育)
アシネトバクター・ヘモリチカスT1株の菌体を含む培養液の一部を、0.1%トリメチルスズ(和光純薬工業株式会社製)を塗布した田代式無機寒天培地に塗布し、7〜10日の培養を室温にて行ったところ、コロニーが確認され菌体が生育していくことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のTBT分解菌の単離培養の概要を示す図である。
【図2】224.6nmの吸光度(原子吸光光度計)と培養上清中のSn量の関係を示す図である。
【図3】本発明のアシネトバクター・ヘモリチカスの培養液中のTBTの濃度を培養上清中のSn量から推定した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する有機スズ化合物資化性菌を、有機スズ化合物存在下で培養することを特徴とする有機スズ化合物の分解・除去方法。
【請求項2】
アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する有機スズ化合物資化性菌が、アシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)であることを特徴とする請求項1記載の有機スズ化合物の分解・除去方法。
【請求項3】
有機スズ化合物が、トリメチルスズ、トリエチルスズ、トリプロピルスズ、トリブチルスズ、及びトリフェニルスズから選ばれる1種以上の有機スズ化合物であることを特徴とする請求項1又は2記載の有機スズ化合物の分解・除去方法。
【請求項4】
有機スズ化合物の分解・除去能を有するアシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)
【請求項5】
有機スズ化合物が、トリメチルスズ、トリエチルスズ、トリプロピルスズ、トリブチルスズ、及びトリフェニルスズから選ばれる1種以上の有機スズ化合物であることを特徴とする請求項5記載のアシネトバクター・ヘモリチカス(Acinetobacter haemolyticus)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−6816(P2007−6816A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−193532(P2005−193532)
【出願日】平成17年7月1日(2005.7.1)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】