説明

有機光電変換装置およびこれを用いる有機光電変換方法

【課題】 光エネルギを、電気エネルギとして取出すことの可能なエネルギ形態に変換し、かつ電気エネルギとして、取出し可能に蓄積することのできる有機光電変換装置、およびこれを用いる有機光電変換方法を提供することである。
【解決手段】 有機光電変換装置10において、溶液11は、フラーレン類縁体17と、エレクトロンドナー18とを溶質として含有する。筐体13は、溶液11に対する酸素の溶解の阻止および許容を選択的に切換可能である。また筺体は、前記溶液11に対する酸素の溶解が阻止された状態で、溶液11に対する光の照射を許容する。アノード電極14は、フラーレン類縁体17のアニオンからの電子を取出すための電極であり、カソード電極16は、前記溶液11に電子を供給するための電極である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機分子を用い、照射される光のエネルギを電気エネルギに変換する有機光電変換装置およびこれを用いる有機光電変換方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来技術にかかる有機光電変換装置として、酸化亜鉛薄膜から成る透明電極と、フラーレンを含む複数種類の物質から選ばれる有機光伝導性媒質とを積層して形成される有機太陽電池が知られる(たとえば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−136315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来技術にかかる有機光電変換装置では、光エネルギから電気エネルギに変換することはできるけれども、蓄電池として利用できないという問題点がある。また取出した電気エネルギを蓄電するためには、別途、蓄電のための装置が必要になるという問題点がある。
【0005】
本発明の目的は、光エネルギを、電気エネルギとして取出すことの可能なエネルギ形態に変換し、かつ電気エネルギとして、取出し可能に蓄積することのできる有機光電変換装置、およびこれを用いる有機光電変換方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、フラーレン類縁体と、励起状態のフラーレン類縁体に対して電子を供与するエレクトロンドナーとを溶質として含有する溶液と、
前記溶液を保持するセルと、
前記セルを収容する筺体であって、前記フラーレン類縁体を励起可能な光の前記溶液に対する照射を許容する筺体と、
前記フラーレン類縁体のアニオンからの電子を取出すためのアノード電極と、
前記溶液に電子を供給するためのカソード電極とを含むことを特徴とする有機光電変換装置である。
【0007】
また本発明は、前記エレクトロンドナーは、励起状態の前記フラーレン類縁体に対して不可逆反応によって電子を供与することを特徴とする。
【0008】
また本発明は、前記アノード電極には、分子状酸素を介して電子が供与され、
前記筐体は、前記溶液に対する酸素の溶解の阻止および許容を選択的に切換可能であり、かつ前記溶液に対する光の照射を、溶液に対する酸素の溶解が少なくとも阻止された状態において許容することを特徴とする。
【0009】
また本発明は、前記エレクトロンドナーは、フラーレン類縁体のLUMOに1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体に対して電子を供与可能な物質であることを特徴とする。
【0010】
また本発明は、エレクトロンドナーは、テトラフェニルボレートアニオン、トリフェニルブチルボレートアニオン、およびテトラジアミンエチレンのうちから選ばれる少なくとも1種の物質であることを特徴とする。
【0011】
また本発明は、前記有機光電変換装置を用い、
前記溶液の溶存酸素を脱気する脱気工程と、
前記筐体によって、前記溶液に対する酸素の溶解が阻止された状態で、前記溶液に、前記フラーレン類縁体を励起可能な光を照射する光照射工程と、
前記溶液に、分子状酸素を供給する酸素供給工程とを含むことを特徴とする有機光電変換方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、有機光電変換装置は、溶液と、セルと、筺体と、アノード電極と、カソード電極とを含んで構成される。溶液は、フラーレン類縁体と、エレクトロンドナーとを溶質として含有する。エレクトロンドナーは、励起状態のフラーレン類縁体に対して電子を供与する。セルは、前記溶液を保持し、筺体は、前記セルを収容する。また筐体は、溶液に対する光の照射を許容する。溶液に対する照射が筺体によって許容される光は、前記フラーレン類縁体を励起可能である。アノード電極は、フラーレン類縁体のアニオンからの電子を取出すための電極であり、カソード電極は、前記溶液に電子を供給するための電極である。
【0013】
これによって、溶液に光を照射し、フラーレン類縁体を励起させることが可能となる。したがって、励起状態のフラーレン類縁体に対してエレクトロンドナーから電子を供与し、フラーレン類縁体のアニオンを充分安定に生成することができる。フラーレン類縁体のアニオンは、数百時間以上の寿命を有し安定であるので、電気的に中性かつ基底状態のフラーレン類縁体よりも高エネルギ状態を、数百時間以上にわたって維持することができる。これによって、光照射によって供与されたエネルギを化学エネルギとして蓄積し、電気エネルギとして取出すことが可能となる。これによって光照射によって蓄電することができる。
【0014】
また本発明によれば、エレクトロンドナーは、励起状態のフラーレン類縁体に対して不可逆反応によって電子を供与する。これによって、光照射によってエレクトロンドナーからフラーレン類縁体に対して光誘起電子移動が生じた後、逆電子移動が生じることを阻止することができる。したがって、フラーレン類縁体のアニオンを充分安定に維持することができる。
【0015】
また本発明によれば、アノード電極には、分子状酸素を介して電子が供与される。また筐体は、前記溶液に対する酸素の溶解の阻止および許容を選択的に切換可能であり、かつ溶液に対する酸素の溶解が少なくとも阻止された状態において、溶液に対する光の照射を許容する。これによって、分子状酸素は、電子伝達媒体として機能することができる。分子状酸素は、フラーレン類縁体のアニオンから電子を受容することができ、また空気中に豊富に存在するので、筺体によって溶液に対する環境気体の溶解を阻止または許容することによって、溶液に対する電子伝達媒体の進入の可否を切換えることができる。
【0016】
また本発明によれば、エレクトロンドナーは、フラーレン類縁体のLUMOに1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体に対して電子を供与可能な化学種である。
【0017】
これによって、フラーレン類縁体のアニオンを生成することができる。励起状態のフラーレン類縁体は、仮にLUMOよりも高いエネルギ準位の軌道に電子遷移しても、緩和によってLUMOに1電子遷移した励起状態となるので、LUMOに1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体に対してエレクトロンドナーが電子を供与可能であることによって、フラーレン類縁体のアニオンを生成することができる。
【0018】
また本発明によれば、エレクトロンドナーは、テトラフェニルボレートアニオン、トリフェニルブチルボレートアニオン、およびテトラジアミンエチレンのうちから選ばれる少なくとも1種の化学種である。
【0019】
これによって、フラーレン類縁体のアニオンを生成することができる。テトラフェニルボレートアニオン、トリフェニルブチルボレートアニオン、およびテトラジアミンエチレンは、1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体に対して電子を供与可能な化学種であるので、フラーレンに光照射を行うことによって、フラーレン類縁体に対して電子を供与することができる。
【0020】
また本発明によれば、有機光電変換方法は、前記有機光電変換装置を用い、脱気工程と、光照射工程と、酸素供給工程とを含む。脱気工程では、溶液の溶存酸素を脱気する。光照射工程では、筐体によって、前記溶液に対する酸素の溶解が阻止された状態で、前記溶液に、光を照射する。光照射工程で照射される光は、フラーレン類縁体を励起可能である。酸素供給工程では、前記溶液に、分子状酸素を供給する。
【0021】
これによって、溶液に溶存酸素がほとんどなく、溶液に対する酸素の溶解が阻止された状態で、溶液に光を照射し、フラーレン類縁体を励起させることが可能となる。したがって、励起状態のフラーレン類縁体に対してエレクトロンドナーから電子を供与し、フラーレン類縁体のアニオンを生成することができる。フラーレン類縁体のアニオンは、酸素非存在下では数百時間以上の寿命を有し安定であるので、電気的に中性かつ基底状態のフラーレン類縁体よりも高エネルギな状態を、数百時間以上にわたって維持することができる。これによって、光照射によって供与されたエネルギを化学エネルギとして蓄積し、電気エネルギとして取出すことが可能となる。したがって光照射によって蓄電し、蓄電の後に放電することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の第1実施形態に係る有機光電変換装置10の断面図である。
【図2】本発明の第1実施形態におけるセル12の装置構成を表す図である。
【図3】本発明の第1実施形態におけるセル12の電気化学的な構成を表す図である。
【図4】本発明の第1実施形態に係る有機光電変換装置10の構成を表す図である。
【図5】本発明の第1実施形態において光照射時間の変化に対する溶液11の紫外−可視−近赤外吸収スペクトル28を表す図である。
【図6】本発明の第1実施形態において酸素脱気下および溶存酸素存在下における溶液11の紫外−可視−近赤外吸収スペクトルを表す図である。
【図7】本発明の第1実施形態において、溶液11に光照射を行った後の、溶液11の電子スピン共鳴スペクトル(ESRスペクトル)を表す図である。
【図8】本発明の第1実施形態における有機光電変換方法の工程を表すフローチャートである。
【図9】本発明の第2実施形態に係る有機光電変換装置10において、セル12の電気化学的な構成を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための複数の形態について説明する。以下の説明においては、各形態に先行する形態ですでに説明している事項に対応している部分には同一の参照符を付し、重複する説明を略す場合がある。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、先行して説明している形態と同様とする。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。またそれぞれの実施形態は、本発明に係る技術を具体化するために例示するものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明に係る技術内容は、特許請求の範囲に記載された技術的範囲内において、種々の変更を加えることが可能である。以下の説明は、有機光電変換装置10および有機光電変換方法についての説明を含む。
【0024】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係る有機光電変換装置10の断面図である。図1(a)は、有機光電変換装置10を側方Yから見て、筐体13の一部を切り欠いて示しており、図1(b)は、有機光電変換装置10を後方X2から見て、筐体13の一部を切り欠いて示している。図2は、本発明の第1実施形態におけるセル12の装置構成を表す図である。図3は、本発明の第1実施形態におけるセル12の電気化学的な構成を表す図である。有機光電変換装置10は、有機分子を用い、照射される光のエネルギを電気エネルギに変換する装置である。
【0025】
第1実施形態において、有機光電変換装置10は、溶液11と、セル12と、筺体13と、アノード電極14と、カソード電極16とを含んで構成される。溶液11は、フラーレン類縁体17と、エレクトロンドナー18とを溶質として含有する。エレクトロンドナー18は、励起状態のフラーレン類縁体17に対して不可逆反応によって電子を供与する。セル12は、前記溶液11を保持し、筺体13は、前記溶液11を収容する。また筐体13は、溶液11に対する酸素の溶解の阻止および許容を選択的に切換可能である。また筺体は、前記溶液11に対する酸素の溶解が阻止された状態で、溶液11に対する光の照射を許容する。溶液11に対する照射が筺体13によって許容される光は、前記フラーレン類縁体17を励起可能である。アノード電極14は、フラーレン類縁体17のアニオンからの電子を取出すための電極であり、カソード電極16は、前記溶液11に電子を供給するための電極である。アノード電極14には、分子状酸素を介して電子が供与される。
【0026】
有機光電変換装置10は、セル12を含み、セル12は、溶液11を保持する。セル12は筺体内に配置され、アノード電極14、カソード電極16および仕切板15を含む。アノード電極14およびカソード電極16は、一部に水相20を含む電極として構成される。セル12には、油相19と水相20とが形成され、油相19と水相20とは、仕切板15によって仕切られている。仕切板15には、油相19側の空間と水相20側の空間とを連通する連通孔21が1つ以上形成される。仕切板15の厚み、および連通孔21の大きさは、油相19および水相20が、表面張力によって互いの境界に界面を形成するように設定される。また第1実施形態では、連通孔21を塞ぐ部材が設けられ、連通孔21による油相19および水相20間の連通と、この連通の阻止とを切換可能に設定される。
【0027】
第1実施形態において有機光電変換装置10は、振動のない環境下で載置される。具体的には、連通孔21の内径は、およそ1mm程度に形成されてもよい。筐体13には、さらにゴム脚22が形成され、筐体13を床面に載置したときには、床面に対してゴム脚22が接触して配置され、ゴム脚22によって、外部から筐体13に伝達される振動を抑制する。
【0028】
油相19には、カソード電極16の一部が浸漬され、水相20には、アノード電極14の一部が浸漬される。油相19は、フラーレンC60(以下「C60」と称する)と、テトラフェニルボレートとを溶質として含有し、ニトロベンゼンを溶媒として含む。他の実施形態では、溶媒は、オルトジクロロベンゼンであってもよい。第1実施形態において油相19中のC60は1ミリモーラ(millimoles per litter, 略号「mM」または「mmol/dm」)とした。テトラフェニルボレートのカウンタカチオンは、テトラオクチルアンモニウムとした。他の実施形態においてテトラフェニルボレートのカウンタカチオンは、テトラブチルアンモニウムであってもよい。油相19中において、テトラフェニルボレートおよびそのカウンタカチオンは、支持電解質としての機能をも有する。
【0029】
第1実施形態においてフラーレン類縁体17は、フラーレンC60であるものとしたけれども、フラーレン類縁体17は、これに限定するものではない。たとえば、フットボール形のC78,C96など多くの種類のフラーレンのいずれでもよく、また芳香族の有機溶媒に溶解可能な低級のカーボンナノチューブであってもよい。溶媒中で永続的に分散できれば、コロイドを成すものであってもよい。
【0030】
図3において、各物質は化学式または略称によって示している。NaTPBは、ナトリウム テトラフェニルボレートを表し、TOATPBは、テトラオクチルアンモニウム テトラフェニルボレートを意味している。また各相において括弧内には溶媒を示す。NBは、ニトロベンゼンを表し、Wは水を表している。
【0031】
油相19に一部が浸漬されているカソード電極16は、塩橋23によって塞がれたガラス管を有し、軸線をほぼ鉛直方向Zに配置されたガラス管の内部空間のうち下方Z2には、10mMの塩化リチウム(LiCl)と10mMのテトラフェニルボレートのナトリウム塩とを含む水の相が配置され、内部空間の下方Z2は塩橋23によって塞がれる。ガラス管の内部空間のうち上方Z1には、10mMの塩化リチウム(LiCl)を含む水の相が配置される。またこのカソード電極16のガラス管の内部には、表面に塩化銀(AgCl)の膜が形成された銀製の針金が配置される。
【0032】
油相19に対して仕切板15を介して隣接する水相20には、アノード電極14の一部が浸漬され、アノード電極14は、塩橋23によってふさがれたガラス管を有する。ガラス管は、軸線をほぼ鉛直方向Zに配置され、内部空間には10mMの塩化リチウム(LiCl)を含む水の相が配置される。またアノード電極14の内部には、表面に塩化銀(AgCl)の膜が形成された銀製の針金が配置される。
【0033】
図4は、本発明の第1実施形態に係る有機光電変換装置10の構成を表す図である。図4(a)は、上方Z1から見て筐体13の一部を切り欠いて示した断面図であり、図4(b)は、後方X2から見た側面図であり、図4(c)は、底面図である。図4(a)は、有機光電変換装置10を、図4(b)に示す切断面線S1−S1で切断して見た断面図である。図4において、セル12から光路構成体24に向かう向きを前方X1とし、反対の向きを後方X2とする。有機光電変換装置10は、光照射部をさらに含んで構成される。光照射部は、図示していない光源と、光源からセル12までの光路を構成する光路構成体24とを含む。光路は、筐体13外から筐体13内への光の透過を許容するけれども、筐体13外の環境気体が筐体13内に進入することは阻止されている。光源は、たとえばキセノンフラッシュ(Xeフラッシュ)を用いることができる。
【0034】
本実施形態では、セル12を透過した光は、後方X2に設けられた光線通過窓26を透過して筐体13外において、その波長スペクトルを観測できるように構成されている。光線通過窓26は、たとえば無色透明なサファイアによって形成される。これによって、筐体13内を真空にしても、環境気体の圧力、ここでは大気圧に耐えることができる。筐体13には、気体流通用コネクタ27が形成され、気体流通用コネクタ27を通路として、筐体13内の気体を出し入れすることができる。
【0035】
エレクトロンドナー18は、フラーレン類縁体17のLUMO(lowest unoccupied
molecular orbital)に1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体17に対して電子を供与可能な化学種である。C60の基底状態の分子が光照射されると励起状態となり、励起エネルギの分、高エネルギな状態となる。励起エネルギΔEは、「(最も長波長側の吸収スペクトルのピークの波長(nm)+最も短波長側の蛍光スペクトルのピークの波長(nm))/2」の値に対応する。これを「励起波長(nm)」と称すると、励起エネルギΔE(eV)は、
ΔE(eV)=1240/励起波長(nm) …(1)
式(1)のように算出される。
【0036】
励起に寄与する電子遷移については、ストークスシフトの現象があるので、最も短波長側の蛍光スペクトルのピークの波長は、最も長波長側の吸収スペクトルのピークの波長以上である。C60の最も長波長側の吸収スペクトルのピークの波長は、650nm付近であるので、C60の励起エネルギΔEは、少なくとも1.9eV以上である。C60の還元電位は、フェロセン/フェロセンラジカルカチオンを参照電極としたときに、およそ−0.98eV(トルエン/アセトニトリル中)である。したがって、フェロセン/フェロセンラジカルカチオン基準で酸化電位が0.97eV以上である分子は、エレクトロンドナー18となり得る。
【0037】
フェロセン/フェロセンラジカルカチオンを参照電極としたときの酸化還元電位をx(eV)とすると、Ag/AgNOを参照電極としたときの酸化還元電位は、x+0.238(eV)となり、カロメル電極(saturated calomel electrode, 略称「SCE」)を参照電極としたときの酸化還元電位は、x+0.528(eV)となり、Ag/AgClを参照電極としたときの酸化還元電位は、x+0.571(eV)となり、標準水素電極(normal hydrogen electrode, 略称「NHE」)を参照電極としたときの酸化還元電位は、x+0.77(eV)となる。
【0038】
図5は、本発明の第1実施形態において光照射時間の変化に対する溶液11の紫外−可視−近赤外吸収スペクトル28を表す図である。図6は、本発明の第1実施形態において酸素脱気下および溶存酸素存在下における溶液11の紫外−可視−近赤外吸収スペクトルを表す図である。図6において、図5の隆起したスペクトルに類似するスペクトル29は、酸素脱気下における溶液11のスペクトルを表し、図5の隆起前のスペクトルに類似するスペクトル30は、溶存酸素存在下における溶液11のスペクトルを表す。図7は、本発明の第1実施形態において、溶液11に光照射を行った後の、溶液11の電子スピン共鳴スペクトル(ESRスペクトル)を表す図である。図7には、酸素脱気下および溶存酸素存在下における溶液11のESRスペクトルを表している。図7において、紙面上方に示されたESRスペクトル31は、酸素脱気下における溶液11のESRスペクトルを表し、紙面下方に示されたESRスペクトル32は、溶存酸素存在下における溶液11のESRスペクトルを表す。
【0039】
エレクトロンドナー18は、テトラフェニルボレートアニオン、トリフェニルブチルボレートアニオン、およびテトラジアミンエチレンのうちから選ばれる少なくとも1種類の化学種である。たとえば、「J.Chem.Soc.,PERKIN Trans.2,1999,551−556,Konishi,and Ito etal」には、励起状態のC60に対してテトラフェニルボレートアニオンから電子移動が生じたのち、テトラフェニルボレートは、ビフェニルおよびトリフェニルボロンに変換されることが示唆されている。
【0040】
60に対して電子供与したのちのテトラフェニルボレートは、C60に対して付加することも考えられるけれども、C60に対して大きな割合でフラーレンC60のラジアルアニオン(C60・−)の生成が確認され、かつ数百時間という時間変化に対して安定なC60・−が観測されるので、C60に対する何らかの化学種の付加は、分量としてわずかであるものと予想される。
【0041】
図5に示すように、酸素脱気下において、油相19に対する光照射を長くすれば長くするほどC60・−に特有の吸収スペクトルの増大が確認される。図6に示すように、酸素脱気下という状態を維持すれば、C60・−に特有の吸収スペクトルも数百時間という寿命で維持される。しかし酸素をバブリングなどによって混入させると、C60・−に特有の吸収スペクトルは、減衰し消滅する。また図7に示すように、酸素脱気下という状態を維持すれば、C60・−に特有のESRスペクトルも数百時間という寿命で維持される。しかし酸素をバブリングなどによって混入させると、C60・−に特有のESRスペクトルは、減衰し消滅する。
【0042】
図8は、本発明の第1実施形態における有機光電変換方法の工程を表すフローチャートである。第1実施形態における有機光電変換方法は、前記有機光電変換装置10を用い、脱気工程と、光照射工程と、酸素供給工程とを含む。脱気工程では、溶液11の溶存酸素を脱気する。光照射工程では、筐体13によって、前記溶液11に対する酸素の溶解が阻止された状態で、前記溶液11に、光を照射する。光照射工程で照射される光は、フラーレン類縁体17を励起可能である。酸素供給工程では、前記溶液11に、分子状酸素を供給する。
【0043】
本処理は、前述の有機光電変換装置10を準備し、外部からの光が溶液11に照射されない状態を維持した状態で開始される。さらに第1実施形態においては、前記連通孔21が塞がれることによって、油相19と水相20との接触が阻止された状態で開始される。本処理開始後、ステップa1脱気工程に移行し、酸素脱気を行う。脱気工程では、真空ポンプによって筐体13内の気体を筐体13外に吸引し筐体13内の気体の圧力を小さくする低圧化段階と、窒素およびアルゴンなどの不活性ガスを筐体13内に供給する圧力復帰段階とを繰返すことによって、セル12に保持される溶液11の溶存酸素を除去する。
【0044】
次にステップa2の光照射工程に移行し、セル12に対して光照射を行う。光照射工程では、光照射部、すなわち光源と光路構成体24とを用いてセル12に対して光照射し、C60のラジカルアニオンを発生させる。この状態で、光エネルギが化学エネルギとして蓄積される。これは、後述するように電気エネルギとして取出すことができるので、この状態は、蓄電された状態である。
【0045】
次にステップa3の連通工程に移行し、連通孔21を塞ぐ部材を除去することによって、油相19と水相20との接触を許容する。連通孔21が複数形成される場合には、連通工程よりも前の状態では、連通孔21を塞ぐ部材は全ての連通孔21を塞ぐことによって、油相19と水相20との接触を阻止している。連通工程では、少なくとも1つ、全部または一部の連通孔21を塞ぐ部材を除去することによって、油相19と水相20とを接触させる。これによって、油相19と水相20との界面において起電力が発生する。
【0046】
次にステップa4の酸素供給工程に移行し、溶液11に酸素を供給する。酸素は、筐体13の外部空間の酸素を含む気体、すなわち空気の、筐体13内への進入を許容することによって溶液11の酸素濃度を上昇させてもよいけれども、さらに積極的に、空気をバブリングする、あるいは酸素をバブリングすることによって、溶液11の酸素濃度を上昇させてもよい。また酸素は、油相19に溶存するように供給されても構わないけれども、水相20に溶存させることが重要であり、水相20の溶存酸素が、C60・−からの電子を効率よく受容する。
【0047】
酸素供給工程において、溶液と大気中の空気との接触は、調整可能に制御される。溶存酸素などC60・−からの電子を受容するエレクトロンアクセプタの濃度を調整することは、C60・−などフラーレン類縁体17のアニオンの酸化反応の速度を調整するためには重要である。
【0048】
酸素供給工程が行われると、有機光電変換装置10では、アノード電極14に電子が供与され、溶液11には、カソード電極16を経て電子が供給される。C60・−は、分子状酸素の還元電位よりも高い酸化電位を有するので、C60・−から溶液11に溶存した分子状酸素に電子が供与され、C60は、基底状態の分子に戻り、高エネルギ状態ではなくなる。このようなC60・−からの電子移動は、分子状酸素存在下という条件において自発的に起こる。このような電子移動によって、アノード電極14およびカソード電極16との間に起電力が生じ、蓄電池の放電が行われる。その後、本処理は終了する。
【0049】
ステップa3の連通工程とステップa4の酸素供給工程とでは、第1実施形態においては連通工程を先に行う構成としたけれども、他の実施形態においては、酸素供給工程を連通工程よりも先に行ってもよい。この場合には、連通工程が行われることによって、油相19と水相20との界面において起電力が発生する。
【0050】
60・−から分子状酸素の電子移動は、油相19と水相20との界面において生じる。水相20において電子供与された分子状酸素は、OHがO・−という化学種よりも安定なので、OHとなると考えられる。この反応の化学式は、
60−・+(1/4)O+(1/2)HO→C60+OH …(2)
式(2)のようになる。
【0051】
水相20において溶存酸素は、300μM(micromoles per litter, 略号「μM」)ほどの濃度まで溶解可能であるので、界面を介する電子移動反応を含むけれども、反応速度および電子移動速度は、溶存酸素の濃度を高く設定することによって大きくすることができる。これによって、充分な起電力を確保することができる。
【0052】
第1実施形態によれば、筺体13は、前記溶液11に対する酸素の溶解が阻止された状態で、溶液11に対する光の照射を許容する。これによって、溶液11に対する酸素の溶解が阻止された状態で、溶液11に光を照射し、フラーレン類縁体17を励起させることが可能となる。したがって、励起状態のフラーレン類縁体17に対してエレクトロンドナー18から電子を供与し、フラーレン類縁体17のアニオンを生成することができる。フラーレン類縁体17のアニオンは、酸素非存在下では数百時間以上の寿命を有し安定であるので、電気的に中性かつ基底状態のフラーレン類縁体17よりも高エネルギな状態を、数百時間以上にわたって維持することができる。これによって、光照射によって供与されたエネルギを化学エネルギとして蓄積し、電気エネルギとして取出すことが可能となる。これによって光照射によって蓄電することができる。
【0053】
また第1実施形態によれば、エレクトロンドナー18は、励起状態のフラーレン類縁体17に対して不可逆反応によって電子を供与する。これによって、光照射によってエレクトロンドナー18からフラーレン類縁体17に対して光誘起電子移動が生じた後、逆電子移動が生じることを阻止することができる。したがって、フラーレン類縁体17のアニオンを充分安定に維持することができる。
【0054】
また第1実施形態によれば、アノード電極14には、分子状酸素を介して電子が供与される。これによって、分子状酸素は、電子伝達媒体として機能することができる。分子状酸素は、フラーレン類縁体17のアニオンから電子を受容することができ、また空気中に豊富に存在するので、筺体によって溶液11に対する環境気体の溶解を阻止または許容することによって、溶液11に対する電子伝達媒体の進入の可否を切換えることができる。
【0055】
また第1実施形態によれば、エレクトロンドナー18は、フラーレン類縁体17のLUMOに1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体17に対して電子を供与可能な物質である。これによって、フラーレン類縁体17のアニオンを生成することができる。励起状態のフラーレン類縁体17は、仮にLUMOよりも高いエネルギ準位の軌道に電子遷移しても、緩和によってLUMOに1電子遷移した励起状態となるので、LUMOに1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体17に対してエレクトロンドナー18が電子を供与可能であることによって、フラーレン類縁体17のアニオンを生成することができる。
【0056】
また第1実施形態によれば、エレクトロンドナー18は、テトラフェニルボレートアニオン、トリフェニルブチルボレートアニオン、およびテトラジアミンエチレンのうちから選ばれる少なくとも1種類の化学種である。これによって、フラーレン類縁体17のアニオンを生成することができる。テトラフェニルボレートアニオン、トリフェニルブチルボレートアニオン、およびテトラジアミンエチレンは、1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体17に対して電子を供与可能な化学種であるので、フラーレンに光照射を行うことによって、フラーレン類縁体17に対して電子を供与することができる。
【0057】
また第1実施形態によれば、脱気工程では、溶液11の溶存酸素を脱気する。光照射工程では、筐体13によって、前記溶液11に対する酸素の溶解が阻止された状態で、前記溶液11に、光を照射する。光照射工程で照射される光は、フラーレン類縁体17を励起可能である。酸素供給工程では、前記溶液11に、分子状酸素を供給する。
【0058】
これによって、溶液11に溶存酸素がほとんどなく、溶液11に対する酸素の溶解が阻止された状態で、溶液11に光を照射し、フラーレン類縁体17を励起させることが可能となる。したがって、励起状態のフラーレン類縁体17に対してエレクトロンドナー18から電子を供与し、フラーレン類縁体17のアニオンを生成することができる。フラーレン類縁体17のアニオンは、酸素非存在下では数百時間以上の寿命を有し安定であるので、電気的に中性かつ基底状態のフラーレン類縁体17よりも高エネルギな状態を、数百時間以上にわたって維持することができる。これによって、光照射によって供与されたエネルギを化学エネルギとして蓄積し、電気エネルギとして取出すことが可能となる。したがって光照射によって蓄電し、蓄電の後に放電することができる。
【0059】
さらに第1実施形態によれば、放電が開始されるよりも前の段階において、連通孔21は、塞がれた状態で維持される。これによって、光照射によってC60・−が生成しても、油相19と水相20とが接触することは阻止されているので、水分子もC60・−からの電子を受容するエレクトロンアクセプタとして機能することが阻止され、C60・−を長時間、安定に維持することができる。したがって、蓄電状態を安定に保つことができる。
【0060】
第1実施形態において前述したように、光誘起電子移動によって生成したC60・−からの電子を受容するエレクトロンアクセプタとして、分子状酸素は効率よく電子を受容する。C60・−からの電子を受容するエレクトロンアクセプタとしては、水分子も寄与している可能性があり、光誘起電子移動よりも後段の電子移動においては、さらに他の種類の化学種がエレクトロンアクセプタとして機能している可能性もある。
【0061】
またフラーレン類縁体17のアニオンからの電子は、分子状酸素に供与されるけれども、フラーレン類縁体17以外の化学種に対して電子移動が生じた後、その化学種を経て分子状酸素または水分子に電子移動が生じる構成であっても構わない。光誘起電子移動よりも後段における電子移動の経路に関して限定するものではない。
【0062】
(第2実施形態)
図9は、本発明の第2実施形態に係る有機光電変換装置10において、セル12の電気化学的な構成を表す図である。第2実施形態に係る有機光電変換装置10は、第1実施形態に係る有機光電変換装置10に類似しており、以下、第1実施形態に対する第2実施形態の相違点を中心に説明する。
【0063】
第2実施形態に係る有機光電変換装置10において、セル12中の油相19は、第1実施形態と同様である。水相20においては、支持電解質として10mMテトラブチルアンモニウムクロライドを含む。アノード電極14は、表面に塩化銀(AgCl)の膜が形成された銀製の電極とする。カソード電極16は、白金(Pt)とする。これによっても、油相19において第1実施形態と同様の光誘起電子移動反応を起こすことができる。水相20における酸素濃度を可及的に低く設定した状態では、C60・−の化学種を維持することができ、水相20中の溶存酸素の濃度を上昇させると、分子状酸素を介して放電が行われる。
【0064】
(変形例)
アノード電極14およびカソード電極16は、第1および第2実施形態に示した実施形態に限定するものではない。たとえば、第1および第2実施形態では、油相19に対して界面を介して接触する水相20を利用したけれども、他の実施形態では、水相20を省略し、アノード電極14としてp型半導体を、カソード電極16としてn型半導体を利用してもよい。また第1および第2実施形態においてテトラフェニルボレートおよびそのカウンタカチオンは、支持電解質としての機能をも有したけれども、たとえば、ヨウ化銅(CuI)を支持電解質とすることもできる。
【0065】
また第1および第2実施形態において、光誘起電子移動よりも後段の電子の受容体、特にC60・−からの電子の受容体を、分子状酸素とする構成について説明したけれども、電子を受容するエレクトロンアクセプタは、分子状酸素に限定するものではない。必要となる起電力に応じて水分子およびその他の種類の分子を移用することも可能である。
【符号の説明】
【0066】
10 有機光電変換装置
11 溶液
12 セル
13 筺体
14 アノード電極
15 仕切板
16 カソード電極
17 フラーレン類縁体
18 エレクトロンドナー
19 油相
20 水相
21 連通孔
22 ゴム脚
23 塩橋
24 光路構成体
26 光線通過窓
27 気体流通用コネクタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレン類縁体と、励起状態のフラーレン類縁体に対して電子を供与するエレクトロンドナーとを溶質として含有する溶液と、
前記溶液を保持するセルと、
前記セルを収容する筺体であって、前記フラーレン類縁体を励起可能な光の前記溶液に対する照射を許容する筺体と、
前記フラーレン類縁体のアニオンからの電子を取出すためのアノード電極と、
前記溶液に電子を供給するためのカソード電極とを含むことを特徴とする有機光電変換装置。
【請求項2】
前記エレクトロンドナーは、励起状態の前記フラーレン類縁体に対して不可逆反応によって電子を供与することを特徴とする請求項1に記載の有機光電変換装置。
【請求項3】
前記アノード電極には、分子状酸素を介して電子が供与され、
前記筐体は、前記溶液に対する酸素の溶解の阻止および許容を選択的に切換可能であり、かつ前記溶液に対する光の照射を、溶液に対する酸素の溶解が少なくとも阻止された状態において許容することを特徴とする請求項1または2に記載の有機光電変換装置。
【請求項4】
前記エレクトロンドナーは、フラーレン類縁体のLUMOに1電子遷移した励起状態のフラーレン類縁体に対して電子を供与可能な物質であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載の有機光電変換装置。
【請求項5】
エレクトロンドナーは、テトラフェニルボレートアニオン、トリフェニルブチルボレートアニオン、およびテトラジアミンエチレンのうちから選ばれる少なくとも1種の物質であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の有機光電変換装置。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか1つに記載の有機光電変換装置を用い、
前記溶液の溶存酸素を脱気する脱気工程と、
前記筐体によって、前記溶液に対する酸素の溶解が阻止された状態で、前記溶液に、前記フラーレン類縁体を励起可能な光を照射する光照射工程と、
前記溶液に、分子状酸素を供給する酸素供給工程とを含むことを特徴とする有機光電変換方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−103218(P2011−103218A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−257554(P2009−257554)
【出願日】平成21年11月10日(2009.11.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(591081321)紀本電子工業株式会社 (19)
【Fターム(参考)】