有機分子(シッフ塩基分子)内包繊維状アルミナ自立膜とその製造法、及びこの複合膜による水中の遷移金属イオン検出法・回収法
【課題】 有機分子(シッフ塩基分子)内包複合体とその製造法、及びこの複合体による水中の遷移金属イオン検出法・回収方法を提供する。
【解決手段】 有機分子(シッフ塩基)とアスペクト比30〜5000のアルミナナノ粒子から構成される複合体であって、その複合体の比表面積及び細孔容量が、有機分子を内包する前の自立膜の比表面積100m2/g以上、細孔容量0.05cm3/g以上と比べ、それぞれ10m2/g以下、0.01cm3/g以下である、有機分子内包複合体、各種形態を有する繊維状アルミナ自立膜の加熱脱水と、真空環境下で有機分子を気化させて、スリット状の細孔に当該有機分子を高密度かつ複合体全体に渡って均質に吸着・充填させる、有機分子内包複合体の製造方法、及び遷移金属イオン検知法・回収方法。
【効果】 上記複合体は、例えば、水中に溶解した遷移金属イオンを検知する遷移金属イオン検知法として有用である。
【解決手段】 有機分子(シッフ塩基)とアスペクト比30〜5000のアルミナナノ粒子から構成される複合体であって、その複合体の比表面積及び細孔容量が、有機分子を内包する前の自立膜の比表面積100m2/g以上、細孔容量0.05cm3/g以上と比べ、それぞれ10m2/g以下、0.01cm3/g以下である、有機分子内包複合体、各種形態を有する繊維状アルミナ自立膜の加熱脱水と、真空環境下で有機分子を気化させて、スリット状の細孔に当該有機分子を高密度かつ複合体全体に渡って均質に吸着・充填させる、有機分子内包複合体の製造方法、及び遷移金属イオン検知法・回収方法。
【効果】 上記複合体は、例えば、水中に溶解した遷移金属イオンを検知する遷移金属イオン検知法として有用である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有する有機分子内包複合体に関するものであり、更に詳しくは、有機分子(シッフ塩基分子)内包繊維状アルミナ自立膜とその製造法、及びこの複合体による水中の遷移金属イオン検出法・回収法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
繊維状アルミナ水和物、自立膜、細孔利用に関して、種々の事例が報告されている。先行技術として、例えば、短径が1−10nm、長径が100−10000nmの繊維状もしくは針状の形状を有するアルミナ水和物粒子が溶液中に分散したアルミナゾル及びその製造法(特許文献1)、が提案されている。また、他の先行技術として、上記特許に記載の繊維状もしくは針状の形状を有するアルミナ水和物粒子を基にした、繊維方向が揃った自立膜及びその製造法(特許文献2)、が提案されている。
【0003】
また、更に、他の先行技術として、繊維状もしくは針状アルミナ水和物により形成される配向自立膜には、繊維間にナノサイズ空孔が形成されること、この空孔には、種々の有機物(液晶物質、導電性高分子、タンパク質などの生体高分子、蛍光物質)を導入可能であること(特許文献3)、が示されている。
【0004】
従来技術では、上述のように、繊維状アルミナの製造(特許文献1)、そして、繊維が配向した自立膜の製造(特許文献2)、が実現された。更には、自立膜の平行に並んだ繊維間に形成されるナノ細孔に種々の有機分子を担持するためナノ空間場として、この自立膜は有用であること、そして有機物を担持した自立膜は、無機−有機コンポジット物質であること(特許文献3)、が示された。
【0005】
しかし、これまで、有機物をナノ空間場に担持することにより、どのような効果・機能が具体的に得られるかは提示されていなかった。また、その機能を最大限に引き出すための複合体の最良の形態(膜全体に渡って、膜内のナノ空間場、例えば、スリット状の細孔に有機物を安定かつ高充填した形態)とその製造法も、当然ながら示されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−132519号公報
【特許文献2】特開2010−105846号公報
【特許文献3】特開2010−285315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記特許文献3に例示されていない、最良の形態を得るための新たな手法を検討の上、該特許文献3で示された複合体の更なる高品質化を施した最良の形態を得ることや、この高品質化により得られた複合体の応用展開を図ることを目標として鋭意研究を重ねた結果、有機物の一つとしてシッフ塩基分子を採用し、その光機能性を複合化により高めることで所期の目的を達成することに成功し、本発明を完成するに至った。本発明は、有機物の一つとしてシッフ塩基分子を採用し、その光機能を複合化により高めることを可能とする、有機分子(シッフ塩基分子)内包繊維状アルミナ自立膜とその製造法、及びこの複合膜による水中の遷移金属イオン検出法・回収法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有することを特徴とする有機分子内包複合体。
(2)有機分子(シッフ塩基分子)とアスペクト比30〜5000のアルミナナノ粒子から構成される複合体であって、その複合体の比表面積及び細孔容量が、有機分子を内包する前の自立膜の比表面積100m2/g以上、細孔容量0.05cm3/g以上と比べ、それぞれ10m2/g以下、0.01cm3/g以下である、前記(1)に記載の有機分子内包複合体。
(3)有機分子内包複合膜を構成する繊維状アルミナ自立膜が、自立膜、支持膜、又は更に膜を粉末・ペレット状に成形した形状である、前記(1)又は(2)に記載の有機分子内包複合体。
(4)膜が、スリット状の細孔を有する、前記(1)から(3)のいずれかに記載の有機分子内包複合体。
(5)高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有する有機分子内包複合体を製造する方法であって、
各種形態を有する繊維状アルミナ自立膜の加熱脱水と、真空環境下で上記有機分子を気化させて、スリット状の細孔に当該有機分子を高密度かつ複合体全体に渡って均質に吸着・充填させることを特徴とする有機分子内包複合体の製造方法。
(6)紫外光照射による、前記(1)から(4)のいずれかに記載の有機分子内包複合体の発光強度の増大又は減少により、水中に溶解した遷移金属イオンを検知することを特徴とする遷移金属イオン検知法。
(7)上記手法を用いて、Zn2+、Co2+、Mn2+、Eu3+、又はTb3+イオンの場合の発光強度を、2倍以上に増加させる、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(8)上記手法を用いて、Cu2+、Fe2+、又はAg+イオンの場合の発光強度を、1/2以下に減少させる、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(9)上記手法を用いて、発光強度の変化を30分以内に完了させる、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(10)上記手法を用いて、溶液中に含まれるイオン濃度が10−5〜1M(mol/m3)の広範囲のイオンを検出する、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(11)上記手法を用いて、発光強度を増大させるイオン及び減少させるイオンの両種を含んだ場合において、一方を選択的にイオン検出する、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(12)前項において、該当するイオンが、Zn2+及びCu2+であり、Cu2+イオンに対する選択性が高い、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(13)前記(1)から(4)のいずれかに記載の有機分子内包複合体を遷移金属イオンが溶解した水溶液に浸すことにより、遷移金属イオンを、この複合体に高濃度に固定化し、回収する遷移金属イオンの回収方法。
(14)遷移金属イオンが高濃度に固定化されたことを、複合体への紫外光照射による可視光領域での発光の強度の変化によりモニタする、前記(13)に記載の遷移金属イオンの回収方法。
【0009】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
以下、本発明を、繊維状アルミナ自立膜を例に説明を行うが、本発明の有機分子内包複合体を構成する繊維状アルミナ自立膜とは、自立膜、支持膜、支持膜・自立膜を粉砕などして得られる粉末、更には、バインダーで粉末を固めたりしたペレットの形態のものも含むものである。アルミナゾルに含まれる繊維状アルミナ水和物(ベーマイト又は擬ベーマイト)が、直径1〜10nm、長さが100〜10000nm、即ち、アスペクト比が10〜10000である場合に、このアルミナゾルを基板に塗布の上、乾燥させると、支持膜、又は基板からはく離させた場合には、自立膜が形成できる。
【0010】
繊維状アルミナ水和物による繊維状アルミナ自立膜は、透明であり、繊維状アルミナ水和物が互いに平行に配向した場合には、繊維状アルミナ水和物の間隙に0.5〜2.0nmのナノサイズの一次元状の細孔が形成される。本願発明では、この細孔を、スリット状の細孔と定義する。この細孔に、種々の有機性の機能性物質を導入できることを、上記特許文献3では記している。本発明において、繊維状アルミナ自立膜とは、アルミナゾルに含まれる繊維状アルミナ水和物(ベーマイト又は擬ベーマイト)による自立膜を意味する。
【0011】
しかしながら、この文献には、その機能性物質を導入し、複合化することにより、更に、その機能を高めるための複合体としての最良な形態は、具体的に示されていない。そこで、本発明では、有機物として比較的低分子量の有機分子であるシッフ塩基分子を選択し、この分子を、スリット状の細孔に導入することを試み、前述の最良な実施形態を探索した。
【0012】
具体的には、例えば、自立膜の外表面に有機分子がバルク状に凝集・付着しているような状態では、単に有機分子と自立膜の混合状態に過ぎない。混合状態では、自立膜とバルク状有機分子の個々の特性・機能が単に加算的になるだけである。また、部分的に細孔が有機物又は有機分子に満たされた状態では、複合化された機能が十二分に発揮されないことが懸念される。
【0013】
ここで、ガス状、もしくは溶媒に溶けた有機分子単独で有する、又は持ちうる機能(フォトクロミズムや、本願明細書で後述する金属錯体形成、更には、光学非線形特性など)は、バルク状、例えば、結晶状態になると、分子の配列や分子間の立体障害などにより、マクロには失活することが多分にある。故に、分子の1個の特徴・機能が損なわれないことが要求されることが多分にある。
【0014】
しかし、溶媒などに有機分子を分散させた場合、分子同士は互いに独立であるため、機能が損なわれなくとも、溶媒の単位体積あたりに存在する分子の数は、溶解度に依存するものの、一般に、バルク状態と比較し、非常に少なくなる。すると、分子固有の機能の検知もしくは、利用は難しくなる。よって、分子固有の特性を保ちつつ、高密度に分子を配置することができれば、その機能の利用・検知は容易となる。
【0015】
これらのことを背景に、自立膜が有するスリット状の細孔に効率的に有機分子を導入する方法を探索し、細孔に有機分子が十分に満たされた状態を実現することで、以下に示す、単なる混合状態とは異なる複合化による自立膜及び有機分子双方の機能の大幅な向上、又は新規な機能が期待できることが分かった。
【0016】
有機分子を内包する複合体(これを、単に複合膜又は複合自立膜と記載することがある)は、母剤の自立膜が透明であるため、有機分子の光機能性(光吸収・反射・発光)が妨げられることが無い。故に、これらの光機能性を利用した、材料開発が拓かれる。更には、繊維状アルミナ自立膜は、高い比表面積(約300m2/g)・細孔容量(約0.1cm3/g)を有し、細孔サイズは0.5〜20nmである(特許文献2)。故に、原理的には、好適なサイズの細孔を有する自立膜を選択することにより、有機分子を「高密度」にスリット状の細孔内に存在させることができる。
【0017】
ここで、留意すべきこととして、有機分子のサイズよりも小さな細孔を有する自立膜を選択すれば、細孔内に有機分子は導入することができず、一方、有機分子のサイズよりも明らかに大きな細孔を有する自立膜を選択すれば、たとえ、有機分子を細孔内に固定化できたとしても、細孔内壁のみに分子が吸着し、細孔中央が空洞化したりする。
【0018】
逆に、細孔を十分に充填できたとしても、今度は、有機分子同士の相互作用・配列や立体障害により、バルク状の色素分子と同様の機能の失活が起こりかねない。このため、自立膜の細孔サイズと複合化したい有機分子のサイズには、目的とする機能などに応じて最適な関係があることに留意する必要がある。
【0019】
このような予測の元、有機分子として、シッフ塩基分子を例に、具体例を説明する。シッフ(Schiff)塩基分子は、R1R2C=N−R3(R1、R2、R3:有機基)のような構造を有する分子の総称である。本発明の場合では、有機分子に遷移金属イオンを配位結合させることによる、新たな用途開発も目的とする。
【0020】
そのため、本発明では、窒素原子の孤立電子対にd電子やf電子を有する遷移金属イオンが配位結合しうる分子組成・構造を採るものであれば、他のSchiff塩基分子をはじめとする有機分子を何ら排除するものではない。もちろん、有機分子単独での機能を自立膜との複合化によって、より高めるのであれば、芳香族分子などの機能性有機分子も複合自立膜を得るための対象となりうる。
【0021】
ただし、本発明では、その複合自立膜を製造するに当たり、対象の有機分子を加熱・気化させて自立膜の細孔内に吸着させる。そのため、次の点に留意する必要がある。
【0022】
分子量の大きな分子は、一般に、気化しにくい。換言すれば、同じ温度で比べた場合、分子量の小さな分子と比べ、蒸気圧が低くなる傾向がある。よって、高い温度で気化させることが要請されるが、併せて、熱分解(炭化)なども起きうる可能性が高まるため、望ましくは、低い温度で気化しやすい有機分子を選択する必要がある。
【0023】
即ち、高分子量のポリマーや液晶分子、タンパク質などの生体高分子などは、この方法で複合化自立膜作製の対象となることは難しい。このほかの問題点として、吸着させたい有機分子と自立膜との相性も問題となりうる。例えば、有機分子の親水性・疎水性などが上げられる。僅かに加熱しただけで気化しうる有機分子であっても、自立膜との間に引力が働かなければ、細孔内には分子は吸着されないことが予想される。
【0024】
このような条件を満たす有機分子を選択の上、複合膜を作製することが要請される。実際の作製においても、他の留意点に対して、種々の配慮が求められる。具体的には、以下の通りである。
【0025】
繊維状アルミナ自立膜の細孔内には多量の水分子が存在する。これは、繊維状アルミナがベーマイトもしくは擬ベーマイトであることから、繊維の表面に多量の水酸基(−OH)が存在することから当然予測されることである。故に、図1に示すように、この多量の水分子を除去し、更に、水分子の再吸着が起きない環境にて、有機分子を水分子に代わり、細孔内に充填・固定化する必要がある。
【0026】
このようにして得られた複合体は、従来の技術(特許文献3)と比べ、自立膜の細孔が完全に有機分子により充填されるため、自立膜そのものの均一性(即ち、繊維状アルミナの直径や長さの均一性、更には、繊維状アルミナの配向性)の範囲内において、自立膜全体に渡って、一様な充填が期待される。
【0027】
さて、このようにして得られた複合膜において、内包する有機分子によって紫外光や可視光による励起によって可視もしくは近赤外領域に発光が観測される場合、その分子の発光スペクトルは、固体状態、溶液状態、細孔内固定状態では、それぞれが置かれる環境が異なるため、その形状や強度(量子効率)が異なることが一般に起きうる。しかし、それ以外にも、発光強度の環境による違いが起きうる。
【0028】
これらは、分子の置かれた環境が異なるために生じることであるが、遷移金属イオンが有機分子に配位結合すれば、それは同じく分子の置かれた環境を変化させることになる。この変化は、当然発光スペクトルを始めとする種々の光学的測定情報に反映される。故に、言い換えるならば、発光スペクトルの強度、形状などを観測することにより、有機分子に遷移金属イオンが配位したかどうかが分かる。
【0029】
特に、有機分子がその同程度もしくは若干大きなサイズを有する制限された空間にあれば、当然ながら、溶液や気相中の孤立分子状態、及び分子同士が互いに相互作用する最近接状態である固体状態と異なる。遷移金属イオンが有機分子に配位しようとした場合、溶液中では容易に各分子に配位できるのに対し、固体(結晶)では、分子間の隙間はほとんど無いため、固体の内部まで遷移金属イオンが浸透していくことは困難である。
【0030】
そのため、遷移金属イオンが配位できるのは、結晶表面付近の分子に限られる。一方、上述の繊維状アルミナ水和部の間隙に形成されるスリット状の細孔に有機分子が存在する場合、分子間は、若干距離が離れ、また、細孔サイズが分子よりも若干大きければ、遷移金属イオンが細孔内の隙間を通って、各分子に配位できることが期待できる。
【0031】
このような環境場を現実に構築できれば、高密度に有機分子が存在しつつも、各分子に遷移金属イオンが配位できる。その結果、多数の分子の環境変化に伴い、種々の光学特性が大きく変化し、容易にその変化量を検知できることになる。
【0032】
このような予測に基づき、本発明者らは、鋭意努力し、後記する実施例に示すシッフ塩基分子を繊維状アルミナ自立膜に高充填状態で安定的に存在させた複合自立膜を作製することに成功した。更に、遷移金属イオンを含む水溶液に、この複合自立膜を浸すことにより、シッフ塩基分子への遷移金属イオンの配位に伴う発光強度が変化する現象を見いだした。
【0033】
この現象により、溶液中に微量に存在する遷移金属イオンを検知することが可能となった。また、水溶液中の微量遷移金属イオンの検知が可能となった。つまり、上記複合自立膜は、自立膜中のシッフ塩基分子に遷移金属イオンが選択的に配位することから、遷移金属イオンが希薄に分散した水溶液から複合自立膜内に遷移金属イオンを高濃度に捕捉・安定化させる、回収技術に利用することも可能となった。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、次のような効果が奏される。
1)野外での定性的な遷移金属イオンの分析を行う場合、軽量・簡便・高感度・迅速という利点を有する遷移金属イオンの分析手法を提供することができる。
2)また、本発明の有機分子内包複合体は、環境に対して負荷がかかったり、毒性を有するものではなく、また、ユビキタス元素で構成されるため、安価に製造することが期待される。
3)本発明は、高効率で遷移金属イオンを捕捉し、それが発光強度の変化として現れることから、近年の希土類元素などのレア・アース元素がイオン状態かつ低濃度で分散する溶液から対象とするイオンを高濃度に固定化し、回収する技術にも転用ができる。
4)十分に高濃度化したかどうかは、発光強度の増減で判断することが可能である。
5)遷移金属イオンを捕捉、検知するシッフ塩基分子を内包するアルミナ自立膜は、従来の半導体産業にて製造されるようなセンサー(デバイス)と比べ、低温度・低真空環境にて製造される。つまり、小さな投入エネルギーにて上述の機能を有するシッフ塩基分子を内包するアルミナ自立膜を製造可能である利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】アルミナ繊維配向自立膜に存在する細孔に、色素分子を導入する方法を模式的に示す図である。図の上方の写真は、透過電子顕微鏡によるアルミナ繊維の配向を示し たものである。
【図2】図中、(a)は、用いたシッフ塩基分子(ST分子)の分子構造(2種類の構造異性体が共存)を示し、(b)は、溶液中にて一価(M+)及び二価(M2+)遷移金属イオンがST分子に配位した錯体を示す。
【図3】色素分子とアルミナ繊維配向自立膜による複合膜の製造行程を示す。図中、A〜Dは、以下の事項を表わす。A:ガラス管内に存在するアルミナ繊維配向膜を真空排気しながら、電気炉にて加熱し、細孔内に存在する水分子を除去する過程。B:不活性ガス充填グローブボックス内にて脱水したアルミナ繊維配向膜の入ったガラス管に、色素分子のバルクを入れた後、大気にガラス管を出した状態。C:ガラス管内に存在する不活性ガスを排気の上、真空下でガスバーナーにてガラス管を封じている状態。D:真空環境のガラス管内に封じられた脱水アルミナ繊維配向膜とバルク状態の色素分子を、電気炉にて、ガラス管全体を加熱している状態。加熱により気化した色素分子は、アルミナ繊維配向膜の細孔内に吸着され、配向膜が着色される。
【図4】図3の行程にて合成された複合膜の写真を示す。図中、(a)は、室内光の元で撮影したものであり、(b)は、同じ膜を、暗中にて、紫外線ランプ照射による発光を撮影したものである。
【図5】アルミナ膜(破線)、アルミナ−シッフ塩基複合膜(実線)の−196℃における窒素ガス吸着・脱離等温線を示す。
【図6】繊維状アルミナ自立膜(Pure alumina film)とST分子を含む複合膜(ST−grafted alumina film)のXRDパターンを示す。
【図7】繊維状アルミナ自立膜における超低角XRDパターンを示す。図中、(a)は、作製直後の自立膜であり、(b)は、300℃の加熱脱水を施したものであり、(c)は、ST分子を導入した複合自立膜である。測定は、これらの膜を粉砕し、粉末状にして行った。
【図8】シッフ塩基分子による発光スペクトルを示す。励起波長は、350nmである。図中、Aは、アルコール溶液中、Bは、アルミナ膜中、Cは、粉末結晶状態のものである。
【図9】紫外線ランプ光照射下での発光の様子の写真を示す。図中、(a)は、シッフ塩基内包アルミナ複合膜をZn2+イオンを0.1M含む水溶液に浸した時の発光スペクトルの液浸時間依存性であり、(b)は、Zn2+水溶液に浸す前後での発光である。
【図10】発光強度の時間変化を示す。図中、(a)は、アルコール溶媒に溶かした場合であり、(b)は、結晶状態のシッフ塩基分子を共にZn2+イオン濃度0.1Mの水溶液に入れた場合である。
【図11】複合膜での発光強度増大メカニズムの模式図を示す。図中、(a)は、結晶相ST分子にZn2+イオンが配位した様子であり、(b)は、複合膜中のST分子にZn2+が配位する様子である。
【図12】発光スペクトルの時間依存性を表わす、発光強度の増強割合を示す。図中、(a)は、1M、(b)は、10μMのZn2+水溶液にシッフ塩基分子−アルミナ複合自立膜を浸した場合の発光スペクトルの時間依存性を表わす。(c)は、各Zn2+水溶液濃度に複合膜を浸した時の発光強度の増強割合(浸す前を基準とする)を表わす。
【図13】濃度0.1MのCu2+水溶液にシッフ塩基分子−アルミナ複合自立膜を浸した場合の発光スペクトルの時間依存性を示す。
【図14】種々の遷移金属イオンを濃度0.1Mで含む水溶液に複合膜を30分浸した前後での発光強度の変化を示す。浸漬前の発光強度を1として規格化してある。
【発明を実施するための形態】
【0036】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0037】
[発明の実施の形態及び実施例]
比較的高効率で発光し、かつ遷移金属イオンを配位結合でトラップできる色素分子として、シッフ塩基分子を選択した。本願発明では、その実施例として、図2の(a)に示す分子構造を有するN−salicylidene−p−toluidine(以下ST分子と略記)分子を用いた。ST分子には、構造異性体が存在し、溶媒中では平衡状態で両者が共存することがある。
【0038】
シッフ塩基分子は、その名を定義する炭素と窒素の二重結合を有する分子であるが、窒素原子の孤立電子対にd又はf電子を有する遷移金属イオンが配位可能である。溶液中のST分子では、一価もしくは二価の遷移金属イオンに対しては、図2の(b)のような錯体分子を形成する。このような特性を有するST分子を、繊維状アルミナ水和物の自立膜に気相導入することにより、複合膜とするが、それは、以下の実施例に示す手順にて行った。
【実施例1】
【0039】
<複合膜の作製>
繊維状アルミナ水和物の配向自立膜は、特許文献2(特開2010−105846号公報)に従って作製した。この自立膜は、まだ、その細孔内に多数の物理吸着水を有するため、図3のAに模式図を示した形態にて、末端を封じたガラス管に繊維状アルミナ自立膜を入れ、真空減圧下の10−3torrにした状態で、ガラス管を電気炉内に入れて、300℃にて3時間加熱することにより、大部分の水分子を除去した。
【0040】
この操作の後、真空排気側のガラス管に接続されたコックを閉じることにより、真空排気装置からガラス管を取り外しても、繊維状アルミナ自立膜は、大気に暴露させることがないため、脱水状態を維持していた。そして、このガラス管を移動することが可能となった。
【0041】
次に、この脱水した繊維状アルミナ自立膜の入ったガラス管を、高純度(〜6N)のHeガスで満たされたグローブボックス中に導入した。このグローブボックス中にて、このガラス管に、更にST分子の結晶を入れ、図3のBのように、再びコックを閉じることで、グローブボックスからガラス管を出しても、大気に触れることはない状態とした。
【0042】
ただし、この状態では、ガラス管内には、Heガスが約1気圧入っているため、これを、図3のCの要領で、真空排気装置に接続後に、コックを開き、Heガスを排気した。そして、ガスバーナーにてガラス管を溶融封止し、安定的に真空環境を保持できるようにした。
【0043】
この封じたガラス管を、図3のDのように、電気炉内に設置し、80℃に加熱の上、数時間維持することにより、透明であった繊維状アルミナ自立膜は、次に示すように、一様に薄い黄色みがかったオレンジ色を呈した。封じられたガラス管から、得られた複合自立膜を取り出して、写真を撮ったものが、図4の(a)である。
【0044】
一方、暗中にて紫外線ランプを照射すると、図4の(b)のように、作製された複合自立膜は、黄緑色の発光を示した。ここでの特徴は、前述のごとく、図4の(a)では、一様な着色を示し、一方、図4の(b)では、若干、発光が強い箇所がスポット状に複数みられるものの、全く発光が見られない、即ちダークスポットが観測されなかったことである。
【0045】
このことは、光吸収と発光の両面から、ST分子が充填されていない箇所がマクロなレベルでの観察では確認されず、自立膜全体に渡って、ST分子が分布していることが分かる。ただし、これだけでは、自立膜表面に単にST分子が付着している可能性もあり、以下の分析により、ST分子が、実際に、自立膜のスリット状の細孔に安定に存在することが証明された。
【実施例2】
【0046】
<ST分子の自立膜スリット状の細孔への吸着確認>
この複合膜に含まれるST分子の量であるが、シッフ塩基分子吸着前後の重量変化から、脱水自立膜を基準として、おおよそ20wt%と見積もられた。また、ST分子が、自立膜の細孔ではなく、その外表面に主として付着している可能性を排除するため、ST分子を吸着させる前後での液体窒素温度(−196℃)での窒素ガス吸着等温線を測定した。その結果が図5である。
【0047】
ST分子を吸着後の等温線では、高圧側(P/P0が1に近づくにつれて)で窒素の吸着量が負側に入り込んでいるが、これは、装置上の問題であり、本質ではない。また、言い換えれば、それほど僅かの窒素ガスしか吸着しない状態に複合化によって変化していることを物語っている。このデータから、比表面積及び細孔容量を見積もった。
【0048】
P/P0=0.1−0.3の領域で、BETの吸着等温式を用いて、比表面積を見積もると、ST分子吸着前では、比表面積282m2/g、細孔容量0.11cm3/gであり、吸着後は、比表面積3m2/g、細孔容量0.001cm3/gとなった。吸着後に、比表面積、細孔容量ともに大きく減少したのは、スリット状の細孔内にST分子が吸着されたためと結論できる。なお、用いた測定装置は、Micrometrics NOVA3200である。
【実施例3】
【0049】
<ST分子による複合化の前後におけるX線回折データ>
図6は、リガク社製MiniFlex IIにて測定した、自立膜の形態で集中法光学系でのX線回折(XRD)パターンを測定したものである。集中法光学系は、本来、粉末XRDパターンを測定するものであるが、このように、自立膜を測定しても、定性分析においては、若干の原点シフトが生じるのみであるので、以下のデータに対する解釈は変わらない。
【0050】
繊維状アルミナ自立膜(Pure alumina film)のみの場合では、得られたピーク位置は、ベーマイト相により帰属可能であった。一方、複合化した自立膜(ST−grafted alumina film)でも、XRDパターンの全体の強度が、複合化前と比べて下がっているが、パターンに現れるピーク位置は不変であり、ベーマイト相であることが分かる。つまり、複合化の前後において、母材であるアルミナ自立膜を構成する繊維状アルミナの結晶構造に、基本的な差異はない。
【0051】
また、複合自立膜のパターンにおいて、特筆すべき点は、ベーマイト相由来のブロードなピーク以外に、他のピークが現れていない点である。もし、ST分子が自立膜上に留まっていれば、結晶性の鋭いXRDピークが付加的に現れるはずである。故に、このパターンからも、ST分子がスリット状細孔に存在することが、間接的に証明できる。
【0052】
更に、マックサイエンス社MXP−3TZにて、超低角領域のXRDパターンを測定したものが図7である。ここでは、得られた自立膜を粉末状に粉砕した後に、迅速に測定した。2θ〜14°に見られるピークは、図6と共通のベーマイト相による020回折線によるものである。
【0053】
2θ>10°の回折ピークは、繊維状アルミナの内部原子配列に由来するもの、つまり、繊維状アルミナの結晶構造に関する情報であったのに対し、2θ=1〜3°に見られるピークは、平行に配列した繊維状アルミナ同士の関係から来る情報である。簡単に言えば、平行に並んだ隣接繊維状アルミナの中心間距離に対応する情報を含んでいる。低角側にピークが現れる程、隣接繊維状アルミナの中心間距離が大きくなることに対応する。
【0054】
この図での特徴は、自立膜作製直後、脱水後、複合化後で、ピーク位置が2.3→1.7→2.3°と変化することである。スリット状細孔に水分子やST分子を含んでいる場合では、若干、隣接繊維状アルミナの中心間距離は短くなり、殆ど何も含んでいない場合では、隣接繊維状アルミナの中心間距離が開く、と言う変化に、これは、対応している。
【0055】
一方、ピーク強度も、自立膜作製直後、脱水後、複合化後の順で弱→強→弱と変化している。これは、スリット状細孔にX線を散乱する担い手である何らかの物質の存在の有無と関係しており、ピーク強度が低いと言うことは、繊維状アルミナとの電子密度の違いがあまりないことを意味している。このことからも、ST分子は、スリット状細孔に存在していることが明確となった。
【0056】
<FT−IR法による分析>
このほか、FT−IR法(Nicolet社Magna750使用)によっても、ST分子に特徴的なC−O伸縮振動に相当する光吸収が1284cm−1に観測された。このことから、ST分子は、スリット状細孔に導入される際に、熱分解などの劣化を受けていないことが明らかとなった。
【実施例4】
【0057】
<ST分子による発光1(シッフ塩基分子の基本的情報)>
図8は、日立F−2500蛍光分光光度計を用いて測定した、アルコール溶液中のST分子、複合自立膜、粉末結晶状態のST分子による発光スペクトルである。以降の発光スペクトルは、全て同一の蛍光分光光度計にて測定している。複合自立膜中のST分子の発光は、結晶、溶液中のST分子の発光と比べ、両者の中間に位置していた。
【0058】
このことから言えることとして、ST塩基分子は、分解されることなく、自立膜の細孔内に吸着されており、また、その状態は、結晶と分子状態の中間にあることが明らかとなった。ちなみに、結晶状態では、図1のtype Iのみが存在すると言われ、そのため、発光スペクトルのプロファイル形状が、一成分のみによるシンプルなものになっていると考えられる。
【実施例5】
【0059】
<シッフ塩基分子による発光2(Zn2+イオンによる発光強度変化)>
0.1M濃度のZn2+イオンを含む水溶液に、複合自立膜を浸した場合の発光スペクトルの時間変化をプロットしたのが、図9の(a)である。時間経過と共に、発光の強度が増すのが観測された。発光強度は、Zn2+水溶液に浸す前と比べ、おおよそ10倍となった。また、特徴として、発光が最大値に達するのに要する時間は、10分以内であることが分かる。このことは、遷移金属イオンの検知を迅速に行う上で、非常に重要である。
【0060】
この発光強度の増大は、肉眼でも確認可能な程であり、図9の(b)の写真のように、Zn2+水溶液に浸す前と比べて、有意な発光強度差が容易に確認できる。なお、図9の(a)に示すように、発光ピーク波長には、大きな変化は無く、発光の色合いは変化せず、強度だけが増すことが分かった。
【実施例6】
【0061】
<シッフ塩基分子による発光3(分子の環境依存性)>
上述のように、Zn2+イオンが、水溶液中にて、自立膜中のST分子に配位結合することにより、発光強度が増大した。同様の現象は、当然ながら、結晶相、及びアルコール溶液に分散させたST分子の発光スペクトルに対しても、生じる可能性がある。そこで、同様の測定を、両者に対して行ったところ、図10の(a)、(b)の結果を得た。結晶相では、たかだか1〜2割しか発光強度が増大しなかった。
【0062】
一方、ST分子が分散したアルコール溶液を、0.1M濃度のZn2+水溶液に分散させた場合(溶液分散相)では、約10倍の発光強度の増大が確認された。結晶相では、発光強度の変化が少なく、その変化を肉眼などで確認するのは容易ではない。また、ST分子結晶は、疎水性であるため、水溶液に分散しにくく、水溶液の液面に浮きやすいなど、分析指示薬として考えた場合には、扱いが難しい。
【0063】
一方、溶液分散相では、発光強度の相対的増大比率は、自立膜の場合と同等である。しかし、根本的に異なる点として、ST分子のアルコール溶液などへの溶解度が低い、すなわち、溶液中のST分子の量が少ないために、絶対的発光強度が、非常に弱いことが挙げられる。Zn2+イオン検知前の段階で比較すると、ST分子内包複合自立膜と比べ、発光強度は、100分の1以下である。そのため、イオン検知を行う場合、発光強度が増す場合は、観測可能である可能性があるが、後述の発光強度減少によるイオン検知では、実質的不可能である。故に、自立膜を利用したイオン検知法の優位性が示された。
【実施例7】
【0064】
<Zn2+イオンの配位による発光強度増大とST分子の存在形態との相関>
ST分子の結晶は、分子が規則的に配列し、多孔質ではない。故に、図11の(a)のように、結晶表面のみでZn2+イオンの配位が起き、内部では不変であるため、発光強度の増大は、さほど起きなかったと言える。
【0065】
一方、ST分子内包複合自立膜では、前述のように、窒素吸着測定により、比表面積では、3m2/gという結果を得たが、窒素分子よりも小さな分子やイオンは、自立膜内に浸透していくことが可能であると考えられる。
【0066】
また、図7に示すように、超低角のXRDピークは、かなりブロードである。このことは、繊維状アルミナの配向状態の周期が、比較的短いことを物語っている。これは、繊維の太さが均一でなかったり、自立膜を作製する際の乾燥の不均一性とかの多数の要因が考えられる。これらの点は、欠点でなく、利点として見ることができる。
【0067】
ある種の欠陥が、繊維間にあり、図11の(b)に示すように、スリット状の細孔において、Zn2+イオンが細孔と平行方向に拡散して、ST分子に配位するだけでなく、スリット状の細孔と垂直方向からも、Zn2+イオンが拡散する経路をもたらしていると考えられる。故に、図9の(a)に示したように、短時間で、発光が最大強度に達したと予想される。
【実施例8】
【0068】
<ST分子による発光4(発光強度変化のZn2+イオン濃度依存性)>
発光強度が、Zn2+溶液に液浸することで、10倍程度増大するが、遷移金属イオン検知剤としての利用においては、広い範囲での溶液濃度に対応する必要がある。そこで、Zn2+濃度を、10−5〜1Mの範囲で調製した水溶液に、複合自立膜を浸し、発光強度の変化を測定した。
【0069】
その結果が、ここでは、代表として示した10−5及び1Mの場合の、図12の(a)、(b)である。高濃度の方の発光強度の増大は、当然予想される結果であるが、低濃度の10−5Mの場合でも、発光強度は5倍以上増大し、それに要する時間も、たかだか10分であった。中間のZn2+濃度も含めて、発光強度の増大を倍率で示したのが、図12の(c)である。このように、広い領域に渡って、発光強度の大幅な増大が確認された。
【実施例9】
【0070】
<Schiff塩基分子による発光5(発光強度変化の遷移金属イオン種依存性)>
Zn2+イオンでは、発光強度の増大が観測されたが、他の遷移金属イオンで、同様の測定を行い、イオン検知能を評価した。図13に、Cu2+イオン水溶液に複合膜を液浸した場合の、発光スペクトルの時間変化を示す。発光強度は、10分の1未満になった。多種のd電子、f電子を有するイオンにおいて、発光強度の増減を調べた結果、図14のように、分類された。
【0071】
なお、ここでは、元のST分子内包複合自立膜の発光強度を1として規格化し、表示している。この結果を、発光強度の順に並べると、Cu2+<<Ag+〜Fe2+〜Ni2+〜(Cu2++Zn2+)<元のST内包複合自立膜<Mn2+<<Tb3+<<Co2+〜Zn2+〜Eu3+となる。なお、(Cu2++Zn2+)という混合イオンの水溶液の結果については、次に記述する。
【実施例10】
【0072】
<シッフ塩基分子による発光6(混合イオン種依存性)>
発光強度の増大するイオン種と、逆に、減少するイオン種が混合した水溶液に、複合自立膜を液浸した際の発光強度の増減は、遷移金属イオンのST分子に対する配位結合の強さに由来するイオン選択性により、決まる。即ち、イオン選択性の強さを、Zn2+とCu2+イオンが共に0.1Mの濃度で共存する水溶液に対して行った。その結果、明瞭な発光強度の減少が確認され、Cu2+イオンの選択性が高いことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上詳述した通り、本発明は、有機分子(シッフ塩基分子)内包繊維状アルミナ自立膜とその製造法、及びこの複合膜による水中の遷移金属イオン検出法・回収法に係るものであり、本発明により、野外での定性的な遷移金属イオンの分析を行う場合、軽量・簡便・高感度・迅速という利点を有する遷移金属イオンの分析手法を提供することができる。また、本発明の有機分子内包複合体は、環境に対して負荷がかかったり、毒性を有するものではなく、また、ユビキタス元素で構成されるため、安価に製造することが期待される。本発明は、高効率で遷移金属イオンを捕捉し、それが発光強度の変化として現れることから、近年の希土類元素などのレア・アース元素がイオン状態で低濃度で分散する溶液から対象とするイオンを高濃度に固定化し、回収する技術にも転用ができ、十分に高濃度化したかどうかは、発光強度の増減で判断することが可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有する有機分子内包複合体に関するものであり、更に詳しくは、有機分子(シッフ塩基分子)内包繊維状アルミナ自立膜とその製造法、及びこの複合体による水中の遷移金属イオン検出法・回収法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
繊維状アルミナ水和物、自立膜、細孔利用に関して、種々の事例が報告されている。先行技術として、例えば、短径が1−10nm、長径が100−10000nmの繊維状もしくは針状の形状を有するアルミナ水和物粒子が溶液中に分散したアルミナゾル及びその製造法(特許文献1)、が提案されている。また、他の先行技術として、上記特許に記載の繊維状もしくは針状の形状を有するアルミナ水和物粒子を基にした、繊維方向が揃った自立膜及びその製造法(特許文献2)、が提案されている。
【0003】
また、更に、他の先行技術として、繊維状もしくは針状アルミナ水和物により形成される配向自立膜には、繊維間にナノサイズ空孔が形成されること、この空孔には、種々の有機物(液晶物質、導電性高分子、タンパク質などの生体高分子、蛍光物質)を導入可能であること(特許文献3)、が示されている。
【0004】
従来技術では、上述のように、繊維状アルミナの製造(特許文献1)、そして、繊維が配向した自立膜の製造(特許文献2)、が実現された。更には、自立膜の平行に並んだ繊維間に形成されるナノ細孔に種々の有機分子を担持するためナノ空間場として、この自立膜は有用であること、そして有機物を担持した自立膜は、無機−有機コンポジット物質であること(特許文献3)、が示された。
【0005】
しかし、これまで、有機物をナノ空間場に担持することにより、どのような効果・機能が具体的に得られるかは提示されていなかった。また、その機能を最大限に引き出すための複合体の最良の形態(膜全体に渡って、膜内のナノ空間場、例えば、スリット状の細孔に有機物を安定かつ高充填した形態)とその製造法も、当然ながら示されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−132519号公報
【特許文献2】特開2010−105846号公報
【特許文献3】特開2010−285315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記特許文献3に例示されていない、最良の形態を得るための新たな手法を検討の上、該特許文献3で示された複合体の更なる高品質化を施した最良の形態を得ることや、この高品質化により得られた複合体の応用展開を図ることを目標として鋭意研究を重ねた結果、有機物の一つとしてシッフ塩基分子を採用し、その光機能性を複合化により高めることで所期の目的を達成することに成功し、本発明を完成するに至った。本発明は、有機物の一つとしてシッフ塩基分子を採用し、その光機能を複合化により高めることを可能とする、有機分子(シッフ塩基分子)内包繊維状アルミナ自立膜とその製造法、及びこの複合膜による水中の遷移金属イオン検出法・回収法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有することを特徴とする有機分子内包複合体。
(2)有機分子(シッフ塩基分子)とアスペクト比30〜5000のアルミナナノ粒子から構成される複合体であって、その複合体の比表面積及び細孔容量が、有機分子を内包する前の自立膜の比表面積100m2/g以上、細孔容量0.05cm3/g以上と比べ、それぞれ10m2/g以下、0.01cm3/g以下である、前記(1)に記載の有機分子内包複合体。
(3)有機分子内包複合膜を構成する繊維状アルミナ自立膜が、自立膜、支持膜、又は更に膜を粉末・ペレット状に成形した形状である、前記(1)又は(2)に記載の有機分子内包複合体。
(4)膜が、スリット状の細孔を有する、前記(1)から(3)のいずれかに記載の有機分子内包複合体。
(5)高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有する有機分子内包複合体を製造する方法であって、
各種形態を有する繊維状アルミナ自立膜の加熱脱水と、真空環境下で上記有機分子を気化させて、スリット状の細孔に当該有機分子を高密度かつ複合体全体に渡って均質に吸着・充填させることを特徴とする有機分子内包複合体の製造方法。
(6)紫外光照射による、前記(1)から(4)のいずれかに記載の有機分子内包複合体の発光強度の増大又は減少により、水中に溶解した遷移金属イオンを検知することを特徴とする遷移金属イオン検知法。
(7)上記手法を用いて、Zn2+、Co2+、Mn2+、Eu3+、又はTb3+イオンの場合の発光強度を、2倍以上に増加させる、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(8)上記手法を用いて、Cu2+、Fe2+、又はAg+イオンの場合の発光強度を、1/2以下に減少させる、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(9)上記手法を用いて、発光強度の変化を30分以内に完了させる、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(10)上記手法を用いて、溶液中に含まれるイオン濃度が10−5〜1M(mol/m3)の広範囲のイオンを検出する、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(11)上記手法を用いて、発光強度を増大させるイオン及び減少させるイオンの両種を含んだ場合において、一方を選択的にイオン検出する、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(12)前項において、該当するイオンが、Zn2+及びCu2+であり、Cu2+イオンに対する選択性が高い、前記(6)に記載の遷移金属イオン検出法。
(13)前記(1)から(4)のいずれかに記載の有機分子内包複合体を遷移金属イオンが溶解した水溶液に浸すことにより、遷移金属イオンを、この複合体に高濃度に固定化し、回収する遷移金属イオンの回収方法。
(14)遷移金属イオンが高濃度に固定化されたことを、複合体への紫外光照射による可視光領域での発光の強度の変化によりモニタする、前記(13)に記載の遷移金属イオンの回収方法。
【0009】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
以下、本発明を、繊維状アルミナ自立膜を例に説明を行うが、本発明の有機分子内包複合体を構成する繊維状アルミナ自立膜とは、自立膜、支持膜、支持膜・自立膜を粉砕などして得られる粉末、更には、バインダーで粉末を固めたりしたペレットの形態のものも含むものである。アルミナゾルに含まれる繊維状アルミナ水和物(ベーマイト又は擬ベーマイト)が、直径1〜10nm、長さが100〜10000nm、即ち、アスペクト比が10〜10000である場合に、このアルミナゾルを基板に塗布の上、乾燥させると、支持膜、又は基板からはく離させた場合には、自立膜が形成できる。
【0010】
繊維状アルミナ水和物による繊維状アルミナ自立膜は、透明であり、繊維状アルミナ水和物が互いに平行に配向した場合には、繊維状アルミナ水和物の間隙に0.5〜2.0nmのナノサイズの一次元状の細孔が形成される。本願発明では、この細孔を、スリット状の細孔と定義する。この細孔に、種々の有機性の機能性物質を導入できることを、上記特許文献3では記している。本発明において、繊維状アルミナ自立膜とは、アルミナゾルに含まれる繊維状アルミナ水和物(ベーマイト又は擬ベーマイト)による自立膜を意味する。
【0011】
しかしながら、この文献には、その機能性物質を導入し、複合化することにより、更に、その機能を高めるための複合体としての最良な形態は、具体的に示されていない。そこで、本発明では、有機物として比較的低分子量の有機分子であるシッフ塩基分子を選択し、この分子を、スリット状の細孔に導入することを試み、前述の最良な実施形態を探索した。
【0012】
具体的には、例えば、自立膜の外表面に有機分子がバルク状に凝集・付着しているような状態では、単に有機分子と自立膜の混合状態に過ぎない。混合状態では、自立膜とバルク状有機分子の個々の特性・機能が単に加算的になるだけである。また、部分的に細孔が有機物又は有機分子に満たされた状態では、複合化された機能が十二分に発揮されないことが懸念される。
【0013】
ここで、ガス状、もしくは溶媒に溶けた有機分子単独で有する、又は持ちうる機能(フォトクロミズムや、本願明細書で後述する金属錯体形成、更には、光学非線形特性など)は、バルク状、例えば、結晶状態になると、分子の配列や分子間の立体障害などにより、マクロには失活することが多分にある。故に、分子の1個の特徴・機能が損なわれないことが要求されることが多分にある。
【0014】
しかし、溶媒などに有機分子を分散させた場合、分子同士は互いに独立であるため、機能が損なわれなくとも、溶媒の単位体積あたりに存在する分子の数は、溶解度に依存するものの、一般に、バルク状態と比較し、非常に少なくなる。すると、分子固有の機能の検知もしくは、利用は難しくなる。よって、分子固有の特性を保ちつつ、高密度に分子を配置することができれば、その機能の利用・検知は容易となる。
【0015】
これらのことを背景に、自立膜が有するスリット状の細孔に効率的に有機分子を導入する方法を探索し、細孔に有機分子が十分に満たされた状態を実現することで、以下に示す、単なる混合状態とは異なる複合化による自立膜及び有機分子双方の機能の大幅な向上、又は新規な機能が期待できることが分かった。
【0016】
有機分子を内包する複合体(これを、単に複合膜又は複合自立膜と記載することがある)は、母剤の自立膜が透明であるため、有機分子の光機能性(光吸収・反射・発光)が妨げられることが無い。故に、これらの光機能性を利用した、材料開発が拓かれる。更には、繊維状アルミナ自立膜は、高い比表面積(約300m2/g)・細孔容量(約0.1cm3/g)を有し、細孔サイズは0.5〜20nmである(特許文献2)。故に、原理的には、好適なサイズの細孔を有する自立膜を選択することにより、有機分子を「高密度」にスリット状の細孔内に存在させることができる。
【0017】
ここで、留意すべきこととして、有機分子のサイズよりも小さな細孔を有する自立膜を選択すれば、細孔内に有機分子は導入することができず、一方、有機分子のサイズよりも明らかに大きな細孔を有する自立膜を選択すれば、たとえ、有機分子を細孔内に固定化できたとしても、細孔内壁のみに分子が吸着し、細孔中央が空洞化したりする。
【0018】
逆に、細孔を十分に充填できたとしても、今度は、有機分子同士の相互作用・配列や立体障害により、バルク状の色素分子と同様の機能の失活が起こりかねない。このため、自立膜の細孔サイズと複合化したい有機分子のサイズには、目的とする機能などに応じて最適な関係があることに留意する必要がある。
【0019】
このような予測の元、有機分子として、シッフ塩基分子を例に、具体例を説明する。シッフ(Schiff)塩基分子は、R1R2C=N−R3(R1、R2、R3:有機基)のような構造を有する分子の総称である。本発明の場合では、有機分子に遷移金属イオンを配位結合させることによる、新たな用途開発も目的とする。
【0020】
そのため、本発明では、窒素原子の孤立電子対にd電子やf電子を有する遷移金属イオンが配位結合しうる分子組成・構造を採るものであれば、他のSchiff塩基分子をはじめとする有機分子を何ら排除するものではない。もちろん、有機分子単独での機能を自立膜との複合化によって、より高めるのであれば、芳香族分子などの機能性有機分子も複合自立膜を得るための対象となりうる。
【0021】
ただし、本発明では、その複合自立膜を製造するに当たり、対象の有機分子を加熱・気化させて自立膜の細孔内に吸着させる。そのため、次の点に留意する必要がある。
【0022】
分子量の大きな分子は、一般に、気化しにくい。換言すれば、同じ温度で比べた場合、分子量の小さな分子と比べ、蒸気圧が低くなる傾向がある。よって、高い温度で気化させることが要請されるが、併せて、熱分解(炭化)なども起きうる可能性が高まるため、望ましくは、低い温度で気化しやすい有機分子を選択する必要がある。
【0023】
即ち、高分子量のポリマーや液晶分子、タンパク質などの生体高分子などは、この方法で複合化自立膜作製の対象となることは難しい。このほかの問題点として、吸着させたい有機分子と自立膜との相性も問題となりうる。例えば、有機分子の親水性・疎水性などが上げられる。僅かに加熱しただけで気化しうる有機分子であっても、自立膜との間に引力が働かなければ、細孔内には分子は吸着されないことが予想される。
【0024】
このような条件を満たす有機分子を選択の上、複合膜を作製することが要請される。実際の作製においても、他の留意点に対して、種々の配慮が求められる。具体的には、以下の通りである。
【0025】
繊維状アルミナ自立膜の細孔内には多量の水分子が存在する。これは、繊維状アルミナがベーマイトもしくは擬ベーマイトであることから、繊維の表面に多量の水酸基(−OH)が存在することから当然予測されることである。故に、図1に示すように、この多量の水分子を除去し、更に、水分子の再吸着が起きない環境にて、有機分子を水分子に代わり、細孔内に充填・固定化する必要がある。
【0026】
このようにして得られた複合体は、従来の技術(特許文献3)と比べ、自立膜の細孔が完全に有機分子により充填されるため、自立膜そのものの均一性(即ち、繊維状アルミナの直径や長さの均一性、更には、繊維状アルミナの配向性)の範囲内において、自立膜全体に渡って、一様な充填が期待される。
【0027】
さて、このようにして得られた複合膜において、内包する有機分子によって紫外光や可視光による励起によって可視もしくは近赤外領域に発光が観測される場合、その分子の発光スペクトルは、固体状態、溶液状態、細孔内固定状態では、それぞれが置かれる環境が異なるため、その形状や強度(量子効率)が異なることが一般に起きうる。しかし、それ以外にも、発光強度の環境による違いが起きうる。
【0028】
これらは、分子の置かれた環境が異なるために生じることであるが、遷移金属イオンが有機分子に配位結合すれば、それは同じく分子の置かれた環境を変化させることになる。この変化は、当然発光スペクトルを始めとする種々の光学的測定情報に反映される。故に、言い換えるならば、発光スペクトルの強度、形状などを観測することにより、有機分子に遷移金属イオンが配位したかどうかが分かる。
【0029】
特に、有機分子がその同程度もしくは若干大きなサイズを有する制限された空間にあれば、当然ながら、溶液や気相中の孤立分子状態、及び分子同士が互いに相互作用する最近接状態である固体状態と異なる。遷移金属イオンが有機分子に配位しようとした場合、溶液中では容易に各分子に配位できるのに対し、固体(結晶)では、分子間の隙間はほとんど無いため、固体の内部まで遷移金属イオンが浸透していくことは困難である。
【0030】
そのため、遷移金属イオンが配位できるのは、結晶表面付近の分子に限られる。一方、上述の繊維状アルミナ水和部の間隙に形成されるスリット状の細孔に有機分子が存在する場合、分子間は、若干距離が離れ、また、細孔サイズが分子よりも若干大きければ、遷移金属イオンが細孔内の隙間を通って、各分子に配位できることが期待できる。
【0031】
このような環境場を現実に構築できれば、高密度に有機分子が存在しつつも、各分子に遷移金属イオンが配位できる。その結果、多数の分子の環境変化に伴い、種々の光学特性が大きく変化し、容易にその変化量を検知できることになる。
【0032】
このような予測に基づき、本発明者らは、鋭意努力し、後記する実施例に示すシッフ塩基分子を繊維状アルミナ自立膜に高充填状態で安定的に存在させた複合自立膜を作製することに成功した。更に、遷移金属イオンを含む水溶液に、この複合自立膜を浸すことにより、シッフ塩基分子への遷移金属イオンの配位に伴う発光強度が変化する現象を見いだした。
【0033】
この現象により、溶液中に微量に存在する遷移金属イオンを検知することが可能となった。また、水溶液中の微量遷移金属イオンの検知が可能となった。つまり、上記複合自立膜は、自立膜中のシッフ塩基分子に遷移金属イオンが選択的に配位することから、遷移金属イオンが希薄に分散した水溶液から複合自立膜内に遷移金属イオンを高濃度に捕捉・安定化させる、回収技術に利用することも可能となった。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、次のような効果が奏される。
1)野外での定性的な遷移金属イオンの分析を行う場合、軽量・簡便・高感度・迅速という利点を有する遷移金属イオンの分析手法を提供することができる。
2)また、本発明の有機分子内包複合体は、環境に対して負荷がかかったり、毒性を有するものではなく、また、ユビキタス元素で構成されるため、安価に製造することが期待される。
3)本発明は、高効率で遷移金属イオンを捕捉し、それが発光強度の変化として現れることから、近年の希土類元素などのレア・アース元素がイオン状態かつ低濃度で分散する溶液から対象とするイオンを高濃度に固定化し、回収する技術にも転用ができる。
4)十分に高濃度化したかどうかは、発光強度の増減で判断することが可能である。
5)遷移金属イオンを捕捉、検知するシッフ塩基分子を内包するアルミナ自立膜は、従来の半導体産業にて製造されるようなセンサー(デバイス)と比べ、低温度・低真空環境にて製造される。つまり、小さな投入エネルギーにて上述の機能を有するシッフ塩基分子を内包するアルミナ自立膜を製造可能である利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】アルミナ繊維配向自立膜に存在する細孔に、色素分子を導入する方法を模式的に示す図である。図の上方の写真は、透過電子顕微鏡によるアルミナ繊維の配向を示し たものである。
【図2】図中、(a)は、用いたシッフ塩基分子(ST分子)の分子構造(2種類の構造異性体が共存)を示し、(b)は、溶液中にて一価(M+)及び二価(M2+)遷移金属イオンがST分子に配位した錯体を示す。
【図3】色素分子とアルミナ繊維配向自立膜による複合膜の製造行程を示す。図中、A〜Dは、以下の事項を表わす。A:ガラス管内に存在するアルミナ繊維配向膜を真空排気しながら、電気炉にて加熱し、細孔内に存在する水分子を除去する過程。B:不活性ガス充填グローブボックス内にて脱水したアルミナ繊維配向膜の入ったガラス管に、色素分子のバルクを入れた後、大気にガラス管を出した状態。C:ガラス管内に存在する不活性ガスを排気の上、真空下でガスバーナーにてガラス管を封じている状態。D:真空環境のガラス管内に封じられた脱水アルミナ繊維配向膜とバルク状態の色素分子を、電気炉にて、ガラス管全体を加熱している状態。加熱により気化した色素分子は、アルミナ繊維配向膜の細孔内に吸着され、配向膜が着色される。
【図4】図3の行程にて合成された複合膜の写真を示す。図中、(a)は、室内光の元で撮影したものであり、(b)は、同じ膜を、暗中にて、紫外線ランプ照射による発光を撮影したものである。
【図5】アルミナ膜(破線)、アルミナ−シッフ塩基複合膜(実線)の−196℃における窒素ガス吸着・脱離等温線を示す。
【図6】繊維状アルミナ自立膜(Pure alumina film)とST分子を含む複合膜(ST−grafted alumina film)のXRDパターンを示す。
【図7】繊維状アルミナ自立膜における超低角XRDパターンを示す。図中、(a)は、作製直後の自立膜であり、(b)は、300℃の加熱脱水を施したものであり、(c)は、ST分子を導入した複合自立膜である。測定は、これらの膜を粉砕し、粉末状にして行った。
【図8】シッフ塩基分子による発光スペクトルを示す。励起波長は、350nmである。図中、Aは、アルコール溶液中、Bは、アルミナ膜中、Cは、粉末結晶状態のものである。
【図9】紫外線ランプ光照射下での発光の様子の写真を示す。図中、(a)は、シッフ塩基内包アルミナ複合膜をZn2+イオンを0.1M含む水溶液に浸した時の発光スペクトルの液浸時間依存性であり、(b)は、Zn2+水溶液に浸す前後での発光である。
【図10】発光強度の時間変化を示す。図中、(a)は、アルコール溶媒に溶かした場合であり、(b)は、結晶状態のシッフ塩基分子を共にZn2+イオン濃度0.1Mの水溶液に入れた場合である。
【図11】複合膜での発光強度増大メカニズムの模式図を示す。図中、(a)は、結晶相ST分子にZn2+イオンが配位した様子であり、(b)は、複合膜中のST分子にZn2+が配位する様子である。
【図12】発光スペクトルの時間依存性を表わす、発光強度の増強割合を示す。図中、(a)は、1M、(b)は、10μMのZn2+水溶液にシッフ塩基分子−アルミナ複合自立膜を浸した場合の発光スペクトルの時間依存性を表わす。(c)は、各Zn2+水溶液濃度に複合膜を浸した時の発光強度の増強割合(浸す前を基準とする)を表わす。
【図13】濃度0.1MのCu2+水溶液にシッフ塩基分子−アルミナ複合自立膜を浸した場合の発光スペクトルの時間依存性を示す。
【図14】種々の遷移金属イオンを濃度0.1Mで含む水溶液に複合膜を30分浸した前後での発光強度の変化を示す。浸漬前の発光強度を1として規格化してある。
【発明を実施するための形態】
【0036】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0037】
[発明の実施の形態及び実施例]
比較的高効率で発光し、かつ遷移金属イオンを配位結合でトラップできる色素分子として、シッフ塩基分子を選択した。本願発明では、その実施例として、図2の(a)に示す分子構造を有するN−salicylidene−p−toluidine(以下ST分子と略記)分子を用いた。ST分子には、構造異性体が存在し、溶媒中では平衡状態で両者が共存することがある。
【0038】
シッフ塩基分子は、その名を定義する炭素と窒素の二重結合を有する分子であるが、窒素原子の孤立電子対にd又はf電子を有する遷移金属イオンが配位可能である。溶液中のST分子では、一価もしくは二価の遷移金属イオンに対しては、図2の(b)のような錯体分子を形成する。このような特性を有するST分子を、繊維状アルミナ水和物の自立膜に気相導入することにより、複合膜とするが、それは、以下の実施例に示す手順にて行った。
【実施例1】
【0039】
<複合膜の作製>
繊維状アルミナ水和物の配向自立膜は、特許文献2(特開2010−105846号公報)に従って作製した。この自立膜は、まだ、その細孔内に多数の物理吸着水を有するため、図3のAに模式図を示した形態にて、末端を封じたガラス管に繊維状アルミナ自立膜を入れ、真空減圧下の10−3torrにした状態で、ガラス管を電気炉内に入れて、300℃にて3時間加熱することにより、大部分の水分子を除去した。
【0040】
この操作の後、真空排気側のガラス管に接続されたコックを閉じることにより、真空排気装置からガラス管を取り外しても、繊維状アルミナ自立膜は、大気に暴露させることがないため、脱水状態を維持していた。そして、このガラス管を移動することが可能となった。
【0041】
次に、この脱水した繊維状アルミナ自立膜の入ったガラス管を、高純度(〜6N)のHeガスで満たされたグローブボックス中に導入した。このグローブボックス中にて、このガラス管に、更にST分子の結晶を入れ、図3のBのように、再びコックを閉じることで、グローブボックスからガラス管を出しても、大気に触れることはない状態とした。
【0042】
ただし、この状態では、ガラス管内には、Heガスが約1気圧入っているため、これを、図3のCの要領で、真空排気装置に接続後に、コックを開き、Heガスを排気した。そして、ガスバーナーにてガラス管を溶融封止し、安定的に真空環境を保持できるようにした。
【0043】
この封じたガラス管を、図3のDのように、電気炉内に設置し、80℃に加熱の上、数時間維持することにより、透明であった繊維状アルミナ自立膜は、次に示すように、一様に薄い黄色みがかったオレンジ色を呈した。封じられたガラス管から、得られた複合自立膜を取り出して、写真を撮ったものが、図4の(a)である。
【0044】
一方、暗中にて紫外線ランプを照射すると、図4の(b)のように、作製された複合自立膜は、黄緑色の発光を示した。ここでの特徴は、前述のごとく、図4の(a)では、一様な着色を示し、一方、図4の(b)では、若干、発光が強い箇所がスポット状に複数みられるものの、全く発光が見られない、即ちダークスポットが観測されなかったことである。
【0045】
このことは、光吸収と発光の両面から、ST分子が充填されていない箇所がマクロなレベルでの観察では確認されず、自立膜全体に渡って、ST分子が分布していることが分かる。ただし、これだけでは、自立膜表面に単にST分子が付着している可能性もあり、以下の分析により、ST分子が、実際に、自立膜のスリット状の細孔に安定に存在することが証明された。
【実施例2】
【0046】
<ST分子の自立膜スリット状の細孔への吸着確認>
この複合膜に含まれるST分子の量であるが、シッフ塩基分子吸着前後の重量変化から、脱水自立膜を基準として、おおよそ20wt%と見積もられた。また、ST分子が、自立膜の細孔ではなく、その外表面に主として付着している可能性を排除するため、ST分子を吸着させる前後での液体窒素温度(−196℃)での窒素ガス吸着等温線を測定した。その結果が図5である。
【0047】
ST分子を吸着後の等温線では、高圧側(P/P0が1に近づくにつれて)で窒素の吸着量が負側に入り込んでいるが、これは、装置上の問題であり、本質ではない。また、言い換えれば、それほど僅かの窒素ガスしか吸着しない状態に複合化によって変化していることを物語っている。このデータから、比表面積及び細孔容量を見積もった。
【0048】
P/P0=0.1−0.3の領域で、BETの吸着等温式を用いて、比表面積を見積もると、ST分子吸着前では、比表面積282m2/g、細孔容量0.11cm3/gであり、吸着後は、比表面積3m2/g、細孔容量0.001cm3/gとなった。吸着後に、比表面積、細孔容量ともに大きく減少したのは、スリット状の細孔内にST分子が吸着されたためと結論できる。なお、用いた測定装置は、Micrometrics NOVA3200である。
【実施例3】
【0049】
<ST分子による複合化の前後におけるX線回折データ>
図6は、リガク社製MiniFlex IIにて測定した、自立膜の形態で集中法光学系でのX線回折(XRD)パターンを測定したものである。集中法光学系は、本来、粉末XRDパターンを測定するものであるが、このように、自立膜を測定しても、定性分析においては、若干の原点シフトが生じるのみであるので、以下のデータに対する解釈は変わらない。
【0050】
繊維状アルミナ自立膜(Pure alumina film)のみの場合では、得られたピーク位置は、ベーマイト相により帰属可能であった。一方、複合化した自立膜(ST−grafted alumina film)でも、XRDパターンの全体の強度が、複合化前と比べて下がっているが、パターンに現れるピーク位置は不変であり、ベーマイト相であることが分かる。つまり、複合化の前後において、母材であるアルミナ自立膜を構成する繊維状アルミナの結晶構造に、基本的な差異はない。
【0051】
また、複合自立膜のパターンにおいて、特筆すべき点は、ベーマイト相由来のブロードなピーク以外に、他のピークが現れていない点である。もし、ST分子が自立膜上に留まっていれば、結晶性の鋭いXRDピークが付加的に現れるはずである。故に、このパターンからも、ST分子がスリット状細孔に存在することが、間接的に証明できる。
【0052】
更に、マックサイエンス社MXP−3TZにて、超低角領域のXRDパターンを測定したものが図7である。ここでは、得られた自立膜を粉末状に粉砕した後に、迅速に測定した。2θ〜14°に見られるピークは、図6と共通のベーマイト相による020回折線によるものである。
【0053】
2θ>10°の回折ピークは、繊維状アルミナの内部原子配列に由来するもの、つまり、繊維状アルミナの結晶構造に関する情報であったのに対し、2θ=1〜3°に見られるピークは、平行に配列した繊維状アルミナ同士の関係から来る情報である。簡単に言えば、平行に並んだ隣接繊維状アルミナの中心間距離に対応する情報を含んでいる。低角側にピークが現れる程、隣接繊維状アルミナの中心間距離が大きくなることに対応する。
【0054】
この図での特徴は、自立膜作製直後、脱水後、複合化後で、ピーク位置が2.3→1.7→2.3°と変化することである。スリット状細孔に水分子やST分子を含んでいる場合では、若干、隣接繊維状アルミナの中心間距離は短くなり、殆ど何も含んでいない場合では、隣接繊維状アルミナの中心間距離が開く、と言う変化に、これは、対応している。
【0055】
一方、ピーク強度も、自立膜作製直後、脱水後、複合化後の順で弱→強→弱と変化している。これは、スリット状細孔にX線を散乱する担い手である何らかの物質の存在の有無と関係しており、ピーク強度が低いと言うことは、繊維状アルミナとの電子密度の違いがあまりないことを意味している。このことからも、ST分子は、スリット状細孔に存在していることが明確となった。
【0056】
<FT−IR法による分析>
このほか、FT−IR法(Nicolet社Magna750使用)によっても、ST分子に特徴的なC−O伸縮振動に相当する光吸収が1284cm−1に観測された。このことから、ST分子は、スリット状細孔に導入される際に、熱分解などの劣化を受けていないことが明らかとなった。
【実施例4】
【0057】
<ST分子による発光1(シッフ塩基分子の基本的情報)>
図8は、日立F−2500蛍光分光光度計を用いて測定した、アルコール溶液中のST分子、複合自立膜、粉末結晶状態のST分子による発光スペクトルである。以降の発光スペクトルは、全て同一の蛍光分光光度計にて測定している。複合自立膜中のST分子の発光は、結晶、溶液中のST分子の発光と比べ、両者の中間に位置していた。
【0058】
このことから言えることとして、ST塩基分子は、分解されることなく、自立膜の細孔内に吸着されており、また、その状態は、結晶と分子状態の中間にあることが明らかとなった。ちなみに、結晶状態では、図1のtype Iのみが存在すると言われ、そのため、発光スペクトルのプロファイル形状が、一成分のみによるシンプルなものになっていると考えられる。
【実施例5】
【0059】
<シッフ塩基分子による発光2(Zn2+イオンによる発光強度変化)>
0.1M濃度のZn2+イオンを含む水溶液に、複合自立膜を浸した場合の発光スペクトルの時間変化をプロットしたのが、図9の(a)である。時間経過と共に、発光の強度が増すのが観測された。発光強度は、Zn2+水溶液に浸す前と比べ、おおよそ10倍となった。また、特徴として、発光が最大値に達するのに要する時間は、10分以内であることが分かる。このことは、遷移金属イオンの検知を迅速に行う上で、非常に重要である。
【0060】
この発光強度の増大は、肉眼でも確認可能な程であり、図9の(b)の写真のように、Zn2+水溶液に浸す前と比べて、有意な発光強度差が容易に確認できる。なお、図9の(a)に示すように、発光ピーク波長には、大きな変化は無く、発光の色合いは変化せず、強度だけが増すことが分かった。
【実施例6】
【0061】
<シッフ塩基分子による発光3(分子の環境依存性)>
上述のように、Zn2+イオンが、水溶液中にて、自立膜中のST分子に配位結合することにより、発光強度が増大した。同様の現象は、当然ながら、結晶相、及びアルコール溶液に分散させたST分子の発光スペクトルに対しても、生じる可能性がある。そこで、同様の測定を、両者に対して行ったところ、図10の(a)、(b)の結果を得た。結晶相では、たかだか1〜2割しか発光強度が増大しなかった。
【0062】
一方、ST分子が分散したアルコール溶液を、0.1M濃度のZn2+水溶液に分散させた場合(溶液分散相)では、約10倍の発光強度の増大が確認された。結晶相では、発光強度の変化が少なく、その変化を肉眼などで確認するのは容易ではない。また、ST分子結晶は、疎水性であるため、水溶液に分散しにくく、水溶液の液面に浮きやすいなど、分析指示薬として考えた場合には、扱いが難しい。
【0063】
一方、溶液分散相では、発光強度の相対的増大比率は、自立膜の場合と同等である。しかし、根本的に異なる点として、ST分子のアルコール溶液などへの溶解度が低い、すなわち、溶液中のST分子の量が少ないために、絶対的発光強度が、非常に弱いことが挙げられる。Zn2+イオン検知前の段階で比較すると、ST分子内包複合自立膜と比べ、発光強度は、100分の1以下である。そのため、イオン検知を行う場合、発光強度が増す場合は、観測可能である可能性があるが、後述の発光強度減少によるイオン検知では、実質的不可能である。故に、自立膜を利用したイオン検知法の優位性が示された。
【実施例7】
【0064】
<Zn2+イオンの配位による発光強度増大とST分子の存在形態との相関>
ST分子の結晶は、分子が規則的に配列し、多孔質ではない。故に、図11の(a)のように、結晶表面のみでZn2+イオンの配位が起き、内部では不変であるため、発光強度の増大は、さほど起きなかったと言える。
【0065】
一方、ST分子内包複合自立膜では、前述のように、窒素吸着測定により、比表面積では、3m2/gという結果を得たが、窒素分子よりも小さな分子やイオンは、自立膜内に浸透していくことが可能であると考えられる。
【0066】
また、図7に示すように、超低角のXRDピークは、かなりブロードである。このことは、繊維状アルミナの配向状態の周期が、比較的短いことを物語っている。これは、繊維の太さが均一でなかったり、自立膜を作製する際の乾燥の不均一性とかの多数の要因が考えられる。これらの点は、欠点でなく、利点として見ることができる。
【0067】
ある種の欠陥が、繊維間にあり、図11の(b)に示すように、スリット状の細孔において、Zn2+イオンが細孔と平行方向に拡散して、ST分子に配位するだけでなく、スリット状の細孔と垂直方向からも、Zn2+イオンが拡散する経路をもたらしていると考えられる。故に、図9の(a)に示したように、短時間で、発光が最大強度に達したと予想される。
【実施例8】
【0068】
<ST分子による発光4(発光強度変化のZn2+イオン濃度依存性)>
発光強度が、Zn2+溶液に液浸することで、10倍程度増大するが、遷移金属イオン検知剤としての利用においては、広い範囲での溶液濃度に対応する必要がある。そこで、Zn2+濃度を、10−5〜1Mの範囲で調製した水溶液に、複合自立膜を浸し、発光強度の変化を測定した。
【0069】
その結果が、ここでは、代表として示した10−5及び1Mの場合の、図12の(a)、(b)である。高濃度の方の発光強度の増大は、当然予想される結果であるが、低濃度の10−5Mの場合でも、発光強度は5倍以上増大し、それに要する時間も、たかだか10分であった。中間のZn2+濃度も含めて、発光強度の増大を倍率で示したのが、図12の(c)である。このように、広い領域に渡って、発光強度の大幅な増大が確認された。
【実施例9】
【0070】
<Schiff塩基分子による発光5(発光強度変化の遷移金属イオン種依存性)>
Zn2+イオンでは、発光強度の増大が観測されたが、他の遷移金属イオンで、同様の測定を行い、イオン検知能を評価した。図13に、Cu2+イオン水溶液に複合膜を液浸した場合の、発光スペクトルの時間変化を示す。発光強度は、10分の1未満になった。多種のd電子、f電子を有するイオンにおいて、発光強度の増減を調べた結果、図14のように、分類された。
【0071】
なお、ここでは、元のST分子内包複合自立膜の発光強度を1として規格化し、表示している。この結果を、発光強度の順に並べると、Cu2+<<Ag+〜Fe2+〜Ni2+〜(Cu2++Zn2+)<元のST内包複合自立膜<Mn2+<<Tb3+<<Co2+〜Zn2+〜Eu3+となる。なお、(Cu2++Zn2+)という混合イオンの水溶液の結果については、次に記述する。
【実施例10】
【0072】
<シッフ塩基分子による発光6(混合イオン種依存性)>
発光強度の増大するイオン種と、逆に、減少するイオン種が混合した水溶液に、複合自立膜を液浸した際の発光強度の増減は、遷移金属イオンのST分子に対する配位結合の強さに由来するイオン選択性により、決まる。即ち、イオン選択性の強さを、Zn2+とCu2+イオンが共に0.1Mの濃度で共存する水溶液に対して行った。その結果、明瞭な発光強度の減少が確認され、Cu2+イオンの選択性が高いことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上詳述した通り、本発明は、有機分子(シッフ塩基分子)内包繊維状アルミナ自立膜とその製造法、及びこの複合膜による水中の遷移金属イオン検出法・回収法に係るものであり、本発明により、野外での定性的な遷移金属イオンの分析を行う場合、軽量・簡便・高感度・迅速という利点を有する遷移金属イオンの分析手法を提供することができる。また、本発明の有機分子内包複合体は、環境に対して負荷がかかったり、毒性を有するものではなく、また、ユビキタス元素で構成されるため、安価に製造することが期待される。本発明は、高効率で遷移金属イオンを捕捉し、それが発光強度の変化として現れることから、近年の希土類元素などのレア・アース元素がイオン状態で低濃度で分散する溶液から対象とするイオンを高濃度に固定化し、回収する技術にも転用ができ、十分に高濃度化したかどうかは、発光強度の増減で判断することが可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有することを特徴とする有機分子内包複合体。
【請求項2】
有機分子(シッフ塩基分子)とアスペクト比30〜5000のアルミナナノ粒子から構成される複合体であって、その複合体の比表面積及び細孔容量が、有機分子を内包する前の自立膜の比表面積100m2/g以上、細孔容量0.05cm3/g以上と比べ、それぞれ10m2/g以下、0.01cm3/g以下である、請求項1に記載の有機分子内包複合体。
【請求項3】
有機分子内包複合膜を構成する繊維状アルミナ自立膜が、自立膜、支持膜、又は更に膜を粉末・ペレット状に成形した形状である、請求項1又は2に記載の有機分子内包複合体。
【請求項4】
膜が、スリット状の細孔を有する、請求項1から3のいずれかに記載の有機分子内包複合体。
【請求項5】
高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有する有機分子内包複合体を製造する方法であって、
各種形態を有する繊維状アルミナ自立膜の加熱脱水と、真空環境下で上記有機分子を気化させて、スリット状の細孔に当該有機分子を高密度かつ複合体全体に渡って均質に吸着・充填させることを特徴とする有機分子内包複合体の製造方法。
【請求項6】
紫外光照射による、請求項1から4のいずれかに記載の有機分子内包複合体の発光強度の増大又は減少により、水中に溶解した遷移金属イオンを検知することを特徴とする遷移金属イオン検知法。
【請求項7】
上記手法を用いて、Zn2+、Co2+、Mn2+、Eu3+、又はTb3+イオンの場合の発光強度を、2倍以上に増加させる、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項8】
上記手法を用いて、Cu2+、Fe2+、又はAg+イオンの場合の発光強度を、1/2以下に減少させる、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項9】
上記手法を用いて、発光強度の変化を30分以内に完了させる、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項10】
上記手法を用いて、溶液中に含まれるイオン濃度が10−5〜1M(mol/m3)の広範囲のイオンを検出する、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項11】
上記手法を用いて、発光強度を増大させるイオン及び減少させるイオンの両種を含んだ場合において、一方を選択的にイオン検出する、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項12】
前項において、該当するイオンが、Zn2+及びCu2+であり、Cu2+イオンに対する選択性が高い、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項13】
請求項1から4のいずれかに記載の有機分子内包複合体を遷移金属イオンが溶解した水溶液に浸すことにより、遷移金属イオンを、この複合体に高濃度に固定化し、回収する遷移金属イオンの回収方法。
【請求項14】
遷移金属イオンが高濃度に固定化されたことを、複合体への紫外光照射による可視光領域での発光の強度の変化によりモニタする、請求項13に記載の遷移金属イオンの回収方法。
【請求項1】
高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有することを特徴とする有機分子内包複合体。
【請求項2】
有機分子(シッフ塩基分子)とアスペクト比30〜5000のアルミナナノ粒子から構成される複合体であって、その複合体の比表面積及び細孔容量が、有機分子を内包する前の自立膜の比表面積100m2/g以上、細孔容量0.05cm3/g以上と比べ、それぞれ10m2/g以下、0.01cm3/g以下である、請求項1に記載の有機分子内包複合体。
【請求項3】
有機分子内包複合膜を構成する繊維状アルミナ自立膜が、自立膜、支持膜、又は更に膜を粉末・ペレット状に成形した形状である、請求項1又は2に記載の有機分子内包複合体。
【請求項4】
膜が、スリット状の細孔を有する、請求項1から3のいずれかに記載の有機分子内包複合体。
【請求項5】
高密度かつ均一に有機分子(シッフ塩基分子)を繊維状アルミナ自立膜に導入した構造を有する有機分子内包複合体を製造する方法であって、
各種形態を有する繊維状アルミナ自立膜の加熱脱水と、真空環境下で上記有機分子を気化させて、スリット状の細孔に当該有機分子を高密度かつ複合体全体に渡って均質に吸着・充填させることを特徴とする有機分子内包複合体の製造方法。
【請求項6】
紫外光照射による、請求項1から4のいずれかに記載の有機分子内包複合体の発光強度の増大又は減少により、水中に溶解した遷移金属イオンを検知することを特徴とする遷移金属イオン検知法。
【請求項7】
上記手法を用いて、Zn2+、Co2+、Mn2+、Eu3+、又はTb3+イオンの場合の発光強度を、2倍以上に増加させる、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項8】
上記手法を用いて、Cu2+、Fe2+、又はAg+イオンの場合の発光強度を、1/2以下に減少させる、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項9】
上記手法を用いて、発光強度の変化を30分以内に完了させる、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項10】
上記手法を用いて、溶液中に含まれるイオン濃度が10−5〜1M(mol/m3)の広範囲のイオンを検出する、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項11】
上記手法を用いて、発光強度を増大させるイオン及び減少させるイオンの両種を含んだ場合において、一方を選択的にイオン検出する、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項12】
前項において、該当するイオンが、Zn2+及びCu2+であり、Cu2+イオンに対する選択性が高い、請求項6に記載の遷移金属イオン検出法。
【請求項13】
請求項1から4のいずれかに記載の有機分子内包複合体を遷移金属イオンが溶解した水溶液に浸すことにより、遷移金属イオンを、この複合体に高濃度に固定化し、回収する遷移金属イオンの回収方法。
【請求項14】
遷移金属イオンが高濃度に固定化されたことを、複合体への紫外光照射による可視光領域での発光の強度の変化によりモニタする、請求項13に記載の遷移金属イオンの回収方法。
【図2】
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2013−53012(P2013−53012A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−190222(P2011−190222)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ナノテク・先端部材実用化研究開発事業、「形状制御されたアルミナナノ粒子ゾルの実生産のための基盤技術の確立と用途開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(390003001)川研ファインケミカル株式会社 (48)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ナノテク・先端部材実用化研究開発事業、「形状制御されたアルミナナノ粒子ゾルの実生産のための基盤技術の確立と用途開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(390003001)川研ファインケミカル株式会社 (48)
【Fターム(参考)】
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