有機化合物、有機化合物の製造方法、及び抗ピロリ菌剤
【課題】新規な有機化合物、及び抗ピロリ菌剤を提供する。
【解決手段】有機化合物は下記一般式(1)で示される構造を有する。抗ピロリ菌剤は下記一般式(1)で示される構造を有する有機化合物を有効成分として含有する。緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から前記有機化合物を含む抽出物を抽出する抽出工程と、前記抽出物から前記有機化合物を単離する単離工程とを有することを特徴とする有機化合物の製造方法。
【解決手段】有機化合物は下記一般式(1)で示される構造を有する。抗ピロリ菌剤は下記一般式(1)で示される構造を有する有機化合物を有効成分として含有する。緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から前記有機化合物を含む抽出物を抽出する抽出工程と、前記抽出物から前記有機化合物を単離する単離工程とを有することを特徴とする有機化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ピロリ菌活性を有する有機化合物、その製造方法、及び抗ピロリ菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ピロリ菌(Helicobacter pylori)は、ヒト等の胃や十二指腸に生息するらせん型の細菌であり、胃炎、胃潰瘍、胃がん、及び十二指腸潰瘍等の疾病を引き起こす原因細菌として知られている。現在、ピロリ菌の除菌療法としては、抗生物質を用いた療法、例えば胃酸過多による副作用を抑えるためのプロトンポンプ阻害剤1剤(ランソプラゾール、又はオメプラゾール)と、抗生物質2剤(アモキシシリン及びクラリスロマイシン)の3剤を併用したトリプルセラピーが用いられている。このトリプルセラピーによる除菌成功率は90%を超えるとされてきたが、抗生物質耐性菌株の増加による除菌失敗例も数多く報告されるようになってきている。
【0003】
そのため、近年では耐性菌株を生み出し難いと考えられる天然物由来、特に食品素材由来の抗ピロリ菌剤に注目が集まっている。このような天然物由来の抗ピロリ菌剤としては、例えば特許文献1に開示されるものが知られている。特許文献1の抗ピロリ菌剤は、月見草に含有される特定のポリフェノールが有する抗ピロリ菌活性に基づくものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−352644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明は、本発明者らの鋭意研究の結果、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から新規な有機化合物を単離したことによりなされたものである。また、かかる化合物について抗ピロリ菌活性を見出したことによりなされたものである。本発明の目的は、医薬品・食品等の様々な用途に適用することができる有機化合物、及びその製造方法を提供することにある。また、有用な抗ピロリ菌活性を発揮する抗ピロリ菌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために請求項1に記載の有機化合物は、下記一般式(1):
【化1】
で示されることを特徴とする。
【0007】
請求項2に記載の有機化合物は、請求項1に記載の発明において、下記理化学的性質):
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.5(CH2,C−2),19.5(CH2,C−3),31.9(CH2,C−4),79.1(C,C−5),65.5(C,C−6),52.9(CH,C−7),77.4(CH,C−8),63.4(C,C−9),59.2(CH,C−10),134.1(CH,C−11),140.8(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.4(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.3(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),14.6(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.40(1H,dd,J=25.0Hz,J=12.5Hz,H−2a),1.53(1H,ddd,J=12.5Hz,J=12.5Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.71(2H,m,H−3),1.42(2H,m,H−4),3.50(1H,d,J=3.5Hz,H−7),4.19(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.92(1H,d,J=6.0Hz,H−10),6.39(1H,d,J=16.0Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.27(3H,s,H−14),1.15(3H,s,H−15),0.80(3H,s,H−16),1.63(3H,s,H−17),1.46(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする。
【0008】
請求項3に記載の有機化合物は、請求項1に記載の発明において、下記理化学的性質:
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.6(CH2,C−2),19.6(CH2,C−3),32.0(CH2,C−4),79.5(C,C−5),64.2(C,C−6),52.8(CH,C−7),80.0(CH,C−8),65.0(C,C−9),58.3(CH,C−10),134.3(CH,C−11),140.5(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.6(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.5(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),15.0(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.39(1H,dt,J=13.0Hz,J=3.5Hz,H−2a),1.55(1H,dd,J=13.0Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.73(2H,m,H−3),1.27(1H,dd,J=11.0Hz,J=5.5Hz,H−4a),1.46(1H,dd,J=11.0Hz,J=7.5Hz,H−4b),3.44(1H,d,J=4.0Hz,H−7),4.04(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.89(1H,dd,J=6.5Hz,J=1.5Hz,H−10),6.40(1H,dd,J=16.0Hz,J=1.5Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.29(3H,s,H−14),1.16(3H,s,H−15),0.73(3H,s,H−16),1.65(3H,s,H−17),1.51(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする。
【0009】
請求項4に記載の抗ピロリ菌剤は、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の有機化合物を有効成分として含有することを特徴とする。
請求項5に記載の有機化合物の製造方法は、下記一般式(1):
【化2】
で示される有機化合物の製造方法であって、水、親水性有機溶媒、又は水と親水性有機溶媒との混合溶媒を用いて、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から前記有機化合物を含む抽出物を抽出する抽出工程と、前記抽出物から前記有機化合物を単離する単離工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、新規な有機化合物、その製造方法、及び抗ピロリ菌剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】第2中間精製物のHPLCチャート。
【図2】実施例1の吸光スペクトル。
【図3】実施例1におけるTOF−MSの測定結果。
【図4】実施例1の13C−NMRスペクトル。
【図5】実施例1のDEPT135スペクトル。
【図6】実施例1のDEPT90スペクトル。
【図7】実施例1の1H−NMRスペクトル。
【図8】実施例1のHMQCスペクトル。
【図9】実施例1のHMBCスペクトル。
【図10】実施例1のHH−COSYスペクトル。
【図11】実施例2の吸光スペクトル。
【図12】実施例2におけるTOF−MSの測定結果。
【図13】実施例2の13C−NMRスペクトル。
【図14】実施例2のDEPT135スペクトル。
【図15】実施例2のDEPT90スペクトル。
【図16】実施例2の1H−NMRスペクトル。
【図17】実施例2のHMQCスペクトル。
【図18】実施例2のHMBCスペクトル。
【図19】実施例2のHH−COSYスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を具体化した実施形態の有機化合物及び抗ピロリ菌剤を詳細に説明する。
本実施形態の有機化合物は、下記一般式(1):
【化3】
に示される有機化合物((E)−8−(1,2−dihydroxy−2,6,6−trimethylcyclohexyl)−5,6,7,8−tetrahydroxy−6−methyloct−3−en−2−one)である。
【0013】
上記有機化合物は、5位、6位、7位、8位、9位、及び10位に合計6個の不斉炭素を有している。そのため、理論上64個(26個)の立体異性体が存在する。それら上記有機化合物の立体異性体のなかでも、さらに下記理化学的性質を有する2種類の立体異性体(以下、それぞれ有機化合物1及び有機化合物2と記載する。)は入手容易性に優れている。
【0014】
有機化合物1は以下の理化学的性質を有する。
NMRスペクトル(図4及び図7参照):
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.5(CH2,C−2),19.5(CH2,C−3),31.9(CH2,C−4),79.1(C,C−5),65.5(C,C−6),52.9(CH,C−7),77.4(CH,C−8),63.4(C,C−9),59.2(CH,C−10),134.1(CH,C−11),140.8(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.4(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.3(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),14.6(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.40(1H,dd,J=25.0Hz,J=12.5Hz,H−2a),1.53(1H,ddd,J=12.5Hz,J=12.5Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.71(2H,m,H−3),1.42(2H,m,H−4),3.50(1H,d,J=3.5Hz,H−7),4.19(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.92(1H,d,J=6.0Hz,H−10),6.39(1H,d,J=16.0Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.27(3H,s,H−14),1.15(3H,s,H−15),0.80(3H,s,H−16),1.63(3H,s,H−17),1.46(3H,s,H−18)
有機化合物2は以下の理化学的性質を有する。
【0015】
NMRスペクトル(図13及び図16参照):
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.6(CH2,C−2),19.6(CH2,C−3),32.0(CH2,C−4),79.5(C,C−5),64.2(C,C−6),52.8(CH,C−7),80.0(CH,C−8),65.0(C,C−9),58.3(CH,C−10),134.3(CH,C−11),140.5(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.6(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.5(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),15.0(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.39(1H,dt,J=13.0Hz,J=3.5Hz,H−2a),1.55(1H,dd,J=13.0Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.73(2H,m,H−3),1.27(1H,dd,J=11.0Hz,J=5.5Hz,H−4a),1.46(1H,dd,J=11.0Hz,J=7.5Hz,H−4b),3.44(1H,d,J=4.0Hz,H−7),4.04(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.89(1H,dd,J=6.5Hz,J=1.5Hz,H−10),6.40(1H,dd,J=16.0Hz,J=1.5Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.29(3H,s,H−14),1.16(3H,s,H−15),0.73(3H,s,H−16),1.65(3H,s,H−17),1.51(3H,s,H−18)
次に、本実施形態の有機化合物のうち、例えば上記有機化合物1及び有機化合物2を得る方法について説明する。
【0016】
上記有機化合物1及び有機化合物2は、緑藻網(Chlorophyceae)オオヒゲマワリ目(Volvocales)のデュナリエラ属(Dunaliella)に属する微細網の藻体を原料として抽出工程及び単離工程を経ることにより得られる。
【0017】
[原料]
原料となる緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体としては、例えばデュナリエラ・サリーナ(Dunaliella salina)、及びデュナリエラ・バーダウィル(Dunaliella bardawil)が挙げられる。上記微細網の藻体は、天然に自生する藻体であってもよいし、人工的に培養した藻体(例えば、商業ベースで大量栽培生産されている藻体)であってもよい。なお、安定供給が可能である点や品質保持が容易である点から、人工的に培養した藻体を用いることが工業的に好適である。
【0018】
また、上記微細網の藻体なかでも、β−カロテン等のカロテノイドを細胞内に蓄積した外観が赤色(黄橙色)を呈する藻体を用いることが特に好ましい。上記微細網の藻体は、通常の生育条件では光合成色素(クロロフィルa,b)を体内に蓄積するため、外観が緑色を呈するが、特定の条件(例えば、高塩濃度)で生育した場合には、β−カロテン等のカロテノイドを生合成するとともに同カロテノイドを細胞内に蓄積して赤色を呈する。外観が赤色を呈する藻体は、公知の生育方法、例えば特開2007−210917号公報に記載されている方法により得ることができる。
【0019】
また、原料としての上記微細網の藻体は、採取したままの状態、採取後に破砕処理した状態、採取後に乾燥処理した状態、並びに採取後に破砕処理及び乾燥処理した状態のいずれの状態であってもよい。
【0020】
[抽出工程]
抽出工程は、原料としての上記微細網の藻体から、上記有機化合物1及び有機化合物2を含む抽出物を抽出する工程である。抽出工程に用いる抽出溶媒としては、水、親水性有機溶媒、又は水と親水性有機溶媒との混合溶媒を用いることができる。上記親水性有機溶媒としては、例えば、メタノールやエタノール等の低級アルコール類、アセトン、及び酢酸エチルが挙げられる。なお、抽出溶媒中に、水及び親水性有機溶媒以外の溶媒が少量含有されていてもよいし、その他の添加剤、例えば、有機塩、無機塩、緩衝剤、及び乳化剤等が溶解されていてもよい。
【0021】
抽出方法としては、公知の抽出方法、例えば冷水抽出、温水抽出、熱水抽出、及び蒸気抽出のいずれの方法を用いてもよいが、特に冷水抽出を用いることが好ましい。また、抽出温度は0〜30℃であることが好ましく、0〜15℃であることがより好ましい。なお、抽出時間は特に限定されるものではないが、10〜120分間程度であることが好ましい。
【0022】
抽出操作としては、抽出溶媒中に原料である上記微細網の藻体を所定時間浸漬させる。その際、抽出溶媒中における原料の濃度は特に限定されないが、5〜50質量%とすることが好ましく、5〜15質量%とすることがより好ましい。原料の濃度を5%未満とした場合には、得られる抽出液中における上記有機化合物1及び有機化合物2の濃度が低くなることから濃縮処理等の後処理が煩雑となる。一方、原料の濃度が50%を超える場合には、上記有機化合物1及び有機化合物2の回収率が低くなるおそれがある。
【0023】
こうした抽出操作においては、抽出効率を高めるべく、必要に応じて攪拌処理、加圧処理、及び超音波処理等の処理をさらに行ってもよい。また、抽出操作は同一の原料に対して一回のみ行なってもよいし、複数回繰り返して行なってもよい。そして、抽出操作の後に固液分離操作が行われることで、抽出液(上清)と原料の残渣とを分離する。固液分離処理の方法としては、例えばろ過や遠心分離等の公知の分離法を用いることができる。また、必要に応じて得られた抽出液(抽出物)の濃縮を行う。
【0024】
[単離工程]
単離工程は、抽出工程にて得られた抽出物中に含まれる上記有機化合物1及び有機化合物2を単離する工程である。上記有機化合物1及び有機化合物2は、上記抽出物を1又は2以上のクロマトグラフィを用いて精製することにより単離される。クロマトグラフィとしては、公知のクロマトグラフィ、例えば液体クロマトグラフィ、超臨界流体クロマトグラフィ、及び薄層クロマトグラフィを用いることができる。液体クロマトグラフィとしては、例えばカラムクロマトグラフィを用いることができ、より具体的には高速液体クロマトグラフィ(HPLC)及びオープンカラムクロマトグラフィを挙げることができる。クロマトグラフィ担体としては、例えばイオン交換クロマトグラフィ、分配クロマトグラフィ(順相・逆相クロマトグラフィ)、吸着クロマトグラフィ、及び分子排斥クロマトグラフィが挙げられる。分配クロマトグラフィとして、より具体的にはシリカゲル担体やODS担体を用いることが分離効率の観点から好ましい。それらのクロマトグラフィを適宜組み合わせて、公知の使用方法で上記有機化合物1及び有機化合物2を単離・精製することができる。
【0025】
なお、本実施形態の有機化合物は、上記微細網の藻体から抽出及び単離する方法に限らず、有機化学合成(半合成を含む)等により製造してもよい。
次に、本実施形態の抗ピロリ菌剤について説明する。
【0026】
本実施形態の抗ピロリ菌剤は、上記一般式(1)で示される有機化合物を有効成分として含有する。この抗ピロリ菌剤は、例えば健康食品や食品等の飲食品等の添加剤、医薬品、及び医薬部外品として有用である。抗ピロリ菌剤は液状であってもよいし、固体状であってもよい。それらの剤形としては、特に限定されないが、例えば散剤、粉剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、液剤等が挙げられる。また、本発明の目的を損なわない範囲において、賦形剤、基剤、乳化剤、安定剤、溶剤、香料、甘味料等の添加剤を配合してもよい。
【0027】
次に、本実施形態における効果について以下に記載する。
(1)本実施形態の有機化合物は新規化合物であり、医薬品・飲食品等の様々な用途に適用することができる。
【0028】
(2)本実施形態の有機化合物は抗ピロリ菌活性を発揮する。したがって、同有機化合物を有効成分とする抗ピロリ菌剤を提供することができる。
(3)本実施形態の有機化合物は、抗ピロリ菌活性を有する公知の抗生物質(例えば、アモキシシリン、クラリスロマイシン、及びメトロニダゾール)と併用した場合にも、抗生物質の抗ピロリ菌活性を阻害することなく、抗生物質と協調して抗ピロリ菌活性を発揮することができる。また、抗生物質耐性のピロリ菌にも適用することができる。
【0029】
(4)本実施形態の有機化合物のなかでも、特定の理化学的性質を示す上記有機化合物1及び有機化合物2は、入手容易性の観点において優れている。
(5)上記有機化合物1及び有機化合物2は、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体に含まれる天然成分であることから、抗ピロリ菌剤として用いた場合に耐性菌株を生み出し難いという利点がある。また、天然成分であることから、副作用が少なく、生体に対してより安全に適用することができる。
【実施例】
【0030】
次に、実施例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明する。
<抽出工程>
外観が赤色を呈するデュナリエラ・サリーナ(Dunaliella salina)の乾燥粉末(120g)に酢酸エチル(1L)を添加して一日、氷冷状態で浸漬させた後、上清を採取した。また、沈殿物に対して、酢酸エチル(600mL)を添加して30分間浸漬させた後、上清を採取した。そして、この沈殿物に対する再抽出操作を合計4回繰り返した。得られた全ての上清をコットンフィルタにてろ過するとともに、そのろ液を濃縮することにより、固形状の抽出物(乾燥重量9.30g)を得た。この抽出物を酢酸エチル(200mL)に溶解させることによりデュナリエラ・サリーナ抽出液を調整した。
【0031】
<単離工程>
[1.シリカゲルオープンカラムによる分画]
100%ヘキサンにて活性化させたシリカゲルカラム(40mmI.D.×350mm)に、上記デュナリエラ・サリーナ抽出液(4.65g(藻体60g当量))をアプライした。そして、44Lのヘキサン・酢酸エチル混合溶液(9:1)を用いて溶出処理を行った後、さらに44Lのヘキサン・酢酸エチル混合溶媒(7:3)を用いて溶出処理を行った。ヘキサン・酢酸エチル混合溶媒(7:3)による溶出処理にて得られた画分を回収し、これを減圧濃縮することにより第1中間精製物(0.89g)を得た。
【0032】
[2.ODSオープンカラムによる分画]
100%メタノールを用いてODSオープンカラム(30mmI.D.×130mm)を活性化させた後、100mLの70%メタノール水溶液、及び100mLの50%メタノール水溶液を用いてカラム内の溶媒を順次置換した。その後、第1中間精製物(0.73g(藻体50g当量))を50%メタノール水溶液に溶解させたものを上記ODSオープンカラムにアプライした。そして、920mLの50%メタノール水溶液を用いて溶出処理を行った後、さらに920mLの70%メタノール水溶液を用いて溶出処理を行った。70%メタノール水溶液による溶出処理にて得られた画分を回収し、これを減圧濃縮することにより第2中間精製物を得た。
【0033】
[3.HPLCによる分画]
逆相高速液体クロマトグラフィを用いて第2中間精製物の精製を行った。この精製においては、保持時間20〜22分に現れるピークにて確認される画分、及び保持時間22〜24分に現れるピークにて確認される画分をそれぞれ回収した。このときのHPLCチャートを図1に示す。そして、保持時間20〜22分に現れるピークにて確認される画分を濃縮乾固することにより、目的の化合物(実施例1)を得た。また、保持時間22〜24分に現れるピークにて確認される画分を濃縮乾固することにより、目的の化合物(実施例2)を得た。なお、HPLCの処理条件は以下のとおりである。
【0034】
column:COSMOSIL 5C18−MS−II(10mmI.D.×250mm)
column temperature:30℃
Flow rate:3.0mL/min
Solvent:65%メタノール/水
wavelength:254nm
<実施例1の構造解析>
[1.吸光スペクトル分析]
分光光度計を用いて、デュナリエラ・サリーナより単離した実施例1を、濃度40μm/mLとなるように70%メタノール水溶液に溶解させて試験液を調製した。そして、この試験液について波長200〜400nmにおける吸光スペクトルを測定した。その結果を図2に示す。吸光スペクトル分析の結果から、実施例1は231nmに極大吸収をもつことが示された。
【0035】
[2.TOF−MS分析]
実施例1の分子量を特定するためにTOF−MS分析を行った。その結果を図3に示す。ポジティブモードにてm/z361[M+H]+に分子量ピークが認められたことから、実施例1の分子量は360であると考えられる。なお、TOF−MS分析の条件は以下のとおりである。
【0036】
分析方法:インフュージョン分析
試料濃度:1ppm(70%MeOH/H2O)
Flow rate:10μL/min
Solvent:70%MeOH/H2O
Ionization interface:ESI
Mode:positive ion mode
Capillary voltage:20V
Capillary temperature:250℃
[3.NMR分析]
実施例1の分子構造を特定するためにNMR分析を行った。所定量の実施例1を分取し、これを重水素置換メタノールに溶解させて水素を置換した。その後、デシケータ内にて完全に乾燥させた後、クロロホルムに溶解させて各種NMR分析(13C−NMR、DEPT135、DEPT90、1H−NMR、HMQC、HMBC、HH−COSY)を行った。各NMR分析において得られたNMRスペクトルを図4〜10に示すとともに、13C−NMR及び1H−NMRスペクトルのケミカルシフト値(ppm)を表1及び2に示す。なお、NMR分析の条件は以下のとおりである。
【0037】
13C−NMR:125MHz
1H−NMR:500MHz
基準物質:テトラメチルシラン(TMS)
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
13C−NMR、DEPT90、及びDEPT135の結果から、18種の炭素ピークが認められ、CH3を5個、CH2を3個、CHを5個、Cを5個有することが示された。また、ケミカルシフトから酸素と結合した炭素が7個あり、そのうち1個は197.4ppmのシグナルを有することから共役したケトン基であると考えられる。そして、二重結合性の炭素のシグナルが2本存在し、二重結合が一つ存在すると考えられる。一方、1H−NMR及びHMQCの分析結果から、各炭素に対応する水素ピークが示された。とくに、二重結合性の炭素に対応する水素ピークのカップリング定数(J=16.0Hz)からトランス型の二重結合が存在することが示された。
【0040】
上記のNMR分析の結果より導き出される実施例1の組成式はC18H26O7(分子量354)となる。しかし、この分子量はTOF−MS分析の結果(m/z=360)より6低いことから、6個の酸素に水素が結合していると考えられる。したがって、TOF−MS分析とNMR分析の結果から、実施例1の組成式はC18H32O7と決定した。
【0041】
また、HMBC及びHH−COSYの結果から、実施例1は下記一般式(2)、(3)に示す部分構造を有することが示唆される。
【0042】
【化4】
さらに、HH−COSYの結果を見ると、H3とH4、H2−a、及びH2−b間のカップリングが認められ、H3はマルチプレットであることから、H3の結合する炭素の両隣に水素と結合した炭素が結合していると考えられる。また、H7とH8間のカップリングが認められ、H7はダブレットであることから、H7の結合する炭素は4級炭素と結合していると考えられる。以上の結果から、実施例1は下記一般式(1)に示す構造を有する有機化合物((E)−8−(1,2−dihydroxy−2,6,6−trimethylcyclohexyl)−5,6,7,8−tetrahydroxy−6−methyloct−3−en−2−one)であると構造決定した。
【0043】
【化5】
<実施例2の構造解析>
[1.吸光スペクトル分析]
分光光度計を用いて、デュナリエラ・サリーナより単離した実施例2を、濃度80μm/mLとなるように70%メタノール水溶液に溶解させて試験液を調製した。そして、この試験液について波長200〜400nmにおける吸光スペクトルを測定した。その結果を図11に示す。吸光スペクトル分析の結果から、実施例1は232nmに極大吸収をもつことが示された。
【0044】
[2.TOF−MS分析]
実施例2の分子量を特定するためにTOF−MS分析を行った。その結果を図12に示す。ポジティブモードにてm/z361[M+H]+に分子量ピークが認められたことから、実施例2の分子量は360であると考えられる。なお、TOF−MS分析の条件は上記と同様である。
【0045】
[3.NMR分析]
実施例2の分子構造を特定するためにNMR分析を行った。所定量の実施例2を分取し、これを重水素置換メタノールに溶解させて水素を置換した。その後、デシケータ内にて完全に乾燥させた後、クロロホルムに溶解させて各種NMR分析(13C−NMR、DEPT135、DEPT90、1H−NMR、HMQC、HMBC、HH−COSY)を行った。各NMR分析において得られたNMRスペクトルを図13〜19に示すとともに、13C−NMR及び1H−NMRスペクトルのケミカルシフト値(ppm)を表3及び4に示す。
【0046】
【表3】
【0047】
【表4】
13C−NMR、DEPT90、及びDEPT135の結果、並びに1H−NMR、HMQC、HMBC、及びHH−COSYの結果から、実施例1と同様に実施例2の構造解析を行った。その結果、実施例2も上記一般式(1)に示す構造を有する化合物((E)−8−(1,2−dihydroxy−2,6,6−trimethylcyclohexyl)−5,6,7,8−tetrahydroxy−6−methyloct−3−en−2−one)であると構造決定した。
【0048】
なお、実施例1及び実施例2のNMR分析の結果は非常に類似しているものの、同じではなかった。この結果から、実施例1と実施例2とは互いに立体異性体の関係であると考えられる。そこで、実施例1及び実施例2の13C−NMRスペクトルのケミカルシフト値(ppm)を比較した。その結果を表5に示す。
【0049】
【表5】
表5に示すように、実施例2においては実施例1と比較して、C6及びC10がそれぞれ1.3ppm、0.9ppm高磁場へ、C8及びC9がそれぞれ2.6ppm、1.6ppm低磁場へシフトしている。この結果から、実施例1と実施例2とは、C6、C8、C9、及びC10付近の不斉炭素の立体構造が異なっていると考えられる。
【0050】
<抗ピロリ菌活性の評価>
実施例1及び実施例2によるピロリ菌の増殖抑制効果(抗ピロリ菌活性)をディスク拡散法により評価した。ブルセラ寒天培地にて2日間微好気培養したピロリ菌をブルセラ液体培地に混和して、波長600nmで吸光度0.6を示す懸濁液を調製した。また、直径6mmのディスク(Whatman製Antibiotic AssayDiscs)に試料(実施例1、実施例2、又は実施例1と実施例2との質量比1:1の混合物)の溶液を染み込ませ、これを減圧乾燥させることにより、試料(乾燥質量9μg)を含むディスクを作成した。
【0051】
そして、ブルセラ寒天培地に上記懸濁液を塗布するとともに、そのブルセラ寒天培地上に上記試料を含むディスクを置いた。3日間の微好気培養(37℃、10%CO2)の後、ブルセラ寒天培地に形成された阻止円の直径を定規にて測定し、この阻止円の直径に基づいて実施例1及び実施例2によるピロリ菌の増殖抑制効果を評価した。なお、本評価試験はKYU1(NCTC11637株(米国)を高知大学医学部でスナネズミ感染を繰り返し分離した高度胃内感染定着株、抗生物質感受性株)、TK1402(日本、メトロニダゾール耐性株)、及びNY31(日本、クラリスロマイシン耐性株)の異なるピロリ菌3菌株についてそれぞれ行った。その結果を表6に示す。
【0052】
【表6】
表6に示すように、ピロリ菌3菌株に対して、実施例1では12〜18mm、実施例2では11〜14mm、実施例1と実施例2の混合物では12〜16mmの阻止円の形成を確認することができた。この結果から、実施例1及び実施例2は共に薬剤耐性のないピロリ菌だけでなく、薬剤耐性を有するピロリ菌に対しても同様の増殖抑制効果を発揮することが示された。なお、互いに異性体の関係にある実施例1及び2が略同等の抗ピロリ菌活性を有することから、上記一般式(1)で示される他の異性体においても、抗ピロリ菌活性を有することが推認される。
【0053】
<抗生物質との比較試験>
臨床で用いられている抗生物質であるアモキシシリン(AMPC)、クラリスロマイシン(CAM)、及びメトロニダゾール(MNZ)の抗ピロリ菌活性を評価し、実施例1及び実施例2との抗ピロリ菌活性の比較を行った。本試験においても、ディスク拡散法によりピロリ菌の増殖抑制効果を評価したが、ここではディスクに含ませる試料の量を変化させて11〜18mmの阻止円を形成するために必要な試料の量(乾燥質量)を求めた。その結果を表7に示す。
【0054】
【表7】
上記抗ピロリ菌活性の評価の結果から、実施例1及び実施例2の場合には、11〜18mmの阻止円を形成するために必要な試料の量は約9μgであった。これに対して、表7に示すように、アモキシリンの場合には、同様の阻止円を形成するために必要な試料の量は0.01〜0.012μgであり、3オーダー程度低い濃度で各実施例と同様の抗ピロリ菌活性を発揮することが示された。クラリスロマイシンの場合には、同様の阻止円を形成するために試料の量は0.005〜0.03μgであり、3オーダー程度低い濃度で各実施例と同様の抗ピロリ菌活性を発揮することが示された。メトロニダゾールの場合には、同様の阻止円を形成するために必要な試料の量は4〜100μgであり、各実施例と同程度、又は各実施例よりも1オーダー程度高い濃度で各実施例と同様の抗ピロリ菌活性を発揮することが示された。これらの結果から、実施例1及び実施例2は、メトロニダゾールと同程度、又はそれ以上の抗ピロリ菌活性を有することが分かる。
【0055】
<抗生物質との併用試験>
実施例1及び実施例2と各抗生物質とを併用した場合におけるピロリ菌の増殖抑制効果をディスク拡散法により評価した。本試験では、9μg(乾燥質量)の実施例1又は実施例2を含むディスクに対して、上記試験にて11〜18mmの阻止円の形成が認められた含量(上記表7に示した量)で各抗生物質をさらに含ませるように処理したディスクを使用して試験を行った。また、比較対照として、実施例1、実施例2、及び各抗生物質を単独で含ませたディスクを用いて同様の試験を行った。その結果を表8に示す。
【0056】
【表8】
表8に示すように、菌株KYU1に対して、実施例1、実施例2、及び各抗生物質単独の場合には14〜17mmの阻止円の形成が確認された。一方、実施例1又は実施例2と各抗生物質とを併用した場合には、単独の場合よりも大きい15〜25mmの阻止円の形成が確認された。また、菌株TK1402及び菌株NY31に対しても同様に、実施例1又は実施例2と各抗生物質とを併用した場合には、単独の場合よりも大きい阻止円の形成が確認された。これらの結果から、実施例1及び実施例2は抗生物質の抗ピロリ菌活性を阻害することなく、抗生物質と協調して抗ピロリ菌活性を発揮することが分かる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ピロリ菌活性を有する有機化合物、その製造方法、及び抗ピロリ菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ピロリ菌(Helicobacter pylori)は、ヒト等の胃や十二指腸に生息するらせん型の細菌であり、胃炎、胃潰瘍、胃がん、及び十二指腸潰瘍等の疾病を引き起こす原因細菌として知られている。現在、ピロリ菌の除菌療法としては、抗生物質を用いた療法、例えば胃酸過多による副作用を抑えるためのプロトンポンプ阻害剤1剤(ランソプラゾール、又はオメプラゾール)と、抗生物質2剤(アモキシシリン及びクラリスロマイシン)の3剤を併用したトリプルセラピーが用いられている。このトリプルセラピーによる除菌成功率は90%を超えるとされてきたが、抗生物質耐性菌株の増加による除菌失敗例も数多く報告されるようになってきている。
【0003】
そのため、近年では耐性菌株を生み出し難いと考えられる天然物由来、特に食品素材由来の抗ピロリ菌剤に注目が集まっている。このような天然物由来の抗ピロリ菌剤としては、例えば特許文献1に開示されるものが知られている。特許文献1の抗ピロリ菌剤は、月見草に含有される特定のポリフェノールが有する抗ピロリ菌活性に基づくものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−352644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明は、本発明者らの鋭意研究の結果、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から新規な有機化合物を単離したことによりなされたものである。また、かかる化合物について抗ピロリ菌活性を見出したことによりなされたものである。本発明の目的は、医薬品・食品等の様々な用途に適用することができる有機化合物、及びその製造方法を提供することにある。また、有用な抗ピロリ菌活性を発揮する抗ピロリ菌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために請求項1に記載の有機化合物は、下記一般式(1):
【化1】
で示されることを特徴とする。
【0007】
請求項2に記載の有機化合物は、請求項1に記載の発明において、下記理化学的性質):
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.5(CH2,C−2),19.5(CH2,C−3),31.9(CH2,C−4),79.1(C,C−5),65.5(C,C−6),52.9(CH,C−7),77.4(CH,C−8),63.4(C,C−9),59.2(CH,C−10),134.1(CH,C−11),140.8(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.4(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.3(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),14.6(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.40(1H,dd,J=25.0Hz,J=12.5Hz,H−2a),1.53(1H,ddd,J=12.5Hz,J=12.5Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.71(2H,m,H−3),1.42(2H,m,H−4),3.50(1H,d,J=3.5Hz,H−7),4.19(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.92(1H,d,J=6.0Hz,H−10),6.39(1H,d,J=16.0Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.27(3H,s,H−14),1.15(3H,s,H−15),0.80(3H,s,H−16),1.63(3H,s,H−17),1.46(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする。
【0008】
請求項3に記載の有機化合物は、請求項1に記載の発明において、下記理化学的性質:
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.6(CH2,C−2),19.6(CH2,C−3),32.0(CH2,C−4),79.5(C,C−5),64.2(C,C−6),52.8(CH,C−7),80.0(CH,C−8),65.0(C,C−9),58.3(CH,C−10),134.3(CH,C−11),140.5(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.6(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.5(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),15.0(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.39(1H,dt,J=13.0Hz,J=3.5Hz,H−2a),1.55(1H,dd,J=13.0Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.73(2H,m,H−3),1.27(1H,dd,J=11.0Hz,J=5.5Hz,H−4a),1.46(1H,dd,J=11.0Hz,J=7.5Hz,H−4b),3.44(1H,d,J=4.0Hz,H−7),4.04(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.89(1H,dd,J=6.5Hz,J=1.5Hz,H−10),6.40(1H,dd,J=16.0Hz,J=1.5Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.29(3H,s,H−14),1.16(3H,s,H−15),0.73(3H,s,H−16),1.65(3H,s,H−17),1.51(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする。
【0009】
請求項4に記載の抗ピロリ菌剤は、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の有機化合物を有効成分として含有することを特徴とする。
請求項5に記載の有機化合物の製造方法は、下記一般式(1):
【化2】
で示される有機化合物の製造方法であって、水、親水性有機溶媒、又は水と親水性有機溶媒との混合溶媒を用いて、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から前記有機化合物を含む抽出物を抽出する抽出工程と、前記抽出物から前記有機化合物を単離する単離工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、新規な有機化合物、その製造方法、及び抗ピロリ菌剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】第2中間精製物のHPLCチャート。
【図2】実施例1の吸光スペクトル。
【図3】実施例1におけるTOF−MSの測定結果。
【図4】実施例1の13C−NMRスペクトル。
【図5】実施例1のDEPT135スペクトル。
【図6】実施例1のDEPT90スペクトル。
【図7】実施例1の1H−NMRスペクトル。
【図8】実施例1のHMQCスペクトル。
【図9】実施例1のHMBCスペクトル。
【図10】実施例1のHH−COSYスペクトル。
【図11】実施例2の吸光スペクトル。
【図12】実施例2におけるTOF−MSの測定結果。
【図13】実施例2の13C−NMRスペクトル。
【図14】実施例2のDEPT135スペクトル。
【図15】実施例2のDEPT90スペクトル。
【図16】実施例2の1H−NMRスペクトル。
【図17】実施例2のHMQCスペクトル。
【図18】実施例2のHMBCスペクトル。
【図19】実施例2のHH−COSYスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を具体化した実施形態の有機化合物及び抗ピロリ菌剤を詳細に説明する。
本実施形態の有機化合物は、下記一般式(1):
【化3】
に示される有機化合物((E)−8−(1,2−dihydroxy−2,6,6−trimethylcyclohexyl)−5,6,7,8−tetrahydroxy−6−methyloct−3−en−2−one)である。
【0013】
上記有機化合物は、5位、6位、7位、8位、9位、及び10位に合計6個の不斉炭素を有している。そのため、理論上64個(26個)の立体異性体が存在する。それら上記有機化合物の立体異性体のなかでも、さらに下記理化学的性質を有する2種類の立体異性体(以下、それぞれ有機化合物1及び有機化合物2と記載する。)は入手容易性に優れている。
【0014】
有機化合物1は以下の理化学的性質を有する。
NMRスペクトル(図4及び図7参照):
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.5(CH2,C−2),19.5(CH2,C−3),31.9(CH2,C−4),79.1(C,C−5),65.5(C,C−6),52.9(CH,C−7),77.4(CH,C−8),63.4(C,C−9),59.2(CH,C−10),134.1(CH,C−11),140.8(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.4(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.3(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),14.6(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.40(1H,dd,J=25.0Hz,J=12.5Hz,H−2a),1.53(1H,ddd,J=12.5Hz,J=12.5Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.71(2H,m,H−3),1.42(2H,m,H−4),3.50(1H,d,J=3.5Hz,H−7),4.19(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.92(1H,d,J=6.0Hz,H−10),6.39(1H,d,J=16.0Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.27(3H,s,H−14),1.15(3H,s,H−15),0.80(3H,s,H−16),1.63(3H,s,H−17),1.46(3H,s,H−18)
有機化合物2は以下の理化学的性質を有する。
【0015】
NMRスペクトル(図13及び図16参照):
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.6(CH2,C−2),19.6(CH2,C−3),32.0(CH2,C−4),79.5(C,C−5),64.2(C,C−6),52.8(CH,C−7),80.0(CH,C−8),65.0(C,C−9),58.3(CH,C−10),134.3(CH,C−11),140.5(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.6(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.5(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),15.0(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.39(1H,dt,J=13.0Hz,J=3.5Hz,H−2a),1.55(1H,dd,J=13.0Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.73(2H,m,H−3),1.27(1H,dd,J=11.0Hz,J=5.5Hz,H−4a),1.46(1H,dd,J=11.0Hz,J=7.5Hz,H−4b),3.44(1H,d,J=4.0Hz,H−7),4.04(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.89(1H,dd,J=6.5Hz,J=1.5Hz,H−10),6.40(1H,dd,J=16.0Hz,J=1.5Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.29(3H,s,H−14),1.16(3H,s,H−15),0.73(3H,s,H−16),1.65(3H,s,H−17),1.51(3H,s,H−18)
次に、本実施形態の有機化合物のうち、例えば上記有機化合物1及び有機化合物2を得る方法について説明する。
【0016】
上記有機化合物1及び有機化合物2は、緑藻網(Chlorophyceae)オオヒゲマワリ目(Volvocales)のデュナリエラ属(Dunaliella)に属する微細網の藻体を原料として抽出工程及び単離工程を経ることにより得られる。
【0017】
[原料]
原料となる緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体としては、例えばデュナリエラ・サリーナ(Dunaliella salina)、及びデュナリエラ・バーダウィル(Dunaliella bardawil)が挙げられる。上記微細網の藻体は、天然に自生する藻体であってもよいし、人工的に培養した藻体(例えば、商業ベースで大量栽培生産されている藻体)であってもよい。なお、安定供給が可能である点や品質保持が容易である点から、人工的に培養した藻体を用いることが工業的に好適である。
【0018】
また、上記微細網の藻体なかでも、β−カロテン等のカロテノイドを細胞内に蓄積した外観が赤色(黄橙色)を呈する藻体を用いることが特に好ましい。上記微細網の藻体は、通常の生育条件では光合成色素(クロロフィルa,b)を体内に蓄積するため、外観が緑色を呈するが、特定の条件(例えば、高塩濃度)で生育した場合には、β−カロテン等のカロテノイドを生合成するとともに同カロテノイドを細胞内に蓄積して赤色を呈する。外観が赤色を呈する藻体は、公知の生育方法、例えば特開2007−210917号公報に記載されている方法により得ることができる。
【0019】
また、原料としての上記微細網の藻体は、採取したままの状態、採取後に破砕処理した状態、採取後に乾燥処理した状態、並びに採取後に破砕処理及び乾燥処理した状態のいずれの状態であってもよい。
【0020】
[抽出工程]
抽出工程は、原料としての上記微細網の藻体から、上記有機化合物1及び有機化合物2を含む抽出物を抽出する工程である。抽出工程に用いる抽出溶媒としては、水、親水性有機溶媒、又は水と親水性有機溶媒との混合溶媒を用いることができる。上記親水性有機溶媒としては、例えば、メタノールやエタノール等の低級アルコール類、アセトン、及び酢酸エチルが挙げられる。なお、抽出溶媒中に、水及び親水性有機溶媒以外の溶媒が少量含有されていてもよいし、その他の添加剤、例えば、有機塩、無機塩、緩衝剤、及び乳化剤等が溶解されていてもよい。
【0021】
抽出方法としては、公知の抽出方法、例えば冷水抽出、温水抽出、熱水抽出、及び蒸気抽出のいずれの方法を用いてもよいが、特に冷水抽出を用いることが好ましい。また、抽出温度は0〜30℃であることが好ましく、0〜15℃であることがより好ましい。なお、抽出時間は特に限定されるものではないが、10〜120分間程度であることが好ましい。
【0022】
抽出操作としては、抽出溶媒中に原料である上記微細網の藻体を所定時間浸漬させる。その際、抽出溶媒中における原料の濃度は特に限定されないが、5〜50質量%とすることが好ましく、5〜15質量%とすることがより好ましい。原料の濃度を5%未満とした場合には、得られる抽出液中における上記有機化合物1及び有機化合物2の濃度が低くなることから濃縮処理等の後処理が煩雑となる。一方、原料の濃度が50%を超える場合には、上記有機化合物1及び有機化合物2の回収率が低くなるおそれがある。
【0023】
こうした抽出操作においては、抽出効率を高めるべく、必要に応じて攪拌処理、加圧処理、及び超音波処理等の処理をさらに行ってもよい。また、抽出操作は同一の原料に対して一回のみ行なってもよいし、複数回繰り返して行なってもよい。そして、抽出操作の後に固液分離操作が行われることで、抽出液(上清)と原料の残渣とを分離する。固液分離処理の方法としては、例えばろ過や遠心分離等の公知の分離法を用いることができる。また、必要に応じて得られた抽出液(抽出物)の濃縮を行う。
【0024】
[単離工程]
単離工程は、抽出工程にて得られた抽出物中に含まれる上記有機化合物1及び有機化合物2を単離する工程である。上記有機化合物1及び有機化合物2は、上記抽出物を1又は2以上のクロマトグラフィを用いて精製することにより単離される。クロマトグラフィとしては、公知のクロマトグラフィ、例えば液体クロマトグラフィ、超臨界流体クロマトグラフィ、及び薄層クロマトグラフィを用いることができる。液体クロマトグラフィとしては、例えばカラムクロマトグラフィを用いることができ、より具体的には高速液体クロマトグラフィ(HPLC)及びオープンカラムクロマトグラフィを挙げることができる。クロマトグラフィ担体としては、例えばイオン交換クロマトグラフィ、分配クロマトグラフィ(順相・逆相クロマトグラフィ)、吸着クロマトグラフィ、及び分子排斥クロマトグラフィが挙げられる。分配クロマトグラフィとして、より具体的にはシリカゲル担体やODS担体を用いることが分離効率の観点から好ましい。それらのクロマトグラフィを適宜組み合わせて、公知の使用方法で上記有機化合物1及び有機化合物2を単離・精製することができる。
【0025】
なお、本実施形態の有機化合物は、上記微細網の藻体から抽出及び単離する方法に限らず、有機化学合成(半合成を含む)等により製造してもよい。
次に、本実施形態の抗ピロリ菌剤について説明する。
【0026】
本実施形態の抗ピロリ菌剤は、上記一般式(1)で示される有機化合物を有効成分として含有する。この抗ピロリ菌剤は、例えば健康食品や食品等の飲食品等の添加剤、医薬品、及び医薬部外品として有用である。抗ピロリ菌剤は液状であってもよいし、固体状であってもよい。それらの剤形としては、特に限定されないが、例えば散剤、粉剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、液剤等が挙げられる。また、本発明の目的を損なわない範囲において、賦形剤、基剤、乳化剤、安定剤、溶剤、香料、甘味料等の添加剤を配合してもよい。
【0027】
次に、本実施形態における効果について以下に記載する。
(1)本実施形態の有機化合物は新規化合物であり、医薬品・飲食品等の様々な用途に適用することができる。
【0028】
(2)本実施形態の有機化合物は抗ピロリ菌活性を発揮する。したがって、同有機化合物を有効成分とする抗ピロリ菌剤を提供することができる。
(3)本実施形態の有機化合物は、抗ピロリ菌活性を有する公知の抗生物質(例えば、アモキシシリン、クラリスロマイシン、及びメトロニダゾール)と併用した場合にも、抗生物質の抗ピロリ菌活性を阻害することなく、抗生物質と協調して抗ピロリ菌活性を発揮することができる。また、抗生物質耐性のピロリ菌にも適用することができる。
【0029】
(4)本実施形態の有機化合物のなかでも、特定の理化学的性質を示す上記有機化合物1及び有機化合物2は、入手容易性の観点において優れている。
(5)上記有機化合物1及び有機化合物2は、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体に含まれる天然成分であることから、抗ピロリ菌剤として用いた場合に耐性菌株を生み出し難いという利点がある。また、天然成分であることから、副作用が少なく、生体に対してより安全に適用することができる。
【実施例】
【0030】
次に、実施例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明する。
<抽出工程>
外観が赤色を呈するデュナリエラ・サリーナ(Dunaliella salina)の乾燥粉末(120g)に酢酸エチル(1L)を添加して一日、氷冷状態で浸漬させた後、上清を採取した。また、沈殿物に対して、酢酸エチル(600mL)を添加して30分間浸漬させた後、上清を採取した。そして、この沈殿物に対する再抽出操作を合計4回繰り返した。得られた全ての上清をコットンフィルタにてろ過するとともに、そのろ液を濃縮することにより、固形状の抽出物(乾燥重量9.30g)を得た。この抽出物を酢酸エチル(200mL)に溶解させることによりデュナリエラ・サリーナ抽出液を調整した。
【0031】
<単離工程>
[1.シリカゲルオープンカラムによる分画]
100%ヘキサンにて活性化させたシリカゲルカラム(40mmI.D.×350mm)に、上記デュナリエラ・サリーナ抽出液(4.65g(藻体60g当量))をアプライした。そして、44Lのヘキサン・酢酸エチル混合溶液(9:1)を用いて溶出処理を行った後、さらに44Lのヘキサン・酢酸エチル混合溶媒(7:3)を用いて溶出処理を行った。ヘキサン・酢酸エチル混合溶媒(7:3)による溶出処理にて得られた画分を回収し、これを減圧濃縮することにより第1中間精製物(0.89g)を得た。
【0032】
[2.ODSオープンカラムによる分画]
100%メタノールを用いてODSオープンカラム(30mmI.D.×130mm)を活性化させた後、100mLの70%メタノール水溶液、及び100mLの50%メタノール水溶液を用いてカラム内の溶媒を順次置換した。その後、第1中間精製物(0.73g(藻体50g当量))を50%メタノール水溶液に溶解させたものを上記ODSオープンカラムにアプライした。そして、920mLの50%メタノール水溶液を用いて溶出処理を行った後、さらに920mLの70%メタノール水溶液を用いて溶出処理を行った。70%メタノール水溶液による溶出処理にて得られた画分を回収し、これを減圧濃縮することにより第2中間精製物を得た。
【0033】
[3.HPLCによる分画]
逆相高速液体クロマトグラフィを用いて第2中間精製物の精製を行った。この精製においては、保持時間20〜22分に現れるピークにて確認される画分、及び保持時間22〜24分に現れるピークにて確認される画分をそれぞれ回収した。このときのHPLCチャートを図1に示す。そして、保持時間20〜22分に現れるピークにて確認される画分を濃縮乾固することにより、目的の化合物(実施例1)を得た。また、保持時間22〜24分に現れるピークにて確認される画分を濃縮乾固することにより、目的の化合物(実施例2)を得た。なお、HPLCの処理条件は以下のとおりである。
【0034】
column:COSMOSIL 5C18−MS−II(10mmI.D.×250mm)
column temperature:30℃
Flow rate:3.0mL/min
Solvent:65%メタノール/水
wavelength:254nm
<実施例1の構造解析>
[1.吸光スペクトル分析]
分光光度計を用いて、デュナリエラ・サリーナより単離した実施例1を、濃度40μm/mLとなるように70%メタノール水溶液に溶解させて試験液を調製した。そして、この試験液について波長200〜400nmにおける吸光スペクトルを測定した。その結果を図2に示す。吸光スペクトル分析の結果から、実施例1は231nmに極大吸収をもつことが示された。
【0035】
[2.TOF−MS分析]
実施例1の分子量を特定するためにTOF−MS分析を行った。その結果を図3に示す。ポジティブモードにてm/z361[M+H]+に分子量ピークが認められたことから、実施例1の分子量は360であると考えられる。なお、TOF−MS分析の条件は以下のとおりである。
【0036】
分析方法:インフュージョン分析
試料濃度:1ppm(70%MeOH/H2O)
Flow rate:10μL/min
Solvent:70%MeOH/H2O
Ionization interface:ESI
Mode:positive ion mode
Capillary voltage:20V
Capillary temperature:250℃
[3.NMR分析]
実施例1の分子構造を特定するためにNMR分析を行った。所定量の実施例1を分取し、これを重水素置換メタノールに溶解させて水素を置換した。その後、デシケータ内にて完全に乾燥させた後、クロロホルムに溶解させて各種NMR分析(13C−NMR、DEPT135、DEPT90、1H−NMR、HMQC、HMBC、HH−COSY)を行った。各NMR分析において得られたNMRスペクトルを図4〜10に示すとともに、13C−NMR及び1H−NMRスペクトルのケミカルシフト値(ppm)を表1及び2に示す。なお、NMR分析の条件は以下のとおりである。
【0037】
13C−NMR:125MHz
1H−NMR:500MHz
基準物質:テトラメチルシラン(TMS)
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
13C−NMR、DEPT90、及びDEPT135の結果から、18種の炭素ピークが認められ、CH3を5個、CH2を3個、CHを5個、Cを5個有することが示された。また、ケミカルシフトから酸素と結合した炭素が7個あり、そのうち1個は197.4ppmのシグナルを有することから共役したケトン基であると考えられる。そして、二重結合性の炭素のシグナルが2本存在し、二重結合が一つ存在すると考えられる。一方、1H−NMR及びHMQCの分析結果から、各炭素に対応する水素ピークが示された。とくに、二重結合性の炭素に対応する水素ピークのカップリング定数(J=16.0Hz)からトランス型の二重結合が存在することが示された。
【0040】
上記のNMR分析の結果より導き出される実施例1の組成式はC18H26O7(分子量354)となる。しかし、この分子量はTOF−MS分析の結果(m/z=360)より6低いことから、6個の酸素に水素が結合していると考えられる。したがって、TOF−MS分析とNMR分析の結果から、実施例1の組成式はC18H32O7と決定した。
【0041】
また、HMBC及びHH−COSYの結果から、実施例1は下記一般式(2)、(3)に示す部分構造を有することが示唆される。
【0042】
【化4】
さらに、HH−COSYの結果を見ると、H3とH4、H2−a、及びH2−b間のカップリングが認められ、H3はマルチプレットであることから、H3の結合する炭素の両隣に水素と結合した炭素が結合していると考えられる。また、H7とH8間のカップリングが認められ、H7はダブレットであることから、H7の結合する炭素は4級炭素と結合していると考えられる。以上の結果から、実施例1は下記一般式(1)に示す構造を有する有機化合物((E)−8−(1,2−dihydroxy−2,6,6−trimethylcyclohexyl)−5,6,7,8−tetrahydroxy−6−methyloct−3−en−2−one)であると構造決定した。
【0043】
【化5】
<実施例2の構造解析>
[1.吸光スペクトル分析]
分光光度計を用いて、デュナリエラ・サリーナより単離した実施例2を、濃度80μm/mLとなるように70%メタノール水溶液に溶解させて試験液を調製した。そして、この試験液について波長200〜400nmにおける吸光スペクトルを測定した。その結果を図11に示す。吸光スペクトル分析の結果から、実施例1は232nmに極大吸収をもつことが示された。
【0044】
[2.TOF−MS分析]
実施例2の分子量を特定するためにTOF−MS分析を行った。その結果を図12に示す。ポジティブモードにてm/z361[M+H]+に分子量ピークが認められたことから、実施例2の分子量は360であると考えられる。なお、TOF−MS分析の条件は上記と同様である。
【0045】
[3.NMR分析]
実施例2の分子構造を特定するためにNMR分析を行った。所定量の実施例2を分取し、これを重水素置換メタノールに溶解させて水素を置換した。その後、デシケータ内にて完全に乾燥させた後、クロロホルムに溶解させて各種NMR分析(13C−NMR、DEPT135、DEPT90、1H−NMR、HMQC、HMBC、HH−COSY)を行った。各NMR分析において得られたNMRスペクトルを図13〜19に示すとともに、13C−NMR及び1H−NMRスペクトルのケミカルシフト値(ppm)を表3及び4に示す。
【0046】
【表3】
【0047】
【表4】
13C−NMR、DEPT90、及びDEPT135の結果、並びに1H−NMR、HMQC、HMBC、及びHH−COSYの結果から、実施例1と同様に実施例2の構造解析を行った。その結果、実施例2も上記一般式(1)に示す構造を有する化合物((E)−8−(1,2−dihydroxy−2,6,6−trimethylcyclohexyl)−5,6,7,8−tetrahydroxy−6−methyloct−3−en−2−one)であると構造決定した。
【0048】
なお、実施例1及び実施例2のNMR分析の結果は非常に類似しているものの、同じではなかった。この結果から、実施例1と実施例2とは互いに立体異性体の関係であると考えられる。そこで、実施例1及び実施例2の13C−NMRスペクトルのケミカルシフト値(ppm)を比較した。その結果を表5に示す。
【0049】
【表5】
表5に示すように、実施例2においては実施例1と比較して、C6及びC10がそれぞれ1.3ppm、0.9ppm高磁場へ、C8及びC9がそれぞれ2.6ppm、1.6ppm低磁場へシフトしている。この結果から、実施例1と実施例2とは、C6、C8、C9、及びC10付近の不斉炭素の立体構造が異なっていると考えられる。
【0050】
<抗ピロリ菌活性の評価>
実施例1及び実施例2によるピロリ菌の増殖抑制効果(抗ピロリ菌活性)をディスク拡散法により評価した。ブルセラ寒天培地にて2日間微好気培養したピロリ菌をブルセラ液体培地に混和して、波長600nmで吸光度0.6を示す懸濁液を調製した。また、直径6mmのディスク(Whatman製Antibiotic AssayDiscs)に試料(実施例1、実施例2、又は実施例1と実施例2との質量比1:1の混合物)の溶液を染み込ませ、これを減圧乾燥させることにより、試料(乾燥質量9μg)を含むディスクを作成した。
【0051】
そして、ブルセラ寒天培地に上記懸濁液を塗布するとともに、そのブルセラ寒天培地上に上記試料を含むディスクを置いた。3日間の微好気培養(37℃、10%CO2)の後、ブルセラ寒天培地に形成された阻止円の直径を定規にて測定し、この阻止円の直径に基づいて実施例1及び実施例2によるピロリ菌の増殖抑制効果を評価した。なお、本評価試験はKYU1(NCTC11637株(米国)を高知大学医学部でスナネズミ感染を繰り返し分離した高度胃内感染定着株、抗生物質感受性株)、TK1402(日本、メトロニダゾール耐性株)、及びNY31(日本、クラリスロマイシン耐性株)の異なるピロリ菌3菌株についてそれぞれ行った。その結果を表6に示す。
【0052】
【表6】
表6に示すように、ピロリ菌3菌株に対して、実施例1では12〜18mm、実施例2では11〜14mm、実施例1と実施例2の混合物では12〜16mmの阻止円の形成を確認することができた。この結果から、実施例1及び実施例2は共に薬剤耐性のないピロリ菌だけでなく、薬剤耐性を有するピロリ菌に対しても同様の増殖抑制効果を発揮することが示された。なお、互いに異性体の関係にある実施例1及び2が略同等の抗ピロリ菌活性を有することから、上記一般式(1)で示される他の異性体においても、抗ピロリ菌活性を有することが推認される。
【0053】
<抗生物質との比較試験>
臨床で用いられている抗生物質であるアモキシシリン(AMPC)、クラリスロマイシン(CAM)、及びメトロニダゾール(MNZ)の抗ピロリ菌活性を評価し、実施例1及び実施例2との抗ピロリ菌活性の比較を行った。本試験においても、ディスク拡散法によりピロリ菌の増殖抑制効果を評価したが、ここではディスクに含ませる試料の量を変化させて11〜18mmの阻止円を形成するために必要な試料の量(乾燥質量)を求めた。その結果を表7に示す。
【0054】
【表7】
上記抗ピロリ菌活性の評価の結果から、実施例1及び実施例2の場合には、11〜18mmの阻止円を形成するために必要な試料の量は約9μgであった。これに対して、表7に示すように、アモキシリンの場合には、同様の阻止円を形成するために必要な試料の量は0.01〜0.012μgであり、3オーダー程度低い濃度で各実施例と同様の抗ピロリ菌活性を発揮することが示された。クラリスロマイシンの場合には、同様の阻止円を形成するために試料の量は0.005〜0.03μgであり、3オーダー程度低い濃度で各実施例と同様の抗ピロリ菌活性を発揮することが示された。メトロニダゾールの場合には、同様の阻止円を形成するために必要な試料の量は4〜100μgであり、各実施例と同程度、又は各実施例よりも1オーダー程度高い濃度で各実施例と同様の抗ピロリ菌活性を発揮することが示された。これらの結果から、実施例1及び実施例2は、メトロニダゾールと同程度、又はそれ以上の抗ピロリ菌活性を有することが分かる。
【0055】
<抗生物質との併用試験>
実施例1及び実施例2と各抗生物質とを併用した場合におけるピロリ菌の増殖抑制効果をディスク拡散法により評価した。本試験では、9μg(乾燥質量)の実施例1又は実施例2を含むディスクに対して、上記試験にて11〜18mmの阻止円の形成が認められた含量(上記表7に示した量)で各抗生物質をさらに含ませるように処理したディスクを使用して試験を行った。また、比較対照として、実施例1、実施例2、及び各抗生物質を単独で含ませたディスクを用いて同様の試験を行った。その結果を表8に示す。
【0056】
【表8】
表8に示すように、菌株KYU1に対して、実施例1、実施例2、及び各抗生物質単独の場合には14〜17mmの阻止円の形成が確認された。一方、実施例1又は実施例2と各抗生物質とを併用した場合には、単独の場合よりも大きい15〜25mmの阻止円の形成が確認された。また、菌株TK1402及び菌株NY31に対しても同様に、実施例1又は実施例2と各抗生物質とを併用した場合には、単独の場合よりも大きい阻止円の形成が確認された。これらの結果から、実施例1及び実施例2は抗生物質の抗ピロリ菌活性を阻害することなく、抗生物質と協調して抗ピロリ菌活性を発揮することが分かる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1):
【化1】
で示されることを特徴とする有機化合物。
【請求項2】
下記理化学的性質:
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.5(CH2,C−2),19.5(CH2,C−3),31.9(CH2,C−4),79.1(C,C−5),65.5(C,C−6),52.9(CH,C−7),77.4(CH,C−8),63.4(C,C−9),59.2(CH,C−10),134.1(CH,C−11),140.8(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.4(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.3(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),14.6(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.40(1H,dd,J=25.0Hz,J=12.5Hz,H−2a),1.53(1H,ddd,J=12.5Hz,J=12.5Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.71(2H,m,H−3),1.42(2H,m,H−4),3.50(1H,d,J=3.5Hz,H−7),4.19(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.92(1H,d,J=6.0Hz,H−10),6.39(1H,d,J=16.0Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.27(3H,s,H−14),1.15(3H,s,H−15),0.80(3H,s,H−16),1.63(3H,s,H−17),1.46(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする請求項1に記載の有機化合物。
【請求項3】
下記理化学的性質:
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.6(CH2,C−2),19.6(CH2,C−3),32.0(CH2,C−4),79.5(C,C−5),64.2(C,C−6),52.8(CH,C−7),80.0(CH,C−8),65.0(C,C−9),58.3(CH,C−10),134.3(CH,C−11),140.5(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.6(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.5(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),15.0(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.39(1H,dt,J=13.0Hz,J=3.5Hz,H−2a),1.55(1H,dd,J=13.0Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.73(2H,m,H−3),1.27(1H,dd,J=11.0Hz,J=5.5Hz,H−4a),1.46(1H,dd,J=11.0Hz,J=7.5Hz,H−4b),3.44(1H,d,J=4.0Hz,H−7),4.04(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.89(1H,dd,J=6.5Hz,J=1.5Hz,H−10),6.40(1H,dd,J=16.0Hz,J=1.5Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.29(3H,s,H−14),1.16(3H,s,H−15),0.73(3H,s,H−16),1.65(3H,s,H−17),1.51(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする請求項1に記載の有機化合物。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の有機化合物を有効成分として含有することを特徴とする抗ピロリ菌剤。
【請求項5】
下記一般式(1):
【化2】
で示されることを特徴とする有機化合物の製造方法であって、
水、親水性有機溶媒、又は水と親水性有機溶媒との混合溶媒を用いて、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から前記有機化合物を含む抽出物を抽出する抽出工程と、
前記抽出物から前記有機化合物を単離する単離工程とを有することを特徴とする有機化合物の製造方法。
【請求項1】
下記一般式(1):
【化1】
で示されることを特徴とする有機化合物。
【請求項2】
下記理化学的性質:
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.5(CH2,C−2),19.5(CH2,C−3),31.9(CH2,C−4),79.1(C,C−5),65.5(C,C−6),52.9(CH,C−7),77.4(CH,C−8),63.4(C,C−9),59.2(CH,C−10),134.1(CH,C−11),140.8(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.4(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.3(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),14.6(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.40(1H,dd,J=25.0Hz,J=12.5Hz,H−2a),1.53(1H,ddd,J=12.5Hz,J=12.5Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.71(2H,m,H−3),1.42(2H,m,H−4),3.50(1H,d,J=3.5Hz,H−7),4.19(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.92(1H,d,J=6.0Hz,H−10),6.39(1H,d,J=16.0Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.27(3H,s,H−14),1.15(3H,s,H−15),0.80(3H,s,H−16),1.63(3H,s,H−17),1.46(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする請求項1に記載の有機化合物。
【請求項3】
下記理化学的性質:
13C−NMR(125MHz/CDCl3)δ(ppm):34.1(C,C−1),37.6(CH2,C−2),19.6(CH2,C−3),32.0(CH2,C−4),79.5(C,C−5),64.2(C,C−6),52.8(CH,C−7),80.0(CH,C−8),65.0(C,C−9),58.3(CH,C−10),134.3(CH,C−11),140.5(CH,C−12),197.4(C,C−13),27.6(CH3,C−14),24.6(CH3,C−15),25.5(CH3,C−16),23.9(CH3,C−17),15.0(CH3,C−18)
1H−NMR(500MHz/CDCl3)δ(ppm):1.39(1H,dt,J=13.0Hz,J=3.5Hz,H−2a),1.55(1H,dd,J=13.0Hz,J=5.5Hz,H−2b),1.73(2H,m,H−3),1.27(1H,dd,J=11.0Hz,J=5.5Hz,H−4a),1.46(1H,dd,J=11.0Hz,J=7.5Hz,H−4b),3.44(1H,d,J=4.0Hz,H−7),4.04(1H,d,J=3.5Hz,H−8),3.89(1H,dd,J=6.5Hz,J=1.5Hz,H−10),6.40(1H,dd,J=16.0Hz,J=1.5Hz,H−11),6.71(1H,dd,J=16.0Hz,J=6.0Hz,H−12),2.29(3H,s,H−14),1.16(3H,s,H−15),0.73(3H,s,H−16),1.65(3H,s,H−17),1.51(3H,s,H−18)
を有することを特徴とする請求項1に記載の有機化合物。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の有機化合物を有効成分として含有することを特徴とする抗ピロリ菌剤。
【請求項5】
下記一般式(1):
【化2】
で示されることを特徴とする有機化合物の製造方法であって、
水、親水性有機溶媒、又は水と親水性有機溶媒との混合溶媒を用いて、緑藻網オオヒゲマワリ目のデュナリエラ属に属する微細網の藻体から前記有機化合物を含む抽出物を抽出する抽出工程と、
前記抽出物から前記有機化合物を単離する単離工程とを有することを特徴とする有機化合物の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2012−214426(P2012−214426A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−82248(P2011−82248)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(593206964)マイクロアルジェコーポレーション株式会社 (17)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(593206964)マイクロアルジェコーポレーション株式会社 (17)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]