説明

有機合成反応用触媒、並びにこれを用いたアルコール類の酸化方法及びジアリールエーテル類の製造方法

【解決課題】安価でかつ安定であって簡便に利用可能であり、触媒活性が高くて高い転化率(反応効率)を達成でき、しかも、失活し難くてリサイクル性にも優れており、各種の有機合成反応において好適に利用可能な有機合成反応用触媒、及びこれを用いたアルコール類の酸化方法やジアリールエーテル類の製造方法を提供する。
【解決手段】有機化合物の合成反応に用いられる触媒であって、前記触媒が、鉄元素を含むナノ粒子に溶媒が配位した溶媒配位鉄ナノ粒子からなる有機合成反応用触媒であり、また、この有機合成反応用触媒を用いたアルコール類の酸化方法及びジアリールエーテル類の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、有機化合物の合成反応に用いられる触媒に係り、特に、鉄元素を含むナノ粒子に溶媒が配位した溶媒配位鉄ナノ粒子からなる有機合成反応用触媒、並びにこれを用いたアルコール類の酸化方法及びジアリールエーテル類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、無機ナノ粒子を触媒として用いる有機合成反応が検討され始めており、有機合成反応の反応触媒として、貴金属(Pd、Au等)を使用できることが報告されている(特許文献1及び2)。例えば、特許文献1においては、両親媒性高分子により水溶液中に分散安定化させた粒子径2nm以上100nm以下の金ナノ粒子が、アルコールからケトン、カルボン酸、又はエステルを合成する酸化反応において触媒として有用であることが報告されており、また、特許文献2においては、スチレン系高分子を担持したナノサイズの金-白金が、二級アルコールの酸化反応において触媒効果を有することが報告されている。しかしながら、貴金属ナノ粒子や、貴金属ナノ粒子を担持した触媒は高価であり、特に工業的規模での有機合成においてはコストが高くなるという問題がある。
【0003】
一方、貴金属を含まない酸化触媒及び有機合成触媒として、鉄ナノ粒子又は酸化鉄ナノ粒子を用いる方法が報告されている(特許文献3及び4、非特許文献1)。例えば、特許文献3においては、二酸化珪素に担持された粒子径1nm以上の鉄ナノ粒子が、酸化反応等の有機合成用触媒として使用可能であることが報告されている。また、特許文献4においては、カーボン粒子等の導電性物質に担持された粒子径1〜7nmの酸化鉄が、酸素や水素等のガス分解用触媒として適用可能であることが報告されている。更に、非特許文献1においては、粒子径12〜54nmの酸化鉄微粒子を触媒として使用した合成例が報告されている。しかしながら、ここで用いられている鉄ナノ粒子や酸化鉄ナノ粒子は、無機物質に担持された状態で有機合成触媒として使用されるため、その表面積が制限され、反応効率が低下するという問題がある。また、ナノ粒子やナノ粒子担持体を有機合成反応の触媒として用いるためには、その有機合成反応で使用する溶媒にナノ粒子やナノ粒子担持体を均一に分散させる必要がある。
【0004】
また、例えば、非特許文献2においては、鉄のアセチルアセトン錯体等を触媒とした合成反応が報告されている。しかしながら、クロスカップリング反応等では酸化的付加、還元的脱離のレドックスの過程を繰り返して触媒サイクルが回るが、鉄の有機錯体では、おそらくはレドックス過程が非効率であることに起因して触媒能が極めて低く、触媒として利用し難いという課題がある。更に、鉄の有機錯体は、一般に、化学的、熱的に不安定であってその取り扱いが難しく、熟練したシュレンクテクニック(不活性ガス下、不安定な化合物取り扱う方法)が必要になるため、工業的規模においては実用的ではない。
【0005】
ところで、シングルナノサイズ以下の粒子は量子ドットとも呼ばれており、特異的な性質を有するために光学材料や電子材料への応用が期待されており、様々な量子ドットの合成方法が提案されている。例えば、特許文献5では、ジメチルホルムアミド含有溶媒中でSi化合物、Pt化合物、Pd化合物、Fe化合物、Au化合物、Cu化合物、及びAg化合物から選ばれた少なくとも1種の金属化合物を加熱還流し、無機ナノ粒子を含む蛍光体組成物を製造する方法が記載されている。このような量子ドットでは、有機合成で使用する溶媒が予め粒子表面に吸着されていて溶媒兼分散剤の機能を示すため、従来の量子ドットにおいてはその分散に必要であった分散剤を使用する必要がない。
【0006】
しかしながら、量子ドット(シングルナノサイズ以下の粒子)を有機合成反応の触媒として使用した場合、例えば、パラジウム量子ドットは、クロスカップリング反応の収率が比較的高いものの、酸化反応における触媒としての効果に関する報告はない(非特許文献3)。
【0007】
このようなことから、各種の有機合成反応において、安価でかつ安定であって簡便に利用可能であり、触媒活性が高くて高い転化率(反応効率)を達成でき、しかも、失活し難い有機合成反応用触媒の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010-017,696号公報
【特許文献2】特開2010-207,773号公報
【特許文献3】特開2007-223,858号公報
【特許文献4】特開2009-062,238号公報
【特許文献5】特開2011-012,097号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】G. R. Kosmambetova, P. E. Strizhak, K. S. Gavrilenko, V. I. Gritsenko, Theoretical and Experimental Chemistry, 2006, 42(5), 308.
【非特許文献2】Accounts of Chemical Research, 2008, 41(11), 1500.
【非特許文献3】M. Hyotanishi, Y. Isomura, H. Yamamoto,H. Kawasaki, Y. Obora, Chem. Commun., 2011, 47(20), 5750.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、発明者らは、クラーク数が大きく入手が容易で安価であり、化学的に安定な物質であることから、鉄ナノ粒子又は酸化鉄ナノ粒子に着目し、安定で簡便に利用可能であって、触媒活性が高くて高い転化率(反応効率)を達成する有機合成反応用触媒の開発について鋭意検討した結果、意外なことには、鉄元素を含むナノ粒子に溶媒分子を配位させた溶媒配位鉄ナノ粒子が溶媒中に安定して分散し、各種の有機合成反応において優れた触媒活性を示し、分散剤フリーの反応触媒として高い能力を有することを見出した。
【0011】
例えば、アルコールを酸化させて対応するアルデヒド、ケトン、カルボン酸及びエステルを合成する酸化反応の場合や、フェノール類とハロアレーン類とを反応させて目的の生成物を得るアリール化反応の場合等において、鉄元素を含むナノ粒子に溶媒分子を配位させた溶媒配位鉄ナノ粒子が目的を達成し得ることを見い出し、本発明を完成した。
【0012】
従って、本発明の目的は、安価でかつ安定であって簡便に利用可能であり、触媒活性が高くて高い転化率(反応効率)を達成でき、しかも、失活し難く、各種の有機合成反応において好適に利用可能な有機合成反応用触媒を提供することにある。
【0013】
また、本発明の他の目的は、上記の有機合成反応用触媒を用いたアルコール類の酸化方法を提供することにあり、また、アリール化反応に基づくジアリールエーテル類の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
すなわち、本発明は、有機化合物の合成反応に用いられる触媒であって、前記触媒が、鉄元素を含むナノ粒子に溶媒が配位した溶媒配位鉄ナノ粒子からなることを特徴とする有機合成反応用触媒である。
【0015】
また、本発明は、上記の触媒を用いてアルコール類を酸化することを特徴とするアルコール類の酸化方法であり、また、本発明は、上記の触媒を用いてフェノール類とハロアレーン類とを反応させることによりジアリールエーテル類を製造することを特徴とするジアリールエーテル類の製造方法である。
【0016】
本発明において、鉄元素を含むナノ粒子については、鉄ナノ粒子及び/又は酸化鉄ナノ粒子であることが、また、その累積中位径(Median径)が0.5〜4nmの範囲内であることが好ましく、また、ナノ粒子に配位した溶媒については、N,N-ジメチルホルムアミド及び/又はエチレングリコールであることが好ましく、そして、本発明の触媒が使用される有機合成反応については、アルコール類からケトン類、カルボン酸類、又はエステル類を合成する酸化反応や、フェノール類とハロアレーン類によるジアリール化反応等のアリール化反応であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、以下のような効果が得られる。
(1)有機合成反応用触媒として用いられる無機ナノ粒子は、一般にナノ粒子表面に吸着物が存在しない方が高い触媒活性が得られるが、本発明の溶媒配位鉄ナノ粒子はナノ粒子表面に配位した溶媒分子が分散剤としての機能を発揮し、高分子量分散剤を使用する必要がなく、高い触媒活性が得られる。
【0018】
(2)触媒の溶媒配位鉄ナノ粒子が反応溶媒中に容易に分散するため、触媒を反応溶媒中に分散させる工数を削減することができる。
(3)鉄元素は、安価であるばかりでなく、環境に優しい安全な元素である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の有機合成反応用触媒について詳細に説明する。
先ず、本発明の触媒を構成する溶媒配位鉄ナノ粒子は、鉄元素を含むナノ粒子に溶媒が配位したものであり、鉄元素を含むナノ粒子は鉄ナノ粒子及び/又は酸化鉄ナノ粒子の形で存在し、また、溶媒はこの鉄元素を含むナノ粒子の周りに複数の溶媒分子(溶媒がN,N-ジメチルホルムアミドの場合には4分子の溶媒分子)が配位したものであると考えられ、触媒として使用する際には、溶媒配位鉄ナノ粒子を形成する溶媒に分散させた分散液として、あるいは、鉄元素を含むナノ粒子の周りに配位した溶媒以外の溶媒を除去して得られた粉末状の固体として用いられる。
【0020】
そして、本発明の溶媒配位鉄ナノ粒子を製造する方法については、特に制限はないが、好ましくは、塩化鉄(III)(FeCl3)、臭化鉄(III)(FeBr3)、酢酸鉄(III)〔Fe(CH3CO2)2〕、クエン酸鉄(III)(FeC6H5O7)、硫酸アンモニウム鉄(III)〔FeNH4(SO4)2〕、鉄(III)アセチルアセトナート〔Fe(CH3COCHCOCH3)3〕等の鉄化合物を、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、エチレングリコール(EG)、N-メチルピロリジノン(NMP)、ジメチルアセトアミド(DMA)等の極性溶媒中で、加熱下に還流する方法を挙げることができ、また、極性溶媒中での加熱還流時には必要によりマイクロ波を照射してもよい。ここで、より高い分散安定性とより優れた触媒活性を得る上で、鉄化合物としてはハロゲンを対イオンとする塩化鉄(III)や臭化鉄(III)等を用いるのがよく、また、溶媒としては触媒活性を低下させることなくナノ粒子に対して適切な配位力を有するDMFや、EG等を用いるのがよい。特に溶媒としてDMFを用いた場合には、累積中位径(Median径)が0.5〜4nmである鉄ナノ粒子及び/又は酸化鉄ナノ粒子に4分子のDMFが配位し、分散安定性と触媒活性に優れた溶媒配位鉄ナノ粒子の分散液を調製することができる。
【0021】
本発明の溶媒配位鉄ナノ粒子からなる触媒は、鉄元素を含むナノ粒子の周りに溶媒が配位した構造を有するものであり、ナノ粒子の周りに配位した溶媒と同じ溶媒中には勿論、種々の有機合成反応に用いられる反応溶媒中に安定して分散し、各種の有機合成反応において効率的に触媒活性を発揮する。このため、本発明の触媒を有機合成反応に使用した場合には、適切な溶媒で任意の鉄濃度に希釈した分散液を反応溶媒として使用することが可能であり、ナノ粒子の表面に配位した溶媒分子が反応溶媒中でナノ粒子の凝集を防止して優れた分散効果を示し、また、ナノ粒子の触媒活性を低下させることもない。
【0022】
従って、本発明の溶媒配位鉄ナノ粒子からなる触媒においては、ナノ粒子に配位した溶媒が有機合成反応の反応溶媒中でナノ粒子の凝集を防止してナノ粒子を分散安定化させると共にこのナノ粒子の保護剤としての機能を発揮するので、有機合成反応時には、触媒の分散剤として高分子量の有機物を使用する必要がないので、分散剤フリーで反応を行うことができ、また、ナノ粒子表面の触媒活性が失われ難いので、有機合成反応の反応終了後には、反応生成物を回収した後に触媒を回収して再び使用する触媒のリサイクルが可能である。すなわち、本発明において、ナノ粒子(量子ドット)を構成する鉄元素は、原子番号の小さい遷移金属であり、イオン半径が小さいため、触媒反応において反応基質が金属中心の近くで作用するため、触媒としての活性が高い。しかるに、この鉄元素は、鉄錯体触媒の形態では、高い触媒活性が得られ易いものの、有機合成反応時に錯体が分解して鉄がバルク金属として析出するため、触媒活性が失活し易く不安定であり、リサイクル性が劣ると考えられる。本発明の微細で高度に分散化された鉄量子ドットは、高い触媒活性が得られるばかりでなく、DMFで保護され高い安定性を有しているため、触媒活性が失活し難い。
【0023】
本発明の溶媒配位鉄ナノ粒子からなる触媒は、鉄元素が触媒活性を示す各種の有機合成反応において触媒として使用可能なものであり、特に、アルコール類からケトン類、カルボン酸類、又はエステル類を合成する酸化反応や、フェノール類とハロアレーン類によるジアリール化反応等のアリール化反応に用いる触媒として好適である。
【0024】
本発明の触媒を用いるアルコール類の酸化反応において、アルコール類としては、芳香族アルコールと脂肪族アルコールがあり、以下の一般式(1)で表される化合物群を酸化させ、対応する化合物を得ることができる。
【0025】
〔下記一般式(1)で表されるアルコール類〕
【化1】

【0026】
(式中、R1及びR2は、水素、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基であるか、あるいは互いに結合して環を形成する構成員となるものであり、互いに同じであっても異なっていてもよい。ここで、上記のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基については、アリール基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、ホルミル基、カルボニル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、水酸基、メルカプト基、ハロゲン、スルホニル基及びアミノ基から選ばれた1種又は2種以上の置換基を有していてもよい。)
【0027】
また、アルコール類の酸化反応で得られる化合物としては、以下に記載する化合物群(ケトン類、アルデヒド類、カルボン酸類、エステル類)を挙げることができる。
【0028】
〔下記一般式(2)で表されるケトン類〕
【化2】

【0029】
(式中、R1及びR2は、水素、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基であるか、あるいは互いに結合して環を形成する構成員となるものであり、互いに同じであっても異なっていてもよい。ここで、上記のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基は、アリール基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、ホルミル基、カルボニル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、水酸基、メルカプト基、ハロゲン、スルホニル基及びアミノ基から選ばれた1種又は2種以上の置換基を有していてもよい。)
【0030】
〔下記一般式(3)で表されるカルボン酸類〕
【化3】

【0031】
(式中、R1は、水素、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基を形成する構成員となるものである。ここで、上記のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基は、アリール基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、ホルミル基、カルボニル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、水酸基、メルカプト基、ハロゲン、スルホニル基及びアミノ基から選ばれた1種又は2種以上の置換基を有していてもよい。)
【0032】
〔下記一般式(4)で表されるエステル類〕
【化4】

【0033】
(式中、R1及びR2は、水素、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基を形成する構成員となるものであり、互いに同じであっても異なっていてもよい。ここで、上記のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、又はアリール基は、アリール基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、ホルミル基、カルボニル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、水酸基、メルカプト基、ハロゲン、スルホニル基及びアミノ基から選ばれた1種又は2種以上の置換基を有していてもよい。)
【0034】
また、本発明の触媒を用いるアリール化反応、特にフェノール類とハロアレーン類とを反応させるジアリール化反応によりジアリールエーテル類を製造するジアリールエーテル類の製造方法において、フェノール類としては下記一般式(5)の化合物を挙げることができる。
【0035】
〔下記一般式(5)で表されるフェノール類〕
【化5】

【0036】
(式中、R1は、水素、直鎖若しくは分鎖を有する炭素数1〜20のアルキル基又はアルコキシ基であり、また、mは1〜5の範囲内の整数であって、前記R1は互いに同一であっても異なっていてもよい。)
【0037】
また、本発明の前記ジアリール化反応によりジアリールエーテル類を製造する方法において、使用されるハロアレーン類(芳香族ハロゲン化合物)としては下記一般式(6)の化合物を挙げることができる。
【0038】
〔下記一般式(6)で表されるハロアレーン類〕
【化6】

【0039】
(式中、R2は、水素、ハロゲン、ニトロ基、炭素数1〜20の直鎖若しくは分鎖を有するアルキル基、又はアルコキシ基であり、また、nは1〜5の範囲内の整数であって、R2は互いに同一であっても異なっていてもよい。)
【0040】
そして、このジアリールエーテル類の製造方法で得られる化合物としては、下記一般式(7)で表されるジアリールエーテル化合物を挙げることができる。
【0041】
〔下記一般式(7)で表されるジアリールエーテル類〕
【化7】

【0042】
(式中、R1及びR2は、前記一般式(5)及び(6)の場合と同じであり、これらは互いに同じであっても異なっていてもよい。)
【0043】
本発明において、上記の酸化反応やアリール化反応により、ケトン類、アルデヒド類、カルボン酸類、エステル類、あるいはジアリールエーテル類等を得る場合、反応溶媒としては、触媒である溶媒配位鉄ナノ粒子が分散可能な溶媒であればよく、この溶媒配位鉄ナノ粒子が多くの溶媒に分散可能であるので、酸化反応やアリール化反応における反応原料や反応生成物の種類等に応じて最適な溶媒を選択することができる。また、酸化反応やアリール化反応における反応条件(反応温度や反応時間等)についても、反応基質、目的化合物の種類、添加率、収率、選択率等に応じて、任意に設定することができる。なお、反応時間は、通常、1分以上48時間以内であるが、目的化合物の種類等に応じて、適宜設定可能である。
【0044】
また、本発明の酸化反応やアリール化反応において使用される反応装置についても、一般的には回分式反応装置が使用されるが、連続式反応装置を使用することも可能である。
【実施例】
【0045】
次に、実施例及び比較例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例及び比較例によって何ら限定されるものではない。
【0046】
〔実施例1〕
1.DMF配位鉄ナノ粒子分散液の調製
100mLの三口フラスコにジムロート冷却器を連結し、この三口フラスコ中には空気雰囲気下に15mLの脱水DMFを仕込み、140℃に加熱したオイルバスに浸漬し、空気雰囲気下の還流条件で1400rpmの撹拌下に10分ほど予備加熱を行った。その後、空気雰囲気下に0.1モル濃度(0.1M)の塩化鉄(III)(FeCl3)水溶液15μlをマイクロシリンジでフラスコ内のDMF溶液に加え、撹拌下に140℃で還流しながら16時間の加熱還流を行い、DMF配位鉄ナノ粒子分散液を調製した。反応溶液は、時間を経るにつれ、淡黄色が濃くなった。
【0047】
この実施例1で得られたDMF配位鉄ナノ粒子分散液は、DMF、NMP等の溶媒に容易に可溶であり、エーテル等の溶媒には難溶である。また、この実施例1で得られたDMF配位鉄ナノ粒子の解析は、紫外可視吸光光度計、及び蛍光分光光度計を用いて行った。
【0048】
2.ベンズヒドロール(2級アルコール)の酸化反応
30 mLのナス型フラスコにテフロン(登録商標)製フットボール型撹拌子(6mmφ×17mm)を入れ、これを反応容器とした。フラスコ中に0.3685g(2mmol)のベンズヒドロールと2.5mLのDMFとを仕込み、更に、そこに鉄触媒量として1.0 mM を含むDMF配位鉄ナノ粒子分散液0.5mL(2.5×10-1mol%)を加え、5分間撹拌した後、フラスコにジムロート還流管を取り付け、120℃に加熱したオイルバスに浸漬し、酸素雰囲気下(1atm)に15時間加熱還流して反応を行った。
【0049】
反応終了後、フラスコが十分に冷えるのを待ち、約6mLの酢酸エチルで触媒を失活させた。また、内部基準としてデカンを用い、得られた反応溶液についてガスクロマトグラフィ(GC)で分析した。
結果は、ベンズヒドロールの転化率が50%、生成物であるベンゾフェノンの収率が39%、触媒回転数(TON:金属量子ドット1mol当り生成する化合物のモル数。化学量論反応の場合、TON=1)が1.6×103回であった。なお、一般的な学術論文において用いられる触媒量は1〜5mol%であり、100%の収率で得られたと仮定した場合での触媒回転数は20〜100回程度となる。
【0050】
〔実施例2〕
3.ベンジルアルコール(2級アルコール)の酸化反応
30mLのナス型フラスコにテフロン(登録商標)製フットボール型撹拌子(6mmφ×17mm)を入れ、これを反応容器とした。フラスコ中に0.2163g(2mmol)のベンジルアルコールと2.5mLのDMFとを仕込み、更に、そこに前記実施例1で得られたDMF配位鉄ナノ粒子分散液0.5mL(2.5×10-1mol%)を加え、5分間撹拌した後、フラスコにジムロート還流管を取り付け、120℃に加熱したオイルバスに浸漬し、酸素雰囲気下(1atm)に15時間加熱還流して反応を行った。
【0051】
反応終了後、フラスコが十分に冷えるのを待ち、約6mLの酢酸エチルで触媒を失活させた。また、内部基準としてデカンを用い、得られた反応溶液についてガスクロマトグラフィ(GC)で分析した。
結果は、ベンジルアルコールの転化率が41%、生成物であるベンズアルデヒドの収率が10%、触媒回転数(TON)が1.3×102回であった。
【0052】
〔実施例3〕
4.Ullmann型o-アリール化反応
下記の反応式(A)に示されているように、反応容器内にヨードベンゼン(1a) (3.06g, 15.0mmol)、3,5-ジメチルフェノール(2a) (0.122g, 1.0mmol)、炭酸セシウム(0.652g, 2.0mmol)、及び前記実施例1で得られたDMF配位鉄ナノ粒子の0.1mM-DMF分散液(DMF配位鉄ナノ粒子:1.0×10-2mol%)を仕込み、アルゴン雰囲気下に110℃で3日間撹拌して反応させた。
【0053】
【化8】

【0054】
反応終了後の反応溶液中に内部基準としてトリデカンを加え、酢酸エチルで溶液を希釈した後、ガスクロマトグラフィ(GC)で分析した。結果は、フェニル(3,5-ジメチルフェニル)エーテル(3a)の転化率が58%、目的生成物(3a)の収率が28%、触媒回転数(TON)が2.8×103回であった。その他の副生成物は観測されなかった。
【0055】
〔実施例4〕
5.Ullmann型o-アリール化反応
下記の反応式(B)に示されているように、反応容器内に4-ヨードベンゾトリフルオリド(1b)(4.08g, 15.0mmol)、3,5-ジメチルフェノール(2a) (0.122g,1.0 mmol)、炭酸セシウム (0.652g, 2.0mmol)、及び前記実施例1で得られたDMF配位鉄ナノ粒子の0.1mM-DMF分散液(DMF配位鉄ナノ粒子:1.0×10-2mol%)を仕込み、アルゴン雰囲気下に110℃で3日間撹拌して反応させた。
【0056】
【化9】

【0057】
反応終了後の反応溶液中に内部基準としてトリデカンを加え、酢酸エチルで溶液を希釈した後、ガスクロマトグラフィ(GC)で分析した。結果は、4-トリフルオロメチルフェニル(3,5-ジメチルフェニル)エーテル(3b)の転化率が59%、目的生成物(3b)の収率が60%、触媒回転数(TON)が6.0×103回であった。その他の副生成物は観測されなかった。
【0058】
〔実施例5〕
6. DMF配位鉄ナノ粒子分散液の調製
100mLの三口フラスコにジムロート冷却器を連結し、この三口フラスコ中には空気雰囲気下に15mLの脱水DMFを仕込み、140℃に加熱したオイルバスに浸漬し、空気雰囲気下の還流条件で1400rpmの撹拌下に10分ほど予備加熱を行った。その後、空気雰囲気下に0.1モル濃度(0.1M)の鉄(III)アセチルアセトナート(FeC6H5O7)水溶液15μlをマイクロシリンジでフラスコ内のDMF溶液に加え、撹拌下に140℃で還流しながら8時間の加熱還流を行い、DMF配位鉄ナノ粒子分散液を調製した。反応溶液は、時間を経るにつれ、淡黄色が濃くなった。
【0059】
この実施例5で得られたDMF配位鉄ナノ粒子分散液は、DMF、NMP等の溶媒に容易に可溶であり、エーテル等の溶媒には難溶である。また、この実施例5で得られたDMF配位鉄ナノ粒子の解析は、紫外可視吸光光度計、及び蛍光分光光度計を用いて行った。
【0060】
7.Ullmann型o-アリール化反応
前記実施例3の反応式(A)の反応で、ヨードベンゼン(1a) (0.30g, 1.5mmol)を添加し、前記実施例5で得られたDMF配位鉄ナノ粒子の0.1mM-DMF分散液(DMF配位鉄ナノ粒子:1.0×10-2mol%)を仕込んで2日間攪拌して反応させる以外は、実施例3と同様に反応させた。
【0061】
反応終了後の反応溶液中に内部基準としてトリデカンを加え、酢酸エチルで溶液を希釈した後、ガスクロマトグラフィ(GC)で分析した。結果は、フェニル(3,5-ジメチルフェニル)エーテル(3a)の転化率が76%、目的生成物(3a)の収率が36%、触媒回転数(TON)が3.6×103回であった。その他の副生成物は観測されなかった。
ここで、上記の通りの結果が得られた理由としては、鉄(III)アセチルアセトナートを用いた場合は、酸化鉄量子ドットに配位したDMFの一部がアセチルアセトンに置き換わることでDMFとアセチルアセトンの両方が酸化鉄表面に配位することとなり、密な配位構造とならず触媒活性表面があらわれるため、酸化鉄量子ドットの表面と原料とが接触しやすくなったからであると考察される。
【0062】
〔比較例1〕
1.DMF配位パラジウムナノ粒子分散液の調製
反応容器として撹拌子が入った50mLの三つ口丸底フラスコを用い、また、実施例1で用いた0.1モル濃度(0.1M)の塩化鉄(III)(FeCl3)水溶液15μlに代えて0.1モル濃度(0.1M)の塩化パラジウム(PdCl2)水溶液150μlを用い、更に、加熱還流時間を6時間とした以外は、上記実施例1の場合と同様にして、DMF配位パラジウムナノ粒子分散液を調製した。反応溶液は、数時間で色が消え、その後、黄色から橙色又は赤色へと色が変化した。
【0063】
2.ベンズヒドロール(2級アルコール)の酸化反応
30mLのナス型フラスコにテフロン(登録商標)製フットボール型撹拌子(6mmφ×17mm)を入れ、これを反応容器とした。フラスコ中に0.0921g(0.5mmol)のベンジルアルコールと2.5mLのDMFとを仕込み、更に、そこにパラジウム触媒量として1.0 mM を含むDMF配位パラジウムナノ粒子分散液 0.5mL (1.0×10-1mol%)を加え、5分間撹拌した後、フラスコにジムロート還流管を取り付け、120℃に加熱したオイルバスに浸漬し、酸素雰囲気下(1atm)に15時間加熱還流して反応を行った。
【0064】
反応終了後、フラスコが十分に冷えるのを待ち、約6mLの酢酸エチルで触媒を失活させた。また、内部基準としてデカンを用い、得られた反応溶液についてガスクロマトグラフィ(GC)で分析した。
結果は、ベンズヒドロールの転化率が29%、生成物であるベンゾフェノンの収率が12%、触媒回転数(TON)が1.3×102回であった。
【0065】
〔比較例2〕
DMF配位鉄ナノ粒子分散液に代えて上記比較例1で調製したDMF配位パラジウムナノ粒子分散液を使用した以外は、上記実施例3と同様にしてアリール化反応を行った。
結果は、目的生成物が得られなかった。
【0066】
〔比較例3〕
DMF配位鉄ナノ粒子分散液に代えて上記比較例1で調製したDMF配位パラジウムナノ粒子分散液を使用した以外は、上記実施例4と同様にしてアリール化反応を行った。
結果は、目的生成物が得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機化合物の合成反応に用いられる触媒であって、前記触媒が、鉄元素を含むナノ粒子に溶媒が配位した溶媒配位鉄ナノ粒子からなることを特徴とする有機合成反応用触媒。
【請求項2】
有機化合物の合成反応が、酸化反応又はアリール化反応であることを特徴とする請求項1に記載の有機合成反応用触媒。
【請求項3】
酸化反応が、アルコール類の酸化反応である請求項2に記載の有機合成反応用触媒。
【請求項4】
アリール化反応が、フェノール類とハロアレーン類によるジアリール化反応である請求項2に記載の有機合成反応用触媒。
【請求項5】
鉄元素を含むナノ粒子が、鉄ナノ粒子又は酸化鉄ナノ粒子であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の有機合成反応用触媒。
【請求項6】
鉄元素を含むナノ粒子の累積中位径(Median径)が0.5〜4nmであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の有機合成反応用触媒。
【請求項7】
ナノ粒子に配位した溶媒が、N,N-ジメチルホルムアミド及び/又はエチレングリコールであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の有機合成反応用触媒。
【請求項8】
請求項1〜7に記載の触媒を用いてアルコール類を酸化することを特徴とするアルコール類の酸化方法。
【請求項9】
請求項1〜7に記載の触媒を用いてフェノール類とハロアレーン類とを反応させることによりジアリールエーテル類を製造することを特徴とするジアリールエーテル類の製造方法。

【公開番号】特開2013−81936(P2013−81936A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−202522(P2012−202522)
【出願日】平成24年9月14日(2012.9.14)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【出願人】(000003322)大日本塗料株式会社 (275)
【Fターム(参考)】