有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法
【課題】有機塩素系農薬としてのクロルデン類を微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることにより、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにする有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法を提供する。
【解決手段】ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含む有機塩素系農薬分解剤を、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬を分解する。
【解決手段】ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含む有機塩素系農薬分解剤を、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬を分解する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌、及び地下水等の水に含有される有機塩素系農薬であるクロルデン類の分解に使用される有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs(ポップス))と呼ばれる化学物質に対する浄化技術についての研究開発が進んでいる。このPOPsは、自然環境中では分解されにくく、しかも生物体内に蓄積しやすい。更に、POPsが地球上で長距離を移動し、POPsを排出した国以外の国の環境にも影響を及ぼすおそれもある。そのためPOPsは、一旦環境中に排出されると私達の体に有害な影響を及ぼすおそれがある化学物質として知られている。なお、このPOPsとしては、例えば、ダイオキシン類やPCB(ポリ塩化ビフェニル)、DDT、クロルデン類、ヘキサクロロシクロヘキサン(BHC;1,2,3,4,5,6−Hexachlorocyclohexane)といった化学物質が挙げられる。
【0003】
日本では、POPsの製造・使用を既に法律で原則として禁止している。しかしながら、海外では、現在もPOPsを使用している国も存在する。また、上述のように、POPsを使用していない国や地域であっても、POPsが地球上で長距離を移動することによりPOPsによる環境汚染が進行するおそれもある。そのため、POPsに対する浄化技術に対する要望が日に日に高まっている。
【0004】
このような状況に対し、本出願人はPOPsの浄化技術について研究開発を進めている。その研究開発の一つの結果として、POPsの一つであるBHCを分解する技術について開発し、その内容を特許文献1に開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−17219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の技術のおかげで、BHCに対しては簡易且つ短期で、充分な浄化作用をもたらすことが可能となった。その一方で、BHC以外のPOPsについても浄化の要請が高まっている。POPsの中でも特に、有機塩素系農薬としてのクロルデン類に対する浄化の要請は強い。
【0007】
このクロルデン類は、トリクロロエチレン等のような一般的な有機塩素系化合物と異なり、自然界に放置していても微生物による分解が行われず、一旦クロルデン類により地下水や土壌が汚染されてしまうと、そのまま汚染したままとなってしまう。それどころか、土壌が汚染された場合、その汚染地域を通過する雨水や地下水がクロルデン類により汚染されてしまい、汚染地域が拡大してしまうおそれもある。確かに、特許文献1の技術はBHCに対しては極めて効果的な浄化作用をもたらすことがわかっていた。その一方で、上記のクロルデン類は日本では現在使用されていないこともあり、特許文献1の技術を用いても上記のクロルデン類を浄化できるか未確認な部分があった。そのため、クロルデン類を浄化する技術については未だ確立されていないというのが現状である。
【0008】
本発明は、有機塩素系農薬としてのクロルデン類を微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることにより、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにする有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、クロルデン類を浄化する技術について確立すべく、鋭意研究を行った。その一方、クロルデン類はPOPsであり、無害な化合物に至るまでに分解するのは至難の業であると本発明者らは考えた。そこで、上記の鋭意研究に際し、本発明者らは、無害な化合物までクロルデン類を分解させるには仮に至らないとしても、微生物の手により浄化可能な程度のレベルまでクロルデン類を変化(脱塩素化)させられないか検討した。その結果、後述の実施の形態及び実施例に示すように、ポーラス状銅含有鉄粉ならば、クロルデン類を脱塩素化させることができるという知見を、本発明者は得た。この脱塩素化した化合物ならば微生物の手により分解可能であり、最終的にはクロルデン類を浄化可能な手法を、本発明者は想到した。
【0010】
以降、本明細書において、「分解」とは、クロルデン類の炭素骨格構造そのものを変化(例えば、多員環構造を一員環構造にするなど)することを主に指す。一方、「農薬分解」とは、クロルデン類の炭素骨格構造そのものが変化しなくとも、脱塩素化(場合によっては脱酸素化によりエポキシ構造が変化)することを含み、クロルデン類を農薬としての機能を失う程度まで分解し、微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることを主に指す。
【0011】
上記の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の形態は、
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含み、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬を分解することを特徴とする有機塩素系農薬分解剤である。
本発明の第2の形態は、
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含む有機塩素系農薬分解剤を、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬を分解することを特徴とする浄化方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、有機塩素系農薬としてのクロルデン類を微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることにより、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにする有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1A(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:70℃)における親物質の農薬分解の結果を示すグラフである。
【図2】実施例1B(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:室温)における親物質の農薬分解の結果を示すグラフである。
【図3】参考例1A(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:70℃)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、(b)は反応時間を0〜120日間スケールとした場合のグラフである。なお、ピーク面積比とは、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質1ppmを1として、各中間物に対応するピーク面積値から算出した、中間物ごとのピーク面積比である。以降、「ピーク面積比」についての説明は同様とする。
【図4】参考例1B(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:室温)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図5】参考例1Aにおける、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。
【図6】参考例1Aにおける、中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物1〜4に対応する。
【図7】参考例1Aにおける、中間物5〜8のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物5〜8に対応する。
【図8】実施例2A(クロルデン類:ヘプタクロル、反応温度:70℃)における親物質の農薬分解の結果を示すグラフである。
【図9】参考例2A(クロルデン類:ヘプタクロル、反応温度:70℃)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、(b)は反応時間を0〜120日間スケールとした場合のグラフである。
【図10】参考例2B(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:室温)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図11】参考例2Aにおける、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。
【図12】参考例2Aにおける、中間物1〜3のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物1〜3に対応する。
【図13】参考例2Aにおける、中間物4〜6のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物4〜6に対応する。
【図14】参考例2Aにおける、中間物7〜9のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物7〜9に対応する。
【図15】参考例2Aにおける、中間物10〜12のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物10〜12に対応する。
【図16】参考例3A(クロルデン類:g−クロルデン、反応温度:70℃)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図17】参考例3B(クロルデン類:g−クロルデン、反応温度:室温)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図18】参考例3Aにおける、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。
【図19】参考例3Aにおける、中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物1〜4に対応する。
【図20】参考例3Aにおける、中間物5〜8のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物5〜8に対応する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態について、以下の手順で説明する。
<1.有機塩素系農薬分解剤>
a)ポーラス状鉄粉
b)銅源
<2.浄化方法>
<3.実施の形態による効果>
【0015】
<1.有機塩素系農薬分解剤>
本実施形態の有機塩素系農薬分解剤は、ポーラス状鉄粉と、銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含み、更に必要に応じてその他の成分を含有してなる。
【0016】
a)ポーラス状鉄粉
上記ポーラス状鉄粉とは、鉄粉を構成する粒子群が、それぞれ内部に大小さまざまな空孔をもつことを意味する。上記空孔は、粒子外部と接触している場合も、独立している場合もある。
上記ポーラス状鉄粉は、還元鉄粉を含むことが好ましい。該還元鉄粉としては、鉄鉱石の還元により製造されたものが好ましく、該還元鉄粉の粒径などついては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
上記原料鉄粉としては鉄を主成分としていればよく、2次汚染源となるクロム、鉛等の成分を含有しないものが好ましい。上記原料鉄粉の組成については、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、全鉄が80%以上、金属鉄が75%以上であることが好ましい。
上記還元鉄粉としては、特に制限はなく、市販品を用いることができ、該市販品としては、例えばDOWA IPクリエイション社製の還元鉄粉(ロータリーキルン粉)、などが好適に用いられる。
【0017】
b)銅源
上記銅源としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば銅塩、金属銅、又は銅溶液などが挙げられる。
上記銅塩としては、銅源となり、鉄粉表面において更に小さく接触し、点在できれば特に制限はなく、各種銅塩を用いることができるが、硫酸銅が特に好ましい。
上記硫酸銅は、結晶水を持つCuSO4・5H2Oの形態で通常入手できるが、本実施形態においては、結晶水はできるだけ除去しておく方が好ましい。結晶水からの水分や、ミル表面の付着水分や雰囲気中の水分等は、還元鉄粉と硫酸銅粉との混合中に硫酸銅水溶液が生成し、その水溶液中のCuイオンが鉄の粒子表面で還元されて金属銅として析出し、この析出した金属銅の被膜で鉄粒子表面を被覆してしまうことがある。鉄粉粒子表面が金属銅で完全に覆われてしまうと、有機塩素系農薬分解剤としての機能が低下することがある。したがって、硫酸銅の結晶水はできるだけ除去するのが好ましく、また水分ができるだけ混入しないような乾式で鉄粉との混合処理を行うのがよく、不活性ガス雰囲気中で混合処理を行うのがよい。なお、CuSO4・5H2Oは加熱によって結晶水を除去することができ、例えば45℃加熱で2分子の除去、110℃加熱で4分子の除去、250℃加熱で全分子の除去が行える。
上記銅源として金属銅粉を使用できるほか、銅塩を溶液に溶解させた溶液、例えば硫酸銅を溶解した硫酸銅溶液などを前述のポーラス状鉄粉と接触させることにより、鉄粒子表面に金属銅もしくは銅塩を析出させる方法などがある。
【0018】
上記ポーラス状銅含有鉄粉中の銅の含有量が、鉄に対する銅の割合(Cu/Fe)の質量%換算で、0.1質量%〜10質量%であることが好ましく、0.1質量%〜1質量%がより好ましい。上記含有量が、0.1質量%以上ならば、必要とされる有機塩素系農薬の農薬分解能力を充分満たすことが可能となるし、鉄粉内にその性能の偏在が生じることもなくなる。また、10質量%以下ならば、鉄粒子表面のFe/Cuバランスから、添加した銅量に見合う性能を得ることが可能となるし、過剰な銅が銅イオンとして地下水中などに拡散・流出するおそれも抑制することができる。
【0019】
上記有機塩素系農薬分解剤の製造方法は、原料鉄粉の粒子に剪断力や圧力を加え、原料鉄粉を解砕程度の粉砕をしながら、硫酸銅(粉)を原料鉄粉に添加する。粉砕時においては、鉄粉表面のポーラス状態(凹凸、空隙)が潰れた平滑にならない程度の粉砕強度とする。原料鉄粉が粉砕される程度の強さであれば硫酸銅が原料鉄粉に付着し、固着するには十分な強さである。
上記ポーラス状鉄粉と、銅源との機械的混合は、振動ボールミル、回転ボールミル等の容器内で粉砕用媒体を駆動させるタイプの粉砕・混合装置を用いて行われることが好ましく、通常のボールミルでの混合や粉砕処理を円滑にするために使用される分散剤や潤滑剤などは本実施形態では使用しないのが好ましい。
上記銅源が、銅溶液の場合であっても、処理操作は銅塩又は銅粉の場合と同様である。混合強度、時間、配合量比を適宜設定すればよい。銅溶液であれば鉄粉との接触だけでもイオン化傾向から鉄粉表面に銅が析出するからである。
【0020】
上記ポーラス状銅含有鉄粉の平均径は1μm〜500μmが好ましく、25μm〜250μmがより好ましく、代表的には平均平面径が50μm〜500μmの範囲、平均厚さが1μm〜50μmの範囲であるのが好ましい。
【0021】
本実施形態の有機塩素系農薬分解剤は、有機塩素系農薬であるクロルデン類で汚染された水、土壌、無機物、有機物、又はこれらの混合物などについて、その有機塩素系農薬を農薬分解(最終的には分解)することができ、特に環境分野においては有機塩素系農薬で汚染された排水、地下水、土壌、排ガス等の浄化に用いることができる。
【0022】
なお、本明細書における「クロルデン類」とは、多環芳香族炭化水素の少なくとも一部が塩素化したもの(例えば五員環炭化水素が結合し、その少なくとも一部が塩素化したもの)である。具体例を列挙すると、γ−クロルデン、g−クロルデン、オキシクロルデン、ノナクロルに加え、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド(Isomer A)等が挙げられる。
これらのうち、クロルデンの物性及び概要は以下の通りである。
【化1】
また、オキシクロルデンについては以下の通りである。
【化2】
また、ノナクロル(trans型)については以下の通りである。
【化3】
(以上、出展:環境省編「農薬等の環境残留実態調査分析法」)
【0023】
また、以上の化合物も含め、クロルデン類の構造式の一覧を下記の[化4]に記載する。なお、(a)がγ−クロルデン、(b)がヘプタクロル、(c)がg−クロルデン、(d)がノナクロル、デン、に加え、(e)がヘプタクロルエポキシド(Isomer A)、(f)がオキシクロルデンである。
【化4】
【0024】
<2.浄化方法>
本実施形態の浄化方法は、本実施形態の上記有機塩素系農薬分解剤を、有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬(クロルデン類を含有した農薬)を脱塩素化し、最終的には分解する。
【0025】
本実施形態の浄化方法としては、一例ではあるが、以下のようにして行うことが挙げられる。
まず、クロルデン類は水への溶解度が非常に低いため、土壌中での物質移動が小さい。このため有機塩素系農薬分解剤との接触機会を増加させるため、適宜混練を行うことが好ましい。
【0026】
本実施形態の浄化方法は、汚染水と混合したり、汚染土壌に対して散水又は混合したりするという簡素な手法により実行することができる。また、本実施形態の浄化方法だと脱塩素速度が早いので、短期の浄化が可能となる。また、処理対象土壌中にて副生成物(脱塩素化物)を分解する微生物を添加、又は培養する方法を用いてもよい。上記微生物処理は、浄化期間が比較的長期化するが、処理コストが低いなどの有意な点もある。微生物は、元土、水に存在しているので、複製生物を分解する微生物を培養し、用いると効率的である。なお、外部の効果的な微生物を利用してもよい。
【0027】
本実施形態の上記有機塩素系農薬分解剤の汚染土壌及び汚染水への付与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記分解剤を水に分散させた状態で汚染土壌に噴霧したり、汚染土壌に散水したり、汚染水と混合したりして使用することができる。
また、汚染土壌の浄化方法としては、例えば従来の工法に用いるアースオーガ等の重機をそのまま用いることも可能である。また、有機塩素系農薬分解剤の保管は、フレコン、紙袋等の市販の包装容器で十分であり、ハンドリング及び保管のいずれにおいても優れている。
【0028】
<3.実施の形態による効果>
本実施形態によれば、無害な化合物までクロルデン類を分解させるには仮に至らないとしても、微生物の手により浄化可能な程度のレベルまでクロルデン類を変化(脱塩素化)させることができる。この脱塩素化した化合物ならば微生物の手により分解可能であり、最終的にはクロルデン類が浄化可能となる。その結果、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにすることができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例の概要としては、[実施例1〜3]において、クロルデン類における各化合物に対する、実施例の有機塩素系農薬分解剤による農薬分解の結果を示す。なお、[実施例1]においてクロルデン類水溶液と銅含有鉄粉との反応温度を70℃としたものを<実施例1A>とし、反応温度を室温としたものを<実施例1B>とした。[実施例2][実施例3]についても同様である。
その後、[実施例1〜3]において農薬分解をもたらしたメカニズム(脱塩素化経路)について調査した結果を[参考例1〜3]として示す。
上記の実施例1を階層ごとに表現すると、以下の通りである。
[実施例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)](結果)
<実施例1A(反応温度:70℃)>
<実施例1B(反応温度:室温)>
[参考例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)](メカニズム)
<参考例1A(反応温度:70℃)>
<参考例1B(反応温度:室温)>
<参考例1における中間物の同定>
なお、[実施例2]においては、クロルデン類をヘプタクロルとした場合について、上記の[実施例1]と同様の展開で述べる。
また、[実施例3]においては、クロルデン類をg−クロルデンとした場合について、上記の[実施例1]と同様の展開で述べる。
【0030】
[実施例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)]
<実施例1A(反応温度:70℃)>
本実施例においては、有機塩素系農薬分解剤におけるクロルデン類処理効果を確認する試験を行った。また、本実施例においては、擬似汚染水としたクロルデン類水溶液と銅含有鉄粉のみとの単純系にて試験を行った。
【0031】
クロルデン類水溶液には、茶褐色のバイアル瓶に対して純水とヘプタクロルエポキシドとを混合した水溶液を用いた。ヘプタクロルエポキシドの濃度は1ppmとした。以降、ヘプタクロルエポキシドのことを、単に「親物質」とも言う。
【0032】
銅含有鉄粉には、DOWA IPクリエイション社にて製造する土壌・地下水浄化用鉄粉の1銘柄である「鉄粉E401」を用いた。この鉄粉E401の製造方法としては、一例を挙げると特許文献1に記載の通りであるが、再掲すると以下の通りである。
還元鉄粉(DOWA IPクリエイション社製、ロータリーキルン粉)500gと、事前に200℃空気気流中にて2時間の熱処理を行い結晶水の脱水処理を行った硫酸銅(1水塩)粉14.0gとを回転ボールミルに装入して乾式で機械混合し、両粉の粒子が接合したポーラス状銅含有鉄粉である鉄粉E401を得た。
【0033】
上記のクロルデン類水溶液と銅含有鉄粉とを用意し、上記のバイアル瓶にて両者を混合した。その際に、バイアル瓶内の雰囲気は窒素雰囲気とした。そして、バイアル瓶内を70℃とした上で、215rpmで混合水溶液を暗所にて振蕩させた。なお、バイアル瓶内を70℃とした理由は、アレニウスの式から換算して、室温に比べて反応速度を9.3倍向上することができ、反応時間を短縮し、農薬分解効果を比較的早期に確認することができるためである。なお、この混合水溶液は、反応時間ごとに用意した。後で述べるが、農薬(ヘプタクロルエポキシド)の濃度について経時変化を調べるためである。
【0034】
こうして得られた混合水溶液を静置し、油相と水相とに相分離させた。ここで、水相2mlを採取し、イオンクロマトグラフによって水溶液中の塩化物イオンを分析した。なお、水相中の塩化物イオンを調べることにより、親物質から最終的にどのくらいの塩素が離脱しているのか(以降、「脱Cl濃度」とも言う。)を把握することができる。この結果は後述する参考例にて使用する。
【0035】
その後、混合水溶液に対してヘキサン及びアセトンを10ml(ヘキサン:アセトン=1:1)添加し、一晩静置し、水相中に残存している親物質を油相に抽出した。その後、GC/MSによって油相を分析し、親物質の濃度を測定した。なお、この測定を行った後、油相を抜き取り、残った水相に対して新たにヘキサン及びアセトンを10ml(ヘキサン:アセトン=1:1)添加し、一晩静置し、水相中に残存している親物質を油相に再度抽出した。こうして親物質が検出されなくなるまで、上記の抽出を行い、銅含有鉄粉によって農薬分解(脱塩素化)されず最終的に油相に存在することになる親物質の量(濃度)について測定した。こうすることにより、本実施例における銅含有鉄粉の農薬分解効果を確認することができる。なお、本実施例においては1回の抽出だけで親物質が検出されなくなった。
【0036】
また、この抽出においては、親物質のみならず、親物質が脱塩素化した(2つの塩素が離脱、3つの塩素が離脱、等々、離脱した塩素の数に応じた)各物質についても、油相に抽出されることになる。そして、後述する[参考例1]にて述べるように、この油相をGC/MSで分析し、これらの各物質(以降、「中間物」とも言う。)の濃度変化や構造式の同定を行い、農薬分解をもたらしたメカニズム(脱塩素化経路)の調査を行っている。
【0037】
本実施例における親物質(ヘプタクロルエポキシド)の農薬分解の結果を図1に示す。図1の横軸は反応時間、縦軸は油相における親物質の濃度である。これを見ると、反応時間が3時間の時点で既に親物質のほとんどが農薬分解されており、脱塩素化を行うことができており、微生物により分解可能な状態となっていることがわかる。なお、図1において、反応速度定数は4.927h−1であり、半減期は0.141hであった。本反応は擬一次速度式に則った反応速度となっているが、これは水素イオンが過剰であるためと推測される。なお、反応時間を1週間とした場合にはN.D.(未検出)となっていた。
【0038】
<実施例1B(反応温度:室温)>
本実施例においては、バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした。それ以外は<実施例1A>と同じとした。その結果を図2に示す。図2を見ると、例え室温というマイルドな条件下であったとしても、21日の時間をかければ、これまでだと微生物による分解すらも困難と言われていた親物質のほとんどを農薬分解することができていることがわかる。
【0039】
[参考例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)]
<参考例1A(反応温度:70℃)>
以下、<実施例1A>において行った「イオンクロマトグラフによる水相中の塩化物イオンの分析」「最終的に油相に存在する中間物の分析」についての結果について述べる。図3(a)(b)は、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度としたグラフである。なお、左縦軸は、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質であるヘプタクロルエポキシド1ppmを1として、各中間物(中間物1,2,3・・・と呼称する。)に対応するピーク面積値から算出した、中間物1〜8ごとのピーク面積比である。経時変化において、この面積比が小さくなるということは、更に脱塩素化されることにより、別の中間物に変化していることになる。なお、図3(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、図3(b)は反応時間を0〜120日スケールとした場合のグラフである。
【0040】
図3(a)を見ると、反応開始直後に各中間物が生成し、その中でも中間物1〜4が多く生成し、1時間の時点で中間物1,2,4,6の濃度が極めて低くなっている。また、図3(b)を見ると、7日間の時点で中間物1〜8の濃度が極めて低くなっている。一方、49日間の時点で中間物7,8の濃度が増加(即ち中間物7,8が再び生成)している。ただ、98日間の時点では中間物7,8の濃度は再び低くなっている。なお、脱Cl濃度については、98日間の時点では、脱塩素率換算にて35.9%となり、脱塩素化が緩やかになっていることがわかった。
【0041】
<参考例1B(反応温度:室温)>
バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした場合においても、図3と同様、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度、左縦軸を各中間物のピーク面積比としたグラフを得た(図4)。これを見ると、反応時間が21日間になると、中間物3のみが確認され、それ以外の物質は確認できなかった。
【0042】
<参考例1における中間物の同定>
更に、上記の中間物1〜8の構造を同定すべく、マススペクトル分析を行った。この同定においては、レトロ・ディールス・アルダー反応(RDA)(Cooper et al.,1979)(下記[化5])を参考とした。
【化5】
なお、[化5]の上側の反応式は、RDAイオンとしてシクロペンタジエン(m/z=65.0)やヘキサクロロシクロヘキサジエン(m/z=271.8)のイオンが挙げられる。また、[化5]の下側の反応式は、RDAイオンとして1,2−エポキシシクロペンタン−3−エン(m/z=81.0)やヘキサクロロシクロヘキサジエン(m/z=271.8)のイオンが挙げられる。
これにより、各中間物が有する構造の一部を同定し、最終的に各中間物全体の構造を同定した。
【0043】
本実施例(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)における、ヘプタクロルエポキシド(親物質)そのもの、及び各中間物についてのマススペクトルの結果について、以下、説明する。図5は、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。図6(a)〜(d)は中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフである。図7(a)〜(d)は中間物5〜8のマススペクトルの結果を示すグラフである。
【0044】
先程述べたように、<参考例1A>においては反応開始直後に中間物1〜4が多く生成している。また、図6(a)〜(d)に示すように、ペンタクロロシクロペンタジエン[C5H1Cl5]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が1個脱離したもの、m/z=237.7)のイオンが確認されている。また、[M]+においてm/z=318.8であることを考えると、親物質から塩素が2個脱離していることもわかる。このことに加え、親物質における結合する炭素の部位の違いごとの塩素の解離エネルギーの相違を考慮に入れた結果、以下の[化6]の実線の○で囲んだ部分に加え、「<1>の部分」及び「<2>の部分」のうちいずれかの塩素が脱離していると考えられる。
【化6】
【0045】
更に、中間物1(図6(a))と中間物3(図6(c))とのマススペクトルの結果がほぼ同一であり、<参考例1B>において反応時間21日間でも存在するくらい中間物3が多量に生成されていることから、中間物1と中間物3は、上記[化6]の実線の○で囲んだ部分に加え、<1>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推定される。その一方、中間物2(図6(b))と中間物4(図6(d))とのマススペクトルの結果がほぼ同一であり、両者は中間物3に比べて少量しか生成されていないことから、中間物2と中間物4は、上記[化6]の実線の○で囲んだ部分に加え、<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推定される。つまり、中間物1〜4は塩素が2個脱離していると推測される。
【0046】
次に、中間物5(図7(a))について検討すると、[C5H1Cl4]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が2個脱離したもの)のイオンに関するピークが出現している。また、中間物5においては、他の中間物のスペクトル結果と同一でないことや、塩素の解離エネルギーの関係から、以下の[化7]のように脱塩素化が進行しているものと推測される。つまり、実線の○で囲んだ部分が脱塩素化し、中間物5だと塩素が3個脱離していると推測される。
【化7】
【0047】
次に、中間物6(図7(b))について検討すると、上記[化6]において実線の○で囲んだ部分、<1>の部分の2個の塩素、それに加え<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推定される。その一方で、シクロペンタジエンに起因するピーク(m/z=65.9)が出現していることから、以下の[化8]のように親物質におけるエポキシ部分がシクロペンタジエン構造へと変化し、その上で<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していることも予想される。
【化8】
なお、中間物7(図7(c))のマススペクトルにおいては、エポキシ部分を含有する1,2−エポキシシクロペンタン−3−エンのピークが出現していることから、中間物6のような構造変化を伴わず、上記[化6]の<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推測される。結局のところ、中間物6,7は塩素が4個脱離していると推測される。
【0048】
最後に、中間物8(図7(d))について検討すると、スペクトルの結果から、以下の[化9]のように脱塩素化が進行しているものと推測される。つまり、中間物8は塩素が5個脱離していると推測される。
【化9】
【0049】
以上、[参考例1]における中間物を同定した結果、本実施例における農薬分解(脱塩素化)経路は、以下の[化10]のような経路で起きていると推測できる。なお、塩素が1個だけ脱離した中間物については、今回の[参考例1]では確認できなかった。
【化10】
【0050】
[実施例2(クロルデン類:ヘプタクロル)]
<実施例2A(反応温度:70℃)>
本実施例においては、クロルデン類として、ヘプタクロルを用いた。それ以外については [実施例1]と同様とし、親物質(ヘプタクロル)の農薬分解の状況を調べた。
【0051】
本実施例における親物質(ヘプタクロル)の農薬分解の結果を図8に示す。図8の横軸は反応時間、縦軸は油相における親物質の濃度である。図8に示すように、反応時間が1日間の時点で既に親物質のほとんどが農薬分解されており、脱塩素化を行うことができており、微生物により分解可能な状態となっていることがわかる。なお、反応時間が30分間の時点でも既に親物質のほとんどが農薬分解されていた。
【0052】
<実施例2B(反応温度:室温)>
また、本実施例において、反応温度を室温とした場合についても、親物質の農薬分解の状況を調べた。その結果、反応時間を21日間とすると、親物質はN.D.であり、親物質の大半が農薬分解されていることが確認できた。
【0053】
[参考例2(クロルデン類:ヘプタクロル)]
<参考例2A(反応温度:70℃)>
以下、<実施例2A>において行った「イオンクロマトグラフによる水相中の塩化物イオンの分析」「最終的に油相に存在する中間物の分析」についての結果について述べる。なお、特記しない部分については、[参考例1]と同様とする。
【0054】
図9(a)(b)は、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度としたグラフである。なお、左縦軸は、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質であるヘプタクロル1ppmを1として、各中間物(中間物1〜12)に対応するピーク面積値から算出した、中間物1〜12ごとのピーク面積比である。ある中間物において、この面積比が小さければ小さいほど、更に脱塩素化されることにより、別の中間物に変化していることになる。なお、図9(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、図9(b)は反応時間を0〜120日間スケールとした場合のグラフである。
【0055】
図9(a)を見ると、反応開始から1時間だと、中間物1〜3はN.D.であった。また、反応開始から24時間だと、中間物7はN.D.であった。それ以外の中間物は、反応直後に生成していた。
また、図9(b)を見ると、7日間の時点で中間物6,9の濃度が極めて低くなっている。同様に、49日間の時点で中間物10の濃度が極めて低くなっている。更に、98日間の時点で中間物4,5の濃度が極めて低くなっている一方、中間物8,11,12は僅かに存在していた。なお、脱Cl濃度については、98日間の時点では、脱塩素率換算にて82.6%となっていた。
【0056】
<参考例2B(反応温度:室温)>
バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした場合においても、図9と同様、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度、左縦軸を各中間物のピーク面積比としたグラフを得た(図10)。これを見ると、反応時間が21日間になると、中間物1〜3,6,7については確認できなかった。
【0057】
<参考例2における中間物の同定>
更に、上記の中間物1〜12の構造を同定すべく、マススペクトル分析を行った。この同定においては、[参考例1]と同様、RDAを参考とした。
【0058】
本実施例(クロルデン類:ヘプタクロル)における、ヘプタクロル(親物質)そのもの、及び各中間物についてのマススペクトルの結果について、以下、説明する。図11は、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。図12(a)〜(c)は中間物1〜3のマススペクトルの結果を示すグラフである。図13(a)〜(c)は中間物4〜6のマススペクトルの結果を示すグラフである。図14(a)〜(c)は中間物7〜9のマススペクトルの結果を示すグラフである。図15(a)〜(c)は中間物10〜12のマススペクトルの結果を示すグラフである。
【0059】
まず、中間物1〜6(図12(a)〜(c)及び図13(a)〜(c))について検討すると、ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が脱離したもののイオン([C5H1Cl5]+や[C5H1Cl4]+)が確認される。また、RDAイオンであるシクロペンタジエンから派生したと推測される2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンのイオンの存在も確認される。つまり、中間物1〜6は、2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンから塩素が1個脱離し、水酸基が付加されている構造となっていることがわかる。
【0060】
一方、中間物7〜12(図14(a)〜(c)及び図15(a)〜(c))について検討すると、ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が脱離したもののイオンは存在するものの、水酸基が付加された2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンのイオンの存在は確認できない。つまり、中間物7〜12は、2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンから塩素が1個脱離しているものの、水酸基は付加されていない構造となっていることがわかる。
【0061】
この中間物1〜12が発生した脱塩素化経路を、下記の[化11]及び[化12]に先に示す。[化11]は、水酸基が付加された中間物1〜6についての脱塩素化経路である。同様に、[化12]は、水酸基が付加されなかった中間物7〜12についての脱塩素化経路である。以下、これらを参照して本実施例の脱塩素化経路について説明を行う。
【化11】
【化12】
なお、塩素の解離エネルギーについては[化12]の右下部分に記載しているとおりである。その部分における○で囲んだ数値は、ナンバリングされた各炭素(C)と結合したClの脱離しやすさの順番を示している。
【0062】
中間物1(図12(a))について検討すると、2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンのイオンの存在、及びペンタクロロシクロペンタジエン[C5H1Cl5]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が1個脱離したもの、m/z=237.7)の存在により、塩素が2個脱離し、水酸基が2個付与したもの([化11]の(a))であることが推定される。
【0063】
中間物2(図12(b))及び中間物3(図12(c))について検討すると、塩素が4個脱離し、水酸基が1個付与したものであることが推定される。両者のピークが類似していることを考慮に入れると、中間物2及び中間物3は[化11]の(b)の<1>か<2>の組み合わせということが推測されるが、詳しくは本発明者が鋭意検討中である。
【0064】
中間物4(図13(a))及び中間物5(図13(b))について検討すると、塩素が3個脱離し、水酸基が1個付与したものであることが推定される。両者のマススペクトルが類似していることを考慮に入れると、中間物4及び中間物5は[化11]の(c)の<1>か<2>のいずれかであると推測される。
【0065】
中間物6(図13(c))について検討すると、塩素が3個脱離し、水酸基が2個付与したものであることが推定される。このことから、中間物6は[化11]の(d)であると推測される。
【0066】
一方、水酸基が付与されていない中間物7〜9(図14(a)〜(c))について検討すると、塩素が4個脱離している。また、これらのマススペクトルが互いに類似していることを考慮に入れると、中間物7〜9は[化12]の(a)のいずれかであると推測される。
【0067】
中間物10(図15(a))について検討すると、塩素が5個脱離している。このことから、中間物10は[化12]の(b)であると推測される。
【0068】
中間物11(図15(b))及び中間物12(図15(c))について検討すると、塩素が6個脱離している。また、両者のマススペクトルが互いに類似していることを考慮に入れると、中間物11及び中間物12は[化12]の(c)のいずれかであると推測される。
【0069】
以上、[参考例2]における中間物を同定した結果、本実施例における農薬分解(脱塩素化)経路は、上記の[化11]又は[化12]のような経路で起きていると推測できる。なお、塩素が1個だけ脱離した中間物や、水酸基が付与されておらず塩素が2個脱離した中間物については、今回の[参考例2]では確認できなかった。
【0070】
[実施例3(クロルデン類:g−クロルデン)]
<実施例3A(反応温度:70℃)>
本実施例においては、クロルデン類として、g−クロルデンを用いた。それ以外については [実施例1]と同様とし、親物質(g−クロルデン)の農薬分解の状況を調べた。その結果、反応時間を49日間とすると、親物質はN.D.であり、親物質の大半が農薬分解されていることが確認できた。
【0071】
<実施例3B(反応温度:室温)>
また、本実施例において、反応温度を室温とした場合についても、親物質の農薬分解の状況を調べた。その結果、反応時間を21日間とすると、親物質はN.D.であり、親物質の大半が農薬分解されていることが確認できた。
【0072】
[参考例3(クロルデン類:g−クロルデン)]
<参考例3A(反応温度:70℃)>
以下、<実施例3A>において行った「イオンクロマトグラフによる水相中の塩化物イオンの分析」「最終的に油相に存在する中間物の分析」についての結果について述べる。なお、特記しない部分については、[参考例1]と同様とする。但し、本参考例に関しては現在発明者により鋭意検討中の部分がある。
【0073】
図16は、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度としたグラフである。なお、左縦軸は、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質であるg−クロルデン1ppmを1として、各中間物(中間物1〜8)に対応するピーク面積値から算出した、中間物1〜8ごとのピーク面積比である。
【0074】
<参考例3B(反応温度:室温)>
バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした場合においても、図16と同様、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度、左縦軸を各中間物のピーク面積比としたグラフを得た(図17)。
【0075】
<参考例3における中間物の同定>
更に、上記の中間物1〜8の構造を同定すべく、マススペクトル分析を行った。この同定においては、[参考例1]と同様、RDAを参考とした。
【0076】
本実施例(クロルデン類:g−クロルデン)における、g−クロルデン(親物質)そのもの、及び各中間物についてのマススペクトルの結果について、以下、説明する。図18は、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。図19(a)〜(d)は中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフである。図20(a)〜(d)は中間物4〜6のマススペクトルの結果を示すグラフである。
【0077】
この中間物1〜9が発生した脱塩素化経路を、下記の[化13]に先に示す。以下、これを参照して本実施例の脱塩素化経路について説明を行う。
【化13】
【0078】
中間物1(図19(a))及び中間物2(図19(b))について検討すると、シクロペンタジエンのイオンの存在(塩素が2個脱離)、及びペンタクロロシクロペンタジエン[C5H1Cl5]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が1個脱離したもの、m/z=237.7)などの存在により、塩素が計5個脱離した[化13]の(a)のいずれかであることが推定される。いずれにせよ、両者のマススペクトルは類似している。なお、塩素が計3個脱離したもの([化13]の(a)の一つ手前の化合物において実線の○で囲んだ部分の塩素のいずれかが脱離したもの)であることも否定できない。
【0079】
中間物3(図19(c))について検討すると、シクロペンタジエンのイオンの存在(塩素が2個脱離)、及び[C5H1Cl3]+の存在により、塩素が5個脱離したものであり、[化16]の(a)のいずれかであることが推定される。なお、[化13]の(b)は、[実施例2(ヘプタクロル)]における中間物9つまり[化12](a)と同一の化合物であり、マススペクトル(図14(c))においても両者はほぼ同一である。
【0080】
中間物4(図19(d))について検討すると、塩素が6個脱離している。このことから、中間物4は[化13]の(b)であり、<1>から塩素が1個、<2>から塩素が1個脱離したものと推測される。
【0081】
中間物5(図20(a))について検討すると、塩素が6個脱離している。このことから、中間物5は[化13]の(c)であると推測される。なお、[化13]の(c)は、[実施例2(ヘプタクロル)]における中間物10つまり[化12](b)と同一の化合物であり、マススペクトル(図15(a))においても両者はほぼ同一である。
【0082】
中間物6(図20(b))について検討すると、塩素が7個脱離している。このことから、中間物5は[化13]の(d)であると推測される。
【0083】
中間物7(図20(c))及び中間物8(図20(d))について検討すると、塩素が7個脱離している。また、両者のマススペクトルが互いに類似していることを考慮に入れると、中間物7及び中間物8は[化13]の(e)のいずれかであると推測される。
【0084】
以上、[参考例3]における中間物を同定した結果、本実施例における農薬分解(脱塩素化)経路は、上記の[化13]のような経路で起きていると推測することができた。なお、[化13]におけるg−クロルデンと(a)との間の脱塩素化経路における中間物については、今回の[参考例3]では確認できなかった。
【0085】
以上の通り、実施の形態及び実施例に記載の通り、有機塩素系農薬としてのクロルデン類を微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることにより、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにする有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法を提供することが可能となる。
【0086】
以下、本実施形態において好ましい形態を付記する。
[付記1]
ポーラス状鉄粉が還元鉄粉を含み、銅源が銅塩、金属銅又は銅溶液を含む有機塩素系農薬分解剤。
[付記2]
機械的混合が、振動ボールミル、回転ボールミル等の容器内で粉砕用媒体を駆動させるタイプの粉砕・混合装置を用いて行われる有機塩素系農薬分解剤。
[付記3]
ポーラス状銅含有鉄粉中の銅の含有量が、鉄に対する銅の割合(Cu/Fe)の質量%換算で、0.1質量%〜10質量%である有機塩素系農薬分解剤。
[付記4]
クロルデン類を分解した後、微生物分解処理する浄化方法。
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌、及び地下水等の水に含有される有機塩素系農薬であるクロルデン類の分解に使用される有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs(ポップス))と呼ばれる化学物質に対する浄化技術についての研究開発が進んでいる。このPOPsは、自然環境中では分解されにくく、しかも生物体内に蓄積しやすい。更に、POPsが地球上で長距離を移動し、POPsを排出した国以外の国の環境にも影響を及ぼすおそれもある。そのためPOPsは、一旦環境中に排出されると私達の体に有害な影響を及ぼすおそれがある化学物質として知られている。なお、このPOPsとしては、例えば、ダイオキシン類やPCB(ポリ塩化ビフェニル)、DDT、クロルデン類、ヘキサクロロシクロヘキサン(BHC;1,2,3,4,5,6−Hexachlorocyclohexane)といった化学物質が挙げられる。
【0003】
日本では、POPsの製造・使用を既に法律で原則として禁止している。しかしながら、海外では、現在もPOPsを使用している国も存在する。また、上述のように、POPsを使用していない国や地域であっても、POPsが地球上で長距離を移動することによりPOPsによる環境汚染が進行するおそれもある。そのため、POPsに対する浄化技術に対する要望が日に日に高まっている。
【0004】
このような状況に対し、本出願人はPOPsの浄化技術について研究開発を進めている。その研究開発の一つの結果として、POPsの一つであるBHCを分解する技術について開発し、その内容を特許文献1に開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−17219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の技術のおかげで、BHCに対しては簡易且つ短期で、充分な浄化作用をもたらすことが可能となった。その一方で、BHC以外のPOPsについても浄化の要請が高まっている。POPsの中でも特に、有機塩素系農薬としてのクロルデン類に対する浄化の要請は強い。
【0007】
このクロルデン類は、トリクロロエチレン等のような一般的な有機塩素系化合物と異なり、自然界に放置していても微生物による分解が行われず、一旦クロルデン類により地下水や土壌が汚染されてしまうと、そのまま汚染したままとなってしまう。それどころか、土壌が汚染された場合、その汚染地域を通過する雨水や地下水がクロルデン類により汚染されてしまい、汚染地域が拡大してしまうおそれもある。確かに、特許文献1の技術はBHCに対しては極めて効果的な浄化作用をもたらすことがわかっていた。その一方で、上記のクロルデン類は日本では現在使用されていないこともあり、特許文献1の技術を用いても上記のクロルデン類を浄化できるか未確認な部分があった。そのため、クロルデン類を浄化する技術については未だ確立されていないというのが現状である。
【0008】
本発明は、有機塩素系農薬としてのクロルデン類を微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることにより、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにする有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、クロルデン類を浄化する技術について確立すべく、鋭意研究を行った。その一方、クロルデン類はPOPsであり、無害な化合物に至るまでに分解するのは至難の業であると本発明者らは考えた。そこで、上記の鋭意研究に際し、本発明者らは、無害な化合物までクロルデン類を分解させるには仮に至らないとしても、微生物の手により浄化可能な程度のレベルまでクロルデン類を変化(脱塩素化)させられないか検討した。その結果、後述の実施の形態及び実施例に示すように、ポーラス状銅含有鉄粉ならば、クロルデン類を脱塩素化させることができるという知見を、本発明者は得た。この脱塩素化した化合物ならば微生物の手により分解可能であり、最終的にはクロルデン類を浄化可能な手法を、本発明者は想到した。
【0010】
以降、本明細書において、「分解」とは、クロルデン類の炭素骨格構造そのものを変化(例えば、多員環構造を一員環構造にするなど)することを主に指す。一方、「農薬分解」とは、クロルデン類の炭素骨格構造そのものが変化しなくとも、脱塩素化(場合によっては脱酸素化によりエポキシ構造が変化)することを含み、クロルデン類を農薬としての機能を失う程度まで分解し、微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることを主に指す。
【0011】
上記の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の形態は、
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含み、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬を分解することを特徴とする有機塩素系農薬分解剤である。
本発明の第2の形態は、
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含む有機塩素系農薬分解剤を、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬を分解することを特徴とする浄化方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、有機塩素系農薬としてのクロルデン類を微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることにより、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにする有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1A(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:70℃)における親物質の農薬分解の結果を示すグラフである。
【図2】実施例1B(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:室温)における親物質の農薬分解の結果を示すグラフである。
【図3】参考例1A(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:70℃)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、(b)は反応時間を0〜120日間スケールとした場合のグラフである。なお、ピーク面積比とは、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質1ppmを1として、各中間物に対応するピーク面積値から算出した、中間物ごとのピーク面積比である。以降、「ピーク面積比」についての説明は同様とする。
【図4】参考例1B(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:室温)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図5】参考例1Aにおける、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。
【図6】参考例1Aにおける、中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物1〜4に対応する。
【図7】参考例1Aにおける、中間物5〜8のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物5〜8に対応する。
【図8】実施例2A(クロルデン類:ヘプタクロル、反応温度:70℃)における親物質の農薬分解の結果を示すグラフである。
【図9】参考例2A(クロルデン類:ヘプタクロル、反応温度:70℃)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、(b)は反応時間を0〜120日間スケールとした場合のグラフである。
【図10】参考例2B(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド、反応温度:室温)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図11】参考例2Aにおける、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。
【図12】参考例2Aにおける、中間物1〜3のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物1〜3に対応する。
【図13】参考例2Aにおける、中間物4〜6のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物4〜6に対応する。
【図14】参考例2Aにおける、中間物7〜9のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物7〜9に対応する。
【図15】参考例2Aにおける、中間物10〜12のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(c)は中間物10〜12に対応する。
【図16】参考例3A(クロルデン類:g−クロルデン、反応温度:70℃)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図17】参考例3B(クロルデン類:g−クロルデン、反応温度:室温)における、反応時間と、脱Cl濃度及びピーク面積比との関係を示すグラフである。
【図18】参考例3Aにおける、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。
【図19】参考例3Aにおける、中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物1〜4に対応する。
【図20】参考例3Aにおける、中間物5〜8のマススペクトルの結果を示すグラフであり、(a)〜(d)は中間物5〜8に対応する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態について、以下の手順で説明する。
<1.有機塩素系農薬分解剤>
a)ポーラス状鉄粉
b)銅源
<2.浄化方法>
<3.実施の形態による効果>
【0015】
<1.有機塩素系農薬分解剤>
本実施形態の有機塩素系農薬分解剤は、ポーラス状鉄粉と、銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含み、更に必要に応じてその他の成分を含有してなる。
【0016】
a)ポーラス状鉄粉
上記ポーラス状鉄粉とは、鉄粉を構成する粒子群が、それぞれ内部に大小さまざまな空孔をもつことを意味する。上記空孔は、粒子外部と接触している場合も、独立している場合もある。
上記ポーラス状鉄粉は、還元鉄粉を含むことが好ましい。該還元鉄粉としては、鉄鉱石の還元により製造されたものが好ましく、該還元鉄粉の粒径などついては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
上記原料鉄粉としては鉄を主成分としていればよく、2次汚染源となるクロム、鉛等の成分を含有しないものが好ましい。上記原料鉄粉の組成については、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、全鉄が80%以上、金属鉄が75%以上であることが好ましい。
上記還元鉄粉としては、特に制限はなく、市販品を用いることができ、該市販品としては、例えばDOWA IPクリエイション社製の還元鉄粉(ロータリーキルン粉)、などが好適に用いられる。
【0017】
b)銅源
上記銅源としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば銅塩、金属銅、又は銅溶液などが挙げられる。
上記銅塩としては、銅源となり、鉄粉表面において更に小さく接触し、点在できれば特に制限はなく、各種銅塩を用いることができるが、硫酸銅が特に好ましい。
上記硫酸銅は、結晶水を持つCuSO4・5H2Oの形態で通常入手できるが、本実施形態においては、結晶水はできるだけ除去しておく方が好ましい。結晶水からの水分や、ミル表面の付着水分や雰囲気中の水分等は、還元鉄粉と硫酸銅粉との混合中に硫酸銅水溶液が生成し、その水溶液中のCuイオンが鉄の粒子表面で還元されて金属銅として析出し、この析出した金属銅の被膜で鉄粒子表面を被覆してしまうことがある。鉄粉粒子表面が金属銅で完全に覆われてしまうと、有機塩素系農薬分解剤としての機能が低下することがある。したがって、硫酸銅の結晶水はできるだけ除去するのが好ましく、また水分ができるだけ混入しないような乾式で鉄粉との混合処理を行うのがよく、不活性ガス雰囲気中で混合処理を行うのがよい。なお、CuSO4・5H2Oは加熱によって結晶水を除去することができ、例えば45℃加熱で2分子の除去、110℃加熱で4分子の除去、250℃加熱で全分子の除去が行える。
上記銅源として金属銅粉を使用できるほか、銅塩を溶液に溶解させた溶液、例えば硫酸銅を溶解した硫酸銅溶液などを前述のポーラス状鉄粉と接触させることにより、鉄粒子表面に金属銅もしくは銅塩を析出させる方法などがある。
【0018】
上記ポーラス状銅含有鉄粉中の銅の含有量が、鉄に対する銅の割合(Cu/Fe)の質量%換算で、0.1質量%〜10質量%であることが好ましく、0.1質量%〜1質量%がより好ましい。上記含有量が、0.1質量%以上ならば、必要とされる有機塩素系農薬の農薬分解能力を充分満たすことが可能となるし、鉄粉内にその性能の偏在が生じることもなくなる。また、10質量%以下ならば、鉄粒子表面のFe/Cuバランスから、添加した銅量に見合う性能を得ることが可能となるし、過剰な銅が銅イオンとして地下水中などに拡散・流出するおそれも抑制することができる。
【0019】
上記有機塩素系農薬分解剤の製造方法は、原料鉄粉の粒子に剪断力や圧力を加え、原料鉄粉を解砕程度の粉砕をしながら、硫酸銅(粉)を原料鉄粉に添加する。粉砕時においては、鉄粉表面のポーラス状態(凹凸、空隙)が潰れた平滑にならない程度の粉砕強度とする。原料鉄粉が粉砕される程度の強さであれば硫酸銅が原料鉄粉に付着し、固着するには十分な強さである。
上記ポーラス状鉄粉と、銅源との機械的混合は、振動ボールミル、回転ボールミル等の容器内で粉砕用媒体を駆動させるタイプの粉砕・混合装置を用いて行われることが好ましく、通常のボールミルでの混合や粉砕処理を円滑にするために使用される分散剤や潤滑剤などは本実施形態では使用しないのが好ましい。
上記銅源が、銅溶液の場合であっても、処理操作は銅塩又は銅粉の場合と同様である。混合強度、時間、配合量比を適宜設定すればよい。銅溶液であれば鉄粉との接触だけでもイオン化傾向から鉄粉表面に銅が析出するからである。
【0020】
上記ポーラス状銅含有鉄粉の平均径は1μm〜500μmが好ましく、25μm〜250μmがより好ましく、代表的には平均平面径が50μm〜500μmの範囲、平均厚さが1μm〜50μmの範囲であるのが好ましい。
【0021】
本実施形態の有機塩素系農薬分解剤は、有機塩素系農薬であるクロルデン類で汚染された水、土壌、無機物、有機物、又はこれらの混合物などについて、その有機塩素系農薬を農薬分解(最終的には分解)することができ、特に環境分野においては有機塩素系農薬で汚染された排水、地下水、土壌、排ガス等の浄化に用いることができる。
【0022】
なお、本明細書における「クロルデン類」とは、多環芳香族炭化水素の少なくとも一部が塩素化したもの(例えば五員環炭化水素が結合し、その少なくとも一部が塩素化したもの)である。具体例を列挙すると、γ−クロルデン、g−クロルデン、オキシクロルデン、ノナクロルに加え、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド(Isomer A)等が挙げられる。
これらのうち、クロルデンの物性及び概要は以下の通りである。
【化1】
また、オキシクロルデンについては以下の通りである。
【化2】
また、ノナクロル(trans型)については以下の通りである。
【化3】
(以上、出展:環境省編「農薬等の環境残留実態調査分析法」)
【0023】
また、以上の化合物も含め、クロルデン類の構造式の一覧を下記の[化4]に記載する。なお、(a)がγ−クロルデン、(b)がヘプタクロル、(c)がg−クロルデン、(d)がノナクロル、デン、に加え、(e)がヘプタクロルエポキシド(Isomer A)、(f)がオキシクロルデンである。
【化4】
【0024】
<2.浄化方法>
本実施形態の浄化方法は、本実施形態の上記有機塩素系農薬分解剤を、有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬(クロルデン類を含有した農薬)を脱塩素化し、最終的には分解する。
【0025】
本実施形態の浄化方法としては、一例ではあるが、以下のようにして行うことが挙げられる。
まず、クロルデン類は水への溶解度が非常に低いため、土壌中での物質移動が小さい。このため有機塩素系農薬分解剤との接触機会を増加させるため、適宜混練を行うことが好ましい。
【0026】
本実施形態の浄化方法は、汚染水と混合したり、汚染土壌に対して散水又は混合したりするという簡素な手法により実行することができる。また、本実施形態の浄化方法だと脱塩素速度が早いので、短期の浄化が可能となる。また、処理対象土壌中にて副生成物(脱塩素化物)を分解する微生物を添加、又は培養する方法を用いてもよい。上記微生物処理は、浄化期間が比較的長期化するが、処理コストが低いなどの有意な点もある。微生物は、元土、水に存在しているので、複製生物を分解する微生物を培養し、用いると効率的である。なお、外部の効果的な微生物を利用してもよい。
【0027】
本実施形態の上記有機塩素系農薬分解剤の汚染土壌及び汚染水への付与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記分解剤を水に分散させた状態で汚染土壌に噴霧したり、汚染土壌に散水したり、汚染水と混合したりして使用することができる。
また、汚染土壌の浄化方法としては、例えば従来の工法に用いるアースオーガ等の重機をそのまま用いることも可能である。また、有機塩素系農薬分解剤の保管は、フレコン、紙袋等の市販の包装容器で十分であり、ハンドリング及び保管のいずれにおいても優れている。
【0028】
<3.実施の形態による効果>
本実施形態によれば、無害な化合物までクロルデン類を分解させるには仮に至らないとしても、微生物の手により浄化可能な程度のレベルまでクロルデン類を変化(脱塩素化)させることができる。この脱塩素化した化合物ならば微生物の手により分解可能であり、最終的にはクロルデン類が浄化可能となる。その結果、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにすることができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例の概要としては、[実施例1〜3]において、クロルデン類における各化合物に対する、実施例の有機塩素系農薬分解剤による農薬分解の結果を示す。なお、[実施例1]においてクロルデン類水溶液と銅含有鉄粉との反応温度を70℃としたものを<実施例1A>とし、反応温度を室温としたものを<実施例1B>とした。[実施例2][実施例3]についても同様である。
その後、[実施例1〜3]において農薬分解をもたらしたメカニズム(脱塩素化経路)について調査した結果を[参考例1〜3]として示す。
上記の実施例1を階層ごとに表現すると、以下の通りである。
[実施例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)](結果)
<実施例1A(反応温度:70℃)>
<実施例1B(反応温度:室温)>
[参考例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)](メカニズム)
<参考例1A(反応温度:70℃)>
<参考例1B(反応温度:室温)>
<参考例1における中間物の同定>
なお、[実施例2]においては、クロルデン類をヘプタクロルとした場合について、上記の[実施例1]と同様の展開で述べる。
また、[実施例3]においては、クロルデン類をg−クロルデンとした場合について、上記の[実施例1]と同様の展開で述べる。
【0030】
[実施例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)]
<実施例1A(反応温度:70℃)>
本実施例においては、有機塩素系農薬分解剤におけるクロルデン類処理効果を確認する試験を行った。また、本実施例においては、擬似汚染水としたクロルデン類水溶液と銅含有鉄粉のみとの単純系にて試験を行った。
【0031】
クロルデン類水溶液には、茶褐色のバイアル瓶に対して純水とヘプタクロルエポキシドとを混合した水溶液を用いた。ヘプタクロルエポキシドの濃度は1ppmとした。以降、ヘプタクロルエポキシドのことを、単に「親物質」とも言う。
【0032】
銅含有鉄粉には、DOWA IPクリエイション社にて製造する土壌・地下水浄化用鉄粉の1銘柄である「鉄粉E401」を用いた。この鉄粉E401の製造方法としては、一例を挙げると特許文献1に記載の通りであるが、再掲すると以下の通りである。
還元鉄粉(DOWA IPクリエイション社製、ロータリーキルン粉)500gと、事前に200℃空気気流中にて2時間の熱処理を行い結晶水の脱水処理を行った硫酸銅(1水塩)粉14.0gとを回転ボールミルに装入して乾式で機械混合し、両粉の粒子が接合したポーラス状銅含有鉄粉である鉄粉E401を得た。
【0033】
上記のクロルデン類水溶液と銅含有鉄粉とを用意し、上記のバイアル瓶にて両者を混合した。その際に、バイアル瓶内の雰囲気は窒素雰囲気とした。そして、バイアル瓶内を70℃とした上で、215rpmで混合水溶液を暗所にて振蕩させた。なお、バイアル瓶内を70℃とした理由は、アレニウスの式から換算して、室温に比べて反応速度を9.3倍向上することができ、反応時間を短縮し、農薬分解効果を比較的早期に確認することができるためである。なお、この混合水溶液は、反応時間ごとに用意した。後で述べるが、農薬(ヘプタクロルエポキシド)の濃度について経時変化を調べるためである。
【0034】
こうして得られた混合水溶液を静置し、油相と水相とに相分離させた。ここで、水相2mlを採取し、イオンクロマトグラフによって水溶液中の塩化物イオンを分析した。なお、水相中の塩化物イオンを調べることにより、親物質から最終的にどのくらいの塩素が離脱しているのか(以降、「脱Cl濃度」とも言う。)を把握することができる。この結果は後述する参考例にて使用する。
【0035】
その後、混合水溶液に対してヘキサン及びアセトンを10ml(ヘキサン:アセトン=1:1)添加し、一晩静置し、水相中に残存している親物質を油相に抽出した。その後、GC/MSによって油相を分析し、親物質の濃度を測定した。なお、この測定を行った後、油相を抜き取り、残った水相に対して新たにヘキサン及びアセトンを10ml(ヘキサン:アセトン=1:1)添加し、一晩静置し、水相中に残存している親物質を油相に再度抽出した。こうして親物質が検出されなくなるまで、上記の抽出を行い、銅含有鉄粉によって農薬分解(脱塩素化)されず最終的に油相に存在することになる親物質の量(濃度)について測定した。こうすることにより、本実施例における銅含有鉄粉の農薬分解効果を確認することができる。なお、本実施例においては1回の抽出だけで親物質が検出されなくなった。
【0036】
また、この抽出においては、親物質のみならず、親物質が脱塩素化した(2つの塩素が離脱、3つの塩素が離脱、等々、離脱した塩素の数に応じた)各物質についても、油相に抽出されることになる。そして、後述する[参考例1]にて述べるように、この油相をGC/MSで分析し、これらの各物質(以降、「中間物」とも言う。)の濃度変化や構造式の同定を行い、農薬分解をもたらしたメカニズム(脱塩素化経路)の調査を行っている。
【0037】
本実施例における親物質(ヘプタクロルエポキシド)の農薬分解の結果を図1に示す。図1の横軸は反応時間、縦軸は油相における親物質の濃度である。これを見ると、反応時間が3時間の時点で既に親物質のほとんどが農薬分解されており、脱塩素化を行うことができており、微生物により分解可能な状態となっていることがわかる。なお、図1において、反応速度定数は4.927h−1であり、半減期は0.141hであった。本反応は擬一次速度式に則った反応速度となっているが、これは水素イオンが過剰であるためと推測される。なお、反応時間を1週間とした場合にはN.D.(未検出)となっていた。
【0038】
<実施例1B(反応温度:室温)>
本実施例においては、バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした。それ以外は<実施例1A>と同じとした。その結果を図2に示す。図2を見ると、例え室温というマイルドな条件下であったとしても、21日の時間をかければ、これまでだと微生物による分解すらも困難と言われていた親物質のほとんどを農薬分解することができていることがわかる。
【0039】
[参考例1(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)]
<参考例1A(反応温度:70℃)>
以下、<実施例1A>において行った「イオンクロマトグラフによる水相中の塩化物イオンの分析」「最終的に油相に存在する中間物の分析」についての結果について述べる。図3(a)(b)は、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度としたグラフである。なお、左縦軸は、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質であるヘプタクロルエポキシド1ppmを1として、各中間物(中間物1,2,3・・・と呼称する。)に対応するピーク面積値から算出した、中間物1〜8ごとのピーク面積比である。経時変化において、この面積比が小さくなるということは、更に脱塩素化されることにより、別の中間物に変化していることになる。なお、図3(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、図3(b)は反応時間を0〜120日スケールとした場合のグラフである。
【0040】
図3(a)を見ると、反応開始直後に各中間物が生成し、その中でも中間物1〜4が多く生成し、1時間の時点で中間物1,2,4,6の濃度が極めて低くなっている。また、図3(b)を見ると、7日間の時点で中間物1〜8の濃度が極めて低くなっている。一方、49日間の時点で中間物7,8の濃度が増加(即ち中間物7,8が再び生成)している。ただ、98日間の時点では中間物7,8の濃度は再び低くなっている。なお、脱Cl濃度については、98日間の時点では、脱塩素率換算にて35.9%となり、脱塩素化が緩やかになっていることがわかった。
【0041】
<参考例1B(反応温度:室温)>
バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした場合においても、図3と同様、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度、左縦軸を各中間物のピーク面積比としたグラフを得た(図4)。これを見ると、反応時間が21日間になると、中間物3のみが確認され、それ以外の物質は確認できなかった。
【0042】
<参考例1における中間物の同定>
更に、上記の中間物1〜8の構造を同定すべく、マススペクトル分析を行った。この同定においては、レトロ・ディールス・アルダー反応(RDA)(Cooper et al.,1979)(下記[化5])を参考とした。
【化5】
なお、[化5]の上側の反応式は、RDAイオンとしてシクロペンタジエン(m/z=65.0)やヘキサクロロシクロヘキサジエン(m/z=271.8)のイオンが挙げられる。また、[化5]の下側の反応式は、RDAイオンとして1,2−エポキシシクロペンタン−3−エン(m/z=81.0)やヘキサクロロシクロヘキサジエン(m/z=271.8)のイオンが挙げられる。
これにより、各中間物が有する構造の一部を同定し、最終的に各中間物全体の構造を同定した。
【0043】
本実施例(クロルデン類:ヘプタクロルエポキシド)における、ヘプタクロルエポキシド(親物質)そのもの、及び各中間物についてのマススペクトルの結果について、以下、説明する。図5は、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。図6(a)〜(d)は中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフである。図7(a)〜(d)は中間物5〜8のマススペクトルの結果を示すグラフである。
【0044】
先程述べたように、<参考例1A>においては反応開始直後に中間物1〜4が多く生成している。また、図6(a)〜(d)に示すように、ペンタクロロシクロペンタジエン[C5H1Cl5]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が1個脱離したもの、m/z=237.7)のイオンが確認されている。また、[M]+においてm/z=318.8であることを考えると、親物質から塩素が2個脱離していることもわかる。このことに加え、親物質における結合する炭素の部位の違いごとの塩素の解離エネルギーの相違を考慮に入れた結果、以下の[化6]の実線の○で囲んだ部分に加え、「<1>の部分」及び「<2>の部分」のうちいずれかの塩素が脱離していると考えられる。
【化6】
【0045】
更に、中間物1(図6(a))と中間物3(図6(c))とのマススペクトルの結果がほぼ同一であり、<参考例1B>において反応時間21日間でも存在するくらい中間物3が多量に生成されていることから、中間物1と中間物3は、上記[化6]の実線の○で囲んだ部分に加え、<1>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推定される。その一方、中間物2(図6(b))と中間物4(図6(d))とのマススペクトルの結果がほぼ同一であり、両者は中間物3に比べて少量しか生成されていないことから、中間物2と中間物4は、上記[化6]の実線の○で囲んだ部分に加え、<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推定される。つまり、中間物1〜4は塩素が2個脱離していると推測される。
【0046】
次に、中間物5(図7(a))について検討すると、[C5H1Cl4]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が2個脱離したもの)のイオンに関するピークが出現している。また、中間物5においては、他の中間物のスペクトル結果と同一でないことや、塩素の解離エネルギーの関係から、以下の[化7]のように脱塩素化が進行しているものと推測される。つまり、実線の○で囲んだ部分が脱塩素化し、中間物5だと塩素が3個脱離していると推測される。
【化7】
【0047】
次に、中間物6(図7(b))について検討すると、上記[化6]において実線の○で囲んだ部分、<1>の部分の2個の塩素、それに加え<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推定される。その一方で、シクロペンタジエンに起因するピーク(m/z=65.9)が出現していることから、以下の[化8]のように親物質におけるエポキシ部分がシクロペンタジエン構造へと変化し、その上で<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していることも予想される。
【化8】
なお、中間物7(図7(c))のマススペクトルにおいては、エポキシ部分を含有する1,2−エポキシシクロペンタン−3−エンのピークが出現していることから、中間物6のような構造変化を伴わず、上記[化6]の<2>の部分のいずれかの塩素が脱離していると推測される。結局のところ、中間物6,7は塩素が4個脱離していると推測される。
【0048】
最後に、中間物8(図7(d))について検討すると、スペクトルの結果から、以下の[化9]のように脱塩素化が進行しているものと推測される。つまり、中間物8は塩素が5個脱離していると推測される。
【化9】
【0049】
以上、[参考例1]における中間物を同定した結果、本実施例における農薬分解(脱塩素化)経路は、以下の[化10]のような経路で起きていると推測できる。なお、塩素が1個だけ脱離した中間物については、今回の[参考例1]では確認できなかった。
【化10】
【0050】
[実施例2(クロルデン類:ヘプタクロル)]
<実施例2A(反応温度:70℃)>
本実施例においては、クロルデン類として、ヘプタクロルを用いた。それ以外については [実施例1]と同様とし、親物質(ヘプタクロル)の農薬分解の状況を調べた。
【0051】
本実施例における親物質(ヘプタクロル)の農薬分解の結果を図8に示す。図8の横軸は反応時間、縦軸は油相における親物質の濃度である。図8に示すように、反応時間が1日間の時点で既に親物質のほとんどが農薬分解されており、脱塩素化を行うことができており、微生物により分解可能な状態となっていることがわかる。なお、反応時間が30分間の時点でも既に親物質のほとんどが農薬分解されていた。
【0052】
<実施例2B(反応温度:室温)>
また、本実施例において、反応温度を室温とした場合についても、親物質の農薬分解の状況を調べた。その結果、反応時間を21日間とすると、親物質はN.D.であり、親物質の大半が農薬分解されていることが確認できた。
【0053】
[参考例2(クロルデン類:ヘプタクロル)]
<参考例2A(反応温度:70℃)>
以下、<実施例2A>において行った「イオンクロマトグラフによる水相中の塩化物イオンの分析」「最終的に油相に存在する中間物の分析」についての結果について述べる。なお、特記しない部分については、[参考例1]と同様とする。
【0054】
図9(a)(b)は、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度としたグラフである。なお、左縦軸は、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質であるヘプタクロル1ppmを1として、各中間物(中間物1〜12)に対応するピーク面積値から算出した、中間物1〜12ごとのピーク面積比である。ある中間物において、この面積比が小さければ小さいほど、更に脱塩素化されることにより、別の中間物に変化していることになる。なお、図9(a)は反応時間を0〜30時間スケールとした場合、図9(b)は反応時間を0〜120日間スケールとした場合のグラフである。
【0055】
図9(a)を見ると、反応開始から1時間だと、中間物1〜3はN.D.であった。また、反応開始から24時間だと、中間物7はN.D.であった。それ以外の中間物は、反応直後に生成していた。
また、図9(b)を見ると、7日間の時点で中間物6,9の濃度が極めて低くなっている。同様に、49日間の時点で中間物10の濃度が極めて低くなっている。更に、98日間の時点で中間物4,5の濃度が極めて低くなっている一方、中間物8,11,12は僅かに存在していた。なお、脱Cl濃度については、98日間の時点では、脱塩素率換算にて82.6%となっていた。
【0056】
<参考例2B(反応温度:室温)>
バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした場合においても、図9と同様、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度、左縦軸を各中間物のピーク面積比としたグラフを得た(図10)。これを見ると、反応時間が21日間になると、中間物1〜3,6,7については確認できなかった。
【0057】
<参考例2における中間物の同定>
更に、上記の中間物1〜12の構造を同定すべく、マススペクトル分析を行った。この同定においては、[参考例1]と同様、RDAを参考とした。
【0058】
本実施例(クロルデン類:ヘプタクロル)における、ヘプタクロル(親物質)そのもの、及び各中間物についてのマススペクトルの結果について、以下、説明する。図11は、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。図12(a)〜(c)は中間物1〜3のマススペクトルの結果を示すグラフである。図13(a)〜(c)は中間物4〜6のマススペクトルの結果を示すグラフである。図14(a)〜(c)は中間物7〜9のマススペクトルの結果を示すグラフである。図15(a)〜(c)は中間物10〜12のマススペクトルの結果を示すグラフである。
【0059】
まず、中間物1〜6(図12(a)〜(c)及び図13(a)〜(c))について検討すると、ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が脱離したもののイオン([C5H1Cl5]+や[C5H1Cl4]+)が確認される。また、RDAイオンであるシクロペンタジエンから派生したと推測される2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンのイオンの存在も確認される。つまり、中間物1〜6は、2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンから塩素が1個脱離し、水酸基が付加されている構造となっていることがわかる。
【0060】
一方、中間物7〜12(図14(a)〜(c)及び図15(a)〜(c))について検討すると、ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が脱離したもののイオンは存在するものの、水酸基が付加された2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンのイオンの存在は確認できない。つまり、中間物7〜12は、2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンから塩素が1個脱離しているものの、水酸基は付加されていない構造となっていることがわかる。
【0061】
この中間物1〜12が発生した脱塩素化経路を、下記の[化11]及び[化12]に先に示す。[化11]は、水酸基が付加された中間物1〜6についての脱塩素化経路である。同様に、[化12]は、水酸基が付加されなかった中間物7〜12についての脱塩素化経路である。以下、これらを参照して本実施例の脱塩素化経路について説明を行う。
【化11】
【化12】
なお、塩素の解離エネルギーについては[化12]の右下部分に記載しているとおりである。その部分における○で囲んだ数値は、ナンバリングされた各炭素(C)と結合したClの脱離しやすさの順番を示している。
【0062】
中間物1(図12(a))について検討すると、2,3−ジヒドロキシシクロペンタジエンのイオンの存在、及びペンタクロロシクロペンタジエン[C5H1Cl5]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が1個脱離したもの、m/z=237.7)の存在により、塩素が2個脱離し、水酸基が2個付与したもの([化11]の(a))であることが推定される。
【0063】
中間物2(図12(b))及び中間物3(図12(c))について検討すると、塩素が4個脱離し、水酸基が1個付与したものであることが推定される。両者のピークが類似していることを考慮に入れると、中間物2及び中間物3は[化11]の(b)の<1>か<2>の組み合わせということが推測されるが、詳しくは本発明者が鋭意検討中である。
【0064】
中間物4(図13(a))及び中間物5(図13(b))について検討すると、塩素が3個脱離し、水酸基が1個付与したものであることが推定される。両者のマススペクトルが類似していることを考慮に入れると、中間物4及び中間物5は[化11]の(c)の<1>か<2>のいずれかであると推測される。
【0065】
中間物6(図13(c))について検討すると、塩素が3個脱離し、水酸基が2個付与したものであることが推定される。このことから、中間物6は[化11]の(d)であると推測される。
【0066】
一方、水酸基が付与されていない中間物7〜9(図14(a)〜(c))について検討すると、塩素が4個脱離している。また、これらのマススペクトルが互いに類似していることを考慮に入れると、中間物7〜9は[化12]の(a)のいずれかであると推測される。
【0067】
中間物10(図15(a))について検討すると、塩素が5個脱離している。このことから、中間物10は[化12]の(b)であると推測される。
【0068】
中間物11(図15(b))及び中間物12(図15(c))について検討すると、塩素が6個脱離している。また、両者のマススペクトルが互いに類似していることを考慮に入れると、中間物11及び中間物12は[化12]の(c)のいずれかであると推測される。
【0069】
以上、[参考例2]における中間物を同定した結果、本実施例における農薬分解(脱塩素化)経路は、上記の[化11]又は[化12]のような経路で起きていると推測できる。なお、塩素が1個だけ脱離した中間物や、水酸基が付与されておらず塩素が2個脱離した中間物については、今回の[参考例2]では確認できなかった。
【0070】
[実施例3(クロルデン類:g−クロルデン)]
<実施例3A(反応温度:70℃)>
本実施例においては、クロルデン類として、g−クロルデンを用いた。それ以外については [実施例1]と同様とし、親物質(g−クロルデン)の農薬分解の状況を調べた。その結果、反応時間を49日間とすると、親物質はN.D.であり、親物質の大半が農薬分解されていることが確認できた。
【0071】
<実施例3B(反応温度:室温)>
また、本実施例において、反応温度を室温とした場合についても、親物質の農薬分解の状況を調べた。その結果、反応時間を21日間とすると、親物質はN.D.であり、親物質の大半が農薬分解されていることが確認できた。
【0072】
[参考例3(クロルデン類:g−クロルデン)]
<参考例3A(反応温度:70℃)>
以下、<実施例3A>において行った「イオンクロマトグラフによる水相中の塩化物イオンの分析」「最終的に油相に存在する中間物の分析」についての結果について述べる。なお、特記しない部分については、[参考例1]と同様とする。但し、本参考例に関しては現在発明者により鋭意検討中の部分がある。
【0073】
図16は、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度としたグラフである。なお、左縦軸は、ガスクロマトグラフィーにおいて、親物質であるg−クロルデン1ppmを1として、各中間物(中間物1〜8)に対応するピーク面積値から算出した、中間物1〜8ごとのピーク面積比である。
【0074】
<参考例3B(反応温度:室温)>
バイアル瓶内の温度を室温(20℃)とした場合においても、図16と同様、横軸を反応時間、右縦軸を脱Cl濃度、左縦軸を各中間物のピーク面積比としたグラフを得た(図17)。
【0075】
<参考例3における中間物の同定>
更に、上記の中間物1〜8の構造を同定すべく、マススペクトル分析を行った。この同定においては、[参考例1]と同様、RDAを参考とした。
【0076】
本実施例(クロルデン類:g−クロルデン)における、g−クロルデン(親物質)そのもの、及び各中間物についてのマススペクトルの結果について、以下、説明する。図18は、親物質そのもののマススペクトルの結果を示すグラフである。図19(a)〜(d)は中間物1〜4のマススペクトルの結果を示すグラフである。図20(a)〜(d)は中間物4〜6のマススペクトルの結果を示すグラフである。
【0077】
この中間物1〜9が発生した脱塩素化経路を、下記の[化13]に先に示す。以下、これを参照して本実施例の脱塩素化経路について説明を行う。
【化13】
【0078】
中間物1(図19(a))及び中間物2(図19(b))について検討すると、シクロペンタジエンのイオンの存在(塩素が2個脱離)、及びペンタクロロシクロペンタジエン[C5H1Cl5]+(ヘキサクロロシクロペンタジエンから塩素が1個脱離したもの、m/z=237.7)などの存在により、塩素が計5個脱離した[化13]の(a)のいずれかであることが推定される。いずれにせよ、両者のマススペクトルは類似している。なお、塩素が計3個脱離したもの([化13]の(a)の一つ手前の化合物において実線の○で囲んだ部分の塩素のいずれかが脱離したもの)であることも否定できない。
【0079】
中間物3(図19(c))について検討すると、シクロペンタジエンのイオンの存在(塩素が2個脱離)、及び[C5H1Cl3]+の存在により、塩素が5個脱離したものであり、[化16]の(a)のいずれかであることが推定される。なお、[化13]の(b)は、[実施例2(ヘプタクロル)]における中間物9つまり[化12](a)と同一の化合物であり、マススペクトル(図14(c))においても両者はほぼ同一である。
【0080】
中間物4(図19(d))について検討すると、塩素が6個脱離している。このことから、中間物4は[化13]の(b)であり、<1>から塩素が1個、<2>から塩素が1個脱離したものと推測される。
【0081】
中間物5(図20(a))について検討すると、塩素が6個脱離している。このことから、中間物5は[化13]の(c)であると推測される。なお、[化13]の(c)は、[実施例2(ヘプタクロル)]における中間物10つまり[化12](b)と同一の化合物であり、マススペクトル(図15(a))においても両者はほぼ同一である。
【0082】
中間物6(図20(b))について検討すると、塩素が7個脱離している。このことから、中間物5は[化13]の(d)であると推測される。
【0083】
中間物7(図20(c))及び中間物8(図20(d))について検討すると、塩素が7個脱離している。また、両者のマススペクトルが互いに類似していることを考慮に入れると、中間物7及び中間物8は[化13]の(e)のいずれかであると推測される。
【0084】
以上、[参考例3]における中間物を同定した結果、本実施例における農薬分解(脱塩素化)経路は、上記の[化13]のような経路で起きていると推測することができた。なお、[化13]におけるg−クロルデンと(a)との間の脱塩素化経路における中間物については、今回の[参考例3]では確認できなかった。
【0085】
以上の通り、実施の形態及び実施例に記載の通り、有機塩素系農薬としてのクロルデン類を微生物が分解可能な程度な状態へと変化させることにより、有機塩素系農薬の浄化が簡易かつ短期で可能であり、有害かつ難処理の副生成物が残留しないようにする有機塩素系農薬分解剤及び浄化方法を提供することが可能となる。
【0086】
以下、本実施形態において好ましい形態を付記する。
[付記1]
ポーラス状鉄粉が還元鉄粉を含み、銅源が銅塩、金属銅又は銅溶液を含む有機塩素系農薬分解剤。
[付記2]
機械的混合が、振動ボールミル、回転ボールミル等の容器内で粉砕用媒体を駆動させるタイプの粉砕・混合装置を用いて行われる有機塩素系農薬分解剤。
[付記3]
ポーラス状銅含有鉄粉中の銅の含有量が、鉄に対する銅の割合(Cu/Fe)の質量%換算で、0.1質量%〜10質量%である有機塩素系農薬分解剤。
[付記4]
クロルデン類を分解した後、微生物分解処理する浄化方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含み、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬を分解することを特徴とする有機塩素系農薬分解剤。
【請求項2】
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含む有機塩素系農薬分解剤を、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬を分解することを特徴とする浄化方法。
【請求項1】
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含み、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬を分解することを特徴とする有機塩素系農薬分解剤。
【請求項2】
ポーラス状鉄粉と銅源とを機械的混合してなるポーラス状銅含有鉄粉を含む有機塩素系農薬分解剤を、クロルデン類を含有する有機塩素系農薬で汚染された土壌、及び有機塩素系農薬で汚染された水の少なくともいずれかに付与して、汚染土壌及び汚染水中の有機塩素系農薬を分解することを特徴とする浄化方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2013−107943(P2013−107943A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−251998(P2011−251998)
【出願日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【出願人】(506347517)DOWAエコシステム株式会社 (83)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【出願人】(506347517)DOWAエコシステム株式会社 (83)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]