説明

有機樹脂被覆鋼板

【課題】 導電性に優れ、皮膜密着性,耐食性も良好な有機樹脂被覆鋼板を得る。
【解決手段】 シクロアルカン,π結合を有する原子団から選ばれた一種又は二種を有機官能基とするシランカップリング剤からなる界面層を介し、複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系のπ共役高分子及び該π共役高分子に導電性を付与するドーパントを含む有機樹脂皮膜が下地表面に設けられた有機樹脂被覆鋼板である。ドーパントには、SO4,Cl,F,PO4等が使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性,耐食性,意匠性,密着性に優れた有機樹脂被覆鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
普通鋼板,めっき鋼板等の原板を有機樹脂で被覆すると、耐食性,耐指紋性の良好な有機樹脂被覆鋼板が得られる。必要な色調を有機樹脂被覆鋼板に付与する場合、着色顔料を有機樹脂皮膜に分散させている。着色顔料で色調を付与した有機樹脂被覆鋼板では、着色顔料の配合量が多くなると耐食性,加工性等が劣化する傾向を示すので、有機樹脂皮膜を厚膜化することにより必要な色調を得ている。しかし、厚膜の有機樹脂皮膜は、有機樹脂被覆鋼板にプレス成形,曲げ等の加工を施す際、有機樹脂皮膜に亀裂,剥離等が生じやすい。
【0003】
樹脂自体で必要な色調が得られると、着色顔料の配合を必要とせず、有機樹脂皮膜の薄膜化が可能になる。有色樹脂として共役二重結合を有するπ共役高分子が知られており、ドーパントの共存下でπ共役高分子が導電性を示すことを活用し、OA機器のケーシング材としての利用も検討されている。たとえば、アニリン,チオフェン,ピロール等の酸化重合体を含む塗料から成膜された導電性高分子皮膜(特許文献1),ポリアニリン系化合物を含む塗料から成膜された防食皮膜(特許文献2),ドーパントの配合により導電性を付与したポリアニリン皮膜(特許文献3)等がある。
【特許文献1】特開平5-320958号公報
【特許文献2】特開平6-128769号公報
【特許文献3】特開平10-158854号公報
【0004】
しかし、ポリアニリンに代表されるπ共役高分子は、下地鋼に対する密着に必要な水素結合を有する官能基が少なく、水素結合力も弱いため皮膜密着性に乏しい。そのため、π共役高分子を含む有機樹脂皮膜を設けた鋼板にプレス成形,曲げ等の加工を施すと、皮膜に剥離や亀裂が生じ目標とする性能が損なわれる。そこで、本発明者等は、アミノ系シランカップリング剤を微量添加すると導電性高分子の弱点であった密着性が比較的に改善されることを解明し、導電性,耐食性,意匠性,密着性の何れにおいても優れた有機樹脂被覆鋼板を提案した(特許文献4)。
【特許文献4】特願2004-245248号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
アミノ系シランカップリング剤の配合によって有機樹脂皮膜の密着性は向上するが、シランカップリング剤の種類によっては有機樹脂皮膜の導電性低下が散見される。そこで、シランカップリング剤と有機樹脂皮膜の導電性との関係を調査・検討したところ、π共役高分子とπ結合する有機官能基を有するシランカップリング剤を使用すると、導電性の低下なく皮膜密着性を改善した有機樹脂被覆鋼板が得られることを見出した。
本発明は、かかる知見をベースに完成されたものであり、特定のシランカップリング剤を配合して密着性向上に有効な界面層を形成し、導電性高分子本来の特性を活用した有機樹脂被覆鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の有機樹脂被覆鋼板は、中性又は酸性の有機官能基とするシランカップリング剤からなる界面層を介し、複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系のπ共役高分子を主成分とし、ドーパントの添加によって導電性が付与された有機樹脂皮膜が設けられていることを特徴とする。シランカップリング剤の有機官能基には、シクロアルカン,π結合を有する原子団から選ばれた一種又は二種以上がある。
ドーパントとしては、SO4,Cl,F,PO4,これらの原子団を有する無機又は有機化合物から選ばれた一種又は二種以上が使用される。π共役高分子に含まれるヘテロ原子としては、窒素,硫黄がある。
【発明の効果】
【0007】
π共役高分子が導電性を呈する状態は、プロトン酸,ハロゲン等のドーパントXがイオン結合してヘテロ原子Nがプラスに帯電した状態である。

【0008】
ところが、アミノ基を有するシランカップリング剤を配合した有機樹脂皮膜では、アミノ基Rが導電性高分子のヘテロ原子Nに結合するため、自由電子の個数が少なくなる。ドーパント(アニオン)とシランカップリング剤のアミノ基(カチオン)との反応による塗料のゲル化も懸念される。
これに対し、π共役高分子のヘテロ原子Nと反応しやすい塩基性基を含まず、ベンゼン環(π結合部)と結合する有機官能基を有するシランカップリング剤を使用すると、自由電子の個数減少もなく、ドーパントとの反応もない(図1)。その結果、π共役高分子本来の導電性が維持され、有機樹脂皮膜の密着性も改善される。しかも、塗料のゲル化も防止される。導電性の向上は、ドープ状態にあるπ共役高分子のベンゼン環にシランカップリング剤の有機官能基が作用することでベンゼン環中の電子が誘起され、電子が非局在化することも一因と考えられる。なかでも、π共役高分子のベンゼン環(π結合部)とシランカップリング剤のシクロアルカン,π結合を有する有機官能基がπ-π相互作用する誘起効果を受けると一層の導電性向上が図られる。
【0009】
更に、π共役高分子を含む有機樹脂皮膜は、有機樹脂被覆鋼板の防食にも有効である。防食能は、貴金属的性質を有するπ共役高分子によって下地鋼が酸化され、緻密な不動態皮膜が下地表面に生成することに起因すると考えられる。しかも、下地に対する有機樹脂皮膜の密着性が高くなっているので環境遮断能が高く、ピンホール,皮膜疵付き等の欠陥が発生しても欠陥部を起点とする腐食の進行が抑制される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
有機樹脂皮膜が設けられる塗装原板は、材質に特段の制約を受けるものではないが、普通鋼板,めっき鋼板,低合金鋼,ステンレス鋼板等、種々の鋼板を使用できる。必要に応じて適宜の前処理が施された塗装原板にπ共役高分子,シランカップリング剤を含む塗料を塗布し焼き付けることにより、密着性,耐食性に優れた有機樹脂皮膜が形成される。ドーパントを含む塗料の使用、或いは皮膜形成後にドーパント溶液を用いた接触処理の何れによっても有機樹脂皮膜に導電性を付与できる。
【0011】
有機樹脂皮膜の主成分であるπ共役高分子は、複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系があり、具体的には以下の化合物が使用される。
複素環式共役系:ポリピロール,ポリフラン,ポリチオフェン,ポリセレノフェン
ヘテロ原子含有共役系:ポリ(パラフェニレンスルフィド),ポリ(パラフェニレンオキシド),ポリアニリン
特に、ヘテロ原子Sを有するポリ(パラフェニレンスルフィド)やNを有するポリアニリンをπ共役高分子に使用する場合、有機樹脂皮膜の密着性が一層向上する。
【0012】
シランカップリング剤としては、π共役高分子のヘテロ原子でなくベンゼン環(π結合部)に結合する有機官能基を有する必要があり、特にシクロアルカン及び/又はπ結合を有する原子団を有機官能基とするシランカップリング剤が好ましい。シランカップリング剤は、下地表面にある金属酸化物,金属水酸化物にシラノール基で強く結合し、有機樹脂皮膜のπ共役高分子に有機官能基で強く結合する。
【0013】
具体的には、3-アニリノプロピルトリメトキシシラン,シクロヘキシルメチルジメトキシシラン,フェニルトリメトキシシラン,ジフェニルジメトキシシラン2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン,3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン,3-アクリロキシプロピルトリメトキシシラン,ビニルトリアセトキシシラン,ビニルトリメトキシシラン,ビニルトリエトキシシラン,メタクリロキシオキシプロピルトリエトキシシラン等がある。
【0014】
π共役高分子,シランカップリング剤を含む塗料から成膜された有機樹脂皮膜にドーパントを含ませることにより、導電性が付与される。ドーパントは、塗料成分として有機樹脂皮膜に含ませる一段処理、或いは成膜後にドーパント溶液と接触させる二段処理で有機樹脂皮膜に含ませることができる。
ドーパントには、無機酸,有機酸,ハロゲン,ルイス酸等が使用される。具体的には、塩酸,過塩素酸,過塩素酸テトラメチルアンモニウム,テトラフルオロホウ酸,リン酸,ヘキサフルオロリン酸等の無機酸、ベンゼンスルホン酸,トルエンスルホン酸,ナフタレンスルホン酸等の有機酸、塩素,臭素,フッ素等のハロゲン、五フッ化リン,三フッ化ホウ素等のルイス酸がある。なかでも、SO4,ClF,PO4又はこれらの原子団を有する無機又は有機化合物をドーパントに使用すると、シランカップリング剤との相性が良く、優れた導電性が有機樹脂皮膜に付与される。
【0015】
シランカップリング剤,π共役高分子を溶媒に溶解することにより、有機樹脂皮膜形成用の塗料が調製される。使用可能な溶媒は、シランカップリング剤,π共役高分子を安定に溶解させる限り特に種類が制約されるものではなく、水,メタノール等のアルコール類,メチルエチルケトン,キシレン,アセトン,アセトニトリル,N-メチル-2-ピロリドン等の有機溶媒がある。
π共役高分子は、1〜30質量%で配合することが好ましい。π共役高分子の配合量が1質量%未満では、塗料中のπ共役高分子が不足し、均一な有機樹脂皮膜を形成させ難い。逆に、30質量%を超える過剰量では、塗料の安定性が悪くなり、塗料の更新時期を早めることにもなる。
【0016】
シランカップリング剤は、π共役高分子に対して0.1〜30質量%の割合で添加することが好ましい。0.1質量%未満の添加量では十分な密着性向上効果が得られず、逆に30質量%を超える過剰量ではπ共役高分子による特性付与に悪影響を及ぼしやすい。
一段処理では、π共役高分子を形成しているモノマーに対するモル濃度比:0.01〜1.0でドーパントを塗料に配合することが好ましい。0.01未満の濃度比では十分な導電性が得られず、逆に1.0を超える濃度比では過剰なドーパントに起因する塗料の不安定化,有機樹脂皮膜の特性劣化が懸念される。
【0017】
ロールコート,スプレー,浸漬法等で原板に塗料を塗布し、焼付け・乾燥により目標の有機樹脂皮膜が形成される。焼付け・乾燥は、π共役高分子の分解を防止しながら溶媒を揮発させる限り温度条件に特段の制約が加わるものではないが、工業的な観点から焼付け・乾燥温度を50〜300℃の範囲で選定することが好ましい。50℃に達しない温度では長時間の焼付け・乾燥を必要とし、300℃を超える温度ではπ共役高分子の分解に起因する品質低下が懸念される。
【0018】
有機樹脂皮膜は、塗装後耐食性に優れており、下塗り塗膜,表層塗膜の何れにも使用でき、好ましくは乾燥膜厚:0.1〜10μmに調整される。0.1μm未満の薄膜では、十分な耐食性が確保されない。有機樹脂皮膜が厚膜になるほど耐食性等の品質が向上するものの、10μmを超えて厚膜化しても更なる品質向上効果が得られず経済的に不利となる。下塗り塗膜として使用する場合も同様である。
【0019】
有機樹脂皮膜が形成された鋼板表層の深さ方向に沿った元素分布状態を測定すると、下地鋼と有機樹脂皮膜との界面にシランカップリング剤からなる界面層が検出される。シランカップリング剤由来の界面層は、ESCA,AES等の解析結果からシランカップリング剤のSiを読み取ることにより確認できる。
シランカップリング剤からなる界面層は、シランカップリング剤を配合した塗料の使用に代え、シランカップリング剤含有液を用いた原板を塗装前処理によっても形成できる。この場合にも、有機樹脂皮膜の密着性向上に寄与する。
【実施例1】
【0020】
板厚:0.8mm,片面当りめっき付着量:20g/m2の電気亜鉛めっき鋼板を塗装原板に用い、π共役高分子を含む有機樹脂皮膜を形成した実施例で本発明を具体的に説明する。しかし、電気亜鉛めっき鋼板が塗装原板に限られるものではなく、熱延鋼板,冷延鋼板,他の電気めっき鋼板,溶融めっき鋼板,化成処理鋼板,ステンレス鋼板等を使用した場合でも、密着性,導電性,意匠性の良好な有機樹脂被覆鋼板が同様に得られることは勿論である。
【0021】
有機樹脂皮膜形成用の塗料は、次の手順で調製した。
アニリン:42gに水:600g,濃塩酸:40gを加えた溶液に、濃硫酸:40gを水:150gに溶解させた水溶液を混合し、モノマー溶液を調製した。モノマー溶液を0℃以下の温度に保持しながら、水:220gに過硫酸アンモニウム:130gを溶解した酸化剤溶液をモノマー溶液に滴下した。滴下後、5時間攪拌しながら重合反応させることによりポリアニリンを合成した。次いで、濃アンモニア水で脱ドープ処理し、水洗,メタノール洗浄を繰り返した後、真空乾燥により脱ドープ状態のポリアニリン粉末を得た。
ポリアニリン粉末をメチルピロリドンに1:10の質量比で溶し込み、更に表1に掲げたシランカップリング剤を0.1質量%,3.0質量%、ドーパントとしてp-トルエンスルホン酸を0.1モル/lの割合で配合することにより塗料を調製した。
【0022】

【0023】
脱脂・洗浄した原板に塗料をバーコーター塗布し、到達板温:150℃で加熱・乾燥し、乾燥膜厚:2μmの有機樹脂皮膜を形成した。
得られた有機樹脂被覆鋼板は、有機樹脂皮膜が薄膜であるにも拘わらず、ポリアニリンに由来する鮮明度の高い淡緑色の色調を呈していた。
有機樹脂被覆鋼板から試験片を切り出し、180度密着曲げ試験(2t)に供した。曲げ試験後、曲げ部外側に粘着テープを貼り付け瞬時に引き剥がすテープ剥離試験で有機樹脂皮膜の剥離状態を観察し、剥離の程度から加工密着性を評価した。
【0024】
また、シランカップリング剤No.1をポリアニリンに添加した塗料を電気亜鉛めっき鋼板に塗布した後、鋼板表面から深さ方向に沿って元素分布状態をAESで分析した。図2の分析結果にみられるように、塗料に添加したシランカップリング剤が原板側に濃化し、界面層を形成していることを確認できる。図中、Nはポリアニリンを、Siはシランカップリング剤を示す元素である。シランカップリング剤や原板の種類を変更した場合でも、同様に原板側に濃化したシランカップリング剤が検出された。
【0025】
〔比較例1-1〕
実施例1で合成したポリアニリン粉末をメチルピロリドンに質量比1:10で溶し込み、表2のシランカップリング剤を0.1質量%,3.0質量%、ドーパントとしてp-トルエンスルホン酸を0.1モル/lの割合で配合することにより調製した塗料を用い、実施例1と同じ方法で形成した有機樹脂皮膜の加工密着性を調査した。

【0026】
〔比較例1-2〕
実施例1で合成したポリアニリン粉末をメチルピロリドンに質量比1:10で溶かし込み、更にドーパントとしてp-トルエンスルホン酸を0.1モル/lの割合で配合した塗料を、クロメート処理(Cr付着量:50mg/m2)した板厚:0.8mm,片面当りめっき付着量:20g/m2の電気亜鉛めっき鋼板に実施例1と同様に塗布し、加工密着性を調査した。
〔比較例1-3〕
実施例1で合成したポリアニリン粉末をメチルピロリドンに質量比1:10で溶し込み、更にエポキシ樹脂を10質量%,ドーパントとしてp-トルエンスルホン酸を0.1モル/lの割合で配合した塗料を用い、実施例1と同じ方法で形成した有機樹脂皮膜の加工密着性を調査した。
【0027】
表3の調査結果にみられるように、有機官能基にシクロアルカン,π結合を有するシランカップリング剤No.1〜3を配合した塗料から成膜された有機樹脂皮膜は、曲げ試験前とほぼ同じ状態で下地鋼に付着しており、シランカップリング剤無添加,クロメート処理,エポキシ樹脂との混合系と比較すると加工密着性の大幅な改善を確認できた。
アミノ基を有するシランカップリング剤No.4を配合した場合、塗料がゲル化した。この例では、シランカップリング剤のアミノ基とドーパントが相互作用して塗料がゲル化したものと考えられる。
【0028】

【実施例2】
【0029】
実施例1で合成したポリアニリン粉末をメチルピロリドンに質量比1:10で溶し込み、表1のシランカップリング剤No.1を3.0質量%配合した塗料を用いて製造された実施例1の有機樹脂被覆鋼板にドーパント溶液を塗布量:5ml/m2でバーコート塗布し、到達板温:150℃で加熱・乾燥することにより有機樹脂皮膜を改質した。ドーパント溶液としては、各種ドーパントを溶解した0.1モル/l水溶液(表4)を使用した。
改質された有機樹脂皮膜について、実施例1と同様に加工密着性を調査すると共に、四端子法で表面抵抗を測定することにより導電性を調査した。
【0030】
〔比較例2-1〕
実施例1で合成したポリアニリン粉末をメチルピロリドンに質量比1:10で溶し込み、表2のシランカップリング剤No.4を3.0質量%配合した塗料を用いて製造された実施例1の有機樹脂被覆鋼板に実施例2と同様の方法でドープ処理し、導電性,加工密着性を調査した。
〔比較例2-2〕
ウレタン樹脂(スーパーフレックス110:第一工業製薬製)を主成分とする塗料を用いてウレタン樹脂被覆鋼板を作製し、導電性を調査した。
【0031】
表4の調査結果にみられるように、ドープ状態の有機樹脂被覆鋼板は、ドーパント種に応じて異なる色調を呈したが、色調に及ぼすシランカップリング剤の影響は見られなかった。何れの有機樹脂被覆鋼板も、ドーピングによる加工密着性の低下は生じなかった。
有機官能基としてシクロアルカン,π結合を有するシランカップリング剤No.1を用いた有機樹脂皮膜では、ドーピング前に比較して導電率が大幅に向上しており、なかでもp-トルエンスルホン酸をドープした有機樹脂皮膜で高い導電率が得られた。
表4の結果は、ドーピングにより導電性を付与した有機樹脂被覆鋼板は、家電機器,OA機器のケーシング材として使用したときに十分な帯電防止能,電磁波シールド性をもつことを示している。
【0032】

【実施例3】
【0033】
原板として、フェライト系ステンレス鋼板,オーステナイト系ステンレス鋼板,電気亜鉛めっき鋼板,溶融Zn-6質量%Al-3質量%Mg合金めっき鋼板,溶融Al-9質量%Si合金めっき鋼板,溶融Zn-55質量%Al合金めっき鋼板,電気銅めっき鋼板,冷延鋼板を用意した。
シランカップリング剤No.1を3.0質量%配合した塗料を用い、実施例2と同じ条件下で膜厚:2μmの有機樹脂皮膜を各原板に形成した後、0.1モル/lのp-トルエンスルホン酸,ポリリン酸をドーパント溶液として用い実施例2と同じ条件で有機樹脂被覆鋼板に塗布した。
【0034】
ドーピング後の有機樹脂被覆鋼板から試験片を切り出し、腐食試験,加工試験に供した。
腐食試験では、JIS Z2371に準拠して35℃の5%NaCl水溶液を端面をシールした試験片に噴霧した。240時間の塩水噴霧後、電気亜鉛めっき鋼板,溶融Zn-Al-Mg合金めっき鋼板,溶融Al-Si合金めっき鋼板,溶融Zn-55%Al合金めっき鋼板については試験片表面に発生した白錆を、フェライト系ステンレス鋼板,オーステナイト系ステンレス鋼板,冷延鋼板については試験片表面に発生した赤錆を、電気銅めっき鋼板については試験片表面に発生した緑錆を観察した。そして、試験片表面に占める各錆の面積率が5%未満を◎,5〜10%を○,10〜30%を△,30〜50%を▲,50%以上を×として平坦部の耐食性を評価した。
【0035】
表5の調査結果にみられるように、鋼板の種類に拘わらず、有機樹脂皮膜の形成によって耐食性が向上していることが判る。また、ドーパントの種類による耐食性の有意差は検出されなかった。
【0036】

【0037】
加工試験では、曲げ部内側に同じ厚みの板材を複数枚介在させて180度曲げ試験した。曲げ試験後、曲げ部外側に粘着テープを貼り付け瞬時に引き剥がすテープ剥離試験で有機樹脂皮膜の剥離状態を観察し、実施例1と同じ基準で加工密着性を評価した。
表6の調査結果にみられるように、有機樹脂皮膜にシランカップリング剤を含ませることにより加工密着性が向上していることがわかる。シランカップリング剤配合による加工密着性向上効果は、なかでもステンレス鋼板,電気銅めっき鋼板,Al系めっき鋼板で顕著であった。
【0038】

【産業上の利用可能性】
【0039】
以上に説明したように、本発明の有機樹脂被覆鋼板は、複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系のπ共役高分子に有機官能基としてシクロアルカン,π結合を有するシランカップリング剤を配合した塗料から成膜された有機樹脂皮膜にドープ処理で導電性を付与すると、従来の塗装鋼板からは予想できない高導電性の有機樹脂被覆鋼板が得られる。この有機樹脂被覆鋼板は、高い導電率の他に加工密着性,耐食性にも優れているので内装材,外装材,表装材,電磁シールド材等として広汎な分野で使用される。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】シランカップリング剤を介した有機樹脂皮膜と鋼板表面との結合を示す模式図
【図2】シランカップリング剤を添加した塗料で塗装したとき、下地鋼/塗膜の界面にシランカップリング剤の界面層が形成されることを示すAES分析による元素分布濃度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地鋼の表面に、中性又は酸性の有機官能基とするシランカップリング剤からなる界面層を介し、複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系のπ共役高分子を主成分とし、該π共役高分子に導電性を付与するドーパントが添加された有機樹脂皮膜が設けられていることを特徴とする有機樹脂被覆鋼板。
【請求項2】
シランカップリング剤の有機官能基がシクロアルカン,π結合を有する原子団から選ばれた一種又は二種以上である請求項1記載の有機樹脂被覆鋼板。
【請求項3】
ドーパントがSO4,Cl,F,PO4,これらの原子団を有する無機又は有機化合物から選ばれた一種又は二種以上である請求項1記載の有機樹脂被覆鋼板。
【請求項4】
π共役高分子に含まれるヘテロ原子が窒素及び/又は硫黄である請求項1〜3何れかに記載の有機樹脂被覆鋼板。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−21764(P2007−21764A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−203107(P2005−203107)
【出願日】平成17年7月12日(2005.7.12)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】