説明

有機物質で被覆された銀微粉の製法および銀微粉

【課題】工業的な大量生産に適した手法により、従来よりも焼結温度を大幅に低減しうる低分子量の保護材で被覆された銀微粉を提供する。
【解決手段】(i)不飽和結合を持つ分子量150〜1000の有機化合物で構成される保護材X1に覆われた銀粒子が液状有機媒体Aに分散した液、(ii)炭素骨格の炭素が保護材X1を構成する有機化合物より少ない有機化合物で構成される保護材X2、および、(iii)液状有機媒体Aよりも保護材X1の溶解性が高い液状有機媒体B、を混合することにより、液状有機媒体B中への保護材X1の溶解と、銀粒子表面への保護材X2の付着を進行させる工程を有する、有機物質で被覆された銀微粉の製法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機物質に被覆された銀ナノ粒子からなる銀微粉であって、微細配線基板を構築するためのインクやペーストに適した焼結性の良い銀微粉、およびその製法に関する。本明細書でいう「微粉」は、特に断らない限り構成金属粒子の平均粒子径が20nm以下のものである。
【背景技術】
【0002】
金属微粉は活性が高く、低温でも焼結が進むため、耐熱性の低い素材に対するパターニング材料として着目されて久しい。特に昨今ではナノテクノロジーの進歩により、シングルナノクラスの粒子の製造も比較的簡便に実施できるようになってきた。
【0003】
特許文献1には酸化銀を出発材料として、アミン化合物を用いて銀ナノ粒子を大量に合成する方法が開示されている。また、特許文献2にはアミンと銀化合物原料を混合し、溶融させることにより銀ナノ粒子を合成する方法が開示されている。非特許文献1には銀ナノ粒子を用いたペーストを作成することが記載されている。一方、特許文献3には有機保護材Aで保護した金属ナノ粒子が存在する非極性溶媒に、金属粒子との親和性の良いメルカプト基等の官能基を持つ有機保護材Bが溶解した極性溶媒を加えて、撹拌混合することにより、金属ナノ粒子の保護材をAからBに交換する手法が開示されている。
【0004】
【特許文献1】特開2006−219693号公報
【特許文献2】国際公開第04/012884号パンフレット
【特許文献3】特開2006−89786号公報
【非特許文献1】中許昌美ほか、「銀ナノ粒子の導電ペーストへの応用」、化学工業、化学工業社、2005年10月号、p.749−754
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属微粉の表面は一般的に有機保護材により被覆されているのが通常である。この保護材は銀粒子合成反応時に粒子同士を隔離する役割を有する。したがって、ある程度分子量の大きいものを選択することが有利である。分子量が小さいと粒子間距離が狭くなり、湿式の合成反応では反応中に焼結が進んでしまう場合がある。そうなると粒子が粗大化し微粉の製造が困難になる。
【0006】
一方、有機保護材で保護された金属微粉を用いて基板上に微細配線を形成するときには、配線を描画した後、金属微粒子同士を焼結させることが必要である。焼結の際には、粒子間に存在する有機保護材が揮発等により除去されなければならない。若干の炭素分が焼結体(配線)の中に残存することが許容される場合もあるが、電気抵抗の上昇を招くので、完全に除去されることが望ましい。
【0007】
ところが、分子量の大きい有機保護材は一般的には加熱しても揮発除去されにくいので、例えば銀微粉の場合250℃以上といった高温に曝さなければ導電性の高い焼結体(配線)を構築することが難しい。このため、適用可能な基板の種類は、例えばポリイミド、ガラス、アラミドなど、耐熱温度の高い一部の素材に限られる。最近では180℃程度でも焼結可能な銀微粉が開発されているが、それでも基板に対する制約は依然として大きい。
【0008】
もし、焼結温度が100〜180℃、好ましくは100〜150℃程度と低い金属微粉が工業的に生産可能になれば、その用途は著しく拡大することが必至である。例えば、透明性のポリカーボネートを基板に使用すると、CD、DVD等のメディアや、レンズの表面に直接微細配線を描画することが可能になり、各種機能が付与できる。PET(ポリエチレンテレフタレート)基板上に微細配線を描画した安価なアンテナや、紙を素材にしたICタグなども実現可能と考えられる。さらに、導電性高分子へ直接金属配線を描画することも可能になると考えられ、各種電極材等の用途が広がることが期待される。金属微粉として銀を使用すれば、その抗菌作用を活かすこともできる。その他にも数限りない用途が考えられる。
【0009】
特許文献3には、金属粒子の表面を覆う保護材を、別の保護材に交換する技術が開示されている。しかしながら、この技術では金属ナノ粒子を合成する段階で、金属供給物質と保護材が溶解した溶媒中に後から還元剤を滴下することによって保護材に覆われた金属粒子を得るという手段を採用するものである。このように溶媒中に還元剤を滴下する反応の場合、還元剤自体が溶媒で稀釈されるために強い還元性を有する還元剤を使用する必要があり、液を撹拌するにしても完全に均一な還元力で金属ナノ粒子を析出させることは容易でない。また、還元剤の成分が粒子に混入しやすい。このため、粒径分布を均一化したり、金属粒子中の不純物を少なくしたりする品質管理面のコントロールが難しい。また、特許文献3の発明には粒子合成段階で形成させる保護材として、ナフテン酸やオクチルアミンなど、分子量が100前後と小さい有機化合物を使用した例が示されており、それより大きい有機化合物で保護された金属ナノ粒子を合成する具体的手法は示されていない。保護材の分子量が上記のように小さい金属ナノ粒子は、液状媒体中で凝集して沈降しやすい。現に特許文献3の発明では、合成段階で金属ナノ粒子集合体を沈降させて回収する工程が必須とされている。このような凝集・沈降しやすい粒子は液状媒体中での分散状態を保つことが難しく、洗浄を含めた中間工程での取扱いに手間が掛かり、また保護材を交換する工程では均一な品質を維持する上で強い撹拌混合が不可欠であると考えられる。このように、特許文献3の技術は、均一な還元反応のコントロールが難しい点、粒子が凝集・沈降しやすい(分散性があまり良くない)点などにおいて、工業的な大量生産に適用するためには更なる改善が望まれる。
【0010】
本発明は、工業的な大量生産に適した手法により、従来よりも焼結温度を大幅に低減しうる低分子量の保護材で被覆された銀微粉を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明では、(i)不飽和結合を持つ分子量150〜1000の有機化合物で構成される保護材X1に覆われた銀粒子、好ましくは銀粒子と保護材X1の合計に対する保護材X1の存在割合を0.05〜25質量%とした銀粒子が液状有機媒体Aに分散した液、(ii)炭素骨格の炭素が保護材X1を構成する有機化合物より少ない有機化合物で構成される保護材X2、好ましくは保護材X1を構成する有機化合物よりも銀粒子表面との親和性が大きい有機化合物で構成される保護材X2、および、(iii)液状有機媒体Aよりも保護材X1の溶解性が高い液状有機媒体B、を混合することにより、液状有機媒体B中への保護材X1の溶解と、銀粒子表面への保護材X2の付着を進行させる工程を有する、有機物質で被覆された銀微粉の製法が提供される。
【0012】
上記において、保護材X1に覆われた銀粒子を合成する手段として、アルコール中またはポリオール中で、アルコールまたはポリオールを還元剤として、不飽和結合を持つ分子量150〜1000の有機化合物の存在下で、銀化合物を還元処理して銀粒子を析出させることにより、前記有機化合物で構成される保護材X1に覆われた銀粒子からなる銀微粉を合成する工程を採用し、その後、その銀微粉が液状有機媒体Aに分散した液を作る工程を採用することができる。
【0013】
保護材X1としては、オレイルアミンおよびオレイルアミンの誘導体の1種以上で構成されるものが好適な対象として挙げられる。
保護材X2は、有機カルボン酸および有機カルボン酸の誘導体から選ばれる1種以上で構成されるものが挙げられる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、比較的低分子量の有機保護材で保護された銀微粉を安定的に製造できる技術が提供された。本発明の手法は、本出願人が特願2005−222855号にて開示した銀粒子の合成法、すなわちアルコールまたはポリオールを溶媒および還元剤として銀塩を還元させると同時に比較的分子量の大きい有機保護材で粒子を保護する合成法を適用した場合に特に効果的であり、従来よりも焼結温度を低下させた銀微粉を工業的に大量生産するのに適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
〔銀粒子の合成〕
本発明で使用する銀微粉原料は、粒度分布等の粒子性状が安定しており、かつ液状媒体中で凝集・沈降しにくい性質を有していることが重要である。そのような銀微粉は、例えば特願2005−222855号に開示した合成法によって得ることができる。すなわち、この合成法は、アルコール中またはポリオール中で、アルコールまたはポリオールを還元剤として、銀化合物を還元処理することにより銀粒子を析出させるものである。この場合、アルコールまたはポリオールは溶媒であるとともに還元剤でもある。還元反応は溶媒液を昇温して、好ましくは還流状態とすることによって進行させることができる。こうした手法をとることにより、不純物の混入を防ぎ、例えば配線材料として使用とした時には抵抗値を小さくすることが可能になる。
【0016】
ただし、その還元反応を進行させる際には、溶媒中に保護材として機能する有機化合物を共存させておくことが肝要である。この有機化合物は後に銀微粒子の保護材X1を構成することになる。有機化合物としてはアミン類や脂肪酸など特願2005−222855号に例示されているものが挙げられるが、とりわけアミン類、なかでも不飽和結合を持つものが適している。発明者らの検討によれば、この還元工程のように銀化合物が溶解した均一性の高い溶媒から直接銀を析出させる手法において、不飽和結合を持たない有機化合物を使用した場合、現時点で銀微粉を合成するには至っていない。これに対し、不飽和結合を有する有機化合物を用いると、表面がその有機化合物で保護された銀微粉が合成されることが知見された。その理由については不明な点も多いが、今のところ、有機化合物が持つ不飽和結合の影響によって、析出した銀の表面をその有機化合物の分子が取り囲み、その有機化合物は銀の還元がある程度以上進行しないようにするバリアとしての機能を発揮し、その結果、銀の粒成長が抑制され、比較的粒径の揃った銀ナノ粒子の形成が可能になるのではないかと推測している。
【0017】
発明者らの知見では、このときの不飽和結合の数は有機化合物の1分子中に少なくとも1個あれば足りる。また、2種以上の有機化合物を使用してもよい。不飽和の結合数を増やすことによって、銀粒子表面に存在する保護材X1中の炭素数を調整することができるので、要求に応じて不飽和結合数の異なる有機化合物を添加すればよい。
【0018】
ただし本発明では、保護材X1を構成する有機化合物として、後の工程で混合する液状有機媒体Bに溶解するものを使用する必要がある。また、分子量が150〜1000のものを使用することが望ましく、200〜400のものがより好ましい。分子量が小さいものでは液状媒体中において凝集・沈降が生じやすく、均一な還元反応の妨げになる場合がある。そうなると粒径分布を均一化するなどの品質管理面のコントロールが難しくなる。さらに、その後の工程においても粒子を媒体中に分散させるためには強撹拌が必要になるなど、工業的規模での量産には不利となる。逆に分子量が過剰に大きい有機化合物を用いると、凝集抑制効果は高まる反面、その有機化合物で構成される保護材X1を後の工程において粒子表面から除去する際に、多量の液状有機媒体Bを必要とし、不経済となる。さらに、液状有機媒体Bへの溶解性も低下しやすくなる。
【0019】
さらに、保護材X1を構成する有機化合物は、銀粒子表面との付着力が必要以上に高くないことが望まれる。すなわち本発明では、後工程において、銀粒子から比較的容易に脱離できるような性質の保護材X1を採用することが極めて有効である。
【0020】
以上のように、保護材X1を構成する有機化合物は、[1]分子量が150以上であって、合成時の還元温度を100〜150℃程度とし、そのときに銀粒子の焼結が生じないものであること、[2]後述の液状有機媒体Bへの溶解性を有すること、[3]銀粒子表面との付着力が必要以上に高くないこと、という3つの特性を具備するものを採用することが極めて有効である。加えて、[4]工業的規模での実施を想定した場合、入手が比較的容易な物質であること、も重要である。発明者らの詳細な検討によると、保護材X1を構成する有機化合物として、例えばオレイン酸、オレイン酸の誘導体、オレイルアミンおよびオレイルアミンの誘導体の1種以上を使用することが好適であり、特にオレイルアミンは上記[1]〜[4]の要件をバランス良く兼ね備えたものである。
【0021】
還元反応時に溶媒中に共存させる有機化合物(保護材X1を構成させるもの)の量は、銀に対して0.1〜20当量とすることができ、1.0〜15当量とすることがより好ましく、2.0〜10当量が一層好ましい。有機化合物の使用量が少なすぎると銀粒子表面の保護材X1の量が不足して、液中での分散性が十分に確保できなくなる。多すぎると後の工程で保護材X1を銀粒子表面から十分に脱離させることが難しくなるとともに、有機化合物のコストが増大するので、工業的見地から好ましくない。
【0022】
還元剤としては、溶媒であるアルコールまたはポリオールを使用する。これによって不純物の混入の少ない銀ナノ粒子を得ることができる。反応に際しては還流操作を行うことが効率的である。このため、アルコールまたはポリオールの沸点は低い方が好ましく、具体的には80℃以上300℃以下、好ましくは80℃以上200℃以下、より好ましくは80℃以上150℃以下であるのがよい。また、アルコールはできるだけ、炭素鎖が長いほうが還元性の観点からは好ましい。
【0023】
アルコールとしては、プロピルアルコール、n−ブタノール、イソブタノール、sec−ブチルアルコール、ヘキシルアルコール、ヘプチルアルコール、オクチルアルコール、アリルアルコール、クロチルアルコール、シクロペンタノール等が使用できる。またポリオールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール等が使用できる。中でもイソブタノール、n−ブタノールが好適である。
【0024】
還元反応を促進させるためには還元補助剤を添加しても構わない。還元補助剤の具体例は特願2005−222855号に開示されているものから1種以上を選択すれば良いが、これらのうちジエタノールアミン、トリエタノールアミンを用いるのが特に好ましい。
【0025】
銀の供給源である銀化合物としては、上記溶媒に溶解し得るものであれば種々のものが適用でき、塩化銀、硝酸銀、酸化銀、炭酸銀などが挙げられるが、工業的観点から硝酸銀が好ましい。本発明法では反応時の液中のAgイオン濃度は50mmol/L以上、好ましくは0.05〜5.0モル/Lとすることができる。有機化合物/Agのモル比については0.05〜5.0の範囲とすることができる。還元補助剤/Agのモル比については0.1〜20の範囲とすることができる。
【0026】
保護材X1に覆われた銀粒子(上記還元により合成されたもの)は、銀粒子と保護材X1の合計に対する保護材X1の存在割合(以下、単に「保護材X1割合」という)が0.05〜25質量%に調整されていることが望ましい。保護材X1割合が低すぎると粒子の凝集が生じやすい。逆に保護材X1割合が高くなると、後の工程で保護材X1を銀粒子表面から十分に脱離させることが難しくなりやすい。また、保護材X1割合が高すぎると、銀濃度が高いインクが作成できないことからも問題となる。銀微粉含有インクを基板上に塗布→乾燥→焼成し、導電膜を得る場合は、インクとしては銀濃度が高いほど、収縮が少なく高品質なものが得られることが知られている。保護材X1割合のコントロールは、主として、還元反応時に液中に存在させる有機化合物(前述)の量を調整することによって行うことができる。
【0027】
還元反応の温度は、50〜200℃の範囲内とすることが望ましい。反応温度が低すぎるとアルコール類の還元作用が発揮されにくく、反応が進みにくいと同時に還元不良を生じるおそれがある。反応温度が高すぎると還元の進み過ぎや液中での焼結が起こりやすく、粒子の粗大化や粒子径のばらつきが大きくなるおそれがある。インクやペーストとして微細配線を形成させる用途では、平均粒子径DTEM(後述)が20nm以下の銀微粒子を得ることが望ましい。反応温度は50〜150℃とすることがより好ましく、60〜140℃の範囲が一層好ましい。具体的には例えば80〜130℃の範囲に管理することにより良好な結果が得られる。
【0028】
また、場合によって還元を多段に分け実施することもできる。すなわち、還元が急激に進行すると粒子の成長が著しくなりすぎる場合がある。粒子径の制御を効果的に行うためには、還元をまずは低温で行い、その後温度を高温に切り替えて、あるいは徐々に高めながら還元を進行させるとよい。このとき、温度の差が大きいと粒度分布に著しい変化が生じることが懸念されるので、最も低い温度と最も高い温度の差を20℃以内とすることが望ましい。15℃以内、あるいはさらに10℃以内で厳密にコントロールすることが一層好ましい。
【0029】
〔銀粒子分散液の作成〕
保護材X1に覆われた銀微粉は、例えば上記のような湿式プロセスでの還元反応で合成されたのち、固液分離および洗浄に供される。その後、得られた「銀粒子/保護材X1複合体」を液状有機媒体Aと混合して分散液を作る。液状有機媒体Aとしては、保護材X1が溶解しにくい有機物質で構成することが望ましい。溶解しやすいとその時点で銀粒子表面から保護材X1が脱離する現象が生じやすく、運搬時や、分散液の取扱い時に銀粒子同士の不用意な焼結が生じたり、凝集・沈降が生じたりする場合がある。
【0030】
液状有機媒体Aとしては、保護材X1に覆われた銀微粉が良好に分散する物質が好まれ、例えば、炭化水素系が好適に使用できる。特に、イソオクタン、n−デカン、イソドデカン、イソヘキサン、n−ウンデカン、n−テトラデカン、n−ドデカン、トリデカン、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、デカリン、テトラリン等の芳香族炭化水素等が使用できる。これらの物質を1種以上使用して液状有機媒体Aとすれば良い。
【0031】
〔保護材X2の被覆〕
銀粒子表面を目的とする保護材X2で被覆するために、本発明では「銀粒子/保護材X1複合体」の分散液(上述)と、保護材X1を構成する有機化合物が溶解しやすい液状有機媒体Bを混合して、保護材X1を銀粒子表面から脱離させる。その際、保護材X2を構成する有機化合物が存在する状況下で脱離を進行させることが肝要である。銀粒子の近くに保護材X2を構成する有機化合物が存在すると、保護材X1が脱離した銀粒子同士の凝集や焼結が生じる前に、銀粒子表面を素早く保護材X2で覆うことができる。その意味で、保護材X2を構成する有機化合物は、銀粒子表面との親和性が良好であることが望まれる。
【0032】
液状有機媒体Bは、液状有機媒体Aよりも保護材X1を構成する有機化合物の溶解性が高いものを使用する。そのような物質として、アルコール類を使用することが簡便かつ経済的である。オレイルアミンをはじめとする多くのアミン化合物は一般に上で例示した液状有機媒体Aには溶解しにくいが、アルコール類には比較的良好な溶解性を示す。そのようなアルコール類として、比較的安価で入手しやすいメタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノールなどが使用できる。2種以上の物質で液状有機媒体Bを構成しても良い。
【0033】
保護材X2は、銀微粉を用いたインクやペーストの焼結温度を100〜180℃好ましくは100〜150℃に低下できるよう、分子量が例えば150以下と比較的小さいものから選ばれる。また、銀粒子表面との親和性の高い基を持つものが望まれる。ただし、焼結により銀の配線や電極を形成する用途を考慮すると、高い導電性を得る観点から、保護材X2が揮発・除去される際に銀焼結体の中に固溶したり微細な介在物となって存在したりするような不純物元素ができるだけ存在しないものが好ましい。特に硫黄は絶縁性の金属化合物を作るので、電子部品関係の用途においては、硫黄を含む官能基を持つ有機化合物は使用しないことが望ましい。
【0034】
保護材X2を構成する有機化合物は、保護材X1が脱離した銀粒子表面に素早く付着することができるもの、すなわち保護材X1を構成する有機化合物よりも銀粒子表面との親和性が大きい有機化合物であることが望ましいが、上記のように、硫黄などを含む官能基によって銀粒子との親和性を確保した界面活性剤(カップリング剤)などは焼結体の導電性を阻害する恐れがあるので、なるべく使用を避けたい。発明者らの詳細な検討によると、保護材X1として例えばオレイルアミン(C918=C917−NH2)など、分子量が150以上好ましくは200以上のアミン化合物、特に炭素骨格が直鎖状のモノマーを使用した場合には、銀粒子表面からの脱離が容易であること(恐らく強固に吸着していないこと)を見出した。このような保護材X1を使用したときには、保護材X2を構成する有機化合物として金属表面との親和性(吸着性)を特段に高めた官能基を持つ化合物を使用しなくても、保護材X2で銀粒子表面を被覆することが可能になる。例えば、保護材X2を構成する有機化合物として、単なる有機カルボン酸を使用しても、銀粒子表面への被覆が十分可能である。
【0035】
このようなことから、保護材X2を構成する有機化合物として硫黄などを含む特殊な官能基によって銀粒子表面への吸着性を高めた物質を選ぶ必要はない。この点は、銀焼結体の導電性を確保する上で有利となる。本発明では、有機カルボン酸および有機カルボン酸の誘導体から選ばれる1種以上の有機化合物によって保護材X2を構成することができる。例えば、炭素骨格の炭素が4〜14個である有機カルボン酸および有機カルボン酸の誘導体から選ばれる1種以上の有機化合物が挙げられる。用途に応じて、それぞれの媒体との分散性が良好な有機化合物を選択すれば良い。インクやペーストの焼結温度を低下させる意味からは、その保護材X2を被覆した銀微粉において、銀濃度60質量%以上の銀分散液を構築することができ、かつ、その銀分散液をガラス基板上にスピンコート法などによって塗布した膜厚1000nm以下の塗膜を大気中で焼成したとき100〜150℃の間で銀粒子の焼結が起こるような有機化合物を選択することが好ましい。焼結が起こったかどうかは、焼成体の電気抵抗を測定することによって判断できる。すなわち、焼結が起こった焼成体は、焼結が起こっていない焼成体と比べ、電気抵抗が著しく低下する。なお、部分的にしか焼結が起こっておらず電気抵抗が十分に低下していない状態は、ここでは「焼結が起こる」とはみなさない。
【0036】
このような保護材X2で被覆された銀微粉を得るためには、下記(i)〜(iii)のものを混合する。
(i)「銀粒子/保護材X1複合体」が液状有機媒体Aに分散した分散液
(ii)保護材X2として銀粒子を被覆するための有機化合物
(iii)液状有機媒体Aよりも保護材X1の溶解性が高い液状有機媒体B
その際、(ii)の有機化合物存在下で(i)と(iii)の液を混合することが肝要である。換言すれば、(i)と(iii)の液を混合して銀粒子から保護材X1の脱離が進行してしまった後に(ii)の有機化合物を添加しても、保護材X2によって個々の銀粒子を被覆することは難しい。つまり、銀粒子から保護材X1の脱離が生じるときに、その粒子の近傍には保護材X2を構成させるための有機化合物が存在していることが重要である。
【0037】
上記(i)〜(iii)を混合する方法として、例えば以下の混合方法1〜3が採用できる。
〔混合方法1〕
(i)の分散液に、(ii)の有機化合物と(iii)の液状有機媒体Bを同時に添加していく方法。
〔混合方法2〕
(i)の分散液と(ii)の有機化合物を予め混合しておき、その混合液と(iii)の液状有機媒体Bを混合する方法。
〔混合方法3〕
(iii)の液状有機媒体Bと(ii)の有機化合物を予め混合しておき、その混合液と(i)の液を混合する方法。
【0038】
いずれの混合方法も常温で実施することができる。液の撹拌は特別に強撹拌とする必要はない。液状有機媒体Bの使用量は「銀粒子/保護材X1複合体」の保護材X1が全量溶解するに足る量とすることが好ましい。また、保護材X2を構成する有機化合物の使用量は、銀粒子を完全に被覆することができる量、すなわち銀粒子の金属表面同士が混合時に常温で焼結しない量を確保する。
【0039】
上記(i)〜(iii)を混合すると、保護材X2で被覆された銀微粉が生成し、これは通常、液中に沈降する。この液を固液分離することにより保護材X2で被覆された銀微粉を抽出し、その後、保管・運搬用の液状媒体中に保存するか、あるいはインクやペーストに使用する液状媒体に分散させるなどして使用に供することができる。
【実施例】
【0040】
〔銀粒子の合成〕
反応媒体兼還元剤としてイソブタノール(和光純薬株式会社製の特級)200mL、有機化合物(保護材X1を構成することになる化合物)としてオレイルアミン(和光純薬株式会社製、分子量=267)27mL、銀化合物としての硝酸銀結晶(関東化学株式会社製)13.7gを用意し、これらを混合してマグネットスターラーにて撹拌し、硝酸銀を溶解させた。この溶液を還流器のついた容器に移してオイルバスに載せ、容器内に不活性ガスとして窒素ガスを400mL/minの流量で吹込みながら、該溶液をマグネットスターラーにより100rpmの回転速度で撹拌しながら加熱した。100℃に至るまでの昇温速度は2℃/minとした。100℃の温度で3時間の還流を行なった後、還元補助剤として2級アミンのジエタノールアミン(和光純薬株式会社製、分子量=106)を対Agモル比1.0となるように8.5g添加した。その後、1時間保持した後、反応を終了した。反応終了後のスラリーを遠心分離機で固液分離し、分離された液を廃棄して固体成分を回収した。その後、「固体成分をメタノールと混合したのち遠心分離機で固液分離し、分離された液を廃棄して固体成分を回収する」という洗浄操作を2回行った。
【0041】
〔銀粒子分散液の作成〕
液状有機媒体Aとしてテトラデカンを用意した。これに前記洗浄後の固形成分を混合・分散し、遠心分離機により30分間固液分離し、分離された液を回収した。この液には保護材X1に覆われた銀粒子が分散している。
【0042】
この銀粒子分散液を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察し、平均粒径DTEMを求めた。すなわち、TEM(日本電子株式会社製JEM−2010)により倍率60万倍で観察される粒子のうち、重なっていない独立した300個の銀粒子の粒子径を計測して、平均粒子径を算出した。その結果、DTEMは約9.2nmであった。
【0043】
この液の粘度を回転式粘度計(東機産業製RE550L)により測定した。その結果、この銀粒子分散液は、以下の特性を有するものであった。
・銀濃度: 60.5質量%
・粘度: 5.7mPa・s
【0044】
TG−DTA装置を用いて、銀粒子と保護材X1の合計に対する保護材X1の存在割合(保護材X1割合)を求めた。保護材X1割合を算出するには、図7に示すヒートパターンを採用する。具体的には、はじめに、温度は室温から200℃まで10℃/分の割合で昇温し(ステージI)、200℃で60分維持して(ステージII)、分散液に含まれる有機媒体(ここではテトラデカン)を揮発させる。次いで200℃から700℃まで10℃/分の割合で昇温し(ステージIII)、700℃で再度60分維持する(ステージIV)。ステージI〜IIにおいて有機媒体が全部揮発するとともに保護材X1は残留し、ステージIII〜IVにおいて保護材X1は全部揮発するとみなすことができる。図7のヒートパターンでTG−DTA装置により測定される重量変化をモニターし、ステージIIが終了するまでに重量変化はほぼゼロになるので、この時点までに減じた重量分W1を有機媒体(分散媒)の重量とする。そして、ステージIII開始後、再び重量減少が生じ、ステージIVが終了するまでに重量変化はほぼゼロになるので、ステージIII〜IVの間に新たに減じた重量分W2を保護材X1の重量とする。残りの重量W3を銀の正味の重量とする。保護材X1割合(%)は、W2/(W2+W3)×100によって算出される。その結果、この分散液中に存在する「銀粒子/保護材X1複合体」の保護材X1割合は6.7質量%であった。
【0045】
《実施例1》
上記の銀粒子分散液100μLに対して、ヘキサン50mLを添加し、希釈化された分散液を得た。この液は上記(i)に相当する「銀粒子/保護材X1複合体」が液状有機媒体Aに分散した分散液であり、以下これを「銀分散試料液」と呼ぶ。この銀分散試料液において、保護材X1を構成する有機化合物はオレイルアミン、液状有機媒体Aはヘキサンである。
【0046】
保護材X2を構成する有機化合物としてオクタン酸を用意し、液状有機媒体Bとしてメタノールを用意した。上記銀分散試料液を5mL分取し、常温大気中において、その液にオクタン酸(CH3(CH26COOH)0.5mL、メタノール10mLを添加した後、超音波分散を30分間行い、その後遠心分離を30分間行って、固形分(沈降物)を回収した。この固形分にさらにオクタン酸およびメタノールを上記と同量添加した後、超音波分散を30分間行い、その後遠心分離を30分間行って、固形分を回収した。回収された固形分をメタノールにて洗浄し、オクタン酸(保護材X2)で被覆された銀微粉を得た。これにヘキサンを少量加えたのちに、混錬脱泡器にかけ、ペーストを得た。
【0047】
FT−IR(フーリエ変換赤外分光光度計)を用いて、試薬のオレイルアミン、上記銀分散試料液中の粒子、試薬のオクタン酸、および上記ペースト中の粒子について、有機化合物のスペクトルを測定した。結果を図1に示す。図1に見られる通り、上記銀分散液中の銀粒子はオレイルアミンに覆われていることがわかる。そして、得られたペースト中の銀粒子は、オレイルアミン(保護材X1)が脱離して、その代わりにオクタン酸(保護材X2)が付着したものであることがわかる。また、試薬のオクタン酸とペースト中の粒子のピーク位置をよく見ると、後者のピーク位置は前者に比べわずかにシフトしていることが観測される。このことから、オクタン酸の分子が銀粒子の最表面と何らかの化学的な結合を呈しているものと推察される。一方、試薬のオレイルアミンと銀分散試料液中の粒子のピーク位置にはほとんど変化が見られないことから、オレイルアミンは銀粒子表面との化学的結合性が小さく、これが銀粒子表面からの脱離を容易にしている要因になっているものと推察される。
【0048】
図4に、得られたペーストのTEM写真を例示する。銀粒子同士が焼結しているが、これは、保護材X2を構成するオクタン酸は分子量が小さく、揮発しやすいため、TEM観察時の高真空下で電子線照射を受けてオクタン酸が飛び、焼結が生じたものと考えられる。
【0049】
《実施例2》
保護材X2を構成するための有機化合物としてオクタン酸(CH3(CH26COOH)をデカン酸(CH3(CH28COOH)に変えたことを除き、実施例1と同様の条件で操作を行った。試薬のオレイルアミン、上記銀分散試料液中の粒子、試薬のデカン酸、および上記ペースト中の粒子についてのFT−IRのスペクトルを図2に示す。図2から、得られたペースト中の銀粒子は、オレイルアミン(保護材X1)が脱離して、その代わりにデカン酸(保護材X2)が付着したものであることがわかる。
【0050】
図5に、得られたペーストのTEM写真を例示する。TEM観察条件は実施例1(図4)の場合と同じであるが、図5の写真では銀粒子同士の焼結は軽減されている。これは、保護材X2を構成するデカン酸は実施例1のオクタン酸より分子量が大きく、TEM観察時における揮発が少なかったためと考えられる。
【0051】
《実施例3》
保護材X2を構成するための有機化合物としてオクタン酸(CH3(CH26COOH)をラウリン酸(CH3(CH210COOH)に変えたことを除き、実施例1と同様の条件で操作を行った。試薬のオレイルアミン、上記銀分散試料液中の粒子、試薬のラウリン酸、および上記ペースト中の粒子についてのFT−IRのスペクトルを図3に示す。図3から、得られたペースト中の銀粒子は、オレイルアミン(保護材X1)が脱離して、その代わりにラウリン酸(保護材X2)が付着したものであることがわかる。
【0052】
図6に、得られたペーストのTEM写真を例示する。TEM観察条件は実施例1(図4)、実施例2(図5)の場合と同じであるが、図6の写真では銀粒子同士の焼結は図5よりもさらに軽減されている。これは、保護材X2を構成するラウリン酸は実施例2のデカン酸より分子量が大きく、TEM観察時における揮発がさらに少なかったためと考えられる。このように、同条件で行ったTEM観察から、保護材X2として分子量の小さい有機化合物を使用して銀粒子を被覆することによってインクやペーストの焼結温度を低下させることが可能になると推察される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】実施例1におけるFT−IRスペクトルを例示した図。
【図2】実施例2におけるFT−IRスペクトルを例示した図。
【図3】実施例3におけるFT−IRスペクトルを例示した図。
【図4】実施例1で得られたペーストの銀粒子を観察したTEM写真。
【図5】実施例2で得られたペーストの銀粒子を観察したTEM写真。
【図6】実施例3で得られたペーストの銀粒子を観察したTEM写真。
【図7】保護材X1割合を測定するために採用するTG−DTA装置によるヒートパターンを模式的に示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不飽和結合を持つ分子量150〜1000の有機化合物で構成される保護材X1に覆われた銀粒子が液状有機媒体Aに分散した液、炭素骨格の炭素が保護材X1を構成する有機化合物より少ない有機化合物で構成される保護材X2、および液状有機媒体Aよりも保護材X1の溶解性が高い液状有機媒体Bを混合することにより、液状有機媒体B中への保護材X1の溶解と、銀粒子表面への保護材X2の付着を進行させる工程を有する、有機物質で被覆された銀微粉の製法。
【請求項2】
アルコール中またはポリオール中で、アルコールまたはポリオールを還元剤として、不飽和結合を持つ分子量150〜1000の有機化合物の存在下で、銀化合物を還元処理して銀粒子を析出させることにより、前記有機化合物で構成される保護材X1に覆われた銀粒子からなる銀微粉を合成する工程、その銀微粉を液状有機媒体Aに分散させた分散液を作る工程、その分散液、炭素骨格の炭素が保護材X1を構成する有機化合物より少ない有機化合物で構成される保護材X2、および液状有機媒体Aよりも保護材X1の溶解性が高い液状有機媒体Bを混合することにより、液状有機媒体B中への保護材X1の溶解と、銀粒子表面への保護材X2の付着を進行させる工程を有する、有機物質で被覆された銀微粉の製法。
【請求項3】
保護材X1に覆われた銀粒子は、銀粒子と保護材X1の合計に対する保護材X1の存在割合が0.05〜25質量%である請求項1または2に記載の銀微粉の製法。
【請求項4】
保護材X1は、オレイルアミンおよびオレイルアミンの誘導体の1種以上で構成される請求項1〜3のいずれかに記載の銀微粉の製法。
【請求項5】
保護材X2は、保護材X1を構成する物質よりも銀粒子表面との親和性が大きい物質で構成される請求項1〜4のいずれかに記載の銀微粉の製法。
【請求項6】
保護材X2は、有機カルボン酸および有機カルボン酸の誘導体から選ばれる1種以上で構成される請求項1〜5のいずれかに記載の銀微粉の製法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−297580(P2008−297580A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−143134(P2007−143134)
【出願日】平成19年5月30日(2007.5.30)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】