説明

有機珪素化合物中の珪素の定量方法

【課題】珪素化合物の化学構造や形態に由来する感度差を補正し、ICP発光分析の発光強度を一定化して精度よく珪素量を定量する手法を提供することを課題とする。
【解決手段】有機珪素化合物を含有する溶液中の珪素の含有量を測定するに際し、有機珪素化合物を含有する溶液を予め弗化水素で処理した後に誘導結合プラズマ発光分析装置に導入することにより珪素の含有量を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機珪素化合物を含有する溶液中の珪素の定量方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機珪素化合物を含有する溶液の珪素の定量方法としては、珪素に結合している有機基を硫酸により切断して、生成する二酸化珪素を定量することにより珪素含有量を定量する方法等様々な方法が提案されている。
【0003】
たとえば、特許文献1(特開2004-69413号公報)には、有機珪素化合物を水酸化アルカリおよびアルコールと混合し、加熱溶解した融解物を塩酸溶液に溶解させ、その溶液をICP発光分析装置、比色法、原子吸光法で測定し、その測定値から有機珪素化合物中の珪素
を定量することが開示されている。
【0004】
このような分析方法の中でも有機溶媒に溶解した試料を直接ICP(誘導結合プラズマ)発光分析装置に導入して珪素量を測定する方法は、試料の分解や前処理が不要な事から簡便かつ精度の高い測定法として用いられている。
【特許文献1】特開2004-69413号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ICP発光分析装置では試料の化学構造や形態によって発光強度が変化し、化合物間の感度差が存在するため正確な定量ができないことがある。特に、有機珪素化合物が長分子鎖のポリシロキサンになると、特許文献1等に提案されていた分析方法では、感度が非常に悪くこのため、正確に測定することは困難であった。
【0006】
このため、発光強度を一定化し、試料の化学構造によらず精度よく珪素量を定量する手法の開発が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
このような情況のもと、本発明者らは、上記従来技術に伴う問題点を解決すべく鋭意検討した結果、弗化水素で試料溶液を処理することによって、長分子鎖の分解または弗化水素による修飾が起こり、有機珪素化合物の化学構造や形態に由来する感度差を補正し、ICP発光分析の発光強度を一定化して精度よく珪素量を定量できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、有機珪素化合物を含有する溶液中の珪素の含有量を測定するに際し、有機珪素化合物を含有する溶液中の珪素の含有量を測定するに際し、有機珪素化合物を含有する溶液を予め弗化水素で処理した後に誘導結合プラズマ発光分析装置に導入することを特徴とする定量方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、有機珪素化合物の化学構造や形態に由来する感度差がなくなり、ICP発光分析の発光強度を一定化して精度よく珪素量を定量する手法が提供される。従って種々の構造の有機珪素化合物を含有する試料であっても、珪素含有量を正確に且つ簡便に定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の定量方法に適応可能な有機珪素化合物としては特に限定されず、炭化水素残基に結合した珪素原子を有する有機珪素化合物全てに適用できるが、特に酸素を介して珪素同士が結合して分子量が大きくなった有機珪素化合物であるシロキサン類、特にポリシロキサンとして知られる化合物に適用すると効果的である。
【0011】
シロキサンの具体的な例としては、ヘキサメチルジシロキサン(Si2)、オクタメチル
トリシロキサン(Si3)、デカメチルテトラシロキサン(Si4)、ドデカメチルペンタシロキサン(Si5)、テトラデカメチルヘキサシロキサン(Si6)、オクタメチルシクロテトラシロキサン(D4)などが挙げられる。
【0012】
本発明において、有機珪素化合物は溶媒に溶解した状態で、溶液中の珪素含量を測定することが行われる。溶液中の濃度が解れば、定法により有機珪素化合物中の珪素含量を算出することも容易である。有機珪素化合物を溶解する溶媒としては、溶解能を有するものであれば特に限定されないが、水と分離できる有機溶媒、例えばエステル、エーテル、ケトン、芳香族化合物などがこのましく利用でき具体的には酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸アミル、酢酸イソアミル、ジイソプロピルケトン、メチルイソブチルケトン(MIBK)、ジイソブチルケトン、トルエン、キシレン等が例示できる。特にケトン化合物、中でもMIBKが好ましい。このような溶媒を用いるとICP発光強度が高くなり、より微量の珪素を含有する試料を分析することが可能となる。
【0013】
試料濃度は、特に限定されないが、通常、Si原子換算で1〜1000ppm、より望ましくは10〜100ppm程度とするのが好ましい。この範囲にあれば、弗化水素による処理を効率的に行うことができる。
【0014】
上記溶液は、弗化水素で処理される。ここで処理とは、単に弗化水素と混合するだけであってもよく、さらに加熱処理を施してもよい。また、有機珪素化合物を溶媒に溶解する際に、溶媒にあらかじめ弗化水素が添加されていてもよいが、溶媒に溶解した有機珪素化合物溶液に弗化水素を添加することが好ましい。
【0015】
弗化水素を混合する際には、超音波照射や攪拌子や攪拌翼などの混合手段を用いてもよい。
前記弗化水素を混合することによる処理時間は、5分〜2時間、好ましくは10分〜1時間であることが望ましい。処理時間がこの範囲にあると、有機珪素化合物が効率的に分解され、誘導結合プラズマ発光分析装置での測定時の感度差が補正される。
【0016】
加熱する場合、処理温度は、(溶媒の沸点-50℃)または60℃のどちらか低い温度
以下であることが好ましく、操作性から室温〜40℃の範囲にあることが望ましい。処理温度がこの範囲にあると、有機珪素化合物が効率的に分解され、誘導結合プラズマ発光分析装置での測定時の感度差が補正される。
【0017】
試料に添加される好ましい弗化水素の量は、有機珪素化合物の構造あるいは溶液の有機珪素化合物濃度により変化し特定されないが、有機珪素化合物の珪素1原子に対して1モル以上とするのが一般的であり、特に溶液中の弗化水素濃度がHFとして1〜20重量%とすると処理が簡便であり好ましく、特に2〜10重量%であることが好ましい。この範囲となるように弗化水素で処理すると効果的である。
【0018】
なお、弗化水素は通常水溶液で供され(フッ化水素を水に溶解したものを弗化水素酸ということもある)ており水溶液として利用することもできる。水溶液を用いると操作が簡便である。また、フッ化水素ガスを直接吹き込んでもよい。
【0019】
このようにして試料をフッ化水素で処理した試料は、そのまま分析することも可能であるが、試料溶液からフッ化水素を除去することがより好ましい。フッ化水素は装置を腐食する可能性があるため、試料溶液を水洗しておくと、腐食を少なくすることができる。水洗の方法については特に制限はなく定法により溶液を水洗すれば良い。
【0020】
容量補正のためメスアップし内部標準元素を添加しても良いが、水分やフッ化水素と反応しない疎水性の金属有機化合物を内部標準として溶媒に添加しておけば必ずしもメスアップの必要はない。
【0021】
内部標準元素としては、公知のものを特に制限なく使用でき、たとえば、フェロセン(ジシクロペンタジエニル)鉄などが使用できる。
こうして調製した溶液は、適宜希釈・濃縮することによって、濃度調整され好ましくは試料溶液の珪素としての濃度が10〜100ppm程度となるようにした後、誘導結合プラズマ発光分析装置に導入して、Si量が定量される。誘導結合プラズマ発光分析装置としては、市販されたものがそのまま利用でき、島津製作所ICPS-8100, ICPS-7500、バリアンテクノロジーズVista-Pro、パーキンエルマーOptima5000DVなどが例示できる。
[実施例]
以下、本発明を実施例によって説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
(実施例1、比較例1)
感度の高いSi2と感度の低いSi6を用いて検量線を作成した。
【0022】
Si2およびSi6をMIBKに溶解して1000ppm溶液(Siとして)を調製し、それをMIBKで順次
希釈して、50、100ppmの溶液を調製した。この溶液10mlを50ml容量のPP製分液ロートに入れ、濃弗化水素水溶液(48重量%)3ml、内部標準元素としてFe濃度が1000ppmのフェロセン(ジシクロペンタジエニル鉄)溶液0.5mlを添加した(Feとして最終濃度50ppm)。これを約100回振とうし、10分静置した。
【0023】
このとき弗化水素水溶液はほとんどMIBKに溶解した。MIBK溶液に蒸留水約20mlを加え、約100回振とう後に静置し、下層の水相を廃棄することを3回繰り返して、過剰のフッ化水素を除去した。この操作によりフッ化水素による石英製トーチの溶解はほぼ抑えられた。
【0024】
MIBK溶液中のSiおよびFeをICP発光分析法で測定し、濃度-Si/Fe強度比の関係式を作成
した。比較としてフッ化水素処理なしの検量線も作成した。その結果を図1に示す。Si2
とSi6は未処理では感度差が大きい(比較例1)が、弗化水素で処理すると両者共に感度
が向上し同じ値を示す(実施例1)。
【0025】
ここで、横軸のSiの100ppmが縦軸のSi/Feの25に対応するがこれは珪素がFeの
12.5倍の感度を有していることを表しており、通常の妨害物質のない時の感度比と略同等であり、弗化水素の処理が極めて有効であることを示している。
(実施例2)
以下の操作によって、濃度が既知であるシロキサンタイプの有機珪素化合物溶液のSi濃度測定を行い、回収率を求めた。
【0026】
試料は、Si試料1はSi3、Si試料2はSi4、Si試料3はD4をそれぞれ用い、25ppm、50ppm、50ppmのMIBK溶液としたものである。
なお、検量線は実施例1と同様にSi6を用いて作成した。それぞれの試料の溶液各10mlを50ml容量のPP製分液ロートに入れ、実施例1と同じ濃弗化水素酸水溶液3ml
、内部標準元素としてFe濃度が1000ppmのフェロセン(ジシクロペンタジエニル鉄)溶液0.5mlを添加した(Feとして最終濃度50ppm)。これを約100回振とうし、10分静置
した。その後、蒸留水約20mlを加え、約100回振とう後静置し、水相を廃棄することを3回繰り返して、弗化水素を除去した。検量線の作成も同様の処理を行って作成した。
【0027】
処理済みの試料溶液および検量線用の溶液をICP発光分析法で測定し、SiおよびFeを定
量した。こうして作成した検量線と各試料の値より試料中のSi濃度を求め、設定濃度に対する回収率(%)を算出したところそれぞれ、102%(25.6ppm)、102%(51.1ppm)、95.5%(47.8ppm)と良好な回収率であった。化合物によらず同じ感度で測定できることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】ヘキサメチルジシロキサン(Si2)およびテトラデカメチルヘキサシロキサン(Si6)のICP発光強度を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機珪素化合物を含有する溶液中の珪素の含有量を測定するに際し、有機珪素化合物を含有する溶液を予め弗化水素で処理した後に誘導結合プラズマ発光分析装置に導入することを特徴とする珪素の含有量の測定方法。
【請求項2】
有機珪素化合物を含有する溶液を予め弗化水素で処理しついで水で洗浄した後に誘導結合プラズマ発光分析装置に導入するする請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
弗化水素での処理時間が5分〜2時間であることを特徴とする請求項1に記載の測定方法。
【請求項4】
弗化水素での処理温度が、(溶媒の沸点−50℃)または60℃のどちらか低い温度以下であることを特徴とする請求項1に記載の測定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−108156(P2007−108156A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−42856(P2006−42856)
【出願日】平成18年2月20日(2006.2.20)
【出願人】(501021139)株式会社三井化学分析センター (10)
【Fターム(参考)】