説明

有機系塗料中の6価クロムの分析方法

【課題】鋼板に塗布する前の有機系塗料の段階で、含有6価クロム量を定量分析する方法を提供する。
【解決手段】有機系塗料に有機溶媒を添加する前処理工程1と、前記有機溶媒が添加された有機系塗料に、さらに水溶液を加えて、前記有機系塗料より水層を分離しかつ該水層に6価クロムを抽出する抽出工程2と、前記6価クロムが抽出された水層中のクロムイオンを分析する分析工程3とを有することを特徴とする有機系塗料中の6価クロムの分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、6価クロムの分析方法のうち、特に、有機系塗料中に存在する6価クロム濃度を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属や紙、プラスチックなどの表面に溶剤を塗布した表面コート材料は、素材本来の特性に新たな機能を付加させる手段として様々な分野で利用されている。鉄鋼分野においても自動車用、建材用、家電用など極めて多岐にわたる表面処理鋼板を用途に応じて製造しているが、とりわけ鋼板表面に6価クロム含有液を塗布した表面処理鋼板は耐腐食性に優れた製品として知られており、多くの材料へ適用されてきた。しかしながら一方で、6価クロムは人体に対して悪影響を及ぼすことが明らかとなった事から、代替用の製品開発が急ピッチで進められている。近年、有害物質の排出に関する規制は年々強化され、2006年7月1日以降に上市する電気電子機器に対して、鉛、水銀、カドミウム、6価クロム、ポリ臭素化ビフェニルおよびポリ臭化ジフェニルエーテルの6物質を、非含有とする事が定められている。
【0003】
この為、表面処理鋼板についても製品中に6価クロムが含まれていない事を証明する必要があり、製品に対して各種分析法の適用が実施されている。例えば非特許文献1には、自動車用鋼板に対する溶出・定量試験としてはボルボ社の社内標準試験法が開示されている。この方法によれば、塩化ナトリウム、尿素、乳酸および希アンモニアにより調整した人工汗中に鋼板を浸漬させることで6価クロムを抽出した後に、吸光光度法で定量する。また、例えば特許文献1には、NaCl水溶液中に鋼板を保持することで6価クロムを溶出させ、その後、当該NaCl水溶液中のCr元素(クロムイオン)を発光分光法で定量する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2003−057184号公報
【非特許文献1】“Volvo Standard 5713. 102”,(スウェーデン), 1992
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、最終製品の段階で6価クロムの含有が認められた場合には大きな損失に繋がるため、より早い段階、すなわち鋼板に塗布する前の塗料の段階でのチェックにより6価クロム含有製品の製造を未然に防止する必要がある。表面処理鋼板用の塗料も製品に求められる特性に応じて使い分けがなされているが、主には無機系と有機系の2種類に分類される。無機系塗料に関しては、酸化還元反応を利用した滴定法などにより、比較的容易にppmオーダーの分析を行なう事が可能であるのに対し、有機系塗料は塗料中に含まれる成分が多様であり、分析操作が煩雑となる。
【0005】
これら有機系塗料に対し、特許文献1や非特許文献1の技術は、表面処理鋼板が製造された後の製品を対象としているため、そのまま適用することは非常に困難である。つまり、有機系塗料中に含まれる各種成分との相互作用で、6価クロムは上記NaCl水溶液や人工汗に容易に抽出(溶出)されないという問題がある。加えて、分析対象が溶液状態のため、有機系塗料と水との親和性が良い場合には混合・懸濁してしまい、溶出がなされない事もある。しかも、有機系塗料の含有成分は、各社製品によって異なり、製品それぞれに合わせて6価クロムの抽出(溶出)条件を調整するのも、膨大な労力がかかり現実的では無い。これらの問題は、6価クロムの含有量が微量(特に、mass ppm以下のオーダー)になる程、より顕著に現れる。
【0006】
本発明は、上記の問題を解決し、膨大な労力とコストをかけることなく、鋼板に塗布する前の有機系塗料の段階で、含有6価クロム量を分析する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記問題を解決するため、本発明に係る有機系塗料中の6価クロムの分析方法は、有機系塗料に有機溶媒を添加する前処理工程と、前記有機溶媒が添加された有機系塗料に、さらに水溶液を加えて、前記有機系塗料より水層を分離しかつ該水層に6価クロムを抽出する抽出工程と、前記6価クロムが抽出された水層中のクロムイオンを分析する分析工程とを有することを特徴とする。
(2)上記(1)において、6価クロムが抽出された水層中のクロムイオンを、吸光光度法にて分析することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、前処理工程により6価クロムを容易に水層に抽出でき、有機系塗料中の含有6価クロム濃度を直接分析することで、6価クロム含有製品の製造を未然に防止することができる。また、当該前処理工程は簡便かつ工程数も少ないので、労力とコストも負担とならない。
【0009】
さらに上記(2)の発明によれば、6価クロムの分析に分析操作が簡便な吸光光度法を利用することで、迅速かつ簡便に有機系塗料中の6価クロムを分析(特に、定量分析)することができる。加えて、大がかりな設備にならないことから、製造現場の機側で実施できる工程管理分析方法としても利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明に係る有機系塗料中の6価クロム分析方法を、図面を参照して説明する。図1は、本発明に係る有機系塗料中の6価クロム分析方法の一例を示すフロー図である。
(1)先ず、分析したい有機系塗料を分液ロートに入れ、これに有機溶媒としてシンナーを適量加えた後に、分液ロートごと振とうする。(以上、図1(a)の前処理工程1)
(2)上記シンナーを添加した有機系塗料に、さらに飽和塩化ナトリウム水溶液を添加し、その後振とうする。そうすることで、水層が有機系塗料より分離し、さらに当該水層に6価クロムが抽出する。(以上、図1(a)の抽出工程2)
(3)上記6価クロムを抽出した水層を適量分取り出し、この水層に硫酸およびジフェニルカルバジド溶液を添加して発色させる。発色が安定するまで放置した後、波長540nm近傍の吸光度を測定する。その測定結果と予め作成しておいた検量線から、被分析有機系塗料中の6価クロム濃度を求める。(以上、図1(a)の分析工程3)
分析対象とできる有機系塗料に関しては、本発明者が行った表面処理鋼板用の有機系塗料に対する検討範囲内では、特に制限は無かった。表面処理鋼板用の有機系塗料の内、樹脂を含有した樹脂系塗料の場合は、塗料中の樹脂成分が有機溶媒により水層に溶出し難くなるために、本実施の形態が特に有効である。
【0011】
前処理工程で添加する有機溶媒は、有機系塗料に含有される6価クロムイオンが、その後の抽出工程にて提供される水層に溶出しやすくなる状態を作り出すのが目的であり、その機能を有する限りはどんなものでも良い。分析したい有機系塗料の種類や、抽出工程にて使用する水溶液との関係で、適切なものを選択する。本発明者が行った検討範囲内では、具体的には、シンナー(特に、エチレングリコールモノブチルエーテル、石油ナフサ、ホワイトスピリット等の混合物)が、問題無く本実施の形態に適用できた。
【0012】
有機系塗料から6価クロムを抽出するために添加する水溶液については、本実施の形態では飽和塩化ナトリウム水溶液を用いているが、この他には、塩化カリウム水溶液を用いることができる。前処理工程後に有機系塗料層と水層に有機系塗料を分離させることができ、かつ当該水層に6価クロムを抽出できれば、特に制限は無い。但し、抽出した6価クロムを吸光光度法の様な錯形成を利用した分析法で定量する場合には、錯形成を妨害するイオンを含まない水溶液が好ましい。また、有機系塗料の種類によっては、添加する水溶液中のイオン濃度が低すぎると懸濁が発生したり、または、高すぎると水層への6価クロムの抽出が妨害されてしまう可能性がある。よって、有機系塗料の種類に対して、最適なイオン濃度の選択は適宜行う必要がある。
【0013】
分析工程における吸光度の測定に際しては、分離した水層に白濁が認められる事がある。これは、有機系塗料と水溶液を攪拌する過程で、一部の有機成分が、当該水層に溶解するためと考えられる。この様な場合は、0.45μm程度のフィルタを用いて水層をろ過することで、白濁を除去できる。また、水層への6価クロムの抽出率や吸光度測定器の感度等によって、有機系塗料へ添加する水溶液の量は適宜調整する。
【0014】
有機系塗料にクロム以外の金属元素が含まれる場合には、水溶液へ溶出して6価クロムイオンの発色を妨害する可能性があるので、硫酸に加えてシュウ酸やリン酸を添加することにより影響を除去することが好ましい。
【0015】
さらに正確な吸光度を得る必要がある場合には、対照液としてジフェニルカルバジド溶液を加えない試料を別途用意し、この対照液の水層の吸光度も測定する。そして、この発色していない対照液の吸光度と、発色済み水層との差分を、6価クロムイオン濃度に対する吸光度として利用することが望ましい(図1(b)参照)。
【0016】
以上に説明した通り、本実施の形態は、様々な種類の有機系塗料中の6価クロムの定量分析に適用することができ、特に水層への6価クロムの抽出が困難な有機系塗料に対して好適に適用することができる。
【0017】
なお、本実施の形態では、着色した後吸光光度法にてクロムイオンの定量分析を行っているが、本発明はこれに制限されるものでは無い。水層に抽出されたクロムイオンの分析が行えれば、定性分析もしくは定量分析に関わらず分析方法は何でも良い。具体的には、蛍光X線分光法、含有クロム量が微量であれば、ICP発光分光分析法やフレームレス原子吸光法、等を適用することが可能である。
【実施例】
【0018】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明する。
【0019】
有機系塗料として、表面コート材料に塗布するエポキシ系の樹脂含有塗料を3種類用意し、試料A、試料B、試料Cとした。この3種類は、詳細な含有成分が異なる。さらに100mass ppmの6価クロム標準溶液を添加することで、含有6価クロム濃度が、0mass ppm(6価クロムを添加せず)、0.5mass ppm、1.0mass ppm、2.0mass ppmとなる有機系塗料を、試料A、試料B、試料Cのそれぞれに対して用意し、分析試料とした。
(1)全ての分析試料について10mlを、分液ロートに取り分けた。さらに、エチレングリコールモノブチルエーテルを主成分としたシンナー30mlを、当該分液ロートに加えて振とうした。
(2)次いで、上記振とうした全ての分析試料に、飽和塩化ナトリウム水溶液10mlを添加し、1分間振とうした後に5分間放置した。全ての試料について、下層が水層となって分離したので、下層の水層のみを別のビーカーに取り出し、そのビーカーから水層5mlを、別の試験管に採取した。
(3)次に、上記試験管に採取した全ての分析試料の水層に、硫酸(硫酸と純水の体積比が1:9とした水溶液)0.25ml、およびジフェニルカルバジド溶液(10g/L)0.1mlを加えて、発色させた。発色が安定するまで約5分間放置した後、当該発色済み水層を、0.45μmのフッ素樹脂製フィルタでろ過して白濁成分を除去した。その上で、発色済み水層の、波長540nmにおける吸光度を測定した。
(4)一方、上記(1)から(3)の工程の内、ジフェニルカルバジド溶液の添加を行わなかった対照液を、同一有機系塗料かつ同一濃度の試料に対し、作成した。そして、対照液の発色していない水層についても、波長540nmにおける吸光度を測定した。同一有機系塗料かつ同一濃度の分析試料と対象液、両者の吸光度の差分を、水層中の6価クロムに基づく吸光度として、検量線を作成した。
【0020】
図2に、各試料A、B、Cに対する6価クロムの当該検量線を示す。ここで、有機系塗料の種類によって検量線の傾きが異なっているのは、水層に一部溶解した有機系塗料中の有機成分が、何らかの原因によりCr6+−ジフェニルカルバジド錯体の発色を妨げている為である。何れの有機系塗料についても、6価クロムイオン濃度と吸光度の間には、良好な直線関係が得られている。この図2の結果より、本発明により、有機系塗料中にmass ppm以下のオーダーで含まれる6価クロムを、直接抽出して分析することが可能であることが確認された。また、各有機系塗料について発色強度に応じた色見本を準備しておくことにより、さらに迅速性の優れた比色分析法を構築することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る分析方法の分析手順の一例を示すフロー図である。
【図2】各有機系塗料中の6価クロムイオンの濃度と、吸光度の相関を示す図である。
【符号の説明】
【0022】
1 前処理工程
2 抽出工程
3 分析工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機系塗料に有機溶媒を添加する前処理工程と、
前記有機溶媒が添加された有機系塗料に、さらに水溶液を加えて、前記有機系塗料より水層を分離しかつ該水層に6価クロムを抽出する抽出工程と、
前記6価クロムが抽出された水層中のクロムイオンを分析する分析工程とを有することを特徴とする有機系塗料中の6価クロムの分析方法。
【請求項2】
分析工程において、6価クロムが抽出された水層中のクロムイオンを、吸光光度法にて分析することを特徴とする請求項1に記載の有機系塗料中の6価クロムの分析方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−132731(P2007−132731A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−324516(P2005−324516)
【出願日】平成17年11月9日(2005.11.9)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】