説明

有機酸の製造方法

【課題】 細菌を用いて有機酸を製造するにあたり、収率や反応速度等の点で優れ、目的とする有機酸を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】 細菌の菌体反応により有機酸を製造するに当たり、菌体の生育が定常期に達した以降の反応温度を当該細菌の生育至適温度より2〜10℃高い温度とすることを特徴とする有機酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、細菌を用いた有機酸の製造に関するものである。
【0002】
【従来の技術】コハク酸などを発酵により生産する場合、通常、アネロビオスピリルム(Anaerobiospirillum)属、アクチノバチルス(Actinobacillus)属等の嫌気性細菌が用いられ検討されている。嫌気性細菌を用いた場合は、生産物の収率が高いが、一方で増殖するために多くの栄養素を要求するために、培地中に多量のCSLなどの有機窒素源を添加する必要がある。これらの有機窒素源の多量の添加は培地コストの上昇をもたらすだけでなく、生産物を取り出す際の精製コストの上昇にもつながり経済的でない。
【0003】また、好気性細菌を好気性条件下で一度培養し、菌体を増殖させた後、集菌、洗浄し、これを静止菌体として用い、酸素を通気せずに有機酸を生産する方法も知られている。この場合、菌体を増殖させるに当たっては、有機窒素の添加量が少なくてよく、簡単な培地で十分増殖できるため経済的ではあるが、目的とする有機酸の生成量や菌体当たりの生産速度は未だ不十分であり、より優れた方法の確立が望まれていた。
【0004】
【発明が解決使用とする課題】本発明の課題は、より発酵効率の高い有機酸の製造方法を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、菌体の生育が定常期に達した以降の反応温度を特定の温度にすることにより有機酸の生産速度が高まることをを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、細菌の菌体反応により有機酸を製造するに当たり、菌体の生育が定常期に達した以降の反応温度を当該細菌の生育至適温度より高い温度とすることを特徴とする有機酸の製造方法又は細菌の菌体反応により有機酸を製造するに当たり、当該細菌の生育至適温度±2℃の温度で処理した後に、引き続き該温度より高い温度で反応を行うことを特徴とする有機酸の製造方法に存する。
【0006】
【発明の実施の形態】以下、発明を詳細に説明する。本発明に使用される細菌は、有機酸の生産能を有すれば特に限定されないが、このうち、バチルス(Bacillus)属、リゾビウム(Rizobium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、アースロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物等の好気性細菌が好ましい。
【0007】上記好気性細菌のうち好ましくはコリネ型細菌であり、該コリネ型細菌として好ましくは、コリネバクテリウム属に属する微生物、ブレビバクテリウム属に属する微生物又はアースロバクター属に属する微生物が挙げられ、このうち好ましくは、コリネバクテリウム属又はブレビバクテリウム属に属するものが挙げられ、更に好ましくは、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、ブレビバクテリウム フラバム(Brevibacterium flavum)、ブレビバクテリウムアンモニアゲネスBrevibacterium ammoniagenes)又はブレビバクテリウム ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)に属する微生物が挙げられる。
【0008】上記微生物の特に好ましい具体例としては、ブレビバクテリウム フラバム(Brevibacterium flavum)MJ−233(FERM BP−1497)、同MJ−233AB−41(FERM BP−1498)、ブレビバクテリウム アンモニアゲネス(Brevibacterium ammoniagenes) ATCC6872、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum) ATCC31831、ブレビバクテリウム ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)ATCC13869が挙げられる。
【0009】本発明の製造方法において用いられる上記微生物は、野生株だけでなく、UV照射やNTG処理等の通常の変異処理により得られる変異株、細胞融合もしくは遺伝子組換え法などの遺伝学的手法により誘導される組換え株などのいずれの株であってもよい。尚、上記遺伝子組み換え株の宿主としては、形質転換可能な微生物であれば、親株と同じ属種であっても良いし、属種の異なるものであっても良いが、上述のような好気性細菌を宿主とするのが好ましい。
【0010】このうち、本反応においては、乳酸脱水素酵素の欠如した変異株を用いるとより有効である。コリネ型細菌の乳酸脱水素酵素の欠如した変異株の具体的な製造方法としては、特開平11−205385号公報に記載されている方法が挙げられ、これに準じて簡単に作成できる。本反応に上記細菌を用いるに当たっては、寒天培地等の固体培地で斜面培養したものを直接反応に用いても良いが、上記細菌を予め液体培地で培養(種培養)したものを用いるのが好ましい。
【0011】これらの細菌を培養するために使用される培地の主炭素源としては、本微生物が資化しうる炭素源であれば特に限定されないが、通常、ガラクトース、ラクトース、グルコース、フルクトース、グリセロール、シュークロース、サッカロース、デンプン、セルロース等の炭水化物;グリセリン、マンニトール、キシリトール、リビトール等のポリアルコール類等の発酵性糖質が用いられ、このうちグルコース、フルクトース、グリセロールが好ましく、特にグルコースが好ましい。
【0012】また、上記発酵性糖質を含有する澱粉糖化液、糖蜜なども使用される。これらの発酵性糖質は、単独でも組み合わせても使用できる。上記炭素源の使用濃度は特に限定されないが、有機酸の生成を阻害しない範囲で可能な限り高くするのが有利であり、通常、30%(W/V)以下、好ましくは25%(W/V)未満、より好ましくは20%(W/V)以下とする。
【0013】一方で、原料糖質の濃度が低すぎると、工業生産時の釜効率の点で好ましくないため、通常、5%(W/V)以上、好ましくは10.5%以上、より好ましくは11%(W/V)以上で反応を行う。また、反応の進行に伴う上記炭素源の減少にあわせ、上記炭素源の追加添加をするのも生産物の蓄積量の向上のためには好ましい。
【0014】窒素源としては、本微生物が資化しうる炭素源であれば特に限定されないが、具体的には、アンモニウム塩、硝酸塩、尿素、大豆加水分解物、カゼイン分解物、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカーなどの各種の有機、無機の窒素化合物が挙げられる。無機塩としては各種リン酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カリウム、マンガン、鉄、亜鉛等の金属塩が用いられる。
【0015】また、ビオチン、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等のビタミン類、ヌクレオチド、アミノ酸などの生育を促進する因子を必要に応じて添加する。また、反応時の発泡を抑えるために、培養液には市販の消泡剤を適量添加しておくことが望ましい。培養液のpHは、通常、pH5〜9、好ましくはpH6.5〜8.5に調整し、反応中も必要に応じて培養液のpHはアルカリ性物質、炭酸塩、尿素などによって上記範囲内に調節する。
【0016】好気性細菌を用いて本反応を行う場合、菌体の生育に酸素が必要となる。本反応においては、培養液と菌体を接触させた後、まず菌体が対数増殖した後に定常期を迎える。従って、対数増殖期か定常期かで必要とする酸素量も変化するので、反応のスケールや羽形状の違いによる攪拌効率の違いを考慮した上で、通気量や攪拌量を調整する必要がある。
【0017】本発明の方法においては、菌体の生育が定常期に達した以降の反応温度を当該細菌の生育至適温度より高い温度、好ましくは2℃以上高い温度とする。ここで、温度をあげすぎると、かえって酵素活性を低下させる可能性があるため、通常、当該温度より10℃高い温度までの範囲で適宜、選択される。また、生育至適温度は、有機酸の生産に用いられる条件において最も生育速度が速い温度のことを言う。この生育至適温度は、培地の種類、通気量、攪拌速度などの有機酸の生産時の諸条件によって変化するので、各反応条件に応じて、予め、生育至適温度を確認しておく必要がある。
【0018】また、上記対数増殖期の温度を菌体の生育至適温度±2℃の温度とし、定常期に達した以降に該温度より温度を上昇させて反応を行うことが好ましい。本反応に用いる微生物の生育至適温度は、通常、25℃〜35℃である。本反応は、通常、培養液中のグルコース等の主原料が消費された時点で反応終了とする。このとき、反応液中には、リンゴ酸、フマル酸、コハク酸等の有機酸が生成している。このうち、コハク酸がもっとも蓄積度が高く生産物としては好ましい。
【0019】このようにして培養液中に蓄積した有機酸は常法に従って、培養液より分離・精製される。具体的には、遠心分離、ろ過等により菌体等の固形物を除去した後、イオン交換樹脂等で脱塩し、その溶液から結晶化あるいはカラムクロマトグラフィーにより有機酸を分離・精製することができる。
【0020】
【実施例】以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
実施例1ブレビバクテリウム・フラバムMJ233AB―41(FERM BP−1498)から特開平11−206385に従い、乳酸脱水素酵素(LDH)の欠如した株を調整した。すなわち、MJ233AB―41株より常法により抽出した全DNAを鋳型として当該特許に配列番号5及び6として記載された2つのプライマーを用いて、ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子の部分断片についてPCR反応を行った。得られた反応液3μlとPCR産物用のクローニングベクターpGEM−T(PROMEGA社製)1μlとを混合し、50mMトリス緩衝液(pH7.6)、10mMジチオスレイトール、1mM ATP、10mM MgCl2及びT4DNAリガーゼ1unitsの各成分を添加し、4℃で15時間反応させ、結合させた。得られたプラスミド混液を用い、塩化カルシウム法によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、アンピシリン50mgを含む培地(トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl5g及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解)に塗布した。この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを調整した。このプラスミドDNA20μlに、50mM トリス緩衝液(pH7.5)、1mMジチオスレイトール、10mM MgCl2、100mM NaCl、制限酵素SphI及びSalI 1unitの各成分を添加し、37℃で1時間反応させた。得られたDNA溶液からGene CleanII(フナコシ社製)を用いて300bp断片の回収を行い、該DNA溶液10μlと、クロラムフェニコール耐性のクローニングベクターpHSG396(宝酒造製)1μlのSphI及びSalI分解物と混合し、50mMトリス緩衝液(pH7.6)、10mMジチオスレイトール、1mM ATP、10mM MgCl2及びT4DNAリガーゼ1unitsの各成分を添加し、4℃で15時間反応させ、結合させた。得られたプラスミド混液を用い、塩化カルシウム法によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、アンピシリン50mgを含む培地(トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl5g及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解)に塗布した。この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液より上記ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子の部分断片である約300bpの断片が導入されたプラスミドDNAを調整した。該プラスミドを電気パルス法によりブレビバクテリウム・フラバムMJ233AB―41に導入し、クロラムフェニコール5mgを含む培地(尿素:2g、硫酸アンモニウム:7g、リン酸1カリウム:0.5g、リン酸2カリウム0.5g、硫酸マグネシウム・7水和物:0.5g、硫酸第一鉄・7水和物:20mg、硫酸マンガン・水和物:20mg、D−ビオチン:200μg、塩酸チアミン:200μg、酵母エキス:1g、カザミノ酸:1g、及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解)に塗布した。この培地上で生育してきた菌株の内、相同組み換えにより該遺伝子が破壊された株として、LDH活性が10分の1以下になった株を選抜した。
【0021】尿素:4g、硫酸アンモニウム:14g、リン酸1カリウム:0.5g、リン酸2カリウム0.5g、硫酸マグネシウム・7水和物:0.5g、硫酸第一鉄・7水和物:20mg、硫酸マンガン・水和物:20mg、D−ビオチン:200μg、塩酸チアミン:200μg、酵母エキス:1g、カザミノ酸:1g、及び蒸留水:1000mlの培地を100mLを500mLの三角フラスコにいれ、120℃、20分加熱滅菌した。これを室温まで冷やし、あらかじめ滅菌した50%グルコース水溶液を4ml、無菌濾過した0.1%クロラムフェニコール水溶液を5ml添加し、前述のラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子破壊株を接種して24時間30℃にて種培養した。
【0022】尿素:8g、硫酸アンモニウム:28g、リン酸1カリウム:1g、リン酸2カリウム1g、硫酸マグネシウム・7水和物:1g、硫酸第一鉄・7水和物:40mg、硫酸マンガン・水和物:40mg、D−ビオチン:400μg、塩酸チアミン:400μg、酵母エキス2g、カザミノ酸2g、消泡剤(アデカノールLG294:旭電化製):1ml及び蒸留水:15000mlの培地を5Lの発酵糟に入れ、120℃、20分加熱滅菌した。これを室温まで冷やした後、あらかじめ滅菌した40%グルコース水溶液を50ml添加し、これに前述の種培養液を全量加えて、30℃に保温した。pHは2M炭酸ナトリウムで8.0に保ち、通気は毎分400mL、攪拌は毎分300回転で反応を行った。反応開始後15時間後に菌体の生育が定常期に達したので、反応温度を37℃に上昇させ反応を続けたところ、25時間後にグルコースがほぼ消費されており、コハク酸が33g/L蓄積していた。
【0023】実施例2反応開始後15時間後以降の温度を40℃に変えた以外は実施例1と同様に行ったところ、26時間後にグルコースがほぼ消費されており、コハク酸が33g/L蓄積していた。
比較例1反応温度を30℃で一定に保った以外は実施例1と同様に行ったところ、31時間後にグルコースがほぼ消費されており、コハク酸が31g/L蓄積していた。
【0024】比較例2反応温度を37℃で一定に保った以外は実施例1と同様に行ったところ、40時間後にグルコースがほぼ消費されており、コハク酸が29g/L蓄積していた。
【0025】
【発明の効果】本発明の方法によれば、細菌を用いた有機酸の製造において、高い反応速度及び収率で目的物を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 細菌の菌体反応により有機酸を製造するに当たり、菌体の生育が定常期に達した以降の反応温度を当該細菌の生育至適温度より高い温度とすることを特徴とする有機酸の製造方法。
【請求項2】 菌体の生育が定常期に達した以降の反応温度が当該菌体の生育至適温度より2〜10℃高い温度であることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】 細菌の菌体反応により有機酸を製造するに当たり、当該細菌の生育至適温度±2℃の温度で処理した後に、引き続き該温度より高い温度で反応を行うことを特徴とする有機酸の製造方法。
【請求項4】 当該細菌の生育至適温度±2℃の温度で処理した後の温度が該温度より2〜10℃高い温度であることを特徴とする請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】 有機酸がリンゴ酸、フマル酸又はコハク酸であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項6】 有機酸がコハク酸であることを特徴とする請求項5に記載の有機酸の製造方法。
【請求項7】 細菌が好気性細菌であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項8】 細菌がコリネ型細菌であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項9】 細菌がコリネバクテリウム属に属する細菌であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項10】 細菌が野生型に比べて該細菌の乳酸生産能が90%以上低下した変異株であることを特徴とした請求項1〜9に記載の有機酸の製造方法。

【公開番号】特開2003−235593(P2003−235593A)
【公開日】平成15年8月26日(2003.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−34826(P2002−34826)
【出願日】平成14年2月13日(2002.2.13)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】