説明

有機金属錯体及びその製造方法

【課題】室温近傍の温度域における水素の吸着量・放出量が比較的大きな有機金属錯体を得る。
【解決手段】有機金属錯体である[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nは、繰り返し単位であるCu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20が複数個互いに結合して形成される。この有機金属錯体の単位胞は、その晶系が斜方晶系に属する。そして、この有機金属錯体における平面構造中には、原子が密充填されていない空洞(空間)が複数箇所存在する。この空洞は、開口径及び内径が数Åの孔形状であり、その内面にはCu原子、O原子、N原子が露呈する。この空洞が、水素吸着サイトとして機能する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素貯蔵材としての機能を営み得る有機金属錯体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、周知のように、アノードに水素等の燃料ガスが供給される一方でカソードに酸素等の酸化剤ガスが供給されて発電する。従って、例えば、燃料電池を搭載した燃料電池車では、水素を充填したガス貯蔵用容器が搭載される。燃料電池車は、酸化剤ガスとしての大気と、前記ガス貯蔵用容器から供給された水素とを反応ガスとして走行する。
【0003】
このことから諒解されるように、ガス貯蔵用容器の水素収容量が大きいほど燃料電池車を長距離にわたって走行させることができる。しかしながら、過度に大きなガス貯蔵用容器を搭載することは、燃料電池車の重量を大きくすることになり、結局、燃料電池の負荷が大きくなるという不具合を招く。この観点から、ガス貯蔵用容器の体積を小さく維持しながら水素収容量を向上させる様々な試みがなされている。
【0004】
その一手法として、水素吸蔵合金をはじめとする水素を吸蔵ないし吸着する物質(以下、水素吸蔵材という)を容器内に収容することが試みられている。この種の水素吸蔵材がその分子構造内に水素を取り込むので、容器の容積よりも多量の水素を収容することが可能となる。
【0005】
このような水素吸蔵材の好適な例として、有機金属錯体が知られている。すなわち、金属核に対して有機物が結合した化合物である。
【0006】
有機金属錯体においては、金属核に対して有機物が規則的に結合している。このため、分子構造中に径が比較的均一な細孔が形成されるものもある。この細孔の内壁が、水素を物理的に吸着する部位となる。勿論、水素吸着量が多いものほど好ましい。
【0007】
例えば、非特許文献1では、種々の温度における[Cu3(ベンゼン−1,3,5−トリカルボキシラート)2(H2O)3n(以下、Cu−BTCとも表記する)の水素吸着特性が報告されている。すなわち、77Kにおいては圧力外挿値で3.6wt%、室温(298K)においては水素圧力が65bar(6.5MPa)で0.35%であり、室温の水素吸着量は0.4wt%よりも少ない、とのことである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】B. Panella, M. Hirscher, H. Putter, U. Muller, Advanced Functional Materials 第16巻第4号 p520-524 2006年3月発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、例えば、燃料電池車の使用環境温度は、一般的には室温近傍である。従って、この場合、水素貯蔵材としての有機金属錯体の水素の吸着量・放出量は、室温近傍で一層大きいことが好ましい。
【0010】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、室温近傍での水素の吸着量・放出量が比較的大きな有機金属錯体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するために、本発明に係る有機金属錯体は、繰り返し単位であるCu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20が複数個互いに結合して形成され、その組成式が[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nで表されることを特徴とする。
【0012】
この有機金属錯体は、室温近傍の温度域における水素貯蔵量が比較的大きい。すなわち、例えば、この有機金属錯体を容器に収容することにより、該容器に、多量の水素ガスを収容することが可能となる。
【0013】
この場合、該有機金属錯体の単位胞には、24個のCu原子と、20個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートとが含まれる。この単位胞の空間群を、ヘルマン・モーガンの表記法によって表すと、Cmc21である。このことは、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの結晶の晶系が斜方晶に属することを意味する。
【0014】
また、この有機金属錯体は、2個のCu原子同士が結合して形成されるCuダイマー単位を複数個有する。該有機金属錯体には、この複数個のCuダイマー単位と、複数個の前記ピリジン−3,5−ジカルボキシラートによって囲繞された空間が多数存在する。この空間の開口径及び内径は数Å、すなわち、10Åに満たないが、この程度であれば、水素分子は進入・進出することが可能である。
【0015】
しかも、この場合、前記空間の内方にはCu原子、O原子、N原子が臨む。これらは、水素分子の吸着サイトとして有効に機能する。
【0016】
また、本発明は、繰り返し単位であるCu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20が複数個互いに結合して形成され、その組成式が[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nで表される有機金属錯体の製造方法であって、
硝酸銅水和物、硝酸銅無水物、酢酸銅一水和物又は酢酸銅無水物と、ピリジン−3,5−ジカルボン酸とを溶媒に溶解して溶液を得る工程と、
前記溶液に対して硝酸を添加する工程と、
前記溶液を50〜140℃で24〜168時間加熱することで、硝酸銅水和物、硝酸銅無水物、酢酸銅一水和物又は酢酸銅無水物と、ピリジン−3,5−ジカルボン酸との反応生成物を得る工程と、
前記反応生成物からゲスト分子を除去する工程と、
を有することを特徴とする。
【0017】
このような過程を経ることにより、上記した有機金属錯体、すなわち、室温近傍での温度域における水素貯蔵量が大きな[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nを容易に得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る有機金属錯体は、室温近傍の温度域における水素貯蔵量が比較的大きい。このため、該有機金属錯体を容器に収容することにより、該容器に、多量の水素ガスを収容することが可能となる。従って、水素の供給可能時間、ひいては、例えば、燃料電池の運転継続時間の長期化を図ることができる。
【0019】
これにより、例えば、燃料電池車を運転する際の水素の補充頻度を低減することができる。換言すれば、燃料電池車の運転距離を大きくし得る。
【0020】
また、本発明に係る有機金属錯体の製造方法によれば、上記した有機金属錯体を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】ピリジン−3,5−ジカルボキシラートの平面模式図である。
【図2】[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの単位胞の一部を示す立体模式図である。
【図3】[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの平面構造の一部を示す平面模式図である。
【図4】1個のCuダイマー単位に対して4個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートが結合した構造を示す立体模式図である。
【図5】視点をa軸方向として前記単位胞の一部を示す平面模式図である。
【図6】視点をb軸方向とし、前記単位胞に含まれる奇数層と偶数層との分子構造の相違を示す平面模式図である。
【図7】視点をc軸方向とし、前記単位胞に含まれる奇数層と偶数層との分子構造の相違を示す平面模式図である。
【図8】視点をa軸方向とし、前記単位胞に含まれる奇数層と偶数層とが架橋されていることを示す平面模式図である。
【図9】視点をa軸方向とし、前記単位胞に含まれる奇数層と偶数層とが架橋されていることを示す平面模式図である。
【図10】視点をa軸方向とし、前記単位胞に含まれる奇数層と偶数層とが架橋されていることを示す斜視模式図である。
【図11】脱ゲスト処理前の結晶の倒立顕微鏡写真である。
【図12】脱ゲスト処理後の結晶の走査型電子顕微鏡写真である。
【図13】[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nのX線回折理論パターンと、脱ゲスト処理後の結晶につきX線回折測定を行って得られた実測パターンである。
【図14】結晶の重量に対する貯蔵水素重量の割合と、容積型水素圧力−組成等温線図測定装置のサンプルセル内の水素圧力との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る有機金属錯体及びその製造方法につき好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0023】
本実施の形態に係る有機金属錯体は、Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20を繰り返し単位とし、その組成式が[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nで表されるものである。
【0024】
先ず、ピリジン−3,5−ジカルボキシラートの構造につき、該構造を平面的に示した図1を参照して説明する。この図1から諒解されるように、ピリジン−3,5−ジカルボキシラートは、ピリジン環の3−位及び5−位の各々にカルボキシラート基(−COO)が結合することで形成される。なお、ピリジン環の2−位、4−位及び6−位には水素原子(H)が結合し、1−位には窒素原子(N)が存在する。
【0025】
実際には、ピリジン環には共役結合が含まれるが、図1では共役結合を全て省略している。以降の図面においても同様である。
【0026】
[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nは、単位胞の一部を表す図2に示すように、上記のような構造を有するピリジン−3,5−ジカルボキシラート同士がCuを介して立体的に結合することで構成される。ここで、図2中の矢印a、矢印b、矢印cは、それぞれ、前記単位胞におけるa軸、b軸、c軸を意味しており、以降の図面においても同様である。また、図2においては、理解を容易にするべく、立体構造中の(010)面、(001)面のみを代表的に示すとともに、各原子の図示を省略している。
【0027】
図2中の(010)面に示される構造と、(001)面に示される構造とを対比して諒解されるように、双方の面において、同様の平面構造が形成される。この平面構造につき、(001)面を示す図3を参照して説明する。
【0028】
図2及び図3の一点鎖線で囲繞した部分は、2個のCu原子によって形成されるCuダイマー単位を示している。図3から諒解されるように、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nは、Cuダイマー単位と、ピリジン−3,5−ジカルボキシラートとが矢印b方向(b軸)に沿って交互に連なるとともに、後述する単核Cuと、ピリジン−3,5−ジカルボキシラートとが矢印a方向(a軸)に沿って交互に連なるような平面構造をなす。
【0029】
b軸方向に沿う平面構造につき先ず説明すると、上記したように、ピリジン−3,5−ジカルボキシラートは、2個のカルボキシラート基を有する。この中の1個のカルボキシラート基の2個のO原子が、Cuダイマー単位中の2個のCu原子の各々に結合する。一方、残余の1個のカルボキシラート基の2個のO原子は、上記とは別のCuダイマー単位中の2個のCu原子の各々に結合する。
【0030】
そして、前記Cuダイマー単位、及び前記別のCuダイマー単位には、別個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートのカルボキシラート基が結合する。
【0031】
すなわち、1個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートは、Cuダイマー単位に結合したカルボキシラート基を介して、別の2個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートと結合する。
【0032】
次に、a軸方向に沿う平面構造につき説明する。図3から諒解されるように、Cuダイマー単位を介して隣接する2個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートにおいては、3−位同士、5−位同士、又は3−位と5−位が対向する。このため、これら2個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートでは、1−位のNが互いに逆方向に臨む。
【0033】
このNには、1個のCu(単核Cu)が結合する。該単核Cuは、さらに、別のピリジン−3,5−ジカルボキシラートのNと結合する。すなわち、1個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートは、カルボキシラート基及びCuダイマー単位を介して結合する別の2個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートとは別個に、N及び単核Cuを介して、また別のピリジン−3,5−ジカルボキシラートと結合する。
【0034】
結局、6個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートが、4個のCuダイマー単位と、2個の単核Cuとを介して結合することにより、図3に示すように環状体が形成される。この環状体の内方には、孔形状の空間、換言すれば、空洞が形成される。
【0035】
残余の(010)面も図3に示す構造と同様の構造であり、従って、図示及び詳細な説明を省略する。
【0036】
図2から諒解されるように、互いに直交する(010)面の平面構造と、(001)面の平面構造とは、Cuダイマー単位のみを介して結合する。結局、1個のCuダイマー単位に対しては、図4に示すように、4個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートが立体的に配位結合する。
【0037】
4個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートは、ダイマー単位中のCu−Cu結合軸を中心として、互いに約90°離間している。以下においては、このような配位結合の構成を「Cu2(COO)4パドルホイール構造」とも表記する。
【0038】
なお、図3においては、互いに直交する面として、(010)面及び(001)面を代表的に示しているが、例えば、(010)面には、該(010)面の構造中にCuダイマー単位が存在する箇所に、図示を省略した他の面が直交する。換言すれば、全てのCuダイマー単位は、視点をa軸方向とする図5に示すように、Cu2(COO)4パドルホイール構造を形成している。
【0039】
すなわち、(010)面には、(001)面に含まれる平面構造と同一の平面構造を含む複数個の面が積層される。同様に、(001)面には、(010)面に含まれる平面構造と同一の平面構造を含む複数個の面が積層される。
【0040】
ただし、図6及び図7に示すように、隣接する面同士においては、ピリジン−3,5−ジカルボキシラート同士の位置は合致しない。より詳細には、積層される面を1層、2層、3層……n層と表すとき、ピリジン−3,5−ジカルボキシラートの位置は、奇数層同士、偶数層同士において合致する。
【0041】
さらに、(010)面に直交する複数個の面、(001)面に直交する複数個の面の双方において、図8及び図9に示すように、偶数層に含まれる平面構造と奇数層に含まれる平面構造とが、ピリジン−3,5−ジカルボキシラートを介して結合する。以下においては、このピリジン−3,5−ジカルボキシラートを架橋PDCと表記する。
【0042】
先ず、(010)面に直交する複数個の面から説明すると、該面中の奇数層(1層、3層)に存在する単核Cuと、偶数層(2層、4層)に存在する単核Cuとが、図8に示すように、架橋PDCのカルボキシラート基中の2個のOを介して結合する。
【0043】
この図8から諒解されるように、1層と2層を結合する架橋PDCのNは、2層と3層を結合する架橋PDCのNと逆方向に臨む。同様に、2層と3層を結合する架橋PDCのNは、3層と4層を結合する架橋PDCのNと逆方向に臨む。従って、1層と2層を結合する架橋PDCのNと、3層と4層を結合する架橋PDCのNとは同一方向に臨む。
【0044】
(010)面に直交する複数個の面に含まれる単核Cuは全て、このようにして架橋PDCに結合している。この構造において、架橋PDCのピリジン環は、その平面が(100)面に対して平行となる。
【0045】
また、奇数層の単核Cuは、架橋PDCのカルボキシラート基の2つのO原子中、b軸方向において負方向(図8における下方向)に近いO原子と結合する。その一方で、偶数層の単核Cuは、b軸方向において正方向(図8における上方向)に近いO原子と結合する。
【0046】
その結果、(010)面に直交する複数個の平面構造に対し、該平面構造内の単核Cuと架橋PDCとで形成される鎖状構造が直交するような構成となる。以下、この鎖状構造を構造Bと呼称する。構造Bは、c軸に対して平行方向に位置する。
【0047】
そして、(001)面に直交する複数個の面では、図9及び図10に示すように、各面中に存在する単核Cuが、構造B中に含まれる架橋PDCを構成するピリジン環の1−位に位置するNに結合する。
【0048】
構造B中に存在する架橋PDCは、(010)面に直交する複数個の面中の奇数層に含まれる平面構造と、偶数層に含まれる平面構造とを結合する架橋PDCと同一のものである。換言すれば、構造B中に存在する架橋PDCは、カルボキシラート基によって、(010)面に直交する複数個の面中の奇数層に含まれる平面構造中の単核Cuと、偶数層に含まれる平面構造中の単核Cuとを結合し、且つ、ピリジン環によって、(001)面に直交する複数個の平面構造中の単核Cu同士を結合する。
【0049】
図9に示すように、(001)面に直交する複数個の面中の1層と2層を結合する構造B中に存在する架橋PDC分子には、b軸方向に対してピリジン環の1−位に位置するNが正方向に指向するものと、負方向に指向するものとが存在する。
【0050】
この中、負方向に指向するN原子は、1層の平面構造中の単核Cuと結合する。一方、正方向に指向するN原子は、2層の平面構造中の単核Cuと結合する。換言すれば、(001)面に直交する平面構造の1層と2層の間に、鎖状の構造Bが挟まれている構造が形成される。
【0051】
2層及び3層と、構造Bとの関係も同様である。すなわち、2層と3層の間に挟まれた構造Bの中で、負方向に指向するN原子が2層中の単核Cuと結合するとともに、正方向に指向するN原子が3層中の単核Cuと結合する。
【0052】
そして、b軸の正方向(図9における上方)に臨むNと結合している単核Cuに対しては、Nに対して点対称となる位置にOが結合する。同様に、b軸の負方向(図9における下方)に臨むNと結合している単核Cuに対しても、Nに対して点対称となる位置にOが結合する。
【0053】
以上のことから、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nは、b軸方向に積層された複数個の面(層)を、c軸方向に沿って延在するCu−架橋PDCが架橋した構造であるといえる。
【0054】
このように構成される有機金属錯体の単位胞には、24個のCu原子と、20個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートが含まれる。また、この場合、ヘルマン・モーガンの表記法によって表される該単位胞の空間群は、Cmc21である。このことは、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの結晶の晶系が斜方晶に属することを意味する。a軸とb軸との交差角度、b軸とc軸との交差角度、及びc軸とa軸との交差角度は、全て90°である。
【0055】
なお、機器分析によって計測されたa軸、b軸及びc軸の長さは、それぞれ、23.2〜23.8Å、18.7〜19.3Å、18.4〜19.0Åである。
【0056】
このような構造を有する有機金属錯体は、図3に示すように、(001)面に直交する複数個の面(層)、及び(010)面に直交する複数個の面(層)に、原子が密充填されていない空洞(空間)が存在する。この空洞は開口径及び内径が数Åの孔形状であり、図3から容易に諒解されるように、その内面にはCu原子、O原子、N原子が露呈する。
【0057】
開口径及び内径が数Åの空洞(孔形状の空間)は、水素分子が進入又は滲出するに十分な寸法である。しかも、該空洞の内面に露呈したCu原子、O原子、N原子は、水素分子の吸着サイトとして有効に機能する。このため、この有機金属錯体は、周囲の水素雰囲気が加圧又は減圧されることに対応し、室温付近の温度領域であっても多量の水素を貯蔵又は放出し得る。
【0058】
なお、この有機金属錯体は、高い吸着エネルギを示す。このため、特にCuダイマー単位、及び単核Cuの2箇所に水素分子が吸着される。場合によっては、吸着された水素分子が結晶構造の一部をなすこともある。
【0059】
次に、この有機金属錯体、すなわち、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの製造方法につき説明する。本実施の形態においては、原料成分が溶解した溶液を得る第1工程と、前記溶液に対して硝酸を添加する第2工程と、前記溶液を加熱して前記原料成分同士の反応生成物を得る第3工程と、前記反応生成物からゲスト分子を除去する第4工程とが実施される。
【0060】
はじめに、第1工程において、原料成分を溶媒に溶解する。
【0061】
原料成分としては、銅塩と、ピリジン−3,5−ジカルボン酸とが選定される。なお、銅塩は、具体的には、硝酸銅水和物、硝酸銅無水物、酢酸銅一水和物又は酢酸銅無水物のいずれかである。
【0062】
また、溶媒は、銅塩(硝酸銅水和物、硝酸銅無水物、酢酸銅一水和物又は酢酸銅無水物)、及びピリジン−3,5−ジカルボン酸の双方を溶解可能なものであればよく、ジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、エタノール、メタノール等を好適な例として挙げることができる。とりわけ、結晶性が高い有機金属錯体を得ることができることから、ジメチルホルムアミドが最も好適である。
【0063】
溶媒に対する銅塩の添加割合は、0.01〜1.0mol%に設定することが好ましく、0.1〜0.5mol%に設定することがより好ましい。一方、溶媒に対するピリジン−3,5−ジカルボン酸の添加割合は、0.01〜3.0mol%に設定することが好ましく、0.2〜1.0mol%に設定することがより好ましい。
【0064】
なお、銅塩の添加割合をピリジン−3,5−ジカルボン酸の添加割合に比して小さくする方が好ましい。この場合、結晶性が高い有機金属錯体を得ることができるようになるからである。
【0065】
このような原料成分が溶解された溶液に対し、次に、第2工程において、硝酸を添加する。硝酸の割合は、溶媒に対して0.0001〜0.5mol%とすることが好ましく、0.001〜0.1mol%とすることがより好ましい。
【0066】
次に、この溶液を密閉容器に収容した後、該密閉容器を密閉する。そして、第3工程において、この密閉容器ごと前記溶液を50〜140℃で24〜168時間加熱する。50℃未満や24時間未満であると、銅塩とピリジン−3,5−ジカルボン酸との反応がさほど進行せず、反応生成物の収量も少なくなる。また、140℃を超える温度で168時間を超える加熱を行っても、反応速度や収量が飽和するので不経済である。第3工程における一層好ましい加熱条件は、70〜90℃、60〜120時間である。
【0067】
この加熱により、銅塩とピリジン−3,5−ジカルボン酸とが反応を起こし、結晶性が高い[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nが生成する。なお、加熱方法は特に限定されるものではないが、好適な具体例としてサンドバスが挙げられる。
【0068】
反応生成物である[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nは、上記の空洞(孔形状の空間)等に溶媒分子や水分等をゲスト分子として含むものである。そこで、第4工程において脱ゲスト処理を行い、ゲスト分子を除去する。
【0069】
溶媒分子に対する脱ゲスト処理は、以下のようにして行われる。すなわち、先ず、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの結晶表面を、上記したような溶媒で洗浄する。これにより未反応の原料成分、すなわち、銅塩(硝酸銅水和物、硝酸銅無水物、酢酸銅一水和物又は酢酸銅無水物)、及びピリジン−3,5−ジカルボン酸が洗浄溶媒中に溶解し、結晶表面から除去される。
【0070】
その後、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの結晶を脱水クロロホルムに浸漬する。これにより、空洞中等に存在する溶媒分子が脱水クロロホルムの分子に置換される。
【0071】
一晩が経過した後、脱水クロロホルムを新たなものに交換し、さらに、脱水クロロホルムを交換しながら1週間静置する。これにより、溶媒分子の略全量が脱水クロロホルムに置換される。なお、脱水クロロホルムの交換は、1週間中に1〜10回行えばよいが、回数が多いほど前記置換が確実なものとなる。従って、少なくとも5回は交換することが好ましい。
【0072】
このようにして溶媒分子の脱ゲスト処理を行った後、水分及び脱水クロロホルムの脱ゲスト処理を行う。具体的には、有機金属錯体と脱水クロロホルムを濾過によって分離した後、有機金属錯体に対して減圧下で加熱処理を施す。
【0073】
この際には、圧力が0.013Pa以下の高真空であることが好ましい。このような高真空環境は、例えば、ターボ分子ポンプを用いることで得ることができる。
【0074】
また、好適な加熱温度は40〜300℃であり、一層好適な加熱温度は80〜200℃である。昇温に際しては、昇温速度を1℃/分程度の緩やかなものとすることが好ましい。
【0075】
この減圧加熱処理を1〜7日継続することにより、水分及び脱水クロロホルムが除去され、高純度の[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの結晶が得られるに至る。
【0076】
脱ゲスト処理が終了したCu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nは、大気中に放置すると、水分を吸着して失活する傾向がある。このため、アルゴン等の不活性ガス雰囲気中で保管することが好ましい。
【実施例1】
【0077】
以下、本発明を実施例によって詳述するが、本発明が当該実施例に限定されるものではないことは勿論である。
【0078】
9.91mlのジメチルホルムアミドに対し、151mgの硝酸銅2.5水和物を先ず添加して溶解させた後、該溶液に対して109mgのピリジン−3,5−ジカルボン酸を添加して溶解させた。さらに、その後、0.09mlの硝酸を添加して十分に撹拌した。
【0079】
この溶液を、容積が20mlのバイアル瓶に封入し、該バイアル瓶をサンドバスに埋入して70℃で90時間保持した。これにより、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの結晶が生成した。
【0080】
次に、この中から0.05gを秤量し、50mlの脱水ジメチルホルムアミドで洗浄した。さらに、洗浄後の結晶を脱水クロロホルムに浸漬し、この状態で静置した。一晩が経過した後、脱水クロロホルムを新たなものと交換した。この後は24時間おきに1回、脱水クロロホルムを新たなものと交換した。交換は、7回行った。
【0081】
一週間が経過した後、濾過を行って脱水クロロホルムと結晶を分離し、結晶を真空加熱処理可能な容器に封入した。この容器内を、ターボ分子ポンプによって0.013Pa以下の高真空とした。その一方で、該容器をマントルヒータで120℃に加熱して2日間保持した。
【0082】
最後に、アルゴン雰囲気としたグローブボックス中で前記容器を分解し、結晶を回収した。
【0083】
脱ゲスト処理前の結晶の倒立顕微鏡写真と、処理後の結晶の走査型電子顕微鏡写真を図11、図12にそれぞれ示す。これら図11及び図12に示されるように、結晶の形状は直方体形状に略近似される。
【0084】
また、脱ゲスト処理後の結晶につき、一定波長の単色X線ビームを結晶に照射し、様々な方向に回折するX線の方向と強度を測定することで結晶構造を決定した。その結果、図3に示す平面構造が積層し、且つ該平面構造同士が直交した三次元構造であると判断された。なお、この決定に際しては、理学社製のRAXIS−RAPIDを使用するとともに、測定データをコンピュータで解析した。
【0085】
さらに、脱ゲスト処理後の結晶につきX線回折測定を行った。結果として得られた実測パターンを図13の上方に示す。なお、図13の下方は[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの理論パターンであり、これら理論パターンと実測パターンを対比することにより、両者が殆ど一致していることが分かる。この結果は、脱ゲスト処理後の結晶が、図3に示す平面構造が積層し、且つ該平面構造同士が直交した三次元構造であることを支持する。
【0086】
さらに、脱ゲスト処理後の結晶を0.102g、容積型水素圧力−組成等温線図測定装置のサンプルセル内に収容し、測定系の温度を25℃に設定した。続いて、水素ガスを圧力が8.31Mpaとなるまでサンプルセル内に段階的に導入して加圧を行った。この途中の各水素圧力における水素の吸蔵平衡圧力から、水素貯蔵量を算出した。
【0087】
その後、サンプルセル内の水素圧力が0.006Mpaとなるまで段階的に放出することで減圧を行った。この途中の各水素圧力における水素の放出平衡圧力から水素放出量を算出した。
【0088】
得られた結果を、グラフとして図14に示す。このグラフの横軸は、結晶の重量に対する貯蔵水素重量の割合を百分率として示したものであり、縦軸は、サンプルセル内の水素圧力である。
【0089】
この図14から、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nの水素貯蔵量・放出量が水素圧力に依存して変化することが分かる。また、水素圧力が8.3MPaであるとき、水素貯蔵量は0.468wt%である。この数値は、前記非特許文献1に記載されたCu−BTCの室温における水素圧力6.5MPa時での水素吸着量0.35%を上回る。
【0090】
このことから、[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nが室温近傍で一層多量の水素を貯蔵することが可能な物質であることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繰り返し単位であるCu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20が複数個互いに結合して形成され、その組成式が[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nで表されることを特徴とする有機金属錯体。
【請求項2】
請求項1記載の錯体において、その単位胞に24個のCu原子と20個のピリジン−3,5−ジカルボキシラートとを含み、且つヘルマン・モーガンの表記法によって表される該単位胞の空間群がCmc21であることを特徴とする有機金属錯体。
【請求項3】
繰り返し単位であるCu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20が複数個互いに結合して形成され、その組成式が[Cu24(ピリジン−3,5−ジカルボキシラート)20nで表される有機金属錯体の製造方法であって、
硝酸銅水和物、硝酸銅無水物、酢酸銅一水和物又は酢酸銅無水物と、ピリジン−3,5−ジカルボン酸とを溶媒に溶解して溶液を得る工程と、
前記溶液に対して硝酸を添加する工程と、
前記溶液を50〜140℃で24〜168時間加熱することで、硝酸銅水和物、硝酸銅無水物、酢酸銅一水和物又は酢酸銅無水物と、ピリジン−3,5−ジカルボン酸との反応生成物を得る工程と、
前記反応生成物からゲスト分子を除去する工程と、
を有することを特徴とする有機金属錯体の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−213616(P2011−213616A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−81296(P2010−81296)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】