説明

有機非線形光学材料およびそれを用いた非線形光学デバイス

【目的】 強誘電体のホストポリマー中に非線形光学活性な有機材料を分散させた非線形光学材料における、ホストポリマーが不透明になるという問題を解決する。
【構成】 PVDFとアクリルポリマーとを溶融混練してえた溶融状態の樹脂組成物を急冷したのち、熱処理してホストポリマーを形成した。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、有機非線形光学材料および該有機非線形光学材料を用いた波長変換素子や光変調素子などの非線形光学デバイスに関する。
【0002】
【従来の技術】現在、非線形光学材料としては、有機、無機、半導体などの材料が研究開発されている。このうち有機非線形光学材料の優位な点としては、応答速度が速い、非線形光学定数が大きいなどの点があげられる。この特徴を生かし、波長変換用の第二次高調波発生素子(SHG(Second Harmonic Generation)素子)や電気光学変調素子などへの適用を目指し、新規な有機非線形光学材料の研究開発およびデバイス化技術の研究開発が行なわれている。
【0003】前記デバイスの中でもSHG素子は、半導体レーザに適用すれば青色発光レーザが実現でき、光ディスクなどの記憶密度を向上させ、記憶容量を大幅に増加させる効果があるため、最も活発に研究開発が行なわれている。
【0004】このSHG素子用材料において高効率な材料をうるためには、まず第一に有機分子一つ当りの非線形光学定数である分子超分極率βが大きいことが必要である。第二に各分子の非線形光学効果を強め合うように分子が配列していることが、重要である。とくに第二の点は重要で、分子が大きい超分極率を有していたとしても、分子の配列が対称中心を有するようになっていれば、各分子からの非線形光学効果が打ち消し合って材料全体の非線形光学定数はゼロになってしまう。
【0005】このような材料をうる指針としては、非中心対称性の有機低分子化合物の単結晶を作製すること、または配向性の薄膜を形成することが考えられるが、デバイスへの応用の観点からは後者がきわめて有効であると考えられている。
【0006】配向性薄膜を作製する有力な手段としては、ラングミュアー・ブロジェット膜を作製する方法、有機分子線や真空蒸着などのドライプロセスで配向薄膜を作製する方法などがあるが、これらとは別の非線形光学活性な有機低分子を光学的に透明な高分子フィルム中に分散して薄膜化し、その薄膜に外部電場を印加してポーリング処理を行なって分子を配向させる方法が比較的簡便な方法であり、盛んに研究されている。この方法はポールドポリマー法と呼ばれるが、この方法の特長としては、種々の透明高分子材料が利用できる点、多くの材料の組合わせが可能となる点、種々の分散法が利用できる点、薄膜高分子材料を比較的容易に作製できるためにデバイスへの応用上有利である点などがあげられる。
【0007】このポールドポリマー法における最大の問題点は、電場による配向が経時的に緩和して特性が劣化する点である。現状では、分散された低分子を電場を用いて配向させても、ホストポリマーの自由体積やセグメント運動との関係から非常に早く配向緩和が起こることが多い。
【0008】この問題点を解決するために、種々のアプローチがなされている。たとえばポーリングの方法として、コンタクトポーリングではなく処理時にコロナポーリングを用いる方法、低分子化合物の配向状態を維持するためにホストポリマーに高分子液晶を用いてその配向力を利用したり、さらにその中にフォトクロミックな材料を化学的に結合して配向力を高め、同時に相分離を抑制する試みもなされている。さらに、ホストポリマー中に取り込んだ低分子化合物を2本の結合で架橋したポリマーネットワークに固定して安定化することも行なわれている。またホストポリマーとしてそれ自体非線形光学活性なエポキシ系高分子を用い、架橋反応を起こして緩和を抑えると同時に高い非線形光学定数をえたり、強誘電体材料を用いてその自発分極を利用するなどの試みがなされている。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】この強誘電体材料を用いた例としては、ホストポリマーとしてポリフッ化ビニリデン(以下、PVDFという)を用いたものが知られている。PVDFはポーリング処理を行なうことにより双極子が配向して自発分極が発現し、強誘電体となる。この自発分極によって該ホストポリマー中に分散した非線形光学活性な有機材料を配向させ、その配向を経時的に安定に維持する効果がある。さらに、ホストポリマー自身も非線形光学活性となる効果もある。しかしながら、PVDF自身が微結晶化することによって光散乱が大きくなり、不透明になってしまうという点で非線形光学材料として用いるには不適当である(ピー エヌ プラサド(P.N.Prasad)およびディー アール アルリッチ(D.R.Ulrich)編、ピー パンテリス(P.pantelis)ら、「非線形光学および導電性高分子」、プリナム プレス(Plenum Press)・ニューヨーク アンド ロンドン、p.229(1987))。
【0010】このようにホストポリマーとしてPVDFを用いたばあいには、自発分極によってゲストとして導入した有機材料の配向を安定に維持する効果があり、しかも該ホストポリマー自身が非線形光学活性であるため、非線形光学定数の大きな材料をうることが期待されたが、従来の方法では材料が不透明化してしまうために非線形光学材料としては適さなかった。
【0011】本発明は前記問題点に鑑みてなされたもので、安定で大きな非線形光学特性を有し、可視の波長域で透明性の高い有機非線形光学材料をうることを目的とする。
【0012】また、前記の非線形光学材料を用いた波長変換素子や光変調素子などの非線形光学デバイスをうることを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】本発明にかかわる有機非線形光学材料は、PVDFとアクリルポリマーとを溶融混練し、溶融状態から急冷したのち、熱処理を行なうことにより製造されたホストポリマーであって、二次の非線形光学活性な有機材料が混合または化学的結合によって導入されて分散せしめられたホストポリマー中の前記有機材料を、電場印加法によって配向させたものである。
【0014】また、前記有機非線形光学材料を非線形光学デバイスにしたものである。
【0015】
【作用】本発明においては、ホストポリマーが自発分極を有する強誘電性材料であることから、ゲスト分子として導入した非線形光学活性な有機材料の配向を安定に維持することができる。
【0016】また、ホストポリマーにおける所定の割合のPVDFとアクリルポリマーとを溶融混練、急冷、熱処理することによって、通常は可視の波長域で不透明となるPVDFを透明な状態でうることができる。
【0017】また、この有機非線形光学材料を用いて、特性の良好な波長変換素子や光変調素子などのデバイスをうることができる。
【0018】
【実施例】以下、本発明を実施例を用いて説明する。
【0019】所定の割合で混合したPVDFとアクリルポリマーを 200℃程度の溶融混練により互いに溶け合わせ、溶融状態の樹脂組成物を、水やドライアイスまたは液体チッ素などの冷却媒体で急速に冷却すると、PVDFの結晶の成長はPVDFとよく溶け合っているアクリルポリマーにより制限され、結晶化度の低い樹脂組成物がえられる。このえられた樹脂組成物を熱処理すると、アクリルポリマーの存在下で樹脂組成物の結晶化が起こり、樹脂組成物はI型またはβ型の結晶構造を示す。前記熱処理としては、120℃で855時間以上、チッ素ガス雰囲気中で加熱するという方法が好ましい。
【0020】前記PVDFとしては、公知または市販のフッ化ビニリデンを主成分とする重合体を用いることができる。たとえばフッ化ビニリデンの単独重合体、フッ化ビニリデンとテトラフルオロエチレンの共重合体、フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体などが用いられる。前記PVDFとしては、該ポリマーの特性を劣化させない範囲で添加剤を混合した材料を用いても何ら問題はない。
【0021】また、アクリルポリマーとしては、公知または市販のメチルアクリレートまたはエチルアクリレートを主成分とする重合体を用いることができる。たとえばメチルメタクリレートの単独重合体、エチルアクリレートの単独重合体、メチルアクリレートとエチルアクリレートの共重合体などが用いられる。これらのうちでもポリメチルメタクリレートは前記PVDFに対して優れた相溶性を示すという点から好ましい。前記アクリルポリマーとしては、該ポリマーの特性を劣化させない範囲で添加剤を混合した材料を用いても何ら問題はない。
【0022】前記PVDFとアクリルポリマーの割合は、重量比で70/30〜90/10の割合が好ましい。PVDFが70/30未満または90/10を超えるとPVDFはII型の結晶形態をとり、その結果不透明になりやすい。
【0023】前記のようにしてえられるホストポリマー(樹脂組成物)には、二次の非線形光学活性な有機材料が導入され、分散せしめられている。導入、分散の方法としては、PVDFとアクリルポリマーの溶融混練時に該有機材料を混合分散させる方法、ホストポリマー膜を製造し、前記有機材料を溶解した溶液または融解した融液中に浸漬して拡散させる方法、アクリルポリマーのモノマーにあらかじめ前記有機材料を化学的に結合させておく方法、などが用いられる。
【0024】前記二次の非線形光学活性な有機材料としては、π共役を有し、分子の構造が対称中心を有しない化合物が好ましい。たとえば芳香環または複素芳香環などにニトロ基やアミノ基などが対称中心を有しないように結合している化合物などがあげられるが、この限りではない。
【0025】ホストポリマーに対する前記有機材料の割合は、前記有機材料がホストポリマーに対して均一に分散され、また不透明にならない割合であればよく、とくに限定されない。
【0026】前記のようにホストポリマーに導入された非線形光学活性な有機材料を、電場印加法により一軸方向に配向させることによって、高性能な非線形光学材料となる。前記電場印加法としては、コンタクトポーリング法、コロナポーリング法などが用いられる。このポーリング法ではポリマーフィルムをガラス転移点の前後まで加熱し、電場を印加することによって動きやすくなった分散されている有機材料が電場の方向に配向するものである。
【0027】前記のごとき本発明の有機非線形光学材料を用いたデバイスが本発明の非線形光学デバイスである。その具体例としては、たとえば波長変換素子、電気光学変調素子、光学集積素子、高速スイッチ素子などがあげられる。
【0028】本発明の有機非線形光学材料は、膜面に対して垂直方向に一軸配向しているので、デバイスとして用いるばあいは、導波路型で用いるのが特性の利用上得策である。
【0029】以下、具体的な実施例によって本発明を説明する。
基本試料:アクリル樹脂であるアクリペットVHK(商品名、三菱レイヨン(株))20部(重量部、以下同様)とフッ化ビニリデン樹脂であるKFポリマー#1100(商品名、呉羽化学工業(株))80部を溶融混練させたのち、スクリュー径35mmの単軸押出機(L/D=25)を用いてシリンダー温度200℃、回転速度80r.p.m.で溶融混練し、冷却粉砕して混練物のペレットをえた。つぎに、このペレットをスペーサーで厚さが調整された金属製の鏡面板の間に所要量をいれて、200℃、圧力50メガパスカルの熱プレスで5分間加圧溶融したのち、金属板に樹脂を挟んだまま、液体チッ素の中で素早く冷却した。膜厚は約50μmである。この試料を基本試料とする。
【0030】[参考例1]基本試料を 120℃の熱風循環炉にいれ、チッ素気流下で2時間熱処理を行なった。えられた試料をX線回折装置および赤外分光法によって分析したところ、PVDFのI型結晶が生成していることが確認され、透明性の高いフィルムがえられた。この試料の両面にアルミニウムの電極を真空蒸着により形成し、ついでポーリングを80℃、チッ素気流下で1時間行なった。ポーリング電場は0.5MV/cmである。この試料を試料1とする。
【0031】[実施例1]基本試料作製時の溶融状態において、二次の非線形光学活性な4−ジメチルアミノ−4’−ニトロスチルベン(以下、DANSという)を 4重量%添加して、DANSを含んだ試料をえた。この試料を参考例1と同様に熱処理し、0.5MV/cmでポーリング処理した試料を試料2とする。
【0032】[参考例2]ポーリング電場を0.8MV/cmとしたほかは参考例1と同様にして作製した試料を試料3とする。
【0033】[実施例2]DANSを0.0078mol/Lで溶解させた沸騰プロパノール溶液に基本試料を4時間浸漬してえたフィルムを参考例1と同様に熱処理し、0.8MV/cmでポーリング処理した試料を試料4とする。
吸収スペクトルの測定:図1に試料1の吸収スペクトルを示す。可視の波長域にわたって良好な透明性を示している。
SHG特性の測定:えられた各試料のSHG特性をメーカフリンジ法にて測定した。メーカフリンジ法は薄膜材料の非線形光学定数を評価するのに用いられる方法であり、標準試料(石英単結晶)と比較してその定数を決定する。また、入射光に対して試料を回転させたり、入射光および出射SH光の偏光をそれぞれP偏光またはS偏光に設定する組み合わせにより、非線形光学定数のテンソル成分まで決定することができる。
【0034】本測定で用いた実験系を図2に示す。YAGレーザ1から出た波長1.06μmのレーザ光は偏光子2によって直線偏光となったあと、レンズ3によって集光され、回転ステージ4上の試料薄膜5に照射される。試料では第二次高調波が発生し、フィルター6によって入射光を取り除き、適当な光量に調節し、偏光子7によって望む偏光のSH光だけが取り出され、光電子増倍管8によって検知される。図中9はボックスカー積分器、10はコントローラである。なお、試料のSHG特性測定は、試料に蒸着した電極を除去して行なった。
【0035】測定した試料1〜4の非線形光学定数を表1に示す。試料1および試料3の測定値からわかるように、ホストポリマー自身が大きな非線形光学定数を示す。また、ポーリング電場が大きいほど非線形定数が大きいことがわかる。また、試料1と試料2との比較、試料3と試料4との比較から、DANSの導入によって非線形光学定数が大きくなっていることがわかる。
【0036】このSHG特性は、試料作製後2、3週間後を経ても変化せず、安定であることがわかった。
【0037】
【表1】


[実施例3]図3は本発明の非線形光学デバイスの実施例である導波路型波長変換素子の構造を示す図である。11は入射基本波、12は試料薄膜、13は電極、14は基板、15が出射SH光である。ここでは、基板14にガラス基板を用い、電極13にITO透明電極を用い、試料薄膜12として前記実施例2の試料4と同じ組成の非線形光学材料薄膜を設けた。ポーリングは試料薄膜12上に形成したアルミニウム蒸着膜を電極として用い、透明電極13との間に電場0.8MV/cmを印加して行ない、ポーリング終了後電極を除去した。
【0038】この導波路型波長変換素子に基本波11として1.06μmのレーザ光を入射したところ、SH光として532nmの発生を確認した。
【0039】[実施例4]図4は本発明の非線形光学デバイスの実施例である導波路型光変調素子の構造を示す図である。12は試料薄膜、13は電極、14は基板、16はバッファー層、17は変調電圧印加用電極、18、19はそれぞれ入射用、出射用カップリングプリズムである。ここでは実施例3と同様に、基板14にガラス基板を用い、電極13にITO透明電極を用い、試料薄膜12として前記実施例2の試料4と同じ組成の非線形光学薄膜を設けた。
【0040】バッファー層16は試料薄膜12内を導波する光の伝搬ロスを低減するための層であり、必ずしも必要ではない。ただし、バッファー層として働くためには、試料薄膜12よりも屈折率が小さいことが必要である。試料薄膜12として用いているPVDF/PMMA(80/20)は屈折率が1.44であり、これより屈折率の小さい材料としては、フッ素系樹脂があげられる。本実施例では、旭硝子(株)製サイトップ(屈折率1.34)を用いた。
【0041】試料薄膜12のポーリングは実施例3と同様に、透明電極13とバッファー層16の上に設けた変調電圧印加用電極17を用いて電場0.8MV/cmで行なった。
【0042】この導波路型光変調素子に入射用カップリングプリズム18を通して、偏光子21で45°に偏光させた入射光20を導入して伝搬させた。試料薄膜12内を伝搬する光は変調電圧印加用電極17に変調電圧24を印加したことによって起こる電気光学効果によって変調を受けた。具体的には、導波する光のTE偏光成分とTM偏光成分の実効屈折率が変化するために、出射用カップリングプリズム19を通して取り出される出射光の偏光が変化した。それを入射側の偏光子21とクロスニコル配置にセットされた検光子22によって変調成分だけの出射光23を取り出すことができる。入射光20として632.8nmのHe−Neレーザ光を導入し、変調電圧24を印加したところ、光強度が変調されることが確認された。
【0043】
【発明の効果】以上のように、本発明にかかわる有機非線形光学材料は、非線形光学活性な有機材料を導入するホストポリマーとして、PVDFとアクリルポリマーとを溶融混練して溶融状態から急冷、熱処理した透明性に優れ、自発分極の大きな強誘電性材料を用いたことから、導入された有機材料の配向を安定に維持でき、透明性にすぐれた非線形光学材料となる効果があり、さらにホストポリマー自体が非線形光学特性を示すので、高い非線形光学定数を有する材料となるという効果がある。
【0044】また、前記有機非線形光学材料を用いた本発明の非線形光学デバイスは、非線形光学定数が大きくかつ安定であり、応答速度の速い非線形光学デバイスである。
【図面の簡単な説明】
【図1】参考例1でえられた試料1の吸収スペクトルである。
【図2】実施例で用いた非線形光学定数を測定するSHGメーカフリンジ法の測定系の光路図である。
【図3】実施例3の導波路型波長変換素子の構造の説明図である。
【図4】実施例4の導波路型光変調素子の構造の説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ポリフッ化ビニリデンとアクリルポリマーとを溶融混練し、溶融状態から急冷したのち、熱処理を行なうことにより製造されたホストポリマーであって、二次の非線形光学活性な有機材料が混合または化学的結合によって導入されて分散せしめられたホストポリマー中の前記有機材料を、電場印加法によって配向させたことを特徴とする有機非線形光学材料。
【請求項2】 請求項1に記載の有機非線形光学材料を用いたことを特徴とする非線形光学デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開平5−93928
【公開日】平成5年(1993)4月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−256349
【出願日】平成3年(1991)10月3日
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)