説明

有機ELディスプレイ用の反射アノード電極および配線膜

【課題】有機EL層を構築する有機材料にピンホールを形成することなく、ダークスポット等、有機ELディスプレイ特有の劣化現象を回避する。
【解決手段】基板1上に形成された有機ELディスプレイ用の反射アノード電極であって、該反射アノード電極は、Biを0.01〜4原子%含有するAg基合金膜6と、該Ag基合金膜6上に直接接触する酸化物導電膜7とを有する反射アノード電極を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機ELディスプレイ(特に、トップエミッション型)において使用される反射アノード電極および配線膜、薄膜トランジスタ基板、並びにスパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
自発光型のフラットパネルディスプレイの1つである有機エレクトロルミネッセンス(以下、「有機EL」と略記する場合がある)ディスプレイは、ガラス板などの基板上に有機EL素子をマトリックス状に配列して形成した全固体型のフラットパネルディスプレイである。有機ELディスプレイでは、陽極(アノード)と陰極(カソード)とがストライプ状に形成されており、それらが交差する部分が画素(有機EL素子)にあたる。この有機EL素子に外部から数Vの電圧を印加して電流を流すことで、有機分子を励起状態に押し上げ、それが元の基底状態(安定状態)へ戻るときにその余分なエネルギーを光として放出する。この発光色は有機材料に固有のものである。
【0003】
有機EL素子は、自己発光型および電流駆動型の素子であるが、その駆動方式にはパッシブ型とアクティブ型がある。パッシブ型は構造が簡単であるが、フルカラー化が困難である。一方アクティブ型は大型化が可能であり、フルカラー化にも適しているが、アクティブ型にはTFT基板が必要である。このTFT基板には低温多結晶Si(p−Si)もしくはアモルファスSi(a−Si)などのTFTが使われている。
【0004】
このアクティブ型の有機ELディスプレイの場合、複数のTFTや配線が障害となって、有機EL画素に使用できる面積が小さくなる。駆動回路が複雑となりTFTが増えてくると、さらにその影響は大きくなる。最近では、ガラス基板から光を取り出すのではなく、上面側から光を取り出す構造(トップエミッション方式)にすることで、開口率を改善する方法が注目されている。
【0005】
トップエミッション方式では、下面のアノードには正孔注入に優れる酸化インジウムスズ(ITO:Indium Tin Oxide)が用いられる。また上面のカソードにも透明導電膜を使う必要があるが、ITOは、仕事関数が大きく電子注入には適さない。さらにITOは、スパッタ法やイオンビーム蒸着法で成膜するため、成膜時のプラズマイオンや二次電子が電子輸送層(有機EL素子を構成する有機材料)にダメージを与えることが懸念される。そのため薄いMg層や銅フタロシアニン層を電子輸送層上に形成することで、ダメージの回避と電子注入改善が行われる。
【0006】
このようなアクティブマトリックス型のトップエミッション有機ELディスプレイで用いられるアノード電極は、有機EL素子から放射された光を反射する目的を兼ねて、上記のITOや酸化インジウム亜鉛(IZO:Indium Zinc Oxide)に代表される透明酸化物導電膜と反射膜との積層構造を形成する。ここで用いられる反射膜は、モリブデン、クロム、アルミニウム系(特許文献1)や銀系(特許文献2)など、反射性の高い金属膜を用いることが多い。
【0007】
なお、本出願人は、これまでに液晶ディスプレイ用としてのAg合金(特許文献3)、液晶ディスプレイ用としてのAg合金(特許文献4)を提案してきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−259695号公報
【特許文献2】特開2006−310317号公報
【特許文献3】特開2005−187937号公報
【特許文献4】特開2002−323611号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、高い反射率を有する純AgやAg合金は、低温の加熱であっても原子が移動しやすく、特に湿潤雰囲気中で容易に凝集し易い。加熱によっても容易に凝集するため、Ag薄膜の上下に保護膜を設ける必要がある。保護膜を設けた場合であっても、膜欠陥などを起点にして容易に変質(白点化、白濁化)が生じる場合が多く見られる。有機エレクトロルミネッセンス素子にあっては、これらの現象が起こると発光輝度が不均一になり画像斑となってしまう。さらに、有機エレクトロルミネッセンス素子にあっては、発光層である有機層は非常に薄い為、下部膜の表面平滑性が悪いと有機層にピンホールが発生してしまい、Ag薄膜の凝集が起こればさらに多く発生してしまう。このピンホールはダークスポットと呼ばれるデバイス特性不良を招いてしまう。このように、純粋なAgやAg合金は、特に有機エレクトロルミネッセンスディスプレイに用いる場合にあっては、デバイスの製造工程上、デバイスの特性上に多くの課題が存在する。
【0010】
例えば上記特許文献2では、有機ELディスプレイ用途の反射膜としてAg−Sm合金、Ag−Tb合金等が開示されているが、これらの合金では、Ag薄膜の凝集を防止するには十分ではない。
【0011】
一方、上記特許文献3〜4では、液晶表示装置の反射膜として、Ag−Nd合金、Ag−Bi合金等が開示されてはいるが、有機ELディスプレイ用という特殊な状況において、上記したAg薄膜の白点化、白濁化、および有機ELデバイスのピンホールやダークスポットの問題が発生しないという検証まではなされていない。
【0012】
また、上述のように純Ag(又はAg基合金)は、低温加熱(例えば200〜400℃)であってもAg原子が移動しやすく、容易に凝集する性質を有する。そのため、反射膜の用途に限らず配線膜として用いる場合にもAgの凝集による膜の表面変化が大きく、配線膜の電気抵抗率が上昇し、最悪の場合、配線のショートや断線を引き起こすという問題があった。
【0013】
斯かる課題に鑑み、本発明は、加熱によるAg原子の凝集が起こりにくい組成のAg基合金を特定することにより、加熱による反射率の低下が抑制された反射膜、電気抵抗率の増大が抑制された配線膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決することのできた本発明の反射アノード電極は、
基板上に形成された有機ELディスプレイ用の反射アノード電極であって、該反射アノード電極は、Ndを0.01(好ましくは0.1)〜1.5原子%含有するAg基合金膜と、該Ag基合金膜に直接接触する酸化物導電膜とを含むものである。
【0015】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜が、更に、Cu,Au,Pd,Bi,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有することが望ましい。
【0016】
上記課題を解決することのできた本発明の他の反射アノード電極は、
基板上に形成された有機ELディスプレイ用の反射アノード電極であって、該反射アノード電極は、Biを0.01〜4原子%含有するAg基合金膜と、該Ag基合金膜に直接接触する酸化物導電膜とを含むものである。
【0017】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜が、更に、Cu,Au,Pd,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有することが望ましい。
【0018】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜の表面の組成がBiである態様が推奨される。
【0019】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜が更に、希土類元素から選ばれる1種または2種以上を合計で、0.01〜2原子%含有することが望ましい。
【0020】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜が更に、Ndおよび/またはYを合計で、0.01〜2原子%含有することが望ましい。
【0021】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜が、Au,Cu,Pt,PdおよびRhよりなる群から選ばれる1種または2種以上の元素を合計で3原子%以下(0原子%を含まない)含有することが望ましい。
【0022】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜表面の十点平均粗さRzが20nm以下であることが望ましい。
【0023】
上記反射アノード電極において、前記Ag基合金膜がスパッタリング法または真空蒸着法で形成されることが望ましい。
【0024】
上記課題を解決することのできた本発明の薄膜トランジスタ基板は、
上記反射アノード電極における前記Ag基合金膜が、前記基板上に形成された薄膜トランジスタのソース/ドレイン電極に電気的に接続されているものである。
【0025】
上記課題を解決することのできた本発明の有機ELディスプレイは、
前記薄膜トランジスタ基板を備えたものである。
【0026】
上記課題を解決することのできた本発明のスパッタリングターゲットは、
上記反射アノード電極を形成するためのスパッタリングターゲットである。
【0027】
上記課題を解決することのできた本発明の配線膜は、
基板上に形成された有機ELディスプレイ用の配線膜であって、Ndを0.01〜1.5原子%含有するAg基合金膜を含むものである。
【0028】
上記配線膜において、Ndの含有量を0.1〜1.5原子%とすることが望ましい。
【0029】
上記配線膜において、前記Ag基合金膜が、更にCu,Au,Pd,Bi,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有することが望ましい。
【0030】
上記課題を解決することのできた本発明の他の配線膜は、
基板上に形成された有機ELディスプレイ用の配線膜であって、該配線膜がBiを0.01〜4原子%含有するAg基合金膜を含むものである。
【0031】
上記配線膜において、前記Ag基合金膜が、更にCu,Au,Pd,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有することが望ましい。
【0032】
上記課題を解決することのできた本発明のスパッタリングターゲットは、
上記配線膜を形成するためのスパッタリングターゲットである。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、反射アノード電極におけるAg基合金は、耐熱性、耐湿性に優れており平滑性が高いため、その上に直接接触するITO等の酸化物導電膜を積層しているにもかかわらず、高平滑性を有することになり、有機EL層を構築する有機材料にピンホールを形成することなく、ダークスポット等、有機ELディスプレイ特有の劣化現象を回避することが可能になる。また、このAg基合金は電気抵抗率の点でも優れているため、有機ELディスプレイの配線膜としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における反射アノード電極を備えた薄膜トランジスタ基板の断面図である。
【図2】図2は、本発明の実施例におけるAg基合金膜の原子間力顕微鏡像である。
【図3】図3は、本発明の実施例におけるAg基合金膜の反射率を示すグラフであり、(a)はITO膜成膜前、(b)はITO膜成膜後に対応する。
【図4】本発明の実施例におけるAg基合金膜の原子間力顕微鏡像である。
【図5】本発明の実施例におけるAg基合金膜の反射率の変化(環境試験の前後)を示す図である。
【図6】本発明の比較例におけるAg基合金膜の表面SEM像である。
【図7】本発明の実施例におけるAg基合金膜の表面SEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の実施の形態における反射アノード電極について説明する。まずは、反射アノード電極の薄膜トランジスタ基板での配置関係を説明するために、有機ELデバイスに用いられる薄膜トランジスタ基板の断面について説明する。図1は、薄膜トランジスタ基板の断面図である。
【0036】
図1において、基板1上に薄膜トランジスタ(TFT)2およびパッシベーション膜3が形成され、さらにその上に平坦化層4が形成されている。TFT2上にはコンタクトホール5が形成され、コンタクトホール5を介してTFT2のソースドレイン電極(図示せず)とAg基合金膜6とが電気的に接続されている。
【0037】
Ag基合金膜6上には酸化物導電膜7が形成されている。このAg基合金膜6および酸化物導電膜7が、本発明の反射アノード電極を構成している。これを反射アノード電極と呼ぶこととしたのは、Ag基合金膜6および酸化物導電膜7が有機EL素子の反射電極として作用し、なおかつ、TFT2のソースドレイン電極に電気的に接続されているためにアノード電極として働くためである。
【0038】
酸化物導電膜7の上に有機発光層8が形成され、さらにその上にカソード電極9(酸化物導電膜等)が形成されている。このような有機ELディスプレイでは、有機発光層8から放射された光が本発明の反射アノード電極で効率よく反射されるので、優れた発光輝度を実現できる。反射率は高いほど好ましく、85%以上、より好ましくは87%以上であることが望ましい。
【0039】
本実施の形態における反射アノード電極では、Ag基合金膜6が0.01〜1.5原子%のNd、または、0.01〜4原子%のBiを含有しており、残部はAg及び不可避的不純物で構成される。Ndは、Agの凝集を防止する作用があり、有機ELデバイスにおけるダークスポット現象を十分に回避する効果を発揮させるためには0.01原子%以上(好ましくは0.05原子%以上、より好ましくは0.1原子%以上、さらに好ましくは0.15原子%以上、一層好ましくは0.2原子%以上)の添加が必要である。一方、Ndの添加量が多すぎてもその効果が飽和するため、上限は1.5原子%以下(より好ましくは1.3原子%以下、さらに好ましくは1.0原子%以下)とする。
【0040】
Ndを含有するAg基合金膜6には、更に、Cu,Au,Pd,Bi,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有させることが望ましい。Cu,Au,Pd,Bi,Geは、形成初期のAg基合金膜6の結晶組織をさらに微細化させる効果を有するからである。
【0041】
Biの添加にも、Ag凝集を防止する作用がある。有機ELデバイスにおけるダークスポット現象を十分に回避する効果を発揮させるためには0.01原子%以上(より好ましくは0.02原子%以上、さらに好ましくは0.03原子%以上)の添加が必要である。一方、Biの添加量が多すぎてもその効果が飽和するため、上限は4原子%以下(より好ましくは2原子%以下、さらに好ましくは1原子%以下)とする。
【0042】
Biを含有するAg基合金膜6には、更に、Cu,Au,Pd,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有させることが望ましい。Cu,Au,Pd,Geは、形成初期のAg基合金膜6の結晶組織をさらに微細化させる効果を有するからである。
【0043】
Biを含有するAg基合金膜6には、更に、1種または2種以上の希土類元素を合計で0.01〜2原子%含有させることが望ましい。より好ましくは0.1〜1.5原子%である。希土類元素は、加熱による結晶粒の成長、拡散を抑制して、凝集を防止するという効果を有するからである。
【0044】
希土類元素の中でも、Nd,Yは、特にその効果が顕著であるので、Biを含有するAg基合金膜6には、Ndおよび/またはYを合計で0.01〜2原子%含有させることが望ましい。より好ましくは0.03〜1原子%である。
【0045】
Biを含有するAg基合金膜6には、更に、Au、Cu、Pt、PdおよびRhよりなる群から選ばれた1種または2種以上の元素を合計で3原子%以下(より好ましくは2原子%以下)含有させることにより(0原子%を含まない)、耐熱性、耐湿性に優れ、平坦度が高いために高反射率を有し、更に酸化物導電膜7を直接積層した場合であっても反射率を維持することができる。これは、Agの凝集防止によりAg基合金膜6表面の平滑性が維持されるため、酸化物導電膜7の表面凹凸が抑制されること及びInやSn等を含有するウイスカが抑制されることを含む意味で酸化物導電膜7の劣化を抑制できるからである。
【0046】
Ndを含有する場合もBiを含有する場合も、Ag基合金膜6の表面の十点平均粗さRzを20nm以下(より好ましくは10nm以下)にした場合には、上層の有機発光層8にピンホールの発生を有効に抑制することができ、ダークスポットなどの特性劣化を回避することができる。
【0047】
このような酸化物導電膜7(ITO)とAg基合金膜6の積層膜を有機ELディスプレイの反射アノード電極に用いることで、純粋なAgに匹敵する反射率を有し、酸化物導電膜7(ITO)と積層した場合であっても反射率低下を起こすことがない。
【0048】
更に、酸化物導電膜7とAg基合金膜6との接触抵抗を低く保つことができるので、高い発光輝度を有する有機ELディスプレイを得ることができる。
【0049】
上記したAg基合金膜6は、成分組成を所定に値に調整したスパッタリングターゲットにより製造することができる。
【0050】
以上、本発明の実施の形態におけるAg基合金膜6の構成について説明してきたが、本発明のメカニズムは概ね次のように考えられる。純粋なAg膜は耐熱性が低いため加熱により原子の移動が起こり、連続的な均一膜から島状に変化する凝集が発生する。さらに、低温の加熱であっても原子の移動が起こり、特に湿潤雰囲気下で顕著に凝集が発生する。
【0051】
本発明では、Agの凝集がAgの移動度に起因するとの考えから、組織変化を指標として添加元素によるAg基合金膜の耐熱性向上を検討した結果、Nd、更にCu、或いはBiの添加が耐熱性の向上に非常に効果があることが明らかとなった。
【0052】
またAg基合金膜6のスパッタ成膜中に合金元素がAg基合金膜6の表面へ拡散し、表面(上層)に合金元素濃化層が形成される現象(「自己二層膜」と呼ぶことにする)をコンセプトに検討した結果、Biの添加によって、酸化物導電膜7に近い側の上層にBi層が形成されて耐熱性、耐湿性に優れつつ、下層のAg−Bi合金層が高反射率を機能する効果があることが判明し、本発明を完成するに至った。
【0053】
したがって、本発明を実施することにより、熱処理前において表面の平滑性に優れ、また、酸化物導電膜7の形成以降に通常必要となる200℃以上の熱処理後においても表面平滑性に優れる高耐熱性を有し、更に、低温の湿潤雰囲気下においても凝集が起こらず表面平滑性に優れることが判明した。したがって、Ag基合金膜6は、耐熱性、耐湿性に優れる高平滑性であるので、酸化物導電膜7を積層した場合であっても、高い平滑性を維持することになり、有機発光層8にピンホールを形成することなく、ダークスポットなどのディスプレイ特性の劣化を回避することが可能になるものである。
【0054】
以上、本発明に係るAg基合金膜6を有機ELデバイスにおける反射電極として使用した場合について説明してきたが、Ag基合金膜6が、200℃以上の熱処理後においても凝集が起こらず表面平滑性に優れ、更に電気抵抗率が低いため、有機ELデバイスにおける配線膜としても非常に有効な材料である。
【0055】
なお、Ag基合金膜がNdを0.01〜1.5原子%含有すること、Ndの含有量を0.1〜1.5原子%とすることが望ましいこと、更にCu,Au,Pd,Bi,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有することが望ましいこと、およびこれら合金元素のより好ましい含有量の範囲については、Ag基合金膜6を反射電極として使用した場合と同じであるので、これらについての記載は省略する。
【0056】
また、Ag基合金膜がBiを0.01〜4原子%含有するものであってもよいこと、更にCu,Au,Pd,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有することが望ましいこと、およびこれら合金元素のより好ましい含有量の範囲については、Ag基合金膜6を反射電極として使用した場合と同じであるので、これらについての記載は省略する。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0058】
(実施例1)
基板1の材料として円盤状のガラス(コーニング社の無アルカリガラス#1737、直径:50mm、厚さ:0.7mm)を用い、基板1の表面にパッシベーション膜3であるSiN膜を基板温度280℃で300nmの厚さに成膜した。更に、DCマグネトロンスパッタリング装置を用いて、パッシベーション膜3の表面上に厚さ1000ÅのAg−(X)Nd−(Y)CuのAg基合金膜6(X:0.2〜0.7原子%、Y:0.3〜0.9原子%)およびAg−(X)BiのAg基合金膜6(X:0.1〜1.0原子%)薄膜を成膜した。このときの成膜条件は、基板温度:室温、Arガス圧:1〜3mTorr、極間距離:55mm、成膜速度:7.0〜8.0nm/secであった。また、Ag基合金膜6の成膜前の到達真空度は、1.0×10−5Torr以下であった。
【0059】
次に、Ag基合金膜6の成膜が完了した試料を3つのグループ(A〜C)に分け、Aグループの試料について熱処理を施した。熱処理は温度を200℃とし、雰囲気は酸素雰囲気とした。表1および表2は、熱処理前の試料と、熱処理後の試料について、それぞれ反射率の測定を行った結果を示すものである。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
表1および表2から分かるように、純粋なAg膜を用いた場合には200℃の熱処理により光の反射率が低下してしまうが、AgにBiを添加した例やNdを添加した例においては熱処理により反射率がむしろ向上し、その結果、純粋なAg膜よりもAg基合金膜6の反射率が高くなっている。
【0063】
次に、Bグループの試料について、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)による測定を行い、Ag基合金膜6(又は純Ag膜)の表面の十点平均粗さ(Rz)および算術平均粗さ(Ra)を算出した。その結果を上述の表1および表2に示す。そのうちの一部については、参考のため原子間力顕微鏡像を図2に示す。
【0064】
表1、表2、および図2から分かるように、純Ag膜の表面は非常に粗いが、BiやNdを添加したAg基合金膜6の表面は、平坦度が非常に高い。
【0065】
Cグループの試料については、Ag基合金膜6(Ag−0.4Nd−0.6Cu、膜厚100nm)上にITO膜(膜厚10nm)をスパッタ成膜し、ITO膜が形成される前後の状態での反射率を測定した。その結果を図3に示す。
【0066】
図3から分かるように、ITO膜の成膜前に96.2%であった反射率が成膜後でも96.0%を維持している。
【0067】
表3および表4は、Cグループの各組成の試料について、Ag基合金膜6の成膜直後の反射率、Ag基合金膜6を形成して200℃の熱処理をした後の反射率、Ag基合金膜6上にITO膜を形成し200℃の熱処理をした後の反射率の測定を行った結果を示すものである。
【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
表3および表4から分かるように、Ag基合金膜は、ITO膜を形成し200℃の熱処理をした後において、純Ag膜に比べて高い反射率を保持している。
【0071】
以上の結果から明らかなように、本発明において、Ag−(X)Nd−(Y)Cu合金、Ag−(X)Bi合金は純粋なAgに比べて、熱処理前、熱処理後いずれにおいても反射率が高い。従って、実デバイス製造工程において、Ag基合金膜6の形成後に200℃以上の熱履歴が加わっても、純粋なAg膜よりも表面の平滑性に優れていることがわかった。
【0072】
したがって、本発明の反射アノード電極を用いることで、有機発光層表面の凹凸に起因したピンホールによるダークスポットの発生を抑制することができる。更に、反射率に関しては純粋なAgに比べて同等以上であり、透明導電膜であるITOを積層した場合においても、純粋なAg同様に、反射率の劣化は見られず良好であるため、反射率に起因する特性である発光輝度の低下を招くこともない。
【0073】
(実施例2)
基板1の材料として円盤状のガラス(コーニング社の無アルカリガラス#1737、直径:50mm、厚さ:0.7mm)を用い、基板1の表面にパッシベーション膜3であるSiN膜を基板温度280℃で300nmの厚さに成膜した。更に、DCマグネトロンスパッタリング装置を用いて、パッシベーション膜3の表面上に厚さ1000ÅのAg−0.1Bi−0.2NdのAg基合金膜6、およびAg−0.1Bi−0.1GeのAg基合金膜6を成膜した。このときの成膜条件は、基板温度:室温、Arガス圧:1〜3mTorr、極間距離:55mm、成膜速度:7.0〜8.0nm/secであった。また、Ag基合金膜6の成膜前の到達真空度は、1.0×10−5Torr以下であった。
【0074】
次に、Ag基合金膜6の成膜が完了した試料に熱処理を施した。熱処理は温度を250℃、時間を1時間とし、雰囲気は酸素雰囲気とした。表5は、熱処理前の試料と、熱処理後の試料について、それぞれ反射率及び表面粗さ(Ra)の測定を行った結果を示すものである。なお、1時間という熱処理は、反射率及び表面粗さが、それ以上に変化しない十分な時間として選択したものである。
【0075】
【表5】

【0076】
表5から分かるように、純粋なAg膜を用いた場合には250℃の熱処理により光の反射率が低下してしまうが、AgにBi−Ndを添加した例やBi−Geを添加した例においては熱処理により反射率がむしろ向上し、その結果、純粋なAg膜よりもAg基合金膜6の反射率が高くなっている。
【0077】
表面粗さ(Ra)の測定には原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)を用い、Ag基合金膜6(又は純Ag膜)の表面の算術平均粗さ(Ra)を算出した。
【0078】
表5から分かるように、純Ag膜の表面は非常に粗いが、Bi−NdやBi−Geを添加したAg基合金膜6の表面は、平坦度が非常に高い。
【0079】
(実施例3)
実施例1のAグループの試料の中から、Ag基合金膜6の材料がAg−(X)Nd−(Y)Cu合金(X:0.7原子%、Y:0.9原子%)であるものについて環境試験を施した。環境試験は、試料を温度80℃、湿度90%の環境下に48時間曝すことにより行い、AFM測定による表面粗さの変化を観察した。その結果を図4に示す。
【0080】
図4から明らかなように、本発明におけるAg基合金膜では、純粋なAgに比べて、成膜直後(as−depo)の表面平滑性が高く、さらに環境試験(Aging Test)後も殆どこれに変化がないことから、NdおよびCuの添加により耐凝集性が改善されていることがわかる。本実施例ではAg−Nd−Cu合金の例を示したが、Ag−Bi合金でも同様の結果を得た。
【0081】
(実施例4)
次に、本発明の反射アノード電極において、Ag基合金膜6に対して、実施例3と同様の環境試験を行うことにより、環境試験前後におけるAg基合金膜6の反射率の低下度合いを調べた。この試験に用いたAg−(X)Nd合金(X:0.1〜1.0原子%で種々変化)にはスパッタ成膜したものを用いた。その結果を図5に示す。
【0082】
図5から明らかなように、本発明におけるAg基合金膜では、純粋なAgに比べて、AgにNdを添加することで環境試験(Aging Test)の後の反射率低下が抑制されていることが分かる。すなわちAg基合金膜の凝集を抑制できている。また、Nd添加量の増加に従いその効果は大きくなる。本実施例ではAg−Nd合金の例を示したが、Ag−Nd−Cu合金、Ag−Bi合金でも同様の結果を得た。
【0083】
(実施例5)
基板1の材料として円盤状のガラス(コーニング社の無アルカリガラス#1737、直径:50mm、厚さ:0.7mm)を用い、DCマグネトロンスパッタリング装置により、基板1の表面に、厚さ1000Å(100nm)のAg基合金膜6を成膜した。本実施例で用いた組成は、(1)純Ag(Pure−Ag)、(2)純Al、(3)Ag−0.9Pd−1.0Cu、(4)Ag−0.1Bi−0.2Nd、(5)Ag−0.1Bi−0.1Geである(組成の単位は原子%)。Ag基合金膜6の成膜条件は、基板温度:室温、Arガス圧:1〜3mTorr、極間距離:55mm、成膜速度:7.0〜8.0nm/secであった。また、Ag基合金膜6の成膜前の到達真空度は、1.0×10−5Torr以下であった。
【0084】
次に、Ag基合金膜6の成膜が完了した試料を2つのグループ(A,B)に分け、Bグループの試料のみに熱処理を施した。熱処理温度は250℃、熱処理時間は1時間とし、雰囲気は酸素雰囲気とした。図6および図7は、熱処理後の試料の表面を6000倍で観察した走査型電子顕微鏡像(SEM像)である。図6(a)が純Ag、図6(b)がAg−0.9Pd−1.0Cuの観察像であり、比較例に相当する。図7(a)がAg−0.1Bi−0.2Nd、図7(b)がAg−0.1Bi−0.1Geの観察像であり、実施例に相当する。また、下記表6は、Ag基合金膜6の成膜直後(熱処理前)の試料と、熱処理後の試料の電気抵抗率を示すものである。表6の「表面荒れ」については、図6および図7の写真から相対判断したものである。
【0085】
【表6】

【0086】
まず、純Ag(図6(a))では熱処理後に表面形状が大きく変化していることがわかる。また、NdもBiも含まないAg−Pd−Cu合金(図6(b))では、純Agの場合ほどではないものの、一部で表面形状の変化が認められる。一方、Ag−Bi−Nd合金(図7(a))、Ag−Bi−Ge合金(図7(b))では熱処理後においても表面形状は平滑であることがわかる。つまり、Ag合金にNdおよび/またはBiを含有させることにより、Agの凝集が抑制されていることがわかる。
【0087】
また、表6に示されるように、NdもBiも含まないAg−Pd−Cu合金では、電気抵抗率が3.21μΩ・cmであるのに対して、Ag−Bi−Nd合金、Ag−Bi−Ge合金では電気抵抗率が一層低い値を示しており、一般に用いられるAl材料と同様、配線膜として使用できることがわかる。なお、純Agも低い電気抵抗率を示しているが、図6(a)の表面写真からわかるように、Agの凝集の程度が大きく、これが一層進めばショートや断線に至る恐れがあるため、配線膜としては使用できないと考えられる。
【符号の説明】
【0088】
1 基板
2 薄膜トランジスタ(TFT)
3 パッシベーション膜
4 平坦化層
5 コンタクトホール
6 Ag基合金膜
7 酸化物導電膜
8 有機発光層
9 カソード電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に形成された有機ELディスプレイ用の反射アノード電極であって、該反射アノード電極は、Biを0.01〜4原子%含有するAg基合金膜と、該Ag基合金膜に直接接触する酸化物導電膜とを含むことを特徴とする有機ELディスプレイ用の反射アノード電極。
【請求項2】
前記Ag基合金膜は、更に、Cu,Au,Pd,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有する請求項1に記載の反射アノード電極。
【請求項3】
前記Ag基合金膜の表面の組成がBiである請求項1または2に記載の反射アノード電極。
【請求項4】
前記Ag基合金膜が更に、希土類元素から選ばれる1種または2種以上を合計で、0.01〜2原子%含有する請求項1〜3のいずれかに記載の反射アノード電極。
【請求項5】
前記Ag基合金膜が更に、Ndおよび/またはYを合計で、0.01〜2原子%含有する請求項1〜3のいずれかに記載の反射アノード電極。
【請求項6】
前記Ag基合金膜が、Au,Cu,Pt,PdおよびRhよりなる群から選ばれる1種または2種以上の元素を合計で3原子%以下(0原子%を含まない)含有する請求項1〜5のいずれかに記載の反射アノード電極。
【請求項7】
前記Ag基合金膜表面の十点平均粗さRzが20nm以下である請求項1〜6のいずれかに記載の反射アノード電極。
【請求項8】
前記Ag基合金膜がスパッタリング法または真空蒸着法で形成される請求項1〜7のいずれかに記載の反射アノード電極。
【請求項9】
前記Ag基合金膜が、前記基板上に形成された薄膜トランジスタのソース/ドレイン電極に電気的に接続されている請求項1〜8のいずれかに記載の反射アノード電極を備えた薄膜トランジスタ基板。
【請求項10】
請求項9に記載の薄膜トランジスタ基板を備えた有機ELディスプレイ。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれかに記載の反射アノード電極を形成するためのスパッタリングターゲット。
【請求項12】
基板上に形成された有機ELディスプレイ用の配線膜であって、該配線膜は、Biを0.01〜4原子%含有するAg基合金膜を少なくとも含むことを特徴とする有機ELディスプレイ用の配線膜。
【請求項13】
前記Ag基合金膜は、更に、Cu,Au,Pd,Geから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0.01〜1.5原子%含有する請求項12に記載の配線膜。
【請求項14】
請求項12または13に記載の配線膜を形成するためのスパッタリングターゲット。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−225586(P2010−225586A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−49466(P2010−49466)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【分割の表示】特願2009−186075(P2009−186075)の分割
【原出願日】平成21年8月10日(2009.8.10)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】