説明

有機EL発光材料及び有機EL発光素子

【課題】安価で高い発光効率を示す有機EL発光材料及び該有機EL発光材料を用いた有機EL発光素子を提供する。
【解決手段】陽極13と陰極15との間に、陽極13側から順に、正孔輸送層14bと、金属イオンがd10族元素の1価カチオンであり、3,4,5位の全部もしくは一部に所定の置換基を有するピラゾール配位子からなる金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなる有機EL発光材料を含む発光層14cと、電子輸送層14dと、を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL発光材料及び該有機EL発光材料を用いて、平面光源やカラーディスプレイなどの表示装置となる有機EL発光素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、消費電力が小さく、応答速度が高速であり、また視野角依存性の無いフラットパネルディスプレイとして、有機電界発光素子(いわゆる有機EL発光素子)を用いた表示装置が注目されている。
【0003】
一般的に有機EL発光素子は、陰極と陽極との間に有機層を狭持してなり、陽極および陰極からそれぞれ注入された正孔(ホール)と電子とが有機層中において再結合することにより発光する。有機層としては、例えば、正孔輸送層、発光材料を含む発光層、および電子輸送層を陽極側から順に積層させた構成や、さらに電子輸送層中に発光材料を含ませて電子輸送性の発光層とした構成が開発されている。
【0004】
ところで、発光材料に関しては、2000年に、Baldoらのグループが燐光性化合物(イリジウム錯体)によるEL発光を発表(非特許文献1)してから、tris−and bis−cyclometalated iridium(III)錯体の化学修飾による改善が精力的になされてきた(非特許文献2)。
【0005】
例えば、フッ素化した誘導体では三重項−三重項消滅過程が抑えられ、さらには錯体の昇華性が改善され(非特許文献3)、立体障害の大きな基の導入により、自己消光を抑えられることがわかってきた(非特許文献4)。また、ランタニド系燐光材料に関しては城戸らの総説に紹介されているものがある(非特許文献5)。
しかし、これら錯体は希少金属を用いており非常に高価であり、また安定性にかけるものであった。
【0006】
また、銅原子を用いたEL素子としては、Zhangらの研究(非特許文献6)があるが、大きな発光効率の改善は見られていない。
【0007】
また、これまで報告されている金属ピラゾール錯体の例としては、非特許文献7〜10に示すものがあり、金属ピラゾール錯体に関しては紫外線照射により強いフォトルミネッセンスを示すことが榎本らによって明らかにされたが、EL発光の報告例はこれまでになかった。
【0008】
【非特許文献1】Baldo, M. A.; Thompson, M. E.; Forrest, S. R. Nature 2000, 403, 750-753.
【非特許文献2】Lamansky, S.; Djurovich, P.; Murphy, D.;Abdel-Razzaq, F.; Lee, H. E.; Adachi, C.; Burrows, P.; Forrest, S. R.;Thompson, M. E. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 4304-4312.
【非特許文献3】Grushin, V. V.; Herron, N.; LeCloux, D. D.; Marshall, W. J.; Petrov, V.A.; Wang, Y. Chem. Commun. 2001, 1494-1495.
【非特許文献4】Xie, H. Z.; Liu, M. W.; Wang, O. Y.; Zhang, X. H.; Lee, C. S.; Hung,L..S.; Lee, S. T.; Teng, P. F.; Kwong, H. L.; Hui, Z.; Che, C. M. AdV.Mater. 2001, 13, 1245-1248.
【非特許文献5】Kido. J.; Okamoto, Y. Chem. Rev. 2002, 102, 2357-2368
【非特許文献6】Zhang, J.; Kan, S.; Ma, Y.; Shen, J.; Chan, W,; Che, C. Synth. Met. 2001, 121, 1723-1724.
【非特許文献7】Kim, S. J.; Kang, S. H.; Park, K.-M.; Kim, H.; Zin, W.-C.; Choi, M.-G.; Kim, K. Chem. Mater. 1998, 10, 1889-1893.
【非特許文献8】Barbera, J.; Elduque, A.; Gimenez, R.; Lahoz, F. J.; Lopez, J. A.; Oro, L. A.; Serrano, J. L. Inorg. Chem. 1998, 37, 2960-2967.
【非特許文献9】Enomoto, M.; Kishimura, A.; Aida, T. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 5608-5609.
【非特許文献10】Dias, H. V. R.; Diyabalanage, H. V. K.; Rawashdeh-Oary, M. A.; Franzman, M. A.; Omary, M. A. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 12072-12073.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上の従来技術における問題に鑑みてなされたものであり、安価で高い発光効率を示す有機EL発光材料及び該有機EL発光材料を用いた有機EL発光素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は、d10族の金属(金、銀、銅)の1価カチオンとピラゾール配位子からなる金属ピラゾール錯体を有機EL発光層に用いた場合に、非常に大きな発光効率の改善を見出し、鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、前記課題を解決するために提供する本発明は、下記一般式(1)又は(2)で表される金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなる、有機EL発光材料である。
【0012】
【化1】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは3〜6を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【0013】
【化2】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは正の整数を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【0014】
また、前記課題を解決するために提供する本発明は、基板(基板12)の上に設けた陽極(陽極13)と陰極(陰極15)との間に、前記陽極側から順に、正孔輸送層(正孔輸送層14b)と、下記一般式(1)又は(2)で表される金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなる有機EL発光材料を含む発光層(発光層14c)と、電子輸送層(電子輸送層14d)と、を設けてなる、有機EL発光素子(有機EL発光素子11)である(図1)。
【0015】
【化3】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは3〜6を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【0016】
【化4】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは正の整数を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【0017】
ここで、前記陽極と正孔輸送層との間に、正孔注入層(正孔注入層14a)を設けてなることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の有機EL発光材料によれば、有機EL発光素子の発光層に用いた場合に、有機EL発光素子としての電気伝導度が向上するとともに、高い発光効率により輝度を向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明に係る有機EL発光材料及び有機EL発光素子の一実施の形態における構成について説明する。なお、本発明を図面に示した実施形態をもって説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、実施の態様に応じて適宜変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【0020】
本発明に係る有機EL発光材料は、金属イオンがd10族元素の1価カチオンであり、3,4,5位の全部もしくは一部に所定の置換基を有するピラゾール配位子からなる金属ピラゾール錯体である。詳しくは、下記一般式(1)で表される環状の金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなるものである。
【0021】
【化5】

【0022】
一般式(1)中において、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは3〜6を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。
【0023】
あるいは、本発明に係る有機EL発光材料は、下記一般式(2)で表される直鎖状の金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなるものである。
【0024】
【化6】

【0025】
一般式(2)中において、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは正の整数を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。
【0026】
また、本発明に係る有機EL発光材料は、下記一般式(3)で表される環状の金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなるものであることが好ましい。すなわち、前記一般式(1)において、n=3のものである。
【0027】
【化7】

【0028】
一般式(3)中において、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。
【0029】
つぎに、本発明に係る有機EL発光素子について説明する。
図1は、本発明の有機EL発光素子の構成例(1)を模式的に示す断面図である。この図に示す有機EL発光素子11は、基板12上に、陽極13、有機層14、および陰極15をこの順に積層してなる。このうち有機層14は、陽極13側から順に、例えば正孔輸送層14b、発光層14c、および電子輸送層14dを積層してなるものである。
【0030】
また図2は、本発明の有機EL発光素子の構成例(2)を模式的に示す断面図である。この図に示す有機EL発光素子11’は、基板12上に、陽極13、有機層14、および陰極15をこの順に積層してなる。このうち有機層14は、陽極13側から順に、例えば正孔注入層14a、正孔輸送層14b、発光層14c、および電子輸送層14dを積層してなるものである。
【0031】
次に、この有機EL発光素子11,11’を構成する各部の詳細な構成を、基板12側から順に説明する。
<基板>
基板12は、その一主面側に有機EL発光素子11,11’が配列形成される支持体であって、公知のものであって良く、例えば、石英、ガラス、金属箔、もしくは樹脂製のフィルムやシートなどが用いられるこの中でも石英やガラスが好ましく、樹脂製の場合には、その材質としてポリメチルメタクリレート(PMMA)に代表されるメタクリル樹脂類、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリブチレンナフタレート(PBN)などのポリエステル類、もしくはポリカーボネート樹脂などが挙げられるが、透水性や透ガス性を抑える積層構造としたものや、表面処理を行ったものであってもよい。
【0032】
<陽極>
陽極13には、効率良く正孔を注入するために電極材料の真空準位からの仕事関数が大きいもの、例えばアルミニウム(Al)、クロム(Cr)、モリブテン(Mo)、タングステン(W)、銅(Cu)、銀(Ag)、金(Au)の金属及びその合金さらにはこれらの金属や合金の酸化物等、または、酸化スズ(SnO2)とアンチモン(Sb)との合金、IWO(酸化インジウムタングステン)、ITO(酸化インジウム錫)、InZnO(酸化インジウム亜鉛)、酸化亜鉛(ZnO)とアルミニウム(Al)との合金、さらにはこれらの金属や合金の酸化物等が、単独または混在させた状態で用いられる。このうち、IWOの表面平滑透明導電層がより好ましい。
【0033】
そして、この有機EL発光素子11,11’を用いて構成される表示装置の駆動方式はパッシブマトリクス方式、アクティブマトリクス方式のいずれでもよいが、アクティブマトリックス方式である場合には、陽極13は画素毎にパターニングされ、基板12に設けられた駆動用の薄膜トランジスタに接続された状態で設けられている。またこの場合、陽極13の上には、ここでの図示を省略したが絶縁膜が設けられ、この絶縁膜の開口部から各画素の陽極13の表面が露出されるように構成されていることとする。
【0034】
<正孔注入層/正孔輸送層>
正孔注入層14aおよび正孔輸送層14bは、それぞれ発光層14cへの正孔注入効率を高めるためのものである。このような正孔注入層14aもしくは正孔輸送層14bの材料としては、例えば、ベンジン、スチリルアミン、トリフェニルアミン、ポルフィリン、トリフェニレン、アザトリフェニレン、テトラシアノキノジメタン、トリアゾール、イミダゾール、オキサジアゾール、ポリアリールアルカン、フェニレンジアミン、アリールアミン、オキザゾール、アントラセン、フルオレノン、ヒドラゾン、スチルベンあるいはこれらの誘導体、または、ポリシラン系化合物、ビニルカルバゾール系化合物、チオフェン系化合物あるいはアニリン系化合物等の複素環式共役系のモノマー、オリゴマーあるいはポリマーを用いることができる。
【0035】
また、上記正孔注入層14aもしくは正孔輸送層14bのさらに具体的な材料としては、α−ナフチルフェニルフェニレンジアミン(NPD)、ポルフィリン、金属テトラフェニルポルフィリン、金属ナフタロシアニン、ヘキサシアノアザトリフェニレン、7,7,8,8−テトラシアノキノジメタン(TCNQ)、7,7,8,8−-テトラシアノ - 2,3,5,6- テトラフルオロキノジメタン(F4−TCNQ)、テトラシアノ4、4、4−トリス(3−メチルフェニルフェニルアミノ)トリフェニルアミン、N、N、N’、N’−テトラキス(p−トリル)p−フェニレンジアミン、N、N、N’、N’−テトラフェニル−4、4’−ジアミノビフェニル、N−フェニルカルバゾール、4−ジ−p−トリルアミノスチルベン、ポリ(パラフェニレンビニレン)、ポリ(チオフェンビニレン)、ポリ(2、2’−チエニルピロール)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0036】
<発光層>
発光層14cは、陽極13と陰極15による電圧印加時に、陽極13と陰極15のそれぞれから正孔および電子が注入され、さらにこれらが再結合する領域であり、発光効率が高い材料として、前述した本発明に係る有機EL発光材料を用いて構成されている。なお、本発明の有機EL発光材料をピンホールのない膜として形成して発光層14cとすればよいが、該有機EL発光材料はストークスシフトにおける吸収端と発光の間が広く自己消光がないため、発光層14cとして厚くすることも可能である。例えば、5nm〜1μmとする。
【0037】
<電子輸送層>
電子輸送層14dは、陰極15から注入される電子を発光層14cに輸送するためのものである。電子輸送層14dの材料としては、例えば、キノリン、ペリレン、ビススチリル、ピラジン、トリアゾール、オキサゾール、オキサジアゾール、フルオレノン、またはこれらの誘導体が挙げられる。具体的には、トリス(8−ヒドロキシキノリン)アルミニウム(略称Alq3 )、アントラセン、ナフタレン、フェナントレン、ピレン、アントラセン、ペリレン、ブタジエン、クマリン、アクリジン、スチルベン、またはこれらの誘導体が挙げられる。
【0038】
以上、有機層14を構成する上記の各層14a〜14dは、例えばスパッタその他の蒸着法や、スピンコート法などの方法によって形成することができる。
【0039】
尚、有機層14は、少なくとも発光層14cと共に、陽極13と発光層14cとの間に、正孔輸送層14aを有する構成(図1の構成)、正孔輸送層14a及び正孔注入層14bを有する構成(図2の構成)のいずれかの層構造を有する。
【0040】
さらに、以上の有機層14を構成する各層、例えば正孔輸送層14a、発光層14c、および電子輸送層14dは、それぞれが複数層からなる積層構造であっても良い。
【0041】
<陰極>
陰極15は、例えば、有機層14側から順に第1層(電子注入層)15a、第2層(陰極電極層)15bを積層させた2層構造で構成されている。
【0042】
第1層15aは、第2層15bから電子を電子輸送層14dに注入するためのものである。第1層15aの材料としては、アルカリ土類金属フッ化物があり、例えばフッ化リチウム(LiF)などが挙げられる。
【0043】
第2層15bを構成する材料の代表例としては、Al、Ti、In、Na、K、Mg、Li、Cs、Rb、CaあるいはBaなどの金属、およびMg−Ag合金あるいはAl−Li合金などの合金組成物が挙げられる。
【0044】
また陰極15は、真空蒸着法、スパッタリング法、更にはプラズマCVD法などの手法によって形成することができる。また、この有機EL発光素子11,11’を用いて構成される表示装置の駆動方式がアクティブマトリックス方式である場合、陰極15は、有機層14とここでの図示を省略した上述の絶縁膜とによって、陽極13と絶縁された状態で基板12上にベタ膜状に形成され、各画素の共通電極として用いられる。
【0045】
なお、陰極15は上記のような積層構造に限定されることはなく、作製されるデバイスの構造に応じて最適な組み合わせ、積層構造を取れば良いことは言うまでもない。例えば、上記実施形態の陰極15の構成は、電極各層の機能分離、すなわち有機層14への電子注入を促進させる無機層(第1層15a)と、電極を司る無機層(第2層15b)とを分離した積層構造である。しかしながら、有機層14への電子注入を促進させる無機層が、電極を司る無機層を兼ねても良く、これらの層を単層構造として構成しても良い。また、この単層構造上にITOなどの透明電極を形成した積層構造としても良い。
【0046】
また上記した構成の有機EL発光素子11,11’に印加する電流は、通常、直流であるが、パルス電流や交流を用いてもよい。電流値、電圧値は、素子が破壊されない範囲内であれば特に制限はないが、有機EL発光素子の消費電力や寿命を考慮すると、なるべく小さい電気エネルギーで効率良く発光させることが望ましい。
【0047】
また、この有機EL発光素子11,11’が、キャビティ構造となっている場合、有機層14と、透明材料あるいは半透明材料からなる電極層(本実施形態では陰極15)との合計膜厚は、発光波長によって規定され、多重干渉の計算から導かれた値に設定されることになる。そして、この有機EL発光素子11,11’を用いた表示装置が、TFTが形成された基板上に上面発光型の有機EL発光素子を設けた、いわゆるTAC(Top Emitting Adoptive Current drive )構造である場合、このキャビティ構造を積極的に用いることにより、外部への光取り出し効率の改善や発光スペクトルの制御を行うことが可能である。
【0048】
以上説明した構成の有機EL発光素子11,11’によれば、一般式(1)または(2)で表される金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなる有機EL発光材料を用いて有機層14の発光層14cを構成した。これにより、発光効率が高い有機EL発光素子を構成することが可能になる。
【0049】
なお、本発明の有機EL発光素子は、上面発光型、これを用いたTAC構造への適用に限定されるものではなく、陽極と陰極との間に少なくとも発光層を有する有機層を狭持してなる構成に広く適用可能である。したがって、基板側から順に、陰極、有機層、陽極を順次積層した構成のものや、基板側に位置する電極(陰極または陽極としての下部電極)を透明材料で構成し、基板と反対側に位置する電極(陰極または陽極としての上部電極)を反射材料で構成することによって、下部電極側からのみ光を取り出すようにした、いわゆる下面発光型の有機電界発光素子にも適用可能である。このような構成であっても、一般式(1),(2)で表される金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなる有機EL発光材料を発光層に用いることにより、同様の効果を得ることが可能である。
【0050】
さらに、本発明の有機EL発光素子とは、一対の電極(陽極と陰極)、およびその電極間に有機層が挟持されることによって形成される素子であれば良い。このため、一対の電極および有機層のみで構成されたものに限定されることはなく、本発明の効果を損なわない範囲で他の構成要素(例えば、無機化合物層や無機成分)が共存することを排除するものではない。
【0051】
ここで、本発明の有機EL発光素子を用いて、平面光源やカラーディスプレイなどの表示装置を構成することが可能である。
【0052】
≪表示装置≫
図3は、上記有機EL発光素子を用いた表示装置、いわゆる有機EL表示装置の一構成例を説明するための概略の回路構成図である。ここでは、本発明による有機EL発光素子11を用いたアクティブマトリックス方式の表示装置10の実施形態を説明する。
【0053】
この図に示すように、表示装置20の基板12上には、表示領域12aとその周辺領域12bとが設定されている。表示領域12aには、複数の走査線21と複数の信号線23とが縦横に配線されており、それぞれの交差部に対応して1つの画素が設けられた画素アレイ部として構成されている。また周辺領域12bには、走査線21を走査駆動する走査線駆動回路25と、輝度情報に応じた映像信号(すなわち入力信号)を信号線23に供給する信号線駆動回路27とが配置されている。
【0054】
走査線21と信号線23との各交差部に設けられる画素回路は、例えばスイッチング用の薄膜トランジスタTr1、駆動用の薄膜トランジスタTr2、保持容量Cs、および有機EL発光素子11で構成されている。そして、走査線駆動回路25による駆動により、スイッチング用の薄膜トランジスタTr1を介して信号線23から書き込まれた映像信号が保持容量Csに保持され、保持された信号量に応じた電流が駆動用の薄膜トランジスタTr2から有機EL発光素子11に供給され、この電流値に応じた輝度で有機EL発光素子11が発光する。尚、駆動用の薄膜トランジスタTr2と保持容量Csとは、共通の電源供給線(Vcc)29に接続されている。
【0055】
尚、以上のような画素回路の構成は、あくまでも一例であり、必要に応じて画素回路内に容量素子を設けたり、さらに複数のトランジスタを設けて画素回路を構成しても良い。また、周辺領域12bには、画素回路の変更に応じて必要な駆動回路が追加される。
【0056】
そして、本発明の表示装置20においては、図1を用いて説明した本発明の有機EL発光素子11を赤色(R),緑色(G)および青色(B)の有機EL発光素子として1つの画素に設けた画素をそれぞれサブピクセルとして1画素を構成している。そして、3色のサブピクセルを一組とした各画素を基板12上に複数配列することで、フルカラー表示が行われる構成となっている。
【0057】
また、このような構成の有機EL発光素子11を備えた表示装置20においては、大気中の水分や酸素等による有機EL発光素子11の劣化を防止するための封止膜を形成するなどの処置を施すことが好ましい。
なお、有機EL発光素子11に代えて、図2を用いて説明した本発明の有機EL発光素子11’を用いてもよい。
【0058】
以上のような構成の表示装置20においては、上述したように表示装置を構成する有機EL発光素子は発光効率が高いため、該有機EL発光素子を青色、緑色および赤色発光の有機EL発光素子として組み合わせることで、色再現性および信頼性の高いフルカラー表示が可能になる。
【実施例】
【0059】
以下に、本発明で規定する有機EL発光材料を用いた有機EL発光素子の実施例について具体的に説明する。
【0060】
(実施例1)
以下の手順で実施例1の有機EL発光素子を作製した。なおここでは、図1の有機EL発光素子の構成とした。
先ず、平面のガラス板からなる基板12上に、陽極13として、膜厚が100nmのIWO透明導電膜を形成し、上面発光用の有機EL発光素子用のセルを作製した。
【0061】
次に、正孔輸送層14bとして、下記構造式(A)に示されるα−NPDよりなる膜を40nmの膜厚で形成した。ただし、α−NPDは、N、N’−ビス(1−ナフチル)−N、N’−ジフェニル[1、1’-ビフェニル]−4、4’―ジアミンである。
【0062】
【化8】

【0063】
このようにして形成された正孔輸送層14b上に、本発明の有機EL発光材料からなる発光層14cを形成した。本実施例ではつぎの方法で作製した化合物(I)を用いた。
【0064】
[化合物(I)]
アルゴン雰囲気中、3,5-ジメチルピラゾール(480mg、5.0mmol)と[Cu(CHCN)][PF](1.86g,5.0mmol)を乾燥THF(18.0mL)に溶解し室温で攪拌した。5分攪拌した後、0.70mL(5.0mmol)トリエチルアミン(KOHより蒸留して乾燥したもの)を、ゆっくりと加えた。すぐに白色沈殿が生成し、さらに6時間攪拌を続けた。生じた白色結晶をグラスフィルターで濾過し、結晶を少量の乾燥塩化メチレンで洗浄した。真空乾燥することで、白色結晶を得た。このときの収量は702mgであった(収率88%)。最後に昇華精製を2回行って得られる、Tris[3,5-dimethylpyazolate Copper(I)]錯体{[3,5-(CH3)2Pz]Cu}3を化合物(I)とした。その構造式(I)を下記に示す。すなわち、前記一般式(1)において、R1、R3はCH3、R2はH、n=3、M=Cuである。
【0065】
【化9】

【0066】
ここでは、化合物(I)を蒸着し、膜厚30nmの膜を形成した。
【0067】
次いで、電子輸送層14dとして、下記構造式(B)で示されるAlq3(8−ヒドロキシキノリンアルミニウム)を30nmの膜厚で蒸着成膜した。
【0068】
【化10】

【0069】
以上の後、陰極15の第1層15aとして、LiFよりなる膜を0.35nmの膜厚で蒸着成膜し、最後に、陰極15の第2層15bとして、Alよりなる膜を250nmの膜厚で蒸着成膜した。
【0070】
(実施例2)
実施例1において、化合物(I)の代わりに、つぎの方法で作製した化合物(II)を用いて膜厚30nmの発光層14cを形成し、それ以外は実施例1と同じ条件として、有機EL発光素子を作製した。
【0071】
[化合物(II)]
アルゴン雰囲気中、3,5−ジトリフルオロピラゾール(754mg、3.68mmol)とCu2O(290mg、1.90mmol)を乾燥アセトニトリル(0.25mL)と乾燥トルエン(10mL)に懸濁し、60℃で一晩攪拌した。限外濾過により不要残渣を除去し、溶媒を減圧留去した後、乾燥ヘキサンから再結晶した。このときの収量は0.785mgであった(収率52%)。最後に昇華精製を2回行って得られる、Tris[3,5-bis(trifluoromethyl)pyazolate Copper(I)]錯体{[3,5-(CF3)2Pz]Cu}3を化合物(II)とした。その構造式(II)を下記に示す。すなわち、前記一般式(1)において、R1、R3はCF3、R2はH、n=3、M=Cuである。
【0072】
【化11】

【0073】
(比較例1)
実施例1において、正孔輸送層14b及び発光層14cを省略し、電子輸送層14d(Alq3)の膜厚を50nmとして、それ以外は実施例1と同じ条件として、比較例1のサンプルを作製した。
【0074】
(比較例2)
実施例1において、発光層14c及び電子輸送層14dを省略し、それ以外は実施例1と同じ条件として、比較例2のサンプルを作製した。
【0075】
(比較例3)
実施例1において、発光層14cを省略し、電子輸送層14d(Alq3)の膜厚を60nmとして、それ以外は実施例1と同じ条件として、比較例3のサンプルを作製した。
【0076】
(比較例4)
実施例1において、正孔輸送層14b及び電子輸送層14dを省略し、発光層14c(化合物(I))の膜厚を40nmとして、それ以外は実施例1と同じ条件として、比較例4のサンプルを作製した。
【0077】
得られたサンプルそれぞれについて、表1の駆動電圧を印加したときの電流密度、輝度及び発光スペクトルを測定した。電流密度及び輝度は表1に、発光スペクトルは図4に示す。なお、図4には発光の認められた実施例1,2、比較例1,3のサンプルについてのみ示す。また、このときの電流密度と輝度の関係を図5に示す。
【0078】
【表1】

【0079】
その結果、実施例1,2のように、正孔輸送層14bと、本発明の有機EL発光素子からなる発光層14cと、電子輸送層14dと、を積層することにより、電気伝導度の向上が認められ(表1)、波長540〜550nmに発光強度のピークをもつ発光(燐光)が認められた(図1)。また、比較例よりも同じ電流密度での輝度が大幅に向上していた(図2)。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明に係る有機EL発光素子の構成例(1)を示す断面図である。
【図2】本発明に係る有機EL発光素子の構成例(2)を示す断面図である。
【図3】本発明の有機EL発光素子を用いた表示装置の回路構成の一例を示す図である。
【図4】実施例1,2の有機EL発光素子の発光スペクトル測定結果を示す図である。
【図5】実施例1,2の有機EL発光素子の電流密度と輝度との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0081】
11,11’…有機電界発光素子、12…基板、13…陽極、14…有機層、14a…正孔注入層、14b…正孔輸送層、14c…発光層、14d…電子輸送層、15…陰極、15a…第1層、15b…第2層、20…表示装置、21…走査線、23…信号線、25…走査線駆動回路、27…信号線駆動回路、29…電源供給線(Vcc)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)又は(2)で表される金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなる、有機EL発光材料。
【化1】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは3〜6を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【化2】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは正の整数を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【請求項2】
基板の上に設けた陽極と陰極との間に、前記陽極側から順に、正孔輸送層と、下記一般式(1)又は(2)で表される金属ピラゾール錯体の一種又は二種以上からなる有機EL発光材料を含む発光層と、電子輸送層と、を設けてなる、有機EL発光素子。
【化3】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは3〜6を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【化4】


(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のアルキル基、炭素数1〜18の分岐又は直鎖のハロゲン置換アルキル基、フェニル基、ハロゲン置換フェニル基、ハロゲン原子、炭素数1〜12のエステル基,アルキルスルフィド基,エーテル基又はアミド基を示し、nは正の整数を示し、MはAu、Ag、又はCuを示す。)
【請求項3】
前記陽極と正孔輸送層との間に、正孔注入層を設けてなる、請求項2に記載の有機EL発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−47734(P2010−47734A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−215587(P2008−215587)
【出願日】平成20年8月25日(2008.8.25)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】