説明

有機EL素子および有機EL素子の製造方法、並びに有機ELディスプレイ

【課題】優れたキャリア注入効率が実現され、従来よりも低駆動電圧で発光輝度が高い有機EL素子及び有機ELディスプレイを提供する。
【解決手段】基板11上に形成した陽極である下部電極12の上に、電子受容材料からなる層と、ホール輸送材料からなる層とを積層形成した後、積層構造体を、ホール輸送材料のガラス転移温度より30℃低い温度から、ホール輸送材料のガラス転移温度より200℃高い温度の範囲で加熱する。これにより、電子受容材料とホール輸送材料との酸化還元反応を生じさせて、電子受容層13aとホール輸送層13bの間に、電荷移動錯体を含む界面領域13cを生成させる。その後、発光層14と陰極である上部電極15とを順次形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL素子又は有機ELディスプレイの発光特性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス基板などの所定の基板上に、上面放射型(トップエミッション型)の有機EL素子を構成する場合、反射率の高い下部電極を該基板上に形成する必要がある。一般に反射率の高い金属としては、アルミニウムや銀あるいはこれらの合金などが挙げられるが、アルミニウムや銀の金属の仕事関数は小さい。そのため、これらの金属を下部電極に用いて陽極とし、その直上にアミン化合物などによるホール輸送層を設けたとしても、下部電極とホール輸送層を形成するアミン化合物のイオン化ポテンシャルとのエネルギーギャップが大きいために、ホールの注入効率は低い。
【0003】
そのため、ホール輸送層そのものにホール注入効率を向上させる材料を使用し、ホール注入効率を向上させるという技術も提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、ダークスポットと呼ばれる非発光領域を低減することを目的として、ITO電極上に形成したホール輸送層に対しそのガラス転移温度近傍の温度での加熱処理を行う技術も公知である(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
また、素子内に異物が介在することに起因するリーク電流の発生防止を目的として、ホール注入電極の上に形成したホール注入層をそのガラス転移温度以上の温度で加熱することにより、仮に異物が存在してもこれが有機物層内で包埋されるようにする技術も公知である(例えば、特許文献3および特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2006−503443号公報
【特許文献2】特開平9−266070号公報
【特許文献3】特開2000−91067号公報
【特許文献4】特開2003−31360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
低駆動電圧でより発光輝度の高い、トップエミッション型の有機EL素子を実現するという観点からは、上述のような特許文献1に開示されているような公知技術によっても、電極からのホール注入性は十分でないという問題がある。また、発光層への電子の注入も、出来るだけ高効率であることが望ましいのは言うまでもない。
【0008】
また、特許文献2ないし特許文献4に開示された技術は、ホール注入効率の改善を目的として加熱を行うものではなく、特許文献2ないし特許文献4には、加熱後にホール注入効率が向上することに関する開示も示唆もなんらなされてはいない。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、優れたキャリア注入効率が実現され、従来よりも低駆動電圧で発光輝度が高い有機EL素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、請求項1の発明は、有機EL素子であって、第1と第2の電極と、前記第1及び第2の電極の間に設けられた発光層と、を備え、前記第1の電極と前記発光層との間に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかから成るキャリア注入促進層と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送層と、前記キャリア注入促進層と前記キャリア輸送層との間に形成される界面領域とを有し、前記界面領域は、前記キャリア注入促進層を構成するキャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送層を構成するキャリア輸送材料が反応することにより生成された反応生成物からなる、ことを特徴とする。
【0011】
請求項2の発明は、請求項1に記載の有機EL素子であって、前記キャリア輸送材料及び前記キャリア注入促進材料は、ガラス転移温度を有し、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度は、前記キャリア注入促進材料のガラス転移温度よりも低い、ことを特徴とする。
【0012】
請求項3の発明は、有機EL素子であって、第1及び第2の電極と、前記第1及び第2の電極の間に設けられた発光層と、を備え、前記第1の電極と前記発光層との間に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかであるキャリア注入促進材料と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送材料と、が反応して得られた電荷移動錯体を含むキャリア注入促進層を有する、ことを特徴とする。
【0013】
請求項4の発明は、請求項3に記載の有機EL素子であって、前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料は、ガラス転移温度を有し、前記電荷移動錯体が形成される反応時の温度が前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高い、ことを特徴とする。
【0014】
請求項5の発明は、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の有機EL素子であって、前記第1の電極が陽極であり、前記キャリアの種類がホールであって、前記キャリア注入促進材料が前記電子受容材料である、ことを特徴とする。
【0015】
請求項6の発明は、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の有機EL素子であって、前記第1の電極が陰極であり、前記キャリアの種類が電子であって、前記キャリア注入促進材料が前記電子供与材料である、ことを特徴とする。
【0016】
請求項7の発明は、有機EL素子の製造方法であって、基板上に第1の電極を形成する工程と、前記第1の電極上に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかであるキャリア注入促進材料からなるキャリア注入促進層と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送材料からなるキャリア輸送層とを積層して、積層構造体を形成する工程と、前記積層構造体を加熱し、前記キャリア注入促進材料と前記キャリア輸送材料とを反応させて、前記キャリア注入促進層と前記キャリア輸送層との間に電荷移動錯体を含む界面領域を生成する工程と、前記積層構造体上に発光層を形成する工程と、前記発光層上に第2の電極を形成する工程と、を有している、ことを特徴とする。
【0017】
請求項8の発明は、請求項7に記載の有機EL素子の製造方法であって、前記キャリア輸送材料及び前記キャリア注入促進材料は、ガラス転移温度を有し、前記キャリア注入促進材料のガラス転移温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高く、前記積層構造体を加熱する温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高く、前記キャリア注入促進材料のガラス転移温度よりも低い、ことを特徴とする。
【0018】
請求項9の発明は、有機EL素子の製造方法であって、基板上に第1の電極を形成する工程と、前記第1の電極上に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかであるキャリア注入促進材料と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送材料と、からなる混合物層を形成する工程と、前記混合物層を加熱し、前記キャリア注入促進材料と前記キャリア輸送材料とを反応させて、前記混合物層に電荷移動錯体を生成する工程と、前記混合物層上に発光層を形成する工程と、前記発光層上に第2の電極を形成する工程と、を有している、ことを特徴とする。
【0019】
請求項10の発明は、請求項9に記載の有機EL素子の製造方法であって、前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料は、ガラス転移温度を有し、前記混合層を加熱する温度は、前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高い、ことを特徴とする。
【0020】
請求項11の発明は、請求項7ないし請求項10のいずれかに記載の有機EL素子の製造方法であって、 前記第1の電極が陽極であり、前記キャリアの種類がホールであって、前記キャリア注入促進材料が前記電子受容材料である、ことを特徴とする。
【0021】
請求項12の発明は、請求項7ないし請求項10のいずれかに記載の有機EL素子の製造方法であって、 前記第1の電極が陰極であり、前記キャリアの種類が電子であって、前記キャリア注入促進材料が前記電子供与材料である、ことを特徴とする。
【0022】
請求項13の発明は、請求項7に記載の有機EL素子の製造方法であって、前記キャリア輸送材料がガラス転移温度を有する場合には、前記積層構造体を加熱する温度は、第1温度から第2温度の範囲内に設定され、前記第1温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度より30℃低い温度であり、前記第2温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度より200℃高い温度である、ことを特徴とする。
【0023】
請求項14の発明は、請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の有機EL素子を、マトリックス状に多数個配列した、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、従来よりもキャリアの注入効率が優れ、低駆動電圧でより輝度の高い有機EL素子及び有機ELディスプレイが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】第1の実施の形態に係る有機EL素子10の構造を示す断面模式図である。
【図2】第2の実施の形態に係る有機EL素子20の構造を示す断面模式図である。
【図3】第3の実施の形態に係る有機EL素子30の構造を示す断面模式図である。
【図4】第4の実施の形態に係る有機EL素子40の構造を示す断面模式図である。
【図5】実施例1と比較例1のテストデバイスについての電流電圧特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
<第1の実施の形態>
<有機EL素子の構成概要>
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る有機EL素子10の構造を示す断面模式図である。本実施の形態に係る有機EL素子10は、基板11の上に形成されてなるものであり、下部電極12と、キャリア注入促進層としての電子受容層13aと、キャリア輸送層としてのホール輸送層13bと、発光層14と、上部電極15とがこの順に積層形成された構造を有する発光素子である。なお、図1に示す各層の厚みの関係は、あくまで図示の都合上のものであって、実際の有機EL素子10における厚みの関係を反映したものではない(以降の図においても同様)。
【0027】
有機EL素子10においては、陽極として機能する下部電極12と陰極として機能する上部電極15との間に電圧を印加することで、下部電極12から発光層14に向けて輸送されたホール(正孔)と、上部電極15から発光層14へと注入された電子とが発光層14において再結合し、これによって励起された発光層14中の有機分子が基底状態に戻る際に、所定の発光波長での発光が生じる。
【0028】
基板11は、その上に形成される有機EL素子10を保持するに十分な、機械的および熱的強度を有しているものであれば、その材質は限定されない。具体的には、ステンレス等の金属板、ガラス板、PET、ポリプロピレン又はアクリルなどの樹脂板などを、基板11として好適に用いることが出来る。
【0029】
下部電極12は、本実施の形態に係る有機EL素子10において陽極として作用する電極である。下部電極12は、炭素、アルミニウム、バナジウム、鉄、コバルト、ニッケル、タングステン、銀又は金等、あるいはそれらの合金や、酸化スズ、酸化インジウム等の酸化金属物を用いて、スパッタリング法などの公知の薄膜形成方法によって形成するのが好適である。なお、有機EL素子10を上面放射型(トップエミッション型)に構成する場合、下部電極12において発光層14からの光を反射させる必要があることから、下部電極12には、反射率の高い金属、例えば、アルミニウムや銀、あるいはこれらの合金を用いて形成する必要がある。
【0030】
電子受容層13aは、キャリアであるホールの注入を促進する作用を有する。また、ホール輸送層13bは、注入電極である下部電極12から発光層14へとキャリアであるホールを輸送する輸送能を有する。
【0031】
電子受容層13aを構成する電子受容材料には、発光層からの電子を受容しやすく、かつホール輸送材料を酸化する性質を有している材料であれば、無機材料でも有機材料でも使用可能である。具体的には、塩化第二鉄、塩化アルミニウム、塩化ガリウム、塩化インジウム、五塩化アンチモン、五酸化二バナジウム、酸化タングステン又は酸化モリブデン等の無機材料や、ピラジン誘導体、ヘキサアザトリヘニレン誘導体、キノン類、あるいはシアノ基又はニトロ基等の電子受容性の大きな置換基を有した、フルオラニル、トリニトロフルオレノン、テトラシアノキノジメタン、ヘキサシアノブタジエン、テトラシアノエチレン、テトラシアノベンゼン、ジメチルテトラシアノキノジメタン、DDQ、クロラニル等の有機材料があるが、これらに限られるものではなく、これらを混合して用いる態様であってもよい。なお、電子受容層13aの厚み寸法は、例えば0.1nmから100nm、好ましくは5nmから50nmに設定されている。
【0032】
ホール輸送層13bを構成するホール輸送材料としては、電子受容層13aを形成する電子受容材料によって酸化を受けやすい物質を用いるのが好適である。具体的には、N,N’−ビス(3−メチルフェニル)−(1,1’−ビフェニル)−4,4’−ジアミン(TPD)又は4,4’−ビス[N−(ナフチル)−N−フェニル−ア ミノ]ビフェニル(α−NPD)等の芳香族ジアミン化合物、オキサゾール、オキサジアゾール、トリアゾール、イミダゾール、イミダゾロン、スチルベン誘導体、ピラゾリン誘導体、テトラヒドロイミダゾール、ポリアリールアルカン、ブタジエン又は4,4’,4”−トリス(N−(3−メチルフェニル)N−フェニル アミノ)トリフェニルアミン(m−MTDATA)などスターバースト芳香族アミン化合物があるが、これらに限定されるものではなく、これらを混合して用いる態様であってもよい。なお、ホール輸送層13bの厚み寸法は、例えば1nmから300nm、好ましくは5nmから50nmに設定されている。
【0033】
電子受容層13aと、ホール輸送層13bとの間には、さらに界面領域13cが介在している。界面領域13cは、電子受容層13aを構成する電子受容材料が、ホール輸送層13bを構成するホール輸送材料を酸化し、両層の界面にて酸化還元反応が生じることによって形成された反応生成領域である。
【0034】
界面領域13cは、基板11の上に形成した下部電極12の上に、電子受容層13aを構成する電子受容材料からなる層(これを、反応前電子受容層と称する)と、ホール輸送層13bを構成するホール輸送材料からなる層(これを、反応前ホール輸送層と称する)とを、例えば真空蒸着などによって単に積層形成しただけでは生成されず、この積層構造体を加熱処理することにより形成される。
【0035】
本実施の形態に係る有機EL素子10においては、下部電極12と発光層14の間に、電子受容層13aとホール輸送層13bのみならず、界面領域13cを有することで、下部電極12からのホール注入効率の著しい向上が実現されている。界面領域13cの詳細については後述する。
【0036】
発光層14は、ホールと電子との再結合に基づく有機分子の励起発光を生じさせる層である。発光層14は、公知の発光性有機材料を用いて、例えば真空蒸着法などにより形成することができる。具体的には、アントラセン、ナフタレン、フェナントレン、ピレン、テトラセン、コロネン、クリセン、フルオレセイン、ペリレン、フタロペリレン、ナフタロペリレン、ペリノン、フタロペリノン、ナフタロペリノン、ジフェニルブタジエン、テトラフェニルブタジエン、クマリン、オキサジアゾール、アルダジン、ビスベンゾキサゾリン、ビススチリル、ピラジン、CPD、オキシン、アミノキノリン、イミン、ジフェニルエチレン、ビニルアントラセン、ジアミノカルバゾール、ピラン、チオピラン、ポリメチン、メロシアニン又はイミダゾールキレート化オキシノイド化合物等、あるいはそれらの誘導体などの蛍光発光性有機材料や、イリジウム錯体など燐光発光性有機金属錯体が、発光層14の形成材料として挙げられる。ただし、これらを単独で用いる場合に限定されるものではなく、必要に応じてこれらを混合して用いてもよい。
【0037】
上部電極15は、本実施の形態に係る有機EL素子10において陰極として作用する電極である。上部電極15の構成材料は、発光層14に対し電子注入を行うできるものであれば特に制限は無く、具体的にはナトリウム、カリウム又はルビジウム等のアルカリ金属や、マグネシウム、カルシウム又はストロンチウム等のアルカリ土類金属や、スカンジウム、イットリウム、ランタノイド、アルミニウム、亜鉛又は錫などの低仕事関数の金属、あるいはそれらの合金などを好適に用いることができる。上部電極15は、例えば真空蒸着法などにより形成可能である。
【0038】
さらに、下部電極12と発光層14との間に、例えば電子ブロッキング層、が挿入されたり、発光層14と上部電極15との間に、例えばホールブロッキング層、電子輸送層、電子注入層などの、1つ以上の機能層が、挿入された態様であってもよい。なお、ホール輸送層13b上に、別途他の機能層を挿入するものであってもよい。
【0039】
<界面領域>
次に、本実施の形態に係る有機EL素子10の界面領域13cについて、より詳細に説明する。
【0040】
上述したように、界面領域13cは、下部電極12の上に反応前電子受容層と反応前ホール輸送層とを順次積層したうえで、加熱処理により両者の界面にて酸化還元反応を生じさせることで形成されてなる反応生成領域である。なお、界面領域13cの厚みは、加熱処理前のホール輸送層13bの厚み寸法よりも小さく、界面領域13cは例えば1nmから30nmに形成されている。
【0041】
反応前電子受容層と反応前ホール輸送層とを積層しただけの状況では、分子レベルでみると、両層を構成する電子受容材料の分子とホール輸送材料の分子とが乱雑に接触しているだけである。従って、両化合物の間の酸化還元反応が進行することはほとんどなく、それゆえ、界面に反応生成物はほとんど存在しない。しかしながら、該積層構造体を加熱すると、両化合物の界面において酸化還元反応が進行しやすいように分子レベルでの再配置がまず進行し、その後、両化合物が酸化還元反応を起こす。その結果、反応生成物として電荷移動錯体が形成され、かかる錯体によって、界面領域13cが構成されると考えられる。
【0042】
なお、反応前電子受容材料層と反応前ホール輸送材料層はいずれもごく薄く、せいぜい数十nmから数百nm程度の厚みに形成されるので、加熱処理後に界面領域13cが存在していることを確認することは必ずしも容易ではないが、例えば、赤外反射吸収分光法により、加熱処理前後のホール輸送層13の赤外吸収スペクトルをそれぞれ測定し、両者の差スペクトルを取った場合に、電子受容材料とホール輸送材料のいずれにも帰属しない新たな吸収帯が検出されることにより確認することができる。換言すると、かかる新たな吸収帯が確認されることで、電子受容層13aとホール輸送層13bとを加熱処理した要因に基づき、加熱処理後の電子受容層13aとホール輸送層13bとの間に、界面領域13cが形成されていることを想定することができる。
【0043】
界面領域13cを形成するための加熱処理の方法は、特に限定されるものではないが、ヒータープレートに反応前電子受容層と反応前ホール輸送層とを積層した基板を接触させる手法や、該基板を加熱された不活性ガス雰囲気に保持する手法や、前記基板に赤外線又はマイクロウエーブ等を照射して該基板を加熱する手法などを用いるのが好適である。
【0044】
加熱処理の温度は、電子受容材料とホール輸送材料との酸化還元反応が進行するのに必要な温度に設定されればよく、これは両者の構成材料によって異なる。必ずしも、両者を溶融させる必要はないが、電子受容材料とホール輸送材料との組合せによっては、後者のみが溶融する温度での加熱が、反応促進の観点からは好適な場合もある。従って、両者がガラス転移温度を有する材料である場合、ホール輸送材料のガラス転移温度は、電子受容材料のガラス転移温度よりも低く設定することが好ましい。この場合、加熱温度は、ホール輸送材料のガラス転移温度より高く、電子受容材料のガラス転移温度よりも低く設定される。また、ホール輸送材料がガラス転移温度を有する材料であれば、加熱温度は、ホール輸送材料のガラス転移温度より30℃低い温度から、ホール輸送材料のガラス転移温度より200℃高い温度の範囲に設定するのが、分子の再配置を効果的に引き起こし、電荷移動錯体の生成を促進するという点において好適である。
【0045】
加熱処理は、有機材料の劣化、変質を防止するという観点から、酸素のない、もしくは酸素含有量が小さい雰囲気、例えば窒素又はアルゴンなどの不活性ガスあるいはこれらの混合雰囲気中で、または、真空下で行うことが好ましい。
【0046】
加熱処理の時間は特に限定されるものではないが、通常、1〜60分間程度である。1分より短い場合は界面領域13cが十分に生成しない可能性が高く、また、60分も加熱処理を行えば、良好な作用効果を奏する界面領域13cが生成されることから、それ以上の加熱は不要である。
【0047】
こうした加熱処理で形成された界面領域13cの効果は、陽極からのホール注入電流を測定することができるシングルキャリアデバイスをテストデバイスとして作製し、該テストデバイスについて下部電極12と上部電極15との間に直流電圧を印加して、電流電圧特性を測定することにより確認することが出来る(詳細は、後述する実施例1および比較例1参照)。
【0048】
具体的には、有機EL素子10の発光層14に代えてホール輸送性物質からなる層を上部電極15の直下に設けたものを作製し、これをテストデバイスとすればよい。
【0049】
図5は、係るテストデバイスについての通電実験の結果の一例を示す図である。図5において黒丸にて示すのが、界面領域13cを有するテストデバイスについての結果例である。比較のため、界面領域13cを有していない、つまりは加熱処理を行わなかったテストデバイスについての結果例を、白丸にて示す。具体的には、後述する比較例1に示す構成材料および作製手順で作製したテストデバイスについての結果である。
【0050】
黒丸で示した、界面領域13cを有するテストデバイスは、これを有しないテストデバイスに比べ、順方向電圧におけるホール電流が1000倍以上増加している。係るテストデバイスにおいては移動キャリアがホールのみであるということを鑑みると、この結果は、陽極である下部電極12からのホール注入効率が高い状態が実現されていることを意味している。すなわち、電荷移動錯体からなる界面領域13cを備えることで、陽極である下部電極12からのホール注入が容易となる状態が、換言すれば、ホール注入が促進される状態が実現されているといえる。
【0051】
そして、界面領域13cを備えることで高いホール注入効率が高められた有機EL素子10では、界面領域13cを備えない(加熱処理を行っていない)有機EL素子よりも低駆動電圧と高発光輝度とが実現されてなる。
【0052】
界面領域13cを設ける態様は、有機EL素子10をトップミッション型に形成する場合に特に好適である。上述のように、有機EL素子10をトップエミッション型に形成する場合、反射率を考慮して仕事関数の小さいアルミニウムや銀などの金属を下部電極12に用いたとしても、電荷移動錯体を含む界面領域13cを形成することでホールの注入が容易となる状態が実現されるので、ホール注入効率を向上させることが出来るからである。
【0053】
以上、説明したように、本実施の形態によれば、陽極として機能する下部電極と発光層との間に電子受容層とホール輸送層を設けるだけでなく、電子受容層とホール輸送層の間に両層の構成物質の酸化還元反応により生じた、電荷移動錯体を含む界面領域を設けることで、ホール注入が容易となる状態が実現される。これにより、従来よりもホール注入効率が優れ、低駆動電圧でより輝度の高い有機EL素子を実現することが出来る。特に、反射率の高いアルミニウムや銀などを下部電極に用いながら、低駆動電圧でより輝度の高いトップエミッション型の有機EL素子を、好適に実現することが出来る。
【0054】
<第2の実施の形態>
第1の実施の形態においては、電子受容材料とホール輸送材料との酸化還元反応により形成された電荷移動錯体を含む界面領域を、陽極と発光層の間に設けることで、ホール注入効率の向上を実現しているが、電荷移動錯体を含むことによりホール注入効率の向上を実現する態様は、第1の実施の形態で示した態様に限られるものではない。
【0055】
図2は、本発明の第2の実施の形態に係る有機EL素子20の構造を示す断面模式図である。本実施の形態に係る有機EL素子20は、第1の実施の形態に係る有機EL素子10と同様に、基板21の上に、下部電極22と、キャリア注入促進層としての正孔注入促進層23と、発光層24と、上部電極25とがこの順に積層形成された構造を有する発光素子である。このうち、基板21、下部電極22、発光層24、上部電極25は、それぞれ、第1の実施の形態における基板11、下部電極12、発光層14、上部電極15と同様の構成であるので、詳細な説明は省略する。
【0056】
本実施の形態に係る有機EL素子20の正孔注入促進層23は、下部電極12から高い注入効率でのホール注入が実現されるように構成される点は、第1の実施の形態に係る有機EL素子10の界面領域13cと同様であるが、その具体的構成は相違する。
【0057】
正孔注入促進層23は、第1の実施の形態に係る有機EL素子10において電子受容層13aを構成し、ホール注入促進作用(キャリア注入促進作用)を有する電子受容材料と、ホール輸送層13bを構成し、ホール輸送材料とからなる混合物層を、例えば、下部電極22上に両者を共蒸着するなどして形成した後、第1の実施の形態において界面領域13cを形成したのと同様の加熱処理に供することによって形成された層である。従って、正孔注入促進層23には、第1の実施形態に係る有機EL素子10が有する界面領域13cに相当する層は、明確には存在していない。なお、正孔注入促進層23の厚み寸法は、例えば1nmから1000nm、好ましくは3nmから100nmに設定されている。
【0058】
しかしながら、本実施の形態に係る有機EL素子20についても、第1の実施の形態に係る有機EL素子10と同様に、加熱処理を行わず混合物層の上に発光層や上部電極を形成してなる有機EL素子に比して良好な発光特性を有する。
【0059】
加熱処理前の混合物層においては、電子受容材料の分子とホール輸送材料の分子とが分子レベルで分散した状態にある。この状態においては、第1の実施の形態のようにそれぞれの化合物からなる層を積層した場合に比べて、両者の分子がより分散して接触している。従って、第1の実施の形態と同様の加熱処理を行えば、少なくとも第1の実施の形態において界面領域13cが形成される程度には、あるいはさらにそれ以上に、電子受容材料とホール輸送材料との間の酸化還元反応は進行する。
【0060】
加熱処理の温度は、電子受容材料とホール輸送材料との酸化還元反応が進行するのに必要な温度に設定されればよく、これは両者の構成材料によって異なる。両者の分子をより接近させて酸化還元反応を促進する観点から、両者は溶融する材料であることが好ましい。従って、両者がガラス転移温度を有する材料である場合、加熱処理の温度は、両者のガラス転移温度よりも高く設定されていることが好ましい。かかる場合、分子の再配置を効果的に引き起こし、正孔注入促進層の生成を促進するという点において好適である。
【0061】
すなわち、混合物層を加熱することで形成された正孔注入促進層23においては、層全体で両者の分子レベルでの再配置がまず起こり、両者の酸化還元反応が進行することで、界面領域13cに含まれているものと同様の電荷移動錯体が、微細に分散して存在する状態が実現される。これにより、陽極である下部電極22からのホールの注入が容易となる状態が、換言すれば、ホール注入が促進される状態が実現されている。この電荷移動錯体を正孔注入促進層23に含む有機EL素子20において、低駆動電圧と高発光輝度とが実現することは、本発明の発明者によって確認されている。
【0062】
なお、優れたホールの注入効率が実現されることから、本実施の形態に係る有機EL素子20についても、第1の実施の形態に係る有機EL素子10と同様に、陽極として作用する下部電極22を反射率は高いが仕事関数の小さい金属で形成したとしても、良好なホール注入効率が得られる。すなわち、トップエミッション型の有機EL素子に構成する場合に特に好適である。
【0063】
本実施の形態のように、電子受容材料とホール輸送材料とからなる混合物層を加熱し、両者の間で酸化還元反応を生じさせて電荷移動錯体を微細に分散させた正孔注入促進層を、陽極として機能する下部電極の上に備える態様であっても、従来よりもホール注入効率が優れ、ホール注入が容易となる状態が実現される。これにより、低駆動電圧でより輝度の高い有機EL素子を実現することが出来る。特に、ホール注入効率が優れたトップエミッション型の有機EL素子を好適に実現することが出来る。
【0064】
また、第1および第2の実施の形態によれば、有機EL素子において、陽極と発光層との間に電子受容性およびホール輸送性を有する材料からなる層を介在させるとともに、その中に電子受容材料とホール輸送材料との酸化還元反応によって生成された電荷移動錯体を含むようにすることで、従来よりもホール注入効率が優れ、低駆動電圧でより輝度の高い有機EL素子が実現される、といえる。
【0065】
また、第1又は第2の実施の形態に係る有機EL素子を、マトリックス状に多数個配列することによって、有機ELディスプレイを作製することができる。かかる有機ELディスプレイは、上述したホール注入効率の優れた有機EL素子を多数個有するため、各有機EL素子が高輝度に発光することによって、高輝度のディスプレイを実現することができる。また、RGB(赤、緑、青)の各色に対応する有機EL素子を有する有機ELディスプレイを作製する場合、全てのRGBの有機EL素子に、同じ電子受容性およびホール輸送性を有する材料からなる層を介在させて、酸化還元反応によって電荷移動錯体を生成することで、成膜工程を単純化することができ、生産効率を向上させることができる。
【0066】
<第3の実施の形態>
第1および第2の実施の形態では、ホール注入効率の向上を実現する態様について説明しているが、本実施の形態では、類似した構成を有することによって電子注入効率の向上が実現される有機EL素子について説明する。
【0067】
図3は、本発明の第3の実施の形態に係る有機EL素子30の構造を示す断面模式図である。本実施の形態に係る有機EL素子30は、基板31の上に、下部電極32と、キャリア注入促進層としての電子供与層33aと、キャリア輸送層としての電子輸送層33bと、発光層34と、上部電極35とがこの順に積層形成された構造を有する発光素子である。
【0068】
有機EL素子30においては、陰極として機能する下部電極32と陽極として機能する上部電極35との間に電圧を印加することで、下部電極32から発光層34に向けて輸送された電子と、上部電極35から発光層34へと注入されたホールとが発光層14において再結合し、これによって励起された発光層14中の有機分子が基底状態に戻る際に、所定の発光波長での発光が生じる。
【0069】
基板31、発光層34は、それぞれ、第1の実施の形態における基板11、発光層14と同様であり、また、下部電極32と上部電極35とは、第1の実施の形態における下部電極12と上部電極15とを入れ替えたものに相当するので、いずれも詳細な説明は省略する。
【0070】
有機EL素子30においては、必要に応じて、下部電極32と発光層34の間に、正孔ブロッキング層を挿入したり、発光層34と上部電極35との間に、電子ブロッキング層、ホール輸送層、ホール注入層などの、1つ以上の機能層が挿入されていてもよい。なお、電子輸送層33b上に、別途他の機能層を挿入するものであってもよい。
【0071】
電子供与層33aと、下部電極32から高い注入効率での電子注入を促進する目的で下部電極32の直上に形成されている。また、電子輸送層33bは、電子供与層33aから注入された電子を発光層34に供給する目的で電子供与層33aの直上に形成されている。なお、電子供与層33aは、キャリアである電子を注入する作用を有する。また、電子輸送層33bは、下部電極32から発光層34へとキャリアである電子を輸送する輸送能を有する。
【0072】
電子供与層33aを構成する電子供与材料には、発光層に電子を供与しやすく、かつ電子輸送材料を還元する性質を有している材料であれば使用することが可能である。例えば、ナトリウム、カリウム又はルビジウム等のアルカリ金属や、マグネシウム、カルシウム又はストロンチウム等のアルカリ土類金属や、スカンジウム、イットリウム又はランタノイドの単体、あるいはそれらの合金、あるいはそれらの金属錯体等を用いることができる。すなわち、電子供与材料には、単体物質が含まれる。なお、電子供与層33aの厚み寸法は、例えば0.1nmから1000nm、好ましくは5nmから50nmに設定されている。
【0073】
電子輸送層33bを構成する電子輸送材料としては、電子供与層33aを形成する電子供与材料によって還元を受けやすい物質を用いるのが好適である。電子輸送材料としては、トリス(8−ヒドロキシキノリナート)アルミニウム錯体、ビス(4−メチル−8−キノリナート)アルミニウム錯体、オキサジアゾール誘導体、トリアゾール誘導体、ジスチルアリーレン誘導体、シロール化合物、2,2’,2”−(1,3,5−ベンゼントリル)トリス−[1−フェニル−1H−ベンツイミダゾール]、キノリン誘導体、キノキサリン誘導体又はフェナントロリン誘導体などがあげられる。なお、電子輸送層33bの厚み寸法は、例えば0.1nmから300nm、好ましくは5nmから50nmに設定されている。
【0074】
電子供与層33aと、電子輸送層33bとの間には、さらに界面領域33cが介在している。界面領域33cは、電子供与層33aを構成する電子供与材料が、電子輸送層33bを構成する電子輸送材料を還元する酸化還元反応が生じることによって形成された反応生成領域である。なお、界面領域33cの厚み寸法は、加熱処理前の電子輸送層33bよりも小さく、界面領域33は例えば1nmから30nmに形成されている。
【0075】
界面領域33cは、基板31の上に形成した下部電極32の上に、電子供与層33aを構成する電子供与材料からなる層(これを、反応前電子供与層と称する)と、電子輸送層33bを構成する電子輸送材料からなる層(これを、反応前電子輸送層と称する)とを、例えば真空蒸着などによって単に積層形成しただけでは生成されず、この積層構造体に対して、第1の実施の形態と同様の加熱処理を施すことにより形成される。これは、第1の実施の形態に係る有機EL素子10の界面領域13cと同様に、加熱処理によって、両層を構成する電子供与材料の分子と電子輸送材料の分子の再配置がまず進行し、その後、電荷移動錯体を含む界面領域33cが形成されると考えられる。
【0076】
加熱処理の温度は、例えば60℃以上、300℃以下に設定されており、電子供与材料と電子輸送材料との酸化還元反応が進行するのに必要な温度に設定されればよく、これは両者の構成材料によって異なる。必ずしも、両者を溶融させる必要はないが、電子供与材料と電子輸送材料との組合せによっては、後者のみが溶融する温度での加熱が、反応促進の観点からは好適な場合もある。また、両者がガラス転移温度を有する場合、電子輸送材料のガラス転移温度は、電子供与材料のガラス転移温度よりも低く設定することが好ましい。この場合、加熱温度は、電子輸送材料のガラス転移温度より高く、電子供与材料のガラス転移温度よりも低く設定される。また、電子輸送材料がガラス転移温度を有する材料であれば、加熱温度は、電子輸送材料のガラス転移温度より30℃低い温度から、電子輸送材料のガラス転移温度より200℃高い温度の範囲に設定するのが、分子の再配置を効果的に引き起こし、電荷移動錯体の生成を促進するという点において好適である。
【0077】
界面領域33cは、第1の実施の形態に係る有機EL素子10の界面領域13cがホールの注入を容易にする役割を果たすのと同様に、電子の注入を容易にする役割を果たす。すなわち、有機EL素子30においては、電子供与層33aと電子輸送層33bとの間に界面領域33cが存在することにより、界面領域33cを備えない(加熱処理を行っていない)有機EL素子よりも、陰極である下部電極32からの電子の注入が容易な状態が、換言すれば、電子注入が促進される状態が実現されている。これにより、有機EL素子30においては、低駆動電圧と高発光輝度が実現される。
【0078】
本実施の形態によれば、陰極として機能する下部電極と発光層との間に電子供与層と電子輸送層を設けるだけでなく、電子供与層と電子輸送層の間に両層の構成物質の酸化還元反応により生じた、電荷移動錯体を含む界面領域33cを設けることで、電子注入が容易となる状態が実現される。これにより、従来よりも電子注入効率が優れ、低駆動電圧でより輝度の高い有機EL素子を実現することが出来る。
【0079】
<第4の実施の形態>
第3の実施の形態においては、電子供与材料と電子輸送材料との酸化還元反応により形成された、電荷移動錯体を含む界面領域33cを、陰極と発光層の間に設けることで、電子注入効率の向上を実現しているが、電荷移動錯体を含むことにより電子注入効率の向上を実現する態様は、第3の実施の形態で示した態様に限られるものではない。
【0080】
図4は、本発明の第4の実施の形態に係る有機EL素子40の構造を示す断面模式図である。本実施の形態に係る有機EL素子40は、第3の実施の形態に係る有機EL素子30と同様に、基板41の上に、下部電極42と、注入促進層としての電子注入促進層43と、発光層44と、上部電極45とがこの順に積層形成された構造を有する発光素子である。このうち、基板41、下部電極42、発光層44、上部電極45は、それぞれ、第3の実施の形態における基板31、下部電極32、発光層34、上部電極35と同様であるので、詳細な説明は省略する。
【0081】
本実施の形態に係る有機EL素子40の電子注入促進層43は、下部電極42から高い注入効率での電子注入が実現されるように構成される点は、第3の実施の形態に係る有機EL素子30の界面領域33cと同様であるが、その具体的構成は相違する。
【0082】
電子注入促進層43は、第3の実施の形態に係る有機EL素子30において電子供与層33aを構成する、電子注入促進作用(キャリア注入促進作用)を有する電子供与材料と、電子輸送層33bを構成する電子輸送材料とからなる混合物層であって、例えば、下部電極42上に両者を共蒸着するなどして形成した後、第3の実施の形態において界面領域33cを形成したのと同様の加熱処理に供することによって形成された層である。従って、電子注入促進層43には、第3の実施形態に係る有機EL素子30が有する界面領域33cに相当する領域は、明確には存在していない。なお、電子注入促進層43の厚み寸法は、例えば1nmから1000nm、好ましくは3nmから100nmに設定されている。
【0083】
しかしながら、本実施の形態に係る有機EL素子40についても、第3の実施の形態に係る有機EL素子30と同様に、加熱処理を行わず混合物層の上に発光層や上部電極を形成してなる有機EL素子に比して良好な発光特性を有する。
【0084】
加熱処理前の混合物層においては、電子供与材料の分子と電子輸送材料の分子とが分子レベルで分散した状態にある。この状態においては、第3の実施の形態のようにそれぞれの材料からなる層を積層した場合に比べて、両者の分子がより分散して接触している。従って、第3の実施の形態と同様の加熱処理を行えば、少なくとも第3の実施の形態において界面領域33cが形成される程度には、あるいはさらにそれ以上に、電子供与材料と電子輸送材料との間の酸化還元反応は進行する。
【0085】
加熱処理の温度は、電子供与材料と電子輸送材料との酸化還元反応が進行するのに必要な温度に設定されればよく、これは両者の構成材料によって異なる。両者の分子をより接近させて酸化還元反応を促進する観点から、両者は溶融する材料であることが好ましい。従って、両者がガラス転移温度を有する材料である場合、加熱処理の温度は、両者のガラス転移温度よりも高く設定されていることが好ましい。かかる場合、分子の再配置を効果的に引き起こし、電子注入促進層の生成を促進するという点において好適である。
【0086】
すなわち、混合物層を加熱することで形成された層全体で両者の分子レベルでの再配置がまず起こり、両者の酸化還元反応が進行することで、結果的に、加熱処理後の界面領域33cに含まれているものと同様の電荷移動錯体が微細に分散して存在する状態が実現される。
【0087】
第2の実施の形態に係る有機EL素子20の正孔注入促進層23に分散して存在する電荷移動錯体がホールの注入を容易にする役割を果たすのと同様に、本実施の形態に係る有機EL素子40においては、電子注入促進層43に電荷移動錯体が分散して存在することにより、陰極である下部電極42からの電子の注入が容易となる状態が、換言すれば、電子注入が促進される状態が実現されている。これによりEL素子40においては、低駆動電圧と高発光輝度とが実現される。
【0088】
本実施の形態のように、電子供与材料と電子輸送材料とからなる混合物層を加熱し、両者の間の酸化還元反応を生じさせて電荷移動錯体を微細に分散させた電子注入促進層を陰極である下部電極の上に備える態様であっても、電子注入が容易となる状態が実現される。これにより、従来よりも電子注入効率が優れ、低駆動電圧でより輝度の高い有機EL素子を実現することが出来る。
【0089】
また、第3および第4の実施の形態によれば、有機EL素子において、陰極と発光層との間に電子供与材料および電子輸送材料からなる層を介在させるとともに、その中に電子供与材料と電子輸送材料との酸化還元反応によって生成された電荷移動錯体を含むようにすることで、従来よりも電子注入効率が優れ、低駆動電圧でより輝度の高い有機EL素子が実現される、といえる。
【0090】
また、第3又は第4の実施の形態に係る有機EL素子を、マトリックス状に多数個配列することによって、有機ELディスプレイを作製することができる。かかる有機ELディスプレイは、上述した電子注入効率の優れた有機EL素子を多数個有するため、各有機EL素子が高輝度に発光することによって、高輝度のディスプレイを実現することができる。また、RGB(赤、緑、青)の各色に対応する有機EL素子を有する有機ELディスプレイを作製する場合、全てのRGBの有機EL素子に、同じ電子供与材料と電子輸送材料からなる層を介在させて、酸化還元反応によって電荷移動錯体を生成することで、成膜工程を単純化することができ、生産効率を向上させることができる。
【実施例】
【0091】
(実施例1)
本実施例においては、第1の実施の形態に係る有機EL素子10が界面領域13cを備えることによるホール注入効率の向上を確認すべく、テストデバイスを作製しその通電実験を行った。
【0092】
まず、基板11に相当するガラス基板上にスパッタリング法により形成したアルミニウム薄膜を、定法によりパターニングして、下部電極12を形成した。この下部電極12が形成された基板を洗浄・乾燥したのち、真空装置内に配置して、該真空装置内を10-5Paまで減圧した。
【0093】
この状態で、ガラス基板上に、電子受容材料としての酸化モリブデンを0.1nms-1の蒸着速度で5.0nm蒸着することにより反応前電子受容層を形成した。引き続き、反応前電子受容層上に、ホール輸送材料としてのα―NPBを0.2nms-1の蒸着速度で25nm蒸着することにより、反応前ホール輸送層を形成した。
【0094】
得られた積層構造体を、IRランプヒータを用いてガラス基板の裏面側から加熱した。加熱温度は170℃、加熱時間は20分間とした。これにより、ホール輸送層13を形成した。すなわち、酸化モリブデンとα―NPBの酸化還元反応を生じさせて酸化モリブデンとα―NPBとの間に、電荷移動錯体を含む界面領域13cを形成した。
【0095】
加熱後の積層構造体を冷却ブロックを用いて25℃まで冷却した後、ホール輸送材料としてα―NPBを0.2nms-1の蒸着速度で100nmの厚みに形成した。さらに、銀を0.5nms-1の蒸着速度で100nm蒸着し上部電極15を形成した。下部電極12と上部電極15はいずれも、6mm幅の帯状に形成し、かつ、上面視した場合に互いに直交するように形成した。
【0096】
以上により、有効面積36mm2のテストデバイスを得た。得られたテストデバイスについて、直流電圧を印加して電流電圧特性を測定した。
【0097】
(比較例1)
本比較例では、反応前ホール輸送層を形成した後に、加熱処理を行わない以外は、実施例1と同じ操作で、テストデバイスを得た。得られたテストデバイスについて、直流電圧を印加して電流電圧特性を測定した。
【0098】
実施例1と比較例1のテストデバイスについての電流電圧特性を示すのが図5である。図5からわかるように、界面領域13cを有する実施例1のテストデバイスの順方向電圧におけるホール電流は、比較例1のテストデバイス場合の約1000倍である。すなわち、界面領域13cを有することで、ホール注入特性の著しい向上が実現されることがわかる。
【0099】
(実施例2)
本実施例では、第1の実施の形態に係る有機EL素子10の構造を基本とし、さらにホール輸送層と電子注入層とを有する有機EL素子を作製した。反応前電子受容層とホール輸送層とを積層形成し、加熱処理を行った後、冷却プレートで冷却するところまでは、実施例1と同様に行った。
【0100】
冷却後、α―NPBを0.2nms-1の蒸着速度で12.0nm蒸着することによりさらにホール輸送層を形成したうえで、Alqを0.2nms-1の蒸着速度で570nm蒸着することにより、発光層14を形成した。この上に、フッ化リチウムを0.01nms-1の蒸着速度で0.5nm蒸着することにより電子注入層を形成し、マグネシウムと銀をそれぞれ0.01nms-1:0.09nms-1の蒸着速度で、合計20.0nm共蒸着することにより、陰極である上部電極を形成した。下部電極12と上部電極15はいずれも、6mm幅の帯状に形成し、かつ、上面視した場合に互いに直交するように形成した。
【0101】
以上により、有効発光面積36mm2の有機EL素子を得た。得られた有機EL素子について、10mAcm-2の定電流を駆動したときの、駆動電圧と輝度特性とを測定した。
【0102】
(実施例3)
本実施例では、第2の実施の形態に係る有機EL素子20の構造を基本とし、さらにホール輸送層と電子注入層とを有する有機EL素子を作製した。
【0103】
下部電極22の形成までは実施例1と同様に行い、基板を洗浄・乾燥したのち、真空装置内に配置して、10-5Paまで減圧した。この基板上に、電子受容材料としての酸化モリブデンとホール輸送材料としてのα―NPBとを、それぞれ0.01nms-1と0.2nms-1の蒸着速度で合計30nm共蒸着することにより、混合物層を形成した。
【0104】
得られた積層構造体を、IRランプヒータを用いてガラス基板の裏面側から加熱した。加熱温度は170℃、加熱時間は20分間とした。これにより、酸化モリブデンとα―NPBの酸化還元反応を生じさせて、電荷移動錯体を含む正孔注入促進層23を形成させた。
【0105】
加熱処理の後は、実施例2と同様の処理を行い、有機EL素子を形成した。得られた有機EL素子について、10mAcm-2の定電流を駆動したときの、駆動電圧と輝度特性とを測定した。
【0106】
(比較例2)
加熱処理を行わない以外は実施例2と同じ操作を行って、有機EL素子を作製し、10mAcm-2の定電流を駆動したときの、駆動電圧と輝度特性とを測定した。
【0107】
(比較例3)
加熱処理を行わない以外は実施例3と同じ操作を行って、有機EL素子を作製し、10mAcm-2の定電流を駆動したときの、駆動電圧と輝度特性とを測定した。
【0108】
実施例2、実施例3、比較例2、および比較例3で作製した有機EL素子を10mAcm-2の低電流駆動したときの、駆動電圧、輝度特性を表1に示す。
【0109】
【表1】

【0110】
表1に示すように、加熱処理を行った実施例2の有機EL素子の方が、加熱処理を行わなかった比較例2の有機EL素子に比べて低電圧で駆動でき、発光効率も高いこと、および、加熱処理を行うことにより電荷移動錯体を正孔注入促進層23の内部に分散させた実施例3の有機EL素子の方が、加熱処理を行わなかった比較例3の有機EL素子に比べて、低電圧で駆動でき、発光効率が高いことが確認された。
【0111】
すなわち、電子受容材料とホール輸送材料との酸化還元反応により生成される電荷移動錯体を、陽極として機能する下部電極と発光層との間のホール輸送層内に有するようにすることで、低駆動電圧で発光輝度の高い有機EL素子を実現することが出来ることが確認された。
【0112】
また、実施例2と実施例3とを比較すると、電子受容材料とホール輸送材料とが混合され、その中に電荷移動錯体が分散して存在するようにホール輸送層を形成した実施例3に係る有機EL素子の方が、より低駆動電圧で発光輝度の高いことも確認された。
【符号の説明】
【0113】
10、20、30、40 有機EL素子
11、21、31、41 基板
12、22、32、42 下部電極
13a 電子受容層
13b ホール輸送層
13c、33c 界面領域
14、24、34、44 発光層
15、25、35、45 上部電極
23 正孔注入促進層
33a 電子供与層
33b 電子輸送層
43 電子注入促進層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機EL素子であって、
第1と第2の電極と、
前記第1及び第2の電極の間に設けられた発光層と、
を備え、
前記第1の電極と前記発光層との間に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかから成るキャリア注入促進層と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送層と、前記キャリア注入促進層と前記キャリア輸送層との間に形成される界面領域とを有し、
前記界面領域は、前記キャリア注入促進層を構成するキャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送層を構成するキャリア輸送材料が反応することにより生成された反応生成物からなる、
ことを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
請求項1に記載の有機EL素子であって、
前記キャリア輸送材料及び前記キャリア注入促進材料は、ガラス転移温度を有し、
前記キャリア輸送材料のガラス転移温度は、前記キャリア注入促進材料のガラス転移温度よりも低い、
ことを特徴とする有機EL素子。
【請求項3】
有機EL素子であって、
第1及び第2の電極と、
前記第1及び第2の電極の間に設けられた発光層と、
を備え、
前記第1の電極と前記発光層との間に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかであるキャリア注入促進材料と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送材料と、が反応して得られた電荷移動錯体を含むキャリア注入促進層を有する、
ことを特徴とする有機EL素子。
【請求項4】
請求項3に記載の有機EL素子であって、
前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料は、ガラス転移温度を有し、
前記電荷移動錯体が形成される反応時の温度が前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高い、
ことを特徴とする有機EL素子。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の有機EL素子であって、
前記第1の電極が陽極であり、
前記キャリアの種類がホールであって、
前記キャリア注入促進材料が前記電子受容材料である、
ことを特徴とする有機EL素子。
【請求項6】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の有機EL素子であって、
前記第1の電極が陰極であり、
前記キャリアの種類が電子であって、
前記キャリア注入促進材料が前記電子供与材料である、
ことを特徴とする有機EL素子。
【請求項7】
有機EL素子の製造方法であって、
基板上に第1の電極を形成する工程と、
前記第1の電極上に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかであるキャリア注入促進材料からなるキャリア注入促進層と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送材料からなるキャリア輸送層とを積層して、積層構造体を形成する工程と、
前記積層構造体を加熱し、前記キャリア注入促進材料と前記キャリア輸送材料とを反応させて、前記キャリア注入促進層と前記キャリア輸送層との間に電荷移動錯体を含む界面領域を生成する工程と、
前記積層構造体上に発光層を形成する工程と、
前記発光層上に第2の電極を形成する工程と、
を有している、
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の有機EL素子の製造方法であって、
前記キャリア輸送材料及び前記キャリア注入促進材料は、ガラス転移温度を有し、
前記キャリア注入促進材料のガラス転移温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高く、
前記積層構造体を加熱する温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高く、前記キャリア注入促進材料のガラス転移温度よりも低い、
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項9】
有機EL素子の製造方法であって、
基板上に第1の電極を形成する工程と、
前記第1の電極上に、前記第1の電極から注入されるキャリアの種類に応じて電子受容材料もしくは電子供与材料のいずれかであるキャリア注入促進材料と、前記キャリアを前記第1の電極から前記発光層へと輸送するキャリア輸送材料と、からなる混合物層を形成する工程と、
前記混合物層を加熱し、前記キャリア注入促進材料と前記キャリア輸送材料とを反応させて、前記混合物層に電荷移動錯体を生成する工程と、
前記混合物層上に発光層を形成する工程と、
前記発光層上に第2の電極を形成する工程と、
を有している、
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の有機EL素子の製造方法であって、
前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料は、ガラス転移温度を有し、
前記混合層を加熱する温度は、前記キャリア注入促進材料及び前記キャリア輸送材料のガラス転移温度よりも高い、
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項11】
請求項7ないし請求項10のいずれかに記載の有機EL素子の製造方法であって、
前記第1の電極が陽極であり、
前記キャリアの種類がホールであって、
前記キャリア注入促進材料が前記電子受容材料である、
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項12】
請求項7ないし請求項10のいずれかに記載の有機EL素子の製造方法であって、
前記第1の電極が陰極であり、
前記キャリアの種類が電子であって、
前記キャリア注入促進材料が前記電子供与材料である、
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項13】
請求項7に記載の有機EL素子の製造方法であって、
前記キャリア輸送材料がガラス転移温度を有する場合には、
前記積層構造体を加熱する温度は、第1温度から第2温度の範囲内に設定され、前記第1温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度より30℃低い温度であり、前記第2温度は、前記キャリア輸送材料のガラス転移温度より200℃高い温度である、
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項14】
請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の有機EL素子を、マトリックス状に多数個配列した、
ことを特徴とする有機ELディスプレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−58815(P2013−58815A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−287008(P2012−287008)
【出願日】平成24年12月28日(2012.12.28)
【分割の表示】特願2007−87980(P2007−87980)の分割
【原出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(511254491)エルジー ディスプレイ カンパニー リミテッド (2)
【Fターム(参考)】