説明

有機EL素子及びその陽極の表面処理方法

【課題】有機EL素子の陽極の仕事関数を効果的に増大できる表面処理方法を提案する。
【解決手段】有機EL素子の陽極の表面に赤外線を照射し、その後、陽極の表面を酸素プラズマに曝す。陽極の表面には、有機溶剤等の残留炭素成分や大気中の水分等の異物が散在している。赤外線はこのような異物に吸収されやすい一方で、陽極のような金属材質には吸収され難い性質を有しているため、赤外線を利用して異物のみを選択的に加熱し、除去することができる。赤外線照射による加熱作用により、陽極の表面から異物を十分に除去した後に、陽極の表面を酸素プラズマに曝して表面処理を施すと、陽極の仕事関数を増大できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機EL素子及びその陽極の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子は、電流駆動型の自発光素子であるため、バックライトが不要となる上に、低消費電力、高視野角、高コントラスト比が得られるメリットがあり、フラットパネルディスプレイの開発において期待されている。有機EL素子は、陽極と陰極との間に介在する発光層を備えており、順バイアス電流の供給を受けて陽極から注入された正孔と陰極から注入された電子とが再結合するときに生じる再結合エネルギーにより自発光する。有機EL素子を構成する各層の界面には、界面のエネルギー障壁に起因する界面抵抗が存在することが知られており、界面抵抗が低い程、駆動電圧を下げることができるため、低消費電力化の観点で有利である。有機EL素子の各層の界面でのエネルギー障壁の高さは、界面を形成する各層のイオン化ポテンシャルの差分から見積もることができる。例えば、有機EL素子の陽極から正孔注入輸送層への正孔注入を考えると、正孔は、陽極材料の最高占有軌道から正孔注入輸送材料の最高占有軌道へと移動するため、これらの軌道のエネルギー差が注入障壁となる。有機EL素子の正孔注入効率を高めるための方法として、例えば、陽極の仕事関数を大きくすることにより、陽極と正孔注入輸送層との間のエネルギー障壁を小さくする方法が知られている。特許文献1には有機EL素子の陽極の仕事関数を調整する方法として、酸素プラズマ処理が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−123512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、有機EL素子の陽極材料として一般的に用いられているITO(酸化インジウム)の場合、陽極の表面を酸素プラズマで処理したとしても、4.7〜4.8eV程度の仕事関数しか示さない。これは、従来の酸素プラズマ処理では、陽極の表面に残留している有機溶剤等の残留炭素成分や大気中の水分等の異物を十分に除去できないためであると考えられる。
【0005】
そこで、本発明は、有機EL素子の陽極の仕事関数を効果的に増大できる表面処理方法を提案することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するため、本発明に係わる表面処理方法は、有機EL素子の陽極の表面に赤外線を照射し、その後、陽極の表面を酸素プラズマに曝す。陽極の表面には、有機溶剤等の残留炭素成分や大気中の水分等の異物が散在している。赤外線はこのような異物に吸収されやすい一方で、陽極のような金属材質には吸収され難い性質を有しているため、赤外線を利用して異物のみを選択的に加熱し、除去することができる。赤外線照射による加熱作用により、陽極の表面から異物を十分に除去した後に、陽極の表面を酸素プラズマに曝して表面処理を施すと、陽極の仕事関数を増大できる。
【0007】
ここで、減圧環境下で陽極の表面に赤外線を照射するのが好ましい。減圧環境下で加熱処理を行うと、陽極をとりまく雰囲気よりも、加熱作用によって蒸気化する異物の蒸気圧を高くできるため、異物の蒸発を積極的に促すことが可能となる。赤外線による異物の選択的加熱作用と、減圧環境下における異物の蒸気化促進作用との相乗効果により、陽極の表面から異物を効果的に除去することができる。
【0008】
本発明に係わる有機EL素子は、本発明に係わる表面処理方法が施された陽極を有する。本発明に係わる表面処理方法が施された陽極は、従来の表面処理が施された陽極よりも仕事関数が増大しているため、有機EL素子の低電圧駆動による低消費電力化を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本実施形態に係わる有機EL素子の断面構造を示す模式図である。
【図2】本実施形態に係わる表面処理が施された陽極の仕事関数と、従来の表面処理が施された陽極の仕事関数とを示すグラフである。
【図3】本実施形態に係わる表面処理が施された陽極を有する有機EL素子の寿命と、従来の表面処理が施された陽極を有する有機EL素子の寿命とを示すグラフである。
【図4】本実施形態に関わる電子機器の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、各図を参照しながら本発明に係わる実施形態について説明する。
図1は本実施形態に係わる有機EL素子10の断面構造を示す模式図である。同図に示すように、有機EL素子10は、陽極11、正孔注入輸送層12、発光層13、正孔阻止層14、電子輸送層15、及び陰極16が基板20に積層形成された構造を有している。本実施形態では、正孔注入輸送層12及び発光層13を液滴吐出法で形成し、正孔阻止層14及び電子輸送層15を蒸着法で形成する例を示すが、本発明はこの例に限られるものではなく、有機EL素子10の各層を、スパッタ法、転写法、印刷法、塗布法、又はスプレー法等の公知の薄膜成膜法で成膜してもよい。また、有機EL素子10の積層構造は、図1に示す構造に限られるものではなく、陽極11と陰極16との間に少なくとも発光層13を含む2層以上の有機薄膜を有していればよい。
【0011】
基板20は、適度な機械的強度を有する材質からなるものが好ましく、例えば、ガラス、石英ガラス、窒化ケイ素等の無機物や、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂等の有機高分子樹脂を用いることができる。公知の薄膜成膜法(例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、CVD法等)を用いて、基板20上に陽極11を形成する。陽極11の材質として、例えばITOが好適に用いられるが、これに限られるものではなく、有機EL素子10の陽極として機能する公知の金属材質を用いることができる。陽極11を形成した後、基板20を超音波スピン洗浄し、陽極11の表面を清浄化する。
【0012】
次いで、基板20を減圧炉に搬入し、減圧環境下で陽極11の表面に赤外線を所定条件下(例えば、220℃,30分)で照射する。陽極11の表面は、比較的粗く、超音波スピン洗浄では除去しきれなかった有機物等の残渣や大気中の水分等の異物が散在している。赤外線は、このような異物に吸収されやすい一方で、陽極11のような金属材質には吸収され難い(反射し易い)性質を有しているため、赤外線を利用して異物のみを選択的に加熱することができる。また、減圧環境下で加熱処理を行うと、陽極11をとりまく雰囲気よりも、加熱作用によって蒸気化する異物の蒸気圧を高くできるため、異物の蒸発を積極的に促すことが可能となる。赤外線による異物の選択的加熱作用と、減圧環境下における異物の蒸気化促進作用との相乗効果により、陽極11の表面から異物を効果的に除去することができる。
【0013】
なお、加熱板を用いて、陽極11の表面に残留する異物を加熱することはできるが、この方法では、異物のみを選択的に加熱することができず、陽極11自体も加熱されてしまうため、陽極11への異物の密着性を寧ろ高めてしまうという点で好ましくない。また、加熱板による加熱では、異物の蒸気化を促進できないため、異物を効果的に除去し難い。
【0014】
次いで、基板20を大気圧プラズマ装置に搬入し、陽極11の表面を所定条件下(例えば、700W,1秒間)で酸素プラズマに曝す。陽極11の表面は、減圧環境下での赤外線照射により異物が十分に除去されているため、酸素プラズマによる表面処理が効果的に作用する。
【0015】
次いで、正孔注入輸送材料を溶媒に溶解し、所定濃度に調整された液滴を液滴吐出法により陽極11の表面に塗布する。液滴吐出法は、例えば電気機械変換方式、帯電制御方式、加圧振動方式、電気熱変換方式、又は静電吸引方式等により微小な液滴を高解像度に吐出する方式を含む。正孔注入輸送材料としては、ポリマー前駆体がポリテトラヒドロチオフェニルフェニレンであるポリフェニレンビニレン、1,1−ビス−(4−N,N−ジトリルアミノフェニル)シクロヘキサン、トリス(8−ヒドロキシキノリノール)アルミニウム、ポリスチレンスルフォン酸、ポリエチレンジオキシチオフェンとポリスチレンスルフォン酸との混合物(PEDOT/PSS)等を用いることができる。また、溶媒としては、150℃〜300℃の沸点を有する溶媒が好適に用いられ、例えば、トリメチルベンゼン、シクロヘキシルベンゼン等が好適である。正孔注入輸送材料の液滴が塗布された基板20を減圧乾燥装置に搬入し、減圧乾燥を行い、不活性雰囲気中でアニール処理して、正孔注入輸送層12を得る。
【0016】
次いで、発光材料を溶媒に溶解し、所定濃度に調整された液滴を液滴吐出法により正孔注入輸送層12の表面に塗布する。発光材料として、公知のホスト・ゲスト系燐酸材料を用いることができる。例えば、ホスト材料として、CBP,BALq,mCP,CDBP,DCB,P06,SimCP,UGH3を用い、蛍光材料として、ADS109GE,ADS111RE,ADS136BE(アメリカンダイソース社)を用い、燐光材料として、Ir(ppy)3,ppy2Ir(acac),bt2Ir(acac),btp2Ir(acac),FIrpic,Ir(pmb)3,FIrN4,Firtaz(F2MeOppy)2Ir(acac)を用いることができる。発光材料の液滴が塗布された基板20を減圧乾燥装置に搬入し、減圧乾燥を行い、不活性雰囲気中でアニール処理して、発光層13を得る。
【0017】
最後に、基板20を蒸着チャンバーに搬入し、発光層13の上に正孔阻止層14、電子輸送層15及び陰極16をそれぞれ蒸着法で積層形成する。以上の工程を経て、基板20上に有機EL素子10が形成される。
【0018】
図2は本実施形態に係わる表面処理が施された陽極の仕事関数と従来の表面処理が施された陽極の仕事関数とを示すグラフである。減圧環境下で赤外線を照射した後に酸素プラズマ処理を実施する本実施形態に係わる表面処理が施された陽極の仕事関数は、約5.3eVであった。これに対し、酸素プラズマ処理のみを実施する従来の表面処理が施された陽極の仕事関数は、約4.75eVであった。また、表面処理が施されていない陽極の仕事関数は、約4.5eVであった。このような相違が見られる要因として、酸素プラズマ処理のみでは、陽極の表面に残留している有機溶剤等の残留炭素成分や大気中の水分等の異物を十分に除去できないのに対し、本実施形態に係わる表面処理では、赤外線による異物の選択的加熱作用と、減圧環境下における異物の蒸気化促進作用との相乗効果により、陽極の表面の異物を十分に除去できることが考えられる。
【0019】
図3は本実施形態に係わる表面処理が施された陽極を有する有機EL素子の寿命と、従来の表面処理が施された陽極を有する有機EL素子の寿命とを示すグラフである。横軸は時間を示し、縦軸は正規化輝度を示す。正規化輝度とは、測定開始時点の発光輝度に対するある時点での発光輝度の比率を意味し、例えば、正規化輝度=0.9は、ある時点での発光輝度が測定開始時点の発光輝度に対して90%に低下したことを示している。本実施形態に係わる表面処理が施された陽極を有する有機EL素子と、従来の表面処理(酸素プラズマ処理のみ)が施された陽極を有する有機EL素子とを用意し、寿命の測定開始時点における二つの有機EL素子の発光輝度が同一となるように調整した。このグラフから理解できるように、本実施形態に係わる表面処理が施された陽極を有する有機EL素子の発光輝度の時間経過に対する変化量(実線のグラフの勾配)は、従来の表面処理が施された陽極を有する有機EL素子の発光輝度の時間経過に対する変化量(波線のグラフの勾配)よりも緩やかであり、長寿命の実験結果を得た。このような相違が見られる要因として、本実施形態に係わる表面処理が施された陽極の仕事関数は、従来の表面処理が施された陽極の仕事関数よりも高く、陽極と正孔注入輸送層との間のエネルギー障壁を小さくできるため、有機EL素子の低電圧駆動が可能になることが考えられる。
【0020】
図2及び図3の実験結果に示すように、本実施形態に係わる表面処理によれば、従来の表面処理と比較して陽極の仕事関数を増大できるため、最高占有軌道のエネルギーが高くない材料を選択しても、正孔注入障壁を軽減することが可能になり、有機EL素子の低電圧駆動による低消費電力化及び長寿命化を実現できる。
【0021】
本実施形態に係わる電子機器は、本実施形態に係わる表面処理が施された陽極を有する有機EL素子を各画素の発光素子として有する表示装置500を備える。電子機器の例として、例えば、図4に示すように、携帯電話530、ビデオカメラ540、テレビジョン550、ロールアップ式テレビジョン560等を挙げることができる。
図4(A)に示すように、携帯電話530は、アンテナ部531、音声出力部532、音声入力部533、操作部534、及び表示装置500を備える。
図4(B)に示すように、ビデオカメラ540は、受像部541、操作部542、音声入力部543、及び表示装置500を備える。
図4(C)に示すように、テレビジョン550は、表示装置500を備える。
図4(D)に示すように、ロールアップ式テレビジョン560は、表示装置500を備える。
【0022】
なお、本実施形態に係わる電子機器の例としては、上述の他、例えば、表示機能付きファックス装置、デジタルカメラのファインダ、携帯型TV、電子手帳、電光掲示板、宣伝広告用ディスプレイ等がある。
【符号の説明】
【0023】
10…有機EL素子
11…陽極
12…正孔注入輸送層
13…発光層
14…正孔阻止層
15…電子輸送層
16…陰極
20…基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機EL素子の陽極の表面に赤外線を照射し、その後、前記陽極の表面を酸素プラズマに曝す、表面処理方法。
【請求項2】
減圧環境下で前記陽極の表面に赤外線を照射する、請求項1に記載の表面処理方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2の表面処理方法が施された陽極を有する有機EL素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−33599(P2013−33599A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−168070(P2011−168070)
【出願日】平成23年8月1日(2011.8.1)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】