説明

有用物質の製造方法

【課題】固定化酵素を充填した固定床型反応器に、2液相を形成する液体混合物を流通させて反応を行う有用物質の製造方法において、反応効率を高め、効率よく有用物質を製造する方法の提供。
【解決手段】固定化酵素を充填した固定床型反応器に2液相を形成する液体混合物を供給し、同一方向に並流させて反応を行う有用物質の製造方法において、固定床型反応器を多段に設け、2液相のうちの一相は最上流段の反応器に供給して順次下流側の段に送り、他の一相は最下流段の反応器に並流操作となるように供給すると共に、該反応器の出口より排出する他の一相を順次上流側の段に供給して並流操作を各反応器内において繰り返す有用物質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定化酵素を充填した固定床型反応器を用いた反応による有用物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体を固定化酵素を充填した固定床型反応器に通液して行う反応として、L−アスパラギン酸生成、エステル交換油脂生成、乳糖加水分解、油脂類の加水分解等が知られている。油脂類の加水分解のように2種類以上の液相を原料として用いる場合には、攪拌式反応器により行われるのが通常であった(例えば、特許文献1参照)。また、固定床とする場合にも、これらの反応はいずれも発熱量が比較的小さい為、通常、最も単純なドラム状の固定床型反応器が使用されている。
【0003】
油脂類の加水分解を固定化酵素を充填した固定床型反応器にて行う場合には、反応効率向上の観点から、反応液を均一に混合した状態で通液することが好ましい。この場合、加水分解に用いる油相基質と水相基質は、本来混合しても一相にならないものであるため、エマルションとする必要がある。しかしながら、エマルション粒子は担体の細孔内に吸着した酵素に到達し難く、何度も反応液をカラムに循環させる必要があるため、反応を連続して行うのは困難である。
そこで、一般的には油相基質と水相基質を予め混合せずに反応器に供給し、並流で流通させる方法が採られている(例えば、特許文献2参照)。また、加水分解に用いる油相基質と水相基質をそれぞれ別方向から反応器に供給する方法も知られている(例えば、特許文献3参照)。
【特許文献1】特開昭63−59896号公報
【特許文献2】特開2000−160188号公報
【特許文献3】特開昭61−85195号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記従来技術における、油相基質と水相基質を予め混合せずに固定床型反応器に供給し、並流で流通させる方法では、油脂類の加水分解反応が平衡反応であるため、副生するグリセリンが蓄積して平衡が働き、反応速度が低下し、十分な分解率を得ることができない場合がある。また、油相基質と水相基質をそれぞれ別方向から固定床型反応器に供給する方法では、油相と水相の流路が分かれてしまい、反応を上手く制御するのが困難である。
【0005】
よって、本発明は、固定化酵素を充填した固定床型反応器に、2液相を形成する液体混合物を流通させて反応を行う有用物質の製造方法において、反応効率を高め、効率よく有用物質を製造する方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、2液相を形成する液体混合物を並流で流通・接触させる方式において、固定床型反応器を多段に設け、2液相のうち一相は最上流段の反応器に供給して順次下流側の段に送り、他の一相は最下流段の反応器に並流操作となるように供給すると共に、該反応器の出口より排出する他の一相を順次上流側の段に供給して並流操作を各反応器内において繰り返すことにより、反応効率を高めることができ、短時間且つ高収率で目的とする有用物質を製造できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、固定化酵素を充填した固定床型反応器に2液相を形成する液体混合物を供給し、同一方向に並流させて反応を行う有用物質の製造方法において、固定床型反応器を多段に設け、2液相のうちの一相は最上流段の反応器に供給して順次下流側の段に送り、他の一相は最下流段の反応器に並流操作となるように供給すると共に、該反応器の出口より排出する他の一相を順次上流側の段に供給して並流操作を各反応器内において繰り返す有用物質の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、短時間に、且つ高収率で相当する有用物質を製造することができる。特に、油脂類の加水分解においては、油脂類を高分解率で分解させることができ、脂肪酸類を効率的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明においては、固定化酵素を充填した固定床型反応器を多段に設けた多段式固定床型反応器に、2液相を形成する液体混合物を供給する。固定床型反応器(以下、単に「反応器」又は「酵素塔」ともいう)とは、固定化酵素をカラム等に充填し、固定化担体間の空隙及び固定化担体の細孔に反応液を流通させ得るようにしたものをいう。ここで反応器の段数は、反応効率を高める点から、3段以上設けることが好ましく、更に3〜7段、特に3〜5段設けるのが、経済性・操作性の点からより好ましい。
2液相とは、2種類の液体が混合後にも1相にならない状態をいい、分相しているものから、外観上は均一であっても乳化状態となっているものも含む。
【0010】
本発明の態様としては、固定化酵素として油脂類分解用酵素を固定化担体に吸着させたものを用い、これを充填した反応器に、2液相として油相基質と水相基質を流通させることによる油脂類の加水分解反応により、有用物質として脂肪酸類を製造する方法であることが好ましい。
【0011】
反応器における操作としては、反応器を多段に設け、2液相のうち一相は最上流段の反応器に供給して順次下流側の段に送り、他の一相は最下流段の反応器に並流操作となるように供給すると共に、該反応器の出口より排出する他の一相を順次上流側の段に供給して並流操作を各反応器内において繰り返す。ここで、上流側とは多段(n段)に設けられた反応器のうち、原料である一相が最初に供給される反応器により近い側をいい、また、下流側とは多段(n段)に設けられた反応器のうち、他の一相が最初に供給される反応器により近い側をいう。具体的には、2液相のうち一相は最上流段(1段目)の反応器に供給し、出口より排出された後、該反応器の一つ下の段(2段目)の反応器に供給する。他方、他の一相は最下流段(n段目)の反応器に供給し、上段からの液と並流操作で接触させた後、分離し、次いで該反応器の一つ上の段(n−1段目)の反応器に供給して同様に並流操作で接触させる。この操作をn回繰り返し行う。一相が供給される最上流段(1段目)は、反応器の最も上流側の段であり、他の一相が供給される最下流段(n段目)は、反応器の最も下流側の段である。なお、複数の反応器の各段の間に、液フィードポンプと分離器を設置するのが、製造効率の点から好ましい。分離器としては、例えば、2液相を形成する液体混合物のうちの一相が油脂類、他の一相が水である油脂の加水分解反応を行う場合には、自然沈降型、遠心分離型等の油水分離器が一般に使用される。
【0012】
この場合、各反応器における2液相の流れ方向は、図1に示すような並流下向き流れ(ダウンフロー)、又は並流上向き流れ(アップフロー)のいずれでも良い。ダウンフローの場合には、複数の反応器を直列に多段(n段)に設け、2液相のうち一相は最上流段(1段目)の反応器の上部に供給し、反応器の底部から排出された後、順次下流側の段(2段目)の上部に送り、他の一相は最下流段(n段目)の反応器の上部に供給し、上段からの液と並流下向操作で接触させた後、分離し、次いで他の一相をその上流側の段(n−1段目)の反応器の上部に供給して同様に並流下向操作で接触させる。この操作をn回繰り返し行う。なお、図1に示したのは3段の例である。
【0013】
一方、アップフローの場合には、2液相のうち一相は最上流段(1段目)の反応器の底部に供給し、反応器の上部から排出された後、順次下流側の段(2段目)の底部に供給する。他の一相は最下流段(n段目)の底部に供給し、上段からの液と並流上向操作で接触させた後、分離し、次いで上流側の段(n−1段目)の底部に供給して、同様に並流上向操作で接触させる。この操作をn回繰り返し行う。
このような操作を繰り返すことにより、2液相間の反応効率を高めることができる。特に、油脂類の加水分解反応において、副生するグリセリンを効率的に除去することができ、短時間に高分解率を達成できる。
【0014】
通常、2種の物質を反応させる場合に、反応率を向上させるために1種の物質を過剰量供給する場合があるが、本発明においては、その程度が少なくても反応効率が高いという効果を有する。例えば、2液相を形成する液体混合物のうちの一相が油脂類、他の一相が水である油脂類の加水分解反応において、供給する水の量を過剰にするに従って油脂類の加水分解率は向上するが、本発明の製造方法においては、油脂類100質量部に対して水の量は15〜100質量部であることが好ましく、更に20〜90質量部、特に25〜80質量部であることがより好ましい。特に、油脂の加水分解反応で生ずるグリセリンを再利用する場合には、グリセリンに混入する過剰の水を除去する必要があるが、水の供給が過剰であればその負荷が過大となるため、できるだけ少量の水で反応させることが好ましい。
【0015】
本発明で用いる固定化酵素は、固定化担体に酵素を吸着等により担持させたものである。固定化担体としては、セライト、ケイソウ土、カオリナイト、シリカゲル、モレキュラーシーブス、多孔質ガラス、活性炭、炭酸カルシウム、セラミックス等の無機担体、セラミックスパウダー、ポリビニルアルコール、ポリプロピレン、キトサン、イオン交換樹脂、疎水吸着樹脂、キレート樹脂、合成吸着樹脂等の有機高分子等が挙げられるが、特に保水力が高い点からイオン交換樹脂が好ましい。
【0016】
本発明の固定化酵素に使用する酵素は特に限定はされないが、生産性の向上効果が大きい点から、油脂類分解用酵素としてのリパーゼが好ましい。リパーゼは、動物由来、植物由来のものはもとより、微生物由来の市販リパーゼを使用することもできる。
【0017】
酵素の固定化を行う温度は、酵素の特性によって決定することができるが、酵素の失活が起きない0〜60℃、特に5〜40℃が好ましい。また固定化時に使用する酵素溶液のpHは、酵素の変性が起きない範囲であればよく、温度同様酵素の特性によって決定することができるが、pH3〜9が好ましい。また用いる酵素質量はその酵素活性によっても異なるが、担体質量に対して5〜1000質量%、特に10〜500質量%が好ましい。
【0018】
酵素を固定化する場合、担体と酵素を直接吸着してもよいが、高活性を発現するような吸着状態にするため、酵素吸着前に予め担体を脂溶性脂肪酸又はその誘導体で処理することが好ましい。脂溶性脂肪酸又はその誘導体と担体の接触法としては、水又は有機溶剤中にこれらを直接加えてもよいが、分散性を良くするため、有機溶剤に脂溶性脂肪酸又はその誘導体を一旦分散、溶解させた後、水に分散させた担体に加えてもよい。この有機溶剤としては、クロロホルム、ヘキサン、エタノール等が挙げられる。脂溶性脂肪酸又はその誘導体の使用質量は、担体質量に対して1〜500質量%、特に10〜200質量%が好ましい。接触温度は0〜100℃、特に20〜60℃が好ましく、接触時間は5分〜5時間程度が好ましい。この処理を終えた担体は、ろ過して回収するが、乾燥してもよい。乾燥温度は室温〜100℃が好ましく、減圧乾燥を行ってもよい。
【0019】
固定化酵素の加水分解活性は20U/g以上、更に100〜10000U/g、特に500〜5000U/gの範囲であることが好ましい。ここで酵素の1Uは、40℃において、油脂類:水=100:25(質量比)の混合液を攪拌混合しながら30分間加水分解をさせたとき、1分間に1μmolの遊離脂肪酸を生成する酵素の分解能を示す。油脂類の単位質量当りに付与した固定化酵素の加水分解活性(U/g−oil)と、ある加水分解率に到達するまでの所要時間は、略反比例の関係にある。
【0020】
酵素塔を用いて加水分解を行う場合、送液条件(通液速度、温度等)により分解速度は異なるが、酵素充填層出口における油脂の加水分解率、加水分解所要時間(充填層内の滞留時間)、充填層内に存在する油脂類の質量(g−oil)及び固定化酵素の充填質量(g)から固定化酵素の見かけ活性(発現活性)(U/g)が求められる。なお、充填層内に存在する油脂類の質量を求めるためには、固定化酵素充填部の容積に充填部の空隙率、反応液中の油脂類の容量比及び油脂類の比重を乗ずることにより求める。
【0021】
本発明における2液相を形成する液体混合物のうちの好ましい一相は油相基質である。油相基質とは主に植物油、動物油又はこれらを組み合わせた油脂類をいうが、油脂類とはトリアシルグリセロールの他、ジアシルグリセロール、モノアシルグリセロール、又は脂肪酸類を含んでいても良く、加水分解の結果得られる脂肪酸を含んでいても良い。油相基質の具体例としては、菜種油、大豆油、ヒマワリ油、パーム油及びアマニ油等の植物油、牛脂、豚脂及び魚油等の動物油等、又はこれらの組み合わせの油脂類が挙げられる。これら油脂類は、脱臭油の他、予め脱臭されていない未脱臭油脂を用いることができるが、これら油脂類の一部又は全部に未脱臭油脂を使用することが、トランス不飽和脂肪酸、共役不飽和脂肪酸を低減し、原料油脂由来の植物ステロール、植物ステロール脂肪酸エステル、トコフェロールを残存させることができる点から好ましい。油相基質中には、前記油脂類の他に脂肪酸等の油溶性成分が混合されていても良い。脂肪酸類とは、加水分解の結果得られる脂肪酸の他、上記グリセリドの1種以上を含むものも指す。
【0022】
本発明における2液相を形成する液体混合物のうちの他の好ましい一相は水相基質である。水相基質は水であるが、加水分解の結果得られるグリセリン等、その他の水溶性成分が混合されていても良い。
【0023】
本発明において使用する酵素塔は、その形状は使用するポンプの押し込み圧に耐えられるものであれば良い。また、酵素塔の周囲にジャケットを設け、酵素塔内に流通する反応液を酵素反応に適した温度に調整できるものであることが好ましい。酵素塔内の温度は、固定化酵素の活性をより有効に引き出すために、0〜60℃、更に20〜40℃とすることが好ましい。酵素塔の各々の長さは、所望の分解率を得るのに必要な長さとすれば良いが、反応性、塔内圧力損失等の点から0.01〜10m、好ましくは0.1〜5mの範囲とすることが好ましい。酵素塔の管径(内径)は、35〜1000mmφ、更に35〜800mmφ、特に40〜600mmφ、殊更50〜300mmφとすることが、固定化酵素の充填し易さ等の作業性、反応性、生産性の点から好ましい。
【0024】
本発明においては、酵素塔の内径が100mmφを超える場合、酵素塔に、一の管の横断面の代表長さが100mm以下の円形又は多角形状である複数の管状構造が形成されるように内装物、配管又は仕切板(以下、単に「内装物等」という)を装填し、該管状構造内に固定化酵素を充填し、該管状構造内に前記2液相を形成する液体混合物を供給するのが、酵素塔内の流路の断面積が小さくなり、2液相となっている反応液の流れを均一にすることができる点から好ましい。ここで、「代表長さ」とは、横断面が矩形であればその対角線の長さ、円形であればその直径、その他楕円、多角形等であれば、これらの投影面積と同じ面積を有する円の直径をいう。また、前記管状構造を形成させる場合に仕切板を使用した場合、一の管の横断面が少なくとも1部が閉じていないものであっても良い。一の管の横断面が少なくとも1部が閉じていない管状構造を形成させることにより、固定化酵素充填部の容積率が上がり、反応性が高まり、コスト低減も図ることができる点、固定化酵素の交換の操作性が良好である点から好ましい。
【0025】
なお、該管状構造が形成された内装物等と酵素塔内壁との間に間隙がある場合には、この間隙にも固定化酵素を充填することが、反応液の流れを均一にする点から好ましい。内装物等は、酵素塔内に前記断面積を有する複数の管状構造を形成できればよく、該内装物等には、例えば円柱状のもの(図2)、角柱状のもの(図3)、板状のもの(仕切板)(図4〜8)が挙げられる。すなわち、内装物等は、上下方向に装填され、好ましくは柱状に装填される。より具体的には、配管を装填して多管式とする方法、酵素塔内部に上下方向の仕切板(平板、コルゲート板等)を装填する方法、円形や多角形の断面を有する内装物を装填する方法などが挙げられる。このうち、内装物を装填する場合には、内装物の装填効率の観点から、断面の形状は正三角形、正方形、正六角形が好ましい。内装物としては、例えば角パイプを束ねた形態のものが使用できる。
【0026】
内装物等により形成される複数の管状構造の一の管(一流路)の断面の直径又は対角線長は100mm以下とすることが好ましいが、反応性向上の観点から、更に75mm以下、特に50mm以下、殊更35mm以下とすることが好ましい。
【0027】
固定化酵素を充填する際、内装物等と酵素塔内壁との間に間隙があり、その間隙が極端に狭いと、固定化酵素が充填し難くなる。この間隙への充填が不十分であると、酵素塔全体として充填が不均一となり、嵩密度の低下が生じる場合がある。この場合、反応液の流れが不均一となり、反応効率低下を招く原因となり得る。従って、内装物等と酵素塔内壁との間隙を一定以上とすることが好ましい。固定化酵素等の充填物の種類や粒径、更に内装物等の大きさにもよるが、内装物等と酵素塔内壁との間隙の最も狭い部分を1mm以上とすることが好ましく、更に5mm以上とすることが、固定化酵素を均一に充填する点から好ましい。当該間隔の上限は、内装物等の管状構造の一の管の断面の直径又は対角線長以下とすることが、反応液の流れを均一にする点から好ましく、更に70mm以下、特に50mm以下とすることが好ましい。
【0028】
酵素塔内における内装物等の長さは、固定化酵素の充填厚み以上であることが、塔内の反応液全体の流れを均一化する点から好ましいが、充填厚みより短くても充填厚みの50%以上、更に75%以上の範囲であれば同様の効果が得られる。
【0029】
また、内装物等は、その全長に渡って切れ目がなくても良いが、充填した固定化酵素の交換し易さ等の作業性の点から、上下方向に複数に分割されていることが好ましい。分割数としては、酵素塔の全長にもよるが、2〜30分割、更に2〜10分割であることが好ましい。また、更に、分割した各内装物等は、酵素塔内への装填し易さ等の点から、それぞれ横方向に複数部分に分割されていても良い。
【0030】
前記仕切板により管状構造を形成する場合であって、円形状又は多角形状の横断面における閉じていない部分がある場合は、その部分の長さは、反応性向上の観点から0.1〜10mm、更に0.5〜8mm、特に1〜6mmとすることが好ましい。なお、仕切板と仕切板との間隔を一定に維持するため、部分的にスペーサーを挿入させてもよい。また、前記組合せ用スリット入り仕切板の場合は、スリットの幅を仕切板の厚さよりも0.2〜20mm、更に1〜16mm、特に2〜12mm広めに設定しておくのが好ましい。
【0031】
本発明においては、2液相を形成する液体混合物の一相が油相基質、他の一相が水相基質の場合、酵素塔を通過した反応液の油水分離性を向上させる点から、固定化酵素粒子の表面に働くせん断力因子が小さくなるように送液条件を設定し、送液を制御することが好ましい。
せん断力因子(τw)は、次式(1)
(数式)
τw=ε/(1-ε) ×dp× (ΔP/L) (1)
(式中右辺、ΔPは充填層の圧力損失[MPa]、Lは充填層厚み[m]、dpは充填した固定化酵素粒子の質量基準平均粒子径[m]、εは充填層の空隙率[-]を示す)
で定義し、この値を一定の範囲とすることが油水分離性の点から好ましい(式(1)の導出については、特開2003−000291号公報参照)。
【0032】
式(1)で表わされるせん断力因子(τw)が、1Pa以上、1400Pa未満、更に20〜1200Pa、特に50〜1000Paとなる条件下で反応液が送液されることで、出口反応液は容易に分相し、後工程である油水分離を効率化することができる。なお、本発明においては、固定床型反応器を多段に設けるが、各段におけるせん断力因子が同じであっても、反応の進行度合いにより各段における分離効率が異なる場合がある。その場合は、最も分相し難い段において、せん断力因子を上記範囲内となるようにコントロールすることが好ましい。
【0033】
せん断力因子は、反応液を充填層に送液する際の充填層にかかる充填厚みあたりの圧力損失、固定化酵素の質量基準平均粒子径、充填層の空隙率を変化させて調整される。また、充填層にかかる充填厚みあたりの圧力損失は充填層への送液線速度、固定化酵素の平均粒子径、空隙率等を変化させて調整される。従って、これらの条件を適宜変更すれば、当業者は容易にせん断力因子を調節することができる。
【0034】
充填層厚みは、所望の分解率を得るのに必要な長さとすれば良いが、反応性、酵素塔の耐圧性の点から0.01〜10m、更に0.1〜5mが好ましい。
【0035】
充填層の圧力損失は、液の流動性の点、酵素塔の耐圧性の点から0.01〜10MPa、更に0.01〜5MPaが好ましい。
【0036】
本発明において、充填層厚みあたりの圧力損失は、0.01〜5MPa/m、更に0.05〜3.5MPa/m、特に0.1〜2.5MPa/mとすることが、反応性を維持し、油水分離性を向上させる点から好ましい。
【0037】
固定化酵素の質量基準平均粒子径は、100〜6000μm、更に200〜4000μm、特に250〜2000μmとすることが、反応性を維持し、油水分離性を向上させる点から好ましい。なお、本発明における酵素を担持させた固定化酵素の平均粒子径は、レーザー散乱回折法粒度分布測定装置LS 13 320(ベックマン・コールター(株)製)により測定した値をいう。
【0038】
充填層の空隙率は、0.3〜0.7、更に0.4〜0.65、特に0.45〜0.6とすることが、油水分離性の向上と、安定な充填層を形成する点から好ましい。
【0039】
反応液の通液線速度は、好ましくは1〜400mm/分、更に5〜200mm/分であるのが好ましい。この通液線速度(mm/分)は、1分間当りの送液量(mm3/分)(又は送液速度(10-3mL/分)ともいう)を充填層断面積(mm2)で除した商で表わされる値をいう。通液線速度を上げることによる酵素塔内圧力の増大に伴い、通液が困難となり、耐圧性の高い酵素充填塔が必要となる他に、固定化酵素が塔内圧力増加により破砕される場合が生じることもあるため、通液線速度は400mm/分以下とすることが好ましい。また、生産性の点から通液線速度は1mm/分以上とすることが好ましい。固定化酵素の発現活性は、通液線速度により変化するため、最適な通液線速度を選定して反応条件を決定することで、所望の生産能力、製造コストに見合った反応を行うことができる。
【0040】
酵素塔内の反応液の滞留時間は、加水分解反応の平衡状態を回避し、固定化酵素の活性をより有効に引き出し、生産性を向上させる点から30秒〜120分、更に1分〜80分とすることが好ましい。滞留時間(分)とは、充填層の厚み(mm)に空隙率を乗じ、これを通液線速度(mm/分)で除した値で表わされる。
【実施例】
【0041】
〔固定化酵素Aの調製〕
DuoliteA−568(Rohm and Hass社製、粒径分布150〜850μmの粒子が96質量%)を粉砕して分級し、粒度150〜425μmの粒子が97質量%である樹脂1質量部をN/10のNaOH溶液10質量部中で1時間攪拌した。ろ過した後10質量部のイオン交換水で洗浄し500mMのリン酸緩衝液(pH7)10質量部でpHの平衡化を行った。その後50mMのリン酸緩衝液(pH7)10質量部で2時間ずつ2回pHの平衡化を行った。この後ろ過を行い担体を回収した後、エタノール5質量部でエタノール置換を30分行った。ろ過した後、大豆脂肪酸を1質量部含むエタノール5質量部を加え30分間、大豆脂肪酸を担体に吸着させた。ろ過によって担体を回収した後、50mMのリン酸緩衝液(pH7)5質量部で30分ずつ4回洗浄し、エタノールを除去し、ろ過して担体を回収した。その後市販のリパーゼ(リパーゼAY、アマノ天野製薬(株))0.388質量部を50mMのリン酸緩衝液(pH7)18質量部に溶解した酵素液と5時間接触させ、固定化を行った。ろ過し、固定化酵素を回収して50mMのリン酸緩衝液(pH7)5質量部で洗浄を行うことにより、固定化していない酵素やタンパクを除去した。その後実際に分解を行う菜種油を4質量部加え12時間攪拌した。以上の操作はいずれも20℃で行った。その後ろ過して油脂と分離し、固定化酵素Aとした。固定化酵素Aの加水分解活性(発現すべき活性)は2700U/g(乾燥質量)であり、質量基準平均粒子径は311μmであった。
【0042】
〔固定化酵素Bの調製〕
固定化酵素Aの調製で用いたDuoliteA−568(同前)を粉砕せず用いた以外は、実施例1と同様にして固定化酵素Bを調製した。固定化酵素Bの加水分解活性(発現すべき活性)は2511U/gであり、質量基準平均粒子径は506μmであった。
【0043】
実施例1
内径10mm、長さ1200mmのジャケット付きステンレス製反応器に、前記固定化酵素A0.025kg(乾燥質量)を充填した。この反応器を1Lの分離器(受槽)を介して3本直列に配置し、図1に示すように菜種油を最上流段の反応器の上部に、蒸留水を最下流段の反応器の上部に供給し、ダウンフロー操作にて加水分解反応を行った。各反応器出口の受槽にて静置により油水分離を行い、油相を順次下流側の段の反応器の上部に、水相を順次上流側の段の反応器の上部に供給し同様の操作を行った。最上流段(1段目)の反応器出口から反応液を採取し、内径20mmの容器に高さ30mm入れ、当該液が油相と水相に分相するのに要した時間(油水分離性)を測定(以下同じ)したところ30〜45分であった。反応温度は35℃、菜種油と蒸留水を質量比10:6で供給し、送液条件は0.094L/Hrとした。反応液の送液時の最上流段における圧力損失は1.2MPa、せん断力因子は391.6Paであった。最下流段出口の受槽から得られた油相をサンプリングして分解率を測定したところ96.8%であった。結果を表1に示す。なお、表中の分解率は、分析により求めた酸価をケン化価で除することにより算出した。酸価は、American Oil Chemists.Society Official Method Ca 5a−40に記載の方法により、またケン化価はAmerican Oil Chemists.Society Official Method Cd 3a−94に記載の方法により測定した。
【0044】
比較例1
実施例1に用いた反応器の最上流段の上部に、菜種油と蒸留水を供給し、受槽にて混合した二相を順次下流側の段の反応器の上部に供給した以外は、実施例1と同様にして反応を行った。反応液の送液時の最上流段における圧力損失は1.2MPa、せん断力因子は391.6Paであった。最下流段出口の受槽から得られた油相をサンプリングして分解率を測定したところ89.8%であった。結果を表1に示す。また、油水分離性は30〜45分であった。
【0045】
実施例2
固定化酵素B20.4kg(乾燥質量)を、塔頂に攪拌機を設け、内部には断面が35mm×35mmの正方形(肉厚1.5mm)で、高さ300mmの角パイプを16本束ねた内装物(分割数8、合計高さ2400mm)を装填したジャケット付きのステンレス製反応器(内径200mm、高さ2400mm)に充填した。この反応器を容量100Lの受槽を介して3本直列に配置し、送液条件を37.7L/Hrとした以外は、実施例1と同様に加水分解反応を行った。反応液の送液時の最上流段における圧力損失は1.5MPa、せん断力因子は398.2Paであった。最下流段出口の受槽から得られた油相をサンプリングして分解率を測定したところ98.5%であった。結果を表1に示す。また、油水分離性は45〜55分であった。
【0046】
実施例3
塔頂に攪拌機を設け、内部には断面が35mm×35mmの正方形(肉厚1.5mm)で、高さ300mmの角パイプを193本束ねた内装物(分割数4、合計高さ1200mm)を装填した内径685mm、長さ1200mmのジャケット付きステンレス製反応器に固定化酵素Bを91.6kg(乾燥質量)充填した。受槽の容量を600Lとし、反応器への送液条件を339.3L/Hrとした以外は実施例2と同様に加水分解反応を行った。反応液の送液時の最上流段における圧力損失は1.0MPa、せん断力因子は531.0Paであった。最下流段出口の受槽から得られた油相をサンプリングして分解率を測定したところ96.7%であった。結果を表1に示す。また、油水分離性は約90分であった。
【0047】
実施例4
固定化酵素Bの充填量を100.6kg(乾燥質量)とした以外は、実施例3と同様にして反応を行った。反応液の送液時の最上流段における圧力損失は2.5MPa、せん断力因子は1125.6Paであった。最下流段出口の受槽から得られた油相をサンプリングして分解率を測定したところ95.6%であった。結果を表1に示す。また、油水分離性は約170分であった。
【0048】
比較例2
300mLの四つ口フラスコに径80mmの三日月羽根を設けた反応器を35℃の温浴に浸け、反応器内に実施例2と同様にして調製した固定化酵素Bを5g(乾燥質量)、菜種油を100g、及び蒸留水を60g投入して加水分解反応を行った。攪拌回転数は500rpmとし、反応時間を10時間とした。反応終了後の油相をサンプリングして分解率を測定したところ89.3%であった。
【0049】
比較例3
内径10mm、長さ1200mmのジャケット付きステンレス製反応器に、固定化酵素A0.025kg(乾燥質量)を充填した。反応温度を35℃とし、反応器の上部から蒸留水を0.033L/Hr、底部から菜種油を0.061L/Hrで供給して加水分解反応を行ったところ、反応器内の圧力が急激に上昇し、通液が不可能であり、反応を行うことができなかった。
【0050】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明においてダウンフローで操作を行う場合の反応器と反応液の流れを示した概略図である。
【図2】円柱状内装物が装填された酵素塔の横断面を示す図である。
【図3】角柱状内装物が装填された酵素塔の横断面を示す図である。
【図4】板状(仕切板)内装物が装填された酵素塔の横断面を示す図である。
【図5】凹凸型の仕切板が装填された酵素塔の横断面を示す図である。
【図6】ジグザグ状の仕切板が装填された酵素塔の横断面を示す図である。
【図7】凹型の仕切板を装填させてなる多角形状内を別の板状の仕切板で区切った酵素塔の横断面を示す図である。
【図8】組合せ用スリット入り仕切板が組合せて装填された酵素塔の横断面を示す図である。
【図8(a)】組合せ用スリット入り仕切板を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定化酵素を充填した固定床型反応器に2液相を形成する液体混合物を供給し、同一方向に並流させて反応を行う有用物質の製造方法において、固定床型反応器を多段に設け、2液相のうちの一相は最上流段の反応器に供給して順次下流側の段に送り、他の一相は最下流段の反応器に並流操作となるように供給すると共に、該反応器の出口より排出する他の一相を順次上流側の段に供給して並流操作を各反応器内において繰り返す有用物質の製造方法。
【請求項2】
前記液体混合物のうち一相が油相基質である請求項1記載の有用物質の製造方法。
【請求項3】
前記液体混合物のうち他の一相が水相基質である請求項1又は2記載の有用物質の製造方法。
【請求項4】
前記反応が固定化リパーゼを用いた油脂類の加水分解反応である請求項1〜3のいずれか1項記載の有用物質の製造方法。
【請求項5】
油脂類100質量部に対し、水を15〜100質量部とする請求項4記載の有用物質の製造方法。
【請求項6】
有用物質が脂肪酸類である請求項1〜5のいずれか1項に記載の有用物質の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図8(a)】
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【図1】
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【公開番号】特開2010−75068(P2010−75068A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−244498(P2008−244498)
【出願日】平成20年9月24日(2008.9.24)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】