説明

木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法

【課題】 木チップバイオマスの高圧熱水処理によって得られる低分子量のフェノール誘導体の製造条件と生成物の細かい同定をして、木材廃棄物の有効利用に資することを目的とする。
【解決手段】 木チップに水のみ又はアルカリ水を添加した混合物を高圧下に蒸煮して得られる固液混合反応物とすること、そしてこの固液混合反応物を有機溶媒で抽出して得られる油分からフェノール誘導体を分離することを特徴とする木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法である。フェノール誘導体油分は、主成分が3−メチルフェノール又は4−メチルフェノールのほか、3−ヒドロキシ−2−ペンタノン及び3−メトキシ−1−プロペンなどである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木材又は木材廃棄物から直接的な、あるいは木材又は木材廃棄物を原料(以下「木チップ」という)からの、フェノール、アルコキシフェノール、クレゾール等のフェノール誘導体の製造方法に関する。
【0002】
特に、木チップの触媒的熱水処理によって得られる油分(液状炭化水素)から有用なフェノール誘導体を効率よく製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0003】
林業又は製材工場、あるいは建築現場製紙工場からは、大量の間伐材又は製材、加工屑(以下、「木屑」という)が発生し、廃棄物処理が環境保全上問題となってきている。そのため、これら木屑を木材資源として循環利用する技術開発が活発になってきている。木材資源は一般にリグノセルロースからなり、これからリグノフェノール誘導体を製造する方法については多くの特許が見られ、例えば、特許文献1にその記載がある。ここには、フェノール誘導体が収着されたリグノセルロース系材料に酸を添加して混合し、その後、過剰の水を加えて分離された不溶区分の粗リグノフェノール誘導体を精製するリグノフェノール誘導体の製造方法にあって、まず、前記粗リグノフェノール誘導体に所定濃度の酸化防止剤を加え、次いで、所定濃度のアルカリを加えて反応させ、しかる後、固液分離を行うことにより分離精製する方法の記載がある。
【0004】
また、特許文献2には、木質植物材料から天然液を抽出するための方法であって、木質植物材料を含む密閉エンクロージャを大気圧よりも高い圧力に加圧する段階と、飽和水蒸気を生成する、又は注入する段階と、電磁波によって木質植物材料のコアまで加熱する段階と、処理された木質植物材料から出る液体滲出物を重力により回収する段階とを含むことを特徴とする方法が記載されている。この工程により、木材からさまざまな天然分子を抽出してその分子を製薬、化粧品、食品産業、ファインケミストリなどのさまざまなビジネス部門で利用することが可能である。これらの液体を使用すると、後からフェノール、ポリフェノール、タンニン、テルペン、ビタミン、酢酸、サリチル酸、調味料などの抽出を行うことができる、とある。
【0005】
特許文献3は、リグニンをアルカリ水溶液に浸漬処理し、該浸漬物を有機溶媒中に分散させた後、得られた分散系にモノハロゲノアルキルカルボン酸を添加するカルボキシアルキル化リグニン誘導体の製造方法である。ここで、酢酸蒸解リグニン、蒸煮爆砕リグニン等を出発原料とした場合にも、水に対する溶解性の著しく向上したカルボキシアルキル化リグニン誘導体を得ることができる、とある。
【0006】
特許文献4には、リグノセルロース系物質の効率的な再利用を図る手段を提供することを課題として、4位(パラ位)に置換基を有するフェノール誘導体の2位又は6位(オルト位)の炭素原子及び/又は2位(オルト位)及び4位(パラ位)に置換基を有するフェノール誘導体の6位(オルト位)の炭素原子がリグニンのフェニルプロパン単位のベンジル位の炭素原子に結合してなるリグノフェノール誘導体を、アルカリ条件下で架橋性官能基形成化合物と反応させて、フェノール性水酸基のオルト位に架橋性官能基を有する架橋性リグノフェノール誘導体を調製し、加熱して架橋体を調製することによって得られるリグノフェノール誘導体からなる高分子材料が記載されている。
【0007】
非特許文献1として挙げたKruseらは、本発明のようにバイオマスの水蒸気分解を試み、オートクレーブ中、330−410℃、30−50Mpa、15分の水中反応で、フェノール類、フルフラール類のほか酸やアルデヒドに分解されることを報告している。また、本発明の前提となる、木材又は木材の成分であるリグノセルロース系物質にアルカリ水を添加した混合物を高圧下に蒸煮して固液混合反応物とし、該固液混合反応物を有機溶媒で抽出して得られる油分からフェノール誘導体を分離する方法については、非特許文献2にみられる。
【0008】
【特許文献1】特開2003−268116号公報
【特許文献2】特表2002−542941号公報
【特許文献3】特開平5−294981号公報
【特許文献4】特開2001−261839号公報
【非特許文献1】Kruse.A;Gawlik.A:Ind.Eng.Chem.Res.2003,42-2,267-279
【非特許文献2】Shin-ya YOKOYAMA et al:石油学会誌 29,No.3,262-266,1986
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一般的に、上記の非特許文献1に見られるように、木チップのようなバイオマスの水蒸気分解はなされており、オートクレーブ中での高温高圧の水中反応で、フェノール類、フルフラール類のほか酸やアルデヒドに分解されることは、従来からなされている。また、上記の特許文献にも、種々のフェノール誘導体に分解することが見られるが、高温、高圧下でのアルカリ蒸煮による生成物の詳細までも検討し尽くされてはいない。
【0010】
また、非特許文献2に示す木チップのバイオマス分解の方法は、本発明の前提とする分解方法に類似しているが、その目的は木チップを効率よく重油化して有効なエネルギー源に使用とするものである。本発明は、そうではなく、この重油化された油分から低分子量のフェノール誘導体の製造条件と生成物の細かい同定をして、木チップ等の木材廃棄物の有効利用に資することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の手段は、木チップに水のみ又は触媒としてのアルカリ水を添加した混合物を高圧下に蒸煮して得られる固液混合反応物とすること、そしてこの固液混合反応物を有機溶媒で抽出して得られる油分(液状炭化水素)からフェノール誘導体を分離することを特徴とする木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法である。木チップの原材料は、本来種々雑多であるが、木材の種類が変わっても本質的にはリグノセルロースが主体である。日本では、林業又は製材工場、あるいは建築現場や製紙工場から排出される大量の間伐材又は製材、加工屑の「木屑」と総称されるものである。すなわち、松、檜、杉のほか、オーク、楓、楠などである。
【0012】
ここで用いるアルカリ水は、濃度0.2〜3M/L、好ましくは濃度0.5〜2M/Lの炭酸カリウム、苛性カリ、炭酸ソーダ、苛性ソーダのいずれかであり、アルカリ水存在下の加圧蒸煮は、単なる水のみの加圧蒸煮に比べて格段に反応収率が増大するし、用いるアルカリの種類によって、生成物の内容が異なるので、適宜の種類を選択して求めるフェノール誘導体生成物を効率よく製造することができる。アルカリ水の濃度が0.2M/L以下では触媒効果が不十分であり、3M/L以上ではアルカリ分が過剰になるので好ましくない。
【0013】
また、木チップの反応条件としての高圧下の蒸煮は、オートクレーブ中、180〜320℃、好ましくは230〜300℃の温度条件で行う高圧水蒸気加熱処理(以下、「熱水処理」という)である。反応温度によっても生成物の内容が若干異なるが、得られるものの大部分はフェノール誘導体である。反応温度は収率や生成物の種類、更には加圧製造装置の規模にも大きく影響し、180℃以下では液化しにくいし、320℃以上ではガス化してしまうので好ましくない。反応時間の範囲は特に限定しないが、通常上記温度範囲であると、5〜30分、好ましくは、10〜20分である。
【0014】
木チップの熱水処理で得られる固液反応物からの油分抽出に用いる有機溶媒は、エーテル類、アセトン類又はエステル類である。反応物が水溶液中に抽出されているので、これら極性の強い有機溶媒が有効に利用できる。
【0015】
この熱水処理で得られる固液反応物のろ液からエーテル抽出で得られるフェノール誘導体油分は、主成分が2−メトキシフェノール、4−エチル−2−メトキシフェノールなどのメトキシフェノール類が多く、これに、3−メチルフェノール、4−メチルフェノールなどのアルキルフェノールが生成する。前者のメトキシフェノールはアルカリ水が触媒的に働き、収率が飛躍的に増大する。
【0016】
固液反応物の残渣からアセトン抽出で得られるフェノール誘導体油分は、主成分が3−メチルフェノール又は4−メチルフェノールである。
【0017】
固液反応物ろ液のエーテル未抽出残液から酢酸エチル抽出で得られる成分はフェノール誘導体油分とはいえないが、副産物として、その主成分が3−ヒドロキシ−2−ペンタノン及び3−メトキシ−1−プロペンである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の木材を原料とするフェノール誘導体の製造方法により、木チップバイオマスの低温液化処理を高圧熱水処理で280℃、15分間することで得られる生成物と沸点分布におけるNaやKの水酸化物及び炭酸塩の効果を詳細に様々な段階で抽出された油分生成物を独立して分析することによって、生成物の組成と量について明らかにした。すなわち、すべてのアルカリ触媒処理(NaOH、NaCO、KOH及びKCO)から得られたエーテル抽出の油分1では、高収率で主要な炭化水素は2−メトキシ−フェノールが得られる。一方で、熱水処理のみでは、触媒処理に比べて低収率ではあるが、主要な炭化水素は3−もしくは4−メチル−フェノールが生成する。また、高圧熱分解残渣からアセトン抽出で得られる油分3も、これら塩基性溶液を使用することにより、4−メチル−2−メトキシフェノール、4−エチル−2−メトキシフェノールが分解生成し、オイゲノールも生成していた。更に、エーテル抽出残渣の酢酸エチル抽出分の油分2からベンゼンジオール誘導体のような他の化合物の生成が促進された。
【0019】
そして、アルカリ等の塩基性触媒は水溶性炭化水素を増加させ、固体残渣(バイオ炭化物)を減少させた。水相をTOC分析した結果、塩基性触媒は全有機炭素量を増加させる。熱水処理においてはフラン誘導体が観測されたが、触媒処理では見られなかった。油分2においては、3−メトキシ−1−プロペンが熱及び触媒処理の場合のどちらにも見られた。熱水処理による油分3は低沸点化合物及び高沸点化合物のどちらをも含んでいた。熱水処理で得られた油分3には、主にタールが、少量のヘキサデカン酸、オクタデカン酸などその他の炭化水素とともに含まれていた。木チップをアルカリ触媒熱水液化することで主にフェノール化合物が生成し、生成物配分量は塩基性溶液の種類によって変化し、特に、KCOで高収率であった。
【0020】
本発明の製造方法で得られるフェノール誘導体は、医薬、香料などの合成原料としての用途が約束される。例えば、2−メトキシフェノールは、別名グアヤコールと称され、グアヤコールグリセリンエーテル、グアヤコールスルフォン酸カリなどの合成原料である。3−もしくは4−メチルフェノールは、いわゆるクレゾールであり、消毒薬、合成樹脂原料、可塑剤、ワニスなど用途は広い。オイゲノールは丁子油の成分で香料としても用途がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明製造方法の具体的な実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1は、木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法を示すフローチャートである。図2は、熱分解収率に対するアルカリ触媒の影響を示すグラフである。
【0022】
図1から明らかなように、まず、原料木チップは圧力釜からなる反応槽内で、水のみによる蒸煮、及び各種アルカリ存在下の蒸煮による熱分解を行った。熱分解条件は、前述のように180〜320℃、ここでは280℃、15分の条件で行う熱水処理である。得られた反応物は、塩酸で中和、酸性化後に濾過して、固液分離する。
【0023】
液体にはエチルエーテルを加えて、エーテル抽出相と水相とに分離し、エーテル抽出相を蒸留して「油分1」残渣とエーテル分の回収を行う。水相には、更に酢酸エチルを添加して「油分2」を分離すると共に酢酸エチルは蒸留により回収再使用する。
【0024】
一方、図1の右側にある反応物濾過残渣固形物は、アセトンで抽出してその可溶物からアセトンを分離して「油分3」を分離する。これらの反応及び分離分別手順によって、本発明の木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法が成立する。その詳細は後の実施例で詳細に説明するが、結論を先に述べるならば、図2に示すような物質収支になる。すなわち、油分への変換収率は、水のみの場合10%にも満たないが、アルカリ存在下では、25〜35%にも達し、特に、炭酸カリウムの添加で最大になっている。
【0025】
以下、実施例によって、本発明の木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法を更に説明する。まず、使用した木チップは、松(No.1)の製材屑を平均粒径1〜3mmのチップに破砕したもので、その性状は表1に示すところである。元素分析の結果では、炭素50.7wt%、水素6.2wt%、酸素42.6wt%であった。
【0026】
【表1】

【0027】
実施例1〜5
上記の松の木チップを用いて、次の装置及び工程で熱水処理を行った。まず、熱水処理並びにアルカリ触媒処理のために、NaOH、NaCO、KOH及びKCOの溶液(0.94M)を用いて、280℃で15分間、200mLのTaS−02−HC型オートクレーブにて熱水液化試験を行った。典型的な触媒熱水液化処理では、反応器に5g(乾燥基準)の木チップと、水又は0.94Mのアルカリ溶液(NaOH、NaCO、KOH及びKCO)を各30ml加えた。
【0028】
熱水処理においては、反応装置に5g(乾燥基準)の木チップと、イオン交換水30mlを加えた。その後、中の空気を取り除くために、反応器を窒素で5回パージした。反応物は撹拌器を用いて60回転/分以上で垂直に撹拌した。その後、温度を昇温速度3℃/分で280℃に上昇させ、15分間280℃に保った。反応後、反応器を送風機で室温に冷却した。反応生成物の分離と抽出の手順は、図1に示した。ガス状の生成物は換気してテフロン(登録商標)製袋に集め、密封した。
【0029】
固体と液体の生成物は、イオン交換水でオートクレーブから流い出した後、HCl(1.7M)でpH1〜2の酸性にし、蓋をして終夜(12h)冷蔵庫中で保管した。その後固体と液体の生成物を15分間真空下でろ過して分離した。ろ過中、100mlのイオン交換水を使用して固形生成物を洗浄した。液体部は等量のジエチルエーテル(600ml)で抽出した。このようにして得られたエーテル溶液を、無水硫酸ナトリウムで乾燥、ろ過し、室温でロータリーエバポレーター中で濃縮した。ジエチルエーテルを取り除き、このフラクションを重量測定して、油分1とした。水相は更に等量の酢酸エチル(200ml)で抽出した。そうして得られた酢酸エチル溶液を無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。減圧下で酢酸エチルを取り除き、このフラクションを重量測定して、油分2とした。抽出後、残存する水相には水溶性炭化水素が含まれていた。
【0030】
固形生成物は、ソックスレー抽出器において、円筒ろ紙の溶媒が無色になるまでアセトン(150ml)で抽出した(約20時間)。ロータリーエバポレーター中減圧下でアセトンを取り除いた後、このフラクションを重量測定して、油分3とした。アセトンに不溶なフラクションは105℃で乾燥した後重量測定し、固形残渣(バイオ炭化物)とした。これらの物質収支は、以下に述べる測定方法によって得られた数値により計算して木チップを分解した生成物配分量を求め、表2に一括提示した。
【0031】
【表2】

【0032】
液体生成物の分析は次のようにして行った。木チップを低温熱水液化することにより得られた油分1、油分2、油分3を含む油分を、質量選択検出器を備えたガスクロマトグラフ(GC−TCD:ShimazuGC−8A)によって分析した。測定条件は[GC−MS;HP5973;カラム、HP−1;架橋メチルシロキサン、25X0.32mmX0.17μm;温度プログラム、40℃(10分保持)から300℃(速度5℃/分)10分間保持;触媒処理における油分3の温度プログラム、40℃から150℃(速度5℃/分)から240℃(速度3℃/分)から300℃(速度10℃/分)30分間保持]である。ピークは、ワイリーライブラリー−HP G1035A、質量スペクトルのNISTライブラリー、HP G1033Aの一部を用いて同定した。H NMR及び13C NMRスペクトルをJEOL JNM−LA400を用いて得た。溶媒として、CDCl(熱水処理)及びCO(触媒処理)を用いた。水相中の陽イオン量はイオンクロマトグラフ(DIONEX IC25)を用いて求めた。TOC分析(ShimazuTOC−500)を用いて水中の全有機炭素量(TOC)を測定した。また、ガス状の生成物は、熱伝導度検出器を装備したガスクロマトグラフで分析した。
【0033】
木チップの触媒低温熱水処理を、種々の塩基性溶液(NaOH、NaCO、KOH及びKCO)の存在下、280℃で15分間行った。反応条件は予備実験と結果に基づいて280℃15分間を標準とした。表2において、木チップを分解した生成物配分量を示す。木チップの分解において、塩基性溶液は油分の収量と変換という点で重要な影響を及ぼすことが示された。油分の収量に対する各種の塩基の影響を表2に示す。
【0034】
本発明の高圧熱水処理のみの、油分1の収量は1.3wt%であり、各種の塩基性溶液を用いたアルカリ触媒を添加すると、収量はほぼ6倍から12倍多くなった。油分1及び油分2は、粘ちょうな液体であったが、油分3は固体であった。油分生成物の収量は10.0−16.7wt%の範囲にわたっていた。前述のように、エーテル及び酢酸エチルに可溶なフラクションが油分1及び油分2である。種々の塩基性触媒の中でも、KCOが最も収量の高い油分生成物を与えた(油分1及び油分2の合計が16.7wt%)。油分生成物の収量と変換を考慮すると、触媒活性の順番は次のようになる;KCO>KOH>NaCO>NaOH。これにより、アルカリ塩がそれに対応する水酸化物よりも効果的であるといえる。このことは、アルカリ塩が水と反応しその塩基と重炭酸塩を生成するということが可能性のある理由の一つとして挙げられる。すなわち、重炭酸塩は二次的な触媒として働く可能性がある。
【0035】
木チップはKCOを用いて低温(280℃15分間)で熱水処理を行った場合、変換率は96%であった。KCOはガス化だけでなく、液化によるバイオマスの分解でも有効な塩基性触媒であるといえる。触媒処理では、油分2の収率は1.5−2.3w%であった。油分3は、固体からのアセトン抽出分であるが、KCOを用いた場合が最も高かった(17%)。塩基性触媒の使用によって、ガスの収量も若干増加した。本発明において用いられた様々な塩基性触媒では、ガス状の生成物の収量にほとんど変化は見られなかった。ガス状生成物の組成は、CO、CH、C、C、Cであり、すべての処理での主成分はCOであった。
【0036】
表2において、固形残渣や液体成分中に含まれる全油分以外の他の成分としては水溶性の炭化水素や抽出物がある。木材は、主にリグニン、セルロース、ヘミセルロース及び抽出物からなる。水溶性の生成物は、ヘミセルロース及びセルロースの分解により生成する。植物の乾燥重量中には、通常構成物質と共に高分子炭水化物が50−80wt%含まれている。セルロースは速やかに水溶成分(WS)に分解される。図3に水相中の全有機炭素(TOC)含有量を示す。図3から、熱水処理よりも触媒処理のほうがTOC含有量が高いことが明確に示されている。TOC含有量はKCOを用いた場合に最も高く(原料の炭素を基準に16%)、NaOHを用いた場合に最も低い値を示した。油分生成物でも同様に、TOC含有量は炭酸塩を用いたほうが、それに相当する水酸化物を用いた場合よりも高い値を示した。
【0037】
ここで、実施例中に観測されたアルカリ触媒水と単なる熱水処理の主な違いを述べる。熱水処理の場合は、固形生成物がオートクレーブの表面に付着し固体をこすりとる必要があるが、触媒処理においては、すべて濃黒液体としてオートクレーブから回収される。アルカリ触媒処理の場合、固形残渣(バイオ炭化物)は熱水処理に比べて少なく、フェノール誘導体の収率を高めて、好都合であることが明らかである(表2)。
【0038】
もうひとつは、アルカリ触媒処理における反応後の固液分離操作にある。反応後のろ過の段階の後にHClを添加しても液体と固体部を十分に分離することが困難であったが、反応後HClを添加し冷蔵庫内で保存することにより、液体と固体の生成物を完全に分離することができた。油分1、油分2及び油分3をGC−MS分析をし、保持時間を増加させることによって同定された油分中の化合物のそれぞれを表3、表4及び表5に示した。クロマトグラフの面積の結果(全面積からの%)は、同定された化合物に帰属している。全ピーク面積の100%からの差は、同定されていない化合物の面積分を表しており、ピーク面積が1.5%に満たないものは番号を飛ばして表わしている。
【0039】
【表3】

【0040】
油分1の成分は表3からわかるように、熱水処理における主成分は3−又は4−メチルフェノール、2−フランカルボキシアルデヒド、2−メトキシフェノールであった。しかしながら、触媒処理においては、2−フランカルボキシアルデヒドが観測されず、NaOH及びNaCOを用いた場合には3−メチル又は4−メチルフェノールが副成分として観測された。熱水のみ及びアルカリ触媒処理(KCO)から得られた油分1の全イオンクロマトグラム(保持時間が25分まで)を図4に示す。図4中のピーク番号は表3中の番号に対応している。図4に見られるように、2−フランカルボキシアルデヒド(ピークNo.3)及び3−メチルフェノール(ピークNo.11)に属するピークが熱水処理で観測されたが、これらの化合物はKCOにおいては観測されなかった。表3及び図4の両方から、熱水処理において、2−フランカルボキシアルデヒド、2−メチル−2−シクロペンテン−1−オン、1−(2−フラニル)−エタノン、2,5−ヘキサンジオン、5−メチル−2−フランカルボキシアルデヒド、フェノール、2−ヒドロキシ−3−メチル−2−シクロペンテン−1−オン及び4−ヒドロキシ−3−メトキシベンゼン酢酸が観測されたことは明らかである。しかしながら、これらの化合物はKCOを用いた場合やその他の触媒処理では観測されなかった。触媒処理では、酢酸やプロピオン酸が観測されたが、熱水処理ではプロピオン酸のみが観測された。酢酸のピークは溶媒のピーク(エーテル)とオーバーラップしている。熱水処理と触媒処理の主な違いは、触媒処理には4−メチル−1,2−ベンゼンジオール、4,5−ジメチル−1,3−ベンゼンジオール及び4−エチル−1,3−ベンゼンジオールのようなベンゼンジオール誘導体が存在するという点である。しかしながら、熱水処理の場合には、1,2−ベンゼンジオールのみ観測された。
【0041】
油分1においては、初めに2−メトキシフェノールが生成し分解して1,2−ベンゼンジオールが生成すると考えられる。熱水処理と比較すると、塩基性溶液の使用によって2−メトキシフェノールの量が増加した(表4)。2−メトキシフェノールのパーセントはKOHやKCOの存在下よりもNaOHやNaCOの存在下のほうが高かった。熱水処理とは対照的に、3−又は4−メトキシフェノールはNaOHやNaCOの場合では低く、KOHやKCOでは観測されなかった。木材中のリグニンは物理的にも化学的にも多糖類成分(セルロース、ヘミセルロース等)と結合し、アセタール、α−フェニル−β−エーテル、フェニル−β−グルコシディック及び水素結合を含む複雑な3次元ネットワークを形成する。
【0042】
触媒処理において油分1の炭化水素の主成分はフェノール誘導体とベンゼンジオール誘導体である。リグニンにおけるβ−アリルとベンゾイルエーテル結合が切断されることによりフェノール化合物が生成し、更にフェノール化合物が分解されベンゼンジオール誘導体が生成した。木材の熱化学的変換により三種類の生成物、液体(油分と水からなる)、固体(バイオ炭化物)及びガスを生成する。フェノール化合物を含むこれらの生成物の収量は、木材中のリグニンの立体配置、溶媒、反応温度、反応時間、溶媒/バイオマス比、反応器の種類などを含む実験条件に依存する。触媒処理においてNaOHを用いた場合を除き、フェノール及びベンゼンジオール誘導体に加えて、2,3−ジメチルヒドロキノン及び1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−エタノンが油分1で観測された。
【0043】
油分1を抽出したバイオマスの組成は極めて複雑な混合物である。この検討において、我々はGC−MS分析データを使用し、油分1を抽出したバイオマスの沸点分布を示した。図5はいわゆるC−NP(標準パラフィン)グラムで、標準パラフィンが相当する炭素数に対して個々の成分の面積画分をプロットしたものである。横軸における炭素数は標準パラフィンの相当する沸点(B.P.)の範囲を表わしている。C−NPグラムについての詳細は、いずれでも見つけることができる。熱水処理及び触媒処理から得られた酸化炭化水素も両方がCからC16の沸点の範囲に分布している。熱水処理を含むすべての処理において、油分1の炭化水素の主成分は明らかにC11に相当する。評価した触媒の中で、NaCOがC11の炭化水素を最も多く生成し、56%であった。NaCOを用いた場合、2−メトキシフェノールが油分1中の主成分であるが、2−メトキシ−フェノールは主にC11の炭化水素を増加させる。C11(174.0〜195.8℃)では、炭化水素はNaOHで50%、熱水処理では42%、KOHでは36%、そしてKCOでは28%であった。KCOを使用することにより、ベンゼンジオール及び4−エチル−2−メトキシフェノールのような他の酸化炭化水素を生成させることは明らかである。そして、KCOからの炭化水素の沸点はC11が28%、C12が15%、C13が23%、C14が20%と分布していた。C13の炭化水素がKCO及びKOHで23%であるのに対し、NaOH及びNaCOで11%であることは興味深い。熱水処理から得られた炭化水素の分布はCでシャープなピークを示し、それは主に2−フランカルボキシアルデヒドであることは明らかである。
【0044】
【表4】

【0045】
表4は同定した油分2における化合物を示している。表4に見られるように、3−メトキシ−1−プロペンがすべての処理において観測された。熱水処理において、4−オキソ−ペンタン酸及び5−エチルジヒドロキシ−2(3H)−フラノンが観測された一方で、触媒処理においては3−ヒドロキシ−2−ペンタノンが観測された。すべての触媒処理では、3−ヒドロキシ−2−ペンタノンが主成分であった。しかし、油分2は、表2の生成物分配量からみても、僅か0.1〜1.5%に過ぎない少量である。
【0046】
【表5】

【0047】
熱水処理で得られた油分3において32個の化合物を同定し表5に示した。しかしながら、アルカリ触媒処理では、2−メトキシフェノール(R.T.,5.884)、1,2−ジメトキシベンゼン(R.T.,7.246分、NaOHでは観測されず)、4−メチル−2−メトキシ−フェノール(R.T.,8.398分)、ヘキサデカン酸(R.T.,26.659分)、オクタデカン酸(R.T.,31.525分)の化合物が観測された。熱水処理では、油分1で観測された化合物が(表5のピークNo.1〜11とNo.16)が油分3でも観測された。これは、これらの化合物が液体部へ通過することができす、固体部に残ったことが原因である。固体部に残った化合物はソックスレー抽出器中アセトンで抽出することができた。熱水処理で観測された化合物(ピークNo.17〜32)は沸点のより高い化合物であった。塩基性溶液を使用することで、より沸点の高い化合物にひびが入り、溶液部に化合物が通過することができた。熱水及び触媒処理(KOH)の油分3のH NMRスペクトルを図6に示した。図中(a)は熱水処理、(b)はKOHの触媒処理である。
【0048】
図6からわかるように、油分3のスペクトルは熱水処理と触媒処理とでかなり異なるものである。熱水処理の場合には、シャープなピークが見られたが、触媒処理においては特に芳香族領域で低強度のブロードなピークが見られた。このことは、触媒処理による油分3がタール状の化合物からなることを示している。熱水処理では、9.5377ppm及び9.7587ppmに見られるピークが2−フランカルボキシアルデヒド及び5−メチル−2−フランカルボキシアルデヒドのアルデヒドのプロトンに帰属された。芳香族性プロトンは6−8ppmの範囲であった。7.117ppmのシャープなピークは、主に3−メチルフェノールのメタ位の芳香族性プロトンによるものである。フェノール化合物のヒドロキシル部位はアルコール誘導体のものよりも遮蔽されない。O−Hシグナルの正確な位置は水素結合の程度や水素結合が分子内か分子間であるかに依存している。分子間水素結合の程度はフェノール化合物濃度に依存し、O−Hシグナルの位置に大きな影響を与える。4−6ppmの範囲のピークはO−Hシグナルを示す。4.6607ppmのピークは、主に4−メチルフェノール及び2−メトキシフェノールの−OHプロトンによるものである。3.8076のピークは2−メトキシフェノール、4−エチル−2−メトキシフェノール及び4−メチル−2−メトキシフェノールの−OCH3のシグナルによるものである。アルキルのプロトンは0.5−3.5ppmの範囲にある。
【0049】
アルカリ触媒処理では、GC−MSのピーク強度が小さい。それは、塩基性触媒を使用することで、アセトンを用いて固体部から抽出されるタールを大量に生成させたことによるものである。得られたタールの分子構造の情報は、GC−MSの範囲の分析によってのみ得られる。この範囲は、上限がおおよそ300uであり、300uより大きい質量の芳香族は通常高温のGCカラムから溶出しない。油分3において炭化水素の存在を確認するため、13C NMRを行った。KOHから得られた油分3の13C NMRスペクトルを図7に示した。広範囲にわたる官能基の特徴は、次のようなものである。160−185ppmの範囲のシグナルはカルボン酸の炭素(−COOH)を示し、120−160ppmの範囲のシグナルは芳香族炭素(Ar−)、100−160ppmのシグナルは−OCHに結合しているC原子(−C−OCH)及びOHに結合しているC原子(−C−OH)を示している。0−60ppmの範囲のシグナルはアルキル炭素(−CH、−CH)を示している。
【0050】
以上のように、本発明において、木チップバイオマスの低温液化処理(高圧熱水加熱処理)を280℃15分間することで得られる生成物と沸点分布においてNaやKの水酸化物及び炭酸塩の効果を詳細に検討した。すべての触媒処理(NaOH、NaCO、KOH及びKCO)から得られた油分1では、主要な炭化水素は2−メトキシ−フェノールであった。一方で、熱水処理では、主要な炭化水素は3−もしくは4−メチルフェノールであった。塩基性溶液を使用することにより、4−メチル−2−メトキシフェノール、4−エチル−2−メトキシフェノール及びベンゼンジオール誘導体のような他の化合物の生成が促進された。塩基性触媒は水溶性炭化水素を増加させ、固体残渣(バイオ炭化物)を減少させて、これら芳香族炭化水素の収率を増大させた。油分2においては、3−メトキシ−1−プロペンが熱水及び触媒処理の場合のどちらにも見られた。熱水処理による油分3は低沸点及び高沸点の化合物のどちらをも含んでいた。熱水処理で得られた油分3には、主にタールが、少量のヘキサデカン酸、オクタデカン酸などその他の炭化水素とともに含まれていた。木チップを触媒熱水液化することで生成物配分量は塩基性溶液の種類によって変化するが、主にフェノール化合物が生成し、細かい同定によって、化合物の種類が明らかになり、各化合物の各種医薬、香料など、付加価値の高い製品原料が木チップから得られるのである。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法を示すフローチャートである。
【図2】熱分解収率に対するアルカリ触媒の影響を示すグラフである。
【図3】熱水処理及び各アルカリ触媒処理水相中の全有機炭素(TOC)含有量(%)を示すグラフである。
【図4】(a)熱水処理、(b)KCO触媒処理からの油分1に対する全イオンクロマトグラムの比較チャートである。
【図5】280℃、15分の熱水処理と各アルカリ触媒処理生成物のC−NPグラムである。
【図6】(a)熱水処理、(b)KOH触媒処理からの油分3のH NMRスペクトルである。
【図7】KOH触媒処理からの油分3の13C NMRスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木材又は木材の成分であるリグノセルロース系物質にアルカリ水を添加した混合物を高圧下に蒸煮して固液混合反応物とし、該固液混合反応物を有機溶媒で抽出して得られる油分からフェノール誘導体を分離するに際して、有機溶媒としてエーテル類、アセトン類又はエステル類を用いることを特徴とする木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法。
【請求項2】
固液反応物のろ液からエーテル抽出で得られるフェノール誘導体油分は、主成分が2−メトキシフェノールである請求項1記載の木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法。
【請求項3】
固液反応物の残渣からアセトン抽出で得られるフェノール誘導体油分は、主成分が3−メチルフェノール又は4−メチルフェノールである請求項1記載の木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法。
【請求項4】
固液反応物ろ液のエーテル未抽出残液から酢酸エチル抽出で得られるフェノール誘導体副産物として得られる油分は、主成分が3−ヒドロキシ−2−ペンタノン及び3−メトキシ−1−プロペンである請求項1記載の木チップを原料とするフェノール誘導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−76979(P2006−76979A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−266019(P2004−266019)
【出願日】平成16年9月13日(2004.9.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月11日 社団法人日本化学会発行の「日本化学会第84春季年会 講演予稿集2」に発表
【出願人】(596011910)
【出願人】(504347692)
【出願人】(503267467)
【Fターム(参考)】