説明

未分化細胞から肝臓を分化誘導する方法

【課題】未分化な細胞から肝臓をつくるための技術、成体の肝臓で発現する遺伝子の欠陥や欠損などに起因するヒトなどの異常や疾病を治療する目的等に有用な細胞又は組織等の生物的材料、及び、それらの異常や疾病を予防・治療するための薬剤の開発における有用なアッセイ系の生物的材料を提供すること。
【解決手段】解離状態の未分化細胞をアクチビンで処理することを含む、該未分化細胞から肝臓を分化誘導する方法、該方法で分化誘導された肝臓、該肝臓由来の組織、又は、それらに含まれる肝細胞、並びに、それらを用いる、肝臓の異常や疾病を予防・治療するための薬剤のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未分化細胞から肝臓を分化誘導する方法、該方法で分化誘導された肝臓、該肝臓由来の組織、又は、それらに含まれる肝細胞、並びに、これらを用いる、肝臓の異常や疾病を予防・治療するための薬剤のスクリーニング方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
成人に発症する癌の原因遺伝子は、胎児のみで発現し胚発生に重要な遺伝子であることが分かってきている。これを受けて、癌の遺伝子治療及び創薬開発に器官特異的に発現する遺伝子が着目され始めている。
【0003】
アフリカツメガエルは、発生が早く結果の判定が容易であること、採卵が容易であること、発生の過程が体の外で観察できること、遺伝子の機能解析が容易であることなどの利点から、初期発生の研究において重要な役割を担ってきた。更に、アフリカツメガエル胚の器官発生の鍵となる遺伝子は、ヒトを含む脊椎動物全般で保存されていること、哺乳動物よりも発生が単純であるためにその仕組みが解明されやすいことなどから、癌遺伝子の同定や創薬におけるモデル生物としての活用が期待されている。
【0004】
これまでに、アフリカツメガエルの未分化な細胞から、心臓や膵臓、眼や腎臓などの種々の器官を作るための方法が開発されている(非特許文献1〜3)。しかしながら、これまで未分化な細胞から肝臓を誘導する技術がなかった。このような技術が存在しないことは、胚発生における肝臓誘導の仕組みの解明および治療薬の開発などの過程における重大な障害となっていた。
【0005】
これまでに、肝細胞増殖因子(HGF)及びデキサメサゾン等を添加した培地中でマウスの胎性幹細胞から肝細胞への分化誘導が試みられている(非特許文献4)。更に、ラット骨髄由来間葉系幹細胞及びヒト親知らず由来の間葉系幹細胞からも同様な方法で肝細胞への分化誘導が試みられている(非特許文献5)。
【非特許文献1】Chan TC., et al., Naturwissenenschaften 86, 224-227 (1999)
【非特許文献2】Moriya N ., et al., Dev. Growth. Differ. 42, 593-602 (2000)
【非特許文献3】Ariizumi T., et al., Int. J. Dev. Biol. 47, 405-410 (2003)
【非特許文献4】Hamazaki T., et al., FEBS Lett., 497, 15-19 (2001)
【非特許文献5】Kiyohito Y., et al., YAKUGAKU ZASSHI 128(1) 3-9 (2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の主な目的は、未分化な細胞から肝臓をつくるための技術を開発することである。更に、このような肝臓の肝臓実質細胞形成に関与するタンパク質などが特異的に欠如、あるいは異常発現しているヒトなどの疾病の診断や、肝細胞の癌化に関与する遺伝子の発見、さらに成体の肝臓で発現する遺伝子の欠陥や欠損などに起因するヒトなどの異常や疾病を治療する目的等に有用な細胞又は組織等の生物的材料、及び、それらの異常や疾病を予防・治療するための薬剤の開発における有用なアッセイ系の生物的材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、解離状態の未分化細胞、例えば、解離した未分化細胞を再集合させるときにアクチビンを処理することによって、肝臓を誘導することができることを見出し、かかる知見に基づき本発明を完成した。
【0008】
即ち、本発明は以下の各態様に係るものである。
[第一の態様] 解離状態の未分化細胞をアクチビンで処理することを含む、該未分化細胞から肝臓を分化誘導する方法。
[第二の態様]本発明方法で分化誘導された肝臓、該肝臓由来の組織、又は、それらに含まれる肝細胞。
[第三の態様]本発方法で得られた肝臓、該肝臓由来の組織、又は、それらに含まれる肝細胞を用いる、肝臓の異常や疾病を予防・治療するための薬剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明を用いて、未分化な細胞から高率で肝臓を分化誘導することが可能となり、このようにして誘導された肝臓は肝臓特有の外見をもち、肝臓に特有なタンパク質(マーカータンパク質)の遺伝子Hexやtransferrinが発現するが確認された。更に、このような肝臓の肝臓実質細胞形成に関与するタンパク質などが特異的に欠如、あるいは異常発現しているヒトなどの疾病の診断や、肝細胞の癌化に関与する遺伝子の発見、さらに成体の肝臓で発現する遺伝子の欠陥や欠損などに起因するヒトなどの異常や疾病を治療する目的等に有用な細胞及び組織等の生物学的材料、及び、それらの異常や疾病を予防・治療するための薬剤の開発における有用なアッセイ系の生物的材料が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明方法の特徴は、解離状態の未分化細胞をアクチビンで処理することによって肝臓を分化誘導することである。例えば、解離状態の未分化細胞から細胞集合体を形成させる工程において該未分化細胞をアクチビンで処理することが出来る。尚、本明細書において、未分化細胞の「解離状態」とは、個々の未分化細胞がアクチビン処理を実質的に受けることができるような状態にあることを意味しており、未分化細胞の細胞集塊が一つ一つの細胞にまで完全にバラバラに解離している必要はない。
【0011】
解離状態の未分化細胞をアクチビンで処理する方法に特に制限はなく、当業者に公知の任意の方法を利用することが出来る。例えば、適当な濃度のアクチビンを含有する培地中で解離状態の未分化細胞を培養することが挙げられる。該培地中でのアクチビンの濃度及び処理時間などは、実施例に示されるように、未分化細胞から形成される細胞集合体が肝臓に特有なタンパク質(マーカータンパク質)の遺伝子Hexやtransferrinが発現する肝臓組織に分化誘導できるような適当な条件とすることができる。従って、本明細書で、「肝臓」とは、実施例で示されるように、肝臓に特有の組織構造を有し、肝臓特異的に発現する上記のマーカータンパク質が有意に発現している細胞集合体(組織)を意味する。
【0012】
解離状態の未分化細胞から細胞集合体を形成させる工程におけるアクチビン処理の条件として、例えば、該培地中でのアクチビンの濃度は10ng/mlより高い濃度、例えば、少なくとも100ng/mlが好ましい。又、アクチビンによる未分化細胞の処理時間は、少なくとも5時間より長い時間、例えば、24時間であることが好ましい。通常、解離細胞の再集合は約30分で終了する。従って、解離細胞が再集合して細胞集合体が形成された後もアクチビン処理を続けることになる。尚、未分化細胞から肝臓を効率よく分化誘導するためには、少なくとも約5,000個の細胞を含む細胞集合体が形成されるように、アクチビン処理する解離状態の未分化細胞の数等のアクチビン処理の諸条件・環境を予め適宜調整することが望ましい。
【0013】
本発明はこの理論に拘束されるものではないが、解離状態の未分化細胞をアクチビンで処理することによって、細胞1つ1つがアクチビン処理を受けることができ、その結果、未分化な細胞から高率で肝臓を分化誘導することが可能となるものと考えられる。
【0014】
処理するアクチビンがプラスチックなどの培養装置面に吸着されてしまうことを防ぐ目的で、アクチビンを含有する培地として、適当な濃度のウシ血清アルブミンのような適当なキャリアタンパク質を含有する無血清培地を用いることが好ましい。
【0015】
本明細書において、「未分化細胞」は未分化状態にある細胞を広く意味し、例えば、胎性幹細胞(ES細胞)の他、造血幹細胞、神経幹細胞、皮膚組織幹細胞等、様々な組織性幹細胞等を包含する概念である。
【0016】
更に、例えば、Oct3/4, Klf4, Sox2, 及びc-Myc等から選択された幾つかの遺伝子を体細胞に導入して得られた人工多能性幹細胞(iPS細胞:Kazutoshi T. et al., Cell 131, 861-872, Nov., 2007)のような、遺伝子操作等によって人為的処理によって多能性が付与された細胞も「未分化細胞」に含まれる。
【0017】
解離状態の未分化細胞の調製方法に特に制限はない。例えば、受精卵の卵割の結果生じる多細胞の胚である胞胚から、当業者に公知の任意の解離方法で得られた胚性幹細胞を使用することが出来る。因みに、胞胚は、初期、中期、及び後期胞胚に細分されるが、後期胞胚が好ましい。特に、後期胞胚の動物極を含む細胞層から得られた未分化細胞が好ましい。
【0018】
又、受精卵の胎児へと成長していく過程の一つに胚盤胞と呼ばれる状態がある。胚盤胞は、球状の形をしており、外側の細胞層である栄養外胚葉と将来的に身体を形成する内部細胞塊を含む胞胚腔とから構成されている。ES細胞、iPS細胞及び組織性幹細胞等の未分化細胞を浮遊状態で培養すると、周辺部が内皮様に分化した胞胚腔に類似する大きな細胞集塊を形成する。本発明では、この細胞集塊を胚様体(embryoid bodies)という(Takahashi et al., 2007; Hamazaki et al., 2001; 八木他 2008)。従って、このようにして調製された細胞集塊である胚様体を同様に解離して得られる未分化細胞を本発明における未分化細胞として使用することも出来る。
【0019】
胚様体は、従来公知の技術にしたがって調製することができる。胚様体を構成する細胞は、胚様体を形成することができる程度に未分化な細胞であれば特に制限されることはない。例えば、ES細胞を出発材料として、ウシ胎仔血清等を含む血清培地又は無血清培地中で浮遊培養してES細胞の集合体である胚様体を調製することができる。
【0020】
例えば、未分化細胞は、必要に応じ、フィーダー細胞上に播種することによって培養することができる。フィーダー細胞としては、X線、γ線、マイトマイシンC等で処理することによって生存はするが増殖しない状態にした細胞を用いることができる。例えば、マウス由来ES細胞のフィーダー細胞としては、マイトマイシンCで処理したマウス胎児繊維芽細胞を用いることができる。なお、典型的には、培地は毎日交換し、かつ、継代培養を3日間おきに行う。
【0021】
培養した未分化細胞を、トリプシン処理によって単一細胞懸濁液とし、得られた懸濁液を、培養用の容器に播種して、COインキュベーター内で培養する。この操作により、フィーダー細胞は培養面に付着するが、未分化細胞は培養面に付着せずに浮遊したままとなる。そこで培養上清を回収し、遠心分離することによって、未分化細胞をフィーダー細胞と分離することができる。
【0022】
次に、得られた未分化細胞を、傾けた低付着性の培養用容器中で一晩浮遊培養し、次に容器を水平状態にして、さらに培養を2〜3日間継続して胚様体を調製する。また、ミネラルオイル上に形成させた液滴中に未分化細胞を懸垂状態とさせて、培養することによっても胚様体を調製することができる。この胚様体調製用培地としては、ウシ胎仔血清を含む培地又は無血清培地を用いることができる。
【0023】
得られた胚様体は、付着性容器を用いて血清培地又は無血清培地の中で培養することによって、培養容器の底面に付着させることができる。
【0024】
本発明に用いることができる未分化細胞は、哺乳類等を含む脊椎動物由来に由来する細胞であれば特に制限されることはないが、好ましくは、哺乳類、特に、げっ歯類又は霊長類に由来する細胞であり、特に好ましくは、ヒトに由来する細胞である。
【0025】
このようにしてアクチビンで処理した後に、通常、適当な期間、例えば1〜5日間、形成した細胞集合体の培養を更に継続することによって、未分化細胞から肝臓が高率で分化誘導することができる。
【0026】
細胞集塊を形成している未分化細胞は当業者に公知に任意の方法で解離状態にすることができる。細胞集塊の培養、細胞集塊からの解離処理、及び解離状態の未分化細胞の培養に使用する培地としては、細胞の種類等に応じて、当業者に公知の培地から適宜選択することができる。25℃以上で培養すると細胞が死滅する可能性が高くなるので、細胞及び細胞集塊の培養は25℃以下、好ましくは20℃付近の温度で行うことが好ましい。尚、本発明方法における全ての工程は生体外(イン・ビトロ)で行うことが出来る。
【0027】
アクチビンは、濾胞刺激ホルモン分泌促進タンパク質とも呼ばれ、分子量約27,000のペプチド性ホルモンである。アクチンビンには、インヒビンAのβ鎖のホモ二量体(ββ)であるアクチビンA、インヒビンBのβ鎖のホモ二量体(ββ)であるアクチビンB、及び、これらのヘテロ二量体(ββ)であるアクチビンABの3種類がある。アクチビンの各単量体には9つのシステイン残基が非常によく保存されており、TGF-βのスーパーファミリーに属している。脊椎動物におけるアクチビンのアミノ酸配列は非常に相同性が高く、例えば、アフリカツメガエルとヒトのアクチビンAで87%、アクチビンBでは95%の相同性がある。アクチビンの生体における機能は数多く知られているが、未分化細胞を肝臓を分化誘導する作用については未だ知られていない。
【0028】
アクチビンのアミノ酸配列等は公知であり、例えば、ヒト由来のアクチビンは以下のID番号に基づき各公的機関のデータベースを参照することが出来る:NM_002192 (NCBI) Homo Sapiens inhibin, beta A (INHBA), mRNA。
【0029】
更に、アクチビンとして、
(a) 天然のアクチビンのアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列から成り、かつ、アクチビンの生物学的活性を有するタンパク;又は
(b)天然のアクチビンのアミノ酸配列と90%以上、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成り、かつ、クチビンの生物学的活性を有するタンパク、も同様に本発明で使用することが可能である。これらのアクチビンは当業者に公知の任意の遺伝子工学的手法で作製することも可能である。
【0030】
ここで、「相同性」(又は、「同一性」)とは、ポリペプチドのアミノ酸配列における2本の鎖の間で該鎖を構成している各アミノ酸残基同志の互いの適合関係において同一であると決定できるようなものの量(数)を意味し、二つのポリペプチド配列又は二つのポリヌクレオチド配列の間の配列相関性の程度を意味するものである。相同性は容易に算出できる。二つのポリヌクレオチド配列又はポリペプチド配列間の相同性を測定する方法は数多く知られており、「相同性」なる用語は、当業者には周知である (例えば、Lesk, A. M. (Ed.), Computational Molecular Biology, Oxford University Press, New York, (1988);Smith, D. W. (Ed.), Biocomputing: Informatics and Genome Projects, Academic Press, New York, (1993); Grifin, A. M. & Grifin, H. G. (Ed.), Computer Analysis of Sequence Data: Part I, Human Press, New Jersey, (1994);von Heinje, G., Sequence Analysis in Molecular Biology, Academic Press,New York, (1987); Gribskov, M. & Devereux, J. (Ed.), Sequence Analysis Primer, M-Stockton Press, New York, (1991) 等) 。二つの配列の相同性を測定するのに用いる一般的な方法には、Martin, J. Bishop (Ed.), Guide to Huge Computers, Academic Press, San Diego, (1994);Carillo, H. & Lipman, D., SIAM J. Applied Math., 48: 1073 (1988) 等に開示されているものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
尚、本発明の方法において、使用するアクチビンは、処理対象となる未分化細胞と同じ生物種又は異なる生物種由来のもののいずれでも良いが、出来るだけ互いに近縁種であることが好ましく、特に、同じ生物種由来であることが好ましい。
【0032】
更に、本発明は、このようにして分化誘導された肝臓、該肝臓由来の組織、又は、それらに含まれる肝細胞(肝実質細胞)等の各種細胞にも係る。これらは、例えば、様々な薬剤のスクリーニング方法等に使用することが出来る。
【0033】
本発明のスクリーニングは当業者に公知の任意の方法で行うことが出来る。本発明のスクリーニング方法により、肝臓の異常や疾病を予防・治療するための薬剤(化合物)を同定することが出来る。該化合物は、ヒト等の生体内に元来含まれている物質、又は人工的に合成された物質でもよい。
【0034】
本発明のスクリーニング方法は、例えば、以下の工程で実施することが出来る。
(a)上記の肝臓等に被検化合物を接触させる工程、
(b)該肝臓等における肝臓の遺伝子マーカーなどの発現の変動等を観察又は測定する工程、及び
(c)このような変動を起こさせる化合物を選択する工程、を含む前記方法。
【0035】
上記スクリーニング方法においては、上記工程 (a)における接触は、該肝臓等の培養系に被検化合物を添加すること等の当業者に公知の任意の手段によって、これらを接触させることによって実施することが出来る。尚、肝臓の遺伝子マーカーなどの発現の変動は、例えば、実施例に示したように、肝臓に特有なタンパク質(マーカータンパク質)の遺伝子であるHexやtransferrinの発現を測定すること等によって行うことが出来る。
【0036】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。又、特に記載のない場合には、以下の実施例は、免疫染色及びReal-time PCR法を含む当該技術分野における常法及び当業者に公知の標準的な方法、例えば、Sambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている遺伝子工学及び分子生物学的技術に従い実施した。又、本明細書中に参考文献などとして引用された文献の記載内容は本明細書の開示内容の一部を構成するものである。
【実施例】
【0037】
本発明方法に従い、初期発生を研究するためのよいモデルであるツメガエルの未分化細胞を出発材料として、解離再集合体を形成することにより、肝臓を誘導することができた(図1)。このようにして誘導された肝臓は、肝臓特有の外見をもち、肝臓に特有なタンパク質(マーカータンパク質)の遺伝子Hexやtransferrinが発現するなどから、肝臓であることが判明した。
【0038】
未分化細胞の取り出し
アフリカツメガエルの未分化細胞を、次に述べるような方法で取り出した。後期胞胚に達したアフリカツメガエル胚を、培養液(Steinberg’s Solution (SS) ; 58 mM NaCl, 0.67 mM KCl, 0.34 mM Ca (NO3)2, 0.83 mM MgSO4, 3.0 mM hydroxyethylpiperazinyl ethanesulfonic acid, and 100 mg/l kanamycin sulfate, pH 7.4)を満たした3%アガロースを敷いたシャーレに移し、動物極にある未分化で多分化能を持つシート状の細胞を、タングステン針を用いて実体顕微鏡下で0.5ミリ角に取り出し、これを10枚集めた。
【0039】
細胞の解離
はじめに、アクチビン処理を行うための前処理として、アフリカツメガエル後期胞胚から取り出した10枚のシート状の未分化な細胞(細胞数:約5,000個)を次に述べるような方法で解離した。カルシウムイオン及びマグネシウムイオンを含まないSS (Ca++, Mg++ Free Steinberg’s Solution; 58 mM NaCl, 0.67 mM KCl, 3.0 mM hydroxyethylpiperazinyl ethanesulfonic acid, and 100 mg/l kanamycin sulfate, pH 7.4)を100 μL満たした培養用の容器(例えば96穴の培養用ディッシュ)へ、取り出した5枚のシート状の未分化な細胞を移し、20分間静置した。この処理により、シート状の未分化な細胞の細胞間相互作用が緩くなり、シート状ではなく、ひとつひとつの細胞が解離した。
【0040】
肝臓の誘導
細胞を解離したあと、カルシウムイオン及びマグネシウムイオンを含まないSSを除き、100 ng/mlのアクチビン(0.1% BSAを含むSSで調製したもの)を添加し、ピペット(例えばパスツールピペットなど)で撹拌し、24時間静置した。この処理により、細胞は再集合しながらアクチビン処理を受けた。こうしてアクチビン処理を受けた解離再集合体(細胞集合体)を0.1% BSAを含むSSを満たした培養用の容器(例えば96穴の培養用ディッシュ)に移し、3日間培養を継続すると、肝臓が高率に誘導された(図2)。なお、この培養過程において、シート状の未分化な細胞を解離しないでアクチビン処理した場には、肝臓は誘導されなかった。
【0041】
肝臓の同定
こうしてアクチビン処理により誘導された肝臓は特有の組織構造を持っていた(図3)。又、アクチビン処理濃度を変えて培養した場合の各種遺伝子の発現をRT-PCR法にて調べたところ、アクチビン処理濃度が100 ng/mlの場合(レーン4)には肝臓特異的に発現するタンパク質(マーカータンパク質)であるHexが発現していることが確認された(図4)。
【0042】
肝臓の誘導条件
さらに、アクチビン処理時間についても検討したところ、5時間のアクチビン処理においては肝臓の遺伝子マーカーであるHexや肝臓特異的分化遺伝子マーカーであるTransferrinの発現が認められるものの、心臓でも発現することが知られるNkx2.5やcTnlの発現も認められた(図5)。 一方、24時間アクチビン処理を行った場合では、心臓特異的遺伝子マーカーであるNkx2.5やcTnlの発現は見られず、肝臓の遺伝子マーカーであるHexやTransferrinの発現のみが認められた(図6)。このことから、肝臓のみを誘導するためには少なくとも5時間より長いアクチビン処理が必要であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
未分化細胞から肝臓が誘導されるしくみは両生類からヒトを含む哺乳類で広く共通しており、未分化で多分化能をもつ細胞から肝臓の細胞をつくる本発明方法を利用することによって、例えば、癌マーカーの発見や肝臓発生に必須な遺伝子の単離等を含めた、再生医療、創薬、治療法開発、診断薬開発、及び試薬開発の創薬等への幅広い応用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】未分化細胞からの肝臓の誘導の概略図。
【図2】未分化細胞から誘導された肝臓の外形の光学実体顕微鏡写真(無処理の解離再集合体(A)と、肝臓細胞を含むアクチビン処理した解離再集合体(B)、倍率:25倍)
【図3】未分化細胞から誘導された肝臓の組織切片の光学顕微鏡写真。(無処理の解離再集合体(A)と、肝臓細胞を含むアクチビン処理した解離再集合体(B) ヘマトキシリン・エオシン染色、倍率:10倍)
【図4】アクチビン処理濃度の検討。(1〜4レーン;各濃度でアクチビン処理後1日培養したもの。レーン5;WEは、発生段階が20に達した無処理の胚)
【図5】アクチビン処理時間の検討(5時間)。アクチビン処理後1時間で肝臓遺伝子マーカーHexの発現が見られた(レーン3)。培養5日後で器官特異的マーカーの発現を調べたところ、肝臓のマーカーTransferrinに加えて心臓のマーカーNkx2.5やcTnlの発現が認められた(レーン5)。(レーン1、2;無処理の解離再集合体)
【図6】アクチビン処理時間の検討(24時間)。アクチビン処理後3時間・5時間で肝臓遺伝子マーカーHexの発現が見られた(レーン3、4)。培養5日後で器官特異的マーカーの発現を調べたところ、心臓のマーカーNkx2.5やcTnlの発現は見られず、肝臓のマーカーTransferrinのみ認められた(レーン5)。(レーン1、2;無処理の解離再集合体)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
解離状態の未分化細胞をアクチビンで処理することを含む、該未分化細胞から肝臓を分化誘導する方法。
【請求項2】
解離状態の未分化細胞から細胞集合体を形成させる工程において該未分化細胞をアクチビンで処理することを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
10ng/mlより高い濃度のアクチビンを含有する培地中で解離状態の未分化細胞を培養して細胞集合体を形成させる、請求項2記載の方法。
【請求項4】
100ng/mlのアクチビンを含有する培地中で解離状態の未分化細胞を培養して細胞集合体を形成させる、請求項3記載の方法。
【請求項5】
キャリアタンパク質を含有する無血清培地を用いる、請求項3又は4記載の方法。
【請求項6】
解離状態の未分化細胞を少なくとも5時間より長い時間アクチビンで処理する、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
解離状態の未分化細胞が胞胚から得られた胚性幹細胞である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
胞胚が後期胞胚である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
未分化細胞が後期胞胚の動物極を含む細胞層から得られたものである、請求項8記載の方法。
【請求項10】
未分化細胞が胚様体から得られたものである、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
未分化細胞が脊椎動物由来である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
未分化細胞が哺乳動物由来である、請求項11記載の方法。
【請求項13】
未分化細胞がヒト由来である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
解離状態の未分化細胞を培養する培地が無血清培地である、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
アクチビンで処理した後に細胞集合体の培養を1〜5日間継続する、請求項1〜14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
20℃で細胞を培養する、請求項1〜15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
細胞集合体が少なくとも約5,000個の細胞を含む、請求項1〜16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
請求項1〜17のいずれか一項に記載の方法で分化誘導された肝臓、該肝臓由来の組織、又は、それらに含まれる肝細胞。
【請求項19】
請求項18記載の肝臓、該肝臓由来の組織、又は、それらに含まれる肝細胞を用いる、肝臓の異常や疾病を予防・治療するための薬剤のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−75631(P2010−75631A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−250533(P2008−250533)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】