説明

析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物

【課題】従来より熱疲労特性が改善されたアルミニウム鋳物からなる製品を提供すること。
【解決手段】表層組織における結晶粒子は、その円形度が0.6以上0.8以下のものが全体の70%以上である析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の提供による。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理によって析出硬化する、Al−Si系のアルミニウム合金鋳物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、輸送機器エンジン等の特性向上に伴い、部材にかかる熱的及び機械的負荷が益々厳しくなっており、輸送機器エンジン等を構成する部材においては、耐熱疲労特性の向上が望まれている。
【0003】
エンジン等の軽量耐熱素材として多用されているAl−Si鋳物合金の耐熱疲労性に関しては、従来、共晶Si粒子の球状化(非特許文献1を参照)、Cu添加、過時効処理(非特許文献2、非特許文献3を参照)、ポロシティ(非特許文献4を参照)等の効果に関する工業的な報告がある。
【0004】
又、熱機械サイクル負荷下で、時効析出物が外力に適応して配向する(非特許文献5を参照)ことを利用したスマート組織制御(非特許文献6を参照)や、軟質材コーティングによる熱疲労亀裂伝播阻止効果(非特許文献7を参照)のように、新しいアイデアによる試みも報告されている。
【0005】
【特許文献1】特許第3964349号公報
【非特許文献1】金曽誠、小林俊郎、戸田裕之:「鋳造」、74、6、(2002)
【非特許文献2】茂泉健、手塚裕康、里達雄:「鋳造工学」、75、(2003)、397〜402
【非特許文献3】茂泉健、手塚裕康、里達雄:「軽金属」、53、(2003)、588〜594
【非特許文献4】生野元、岩永省吾、粟野洋司:軽金属、45、11、(1995)、671〜676
【非特許文献5】M.Toyoda、H.Toda、H.Ikuno、T.Kobayashi、M.Kobayashi、K.Matsuda:「Scripta Mater.」、Vol.56、(2007)、377〜380
【非特許文献6】福永哲也、戸田裕之、小林俊郎、小林正和:「軽金属学会第112回春期大会講演概要」、(2007)、289〜290
【非特許文献7】H.Toda、M.Toyoda、T.Kobayashi、T.Akahori、M.Niinomi:「J.Intelligent Mater.Sys.Struct.」、Vol.17、(2006)、1099〜1103
【非特許文献8】H.Zhang、H.Toda、H.Hara、M.Kobayashi、T.Kobayashi、D.Sugiyama、N.Kuroda:「Metall.Mater.Trans.A」、Vol.38A、(2007)、1774〜1785
【非特許文献9】L.Qian、H.Toda、K.Uesugi、T.Kobayashi、T.Ohgaki、M.Kobayashi:「Appl.Phys.Lett.」、Vol.87、(2005)、241907
【非特許文献10】P.Cloetens、M.Pateyron−Salome、J−Y.Buffiere:「et al.J.Appl Phys.」、Vol.1、(1997)、5878
【非特許文献11】H.Toda、H.Mizutani、T.Akahori、M.Niinomi、T.Kobayashi:「Mater.Trans.」、Vol.46、No.10、(2005)、2229〜2236
【非特許文献12】M.R.Shankar、S.Chandrasekar、A.H.KingandW.D.Compton:「ActaMater.」、53、(2005)、4781〜4793
【非特許文献13】S.Ferrasse、V.M.Segal、K.T.Hartwig R.E.Goforth:「J.Mater.Res.」、12、(1997)、1253〜1261
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
更に、ショットピーニングに代表される表面冷間加工処理を行えば、圧縮残留応力等の効果によって、疲労特性が改善されることは、よく知られている。ところが、Al−Si合金鋳物への強加工は、Si粒子やAlFe(Mn)Si等の脆性な金属間化合物を破壊して、疲労亀裂の発生や伝播を促進する懸念もある(非特許文献8を参照)。
【0007】
本発明は、このような技術背景の下でなされたものであり、その課題とするところは、従来より熱疲労特性が改善されたアルミニウム鋳物からなる製品を提供することである。研究が重ねられた結果、以下に示す手段によって、この課題が解決されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、先ず、本発明によれば、(Al−Si系合金からなり、)表層組織における結晶粒子は、その円形度が0.6以上0.8以下のものが全体の70%以上である(全体の70%以上を占める)析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物が提供される。
【0009】
表層組織における結晶粒子は、その円形度(係数)が0.6以上0.8以下のものが全体の80%以上であることが好ましい。表層組織における結晶粒子は、その円形度(係数)が0.6以上0.8以下のものが全体の80%以上であることが特に好ましい。
【0010】
本発明にいう円形度(係数)は、画像解析によって、結晶粒子を特定し、結晶粒子毎に、(4π×(面積))/(周囲長×周囲長)で求めたものである。
【0011】
本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物においては、表層組織における結晶粒子は、そのアスペクト比が0.4以上0.7以下のものが全体の70%以上である(全体の70%以上を占める)ことが好ましい。
【0012】
表層組織における結晶粒子は、そのアスペクト比が0.4以上0.7以下のものが全体の80%以上であることが、より好ましい。表層組織における結晶粒子は、そのアスペクト比が0.4以上0.7以下のものが全体の90%以上であることが、特に好ましい。
【0013】
本発明にいうアスペクト比は、画像解析によって、結晶粒子を特定し、結晶粒子毎に、長方形で囲んだときの最小長方形である外接長方形を求め、その外接長方形の長辺を長軸とし、短辺を短軸とし、短軸/長軸で求めたものである。
【0014】
本明細書において、表層とは、表面の近傍の実体部分を指し、本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物においては、表面からの深さが1mmまでの表層において、その表層組織における結晶粒子は、その円形度が0.6以上0.8以下のものが全体の70%以上であることが好ましく、その表層組織における結晶粒子は、そのアスペクト比が0.4以上0.7以下のものが全体の70%以上であることが好ましい。
【0015】
次に、本発明によれば、析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金を用い、鋳造法によって成形品を得て、その成形品に溶体化処理及び人工時効処理を行った後、表面層加工処理を施す、析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の製造方法が提供される。但し、上記表面層加工処理は、閉空間を形成し、その閉空間に成形品を配設するとともに、その閉空間に比重が2以上10以下で径がφ5mm以上φ12mm以下の球状体又は多面体を含む加工材を投入し、その加工材を投入した閉空間の揺動をさせて、加工材を成形品の表面に衝突をさせる処理である。
【0016】
本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の製造方法においては、揺動の方向に対して、閉空間に配設される成形品の向きの変更をして、その変更毎に、加工材を投入した閉空間の揺動をさせることが好ましい。
【0017】
閉空間を形成し、とは、何らかの箱体、容器等で開放されていない空間を形成することを指す。閉空間の揺動をさせる、とは、その閉空間を形成した箱体、容器等を揺動させることで実現される。閉空間は、密閉されている必要はなく、閉空間を運動する加工材が飛び出ない程度に閉じられていればよい。
【0018】
表面層加工処理の好ましい条件は、以下の通りである。加工材の量は、閉空間の容積に対し、体積比で概ね5%以上30%以下である。加工材は、径がφ5mm以上φ12mm以下の球状体又は多面体が、加工材全体の70体積%以上を占めるものとする。加工材の比重は、好ましくは5〜10であり、加工材として、具体的には、例えば鋼球、ステンレス球等の金属球を採用することが出来、又、ジルコニア球、アルミナ球等のセラミック球を用いることが出来る。揺動にかかる振動数は、3Hz以上30Hz以下である。揺動にかかる揺動時間は、10秒以上10分以下である。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物においては、表層組織における結晶粒子は、その円形度が0.6以上0.8以下のものが全体の70%以上であるので、表層において組織の流動化が進んでおり、熱疲労強度に優れる。同様に、表層組織における結晶粒子は、そのアスペクト比が0.4以上0.7以下のものが全体の70%以上であることによっても、表層における組織の流動化を確認することが出来、この条件を満たす本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物は、熱疲労強度に優れている。
【0020】
本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の製造方法は、本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物を得ることが出来る点に優れた効果を奏する。特に、本発明に係る析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の製造方法は、表面層加工処理において、閉空間を形成し、その閉空間に成形品を配設するとともに、その閉空間に加工材を投入し、閉空間の揺動をさせることによって、加工材を成形品の表面に衝突をさせるので、成形品のある表面に、種々の方向から加工材が衝突するようになり、成形品は、多軸負荷を受ける。そのため、析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の表層における組織の流動化を図り易く、容易に、表層組織における結晶粒子を、その円形度が0.6以上0.8以下のものが全体の70%以上になるように加工することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明について実施例を用いて説明する。本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【実施例】
【0022】
[試験片]概ね棒状のAC4CH合金(日本工業規格)を用いた。化学組成は、Alの他、6.80質量%のSi、0.31質量%のMg、0.11質量%のFe、0.11質量%のTi、0.02質量%のZn、0.01質量%のMnである。大きさ、形状は、図13に示す。
【0023】
[表面冷間加工処理(表面層加工処理)]熱処理は、813Kで14.4ksの溶体化処理後、水冷し、453K−7.2ksの時効処理を施す、いわゆるT6処理である。表面冷間加工処理(表面層加工処理)としては、容器で閉空間内に、直径5〜12mmの鋼球を入れて、容器を揺動させることで、対象面を塑性加工(特許文献1を参照)した。用いた試験片(非特許文献1を参照)の標点間は、中実円筒状で、標点間距離20mm、同直径10mmである。試験片の表面に処理を施すため、特別に200×150×80の大きさの容器に、試験片と、容器の体積率で50%の鋼球を入れて処理した(容器の形状や、容器に試験片をセットする状態については、図14(平面図)及び図15(断面図)を参照)。尚、試験片は、1分毎に90°回転させて、揺動方向に対する位置を変え、合計4分間処理した。
【0024】
以下、処理を施した材料をSH(Surface hardening)材、未処理材をNH(No hardening)材と称する。
【0025】
[熱疲労試験]熱疲労試験機は、電気油圧式サーボ型疲労試験機と高周波誘導コイルによる加熱、圧縮空気吹き付けによる冷却を組み合わせた拘束率可変型のものである。試験は歪み制御で行い、負荷ひずみと熱サイクルの位相を反転して同期させるOut−of−phase型とした。この場合、加熱時に圧縮負荷、冷却時には引張負荷がかかることになる。1回の熱サイクルは400sec.であり、温度範囲323K〜523K、歪み波形を三角波とした。負荷歪み範囲Δεmは、0.75、1.0、1.25、1.5、2.0%の5水準とした。
【0026】
[ミクロ組織の観察と評価]光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)−EBSP、透過型電子顕微鏡(TEM)、X線吸収マイクロトモグラフィー(CT)を用いた。CTの撮像は、高輝度放射光施設SPring−8のビームラインBL47XUで行った。なお、手法の詳細は、非特許文献9と同じである。再構成した3D画像の画素サイズは、0.474μmとなった。今回は、試料−検出器間の距離を50mmとし、屈折コントラストにより微小な亀裂、アルミニウム基地と吸収係数が極めて近いシリコン粒子等を強調して明瞭に観察出来るようにした。又、0〜180°のステージ回転中に1500枚の断層像を撮影し、高分解能を担保している。撮像領域は、SH材の表面から深さ約0.6mmまでとした。
【0027】
[硬さ試験]加工組織の変化を調査するため、表面から中心に向かう硬さ分布をマイクロビッカース硬さ試験により求めた。負荷条件はΔεm=1.0%とし、0、4、20、80、300、1000サイクル、及び破断後の各条件まで熱機械サイクルを負荷した試料を作製し、横断面上で硬さ分布を測定した。圧子荷重は、表面から内部に向かうにつれて0.245N〜0.98Nと硬さの分布勾配に応じて変化させた。
【0028】
[円形度(係数)]加工組織の変化を調査するため、図1A、図1Bに示された画像を基にして、表層組織における結晶粒子の円形度(係数)を、汎用画像処理ソフトウエア(NSC製 NS2K−Pro)を用いて、求めた。
【0029】
[アスペクト比]加工組織の変化を調査するため、図1A、図1Bに示された画像を基にして、表層組織における結晶粒子のアスペクト比を、汎用画像処理ソフトウエア(NSC製 NS2K−Pro)を用いて、求めた。
【0030】
(考察)[表面付近のミクロ組織]光学顕微鏡で観察した表面付近のミクロ組織を図1A、図1Bに示す。図1Aの倍率は図1Bと同じである。図1Aと同様に、図1Bにおいても、図中(写真中)の右側が表面(Surface)である。SH材の表面層では、強い塑性加工を受けて組織が流動した様子が伺える。図1A、図1Bでも、あるいは更に高倍率でSEMにより観察しても、マイクロクラックの発生やシリコン粒子等の損傷は確認されなかった。但し、これらは切断研磨面の観察であり、ボイドやマイクロクラック等の空隙は、一般に、切断研磨時に研磨粒子や被削材自身の摩耗粉等で埋められて観察出来ない場合が多い。
【0031】
そこで、高分解能CTを用いて切断研磨等なしに3D撮像した断層像の一例を、図2に示す。図2において、図中(写真中)の右側が元々の表面(Original Surface)であり、左側が切断面(Cut Surface)である。この画像では、8ビットのモノクロ濃淡画像でX線吸収係数の分布を表現している。マイクロクラックが存在すると、X線のフレネル回折により亀裂/アルミニウム界面付近に白黒のフリンジが出来、界面が強調される。このため、亀裂の開口量が画素サイズの1/10程度と小さくても、亀裂の存在が高感度に検出されることが知られている(非特許文献10を参照)。図2で、基地アルミニウムより濃い色の部分は共晶シリコン粒子であり、白くぼんやりと見えるものはFeを含む基地よりX線吸収の大きな粒子である。マイクロクラックやボイドが存在すると、外周の空気より黒く見える筈であるが、この断面にも他の断面にもそれらは見られない。これより、少なくともサブミクロンレベルの開口を伴う損傷の発生は、表面冷間加工処理により生じないことがわかる。又、稀にSEMにより表面層の剥離が見られたが、疲労特性に影響するレベルではないと判断される。
【0032】
[熱疲労試験結果]図3Aに負荷歪み範囲(Mechanical Strain range)と熱疲労寿命(Cyclic number to failure)の関係を、そして、図3Bには全寿命の半分のサイクル数で測定した応力歪みヒステリシスの応力振幅(Stress at half life time)と熱疲労寿命(Cyclic number to failure)の関係を、それぞれ示す。先ず、図3Aでは、SH材の熱疲労特性が低サイクル側で優れており、熱疲労では高サイクルと言ってよい数千サイクル程度で、NH材と同等レベルに収斂していることがわかる。両者の差は、低サイクル側でも、高々、数十〜50%程度である。図3Bの発生応力範囲では、更に有意な差が認められ、特に1000サイクルを超えても大きな差異が認められる。これは、歪み制御に近い負荷条件でもSH材の優位はあるものの、応力制御に近い場合には発生塑性歪み範囲が相対的に小さくなり、更に有利となることを意味する。
【0033】
SH材で2000サイクルの段階では、200〜250℃の高温に更される時間が約56時間に達し、表面冷間加工処理の効果が、かなり失われていてもおかしくない。以下では、それにもかかわらず、SH材の熱疲労特性がNH材を上回る理由を検討する。
【0034】
先ず、図4A、図4Bに、応力(Stress)−歪み(Mechanical Strain)ヒステリシスを、そして、図5に、その最大・最小応力の破断までの変化を示す。この場合の負荷歪み範囲は、1.25%である。全般的には、特に、最初の100サイクル程度までの範囲で主として過時効軟化により強度が大きく低下しており、更に、破断直前に巨視的な亀裂の発生により応力が再度大きく低下し、破断に至る。低温側(引張側)で弾性域に相当する直線部分の傾きが徐々に小さくなっているが、これはシリコン粒子等の損傷等、疲労損傷の累積によるものと考えられる。実際、同様の条件で同じAC4CH−T6材に熱機械サイクルを負荷した場合、20サイクル目の段階で少なくとも表面のシリコン粒子の多くが破断ないし界面剥離し、発生したマイクロクラックが連結する様子が報告されている(非特許文献11を参照)。熱機械負荷中の応力−歪みヒステリシスは、一般に変位計測の困難さや温度分布の存在で、その計測に誤差を生む可能性が高い。
【0035】
そこで、図6には、300サイクルまで熱機械サイクルを負荷した後に測定した常温における引張応力(Stress)−歪み(Strain)関係を示す。最大強度には差異がないものの、SH材の降伏応力が高く、加工硬化が大きいことがわかる。
【0036】
SH材とNH材の差に留意して、図4A、図4B、図5、図6を眺めると、SH材の方が加工硬化は大きい傾向があるものの、あまり、顕著な差異はない。表面冷間加工処理を受けた領域を単純に深さ1mmまでと仮定しても、その領域が全体に対して占める割合は高々1/3強である。しかも、表面硬化層はその硬化の度合いが徐々に遷移しているため、試験片全体の挙動に対する影響は更に小さくなる。これが、試験片の応力−歪み関係で両試料に明瞭な差が見られにくい理由である。一方、疲労破壊は局所的な現象であり、疲労亀裂の発生と初期の伝播に対して表面層の影響が支配的となるため、熱疲労寿命に対してはより明瞭な影響が出ると考えられる。次に、この表面層の変化を見る。
【0037】
[表面硬化層の変化]図7A、図7Bに、熱機械負荷中(Δεm=1.0%)の断面上表面付近(Distance from surface)の硬さ(Micro vickers hardness)分布を示す。1サイクル負荷後に硬さは数十%低下し、20サイクル負荷後には、一見両試料で硬さ分布に差は見られなくなる。しかし、硬さレベルを比較すると、NH材ではそれ以降も硬さの低下が続くのに対し、SH材では硬さが下げ止まる傾向がみられる。80サイクル以降でも内部と硬化層に概ね5〜10HV程度の差があり、それがSH材とNH材の硬さの差に反映されている。
【0038】
図8A、図8Bは、破断後の試料で、表面から500μm程度の位置における表面層中の結晶粒をバーカー法で現出して示した光学顕微鏡写真である。何れの試料でも、マクロな結晶粒はくつかのデンドライトを含むものであり、鋳造後と変化がないように見える。
【0039】
図9A、図9Bは、同じく破断後の試料で表面から250μm程度の位置でSEM−EBSPにより結晶粒内部(初晶α−Al部分)を観察したものである。NH材では、5〜10μm程度の多数の小傾角粒界(Sub−grain boundary)が形成されている。一部は、数十μm程度の大傾角粒界(Grain boundary)に成長しているものも見られた。一方、SH材ではさほど回復が進んでおらず、NH材で見られた小さな亜結晶粒も見られない。これらのことから、両者の動的回復再結晶の進度には大きな差があると結論される。
【0040】
図10A、図10Bに、破断後の試料で表面から250μm程度の位置で観察したTEM明視野像を示す。SH材の析出物(おもにシリコン粒子)はNH材と比較して小さく、密に分散している。これは、時効硬化能を考えると粗大で効果が小さいサイズレベルのものと考えてよい。SH材では、この析出物にトラップされた転位がより高密度に存在するのが特徴で、NH材で動的回復がより進行していることを裏付けている。
【0041】
図11A、図11Bに、図1A、図1Bに示された画像を基にした、表層組織における結晶粒子の円形度(係数)を示す。SH材では、円形度(係数)が0.6以上0.8以下のものは、全体の9/11(82%)に達している。NH材では、円形度(係数)が0.6以上0.8以下のものは、全体の2/11(18%)しか存在しない。
【0042】
又、図12A、図12Bに、図1A、図1Bに示された画像を基にした、表層組織における結晶粒子のアスペクト比を示す。SH材では、アスペクト比が0.4以上0.7以下のものは、全体の10/11(91%)に達している。NH材では、アスペクト比が0.4以上0.7以下のものは、全体の1/11(9%)しか存在しない。これら図11A、図11B、図12A、図12Bに示される結果より、強い塑性加工を受けて組織が流動し、組織が変化したことが確認出来る。
【0043】
[表面硬化層が熱疲労特性に及ぼす効果]表面を鋼球により塑性加工した後、引張圧縮の両振り負荷を加えた試験片は、多軸負荷を受けたと考えることが出来る。このような複合モードの負荷を加えた場合、加工組織の熱的安定性が優れるとの報告がある。例えば、6061合金T6材の切削粉で、切削によるせん断歪みが3.2〜5.2のものに175℃〜210℃で1時間の焼鈍を施すだけで、硬さが急激に低下することが報告されている(非特許文献12を参照)。一方、同じ材料をECAP(Equal Channel Angular Pressing)で4パス(せん断歪み約4)したものを170℃ないし210℃で焼鈍した場合、170℃では硬さの低下がなく、210℃でもわずかに低下するのみである(非特許文献13を参照)。これは、ECAPの1パス毎に+90°、−90°と加工の方向を変えているため、毎回異なる方向に塑性ひずみが導入されて複合加工となっているためである。非特許文献13によれば、複合強加工による複雑な転位組織と析出物の組み合わせが結晶粒の回転による動的再結晶を妨げるとしている。これにより類推すると、表面を鋼球により多軸的に塑性加工することが、その後の熱疲労負荷中の加工組織の熱的安定性の面で有利に働き、熱疲労特性向上に寄与したものと考えられる。又、SH材とNH材で見られた時効析出物のサイズの差に関しても複合加工の影響があると思われるが、その機構については更に検討が必要である。
【0044】
以上、本実施例により、アルミニウム合金鋳物に表面冷間加工処理を施し、表面加工組織と材料の熱疲労特性の関係を試験した。歪み制御の場合、熱疲労寿命は特に低サイクル側で有意に向上し、高サイクル側では未処理のものと同等となった。これを発生応力で整理すると、表面硬化材の方がより高い応力に耐えていることから、応力制御ないしそれに近い条件の場合には、低〜高サイクルの何れの場合にも表面加工組織が存在することで熱疲労寿命についてかなり有利になると推察される。これは、表面層に塑性加工に伴う損傷の発生が見られないこと、加工組織が長時間にわたって安定であることの二点によるものと結論された。予め表面に塑性加工を施すことで加工組織の動的回復、再結晶が遅延し、加工組織の安定化が観察されたことが、この結論をサポートしている。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明に係る析出硬化型アルミニウム合金鋳物は、例えば、自動車、航空機、建設機械、工作機械等の構造部品、あるいは金型として、好適に利用することが出来る。
【0046】
そして、本発明に係る析出硬化型アルミニウム合金鋳物の製造方法は、例えば、自動車、航空機、建設機械、工作機械等の構造部品、あるいは金型を製造する手段として、利用することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1A】実施例の結果を示しており、光学顕微鏡で観察した、SH材の表面付近のミクロ組織を示す図面代替写真である。
【図1B】実施例の結果を示しており、光学顕微鏡で観察した、NH材の表面付近のミクロ組織を示す図面代替写真である。
【図2】実施例の結果を示しており、高分解能CTを用いて切断研磨等なしに3D撮像した断層像の一例を示す図面代替写真である。
【図3A】実施例の結果を示しており、負荷歪み範囲と熱疲労寿命の関係を示すグラフである。
【図3B】実施例の結果を示しており、全寿命の半分のサイクル数で測定した応力歪みヒステリシスの応力振幅と疲労寿命の関係を示すグラフである。
【図4A】実施例の結果を示しており、SH材における応力−歪みヒステリシスを示すグラフである。
【図4B】実施例の結果を示しており、NH材における応力−歪みヒステリシスを示すグラフである。
【図5】実施例の結果を示しており、SH材及びNH材それぞれの、最大・最小応力の破断までの変化を示すグラフである。
【図6】実施例の結果を示しており、SH材及びNH材それぞれの、300サイクルまで熱機械サイクルを負荷した後に測定した常温における引張応力−歪み関係を示すグラフである。
【図7A】実施例の結果を示しており、SH材における熱機械負荷中(Δεm=1.0%)の断面上表面付近の硬さ分布を示すグラフである。
【図7B】実施例の結果を示しており、NH材における熱機械負荷中(Δεm=1.0%)の断面上表面付近の硬さ分布を示すグラフである。
【図8A】実施例の結果を示しており、SH材の破断後の試料で、表面から500μm程度の位置における表面層中の結晶粒をバーカー法で現出して示した、図面代替の光学顕微鏡写真である。
【図8B】実施例の結果を示しており、NH材の破断後の試料で、表面から500μm程度の位置における表面層中の結晶粒をバーカー法で現出して示した、図面代替の光学顕微鏡写真である。
【図9A】実施例の結果を示しており、SH材の破断後の試料で、表面から250μm程度の位置において、SEM−EBSPによって、結晶粒内部(初晶α−Al部分)を観察した、図面代替写真である。
【図9B】実施例の結果を示しており、NH材の破断後の試料で、表面から250μm程度の位置において、SEM−EBSPによって、結晶粒内部(初晶α−Al部分)を観察した、図面代替写真である。
【図10A】実施例の結果を示しており、SH材の破断後の試料で、表面から250μm程度の位置において観察した、図面代替のTEM明視野像(写真)である。
【図10B】実施例の結果を示しており、NH材の破断後の試料で、表面から250μm程度の位置において観察した、図面代替のTEM明視野像(写真)である。
【図11A】実施例の結果を示しており、SH材の円形度(係数)を示すグラフである。
【図11B】実施例の結果を示しており、NH材の円形度(係数)を示すグラフである。
【図12A】実施例の結果を示しており、SH材のアスペクト比を示すグラフである。
【図12B】実施例の結果を示しており、NH材のアスペクト比を示すグラフである。
【図13】実施例で使用した試験片を表す平面図である。
【図14】実施例における表面冷間加工処理(表面層加工処理)の様子を表す平面図である。
【図15】実施例における表面冷間加工処理(表面層加工処理)の様子を表す断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表層組織における結晶粒子は、その円形度が0.6以上0.8以下のものが全体の70%以上である析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物。
【請求項2】
表層組織における結晶粒子は、そのアスペクト比が0.4以上0.7以下のものが全体の70%以上である請求項1に記載の析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物。
【請求項3】
析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金を用い、鋳造法によって成形品を得て、その成形品に溶体化処理及び人工時効処理を行った後、表面層加工処理を施す、析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の製造方法。但し、前記表面層加工処理は、閉空間を形成し、その閉空間に成形品を配設するとともに、その閉空間に比重が2以上10以下で径がφ5mm以上φ12mm以下の球状体又は多面体を含む加工材を投入し、その加工材を投入した前記閉空間の揺動をさせて、前記加工材を前記成形品の表面に衝突をさせる処理である。
【請求項4】
前記揺動の方向に対して、前記閉空間に配設される前記成形品の向きの変更をして、その変更毎に、加工材を投入した前記閉空間の揺動をさせる請求項3に記載の析出硬化型Al−Si系アルミニウム合金鋳物の製造方法。

【図3A】
image rotate

【図3B】
image rotate

【図4A】
image rotate

【図4B】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7A】
image rotate

【図7B】
image rotate

【図11A】
image rotate

【図11B】
image rotate

【図12A】
image rotate

【図12B】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図1A】
image rotate

【図1B】
image rotate

【図2】
image rotate

【図8A】
image rotate

【図8B】
image rotate

【図9A】
image rotate

【図9B】
image rotate

【図10A】
image rotate

【図10B】
image rotate