果菜類水分ストレスの調節剤組成物および調節方法
【課題】果菜類に水分ストレス調節作用を付与する新規組成物の提供。
【解決手段】希少糖を有効成分とすることを特徴とする果菜類の水分ストレス調節組成物およびこれを用いた果菜類の栽培方法。
【効果】果実の糖度を上昇させ、果実重量を増加させることができる。また、高濃度培養液や塩類添加の培養液の施用と併用することにより、過度な水分ストレスを緩和し、果実の収量アップや尻腐れなどの果実の生理障害を低減することができ生産性の向上が達成できる。
【解決手段】希少糖を有効成分とすることを特徴とする果菜類の水分ストレス調節組成物およびこれを用いた果菜類の栽培方法。
【効果】果実の糖度を上昇させ、果実重量を増加させることができる。また、高濃度培養液や塩類添加の培養液の施用と併用することにより、過度な水分ストレスを緩和し、果実の収量アップや尻腐れなどの果実の生理障害を低減することができ生産性の向上が達成できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、果菜類水分ストレスの調節剤組成物および調節方法、ならびに、該調節方法を含む果菜類の生産方法に関する。より詳細には希少糖を有効成分として含むことを特徴とする果菜類水分ストレス調節剤組成物、果菜類水分ストレス調節方法および果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
代表的な果菜類であるトマトは人気がある野菜のひとつである。特に果実の糖度を高めた高糖度トマトは通常のトマトに比べて高値で取り引きされるため、高い収益性が期待できる品目として普及している。トマト栽培時にトマトの株に水分ストレスを与えることにより高糖度化することが知られている。ここで言う水分ストレスとは、土壌を乾燥させたり、高い浸透圧の肥料養液を株元に与えることで根から水を吸いにくくする、根を切断したり維管束を閉鎖させることで水を吸いにくくする、強い光や高温に曝すことで蒸散を促進させ体内水分率を低下させる、などの主に物理的な処置によって水分不足に陥った時に植物にかかるストレスを意味する。水分ストレス状態に陥った植物では、(1)植物体の水分率の減少を植物が感知し、(2)気孔の閉鎖とそれに伴う蒸散量の低下が起こり、(3)吸水能力(後述する水欠差)の上昇が起こり、その結果としてトマトでは果実中の濃縮が起こり高糖度化する。実際の栽培現場では、土壌水分の制限、肥料養液の高濃度化や肥料養液への塩分添加による浸透圧上昇などの手段によりトマトの吸水を制限する手段で栽培されている(特許文献1、2、非特許文献1、2)。例えば、特許文献1には、 養液栽培期間の内、少なくとも1週間以上の栽培期間を、EC(電気伝導度)5〜30mS/cmの範囲の高EC養液を用いて栽培することにより、高糖度トマトを安定して生産でき、しかもある程度の収量を確保でき、しかも、生産されたトマトは、ビタミンCも多く、味がよいことが開示されている(特許文献1)。また、養液栽培による植物栽培の有効水分量が特定の値に調節された培地を周辺土壌から隔離された状態とし、水又は液肥を供給して栽培することにより水分ストレス条件を安定的に維持することを可能として、高糖度トマト等、品質の高い果実の収量を極力減らすことなく安定的に栽培する方法が開示されている(特許文献2)。こうして水分ストレスをトマトに与えることにより、トマトの果実については、水が普通に与えられた場合には糖度が6でありその含水率は94%であるのに対し、水分ストレスを与えた場合には糖度が7または10に上昇し、その含水率はそれぞれ93%、89%であったとの報告がある。
【0003】
しかしながら、従来の水分吸収を制限する方法では、水分ストレスにより、着果や果実肥大の抑制、果実収量の大幅な減少、尻腐れ果や奇形果など生理障害の多発といった問題を抱えている。すなわち、従来の物理的な手法により水分吸収を制限する方法では、果実の糖度向上と収量や品質の確保の両立が困難であるという問題があった。これらの解決策としては、肥料濃度や肥料組成の最適化、水分ストレス付与時期の最適化などが試みられているがその効果は十分とは言えず、肥料の高濃度化や塩分の添加に代わる新たな水分ストレス付与の手段や水分ストレスを適度に調節する手段が求められている。
【0004】
一方、希少糖類が植物の栽培において様々な影響を与えることはよく知られている。例えば、植物の病害抵抗性誘導または植物の生長調節は、D-プシコースなど希少糖の作用のひとつであり、植物の病害抵抗性の誘導の効果を利用した農薬、植物病害抑制剤、植物生長調節因子の誘導剤(病害抵抗性、虫害抵抗性、果実の成熟、休眠打破、発芽調節、乾燥耐性、そのほか低温耐性、高温耐性、塩類耐性、重金属耐性などの環境ストレス耐性および開花促進からなる植物ホルモン的な作用の誘導剤)、ならびに、微生物の増殖抑制剤としての使用が開示されている(特許文献3)。また、農薬の使用量を飛躍的に減少させる可能性のある、植物に対して病害抵抗性を増幅する作用の物質として開示されている(特許文献4)。しかし、植物によって異物と認識され、植物抵抗性遺伝子群を起動し病原菌・病害虫に対する抵抗性増大を促す作用を有するD-プシコースなどの希少糖の植物病害抵抗性増幅剤としての使用が開示されているものの、希少糖による果菜類の糖度など品質への影響についての技術の開示は殆ど見られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許公開平10−271924
【特許文献2】特許公開2003−92924
【特許文献3】特開2006−8669号公報
【特許文献4】特開2004−300079号公報
【特許文献5】特開平6−125776号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】村松安男著、「高品質・高糖度のトマトつくり―低水分管理のしくみと実際」、農文協、第30頁から第123頁、1992年
【非特許文献2】青木宏史著、「改訂トマト 生理と栽培技術」、誠文堂新光社、第164頁から第167頁、1998年
【非特許文献3】苫名孝・浅平端 編集、「園芸ハンドブック」、講談社サイエンティフィク、1987年
【非特許文献4】ジャーナル・オブ・ファンメンテーション・アンド・バイオエンジニアリング第85巻、第539頁から第541頁、1993年
【非特許文献5】村松安男著、「高品質・高糖度のトマトつくり―低水分管理のしくみと実際」、農文協、第47頁から第49頁、1992年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
土壌水分の制限、肥料養液の高濃度化や肥料養液への塩分添加などを行うことにより、果菜類であるトマト植物体内の水分平衡が崩れて水分ストレスが発生する。この状態では水分の吸収が抑制されるため、植物体の含水率の低下や水欠差(Water Saturation Deficit、WSDと省略される植物内水分不足度の指標で水ポテンシャルとは高い相関を示す)の上昇をもたらす。このような状態の植物体では、葉や茎は水分が欠乏するため激しく水分を求める状態となり、その結果として果実中での濃縮が起こり糖度が上昇するが、上記のように果実収量の大幅な減少や尻腐れ果など生理障害の多発といった問題が生じる。
本発明は、高濃度培養液や塩分添加によらない、果菜類の果実の育成、収穫、販売に有用な果菜類水分ストレス調節剤組成物および果菜類水分ストレス調節方法、ならびに、果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、植物などに生理活性を示すことが知られている希少糖による植物体の水分ストレス調節について研究を積み重ねた結果、希少糖の有用性を見いだした。公知の土壌水分の制限、肥料養液の高濃度化や肥料養液への塩分添加などとは相違して、D-プシコースなどの希少糖をトマトに作用させることによっても水分ストレスまたは水分ストレスと同様の作用をトマトに与えるかまたはこれを調節すること、さらに希少糖の施用により果実の糖度の上昇、果実の収量の増加などの作用効果が期待できることが判明した。また、塩分添加などの従来の手法と併用することにより、過度な水分ストレスを緩和する作用により、果実の収量アップや尻腐れなどの果実の生理障害を低減することができることが判明した。本発明は、こうした果菜類に対する希少糖の作用効果の発見に基づくものである。
【0009】
本発明は、以下の(1)ないし(5)に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物を要旨とする。
(1)希少糖を有効成分として含むことを特徴とする果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(2)果菜類が、トマトからなる上記(1)に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(3)希少糖が、D-プシコース、D-アロースおよびL-フラクトースからなる群から選ばれる1種以上である上記(1)または(2)に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(4)希少糖を濃度0.5〜500mMで含む上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(5)さらに高濃度培養液または塩を添加した培養液を含む上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【0010】
また、本発明は、以下の(6)および(7)に記載の果菜類水分ストレス調節方法を要旨とする。
(6)上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類に施用する工程を含む果菜類水分ストレス調節方法。
(7)果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類の根部に施用する上記(6)に記載の果菜類水分ストレス調節方法。
【0011】
また、本発明は、以下の(8)に記載の果菜類の生産方法を要旨とする。
(8)上記(6)または(7)に記載の果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法。
【発明の効果】
【0012】
D-プシコースなどの希少糖をトマトなどの果菜類に作用させることにより、水分ストレスをトマトに与えることができ、果実の糖度を上昇させ、果実重量を増加させることができる。また、高濃度培養液や塩類添加の培養液の施用と併用することにより、塩類などによる過度なストレスを緩和し、果実の登熟を遅らせる作用により、果実の収量アップや尻腐れなどの果実の生理障害を低減することができる。
また、本発明においては、果菜類栽培システムにおいて、果菜類水分ストレス調節剤組成物を使用することにより、栽培すべき果菜類に対する水分ストレスの制御が極めて容易となり、該果菜類を高品質化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】葉温と蒸散量との関係。
【図2】葉温に及ぼす各種単糖の影響(糖処理濃度:50mM)。
【図3】水欠差に及ぼす各種単糖の影響(糖処理濃度:50mM)。
【図4】含水率に及ぼす各種単糖類の影響(糖処理濃度:50mM)。
【図5】葉温に及ぼすD-プシコース処理濃度の影響(糖処理濃度:10から200mM)。
【図6】水欠差に及ぼすD-プシコース処理濃度の影響(糖処理濃度:10から200mM)。
【図7】含水率に及ぼすD-プシコース処理濃度の影響(糖処理濃度:10から200mM)。
【図8】トマトの蒸散量に及ぼす1mMD-プシコース処理の影響。
【図9】D-プシコース処理濃度および処理後の経過日数3日から9日が及ぼす葉温への影響。
【図10】D-プシコース処理濃度および処理後の経過日数3日から9日が含水率に及ぼす影響。
【図11】トマトの果実重量に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図12】トマトの果実糖度に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図13】開花14日後のD-プシコース処理がトマトの果実成分に及ぼす影響。
【図14】トマトの果実重量と糖度に及ぼす高濃度培養液とD-プシコースの併用効果。
【図15】トマトの登熟日数に及ぼす高濃度培養液とD-プシコースの併用効果。
【図16】塩類ストレス処理したトマトの可販果収量と糖度に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図17】塩類ストレス処理したトマトの尻腐れ果発生に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図18】塩類ストレス処理したトマトの登熟日数に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図19】塩類ストレス処理したトマトの葉温に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図20】塩類ストレス処理したトマトの水欠差に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図21】塩類ストレス処理したトマトの水分率に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、希少糖を有効成分とする果菜類の水分ストレス調節組成物、および希少糖を有効成分とする組成物を果菜類に施用して水分ストレス調節を行う果菜類の栽培方法に関するものであり、希少糖の施用により果実の高糖度化、収穫量の増加、果実の生理障害の緩和などを達成することができる。
従来、果菜類であるトマト栽培はもともと畑での土耕栽培が主であったが、最近ではロックウールやヤシ殻などの固形培地を用いた養液栽培が広く普及している。また土耕栽培と養液栽培の中間の形態である養液土耕栽培も普及している。D-プシコースなどの希少糖をトマトに作用させる手段としては、養液栽培や養液土耕栽培においては、肥料養液に一定濃度の希少糖類を添加する方法が有効である。また、土耕栽培では灌水に用いる水に一定濃度の希少糖類を添加する方法が上げられる。さらに後述の実施例で示すように、D-プシコースなどの希少糖の作用は単なる浸透圧に基づく根部への作用ではないため、希少糖の水溶液を葉面に散布することでも効果を期待することができる。
【0015】
[果菜類]
本発明の希少糖を有効成分とする果菜類の水分ストレス調節組成物またはその組成物を施用する果菜類の栽培方法において、果菜類とは、非特許文献3に記載のとおり、利用部位が果実である蔬菜と定義付けることができる。具体的には、トマト(ミニトマトを含む)、ナス、ペピーノ、タマリロ、トウガラシ、シシトウガラシ、ピーマン、パプリカ、カボチャ、ズッキーニ、キュウリ、ツノニガウリ、シロウリ、スイカ、メロン、マクワウリ、ツルレイシ、トウガン、ヘチマ、ユウガオ、オクラ、イチゴ、サヤインゲン、ソラマメ、エンドウ、エダマメ、およびトウモロコシなどからなる群からなるが、それらに限定されるものではない。以下に本発明を説明するにあたり、果菜類としてトマト、希少糖としてD-プシコースを代表例として詳細に説明する。
【0016】
[希少糖およびその製造]
本発明においては、希少糖を果菜類の水分ストレス調節に用いるが、糖類を分類するカテゴリーのひとつとして希少糖がある。希少糖は、その構造や性質によらず、自然界における存在量によって定義されるものである。すなわち、国際希少糖学会によれば、希少糖は自然界に少量しか存在しない単糖類と糖アルコールおよびそれらの誘導体と定義されている。自然界に多量に存在する単糖類は、D-グルコース、D-フラクトース、D-ガラクトース、D-マンノース、D-リボース、D-キシロース、L-アラビノース等であるが、それ以外の多くの自然界での存在量の少ない単糖類は全て希少糖である。また糖アルコールは単糖類の還元により得られるが、自然界にはD-ソルビトールおよびD-マンニトールが比較的多く存在するが、それ以外のものは量的に少なく、これらも希少糖と定義することができる。炭素数が6つの六単糖については、D-プシコース、D-タガトース、D-ソルボース、D-アロース、L-フラクトースなど28種類が存在する。
【0017】
[D-プシコース]
プシコースは、単糖類の中で、ケト基を持つ六炭糖(ケトヘキソース)のひとつである。このプシコースには光学異性体としてD体とL体とが有ることが知られている。ここで、D-プシコースは既知物質であるが自然界に希にしか存在しないので、国際希少糖学会の定義によれば希少糖と定義されている。D-プシコースは、自然界から抽出されたもの、化学的またはバイオ的な合成法により合成されたもの等を含めて、どのような手段により入手してもよい。比較的容易には、例えば、エピメラーゼを用いた手法(例えば、特許文献5参照)により調製される。得られたD-プシコース液は、必要により、例えば、除蛋白、脱色、脱塩などの方法で精製され、濃縮してシラップ状のD-プシコース製品を採取することができ、更に、カラムクロマトグラフィーで分画、精製することにより99%以上の高純度の標品も容易に得ることができる。
【0018】
[D-アロース]
アロースは、単糖類の中で、アルデヒド基を持つ六炭糖(アルドヘキソース)のひとつであり、グルコースの3位のエピマーである。D-アロースは、希少糖の中ではプシコースと並び最も研究がなされている。抗酸化作用を示し、虚血による神経細胞死の保護作用や、癌細胞増殖抑制作用などを示すことが明らかにされている。
このD-アロースの製法としては、D-アロン酸ラクトンをナトリウムアマルガムで還元する方法による製法や、シェイクワット・ホセイン・プイヤン等による非特許文献4において記載されているが、さらに、L-ラムノース・イソメラーゼを用いてD-プシコースから合成する製法がある。近年では、D-プシコースを含有する溶液にD-キシロース・イソメラーゼを作用させて、D-プシコースからD-アロースを生成する製法が発明されている。
D-プシコース、D-アロース以外の他の希少糖についても公知の手法により容易に入手することができる。本発明で用いられる希少糖の純度には特に制限はなく、D-プシコース、D-アロースおよびL-フラクトースが特に好ましく本発明では用いられる。
【0019】
[水分ストレス]
本発明において「水分ストレス」とは、外部要因による植物体内での水分平衡の乱れ全般を意味するものであり、例えば、外部要因による植物体からの水分蒸発量、水欠差、植物体の含水率、葉温の変化などを総称するものである。
希少糖としてL-フラクトース、D-プシコース、L-プシコース、D-タガトース、L-タガトース、D-ソルボース、D-アロースを用い、一般糖としてD-フラクトース、L-ソルボース、D-グルコースを用いた果菜類の栽培試験により希少糖は、高濃度培養液と同様に植物体内での水分平衡に影響を与えるが、そのパターンは希少糖の種類によることが判明した。特に、L-フラクトース、D-プシコース、およびD-アロースの試験結果は同様のパターンを示した。すなわち、これら3種の希少糖は、蒸散量が低下し植物体内の水分も減少しているにもかかわらず、水欠差(植物内水分不足度の指標)が上昇しないという他には見られない特異的な水分代謝を植物に与えた事実を示したことは、それらの希少糖が特異的であるとともにこれら3種の希少糖は同じ作用効果を果菜類に対して示すものと推測される。
また、本発明において、上記のような水分ストレスと同様の効果(具体的には、植物体の水分率の減少、気孔の閉鎖とそれに伴う蒸散量の低下)に加えてそれとは一見すると相反する効果である水分ストレスの緩和を、D-プシコースなどの希少糖が示すという極めて興味深い現象を見出した。本特許では、この現象を水分ストレス調節作用と表現する。
【0020】
[希少糖の施用とその作用効果]
希少糖の施用濃度範囲を検討したところ、0.5〜500mMの濃度範囲が好ましく、0.5mM未満では希少糖を用いた効果が十分に得られない。また、500mMを超えると植物体に障害などの悪影響を及ぼすことがあるため好ましくない。さらに好ましい範囲は1〜200mMである。
希少糖の果菜類への施用は、通常、培養液に所定の濃度となるように添加して潅水または底面供給により根に接触させる方法によるが、特に限定されるものではない。施用された希少糖の作用効果はその後継続して維持され、例えば、施用後9日以上を経過してもその作用効果は確認されている。
施用の時期は、通常、果菜類がある程度成長した後に適宜行われるが、例えば、本葉3〜4枚展開した時期、開花時期、着果が確認できた時期などに一度または複数回に渡って行われることが好ましい。また、開花後5〜25日の間に希少糖による処理を行うことにより果実重量、果実糖度の向上が見られる。
【0021】
高濃度培養液により水分ストレスを与える果菜類の栽培はよく知られているが、これに希少糖を併用した作用効果を検討したところ、糖度を下げることなく果実重量が増加した。また、高濃度培養液を使用した果菜類の栽培では、尻腐れ果が発生する問題が数多く発生していたが、希少糖を併用することにより解消される。
塩類によるストレスを付与するとともに希少糖を施用すると、糖度の上昇および尻腐れ果などの障害がある果実の発生を抑制することができる。特に、希少糖を複数回施用することにより可販果収量の増加、尻腐れ果の減少がみられる。
【0022】
以下に本発明について具体的に実施例によりで説明するが、本願発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
[希少糖が植物の水分代謝に及ぼす影響]
供試品種としてトマト‘桃太郎ヨーク’の苗を用いた。バーミキュライトを充填した直径5.5cmの黒ポリポットに種子を播種した。栽培は温度23〜25℃に保った栽培棚で行い、光は蛍光灯による人工照明とし、照度8,000lx、日長12時間とした。施肥は大塚A処方とし、濃度を電気伝導度(EC)で1.2mS/cmに調節したものを潅水を兼ねて底面吸水した。
本葉3〜4枚展開時に糖処理を行った。希少糖としては、L-フラクトース、D-プシコース、L-プシコース、D-タガトース、L-タガトース、D-ソルボース、D-アロースを用い、一般糖としてD-フラクトース、L-ソルボース、D-グルコースを用いた。各糖を50mM濃度になるように上記培養液に添加し、24時間底面供給を行った。対照区として無処理区、および8.0mS/cmの高濃度培養液で24時間及び連続処理を行った区を設けた。高濃度培養液の連続処理区以外は、処理期間終了後ただちに糖を含まない濃度EC=1.2mS/cmの培養液に戻し、3日間栽培した。
【0024】
栽培終了時に葉温、水欠差、含水率を測定した。予備試験において、今回のような環境制御条件において、葉温は蒸散量と高い負の相関があったことから(図1)、葉温が高いほど葉からの蒸散量が抑制されていると言うことができる。また、水欠差とは、栽培後の地上部新鮮重(W1)を測定後に、3時間純水に挿し木を行って完全に膨潤させた重量(W2)を測定し、水欠差(%)=100−((W1/W2)×100)の式で求めたもので、植物がどの程度水分を欲しているか、すなわち吸水能力の指標として用いられている。
【0025】
試験の結果、EC=8.0 mS/cm の高濃度培養液を連続処理した場合、葉温と水欠差の上昇が同時に認められた(図2、図3)。また含水率の低下はほとんど見られなかった(図4)。植物の吸水は植物自体の高い浸透圧と培養液の低い浸透圧との差で起こることから、濃度の高い、すなわち浸透圧を高めた培養液では植物体の浸透圧との差が小さくなるために、水の吸収が困難となる。本試験で用いたEC=1.2mS/cm濃度の培養液の浸透圧は45kPaであるのに対して、EC=8.0 mS/cm の高濃度培養液の浸透圧は290kPaであった。その結果、植物はこれを水分ストレスと感知し、枯死を防ぐために蒸散量を低下させ、水欠差(吸水能力)が高まり、これにより含水率の低下を抑えたと説明できる。高濃度培養液を24時間のみ与えた区において連続処理より水欠差が低下しているのは、通常濃度の培養液に戻したことにより、水分ストレスが緩和されたと解釈できる。
【0026】
これに対して、50mMの希少糖を含む糖類で処理を行ったものでは、L-プシコース、L-タガトース、D-ソルボース以外の処理区で、葉温の上昇が認められかつ多くのものは高濃度培養液の24時間処理と同程度の水欠差を示した。これは、50mMの糖を添加したことにより培養液の浸透圧が165kPaまで上昇したための水分ストレスによるものと考えられる。しかしながら、L-フラクトース、D-プシコース、D-アロースの処理区では、葉温が上昇したにもかかわらず、水欠差は1.2mS/cm の培養液を与え続けた無処理区と同等かそれより低下し水分ストレスが緩和された。特に、D-プシコースでその傾向は大きくなった。さらに、含水率も同時に低下していた。すなわち、蒸散量が低下し、体内の水分も減少しているにもかかわらず水欠差(吸水能力)が上昇しないという他には認められない特異的な水分代謝を植物に与えた事実を示した。
【実施例2】
【0027】
[D-プシコース濃度が植物の水分状態に及ぼす影響]
トマトに特異的な水分代謝を与えた希少糖としてD-プシコースを代表とし、その濃度特性を調査した。供試材料および栽培環境および調査方法は実施例1と同様とした。また、D-プシコースの処理期間も同様とし、濃度を10、50、100、200mMとした。
葉温はD-プシコース 10mM、50mM、100mMおよび200mM区で高濃度肥料区と同程度まで上昇し、蒸散が抑制されていることが示された(図5)。ただし、水欠差はD-プシコース 50mMまでは対照区と比べて、高肥料濃度の場合のような上昇は見られなかった(図6)。D-プシコース 100mMと200mMでは水欠差は上昇したが、このことは、これらの濃度の浸透圧がそれぞれ287kPaおよび530kPaと高かった高浸透圧による影響があったと考えられる。また、含水率はD-プシコース 10mMや50mMで対照区に比べて若干減少した(図7)。
従って、葉温が上昇し含水率も低下するが水欠差は上昇しないというD-プシコースの特異的な作用は50mMで最も顕著に現れることが分かった。また、予備試験において1mMのD-プシコース処理でも蒸散量の低下は認められることから、1mM程度の低濃度でも緩やかな効果は期待できると考えられた(図8)。
【実施例3】
【0028】
[D-プシコースによる水分代謝への効果の持続性]
D-プシコースが植物に与える特異的な水分代謝への効果の持続性について調査した。
供試材料として実施例1、2と同様な環境条件で育成したトマト‘桃太郎8’の苗を用いた。高濃度培養液処理は実施例1、2の連続処理区と同様とし、処理開始から8.0 mS/cm の培養液を連続供給した。D-プシコース処理濃度は50mMおよび200mMとした。処理期間は実施例1、2と同様の24時間処理とし、その後は通常の1.2mS/cm の培養液の底面潅水とした。調査として処理後3、6、9日後の葉温と含水率を調査した。
葉温はD-プシコース処理後9日後まで上昇していた(図9)。また、含水率も低下した状態が9日後まで継続した(図10)。このことから、D-プシコースによる水分代謝への効果は9日以上継続することが分かった。
【実施例4】
【0029】
[D-プシコース処理がトマトの糖度と収量に及ぼす効果(D-グルコースとの比較)]
水分代謝や果実成熟に特異的な作用を持つことが分かったD-プシコースについて、果実の収量や品質が水分代謝に大きく影響される作物として代表的なトマトの糖度や収量に及ぼす影響について調査した。
トマト‘桃太郎8’の苗を温度15〜25℃に制御したアクリル温室にてロックウールスラブに定植し、ドリップ潅水によって養液栽培した。培養液は大塚A処方とし、EC=1.2 mS/cmに濃度調節したものを1,500ml/日・株施用した。糖処理として、D-プシコースとD-グルコースを使用し、添加時期としては、開花後の日数を目安として、開花7日後、14日後、21日後に1,500mlを1回施用した。栽培方法は一段密植栽培を基本とし、1段花房上で摘心した。調査として果実の重量と糖度を測定した。
【0030】
果実重量については、D-プシコース処理を開花21日後に処理をした区でやや向上した(図11)。また、果実糖度もD-プシコース処理で向上した(図12)。希少糖ではない一般的な糖であるD-グルコース処理では、開花7日後や14日後の処理で果実重量が上昇する場合があったが、その他の処理区では果重の向上も糖度の向上も認められなかった。また、通常の高糖度トマトで見られる酸度の向上やトマトのうま味の指標となるグルタミン酸/アスパラギン酸比の向上も見られ、D-プシコース処理が従来の水分ストレス付与方法に代わる手段となりえることが示された(図13)。
トマトの糖度は、体内の水分の代謝状況に大きく依存しており、体内の水分が低下した場合に糖度が向上する。また、トマトの糖度と果実重量には反比例の関係がある。特に、高濃度培養液によって水分ストレスを与えた場合には、糖度が上昇するものの、果実重量が低下し、その結果収量が減少すると言う問題があった。しかし、D-プシコース処理では、収量を低下させることなくトマトを高糖度化できるという作用があることが分かった。
【実施例5】
【0031】
[D-プシコース処理と高濃度培養液処理を併用したトマトの糖度と収量に及ぼす影響]
高糖度トマト栽培はトマトに水分ストレスを与えることで、糖度がBrix(可溶性固形分)で8%程度の果実を収穫することを目標としている。養液栽培では水分ストレスを与える方法として、培養液の濃度を高めて浸透圧を高くするという方法がある。そこで、高濃度培養液処理と水ストレス様の作用を与えるD-プシコースとの併用効果を調査した。
トマト‘桃太郎8’の苗を2010年1月28日にロックウールスラブに定植し、開花まで実施例5と同様の方法で栽培した。高濃度培養液処理は開花時から培養液濃度をEC=8.0 mS/cmまで高めた。また、培養液濃度を高める前日に50mM D-プシコースを含んだEC=1.2 mS/cm濃度の培養液を1,500mlを1回施用する区(組み合わせ処理区)とD-プシコース処理のみを行った区を設けた。調査として第一果房の果実重、糖度および尻腐れ果の割合および登熟日数を調べた。
【0032】
高濃度培養液処理のみの区では糖度は高くなったが、果実重量は低下した(図14)。ところが、D-プシコース処理の後に高濃度培養液を与えた組み合わせ処理区では、糖度を下げることなく果実重量が向上した。この理由として高濃度培養液単独での登熟日数が43.5日であったのに対して、組み合わせ処理区は49.2日と約6日遅くなったことが一つの要因であると考えられた(図15)。さらに、高濃度培養液単独では尻腐れ果が40%以上発生したのに対して、組み合わせ処理では10%程度まで低減できた。尻腐れ果の発生原因として、主に石灰(カルシウム)の欠乏が言われているが(非特許文献5)、高濃度培養液による低水分栽培では、水と一緒に吸収されるカルシウムの吸収が妨げられることで尻腐れ果が発生するとされている。すなわち、従来方法による水分ストレス付与と尻腐れ果の発生は因果関係が強いものであるが、D-プシコースにより過度な水分ストレスが適度に調節されたことを意味している。
【実施例6】
【0033】
[D-プシコース処理と塩類ストレス処理を併用したトマトの糖度と収量に及ぼす影響]
高糖度トマト生産時の水分ストレス付与には、実施例5の高濃度培養液を与える方法があるが、コスト面の問題からより安価な塩化ナトリウム(食塩)を培養液に添加して浸透圧を高める塩類ストレスによる方法が広まりつつある。そこで、塩類ストレスを付与したトマトにD-プシコースの施用時期を変えてトマト果実の収量と品質、水分ストレスの状態を評価した。
トマト‘桃太郎8’の苗を2010年6月4日にロックウールスラブに定植し、開花まで実施例5、6と同様の方法で栽培した。塩類ストレス処理として全ての処理区で開花日からEC=1.2 mS/cm の大塚A処方培養液に塩化ナトリウムを51mM添加し、培養液全体の浸透圧をEC=8.0 mS/cm の培養液と同じ浸透圧である290kPaまで高めた。また、培養液濃度を高める前日に50mM D-プシコースを含んだ培養液を1,500mlを1回施用する区(0日後)、開花後14日後に施用する区(14日後)および前日および開花14日後の2回施用した区(0と14日後)を設けた。調査として可販果収量、糖度、尻腐れ果の割合、登熟日数をおよび開花後22日目の体内の水分状態を調査した。
【0034】
果実に障害のない可販果収量は0日および14日後処理ではやや低下したが、0日と14日後に2回処理を行った区では向上した(図16)。糖度については全ての区で一般的な高糖度トマトの基準である8%を上回っていた。さらに、尻腐れ果は0日と14日後の2回処理した区では33%と対照区の67%、0日後の72%、14日後の67%に比べて顕著に抑制され、正常果率も大幅に向上した(図17)。また、登熟日数は栽培時期が夏期であったとこから実施例6の50日前後より大幅に短く、対照区では34日であったが、0日と14日後の2回処理した区では38日まで延長された(図18)。
また、開花後22日目の水分状態では、開花0日後および0日・14日後区すなわち塩類ストレスを与える前にD-プシコース施用した区で、葉温の低下すなわち蒸散量の向上が認められ、水欠差の低下や含水率の向上も認められた(図19、20、21)。実施例1および2などトマトに高肥料濃度や塩分による水分ストレスがかかっていない状態でD-プシコースを処理すると、蒸散量と含水率は共に低下するものの水欠差は上昇しない特徴を示した。しかし、本実施例のように高肥料濃度や塩分添加による水分ストレス処理とD-プシコース処理を併用した場合は、水分ストレス処理で本来起こるはずであった蒸散量の低下や水欠差の上昇および含水率の低下がD-プシコース処理によって軽減される特徴を示した。これらのことからD-プシコースには過度な水分ストレスを緩和させる働きがあることが分かった。従って、D-プシコースには過度な水分ストレスの緩和と果実の過度な成熟を抑制する働きによって、塩類ストレスなどの水分ストレス処理をしたトマトの収量と品質を向上させると言う実用面において極めて有益な作用を示したと判断される。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、希少糖を有効成分とする果菜類の水分ストレス調節組成物および希少糖を有効成分とする組成物を果菜類に施用して水分ストレス調節を行う果菜類の栽培技術に関するものであり、果菜類の栽培において高濃度培養液や塩類を含有する培養液を施用するにより植物体に水分ストレスを与える栽培技術と比較して、簡便に植物体にストレスを付与できること、栽培管理が容易であるとともに果実の収量および糖度などの向上、生理障害を防止することができる栽培方法およびこれに用いる組成物を提供するものである。また、水分ストレスを付与する従来法と本発明を組み合わせて実施することにより、従来法よりも、果実の収穫量、果実の糖度、旨味成分ともに上昇し、さらに尻腐れ果の発生が防止される。希少糖を果菜類に施要することにより品質の向上した果実を大量に得ることができるため果菜類の栽培が促進されるとともに、生産効率の向上が達成され農業振興の一助となる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、果菜類水分ストレスの調節剤組成物および調節方法、ならびに、該調節方法を含む果菜類の生産方法に関する。より詳細には希少糖を有効成分として含むことを特徴とする果菜類水分ストレス調節剤組成物、果菜類水分ストレス調節方法および果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
代表的な果菜類であるトマトは人気がある野菜のひとつである。特に果実の糖度を高めた高糖度トマトは通常のトマトに比べて高値で取り引きされるため、高い収益性が期待できる品目として普及している。トマト栽培時にトマトの株に水分ストレスを与えることにより高糖度化することが知られている。ここで言う水分ストレスとは、土壌を乾燥させたり、高い浸透圧の肥料養液を株元に与えることで根から水を吸いにくくする、根を切断したり維管束を閉鎖させることで水を吸いにくくする、強い光や高温に曝すことで蒸散を促進させ体内水分率を低下させる、などの主に物理的な処置によって水分不足に陥った時に植物にかかるストレスを意味する。水分ストレス状態に陥った植物では、(1)植物体の水分率の減少を植物が感知し、(2)気孔の閉鎖とそれに伴う蒸散量の低下が起こり、(3)吸水能力(後述する水欠差)の上昇が起こり、その結果としてトマトでは果実中の濃縮が起こり高糖度化する。実際の栽培現場では、土壌水分の制限、肥料養液の高濃度化や肥料養液への塩分添加による浸透圧上昇などの手段によりトマトの吸水を制限する手段で栽培されている(特許文献1、2、非特許文献1、2)。例えば、特許文献1には、 養液栽培期間の内、少なくとも1週間以上の栽培期間を、EC(電気伝導度)5〜30mS/cmの範囲の高EC養液を用いて栽培することにより、高糖度トマトを安定して生産でき、しかもある程度の収量を確保でき、しかも、生産されたトマトは、ビタミンCも多く、味がよいことが開示されている(特許文献1)。また、養液栽培による植物栽培の有効水分量が特定の値に調節された培地を周辺土壌から隔離された状態とし、水又は液肥を供給して栽培することにより水分ストレス条件を安定的に維持することを可能として、高糖度トマト等、品質の高い果実の収量を極力減らすことなく安定的に栽培する方法が開示されている(特許文献2)。こうして水分ストレスをトマトに与えることにより、トマトの果実については、水が普通に与えられた場合には糖度が6でありその含水率は94%であるのに対し、水分ストレスを与えた場合には糖度が7または10に上昇し、その含水率はそれぞれ93%、89%であったとの報告がある。
【0003】
しかしながら、従来の水分吸収を制限する方法では、水分ストレスにより、着果や果実肥大の抑制、果実収量の大幅な減少、尻腐れ果や奇形果など生理障害の多発といった問題を抱えている。すなわち、従来の物理的な手法により水分吸収を制限する方法では、果実の糖度向上と収量や品質の確保の両立が困難であるという問題があった。これらの解決策としては、肥料濃度や肥料組成の最適化、水分ストレス付与時期の最適化などが試みられているがその効果は十分とは言えず、肥料の高濃度化や塩分の添加に代わる新たな水分ストレス付与の手段や水分ストレスを適度に調節する手段が求められている。
【0004】
一方、希少糖類が植物の栽培において様々な影響を与えることはよく知られている。例えば、植物の病害抵抗性誘導または植物の生長調節は、D-プシコースなど希少糖の作用のひとつであり、植物の病害抵抗性の誘導の効果を利用した農薬、植物病害抑制剤、植物生長調節因子の誘導剤(病害抵抗性、虫害抵抗性、果実の成熟、休眠打破、発芽調節、乾燥耐性、そのほか低温耐性、高温耐性、塩類耐性、重金属耐性などの環境ストレス耐性および開花促進からなる植物ホルモン的な作用の誘導剤)、ならびに、微生物の増殖抑制剤としての使用が開示されている(特許文献3)。また、農薬の使用量を飛躍的に減少させる可能性のある、植物に対して病害抵抗性を増幅する作用の物質として開示されている(特許文献4)。しかし、植物によって異物と認識され、植物抵抗性遺伝子群を起動し病原菌・病害虫に対する抵抗性増大を促す作用を有するD-プシコースなどの希少糖の植物病害抵抗性増幅剤としての使用が開示されているものの、希少糖による果菜類の糖度など品質への影響についての技術の開示は殆ど見られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許公開平10−271924
【特許文献2】特許公開2003−92924
【特許文献3】特開2006−8669号公報
【特許文献4】特開2004−300079号公報
【特許文献5】特開平6−125776号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】村松安男著、「高品質・高糖度のトマトつくり―低水分管理のしくみと実際」、農文協、第30頁から第123頁、1992年
【非特許文献2】青木宏史著、「改訂トマト 生理と栽培技術」、誠文堂新光社、第164頁から第167頁、1998年
【非特許文献3】苫名孝・浅平端 編集、「園芸ハンドブック」、講談社サイエンティフィク、1987年
【非特許文献4】ジャーナル・オブ・ファンメンテーション・アンド・バイオエンジニアリング第85巻、第539頁から第541頁、1993年
【非特許文献5】村松安男著、「高品質・高糖度のトマトつくり―低水分管理のしくみと実際」、農文協、第47頁から第49頁、1992年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
土壌水分の制限、肥料養液の高濃度化や肥料養液への塩分添加などを行うことにより、果菜類であるトマト植物体内の水分平衡が崩れて水分ストレスが発生する。この状態では水分の吸収が抑制されるため、植物体の含水率の低下や水欠差(Water Saturation Deficit、WSDと省略される植物内水分不足度の指標で水ポテンシャルとは高い相関を示す)の上昇をもたらす。このような状態の植物体では、葉や茎は水分が欠乏するため激しく水分を求める状態となり、その結果として果実中での濃縮が起こり糖度が上昇するが、上記のように果実収量の大幅な減少や尻腐れ果など生理障害の多発といった問題が生じる。
本発明は、高濃度培養液や塩分添加によらない、果菜類の果実の育成、収穫、販売に有用な果菜類水分ストレス調節剤組成物および果菜類水分ストレス調節方法、ならびに、果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、植物などに生理活性を示すことが知られている希少糖による植物体の水分ストレス調節について研究を積み重ねた結果、希少糖の有用性を見いだした。公知の土壌水分の制限、肥料養液の高濃度化や肥料養液への塩分添加などとは相違して、D-プシコースなどの希少糖をトマトに作用させることによっても水分ストレスまたは水分ストレスと同様の作用をトマトに与えるかまたはこれを調節すること、さらに希少糖の施用により果実の糖度の上昇、果実の収量の増加などの作用効果が期待できることが判明した。また、塩分添加などの従来の手法と併用することにより、過度な水分ストレスを緩和する作用により、果実の収量アップや尻腐れなどの果実の生理障害を低減することができることが判明した。本発明は、こうした果菜類に対する希少糖の作用効果の発見に基づくものである。
【0009】
本発明は、以下の(1)ないし(5)に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物を要旨とする。
(1)希少糖を有効成分として含むことを特徴とする果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(2)果菜類が、トマトからなる上記(1)に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(3)希少糖が、D-プシコース、D-アロースおよびL-フラクトースからなる群から選ばれる1種以上である上記(1)または(2)に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(4)希少糖を濃度0.5〜500mMで含む上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
(5)さらに高濃度培養液または塩を添加した培養液を含む上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【0010】
また、本発明は、以下の(6)および(7)に記載の果菜類水分ストレス調節方法を要旨とする。
(6)上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類に施用する工程を含む果菜類水分ストレス調節方法。
(7)果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類の根部に施用する上記(6)に記載の果菜類水分ストレス調節方法。
【0011】
また、本発明は、以下の(8)に記載の果菜類の生産方法を要旨とする。
(8)上記(6)または(7)に記載の果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法。
【発明の効果】
【0012】
D-プシコースなどの希少糖をトマトなどの果菜類に作用させることにより、水分ストレスをトマトに与えることができ、果実の糖度を上昇させ、果実重量を増加させることができる。また、高濃度培養液や塩類添加の培養液の施用と併用することにより、塩類などによる過度なストレスを緩和し、果実の登熟を遅らせる作用により、果実の収量アップや尻腐れなどの果実の生理障害を低減することができる。
また、本発明においては、果菜類栽培システムにおいて、果菜類水分ストレス調節剤組成物を使用することにより、栽培すべき果菜類に対する水分ストレスの制御が極めて容易となり、該果菜類を高品質化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】葉温と蒸散量との関係。
【図2】葉温に及ぼす各種単糖の影響(糖処理濃度:50mM)。
【図3】水欠差に及ぼす各種単糖の影響(糖処理濃度:50mM)。
【図4】含水率に及ぼす各種単糖類の影響(糖処理濃度:50mM)。
【図5】葉温に及ぼすD-プシコース処理濃度の影響(糖処理濃度:10から200mM)。
【図6】水欠差に及ぼすD-プシコース処理濃度の影響(糖処理濃度:10から200mM)。
【図7】含水率に及ぼすD-プシコース処理濃度の影響(糖処理濃度:10から200mM)。
【図8】トマトの蒸散量に及ぼす1mMD-プシコース処理の影響。
【図9】D-プシコース処理濃度および処理後の経過日数3日から9日が及ぼす葉温への影響。
【図10】D-プシコース処理濃度および処理後の経過日数3日から9日が含水率に及ぼす影響。
【図11】トマトの果実重量に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図12】トマトの果実糖度に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図13】開花14日後のD-プシコース処理がトマトの果実成分に及ぼす影響。
【図14】トマトの果実重量と糖度に及ぼす高濃度培養液とD-プシコースの併用効果。
【図15】トマトの登熟日数に及ぼす高濃度培養液とD-プシコースの併用効果。
【図16】塩類ストレス処理したトマトの可販果収量と糖度に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図17】塩類ストレス処理したトマトの尻腐れ果発生に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図18】塩類ストレス処理したトマトの登熟日数に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図19】塩類ストレス処理したトマトの葉温に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図20】塩類ストレス処理したトマトの水欠差に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【図21】塩類ストレス処理したトマトの水分率に及ぼすD-プシコース処理日の影響。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、希少糖を有効成分とする果菜類の水分ストレス調節組成物、および希少糖を有効成分とする組成物を果菜類に施用して水分ストレス調節を行う果菜類の栽培方法に関するものであり、希少糖の施用により果実の高糖度化、収穫量の増加、果実の生理障害の緩和などを達成することができる。
従来、果菜類であるトマト栽培はもともと畑での土耕栽培が主であったが、最近ではロックウールやヤシ殻などの固形培地を用いた養液栽培が広く普及している。また土耕栽培と養液栽培の中間の形態である養液土耕栽培も普及している。D-プシコースなどの希少糖をトマトに作用させる手段としては、養液栽培や養液土耕栽培においては、肥料養液に一定濃度の希少糖類を添加する方法が有効である。また、土耕栽培では灌水に用いる水に一定濃度の希少糖類を添加する方法が上げられる。さらに後述の実施例で示すように、D-プシコースなどの希少糖の作用は単なる浸透圧に基づく根部への作用ではないため、希少糖の水溶液を葉面に散布することでも効果を期待することができる。
【0015】
[果菜類]
本発明の希少糖を有効成分とする果菜類の水分ストレス調節組成物またはその組成物を施用する果菜類の栽培方法において、果菜類とは、非特許文献3に記載のとおり、利用部位が果実である蔬菜と定義付けることができる。具体的には、トマト(ミニトマトを含む)、ナス、ペピーノ、タマリロ、トウガラシ、シシトウガラシ、ピーマン、パプリカ、カボチャ、ズッキーニ、キュウリ、ツノニガウリ、シロウリ、スイカ、メロン、マクワウリ、ツルレイシ、トウガン、ヘチマ、ユウガオ、オクラ、イチゴ、サヤインゲン、ソラマメ、エンドウ、エダマメ、およびトウモロコシなどからなる群からなるが、それらに限定されるものではない。以下に本発明を説明するにあたり、果菜類としてトマト、希少糖としてD-プシコースを代表例として詳細に説明する。
【0016】
[希少糖およびその製造]
本発明においては、希少糖を果菜類の水分ストレス調節に用いるが、糖類を分類するカテゴリーのひとつとして希少糖がある。希少糖は、その構造や性質によらず、自然界における存在量によって定義されるものである。すなわち、国際希少糖学会によれば、希少糖は自然界に少量しか存在しない単糖類と糖アルコールおよびそれらの誘導体と定義されている。自然界に多量に存在する単糖類は、D-グルコース、D-フラクトース、D-ガラクトース、D-マンノース、D-リボース、D-キシロース、L-アラビノース等であるが、それ以外の多くの自然界での存在量の少ない単糖類は全て希少糖である。また糖アルコールは単糖類の還元により得られるが、自然界にはD-ソルビトールおよびD-マンニトールが比較的多く存在するが、それ以外のものは量的に少なく、これらも希少糖と定義することができる。炭素数が6つの六単糖については、D-プシコース、D-タガトース、D-ソルボース、D-アロース、L-フラクトースなど28種類が存在する。
【0017】
[D-プシコース]
プシコースは、単糖類の中で、ケト基を持つ六炭糖(ケトヘキソース)のひとつである。このプシコースには光学異性体としてD体とL体とが有ることが知られている。ここで、D-プシコースは既知物質であるが自然界に希にしか存在しないので、国際希少糖学会の定義によれば希少糖と定義されている。D-プシコースは、自然界から抽出されたもの、化学的またはバイオ的な合成法により合成されたもの等を含めて、どのような手段により入手してもよい。比較的容易には、例えば、エピメラーゼを用いた手法(例えば、特許文献5参照)により調製される。得られたD-プシコース液は、必要により、例えば、除蛋白、脱色、脱塩などの方法で精製され、濃縮してシラップ状のD-プシコース製品を採取することができ、更に、カラムクロマトグラフィーで分画、精製することにより99%以上の高純度の標品も容易に得ることができる。
【0018】
[D-アロース]
アロースは、単糖類の中で、アルデヒド基を持つ六炭糖(アルドヘキソース)のひとつであり、グルコースの3位のエピマーである。D-アロースは、希少糖の中ではプシコースと並び最も研究がなされている。抗酸化作用を示し、虚血による神経細胞死の保護作用や、癌細胞増殖抑制作用などを示すことが明らかにされている。
このD-アロースの製法としては、D-アロン酸ラクトンをナトリウムアマルガムで還元する方法による製法や、シェイクワット・ホセイン・プイヤン等による非特許文献4において記載されているが、さらに、L-ラムノース・イソメラーゼを用いてD-プシコースから合成する製法がある。近年では、D-プシコースを含有する溶液にD-キシロース・イソメラーゼを作用させて、D-プシコースからD-アロースを生成する製法が発明されている。
D-プシコース、D-アロース以外の他の希少糖についても公知の手法により容易に入手することができる。本発明で用いられる希少糖の純度には特に制限はなく、D-プシコース、D-アロースおよびL-フラクトースが特に好ましく本発明では用いられる。
【0019】
[水分ストレス]
本発明において「水分ストレス」とは、外部要因による植物体内での水分平衡の乱れ全般を意味するものであり、例えば、外部要因による植物体からの水分蒸発量、水欠差、植物体の含水率、葉温の変化などを総称するものである。
希少糖としてL-フラクトース、D-プシコース、L-プシコース、D-タガトース、L-タガトース、D-ソルボース、D-アロースを用い、一般糖としてD-フラクトース、L-ソルボース、D-グルコースを用いた果菜類の栽培試験により希少糖は、高濃度培養液と同様に植物体内での水分平衡に影響を与えるが、そのパターンは希少糖の種類によることが判明した。特に、L-フラクトース、D-プシコース、およびD-アロースの試験結果は同様のパターンを示した。すなわち、これら3種の希少糖は、蒸散量が低下し植物体内の水分も減少しているにもかかわらず、水欠差(植物内水分不足度の指標)が上昇しないという他には見られない特異的な水分代謝を植物に与えた事実を示したことは、それらの希少糖が特異的であるとともにこれら3種の希少糖は同じ作用効果を果菜類に対して示すものと推測される。
また、本発明において、上記のような水分ストレスと同様の効果(具体的には、植物体の水分率の減少、気孔の閉鎖とそれに伴う蒸散量の低下)に加えてそれとは一見すると相反する効果である水分ストレスの緩和を、D-プシコースなどの希少糖が示すという極めて興味深い現象を見出した。本特許では、この現象を水分ストレス調節作用と表現する。
【0020】
[希少糖の施用とその作用効果]
希少糖の施用濃度範囲を検討したところ、0.5〜500mMの濃度範囲が好ましく、0.5mM未満では希少糖を用いた効果が十分に得られない。また、500mMを超えると植物体に障害などの悪影響を及ぼすことがあるため好ましくない。さらに好ましい範囲は1〜200mMである。
希少糖の果菜類への施用は、通常、培養液に所定の濃度となるように添加して潅水または底面供給により根に接触させる方法によるが、特に限定されるものではない。施用された希少糖の作用効果はその後継続して維持され、例えば、施用後9日以上を経過してもその作用効果は確認されている。
施用の時期は、通常、果菜類がある程度成長した後に適宜行われるが、例えば、本葉3〜4枚展開した時期、開花時期、着果が確認できた時期などに一度または複数回に渡って行われることが好ましい。また、開花後5〜25日の間に希少糖による処理を行うことにより果実重量、果実糖度の向上が見られる。
【0021】
高濃度培養液により水分ストレスを与える果菜類の栽培はよく知られているが、これに希少糖を併用した作用効果を検討したところ、糖度を下げることなく果実重量が増加した。また、高濃度培養液を使用した果菜類の栽培では、尻腐れ果が発生する問題が数多く発生していたが、希少糖を併用することにより解消される。
塩類によるストレスを付与するとともに希少糖を施用すると、糖度の上昇および尻腐れ果などの障害がある果実の発生を抑制することができる。特に、希少糖を複数回施用することにより可販果収量の増加、尻腐れ果の減少がみられる。
【0022】
以下に本発明について具体的に実施例によりで説明するが、本願発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
[希少糖が植物の水分代謝に及ぼす影響]
供試品種としてトマト‘桃太郎ヨーク’の苗を用いた。バーミキュライトを充填した直径5.5cmの黒ポリポットに種子を播種した。栽培は温度23〜25℃に保った栽培棚で行い、光は蛍光灯による人工照明とし、照度8,000lx、日長12時間とした。施肥は大塚A処方とし、濃度を電気伝導度(EC)で1.2mS/cmに調節したものを潅水を兼ねて底面吸水した。
本葉3〜4枚展開時に糖処理を行った。希少糖としては、L-フラクトース、D-プシコース、L-プシコース、D-タガトース、L-タガトース、D-ソルボース、D-アロースを用い、一般糖としてD-フラクトース、L-ソルボース、D-グルコースを用いた。各糖を50mM濃度になるように上記培養液に添加し、24時間底面供給を行った。対照区として無処理区、および8.0mS/cmの高濃度培養液で24時間及び連続処理を行った区を設けた。高濃度培養液の連続処理区以外は、処理期間終了後ただちに糖を含まない濃度EC=1.2mS/cmの培養液に戻し、3日間栽培した。
【0024】
栽培終了時に葉温、水欠差、含水率を測定した。予備試験において、今回のような環境制御条件において、葉温は蒸散量と高い負の相関があったことから(図1)、葉温が高いほど葉からの蒸散量が抑制されていると言うことができる。また、水欠差とは、栽培後の地上部新鮮重(W1)を測定後に、3時間純水に挿し木を行って完全に膨潤させた重量(W2)を測定し、水欠差(%)=100−((W1/W2)×100)の式で求めたもので、植物がどの程度水分を欲しているか、すなわち吸水能力の指標として用いられている。
【0025】
試験の結果、EC=8.0 mS/cm の高濃度培養液を連続処理した場合、葉温と水欠差の上昇が同時に認められた(図2、図3)。また含水率の低下はほとんど見られなかった(図4)。植物の吸水は植物自体の高い浸透圧と培養液の低い浸透圧との差で起こることから、濃度の高い、すなわち浸透圧を高めた培養液では植物体の浸透圧との差が小さくなるために、水の吸収が困難となる。本試験で用いたEC=1.2mS/cm濃度の培養液の浸透圧は45kPaであるのに対して、EC=8.0 mS/cm の高濃度培養液の浸透圧は290kPaであった。その結果、植物はこれを水分ストレスと感知し、枯死を防ぐために蒸散量を低下させ、水欠差(吸水能力)が高まり、これにより含水率の低下を抑えたと説明できる。高濃度培養液を24時間のみ与えた区において連続処理より水欠差が低下しているのは、通常濃度の培養液に戻したことにより、水分ストレスが緩和されたと解釈できる。
【0026】
これに対して、50mMの希少糖を含む糖類で処理を行ったものでは、L-プシコース、L-タガトース、D-ソルボース以外の処理区で、葉温の上昇が認められかつ多くのものは高濃度培養液の24時間処理と同程度の水欠差を示した。これは、50mMの糖を添加したことにより培養液の浸透圧が165kPaまで上昇したための水分ストレスによるものと考えられる。しかしながら、L-フラクトース、D-プシコース、D-アロースの処理区では、葉温が上昇したにもかかわらず、水欠差は1.2mS/cm の培養液を与え続けた無処理区と同等かそれより低下し水分ストレスが緩和された。特に、D-プシコースでその傾向は大きくなった。さらに、含水率も同時に低下していた。すなわち、蒸散量が低下し、体内の水分も減少しているにもかかわらず水欠差(吸水能力)が上昇しないという他には認められない特異的な水分代謝を植物に与えた事実を示した。
【実施例2】
【0027】
[D-プシコース濃度が植物の水分状態に及ぼす影響]
トマトに特異的な水分代謝を与えた希少糖としてD-プシコースを代表とし、その濃度特性を調査した。供試材料および栽培環境および調査方法は実施例1と同様とした。また、D-プシコースの処理期間も同様とし、濃度を10、50、100、200mMとした。
葉温はD-プシコース 10mM、50mM、100mMおよび200mM区で高濃度肥料区と同程度まで上昇し、蒸散が抑制されていることが示された(図5)。ただし、水欠差はD-プシコース 50mMまでは対照区と比べて、高肥料濃度の場合のような上昇は見られなかった(図6)。D-プシコース 100mMと200mMでは水欠差は上昇したが、このことは、これらの濃度の浸透圧がそれぞれ287kPaおよび530kPaと高かった高浸透圧による影響があったと考えられる。また、含水率はD-プシコース 10mMや50mMで対照区に比べて若干減少した(図7)。
従って、葉温が上昇し含水率も低下するが水欠差は上昇しないというD-プシコースの特異的な作用は50mMで最も顕著に現れることが分かった。また、予備試験において1mMのD-プシコース処理でも蒸散量の低下は認められることから、1mM程度の低濃度でも緩やかな効果は期待できると考えられた(図8)。
【実施例3】
【0028】
[D-プシコースによる水分代謝への効果の持続性]
D-プシコースが植物に与える特異的な水分代謝への効果の持続性について調査した。
供試材料として実施例1、2と同様な環境条件で育成したトマト‘桃太郎8’の苗を用いた。高濃度培養液処理は実施例1、2の連続処理区と同様とし、処理開始から8.0 mS/cm の培養液を連続供給した。D-プシコース処理濃度は50mMおよび200mMとした。処理期間は実施例1、2と同様の24時間処理とし、その後は通常の1.2mS/cm の培養液の底面潅水とした。調査として処理後3、6、9日後の葉温と含水率を調査した。
葉温はD-プシコース処理後9日後まで上昇していた(図9)。また、含水率も低下した状態が9日後まで継続した(図10)。このことから、D-プシコースによる水分代謝への効果は9日以上継続することが分かった。
【実施例4】
【0029】
[D-プシコース処理がトマトの糖度と収量に及ぼす効果(D-グルコースとの比較)]
水分代謝や果実成熟に特異的な作用を持つことが分かったD-プシコースについて、果実の収量や品質が水分代謝に大きく影響される作物として代表的なトマトの糖度や収量に及ぼす影響について調査した。
トマト‘桃太郎8’の苗を温度15〜25℃に制御したアクリル温室にてロックウールスラブに定植し、ドリップ潅水によって養液栽培した。培養液は大塚A処方とし、EC=1.2 mS/cmに濃度調節したものを1,500ml/日・株施用した。糖処理として、D-プシコースとD-グルコースを使用し、添加時期としては、開花後の日数を目安として、開花7日後、14日後、21日後に1,500mlを1回施用した。栽培方法は一段密植栽培を基本とし、1段花房上で摘心した。調査として果実の重量と糖度を測定した。
【0030】
果実重量については、D-プシコース処理を開花21日後に処理をした区でやや向上した(図11)。また、果実糖度もD-プシコース処理で向上した(図12)。希少糖ではない一般的な糖であるD-グルコース処理では、開花7日後や14日後の処理で果実重量が上昇する場合があったが、その他の処理区では果重の向上も糖度の向上も認められなかった。また、通常の高糖度トマトで見られる酸度の向上やトマトのうま味の指標となるグルタミン酸/アスパラギン酸比の向上も見られ、D-プシコース処理が従来の水分ストレス付与方法に代わる手段となりえることが示された(図13)。
トマトの糖度は、体内の水分の代謝状況に大きく依存しており、体内の水分が低下した場合に糖度が向上する。また、トマトの糖度と果実重量には反比例の関係がある。特に、高濃度培養液によって水分ストレスを与えた場合には、糖度が上昇するものの、果実重量が低下し、その結果収量が減少すると言う問題があった。しかし、D-プシコース処理では、収量を低下させることなくトマトを高糖度化できるという作用があることが分かった。
【実施例5】
【0031】
[D-プシコース処理と高濃度培養液処理を併用したトマトの糖度と収量に及ぼす影響]
高糖度トマト栽培はトマトに水分ストレスを与えることで、糖度がBrix(可溶性固形分)で8%程度の果実を収穫することを目標としている。養液栽培では水分ストレスを与える方法として、培養液の濃度を高めて浸透圧を高くするという方法がある。そこで、高濃度培養液処理と水ストレス様の作用を与えるD-プシコースとの併用効果を調査した。
トマト‘桃太郎8’の苗を2010年1月28日にロックウールスラブに定植し、開花まで実施例5と同様の方法で栽培した。高濃度培養液処理は開花時から培養液濃度をEC=8.0 mS/cmまで高めた。また、培養液濃度を高める前日に50mM D-プシコースを含んだEC=1.2 mS/cm濃度の培養液を1,500mlを1回施用する区(組み合わせ処理区)とD-プシコース処理のみを行った区を設けた。調査として第一果房の果実重、糖度および尻腐れ果の割合および登熟日数を調べた。
【0032】
高濃度培養液処理のみの区では糖度は高くなったが、果実重量は低下した(図14)。ところが、D-プシコース処理の後に高濃度培養液を与えた組み合わせ処理区では、糖度を下げることなく果実重量が向上した。この理由として高濃度培養液単独での登熟日数が43.5日であったのに対して、組み合わせ処理区は49.2日と約6日遅くなったことが一つの要因であると考えられた(図15)。さらに、高濃度培養液単独では尻腐れ果が40%以上発生したのに対して、組み合わせ処理では10%程度まで低減できた。尻腐れ果の発生原因として、主に石灰(カルシウム)の欠乏が言われているが(非特許文献5)、高濃度培養液による低水分栽培では、水と一緒に吸収されるカルシウムの吸収が妨げられることで尻腐れ果が発生するとされている。すなわち、従来方法による水分ストレス付与と尻腐れ果の発生は因果関係が強いものであるが、D-プシコースにより過度な水分ストレスが適度に調節されたことを意味している。
【実施例6】
【0033】
[D-プシコース処理と塩類ストレス処理を併用したトマトの糖度と収量に及ぼす影響]
高糖度トマト生産時の水分ストレス付与には、実施例5の高濃度培養液を与える方法があるが、コスト面の問題からより安価な塩化ナトリウム(食塩)を培養液に添加して浸透圧を高める塩類ストレスによる方法が広まりつつある。そこで、塩類ストレスを付与したトマトにD-プシコースの施用時期を変えてトマト果実の収量と品質、水分ストレスの状態を評価した。
トマト‘桃太郎8’の苗を2010年6月4日にロックウールスラブに定植し、開花まで実施例5、6と同様の方法で栽培した。塩類ストレス処理として全ての処理区で開花日からEC=1.2 mS/cm の大塚A処方培養液に塩化ナトリウムを51mM添加し、培養液全体の浸透圧をEC=8.0 mS/cm の培養液と同じ浸透圧である290kPaまで高めた。また、培養液濃度を高める前日に50mM D-プシコースを含んだ培養液を1,500mlを1回施用する区(0日後)、開花後14日後に施用する区(14日後)および前日および開花14日後の2回施用した区(0と14日後)を設けた。調査として可販果収量、糖度、尻腐れ果の割合、登熟日数をおよび開花後22日目の体内の水分状態を調査した。
【0034】
果実に障害のない可販果収量は0日および14日後処理ではやや低下したが、0日と14日後に2回処理を行った区では向上した(図16)。糖度については全ての区で一般的な高糖度トマトの基準である8%を上回っていた。さらに、尻腐れ果は0日と14日後の2回処理した区では33%と対照区の67%、0日後の72%、14日後の67%に比べて顕著に抑制され、正常果率も大幅に向上した(図17)。また、登熟日数は栽培時期が夏期であったとこから実施例6の50日前後より大幅に短く、対照区では34日であったが、0日と14日後の2回処理した区では38日まで延長された(図18)。
また、開花後22日目の水分状態では、開花0日後および0日・14日後区すなわち塩類ストレスを与える前にD-プシコース施用した区で、葉温の低下すなわち蒸散量の向上が認められ、水欠差の低下や含水率の向上も認められた(図19、20、21)。実施例1および2などトマトに高肥料濃度や塩分による水分ストレスがかかっていない状態でD-プシコースを処理すると、蒸散量と含水率は共に低下するものの水欠差は上昇しない特徴を示した。しかし、本実施例のように高肥料濃度や塩分添加による水分ストレス処理とD-プシコース処理を併用した場合は、水分ストレス処理で本来起こるはずであった蒸散量の低下や水欠差の上昇および含水率の低下がD-プシコース処理によって軽減される特徴を示した。これらのことからD-プシコースには過度な水分ストレスを緩和させる働きがあることが分かった。従って、D-プシコースには過度な水分ストレスの緩和と果実の過度な成熟を抑制する働きによって、塩類ストレスなどの水分ストレス処理をしたトマトの収量と品質を向上させると言う実用面において極めて有益な作用を示したと判断される。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、希少糖を有効成分とする果菜類の水分ストレス調節組成物および希少糖を有効成分とする組成物を果菜類に施用して水分ストレス調節を行う果菜類の栽培技術に関するものであり、果菜類の栽培において高濃度培養液や塩類を含有する培養液を施用するにより植物体に水分ストレスを与える栽培技術と比較して、簡便に植物体にストレスを付与できること、栽培管理が容易であるとともに果実の収量および糖度などの向上、生理障害を防止することができる栽培方法およびこれに用いる組成物を提供するものである。また、水分ストレスを付与する従来法と本発明を組み合わせて実施することにより、従来法よりも、果実の収穫量、果実の糖度、旨味成分ともに上昇し、さらに尻腐れ果の発生が防止される。希少糖を果菜類に施要することにより品質の向上した果実を大量に得ることができるため果菜類の栽培が促進されるとともに、生産効率の向上が達成され農業振興の一助となる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
希少糖を有効成分として含むことを特徴とする果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項2】
果菜類が、トマトからなる請求項1に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項3】
希少糖が、D-プシコース、D-アロースおよびL-フラクトースからなる群から選ばれる1種以上である請求項1または2に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項4】
希少糖を濃度0.5〜500mMで含む請求項1ないし3のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項5】
さらに高濃度培養液または塩を添加した培養液を含む請求項1ないし4のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類に施用する工程を含む果菜類水分ストレス調節方法。
【請求項7】
果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類の根部に施用する請求項6に記載の果菜類水分ストレス調節方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法。
【請求項1】
希少糖を有効成分として含むことを特徴とする果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項2】
果菜類が、トマトからなる請求項1に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項3】
希少糖が、D-プシコース、D-アロースおよびL-フラクトースからなる群から選ばれる1種以上である請求項1または2に記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項4】
希少糖を濃度0.5〜500mMで含む請求項1ないし3のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項5】
さらに高濃度培養液または塩を添加した培養液を含む請求項1ないし4のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類に施用する工程を含む果菜類水分ストレス調節方法。
【請求項7】
果菜類水分ストレス調節剤組成物を果菜類の根部に施用する請求項6に記載の果菜類水分ストレス調節方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の果菜類水分ストレス調節方法を含む果菜類の生産方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2012−161289(P2012−161289A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−24731(P2011−24731)
【出願日】平成23年2月8日(2011.2.8)
【出願人】(000144991)株式会社四国総合研究所 (116)
【出願人】(303020956)三井化学アグロ株式会社 (70)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月8日(2011.2.8)
【出願人】(000144991)株式会社四国総合研究所 (116)
【出願人】(303020956)三井化学アグロ株式会社 (70)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】
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