説明

架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法、シミュレーターおよびシミュレーションソフトウェアー

【課題】 GWに対する雷撃を模擬して行う直流アーク試験をシミュレートするための直流アーク試験のシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】 所定の張力が付与された状態で両端が固定されているOPGW1に、直流のアーク11によるアーク電流を供給して雷撃を模擬した試験である直流アーク試験をシミュレートするOPGW1に対する直流アーク試験のシミュレーション方法であって、アーク11によるOPGW1への全伝熱量を、電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量との和に基づき演算するとともに、前記全伝熱量に基づき所定条件のアーク電流に対し、OPGW1が所定量溶融するまでの時間を演算して前記アーク電流と前記時間との関係で表わされる架空地線の溶融特性を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法、シミュレーターおよびシミュレーションソフトウェアーに関し、特に雷撃を模擬した直流アーク試験を模擬して架空地線の溶融特性を検証する場合に適用して有用なものである。
【背景技術】
【0002】
架空送電線への直撃雷の防止、落雷時における鉄塔から電線への逆フラッシオーバの防止などを目的として架空送電線の上方に架空地線(以下、GWと称す。)が設置されている。この種の架空地線は直撃雷を受けることを前提として設計されているが、直撃雷による電流値が大きく、またその継続時間が長い雷撃に対しては、架空地線の素線が溶断することが報告されている。また、機械的な強度を受け持つ鋼線とともに光ファイバーを内蔵させて各種監視システム情報などを伝送するために開発された光ファイバー複合架空地線(以下、OPGWと称す。ただし、単にGWというときはOPGWも含む。)が、最近送電系統に大量に導入されている。このOPGWも雷撃を受けた場合には素線が溶断することがある。
【0003】
このような背景のもと、送電線への直撃雷の防止に加えて、システム情報の伝送等の役割を持つOPGWについては、特にその溶断防止策を検討する必要があり、その前提として溶断特性を解明することが肝要である。
【0004】
このため、架空地線への雷撃を模擬した直流アーク試験が行われている。これまでの雷の観測例によると、電流波高値は1〜100kA程度、継続時間は10〜200,000μs(200ms)程度、電気量は0.1〜1,000C程度であり、それぞれのパラメータの値の範囲が広い。また、夏季雷のほとんどが負極性であるのに対して、冬季雷では1〜3割程度が正極性である。一方、架空地線の素線のサイズや本数などのパラメータについても、架空地線の用途に応じて決められるため、多くの組み合わせがある。
【0005】
このため、多くの種類の架空地線に対して様々なパラメータ条件の直流アーク試験を行うには多額の費用が必要になり、また多大の時間を要するという問題がある。
【0006】
かかる問題は、上述の如き直流アーク試験のシミュレーション手法を確立することができれば解決し得ると考えられるが、かかるシミュレーション手法の確立には、アークから架空地線への伝熱量による影響を正確にシミュレートすることが肝要である。
【0007】
一方、サージ性電流による架空地線の素線溶融に関する考察を開示する公知文献として非特許文献1が、また耐雷電線に関する技術を開示する公知文献として特許文献1〜特許文献3が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平05−62552号公報
【特許文献2】特開平07−57544号公報
【特許文献3】特開2008−251267号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】鬼頭,水野:「サージ性電流による架空地線の素線溶融についての実験的考察」,電気学会論文誌B,108巻,12号,pp.577-584(1988)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献1では、アークからGWへの伝熱量として、電子輸送による伝熱量のみを想定している(第581頁の式(1)および(2)参照)。また、特許文献1〜特許文献3においては、架空地線への伝熱量に関しては言及されていない。ただ、何れにしても、電子輸送による伝熱量のみの想定では伝熱量を正確に反映することができないと考えられる。
【0011】
さらに、非特許文献1および特許文献1〜特許文献3おいて、架空地線の溶融量は通過電気量のみの関数として評価されているが、充分ではない。これまでの実験結果では、通過電気量が同じ場合でもアーク電流が異なると架空地線の溶融量が異なることがあるからである。
【0012】
本発明は、上記従来技術に鑑み、GWに対する雷撃を模擬して行う直流アーク試験をシミュレートするための直流アーク試験のシミュレーション方法、シミュレーターおよびシミュレーションソフトウェアーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成する本発明の第1の態様は、
所定の張力が付与された状態で両端が固定されている架空地線に、直流アークによるアーク電流を供給して雷撃を模擬した試験である直流アーク試験をシミュレートする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法であって、
前記直流アークによる前記架空地線への全伝熱量を、前記架空地線に供給される直流アークのアーク電流、該アーク電流の供給時間を含むアーク条件と、前記架空地線のサイズおよび素線の材質を含む架空地線条件とに基づく電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量との和により演算することを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法にある。
【0014】
本態様によれば、架空地線への全伝熱量を、電子輸送による伝熱量のみならず対流熱伝達による伝熱量も考慮したものとすることができる。すなわち、従来は、主にアーク電流の時間積分(通過電気量)で評価していたが、本態様によればアーク電流に基づく溶融量で評価することになり、その分正確な評価を行うことができる。これは後述するように所定の直流アーク実験により確認された。
【0015】
本発明の第2の態様は、
第1の態様に記載する直流アーク試験のシミュレーション方法において、
前記架空地線が所定量溶融するまでの時間とアーク電流との関係を前記全伝熱量に基づき演算して前記時間と前記アーク電流との関係で表わされる架空地線の溶融特性を求めることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法にある。
【0016】
本態様によれば、前記架空地線が所定量溶融するまでの時間とアーク電流との関係を正確にシミュレートすることができる。
【0017】
本発明の第3の実施の形態は、
第1または第2の態様に記載する架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法において、
前記対流熱伝達による伝熱量は、前記架空地線に対しギャップを介して相対向させた対向電極から前記架空地線に向けて噴出されるアークジェットに基づくもので、所定の熱伝達係数、前記架空地線の外周面において前記直流アークが接触している領域の面積である伝熱面積および前記直流アークと前記架空地線の表面との温度差の積により求めるとともに、
前記伝熱面積は前記直流アークのアーク電流、前記架空地線の材質により変化させるようにしたことを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法にある。
【0018】
本態様によれば、対流熱伝導による伝熱量を、熱伝達係数、伝熱面積および温度差により求めるとともに、伝熱面積を直流アークのアーク電流および架空地線の材質により変化させるようにしたので、アーク電流および架空地線の材質により変化するパラメータとしての正確な伝熱面積を使用してその分正確な溶融特性を求めることができる。
【0019】
本発明の第4の態様は、
所定の張力が付与された状態で両端が固定されている架空地線に直流アークを接触させて雷撃を模擬した直流アーク試験をシミュレートするための架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターであって、
試料となる架空地線に供給される直流アークのアーク電流、該アーク電流の供給時間を含むアーク条件と、前記架空地線のサイズおよび素線の材質を含む架空地線条件を設定するパラメータ設定部と、
前記パラメータ設定部に設定した各パラメータに基づき、電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量とを演算するとともに、両者を加算して前記直流アークによる前記架空地線への全伝熱量を演算する演算部とを有することを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターにある。
【0020】
本態様によれば、架空地線への全伝熱量を、電子輸送による伝熱量のみならず対流熱伝達による伝熱量も考慮したものとすることができる。すなわち、従来は、主にアーク電流の時間積分(通過電気量)で評価していたが、本態様によればアーク電流に基づく溶融量で評価することになり、その分正確な溶融特性を求めることができる。
【0021】
本発明の第5の態様は、
第4の態様に記載する架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターにおいて、
前記演算部は、前記架空地線が所定量溶融するまでの時間とアーク電流との関係を前記全伝熱量に基づき演算して前記時間と前記アーク電流との関係で表わされる架空地線の溶融特性を求めるものであることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターにある。
【0022】
本態様によれば、前記架空地線が所定量溶融するまでの時間とアーク電流との関係を正確に再現できる。
【0023】
本発明の第6の態様は、
第4または第5の態様に記載する架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターにおいて、
前記演算部は、前記対流熱伝達による伝熱量を、前記対向電極から前記架空地線に向けて噴出されるアークジェットに基づくもので、所定の熱伝達係数、前記架空地線の外周面において前記直流アークが接触している領域の面積である伝熱面積および前記直流アークと前記架空地線の表面との温度差の積により演算するとともに、
前記伝熱面積は前記アーク電流、前記架空地線の材質の関数として演算するものであることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターにある。
【0024】
本態様によれば、対流熱伝導による伝熱量を、熱伝達係数、伝熱面積および温度差により求めるとともに、伝熱面積を直流アークのアーク電流および架空地線の材質により変化させるようにしたので、アーク電流および架空地線の材質により変化するパラメータとしての正確な伝熱面積を使用してその分正確な溶融特性を求めることができる。
【0025】
本発明の第7の態様は、
所定の張力が付与された状態で両端が固定されている架空地線に、直流アークによるアーク電流を供給して雷撃を模擬した試験である直流アーク試験をシミュレートする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーションソフトウェアーであって、
設定された直流アークのアーク電流、該アーク電流の供給時間を含むアーク条件と、前記架空地線のサイズおよび素線の種類を含む架空地線条件とに基づき電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量とを演算するステップと、
電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量とを加算して前記直流アークによる前記架空地線への全伝熱量を演算するステップとをコンピューターに演算させることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーションソフトウェアーにある。
【0026】
本態様によれば、設定されたアーク条件と、架空地線条件とに基づき、架空地線への全伝熱量を、電子輸送による伝熱量のみならず対流熱伝達による伝熱量も考慮した演算を行うソフトウェアーとなる。すなわち、従来は、主にアーク電流の時間積分(通過電気量)で評価していたが、本態様によればアーク電流に基づく溶融量で評価することになり、その分正確な評価を可能とする演算を行うことができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、対流熱伝達による伝熱量を考慮することにより、架空地線の溶融量が通過電気量だけではなくアーク電流にも依存するという実験結果を再現できるばかりでなく、種々のアーク条件や架空地線条件を考慮したシミュレーションを行うことができるので、直流アーク試験の合理的な遂行、架空地線の設計の適正化や開発コストの低減、実線路への適用検討時の支援などに大いに貢献させることができる。ちなみに、架空地線への雷撃時の溶融特性を把握するためには,多くの種類の架空地線に対して、様々な条件の直流アーク試験を行う必要があり、それには多額の費用が必要となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】雷撃を模擬した直流アーク試験を行うための試験装置を概念的に示す説明図である。
【図2】本実施の形態に係るシミュレーション方法の概略の手順を示すフロー図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るシミュレーターを示すブロック図である。
【図4】実際のOPGWの一例を示す断面図(a)と、これを模擬したOPGWの断面図(b)である。
【図5】実際のOPGWの他の例を示す断面図(a)と、これを模擬したOPGWの断面図(b)である。
【図6】OPGWに接触するアークの種々の態様を示す説明図である。
【図7】本発明の実施の形態に係るシミュレーターでの演算結果によるアーク電流−時間特性の一例を実験結果とともに示すグラフである。
【図8】本発明の実施の形態に係るシミュレーターでの演算結果によるアーク電流−時間特性の他の例を実験結果とともに示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき詳細に説明する。なお、本形態では試料をOPGWとした場合に関して説明するが、勿論これに限定するものではない。OPGWではない通常のGWでも構わない。
【0030】
図1は雷撃を模擬した直流アーク試験を行うための試験装置を概念的に示す説明図である。同図に示すように、当該試験装置は、試料であるOPGW1と課電側である電源に接続されている鉄製丸棒の対向電極2との間に細銅線を張り、そこに試験電流を通電することにより溶断発弧させる。ここで、OPGW1と対向電極2との間のギャップ長Lgapは50〜1500mm程度である。また、OPGW1は、その両端部を碍子3,4を介して実線路とほぼ同じ張力でコンクリートブロック5,6の間に架線されている。このときの張力は張力計7で計測するようになっている。
【0031】
OPGW1の表面の一部はビニルテープ9,10で覆われている。これは、対向電極2とOPGW1との間に形成されるOPGW1の近傍のアーク11がOPGW1に接触して新たにアークスポットを形成し、OPGW1の軸方向に移動する現象を抑制するためである。すなわち、OPGW1には、ビニルテープ9,10を巻回して絶縁することによりOPGW1の表面を露出させた領域である露出部分12がビニルテープ9,10の間に形成されている。ここで、露出部分12の軸方向における長さである露出長Lexは、例えば20〜40mm程度が好適である。また、電磁力によりアーク11がOPGW1の軸方向に容易に移動しないように、接地側の電流をほぼ均等に分流させている。電源としては短絡発電機および整流器などを用いており、交流電流を三相全波整流して直流電流を発生させている。なお、図中の矢印DCAは直流電源の課電側に、またDCCは直流電源の接地側にそれぞれ接続されることを示している。
【0032】
図2は本実施の形態に係るシミュレーション方法の概略の手順を示すフロー図である。同図に示すように、本形態に係るシミュレーション方法では、アーク条件(アーク電流,アークが持続する時間,極性,ギャップ長など)とOPGW条件(OPGW1のサイズ(線径),素線の種類・本数など)を設定することにより、アーク条件およびOPGW条件を用いてアーク11からOPGW1への伝熱量および伝熱面積を予測し、OPGW1の溶融量を計算する。ここで、伝熱量とはアーク11からOPGW1に注入されるアーク11の熱量であり、伝熱面積とはOPGW1の表面においてアーク11が接触する部分の面積であり、アーク11の熱量が注入される領域の面積である。
【0033】
図3は、図2に示すシミュレーション方法を具体的に実現するシミュレーターを示すブロック図である。同図に示すように、当該シミュレーターは、パラメータ設定部21、演算処理部22および表示部23を有している。パラメータ設定部21は、アーク条件設定部21AおよびOGW条件設定部21Bからなる。アーク条件設定部21Aには、アーク電流IDC,アーク電流IDCが供給されている時間,アークの極性(これは雷の極性を模擬したものである),ギャップ長Lgapなどのアーク条件が、OPGW条件設定部21BにはOPGW1のサイズ(線径),OPGW1の素線の種類(材質)・本数などのOPGW条件に関連するパラメータが設定される。
【0034】
演算処理部22は、伝熱量演算部22A、伝熱面積演算部22Bおよび溶融量演算部22Cを有している。
【0035】
伝熱量演算部22Aはパラメータ設定部21に設定された各パラメータに基づきアーク11からOPGW1への全伝熱量Ptotalを演算する。全伝熱量Ptotalは、本形態では、電子輸送による伝熱量Peleと、対流熱伝達による伝熱量Pcondとの和として処理している。すなわち、全伝熱量Ptotalは次式(1)で表される。
【0036】
【数1】

【0037】
上式(1)における伝熱量Peleの中には、電極降下電圧(陰極降下電圧,陽極降下電圧)、仕事関数に起因する熱量、電子のエンタルピー輸送に起因する熱量が含まれており、OPGW1の極性により異なり次式(2)、(3)のように表される。
【0038】
【数2】

【0039】
ここで、PcおよびPaは、それぞれ陰極降下電圧Vcおよび陽極降下電圧Vaに起因する熱量、Pwは仕事関数Vwに起因する熱量、Ptは電子のエンタルピー輸送に起因する熱量である。Pc,PaおよびPwは,それぞれ,Vc,VaおよびVwにアーク電流IDCを乗じた値である。また,Ptは次式(4)のVtとアーク電流IDCとの積で表される。
【0040】
【数3】

【0041】
ここで、TarcはOPGW1び近傍のアークの温度[K]である。
【0042】
これらの各種電圧値Vc,Va,VwおよびVtは電極材質や雰囲気ガスにより異なる。一方、アーク11に触れるOPGW1の最外層は、通常アルミ覆鋼線であるため、上記各種電圧値Vc,Va,VwおよびVtとしては、表1に示すような、電極材質がアルミニウムまたは鉄、雰囲気ガスが空気の場合の文献値を用いることができる。
【表1】

【0043】
なお、上記Vtについては、例えば、文献1(岩田,田中,池田,合田:「50kA級長ギャップ交流大電流アークにおけるアークジェット部の温度特性(その2)−鉄電極から噴出するアークジェットの温度とエネルギー密度−」,電力中央研究所報告 研究報告No.W00026(2001))で報告されている温度の電流や電極材質などへの依存性を考慮して式(4)を用いて求めた。
【0044】
ここで、PeleをIDCで除した値をVeleとすると、Veleは式(2)および式(3)に基づき次式(5)、(6)のように表される。
【0045】
【数4】

【0046】
これらの式を用いて算出したVeleは、表1に示すように、OPGWの材質および極性により異なる。
【0047】
一方、式(1)における対流熱伝達による伝熱量Pcondは、対向電極(図1参照)から噴射する高温・高圧のアークジェットに起因するものであり、熱伝達係数h、伝熱面積Sおよびアーク11とOPGW1の表面との温度差の積として次式(7)により求めることができる。
【0048】
【数5】

【0049】
ここで、hは熱伝達係数[W/m/K]である。具体的には、次式(8)のように表される。
【0050】
【数6】

【0051】
ここで、κはアークの熱伝導率[W/m/K]である。DはOPGW1の代表寸法[m]であり、ここではOPGW1の直径とした。また、Nuはヌセルト数であり、熱伝達の様相により異なる値を示し、各種実験式が提案されている。ここでは、対向電極2から噴出するアークジェットが円柱状のOPGW1に衝突することから、「衝突噴流による熱伝達」を想定した。この場合のNuは,ギャップ長Lgap,対向電極2の直径dなどの条件により異なり、プラントル数Prおよびレイノルズ数Reを用いて次式(9),(12)のように表される。
【0052】
【数7】

【0053】
ここで、Cは次式(10),(11)の通りである。
【0054】
【数8】

【0055】
【数9】

【0056】
なお、PrおよびReは次式のように表される。
【0057】
【数10】

【0058】
ここで、cp,μ,ρおよびvは、それぞれ、アークの定圧比熱[J/kg/K]、粘性[kg/m/s]、質量密度[kg/m]および流速[m/s]である。これらの値およびκについては、前記文献1を参考にしてそれぞれ計算することができる。
【0059】
また、上式(7)中、Sは伝熱面積[m]で、アーク電流IDCの密度JAl、JFeが材質(アルミニウム(Al)および鉄(Fe))ごとに一定であるため、アーク電流IDCの関数として次式(15)で表される。
【0060】
【数11】

【0061】
すなわち、本形態において、伝熱面積Sは、文献2(合田,岩田,池田,田中:「50kA級長ギャップ大電流アークジェットの様相―アークジェットの直径および電圧特性―」,電力中央研究所報告 研究報告No.W00034(2001))の電極端面におけるアーク直径を用いて電流密度一定(アルミニウムおよび鉄の電極端面の電流密度はそれぞれ60.0A/mmおよび33.8A/mmであり、これらの極性効果はない)として算出し、OPGW1の露出部分12(図1参照)の面積以下とした。すなわち、OPGW1の外周面に対する前記アークの接触面積と露出部分12の面積のうち小さい方を選択して使用している。
【0062】
さらに、上式(7)中、TOPGWはOPGW1の表面の温度である。これは、アーク発生前は室温(300K)でアーク発生中は融点付近とも考えられるが、ここでは、Pcondの最大値を把握するために300Kとした。なお、TOPGWを融点とした場合のPcondは、300Kの場合よりも1〜2割程度少ない。上式(15)に基づく伝熱面積Sの演算は、本形態の場合、伝熱面積演算部22Bで実行する。
【0063】
伝熱量演算部22Aは、上記式(2)〜(6)に基づいて電子輸送による伝熱量Peleを演算するとともに、上記式(7)〜(14)に基づいて対流熱伝達による伝熱量Pcondを演算し、両者の和として式(1)に基づき全伝熱量Ptotalを演算する。これは、アーク11からOPGW1に注入される全熱量である。
【0064】
溶融量演算部22Cは、パラメータ設定部21に設定されている所定のパラメータを参照し、全伝熱量Ptotalと伝熱面積Sの情報からOPGW31の溶融量を演算して所定の溶融特性を求める。さらに詳言すると、OPGW31の素線が溶融するために必要なエネルギーは、室温から融点まで上昇するためのエネルギーと、融点到達後に完全溶融に至るまでのエネルギーとの和である。ここで、室温は300Kとしている。前者については、素線の材質(アルミニウム,鉄)の比熱および質量密度を用いて演算可能である。この場合の比熱は温度により変化するが、本形態では計算の簡略化のため、室温時と融点時の平均値とする。また、後者については,素線の材質の質量密度および溶融潜熱を用いて演算可能である。
【0065】
すなわち、単位体積当たりの溶融エネルギーである溶融エネルギー密度Eは次式(16)で表される。
【0066】
【数12】

【0067】
ここで、E(Tm−300K)はOPGW1の素線が室温から融点まで上昇するために必要なエネルギー密度、Emlは溶融潜熱密度である。
【0068】
したがって、アークにより溶融されるOPGW1の素線の溶融体積をV(m)とすると、この溶融体積Vは次式(17)で表される。
【0069】
【数13】

【0070】
ここで、Δtはアークの継続時間であるアーク時間である。
【0071】
したがって、パラメータ設定部21に設定されたアーク時間Δtを、式(1)で求めたPtotalおよび式(16)で求めた溶融エネルギー密度Eとともに、上式(17)に代入することによりOPGW1の素線の溶融体積Vを演算することができ、この結果を利用することによりアーク電流IDCに対するOPGWの溶融特性を演算することができる。
【0072】
ここで、上述の如くOPGW1の溶融量を演算する際に留意すべき溶融体積Vについて説明しておく。
【0073】
溶融量演算部22Cにおける溶融量の演算においては、簡単のためOPGW1の実際の構造をこれと等価な構造に置換して模式化し、この模式化した構造で溶融体積Vを考える。具体的には、まず図4(a)および図5(a)に示すような実際のOPGW1の構造を、両図の(b)にそれぞれ示すように、扇形のセグメントを6個または円筒形状のセグメントを12個集合させて円形としたアルミニウム層31A,41Aとアルミニウム層31A,41Aの内周面に外周面が接するように組み合わせたOPGW31,41として構造を簡略化した。かかるOPGW31,41においては、アーク11からの伝熱量が、まずアルミニウム層31A,41A部分に注入されてOPGW31,41の周方向の部分が溶融され、除去された後に、下層の鉄層31B,41B部分にアーク11からの伝熱量が注入される。ここで、OPGW31,41の外径D1,D2はOPGD1の外径D1,D2と同等とし、またアルミニウム層31A,41A部分および鉄層31B,41B部分の断面積についても、それぞれ図4(a)および図5(a)のそれらと同等の値とした。ちなみに、図4(a)および図5(a)に示す例の場合、D1=11.5mm,D2=16mm、d1=3mm、d2=1.85mmである。
【0074】
かかるOPGW31、41において溶融体積Vを考える。具体的には、OPGW31,41のアルミニウム層31A,41Aまたは鉄層31B,41Bの部分の厚みにアーク11の接触面積を乗じた体積を持つ部分が溶融した後は、別のエリアにアーク11が移動しそのエリア部分を溶融させるものと考えられる。アーク電流IDCやアーク時間が大きくアーク11からOPGW31への伝熱量が十分に大きい場合は、OPGW31の周方向のすべての素線が溶融することとなるが、本形態では、アーク11に触れやすい上半分(例えば、図4の場合は6本のうち3本、図5の場合は12本のうち6本)の素線の溶融量Rを計算した。ここで、OPGW31の最外層の半数の素線においてOPGWの軸方向のいずれかの場所が全量溶融する場合の溶融量Rを100%と定義した。
【0075】
例えば、図6(a)に示すように、アーク電流IDCが小さい場合や、OPGW31、41の外径D1,D2が太い場合、アーク11の直径Φ1はOPGW31,41の半円周長よりも短くなることがある。このような場合には、図6(a)に示すような形状の部分が溶融し、それが溶融した後は、OPGW31、41の周方向にアーク11が移動して、また同様に同図のような形状の部分が溶融する。かくして、溶融部分のOPGW31,41の周方向の長さがOPGW31,41の半円周長Φ2(図6(b)参照)に達した場合の溶融量Rが100%となる。
【0076】
一方、アーク電流IDCが大きい場合や、OPGW31,41の外径が細い場合は、アーク直径がOPGW31,41の半円周長Φ2よりも長くなることがある。このとき、図6(b)に示すように、アーク面積がOPGW31,41の露出部分12の面積よりも小さい場合には、図6(b)に示すような形状の部分が溶融する。
【0077】
さらに、図6(c)に示すように、アーク面積がOPGW31,41の露出部分12の面積よりも大きい場合には、図6(c)のような形状の部分が溶融する。
【0078】
図6(b)または図6(c)のような形状の部分が全量溶融した場合に溶融量Rが100%となる。
【0079】
本形態における溶融量演算部22Cは、上述の如き演算を行うことにより所定の溶融量R(例えば、40%、70%、100%)となるまでのアーク電流IDCに対する時間の関係を求める。
【0080】
ここで、本形態では、これまでの雷の観測例を参考にしてアーク電流IDCを1〜100kA、これまでのOPGW1の直流アーク試験条件を参考にしてギャップ長Lgapを50mm〜1500mmと変化させた。具体的には、パラメータ設定部21に設定したギャップ長Lgapに関するパラメータを変化させた。
【0081】
表示部23は演算処理部22で所定の演算処理の結果得る溶融特性などを表示するものである。溶融特性は、例えば横軸にアーク電流IDCを採り、縦軸に所定の溶融量に至るまでの時間を採って両者の関係を表す特性図として表示される。
【0082】
本形態に係るシミュレーターによる計算結果に基づくアーク電流IDC−時間t特性(表示部23での表示例)を図7および図8に示す。図7はOPGW31が80mm(図4(a)に示す場合)のときの特性図、図8はOPGW31が140mm2(図5(a)に示す場合)のときの特性図である。これらは、OPGW31,41の溶融量Rが40%,70%および100%の場合の溶融時間tのアーク電流IDCへの依存性を示す計算結果である。比較のため、図7および図8には、通過電気量Qが100C,500Cおよび1000Cの場合の電流と時間の関係を破線で示した。
【0083】
図7および図8において、(a)はOPGW31が陰極、(b)は陽極の場合の結果である。
【0084】
また、図7および図8におけるプロットは、図1に示す試験装置で直流アーク試験を行い、OPGW1が80mm2の場合の6本中3本、140mm2の場合の12本中6本が断線した場合の試験データである。なお、これらの試験では、OPGW1上の長手方向のアークの移動を抑制するために、OPGW1の表面にビニルテープ9,10を巻回し、アーク発生箇所付近のみを露出させている。すなわち、露出部分12を形成させている。
【0085】
本計算におけるこの露出部分の長さLexは各試験におけるそれと同等とした(図7:40mm、図8:20mm)。
【0086】
図7および図8を参照すれば、次のことが分かる。まず、従来においては、溶融特性がGWまたはOPGWPの通過電気量で評価されていたが、この考えに基づけば、例えば図7(a)のプロットは、通過電気量一定の破線と平行に並ぶはずである。しかしながら、そのようになっておらず、むしろ実線の本計算結果の傾向と良く一致している。また、図7および図8のいずれの場合においても、OPGWが陽極時に比べて陰極時の方が、溶融に必要な時間が短い。これは、例えば全伝熱量Ptotalの極性効果に起因するためである。
【0087】
さらに、シミュレーターによる計算結果とプロットから求められる試験データの溶融量Rに着目すると、いずれの場合でも、OPGW1が陰極時に比べて陽極時の場合の方が低めの値を示している。つまり、OPGWが陰極時に比べて陽極時の場合の方が、低めの溶融量Rで断線している。これは、材質がアルミニウムまたは鉄いずれの場合でも、陰極時に比べて陽極時の方がアークが移動しにくいため、低めの溶融量で断線したものと考えられる。以上の試験結果との比較により、本形態に係るシミュレーターによる計算結果の妥当性を確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は落雷により溶断する可能性がある架空地線を取り扱う産業分野において有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0089】
1 OPGW
2 対向電極
11 アーク
12 露出部分
21 パラメータ設定部
21A アーク条件設定部
21B OPGW条件設定部
22 演算処理部
22A 伝熱量演算部
22B 伝熱面積演算部
22C 溶融量演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の張力が付与された状態で両端が固定されている架空地線に、直流アークによるアーク電流を供給して雷撃を模擬した試験である直流アーク試験をシミュレートする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法であって、
前記直流アークによる前記架空地線への全伝熱量を、前記架空地線に供給される直流アークのアーク電流、該アーク電流の供給時間を含むアーク条件と、前記架空地線のサイズおよび素線の材質を含む架空地線条件とに基づく電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量との和により演算することを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法。
【請求項2】
請求項1に記載する直流アーク試験のシミュレーション方法において、
前記架空地線が所定量溶融するまでの時間とアーク電流との関係を前記全伝熱量に基づき演算して前記時間と前記アーク電流との関係で表わされる架空地線の溶融特性を求めることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載する架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法において、
前記対流熱伝達による伝熱量は、前記架空地線に対しギャップを介して相対向させた対向電極から前記架空地線に向けて噴出されるアークジェットに基づくもので、所定の熱伝達係数、前記架空地線の外周面において前記直流アークが接触している領域の面積である伝熱面積および前記直流アークと前記架空地線の表面との温度差の積により求めるとともに、
前記伝熱面積は前記直流アークのアーク電流、前記架空地線の材質により変化させるようにしたことを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーション方法。
【請求項4】
所定の張力が付与された状態で両端が固定されている架空地線に直流アークを接触させて雷撃を模擬した直流アーク試験をシミュレートするための架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターであって、
試料となる架空地線に供給される直流アークのアーク電流、該アーク電流の供給時間を含むアーク条件と、前記架空地線のサイズおよび素線の材質を含む架空地線条件を設定するパラメータ設定部と、
前記パラメータ設定部に設定した各パラメータに基づき、電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量とを演算するとともに、両者を加算して前記直流アークによる前記架空地線への全伝熱量を演算する演算部とを有することを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーター。
【請求項5】
請求項4に記載する架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターにおいて、
前記演算部は、前記架空地線が所定量溶融するまでの時間とアーク電流との関係を前記全伝熱量に基づき演算して前記時間と前記アーク電流との関係で表わされる架空地線の溶融特性を求めるものであることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーター。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載する架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーターにおいて、
前記演算部は、前記対流熱伝達による伝熱量を、前記対向電極から前記架空地線に向けて噴出されるアークジェットに基づくもので、所定の熱伝達係数、前記架空地線の外周面において前記直流アークが接触している領域の面積である伝熱面積および前記直流アークと前記架空地線の表面との温度差の積により演算するとともに、
前記伝熱面積は前記アーク電流、前記架空地線の材質の関数として演算するものであることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーター。
【請求項7】
所定の張力が付与された状態で両端が固定されている架空地線に、直流アークによるアーク電流を供給して雷撃を模擬した試験である直流アーク試験をシミュレートする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーションソフトウェアーであって、
設定された直流アークのアーク電流、該アーク電流の供給時間を含むアーク条件と、前記架空地線のサイズおよび素線の種類を含む架空地線条件とに基づき電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量とを演算するステップと、
電子輸送による伝熱量と対流熱伝達による伝熱量とを加算して前記直流アークによる前記架空地線への全伝熱量を演算するステップとをコンピューターに演算させることを特徴とする架空地線に対する直流アーク試験のシミュレーションソフトウェアー。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−24819(P2013−24819A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−162614(P2011−162614)
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【出願人】(000173809)一般財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】