説明

染色体DNAを操作する方法

【課題】細胞内から染色体DNAを取り出すことのできる材料及び方法の提供。
【解決手段】2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された、染色体DNAを結合させて細胞から取り出すための針状材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内の染色体DNAを操作する方法、及び操作するための材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のDNAシークエンス技術の進歩はゲノムレベルの塩基配列解読を可能にしている。ゲノムDNA配列の解読においては、短く断片化したゲノムDNAを並列的に解読し、解読したDNA配列を重ね合わせることによりゲノム配列を構築する方式が採用されている。本方式の欠点として、大量のサンプルを必要とすること、また重ね合わせでは埋まらないギャップが生じてしまうことが挙げられる。より正確なゲノムDNA解読のためには、より長いDNA断片を解読する技術、究極的には1分子のゲノムDNAを一度に全てシークエンスする技術が必要であり、このような1分子シークエンス技術の開発は全世界的に進められている(非特許文献1を参照)。1分子シークエンス技術の開発に際しては、その塩基配列解読のための技術開発とともに、試料調製方法の開発が必要である。現在、一般的に染色体DNAを細胞外へ取り出すには細胞膜を化学的に溶解後、除タンパク処理を行い、DNA沈殿処理を行う必要がある。このような方法は抽出操作途中で染色体DNAの物理切断が生じやすいため、1分子シークエンスには適さない。また、多くの細胞を必要とするため、希少サンプルの解析には不適である。本技術は1細胞より個々の染色体DNAを取り出すことを可能にする技術であり、1分子シークエンス技術における重要な要素技術である。
【0003】
DNA等を細胞より取り出す技術として、針状物質を用いて細胞からの生体分子を採取する方法があった(特許文献1〜3を参照)。これらの方法は生細胞よりDNA、RNA、タンパク質、糖、脂質など、比較的小さいレベルの生体分子を採取するための方法である。
【0004】
一方、染色体DNAの取り出しの際には針状物質に結合した染色体DNAが細胞膜を通過しなければならないために、針状物と染色体DNAの間に大きな結合力を必要とする。上記の方法は抗体や相補配列を有する核酸との吸着力により採取する方法であり、巨大な染色体DNAの取り出しは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-325161号公報
【特許文献2】特開2003-88383号公報
【特許文献3】特開2006-246731号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Pushpedra K. Gupta, Trends in Biiotechnology, 26, 11, 602-611
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、細胞内から染色体DNAを取り出すことのできる材料及び方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、細胞から巨大な染色体DNAを取り出し、染色体DNAの操作を可能にする方法について鋭意検討を行った。
【0009】
本発明者等は、染色体DNAが有するテロメア構造に着目し、テロメア構造に結合する分子を用いて染色体DNAの操作が可能になるかについて検討を行った。本発明者らはテロメア構造に結合し得る分子として、特開2006-316008号公報に記載のテロメスタチン誘導体が利用できると考えた。
【0010】
テロメア構造は、例えばヒトの場合ではTTAGGGの繰り返し配列を有し、逆並行構造をとったときに向き合う4つのグアニン塩基の水素結合するGカルテット構造をとる。テロメスタチン及びその誘導体はこのGカルテット構造に特異的に結合する。ターゲットである染色体DNAはゲノムDNAとタンパク質が高度に集積したマイクロメートルサイズの巨大な分子集合体であり、針状物で染色体DNAの引き抜きを行うには、巨大分子である染色体DNAが細胞膜を通過しなければならないために、針状物と染色体DNAの間に大きな結合力を必要とする。
【0011】
上記のテロメスタチン誘導体では、Gカルテット構造との結合が70pN程度の非常に弱い力で破断してしまうために、染色体DNAの引き抜き動作を行うことができなかった。本発明者等は、テロメスタチン誘導体を複合化した分子を設計し、染色体DNAの末端でテロメア構造と複数の結合点を持たせ、引き抜き動作に耐える強い結合を持たせることに成功した。その結果、1個のヒト癌細胞から染色体DNAを分離し、その操作と解析を行うことが可能となることを見いだし、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された、染色体DNAを結合させて細胞から取り出すための針状材料。
【0013】
[2] テロメスタチン誘導体が以下の式(I):
【化1】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
Lは、原子長が5〜30までの、置換されていてもよい飽和又は不飽和脂肪族炭化水素鎖、芳香族炭化水素鎖、ポリアミン又はポリエチレングリコール単位であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体化合物である、[1]の針状材料。
【0014】
[3] テロメスタチン誘導体が以下の式(II):
【化2】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
R2は、-CO(CH2)pCO-(pは3〜18の整数であり、好ましくは4である)であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体化合物である、[2]の針状材料。
【0015】
[4] テロメスタチン誘導体が以下の式(III):
【化3】

で表される2量体化合物である、[3]の針状材料。
【0016】
[5] 針状材料が、カーボンナノチューブ、シリコン結晶、金属結晶、金属酸化物、金属からなる群から選択される、[1]〜[4]のいずれかの針状材料。
[6] 針状材料へのテロメスタチン誘導体の固定が、針状材料及びテロメスタチン誘導体の有する官能基を2価性架橋試薬を介して結合させることにより行われる、[1]〜[5]のいずれかの針状材料。
【0017】
[7] 針状材料及びテロメスタチン誘導体の有する官能基が、チオール基又はアミノ基であり、2価性架橋試薬が、チオール基と結合し得るマレイミド基、アミノ基と結合し得るN-ヒドロキシスクシンイミド活性エステル若しくはイミドエステルを分子の両端に有する2価性架橋試薬である、[6]の針状材料。
[8] [1]〜[7]のいずれかの2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料を細胞内に挿入する工程、細胞内においてテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料に染色体DNAを結合させる工程、及び針状材料に染色体DNAが結合した状態で針状材料を細胞から引き抜く工程を含む、細胞内から細胞外へ染色体DNAを取り出す方法。
【0018】
[9] [1]〜[7]のいずれかの2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料を細胞内に挿入する工程、細胞内においてテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料に染色体DNAを結合させる工程、及び針状材料に染色体DNAが結合した状態で針状材料を細胞から引き抜き細胞内から細胞外へ染色体DNAを取り出す工程、取り出した染色体DNAを基板上へ固定化する工程を含む、染色体DNAが固定化された基板を製造する方法。
[10] 基板上に2量体であるテロメスタチン誘導体が固定されており、該テロメスタチン誘導体を介して、基板上に染色体DNAが固定化される、[9]の方法。
【0019】
[11] テロメスタチン誘導体が固定化された、染色体DNAを固定化するための基板。
[12] [9]又は[10]の方法により製造される、テロメスタチン誘導体を介して染色体DNAが固定化された基板。
【0020】
[13] テロメスタチン誘導体が以下の式(I):
【化4】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
Lは、原子長が5〜30までの、置換されていてもよい飽和又は不飽和脂肪族炭化水素鎖、芳香族炭化水素鎖、ポリアミン又はポリエチレングリコール単位であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体化合物である、[11]又は[12]の基板。
【0021】
[14] テロメスタチン誘導体が以下の式(II):
【化5】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
R2は、-CO(CH2)pCO-(pは3〜18の整数であり、好ましくは4である)であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体である、[13]の基板。
【0022】
[15] テロメスタチン誘導体が以下の式(III):
【化6】

で表される2量体化合物である、[14]の基板。
【発明の効果】
【0023】
本発明で用いる針状材料に固定された2量体であるテロメスタチン誘導体は、真核生物の染色体DNAが特徴的に有するテロメア領域に多く連続して存在するGカルテット構造に強固に複数結合する。そのため、上記テロメスタチン誘導体が固定化された針状材料を細胞に挿入した場合、細胞内の染色体DNAのテロメア領域と強く結合し、細胞から染色体DNAを引き抜くことができ、1個の細胞から1つの染色体DNA分子を分離し、操作や解析を行うことを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】テロメスタチン誘導体の構造(図1A)、Gカルテット構造(図1B)及びテロメスタチン誘導体とGカルテット構造DNAへのテロメスタチンの結合様式(図1C)を示す図である。
【図2A】テロメスタチン誘導体が固定された針状材料を用いてテロメア配列結合の破断力を測定する方法を示す図である。
【図2B】単量体6OTDと2量体6OTDのテロメア配列結合の破断力の比較を示す図である。
【図3】染色体DNA(図3A)とテロメスタチン誘導体を固定した針状材料による操作方法(図3B及びC)の模式図である。
【図4】テロメスタチン誘導体が固定された針状材料を用いて分離抽出された染色体DNAを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明で用いるテロメスタチン誘導体は、以下の式(I)で表される2量体化合物である。
【0026】
【化7】

式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)である。
【0027】
また、Lは、2つのテロメスタチン誘導体モノマーを結合させるリンカーを表し、2つのモノマーを結合させるためのリンカー化合物として、アルキル基等の脂肪族炭化水素鎖、芳香族炭化水素鎖、ポリエチレングリコール誘導体、ポリアミン等が挙げられ、Lは骨格原子が炭素、窒素及び酸素からなる群から選択される、置換及び/又は分枝していてもよい5〜30までの原子長の鎖であり、好ましくは、原子長が5〜30までの、置換されていてもよい飽和又は不飽和脂肪族炭化水素鎖、芳香族炭化水素鎖、ポリアミン又はポリエチレングリコール単位であり、さらに好ましくは-(CH2)m-NH-CO-R2-CO-NH-(CH2)m-で表される原子鎖[ここで、mは1〜5の整数であり、R2はC3〜C18のアルキル鎖、C3〜C18のアルケニル鎖、C3〜C28のアルキニル鎖であり、好ましくはR2は-(CH2)3-NH-CO-(CH2)p-CO-NH-(CH2)3-(pは3〜18の整数であり、好ましくは4である)]である。
【0028】
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、当該官能基として-NH2、-SH、-COOH等が挙げられ、R3として、-(CH2)m-NH2(mは2〜5の整数であり、好ましくは3である)が挙げられる。
【0029】
式(I)のLが-(CH2)3-NH-R2-NH-(CH2)3-であるテロメスタチン誘導体は以下の式(II)で表される。
【化8】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
R2は、-CO(CH2)pCO-(pは3〜18の整数であり、好ましくは4である)であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、当該官能基として-NH2、-SH、-COOH等が挙げられ、R3として、-(CH2)m-NH2(mは2〜5の整数であり、好ましくは3である)が挙げられる。]
【0030】
上記テロメスタチン誘導体の一例として、以下の式(III)で表されるテロメスタチン誘導体が挙げられる。
【化9】

【0031】
本発明で用いる2量体のテロメスタチン誘導体は、下記式(IV)で表される大環状ヘキサオキサゾール構造を有するテロメスタチンから誘導された、官能基を導入することができる化合物から合成することができる。
【0032】
【化10】

【0033】
上記テロメスタチンの2,14位の二カ所に官能基を導入するように設計し、合成すればよい。合成は、例えば特開2006-316008号公報に記載の方法で行うことができる。
【0034】
すなわち、下記式(V)で表される大環状ヘキサオキサゾール(6OTD)を合成する。最初に、R4がBoc保護された-(CH2)3NHBocであり、R5がCbz(カルボキシベンジル基)、等で保護されたアミノ基、すなわち-(CH2)3NHCbz等である化合物(6OTD)を合成し、R5のCbz基を例えば水酸化パラジウム−水素により除去しアミンとし、活性エステルであるアルキル鎖長の異なるリンカーを作用させることにより、6OTDを2量体化する。その後、Boc基をTFAで脱保護することにより、2量体のテロメスタチン誘導体を合成することができる。
【0035】
【化11】

【0036】
本発明の針状材料は、上記のテロメスタチン誘導体が固定された針状材料である。本発明で用いる針状材料として、例えば、特開2003-325161号公報及び特開2006-246731号公報に記載の針状物が挙げられる。
【0037】
すなわち、針状材料としては、例えばカーボンナノチューブ;シリコン結晶、ジルコニウム、チタン、タングステン等の金属結晶;ZnO等の金属酸化物;金、銀、銅、白金、アルミニウム等の金属;酸化ニッケル、ガラス、石英、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、ダイヤモンド等の無機物:プラスチック等を用いることができ、細胞に毒性のない物質であればいずれも使用できる。これらの材料をプローブ先端に固定するか、又は、シリコン、窒化シリコン等からなるプローブを使用し自身をエッチングにより先鋭化加工し、針状にしたものを使用すればよい。
【0038】
プローブとしては、原子間力顕微鏡(AFM)の探針(プローブ)を用いることができる。プローブに固定する上記針状物の直径はおおよそ10nm〜30μm程度である。好ましくは10〜200nmであり、本発明のカーボンナノチューブの直径は10〜200nmのオーダーであって、細胞の大きさに比して十分小さく、このため細胞への挿入に対してダメージを与えない。また、針状にエッチング加工したプローブも直径が100nm程度まで加工することが可能であり、細胞挿入において大きなダメージを与えない。一方、針状物の長さはおおよそ0.5〜200μm程度であり、好ましくは5〜100μmである。針状に加工したプローブにおいても、長さが10μm程度まで加工することが可能であり、細胞挿入において十分な長さを確保できる。また、カーボンナノチューブには、大きく分けて単層のものと多層のものがあるが、本発明においては横方向の曲げに対してある程度の強度を必要とするため、多層のカーボンナノチューブが好ましい。
【0039】
プローブに針状物を取り付けるには、カーボンナノチューブを用いる場合、例えば、電子顕微鏡観察下に、カーボンナノチューブ先端部分とプローブとを接触させ、該接触部に電子線を照射し、炭素化合物ガスをこの電子線のエネルギーによって分解し、非晶質のカーボンとして堆積させ、プローブとカーボンナノチューブを固着すればよい。また、CVD(化学気相成長)法やスパーグロースCVD法等によりカーボンナノチューブを成長させる方法を用いてもよい。
【0040】
プローブを針状に加工するには、上記シリコン製プローブの場合、例えば、集束イオンビーム加工装置等を用いて、ビーム照射によるエッチングにより先端を針状に加工することができる。また、窒化シリコン製のプローブの場合は成型時に使用する型の窪み部分を針状の構造にしておき、針状のプローブを作製してもよい。
【0041】
本発明の針状材料をナノ針と呼ぶこともある。
針状材料へのテロメスタチン誘導体の固定は、例えば、チオール基、アミノ基、アルデヒド基、カルボキシル基等の官能基を利用して結合させることができる。すなわち、これらの官能基を針状材料及びテロメスタチン誘導体に導入し、該官能基を架橋試薬により架橋することにより、針状材料にテロメスタチン誘導体を固定することができる。例えば、ガラス、シリカ、石英またはシリコン結晶の場合、ビニルトリアルコキシシラン、アミノアルキルトリアルコキシシラン、エポキシ含有アルキルトリアルコキシシラン、3-メルカプトプロピルトリアルコキシシラン(MPTES)等のSH、NH2、エポキシ基、ビニル基等の官能基をシランカップリング剤、又はポリリジンやポリエチレンイミン等のポリ陽イオンで処理することにより導入できる。また、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア等の表面に水酸基を有する材料の場合には、該水酸基を利用することができる。さらに、金属等の場合はチオール基を導入することができる。具体的には、カーボンナノチューブを用いる場合は、カーボンナノチューブ自身の表面を有機合成の手法であらかじめ修飾することが可能である。例えばカルボキシル基などの官能基を出すように修飾することで、表面を親水化することが可能である上に、この官能基に対して、活性化試薬を用いた有機化学的手法によってテロメスタチン誘導体を共有結合的にカーボンナノチューブ表面に固定化することができる。プローブ自身を針状に加工した場合も、素材としてはシリコンや窒化シリコン等を使用すれば、表面を酸化処理した後に、各種シラン化剤を利用して、チオール基等の官能基を表面に形成し、有機化学的手法によってテロメスタチン誘導体を共有結合的に固定化することができる。また、ZnO等の金属酸化物の表面にアミノ基を導入してもよい。例えば、2価性架橋試薬を用いて、針状材料上のチオール基等の官能基とテロメスタチン誘導体のアミノ基等の官能基を利用して結合させることができる。2価性架橋試薬としては、チオール基と結合し得るマレイミド基、アミノ基と結合し得るN-ヒドロキシスクシンイミド活性エステルやイミドエステルを分子の両端に有するホモ2価性架橋試薬やヘテロ2価性架橋試薬を用いることができる。このような化合物として、例えば、マレイミド基とN-ヒドロキシスクシンイミド活性エステルの両方を有するヘテロ2価性架橋試薬として、N-(6-マレイミドカプロイルオキシ)スクシンイミド(EMCS)、N-(4-マレイミドブチリルオキシ)スクシンイミド(GMBS)、N-(11-マレイミドウンデカノイルオキシ)スクシンイミド(KMUS)、N-(8-マレイミドカプロイルオキシ)スクシンイミド(HMCS)等が挙げられ、マレイミド基を有するホモ2価性架橋試薬としてN,N-p-フェニレンジマレイミド等が挙げられ、N-ヒドロキシスクシンイミド活性エステルを有するホモ2価性架橋試薬として、ジスクシンイミジルスベレート(DSS)、ジチオビス(スクシンイミジルプロピオネート)(DSP)等が挙げられ、イミドエステルを有するホモ2価性架橋試薬として、ジメチルアジビンイミデート(DMA)、ジメチルピメリンイミデート(DMP)、ジメチルスペリンイミデート(DMS)等が挙げられる。ただし、本発明で用いる架橋試薬はこれらの試薬に限定されない。
【0042】
テロメスタチン誘導体を固定した針状材料を用いて、細胞から染色体DNAを取り出しから、取り出した染色体DNAを操作するには、針状材料の細胞への位置あわせを行う顕微鏡装置と、針状材料を3次元的に動作させ、細胞に対して針状材料の長軸が培養細胞の頭頂部表面と垂直になる角度で接近動作させ、針状材料を細胞に挿入、抜去するマニピュレーター装置が必要である。例えば特開2003-325161号公報に記載の細胞操作装置を用いて行えばよい。該装置は、培養容器を載置する2次元ステージを設けた原子間力顕微鏡と落射蛍光顕微鏡からなり、2次元ステージ上には、原子間力顕微鏡のカンチレバーのプローブ及びその先端に取り付けたカーボンナノチューブ等の針状物が位置するよう配置され、このカーボンナノチューブ等の針状物は、原子間力顕微鏡のカンチレバー移動手段及び位置制御手段により、上下に移動可能に構成されており、また、針状物にかかる力はカンチレバーのたわみをレーザー反射光で検知し、画像によりモニター可能になっている。カンチレバーの先端位置を細胞に位置合わせし、カンチレバーの上下動作を行うことによって、細胞にテロメスタチン誘導体が固定されたニードルを挿入することができる。
【0043】
具体的には、細胞操作装置の2次元ステージ上に、標的細胞を培養した培養容器を載置し、落射蛍光顕微鏡でモニターしながら、カンチレバーのプローブ部分が2次元ステージ上に載置された培養容器中の標的細胞の真上にくるように2次元ステージを操作しで位置あわせを行い、カンチレバーの変位をモニターしながら、カンチレバーのプローブ先端の針状物と細胞を徐々に接近させて、該針状物を細胞に挿入した後、この状態で保持する。この場合、上記針状物と細胞が接触時点においてはカンチレバーが斤力を受け変位し、また、針状物が細胞膜を突き破って挿入されるとカンチレバーにかかる斤力が緩和されカンチレバーの変位は減少する。上記細胞内に針状物が保持され、針状物に染色体DNAが結合する。次いで、針状材料を細胞から引き抜くことにより、染色体DNAを細胞外に取り出すことができる。この場合においては、細胞から針状材料を抜くのに弱い抵抗がかかり、この抵抗がカンチレバーの弱い引力の変位を引き起こす。この後、変位は回復するが、これは針状材料が細胞から完全に引き抜かれたことを意味する。これらのカンチレバーの変位は、画面上でモニターでき、したがって、これらの細胞と針状材料との接触、挿入、細胞内保持、引き抜き等の一連の細胞操作はリアルタイムで詳細に知ることができる。
【0044】
原子間力顕微鏡を使用することによって、針状材料の挿入や染色体DNAの取り出しを力情報から確認することができるが、本操作の目的において必須のものではない。
【0045】
本発明のテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料を細胞に挿入することにより、テロメスタチン誘導体が細胞中の染色体DNAのテロメア領域のGカルテット構造に結合し、続いて針状材料を引き抜くことにより、細胞が生きたままで、細胞中の染色体DNAを分子単位で取り出すことができる。
【0046】
このようにして細胞より取り出し、針状材料に結合している染色体DNAを、テロメスタチン誘導体が固定化された固定化基板に移すことができる。この際、針状材料上のテロメスタチン誘導体に結合した、Gカルテット構造より、針状材料上の、テロメスタチン誘導体に結合しておらず、基板上に固定化したテロメスタチン誘導体に結合し得るGカルテット構造数の方が多いため、染色体DNAは針状材料よりも基板上に強く結合し、針状材料を基板から上げることで、染色体DNAは針状材料から離れ、基板上に固定される。用いる基板の材料は限定されないが、上記の針状材料の材料が用いられ、ガラス基板、プラスチック基板等が好適に用いられる。基板上への染色体DNAの固定化量は、目的に応じて適宜定めることができる。
【0047】
このようにして、基板上に染色体DNAを観察やその他の種々の用途に用いることができる。例えば、基板上に多種類の染色体DNAを固定化し、染色体DNAアレイを作製することができる。また、染色体DNAを配列解読のための材料として用いることもできる。
【0048】
本発明は、染色体DNAがテロメスタチン誘導体を介して結合している基板をも包含する。
【実施例】
【0049】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0050】
テロメスタチン誘導体は以下の方法で合成した。
特開200-316008号公報に記載の方法において、Z-L-Serine (1)をε-Boc-α-Cbz-L-Lysineに変えることで合成した。
【0051】
以下の方法において、細胞への針状材料の挿入、吸着力の測定等は、特開2003-325161号公報に記載の細胞操作装置を用いて行った。
【0052】
AFM用の単結晶シリコン探針を針状材料として用いた。最初に、AFM用の単結晶シリコン探針を集束イオンビームによってエッチング加工し、針状材料(ナノ針)を作製した。探針へのテロメスタチン誘導体の固定化方法は、まず探針に対し酸処理を施し、MPTMS(3-mercaptopropyl trimethoxysilane)処理により表面にチオール基を提示させた。次に2価性架橋剤であるEMCS(N-(6-maleimidocaproyloxy)succinimide)処理により、スクシンイミド基を提示させた。スクシンイミド基を提示した探針にテロメスタチン誘導体を反応させることによりテロメスタチン誘導体を探針表面に提示させた。テロメスタチン誘導体には単量体6OTD、2量体6OTD(図1)を用いた。
【0053】
テロメスタチン誘導体固定化探針の性能評価のため、探針と人工オリゴヌクレオチドとの吸着力評価を行った。人工オリゴヌクレオチドには、テロメア領域に多く連続して存在し、Gカルテット構造を形成することが知られている塩基配列を有するtelo24(TTAGGGTTAGGGTTAGGGTTAGGG(配列番号1))、及びtelo24が4回繰り返したtelo96を用いた。また比較対象として20塩基対のpolyTを用いた。これらの人工オリゴヌクレオチドはビオチン修飾を施し、それぞれアビジンが固定化された金基板上へ固定化した。固定化の際には人工オリゴヌクレオチドを95℃で熱変性処理を施した後、1時間以上かけて25℃まで徐冷したものを用いた。単量体6OTDを固定化した探針を用いて各オリゴヌクレオチドとの吸着力を測定した結果、polyTを固定化した基板上に比べてtelo24、及びtelo96を固定化した基板上においてより大きな吸着力が観察された(図2)。単量体6OTD固定化探針ではtelo96に対して約280 pNであったのに対して、2量体6OTD固定化探針では、約1200 pNであり、単量体6OTDに比べて 2量体6OTDを用いることにより、探針−DNA間により大きな吸着力を与えることができることが示された。2量体6OTDの使用時においては、DNAの繰り返し数の増大とともに吸着力は大きく増大している。これは2量体6OTDが1分子のオリゴヌクレオチド内に存在する複数のGカルテット構造に効率的に複数結合した効果であると考えられる。このように、6OTDの重合数と、DNAの繰り返し配列の個数が増大することによって、探針とDNA間の吸着力は増強できることが示唆される。
【0054】
続いて、図3に示すように2量体6OTD修飾ナノ針(直径200 nm)をヒト癌細胞であるHela細胞に挿入し、染色体DNAの細胞外への取り出しを試みた。染色体DNAには複数箇所のテロメア領域が存在する。染色体DNAは2量体6OTDを固定化したマイカ基板上に2量体6OTD修飾ナノ針上から移動した。染色体が固定化されたナノ針を2量体6OTD固定化基板へ接触させることにより、ナノ針上の2量体6OTDと結合していないテロメア領域におけるGカルテット構造が基板上の6OTDと結合する。針上に結合しているGカルテット構造数に比べて基板上に結合できるGカルテット構造数の方が多いため、針を基板上から引き上げることで染色体DNAは基板上に固定化され、このDNA分子の観察を行うことができる(図4)。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された、染色体DNAを結合させて細胞から取り出すための針状材料は、細胞から染色体DNAを取り出すのに用いることができ、取り出した染色体DNAを利用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0056】
配列番号1 合成

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された、染色体DNAを結合させて細胞から取り出すための針状材料。
【請求項2】
テロメスタチン誘導体が以下の式(I):
【化1】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
Lは、原子長が5〜30までの、置換されていてもよい飽和又は不飽和脂肪族炭化水素鎖、芳香族炭化水素鎖、ポリアミン又はポリエチレングリコール単位であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体化合物である、請求項1記載の針状材料。
【請求項3】
テロメスタチン誘導体が以下の式(II):
【化2】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
R2は、-CO(CH2)pCO-(pは3〜18の整数であり、好ましくは4である)であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体化合物である、請求項2記載の針状材料。
【請求項4】
テロメスタチン誘導体が以下の式(III):
【化3】

で表される2量体化合物である、請求項3記載の針状材料。
【請求項5】
針状材料が、カーボンナノチューブ、シリコン結晶、金属結晶、金属酸化物、金属からなる群から選択される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の針状材料。
【請求項6】
針状材料へのテロメスタチン誘導体の固定が、針状材料及びテロメスタチン誘導体の有する官能基を2価性架橋試薬を介して結合させることにより行われる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の針状材料。
【請求項7】
針状材料及びテロメスタチン誘導体の有する官能基が、チオール基又はアミノ基であり、2価性架橋試薬が、チオール基と結合し得るマレイミド基、アミノ基と結合し得るN-ヒドロキシスクシンイミド活性エステル若しくはイミドエステルを分子の両端に有する2価性架橋試薬である、請求項6記載の針状材料。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料を細胞内に挿入する工程、細胞内においてテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料に染色体DNAを結合させる工程、及び針状材料に染色体DNAが結合した状態で針状材料を細胞から引き抜く工程を含む、細胞内から細胞外へ染色体DNAを取り出す方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の2量体であるテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料を細胞内に挿入する工程、細胞内においてテロメスタチン誘導体が固定化された針状材料に染色体DNAを結合させる工程、及び針状材料に染色体DNAが結合した状態で針状材料を細胞から引き抜き細胞内から細胞外へ染色体DNAを取り出す工程、取り出した染色体DNAを基板上へ固定化する工程を含む、染色体DNAが固定化された基板を製造する方法。
【請求項10】
基板上に2量体であるテロメスタチン誘導体が固定されており、該テロメスタチン誘導体を介して、基板上に染色体DNAが固定化される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
テロメスタチン誘導体が固定化された、染色体DNAを固定化するための基板。
【請求項12】
請求項9又は10に記載の方法により製造される、テロメスタチン誘導体を介して染色体DNAが固定化された基板。
【請求項13】
テロメスタチン誘導体が以下の式(I):
【化4】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
Lは、原子長が5〜30までの、置換されていてもよい飽和又は不飽和脂肪族炭化水素鎖、芳香族炭化水素鎖、ポリアミン又はポリエチレングリコール単位であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体化合物である、請求項11又な12に記載の基板。
【請求項14】
テロメスタチン誘導体が以下の式(II):
【化5】

[式中、各々のRは、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、アリール基、アリル基、アラルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、R'O-、R'(C=O)-、R'(C=O)O-又はR'O(C=O)-(R'は炭素数1〜5のアルキル基である)であり;
R2は、-CO(CH2)pCO-(pは3〜18の整数であり、好ましくは4である)であり;
R3は、2価性架橋試薬を介して針状材料にテロメスタチン誘導体を結合させるための官能基を有する基であり、-NH2、-SH又は-COOHを末端に有する基である。]
で表される2量体である、請求項13記載の基板。
【請求項15】
テロメスタチン誘導体が以下の式(III):
【化6】

で表される2量体化合物である、請求項14記載の基板。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−182757(P2011−182757A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−54367(P2010−54367)
【出願日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.発行者:日本生物物理学会 刊行物名:生物物理 2009年10月(増刊号) 第47回年会講演予稿集 巻数・号数:Vol.49 掲載頁:S168頁(3P−100) 刊行物発行年月日:2009年9月20日 2.研究集会名:平成21年度 第9回 産総研・産技連 LS−BT合同研究発表会 主催者名:独立行政法人産業技術総合研究所 産業技術連携推進会議 開催日:2010年2月4日〜5日 刊行物名:平成21年度 第9回 産総研・産技連 LS−BT合同研究発表会要旨集 掲載頁:69頁(P071) 刊行物発行年月日:2010年2月4日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、経済産業省、「産業技術研究開発委託費」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】