柔要素制震構造部材と柔剛混合制震構造
【課題】 普通鋼に比べコストが高く溶接の品質確保が難しい高強度鋼を用いることなく、部材を折り返して実質の部材長さを長くすることにより、支点間距離が同じであるにもかかわらず、従来の部材の弾性限変形量を超える弾性限変形量を有する超弾性柔要素部材を提供する。
【解決手段】 内筒および外筒からなる構造部材の軸方向の端部に設けられた折り返し部において一体的に結合することにより、構造部材の長さを設置箇所(支点間距離)より長くして弾性限変形量を拡大させ高強度鋼を用いることなく復元性能に優れた構造部材を提供する。
【解決手段】 内筒および外筒からなる構造部材の軸方向の端部に設けられた折り返し部において一体的に結合することにより、構造部材の長さを設置箇所(支点間距離)より長くして弾性限変形量を拡大させ高強度鋼を用いることなく復元性能に優れた構造部材を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の地震安全性を向上させることのできる新しい構造部材としての柔要素制震構造部材とこれを用いた制震構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地震安全対策に対する社会的要請の高まりにともなって、地震エネルギーを積極的に吸収し耐震性能の向上を図ろうとする制震構造の開発・実用化が進められている。たとえば、耐震性を向上させる構造としては、ダンパーを設けるもの(特許文献1−4)や、構造物を支持する杭の杭頭部に地震力を吸収する低降伏点鋼管を設けるもの(特許文献5)、あるいは柱下端部に固定されたエンドプレートとベースプレートとの間に設けられ、柱下端部の垂直軸が傾くような回転を許容する構造のもの(特許文献6)等の種々の構造が提案されている。また、近年の研究では柱や梁の主架構を弾性要素とし、制震ダンパーを剛要素とする柔剛混合構造を基本とするものが地震時に有効であることも報告されている。
【0003】
しかしながら、柔剛混合構造では、柔要素である主架構が降伏強度に達して塑性化すると降伏後の剛性が期待できず制震ダンパーの効率は著しく低下してしまうという問題がある。そこで、この課題を解決するための方法として、主架構に強度の大きい高強度鋼材を用いることにより弾性限変形量を拡大することが図られている。主架構に強度の大きい高強度鋼材を用いて鋼材の降伏ひずみ度を大きくすることにより弾性限変形量の拡大を図るものである。
【0004】
だが、高強度鋼は普通鋼に比べコストが高いことや溶接の品質確保が難しい等の問題がある。このため、より実際的に、普通鋼を用いて弾性限変形量の拡大を図ることが望まれているが、これを可能とする方策はこれまでのところ実現されていない。
【特許文献1】特開2005−336721号公報
【特許文献2】特開2004−244926号公報
【特許文献3】特開2006−283375号公報
【特許文献4】特開2006−336336号公報
【特許文献5】特開2006−291492号公報
【特許文献6】特開2006−233488号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記のとおりの背景から、柔剛混合構造についてのこれまでの知見を踏まえ、普通鋼を用いることで、弾性限変形量の増大を可能として確実、かつ安価に、高い信頼性の制震構造を実現することのできる新しい技術手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するものとして以下のことを特徴としている。
【0007】
第1:設置支点に当接されていない複数の折り返し部を介しての部材長さが設置支点間距離よりも長い柔要素制震構造部材とする。
【0008】
第2:上記の柔要素制震構造部材は、筒形状体である。
【0009】
第3:上記の柔要素制震構造部材は、板または壁形状体である。
【0010】
第4:上記の柔要素制震構造部材は、軸力部材である。
【0011】
第5:上記の柔要素制震構造部材は、曲げせん断部材である。
【0012】
第6:上記いずれかの部材が建物構造の一部を構成している柔剛混合制震構造である。
【発明の効果】
【0013】
上記のとおりの本発明の柔要素制震構造部材によれば、普通鋼材であっても、弾性限変形量が増大した復元性能の高い構造部材が実現されることになる。この部材は、新しい超弾性構造部材と呼ぶこともできる。
【0014】
本発明は、この新しい制震部材によって、確実に、低コストで、高い信頼性での制震構造を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
添付した図面の図1は、たとえば軸力部材(1)として、筒形状体の柔要素制震構造部材の一実施形態を、正面図(a)および断面図(b)として示したものである。軸力部材(1)は、たとえば普通鋼による鋼管(2)形状として、その上下端部(1A)(1B)のフランジ部において建物構造体の設置箇所、つまり設置支点に取付け、配設されるが、その設置支点に当接されない折り返し部(3)を複数有している。そしてこの折り返し部材(3)の存在によって、これを介しての軸力部材(1)の部材そのものの長さ:部材長さは、つまり屈伸された状態として算定される長さは、設置支点間の距離よりも長いものとなっている。
【0016】
たとえば図1としてその実施形態を示した本発明の柔要素制震構造部材の本質的特徴は以下のようにも説明される。
【0017】
すなわち、まず、常識的に知られているように、構造物を支持する部材を長くすることにより弾性限変形量を大きくして復元性能を向上することは可能である。しかしながら、部材長さは実質的に部材設置箇所(支点間距離)の制約を受けるため、部材長さを任意の長さに設定することはできない。しかも、たとえ設置箇所を工夫して部材長さを長くしたとしても座屈強度が低下するため部材長さを3倍にしたからといって弾性限変形量は3倍とならない。一方、本発明では、上記のように部材を折り返すことによって部材そのものの長さを設置箇所(設置支点間距離)よりも長くすることにより弾性限変形量を大きくする。そして、この折り返しによって、設置支点間距離に制約されずに、屈伸された状態として算定される部材長さを任意の長さにすることが可能となるだけでなく、部材は折り返し部を境に圧縮材と引張材が交互に構成されるので座屈を拘束することが可能となる。このため、座屈強度が低下しないので部材長さを3倍にすれば弾性限変形量も同時に3倍にすることが可能となる。このように、本発明においては折り返し部を設けて部材長さを長くすることにより、弾性限変形量が大きく、しかも座屈強度が低下しない復元性能に優れた部材を供給することができるものである。折り返し部を設けて部材長さを長くして弾性限変形量を大きくすることが可能になる理由は以下のとおりである。
【0018】
軸力部材の弾性限界の変形量は部材が一様に降伏するとするならば、部材長さと使用鋼材の降伏ひずみ度により決定される。また、降伏ひずみ度は降伏強度とヤング係数により決まる。たとえば、普通鋼材であるSS400等の単調引張(圧縮)載荷時の応力とひずみの関係は図2のようになる。この図2からも明らかなように、載荷初期では応力とひずみが比例関係にある弾性挙動を示すが、所定の材料強度(降伏ひずみ度)に達すると応力状態は、一定となり、ひずみだけが進展する塑性挙動を示す。
【0019】
弾性挙動時の応力とひずみの関係は式(1)で表され、また材料強度と降伏ひずみ度の関係は式(2)で表される。
【0020】
σ=E×ε (1)
f=E×εy (2)
なお、σは応力度、Eはヤング係数、εはひずみ度、fは降伏強度、εyは降伏ひずみ度を示している。
【0021】
このような特性を有する鋼材で構成される従来の部材の軸力と軸変形の関係は図3のようになり、その関係は式(3)で表される。
【0022】
N=E・A/L×δ (3)
Nは軸力、Aは部材断面積、Lは部材長さ、δは軸変形量を示している。
【0023】
なお、ここで、この部材の弾性限変形量は、式(4)の材料強度と軸強度の関係および式(2)の関係を用いれば、式(3)より式(5)のように表される。
【0024】
Ny=f×A (4)
δy=L/(E・A)×Ny=L×f/E=L×εy (5)
なお、δyは弾性限変形量を示している。
【0025】
式(5)から明らかなように、従来の部材の弾性限変形量(δy)は、部材長さ(L)と鋼材の降伏ひずみ度(εy)のみにより規定され、鋼材のヤング係数(E)が一定値であることより、降伏ひずみ度(εy)は材料強度(f)のみにより規定される。
【0026】
すなわち、部材長さ(L)が一定の条件下で部材断面積(A)を上昇させると、図4で示した軸力と軸変形の関係のように、断面積(A)の上昇に伴い軸強度(N)は上昇するが、弾性限変形量(δy)は一定のままとなる。したがって、部材の弾性限変形量(δy)の拡大を図るためには、通常の鋼材より材料強度(f)の高い高強度を用いなければならない。部材長さ(L)および部材断面積(A)が一定の条件下で材料強度(f)を上昇させた場合の軸力と軸変形の関係を示したものが図5である。ただし、高強度鋼といえども材料強度(f)の上昇率はSS400の1.5倍程度しかなく、またコストが高いことや溶接の品質確保が難しい等の問題がある。これに対して、本発明の折り返し方式を用いた柔要素制震構造部材では見かけ上の部材長さ(L)は従来の部材の長さ(L)と同じままで、実質の部材長さを上昇させることができ、式(5)の関係より部材長さの上昇率と同じだけ弾性限変形量(δy)を拡大することができる。
【0027】
たとえば、図5と同じ材料強度(f)かつ同一断面積で見かけ上の部材長さ(L)も同一という条件のもとで、折り返し回数を2回として実質の部材長さを約3倍にした場合の軸力と軸変形の関係を示したものが図6である。この図6より折り返し方式を用いた超弾性柔要素部材では、従来の部材と同一材料であっても約3倍の弾性限変形量(δy)が得られていることがわかる。また、柔要素制震構造部材の断面積(A)を上昇させれば、従来の部材(図4)と同様に、軸剛性と軸強度のみ上昇する。したがって、本発明の柔要素制震構造部材では、任意の弾性限変形量(δy)と任意の剛性を実質の部材長さと断面積(A)により設定することができる。
【0028】
図7は鋼管(2)の折り返し方式で構成された図1と同様の軸力部材(1)の断面斜視図であり、円筒形状を有している。一方、図8は角型断面鋼材の折り返し方式で構成された軸力部材の断面斜視図である。
【0029】
たとえばこれらの例のように、その筒状体の水平断面は、円形、角形、さらにはその他であってよい。ただ、いずれの場合であっても、折り返し部(3)は、設置支点に当接せず、ある間隔(L1)(L2)(L3)(L4)をもって設置支点とは離間していることが必要である。この間隔をどの程度にするかは、部材長さの選択と、これら部材の製造、加工成形性を考慮することで定められる。当然にも、L1=L2、L3=L4は必須の条件ではない。
【0030】
また、折り返し部(3)をもって折り返された内側と外側の部材とは接触していてもよいし、離れていてもよい。ただ、離れすぎていないことが好ましい。離れすぎると座屈拘束の効果が期待できなくなるからである。
【0031】
その製造、加工成形の方法については様々であってよい。鋼管の成形にともなう伸長、押し込み、あるいは接合でもよいし、もしくは溶接が行われてもよい。
【0032】
図9、図10および図11は建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁(6)の脚部に上記の軸力部材(1)を設置した制震構造建物の実施形態を示したものである。たとえば、境界梁(7)部に制震ダンパー(8)を設け、またせん断力伝達部材(9)を設け、耐震壁(8)の脚部に軸力部材(1)を設置することにより、通常の耐震壁の弾性限変形量より数倍大きな弾性限変形量が確保でき、耐震壁周辺に設置した制震ダンパーのエネルギー吸収効率の低下を防止することが可能となる。また、大地震後も耐震壁は、元の変形に戻るので、建物全体の残留変形を極めて小さく抑えることが可能となる。
【0033】
そして、この図9、図10および図11の例示構造において図7および図8に例示した軸力部材(1)を使用する場合には、耐震壁(6)をθの回転角まで弾性変形させるためには、軸力部材(1)の間隔(L1〜L4)は、耐震壁の幅をSとすると、次式
L1(L2,L3,L4)≧S・θ/2
で示されるものとすればよい。たとえば、θ=1/150rad.で
S=5000mmとすると、
L1(L2,L3,L4)≧S・θ/2=5000・1/150/2=16.7mm
となる。
【0034】
また、本発明においては、以上のような軸力部材(1)としての形態だけでなく、図12のように曲げせん断部材(4)の形態であってもよい。この図12は、曲げせん断部材(4)として、平板もしくは壁状の柔要素制震構造部材の一実施形態を、正面図(a)および側断面図(b)として示したものである。
【0035】
上下端部(4A)(4B)において設置支点に取付け、配設されるが、その設置支点に当接されない折り返し部(3)を複数有しており、これによって、曲げせん断部材(4)の折り曲げ部(3)を介しての部材そのものの長さ、つまり屈伸された状態での長さとして算定される部材長さは、設置支点間の距離よりも長いものとなっている。
【0036】
なお、図12の例においては、さらに補強材(5)も設けた場合も示している。
【0037】
図13(a)(b)は、図12に例示した曲げせん断部材(4)の変形時の状態を模式的に示した正面図と側面図である。
【0038】
また、図14は、建物の各階に図12に例示した曲げせん断部材(4)が設置された例を示したものである。
【0039】
このように、建物構造物に本発明の柔要素制震構造部材を組み込むことにより、主架構が降伏して主架構の剛性が消失しても、超弾性柔要素部材は弾性剛性を保持するので、柔剛混合構造全体の剛性が保持され、制震ダンパーのエネルギー消費効率の低下が防げる。
【0040】
また、本発明では、柔剛混合構造全体の剛性が保持されることにより、大地震後の残留変形も小さくなり地震後に必要な仕上げ材などの補修が容易になるという優れた特徴を有するものである。
【0041】
そこで以下により具体的な本発明の実施形態について例示説明する。
(事例説明)
<検討対象建物>
本発明の制震構造システム(以下、次世代制震構造システムと称す)の有効性を確認するために解析ケーススタディーを実施した。検討対象建物は、文献(日本免震構造協会編:「パッシブ制振構造設計・施工マニアル第2版」、2005.9)に示されるテーマストラクチャーのトリムタイプをベースにした鉄骨造10階建ての事務所ビルである。本検討建物はトリムタイプに対して、1階階高を5.0mに、桁行方向を5スパンとして中央の1スパンをスパン長さ5.0mに修正した。それ以外の部材断面や建物重量等は上記文献と同じである。検討建物は、図15に示す4タイプとした。まず、次世代制震構造システムの有効性を確認するために、非制震、制震、次世代制震1の3つのモデルを設定した。さらに、連層壁の両側に境界梁ダンパーを組込み制震部材の設置スペースの省スペース化を図った次世代制震2を設定した。なお、次世代制震1、2の連層耐震壁脚部には、本発明の軸力部材(1)とブレース材(H350×350×12×19)を設置している。
<解析諸元>
解析は、検討建物が整形な建物であることからねじれは生じないものと仮定し、柱・梁部材を線材置換して、材端に剛塑性バネを有する平面フレームモデルで行った。各部材の解析モデルは、柱に曲げ・せん断・軸方向を、梁には曲げ・せん断を考慮し、曲げに対する復元力特性は、部材M−θ関係においてMu(Mu=Zp×σy,σy=1.1×F値)に達した点を折れ点とするノーマルバイリニアモデルでモデル化した。使用するダンパーはダンパーブレース、境界梁ダンパーともに、完全弾塑性形の履歴特性を有する履歴型ダンパーとし、復元力特性にはノーマルバイリニアモデルを設定した。ダンパー諸元を表1に示す。軸力部材では、材端をピン接合とし、部材の伸縮により1/150rad相当まで連層壁が弾性剛体回転できるように弾性限軸変位を16.7mmと設定した。軸剛性は、SN490級で断面積100cm2の部材を想定して、短期許容応力度の軸耐力と弾性限変位の関係から算定した。なお、解析は桁行方向のみの検討とする。
【0042】
【表1】
【0043】
時刻歴応答解析において使用する入力地震動には、限界耐力計算での工学的基盤における標準スペクトルSa0(安全限界時)にフィッティングさせた模擬地震動を4波作成し、それを限界耐力計算法の略算法による第2種地盤の地盤増幅率で増幅させた波を用いた。入力地震波の位相特性は、観測位相3波(ELCENTRO−NS,HACHINOHE−NS,KOBE−NS)とランダム位相1波とした。内部粘性減衰は、初期剛性比例型の5%を仮定した。入力地震動特性を限界耐力計算法の要求スペクトル(h=5%)と比較して図16に示した。
<時刻歴応答解析結果>
次に、上記の検討建物の時刻歴応答解析結果を示し、次世代制震構造システムの有効性を確認する。また、柔要素制震構造部材の基本性能を確認するために行った加力実験について示す。各建物の固有周期を表2に、最大応答層間変形角を図17に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
図17(a)の非制震、制震、次世代制震1の最大応答層間変形角は、それぞれ1/37rad、1/90rad、1/138radとなり、制震構造化による明瞭な応答低減効果が確認できるとともに、次世代制震1の有効性が確認できる。すなわち、次世代制震1では、各層の変形分布は1/150rad程度でほぼ一様になり、同じダンパー量を組込んだ制震の最大応答値より、さらに最大応答値が65%程度に低減されている。また、制震、次世代制震1、次世代制震2を比較した図17(b)より次世代制震2の最大応答値は、次世代制震1とほぼ同程度になり、各層の変形分布も同様の傾向を示していることが確認できる。したがって、連層耐震壁脚部に本発明の軸力部材を設置した次世代制震構造システムでは、制震ダンパーの設置スペースの省スペース化が図れる境界梁ダンパーにて効率の高いエネルギー吸収効果が得られることが確認できた。
<軸力部材の加力実験>
本発明の軸力部材の基本性能を確認するために、これを試作し加力実験を行った。
【0046】
図18に示した折り返し方式の軸力部材と、図19に示した従来の柱を想定した在来部材の2種類の試験体を製作した。試験体は、実物のおよそ1/3スケールとし、支点間距離を1,500mmとした。使用する鋼材は、どちらの試験体も一般構造用角形鋼管(STKR400)で統一した。軸力部材は、2回の折返しによる3層構造とし、3本の鋼管には断面積が出来る限り同程度になるものを採用した。ここで、最も内側の鋼管から順に内鋼管、中鋼管、外鋼管と呼ぶこととする。内鋼管は辺長75mmで厚さが6.0mm、中鋼管は辺長100mmで厚さが6.0mm、外鋼管は辺長125mmで厚さが4.5mmである。在来部材には超弾性部材で最初に短期許容応力度に到達することが予想される内鋼管と同じ鋼管(辺長75mm、厚さ6.0mm)を採用した。試験体諸元を表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
(試験方法)
実験は、試験体の材軸方向に対する正負交番繰返し加力を行った。加力装置を図20に、加力スケジュールを図21に示す。加力は、600kNまで軸力を目標値にして載荷し、試験体の塑性化が確認された後は軸変位を目標値として行った。加力サイクル数は全て1サイクルとした。計測項目は、軸力および支点間の軸変位、鋼管の軸ひずみである。鋼管の軸ひずみは、全ての鋼管の4辺にひずみゲージを貼付して計測した。
(試験結果)
実験で得られた軸力一軸変位関係を図22に、初期剛性の実験値と計算値を表4に、実験の各時点における軸力および軸変位を表5に、超弾性部材と在来部材の包絡曲線の比較を図23に示す。ここで、超弾性部材の初期剛性の計算値は、表2に示す各鋼管の長さおよび断面積とヤング係数(2.05×105N/mm2)から算出した各軸剛性を直列に結合した値を示している。
【0049】
【表4】
【0050】
【表5】
【0051】
実験結果の初期剛性は、超弾性部材および在来部材ともに計算値と良く一致し、実験では弾性限変形までほぼ計算で推定した通りの挙動を示すことが確認できた。軸力部材の初期剛性は、在来部材の1/2.3倍になり、弾性限界時の軸変位は在来部材の2.66〜2.76倍になった。軸力部材は、在来部材と軸耐力が同程度であるにも拘らず、在来部材が引張降伏する軸変位レベル、さらには在来部材が座屈し耐力低下が生じている軸変位レベルでも弾性挙動を示し、弾性限軸変位が在来部材の約2.7倍に拡大していることが確認できた。すなわち、本発明の軸力部材の基本性能が、試作した試験体の加力実験結果から確認できた。
【0052】
なお、図22(b)からわかるように、在来部材は座屈(塑性座屈)発生以降、耐力低下が顕著であったのに対し、軸力部材(a)では耐力低下は見られず安定した塑性履歴を示した。これは、軸力部材は内鋼管の座屈が中鋼管により拘束されたためではないかと考える。なお、軸力部材の中鋼管および外鋼管は降伏ひずみ度には達しておらず、概ね弾性挙動を示していた。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】柔要素制震構造部材(軸力部材)の一実施形態を示した正面図と断面図である。
【図2】鋼材の応力とひずみの関係を示す図である。
【図3】従来の部材の軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図4】軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図5】軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図6】軸力部材の軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図7】鋼管の折り返し方式で構成された軸力部材の断面斜視図である。
【図8】角型断面鋼材の折り返し方式で構成された軸力部材の断面斜視図である。
【図9】建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁の脚部に軸力部材を設置し、耐震壁と主架構との間の境界梁に制震ダンパーを設置した模式図である。
【図10】建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁の脚部に軸力部材を設置し、耐震壁に隣接する主架構にブレース式の制震ダンパーを設置した模式図である。
【図11】建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁の脚部に軸力部材を設置し、2枚の耐震壁の間に制震ダンパーを設置した模式図である。
【図12】柔要素制震構造部材(曲げせん断部材)の一実施形態を示した正面図と側断面図である。
【図13】図11の曲げせん断部材の一変形の状態を例示した模式的な正面図と側面図である。
【図14】建物の各階に曲げせん断部材を配置した模式図である。
【図15】事例説明での検討対象建物の伏図・軸組図である。
【図16】入力地震動特性図である。
【図17】最大応答層間変形角を示した図である。
【図18】本発明の試験体(軸力部材)の形状を示した正面図と断面図である。
【図19】在来部材の試験体の形状を示した正面図と断面図である。
【図20】加力装置を示した概要図である。
【図21】加力スケジュール図である。
【図22】履歴曲線(軸力−軸変位関係)を示した図である。
【図23】本発明の軸力部材(A)と在来部材(B)の包絡曲線図である。
【符号の説明】
【0054】
1 軸力部材
2 鋼管
3 折り返し部
4 曲げせん断部材
5 曲げ補強材
6 耐震壁
7 境界梁
8 制震ダンパー
9 せん断力伝達部材
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の地震安全性を向上させることのできる新しい構造部材としての柔要素制震構造部材とこれを用いた制震構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地震安全対策に対する社会的要請の高まりにともなって、地震エネルギーを積極的に吸収し耐震性能の向上を図ろうとする制震構造の開発・実用化が進められている。たとえば、耐震性を向上させる構造としては、ダンパーを設けるもの(特許文献1−4)や、構造物を支持する杭の杭頭部に地震力を吸収する低降伏点鋼管を設けるもの(特許文献5)、あるいは柱下端部に固定されたエンドプレートとベースプレートとの間に設けられ、柱下端部の垂直軸が傾くような回転を許容する構造のもの(特許文献6)等の種々の構造が提案されている。また、近年の研究では柱や梁の主架構を弾性要素とし、制震ダンパーを剛要素とする柔剛混合構造を基本とするものが地震時に有効であることも報告されている。
【0003】
しかしながら、柔剛混合構造では、柔要素である主架構が降伏強度に達して塑性化すると降伏後の剛性が期待できず制震ダンパーの効率は著しく低下してしまうという問題がある。そこで、この課題を解決するための方法として、主架構に強度の大きい高強度鋼材を用いることにより弾性限変形量を拡大することが図られている。主架構に強度の大きい高強度鋼材を用いて鋼材の降伏ひずみ度を大きくすることにより弾性限変形量の拡大を図るものである。
【0004】
だが、高強度鋼は普通鋼に比べコストが高いことや溶接の品質確保が難しい等の問題がある。このため、より実際的に、普通鋼を用いて弾性限変形量の拡大を図ることが望まれているが、これを可能とする方策はこれまでのところ実現されていない。
【特許文献1】特開2005−336721号公報
【特許文献2】特開2004−244926号公報
【特許文献3】特開2006−283375号公報
【特許文献4】特開2006−336336号公報
【特許文献5】特開2006−291492号公報
【特許文献6】特開2006−233488号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記のとおりの背景から、柔剛混合構造についてのこれまでの知見を踏まえ、普通鋼を用いることで、弾性限変形量の増大を可能として確実、かつ安価に、高い信頼性の制震構造を実現することのできる新しい技術手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するものとして以下のことを特徴としている。
【0007】
第1:設置支点に当接されていない複数の折り返し部を介しての部材長さが設置支点間距離よりも長い柔要素制震構造部材とする。
【0008】
第2:上記の柔要素制震構造部材は、筒形状体である。
【0009】
第3:上記の柔要素制震構造部材は、板または壁形状体である。
【0010】
第4:上記の柔要素制震構造部材は、軸力部材である。
【0011】
第5:上記の柔要素制震構造部材は、曲げせん断部材である。
【0012】
第6:上記いずれかの部材が建物構造の一部を構成している柔剛混合制震構造である。
【発明の効果】
【0013】
上記のとおりの本発明の柔要素制震構造部材によれば、普通鋼材であっても、弾性限変形量が増大した復元性能の高い構造部材が実現されることになる。この部材は、新しい超弾性構造部材と呼ぶこともできる。
【0014】
本発明は、この新しい制震部材によって、確実に、低コストで、高い信頼性での制震構造を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
添付した図面の図1は、たとえば軸力部材(1)として、筒形状体の柔要素制震構造部材の一実施形態を、正面図(a)および断面図(b)として示したものである。軸力部材(1)は、たとえば普通鋼による鋼管(2)形状として、その上下端部(1A)(1B)のフランジ部において建物構造体の設置箇所、つまり設置支点に取付け、配設されるが、その設置支点に当接されない折り返し部(3)を複数有している。そしてこの折り返し部材(3)の存在によって、これを介しての軸力部材(1)の部材そのものの長さ:部材長さは、つまり屈伸された状態として算定される長さは、設置支点間の距離よりも長いものとなっている。
【0016】
たとえば図1としてその実施形態を示した本発明の柔要素制震構造部材の本質的特徴は以下のようにも説明される。
【0017】
すなわち、まず、常識的に知られているように、構造物を支持する部材を長くすることにより弾性限変形量を大きくして復元性能を向上することは可能である。しかしながら、部材長さは実質的に部材設置箇所(支点間距離)の制約を受けるため、部材長さを任意の長さに設定することはできない。しかも、たとえ設置箇所を工夫して部材長さを長くしたとしても座屈強度が低下するため部材長さを3倍にしたからといって弾性限変形量は3倍とならない。一方、本発明では、上記のように部材を折り返すことによって部材そのものの長さを設置箇所(設置支点間距離)よりも長くすることにより弾性限変形量を大きくする。そして、この折り返しによって、設置支点間距離に制約されずに、屈伸された状態として算定される部材長さを任意の長さにすることが可能となるだけでなく、部材は折り返し部を境に圧縮材と引張材が交互に構成されるので座屈を拘束することが可能となる。このため、座屈強度が低下しないので部材長さを3倍にすれば弾性限変形量も同時に3倍にすることが可能となる。このように、本発明においては折り返し部を設けて部材長さを長くすることにより、弾性限変形量が大きく、しかも座屈強度が低下しない復元性能に優れた部材を供給することができるものである。折り返し部を設けて部材長さを長くして弾性限変形量を大きくすることが可能になる理由は以下のとおりである。
【0018】
軸力部材の弾性限界の変形量は部材が一様に降伏するとするならば、部材長さと使用鋼材の降伏ひずみ度により決定される。また、降伏ひずみ度は降伏強度とヤング係数により決まる。たとえば、普通鋼材であるSS400等の単調引張(圧縮)載荷時の応力とひずみの関係は図2のようになる。この図2からも明らかなように、載荷初期では応力とひずみが比例関係にある弾性挙動を示すが、所定の材料強度(降伏ひずみ度)に達すると応力状態は、一定となり、ひずみだけが進展する塑性挙動を示す。
【0019】
弾性挙動時の応力とひずみの関係は式(1)で表され、また材料強度と降伏ひずみ度の関係は式(2)で表される。
【0020】
σ=E×ε (1)
f=E×εy (2)
なお、σは応力度、Eはヤング係数、εはひずみ度、fは降伏強度、εyは降伏ひずみ度を示している。
【0021】
このような特性を有する鋼材で構成される従来の部材の軸力と軸変形の関係は図3のようになり、その関係は式(3)で表される。
【0022】
N=E・A/L×δ (3)
Nは軸力、Aは部材断面積、Lは部材長さ、δは軸変形量を示している。
【0023】
なお、ここで、この部材の弾性限変形量は、式(4)の材料強度と軸強度の関係および式(2)の関係を用いれば、式(3)より式(5)のように表される。
【0024】
Ny=f×A (4)
δy=L/(E・A)×Ny=L×f/E=L×εy (5)
なお、δyは弾性限変形量を示している。
【0025】
式(5)から明らかなように、従来の部材の弾性限変形量(δy)は、部材長さ(L)と鋼材の降伏ひずみ度(εy)のみにより規定され、鋼材のヤング係数(E)が一定値であることより、降伏ひずみ度(εy)は材料強度(f)のみにより規定される。
【0026】
すなわち、部材長さ(L)が一定の条件下で部材断面積(A)を上昇させると、図4で示した軸力と軸変形の関係のように、断面積(A)の上昇に伴い軸強度(N)は上昇するが、弾性限変形量(δy)は一定のままとなる。したがって、部材の弾性限変形量(δy)の拡大を図るためには、通常の鋼材より材料強度(f)の高い高強度を用いなければならない。部材長さ(L)および部材断面積(A)が一定の条件下で材料強度(f)を上昇させた場合の軸力と軸変形の関係を示したものが図5である。ただし、高強度鋼といえども材料強度(f)の上昇率はSS400の1.5倍程度しかなく、またコストが高いことや溶接の品質確保が難しい等の問題がある。これに対して、本発明の折り返し方式を用いた柔要素制震構造部材では見かけ上の部材長さ(L)は従来の部材の長さ(L)と同じままで、実質の部材長さを上昇させることができ、式(5)の関係より部材長さの上昇率と同じだけ弾性限変形量(δy)を拡大することができる。
【0027】
たとえば、図5と同じ材料強度(f)かつ同一断面積で見かけ上の部材長さ(L)も同一という条件のもとで、折り返し回数を2回として実質の部材長さを約3倍にした場合の軸力と軸変形の関係を示したものが図6である。この図6より折り返し方式を用いた超弾性柔要素部材では、従来の部材と同一材料であっても約3倍の弾性限変形量(δy)が得られていることがわかる。また、柔要素制震構造部材の断面積(A)を上昇させれば、従来の部材(図4)と同様に、軸剛性と軸強度のみ上昇する。したがって、本発明の柔要素制震構造部材では、任意の弾性限変形量(δy)と任意の剛性を実質の部材長さと断面積(A)により設定することができる。
【0028】
図7は鋼管(2)の折り返し方式で構成された図1と同様の軸力部材(1)の断面斜視図であり、円筒形状を有している。一方、図8は角型断面鋼材の折り返し方式で構成された軸力部材の断面斜視図である。
【0029】
たとえばこれらの例のように、その筒状体の水平断面は、円形、角形、さらにはその他であってよい。ただ、いずれの場合であっても、折り返し部(3)は、設置支点に当接せず、ある間隔(L1)(L2)(L3)(L4)をもって設置支点とは離間していることが必要である。この間隔をどの程度にするかは、部材長さの選択と、これら部材の製造、加工成形性を考慮することで定められる。当然にも、L1=L2、L3=L4は必須の条件ではない。
【0030】
また、折り返し部(3)をもって折り返された内側と外側の部材とは接触していてもよいし、離れていてもよい。ただ、離れすぎていないことが好ましい。離れすぎると座屈拘束の効果が期待できなくなるからである。
【0031】
その製造、加工成形の方法については様々であってよい。鋼管の成形にともなう伸長、押し込み、あるいは接合でもよいし、もしくは溶接が行われてもよい。
【0032】
図9、図10および図11は建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁(6)の脚部に上記の軸力部材(1)を設置した制震構造建物の実施形態を示したものである。たとえば、境界梁(7)部に制震ダンパー(8)を設け、またせん断力伝達部材(9)を設け、耐震壁(8)の脚部に軸力部材(1)を設置することにより、通常の耐震壁の弾性限変形量より数倍大きな弾性限変形量が確保でき、耐震壁周辺に設置した制震ダンパーのエネルギー吸収効率の低下を防止することが可能となる。また、大地震後も耐震壁は、元の変形に戻るので、建物全体の残留変形を極めて小さく抑えることが可能となる。
【0033】
そして、この図9、図10および図11の例示構造において図7および図8に例示した軸力部材(1)を使用する場合には、耐震壁(6)をθの回転角まで弾性変形させるためには、軸力部材(1)の間隔(L1〜L4)は、耐震壁の幅をSとすると、次式
L1(L2,L3,L4)≧S・θ/2
で示されるものとすればよい。たとえば、θ=1/150rad.で
S=5000mmとすると、
L1(L2,L3,L4)≧S・θ/2=5000・1/150/2=16.7mm
となる。
【0034】
また、本発明においては、以上のような軸力部材(1)としての形態だけでなく、図12のように曲げせん断部材(4)の形態であってもよい。この図12は、曲げせん断部材(4)として、平板もしくは壁状の柔要素制震構造部材の一実施形態を、正面図(a)および側断面図(b)として示したものである。
【0035】
上下端部(4A)(4B)において設置支点に取付け、配設されるが、その設置支点に当接されない折り返し部(3)を複数有しており、これによって、曲げせん断部材(4)の折り曲げ部(3)を介しての部材そのものの長さ、つまり屈伸された状態での長さとして算定される部材長さは、設置支点間の距離よりも長いものとなっている。
【0036】
なお、図12の例においては、さらに補強材(5)も設けた場合も示している。
【0037】
図13(a)(b)は、図12に例示した曲げせん断部材(4)の変形時の状態を模式的に示した正面図と側面図である。
【0038】
また、図14は、建物の各階に図12に例示した曲げせん断部材(4)が設置された例を示したものである。
【0039】
このように、建物構造物に本発明の柔要素制震構造部材を組み込むことにより、主架構が降伏して主架構の剛性が消失しても、超弾性柔要素部材は弾性剛性を保持するので、柔剛混合構造全体の剛性が保持され、制震ダンパーのエネルギー消費効率の低下が防げる。
【0040】
また、本発明では、柔剛混合構造全体の剛性が保持されることにより、大地震後の残留変形も小さくなり地震後に必要な仕上げ材などの補修が容易になるという優れた特徴を有するものである。
【0041】
そこで以下により具体的な本発明の実施形態について例示説明する。
(事例説明)
<検討対象建物>
本発明の制震構造システム(以下、次世代制震構造システムと称す)の有効性を確認するために解析ケーススタディーを実施した。検討対象建物は、文献(日本免震構造協会編:「パッシブ制振構造設計・施工マニアル第2版」、2005.9)に示されるテーマストラクチャーのトリムタイプをベースにした鉄骨造10階建ての事務所ビルである。本検討建物はトリムタイプに対して、1階階高を5.0mに、桁行方向を5スパンとして中央の1スパンをスパン長さ5.0mに修正した。それ以外の部材断面や建物重量等は上記文献と同じである。検討建物は、図15に示す4タイプとした。まず、次世代制震構造システムの有効性を確認するために、非制震、制震、次世代制震1の3つのモデルを設定した。さらに、連層壁の両側に境界梁ダンパーを組込み制震部材の設置スペースの省スペース化を図った次世代制震2を設定した。なお、次世代制震1、2の連層耐震壁脚部には、本発明の軸力部材(1)とブレース材(H350×350×12×19)を設置している。
<解析諸元>
解析は、検討建物が整形な建物であることからねじれは生じないものと仮定し、柱・梁部材を線材置換して、材端に剛塑性バネを有する平面フレームモデルで行った。各部材の解析モデルは、柱に曲げ・せん断・軸方向を、梁には曲げ・せん断を考慮し、曲げに対する復元力特性は、部材M−θ関係においてMu(Mu=Zp×σy,σy=1.1×F値)に達した点を折れ点とするノーマルバイリニアモデルでモデル化した。使用するダンパーはダンパーブレース、境界梁ダンパーともに、完全弾塑性形の履歴特性を有する履歴型ダンパーとし、復元力特性にはノーマルバイリニアモデルを設定した。ダンパー諸元を表1に示す。軸力部材では、材端をピン接合とし、部材の伸縮により1/150rad相当まで連層壁が弾性剛体回転できるように弾性限軸変位を16.7mmと設定した。軸剛性は、SN490級で断面積100cm2の部材を想定して、短期許容応力度の軸耐力と弾性限変位の関係から算定した。なお、解析は桁行方向のみの検討とする。
【0042】
【表1】
【0043】
時刻歴応答解析において使用する入力地震動には、限界耐力計算での工学的基盤における標準スペクトルSa0(安全限界時)にフィッティングさせた模擬地震動を4波作成し、それを限界耐力計算法の略算法による第2種地盤の地盤増幅率で増幅させた波を用いた。入力地震波の位相特性は、観測位相3波(ELCENTRO−NS,HACHINOHE−NS,KOBE−NS)とランダム位相1波とした。内部粘性減衰は、初期剛性比例型の5%を仮定した。入力地震動特性を限界耐力計算法の要求スペクトル(h=5%)と比較して図16に示した。
<時刻歴応答解析結果>
次に、上記の検討建物の時刻歴応答解析結果を示し、次世代制震構造システムの有効性を確認する。また、柔要素制震構造部材の基本性能を確認するために行った加力実験について示す。各建物の固有周期を表2に、最大応答層間変形角を図17に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
図17(a)の非制震、制震、次世代制震1の最大応答層間変形角は、それぞれ1/37rad、1/90rad、1/138radとなり、制震構造化による明瞭な応答低減効果が確認できるとともに、次世代制震1の有効性が確認できる。すなわち、次世代制震1では、各層の変形分布は1/150rad程度でほぼ一様になり、同じダンパー量を組込んだ制震の最大応答値より、さらに最大応答値が65%程度に低減されている。また、制震、次世代制震1、次世代制震2を比較した図17(b)より次世代制震2の最大応答値は、次世代制震1とほぼ同程度になり、各層の変形分布も同様の傾向を示していることが確認できる。したがって、連層耐震壁脚部に本発明の軸力部材を設置した次世代制震構造システムでは、制震ダンパーの設置スペースの省スペース化が図れる境界梁ダンパーにて効率の高いエネルギー吸収効果が得られることが確認できた。
<軸力部材の加力実験>
本発明の軸力部材の基本性能を確認するために、これを試作し加力実験を行った。
【0046】
図18に示した折り返し方式の軸力部材と、図19に示した従来の柱を想定した在来部材の2種類の試験体を製作した。試験体は、実物のおよそ1/3スケールとし、支点間距離を1,500mmとした。使用する鋼材は、どちらの試験体も一般構造用角形鋼管(STKR400)で統一した。軸力部材は、2回の折返しによる3層構造とし、3本の鋼管には断面積が出来る限り同程度になるものを採用した。ここで、最も内側の鋼管から順に内鋼管、中鋼管、外鋼管と呼ぶこととする。内鋼管は辺長75mmで厚さが6.0mm、中鋼管は辺長100mmで厚さが6.0mm、外鋼管は辺長125mmで厚さが4.5mmである。在来部材には超弾性部材で最初に短期許容応力度に到達することが予想される内鋼管と同じ鋼管(辺長75mm、厚さ6.0mm)を採用した。試験体諸元を表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
(試験方法)
実験は、試験体の材軸方向に対する正負交番繰返し加力を行った。加力装置を図20に、加力スケジュールを図21に示す。加力は、600kNまで軸力を目標値にして載荷し、試験体の塑性化が確認された後は軸変位を目標値として行った。加力サイクル数は全て1サイクルとした。計測項目は、軸力および支点間の軸変位、鋼管の軸ひずみである。鋼管の軸ひずみは、全ての鋼管の4辺にひずみゲージを貼付して計測した。
(試験結果)
実験で得られた軸力一軸変位関係を図22に、初期剛性の実験値と計算値を表4に、実験の各時点における軸力および軸変位を表5に、超弾性部材と在来部材の包絡曲線の比較を図23に示す。ここで、超弾性部材の初期剛性の計算値は、表2に示す各鋼管の長さおよび断面積とヤング係数(2.05×105N/mm2)から算出した各軸剛性を直列に結合した値を示している。
【0049】
【表4】
【0050】
【表5】
【0051】
実験結果の初期剛性は、超弾性部材および在来部材ともに計算値と良く一致し、実験では弾性限変形までほぼ計算で推定した通りの挙動を示すことが確認できた。軸力部材の初期剛性は、在来部材の1/2.3倍になり、弾性限界時の軸変位は在来部材の2.66〜2.76倍になった。軸力部材は、在来部材と軸耐力が同程度であるにも拘らず、在来部材が引張降伏する軸変位レベル、さらには在来部材が座屈し耐力低下が生じている軸変位レベルでも弾性挙動を示し、弾性限軸変位が在来部材の約2.7倍に拡大していることが確認できた。すなわち、本発明の軸力部材の基本性能が、試作した試験体の加力実験結果から確認できた。
【0052】
なお、図22(b)からわかるように、在来部材は座屈(塑性座屈)発生以降、耐力低下が顕著であったのに対し、軸力部材(a)では耐力低下は見られず安定した塑性履歴を示した。これは、軸力部材は内鋼管の座屈が中鋼管により拘束されたためではないかと考える。なお、軸力部材の中鋼管および外鋼管は降伏ひずみ度には達しておらず、概ね弾性挙動を示していた。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】柔要素制震構造部材(軸力部材)の一実施形態を示した正面図と断面図である。
【図2】鋼材の応力とひずみの関係を示す図である。
【図3】従来の部材の軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図4】軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図5】軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図6】軸力部材の軸力と軸変形の関係を示す図である。
【図7】鋼管の折り返し方式で構成された軸力部材の断面斜視図である。
【図8】角型断面鋼材の折り返し方式で構成された軸力部材の断面斜視図である。
【図9】建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁の脚部に軸力部材を設置し、耐震壁と主架構との間の境界梁に制震ダンパーを設置した模式図である。
【図10】建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁の脚部に軸力部材を設置し、耐震壁に隣接する主架構にブレース式の制震ダンパーを設置した模式図である。
【図11】建物の各階の層間変形を一様にする耐震壁の脚部に軸力部材を設置し、2枚の耐震壁の間に制震ダンパーを設置した模式図である。
【図12】柔要素制震構造部材(曲げせん断部材)の一実施形態を示した正面図と側断面図である。
【図13】図11の曲げせん断部材の一変形の状態を例示した模式的な正面図と側面図である。
【図14】建物の各階に曲げせん断部材を配置した模式図である。
【図15】事例説明での検討対象建物の伏図・軸組図である。
【図16】入力地震動特性図である。
【図17】最大応答層間変形角を示した図である。
【図18】本発明の試験体(軸力部材)の形状を示した正面図と断面図である。
【図19】在来部材の試験体の形状を示した正面図と断面図である。
【図20】加力装置を示した概要図である。
【図21】加力スケジュール図である。
【図22】履歴曲線(軸力−軸変位関係)を示した図である。
【図23】本発明の軸力部材(A)と在来部材(B)の包絡曲線図である。
【符号の説明】
【0054】
1 軸力部材
2 鋼管
3 折り返し部
4 曲げせん断部材
5 曲げ補強材
6 耐震壁
7 境界梁
8 制震ダンパー
9 せん断力伝達部材
【特許請求の範囲】
【請求項1】
設置支点に当接されていない複数の折り返し部を介しての部材長さが設置支点間距離よりも長いことを特徴とする柔要素制震構造部材。
【請求項2】
筒形状体であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項3】
板または壁形状体であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項4】
軸力部材であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項5】
曲げせん断部材であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項6】
請求項1から5のうちのいずれか一項に記載の部材が建物構造の一部を構成していることを特徴とする柔剛混合制震構造。
【請求項1】
設置支点に当接されていない複数の折り返し部を介しての部材長さが設置支点間距離よりも長いことを特徴とする柔要素制震構造部材。
【請求項2】
筒形状体であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項3】
板または壁形状体であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項4】
軸力部材であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項5】
曲げせん断部材であることを特徴とする請求項1に記載の柔要素制震構造部材。
【請求項6】
請求項1から5のうちのいずれか一項に記載の部材が建物構造の一部を構成していることを特徴とする柔剛混合制震構造。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【公開番号】特開2008−285899(P2008−285899A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−131995(P2007−131995)
【出願日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【出願人】(593089046)青木あすなろ建設株式会社 (10)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【出願人】(593089046)青木あすなろ建設株式会社 (10)
【Fターム(参考)】
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