説明

核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置

【課題】温度の変化によって誘起される、温度変化応答性が高い反応の反応速度であってもNMR測定を用いて解析することができる核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置を提供する。
【解決手段】温度の変化によって誘起される反応の速度を核磁気共鳴測定によって解析するための装置であって、1)試料溶液に磁場を与えるNMR磁石と、2)NMR磁石内のボアに設置され試料溶液が磁場を受ける保持部、保持部に連設する環状の配管、配管内で試料溶液を循環送液させるポンプ、試料溶液をNMR磁石外で温度調節する第一温度調節部、及び試料溶液をNMR磁石内で温度調節する第二温度調節部を備えた試料溶液循環系と、3)保持部外周に配置され試料溶液のNMR信号を検知する検出コイル、及びNMR信号を受けNMRスペクトルあるいはMRIイメージ画像に変換する分光計を備えた検出・制御部とからなる核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度の変化によって誘起される反応の速度を、NMRスペクトル測定やMRI測定等の核磁気共鳴現象を利用した測定(NMR測定)によって解析するため方法と、それを可能とする温度可変機能を伴った装置に関する。
【背景技術】
【0002】
温度の変化によって物質の状態や構造が変換することは、水の相転移に代表されるように、非常に広範な物質に備わる性質である。生体を構成するタンパク質も、常温下では固有の立体構造を形成するのに対して、高温下では変性してそれを失う。一部のタンパク質は、加熱によって変性させても、再度冷却すれば巻き戻り、固有の立体構造を取り戻す。
【0003】
分子の立体構造変化や化学構造の変化を検出する核磁気共鳴を利用したスペクトル測定法(以下、NMRスペクトル測定という。)は、非常に情報量の多い有用な測定法であり、タンパク質の構造変化についても鋭敏に検出することが出来る。赤坂らは、NMRスペクトル測定によってタンパク質の巻き戻り過程を観察し、得られたスペクトル(以下、NMRスペクトル)の変化を解析することにより、タンパク質の構造変化の反応の速度定数を得ることに成功している(非特許文献1、2)。
【0004】
非特許文献1、2の技術では、NMR磁石の検出部に設置されたタンパク質溶液の入った試料管に対して、高温の空気を吹き付けて変性させた後、低温の空気に切り替えて巻き戻りを誘導し、複数のNMR測定を連続して行う。そして、NMRスペクトル変化を指数関数変化として解析することにより、速度定数を定量している。非特許文献1、2で得られた速度定数は0.03s−1〜0.04s−1程度であった。
【0005】
しかしながら、非特許文献1、2の技術では、さらに1桁速い反応(速度定数0.5s−1程度)の解析は難しいと考えられる。その理由として、吹き付ける空気の切り替え後に、温度が目的の値に到達し安定するまでに10秒程度かかることが挙げられる。これがデッドタイムとなり、この間に、早い反応の振幅は、おおよそ1/170と著しく減衰し、解析が困難となる。
【0006】
タンパク質の変性、巻き戻りの誘導の方法としては、上記の空気の吹き付け以外に、タンパク質が溶解した試料を循環フロー系の中で送液ポンプの力で循環させ、その中に加熱部と冷却部を挿入し、それぞれ、変性と巻き戻りを誘導することが行われている(非特許文献3)。
【0007】
非特許文献3の方法では、送液ポンプを常に稼働状態にしているため、加熱部を経て変性したタンパク質試料溶液が冷却部を経て巻き戻り反応を開始し、NMR測定の検出コイルに到達した時点での1つのNMRスペクトルのみの観察に留まっており、速度定数は得られていない。
【0008】
また、タンパク質の巻き戻りを誘導するための冷却部がNMR磁石の外に存在するため、検出コイルとの距離があり、巻き戻り反応後に検出コイルに到達するまでの時間が15秒程度となる。したがって、送液ポンプを止めてNMRスペクトル変化を観察できたとしても、速度定数0.5s−1のレベルの反応は解析できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−315826号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】赤坂ら「Construction and performanceof a temperature-jump NMR apparatus」Rev. Sci. Instrum.61, 66-68, 1990
【非特許文献2】赤坂ら「Temperature-jump NMR study ofprotein folding: Ribonuclease A at low pH」J. Biomol. NMR1, 65-70, 1991
【非特許文献3】Alderら「Structuralstudies of a folding intermediate of bovine pancreatic ribonuclease A bycontinuous recycled flow」Biochemistry 27, 2471-2480,1988
【非特許文献4】北川ら「A new titration system of anovel split-type superconducting magnet NMR spectrometer」Rev. Sci. Instrum. 79, 123109, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1〜3に開示の従来技術では、温度変化に伴うタンパク質の構造変化開始後、NMRスペクトル変化を検出できるまでの間が10秒程度以上となり、速度定数0.5s−1のレベルの反応の解析が非常に困難である。
【0012】
そこで、本発明は、温度の変化によって誘起される、温度変化応答性が高い反応の反応速度であってもNMR測定を用いて解析することができる核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置、より具体的には、試料を含む試料溶液が温度変化開始後に1秒以内にNMR磁石内の保持部に到達し、その後の待ち時間を合わせたデッドタイムを2秒以下に短縮できる構造にすることにより、速度定数0.5s−1の程度の早い反応の速度定数の定量を、NMR測定を用いて行うことができる核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記課題を解決するために、
(1)
温度の変化によって誘起される反応の速度を核磁気共鳴測定によって解析するための装置であって、
1)試料溶液に磁場を与えるNMRスペクトル測定用もしくはMRI測定用のNMR磁石と、2)前記NMR磁石内のボアに設置され試料溶液が前記磁場を受ける保持部、前記保持部に連設する環状の配管、前記配管内で試料溶液を循環送液させるポンプ、前記試料溶液を前記NMR磁石外で温度調節する第一温度調節部、及び前記試料溶液を前記NMR磁石内で温度調節する第二温度調節部を備えた試料溶液循環系と、3)前記保持部外周に配置され試料溶液のNMR信号を検知する検出コイル、及び前記NMR信号を受けNMRスペクトルあるいはMRIイメージ画像に変換する分光計を備えた検出・制御部と、からなることを特徴とする核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置の構成とした。
(2)
前記第一温度調節部が試料溶液を加熱する加熱部で、前記第二温度調節部が試料溶液を冷却する冷却部であること、又は、前記第二温度調節部が試料溶液を冷却する冷却部で、前記第二温度調節部が試料溶液を加熱する加熱部であること、を特徴とする(1)に記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置の構成とした。
(3)
前記分光計が、前記ポンプの駆動を制御するON/OFF信号を生成し、前記ポンプに送信し、前記ポンプの駆動を制御することを特徴とする(1)又は(2)に記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置の構成とした。
(4)
NMRスペクトル測定の場合には、前記保持部、検出コイル及び第二温度調節部で核磁気共鳴のプローブを構成するとともに、前記プローブを前記ボアに着脱可能としたことを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置の構成とした。
(5)
(1)〜(4)のいずれかに記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置において、前記ポンプを作動させ前記第二温度調節部で温度変化させた試料溶液を前記保持部に送液し、前記ポンプを停止させ、所定時間経過毎に前記保持部内の試料溶液のNMR測定をし、さらに、前記ポンプの作動、停止、前記試料溶液のNMR測定のセットを複数回繰り返し、NMR信号として得られた等価のNMRスペクトルあるいはMRIイメージ画像を複数積算して反応速度を解析することを特徴とする核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置の構成とした。
(6)
(1)〜(5)のいずれかに記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置において、前記第二温度調節部から前記保持部までの試料溶液の送液時間を1秒以内としたことを特徴とする核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置の構成とした。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、上記構成であるので、次の効果を有する。NMR磁石内に試料溶液の第二温度調節部(冷却部又は加熱部)を配置しているため、温度変化直後の試料の反応状態を検出することができる。また、NMRスペクトル測定の場合は、保持部、検出コイル及び第二温度調節部で核磁気共鳴のプローブを構成することで、プローブがボアに容易に着脱可能になる。
【0015】
また、温度調節装置から保持部まで、試料溶液の送液時間を1秒以内とすることで、反応定数0.5s−1以上の反応定数の定量が可能になる。さらに、試料溶液を送液する配管が環状であり、ポンプの駆動のON/OFFを制御することで、保持部内で試料溶液のNMR測定をすることを繰り返し行うことができ、NMR信号を積算することが可能となり、シグナル/ノイズ比が向上し、温度変化によって誘起される反応を精度よく検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、本発明である核磁気共鳴を利用した速度解析装置の模式図である。
【図2】図2は、本発明である核磁気共鳴を利用した速度解析装置の他の形態の模式図である。
【図3】図3は、タンパク質の巻き戻り反応に伴うNMRスペクトル変化グラフである。
【図4】NMRピーク強度(図3で矢印表示した位置)の時間変化を指数関数フィッティングすることにより、0.47s−1の速度定数を得た結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1に示すように、本発明である核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1は、NMRスペクトル測定用であって、(1)NMR磁石4と(2)試料溶液循環系2と(3)検出・制御部3とからなる。
【0018】
(1)NMR磁石4は、試料溶液に磁場を与える、従来からNMRスペクトル測定に用いられているものを採用することができる。例えば、NMR磁石4は、横置きスプリットタイプで中心部のスプリットギャップにアクセスしやすい比較的大きな空間を生じる超伝導磁石(特許文献1、非特許文献4)を用いることができる。必ずしも横置きでなくてよい。また、医療用MRI測定に用いられているNMR磁石でもよい。
【0019】
(2)試料溶液循環系2は、NMR磁石4内のボアに設置され試料溶液がNMR磁石4から磁場を受ける場所である保持部2eと、保持部2eに連設する環状の配管2aと、配管2a内で試料溶液を循環送液させるポンプ2bと、試料溶液をNMR磁石4外で加熱する加熱部2c(第一温度調節部)と、試料溶液をNMR磁石4内で冷却する冷却部2d(第二温度調節部)からなる。保持部2eはNMRスペクトルを取得する場合には従来のNMRスペクトル測定用の試験管を採用することができる。なお、MRI測定でMRIイメージ画像を取得する場合には、人工心臓など試験管と同等のものを採用することができる。
【0020】
冷却部2dをNMR磁石4内のボアに設置することにより、検出コイル3aとの距離を短縮でき、デッドタイムの短縮を実現することができる。加熱部2c、冷却部2dは、ヒートポンプなどによる熱交換器などが例示できる。
【0021】
具体的には、加熱部2cでは配管2aに熱媒体を直接或いは間接的に接触させて加熱することなどが挙げられる。また、NMR磁石4内の第二温度調節部である冷却部2dでは、配管2aに直接又は間接的に接触させるため、冷媒をNMR磁石4外に設置された冷凍機、冷却器(図示せず)から別途管を介して循環するなどの方法が例示できる。
【0022】
ポンプ2bは接点信号等によって、ON/OFFの制御ができることが望ましい。また、送液能力は、例えば内径0.5mmの配管2aに対して10mL/min以上の速度での送液できることが望ましい。
【0023】
従って、ポンプ2b、試料溶液循環送液用の配管2aについては、高速液体クロマトグラフィーで用いられるポンプ、ポリエチレンエチレンケトン(PEEK)などの化学的に安定かつ100℃程度の耐熱性がある材質のチューブが望ましい(特許文献1、非特許文献4)。
【0024】
また、配管2aがそのような可撓性素材であれば、容易にプローブ5をボアに出し入れすることができる。なお、図1では、配管2aはNMR磁石4を上下に貫通して配置されているが、保持部2e後の配管2aもNMR磁石4の下側からポンプ2bに接続してもよい。
【0025】
(3)検出・制御部3は、保持部2eの外周に配置され、試料溶液の核磁気共鳴信号であるNMR信号を検知する検出コイル3aと、分光計3bからなる。分光計3bは、検出コイル3aを通して試料溶液にラジオ波3cを照射し、検出コイル3aを通してNMR信号3dを受ける。NMRスペクトル測定する場合には、NMR信号3dをフーリエ変換することによりNMRスペクトルを得る。MRI測定する場合には、NMR信号3dをMRIイメージ画像に変換する。また、ポンプ2bの駆動を制御するON/OFF信号3eを生成、送信する。
【0026】
従って、分光計3bは、ポンプ2bの駆動のON/OFF、ラジオ波3cの照射、NMR信号3dの検出のタイミングを制御し、またこれを繰り返すことにより、反応の速度定数解析のための複数の等価のNMR信号3dの取得と複数のNMRスペクトル(或いはMRIイメージ画像)の積算によるシグナル/ノイズ比向上を実現する。なお、ポンプ2bのON/OFF制御は、分光計と分離してタイマーなどで制御してもよい。
【0027】
そして、NMRスペクトル測定用の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1において、保持部2eと検出コイル3aと冷却部2dで、核磁気共鳴のプローブ5を構成する。NMR磁石4の内部空間(ボア)にプローブ5は着脱できる。
【0028】
以下、図1の試料溶液循環系2の場合における試料溶液の温度制御、送液制御、検出コイル3aにおける検出方法について説明する。
【0029】
加熱部2cは、例えば、20L以上の水を張った金属製の容器に、市販のサーモスタット付きの投げ込み式ヒーターを入れて、容器内の水を加熱することで、試料溶液を加熱する。冷却部2dは、例えば、NMR磁石4内の検出コイル3a近傍に設置した容器に、NMR磁石4外に設置した市販の冷却水循環装置を用い、低温の水もしくは不凍液をシリコンチューブ等によって循環させる(図示省略)。
【0030】
加熱部2cでの試料溶液の温度は、タンパク質の変性温度以上である80℃とし、冷却部2dの温度は保持部2e内において観察を行いたい反応温度(但し、タンパク質の変性温度以下)に従って設定する。例えば、保持部2e内での試料溶液の反応温度を40℃とする場合、内径0.5mmの配管2aで10mL/minの送液速度とすると、冷却部2dの温度設定が26℃であれば、80℃に加温された試料溶液がポンプ2bによって保持部2e送液された時点でちょうど40℃となる。
【0031】
また、保持部2e内での反応温度を20℃とする場合は、冷却部2dの温度を12℃に設定すると、同様の効果が得られる。保持部2e内の目標温度と設定温度の一致は、ポンプ2bの送液停止平衡時とポンプ2b作動直後の水のシグナル位置の一致により判断する。この際、磁場補正のためのNMRロックを外すことにより、水のシグナル位置は温度変化に対して鋭敏に反応する。
【0032】
加熱部2cには、1回のポンプ2bの作動によって移動する試料溶液(例えば0.5mL程度)を超える容量のタンパク質溶液を変性状態で保っておくことが必要である。配管2aを束ねるなどして加熱部2cに入れる場合、内径0.5mmのチューブであれば2m50cmでこの量となる。
【0033】
一方で、加熱部2cの出口から、保持部2eまで含む容量は、1回のポンプ2b作動によって移動する容量以下である必要がある。これにより、試料溶液、例えば変性・巻き戻りの反応過程のタンパク質溶液で保持部2eを満たすことができる。保持部を0.18mLとすると、0.32mL以下、上記のチューブで1m60cm以下となる。
【0034】
また、冷却部2dの中の試料溶液が通過する領域として、上記のチューブで20cm(0.04mL)程度とれば、効率的に冷却できる。冷却部2dの出口から、保持部2eまでの距離は短いほど良いが、上記のチューブで20cm以下(0.04mL)にすることが望ましい。
【0035】
この結果、冷却開始となる冷却部2dの入り口から、保持部2eの中心位置までの流路容量は0.17mL以内となる。送液を10mL/minで行えば、冷却部2dの入り口から保持部2eまで1秒以内で到達する。
【0036】
このようにしてなる核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1は、特許文献1の循環フロー系を改変し、温度の変化によって誘起される反応の速度定数を定量するための装置を構成する。
【0037】
先ず、ポンプ2bのON/OFFを分光計3bからON/OFF信号3eで制御可能にし、NMR測定中は試料溶液の循環を止めることによって、核磁気共鳴スペクトルの時間変化の解析が可能なシステムとなる。
【0038】
次に、冷却部2dをNMR磁石4の中まで組み入れ、試料溶液が保持部2eに到達した時点で直ちに目的の温度に達するように温度を調整することにより、デッドタイムの2秒以下への短縮を実現する。
【0039】
このシステムにおいて、加熱、冷却、NMR測定を繰り返し、得られた等価の核磁気共鳴スペクトルを積算することによって、シグナル/ノイズ比が向上できる。上記のシステムにより、0.5s−1程度以上精度の高い速度定数の定量が可能となる。
【0040】
NMRスペクトル測定のための超伝導磁石部は、超伝導コイルを浸す液体ヘリウム槽をNMR磁石4内に保持しており、中心部の狭い空間(ボア)にNMR信号3d検出のためのプローブ5を差し込み、プローブ5中に、検出コイル3aや保持部2eの温度調節のための電熱ヒーターやガスフロー系を設置している(図示省略)。
【0041】
これに加えて、試料溶液循環系2を組み入れ、さらにそのための冷却部2dを組み込むことは、これまでに行われていない。
【0042】
特に、ほとんどの市販のNMR測定用のプローブ5においては、検出コイル3aの中に外から脱着可能な電熱ヒーターが設置されており、そこにさらに冷却部2dを配置する発想はなかった。
【0043】
図2の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置11では、NMRスペクトル測定用であって、図1における核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1の加熱部2cと冷却部2dの位置を交換し、第一温度調節部を冷却部2dとし第二温度調節部を加熱部2cとした試料溶液循環系12である。試料溶液、温度調節の方法、測定目的に応じて、核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1と核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置11を使い分ける。
【実施例1】
【0044】
次に、図1に示す核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1を用いて、試料溶液として、ウシ膵臓ribonucleaseA(EC3.1.27.5、Sigma社R5500)を0.3mMの濃度で、20mM重水素化酢酸(pH3.1:pHメータの表示)を含む99.9%重水に溶解したタンパク質溶液を使用して、タンパク質の温度依存的立体構造変化の反応速度定数を解析した結果について説明する。なお、本発明である核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置は、タンパク質の立体構造変化の反応を測定することに限らず、NMR測定できる化学反応の反応速度解析に使用できることは勿論である。
【0045】
当該試験では、図1の構成の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1において、配管2aを内径0.5mmPEEKチューブとした。また加熱部2cを80℃、冷却部2dを26℃、別途ガスフローによってNMR磁石4内でプローブ5を構成する検出コイル3a部分を40℃に温度調節した。そして、ポンプ2bを3.5秒間作動させて送液を行い、その停止後、1.2秒間の待ち時間を置き、その後2.0秒おきに7回のNMR測定を行って、NMR信号3dとしてそれぞれ取得した(図3)。
【0046】
3.5秒の送液時間において、最初の1秒程度は圧力が上がらず送液がほとんどされない不感時間であるが、その後の2.5秒間は平均で12mL/minの速度で流れ、560μLを移送した。
【0047】
実施例1で採用した試料溶液循環系2の冷却部2dの入り口から保持部2eの中心部までの流路容積は165μLで、冷却部2dで冷却が開始されてから検出コイル3aへ送液されるまでの到達時間は約0.8秒であった。そして、ポンプ停止後からNMR測定前の待ち時間である1.2秒を到達時間に加えた2.0秒が、核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置1でのデッドタイムとなる。
【0048】
このデットタイムであれば、0.5s−1の速度定数の反応でも、1/3以上の振幅が残存していることになり、反応速度の解析は十分可能である。なお、前記所定時間、ポンプ停止中の測定回数は、反応速度、種類により適宜変更されるのは勿論である。
【0049】
そして、ポンプ2bの作動、停止、試料溶液のNMR測定のセットを複数回繰り返しポンプ2b停止後からの時間の異なる7つの核磁気共鳴スペクトルを複数取得し、時間毎にそれぞれ積算し、シグナル/ノイズ比を高めた。
【0050】
図3に、1回に7つの異なる時間でNMR測定して得られるNMRスペクトルについて、448回のセットを取得し、時間ごとに積算したスペクトルを表示した。最初のNMRスペクトルの測定時点を0とし、2秒間隔で合計7つのNMRスペクトルについて、重ねて表示した。
【0051】
また、図3の囲み部分を右に拡大して表示した。矢印の位置は、図4に表示の指数関数フィッティングに用いたピーク位置を示す。
【0052】
図3から、変性したタンパク質由来のピークが減少する一方、巻き戻ったタンパク質由来のピークが増加することが観察できる。
【0053】
ピーク強度の変化を指数関数フィッティングし、ほぼ0.5s−1の反応速度定数(0.47s−1の)を得た(図4)。おそらく、3割程度大きい反応速度定数でも十分解析可能であると考えられる。
【符号の説明】
【0054】
1 核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置
2 試料溶液循環系
2a 配管
2b ポンプ
2c 加熱部
2d 冷却部
2e 保持部
3 検出・制御部
3a 検出コイル
3b 分光計
3c ラジオ波
3d NMR信号
3e ON/OFF信号
4 NMR磁石
5 プローブ
11 核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置
12 試料溶液循環系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度の変化によって誘起される反応の速度を核磁気共鳴測定によって解析するための装置であって、
1)試料溶液に磁場を与えるNMRスペクトル測定用もしくはMRI測定用のNMR磁石と、
2)前記NMR磁石内のボアに設置され試料溶液が前記磁場を受ける保持部、前記保持部に連設する環状の配管、前記配管内で試料溶液を循環送液させるポンプ、前記試料溶液を前記NMR磁石外で温度調節する第一温度調節部、及び前記試料溶液を前記NMR磁石内で温度調節する第二温度調節部を備えた試料溶液循環系と、
3)前記保持部外周に配置され試料溶液のNMR信号を検知する検出コイル、及び前記NMR信号を受けNMRスペクトルあるいはMRIイメージ画像に変換する分光計を備えた検出・制御部と、
からなることを特徴とする核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置。
【請求項2】
前記第一温度調節部が試料溶液を加熱する加熱部で、前記第二温度調節部が試料溶液を冷却する冷却部であること、又は、前記第二温度調節部が試料溶液を冷却する冷却部で、前記第二温度調節部が試料溶液を加熱する加熱部であること、を特徴とする請求項1に記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置。
【請求項3】
前記分光計が、前記ポンプの駆動を制御するON/OFF信号を生成し、前記ポンプに送信し、前記ポンプの駆動を制御することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置。
【請求項4】
NMRスペクトル測定の場合には、前記保持部、検出コイル及び第二温度調節部で核磁気共鳴のプローブを構成するとともに、前記プローブを前記ボアに着脱可能としたことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置において、前記ポンプを作動させ前記第二温度調節部で温度変化させた試料溶液を前記保持部に送液し、前記ポンプを停止させ、所定時間経過毎に前記保持部内の試料溶液のNMR測定をし、さらに、前記ポンプの作動、停止、前記試料溶液のNMR測定のセットを複数回繰り返し、NMR信号として得られた等価のNMRスペクトルあるいはMRIイメージ画像を複数積算して反応速度を解析することを特徴とする核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置において、前記第二温度調節部から前記保持部までの試料溶液の送液時間を1秒以内としたことを特徴とする核磁気共鳴を利用した反応速度解析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−57560(P2013−57560A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−195161(P2011−195161)
【出願日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構「高温超伝導材料を利用した次世代NMR技術の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)