説明

核磁気共鳴信号を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法並びに脳機能評価用核磁気共鳴装置

【課題】 脳機能に関するパラメータを高い信頼度で評価する方法並びに脳機能評価用核磁気共鳴装置を提供することにある。
【解決手段】 脳機能に関するパラメータを評価する方法においては、実験動物の肺にトレーサを供給し、その後、トレーサの供給を停止する工程が繰り返されて肺機能パラメータが求められ、その後、脳機能パラメータが演算される。実験動物の肺からトレーサが洗い出される洗い出し過程において、また、実験動物の肺を介して脳中にトレーサが取り込まれた脳からトレーサが洗い出される洗い出し過程において、肺及び脳からの核磁気共鳴信号を検出してその時間的遷移が測定される。肺及び脳に関する遷移データから肺及び脳機能を特定する機能パラメータが演出されるが、脳機能パラメータの演算過程では、肺機能パラメータで適切に補完することにより高い精度での脳機能パラメータの演算が達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法並びに脳機能評価用核磁気共鳴装置に係り、特に、核磁気共鳴信号を利用して脳機能超を評価するに際してトレーサとしての偏極希ガスを実験動物或いは人体に吸引させて肺並びに脳を略同時に計測して脳機能に関するパラメータを評価する方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脳血流量などの脳機能に関するパラメータは、放射性同位元素(RI)を用いたシンチグラフィー、X線CT、或いは最近ではPET(Positron Emission Tomography)或いはSPECT(Single Photon Emission Computed Tomography)等により、核医学的方法により測定されている。これに対して、磁気共鳴を中心とした方法により非侵襲的で被爆の危険から基本的に開放された方法の開発が試みられている。従来、特許文献1は、酸素の同位元素である17Oを用いた「生体計測システム」を開示し、基本的には血中の水(H217O)の濃度測定に際し、質量分析計の代わりにMRIを用いることを提案している。17OのNMR感度はプロトン(H)に比べ非常に低く、かつ、酸素の血中への溶解度が非常に低いことから、ここでのMRI使用は非常な低感度に妨げられるはずである。その他、近赤外分光を利用した方法も特許文献2に開示されているが、指示薬色素を静脈内投与した上で、カテーテルの挿入により血中の色素濃度をモニターする必要がある。
【0003】
最近、核磁気共鳴装置を利用した脳機能の評価の為のトレーサとして超偏極希ガスの利用が提案され、当該ガスの肺吸入後の脳での129Xe信号の解析から、脳機能に関するパラメータとしての脳組織中の緩和時間或いは脳組織血流量を評価することが出来ると期待されている。この核磁気共鳴装置を利用した脳機能の評価方法においては、超偏極キセノンガスの肺吸入後、息止め又は自発呼吸下での脳の洗い出し曲線の解析が課題であり、この方法に関する基本となる考え方は、非特許文献1或いは非特許文献2により開示されている。但し、個々の実験動物或いはヒトについて、脳機能に関するパラメータを正確に決めた例は知られていない。
【特許文献1】特許公開平08−266501
【特許文献2】特許公表2002−509453
【非特許文献1】S.Peled,F.A.Jolesz,C.H.Tseng,L.Nascimben,M.S.Albert, Magnetic Resonance in Medicine, 36, 340-344 (1996))
【非特許文献2】W.Kilian,F.Seifert,H.Rinneberg, Magnetic Resonance in Medicine, 51, 843-847 (2004)
【非特許文献3】S.S.Kety,Pharmacological Review,3, 1-41 (1951)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、超偏極キセノン吸入による生体機能測定の実験では、肺を対象とする場合には肺(胸部)からの信号のみを観察し、脳を対象とする場合には、脳(頭部)のみを測定対象としている。しかし、このような脳機能測定では、測定データに肺機能(呼吸特性或いは肺毛細血管血流量等)が影響するため、脳の測定データ解析では、肺と脳の機能パラメータを同時に解析する必要が生じ、取り扱う機能パラメータが多くなり全体を一義的に決定するのは困難である問題がある。従って、肺機能パラメータについては、文献値を引用するなどの対処がなされている。しかし、この方法では個々の実験動物で正確に脳機能パラメータを評価することは困難である問題がある。
【0005】
このように超偏極キセノンのようなトレーサを吸引させて脳機能を評価する方法においては、当該ガスの肺吸入後の肺からの核磁気共鳴信号観察から肺機能(肺の呼吸特性或いは肺毛細血管血液量など)を評価できるが、脳からの核磁気共鳴信号観察から脳機能を十分精度良く評価できるかと言う問題がある。後述するように、肺からの信号には肺機能しか影響しないが、脳からの信号には肺と脳の両方の機能パラメータが影響する。従って、脳での信号観察のみから、肺と脳の機能パラメータを全て決めるのは困難である問題に直面している。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記問題点を解決するためになされてものであり、その目的は、核磁気共鳴信号を利用して脳機能に関するパラメータを高い信頼度で評価する方法並びに脳機能評価用核磁気共鳴装置を提供することにある。
【0007】
この発明によれば、
実験動物の肺にトレーサを供給し、その後、前記トレーサの供給を停止する第1のトレーサ供給工程と、
前記実験動物の肺内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の肺から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の肺からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第1の測定工程と、
前記実験動物の肺を介して前記実験動物の脳内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の脳から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の脳からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第2の測定工程と、
前記第1の測定工程で測定された第1の遷移データから肺機能を特定する肺機能パラメータを演出し、前記第2の測定工程で測定された第2の遷移データから前記脳の機能を特定する脳機能パラメータを演算する過程において前記肺機能パラメータでデータ補完して前記脳機能パラメータを演算する演算工程と、
から構成されることを特徴とする核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法が提供される。
【0008】
また、この発明によれば、
実験動物の肺にトレーサを供給し、その後、前記トレーサの供給を停止する第1のトレーサ供給部と、
前記実験動物の肺内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の肺から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の肺からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第1の測定部と、
前記実験動物の肺を介して前記実験動物の脳内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の脳から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の脳からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第2の測定部と、
前記第1の測定部で測定された第1の遷移データから肺機能を特定する肺機能パラメータを演出し、前記第2の測定部で測定された第2の遷移データから前記脳の機能を特定する脳機能パラメータを演算する過程において前記肺機能パラメータでデータ補完して前記脳機能パラメータを演算する演算部と、
から構成されることを特徴とする核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置が提供される。
【0009】
更に、この発明によれば、
時間的にレベルが増加或いは減少する肺に関する核磁気共鳴信号列からなる第1の遷移データを格納する第1記憶領域並びに同様に時間的にレベルが増加或いは減少する肺に関する核磁気共鳴信号列からなる第2の遷移データを格納する第2記憶領域を備えた記憶部と、
前記第1の遷移データから肺機能を特定する肺機能パラメータを演出する演算部であって、前記第2の遷移データから脳の機能を特定する脳機能パラメータを演算する過程において前記肺機能パラメータでデータ補完して前記脳機能パラメータを演算する演算部と、
から構成されることを特徴とする核磁気共鳴信号を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置が提供される。
【発明の効果】
【0010】
以上のように本発明の核磁気共鳴信号を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法並びに脳機能評価用核磁気共鳴装置においては、特定の実験動物(個体毎)に脳機能に関するパラメータを、トレーサとしての超偏極希ガスまたは通常の熱平衡ガスを吸入するNMRまたはMRI計測から求める場合、実質的に同時に肺からの核磁気共鳴信号を観察して肺機能パラメータを評価し、脳のデータの解析に流用することにより、脳機能パラメータの導出の信頼度を向上させることができる。個々の実験動物について、肺機能パラメータの影響を受けずに脳機能パラメータを信頼度良く評価できる。
【0011】
より詳細には、実験動物(マウス等)及びヒトについて、肺の換気・灌流特性の影響を除いた形で脳機能パラメータを高い信頼度で評価をでき、脳機能の診断或いは治療における機能評価並びに脳機能に関係する医薬品開発において、脳機能のメカニズムの解明と医薬品候補物質の評価やスクリーニングに用いることが出来る。
【0012】
実験動物を用いて、トレーサとしての超偏極キセノン吸入後の超偏極キセノンの信号観察を肺と脳で実質的に同時に行っている。その結果、肺測定データから求めた肺機能パラメータを脳測定データの解析に利用することにより、脳機能パラメータが信頼度良く評価できることを確認している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、必要に応じて図面を参照しながら、この発明の一実施の形態に係る核磁気共鳴信号を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法並びに脳機能評価用核磁気共鳴装置を説明する。
【0014】
始めに図1から図14を参照して実験動物に適用される脳機能評価用核磁気共鳴装置及びその解析方法について説明し、また、図15から図20を参照してヒトの脳からの核磁気共鳴信号の解析する脳機能評価用核磁気共鳴装置及びその方法を説明する。尚、この明細書において、実験動物と称する場合には、当然にヒトを除外するものと使用する。
【0015】
以下の説明において、マウス等の実験動物であっても、また、ヒトであっても脳及び肺を有する動物である限りこの発明を適用することができる。従って、以下の説明において、ヒトに関しての説明であっても実験動物の説明に置き換えて実験動物に適用することができ、また、その逆に実験動物に関しての説明であってもヒトに関する説明に置き換えて適用することができる。
【0016】
発明者は、実験動物を用いて肺吸入後の超偏極129Xeガスからの磁気共鳴信号を肺と脳で同時に測定する方法について以下のように考察している。
【0017】
一般に、肺及び脳のNMR信号の同時観察には、両者を含む大きな受信コイルを用いることが考えられる。しかし、1つの受信コイルで肺及び脳からの磁気共鳴信号が検出されると、両者の信号が重なって検出され、肺及び脳の夫々からの磁気共鳴信号を分離することが困難となる。肺も脳と同様に200ppm付近に溶解相の信号を発生するからである。そこで、脳と肺にサーフェイスコイルを個別に設置して脳及び肺の信号を夫々回路で受信すれば、肺及び脳の夫々からの磁気共鳴信号を検出することができる。
【0018】
また、観察すべき信号が脳では溶解相として200ppm付近に限られ、肺ではガス相信号として0ppmに限られるので、大きなコイルが肺及び脳からの送信信号及び肺からの0ppmの信号を受信するのに用いられるとし、別途、脳にサーフェイスコイルを設置して脳からの信号を検出すれば、肺及び脳の夫々からの磁気共鳴信号を演算により分離することができる。
【0019】
但し、この場合でも、大きなコイルとその中に設置されたサーフェイスコイルとの電気的干渉を防ぐ必要があり、精密なrfコイルと受信系とを必要とする。
【0020】
最も簡単な装置は、1つのコイルで送受信し、コイルは固定して実験動物の位置を機械的にずらせて測定することによって、肺及び脳の夫々からの磁気共鳴信号を検出することができる。以下の実験動物に関する実施の形態では、コイルは固定し実験動物の位置を機械的にずらせて測定する方法について記載し、ヒトに関する実施の形態では、脳と肺にサーフェイスコイルを個別に設置して脳及び肺の信号を夫々回路で受信する例について記載している。
【0021】
図1は、この発明の一実施の形態に係る実験動物用核磁気共鳴装置の一部を示している。
【0022】
図1には、核磁気共鳴装置(NMR装置或いはMRI装置)から取り出した実験動物の固定移動器具10のみが示されている。実験動物2、例えば、マウスでは、仮に麻酔状態にあっても、測定中に動く可能性があることから、アクリルなどの非磁性材質で作られた二重円筒4、6が固定移動器具10として用意され、その内側の円筒6に実験動物2が設置固定される。また、外筒4は、固定板5に固定され、この固定板5を介して磁石装置或いは磁石装置に固定されたプローブに固定される。外筒4と内筒6はO―リング(図示せず)で滑り止めされた状態に維持され、両者を固定するリング状のネジ機構8で確実に固定される。リング状ネジ機構8は、その一部を回すことによって簡単に固定が解除され、内筒6を外筒4内でその軸方向に摺動することができ、実験動物2の核磁気共鳴装置内での位置を調整することができ、再度、リング状ネジ機構8によって内筒を所定位置に固定することができる。従って、図1に示されるような機構を利用することによって特に脳用並びに肺用の受信コイル(図示せず)を用意しなくとも脳及び肺からの核磁気共鳴信号を一つの受信コイルで検出することができる。外筒4の外側には、更に送受信コイル7、例えば、ソレノイド型送受信コイルが設けられ、破線間の測定領域からの磁気共鳴信号がこの測定コイル7によって測定される。図1では、頭部が測定領域となるように描かれているが、内筒6を移動することによって胸部を送受信コイル7の測定領域とすることができる。
【0023】
図1に示した固定器具は、一例であって、市販の動物固定器であっても、脳及び肺を所定位置に速やかに短時間で、例えば、10から30秒程度の移動時間で移動可能であれば使用することができる。
【0024】
図2は、図1に示された固定及び移動器具10が装着される実験動物用核磁気共鳴測定装置(NMR或いはMRI測定装置)を含む測定システムの概略を示している。図2に示される装置においては、実験動物2が固定された状態で固定及び移動器具が縦に設置された縦型磁石型の磁石装置20内に設置されて測定が開始される。測定開始前に予め肺及び脳を測定するに最適位置が定められ、短時間で実験動物2が所定位置に移動可能とする。測定に際しては、実験動物(マウス)は自発呼吸下に置き、特に呼吸管理は行わないものとする。尚、激しい動きは、測定コイル7で受信される受信信号の変動が生ずることとなることから、実験動物2は麻酔下に置くものとする。
【0025】
図2に示されるように測定装置には、周辺装置としてガス供給装置22が設けられ、このガス供給装置22では、トレーサとしての超偏極ガスが発生され、この超偏極ガスは、ガス供給装置22のガス供給口PAから第1のパイプ24を介して混合部26に供給される。第1のパイプ24には、後に図3を参照して説明する切換器28が設けられ、超偏極ガス或いは脱偏極ガスが選択的にこの切換器28から混合部26に供給される。ガス供給装置22は、また、空気及び酸素を供給する供給口PB、PCを備え、空気及び酸素が夫々第2及び第3のパイプ30、32を介して混合部26に供給される。混合部26では、超偏極ガス或いは脱偏極ガス、空気及び酸素が混合されて第4の混合気用パイプ34を介して図4に示されるように実験動物2の口装着したマスク36に供給される。
【0026】
尚、超偏極希ガスは酸素と混合することにより緩和時間が短くなり、超偏極磁化の減衰が早まるので、酸素との混合は、極力、マウスのマスクに近い部分で行った方が良い。
【0027】
測定開始前の通常状態では空気のみがマスク36に供給され、測定開始に当たっては、超偏極ガス或いは脱偏極ガスに酸素が適切な混合比で混合されて供給される。マスク36には、混合気排気用の第5のパイプ44が接続され、排気装置(図示せず)によって混合気が装置外部に排気される。各パイプ28,30,32には、供給される気体の流量を測定するために、フローメータ38,40,42が接続され、その流量が測定され、必要に応じて適切な流量に維持される。実験動物2の口に装着したマスク36から内筒6内に漏れた超偏極ガスは、余分な信号を与えることから、この余分なガスを外部に排気するため送風機から送気流が第6のパイプ33を介して実験動物2の頭部に向けて供給される。
【0028】
尚、核磁気共鳴測定装置(NMR或いはMRI測定装置)の詳細な構造及びその周辺処理装置に関しては、図2では省略して示している。核磁気共鳴測定装置及びその周辺処理装置に関しては、後に説明するヒト用の核磁気共鳴測定装置と実質的に同一であるので、図15を参照する説明を参照されたい。但し、図15に示されるシステムにおいては、脳には脳専用のコイルを装着し、肺には肺専用の装着した図が示されている。図2のように大きな固定コイルで代用することもできるが、脳全体の信号をなるべく高信号で得るには、図15のようにバードケージ型のコイルで頭部を覆う形の方が良い。ヒトのように肺と脳が位置的に離れている場合は肺と脳に個別にコイルを設置しても観測部位を外部磁石の中心部において磁場の均一度の良いところで測定する必要があるので、テーブルの移動は避けられないこととなる。図2に示されるシステムでは、既に説明したように実験動物2自体が測定用コイル7に対して移動されることから、特に胸部用及び頭部用の測定コイルが設けられない点に注意されたい。後の実施例1の説明も当然に図2に示されるシステムが図15に示される核磁気共鳴測定装置(NMR或いはMRI測定装置)及びその周辺処理装置を備えることを前提として説明する。
【0029】
また、この明細書では、超偏極ガスをトレーサと称し、脱偏極ガスは、磁気共鳴感度が低いことから、トレーサと称さないこととする。従って、トレーサの供給は、高い磁気共鳴感度を有するガスの供給を意味し、トレーサの供給停止は、磁気共鳴感度を有するガス、例えば、超偏極ガスに代えて磁気共鳴感度が低いガス、例えば、脱偏極ガスが供給される場合を含むものとする。
【0030】
図3に示されるように切換器28は、第1のパイプ24に第1及び第2の三方コック44−1、44−2が接続され、この第1及び第2の三方コック44−1、44−2間には、脱偏極パイプ46が接続されている。この脱偏極パイプ46は、超偏極キセノン(129Xe)ガスを脱偏極キセノンガスに変換するもので、スチール製のパイプに細いスチールの線を網状に密に詰めて構成されている。超偏極キセノンガスを実験動物2に供給する際には、脱偏極パイプ46が三方コック44−1、44−2によって閉塞されて三方コック44−1と三方コック44−2が直接連通され、脱偏極パイプ46を介さずに超偏極キセノンガスが混合部に供給される。これに対して、脱偏極時には、三方コック44−1、44−2が同時に回されて超偏極ガスが脱偏極パイプ46に供給され、スチールワイヤを密に充填した脱偏極パイプを通過してガス成分及び流量を変えることなく脱偏極され、熱平衡ガスに変換されて脱偏極キセノンガスが混合部26に供給される。即ち、超偏極ガスを脱偏極パイプに通すと、速やかに緩和が起こり、通常の熱平衡ガスになる。この脱偏極パイプの性能は、予め超偏極ガスを通して脱偏極に基づく核磁気共鳴信号(NMR/MRI信号)が全く観察されなくなることを確認したものが使用されることが好ましい。
【0031】
次に、上述した装置を利用したこの発明の脳機能に関するパラメータを評価する方法の具体的実施例について説明する。
【0032】
(実施例1)
実験動物2としてマウスを用い、図2に示されるNMR/MRI装置として9.4Tの縦型磁石を備えたバリアントユニティ社(Varian Unity社)のINOVA400WB(製品名)を用いる。始めに、マウスにペントバルビタールで腹腔内麻酔し、マウス2をマウス固定器具に固定してNMRプローブ内にセットする。その後、図4に示すようにマウス2にはマスク36を装着し、装着の隙間からガスが漏れないよう粘着テープなどで密着する。マスク36をあまり深くかぶせるとマスク36内のガスの信号が脳信号測定の際に大きく現れるので、浅めにかぶせることが好ましい。通常状態では、パイプ32を利用して空気が70cc/分の流量でマスク36に流されてマウス2が自発呼吸下に置かれる。超偏極キセノンガスはガス供給装置22に組み込まれた自作の生成装置(J. Magnetic Resonance, 150, 156-160 (2001)で発表)で生成し、偏極率が5−8%で偏極された超偏極キセノンガスが用意される。超偏極キセノンガス生成装置においては、129Xeを天然存在比の26.4%含む標準XeガスがN2ガスと混合されて70%まで希釈され、このガスが偏極装置で偏極される。この超偏極キセノンを含むガスは、ガス供給装置22からパイプ24を介してマウス2(ddyマウス5週令、雄、35-40g)に供給される。このガスの流量は50cc/分である。超偏極Xeガスが流される際には、同時に酸素ガスを20cc/分で流している。尚、マウスはペントバルビタールの腹腔内注入(50mg/kg)により麻酔しておく。
【0033】
マスク36に流すガスを超偏極ガスに切り替えてから、一定間隔(TR=1.4秒)で繰り返しNMR信号が図15に示すと同様な信号処理装置でモニターされる。一例として図5に示されるような129Xeスペクトルが肺から得られる。図5の実測値に示すように、マウス2の肺からの129XeのNMR信号には、主に肺胞中のガス相信号GH(Gas-phase)が見え、溶解相からのNMR信号DH(Dissolved-phase)として肺組織及び血液中に溶解した129XeのNMR信号(溶解相信号)が観察される。ここで、ガス状態にある129XeからのNMR信号(ガス相信号)GHが0ppmに設定されると、溶解相からのNMR信号(溶解相信号)DHは、200ppmの付近に現れることとなる。超偏極Xeの吸入により129XeのNMR信号は、次第に増加し(取り込み期間に相当する。)、やがて略一定となる(定常状態に相当する。)。定常状態ではガス相信号は大きく振動(増減)しているが、これは、呼吸に伴い超偏極ガスが肺胞内に流入及び流出するのに対応している。
【0034】
吸入開始後、15秒程で定常状態になるが定常状態が確認された後、肺及び脳に関する129Xeスペクトル或いは画像が取得され、肺及び脳の位置が確認される。特に、脳に関してはNMR信号が最大となる位置に移動固定器具10が移動され、移動固定器具10が微調整される。図6は、脳に関して測定されたスペクトルの実例を示している。図6に示されるスペクトルでは、200ppm付近を頂点とし192ppm付近にショルダーが見られる。
【0035】
脳の最適観察位置が移動固定器具10にマークされた後、肺からのNMR信号の観察に戻される。定常状態相当の信号が見えていることを確認されると、三方コック44−1,44−2が切り替えられて超偏極ガスが脱偏極パイプ46に供給される。超偏極キセノンガスは、脱偏極パイプ46で通常の熱平衡ガスに変換される。これにより、129Xe信号(トレーサからの信号)は次第に減衰してゆく(洗い出し過程)。この洗い出し過程を20秒程観察した後に、再び、吸入ガスを超偏極ガスに切り替え、30秒ほどの間に定常状態の達成を確認した後、脳の信号観察に戻る。脳での定常状態の信号を観察した後、吸入ガスが脱偏極パイプ28からの脱偏極キセノンガスに切り替えられ、脳に関する洗い出し過程が観察される。約20秒の間この過程が観察された後、再度、肺に関するNMR信号が観察される。吸入ガスが超偏極ガスに切り替えられ、定常状態確認後、脱偏極パイプに切り替えられ洗い出し過程が観察される。
【0036】
図7は、マウス肺からの129XeのNMR信号の時間変化を示している。図7において、黒丸は、ガス相からのNMR信号(ガス相信号)を表し、黒丸は、溶解相からのNMR信号(溶解相信号)を表している。取り込み期間は、0秒から開始され、その後、定常状態となり、112秒手前から洗い出し期間が開始され125秒付近で終了している。ガス相からのNMR信号及び溶解相からのNMR信号は、いずれも吸入ガスが空気から超偏極ガスに切り替えると、取り込み期間において信号強度は徐々に増加し、やがて一定となって定常状態となる。その後、超偏極ガスから脱偏極ガスに切り替えると、洗い出し期間において信号強度が徐々に減衰される。
【0037】
図7に示される例では、定常状態の観察が100秒以上と長いが、洗い出し測定に際しては、10秒程度の間に高い信号強度を確認するだけで十分である。
【0038】
以上の一連の操作で、肺及び脳からのNMR信号の観察が終了する。マウスの観察部位の肺と脳との切り替えは、1分ぐらいで達成できる。移動/固定器具10をずらせた後、RF系の同調の確認などを行う。最終的に、2回測定した肺の洗い出し曲線が実質的に同じものであれば、肺―脳―肺と測っている間に肺の特性が変化していないことが確かめられるので、肺及び脳の同時測定のデータが取得できる。ここで、同時測定とは、全く同一の時刻に測定することを意味せず、ある時間範囲、5分以内、好ましくは、1〜2分以内に肺及び脳に関して測定することを意味している。
【0039】
上記MRS実験をスライス選択パルスにより測定すれば、スライス毎の洗い出し曲線の取得が可能であり、スライス毎に脳機能評価ができる。2D−CSI(2次元化学シフトイメージング)実験によれば、脳のスライス内でピクセルに分けてスペクトル変化が観察できるので、局所的な脳機能評価に有効である。
【0040】
また、MRI画像における強度(コントラスト)データも同様に利用できる。ピクセル毎に濃淡として129Xeの存在比が表せる。もちろん、画像のコントラストには緩和時間のT,Tが影響するので、繰り返し時間をTより長くとるか、エコー時間をT2より短く取らない場合は、それぞれ、T,Tの補正が必要となる。この時の補正式は、通常のグラジェントエコー法による測定では、exp(-TR/T1)或いはexp(-TE/T2)である。
[データ解析方法]
Peled及びKilianの文献に記載されているように、不活性ガスが肺に吸入された後の肺及び脳の動態を解析するには、図8に示されるようなKetyにより提案された基本モデルが有効である。ここで、Ketyのモデルでは不活性ガス一般が取り扱われ、例えば、窒素或いはNOガスなどを吸入後、肺及び脳での濃度を計算するのに有効である。PeledのモデルはKetyのモデルを基本に、超偏極希ガスを取り扱ったもので、超偏極希ガスは肺吸入後も存在状態特有の緩和時間で超偏極磁化が減衰して行く効果を考慮している。
【0041】
図8に示されるモデルは、肺吸入後の不活性ガスの体内動態を解析する2−コンパートメントモデルと称され、超偏極希ガスなどの不活性ガスが肺に吸入された後、血液に溶けて脳まで運ばれる様子を示している。超偏極希ガスが肺で吸収されて体循環した後に肺から排出される場合には、肺で吸入された後に脳まで到達し、再度肺に戻ったときには、磁化は完全に緩和されて実質的にゼロとなる。
【0042】
図8に示されるモデルでは、超偏極キセノンの体内動態を計算する際のパラメータは次のように表されている。
【0043】
VA; 全肺胞容積(The total volume of alveoli)
CI, CA; 肺での吸入と排出ガス中のキセノンの超偏極濃度(The concentration of
hyperpolarized 129Xe in the inhaled gas or alveoli)
Ci: 脳組織中でのキセノンの超偏極濃度(The concentration of hyperpolarized
129Xe in tissue)
RF; 秒当りの肺換気量(ventilation volume / second)
T1air; 肺胞空洞中の129Xeの緩和時間(T1)(relaxation time in alveolar gas space)
T1i; 脳組織中の129Xeの緩和時間(T1)(relaxation time in tissue)
λ; 気体/血液の分配係数(gas/blood partition coefficient)
λi; 脳組織/血液の分配係数(tissue/blood partition coefficient)
Q; 肺毛細血管血流量(pulmonary capillary blood flow)
Fi; 脳組織血流量(blood flow to the tissue)
尚、Peledの文献では、測定に用いたパルスの残留磁化に対する減偏極効果は考慮されていない。この照射パルスの減偏極効果は、肺の動態に対しては比較的簡単に取り扱えるが、脳についてはかなり複雑な結果(式)をもたらし、漸化式の形で解かれている(Kilian)。ここでは、パルス照射の残留磁化に対する効果は、残留磁化の緩和時間(T1)による減衰効果と同様に扱えると言う新しい考え方に従い、後に説明するように式が誘導される。
【0044】
また、取り込み期間中のNMR信号の時間的変化を示す取り込み曲線及び洗い出し期間中のNMR信号の時間的変化を示す洗い出し曲線の関係は、後の解析式に出てくるように、基本式の上では対称の関係にあり、どちらで解析しても本来は同一であるはずである。しかし、実際には、取り込み過程でのNMR信号は、マスク内、口腔内或いは気管内に超偏極の信号の強いガスがあるので、マスク内、口腔内或いは気管内からのNMR信号が混入することを避けることができない。これに対して、上述した説明から明らかなように、洗い出し過程では、マスク内は脱偏極ガスに置き換えられており、マスク内、口腔或いは気管内も大半が脱偏極ガスであるので、これらのガスが肺胞からの信号の妨げとなることはほとんどない。従って、ここでは、洗い出し過程に焦点を絞って説明する。
【0045】
A.パルス照射の残留磁化に対する減衰効果の一般的考察
超偏極磁化を含め、熱平衡状態からずれた縦磁化(残留磁化)の熱平衡状態への回復過程の時間的変化は、図9(a)に示され、緩和時間をTとすると、緩和時間Tによる磁化の減衰は、S= exp(-t/ T1)の形で表される。ここで、超偏極磁化に繰り返し時間T毎にθパルスが照射されるとき、残留磁化に対する減衰効果を考えると、このパルス照射により残留磁化は、(1-cosθ)だけ減衰しcosθの係数がかかる。図9(b)は、θパルス照射による超偏極縦磁化の減衰を示している。即ち、図9(b)は、T秒の間の1回のパルス照射による減衰を指数減衰関数で表現している。この減衰は、繰り返し時間Tの時間内に一度起こる。ここで、図9(b)において、時刻tは、時刻tから繰り返し時間TRだけ経過した時刻としてt=t+Tで表され、時刻tで測定された信号強度Sに対する時刻tで測定された信号強度Sの比は、S/S= cosθ=exp{-(t-t1)/Tθ}で表され、繰り返し時間Tの時間内における1パルスの照射により残留磁化は、(1-cosθ)だけ減衰される。
【0046】
この減衰のメカニズムにおける固有緩和時間をTθとすると、
【数1】

【数2】

【0047】
である。この固有緩和速度定数を本来の緩和速度1/Tに加えてやれば、θによる減衰を含んだ式が得られる。 即ち、パルス照射を考慮しない基本式を誘導し、
【数3】

【0048】
の変換を施してやれば、パルス照射の効果を考慮した式が得られる。
【0049】
B.肺について、照射パルスの減偏極効果を含めた洗い出し曲線の式の誘導
洗い出し曲線の式の誘導については、図8のモデルにのっとり解析的な式の基本形は既に導かれている。しかし、Peledは取り込みと定常状態のみ解を式で記載しているが、洗い出しに付いては解いていない。また、Peledはパルス照射の効果を考慮していない。Kilianはボーラス肺吸入後の息止め条件下で脳について解いている(パルス照射の効果は考慮している)。
【0050】
洗い出し開始t秒後の肺胞中の超偏極希ガス濃度CA(t)は、Peledの基本形から分かるように、次の微分方程式をt=0でCA(0)= CA0の初期条件下で解けばよい。
【数4】

【数5】

【0051】
この式は、取り込み曲線の次式(Peledの文献に記載)、
【数6】

【0052】
と対称な関係にあり指数項は同じとなる。
【0053】
この超偏極磁化濃度にn番目のθパルスが照射されて得られる信号強度Snは、
【数7】

【0054】
ここで、Sはパルスが90°パルスの時に単位濃度(1 mol/l)の超偏極129Xeについて得られる信号強度を表す(コイルや測定系の特性全てを含む)。そこで、
【数8】

【0055】
が得られる。この式に上の洗い出し過程に対する[8]式を代入すると、
【数9】

【0056】
となる。さらにこの式に、上述のパルス照射の効果を考慮して、
(1/T1air) → (1/T1air) - {ln(cosθ)}/TR
とすると、次式が得られる。これが、肺の洗い出し曲線の解析式である。
【数10】

【0057】
この式(13)より、洗い出し曲線(Snの対数を測定の待ち時間の合計(n-1) TRに対してプロットしたもの)の傾斜は次のように θ,RF, VA, T1airの4つの項を含むことがわかる。
【数11】

【0058】
III.脳について、照射パルスの減偏極効果を含めない洗い出し曲線の式の誘導
肺から血中に溶け込んだXeがt秒で組織に到達するとする。ある時間tにおいて脳組織に到達したばかりの動脈中のXe濃度C(t)は次式で表される(Peledの文献の[3]式、λは血液/ガス分配係数)、
【数12】

【0059】
組織濃度が飽和されるプロセスはFickの法則を用いて次式のように表される。(Kety)、
【数13】

【0060】
この式に、組織i中での緩和による減偏極を付加すると、
【数14】

【0061】
が得られ、洗い出し曲線には、二つの指数減衰型が混入してくることが分かる。指数項にPを含むものは肺の特性を反映しており、Rを含むものは脳の特性を反映している。
【0062】
ここで、用いた記号をまとめると次のようになる。
【数15】

【0063】
(注:SはPで表せるので最終的には表に出てこない)。
【0064】
例えば、パルス角が十分小さくて、パルスが超偏極磁化を減偏極させる効果を考えなくて良い場合は、信号強度の取り扱いは簡単である。n番目のパルス照射により得られる信号強度をSnとすると、この信号強度は次式で表せる。
【数16】

【0065】
ここで、S0 はパルスが90°パルスの時に単位濃度(1 mol/l)の超偏極129Xeについて得られる信号強度を表す(コイルや測定系の特性全てを含む)。
【0066】
この式から、
【数17】

【0067】
が得られる。ここで、肺の洗い出しの開始時刻をt=0としており、脳組織での洗い出しの開始はt=tiとなる。また、洗い出し時間をtwと表すとtw= (n-1)TRであるので、[20]式は、
【数18】

【0068】
となる。定常状態(洗い出し開始時)の濃度はCi (ti) = Ci0であることを考慮し右辺の濃度比を計算すると、
【数19】

【0069】
従って、
【数20】

【0070】
となり、上述の濃度の式と同様に、肺特性Pと脳特性Rを減衰定数とする2つの指数関数の和で表せる。
【0071】
以上をまとめると、
脳洗い出しの第nパルスに対する信号をSnとし(n-1)TR=twすると、
【数21】

【0072】
C.脳の洗い出し過程で照射パルスの減偏極効果を含めた解析式の誘導
測定系に新鮮スピンの流入がある場合には、T時間内に流入する新鮮スピンの効果を考慮しなければならない。例えば、肺の取り込み曲線の解析では、肺への新鮮流入超偏極ガスはパルスを全然受けていないので、この取り扱いは別個に考慮しなければならない。これに対して、洗い出し曲線の解析では、新鮮流入ガスは熱平衡ガスで磁化はゼロと見なせるので、前段のパルス照射の効果は全く考慮する必要がない。この点も、肺特性の解析において、取り込み曲線よりは洗い出し曲線を解析する利点である。
【0073】
脳の洗い出し曲線の解析では、肺に残留した超偏極磁化が図10に示すように脳へ新鮮流入血液52に溶解して流れ込むが、この流入血液52は事前のパルスを全然受けていない。従って、上述のパルス照射による減偏極の効果を緩和時間Tと同等に扱うとしても、この脳への新鮮流入血液52に溶解した超偏極ガスには適用除外が必要となる。即ち、実際に閉鎖系でない場合は、パルスを受けた部分が新鮮流入血液52で薄められることを考慮しなければならない。
【0074】
事前のパルスを受けたのは、tissue 1ml 当たり、(Ci/1000)のXeスピンであり、繰り返し期間Tの間に脳内組織50に流入する血流量は、FiTRであり、FiTR(Ca/1000)のスピンは、前のパルスを受けていない新鮮流入分となる。従って、パルス照射による減偏極を受けるスピンの割合は、{1-(Fi CaTR /Ci)}だけある。
【0075】
そこで、減偏極する磁化の割合はT秒あたり(cosθ){1- (Fi CaTR /Ci)}となる。このメカニズムの固有緩和時間をTθとすると、
【数22】

【0076】
従って、この場合の信号強度の関係式は次のようにまとめられる。
【0077】
脳洗い出しの第nパルスに対する信号をSnとし(n-1)TR=twすると、
【数23】

【0078】
[データ解析例]
当該データの解析例では、肺―脳―肺の順に洗い出し曲線の取得を繰り返し、脳測定データを、その前後の肺測定データの解析結果を用いて解析している。測定データは、図11〜図14に示されている。肺データの解析は、[13]式、或いはその指数表示の次式
【数24】

【0079】
により行い、指数項中の減衰定数(-P)(片対数プロットでの傾斜相当項)を求める。この減衰定数は片対数プロットでの直線の傾斜として求めても良いし、最少二乗解析プログラムを利用しても良い。最少二乗解析プログラムとしてはSimplex法や微分を利用したDavidon-Fletcher-Powellの方法など種々の方法があるが、ここでは最少二乗のコア部分にORIGIN(Lightstone社)を用いる解析システムを作成し、後半の脳データの解析と共通に用いた。次に、脳の測定データを解析する。肺データの解析から得た減衰定数-Rからln(cosθ)/TRを差し引いた値をaとすると、[22]式と上述したまとめの式の表記より、
【数25】

【0080】
である。従って、脳での測定データを(31)式で最少二乗解析することで、脳での減衰定数-bを得ることが出来る。ここで、Ti*は見かけの脳組織緩和時間であり、脳組織における正味の緩和項と灌流項を含む: (1/Ti*)= (1/Ti) + (Fii)。
【0081】
脳データを(31)式により最少二乗解析した結果が図12及び図14に示されている。図11は、脳の洗い出し曲線の測定前に測定される肺の洗い出し曲線G1を示し、また、図13は、脳の洗い出し曲線の測定後に測定される肺の洗い出し曲線G2を示している。図12は、図11と図13の間に測定されたマウスの脳での洗い出し曲線B1を示している(図14は、測定データは図12と同様にマウスの脳での洗い出し曲線B2を示しているが、計算に用いた肺データは図13で得られたものである)。図11〜図14において、横軸は、吸入開始から定常状態を経て洗い出しまでの時間(秒)を示し、縦軸は、核磁気共鳴信号の信号強度(相対値)を示している。
【0082】
図11において、洗い出し測定は40.6秒後から開始されている。この図11の曲線から減衰定数Pを求めると、P=0.205±0.028が得られている。同様に、図13の曲線から減衰定数Pを求めると、P=0.229±0.044が得られている。
【0083】
図12に示した脳の洗い出し曲線の解析では、
a= {RF+(VA/T1air)+λQ} / VA = P + {ln(cosθ) }/TR であり、
洗い出し測定前の肺測定の結果からは,P= 0.205より、a= 0.180が得られ、脳洗い出し測定後の肺測定の結果からは,P= 0.229より、a= 0.204が得られる。この両方の値について、脳洗い出し曲線(図12)を[31]式より解析すると、a= 0.180(P= 0.205相当)の時にb= 0.122±0.032が得られ、a= 0.204(P=0.229相当)の時はb= 0.114±0.026が得られる。このbより、下式を利用して表1の結果を得る。即ち、みかけの緩和時間Ti*= 10.8±0.5秒、正味の緩和時間Ti= 15.9±1.0秒を得る。
【0084】
b= (1/Ti*)−{ln(cosθ) }/TR、および (1/Ti*)= (1/Ti)+(Fii)
表1では、bの値に{ln(cosθ) }/TRを補正することにより見かけの緩和時間Ti*を求めている。正味の緩和時間Tiを求めるには、灌流項(Fii)を差し引けばよい(上式)。ここで、Fiとλiにマウスの文献値として、Fiが1ml組織当り毎分1.4 mlの血流量(即ち、Fi=1.4 ml血液/ml組織/分、文献: K.Niwa, K.Kazama, S.G.Younkin, G.A.Carlson, and C.Iadecola, Neurobiol. Disease, 9, 61-68 (2002))、及びλi= 0.79 (R.Y.Z.Chen, F.C.Fan, S.Kim, K.M.Jan, S.Usami, and S.Chien, J. Appl. Physiol., 49, 178-183 (1980)) を引用すると、 (1/Ti) = (1/Ti*)-0.0295より正味の脳組織における129Xeの緩和時間Tiが表1に掲げたように求められる。
【0085】
参考データとして、図12の脳洗い出し曲線の[31]式に基づく解析において、肺データが未知として、指数部のaとbの両者を図12の最少二乗解析から求めようとすると、きちんと収束点を見出せず解析が不調に終わることが確かめられている。これは、脳の減衰定数と肺の減衰定数の値に大きな差異がなく、また生体からのデータとして、実験値にある程度の変動(誤差)が避けられないため、この両減衰定数を同時に可変とすると、両者の相互補填の結果として、非常に幅広い範囲で同程度の収束状況が達成されるため、きちんとした収束状況が得られないことによる。これを避けるには、肺の減衰定数は肺データから求め、それを用いて脳の減衰定数を脳データから求めることが必要となる。この操作は、個体毎に肺の減衰定数が異なること、特に病態マウスなどでは大きく異なる可能性のあることを考えると、非常に重要である。
【0086】
【表1】

【0087】
表1で得た正味の緩和時間Tは平均値として15.9秒となる。この値は、Kilianが別の方法で評価したヒトの脳組織におけるTiの値8〜15秒と同程度となっており、解析方法の妥当性を意味している。Kilianの方法では、照射パルス毎に漸化式を解く必要があるので、Tiの値を最少二乗法などにより自動的に求めようとすると、計算プロセスが非常に煩雑となる。ここで提案した方法によれば、最少二乗法の適用により簡単に解くことが出来る。
【0088】
以上の測定手順とデータ処理手順の流れを図示すると図16及び図20となる。
【0089】
このような評価法の応用としては、灌流項に顕著な変化がない実験(例えば、血管を通して造影剤が注入され、それが脳組織に浸透して脳組織中の129Xeの緩和時間に顕著な変化をもたらす場合。但し、造影剤による血流量の変化は殆んどないとする)については、Tの変化から正味の緩和時間の変化を読み取れる。逆に、正味の緩和時間に顕著な変化がない実験(例えば、炭酸ガス吸入やダイアモックスのような脳血管拡張剤を投与した場合、或いは、脳に視覚や運動刺激が加えられ、血流量が顕著に変化する場合など)ではTの変化から灌流項の変化を読み取ることが可能である。将来的には、緩和項と灌流項が分離決定できる方法が開発されれば、マウス毎に正味の緩和項と灌流項を独立して評価することに応用できる。
【0090】
尚、上述した表1に示される解析例では、肺及び脳に関する洗い出し測定データから肺及び脳の減衰定数a、bが求められたが、次第に信号レベルが増加する肺及び脳に関する取り込み曲線、即ち、取り込みデータから増加定数が求められ、この増加定数から脳機能パラメータとしての緩和時間が求められても良い。既に、説明したように取り込み曲線と洗い出し曲線とは基本式上は対称の関係にあることから、実質上上述した解析例を適用することができる。
【0091】
(実施例2)
次に、ヒトの脳からの核磁気共鳴信号を解析する脳機能評価用核磁気共鳴装置及びその方法を説明する。
【0092】
図15は、肺と脳の同時計測に基づきヒトの脳からの核磁気共鳴信号を解析する測定信号処理装置を備えた脳機能評価用核磁気共鳴装置(NMR装置)を示すブロック図である。実施例1で説明した方法はヒトにも適用でき、ヒトの場合は測定対象が大きくなるため横型の磁石を利用する。尚、図15に示すヒト用NMR装置においても、図2に示すようなガス供給装置22がNMR装置の近くに設けられ、測定条件に応じてヒト62に超偏極キセノンガスが供給される。ヒトでの測定では、キセノンガスは一回吸入の形をとる。これにより、必要とする超偏極Xeガス量を抑えることが出来、当該ガス生成装置が小型で済む。容量1リットル程度のテドラバッグに充填した超偏極Xeガスを一回当たり500cc程度吸入し、その後、息止めまたは空気の自然呼吸下で、洗い出し過程を測定する。
【0093】
図15に示されるようにヒト用NMR装置60では、被験体としてのヒト62が移動機構96を備えた非磁性テーブル98に仰向けに寝た状態で横たえられている。このNMR装置60は、ヒト62に対して一定強度の静磁場を与える静磁場付与手段として機能する略円筒形の磁石72を有する。磁石72の内側には、傾斜磁場付与手段として機能する略円筒形の傾斜磁場コイル73が配設されている。送信コイルとしての傾斜磁場コイル73には、電源110が接続され、この傾斜磁場コイル73は、被験体の検査部位(測定領域)からの核磁気共鳴信号に位置情報を付与するための傾斜磁場を発生する。傾斜磁場コイル73のさらに内側には、脳からの核磁気共鳴信号を受信するための高周波送受信コイル74、例えば、頭部用バードケージ型コイル又はサーフェイスコイルが配設されている。また、肺からの核磁気共鳴信号を受信するための高周波送受信コイル75、例えば、胸部用サーフェイスコイルがヒトの胸に配設されている。高周波送受信コイル73,74は、コイル切換器100に接続され、肺及び脳からの核磁気共鳴信号を選択的に受信する為にコイル切換器100によって高周波送受信コイル74,75が選択され、測定信号処理装置126のシーケンス制御回路113からの制御信号で適切に切り替えられる。肺及び脳からの核磁気共鳴信号を選択的に受信する為にテーブル98がシーケンス制御回路113によって制御され、ヒトを乗せたテーブル98が外部磁場の中央部の磁場であって均一度の良好な脳或いは肺診断位置に移動される。
【0094】
送信コイル及び受信コイル間に適切なデカップル回路が構成されれば、送信コイルと受信コイルを分離することができる。送受信コイル74,75は、コイル切換器100を介して送受信切替器106に接続され、被験体へ高周波を照射する際には、増幅器105を介して信号発生器112に接続が切り替えられ、高周波照射により励起された核磁気共鳴信号(NMR信号)を受信する際には、信号増幅器107に接続が切り換えられる。
【0095】
傾斜磁場コイルを発生させる電源110、送受信切替器106及び高周波を発生する信号発生器112は、シーケンス制御部113により適切に制御される。信号増幅器107において増幅された核磁気共鳴信号は、信号変換器108を介して処理しやすい波形に加工されて測定信号処理装置109に供給され、測定信号処理装置109において、信号処理が実行された後、システム制御・表示用コンピュータ120に接続されたモニター等の出力部124に表示・出力される。測定信号処理装置109は、メモリ111を備え、そのメモリ領域に信号変換器108で変換された信号が記憶される。より具体的には、このメモリ領域には、洗い出し或いは取り込み期間における肺及び脳に関する核磁気共鳴信号の信号列に相当する遷移データが夫々記憶される。また、NMR装置60は、キーボード・マウス等の入力部15を介してシステム制御・表示用コンピュータ120で全体的制御されている。システム制御・表示用コンピュータ120、シーケンス制御部113及び測定信号処理装置109は、同一のコンピュータ上で動作する複数のプログラムとして実施することも可能である。また、テーブル98は、被験体を乗せた状態で傾斜磁場コイル73の軸方向にスライドし、被験体62の脳或いは肺が傾斜磁場コイル73の中心に向けて挿入され、高周波送受信コイル73、74が選択的に傾斜磁場コイル73中の最適位置に配置される。
【0096】
上記のように構成されたNMR装置60により被験体のイメージを取得する場合、始めに、テーブル98が矢印AR1で示すように移動されて肺に関するNMR信号が計測され、次に、テーブル98が矢印AR2で示すように移動されて脳に関するNMR信号が計測され、その後、テーブル98が再び矢印AR1で示すように移動されて肺に関するNMR信号が計測される。
【0097】
脳及び肺に関する各計測時には、磁石72により被験体に静磁場が与えられ、傾斜磁場コイル3により被験体の関心領域(脳或いは肺の領域)の位置を特定する傾斜磁場を与える。そして、高周波送受信コイル73或いは74を介して、静磁場強度と傾斜磁場で特定される被験体の関心領域(測定領域)の注目原子の核種によって決まる核磁気共鳴周波数を有する高周波パルスを繰り返し時間TRの周期で被験体に与え、被験体から高周波パルスに応じた核磁気共鳴信号を高周波送受信コイル73或いは74で検出する。この計測時において、キセノンガスの吸入後の洗い出し曲線は、自発呼吸或いは息止めの条件下で測定されることが必要とされる。更に、検出した核磁気共鳴信号を信号増幅器107によって増幅して測定信号処理装置109にて画像処理し、被験体のイメージを取得する。即ち、関心領域の内部情報をある空間分解能を有するボクセルからの信号変化として捉え、このボクセル内の信号強度の時間変化を測定信号処理装置で処理して遷移データとしてメモリ111の領域に記憶するとともに画像信号に変換する。画像信号で構成されるイメージは、出力部124を介して表示される。また、キーボード・マウス等の入力部125は、肺及び脳に関する測定条件が入力されてシステム制御・表示用コンピュータ120を介して測定信号処理装置109に測定対象物、トレーサの種類、流れの種類、計測条件を入力することにも用いられる。
【0098】
測定信号処理部109は、その機能として、測定対象部位から高周波送受信コイル7,74で測定された核磁気共鳴信号が入力される測定信号入力部と、前記測定対象部位、前記トレーサの種類及び前記流体の種類が入力部125によって特定され、これらに依存する演算を実行する演算部と、及び脳からの核磁気共鳴信号を解析して高い精度を有する核磁気共鳴信号を出力する出力部を備えている。また、測定信号処理部109においては、測定信号入力部から入力された核磁気共鳴信号列が演算部を介して洗い出し遷移データ或いは取り込み遷移データとしてメモリ111のメモリ領域に個別に格納される。
【0099】
尚、図2に示した実験動物用の脳機能評価用核磁気共鳴装置のシステムにおいては、図15に示される脳機能評価用核磁気共鳴装置(NMR装置)と同様の構成であるが、図2に示されるシステムでは、肺及び脳が選択的に関心領域とされて1つの高周波送受信コイル7で肺及び脳からの核磁気共鳴信号を受信することができることから、コイル切換器100が設けられなくても良いことは明らかである。
【0100】
次に、図15に示した脳機能評価用核磁気共鳴装置(NMR装置)における測定動作について図16のフローチャートを参照して説明する。
【0101】
ステップS10で動作が開始されると、始めにステップS12に示されるように関心領域が肺にセットされる。即ち、ヒトが寝た状態で横たえられているテーブル98が移動機構96によって移動されて高周波送受信コイル74、例えば、胸部用サーフェイスコイルが傾斜磁場コイル73中の最適位置に配置される。テーブル98に横たえられたヒト62には、マスク36が装着され、最適位置への配置が完了するまでは、ヒト62には空気が供給されて自然呼吸の状態に維持される。
【0102】
最適位置への配置が完了すると、ステップS14に示すように超偏極ガスの吸引(トレーサの供給)が開始される。
【0103】
尚、上述したようにヒトの場合には超偏極Xeガスは持続吸入せず、一回吸入の形をとる。この場合、図16のS14,S16,S18のステップは1つにまとめられ、「超偏極ガスの一回吸入後、息止めまたは空気の自然呼吸状態での洗い出し曲線取得」となる。S22〜S26およびS30〜S34のステップについても同様である。即ち、S14〜S18のステップでは、テドラバッグ内の超偏極Xeガス500cc程度を一息で吸入し、その後、一定間隔Tで繰り返しNMR信号が高周波送受信コイル74で検出される。この検出期間中は息止めするか、空気の自然呼吸を行うとする。減衰定数を求める実験であるので、息止めする場合は30秒程度で良い。Tは1〜数秒で十分である。肺測定では、図5に示すような受信信号が検出される。この受信信号は、一定間隔Tが繰り返されて時間(取り込み遷移期間)が経過するとともに、当初の超偏極Xeの一回吸入により急激に増加した後、取り込み期間経過と共に減衰する。この減衰の様子は図7の減衰機関の信号変化と同様である。この遷移期間に測定される受信信号列、即ち、核磁気共鳴信号の信号列を取り込み遷移データと称する。この取り込み遷移データは、メモリ111のメモリ領域に特定されて格納される。
【0104】
得られた遷移データは、特に減衰期間に相当する洗い出し遷移期間に測定される信号列については洗い出し遷移データと称する。この洗い出し遷移データは、同様にメモリ111のメモリ領域に特定されて格納される。ステップS18に示すように、この洗い出し期間における信号強度の変化が図17に示すような洗い出し曲線として信号処理装置109で取得され、メモリ111に洗い出し遷移データが記憶される。
【0105】
次に、ステップS20に示すように関心領域が脳にセットされる。即ち、ヒトが寝た状態で横たえられているテーブル98が移動機構96によって移動されて高周波送受信コイル75、例えば、頭部用バードケージ型コイル又はサーフェイスコイルが傾斜磁場コイル73中の最適位置に配置される。
【0106】
この状態でステップS22に移るが、上述のごとく、S22〜S26は1つにまとめられ、超偏極ガスを一回吸入した後、息止めまたは空気の自然呼吸状態において、一定間隔Tで繰り返しNMR信号が高周波送受信コイル75で検出される。従って、脳に関するNMR信号は、肺の場合と同様に短い一息での取り込み期間(遷移期間)を経て洗い出し(減衰)が観察される。この取り込みと洗い出し期間における脳からの核磁気共鳴信号列は、遷移データとしてメモリ111のメモリ領域に格納される。特に減衰期間に相当する洗い出し遷移期間に測定される信号列については洗い出し遷移データと称する。この信号強度の変化は図18に示すような洗い出し曲線として信号処理装置109で取得され、ステップS26においてメモリ111に洗い出し遷移データとして記憶される。
【0107】
ステップS28において、再びステップ12と同様に関心領域が肺にセットされ、ステップS30〜S34において、ステップS14〜S18と同様に遷移データが取得される。特に洗い出し遷移データがステップS18と同様に取得され、図19に示すような洗い出し曲線がメモリに記憶される。
【0108】
ステップS18(肺)、ステップS26(脳)及びステップS34(肺)で取得された洗い出し曲線(遷移データ)に基づくデータ処理がステップS36で開始されてステップS38に示すように脳及び肺の機能データがステップS38で決定される。機能データが取得されることによってステップS40で示すように一連の処理が終了される。
【0109】
ステップS36で示されるデータ処理について、図20を参照して説明する。ステップS50において、データ処理が開始されると、ステップS18で取得された肺に関する第1の洗い出し曲線G1(遷移データ)が読み込まれる。この第1の洗い出し曲線G1を利用してステップS54に示すように式30に記載される下記式で定められる減衰定数(P)が決定される。ここで得られたPの値をP1と置く。
【数26】

【0110】
次に、ステップS60において、図11及び図13を参照して説明したように、減衰定数(P)を利用して脳の洗い出し曲線(遷移データ)を解析する為の肺のパラメータaが下記式で決定される。ここで得たaの値をa1と置く。
【数27】

【0111】
ここで、Pからaへの換算に必要なパルス角θは、ステップS56で示されるように別途デュアルフリップアングル法(Dual Flip Angle法)を利用して実験的に求められた値が用いられ、この値が入力装置125から入力される。また、同じく換算に必要な繰り返し時間Tは、予め肺の洗い出し測定の為に図15に示す信号発生器112で設定された値を入力する(ステップS58)。
【0112】
次に、ステップS62に示すように、ステップS26で取得された脳に関する洗い出し曲線B1が読み込まれる。この脳に関する洗い出し曲線B1(遷移データ)は、ステップS64に示すように既に説明した(31)式を利用して解析される。ここで、aはa1に固定として脳減衰定数bが決定される。ここで得たbの値をb1と置く。
【数28】

【0113】
その後、ステップS66に示すようにステップS34で取得された肺に関する洗い出し曲線G2が読み込まれる。そして、ステップS68に示すように、肺洗い出し曲線G2(遷移データ)が解析されて減衰定数Pが(30)式から決定される。ここで得られたPをP2と置く。このP2を「数27」a = P + {ln(cosθ)}/TR
により換算して求めたaをa2と置く。
【数29】

【0114】
同様にステップS70において、図12に示す脳に関する洗い出し曲線B1(遷移データ)が、ここで得られたa2の値と(31)式を利用して、解析される。肺のパラメータaはa2に固定とされ、脳減衰定数bが決定される。ここで得られたbの値をb2と置く。
【0115】
Sn= A exp(-atw) + B exp(-btw) (31)
その後、上記ステップS64、S70で求めた脳機能パラメータbの値b1とb2が一致するかが確認される。即ち、略肺並びに脳が同時に測定されているかが確認される。
【0116】
その後、bの値からθとTRの寄与を除いて、下式よりTi*, Fi, Tiに関するデータが得られることとなり、その後ステップS74に示すように処理が終了される。
(1/Ti*)= (Fii) + (1/Ti) = b+ {ln(cosθ) }/TR
尚、息止め条件下では、肺や脳の解析式、特に[30]式、にRF/VAの換気項が入って来ないことに注意せねばならないが、上記の解析例ではRF/VAは減衰定数Pにまとめて含まれているので、特に問題とならない。
【0117】
図20に示した脳機能パラメータの解析手順では、肺及び脳に関する洗い出し曲線から肺及び脳減衰定数Pが決定されているが、取り込み曲線(取り込み期間における遷移データ)から肺及び脳に関する増加定数が減衰定数と同様に決定され、この増加定数から脳機能パラメータが導出されても良い。取り込み曲線は、洗い出し曲線と略対称な関係があり、図20に示した解析手順を同様に適用することが可能である。
【0118】
上記の解析例では、NMRスペクトルの時間変化を取り上げたが、このほか、CSI(化学シフトイメージング)やMRI画像取得における信号強度の時間変化を追跡しても良い。肺と脳の繰り返し実験では、検出コイルを手動または自動により切り替えることにより肺と脳の溶解信号の混入を有効に避けることができる。
【0119】
以上の方法は、実施例では、超偏極ガスについて記述されているが、超偏極ガスに限らず、通常のガスでも積算効果などにより十分なSN比の得られるもの、例えば、フッ素化合物の19FのNMR或いはMRIにも、同様に適用できることは明らかである。
【0120】
以上のように本発明の核磁気共鳴信号を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法並びに脳機能評価用核磁気共鳴装置においては、特定の実験動物(個体毎)或いはヒトの脳機能に関するパラメータを、トレーサとしての超偏極希ガスまたは通常の熱平衡ガスを吸入するNMRまたはMRI計測から求める場合、実質的に同時に肺からの核磁気共鳴信号を観察して肺機能パラメータを評価し、脳のデータの解析に流用することにより、脳機能パラメータの導出の信頼度を向上させることができる。個々の実験動物或いはヒトについて、肺機能パラメータの影響を受けずに脳機能パラメータを高い信頼度で評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0121】
医薬品開発で、特に脳機能に関連する医薬品候補物質の脳機能への効果が実験動物を用いて評価される場合に、肺機能への影響を正確に除いた正確な脳機能評価ができることから、医薬品候補化合物のスクリーニング実験に有効に利用できる。また、ヒトに関しては、脳機能パラメータの導出の信頼度を向上させることができることから、脳の機能研究用機器として、例えば視覚その他の刺激に対する脳の応答評価などに利用できる。
【0122】
より詳細には、実験動物(マウス等)及びヒトについて、肺の換気・灌流特性の影響を除いた形で脳機能パラメータを高い信頼度で評価をでき、脳機能研究並びに脳機能に関係する医薬品開発において、脳機能の特性やメカニズムの解明並びに脳機能に関係する医薬品候補物質の評価やスクリーニングに用いることが出来る。
【0123】
今回、実験動物を用いて、超偏極キセノン吸入後の129Xeの信号観察を肺と脳で実質的に同時に行っている。その結果、肺測定データから求めた肺機能パラメータを脳測定データの解析に利用することにより、脳機能パラメータが信頼度良く評価できることを確認している。
【図面の簡単な説明】
【0124】
【図1】この発明の一実施の形態に係る実験動物の脳機能評価用核磁気共鳴装置に用いられる固定移動器具を概略的に示す断面図である。
【図2】図1に示された固定移動器具が装着された脳機能評価用核磁気共鳴装置及びその周辺装置を示す略図である。
【図3】図2に示された切換器の構造を示す模式図である。
【図4】図1に示された実験動物及びこの実験動物に取り付けられるマスクを示す略図である。
【図5】図1に示された送受信コイルで検出される肺内のガス相及び溶解相からの核磁気共鳴信号を示す129Xeスペクトルのグラフである。
【図6】図1に示された送受信コイルで検出される脳からの核磁気共鳴信号を示す129Xeスペクトルのグラフである。
【図7】図1に示された送受信コイルで検出されるマウス肺からの129Xeの核磁気共鳴信号の時間変化を示すグラフである。
【図8】不活性ガスが肺に吸入された後の肺及び脳の動態を解析する為の基本モデルを示す略図である。
【図9】(a)は、熱平衡状態からずれた縦磁化(残留磁化)の熱平衡状態への回復過程における核磁気共鳴信号の時間的変化(緩和曲線)を示すグラフ、及び(b)はTの間に1回のθパルス照射による超偏極縦磁化の減衰(矢印)を緩和曲線で再現する様子を示すグラフである。
【図10】肺に残留した超偏極ガスが血液に溶解して新鮮血流として脳組織内へ流れ込むモデルを示す略図である。
【図11】図2に示されるシステムにおいて、脳の洗い出し曲線の測定前に測定される肺の洗い出し曲線G1を示す。
【図12】図2に示されるシステムにおいて、マウスの脳での洗い出し曲線B1を示す。
【図13】図2に示されるシステムにおいて、脳の洗い出し曲線の測定後に測定される肺の洗い出し曲線G2を示す。
【図14】図12と同様に、図2に示されるシステムにおいて、マウスの脳での洗い出し曲線B2を示す。
【図15】この発明の他の実施の形態に係る肺及び脳の同時計測に基づきヒトの脳からの核磁気共鳴信号を解析する測定信号処理装置を備えた脳機能評価用核磁気共鳴装置(NMR装置)を示すブロック図である。
【図16】図15に示した脳機能評価用核磁気共鳴装置における測定手順を示すフローチャートである。
【図17】図15に示された脳機能評価用核磁気共鳴装置において、脳の測定前に肺から検出された核磁気共鳴信号の洗い出し曲線を示すグラフである。
【図18】図15に示された脳機能評価用核磁気共鳴装置において、脳から検出された核磁気共鳴信号の洗い出し曲線を示すグラフである。
【図19】図15に示された脳機能評価用核磁気共鳴装置において、脳の測定後に肺から検出された核磁気共鳴信号の洗い出し曲線を示すグラフである。
【図20】図15に示した脳機能評価用核磁気共鳴装置におけるデータ処理の手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0125】
2...実験動物、4...外筒、6...内筒、5...固定板、8...ネジ機構、10...実験動物の固定移動器具、20...磁石装置、22...ガス供給装置、24...第1のパイプ、26...混合部、28...切換器、30,32...第2及び第3のパイプ、34...混合気用パイプ、36...マスク、44...第5のパイプ、38,40,42...フローメータ、44−1,44−2...三方コック、46...脱偏極パイプ、50...脳内組織、52...新鮮流入血液、60...NMR装置、62...ヒト、72...磁石、73...略円筒形の傾斜磁場コイル、74、75...高周波送受信コイル、96...移動機構、98...テーブル、100...コイル切換器、105...増幅器、107...信号増幅器、110...電源、112...信号発生器、113...シーケンス制御部、126...測定信号処理装置、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
実験動物の肺にトレーサを供給し、その後、前記トレーサの供給を停止する第1のトレーサ供給工程と、
前記実験動物の肺内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の肺から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の肺からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第1の測定工程と、
前記実験動物の肺を介して前記実験動物の脳内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の脳から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の脳からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第2の測定工程と、
前記第1の測定工程で測定された第1の遷移データから肺機能を特定する肺機能パラメータを演出し、前記第2の測定工程で測定された第2の遷移データから前記脳の機能を特定する脳機能パラメータを演算する過程において前記肺機能パラメータでデータ補完して前記脳機能パラメータを演算する演算工程と、
から構成されることを特徴とする核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法。
【請求項2】
前記トレーサの供給は、超偏極希ガスの供給を含み、前記トレーサの供給停止は、前記超偏極希ガスに代えて脱偏極された希ガスの供給を含むことを特徴とする請求項1の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法。
【請求項3】
前記トレーサは、高い磁気共鳴感度を有する超偏極キセノンガス或いは非常に短い緩和時間を有し短時間での積算実験から著しく感度向上を達成できるフッ素化合物のガスを含むことを特徴とする請求項1の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法。
【請求項4】
前記演算工程では、前記洗い出し過程における前記第1の遷移データから演算された肺機能パラメータを用いて前記脳機能パラメータを演算することを特徴とする請求項1の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法。
【請求項5】
前記第1の測定工程は、前記第2の測定工程の前又は前記第2の測定工程の後の所定期間に実施されることを特徴とする請求項1の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法。
【請求項6】
前記第2の測定工程において、パルス磁場を前記脳に照射して前記パルス磁場に依存して核磁気共鳴信号列が検出され、このパルス磁場の照射による前記トレーサの残留磁化の減偏極は、残留磁化の緩和時間に付加的に寄与するとして処理して前記脳機能に関するパラメータを求めることを特徴とする請求項1の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法。
【請求項7】
実験動物の肺にトレーサを供給し、その後、前記トレーサの供給を停止する第1のトレーサ供給部と、
前記実験動物の肺内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の肺から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の肺からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第1の測定部と、
前記実験動物の肺を介して前記実験動物の脳内に前記トレーサが取り込まれる取り込み過程及び前記実験動物の脳から前記トレーサが洗い出される洗い出し過程の少なくともいずれかにおいて、前記実験動物の脳からの核磁気共鳴信号を検出し、その時間的遷移を測定する第2の測定部と、
前記第1の測定部で測定された第1の遷移データから肺機能を特定する肺機能パラメータを演出し、前記第2の測定部で測定された第2の遷移データから前記脳の機能を特定する脳機能パラメータを演算する過程において前記肺機能パラメータでデータ補完して前記脳機能パラメータを演算する演算部と、
から構成されることを特徴とする核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置。
【請求項8】
前記トレーサの供給部は、超偏極希ガスを供給し、或いは、前記トレーサの供給を停止し、前記超偏極希ガスに代えて脱偏極された希ガスを供給する切り替え機構を備えることを特徴とする請求項7の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置。
【請求項9】
前記トレーサは、高い磁気共鳴感度を有する超偏極キセノンガス或いは非常に短い緩和時間を有し短時間での積算実験から著しく感度向上を達成できるフッ素化合物のガスを含むことを特徴とする請求項7の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置。
【請求項10】
前記演算部では、前記洗い出し過程における前記第1の遷移データから演算された肺機能パラメータを用いて前記脳機能パラメータを演算することを特徴とする請求項7の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置。
【請求項11】
前記第1の遷移データは、前記第2の遷移データの測定の前又は前記第2の遷移データの測定の後の所定期間に取得されることを特徴とする請求項7の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置。
【請求項12】
前記第2の測定部は、パルス磁場を前記脳に照射するコイルと、前記パルス磁場に依存して核磁気共鳴信号列を検出する検出部とを具備し、前記演算部は、前記パルス磁場の照射による前記トレーサの残留磁化の減偏極が残留磁化の緩和時間に付加的に寄与するとして処理して前記脳機能に関するパラメータを求めることを特徴とする請求項1の核磁気共鳴を利用した脳機能に関するパラメータを評価する方法。
【請求項13】
時間的にレベルが増加或いは減少する肺に関する核磁気共鳴信号列からなる第1の遷移データを格納する第1記憶領域並びに同様に時間的にレベルが増加或いは減少する肺に関する核磁気共鳴信号列からなる第2の遷移データを格納する第2記憶領域を備えた記憶部と、
前記第1の遷移データから肺機能を特定する肺機能パラメータを演出する演算部であって、前記第2の遷移データから脳の機能を特定する脳機能パラメータを演算する過程において前記肺機能パラメータでデータ補完して前記脳機能パラメータを演算する演算部と、
から構成されることを特徴とする核磁気共鳴信号を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置。
【請求項14】
前記第1の遷移データから肺に関する増加定数或いは減衰定数を導出し、同様に前記第2の遷移データから脳に関する増加定数或いは減衰定数を導出し、これら肺及び脳に関する増加定数或いは減衰定数から前記脳機能パラメータとして緩和時間を求めることを特徴とする請求項13の核磁気共鳴信号を利用した脳機能に関するパラメータを評価する装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate


【公開番号】特開2007−117665(P2007−117665A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−317633(P2005−317633)
【出願日】平成17年10月31日(2005.10.31)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】