核酸の検出方法及びサンプルの光学観察方法並びに蛍光体
【課題】簡便に核酸を検出でき、特にマイクロスケールの流路内などにおいて液体の混合ないし洗浄などの煩雑な作業を必要とせずに核酸を検出可能な方法の提供。
【解決手段】核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法を提供する。この核酸検出方法によれば、核酸を含むサンプルと銅とを接触させるのみで、核酸と銅との複合体に由来する蛍光を簡便に検出できる。
【解決手段】核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法を提供する。この核酸検出方法によれば、核酸を含むサンプルと銅とを接触させるのみで、核酸と銅との複合体に由来する蛍光を簡便に検出できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、核酸の検出方法及びサンプルの光学観察方法並びに蛍光体に関する。より詳しくは、銅と接触した核酸が発する蛍光に基づいて核酸を検出する方法及びサンプルを観察する方法と、銅と核酸とを含んでなる蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療分野、創薬分野、臨床検査分野、食品分野、農業分野、工学分野、法医学分野、犯罪鑑識分野などの様々な分野で、核酸を用いた技術研究が広く進められている。最近では、核酸の染色、検出及び増幅などを、マイクロチップに設けたマイクロスケールの流路内で行うラボ・オン・チップの技術開発や実用化も進められている。
【0003】
核酸検出のために用いられる基本技術として、蛍光色素を用いて核酸を染色する方法がある。蛍光色素としては、hoechst33342、DAPI、エチジウムブロマイド、SYBR greenなど多くのものが知られている。例えば、hoechst33342及びDAPIは、フローサイトメトリーや顕微鏡などにおいて細胞や組織中の核酸を染色する目的で用いられている。また、エチジウムブロマイドは、電気泳動法において核酸分子を染色するために多用される。SYBR greenなどは、ポリメラーゼ・チェーン・リアクションなどの核酸増幅技術において、核酸の増幅過程をリアルタイムに検出する目的でも用いられる。
【0004】
本技術に関連して、蛍光観察の際に細胞が示す自家蛍光として、従来知られている蛍光について説明する。このような蛍光の一つに、銅の存在下においてUV照射された細胞が示すオレンジ色の自家蛍光がある。例えば、ショウジョウバエ幼虫中腸の特定部分の細胞が、銅を投与するとオレンジ色の蛍光を発することが報告されている(非特許文献1〜8参照)。ショウジョウバエ幼虫中腸においてこのオレンジ色の蛍光が特に強く観察される細胞は、「copper cell」などと呼ばれている。投与する銅の濃度を高くすると、copper cellの周辺の細胞(非特許文献4)及び幼虫の体壁全体(非特許文献2)でも、蛍光が観察されることが報告されている。
【0005】
上記のオレンジ色の蛍光は、細胞内において、細胞質と細胞核の両方で観察され、特に細胞質の顆粒で顕著に検出されると記述されている(非特許文献2〜4,7参照)。蛍光の波長範囲は590-630nmであり、ピーク波長は610nm、最大励起波長は340nmと記載されている(非特許文献3)。
【0006】
また、ショウジョウバエ以外の生物種についても、同様な性質をもつ自家蛍光が観察されている。例えば、ラットの実験では、銅を与えた個体の肝臓において、UV励起(励起波長310nm)によってオレンジ色の蛍光(ピーク波長605nm)が見られることが報告されている(非特許文献9参照)。さらに、加齢に伴って腎臓及び肝臓に銅を蓄積するモデルラットの腎臓においても、類似の蛍光が観察されたことが報告されている(非特許文献10参照)。同様の性質をもつ自家蛍光は、酵母(非特許文献11参照)や、ヒトのWilson病患者の肝細胞(非特許文献12参照)においても報告されている。なお、Wilson病は、銅の排泄機能が不全となり、肝細胞内に銅が蓄積する遺伝性疾患である。
【0007】
上記のオレンジ色の蛍光を発光する蛍光体としては、銅とmetallothionein (MT)との複合体(以下、「Cu-MT」と略記する)が推定されている(非特許文献14〜23参照)。Cu-MTの波長特性は、非特許文献13では励起波長305nm、蛍光波長565nmとされ、非特許文献17では励起波長310nm、蛍光波長570nmとされている。また、Cu-MTにおいて銅は、一価イオン(Cu(I))の状態で存在していると考えられている(非特許文献13,15,17,19,23参照)。
【0008】
このような銅を含む蛍光体には、ピリミジン又はメルカプチドなどを含む化合物であって、ピリミジン又はメルカプチドが銅と作用することにより蛍光が発せられる化合物が広く報告されている(非特許文献24〜29参照)。
【0009】
一方、各種金属イオンと核酸との相互作用について、古くから研究がなされている。例えば、銅一価イオンと核酸との相互作用については、細胞核中に微量に含まれる銅が、核酸構造を安定化する一方、過酸化水素との共存下においてDNAにダメージを与えることが知られている(非特許文献30参照)。また、銅との相互作用により、DNAの吸収スペクトルが変化することが報告されている(非特許文献30,31参照)。さらに、この吸収スペクトルの変化が、DNAの塩基配列(具体的にはGCペアのポリマーとATペアのポリマー)に応じて異なることなども報告されている(非特許文献30参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Physiological genetic studies on copper metabolism in the genus Drosophila. (1950) Genetics 35, 684-685
【非特許文献2】Organization and function of the inorganic constituents of nuclei. (1952) Exp. Cell Res., Suppl. 2:161-179
【非特許文献3】Ultrastructure of the copper- accumulating region of the Drosophila larval midgut. (1971) Tissue Cell. 3, 77-102
【非特許文献4】Specification of a single cell type by a Drosophila homeotic gene. (1994) Cell. 76, 689-702
【非特許文献5】Two different thresholds of wingless signalling with distinct developmental consequences in the Drosophila midgut. (1995) EMBO J. 14, 5016-5026
【非特許文献6】Calcium-activated potassium channel gene expression in the midgut of Drosophila. (1997) Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol. 118, 411-420
【非特許文献7】Evidence that a copper- metallothionein complex is responsible for fluorescence in acid-secreting cells of the Drosophila stomach. (2001) Cell Tissue Res. 304, 383-389
【非特許文献8】Peptidergic paracrine and endocrine cells in the midgut of the fruit fly maggot. (2009) Cell Tissue Res. 336, 309-323
【非特許文献9】A luminescence probe for metallothionein in liver tissue: emission intensity measured directly from copper metallothionein induced in rat liver. (1989) FEBS Lett. 257, 283-286
【非特許文献10】Direct visualization of copper- metallothionein in LEC rat kidneys: application of autofluorescence signal of copper-thiolate cluster. (1996) J. Histochem. Cytochem. 44, 865-873
【非特許文献11】Incorporation of copper into the yeast Saccharomyces cerevisiae. Identification of Cu(I)--metallothionein in intact yeast cells. (1997) J. Inorg. Biochem. 66, 231-240
【非特許文献12】Portmann B. Image of the month. Copper- metallothionein autofluorescence. (2009) Hepatology. 50, 1312-1313
【非特許文献13】Luminescence properties of Neurospora copper metallothionein. (1981) FEBS Lett. 127, 201-203
【非特許文献14】Copper transfer between Neurospora copper metallothionein and type 3 copper apoproteins. (1982) FEBS Lett.142, 219-222
【非特許文献15】Spectroscopic studies on Neurospora copper metallothionein. (1983) Biochemistry. 22, 2043-2048
【非特許文献16】Metal substitution of Neurospora copper metallothionein. (1984) Biochemistry. 23, 3422-3427
【非特許文献17】(Cu,Zn)-metallothioneins from fetal bovine liver. Chemical and spectroscopic properties. (1985) J. Biol. Chem. 260, 10032-10038
【非特許文献18】Primary structure and spectroscopic studies of Neurospora copper metallothionein. (1986) Environ. Health Perspect. 65, 21-27
【非特許文献19】Characterization of the copper-thiolate cluster in yeast metallothionein and two truncated mutants. (1988) J. Biol. Chem. 263, 6688-6694
【非特許文献20】Luminescence emission from Neurospora copper metallothionein. Time-resolved studies. (1989) Biochem J. 260, 189-193
【非特許文献21】Establishment of the metal-to-cysteine connectivities in silver-substituted yeast metallothionein (1991) J. Am. Chem. Soc. 113, 9354-9358
【非特許文献22】Copper- and silver-substituted yeast metallothioneins: Sequential proton NMR assignments reflecting conformational heterogeneity at the C terminus. (1993) Biochemistry. 32, 6773-6787
【非特許文献23】Luminescence decay from copper(I) complexes of metallothionein. (1998) Inorg. Chim. Acta. 153, 115-118
【非特許文献24】Solution Luminescence of Metal Complexes. (1970) Appl. Spectrosc. 24, 319 - 326
【非特許文献25】Fluorescence of Cu, Au and Ag mercaptides. (1971) Photochem. Photobiol. 13, 279-281
【非特許文献26】Luminescence of the copper--carbon monoxide complex of Neurospora tyrosinase. (1980) FEBS Lett. 111, 232-234
【非特許文献27】Luminescence of carbon monoxide hemocyanins. (1980) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 77, 2387-2389
【非特許文献28】Photophysical properties of hexanuclear copper(I) and silver(I) clusters. (1992) Inorg. Chem., 31, 1941-1945
【非特許文献29】Photochemical and photophysical properties of tetranuclear and hexanuclear clusters of metals with d10 and s2 electronic configurations. (1993) Acc. Chem. Res. 26, 220-226
【非特許文献30】Interaction of copper(I) with nucleic acids. (1990) Int. J. Radiat. Biol. 58, 215- 234
【非特許文献31】Copper(I)-Catalyzed Regioselective “Ligation” of Azides and Terminal Alkynes. (2002) Ang. Chem. Int. Ed.41, 2596-2599
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述した既存の蛍光試薬を用いて核酸を染色する場合には、液状の試薬とサンプルを混合する必要があり、作業が煩雑になるという問題があった。特に、核酸の染色及び検出などをマイクロスケールの流路内で行うラボ・オン・チップにおいては、チップの製造や保存、使用時の作業が非常に煩雑になる。
【0012】
そこで、本技術は、簡便に核酸を検出でき、特にマイクロスケールの流路内などにおいて液体の混合ないし洗浄などの煩雑な作業を必要とせずに核酸を検出可能な方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題解決のため、本技術は、核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法を提供する。この核酸検出方法によれば、核酸を含むサンプルと銅とを接触させるのみで、核酸と銅との複合体に由来する蛍光を簡便に検出できる。そして、検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、サンプルに含まれる核酸の濃度、分布あるいは形状などに関する情報を得ることができる。
特に、核酸と銅との複合体に由来する蛍光の強度及びスペクトルは、核酸の塩基配列及び長さに依存して変化し、二本鎖核酸中のミスマッチの有無にも依存して変化する。このため、この核酸検出方法では、検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、核酸の塩基配列を解析したり、核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析したりすることができる。
また、核酸と銅との複合体に由来する蛍光の強度は、シトシンに比してウラシルで高い。このため、この核酸検出方法では、バイサルフェート処理によってサンプルに含まれる核酸中の非メチル化シトシンを選択的にウラシルに変換し、これに伴って検出手順において検出される蛍光の強度及び/又はスペクトルの変化量を調べることで、核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化の有無及び量、並びに塩基配列中におけるメチル化シトシンあるいは脱メチル化シトシンの位置などを解析することができる。
この核酸検出方法において、銅は、固形の銅とすることができる。
この核酸検出方法において、接触手順は、塩の共存下で核酸を含むサンプルと銅とを接触させる手順とされることが好ましい。また、検出手順は、波長300〜420nmの光を前記サンプルに照射することにより、該サンプルから発せられる蛍光を検出する手順とされることが好ましい。
【0014】
また、本技術は、核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含むサンプルの光学観察方法を提供する。
この光学観察方法において、サンプルは細胞とすることができる。この場合、細胞の細胞核の分布、位置、数、大きさ、形状などに関する情報を得ることができる。
【0015】
さらに、本技術は、銅と核酸とを含む複合体からなる蛍光体をも提供する。この蛍光体では、複合体中の核酸の塩基配列及び長さを適宜変更することで、スペクトルや強度が異なる蛍光体を得ることができる。
【0016】
本技術において、「核酸」には、天然の核酸(DNA及びRNA)が含まれる。また、「核酸」には、天然の核酸のリボースの化学構造又はホスホジエステル結合の化学構造を人為的に改変して得た人工核酸が広く包含される。人工核酸としては、特に限定されないが、例えばペプチド核酸(PNA)、ホスホロチオエート型オリゴヌクレオチド(S-oligo)、ブリッジド核酸(BNA)又はロックト核酸(LNA)などが挙げられる。
【発明の効果】
【0017】
本技術により、簡便に核酸を検出でき、特にマイクロスケールの流路内などにおいて液体の混合ないし洗浄などの煩雑な作業を必要とせずに核酸を検出可能な方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】S.A.濃度50mMの条件下でssDNAと濃度を変化させたCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトル及びRFU値を示す図面代用グラフである。(A)は蛍光スペクトルを示し、(B)はピークRFU値を示す(実施例1)。
【図2】S.A.濃度50mMの条件下でssDNAと濃度を変化させたCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトル及びRFU値を示す図面代用グラフである。(A)は蛍光スペクトルを示し、(B)はピークRFU値を示す(実施例1)。
【図3】S.A.濃度4mMの条件下でオリゴDNAと濃度0.4mMのCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図4】S.A.濃度4mMの条件下でオリゴDNAと濃度0.4mMのCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図5】CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下でT(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの経時変化を示す図面代用グラフである(実施例1)。上段は縦軸をRFU値(絶対値)とした蛍光スペクトル、中段は縦軸をRFU値(相対値)とした蛍光スペクトル、下段は吸収スペクトルを示す。
【図6】CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下でT(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの経時変化を示す図面代用グラフである(実施例1)。(A)はピークRFU値の経時変化を示し、(B)は波長346nmにおける吸光度の経時変化を示す。
【図7】T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAで取得された2次元蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図8】T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAの励起スペクトル(破線)と蛍光スペクトル(実線)を示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図9】アデニン及びチミンの組み合わせによってなる3塩基長の配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図10】アデニン及びチミンの組み合わせによってなる3塩基長の配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルのRFUの最大値(A)及びピーク波長(B)を示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図11】配列番号19及び配列番号20に記載する配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図12】ssDNA含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図13】ssDNA含むサンプルを異なる濃度の固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図14】ssDNA含むサンプルを異なる種類あるいは濃度の塩を含む反応溶液中で固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図15】異なる濃度のssDNA(A)及びRNA(B)を含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図16】異なる配列のオリゴDNAを含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図17】異なる配列のオリゴDNAを含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図18】異なる配列のオリゴDNAを含むサンプルを固形銅と接触させて取得された励起−蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図19】8塩基のシトシンと12塩基のチミンの組み合わせ配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図20】ミスマッチを含む二本鎖DNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図21】反応溶液のバッファーの種類及びpHを変更した場合に取得されたRFU値を示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図22】ガラス表面にスパッタリングした銅とssDNAとを接触させて取得された蛍光画像を示す図面代用写真である(実施例3)。
【図23】ガラス表面にスパッタリングした銅とRNAとを接触させて取得された蛍光画像を示す図面代用写真である(実施例3)。
【図24】DNAあるいはRNAを含むサンプルをガラス表面にスパッタリングした銅あるいは銀に接触させた場合に取得された蛍光の強度を示す図面代用グラフである(実施例3)。
【図25】ガラス表面にスパッタリングした銅とssDNAとを接触させて取得された蛍光の経時的な強度変化を示す図面代用グラフである(実施例3)。
【図26】ガラス表面にスパッタリングした銅とssDNAとを接触させた後、温度を変化させた場合の蛍光強度の変化を示す図面代用グラフである(実施例3)。
【図27】銅スパッタガラス上でタマネギ薄皮を蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図28】銅スパッタガラス上でヒト白血球サンプルを蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図29】銅スパッタガラス上でジャルカット細胞を蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図30】銅スパッタガラス上でジャルカット細胞を蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図31】異なる濃度のT(20)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図32】異なる濃度のT(10)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図33】異なる濃度のT(6)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図34】異なる濃度のT(5)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図35】異なる濃度のT(4)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図36】異なる濃度のT(3)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図37】異なる濃度のT(2)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図38】異なる塩基数のチミンからなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図39】異なる塩基数のチミンからなるオリゴDNAについて、オリゴDNAの濃度と蛍光強度の最大値との関係を示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図40】TとCを含んでなる塩基配列のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例6)。
【図41】TとGを含んでなる塩基配列のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例6)。
【図42】T(10)のオリゴDNA及びT(10)のクエンチャーを修飾した同オリゴDNAで蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例7)。
【図43】T(10)及びU(9)GのオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例8)。
【図44】T(10)、C(10)及びC(4)MeC(6)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例8)。
【図45】T(10)、A(10)及びI(9)GのオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例8)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本技術を実施するための好適な形態について詳細に説明する。以下に説明する実施形態は、本技術の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。なお、説明は以下の順序で行う。
〈A〉核酸検出方法
1.接触手順
(1)銅(Cu)
(2)サンプル
(3)反応溶液
(4)接触条件
2.検出手順
(1)光照射
(2)蛍光検出
(3)蛍光スペクトル検出
(4)蛍光の空間分布の検出
3.塩基配列の解析
4.応用例
(1)微細な遺伝子配列の違いの検出
(2)DNA分子のメチル化の解析
(3)細胞核の観察及び計測
(4)微小粒子の解析
(5)Lab-On-Chipへの適用
〈B〉蛍光色素
【0020】
〈A〉核酸検出方法
本発明者は、実施例において詳しく後述するように、核酸(DNAもしくはRNA)と銅との複合体が蛍光を発することを新たに見出した。また、核酸の塩基配列及び長さに依存して蛍光のスペクトルや強度が変化すること、二本鎖核酸中のミスマッチの有無に依存して蛍光のスペクトルや強度が変化することを見出した。本技術は、これらの新規知見に基づきなされたものである。なお、前述したように、従来、銅との相互作用によりDNAの吸収スペクトルが変化することや、この吸収スペクトルの変化がDNAの塩基配列に応じて異なることが知られていた。しかしながら、核酸と銅との複合体が蛍光を発することはこれまで知られていなかった。また、核酸と銅との複合体が発する蛍光は、前述したCu-MTが発する蛍光と波長特性において類似したが、metallothioneinを含まない、精製合成オリゴヌクレオチドを用いた反応系においてみられることから、Cu-MTが発する蛍光とは全く異なるものである。以下、本技術に係る核酸検出方法とその応用例及び本技術に係る蛍光体について具体的に説明する。
【0021】
本技術に係る核酸検出方法は、核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む。本技術に係る核酸検出方法では、目的に応じて、検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、核酸の塩基配列を解析したり、核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析したりすることができる。
【0022】
1.接触手順
接触手順では、核酸を含むサンプルを銅と接触させる。
【0023】
(1)銅(Cu)
本手順で用いる銅の形態は、銅を含む溶液か、もしくは銅を含む固形物が好ましい。操作の簡便性が求められる場合には、固形物を用いることが好ましい。また、マイクロチップに設けたマイクロスケールの流路内などで核酸検出を行う場合には、固形物を用いることで、マイクロチップへの銅の埋め込みが可能となり、チップ構造の簡素化のため好ましい。固形物は、溶液に比べて、形状や特性などが振動や衝撃、熱、光、時間経過などに対して安定的であり、チップの製造方法や保存条件などの影響を受け難く、取り扱いが容易である利点も有する。一方、反応時間の短縮化が必要な場合には、溶液を用いることが好ましい場合もある。銅の形態は、目的に応じて適宜選択することができる。
【0024】
溶液状態の銅を用いる場合、十分量の銅(I)イオンが溶液中に存在した状態で用いることが好ましい。銅イオンは一般には二価陽イオンの状態において安定して存在し、一価陽イオンは二価陽イオンに比して不安定である。このため、例えばCuSO4水溶液など銅の二価陽イオンを含む水溶液に対し、銅(II)イオンを銅(I)イオンに還元する還元剤を混合することが好ましい。還元剤には、例えばアスコルビン酸ナトリウムを用いることができる。
【0025】
溶液中に十分量の銅(I)イオンを得るためのその他の方法としては、銅(II)イオンを含む水溶液に放射線を照射して銅(I)イオンを発生させる方法を例示することができる(非特許文献30参照)。あるいは、望ましくは無酸素条件下にて、acetonitrile及びnitrogen baseの等価物(2,6-lutidine, triethylamine, diisopropylethylamine, pyridineなど)を含む溶液に対して、CuI, CuOTf・C6H6, [Cu(NCCH3)4][PF6]などの塩を溶解することによって、銅(I)イオン溶液を得る方法も挙げられる(非特許文献31参照)。
【0026】
固形状態の銅(固形銅)を用いる場合、純粋な銅のほか、銅を含む合金などを用いることもできる。形状は、特に限定されず、例えば、粉末や微粒子、ロッド、ワイヤ、板、ホイルなどの形状が挙げられる。また、サンプルを導入するマイクロチップの基板や容器などの表面(内面)に、スパッタリングや蒸着などの手段で銅を含む薄膜を形成することも可能である。
【0027】
固形銅の形状及び配置場所は、後述する検出手順において検出する光を遮断、反射等しないような構成とすることが好ましい。例えば、基板や容器などの内部あるいは表面の特定の領域にのみ固形銅を配置したり、検出に必要な十分量の光を透過しうる程度に十分に薄く調整したりする方法が挙げられる。また、例えば、固形銅とサンプルとが接触する場所と、サンプルから発せられる蛍光を計測する場所とが分かれており、それら2点間にてサンプルを移動させることのできるサンプル移動手段を兼ね備えた構成とすることもできる。ここで、サンプルが発する蛍光を計測する場所とは、サンプルに対して光を照射することにより、サンプルから発せられる蛍光を計測する場所を指す。
【0028】
サンプルと接触させる銅の量は、検出手順においてサンプルからの蛍光が検出される限り、特に限定されない。固形銅を用いる場合は、銅を含む固形物の量は、サンプルと固形物とが接触する面積、該面積のサンプルの容量に対する割合、サンプルを保持する容器の形状、固形物に含まれる銅の濃度及び銅以外の混入物の種類や量などに合わせて適宜設定される。例えば、実施例に挙げた銅粉末を用いる場合においては、サンプルの容量1ミリリットルに対して、銅粉末は37.5ミリグラム以上であることが好ましい。また、例えば、基板や容器などの表面(内面)に固形銅の薄膜を形成する場合において、二枚のガラス平板に挟まれた、深さが20マイクロメートル程度の空間にサンプルが保持される場合(実施例参照)には、空間を構成する面の少なくとも一面に厚さ20ナノメーター以上の銅をスパッタリングする。
【0029】
(2)サンプル
核酸を含むサンプルとしては、DNAやRNAなどの核酸を含み得るサンプルであれば、いかなるものでもよい。例えば、核酸抽出溶液や、核酸合成物を含む溶液、PCRなどの核酸増幅反応の産物、電気泳動サンプルなどが考えられる。あるいは、核酸溶液サンプルに限らず、細胞自体、組織切片などの細胞を含むものなどをサンプルとして用いることがでる。
【0030】
(3)反応溶液
サンプルと銅との接触は、塩を含む反応溶液中で行うことが好ましい。塩の種類は、本技術の効果を損なわなければ特に限定されず、公知の塩を自由に選択して用いることができる。例えば、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化マグネシウム(MgCl2)などから1種又は2種以上自由に選択して用いることができる(実施例参照)。
【0031】
塩濃度は、特に限定されず、本技術の効果を損なわなければ自由に設定することができる。塩濃度は、0.025M以上に設定することが好ましい(実施例参照)。
【0032】
また、反応溶液は、銅(II)イオンを安定化するキレート剤などの成分(例えば、EDTAやTrisなど)を含まないことが好ましい。
【0033】
(4)接触条件
サンプルと銅との接触時間は、特に限定されず、用いるサンプルや銅の形態に合わせて自由に設定することができる。例えば、液状のサンプルと粉末銅を用いる場合には、十分に攪拌することで、接触時間を短縮することができる。また、銅を含む固形物の薄膜を形成した基板や容器などを用いる場合には、基板や容器の構造を工夫してサンプルとの接触面積を大きくすることで、接触時間を短縮することができる。また、サンプルと銅との接触の際には、反応液と酸素を含む空気との接触面積及び接触時間が極力限定されていることが望ましい。
【0034】
2.検出手順
検出手順では、接触手順後のサンプルから発せられる蛍光を検出する。
【0035】
(1)光照射
サンプルからの蛍光を検出するため、サンプルに対して照射される光(励起光)としては、核酸を含むサンプルと銅とを接触させた後に、サンプルから発せられる蛍光が検出できれば特に限定されない。
【0036】
励起光の光源としては、例えば、水銀ランプ、ハロゲンランプ、キセノンランプ、レーザー、LED、太陽光などを用いることができる。また、光源とサンプルとの間に、望ましい波長のみを選択する波長選別手段を設置することも可能である。この場合、波長選別手段としては、例えば、光学フィルタ、プリズム、グレーティングミラーなどが挙げられる。あるいは、サンプルから発せられる蛍光が検出できれば、例えば近接する分子からのFRETやBRETなどによるエネルギー移動をもって、光照射の替わりとするともできる。
【0037】
励起光は、サンプルからの蛍光を効率よく発生させるため、300〜420nm程度の波長の光を含むことが好ましく、330〜380nm程度の波長の光を含むことが特に好ましい。また、蛍光検出の際の妨げとならないように、励起光は、波長が420nm程度以上の光の強度が十分に低いことが望ましく、波長が500nm程度以上の光の強度が十分に低いことが特に望ましい。
【0038】
励起光の強度は、サンプルから発せられる蛍光を検出するのに十分な強度とされることが好ましい。検出に必要な光の強度は、照射する光の波長範囲、検出対象とする核酸の大きさ・塩基配列・高次構造・量及び濃度、取得したい信号量、検出する光の波長範囲、検出器の感度・種類及び構成などに合わせて適宜設定することが好ましい。励起光の強度を調整する手段としては、例えば、光源の種類及び光源から発せられる光の強度、レンズなどの集光手段の構成、波長選択手段の種類及び構成、NDフィルタ及び絞りなどの光強度調節手段などを含む光照射の光学系の構成、さらには照射する光の密度、照射範囲及び照射時間などを適宜設定することが挙げられる。
【0039】
励起光の光源とサンプルとの間には、光ファイバーやミラーなどによって構成される光移動手段が存在してもよい。光照射を行う際にサンプルを保持する容器については特に限定はされないが、十分量の照射光及び検出すべき蛍光を透過する材料及び構造であることが好ましい。
【0040】
(2)蛍光検出
サンプルから発せられる蛍光の検出は、特に限定されず、従来公知の手段によって行うことができる。検出手段としては、例えば、フォトディテクター、フォトダイオード、フォトマルチプライヤー、CCDカメラ、CMOSカメラなど、光信号を電気信号に変換する素子が用いられる。また、検出手段としては、フィルムなどを用いた撮影や、肉眼による観察なども採用できる。サンプルから発せられる蛍光は、サンプルに近接する蛍光分子に対するFRETなどのエネルギー移動を誘発し、蛍光分子から発せられる蛍光を受光することにより、間接的に検出することもできる。
【0041】
サンプルから発せられた蛍光を効率的に検出するために、サンプルと検出手段との間に、レンズなどの集光手段を設けることが好ましい。また、サンプルと検出手段との間に、光ファイバーやミラーなどによって構成される光移動手段が存在してもよい。
【0042】
蛍光検出は、サンプルに対して光照射と同じ向きから行っても良いし、異なる向きから行ってもよい。特に光照射と蛍光検出とを同じ向きから行う場合においては、それとは異なる方向にミラー面などの光反射手段を設けることで、サンプルから発せられる蛍光の収集効率を向上させることができる。光照射と蛍光検出とが異なる方向であっても、光検出を妨げない配置及び構造の光反射手段を設けることもできるし、あるいは照射する光の波長は透過して検出対象とする光は反射するような波長選択性を有するダイクロイックミラーなどの光反射手段を設けることもできる。
【0043】
サンプルから発せられる蛍光を検出する際に、サンプルに照射した光からもたらされる散乱光、サンプル又はサンプルを保持する容器などからの自家蛍光、その他外部からもたらされる漏れこみ光などの検出対象外の光が存在する場合がある。この場合においては、検出対象外の光が検出手段に達しないよう、サンプルと光検出手段との間に、光選別手段を設けることが好ましい。
【0044】
光選別手段としては、光学フィルタ、プリズム、グレーティングミラーなどの波長選別手段が挙げられる。また、サンプルを導入する基板や容器などの外面ないし内面のうち、光照射する際には影響がなく、蛍光検出の際に光が通過する領域に、望ましい波長の光のみが透過するように、あらかじめ加工を施しておくこともできる。
【0045】
光選別手段は、後述する実施例の結果から、波長420nm程度以上の蛍光のみを選別して検出し得るものであることが好ましく、波長500nm程度以上の蛍光のみを選別して検出し得るものであることが特に好ましい。また、自家蛍光の影響を極力避けたい場合などにおいては、必要に応じて、例えば600nm程度以上の波長のみを検出することも可能である。本技術に係る核酸検出方法では、波長360nm程度の紫外線励起に対して中心波長600nm程度の比較的長波長の蛍光が得られ、ストロークシフトが長い。このため、本技術に係る核酸検出方法は、目的の蛍光を検出する際に、散乱光や他の物質から発せられる自家蛍光の影響を受けづらいことも利点である。
【0046】
光選別手段の他の例として、分子ごとによって蛍光寿命が異なる性質を利用して、光照射後に蛍光検出を行う時間を適宜設定し、検出対象外の光を極力排除し、必要な蛍光を検出する方法も採用できる。
【0047】
(3)蛍光スペクトル検出
サンプルから発せられる蛍光のスペクトル(エキサイテーション・スペクトルもしくはエミッション・スペクトル)を計測する場合においては、光照射及び蛍光検出においてスペクトル計測に適した手段を採用する。
【0048】
エキサイテーション(励起)・スペクトルを計測したい場合には、光学フィルタ、プリズム、グレーティングミラーなどの波長選別手段を用いて、サンプルに照射する光の波長を空間的あるいは時間的に変化させ、検出される蛍光強度の空間的あるいは時間的な変化を計測する。エミッション(蛍光)・スペクトルを計測したい場合には、波長選別手段を用いてサンプルから発せられた蛍光の波長を空間的あるいは時間的に変化させ、それを検出手段に導光して、検出される蛍光強度の空間的あるいは時間的な変化を計測する。また、これらの方法を組み合わせて、エキサイテーション・スペクトル及びエミッション・スペクトルの双方を計測することもできる。
【0049】
サンプルに照射する光もしくはサンプルから発せられた蛍光の波長を空間的に変化させる波長選別手段の具体的な例としては、例えばプリズムやグレーティングミラーなどの波長に応じて光の進行方向を変異させる光学素子を用いることができる。
【0050】
サンプルに照射する光もしくはサンプルから発せられた蛍光の波長を時間的に変化させる波長選別手段の具体的な例としては、例えば光学フィルタの種類の切り替えや、電気的に透過する光の波長を制御できる光学フィルタによる透過光波長の切り替えが採用される。また、プリズムやグレーティングミラーなどの波長に応じて光の進行方向を変異させる光学素子、及びそれら光学素子を通過した光のうち一部の進行方向の光のみを選別することができる光方向選別手段を配置して、それら光学素子及び/又は光方向選別手段の配置や構造を時間的に制御して変化させる方法をとることもできる。これらの手段は電気的に制御することも可能であり、例えばコンピュータを用いて、自動的に選択する光の波長を時間変化させることも可能である。なお光方向選別手段は、スリットやレンズ、ミラー、光ファイバーなどの光学素子を適宜組み合わせて構成できる。
【0051】
波長選択手段で光の波長を時間的に変化させてエキサイテーション及び/又はエミッション・スペクトルを検出する方法においては、波長選別手段によって選別される光の波長をコンピュータで制御し、光検出手段としてフォトディテクターなど光信号を電気信号に変換する素子を用いて計測結果をコンピュータに読み込み、さらに照射した光の波長と測定された蛍光強度との関係を対応づけてコンピュータ上に記録する構成とすることが好ましい。
【0052】
波長選択手段で光の波長を空間的に変異させてエキサイテーション及び/又はエミッション・スペクトルを検出する方法において、光検出手段としては受光素子が一次元方向にアレイ状に並べられたものや、CCDやCMOSなど受光素子が面上に配置されたものなどを用いることができる。
【0053】
(4)蛍光の空間分布の検出
サンプル中に含まれる核酸の空間的な分布や形状などの情報を得る場合、一定の広がりをもつ領域に対して光照射及び蛍光検出をまとめて行い、一度に空間的情報を得る方法が考えられる。また、別法として、検出対象とする部位を時間ごとに変化させ、一定の広がりをもつ領域の内部を順次スキャンしていくことで空間的情報を得る方法も考えられる。
【0054】
前者の場合には、検出対象とする領域全体に渡って光が照射されることが好ましく、さらに領域全体に渡って照射する光の強度が均一であることがさらに好ましい。光検出手段としては肉眼やフィルムを用いた観察のほか、CCDカメラCMOSカメラなど光信号を電気信号に変換する受光素子が二次元に配列した光検出手段を用いることもできる。
【0055】
後者の場合の一例としては、例えば、照射する光としてレーザー光を用い、該レーザー光の照射位置をガルバノミラーなどによって時間変化させ、該レーザーの照射位置より発せられた蛍光を検出して、レーザー照射位置と検出された蛍光強度とを関連づけたデータから蛍光強度の空間分布を取得する方法が挙げられる。この場合、ガルバノミラーなどによる光照射位置の制御及びその記録をコンピュータで行い、検出された蛍光強度とその時点における光照射位置を関連づけたデータをコンピュータ内で構築することで、蛍光強度の空間分布を自動的に解析することが望ましい。
【0056】
他の例としては、線状に光照射する光源と、ラインセンサなどの受光素子が一次元方向に配列した光検出手段などを用いて蛍光分布の一次元的分布を計測し、この位置を順次移動させることで空間分布の情報を得る方法が挙げられる。あるいは、蛍光強度の空間分布を一度に取得できるCCDカメラやCMOSカメラなどの受光素子を使用し、さらにその観察対象とする空間領域を順次移動させることで、さらに広い領域における蛍光強度の空間分布を取得することもできる。これらの場合についても、適宜コンピュータを用いて検出部位の制御及び蛍光検出結果の記録を行い、それらの情報をもとに蛍光強度の空間分布を自動的に解析することが望ましい。
【0057】
3.塩基配列の解析
次に、検出手順において検出された蛍光についての情報に基づいて、核酸の塩基配列を解析したり、核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析する方法について説明する。
【0058】
蛍光についての情報としては、具体的には蛍光の強度及び/又はスペクトル(エキサイテーション・スペクトルもしくはエミッション・スペクトル)であり、加えて蛍光寿命や、蛍光の空間分布及び時間変化などが挙げられる。これらの情報は数値化されることが可能であり、例えばコンピュータ上に記録したり、コンピュータ上で解析のための計算処理を行ったりすることなども可能である。
【0059】
検出手順において取得される蛍光強度は、反応条件や光学系などのほか、核酸の濃度、種類、大きさ、高次構造、塩基配列などに依存する(実施例参照)。特に反応条件及び光学系全体、核酸の種類、大きさ、高次構造、塩基配列が一定である場合には、蛍光強度の計測結果から核酸の濃度について情報を得ることができる。この場合の解析方法としては、あらかじめ濃度が既知の検出対象の核酸を用いて濃度と蛍光強度との関係について情報を得ておき、望ましくは2以上の核酸濃度に対して蛍光強度を測定してキャリブレーションカーブを作成し、検出の結果得られた蛍光強度をこの濃度と強度の関係にあてはめて核酸濃度を計算する、という手順によって行うことができる。さらに核酸濃度と蛍光強度との関係をあらかじめコンピュータ上に記録しておき、蛍光強度から核酸濃度を算出する工程をコンピュータ上で行うことで、この作業を自動的に行うことも可能である。
【0060】
また、検出手順において取得される蛍光のスペクトル及び強度は、特に濃度や反応条件、光学系などが一定であれば、核酸の塩基配列及び高次構造に依存する(実施例参照)。ここで高次構造とは、核酸の一本鎖構造あるいは二本鎖構造、ハイブリダイゼーションによる二本鎖形成の有無及び部位、二本鎖中のミスマッチの有無及び部位などを指す。この性質を利用して、蛍光スペクトル及び強度の計測結果から、核酸の塩基配列や高次構造について情報を得ることができる。より具体的には、例えばサンプル中に含まれる核酸の配列及び高次構造が、あらかじめ既知の有限個の候補のうちのいずれかであることが分かっている場合において、あらかじめそれら候補について蛍光のスペクトル及び強度を計測しておき、これらの計測結果との比較を行うことで、蛍光検出したサンプルに含まれる核酸の配列及び高次構造を推定することができる。2以上のスペクトルを比較する方法としては、例えば特徴量、例えば蛍光最大波長及びその強度や、2以上の波長領域における蛍光強度の比などを計算し、それらの値の比較を行う方法がある。また、比較を行う2つのスペクトルについて差分を計算するなどして類似度を定量化することもできる。あるいは、例えばスペクトルの形状の比較にのみ着目してスペクトルの比較を行う場合において、あらかじめ計測したスペクトルをその最大強度が一定値となるように補正した上で比較を行うこともできる。さらには、例えば蛍光強度に対して変数をかけて最小二乗法などの手法を利用することによって、2つのスペクトルの差異が最小となる変数値及びその点における2スペクトルの差異の大きさを定量化することもできる。これらの手法については、核酸の配列及び高次構造と、蛍光のスペクトル及び強度との関係を、あらかじめコンピュータ上に記録しておき、計測された蛍光スペクトル及び強度の情報から核酸の配列及び高次構造を推定する工程をコンピュータ上で行うことで、この作業を自動的に行うことも可能である。
【0061】
検出手順において取得される蛍光の空間分布及び時間変化を解析したい場合においては、例えばその空間を目視で確認し、その特徴を観察したり、定性的な分類をおこなったりすることができる。あるいは蛍光像をコンピュータ上に取り込み、画像処理によって定量的な解析を行うことができる。ここで画像処理の例としては、例えば二値化処理などによる蛍光を発している領域の抽出を行い、それら領域の面積及び輪郭線の長さ、円形度、中心や重心などの位置、領域中における蛍光強度の総和、平均値、中央値、分散、標準偏差などの数値を計算することができる。あるいはパターンマッチングや学習アルゴリズムなどを応用することで、特定の形状の領域を識別したり、形状の分類を行ったりすることもできる。
【0062】
4.応用例
本技術に係る核酸検出方法は、上述の接触手順及び蛍光手順に、必要に応じて塩基配列の解析を組み合わせることで、様々な分野で利用することができる。以下に、本技術に係る核酸検出方法の応用例について説明する。
【0063】
(1)微細な遺伝子配列の違いの検出
本技術では蛍光スペクトル及び/又は強度を計測することによって、サンプルに含まれる核酸の塩基配列について情報を得ることが可能である。しかしながらサンプルに多数の核酸が含まれると、検出される蛍光スペクトル及び/又は強度が平均化され、微細な遺伝子配列の違いを識別できなくなる可能性があることから、必要に応じて以下に例示するような、検出対象とする核酸の範囲を限定するための方法を組み合わせることが好ましい。
【0064】
ここで、微細な遺伝子配列の違いとして、例えば一塩基多型(SNPs)などを挙げることができる。核酸の塩基配列を解析することは疾患の診断などにおいて非常に有用であることが知られている。SNPsを解析することで、心臓病など種々の疾患に対するリスクが診断できることが公知である。
【0065】
検出対象とする核酸の範囲を限定する方法の第一の例として、サンプルに含まれる核酸から、解析対象としたい配列を含む部分のみを取り出す方法が挙げられる。具体的には、例えば基板上やビーズなどに固定化したプローブDNAを用いたハイブリダイゼーションによる方法、電気泳動による方法、PCRなど核酸増幅技術を用いて対象配列のみを増幅する方法などが挙げられる。また、これらの方法に対して、制限酵素反応やライゲーション反応などを組み合わせてもよい。
【0066】
第二の例として、サンプルに含まれる核酸のうち、特定の塩基のみからのシグナルを選択的に取得する方法が挙げられる。具体的には、本技術において見出された現象である、相補鎖を形成していないチミン(T)配列から特に強い蛍光が検出される現象を利用する方法が挙げられる。この方法では、サンプルに含まれる核酸のうち、変異検出を行いたい部位を除く配列とハイブリダイズして二本鎖核酸を形成するような1つ以上のプローブ核酸をあらかじめ準備しておき、これと遺伝子配列の変異を検出したい核酸とをハイブリダイズさせたものをサンプルとして用いる。プローブ核酸は、例えば解析対象配列中のアデニン(A)がその他の塩基と置き換わる変異がある場合、当該部位に相当するプローブの配列にTを配置しておく。これにより、当該部位の塩基がA以外に置き換わった際にTのミスマッチが生じ、強い蛍光が測定される。あるいは解析対象配列中のTがその他の塩基と置き換わる変異がある場合は、当該部位に相当するプローブの配列にA以外の塩基を配置しておく。これにより、変異が存在しない場合にのみ、二本鎖を形成していないTから強い蛍光が測定される。
【0067】
プローブ核酸は、例えばDNA、RNAのほか、ペプチド核酸(PNA)、ホスホロチオエート型オリゴヌクレオチド、BNA (LNA)などで構成することができる。
【0068】
第三の例として、検出手順において、光照射ないし蛍光検出の対象となる物理的な領域を限定する方法が挙げられる。例えばサンプルに照射する光としてエバネッセント光などの近接場光を用いるなど、特に限定された特定の領域にのみ光照射がなされる方式を採用することが挙げられる。この方法はさらに、核酸を特定位置に保持ないし移動させる手段と組み合わせることができる。核酸を特定位置に保持ないし移動させる手段としては、例えば固体表面上に固定化するほか、ナノポアなど非常に微細な流路を通過させたり、酵素などのたんぱく質中を移動させたりすることが挙げられる。
【0069】
光照射ないし蛍光検出の対象となる物理的な領域を限定するその他の方法としては、例えばFRETやBRETなどのエネルギー移動を利用する方法が挙げられる。光照射においては、例えば検出したい領域の近傍にFRETやBRETなどを誘発する分子を配置しておき、該分子からのエネルギー移動をもって局所的な光照射とできる。蛍光検出においては、検出したい領域の近傍に、サンプルから発せられる蛍光のエネルギーを受けてFRETを誘発できる蛍光分子を配置し、該蛍光分子から発生される蛍光を検出することでもって局所的な蛍光検出とできる。
【0070】
(2)DNA分子のメチル化の解析
DNA分子のうちシトシン(C)は、細胞内のゲノム中においてメチル化されることが知られている。シトシン(C)のメチル化の有無は、バイサルフェート反応においてウラシル(U)に置換されるかどうかで検出することが可能である。すなわち、適切な条件下で核酸のバイサルフェート(亜硫酸水素塩)処理を行うと、メチル化されていないシトシン(C)のみを選択的にウラシル(U)に変換できる。このため、ウラシル(U)の検出により、非メチル化シトシンの存在を検出できる。
【0071】
核酸と銅との複合体に由来する蛍光は、ウラシルとチミンで強度が高く、シトシン及びメチル化シトシンでは検出されない(実施例参照)。従って、バイサルフェート処理によってサンプルに含まれる核酸中の非メチル化シトシンを選択的にウラシルに変換し、これに伴ってサンプルで検出される蛍光の強度及び/又はスペクトルの変化量を調べることで、核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化の有無及び量を解析することができる。さらに、上記の「微細な遺伝子配列の違いの検出」で説明した方法を組み合わせて用いることで、核酸の塩基配列中におけるメチル化シトシンあるいは脱メチル化シトシンの位置などのより詳細な解析を行うこともできる。
【0072】
メチル化解析は、具体的には以下の手順により行うことができる。まず、核酸を含むサンプルを、従来公知の手法に従って、バイサルフェート処理する。次に、バイサルフェート処理前のサンプル及び処理後のサンプルから蛍光の強度及び/又はスペクトルの検出を行う。そして、バイサルフェート処理の前後のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルを比較する。メチル化されていないシトシンの量が多いほど、バイサルフェート処理によって生じるウラシルの量が多くなるため、バイサルフェート処理前後のサンプルの蛍光を比較することにより、核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化の有無及び量についての情報を得ることができる。
【0073】
サンプルに含まれる核酸の塩基配列中にチミンが多く含まれると、チミン由来の蛍光がノイズとなって、ウラシルからの蛍光のシグナル・ノイズ比が低下するおそれがある。また、核酸の塩基配列中にバイサルフェート処理によってウラシルに変換される非メチル化シトシンが複数存在する場合がある。これらの場合において、核酸の塩基配列の特定領域におけるメチル化解析を行うためには、以下の方法を組み合わせて用いることが有効である。
【0074】
第一に、バイサルフェート処理後のサンプルに含まれる核酸について、メチル化解析の対象とする領域を増幅あるいは濃縮する方法が挙げられる。具体的には、PCRなどの核酸増幅方法や、核酸ハイブリダイズ反応を利用した核酸濃縮方法が用いられる。
【0075】
第二に、メチル化解析の対象とする領域以外から発生する蛍光を抑制する方法がある。核酸と銅との複合体に由来する蛍光は、一本鎖DNA中のチミンで強度が高く、二本鎖DNA中のチミンでは大きく抑制される(実施例参照)。従って、解析対象外の領域に対して相補的な塩基配列を有するマスク用の核酸鎖をハイブリダイズさせ、解析対象外の領域に存在するチミンからの蛍光を抑制することで、解析対象領域からの蛍光を高効率に検出することが可能となる。あるいは、クエンチャーを用いて解析対象外の領域から発生する蛍光を抑制する方法も採用できる。核酸と銅との複合体に由来する蛍光は、クエンチャーを隣接させることで抑制が可能である(実施例参照)。従って、解析対象外の領域に対してクエンチャーを配置することで、解析対象領域からの蛍光を高効率に検出することが可能となる。
【0076】
第三に、メチル化解析の対象とする領域のみを選択的に励起するか、該領域からの蛍光のみを選択的に検出する方法がある。具体的には、核酸と銅との複合体を励起して蛍光を生じさせることが可能なドナープローブを解析対象領域に隣接するように配置し、FRETやBRETなどによるエネルギー移動を利用して解析対象領域のみを選択的に励起する。これによって、解析対象領域から蛍光のみを検出することができる。または、核酸と銅との複合体からの蛍光のエネルギー移動によって励起され、異なる波長の蛍光を発するアクセプタープローブを解析対象領域に隣接するように配置し、アクセプタープローブの蛍光検出によって解析対象領域から蛍光を検出してもよい。なお、以上に説明した方法は、任意に組み合わせて用いることが可能である。
【0077】
(3)細胞核の観察及び計測
有核細胞を含むサンプルについて本技術に係る核酸検出方法を行い、核酸の空間分布の検出を行って、その分布及び形状を解析することによって、組織切片や細胞などの中に含まれる細胞核の分布、位置、数、大きさ、形状などに関する情報を得ることができる。
【0078】
これらの情報から有核細胞の数を算出することも可能であり、さらにサンプルを導入する容器などの内部形状を適切に設計し、一定領域内に一定の容積のサンプルが保持されるように設計することで、サンプルに含まれる有核細胞の濃度計測にも利用可能である。また、細胞の核の形状と数とを合わせて計測することにより、細胞核の形状が異なる複数種類の細胞の識別やカウントを行うこともできる。例えば、白血球は顆粒球、単球、リンパ球と種類によって核の形状が異なることが知られている。これら白血球の種類を識別したり、これら各々のカウントを行ったりする用途において、本技術に係る核酸検出方法が利用可能である。
【0079】
また、例えば、マラリアの病状を引き起こす原因となる寄生虫として知られるマラリア原虫の種類として、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫などが知られている。さらに、ステージとして輪状体(ring form)、栄養体(trophozoite)、分裂体(schizont)、生殖母体(gametocyte)などが知られている。これら種類を適切に鑑別することは、感染患者の治療方針を適切に行うためには非常に重要である。マラリア原虫の種類の鑑別手段として、遺伝子や抗原を検出する簡便な方法も存在するが、従来は、原則としてギムザ染色により核の形状を観察することが行われている。しかしながら、この方法では、染色が不十分なときに診断ミスを引き起こしやすいなどの問題があった。これに対し、本技術に係る核酸検出方法をマラリア原虫の種類の鑑別手段に応用すれば、従来の染色試薬を必要としないため、染色作業が簡便で洗浄作業も必要としない、より簡便かつ確実な方法でマラリアなどの診断を行うことが可能となる。
【0080】
(4)微小粒子の解析
細胞やビーズなどの微小粒子を含む液状サンプルを用いて、これら細胞やビーズなどの粒子に内包あるいは固定化された核酸を検出する場合、粒子は静止した状態であってもよいが、マイクロ流路中に通流させた状態であってもよい。例えば、液状サンプルをシース流とともにフローセル内に導入して、液体サンプルをシース流で挟み込みラミナフローを形成し、そのフローセル中を流れる粒子が発する蛍光を検出できる。このようなフローセルの構造としては、フローサイトメトリー技術として広く研究開発及び実用化がなされているものを用いることができる。
【0081】
(5)Lab-On-Chipへの適用
本技術に係る核酸検出方法は、マイクロ流路チップなどの容器内においてサンプルの処理や検出などを行う、Lab-On-Chipの中に組み込むことが可能である。この場合、当該容器中に、使用目的に応じてサンプル前処理工程を導入し組み合わせることによって、より利便性を高めることができる。
【0082】
核酸の検出や配列解析のためのサンプル前処理工程として、例えば核酸の抽出や、分離、増幅などを挙げることができる。より具体的には、例えば電気泳動、ゲル濾過カラム及び吸着カラムなどによる分離や、PCR反応などによる増幅などが挙げられる。これらの手段をマイクロチップ中に込みこむことは、既知の技術によって行うことができる。
【0083】
あるいは、細胞に含まれる核などの観察、検出、解析などのためのサンプル前処理工程として、例えば特定の細胞の選別、濃縮を挙げることができる。特定の細胞を選別ないし濃縮する手段としては、細胞の種類によって異なる性質、例えば大きさ、比重、頑丈さ、抗体など特定物質への結合力など、を利用する方法を採用できる。一例として、観察したい細胞もしくは観察対象から除外したい細胞に対して特異的に結合する抗体を容器内面ないしビーズなどに固定化しておき、当該抗体への結合の有無を利用して細胞を選別ないし濃縮することができる。また、例えば、磁性体の微粒子に抗体が固定化されたものを用意し、磁気を用いてその磁性体が結合した細胞のみ、もしくは磁性体が結合していない細胞のみを選別することも可能である。さらに、例えば、例えばサンプルを適当な浸透圧変化や酸、アルカリなどの条件下に置くことで、赤血球のみを破壊し取り除いて、白血球のみを選別することもできる。他の例として、例えば、ヒト血液中のマラリア原虫を観察する場合において、マラリア原虫が感染した赤血球は、その赤血球内にヘモゾインと呼ばれる磁性体が形成されることが以前より知られており、このような赤血球を磁気によって分離、濃縮することが可能である。この方法を本技術に係る核酸検出方法と組み合わせることで、簡便かつ確実にマラリア原虫を観察することが可能となる。
【0084】
〈B〉蛍光色素
次に、本技術に係る蛍光体について具体的に説明する。
【0085】
蛍光顕微鏡やフローサイトメーター、遺伝子増幅反応、遺伝子シーケンシング反応、タンパク質など生体分子の定量、タンパク質など生体分子同士の結合能の計測などの目的で、細胞や組織、生体分子などを観察、解析するため、フルオロセインやフィコエリスリンなど様々な色の蛍光を発する色素が利用されている。これら蛍光色素は、その色素が結合した生体分子の局在について情報を得るほか、例えば色素を抗体や核酸プローブなどに結合させることで、抗体や核酸プローブが識別する対象分子の所在や量について情報を得るためのツールとして用いられる。蛍光色素の色を数多く用意できると、より多くの対象分子について解析を行うことができる。
【0086】
上述した本技術に係る核酸検出方法の技術を用いることで、様々なスペクトルの蛍光体を形成できる。すなわち、核酸と銅との複合体は、核酸の塩基配列及び長さに依存して異なるスペクトルや異なる強度の蛍光を発する。核酸と銅との複合体のこの性質を利用することで、該複合体を様々なスペクトルを発する蛍光体として用いることができ、例えば抗体にラベルされる蛍光色素として用いることができる。
【0087】
本技術に係る核酸の検出方法は以下のような構成をとることもできる。
(1)核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法。
(2)前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸の塩基配列を解析する上記(1)記載の検出方法。
(3)前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析する上記(1)記載の検出方法。
(4)前記サンプルをバイサルフェート処理する手順を含み、前記検出手順においてバイサルフェート処理前のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、バイサルフェート処理後のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、の差分に基づいて、前記核酸におけるシトシンのメチル化を解析する上記(1)記載の検出方法。
(5)前記銅は、固形の銅である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の検出方法。
(6)前記接触手順は、塩の共存下で前記サンプルと銅とを接触させる手順である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の検出方法。
(7)前記検出手順は、波長300〜420nmの光を前記サンプルに照射することにより、サンプルから発せられる蛍光を検出する手順である上記(1)〜(6)のいずれかに記載の検出方法。
【実施例1】
【0088】
実施例1では、Cu(II)イオンをアスコルビン酸で還元することでCu(I)イオンを発生させた溶液中に核酸を混合すると、一定の条件下にて紫外線照射に対してオレンジ色の蛍光が発せられることを示した。
【0089】
<材料と方法>
銅:CuSO4水溶液と(+)-Sodium L-ascorbate(以下、「S.A.」と表記する)は、Sigma-Aldrichより購入した。
核酸:BioDynamics laboratory Inc. (Tokyo, Japan)より購入したSonicated Salmon Sperm DNA(以下、「ssDNA」と表記する)を用いた。また、オリゴDNAには、Invitrogen社より購入したカスタムオリゴを用いた。
緩衝液(バッファー):DOJINDO Laboratories(Kumamoto, Japan)より購入したHEPPSOを、メーカー提供のプロトコルに準じてpH8.5に調製して用いた。
蛍光測定器:NanoDrop 3300(Thermo Fisher Scientific, Inc., Waltham, MA, USA)又はF-4500形分光蛍光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いた。NanoDrop 3300の励起光にはUV LED光源を用い、励起光で励起した際の蛍光スペクトルを計測した。付属のソフトウェアを用いて、スペクトル強度が最大となる波長でのRelative Fluorescence Units(RFU)をピークRFU値として取得した。F-4500形分光蛍光光度計には、Helix Biomedical Accessories, Inc.社製の石英キャピラリーと専用アダプターセルを使用した。なお以下で特に断りがない場合は、NanoDrop3300を使用した。
吸光測定器:NanoDrop 1000 Spectrophotometerを用いて吸収スペクトルを計測した。
サンプル調製と蛍光測定:50mMのHEPPSOバッファーに、塩化ナトリウム(250mM)、CuSO4(0〜4mM)、S.A.(4, 50mM)、ssDNA(1mg/ml)あるいはオリゴDNA(50, 250, 500μM)を混合してサンプル20μlとした。なお、S.A.は混合液中においてCuSO4から生じるCu(II)イオンをCu(I)イオンに還元する作用を有することが知られている(非特許文献31参照)。
【0090】
<結果>
ssDNAについて、S.A.濃度50mMの条件下でCuSO4の濃度を変化させて取得された蛍光スペクトル及びRFU値を、図1及び図2にそれぞれ示す。(A)は蛍光スペクトルを示し、(B)はピークRFU値を示す。
【0091】
オリゴDNAについて、CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下で取得された蛍光スペクトルを、図3及び図4に示す。オリゴDNA濃度は、20, 10, 6, 3塩基長のものについてそれぞれ50, 50, 250, 500μM, とした。図3は、配列番号1〜6に記載の塩基配列からなるオリゴDNAの結果を示す。横軸は波長を示し、(A)の縦軸は各波長でのRFU値、(B)の縦軸は各波長でのRFU値をRFUの最大値で除した値を示す。図4は、配列番号2に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(以下、T(20)と表記する)の結果(A)、配列番号10に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(T(6))の結果(B)、配列番号12に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(T(3))の結果(C)、配列番号11に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(A(3))の結果(D)を示す。横軸は波長を示し、縦軸は各波長でのRFU値を示す。
【0092】
図に示されるように、核酸の塩基配列に依存して蛍光スペクトルのパターン(ピーク波長や強度)が変化していることが確認された。
【0093】
次に、T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAについて、CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下で蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの経時変化を測定した。S.A.の添加は、初回の蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの測定直前に行い、その後、8, 14, 24, 35分後に蛍光スペクトルあるいは吸収スペクトルの測定を行った。結果を図5及び図6に示す。図5上段は縦軸をRFU値(絶対値)とした蛍光スペクトル、中段は縦軸をRFU値(相対値)とした蛍光スペクトル、下段は吸収スペクトルを示す。図6は、ピークRFU値の経時変化(A)と、波長346nmにおける吸光度の経時変化(B)を示す。
【0094】
図に示されるように、T(20)、T(6)、T(3)の全てのオリゴDNAで、30分を経過後、蛍光がほとんど消失した。特に、塩基長が短いオリゴDNAでは、蛍光の消失が早かった。35分後の蛍光スペクトルの測定直後に、サンプルに44mMのS.A.溶液を1.8μl再添加し測定を行ったところ、蛍光を再度検出できた。このことから、蛍光の消失は、Cu(I)イオンのCu(II)イオンへの酸化によるものと考えられた。なお、T(6)及びT(3)のオリゴDNAの蛍光スペクトルでは、ピーク強度の減少とともに、短波長側に新たなピークの出現がみられた。
【0095】
一方、各オリゴDNAの吸光スペクトルについても経時的にピーク強度の減少が認められた。吸光スペクトルの減衰は、蛍光スペクトルの減衰に比して緩徐であった。
【0096】
T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAについて、F-4500形分光蛍光光度計で取得した2次元蛍光スペクトルを、それぞれ図7(A)〜(C)に示す。また、図8に、各オリゴDNAでの励起スペクトル(破線)と蛍光スペクトル(実線)を示す。スペクトルの測定は、蛍光波長については1nm間隔、励起波長については2nm間隔で行った。
【0097】
図に示されるように、オリゴDNAの塩基長に依存して蛍光スペクトルのパターンが異なることが確認される。また、励起スペクトルについても、塩基長に依存してパターンが異なっていることが確認された。
【0098】
塩基配列とスペクトルとの関係をさらに調べるため、配列番号11〜18に記載する、アデニン(A)及びチミン(T)の組み合わせによってなる3塩基長の配列からなるオリゴDNAについて、蛍光の計測実験を行った。結果を、図9及び図10に示す。図9の横軸は波長を示し、(A)の縦軸はNanodropで計測した各波長でのRFU値、(B)の縦軸は各波長でのRFU値をRFUの最大値で除した値を示す。図10には、RFUの最大値及びピーク波長を3回計測して得た平均値及び標準誤差を示す。
【0099】
図に示されるように、オリゴDNAの塩基配列によって蛍光の強度やピーク波長が変化することが確認された。
【0100】
配列番号19及び配列番号20に記載する配列からなるオリゴDNAについて同様の計測を行った結果を、図11に示す。ウラシル(U)を含む配列番号20に記載する配列からなるオリゴDNAでは、チミン(T)のみを含む配列番号19に記載する配列からなるオリゴDNAと比較して、蛍光強度が微弱であるものの、類似のスペクトル形状及びピーク位置の蛍光を発することが確認された。
【0101】
<考察>
本実施例では、CuSO4とS.A.を混合した、塩化ナトリウムを含むHEPPSOバッファー溶液中にDNAを混合すると、紫外線照射によって波長500nm〜700nm程度のオレンジ色の蛍光が観察されることを示した。また、蛍光の強度はCuSO4濃度に依存し、蛍光強度及びスペクトルは核酸の塩基配列による影響も受けることが確認された。
【0102】
蛍光は少なくともチミン(T)、アデニン(A)もしくはウラシル(U)を含むオリゴDNAより確認された。また、チミン(T)とアデニン(A)よりなる3塩基長のオリゴDNAを用いた実験からは、いずれの配列からも蛍光は観察され、しかもその蛍光強度及びスペクトルには、チミン(T)ないしアデニン(A)の量のみでなく、それらのオリゴDNA上における位置(配列順序)も影響することが示された。
【0103】
また、S.A.添加後に時間が経過すると、蛍光強度は経時的に減衰したが、これはS.A.再添加により回復した。ところでCu(I)イオンは酸素存在下では非常に不安定で、S.A.による還元の効果が消えると速やかにCu(II)や固形の銅に変化する。このことから、蛍光は、Cu(I)イオンと核酸との複合体から発生するものであると考えられた。また、銅と核酸との作用による蛍光を検出するためには、反応溶液と空気中の酸素との接触を極力避けることが望ましいと考えられた。
【実施例2】
【0104】
実施例2では、核酸を含む水溶液と固体の銅とを接触させると、一定条件の下で紫外線照射に対し、実施例1で観察されたのと同様のオレンジ色の蛍光が発せられることを示した。
【0105】
<方法と材料>
核酸に接触させる銅として、和光純薬工業株式会社製の銅粉末(Copper, Powder, -75um, 99.9% / Cat.No.030-18352 / Wako Pure Chemical Industries, Ltd., Osaka, Japan)を用いた。
RNAとしては、Rat Brain Total RNA (Cat.No.636622, Takara Bio Inc., Otsu, Japan)を使用し、これをDEPC treated water (Cat.No.312-90201/Wako Pure Chemical Industries, Ltd., Japan)に溶解したものを用いた。
PIPES, ACES, BES, TAPSO, HEPPSO, EPPS, TAPS, CAPS, TES, Tricine及びPOPSOはDOJINDO Laboratories(Kumamoto, Japan)より購入したものを用い、メーカー提供のプロトコルに準じてpHを調整して用いた。その他の試薬は実施例1と同じものを用いた。
【0106】
核酸と銅との接触は、総量40マイクロリットルの水溶液中に、各種の核酸、塩、及び銅粉末を混合し、15分間攪拌することにより行った。加えた銅粉末の量は、特に断りがない限り水溶液1mlに対して375mgとした。また塩の量は、特に断りがなければ500mMの塩化ナトリウム(NaCl)とした。
【0107】
サンプルを遠心機にかけて銅粉末を沈殿させた後、その上清について蛍光のスペクトルと強度の計測を行った。蛍光スペクトルと強度の測定は、実施例1と同様の手順で行った。
【0108】
<結果>
1.5 mg/mlのssDNAを加えた反応溶液について、蛍光測定を3回行った結果を図12に示す(横軸:波長、縦軸:RFU)。図に示されるように、核酸を含むサンプルを固形の銅と接触させた後にUV励起すると、サンプルから600nm付近をピークとする蛍光が検出できた。
【0109】
次に、銅粉末の量を反応液1mLに対して375mg、250mg、125 mg、62.5 mg、37.5 mg、12.5 mg及び0 mgとした反応溶液に1.5 mg/mlのssDNAを加え、蛍光測定を3回行った結果を図13に示す。図に示されるように、蛍光強度は、銅粉末の量に依存した。本実施例で用いたCu粉末では、37.5 mg/ml以上の量があれば明白な蛍光が観察された。一方、12.5 mg/ml以下では明白な蛍光は確認されなかった。
【0110】
続いて、反応溶液中の塩の種類及び濃度を変更し、1.5 mg/mlのssDNAを加えた場合に検出される蛍光強度を比較した。結果を図14に示す。(A)は濃度0.5、0.25、0.1、0.05、0.025、0Mの塩化ナトリウム(NaCl)を添加した反応溶液で検出された蛍光の強度を示す。(B)は0.45M塩化ナトリウム(NaCl)、0.45M塩化カリウム(KCl)、0.45M塩化マグネシウム(MgCl2)及び45%エタノール(EtOH)を添加した反応溶液で検出された蛍光の強度を示す。蛍光強度は604nmにおけるRFUを示し、各々3回ずつ測定を行った結果の平均及び標準誤差を図示した。図に示されるように、蛍光強度は、塩化ナトリウム濃度に依存した。また、塩化ナトリウムのほか、塩化カリウムや塩化マグネシウムを共存させた場合においても、蛍光が検出された。
【0111】
図15には、反応溶液に添加する核酸濃度を変化させた場合に検出される蛍光強度を比較した結果を示す。(A)は、反応液中に5、2.5、1、0.5、0.25、0.1、0.05、0 mg/mlのssDNAを加えて検出された蛍光の強度を示す。(B)は、反応液中に2.5、0.25、0 mg/mlのRNA加えて検出された蛍光の強度を示す。横軸は核酸濃度を示し、縦軸は蛍光波長604nmにおけるRFUを示す。計測は3回行った。なお、塩化ナトリウム(NaCl)濃度は0.25M、銅粉末の量は1mlに対して200mgの割合とし、以下の実験でも特に断りがなければこの条件を用いた。図に示されるように、蛍光強度は、DNA濃度及びRNA濃度に依存した。
【0112】
次に、配列番号1,2,5,6,9に記載する、異なる配列よりなるオリゴDNAを0.1mM添加した反応溶液について蛍光測定を行った。結果を図16に示す。(A)の縦軸はNanodropで計測したRFU値、(B)の縦軸はピーク高さを1とした相対値でのRFU値を示す。図に示されるように、蛍光強度及びピーク波長は、塩基配列の影響を受けた。特にチミン(T)の割合が高いと蛍光強度が強く、ピーク波長が長めになる傾向があることが確認できた。
【0113】
配列番号1,2,5,6に記載する配列よりなるオリゴDNAを添加した反応溶液については、F-4500形分光蛍光光度計を用いた計測も行った。図17は、360nm(スリット幅10nm)の励起光を照射した際の、400nm〜700nmにおける蛍光スペクトル(スリット幅2.5nm)を計測した結果である。ここでも、チミン(T)及びアデニン(A)の組み合わせによりなる配列では、チミン(T)の割合が高いと蛍光強度が強く、ピーク波長が長めになる傾向があることが確認できた。図18は、励起光を330nm〜390nm(スリット幅3nm)及び400nm〜700nm(スリット幅2.5nm)でスキャンして励起−蛍光スペクトルを計測した結果である。(A)は3次元表示、(B)は等高線表示を示す。軸EXは励起波長(nm)、軸EMは蛍光波長(nm)を示し、高さ方向が蛍光強度を示す。これらの結果から、DNAの塩基配列の違いによって励起及び蛍光のスペクトル及び強度が変化することを読み取ることができた。
【0114】
塩基配列とスペクトルとの関係をさらに調べるため、配列番号21〜26に記載する、8塩基のシトシン(C)と12塩基のチミン(T)の組み合わせ配列からなるオリゴDNAについて、蛍光の計測実験を行った。結果を図19に示す。図に示されるように、オリゴDNAの塩基組成が同じであっても配列が異なる場合、蛍光強度が異なった。
【0115】
次に、ミスマッチを含む二本鎖のDNAについて、蛍光スペクトルのパターンを計測する実験を行った。二本鎖DNAには、配列番号1に示す配列からなるオリゴDNAと配列番号2に示す配列からなるオリゴDNAの混合物((e)+(f))、配列番号5に示す配列からなるオリゴDNAと配列番号2に示す配列からなるオリゴDNAの混合物((d)+(f))、及び配列番号1に示す配列からなるオリゴDNAと配列番号6に示す配列からなるオリゴDNAの混合物((e)+(c))、の3種類を用いた。いずれのオリゴDNAも、最終濃度0.5 mg/mlで混合した。結果を図20に示す。(A)の縦軸はNanodropで計測したRFU値を示し、(B)の縦軸はピーク高さを1とした相対値でのRFU値を示す。横軸は波長(nm)を示す。図に示されるように、二本鎖DNAでは一本鎖と比較すると蛍光強度は低くなっているが、チミン(T)にミスマッチが入った二本鎖DNAで強い蛍光が確認された。
【0116】
反応溶液のバッファーの種類及びpHを変更した場合に検出される蛍光強度を比較した。結果を図21に示す。(A)は、ssDNAを含むサンプル(+)及び核酸を含まないサンプル(−)における、各バッファー条件下でのピークRFU値の相対値を示す。(B)は、配列番号1に示す配列からなるオリゴDNAを含むサンプルにおける同条件下でのピークRFU値の相対値を示す。(C)は配列番号2に示す配列からなるオリゴDNAを含むサンプルにおける同条件下でのピークRFU値の相対値を示す。各バッファーの濃度は50mMとし、ssDNAの終濃度は0.5 mg/ml 、オリゴDNAの終濃度は25mMとした。なお、ピークRFU値の相対値とは、バッファーを含まない条件下で計測したピークRFU値を1とした相対値を表す。蛍光強度は、バッファーの種類に依存した。また、いずれのバッファーにおいても核酸が存在しない場合には蛍光はほとんど検出されなかった。
【0117】
<考察>
本実施例の結果から、核酸を固形の銅粉末と接触させた場合にも、適切な塩濃度などの条件下において、核酸をCu(I)イオンと接触させた場合と同様に、蛍光を検出できることが示された。イオンによる場合と固形の銅による場合では、波長特性や配列依存性などの性質がほぼ同一であることから、これらで観察されている蛍光は同じメカニズムによるものと考えられた。また、核酸としてRNAを用いても蛍光が観察された。さらに、二本鎖DNAにおいては、特にチミン(T)にミスマッチが存在している場合に強い蛍光が観察された。このことから、相補配列との結合は、核酸の銅との結合による蛍光体の形成に対して阻害要因となる可能性が示唆された。また、ミスマッチ部位での蛍光強度の上昇は、核酸の塩基配列に含まれる変異を検出する方法への応用が可能と考えられた。
【0118】
また、各種バッファー条件での蛍光を比較した実験では、PIPES, BES, HEPPSO, EPPS, TAPS, CAPS, TES, POPSOのバッファー中で蛍光が観察され、特にPIPES, HEPPSO, EPPS, POPSOのバッファーで強い蛍光が検出された。蛍光は、pH範囲7.0〜10.5の範囲で観察することができた。バッファーの種類とpHに依存した蛍光強度の変化は、核酸の塩基配列に応じて異なるパターンを示すことが見出された。一方、Cu(II)イオンをキレートして安定化する性質を有するバッファーを含む溶液中では蛍光が観察されない傾向が認められ、本実施例中にデータは掲載していないが例えばトリスバッファーや、EDTAなどを含む反応液を用いた場合では、蛍光はほとんど観察されなかった。
【実施例3】
【0119】
実施例3では、ガラス表面にスパッタリングした銅に核酸を接触させた後に蛍光が検出できることを確認し、蛍光の特性を解析した。
【0120】
<材料と方法>
DNAは実施例1に記載のssDNAを、RNAは実施例2に記載のものを用いた。
ガラス表面への銅スパッタリングは、装置にULVAC, Inc. (Kanagawa, Tokyo)のSH-350を用い、Cu Target, 99.99% (Kojundo Chemical Laboratory Co., Ltd, Saitama, Japan)を装着して実施した。スパッタリングの厚みは40 nmとし、事前に計測した堆積速度をもとに適切なスパッタ時間を定めた。銀スパッタガラスとしては、株式会社協同インターナショナル (Kyodo International, Inc., Kanagawa, Japan)に作製のものを用いた。
【0121】
銅ないし銀をスパッタしたスライドガラス、もしくは未処理のスライドガラスに、サンプル溶液をのせて、その上から松浪硝子工業株式会社製のギャップカバーガラス(Gap cover glass, 24x25 No.4 / #CG00024 / Matsunami Glass Ind., Ltd., Osaka, Japan)を被せた。5分程度静置した後、蛍光の観察を行った。観察には、Nikon社製の倒立顕微鏡 Ti-U (Nikon Co., Tokyo, Japan)を使用し、蛍光撮影には、フィルタセットUV-1A (Ex: 365/10, DM: 400, BA: 400 / Nikon)を使用した。画像の撮影及び記録にはデジタルCCDカメラRetiga 2000R (QImaging, BC, Canada)及び20倍の対物レンズを使用した。
【0122】
<結果>
5 mg/mlのDNA及び0.5MのNaClを含むサンプルを、銅スパッタガラス上に5分間静置した後に撮影した画像を図22に示す。また、5 mg/mlのRNA及び0.5MのNaClを含むサンプルを、銅スパッタガラス上に5分間静置した後に撮影した画像を図23に示す。
【0123】
図22(A)に示すように、DNAを含むサンプルを用いた場合には、撮像領域全体から滑らかな蛍光が観察された。一方、図23(A)及び(B)に示すように、RNAを含むサンプルを用いた場合には、撮像領域内に波状に広がる、特有のパターンの蛍光が観察された。このRNAに特有のパターンは、一本鎖のRNAが互いにハイブリダイズして高次構造を形成したことが要因と予想された。
【0124】
次に、撮像領域内の蛍光強度を数値化した。撮影した各々の画像において、図22(B)に例示ように9分割し、中央部の9分の1区画(図中符号C部分)の領域を計測範囲として、計測範囲内の蛍光強度の平均値を算出した。各サンプルについて、スライド上の任意の5ヶ所を撮影し、各画像から上記平均値を算出した。得られた5つの平均値について、さらに平均と標準偏差を計算した。
【0125】
DNAあるいはRNAを含むサンプルをガラス上にスパッタリングした銅あるいは銀に接触させた場合に取得された蛍光強度を図24に示す。図中、「DNA/Cu」、「RNA/Cu」、「(-)/Cu」は、それぞれ5 mg/ml DNA含むサンプル、5 mg/ml RNA含むサンプル、核酸を含まないサンプルについて、Cuスパッタガラス上で蛍光強度を計測した結果である。また、「DNA/Ag」、「RNA/Ag」、「(-)/Ag」は、それぞれ5 mg/ml DNA、5 mg/ml RNA、核酸を含まないサンプルについて、Agスパッタガラス上で蛍光強度を計測した結果である。なお、各サンプルには、0.5MのNaClを含有させた。また、「DNA/Cu」は、他と比較して蛍光強度が特に大きいため、露光時間を1秒とした。その他の露光時間は、5秒とした。
【0126】
図に示されるように、Cuスパッタガラスでは、「(-)/Cu」と比較して「DNA/Cu」及び「RNA/Cu」の蛍光強度が高く、特にDNAサンプルにおいて強い蛍光が検出された。一方、Agスパッタガラスでは、「(-)/Ag」と比較して「DNA/Ag」及び「RNA/Ag」ともに蛍光強度の上昇を示さなかった。なお、「(-)/Cu」と比較して「(-)/Ag」の方が高い計測値を示しているが、これはAgスパッタ面の反射光又は散乱光あるいは自家蛍光に由来するバックグラウンドが原因と考えられた。
【0127】
次に、核酸と銅との接触時間の経過に伴う蛍光強度の時間的変化を検討した。Cuスパッタガラスとギャップカバーガラスの間に、5 mg/mlのssDNAと0.5MのNaClを含むサンプルを入れた時点を起点とし、所定時間の経過ごとに蛍光強度の計測を行った。撮影は15秒おきに行い、励起光のシャッタは撮影ごとに開閉した。対物レンズは10倍、露光時間は1秒とした。各時間において撮像した画像を1枚ずつ用いて、蛍光強度の計測を行った。結果を図25に示す。
【0128】
図に示されるように、蛍光強度は、サンプル導入後の数分間で徐々に上昇し、3分程度で最大値に達した。
【0129】
続いて、核酸と銅とを接触させて所定時間が経過した後、温度を変化させた場合の蛍光強度の変化を計測した。撮影開始直後は室温のままとし、50秒後に65℃に熱したヒートブロックをCuスパッタガラスの上に静かに載せ、100秒後にそのヒートブロックを除去した。撮影は5秒おき行った。計測は150秒後に一度打ち切って励起光のシャッタを閉じた。さらに、900秒後に改めて計測を行った。結果を図26に示す。
【0130】
図に示されるように、最初の50秒間は、徐々に蛍光強度が減衰した。これは蛍光退色によるものと考えられた。次の50秒間では、蛍光退色とは明らかに異なる速度で蛍光の消失が観察された。ヒートブロックを除去して室温条件下に戻した後は徐々に蛍光が回復した。さらに、900秒後では、当初の蛍光強度から退色分の蛍光強度を差し引いた水準にまで蛍光強度が戻った。これらの結果から、銅と接触した核酸が発する蛍光は、熱に対して感受性であり、温度が上昇すると可逆的に蛍光が消失することが示された。
【実施例4】
【0131】
実施例4では、銅スパッタガラス上に、細胞を含むサンプルを導入することで、細胞核の蛍光観察が可能であることを示した。
【0132】
<材料と方法>
PBSには、Dulbecco’s Phosphate Buffered Saline, Ca/Mg free (Invitrogen Corporation, CA, USA)を用いた。
タマネギ薄皮の実験では、市販のタマネギの薄皮を、ピンセットを用いて丁寧に剥がして、蒸留水中に浸してすすいで用いた。タマネギの薄皮をCuスパッタガラス上に載せ、PBSに浸した状態で上からカバーガラスを被せて観察した。
ヒト白血球サンプルの実験では、IMMUNO-TROL Cells (Cat.No.6607077, Beckman Coulter, Inc., Fullerton, CA, USA) を次の手順で処理したものを用いた。まず、IMMUNO-TROL Cellsを、500マイクロリットル取り分けてPBSで洗浄し、遠心分離機で細胞を沈殿させた(1200rpm,5min)。その後、上清を捨ててペレットをほぐし、水溶血処理を2回繰り返して得られたサンプルをPBSに希釈し、白血球サンプルを調製した。水溶血処理は、遠心分離の結果得られたペレットを良くほぐした後に、脱イオン水を9ミリリットル添加して30秒間転倒混和し、さらに1ミリリットルの10x PBS Buffer (Nippon Gene Co., Ltd., Tokyo, Japan)を添加してよく攪拌し、遠心分離 (1200rpm, 5min)で細胞を沈殿させて上清を除去することにより行った。白血球サンプルをCuスパッタガラス上に撒き、上からカバーガラスを被せて観察した。
【0133】
銅スパッタガラス、カバーガラス及び顕微鏡などは、実施例3と同一のものを用いた。スパッタリングの厚みは、20、40あるいは100 nmとした。以下の実験では特に断りがない場合は40 nmのものを用いた。スライドガラス表面の一部にのみCuをスパッタリングする場合には、まず、スライドガラス表面に、中央部5ミリメートル四方の領域を除いて、ポリイミドテープを貼付した状態でスパッタリング処理を行った。そして、ポリイミドテープを除去することで、中央部5ミリメートル四方の領域のみにCu層が形成されたCuスパッタガラスを作成した。
【0134】
タマネギ薄皮の蛍光観察には、励起フィルタ:365/10nm、ダイクロイックミラー:400nm、蛍光フィルタ:590LPを使用した。白血球サンプル及びジャーカット細胞の蛍光観察には、フィルタセットUV-1A (Ex: 365/10, DM: 400, BA: 400 / Nikon)を使用した。
【0135】
<結果>
図27に、銅スパッタガラス上でタマネギ薄皮を蛍光観察して撮像した画像を示す。(a)及び(b)はCuスパッタガラス上での観察像を示し、(c)及び(d)はCuをスパッタしていないスライドガラス上での観察像を示す。(a)及び(c)は明視野の観察像、(b)及び(d)は蛍光像である。なお、(a)〜(d)は10倍の対物レンズを用いて撮像した画像であり、(e)は40倍の対物レンズを用いて撮像した画像である。
【0136】
図に示されるように、Cuスパッタガラス上の細胞では、細胞核に特異的な強い蛍光が観察された。なお、一部の細胞壁などからも若干の蛍光が確認されたが、これはCuをスパッタしていないスライドガラス上の細胞でも確認されたことから、細胞壁などの自家蛍光と考えられた。
【0137】
次に、動物細胞の観察を行った。銅スパッタガラス上でヒト白血球サンプルを蛍光観察して撮像した画像を図28に示す。(a)は明視野の観察像、(b)は蛍光像である。対物レンズには40倍のものを用いた。
【0138】
蛍光像において、好中球などの白血球に特有な分葉核の形状が明確に確認された。
【0139】
図29には、スライドガラス表面の一部にのみCuをスパッタリングしたCuスパッタガラスを用いて観察された像を示す。Cuスパッタガラス上に、ヒト白血球細胞株であるジャーカット細胞を撒き、上からカバーガラスを被せて、20倍の対物レンズで観察を行った。画像は、CuスパッタガラスのCu積層領域とCu非積層領域との境界で撮像した。(a)及び(c)は明視野の観察像であり、画像中の過半を占める黒い領域は、Cu層が形成されているため光が透過しない領域である。(b)及び(d)は蛍光像である。
【0140】
Cu積層領域に存在する細胞の細胞核のみから強い蛍光が観察された。図30は、厚み20 nm(a)あるいは100 nm(b)のCu層を形成したCuスパッタガラスを用いて、ジャーカット細胞の観察を行った結果である。いずれの厚みにおいても細胞核からの蛍光が確認された。
【0141】
<考察>
本実施例の結果から、細胞核についても銅との接触によって蛍光検出が可能となることが示された。この現象は、銅をスパッタリングしたガラス基板上でのみみられたこと、細胞核と銅との作用による結果であることは明らかである。
【0142】
また、タマネギ薄皮細胞と白血球細胞の蛍光観察の結果、両者の細胞の細胞核形状の相違を明確に観察できた。このことから、本技術に係る核酸検出方法によれば、細胞の種類ごとに異なる細胞核形状を識別可能であることが示された。
【0143】
実施例中に図では示さなかったが、スライドガラス表面の一部にのみ銅をスパッタしたスライドガラスを用いた実験において、Cu積層領域に存在する細胞のみから蛍光が観察される様子を確認したのち、スライドガラスを傾けてCu積層領域からCu非積層領域に細胞を移動させたところ、移動後にも引き続き蛍光が観察された。このことから、銅と細胞を接触させる部位と、細胞の蛍光観察を行う部位とを離して設けても、両部位の間にサンプルを移動させる手段を設けることによって蛍光検出が可能であることが判明した。
【0144】
Cuスパッタガラスとカバーガラスの間に細胞が存在する状態で細胞核からの蛍光を確認した後に、カバーガラスを取り除いて細胞を含む溶液を空気中に暴露すると、蛍光が速やかに消失した。実施例1のCu(II)イオンとS.A.を用いた実験においても、反応溶液が空気に長時間暴露されると蛍光が消失することが見出されている。この蛍光の消失は、空気との接触によってCu(I)イオンが酸化されるためと考察された。従って、サンプル溶液の空気との接触(特に空気中に含まれる酸素への暴露)は、蛍光の発生を阻害する要因となると考えられ、本技術に係る核酸検出方法は、例えばマイクロチップなどの、空気との接触が限定された環境下で行うことが好ましいと考えられた。
【実施例5】
【0145】
実施例5では、実施例1と同様の実験条件下において、2塩基長のオリゴDNAを用いても蛍光が発せられることを確認した。
【0146】
<材料と方法>
Invitrogen社より購入した7種類のオリゴDNAについて、実施例1と同様の材料と方法を用いて蛍光計測実験を行った。使用したオリゴDNAの配列は、T(20)(配列番号1)、T(10)(配列番号19)、T(6)(配列番号10)、T(5)(配列番号27)、T(4)(配列番号28)、T(3)(配列番号12)、T(2)(配列番号29)である。ここではCuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0147】
<結果>
図31に、T(20)についての測定結果を示す。オリゴDNAの濃度は、(a)100μM、(b)50μM、(c)50μM、(d)25μM、(e)12.5μM、(f)6.25μMである。各グラフは横軸が波長(nm)、縦軸が蛍光強度(RFU値)を示す。図32〜図37に、T(10), T(6), T(5), T(4), T(3), T(2)の各オリゴDNAについての測定結果を示す。各図のグラフ中に表記の数値は、オリゴDNAの濃度条件を示す。
【0148】
図38に、各オリゴDNAについて、最も蛍光強度の高かった濃度条件での蛍光スペクトルを示す。横軸は波長(nm)を、縦軸は蛍光強度(RFU値)の相対値(ピークRFU値を1)を示す。(a)がT(20)、(b)がT(10)、(c)がT(6)、(d)がT(5)、(e)がT(4)、(f)がT(3)、(g)がT(2)の蛍光スペクトルを示す。
【0149】
また、図39に、各オリゴDNAについて、各濃度におけるピークRFU値をプロットしたグラフを示す。横軸はオリゴDNAの濃度(μM)を、縦軸はピークRFU値(対数値)を示す。(a)がT(20)、(b)がT(10)、(c)がT(6)、(d)がT(5)、(e)がT(4)、(f)がT(3)、(g)がT(2)の結果を示す。
【0150】
<考察>
本実施例の結果から、チミン2塩基からなる塩基配列のオリゴDNAでも、蛍光が観察されることが明らかとなった。蛍光スペクトルの形状は、オリゴDNAの濃度が変わってもほとんど変化しないが、塩基長が短くなるほど蛍光ピークが短波長側にシフトする傾向があることが見出された(図38参照)。また、蛍光スペクトルの強度は、オリゴDNAの濃度に依存する傾向が認められたが、一定濃度以上ではプラトーに達し、逆に減少する場合も観察された(図39参照)。なお、DNA濃度が高すぎる場合に蛍光強度が低下する現象は、実施例2の銅粉末を用いた実験でも観察されていた(図15参照)。
【実施例6】
【0151】
実施例6では、実施例1と同様の実験条件下において、TとC、あるいはTとGから構成される3塩基長のオリゴDNAを用いて実験を行った。
【0152】
<材料と方法>
Invitrogen社より購入したオリゴDNAについて、実施例1と同様の材料と方法を用いて蛍光計測実験を行った。使用したオリゴDNAの配列は、TTT(配列番号12)、TTC、TCT、CTT、TCC、CTC、CCT、CCC、TTG、TGT、GTT、TGG、GTG、GGT、GGGである。CuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mM、オリゴDNA濃度は0.5mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0153】
<結果>
結果を図40及び図41に示す。図40の(a)がTTT(配列番号12)、(b)がTTC、(c)がTCT、(d)がCTT、(e)がTCC、(f)がCTC、(g)がCCT、(h)がCCCの結果を示す。図41の(a)がTTT(配列番号12)、(b)がTTG、(c)がTGT、(d)がGTT、(e)がTGG、(f)がGTG、(g)がGGT、(h)がGGGの結果を示す。横軸は波長(nm)を示し、縦軸は蛍光強度(RFU値)の対数値を示す。
【0154】
TとCの混合配列のオリゴDNAでは、TTTで最も蛍光強度が強く、次いでCTT、CCT及びTCTであり、TTC及びCTCでは弱い蛍光が確認された(図40参照)。一方、TCC及びCCCでは、600nm付近をピークとする蛍光は認められなかった。また、TとGの混合配列のオリゴDNAでは、TTGで中程度の強度の蛍光、GTTにおいて微弱な蛍光が認められたが、その他の配列では600nm付近をピークとする蛍光は認められなかった(図41参照)。
【0155】
<考察>
TとCの混合配列のオリゴDNAでは、2番目及び3番目にTが存在するCTTが、TCT及びTTCに比較して高い蛍光強度を示した。また、3番目にTが存在するTCT及びCCTが、2番目にTが存在するTTC及びCTCに比較して高い蛍光強度を示した。これらのことから、TとCの混合配列のオリゴDNAでは、3塩基目のTが最も蛍光への寄与が高く、次に2塩基目のTが寄与していると考えられた。
【0156】
また、TとGの混合配列のオリゴDNAでは、TTG及びGTTを除いて、600nm付近をピークとする蛍光は認められず、CとTの混合配列のオリゴDNAと比較して全般的に蛍光強度が低かった。このことから、Gは、蛍光エネルギーを吸収し、蛍光をクエンチ(消光)する作用があるものと考えられた。
【実施例7】
【0157】
実施例7では、蛍光がクエンチ色素によってクエンチ(消光)されることを確認した。
【0158】
<材料と方法>
Invitrogen社より購入したオリゴDNAであるT(10)(配列番号19)及び同オリゴDNAの3’末端にBlack Hole Quencher-2 (BHQ2)を修飾したオリゴDNA(T(10)BHQ2)(シグマ・アルドリッチ社)を用い、実施例1と同様の材料及び方法によって蛍光計測実験を行った。CuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mM、オリゴDNA濃度は0.05mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0159】
<結果>
結果を図42に示す。横軸は波長(nm)を、縦軸は蛍光強度(RFU値)を示す。T(10)からは明白な蛍光が確認されたが、クエンチャーを修飾したT(10)BHQ2からは蛍光は検出されなかった。
【0160】
<考察>
BHQ2は560nm〜650nm程度の光を特に効果的に吸収することで知られるクエンチャーである。T(10)で観察されていた蛍光は、このBHQ2の効果によって、T(10)BHQ2では観察されなくなったものと考えられた。この結果から、銅の作用による蛍光とFRETとを組み合わせることが可能であることが示唆された。
【実施例8】
【0161】
実施例8では、チミン(T)及びウラシル(U)の蛍光の強度及びスペクトル形状の比較を再度行い、両者の強度が異なる一方、スペクトル形状は一致していることを確認した。さらに、メチル化シトシン(MeC)及びイノシン(I)の蛍光を調べ、両者が蛍光を生じないことを明らかにした。
【0162】
<材料と方法>
各種のオリゴDNAについて、実施例1と同様の材料及び方法を用いて蛍光計測実験を行った。オリゴDNAには、Invitrogen社より購入したT(10)(配列番号19)、U(9)G(配列番号20)、A(10)(配列番号30)、I(9)G(配列番号31)を用いた。また、オリゴDNAとして、シグマ・アルドリッチ社より購入したC(10)(配列番号32)、C(4)MeC(6)(配列番号33、MeCは5-メチル2-デオキシシチジン)も用いた。CuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mM、オリゴDNA濃度0.05mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0163】
<結果>
T(10)及びU(9)Gの測定を各々3回行った結果を図43に示す。(a)は横軸を波長(nm)、縦軸を蛍光強度(RFU)としたグラフであり、(b)は縦軸に蛍光強度(RFU値)の平均値を相対値(それぞれのオリゴDNAのピークRFU値を1)で表示したグラフである。U(9)Gは、T(10)に比較して、強度は劣るが、類似したスペクトル形状の蛍光を発することが確認された。
【0164】
T(10)、C(10)及びC(4)MeC(6)の測定結果を図44に示す。横軸は波長(nm)、縦軸は蛍光強度(RFU)を示す。T(10)からは顕著な蛍光が確認されたが、C(10)及びC(4)MeC(6)では、蛍光は確認されなかった。
【0165】
T(10)、A(10)及びI(9)Gの測定結果を図45に示す。横軸は波長(nm)、縦軸は蛍光強度(RFU)を示す。T(10)からは顕著な蛍光が確認され、A(10)からは微弱な蛍光が確認されたが、I(9)Gからは蛍光は検出されなかった。
【0166】
<考察>
ウラシルからなる配列を有する核酸では、チミンからなる配列を有する核酸に比して、強度は劣るが、類似したスペクトル形状の蛍光を発した。この結果は、実施例1においても確認されている。また、シトシンからなる配列、あるいはシトシンとメチル化シトシンとからなる配列を有する核酸は、蛍光を発しないことが確認された。
【0167】
これらの結果から、銅を用いた蛍光の検出によって、ウラシルを、シトシン及びメチル化シトシンから識別可能であることが示された。このことは、本発明に係る核酸検出方法によれば、バイサルフェート反応によるシトシン(C)のウラシル(U)への置換を検出し、DNA分子のメチル化の解析を行うことが可能であることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0168】
本技術によれば、サンプルと銅とを接触させるだけで、サンプル中の核酸の有無や数、及びその塩基配列、サンプル中の細胞核の形状、分布、数、大きさなどを簡便に検出又は計測することが可能である。
【0169】
この技術を用いることで、医療分野(病理学、腫瘍免疫学、移植学、遺伝学、再生医学、化学療法など)、創薬分野、臨床検査分野、食品分野、農業分野、工学分野、法医学分野、犯罪鑑識分野、など様々な分野において、核酸あるいは細胞の分析・解析技術の向上
に貢献できる。
【技術分野】
【0001】
本技術は、核酸の検出方法及びサンプルの光学観察方法並びに蛍光体に関する。より詳しくは、銅と接触した核酸が発する蛍光に基づいて核酸を検出する方法及びサンプルを観察する方法と、銅と核酸とを含んでなる蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療分野、創薬分野、臨床検査分野、食品分野、農業分野、工学分野、法医学分野、犯罪鑑識分野などの様々な分野で、核酸を用いた技術研究が広く進められている。最近では、核酸の染色、検出及び増幅などを、マイクロチップに設けたマイクロスケールの流路内で行うラボ・オン・チップの技術開発や実用化も進められている。
【0003】
核酸検出のために用いられる基本技術として、蛍光色素を用いて核酸を染色する方法がある。蛍光色素としては、hoechst33342、DAPI、エチジウムブロマイド、SYBR greenなど多くのものが知られている。例えば、hoechst33342及びDAPIは、フローサイトメトリーや顕微鏡などにおいて細胞や組織中の核酸を染色する目的で用いられている。また、エチジウムブロマイドは、電気泳動法において核酸分子を染色するために多用される。SYBR greenなどは、ポリメラーゼ・チェーン・リアクションなどの核酸増幅技術において、核酸の増幅過程をリアルタイムに検出する目的でも用いられる。
【0004】
本技術に関連して、蛍光観察の際に細胞が示す自家蛍光として、従来知られている蛍光について説明する。このような蛍光の一つに、銅の存在下においてUV照射された細胞が示すオレンジ色の自家蛍光がある。例えば、ショウジョウバエ幼虫中腸の特定部分の細胞が、銅を投与するとオレンジ色の蛍光を発することが報告されている(非特許文献1〜8参照)。ショウジョウバエ幼虫中腸においてこのオレンジ色の蛍光が特に強く観察される細胞は、「copper cell」などと呼ばれている。投与する銅の濃度を高くすると、copper cellの周辺の細胞(非特許文献4)及び幼虫の体壁全体(非特許文献2)でも、蛍光が観察されることが報告されている。
【0005】
上記のオレンジ色の蛍光は、細胞内において、細胞質と細胞核の両方で観察され、特に細胞質の顆粒で顕著に検出されると記述されている(非特許文献2〜4,7参照)。蛍光の波長範囲は590-630nmであり、ピーク波長は610nm、最大励起波長は340nmと記載されている(非特許文献3)。
【0006】
また、ショウジョウバエ以外の生物種についても、同様な性質をもつ自家蛍光が観察されている。例えば、ラットの実験では、銅を与えた個体の肝臓において、UV励起(励起波長310nm)によってオレンジ色の蛍光(ピーク波長605nm)が見られることが報告されている(非特許文献9参照)。さらに、加齢に伴って腎臓及び肝臓に銅を蓄積するモデルラットの腎臓においても、類似の蛍光が観察されたことが報告されている(非特許文献10参照)。同様の性質をもつ自家蛍光は、酵母(非特許文献11参照)や、ヒトのWilson病患者の肝細胞(非特許文献12参照)においても報告されている。なお、Wilson病は、銅の排泄機能が不全となり、肝細胞内に銅が蓄積する遺伝性疾患である。
【0007】
上記のオレンジ色の蛍光を発光する蛍光体としては、銅とmetallothionein (MT)との複合体(以下、「Cu-MT」と略記する)が推定されている(非特許文献14〜23参照)。Cu-MTの波長特性は、非特許文献13では励起波長305nm、蛍光波長565nmとされ、非特許文献17では励起波長310nm、蛍光波長570nmとされている。また、Cu-MTにおいて銅は、一価イオン(Cu(I))の状態で存在していると考えられている(非特許文献13,15,17,19,23参照)。
【0008】
このような銅を含む蛍光体には、ピリミジン又はメルカプチドなどを含む化合物であって、ピリミジン又はメルカプチドが銅と作用することにより蛍光が発せられる化合物が広く報告されている(非特許文献24〜29参照)。
【0009】
一方、各種金属イオンと核酸との相互作用について、古くから研究がなされている。例えば、銅一価イオンと核酸との相互作用については、細胞核中に微量に含まれる銅が、核酸構造を安定化する一方、過酸化水素との共存下においてDNAにダメージを与えることが知られている(非特許文献30参照)。また、銅との相互作用により、DNAの吸収スペクトルが変化することが報告されている(非特許文献30,31参照)。さらに、この吸収スペクトルの変化が、DNAの塩基配列(具体的にはGCペアのポリマーとATペアのポリマー)に応じて異なることなども報告されている(非特許文献30参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Physiological genetic studies on copper metabolism in the genus Drosophila. (1950) Genetics 35, 684-685
【非特許文献2】Organization and function of the inorganic constituents of nuclei. (1952) Exp. Cell Res., Suppl. 2:161-179
【非特許文献3】Ultrastructure of the copper- accumulating region of the Drosophila larval midgut. (1971) Tissue Cell. 3, 77-102
【非特許文献4】Specification of a single cell type by a Drosophila homeotic gene. (1994) Cell. 76, 689-702
【非特許文献5】Two different thresholds of wingless signalling with distinct developmental consequences in the Drosophila midgut. (1995) EMBO J. 14, 5016-5026
【非特許文献6】Calcium-activated potassium channel gene expression in the midgut of Drosophila. (1997) Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol. 118, 411-420
【非特許文献7】Evidence that a copper- metallothionein complex is responsible for fluorescence in acid-secreting cells of the Drosophila stomach. (2001) Cell Tissue Res. 304, 383-389
【非特許文献8】Peptidergic paracrine and endocrine cells in the midgut of the fruit fly maggot. (2009) Cell Tissue Res. 336, 309-323
【非特許文献9】A luminescence probe for metallothionein in liver tissue: emission intensity measured directly from copper metallothionein induced in rat liver. (1989) FEBS Lett. 257, 283-286
【非特許文献10】Direct visualization of copper- metallothionein in LEC rat kidneys: application of autofluorescence signal of copper-thiolate cluster. (1996) J. Histochem. Cytochem. 44, 865-873
【非特許文献11】Incorporation of copper into the yeast Saccharomyces cerevisiae. Identification of Cu(I)--metallothionein in intact yeast cells. (1997) J. Inorg. Biochem. 66, 231-240
【非特許文献12】Portmann B. Image of the month. Copper- metallothionein autofluorescence. (2009) Hepatology. 50, 1312-1313
【非特許文献13】Luminescence properties of Neurospora copper metallothionein. (1981) FEBS Lett. 127, 201-203
【非特許文献14】Copper transfer between Neurospora copper metallothionein and type 3 copper apoproteins. (1982) FEBS Lett.142, 219-222
【非特許文献15】Spectroscopic studies on Neurospora copper metallothionein. (1983) Biochemistry. 22, 2043-2048
【非特許文献16】Metal substitution of Neurospora copper metallothionein. (1984) Biochemistry. 23, 3422-3427
【非特許文献17】(Cu,Zn)-metallothioneins from fetal bovine liver. Chemical and spectroscopic properties. (1985) J. Biol. Chem. 260, 10032-10038
【非特許文献18】Primary structure and spectroscopic studies of Neurospora copper metallothionein. (1986) Environ. Health Perspect. 65, 21-27
【非特許文献19】Characterization of the copper-thiolate cluster in yeast metallothionein and two truncated mutants. (1988) J. Biol. Chem. 263, 6688-6694
【非特許文献20】Luminescence emission from Neurospora copper metallothionein. Time-resolved studies. (1989) Biochem J. 260, 189-193
【非特許文献21】Establishment of the metal-to-cysteine connectivities in silver-substituted yeast metallothionein (1991) J. Am. Chem. Soc. 113, 9354-9358
【非特許文献22】Copper- and silver-substituted yeast metallothioneins: Sequential proton NMR assignments reflecting conformational heterogeneity at the C terminus. (1993) Biochemistry. 32, 6773-6787
【非特許文献23】Luminescence decay from copper(I) complexes of metallothionein. (1998) Inorg. Chim. Acta. 153, 115-118
【非特許文献24】Solution Luminescence of Metal Complexes. (1970) Appl. Spectrosc. 24, 319 - 326
【非特許文献25】Fluorescence of Cu, Au and Ag mercaptides. (1971) Photochem. Photobiol. 13, 279-281
【非特許文献26】Luminescence of the copper--carbon monoxide complex of Neurospora tyrosinase. (1980) FEBS Lett. 111, 232-234
【非特許文献27】Luminescence of carbon monoxide hemocyanins. (1980) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 77, 2387-2389
【非特許文献28】Photophysical properties of hexanuclear copper(I) and silver(I) clusters. (1992) Inorg. Chem., 31, 1941-1945
【非特許文献29】Photochemical and photophysical properties of tetranuclear and hexanuclear clusters of metals with d10 and s2 electronic configurations. (1993) Acc. Chem. Res. 26, 220-226
【非特許文献30】Interaction of copper(I) with nucleic acids. (1990) Int. J. Radiat. Biol. 58, 215- 234
【非特許文献31】Copper(I)-Catalyzed Regioselective “Ligation” of Azides and Terminal Alkynes. (2002) Ang. Chem. Int. Ed.41, 2596-2599
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述した既存の蛍光試薬を用いて核酸を染色する場合には、液状の試薬とサンプルを混合する必要があり、作業が煩雑になるという問題があった。特に、核酸の染色及び検出などをマイクロスケールの流路内で行うラボ・オン・チップにおいては、チップの製造や保存、使用時の作業が非常に煩雑になる。
【0012】
そこで、本技術は、簡便に核酸を検出でき、特にマイクロスケールの流路内などにおいて液体の混合ないし洗浄などの煩雑な作業を必要とせずに核酸を検出可能な方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題解決のため、本技術は、核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法を提供する。この核酸検出方法によれば、核酸を含むサンプルと銅とを接触させるのみで、核酸と銅との複合体に由来する蛍光を簡便に検出できる。そして、検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、サンプルに含まれる核酸の濃度、分布あるいは形状などに関する情報を得ることができる。
特に、核酸と銅との複合体に由来する蛍光の強度及びスペクトルは、核酸の塩基配列及び長さに依存して変化し、二本鎖核酸中のミスマッチの有無にも依存して変化する。このため、この核酸検出方法では、検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、核酸の塩基配列を解析したり、核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析したりすることができる。
また、核酸と銅との複合体に由来する蛍光の強度は、シトシンに比してウラシルで高い。このため、この核酸検出方法では、バイサルフェート処理によってサンプルに含まれる核酸中の非メチル化シトシンを選択的にウラシルに変換し、これに伴って検出手順において検出される蛍光の強度及び/又はスペクトルの変化量を調べることで、核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化の有無及び量、並びに塩基配列中におけるメチル化シトシンあるいは脱メチル化シトシンの位置などを解析することができる。
この核酸検出方法において、銅は、固形の銅とすることができる。
この核酸検出方法において、接触手順は、塩の共存下で核酸を含むサンプルと銅とを接触させる手順とされることが好ましい。また、検出手順は、波長300〜420nmの光を前記サンプルに照射することにより、該サンプルから発せられる蛍光を検出する手順とされることが好ましい。
【0014】
また、本技術は、核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含むサンプルの光学観察方法を提供する。
この光学観察方法において、サンプルは細胞とすることができる。この場合、細胞の細胞核の分布、位置、数、大きさ、形状などに関する情報を得ることができる。
【0015】
さらに、本技術は、銅と核酸とを含む複合体からなる蛍光体をも提供する。この蛍光体では、複合体中の核酸の塩基配列及び長さを適宜変更することで、スペクトルや強度が異なる蛍光体を得ることができる。
【0016】
本技術において、「核酸」には、天然の核酸(DNA及びRNA)が含まれる。また、「核酸」には、天然の核酸のリボースの化学構造又はホスホジエステル結合の化学構造を人為的に改変して得た人工核酸が広く包含される。人工核酸としては、特に限定されないが、例えばペプチド核酸(PNA)、ホスホロチオエート型オリゴヌクレオチド(S-oligo)、ブリッジド核酸(BNA)又はロックト核酸(LNA)などが挙げられる。
【発明の効果】
【0017】
本技術により、簡便に核酸を検出でき、特にマイクロスケールの流路内などにおいて液体の混合ないし洗浄などの煩雑な作業を必要とせずに核酸を検出可能な方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】S.A.濃度50mMの条件下でssDNAと濃度を変化させたCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトル及びRFU値を示す図面代用グラフである。(A)は蛍光スペクトルを示し、(B)はピークRFU値を示す(実施例1)。
【図2】S.A.濃度50mMの条件下でssDNAと濃度を変化させたCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトル及びRFU値を示す図面代用グラフである。(A)は蛍光スペクトルを示し、(B)はピークRFU値を示す(実施例1)。
【図3】S.A.濃度4mMの条件下でオリゴDNAと濃度0.4mMのCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図4】S.A.濃度4mMの条件下でオリゴDNAと濃度0.4mMのCuSO4とを接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図5】CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下でT(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの経時変化を示す図面代用グラフである(実施例1)。上段は縦軸をRFU値(絶対値)とした蛍光スペクトル、中段は縦軸をRFU値(相対値)とした蛍光スペクトル、下段は吸収スペクトルを示す。
【図6】CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下でT(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの経時変化を示す図面代用グラフである(実施例1)。(A)はピークRFU値の経時変化を示し、(B)は波長346nmにおける吸光度の経時変化を示す。
【図7】T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAで取得された2次元蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図8】T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAの励起スペクトル(破線)と蛍光スペクトル(実線)を示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図9】アデニン及びチミンの組み合わせによってなる3塩基長の配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図10】アデニン及びチミンの組み合わせによってなる3塩基長の配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルのRFUの最大値(A)及びピーク波長(B)を示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図11】配列番号19及び配列番号20に記載する配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例1)。
【図12】ssDNA含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図13】ssDNA含むサンプルを異なる濃度の固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図14】ssDNA含むサンプルを異なる種類あるいは濃度の塩を含む反応溶液中で固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図15】異なる濃度のssDNA(A)及びRNA(B)を含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図16】異なる配列のオリゴDNAを含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図17】異なる配列のオリゴDNAを含むサンプルを固形銅と接触させて取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図18】異なる配列のオリゴDNAを含むサンプルを固形銅と接触させて取得された励起−蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図19】8塩基のシトシンと12塩基のチミンの組み合わせ配列からなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図20】ミスマッチを含む二本鎖DNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図21】反応溶液のバッファーの種類及びpHを変更した場合に取得されたRFU値を示す図面代用グラフである(実施例2)。
【図22】ガラス表面にスパッタリングした銅とssDNAとを接触させて取得された蛍光画像を示す図面代用写真である(実施例3)。
【図23】ガラス表面にスパッタリングした銅とRNAとを接触させて取得された蛍光画像を示す図面代用写真である(実施例3)。
【図24】DNAあるいはRNAを含むサンプルをガラス表面にスパッタリングした銅あるいは銀に接触させた場合に取得された蛍光の強度を示す図面代用グラフである(実施例3)。
【図25】ガラス表面にスパッタリングした銅とssDNAとを接触させて取得された蛍光の経時的な強度変化を示す図面代用グラフである(実施例3)。
【図26】ガラス表面にスパッタリングした銅とssDNAとを接触させた後、温度を変化させた場合の蛍光強度の変化を示す図面代用グラフである(実施例3)。
【図27】銅スパッタガラス上でタマネギ薄皮を蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図28】銅スパッタガラス上でヒト白血球サンプルを蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図29】銅スパッタガラス上でジャルカット細胞を蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図30】銅スパッタガラス上でジャルカット細胞を蛍光観察した結果を示す図面代用写真である(実施例4)。
【図31】異なる濃度のT(20)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図32】異なる濃度のT(10)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図33】異なる濃度のT(6)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図34】異なる濃度のT(5)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図35】異なる濃度のT(4)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図36】異なる濃度のT(3)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図37】異なる濃度のT(2)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図38】異なる塩基数のチミンからなるオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図39】異なる塩基数のチミンからなるオリゴDNAについて、オリゴDNAの濃度と蛍光強度の最大値との関係を示す図面代用グラフである(実施例5)。
【図40】TとCを含んでなる塩基配列のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例6)。
【図41】TとGを含んでなる塩基配列のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例6)。
【図42】T(10)のオリゴDNA及びT(10)のクエンチャーを修飾した同オリゴDNAで蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例7)。
【図43】T(10)及びU(9)GのオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例8)。
【図44】T(10)、C(10)及びC(4)MeC(6)のオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例8)。
【図45】T(10)、A(10)及びI(9)GのオリゴDNAで取得された蛍光スペクトルを示す図面代用グラフである(実施例8)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本技術を実施するための好適な形態について詳細に説明する。以下に説明する実施形態は、本技術の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。なお、説明は以下の順序で行う。
〈A〉核酸検出方法
1.接触手順
(1)銅(Cu)
(2)サンプル
(3)反応溶液
(4)接触条件
2.検出手順
(1)光照射
(2)蛍光検出
(3)蛍光スペクトル検出
(4)蛍光の空間分布の検出
3.塩基配列の解析
4.応用例
(1)微細な遺伝子配列の違いの検出
(2)DNA分子のメチル化の解析
(3)細胞核の観察及び計測
(4)微小粒子の解析
(5)Lab-On-Chipへの適用
〈B〉蛍光色素
【0020】
〈A〉核酸検出方法
本発明者は、実施例において詳しく後述するように、核酸(DNAもしくはRNA)と銅との複合体が蛍光を発することを新たに見出した。また、核酸の塩基配列及び長さに依存して蛍光のスペクトルや強度が変化すること、二本鎖核酸中のミスマッチの有無に依存して蛍光のスペクトルや強度が変化することを見出した。本技術は、これらの新規知見に基づきなされたものである。なお、前述したように、従来、銅との相互作用によりDNAの吸収スペクトルが変化することや、この吸収スペクトルの変化がDNAの塩基配列に応じて異なることが知られていた。しかしながら、核酸と銅との複合体が蛍光を発することはこれまで知られていなかった。また、核酸と銅との複合体が発する蛍光は、前述したCu-MTが発する蛍光と波長特性において類似したが、metallothioneinを含まない、精製合成オリゴヌクレオチドを用いた反応系においてみられることから、Cu-MTが発する蛍光とは全く異なるものである。以下、本技術に係る核酸検出方法とその応用例及び本技術に係る蛍光体について具体的に説明する。
【0021】
本技術に係る核酸検出方法は、核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む。本技術に係る核酸検出方法では、目的に応じて、検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、核酸の塩基配列を解析したり、核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析したりすることができる。
【0022】
1.接触手順
接触手順では、核酸を含むサンプルを銅と接触させる。
【0023】
(1)銅(Cu)
本手順で用いる銅の形態は、銅を含む溶液か、もしくは銅を含む固形物が好ましい。操作の簡便性が求められる場合には、固形物を用いることが好ましい。また、マイクロチップに設けたマイクロスケールの流路内などで核酸検出を行う場合には、固形物を用いることで、マイクロチップへの銅の埋め込みが可能となり、チップ構造の簡素化のため好ましい。固形物は、溶液に比べて、形状や特性などが振動や衝撃、熱、光、時間経過などに対して安定的であり、チップの製造方法や保存条件などの影響を受け難く、取り扱いが容易である利点も有する。一方、反応時間の短縮化が必要な場合には、溶液を用いることが好ましい場合もある。銅の形態は、目的に応じて適宜選択することができる。
【0024】
溶液状態の銅を用いる場合、十分量の銅(I)イオンが溶液中に存在した状態で用いることが好ましい。銅イオンは一般には二価陽イオンの状態において安定して存在し、一価陽イオンは二価陽イオンに比して不安定である。このため、例えばCuSO4水溶液など銅の二価陽イオンを含む水溶液に対し、銅(II)イオンを銅(I)イオンに還元する還元剤を混合することが好ましい。還元剤には、例えばアスコルビン酸ナトリウムを用いることができる。
【0025】
溶液中に十分量の銅(I)イオンを得るためのその他の方法としては、銅(II)イオンを含む水溶液に放射線を照射して銅(I)イオンを発生させる方法を例示することができる(非特許文献30参照)。あるいは、望ましくは無酸素条件下にて、acetonitrile及びnitrogen baseの等価物(2,6-lutidine, triethylamine, diisopropylethylamine, pyridineなど)を含む溶液に対して、CuI, CuOTf・C6H6, [Cu(NCCH3)4][PF6]などの塩を溶解することによって、銅(I)イオン溶液を得る方法も挙げられる(非特許文献31参照)。
【0026】
固形状態の銅(固形銅)を用いる場合、純粋な銅のほか、銅を含む合金などを用いることもできる。形状は、特に限定されず、例えば、粉末や微粒子、ロッド、ワイヤ、板、ホイルなどの形状が挙げられる。また、サンプルを導入するマイクロチップの基板や容器などの表面(内面)に、スパッタリングや蒸着などの手段で銅を含む薄膜を形成することも可能である。
【0027】
固形銅の形状及び配置場所は、後述する検出手順において検出する光を遮断、反射等しないような構成とすることが好ましい。例えば、基板や容器などの内部あるいは表面の特定の領域にのみ固形銅を配置したり、検出に必要な十分量の光を透過しうる程度に十分に薄く調整したりする方法が挙げられる。また、例えば、固形銅とサンプルとが接触する場所と、サンプルから発せられる蛍光を計測する場所とが分かれており、それら2点間にてサンプルを移動させることのできるサンプル移動手段を兼ね備えた構成とすることもできる。ここで、サンプルが発する蛍光を計測する場所とは、サンプルに対して光を照射することにより、サンプルから発せられる蛍光を計測する場所を指す。
【0028】
サンプルと接触させる銅の量は、検出手順においてサンプルからの蛍光が検出される限り、特に限定されない。固形銅を用いる場合は、銅を含む固形物の量は、サンプルと固形物とが接触する面積、該面積のサンプルの容量に対する割合、サンプルを保持する容器の形状、固形物に含まれる銅の濃度及び銅以外の混入物の種類や量などに合わせて適宜設定される。例えば、実施例に挙げた銅粉末を用いる場合においては、サンプルの容量1ミリリットルに対して、銅粉末は37.5ミリグラム以上であることが好ましい。また、例えば、基板や容器などの表面(内面)に固形銅の薄膜を形成する場合において、二枚のガラス平板に挟まれた、深さが20マイクロメートル程度の空間にサンプルが保持される場合(実施例参照)には、空間を構成する面の少なくとも一面に厚さ20ナノメーター以上の銅をスパッタリングする。
【0029】
(2)サンプル
核酸を含むサンプルとしては、DNAやRNAなどの核酸を含み得るサンプルであれば、いかなるものでもよい。例えば、核酸抽出溶液や、核酸合成物を含む溶液、PCRなどの核酸増幅反応の産物、電気泳動サンプルなどが考えられる。あるいは、核酸溶液サンプルに限らず、細胞自体、組織切片などの細胞を含むものなどをサンプルとして用いることがでる。
【0030】
(3)反応溶液
サンプルと銅との接触は、塩を含む反応溶液中で行うことが好ましい。塩の種類は、本技術の効果を損なわなければ特に限定されず、公知の塩を自由に選択して用いることができる。例えば、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化マグネシウム(MgCl2)などから1種又は2種以上自由に選択して用いることができる(実施例参照)。
【0031】
塩濃度は、特に限定されず、本技術の効果を損なわなければ自由に設定することができる。塩濃度は、0.025M以上に設定することが好ましい(実施例参照)。
【0032】
また、反応溶液は、銅(II)イオンを安定化するキレート剤などの成分(例えば、EDTAやTrisなど)を含まないことが好ましい。
【0033】
(4)接触条件
サンプルと銅との接触時間は、特に限定されず、用いるサンプルや銅の形態に合わせて自由に設定することができる。例えば、液状のサンプルと粉末銅を用いる場合には、十分に攪拌することで、接触時間を短縮することができる。また、銅を含む固形物の薄膜を形成した基板や容器などを用いる場合には、基板や容器の構造を工夫してサンプルとの接触面積を大きくすることで、接触時間を短縮することができる。また、サンプルと銅との接触の際には、反応液と酸素を含む空気との接触面積及び接触時間が極力限定されていることが望ましい。
【0034】
2.検出手順
検出手順では、接触手順後のサンプルから発せられる蛍光を検出する。
【0035】
(1)光照射
サンプルからの蛍光を検出するため、サンプルに対して照射される光(励起光)としては、核酸を含むサンプルと銅とを接触させた後に、サンプルから発せられる蛍光が検出できれば特に限定されない。
【0036】
励起光の光源としては、例えば、水銀ランプ、ハロゲンランプ、キセノンランプ、レーザー、LED、太陽光などを用いることができる。また、光源とサンプルとの間に、望ましい波長のみを選択する波長選別手段を設置することも可能である。この場合、波長選別手段としては、例えば、光学フィルタ、プリズム、グレーティングミラーなどが挙げられる。あるいは、サンプルから発せられる蛍光が検出できれば、例えば近接する分子からのFRETやBRETなどによるエネルギー移動をもって、光照射の替わりとするともできる。
【0037】
励起光は、サンプルからの蛍光を効率よく発生させるため、300〜420nm程度の波長の光を含むことが好ましく、330〜380nm程度の波長の光を含むことが特に好ましい。また、蛍光検出の際の妨げとならないように、励起光は、波長が420nm程度以上の光の強度が十分に低いことが望ましく、波長が500nm程度以上の光の強度が十分に低いことが特に望ましい。
【0038】
励起光の強度は、サンプルから発せられる蛍光を検出するのに十分な強度とされることが好ましい。検出に必要な光の強度は、照射する光の波長範囲、検出対象とする核酸の大きさ・塩基配列・高次構造・量及び濃度、取得したい信号量、検出する光の波長範囲、検出器の感度・種類及び構成などに合わせて適宜設定することが好ましい。励起光の強度を調整する手段としては、例えば、光源の種類及び光源から発せられる光の強度、レンズなどの集光手段の構成、波長選択手段の種類及び構成、NDフィルタ及び絞りなどの光強度調節手段などを含む光照射の光学系の構成、さらには照射する光の密度、照射範囲及び照射時間などを適宜設定することが挙げられる。
【0039】
励起光の光源とサンプルとの間には、光ファイバーやミラーなどによって構成される光移動手段が存在してもよい。光照射を行う際にサンプルを保持する容器については特に限定はされないが、十分量の照射光及び検出すべき蛍光を透過する材料及び構造であることが好ましい。
【0040】
(2)蛍光検出
サンプルから発せられる蛍光の検出は、特に限定されず、従来公知の手段によって行うことができる。検出手段としては、例えば、フォトディテクター、フォトダイオード、フォトマルチプライヤー、CCDカメラ、CMOSカメラなど、光信号を電気信号に変換する素子が用いられる。また、検出手段としては、フィルムなどを用いた撮影や、肉眼による観察なども採用できる。サンプルから発せられる蛍光は、サンプルに近接する蛍光分子に対するFRETなどのエネルギー移動を誘発し、蛍光分子から発せられる蛍光を受光することにより、間接的に検出することもできる。
【0041】
サンプルから発せられた蛍光を効率的に検出するために、サンプルと検出手段との間に、レンズなどの集光手段を設けることが好ましい。また、サンプルと検出手段との間に、光ファイバーやミラーなどによって構成される光移動手段が存在してもよい。
【0042】
蛍光検出は、サンプルに対して光照射と同じ向きから行っても良いし、異なる向きから行ってもよい。特に光照射と蛍光検出とを同じ向きから行う場合においては、それとは異なる方向にミラー面などの光反射手段を設けることで、サンプルから発せられる蛍光の収集効率を向上させることができる。光照射と蛍光検出とが異なる方向であっても、光検出を妨げない配置及び構造の光反射手段を設けることもできるし、あるいは照射する光の波長は透過して検出対象とする光は反射するような波長選択性を有するダイクロイックミラーなどの光反射手段を設けることもできる。
【0043】
サンプルから発せられる蛍光を検出する際に、サンプルに照射した光からもたらされる散乱光、サンプル又はサンプルを保持する容器などからの自家蛍光、その他外部からもたらされる漏れこみ光などの検出対象外の光が存在する場合がある。この場合においては、検出対象外の光が検出手段に達しないよう、サンプルと光検出手段との間に、光選別手段を設けることが好ましい。
【0044】
光選別手段としては、光学フィルタ、プリズム、グレーティングミラーなどの波長選別手段が挙げられる。また、サンプルを導入する基板や容器などの外面ないし内面のうち、光照射する際には影響がなく、蛍光検出の際に光が通過する領域に、望ましい波長の光のみが透過するように、あらかじめ加工を施しておくこともできる。
【0045】
光選別手段は、後述する実施例の結果から、波長420nm程度以上の蛍光のみを選別して検出し得るものであることが好ましく、波長500nm程度以上の蛍光のみを選別して検出し得るものであることが特に好ましい。また、自家蛍光の影響を極力避けたい場合などにおいては、必要に応じて、例えば600nm程度以上の波長のみを検出することも可能である。本技術に係る核酸検出方法では、波長360nm程度の紫外線励起に対して中心波長600nm程度の比較的長波長の蛍光が得られ、ストロークシフトが長い。このため、本技術に係る核酸検出方法は、目的の蛍光を検出する際に、散乱光や他の物質から発せられる自家蛍光の影響を受けづらいことも利点である。
【0046】
光選別手段の他の例として、分子ごとによって蛍光寿命が異なる性質を利用して、光照射後に蛍光検出を行う時間を適宜設定し、検出対象外の光を極力排除し、必要な蛍光を検出する方法も採用できる。
【0047】
(3)蛍光スペクトル検出
サンプルから発せられる蛍光のスペクトル(エキサイテーション・スペクトルもしくはエミッション・スペクトル)を計測する場合においては、光照射及び蛍光検出においてスペクトル計測に適した手段を採用する。
【0048】
エキサイテーション(励起)・スペクトルを計測したい場合には、光学フィルタ、プリズム、グレーティングミラーなどの波長選別手段を用いて、サンプルに照射する光の波長を空間的あるいは時間的に変化させ、検出される蛍光強度の空間的あるいは時間的な変化を計測する。エミッション(蛍光)・スペクトルを計測したい場合には、波長選別手段を用いてサンプルから発せられた蛍光の波長を空間的あるいは時間的に変化させ、それを検出手段に導光して、検出される蛍光強度の空間的あるいは時間的な変化を計測する。また、これらの方法を組み合わせて、エキサイテーション・スペクトル及びエミッション・スペクトルの双方を計測することもできる。
【0049】
サンプルに照射する光もしくはサンプルから発せられた蛍光の波長を空間的に変化させる波長選別手段の具体的な例としては、例えばプリズムやグレーティングミラーなどの波長に応じて光の進行方向を変異させる光学素子を用いることができる。
【0050】
サンプルに照射する光もしくはサンプルから発せられた蛍光の波長を時間的に変化させる波長選別手段の具体的な例としては、例えば光学フィルタの種類の切り替えや、電気的に透過する光の波長を制御できる光学フィルタによる透過光波長の切り替えが採用される。また、プリズムやグレーティングミラーなどの波長に応じて光の進行方向を変異させる光学素子、及びそれら光学素子を通過した光のうち一部の進行方向の光のみを選別することができる光方向選別手段を配置して、それら光学素子及び/又は光方向選別手段の配置や構造を時間的に制御して変化させる方法をとることもできる。これらの手段は電気的に制御することも可能であり、例えばコンピュータを用いて、自動的に選択する光の波長を時間変化させることも可能である。なお光方向選別手段は、スリットやレンズ、ミラー、光ファイバーなどの光学素子を適宜組み合わせて構成できる。
【0051】
波長選択手段で光の波長を時間的に変化させてエキサイテーション及び/又はエミッション・スペクトルを検出する方法においては、波長選別手段によって選別される光の波長をコンピュータで制御し、光検出手段としてフォトディテクターなど光信号を電気信号に変換する素子を用いて計測結果をコンピュータに読み込み、さらに照射した光の波長と測定された蛍光強度との関係を対応づけてコンピュータ上に記録する構成とすることが好ましい。
【0052】
波長選択手段で光の波長を空間的に変異させてエキサイテーション及び/又はエミッション・スペクトルを検出する方法において、光検出手段としては受光素子が一次元方向にアレイ状に並べられたものや、CCDやCMOSなど受光素子が面上に配置されたものなどを用いることができる。
【0053】
(4)蛍光の空間分布の検出
サンプル中に含まれる核酸の空間的な分布や形状などの情報を得る場合、一定の広がりをもつ領域に対して光照射及び蛍光検出をまとめて行い、一度に空間的情報を得る方法が考えられる。また、別法として、検出対象とする部位を時間ごとに変化させ、一定の広がりをもつ領域の内部を順次スキャンしていくことで空間的情報を得る方法も考えられる。
【0054】
前者の場合には、検出対象とする領域全体に渡って光が照射されることが好ましく、さらに領域全体に渡って照射する光の強度が均一であることがさらに好ましい。光検出手段としては肉眼やフィルムを用いた観察のほか、CCDカメラCMOSカメラなど光信号を電気信号に変換する受光素子が二次元に配列した光検出手段を用いることもできる。
【0055】
後者の場合の一例としては、例えば、照射する光としてレーザー光を用い、該レーザー光の照射位置をガルバノミラーなどによって時間変化させ、該レーザーの照射位置より発せられた蛍光を検出して、レーザー照射位置と検出された蛍光強度とを関連づけたデータから蛍光強度の空間分布を取得する方法が挙げられる。この場合、ガルバノミラーなどによる光照射位置の制御及びその記録をコンピュータで行い、検出された蛍光強度とその時点における光照射位置を関連づけたデータをコンピュータ内で構築することで、蛍光強度の空間分布を自動的に解析することが望ましい。
【0056】
他の例としては、線状に光照射する光源と、ラインセンサなどの受光素子が一次元方向に配列した光検出手段などを用いて蛍光分布の一次元的分布を計測し、この位置を順次移動させることで空間分布の情報を得る方法が挙げられる。あるいは、蛍光強度の空間分布を一度に取得できるCCDカメラやCMOSカメラなどの受光素子を使用し、さらにその観察対象とする空間領域を順次移動させることで、さらに広い領域における蛍光強度の空間分布を取得することもできる。これらの場合についても、適宜コンピュータを用いて検出部位の制御及び蛍光検出結果の記録を行い、それらの情報をもとに蛍光強度の空間分布を自動的に解析することが望ましい。
【0057】
3.塩基配列の解析
次に、検出手順において検出された蛍光についての情報に基づいて、核酸の塩基配列を解析したり、核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析する方法について説明する。
【0058】
蛍光についての情報としては、具体的には蛍光の強度及び/又はスペクトル(エキサイテーション・スペクトルもしくはエミッション・スペクトル)であり、加えて蛍光寿命や、蛍光の空間分布及び時間変化などが挙げられる。これらの情報は数値化されることが可能であり、例えばコンピュータ上に記録したり、コンピュータ上で解析のための計算処理を行ったりすることなども可能である。
【0059】
検出手順において取得される蛍光強度は、反応条件や光学系などのほか、核酸の濃度、種類、大きさ、高次構造、塩基配列などに依存する(実施例参照)。特に反応条件及び光学系全体、核酸の種類、大きさ、高次構造、塩基配列が一定である場合には、蛍光強度の計測結果から核酸の濃度について情報を得ることができる。この場合の解析方法としては、あらかじめ濃度が既知の検出対象の核酸を用いて濃度と蛍光強度との関係について情報を得ておき、望ましくは2以上の核酸濃度に対して蛍光強度を測定してキャリブレーションカーブを作成し、検出の結果得られた蛍光強度をこの濃度と強度の関係にあてはめて核酸濃度を計算する、という手順によって行うことができる。さらに核酸濃度と蛍光強度との関係をあらかじめコンピュータ上に記録しておき、蛍光強度から核酸濃度を算出する工程をコンピュータ上で行うことで、この作業を自動的に行うことも可能である。
【0060】
また、検出手順において取得される蛍光のスペクトル及び強度は、特に濃度や反応条件、光学系などが一定であれば、核酸の塩基配列及び高次構造に依存する(実施例参照)。ここで高次構造とは、核酸の一本鎖構造あるいは二本鎖構造、ハイブリダイゼーションによる二本鎖形成の有無及び部位、二本鎖中のミスマッチの有無及び部位などを指す。この性質を利用して、蛍光スペクトル及び強度の計測結果から、核酸の塩基配列や高次構造について情報を得ることができる。より具体的には、例えばサンプル中に含まれる核酸の配列及び高次構造が、あらかじめ既知の有限個の候補のうちのいずれかであることが分かっている場合において、あらかじめそれら候補について蛍光のスペクトル及び強度を計測しておき、これらの計測結果との比較を行うことで、蛍光検出したサンプルに含まれる核酸の配列及び高次構造を推定することができる。2以上のスペクトルを比較する方法としては、例えば特徴量、例えば蛍光最大波長及びその強度や、2以上の波長領域における蛍光強度の比などを計算し、それらの値の比較を行う方法がある。また、比較を行う2つのスペクトルについて差分を計算するなどして類似度を定量化することもできる。あるいは、例えばスペクトルの形状の比較にのみ着目してスペクトルの比較を行う場合において、あらかじめ計測したスペクトルをその最大強度が一定値となるように補正した上で比較を行うこともできる。さらには、例えば蛍光強度に対して変数をかけて最小二乗法などの手法を利用することによって、2つのスペクトルの差異が最小となる変数値及びその点における2スペクトルの差異の大きさを定量化することもできる。これらの手法については、核酸の配列及び高次構造と、蛍光のスペクトル及び強度との関係を、あらかじめコンピュータ上に記録しておき、計測された蛍光スペクトル及び強度の情報から核酸の配列及び高次構造を推定する工程をコンピュータ上で行うことで、この作業を自動的に行うことも可能である。
【0061】
検出手順において取得される蛍光の空間分布及び時間変化を解析したい場合においては、例えばその空間を目視で確認し、その特徴を観察したり、定性的な分類をおこなったりすることができる。あるいは蛍光像をコンピュータ上に取り込み、画像処理によって定量的な解析を行うことができる。ここで画像処理の例としては、例えば二値化処理などによる蛍光を発している領域の抽出を行い、それら領域の面積及び輪郭線の長さ、円形度、中心や重心などの位置、領域中における蛍光強度の総和、平均値、中央値、分散、標準偏差などの数値を計算することができる。あるいはパターンマッチングや学習アルゴリズムなどを応用することで、特定の形状の領域を識別したり、形状の分類を行ったりすることもできる。
【0062】
4.応用例
本技術に係る核酸検出方法は、上述の接触手順及び蛍光手順に、必要に応じて塩基配列の解析を組み合わせることで、様々な分野で利用することができる。以下に、本技術に係る核酸検出方法の応用例について説明する。
【0063】
(1)微細な遺伝子配列の違いの検出
本技術では蛍光スペクトル及び/又は強度を計測することによって、サンプルに含まれる核酸の塩基配列について情報を得ることが可能である。しかしながらサンプルに多数の核酸が含まれると、検出される蛍光スペクトル及び/又は強度が平均化され、微細な遺伝子配列の違いを識別できなくなる可能性があることから、必要に応じて以下に例示するような、検出対象とする核酸の範囲を限定するための方法を組み合わせることが好ましい。
【0064】
ここで、微細な遺伝子配列の違いとして、例えば一塩基多型(SNPs)などを挙げることができる。核酸の塩基配列を解析することは疾患の診断などにおいて非常に有用であることが知られている。SNPsを解析することで、心臓病など種々の疾患に対するリスクが診断できることが公知である。
【0065】
検出対象とする核酸の範囲を限定する方法の第一の例として、サンプルに含まれる核酸から、解析対象としたい配列を含む部分のみを取り出す方法が挙げられる。具体的には、例えば基板上やビーズなどに固定化したプローブDNAを用いたハイブリダイゼーションによる方法、電気泳動による方法、PCRなど核酸増幅技術を用いて対象配列のみを増幅する方法などが挙げられる。また、これらの方法に対して、制限酵素反応やライゲーション反応などを組み合わせてもよい。
【0066】
第二の例として、サンプルに含まれる核酸のうち、特定の塩基のみからのシグナルを選択的に取得する方法が挙げられる。具体的には、本技術において見出された現象である、相補鎖を形成していないチミン(T)配列から特に強い蛍光が検出される現象を利用する方法が挙げられる。この方法では、サンプルに含まれる核酸のうち、変異検出を行いたい部位を除く配列とハイブリダイズして二本鎖核酸を形成するような1つ以上のプローブ核酸をあらかじめ準備しておき、これと遺伝子配列の変異を検出したい核酸とをハイブリダイズさせたものをサンプルとして用いる。プローブ核酸は、例えば解析対象配列中のアデニン(A)がその他の塩基と置き換わる変異がある場合、当該部位に相当するプローブの配列にTを配置しておく。これにより、当該部位の塩基がA以外に置き換わった際にTのミスマッチが生じ、強い蛍光が測定される。あるいは解析対象配列中のTがその他の塩基と置き換わる変異がある場合は、当該部位に相当するプローブの配列にA以外の塩基を配置しておく。これにより、変異が存在しない場合にのみ、二本鎖を形成していないTから強い蛍光が測定される。
【0067】
プローブ核酸は、例えばDNA、RNAのほか、ペプチド核酸(PNA)、ホスホロチオエート型オリゴヌクレオチド、BNA (LNA)などで構成することができる。
【0068】
第三の例として、検出手順において、光照射ないし蛍光検出の対象となる物理的な領域を限定する方法が挙げられる。例えばサンプルに照射する光としてエバネッセント光などの近接場光を用いるなど、特に限定された特定の領域にのみ光照射がなされる方式を採用することが挙げられる。この方法はさらに、核酸を特定位置に保持ないし移動させる手段と組み合わせることができる。核酸を特定位置に保持ないし移動させる手段としては、例えば固体表面上に固定化するほか、ナノポアなど非常に微細な流路を通過させたり、酵素などのたんぱく質中を移動させたりすることが挙げられる。
【0069】
光照射ないし蛍光検出の対象となる物理的な領域を限定するその他の方法としては、例えばFRETやBRETなどのエネルギー移動を利用する方法が挙げられる。光照射においては、例えば検出したい領域の近傍にFRETやBRETなどを誘発する分子を配置しておき、該分子からのエネルギー移動をもって局所的な光照射とできる。蛍光検出においては、検出したい領域の近傍に、サンプルから発せられる蛍光のエネルギーを受けてFRETを誘発できる蛍光分子を配置し、該蛍光分子から発生される蛍光を検出することでもって局所的な蛍光検出とできる。
【0070】
(2)DNA分子のメチル化の解析
DNA分子のうちシトシン(C)は、細胞内のゲノム中においてメチル化されることが知られている。シトシン(C)のメチル化の有無は、バイサルフェート反応においてウラシル(U)に置換されるかどうかで検出することが可能である。すなわち、適切な条件下で核酸のバイサルフェート(亜硫酸水素塩)処理を行うと、メチル化されていないシトシン(C)のみを選択的にウラシル(U)に変換できる。このため、ウラシル(U)の検出により、非メチル化シトシンの存在を検出できる。
【0071】
核酸と銅との複合体に由来する蛍光は、ウラシルとチミンで強度が高く、シトシン及びメチル化シトシンでは検出されない(実施例参照)。従って、バイサルフェート処理によってサンプルに含まれる核酸中の非メチル化シトシンを選択的にウラシルに変換し、これに伴ってサンプルで検出される蛍光の強度及び/又はスペクトルの変化量を調べることで、核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化の有無及び量を解析することができる。さらに、上記の「微細な遺伝子配列の違いの検出」で説明した方法を組み合わせて用いることで、核酸の塩基配列中におけるメチル化シトシンあるいは脱メチル化シトシンの位置などのより詳細な解析を行うこともできる。
【0072】
メチル化解析は、具体的には以下の手順により行うことができる。まず、核酸を含むサンプルを、従来公知の手法に従って、バイサルフェート処理する。次に、バイサルフェート処理前のサンプル及び処理後のサンプルから蛍光の強度及び/又はスペクトルの検出を行う。そして、バイサルフェート処理の前後のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルを比較する。メチル化されていないシトシンの量が多いほど、バイサルフェート処理によって生じるウラシルの量が多くなるため、バイサルフェート処理前後のサンプルの蛍光を比較することにより、核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化の有無及び量についての情報を得ることができる。
【0073】
サンプルに含まれる核酸の塩基配列中にチミンが多く含まれると、チミン由来の蛍光がノイズとなって、ウラシルからの蛍光のシグナル・ノイズ比が低下するおそれがある。また、核酸の塩基配列中にバイサルフェート処理によってウラシルに変換される非メチル化シトシンが複数存在する場合がある。これらの場合において、核酸の塩基配列の特定領域におけるメチル化解析を行うためには、以下の方法を組み合わせて用いることが有効である。
【0074】
第一に、バイサルフェート処理後のサンプルに含まれる核酸について、メチル化解析の対象とする領域を増幅あるいは濃縮する方法が挙げられる。具体的には、PCRなどの核酸増幅方法や、核酸ハイブリダイズ反応を利用した核酸濃縮方法が用いられる。
【0075】
第二に、メチル化解析の対象とする領域以外から発生する蛍光を抑制する方法がある。核酸と銅との複合体に由来する蛍光は、一本鎖DNA中のチミンで強度が高く、二本鎖DNA中のチミンでは大きく抑制される(実施例参照)。従って、解析対象外の領域に対して相補的な塩基配列を有するマスク用の核酸鎖をハイブリダイズさせ、解析対象外の領域に存在するチミンからの蛍光を抑制することで、解析対象領域からの蛍光を高効率に検出することが可能となる。あるいは、クエンチャーを用いて解析対象外の領域から発生する蛍光を抑制する方法も採用できる。核酸と銅との複合体に由来する蛍光は、クエンチャーを隣接させることで抑制が可能である(実施例参照)。従って、解析対象外の領域に対してクエンチャーを配置することで、解析対象領域からの蛍光を高効率に検出することが可能となる。
【0076】
第三に、メチル化解析の対象とする領域のみを選択的に励起するか、該領域からの蛍光のみを選択的に検出する方法がある。具体的には、核酸と銅との複合体を励起して蛍光を生じさせることが可能なドナープローブを解析対象領域に隣接するように配置し、FRETやBRETなどによるエネルギー移動を利用して解析対象領域のみを選択的に励起する。これによって、解析対象領域から蛍光のみを検出することができる。または、核酸と銅との複合体からの蛍光のエネルギー移動によって励起され、異なる波長の蛍光を発するアクセプタープローブを解析対象領域に隣接するように配置し、アクセプタープローブの蛍光検出によって解析対象領域から蛍光を検出してもよい。なお、以上に説明した方法は、任意に組み合わせて用いることが可能である。
【0077】
(3)細胞核の観察及び計測
有核細胞を含むサンプルについて本技術に係る核酸検出方法を行い、核酸の空間分布の検出を行って、その分布及び形状を解析することによって、組織切片や細胞などの中に含まれる細胞核の分布、位置、数、大きさ、形状などに関する情報を得ることができる。
【0078】
これらの情報から有核細胞の数を算出することも可能であり、さらにサンプルを導入する容器などの内部形状を適切に設計し、一定領域内に一定の容積のサンプルが保持されるように設計することで、サンプルに含まれる有核細胞の濃度計測にも利用可能である。また、細胞の核の形状と数とを合わせて計測することにより、細胞核の形状が異なる複数種類の細胞の識別やカウントを行うこともできる。例えば、白血球は顆粒球、単球、リンパ球と種類によって核の形状が異なることが知られている。これら白血球の種類を識別したり、これら各々のカウントを行ったりする用途において、本技術に係る核酸検出方法が利用可能である。
【0079】
また、例えば、マラリアの病状を引き起こす原因となる寄生虫として知られるマラリア原虫の種類として、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫などが知られている。さらに、ステージとして輪状体(ring form)、栄養体(trophozoite)、分裂体(schizont)、生殖母体(gametocyte)などが知られている。これら種類を適切に鑑別することは、感染患者の治療方針を適切に行うためには非常に重要である。マラリア原虫の種類の鑑別手段として、遺伝子や抗原を検出する簡便な方法も存在するが、従来は、原則としてギムザ染色により核の形状を観察することが行われている。しかしながら、この方法では、染色が不十分なときに診断ミスを引き起こしやすいなどの問題があった。これに対し、本技術に係る核酸検出方法をマラリア原虫の種類の鑑別手段に応用すれば、従来の染色試薬を必要としないため、染色作業が簡便で洗浄作業も必要としない、より簡便かつ確実な方法でマラリアなどの診断を行うことが可能となる。
【0080】
(4)微小粒子の解析
細胞やビーズなどの微小粒子を含む液状サンプルを用いて、これら細胞やビーズなどの粒子に内包あるいは固定化された核酸を検出する場合、粒子は静止した状態であってもよいが、マイクロ流路中に通流させた状態であってもよい。例えば、液状サンプルをシース流とともにフローセル内に導入して、液体サンプルをシース流で挟み込みラミナフローを形成し、そのフローセル中を流れる粒子が発する蛍光を検出できる。このようなフローセルの構造としては、フローサイトメトリー技術として広く研究開発及び実用化がなされているものを用いることができる。
【0081】
(5)Lab-On-Chipへの適用
本技術に係る核酸検出方法は、マイクロ流路チップなどの容器内においてサンプルの処理や検出などを行う、Lab-On-Chipの中に組み込むことが可能である。この場合、当該容器中に、使用目的に応じてサンプル前処理工程を導入し組み合わせることによって、より利便性を高めることができる。
【0082】
核酸の検出や配列解析のためのサンプル前処理工程として、例えば核酸の抽出や、分離、増幅などを挙げることができる。より具体的には、例えば電気泳動、ゲル濾過カラム及び吸着カラムなどによる分離や、PCR反応などによる増幅などが挙げられる。これらの手段をマイクロチップ中に込みこむことは、既知の技術によって行うことができる。
【0083】
あるいは、細胞に含まれる核などの観察、検出、解析などのためのサンプル前処理工程として、例えば特定の細胞の選別、濃縮を挙げることができる。特定の細胞を選別ないし濃縮する手段としては、細胞の種類によって異なる性質、例えば大きさ、比重、頑丈さ、抗体など特定物質への結合力など、を利用する方法を採用できる。一例として、観察したい細胞もしくは観察対象から除外したい細胞に対して特異的に結合する抗体を容器内面ないしビーズなどに固定化しておき、当該抗体への結合の有無を利用して細胞を選別ないし濃縮することができる。また、例えば、磁性体の微粒子に抗体が固定化されたものを用意し、磁気を用いてその磁性体が結合した細胞のみ、もしくは磁性体が結合していない細胞のみを選別することも可能である。さらに、例えば、例えばサンプルを適当な浸透圧変化や酸、アルカリなどの条件下に置くことで、赤血球のみを破壊し取り除いて、白血球のみを選別することもできる。他の例として、例えば、ヒト血液中のマラリア原虫を観察する場合において、マラリア原虫が感染した赤血球は、その赤血球内にヘモゾインと呼ばれる磁性体が形成されることが以前より知られており、このような赤血球を磁気によって分離、濃縮することが可能である。この方法を本技術に係る核酸検出方法と組み合わせることで、簡便かつ確実にマラリア原虫を観察することが可能となる。
【0084】
〈B〉蛍光色素
次に、本技術に係る蛍光体について具体的に説明する。
【0085】
蛍光顕微鏡やフローサイトメーター、遺伝子増幅反応、遺伝子シーケンシング反応、タンパク質など生体分子の定量、タンパク質など生体分子同士の結合能の計測などの目的で、細胞や組織、生体分子などを観察、解析するため、フルオロセインやフィコエリスリンなど様々な色の蛍光を発する色素が利用されている。これら蛍光色素は、その色素が結合した生体分子の局在について情報を得るほか、例えば色素を抗体や核酸プローブなどに結合させることで、抗体や核酸プローブが識別する対象分子の所在や量について情報を得るためのツールとして用いられる。蛍光色素の色を数多く用意できると、より多くの対象分子について解析を行うことができる。
【0086】
上述した本技術に係る核酸検出方法の技術を用いることで、様々なスペクトルの蛍光体を形成できる。すなわち、核酸と銅との複合体は、核酸の塩基配列及び長さに依存して異なるスペクトルや異なる強度の蛍光を発する。核酸と銅との複合体のこの性質を利用することで、該複合体を様々なスペクトルを発する蛍光体として用いることができ、例えば抗体にラベルされる蛍光色素として用いることができる。
【0087】
本技術に係る核酸の検出方法は以下のような構成をとることもできる。
(1)核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法。
(2)前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸の塩基配列を解析する上記(1)記載の検出方法。
(3)前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析する上記(1)記載の検出方法。
(4)前記サンプルをバイサルフェート処理する手順を含み、前記検出手順においてバイサルフェート処理前のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、バイサルフェート処理後のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、の差分に基づいて、前記核酸におけるシトシンのメチル化を解析する上記(1)記載の検出方法。
(5)前記銅は、固形の銅である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の検出方法。
(6)前記接触手順は、塩の共存下で前記サンプルと銅とを接触させる手順である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の検出方法。
(7)前記検出手順は、波長300〜420nmの光を前記サンプルに照射することにより、サンプルから発せられる蛍光を検出する手順である上記(1)〜(6)のいずれかに記載の検出方法。
【実施例1】
【0088】
実施例1では、Cu(II)イオンをアスコルビン酸で還元することでCu(I)イオンを発生させた溶液中に核酸を混合すると、一定の条件下にて紫外線照射に対してオレンジ色の蛍光が発せられることを示した。
【0089】
<材料と方法>
銅:CuSO4水溶液と(+)-Sodium L-ascorbate(以下、「S.A.」と表記する)は、Sigma-Aldrichより購入した。
核酸:BioDynamics laboratory Inc. (Tokyo, Japan)より購入したSonicated Salmon Sperm DNA(以下、「ssDNA」と表記する)を用いた。また、オリゴDNAには、Invitrogen社より購入したカスタムオリゴを用いた。
緩衝液(バッファー):DOJINDO Laboratories(Kumamoto, Japan)より購入したHEPPSOを、メーカー提供のプロトコルに準じてpH8.5に調製して用いた。
蛍光測定器:NanoDrop 3300(Thermo Fisher Scientific, Inc., Waltham, MA, USA)又はF-4500形分光蛍光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いた。NanoDrop 3300の励起光にはUV LED光源を用い、励起光で励起した際の蛍光スペクトルを計測した。付属のソフトウェアを用いて、スペクトル強度が最大となる波長でのRelative Fluorescence Units(RFU)をピークRFU値として取得した。F-4500形分光蛍光光度計には、Helix Biomedical Accessories, Inc.社製の石英キャピラリーと専用アダプターセルを使用した。なお以下で特に断りがない場合は、NanoDrop3300を使用した。
吸光測定器:NanoDrop 1000 Spectrophotometerを用いて吸収スペクトルを計測した。
サンプル調製と蛍光測定:50mMのHEPPSOバッファーに、塩化ナトリウム(250mM)、CuSO4(0〜4mM)、S.A.(4, 50mM)、ssDNA(1mg/ml)あるいはオリゴDNA(50, 250, 500μM)を混合してサンプル20μlとした。なお、S.A.は混合液中においてCuSO4から生じるCu(II)イオンをCu(I)イオンに還元する作用を有することが知られている(非特許文献31参照)。
【0090】
<結果>
ssDNAについて、S.A.濃度50mMの条件下でCuSO4の濃度を変化させて取得された蛍光スペクトル及びRFU値を、図1及び図2にそれぞれ示す。(A)は蛍光スペクトルを示し、(B)はピークRFU値を示す。
【0091】
オリゴDNAについて、CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下で取得された蛍光スペクトルを、図3及び図4に示す。オリゴDNA濃度は、20, 10, 6, 3塩基長のものについてそれぞれ50, 50, 250, 500μM, とした。図3は、配列番号1〜6に記載の塩基配列からなるオリゴDNAの結果を示す。横軸は波長を示し、(A)の縦軸は各波長でのRFU値、(B)の縦軸は各波長でのRFU値をRFUの最大値で除した値を示す。図4は、配列番号2に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(以下、T(20)と表記する)の結果(A)、配列番号10に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(T(6))の結果(B)、配列番号12に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(T(3))の結果(C)、配列番号11に記載の塩基配列からなるオリゴDNA(A(3))の結果(D)を示す。横軸は波長を示し、縦軸は各波長でのRFU値を示す。
【0092】
図に示されるように、核酸の塩基配列に依存して蛍光スペクトルのパターン(ピーク波長や強度)が変化していることが確認された。
【0093】
次に、T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAについて、CuSO4濃度0.4mM、S.A.濃度4mMの条件下で蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの経時変化を測定した。S.A.の添加は、初回の蛍光スペクトル及び吸収スペクトルの測定直前に行い、その後、8, 14, 24, 35分後に蛍光スペクトルあるいは吸収スペクトルの測定を行った。結果を図5及び図6に示す。図5上段は縦軸をRFU値(絶対値)とした蛍光スペクトル、中段は縦軸をRFU値(相対値)とした蛍光スペクトル、下段は吸収スペクトルを示す。図6は、ピークRFU値の経時変化(A)と、波長346nmにおける吸光度の経時変化(B)を示す。
【0094】
図に示されるように、T(20)、T(6)、T(3)の全てのオリゴDNAで、30分を経過後、蛍光がほとんど消失した。特に、塩基長が短いオリゴDNAでは、蛍光の消失が早かった。35分後の蛍光スペクトルの測定直後に、サンプルに44mMのS.A.溶液を1.8μl再添加し測定を行ったところ、蛍光を再度検出できた。このことから、蛍光の消失は、Cu(I)イオンのCu(II)イオンへの酸化によるものと考えられた。なお、T(6)及びT(3)のオリゴDNAの蛍光スペクトルでは、ピーク強度の減少とともに、短波長側に新たなピークの出現がみられた。
【0095】
一方、各オリゴDNAの吸光スペクトルについても経時的にピーク強度の減少が認められた。吸光スペクトルの減衰は、蛍光スペクトルの減衰に比して緩徐であった。
【0096】
T(20)、T(6)、T(3)のオリゴDNAについて、F-4500形分光蛍光光度計で取得した2次元蛍光スペクトルを、それぞれ図7(A)〜(C)に示す。また、図8に、各オリゴDNAでの励起スペクトル(破線)と蛍光スペクトル(実線)を示す。スペクトルの測定は、蛍光波長については1nm間隔、励起波長については2nm間隔で行った。
【0097】
図に示されるように、オリゴDNAの塩基長に依存して蛍光スペクトルのパターンが異なることが確認される。また、励起スペクトルについても、塩基長に依存してパターンが異なっていることが確認された。
【0098】
塩基配列とスペクトルとの関係をさらに調べるため、配列番号11〜18に記載する、アデニン(A)及びチミン(T)の組み合わせによってなる3塩基長の配列からなるオリゴDNAについて、蛍光の計測実験を行った。結果を、図9及び図10に示す。図9の横軸は波長を示し、(A)の縦軸はNanodropで計測した各波長でのRFU値、(B)の縦軸は各波長でのRFU値をRFUの最大値で除した値を示す。図10には、RFUの最大値及びピーク波長を3回計測して得た平均値及び標準誤差を示す。
【0099】
図に示されるように、オリゴDNAの塩基配列によって蛍光の強度やピーク波長が変化することが確認された。
【0100】
配列番号19及び配列番号20に記載する配列からなるオリゴDNAについて同様の計測を行った結果を、図11に示す。ウラシル(U)を含む配列番号20に記載する配列からなるオリゴDNAでは、チミン(T)のみを含む配列番号19に記載する配列からなるオリゴDNAと比較して、蛍光強度が微弱であるものの、類似のスペクトル形状及びピーク位置の蛍光を発することが確認された。
【0101】
<考察>
本実施例では、CuSO4とS.A.を混合した、塩化ナトリウムを含むHEPPSOバッファー溶液中にDNAを混合すると、紫外線照射によって波長500nm〜700nm程度のオレンジ色の蛍光が観察されることを示した。また、蛍光の強度はCuSO4濃度に依存し、蛍光強度及びスペクトルは核酸の塩基配列による影響も受けることが確認された。
【0102】
蛍光は少なくともチミン(T)、アデニン(A)もしくはウラシル(U)を含むオリゴDNAより確認された。また、チミン(T)とアデニン(A)よりなる3塩基長のオリゴDNAを用いた実験からは、いずれの配列からも蛍光は観察され、しかもその蛍光強度及びスペクトルには、チミン(T)ないしアデニン(A)の量のみでなく、それらのオリゴDNA上における位置(配列順序)も影響することが示された。
【0103】
また、S.A.添加後に時間が経過すると、蛍光強度は経時的に減衰したが、これはS.A.再添加により回復した。ところでCu(I)イオンは酸素存在下では非常に不安定で、S.A.による還元の効果が消えると速やかにCu(II)や固形の銅に変化する。このことから、蛍光は、Cu(I)イオンと核酸との複合体から発生するものであると考えられた。また、銅と核酸との作用による蛍光を検出するためには、反応溶液と空気中の酸素との接触を極力避けることが望ましいと考えられた。
【実施例2】
【0104】
実施例2では、核酸を含む水溶液と固体の銅とを接触させると、一定条件の下で紫外線照射に対し、実施例1で観察されたのと同様のオレンジ色の蛍光が発せられることを示した。
【0105】
<方法と材料>
核酸に接触させる銅として、和光純薬工業株式会社製の銅粉末(Copper, Powder, -75um, 99.9% / Cat.No.030-18352 / Wako Pure Chemical Industries, Ltd., Osaka, Japan)を用いた。
RNAとしては、Rat Brain Total RNA (Cat.No.636622, Takara Bio Inc., Otsu, Japan)を使用し、これをDEPC treated water (Cat.No.312-90201/Wako Pure Chemical Industries, Ltd., Japan)に溶解したものを用いた。
PIPES, ACES, BES, TAPSO, HEPPSO, EPPS, TAPS, CAPS, TES, Tricine及びPOPSOはDOJINDO Laboratories(Kumamoto, Japan)より購入したものを用い、メーカー提供のプロトコルに準じてpHを調整して用いた。その他の試薬は実施例1と同じものを用いた。
【0106】
核酸と銅との接触は、総量40マイクロリットルの水溶液中に、各種の核酸、塩、及び銅粉末を混合し、15分間攪拌することにより行った。加えた銅粉末の量は、特に断りがない限り水溶液1mlに対して375mgとした。また塩の量は、特に断りがなければ500mMの塩化ナトリウム(NaCl)とした。
【0107】
サンプルを遠心機にかけて銅粉末を沈殿させた後、その上清について蛍光のスペクトルと強度の計測を行った。蛍光スペクトルと強度の測定は、実施例1と同様の手順で行った。
【0108】
<結果>
1.5 mg/mlのssDNAを加えた反応溶液について、蛍光測定を3回行った結果を図12に示す(横軸:波長、縦軸:RFU)。図に示されるように、核酸を含むサンプルを固形の銅と接触させた後にUV励起すると、サンプルから600nm付近をピークとする蛍光が検出できた。
【0109】
次に、銅粉末の量を反応液1mLに対して375mg、250mg、125 mg、62.5 mg、37.5 mg、12.5 mg及び0 mgとした反応溶液に1.5 mg/mlのssDNAを加え、蛍光測定を3回行った結果を図13に示す。図に示されるように、蛍光強度は、銅粉末の量に依存した。本実施例で用いたCu粉末では、37.5 mg/ml以上の量があれば明白な蛍光が観察された。一方、12.5 mg/ml以下では明白な蛍光は確認されなかった。
【0110】
続いて、反応溶液中の塩の種類及び濃度を変更し、1.5 mg/mlのssDNAを加えた場合に検出される蛍光強度を比較した。結果を図14に示す。(A)は濃度0.5、0.25、0.1、0.05、0.025、0Mの塩化ナトリウム(NaCl)を添加した反応溶液で検出された蛍光の強度を示す。(B)は0.45M塩化ナトリウム(NaCl)、0.45M塩化カリウム(KCl)、0.45M塩化マグネシウム(MgCl2)及び45%エタノール(EtOH)を添加した反応溶液で検出された蛍光の強度を示す。蛍光強度は604nmにおけるRFUを示し、各々3回ずつ測定を行った結果の平均及び標準誤差を図示した。図に示されるように、蛍光強度は、塩化ナトリウム濃度に依存した。また、塩化ナトリウムのほか、塩化カリウムや塩化マグネシウムを共存させた場合においても、蛍光が検出された。
【0111】
図15には、反応溶液に添加する核酸濃度を変化させた場合に検出される蛍光強度を比較した結果を示す。(A)は、反応液中に5、2.5、1、0.5、0.25、0.1、0.05、0 mg/mlのssDNAを加えて検出された蛍光の強度を示す。(B)は、反応液中に2.5、0.25、0 mg/mlのRNA加えて検出された蛍光の強度を示す。横軸は核酸濃度を示し、縦軸は蛍光波長604nmにおけるRFUを示す。計測は3回行った。なお、塩化ナトリウム(NaCl)濃度は0.25M、銅粉末の量は1mlに対して200mgの割合とし、以下の実験でも特に断りがなければこの条件を用いた。図に示されるように、蛍光強度は、DNA濃度及びRNA濃度に依存した。
【0112】
次に、配列番号1,2,5,6,9に記載する、異なる配列よりなるオリゴDNAを0.1mM添加した反応溶液について蛍光測定を行った。結果を図16に示す。(A)の縦軸はNanodropで計測したRFU値、(B)の縦軸はピーク高さを1とした相対値でのRFU値を示す。図に示されるように、蛍光強度及びピーク波長は、塩基配列の影響を受けた。特にチミン(T)の割合が高いと蛍光強度が強く、ピーク波長が長めになる傾向があることが確認できた。
【0113】
配列番号1,2,5,6に記載する配列よりなるオリゴDNAを添加した反応溶液については、F-4500形分光蛍光光度計を用いた計測も行った。図17は、360nm(スリット幅10nm)の励起光を照射した際の、400nm〜700nmにおける蛍光スペクトル(スリット幅2.5nm)を計測した結果である。ここでも、チミン(T)及びアデニン(A)の組み合わせによりなる配列では、チミン(T)の割合が高いと蛍光強度が強く、ピーク波長が長めになる傾向があることが確認できた。図18は、励起光を330nm〜390nm(スリット幅3nm)及び400nm〜700nm(スリット幅2.5nm)でスキャンして励起−蛍光スペクトルを計測した結果である。(A)は3次元表示、(B)は等高線表示を示す。軸EXは励起波長(nm)、軸EMは蛍光波長(nm)を示し、高さ方向が蛍光強度を示す。これらの結果から、DNAの塩基配列の違いによって励起及び蛍光のスペクトル及び強度が変化することを読み取ることができた。
【0114】
塩基配列とスペクトルとの関係をさらに調べるため、配列番号21〜26に記載する、8塩基のシトシン(C)と12塩基のチミン(T)の組み合わせ配列からなるオリゴDNAについて、蛍光の計測実験を行った。結果を図19に示す。図に示されるように、オリゴDNAの塩基組成が同じであっても配列が異なる場合、蛍光強度が異なった。
【0115】
次に、ミスマッチを含む二本鎖のDNAについて、蛍光スペクトルのパターンを計測する実験を行った。二本鎖DNAには、配列番号1に示す配列からなるオリゴDNAと配列番号2に示す配列からなるオリゴDNAの混合物((e)+(f))、配列番号5に示す配列からなるオリゴDNAと配列番号2に示す配列からなるオリゴDNAの混合物((d)+(f))、及び配列番号1に示す配列からなるオリゴDNAと配列番号6に示す配列からなるオリゴDNAの混合物((e)+(c))、の3種類を用いた。いずれのオリゴDNAも、最終濃度0.5 mg/mlで混合した。結果を図20に示す。(A)の縦軸はNanodropで計測したRFU値を示し、(B)の縦軸はピーク高さを1とした相対値でのRFU値を示す。横軸は波長(nm)を示す。図に示されるように、二本鎖DNAでは一本鎖と比較すると蛍光強度は低くなっているが、チミン(T)にミスマッチが入った二本鎖DNAで強い蛍光が確認された。
【0116】
反応溶液のバッファーの種類及びpHを変更した場合に検出される蛍光強度を比較した。結果を図21に示す。(A)は、ssDNAを含むサンプル(+)及び核酸を含まないサンプル(−)における、各バッファー条件下でのピークRFU値の相対値を示す。(B)は、配列番号1に示す配列からなるオリゴDNAを含むサンプルにおける同条件下でのピークRFU値の相対値を示す。(C)は配列番号2に示す配列からなるオリゴDNAを含むサンプルにおける同条件下でのピークRFU値の相対値を示す。各バッファーの濃度は50mMとし、ssDNAの終濃度は0.5 mg/ml 、オリゴDNAの終濃度は25mMとした。なお、ピークRFU値の相対値とは、バッファーを含まない条件下で計測したピークRFU値を1とした相対値を表す。蛍光強度は、バッファーの種類に依存した。また、いずれのバッファーにおいても核酸が存在しない場合には蛍光はほとんど検出されなかった。
【0117】
<考察>
本実施例の結果から、核酸を固形の銅粉末と接触させた場合にも、適切な塩濃度などの条件下において、核酸をCu(I)イオンと接触させた場合と同様に、蛍光を検出できることが示された。イオンによる場合と固形の銅による場合では、波長特性や配列依存性などの性質がほぼ同一であることから、これらで観察されている蛍光は同じメカニズムによるものと考えられた。また、核酸としてRNAを用いても蛍光が観察された。さらに、二本鎖DNAにおいては、特にチミン(T)にミスマッチが存在している場合に強い蛍光が観察された。このことから、相補配列との結合は、核酸の銅との結合による蛍光体の形成に対して阻害要因となる可能性が示唆された。また、ミスマッチ部位での蛍光強度の上昇は、核酸の塩基配列に含まれる変異を検出する方法への応用が可能と考えられた。
【0118】
また、各種バッファー条件での蛍光を比較した実験では、PIPES, BES, HEPPSO, EPPS, TAPS, CAPS, TES, POPSOのバッファー中で蛍光が観察され、特にPIPES, HEPPSO, EPPS, POPSOのバッファーで強い蛍光が検出された。蛍光は、pH範囲7.0〜10.5の範囲で観察することができた。バッファーの種類とpHに依存した蛍光強度の変化は、核酸の塩基配列に応じて異なるパターンを示すことが見出された。一方、Cu(II)イオンをキレートして安定化する性質を有するバッファーを含む溶液中では蛍光が観察されない傾向が認められ、本実施例中にデータは掲載していないが例えばトリスバッファーや、EDTAなどを含む反応液を用いた場合では、蛍光はほとんど観察されなかった。
【実施例3】
【0119】
実施例3では、ガラス表面にスパッタリングした銅に核酸を接触させた後に蛍光が検出できることを確認し、蛍光の特性を解析した。
【0120】
<材料と方法>
DNAは実施例1に記載のssDNAを、RNAは実施例2に記載のものを用いた。
ガラス表面への銅スパッタリングは、装置にULVAC, Inc. (Kanagawa, Tokyo)のSH-350を用い、Cu Target, 99.99% (Kojundo Chemical Laboratory Co., Ltd, Saitama, Japan)を装着して実施した。スパッタリングの厚みは40 nmとし、事前に計測した堆積速度をもとに適切なスパッタ時間を定めた。銀スパッタガラスとしては、株式会社協同インターナショナル (Kyodo International, Inc., Kanagawa, Japan)に作製のものを用いた。
【0121】
銅ないし銀をスパッタしたスライドガラス、もしくは未処理のスライドガラスに、サンプル溶液をのせて、その上から松浪硝子工業株式会社製のギャップカバーガラス(Gap cover glass, 24x25 No.4 / #CG00024 / Matsunami Glass Ind., Ltd., Osaka, Japan)を被せた。5分程度静置した後、蛍光の観察を行った。観察には、Nikon社製の倒立顕微鏡 Ti-U (Nikon Co., Tokyo, Japan)を使用し、蛍光撮影には、フィルタセットUV-1A (Ex: 365/10, DM: 400, BA: 400 / Nikon)を使用した。画像の撮影及び記録にはデジタルCCDカメラRetiga 2000R (QImaging, BC, Canada)及び20倍の対物レンズを使用した。
【0122】
<結果>
5 mg/mlのDNA及び0.5MのNaClを含むサンプルを、銅スパッタガラス上に5分間静置した後に撮影した画像を図22に示す。また、5 mg/mlのRNA及び0.5MのNaClを含むサンプルを、銅スパッタガラス上に5分間静置した後に撮影した画像を図23に示す。
【0123】
図22(A)に示すように、DNAを含むサンプルを用いた場合には、撮像領域全体から滑らかな蛍光が観察された。一方、図23(A)及び(B)に示すように、RNAを含むサンプルを用いた場合には、撮像領域内に波状に広がる、特有のパターンの蛍光が観察された。このRNAに特有のパターンは、一本鎖のRNAが互いにハイブリダイズして高次構造を形成したことが要因と予想された。
【0124】
次に、撮像領域内の蛍光強度を数値化した。撮影した各々の画像において、図22(B)に例示ように9分割し、中央部の9分の1区画(図中符号C部分)の領域を計測範囲として、計測範囲内の蛍光強度の平均値を算出した。各サンプルについて、スライド上の任意の5ヶ所を撮影し、各画像から上記平均値を算出した。得られた5つの平均値について、さらに平均と標準偏差を計算した。
【0125】
DNAあるいはRNAを含むサンプルをガラス上にスパッタリングした銅あるいは銀に接触させた場合に取得された蛍光強度を図24に示す。図中、「DNA/Cu」、「RNA/Cu」、「(-)/Cu」は、それぞれ5 mg/ml DNA含むサンプル、5 mg/ml RNA含むサンプル、核酸を含まないサンプルについて、Cuスパッタガラス上で蛍光強度を計測した結果である。また、「DNA/Ag」、「RNA/Ag」、「(-)/Ag」は、それぞれ5 mg/ml DNA、5 mg/ml RNA、核酸を含まないサンプルについて、Agスパッタガラス上で蛍光強度を計測した結果である。なお、各サンプルには、0.5MのNaClを含有させた。また、「DNA/Cu」は、他と比較して蛍光強度が特に大きいため、露光時間を1秒とした。その他の露光時間は、5秒とした。
【0126】
図に示されるように、Cuスパッタガラスでは、「(-)/Cu」と比較して「DNA/Cu」及び「RNA/Cu」の蛍光強度が高く、特にDNAサンプルにおいて強い蛍光が検出された。一方、Agスパッタガラスでは、「(-)/Ag」と比較して「DNA/Ag」及び「RNA/Ag」ともに蛍光強度の上昇を示さなかった。なお、「(-)/Cu」と比較して「(-)/Ag」の方が高い計測値を示しているが、これはAgスパッタ面の反射光又は散乱光あるいは自家蛍光に由来するバックグラウンドが原因と考えられた。
【0127】
次に、核酸と銅との接触時間の経過に伴う蛍光強度の時間的変化を検討した。Cuスパッタガラスとギャップカバーガラスの間に、5 mg/mlのssDNAと0.5MのNaClを含むサンプルを入れた時点を起点とし、所定時間の経過ごとに蛍光強度の計測を行った。撮影は15秒おきに行い、励起光のシャッタは撮影ごとに開閉した。対物レンズは10倍、露光時間は1秒とした。各時間において撮像した画像を1枚ずつ用いて、蛍光強度の計測を行った。結果を図25に示す。
【0128】
図に示されるように、蛍光強度は、サンプル導入後の数分間で徐々に上昇し、3分程度で最大値に達した。
【0129】
続いて、核酸と銅とを接触させて所定時間が経過した後、温度を変化させた場合の蛍光強度の変化を計測した。撮影開始直後は室温のままとし、50秒後に65℃に熱したヒートブロックをCuスパッタガラスの上に静かに載せ、100秒後にそのヒートブロックを除去した。撮影は5秒おき行った。計測は150秒後に一度打ち切って励起光のシャッタを閉じた。さらに、900秒後に改めて計測を行った。結果を図26に示す。
【0130】
図に示されるように、最初の50秒間は、徐々に蛍光強度が減衰した。これは蛍光退色によるものと考えられた。次の50秒間では、蛍光退色とは明らかに異なる速度で蛍光の消失が観察された。ヒートブロックを除去して室温条件下に戻した後は徐々に蛍光が回復した。さらに、900秒後では、当初の蛍光強度から退色分の蛍光強度を差し引いた水準にまで蛍光強度が戻った。これらの結果から、銅と接触した核酸が発する蛍光は、熱に対して感受性であり、温度が上昇すると可逆的に蛍光が消失することが示された。
【実施例4】
【0131】
実施例4では、銅スパッタガラス上に、細胞を含むサンプルを導入することで、細胞核の蛍光観察が可能であることを示した。
【0132】
<材料と方法>
PBSには、Dulbecco’s Phosphate Buffered Saline, Ca/Mg free (Invitrogen Corporation, CA, USA)を用いた。
タマネギ薄皮の実験では、市販のタマネギの薄皮を、ピンセットを用いて丁寧に剥がして、蒸留水中に浸してすすいで用いた。タマネギの薄皮をCuスパッタガラス上に載せ、PBSに浸した状態で上からカバーガラスを被せて観察した。
ヒト白血球サンプルの実験では、IMMUNO-TROL Cells (Cat.No.6607077, Beckman Coulter, Inc., Fullerton, CA, USA) を次の手順で処理したものを用いた。まず、IMMUNO-TROL Cellsを、500マイクロリットル取り分けてPBSで洗浄し、遠心分離機で細胞を沈殿させた(1200rpm,5min)。その後、上清を捨ててペレットをほぐし、水溶血処理を2回繰り返して得られたサンプルをPBSに希釈し、白血球サンプルを調製した。水溶血処理は、遠心分離の結果得られたペレットを良くほぐした後に、脱イオン水を9ミリリットル添加して30秒間転倒混和し、さらに1ミリリットルの10x PBS Buffer (Nippon Gene Co., Ltd., Tokyo, Japan)を添加してよく攪拌し、遠心分離 (1200rpm, 5min)で細胞を沈殿させて上清を除去することにより行った。白血球サンプルをCuスパッタガラス上に撒き、上からカバーガラスを被せて観察した。
【0133】
銅スパッタガラス、カバーガラス及び顕微鏡などは、実施例3と同一のものを用いた。スパッタリングの厚みは、20、40あるいは100 nmとした。以下の実験では特に断りがない場合は40 nmのものを用いた。スライドガラス表面の一部にのみCuをスパッタリングする場合には、まず、スライドガラス表面に、中央部5ミリメートル四方の領域を除いて、ポリイミドテープを貼付した状態でスパッタリング処理を行った。そして、ポリイミドテープを除去することで、中央部5ミリメートル四方の領域のみにCu層が形成されたCuスパッタガラスを作成した。
【0134】
タマネギ薄皮の蛍光観察には、励起フィルタ:365/10nm、ダイクロイックミラー:400nm、蛍光フィルタ:590LPを使用した。白血球サンプル及びジャーカット細胞の蛍光観察には、フィルタセットUV-1A (Ex: 365/10, DM: 400, BA: 400 / Nikon)を使用した。
【0135】
<結果>
図27に、銅スパッタガラス上でタマネギ薄皮を蛍光観察して撮像した画像を示す。(a)及び(b)はCuスパッタガラス上での観察像を示し、(c)及び(d)はCuをスパッタしていないスライドガラス上での観察像を示す。(a)及び(c)は明視野の観察像、(b)及び(d)は蛍光像である。なお、(a)〜(d)は10倍の対物レンズを用いて撮像した画像であり、(e)は40倍の対物レンズを用いて撮像した画像である。
【0136】
図に示されるように、Cuスパッタガラス上の細胞では、細胞核に特異的な強い蛍光が観察された。なお、一部の細胞壁などからも若干の蛍光が確認されたが、これはCuをスパッタしていないスライドガラス上の細胞でも確認されたことから、細胞壁などの自家蛍光と考えられた。
【0137】
次に、動物細胞の観察を行った。銅スパッタガラス上でヒト白血球サンプルを蛍光観察して撮像した画像を図28に示す。(a)は明視野の観察像、(b)は蛍光像である。対物レンズには40倍のものを用いた。
【0138】
蛍光像において、好中球などの白血球に特有な分葉核の形状が明確に確認された。
【0139】
図29には、スライドガラス表面の一部にのみCuをスパッタリングしたCuスパッタガラスを用いて観察された像を示す。Cuスパッタガラス上に、ヒト白血球細胞株であるジャーカット細胞を撒き、上からカバーガラスを被せて、20倍の対物レンズで観察を行った。画像は、CuスパッタガラスのCu積層領域とCu非積層領域との境界で撮像した。(a)及び(c)は明視野の観察像であり、画像中の過半を占める黒い領域は、Cu層が形成されているため光が透過しない領域である。(b)及び(d)は蛍光像である。
【0140】
Cu積層領域に存在する細胞の細胞核のみから強い蛍光が観察された。図30は、厚み20 nm(a)あるいは100 nm(b)のCu層を形成したCuスパッタガラスを用いて、ジャーカット細胞の観察を行った結果である。いずれの厚みにおいても細胞核からの蛍光が確認された。
【0141】
<考察>
本実施例の結果から、細胞核についても銅との接触によって蛍光検出が可能となることが示された。この現象は、銅をスパッタリングしたガラス基板上でのみみられたこと、細胞核と銅との作用による結果であることは明らかである。
【0142】
また、タマネギ薄皮細胞と白血球細胞の蛍光観察の結果、両者の細胞の細胞核形状の相違を明確に観察できた。このことから、本技術に係る核酸検出方法によれば、細胞の種類ごとに異なる細胞核形状を識別可能であることが示された。
【0143】
実施例中に図では示さなかったが、スライドガラス表面の一部にのみ銅をスパッタしたスライドガラスを用いた実験において、Cu積層領域に存在する細胞のみから蛍光が観察される様子を確認したのち、スライドガラスを傾けてCu積層領域からCu非積層領域に細胞を移動させたところ、移動後にも引き続き蛍光が観察された。このことから、銅と細胞を接触させる部位と、細胞の蛍光観察を行う部位とを離して設けても、両部位の間にサンプルを移動させる手段を設けることによって蛍光検出が可能であることが判明した。
【0144】
Cuスパッタガラスとカバーガラスの間に細胞が存在する状態で細胞核からの蛍光を確認した後に、カバーガラスを取り除いて細胞を含む溶液を空気中に暴露すると、蛍光が速やかに消失した。実施例1のCu(II)イオンとS.A.を用いた実験においても、反応溶液が空気に長時間暴露されると蛍光が消失することが見出されている。この蛍光の消失は、空気との接触によってCu(I)イオンが酸化されるためと考察された。従って、サンプル溶液の空気との接触(特に空気中に含まれる酸素への暴露)は、蛍光の発生を阻害する要因となると考えられ、本技術に係る核酸検出方法は、例えばマイクロチップなどの、空気との接触が限定された環境下で行うことが好ましいと考えられた。
【実施例5】
【0145】
実施例5では、実施例1と同様の実験条件下において、2塩基長のオリゴDNAを用いても蛍光が発せられることを確認した。
【0146】
<材料と方法>
Invitrogen社より購入した7種類のオリゴDNAについて、実施例1と同様の材料と方法を用いて蛍光計測実験を行った。使用したオリゴDNAの配列は、T(20)(配列番号1)、T(10)(配列番号19)、T(6)(配列番号10)、T(5)(配列番号27)、T(4)(配列番号28)、T(3)(配列番号12)、T(2)(配列番号29)である。ここではCuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0147】
<結果>
図31に、T(20)についての測定結果を示す。オリゴDNAの濃度は、(a)100μM、(b)50μM、(c)50μM、(d)25μM、(e)12.5μM、(f)6.25μMである。各グラフは横軸が波長(nm)、縦軸が蛍光強度(RFU値)を示す。図32〜図37に、T(10), T(6), T(5), T(4), T(3), T(2)の各オリゴDNAについての測定結果を示す。各図のグラフ中に表記の数値は、オリゴDNAの濃度条件を示す。
【0148】
図38に、各オリゴDNAについて、最も蛍光強度の高かった濃度条件での蛍光スペクトルを示す。横軸は波長(nm)を、縦軸は蛍光強度(RFU値)の相対値(ピークRFU値を1)を示す。(a)がT(20)、(b)がT(10)、(c)がT(6)、(d)がT(5)、(e)がT(4)、(f)がT(3)、(g)がT(2)の蛍光スペクトルを示す。
【0149】
また、図39に、各オリゴDNAについて、各濃度におけるピークRFU値をプロットしたグラフを示す。横軸はオリゴDNAの濃度(μM)を、縦軸はピークRFU値(対数値)を示す。(a)がT(20)、(b)がT(10)、(c)がT(6)、(d)がT(5)、(e)がT(4)、(f)がT(3)、(g)がT(2)の結果を示す。
【0150】
<考察>
本実施例の結果から、チミン2塩基からなる塩基配列のオリゴDNAでも、蛍光が観察されることが明らかとなった。蛍光スペクトルの形状は、オリゴDNAの濃度が変わってもほとんど変化しないが、塩基長が短くなるほど蛍光ピークが短波長側にシフトする傾向があることが見出された(図38参照)。また、蛍光スペクトルの強度は、オリゴDNAの濃度に依存する傾向が認められたが、一定濃度以上ではプラトーに達し、逆に減少する場合も観察された(図39参照)。なお、DNA濃度が高すぎる場合に蛍光強度が低下する現象は、実施例2の銅粉末を用いた実験でも観察されていた(図15参照)。
【実施例6】
【0151】
実施例6では、実施例1と同様の実験条件下において、TとC、あるいはTとGから構成される3塩基長のオリゴDNAを用いて実験を行った。
【0152】
<材料と方法>
Invitrogen社より購入したオリゴDNAについて、実施例1と同様の材料と方法を用いて蛍光計測実験を行った。使用したオリゴDNAの配列は、TTT(配列番号12)、TTC、TCT、CTT、TCC、CTC、CCT、CCC、TTG、TGT、GTT、TGG、GTG、GGT、GGGである。CuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mM、オリゴDNA濃度は0.5mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0153】
<結果>
結果を図40及び図41に示す。図40の(a)がTTT(配列番号12)、(b)がTTC、(c)がTCT、(d)がCTT、(e)がTCC、(f)がCTC、(g)がCCT、(h)がCCCの結果を示す。図41の(a)がTTT(配列番号12)、(b)がTTG、(c)がTGT、(d)がGTT、(e)がTGG、(f)がGTG、(g)がGGT、(h)がGGGの結果を示す。横軸は波長(nm)を示し、縦軸は蛍光強度(RFU値)の対数値を示す。
【0154】
TとCの混合配列のオリゴDNAでは、TTTで最も蛍光強度が強く、次いでCTT、CCT及びTCTであり、TTC及びCTCでは弱い蛍光が確認された(図40参照)。一方、TCC及びCCCでは、600nm付近をピークとする蛍光は認められなかった。また、TとGの混合配列のオリゴDNAでは、TTGで中程度の強度の蛍光、GTTにおいて微弱な蛍光が認められたが、その他の配列では600nm付近をピークとする蛍光は認められなかった(図41参照)。
【0155】
<考察>
TとCの混合配列のオリゴDNAでは、2番目及び3番目にTが存在するCTTが、TCT及びTTCに比較して高い蛍光強度を示した。また、3番目にTが存在するTCT及びCCTが、2番目にTが存在するTTC及びCTCに比較して高い蛍光強度を示した。これらのことから、TとCの混合配列のオリゴDNAでは、3塩基目のTが最も蛍光への寄与が高く、次に2塩基目のTが寄与していると考えられた。
【0156】
また、TとGの混合配列のオリゴDNAでは、TTG及びGTTを除いて、600nm付近をピークとする蛍光は認められず、CとTの混合配列のオリゴDNAと比較して全般的に蛍光強度が低かった。このことから、Gは、蛍光エネルギーを吸収し、蛍光をクエンチ(消光)する作用があるものと考えられた。
【実施例7】
【0157】
実施例7では、蛍光がクエンチ色素によってクエンチ(消光)されることを確認した。
【0158】
<材料と方法>
Invitrogen社より購入したオリゴDNAであるT(10)(配列番号19)及び同オリゴDNAの3’末端にBlack Hole Quencher-2 (BHQ2)を修飾したオリゴDNA(T(10)BHQ2)(シグマ・アルドリッチ社)を用い、実施例1と同様の材料及び方法によって蛍光計測実験を行った。CuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mM、オリゴDNA濃度は0.05mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0159】
<結果>
結果を図42に示す。横軸は波長(nm)を、縦軸は蛍光強度(RFU値)を示す。T(10)からは明白な蛍光が確認されたが、クエンチャーを修飾したT(10)BHQ2からは蛍光は検出されなかった。
【0160】
<考察>
BHQ2は560nm〜650nm程度の光を特に効果的に吸収することで知られるクエンチャーである。T(10)で観察されていた蛍光は、このBHQ2の効果によって、T(10)BHQ2では観察されなくなったものと考えられた。この結果から、銅の作用による蛍光とFRETとを組み合わせることが可能であることが示唆された。
【実施例8】
【0161】
実施例8では、チミン(T)及びウラシル(U)の蛍光の強度及びスペクトル形状の比較を再度行い、両者の強度が異なる一方、スペクトル形状は一致していることを確認した。さらに、メチル化シトシン(MeC)及びイノシン(I)の蛍光を調べ、両者が蛍光を生じないことを明らかにした。
【0162】
<材料と方法>
各種のオリゴDNAについて、実施例1と同様の材料及び方法を用いて蛍光計測実験を行った。オリゴDNAには、Invitrogen社より購入したT(10)(配列番号19)、U(9)G(配列番号20)、A(10)(配列番号30)、I(9)G(配列番号31)を用いた。また、オリゴDNAとして、シグマ・アルドリッチ社より購入したC(10)(配列番号32)、C(4)MeC(6)(配列番号33、MeCは5-メチル2-デオキシシチジン)も用いた。CuSO4濃度は0.4mM、S.A.濃度は4mM、オリゴDNA濃度0.05mMとし、計測にはNanoDrop3300を使用した。
【0163】
<結果>
T(10)及びU(9)Gの測定を各々3回行った結果を図43に示す。(a)は横軸を波長(nm)、縦軸を蛍光強度(RFU)としたグラフであり、(b)は縦軸に蛍光強度(RFU値)の平均値を相対値(それぞれのオリゴDNAのピークRFU値を1)で表示したグラフである。U(9)Gは、T(10)に比較して、強度は劣るが、類似したスペクトル形状の蛍光を発することが確認された。
【0164】
T(10)、C(10)及びC(4)MeC(6)の測定結果を図44に示す。横軸は波長(nm)、縦軸は蛍光強度(RFU)を示す。T(10)からは顕著な蛍光が確認されたが、C(10)及びC(4)MeC(6)では、蛍光は確認されなかった。
【0165】
T(10)、A(10)及びI(9)Gの測定結果を図45に示す。横軸は波長(nm)、縦軸は蛍光強度(RFU)を示す。T(10)からは顕著な蛍光が確認され、A(10)からは微弱な蛍光が確認されたが、I(9)Gからは蛍光は検出されなかった。
【0166】
<考察>
ウラシルからなる配列を有する核酸では、チミンからなる配列を有する核酸に比して、強度は劣るが、類似したスペクトル形状の蛍光を発した。この結果は、実施例1においても確認されている。また、シトシンからなる配列、あるいはシトシンとメチル化シトシンとからなる配列を有する核酸は、蛍光を発しないことが確認された。
【0167】
これらの結果から、銅を用いた蛍光の検出によって、ウラシルを、シトシン及びメチル化シトシンから識別可能であることが示された。このことは、本発明に係る核酸検出方法によれば、バイサルフェート反応によるシトシン(C)のウラシル(U)への置換を検出し、DNA分子のメチル化の解析を行うことが可能であることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0168】
本技術によれば、サンプルと銅とを接触させるだけで、サンプル中の核酸の有無や数、及びその塩基配列、サンプル中の細胞核の形状、分布、数、大きさなどを簡便に検出又は計測することが可能である。
【0169】
この技術を用いることで、医療分野(病理学、腫瘍免疫学、移植学、遺伝学、再生医学、化学療法など)、創薬分野、臨床検査分野、食品分野、農業分野、工学分野、法医学分野、犯罪鑑識分野、など様々な分野において、核酸あるいは細胞の分析・解析技術の向上
に貢献できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、
前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法。
【請求項2】
前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸の塩基配列を解析する請求項1記載の検出方法。
【請求項3】
前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析する請求項1記載の検出方法。
【請求項4】
前記サンプルをバイサルフェート処理する手順を含み、
前記検出手順においてバイサルフェート処理前のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、バイサルフェート処理後のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、の差分に基づいて、
前記核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化を解析する請求項1記載の検出方法。
【請求項5】
前記銅は、固形の銅である請求項2記載の検出方法。
【請求項6】
前記接触手順は、塩の共存下で前記サンプルと銅とを接触させる手順である請求項5記載の検出方法。
【請求項7】
前記検出手順は、波長300〜420nmの光を前記サンプルに照射することにより、サンプルから発せられる蛍光を検出する手順である請求項6記載の検出方法。
【請求項8】
核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、
前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記サンプルの光学観察方法。
【請求項9】
前記サンプルが細胞である請求項8記載の光学観察方法。
【請求項10】
銅と核酸とを含む複合体からなる蛍光体。
【請求項1】
核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、
前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記核酸の検出方法。
【請求項2】
前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸の塩基配列を解析する請求項1記載の検出方法。
【請求項3】
前記検出手順において検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルに基づいて、前記核酸が形成する二本鎖中のミスマッチを解析する請求項1記載の検出方法。
【請求項4】
前記サンプルをバイサルフェート処理する手順を含み、
前記検出手順においてバイサルフェート処理前のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、バイサルフェート処理後のサンプルから検出された蛍光の強度及び/又はスペクトルと、の差分に基づいて、
前記核酸におけるシトシンのメチル化あるいは脱メチル化を解析する請求項1記載の検出方法。
【請求項5】
前記銅は、固形の銅である請求項2記載の検出方法。
【請求項6】
前記接触手順は、塩の共存下で前記サンプルと銅とを接触させる手順である請求項5記載の検出方法。
【請求項7】
前記検出手順は、波長300〜420nmの光を前記サンプルに照射することにより、サンプルから発せられる蛍光を検出する手順である請求項6記載の検出方法。
【請求項8】
核酸を含むサンプルを銅と接触させる接触手順と、
前記サンプルから発せられる蛍光を検出する検出手順と、を含む前記サンプルの光学観察方法。
【請求項9】
前記サンプルが細胞である請求項8記載の光学観察方法。
【請求項10】
銅と核酸とを含む複合体からなる蛍光体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【図41】
【図42】
【図43】
【図44】
【図45】
【図2】
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【図5】
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【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
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【図38】
【図39】
【図40】
【図41】
【図42】
【図43】
【図44】
【図45】
【公開番号】特開2012−118051(P2012−118051A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−201542(P2011−201542)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
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