説明

核酸分子を伸張させて固定する方法と装置

【課題】 DNAなどの核酸分子を伸張した状態で固定するのを容易にする。
【解決手段】 アミノ基を固定した基板2の表面に、流路を形成するための凹部8が形成された流路基板6を固着する。基板2と流路基板6からなる装置で、流路となる凹部8の一端側にDNAを含んだ溶液を滴下し、矢印12の方向に液の流れを生じさせて流路に沿って液を流す。DNAの一端がアミノ基で固定され、液の流れに沿って伸張した状態で基板2に固定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物のDNA(デオキシリボ核酸)などの核酸を解析するための方法と装置に関し、特に基板上にDNAなどの核酸を固定して解析するための方法とその方法を実現するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
DNA分子を解析するために伸張させて固定する方法として、液体と気体の界面のメニスカスを利用するモレキュラー・コーミング(Molecular Combing:分子櫛化法)の方法がある(非特許文献1参照。)。モレキュラー・コーミングの方法では、主に2つの方法がある。一つは、DNA分子を伸長させて固定したい基板をDNA分子を含む水溶液に浸して、DNA分子の末端が基板に吸着する一定の時間を設けた後、該基板を水溶液から引き上げて、基板上の水相と気相の界面(メニスカス)の移動を利用して伸長する方法である。他方は、基板上の水溶液が蒸発する際にメニスカスが移動することにより基板にDNAを伸張させた状態で固定する方法である。
【0003】
DNA等の核酸分子の固定は行なわないが伸張を行なわせる方法としては、液体の流れの中でDNA等の核酸分子を伸張させ、顕微鏡によって観察するフローベースの技法が提案されている(特許文献1参照)。
【0004】
そのフローベースの技法では、狭い空間、例えば10〜20μmの開口部によって形成される空間を含む層流チャンバーが用いられる。層流チャンバーには上流からポンプで液体を供給したり、下流で真空手段によって液体を吸引することにより、その層流チャンバー内に核酸分子の重大な剪断を避けるに十分なほど穏やかな液体の層流を生成する。層流チャンバーの上流側には抽出チャンバーが設けられており、その抽出チャンバーに試料の核酸を含むゲルを挿入し、そのゲル挿入物に電場を作用させることにより、ゲル挿入物から核酸を遊離させると同時にその核酸を層流チャンバーの流れの中に移す。ゲルから遊離した核酸は層流チャンバーの流れに沿って移動していく間に伸張していく。核酸は固定されることなく流れていくので、その流れの途中に観察/操作チャンバーを設けて、層流チャンバーを流れていく核酸を顕微鏡で観察したり、制限酵素を用いて消化したりすることができる。
【非特許文献1】X. Michalet, et al., "Dynamic Molecular Combing. Stretching the whole human genome for high resolution studies", Science, 277, pp.1518-1523
【非特許文献2】A. Kumar, G. M. Whiteside et al., Langmuir 10 (1994) 1498
【特許文献1】特表平11−503022号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のMolecular Combingの手法では、数100kbp(bpは塩基対)程度の核酸分子しか、安定して伸張固定できていない。
また、フローベースの技法は流れの中で核酸分子を伸張するには適しているが、連続して流れているので、核酸分子を固定した上で解析することはできない。
そこで、本発明は、DNAなどの核酸分子を伸張した状態で固定するのを容易にする方法と装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の方法は、核酸分子の一端を基板上に固定するステップと、前記基板表面に沿って液体の流れを生じさせることにより前記核酸分子をその流れの方向に伸張させるとともに、その液体を除去するステップとを備えていることにより核酸分子を伸張させて固定する。
【0007】
一端が固定された核酸分子は液体の流れにより伸張され、液体が流れ終わった後に固定された状態となる。
核酸分子の一端を基板上に固定する一方法は、核酸分子の一端をアミノ基を介して基板に固定する方法である。基板にアミノ基を固定しておき、その基板表面に沿って核酸分子を流すと、核酸分子の一端がアミノ基と反応して固定される。該固定の際に核酸分子の両端は、いずれも基板上のアミノ基と反応する能力を有しているものの、両端が固定される分子の数と比較して、片端が固定される分子が多数を占める事が実験的に分かっている。
【0008】
核酸分子の一端を基板上に固定する他の方法は、基板の表面に金薄膜を形成しておき、核酸分子の一端をチオール化することで、金とチオール基の共有結合を介してその金薄膜に固定する方法である。
さらに他の方法により核酸分子の一端を基板上に固定してもよい。
【0009】
基板表面に沿って液体の流れを生じさせる一方法は、回転による遠心力を利用する方法である。液体の量が僅かで表面張力によって基板表面に付着する場合には、遠心力によって強制的に流れを生じさせるとともに、液体を除去して核酸を基板に固定された状態にすることができる。
基板表面に沿って液体の流れを生じさせる他の方法は、重力を利用する方法である。液体と基板の材質によっては重力のみによって液体に流れを生じさせて除去することができる。
【0010】
本発明の装置は本発明の方法を実施するものであり、溶液を一方向に流すことのできる表面をもつ基板を備え、その基板の表面上にはその流れの上流側の位置に核酸分子の一端に対して親和性をもつ領域が形成されていることを特徴とするものであり、その基板上に核酸分子を伸張させて固定する。
【0011】
核酸分子の一端に対して親和性をもつ領域の一例はアミノ基が固定された領域である。
核酸分子の一端に対して親和性をもつ領域の他の例は金薄膜が形成された領域である。金薄膜の表面に対しては、チオール基を介して核酸の一端を固定することができる。基板に金薄膜が形成されている場合には、固定された核酸分子を解析する上で好都合である。例えば、金薄膜を基板上に形成することで原子レベルでの平坦性が得られるため、STM(走査型トンネル顕微鏡)による精密かつ詳細な核酸分子の観察および測定を行なうことができる。
【0012】
基板表面には溶液を一方向に流すための流路が形成されていることが好ましい。
基板表面に沿って液体の流れを生じさせるために回転による遠心力を利用する方法を実現するために、本発明の装置は、基板を固定することができ、溶液を一方向に流す方向に遠心力を作用させる回転機構をさらに備えることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、核酸分子の一端を基板上に固定し、その基板表面に沿って液体の流れを生じさせることにより核酸分子をその流れの方向に伸張させるようにしたので、これまで安定して伸張固定できなかった長い核酸分子を伸張させた状態で固定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
図1はDNAを伸張させて固定する装置の一実施例を示す図であり、(A)は斜視図、(B)は(A)のX−X線位置での断面図、(C)は(A)のY−Y線位置での断面図、図2は同実施例の分解斜視図である。
【0015】
2はカバーガラスなどのガラス基板であり、その表面にはDNAを固定するための表面処理が施されている。表面処理はアミノ基を固定することであり、基板2の表面全体でもよく、図1,2の例では液体の流れが生じる部分の上流位置に符号4で示されるように一部分のみにアミノ基が固定されている。その領域4がDNAの一端に対して親和性をもつ領域である。
【0016】
その領域4が形成されている基板表面には流路を形成するための凹部8が形成された流路基板6が固着させられている。凹部8は流路基板6の一端から他端に至る長さに形成されている。その凹部8が内側になるように向け、領域4が流路の一端側にくるように流路基板6が基板2上に配置されて固着されることにより、基板2上に液が流れる流路が形成される。例えば、流路基板6に相当する基板をPDMS(polydimethylsiloxane)により作製することで、基板2に相当するカバーガラスなどの基板に単に重ね合わせることで、自己吸着により可逆的に固着することができる。ただし、流路基板6と基板2の固着方法は、自己吸着に限るものではない。図2で、鎖線で示されている領域6aは、流路基板6が配置される領域を表わしている。
【0017】
図1のように組み立てられた基板2と流路基板6からなる装置に、DNAを含んだ溶液を滴下して流路に沿って液を流す。その溶液は流路となる凹部8の一端側でアミノ基を固定した領域4のある方に滴下し、その領域4のある側を上流側とするように矢印12の方向に液の流れを生じさせる。
【0018】
ただし、領域4の位置は、前記に限られるものではなく、流路内面にあるのが好ましいが、流路の途中や溶液が排出される流路の端(溶液を滴下する端ではない他方の流路の端)などであってもよい。また、領域4は基板2側に限らず、流路基板6側に設けてもよい。
さらに、流路の形状も実施例のものに限らず、基板2に溝を彫っただけでカバーを設けないオープン流路や、基板2に溝を彫りその上をPDMSの平板で被って閉管構造にしたものなどであってもよい。
【0019】
[方法の実施例1]
DNAを伸張させて固定した方法を詳細に説明する。
(1)基板2の表面にアミノ基を固定するための表面処理を行なう。図1ではアミノ基を設ける領域は符号4で示される一部の領域であるが、ここでは処理を簡単にするために基板2の表面全面にアミノ基を固定するものとして説明する。
その表面処理のために、基板2を洗浄後、エタノール溶液中に10%(v/v)に調製した3-aminopropyltriethoxysilane溶液に40分間浸漬した後、大気中に引き上げて、100℃で12時間保持する。
【0020】
(2)上の表面処理後の基板2上に有機樹脂であるPDMS(polydimethylsiloxane)で作製した流路基板6を重ねる。流路基板6には図1,2に示されるように流路を形成するための凹部8が形成されており、該流路が内側になるように流路基板6をカバーガラスの基板2上に重ねる。これにより、凹部8により基板2上に流路が形成される。
【0021】
(3)流路の一端からDNAを含む溶液を5〜10μL程度滴下して導入する。このとき、流路基板6は基板2のガラス面と自己吸着しているので、液体が漏れ出ることはない。
(4)DNAを含む溶液を滴下した基板2を流路基板6が固着されたままで、図3に示されるように、回転可能な円盤14上に置く。このとき、流路で溶液を滴下した側が回転の中心側にくるように配置する。また、図1,2の流路基板6(PDMS製)と基板2(カバーガラス)とを固着させた装置を、PDMS製の流路基板6と円盤14表面とが向き合うように重ね合わせ、PDMS製の流路基板6の自己吸着により、図1,2の装置を円盤14を固着させる。
【0022】
次に、円盤14を500〜1000rpmで回転させる。また前記の回転数において装置を回転させたとき、流路基板6(PDMS製)により自己吸着した基板2(カバーガラス)および円板14が分裂することはない。
【0023】
(5)5秒程度経過後、回転を停止させる。この回転により、液は遠心力で飛ばされ、完全になくなる。
基板2を円盤14から取り外し、基板2から流路基板3を取り除く。
【0024】
基板2の表面を顕微鏡観察した結果が図4である。この例ではDNA分子に蛍光標識してあり、蛍光顕微鏡によって観察した。DNA分子が流れの方向に沿って伸張して固定されているのがわかる。
【0025】
図5は、λ-tandem DNA(λDNA(48.5kbp,約16μm長)をつなげたもの)を実施例の方法により伸張させて固定した例である。長さから判断して約312.5μm長≒937.5kbp相当のDNAが固定されていることがわかる。
【0026】
〔方法の他の実施例〕
実施例1ではガラス基板2の全面に表面処理を行なっているが、実施例1の表面処理を行なう際に、ガラス基板2の表面の一部のみ露出させ、他の部分は保護膜で覆うことにより、図1,2に示されたように部分的にアミノ基コーティングを行なうことができる。その結果として、DNAの末端が固定される位置を特定することができる。
【0027】
伸張させて固定したDNAに対して、特定の処理や観察などを行なおうとする場合、位置が特定できることは大きな利点である。
また、部分的なアミノ基コーティングはマイクロコンタクトプリンティング法(非特許文献2参照。)によって行なうこともできる。
【0028】
また、一般に行われている電子ビームリソグラフイーと成膜技術を組み合わせた方法(例えばリフトオフ法)により金薄膜を基板2の表面の特定の位置にパターニングして、DNAの末端が固定される位置を特定するようにしてもよい。
【0029】
金薄膜基板へDNA分子を末端固定する方法として、DNA分子の末端をチオール化する方法がある。DNA分子末端のチオール化は、アルカリホスファターゼで5‘末端を脱リン酸化し、その後にキナーゼによりγS?ATPを基質として5‘末端にチオール基を付加するなどにより修飾することができる。金とチオール基は反応し、共有結合を形成するため、金薄膜基板へDNA分子の末端を固定することができる。
【0030】
さらに、基板表面に沿って液体の流れを生じさせるために重力を利用してDNA分子を基板表面へ伸長させて固定することができる。図1,2に示す流路基板6と基板2を固着させ装置を構成した後に、流路の片端にDNAを含む溶液を滴下し、溶液を滴下した端が上方となるように該装置を傾けるか、もしくは垂直に立てることにより、重力によりDNA溶液を流路内に通過させることができる。このとき、流路内の基板表面を部分的にアミノ基修飾や金薄膜形成を行うことで、回転による遠心力による手法と同様に、基板上の所望の位置にDNA分子を固定できる。ただし、DNA分子を伸長して固定する基板上のアミノ基修飾や金薄膜形成を行う部分は、一部の領域に限定されるものではなく、基板全体が前記の親和的な領域としても良い。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の方法又は装置を用いると、DNAなどの核酸を伸張させた状態で基板に固定することができるので、核酸を解析したり、特定の位置に処理を施したりする作業が容易になり、バイオ技術の分野で利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】DNAを伸張させて固定する装置の一実施例を示す図であり、(A)は斜視図、(B)は(A)のX−X線位置での断面図、(C)は(A)のY−Y線位置での断面図である。
【図2】同実施例の分解斜視図である。
【図3】遠心力により液の流れを生じさせる実施例を示す斜視図である。
【図4】一実施例において伸張したDNAを示す画像である。
【図5】他の実施例において伸張したDNAを示す画像である。
【符号の説明】
【0033】
2 ガラス基板
4 アミノ基を固定した領域
6 流路基板
8 凹部
14 円盤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸分子の一端を基板上に固定するステップと、
前記基板表面に沿って液体の流れを生じさせることにより前記核酸分子をその流れの方向に伸張させるとともに、その液体を除去するステップとを備えたことを特徴とする核酸分子を伸張させて固定する方法。
【請求項2】
核酸分子の一端をアミノ基を介して基板に固定する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記基板の表面に金薄膜を形成しておき、核酸分子の一端をチオール基を介して前記金薄膜に固定することにより核酸分子の一端を基板に固定する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
基板表面に沿って液体の流れを生じさせるために回転による遠心力を利用する請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
基板表面に沿って液体の流れを生じさせるために重力を利用する請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
溶液を一方向に流すことのできる表面をもつ基板を備え、該基板の表面上には前記流れの上流側の位置に核酸分子の一端に対して親和性をもつ領域が形成されていることを特徴とする、核酸分子を伸張させて固定するための装置。
【請求項7】
溶液を一方向に流すための流路が形成された基板を備え、該流路内面には前記流れの上流側の位置に核酸分子の一端に対して親和性をもつ領域が形成されていることを特徴とする、核酸分子を伸張させて固定するための装置。
【請求項8】
前記の親和性をもつ領域はアミノ基が固定された領域である請求項6または7に記載の装置。
【請求項9】
前記の親和性をもつ領域は金薄膜が形成された領域である請求項6または7に記載の装置。
【請求項10】
前記基板を固定することができ、溶液を一方向に流す方向に遠心力を作用させる回転機構をさらに備えている請求項6から9のいずれかに記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−67921(P2006−67921A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−256248(P2004−256248)
【出願日】平成16年9月2日(2004.9.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国の委託研究の成果に係る特許出願「先進ナノバイオデバイスプロジェクト(1分子DNA解析システムの開発)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】