説明

核酸導入用ベクター

【課題】細胞毒性が低く、高効率かつ簡便な機能性核酸の細胞への導入システムを提供する。
【解決手段】アルギニンとリジンの構成比率の和が35%以下である細胞透過性を示すポリペプチドと、核酸結合性を示すポリペプドとが、グリシン−プロリン−グリシンからなるスペーサーを介して結合している核酸導入用ベクターと機能性核酸とを混合し、該混合物を細胞に接触させることにより、機能性核酸を細胞へ導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性核酸を細胞に導入するための核酸導入用ベクター及び該導入用ベクターを用いた機能性核酸の細胞への導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機能性核酸を細胞内へ導入する技術については、リポカチオン系試薬が開示されており、市販化されている。具体的には、Invitrogen社のRNAiMaxやLipofectamine、Darmacon社のDarmafectシリーズなどがこれに該当する。また、細胞通電装置を用いた電気穿孔法による核酸導入技術が知られており、Amaxa社のNucleofector systemがその代表である。さらに、short hairpin RNA(shRNA)の産生に必要な遺伝子領域をコードするDNAを組み込んだレトロウイルスベクターを用いた核酸導入法についても開示されている(非特許文献1および2)。
【0003】
しかしながら、リポカチオン系試薬は細胞毒性を有する問題があり、この点に焦点を当て改良が重ねられているが、いまだ問題点を十分克服するに至っておらず、臨床応用も困難な状況である。また、リポカチオン系試薬を用いた場合、細胞種によって導入効率が大きく異なり、特に血球系細胞や神経系細胞においては、導入効率が極端に低いという欠点がある。また、上記導入技術は、局所注入を除き、全身投与などの広範囲な生体内送達を目的とした生体への導入は手法上困難である。さらに、核酸導入試薬と核酸導入装置を組み合わせた市販の電気穿孔システム(Nucleofector system、amaxa社等)は、導入対象となる細胞が通電により死滅・変性する問題や導入条件の変更が複雑であるといった問題があり、臨床への応用は期待できない上、核酸導入装置の価格が約300万円と高価であり、細胞系により変更が必要な個々の導入試薬も6万円前後と高価である。
【0004】
一方、ウイルスベクターを用いた導入法については、感染性病原体をバックボーンしており、その安全性については未だ確立されていない。また、ウイルスベクターを用いた導入法は、反復投与により生体内で中和抗体の産生が起こり、核酸の導入効率が低下することが大きな弱点である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Berns K,et al., Nature. 2004 Mar 25;428(6981):431-7.
【非特許文献2】Moffat J, et al.,Cell. 2006 Mar 24;124(6):1283-98
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、細胞毒性が低く、簡便かつ高効率に機能性核酸を細胞に導入することができる核酸の導入システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、アルギニンとリジンの構成比率の和が35%以下である細胞透過性を示すポリペプチドと、核酸結合性を示すポリペプドとが、グリシン−プロリン−グリシンからなるスペーサーを介して結合している核酸導入用ベクターを用いることで、機能性核酸を簡便、高効率かつ低細胞毒性で細胞に導入できることを見出した。
【0008】
即ち、本発明は以下のとおりである。
[1]
アミノ酸配列におけるアルギニンとリジンの構成比率の和が35%以下である細胞透過性を示すポリペプチドと、核酸結合性を示すポリペプドとが、グリシン−プロリン−グリシンからなるスペーサーを介して結合していることを特徴とする、核酸導入用ベクター。[2]
細胞透過性ポリペプチドが、配列番号1〜47のいずれかに示すアミノ酸配列からなる、[1]に記載のベクター。
[3]
核酸結合性を示すポリペプチドが、5〜20個の連続する塩基性アミノ酸配列を有する、[1]または[2]に記載のベクター。
[4]
[1]〜[3]のいずれかに記載のベクターと、機能性核酸とを混合し、該混合物を被導入細胞と接触させる工程を含む、機能性核酸の細胞への導入方法。
[5]
機能性核酸のモル数に対し2〜20倍のモル数の核酸導入用ベクターを混合することを特徴とする、[4]に記載の導入方法。
[6]
機能性核酸がsiRNAである、[4]または[5]に記載の導入方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の核酸導入用ベクターを用いることで、機能性核酸を簡便かつ高効率に細胞へ導入することができる。また、本発明の核酸導入用ベクターは、被導入細胞に対する毒性が低いため、細胞がダメージを受けにくく、導入された核酸が該細胞内で十分に機能することができる。さらに、機能性核酸としてsiRNAを用いた場合には、RNAインターフェアレンスによる遺伝子のノックアウトを効率よく行うことができる。本発明の具体的な特徴を以下に示す。
【0010】
(i)本発明の核酸導入用ベクターを用いることで、リポフェクションや電気穿孔法に比べ、高い効率で機能性核酸を細胞内へ導入できる。すなわち、本発明の核酸導入用ベクターを用いることで、核酸導入操作に供された細胞のほぼ100%に機能性核酸を導入することができる。
(ii)本発明の核酸導入用ベクターと機能性核酸との結合は、該ベクター中の核酸結合性ポリペプチドと、機能性核酸との非共有結合であるため、細胞内pHやペプチド消化系などの生理環境下で、導入された機能性核酸がベクターから効率よく遊離する。
(iii)本発明の核酸導入用ベクターと機能性核酸との結合は、核酸結合性ポリペプチドと機能性核酸との電荷を利用したイオン結合であるため、本発明の核酸導入用ベクターはあらゆる機能性核酸を結合させることができ、高度の汎用性を有する。
(iv)本発明の核酸導入用ベクターはオリゴペプチドであり、細胞内における生理的分解・代謝を受ける点で、有機化合物・リピッド系導入試薬などと比較して、細胞毒性及び組織侵襲性が有意に低い。
(v)本発明の核酸導入用ベクターは低分子量であるため、組み替えウイルスベクターと異なり、免疫原性が低く、該ベクターに対する生体の中和免疫応答が非常に弱い。したがって、生体応用を目的として反復導入を行っても、導入効率が低下することがない。
(vi)本発明の機能性核酸の細胞への導入方法は、PNAなどの核酸修飾やプラスミドDNAの構築・導入などの間接技術を要さず、機能性核酸としてnative form(PNA化などの化学修飾を要しない)のsmall regulatory RNA(siRNA, miRNA)を直接導入できる点で簡便性を有し、しかも迅速に効果を発揮する。
(vii)本発明の核酸導入用ベクターは、通常のアミノ酸合成費レベルで製造がまかなえることから、特別な装置の購入などが不要な点で安価である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の核酸導入用ベクターのデザインと、該ベクターとsiRNAとを混合する事により形成される複合体の概念を示す模式図である。
【図2】連続するアルギニン配列の長さとsiRNAに対する結合能との関係を、BIACOREシステムを用いて表面プラズモン共鳴により調べた結果である。
【図3】K562ヒト慢性骨髄性白血病細胞へのFITC標識siRNAの取り込みを調べた図である。Aは本発明に係る核酸導入用ベクターとsiRNAの混合物を細胞と接触させた場合、BはsiRNAのみを細胞と接触させた場合、Cは既存のリポカチオン系導入試薬を用いた場合の結果を示す(顕微鏡写真)。
【図4】本発明の核酸導入用ベクターを用いて、FITC標識siRNAを、ヒト正常末梢血リンパ球に導入した結果(A)、12時間IL−2刺激を加えた非腫瘍性Tブラスト細胞に導入した結果(B)、ヒト正常皮膚線維芽細胞に導入した結果(C)、正常マウス肝細胞に導入した結果(D)を示す(顕微鏡写真)。
【図5】本発明の核酸導入用ベクターであるKSH4−15Rを用いて、Drp1遺伝子に対するsiRNAをHela細胞に導入し、その細胞抽出物を用いてウエスタンブロットを行った結果を示す(写真)。抗体は抗Drp1抗体と抗Actin抗体を用いた。
【図6】本発明の核酸導入用ベクターであるKSH4−15Rを用いて、bcr−abl遺伝子に対するsiRNAをK562ヒト慢性骨髄性白血病細胞に導入し、その細胞抽出物を用いてウエスタンブロットを行った結果を示す(写真)。抗体は抗ABL抗体を用いた。
【図7】本発明の核酸導入用ベクターを用いて、bcr−abl chimera mRNAを標的とする非標識siRNAをK562細胞に導入し、その増殖抑制効果を調べた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(1)核酸導入用ベクター
本発明の核酸導入用ベクターは、アミノ酸配列におけるアルギニンとリジンの構成比率の和が35%以下である細胞透過性を示すポリペプチドと、核酸結合性を示すポリペプチドとが、グリシン−プロリン−グリシンからなるスペーサー(以下これを「GPGスペーサー」と称することがある)を介して結合している構造を有する。
【0013】
アミノ酸配列におけるアルギニンとリジンの構成比率の和が35%以下である細胞透過性を示すポリペプチドとは、ポリペプチドを構成するアミノ酸の総数に対するアルギニンとリジンの数の和の割合が35%以下であり、かつ、細胞と接触することで細胞膜を透過できる性質を有するポリペプチドをいう。アミノ酸配列におけるアルギニンとリジンの構成比率の和が35%以下であるポリペプチドとして、細胞透過性を示す15merのポリペプチドの場合では、アルギニンとリジンの数の和が5mer以下、好ましくは4mer以下、さらに好ましくは3mer以下のものが挙げられる。細胞透過性を示すポリペプチドの好ましい長さは10〜30merであり、より好ましくは10〜20merである。
【0014】
このような細胞透過性を示すポリペプチド(以下、細胞透過性ポリペプチドと呼ぶことがある)として、具体的には、配列番号1〜47のいずれかに示すアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられるが、配列番号1〜6のいずれかに示すアミノ酸配列からなるポリペプチドであることが好ましく、配列番号1〜3のいずれかに示すアミノ酸配列からなるポリペプチドであることがさらに好ましい。また、上記アミノ酸配列のN末及び/又はC末に1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸配列が、全体としてアルギニン及びリジンの構成比率の和が35%を超えないように付加されたものも本発明の細胞透過性ポリペプチドとして用いることができる。さらに、細胞透過性ポリペプチドとして知られているHIV−1 TAT、HIV−1 gp41、pAntp43−58(penetratin)、Tramsportan、MAP、SN50(NF−kB p50 NLS)、SV40 NLS、poly−Arginine、C−terminal half of HSV VP22等も用いることができるが、これらのポリペプチドのアルギニンとリジンの構成比率の和が35%よりも高い場合には、変異を入れて塩基性アミノ酸の構成比率を低くして用いることもできる。
【0015】
核酸結合性を示すポリペプチド(以下、核酸結合性ポリペプチドと呼ぶことがある)は、核酸結合性を有するものであれば特に制限はないが、5個以上、好ましくは8個以上、さらに好ましくは14個以上の連続する塩基性アミノ酸配列を含むものが好ましい。この場合、連続する塩基性アミノ酸は20個以下であることが好ましい。塩基性アミノ酸は同一のものが連続していても、異なる塩基性アミノ酸同士が隣り合う形で連続していてもよい。ここで、塩基性アミノ酸とは、分子内に2つ以上のアミノ基(イミダゾイル基を含む)を有するアミノ酸を意味し、アルギニン、リジン、ヒスチジン等がこれに該当する。このような核酸結合性ポリペプチドの好ましい例として、アルギニンが14〜20個連続したアミノ酸配列からなるものが挙げられる。
【0016】
本発明の核酸導入用ベクターは、上記細胞透過性ポリペプチドと核酸結合性ポリペプチドとが、グリシン−プロリン−グリシンからなるスペーサーを介して結合しているものである。本発明の核酸導入用ベクターにおける、細胞透過性ポリペプチドと核酸結合性ポリペプチドの結合順序はいずれでもよいが、N末から〔細胞透過性ポリペプチド〕−〔スペーサー〕−〔核酸結合性ポリペプチド〕の順で結合しているものが好ましい。
【0017】
本発明の核酸導入用ベクターは、それ自体公知の化学合成方法により製造することもできるし、該ベクターのポリペプチドをコードするDNA又はRNAを取得して、公知の方法により転写・翻訳することにより製造することもできる。
【0018】
(2)機能性核酸の細胞への導入方法
本発明の核酸導入用ベクターを機能性核酸と混合した後に、該混合物を被導入細胞と接触させることにより、該機能性核酸を細胞に導入することができる。
【0019】
機能性核酸とは、被導入細胞中で何らかの機能をする核酸であれば如何なるものでもよい。被導入細胞中での機能として、例えば、特定の遺伝子の発現をRNAインターフェアレンス等により抑制する機能(siRNAとしての機能やmiRNAとしての機能)や、細胞に特定の機能を発揮させるための分化シグナルの誘導機能等が挙げられる。
【0020】
機能性核酸は、上記核酸導入用ベクター中の核酸結合性ポリペプチドに結合するものであれば何れでもよく、DNA、RNA、PNA、ENA(2’−O,4'−C−Ethylene−bridged acids)などのオリゴ核酸の何れでもよい。但し、本発明の方法によって細胞内へ導入された後、機能性核酸は核酸導入用ベクターから切り離されて機能できるようにするために、核酸結合性ポリペプチドとの結合は、共有結合等の強固な結合ではなく、イオン結合等の非共有結合である必要がある。
【0021】
機能性核酸は、具体的には、直鎖の2本鎖DNA、1本鎖DNA、1本鎖RNA、2本鎖RNA、環状2本鎖DNA(プラスミドDNA)等が挙げられる。核酸の塩基数は特に制限はないが、10〜100塩基程度が好ましい。これらの機能性核酸として、最も好ましくは21〜23塩基対から成る低分子の2本鎖RNA(small interfering RNA(siRNA))である。
【0022】
また、機能性核酸には必要に応じて蛍光物質や発光物質等の標識を結合させることもできる。このような機能性核酸を本発明の方法により細胞に導入した後、結合した標識に適した検出方法で該細胞を観察することにより、機能性核酸の細胞内での動きや細胞内への導入効率等を観察、測定することもできる。
【0023】
本発明の核酸導入用ベクターと機能性核酸を混合した後に、該混合物を被導入細胞と接触させることにより機能性核酸を該細胞へ導入する方法を、図1の概略図に沿って以下に説明する。
【0024】
本発明の核酸導入用ベクターと機能性核酸を混合すると(以下、これを「混合物」と称することがある)、図1に示すように一個の機能性核酸に対して複数の核酸導入用ベクター分子がその核酸結合ポリペプチドを介して会合する。このとき形成される複合体は、水溶液中で機能性核酸を中心に複数の細胞浸透性(透過性)ドメインを有する状態となり、飛躍的な取り込み効率の増強が期待される。
【0025】
この複合体を形成させるために、核酸導入用ベクターと機能性核酸の混合比率が重要となる。混合比率としては、機能性核酸に対し2〜20倍のモル数、さらに好ましくは5〜10倍のモル数の核酸導入用ベクターを混合することが好ましい。混合する際の溶媒としては、生化学分野において、核酸の取り扱いに使用され得る緩衝液であればいずれのものでもよいが、DNaseやRNaseを含んでいないものを用いることが望ましい。具体的な濃度としては、例えば核酸導入用ベクターを最終濃度で0.5〜10μMにすることができ、該ベクターのモル数の1/20〜1/2倍のモル数になるように機能性核酸を混合することができる。
【0026】
混合時間は5〜60分程度が好ましく、混合の際の温度は、被導入細胞及び機能性核酸に応じて適宜選択することができるが、10〜30℃の室温で行うことが好ましい。
【0027】
続いて混合物を被導入細胞と接触させる。被導入細胞は、機能性核酸を機能させる細胞であり、目的に応じて適宜選択される。被導入細胞は原核細胞であっても真核細胞であってもよく、単細胞生物に由来する細胞であっても、多細胞生物に由来する細胞であっても良い。真核細胞は動物細胞であることが好ましいが、植物細胞であっても、細胞壁を取り除いたプロトプラストの状態であれば本発明における被導入細胞になり得る。動物細胞としては、例えば魚類、両生類、爬虫類、鳥類、ヒトを含む哺乳類に由来する細胞が挙げられる。哺乳類に由来する被導入細胞の例として、上皮系悪性腫瘍細胞(肺癌、大腸がん、胃がん、肝細胞がん、前立腺がん、腎がん、膀胱がん、卵巣がん、子宮がん、乳がん、及びこれらに対するがん幹細胞)、間葉系悪性腫瘍細胞(骨肉腫、ユーイング肉腫、横紋筋肉腫、消化器間葉系腫瘍、平滑筋肉腫、脂肪肉腫、血管肉腫)、造血器腫瘍(骨髄球性白血病、リンパ球性白血病、悪性リンパ腫)、脳腫瘍細胞(グリオーマ)等の腫瘍細胞が挙げられる。また、非腫瘍細胞は、神経細胞、グリア細胞、末梢血リンパ球、多分化能幹細胞などの非腫瘍細胞であってもよい。
【0028】
上記被導入細胞を混合物と接触させる前に、被導入細胞は各細胞に適した方法で培養調製される。混合物と被導入細胞の接触方法は特に制限はないが、具体的には、被導入細胞を含む培養液に、混合物を添加する方法が挙げられる。混合物を添加する際の細胞数は、細胞5万〜100万個であることが好ましく、細胞10万個あたり、10〜500pmolの混合物(絶対量)を、0.5〜5μM(濃度)となるように添加することが好ましい。
【0029】
被導入細胞と上記混合物を接触させた後、機能性核酸が被導入細胞に導入されるのに十分な時間、該細胞を培養する。培養時間、温度、条件などは用いられる被導入細胞や、機能性核酸の機能に応じて適宜選択される。通常、12〜48時間程度培養すれば、本発明の核酸導入用ベクターにより機能性核酸が被導入細胞内へ導入される。
【0030】
(3)本発明の核酸導入用ベクターの用途
本発明の核酸導入用ベクターは、機能性核酸を細胞に導入するために用いられる。
本発明の核酸導入用ベクターは、ヒト等の未知遺伝子の機能探索に用いることができる。また、トランスレーショナル・リサーチを通じて近未来的な「制がん」や中枢神経などの「変性疾患」を対象とする治療法の開発にも用いられる。すなわち、本発明の核酸導入用ベクターを用いることで、新たな「RNA干渉薬」の実現やRNAの医薬化が実現する可能性があり、本発明は、わが国発信の実用的新技術として、世界的に大きな克服課題となっているがんなどの成人病や難治性疾患の治療に大きく貢献できると期待される。また、本発明が実用化されれば、医学・生物学分野における有用な研究ツールとして使用できるため、キット製品等の販売による直接的な経済的効果、また技術波及によるRNA研究分野の活性化という間接的な経済効果も期待される。
【実施例】
【0031】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施することができる。
【0032】
[参考例1]
核酸結合性ポリペプチドとしてのポリアルギニンの評価
8個、10個、14個の各連続したアルギニン配列からなる合成ペプチドをそれぞれGPGスペーサーに結合させたポリペプチドを、分子間相互作用解析装置(BIACORE)用センサーチップに固定し、配列番号49に記載の塩基配列からなるsiRNA(シグマジェノシス社に依頼して合成した)を0.04μM、0.2μM、1μM又は8μMの濃度で含むの流体系に注入し、チップ上のアルギニンとsiRNAとの間の結合力を検証した。この結果を図2に示す。図2に示されるように、8、10、14個の塩基性アミノ酸である連続アルギニン配列はいずれもsiRNAと結合することが判明した。さらに注目すべき点として、アルギニンの個数を14個にした場合、10個以下のものに比べsiRNAの結合力が3倍程度まで上昇することが明らかとなった。
【0033】
[実施例1]
(1)核酸導入用ベクター及び機能性核酸としてのsiRNAの調製
核酸導入用ベクターとして、配列番号1に記載のアミノ酸配列に、GPGスペーサー及び14個の連続アルギニン配列を、N末端からC末端の方向においてこの順に結合させたポリペプチド(KSH4−15R)を、化学合成法(シグマジェノシス社に依頼して合成)により合成した。また、機能性核酸として、bcr−abl chimera mRNAに対するsiRNA(配列番号48)の塩基配列からなるsiRNAを合成した(シグマジェノシス社に依頼して合成した。3’末端の2塩基のみがDNA(チミン)となっている、RNAとDNAのキメラ配列からなる)。さらに、該RNA鎖にアミノリンカーを用いてFITCで標識した(以下、これを「FITC標識siRNA」と称する)。
【0034】
(2)siRNAの細胞への導入
上記で調製した100μMのKSH4−15Rの水溶液(RNAaseフリー)5μLと、10μMのFITC標識siRNAの水溶液(RNAaseフリー)5μLを40μLのOPTI−MEM培地(GIBOCO社製)で混和し、20分間室温で放置した。その後、該混合物を10万個のK562ヒト慢性骨髄性白血病細胞(ATCC, Cat. No. CCL−243)を450μLのDMEM培地中に懸濁した培養液中に添加し、24時間後に細胞をPBSで3回洗浄し、新鮮な上記培地に再懸濁した。この細胞懸濁液について、siRNAの取り込みを、蛍光顕微鏡で観察して確認した(図3A)。
【0035】
また、FITC標識siRNAのみを培養液中に添加したものをコントロールとして、同様に蛍光顕微鏡で観察した(図3B)。
【0036】
図3Aより明らかなとおり、本発明の核酸導入用ベクターを用いた方法では、FITCによる蛍光が細胞内で多く観察され、ほぼ100%の細胞にsiRNAが導入されていることが確認できた。また、細胞の生存率(viability)もよく、機能性核酸の導入により細胞が損傷を受けていないことも確認できた。さらに、取り込みの効率を表す細胞蛍光シグナルが強いことが判明した。一方、図3Bに示されるように、核酸導入用ベクターを用いずに、FITC標識siRNAのみで導入操作を行ったものは、細胞内へのFITC標識siRNAの導入が観察されなかった。
【0037】
また、従来法との比較のために、リポカチオン導入試薬(インビトロジェン社製)を用いてFITC標識siRNAを導入し、同様に蛍光顕微鏡で観察した(図3C)。
【0038】
図3Cに示されるように、リポカチオン導入薬を用いてFITC標識siRNAを導入すると、細胞にアポトーシス像が目立ち、また取り込みムラがあり、取り込み細胞数も少なかった。
【0039】
(3)各種プライマリー細胞へのsiRNAの導入
次に本発明の核酸導入用ベクターの他の細胞への導入についても観察した。
10万個のヒト正常末梢血リンパ球(健常者から20mL採血し、RPMI1640培地で2倍希釈したのち、15mL tubeに入れたFicoll hyperque上に重層した後遠心し、境界部の分離成分を回収して調製した)、12時間IL−2刺激を加えた非腫瘍性Tブラスト細胞、ヒト正常皮膚線維芽細胞(ATCC Dermal Fibroblast Normal; Human, Neonatal #PCS−201−010)、及び正常マウス肝細胞(Balb/cマウスの門脈から、コラゲナーゼ及びDNase Iが入ったPBS溶液をゆっくりと注入して肝臓組織を切除、採取し、ハサミで細分化した後、37℃で約20分静置し、さらにコラゲナーゼ及びDNase I入りPBS溶液を加えて反応後、メッシュを通し、通過した細胞を遠心して回収することにより調製した)を被導入細胞として、上記と同様にしてFITC標識siRNAの導入を蛍光顕微鏡及び位相差顕微鏡にて観察した。結果を図4に示す。
【0040】
図4のAは本発明の核酸導入用ベクターを用いてヒト正常末梢血リンパ球にsiRNAを導入した結果を示し、同様にBは12時間IL−2刺激を加えた非腫瘍性Tブラスト細胞、Cはヒト正常皮膚線維芽細胞、Dは正常マウス肝細胞にsiRNAを導入した結果を示す。図4A〜Dから明らかなとおり、いずれの細胞においても効率よくsiRNAが細胞内に導入されていることがわかった。
【0041】
(4)本発明の核酸導入用ベクターによるsiRNA導入後の標的遺伝子の抑制効果の検討
(i)Hela細胞でのDrp1タンパク質の発現抑制
上記(1)で調製した核酸導入用ベクター(KSH4−15R)をRNAaseの混入していない水に溶かして調製した200μMの水溶液5μLと、配列番号49に記載のDrp1 siRNA(Dharmac社製)をRNAaseの混入していない水に溶かして調製した10μMの水溶液5μLを、40μLのOPTI−MEM培地(GIBOCO社製)で混和し、20分室温で放置した。その後、該混合物を450μLのDMEM培養液にて培養しておいたHela細胞(RIKENより購入)に添加した。48時間後にHela細胞の抽出液を調製し、抗Drp1抗体(BD Biosciences pharmingen社製)と抗Actin抗体(ケミコン社製)を用いてウエスタンブロットを行い、siRNAのDrp1タンパク質の発現抑制効果を調べた(図5)。図5に示されるように、siRNAをKSH4−15Rと混合して培養液に添加した場合にのみ抑制効果が確認できた。
【0042】
(ii)K562ヒト慢性骨髄性白血病細胞でのBCR−ABLタンパク質の発現抑制及び細胞増殖抑制
上記(1)で調製した核酸導入用ベクター(KSH4−15R)をRNAaseの混入していない水に溶かして調製した200μMの水溶液2μLと、bcr−abl chimera mRNAを標的する非標識siRNA(配列番号48、シグマジェノシス社に依頼して合成)を10μMの濃度でRNaseの混入していない水に溶解した水溶液2μLとを、16μLのOPTI−MEM培地(GIBOCO社製)で混和し、20分間室温で放置した。その後、該混合物を180μLのDMEM培養液にて培養しておいたK562細胞に添加した。48時間後にK562細胞の抽出液を調製し、抗ABL抗体(Cell
Signaling社製)を用いてウエスタンブロットを行い、siRNAのBCR−ABLタンパク質の発現抑制効果を調べた(図6)。図6に示されるように、siRNAと導入ペプチドを混合した時のみ抑制効果が確認できた。また、この抑制効果はABLには作用しない事よりキメラ領域にのみ作用していることを示している。
【0043】
続いて、このbcr−abl chimera mRNAを標的する非標識siRNAによりK562細胞の増殖抑制効果を調べた。RNaseの混入していない水で100μMの濃度になるように調製したKSH4−15R溶液を2μLと、bcr−abl chimera mRNAを標的する非標識siRNA(配列番号48、シグマジェノシス社に依頼して合成)をRNaseの混入していない水で10μMになるように調製した溶液2μLを、16μLのOPTI−MEM培地(GIBOCO社製)で混和し、20分間室温で放置した。
【0044】
2万個のK562細胞を200μLのDMEM溶液で48穴プレートの各ウェルにスプリットし、ここに上記のKSH4−15RとsiRNAとの混合液を添加し、48時間後、72時間後の細胞数の変動を解析した。細胞数の計測に当たっては、Trypan−blue染色によるdye−exclision法を用い、hemocytometerで生細胞の1mL当たりの個数を算定した。対象群として、本発明の核酸導入用ベクターおよびsiRNAの添加のないもの(no treat)、導入用ベクターのみ添加のもの(KSH4−15 alone)、siRNAのみ添加のもの(siRNA alone)を用意し、各サンプル中の細胞数を縦軸に、経過時間を横軸としてグラフ化して比較した。この結果を図7に示す。図7から明らかなように、導入用ベクターとsiRNAの混合物を添加したものでは、48時間後でも増殖が抑制され、72時間後ではさらに大きく増殖が抑制されていることが確認できた。尚、図7中左端の棒は培養開始時における細胞数(2万個)を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸配列におけるアルギニンとリジンの構成比率の和が35%以下である細胞透過性を示すポリペプチドと、核酸結合性を示すポリペプドとが、グリシン−プロリン−グリシンからなるスペーサーを介して結合していることを特徴とする、核酸導入用ベクター。
【請求項2】
細胞透過性ポリペプチドが、配列番号1〜47のいずれかに示すアミノ酸配列からなる、請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
核酸結合性を示すポリペプチドが、5〜20個の連続する塩基性アミノ酸配列を有する、請求項1または2に記載のベクター。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のベクターと、機能性核酸とを混合し、該混合物を被導入細胞と接触させる工程を含む、機能性核酸の細胞への導入方法。
【請求項5】
機能性核酸のモル数に対し2〜20倍のモル数の核酸導入用ベクターを混合することを特徴とする、請求項4に記載の導入方法。
【請求項6】
機能性核酸がsiRNAである、請求項4または5に記載の導入方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−259371(P2010−259371A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−112853(P2009−112853)
【出願日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】