説明

格納式スラスター及びスラスター付き船舶

【課題】吃水が浅い船舶でも確実にスラスターが水面下になり、スラスタートンネルによる送航抵抗並びに乱流及びキャビテーションの発生が防止され、また、それらが原因で発生する振動及び速力の低下が防止されたスラスター付き船舶及び格納式スラスターを提供する。
【解決手段】船舶1が通常の送航時には、エアシリンダ25のピストンが退入して、ケース31は船体内に格納されている。このとき、船底外部には、突出物もなく、また取付位置においても、船底は平らとなるため、固定スラスター固有の送航抵抗、乱流及びキャビテーションの発生による速力の低下、並びに振動の発生が生じない。船舶1が岸壁に対し接離するときは、エアシリンダ25のピストンを進出させて、ケース31を下方に(図示の左回転)回動させる。これにより、ケース31内のプロペラ28が船底から下方に突出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶の横方向移動又は回頭を可能とするサイドスラスターを設けたスラスター付き船舶及びその格納式スラスターに関する。
【背景技術】
【0002】
図5は船舶1の正面図である。図5に示すように、船舶1には、船尾に設けられた送航用の推進プロペラ2及び操舵板3の他に、船舶の岸壁への離接時に、船舶を横方向へ移動させるためのスラスター4、5,6,7が設けられている。バウスラスター4は船首に設けられ、スターンスラスター5、6、7は船尾に設けられており、これらの一方又は双方が装備されている。
【0003】
図6(a)は船舶1の正面図、図6(b)は船舶1の平面図である。図6に示すように、スラスター4,5は、船体に船体幅方向に貫通するスラスタートンネル10を設け、このトンネル10の内部に、回転軸を船体進行方向に垂直にして、プロペラがこの回転軸に取り付けられたものである。
【0004】
船尾に設けられたスラスター6は、プロペラ回転軸を船体進行方向に垂直にして、船体に固定されており、図7の正面図に示すように、水面が(a)の状態である場合には、スラスターとして機能するが、水面が(b)の状態である場合には、スラスターとして機能しえない。船体が軽合金製又はFRP(繊維強化プラスチック)製の場合には、通常水面が(b)の状態になる。そこで、スラスター7のように、上下方向に可動式にしたものがある。このスラスター7は、エアシリンダ等の駆動装置8により、上下方向に駆動されるようになっている。そして、水面が(b)のように低い場合には、駆動装置8によりスラスター7を下降させて、スラスター7を水面下に位置させる。即ち、図8に示すように、吃水が深い場合には、駆動装置8がスラスター7を上昇位置に位置させ、図9に示すように、吃水が浅い場合には、駆動装置8はスラスター7を下降位置に位置させて、いずれも、スラスター7が水面下に位置するように駆動装置8が調整する。なお、図9はスラスター7及び駆動装置8を示す船体の平面図である。
【0005】
このようなサイドスラスター付きの船舶が、特許文献1乃至4に開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開平9−295571号公報
【特許文献2】特開平10−278871号公報
【特許文献3】特開平10−138988号公報
【特許文献4】特開2000−85690号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の従来装置は、以下に示す問題点がある。先ず、図6に示すように、スラスター4,5の場合は、走航中に、スラスタートンネル10に起因する水抵抗があり、また乱流が発生する。また、スラスタートンネル10において、キャビテーション(空洞)が発生し、これがプロペラに巻き込まれて振動が発生する。このため、スラスタートンネル10の前方の船体側壁11を船体幅方向にふくらませたり、スラスタートンネル10の後方の船体側壁12をへこませたりして、トンネル10へのキャビテーションの流入を少なくし、前述の問題点を少しでも緩和させる形状に工夫している。
【0008】
また、特に、スラスター5の場合は、推進用プロペラ2に極めて近い位置に設けられているので、前述の問題点は更に一層大きく影響し、低速の船舶にのみ取り付けられている。
【0009】
スラスター6のように、固定式の場合は、スラスター6が常に水面下に位置するような船でなければ、スラスターによる船体横方向の推力が得られず、軽合金製又はFRP製等の軽量化された船体では、使用できない。
【0010】
また、駆動装置8により上下方向へ移動可能にしたスラスター7では、船舶の容積、及び長さの変更に伴う改造許可が必要であり、許可トン数ぎりぎりの船では、取付不可能になる。また、このスラスター7の場合は、その設置のために、上下方向にエアシリンダ分の長さだけ、設置空間が必要となり、船尾高さが低い船は、取付が不可能となる。
【0011】
更に、このスラスター7が、図9に示すように突出した状態で、船舶が通常走航してしまうと、スラスター7の取付部が水からの送航抵抗に耐えきれず、駆動装置8のシリンダーピストンが曲がってしまい、スラスター7を上方に格納できない状態になる。また、ロープ及び浮遊物がスラスター7に引っかかりやすく、船舶が網がある所の近傍で作業しているときは、このスラスター7は使用不可態となる。よって、せっかくスラスター7を船体に設置しても、その使用範囲が限られてしまう。
【0012】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、吃水が浅い船舶でも確実にスラスターが水面下になり、スラスタートンネルによる送航抵抗並びに乱流及びキャビテーションの発生が防止され、また、それらが原因で発生する振動及び速力の低下が防止されたスラスター付き船舶及び格納式スラスターを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る格納式スラスターは、船体内に格納された状態と船底から下方に突出した状態との間で回動可能に船体に支持されたケースと、このケース内に回転軸を船体長手方向に直交させて設置されたプロペラと、前記ケースを船体内の格納位置と船底から下方に突出した使用位置との間で回動駆動する駆動装置と、を有することを特徴とする。
【0014】
前記ケースは、船体長手方向に直交する方向を回転軸として支持する支持軸と、一側部が前記支持軸に固定され一定の開き角度をなす1対の側板と、この側板の他方の側部間に掛け渡された湾曲板と、を有し、前記1対の側板及び湾曲板により断面扇形の枠が構成されていることが好ましい。
【0015】
また、この場合に、前記ケースは、前記側板及び湾曲板における前記支持軸の長手方向の一方の端部に水が通過可能に設けられた支持部と、この支持部に支持されたプロペラの回転駆動部と、を有し、前記プロペラは前記回転駆動部に取り付けられていることが好ましい。
【0016】
更に、前記ケースに作用する圧力を検出するセンサと、前記センサの検出圧力が所定値を超えた場合に前記駆動装置により前記ケースを船体内に格納させる制御装置とを有することが好ましい。
【0017】
本発明に係るスラスター付き船舶は、上述の格納式スラスターを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明においては、船舶の送航時には、ケースが船体内に格納されるので、船体からの突起物はない。また、本発明においては、スラスタートンネルもない。このように、本発明においては、突起物がなく、スラスタートンネルもないため、船舶の走行時に、スラスタートンネル及び突起物に起因する送航抵抗がなく、乱流が発生せず、キャビテーション(空洞現象)もなく、従って、これらに起因する振動も発生しない。
【0019】
また、本願請求項2の発明によれば、ケースは1対の側板と湾曲板により断面扇形の枠が構成されているので、仮に、スラスターが船体から下方に突出したまま船舶が進行又は後退しても、水流がこれらの側板及び湾曲板により規制されるので、その抵抗は小さい。また、プロペアは、ケース内に位置して、水流を直接受けることはないので、プロペラ自体に過負荷が印加されて、プロペラが破損するようなことはない。また、ケースは、船体に設置された支持軸に回転可能に支持されているので、ケースに水流による抵抗力が作用しても、それが直接駆動装置の例えばエアシリンダのピストンに作用することはなく、これらのピストン等の破損が防止される。
【0020】
そして、請求項4のように、ケースに作用する圧力をセンサにより検出し、検出圧力が所定値を超えた場合に、制御部が前記駆動装置を駆動して前記ケースを船体内に格納するように構成することにより、ケースに過剰な力が印加されてケースが破損することが防止される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について、添付の図面を参照して具体的に説明する。図1乃至4は、本発明の実施形態を示す図であって、図1は船尾の平面図、図2、3は船尾の正面図、図4は動作を示す船尾の正面図である。但し、図1は図2の状態の平面図である。
【0022】
本実施形態においては、船舶1の船尾の推進用プロペラ2及び操舵板3の近傍に、格納式スラスター20が設置されている。この格納式スラスター20は、ケース31が、船体の長手方向に垂直の方向を回転軸とする支持軸32に回転可能に支持されている。このケース31は、1対の側板21,22と、湾曲板23とを、断面扇形に組立てた形状を有し、扇形の中心となる部分は、側板21,22の両一側部が一定の開き角度で固定され、側板21,22の他方の側部が、湾曲板23の両端縁に固定されている。そして、扇形の中心部が支持軸32に固定されており、これにより、ケース31が支持軸32を回動中心として回動するようになっている。この支持軸32は、船底又はこの船底近傍に設けられており、従って、ケース31は図2に示すように、船体内に格納された状態と、船体から下方に突出した状態とをとることができ、この両状態の間を回動することができる。側板22には、エアシリンダ25のピストンの先端が側板22に対して回転可能に連結されており、エアシリンダ25を回動駆動装置として、ケース31が回動することができる。なお、エアシリンダの代わりに、油圧シリンダを使用することもできる。
【0023】
ケース31の側板21,22及び湾曲板23の船体幅方向の両端部には、支持部29,30が固定されている。この支持部29,30は、水の通流を邪魔しないように、例えば棒状をなしたものである。そして、一方の支持部29に、プロペアの回転駆動部27がその回転軸を船体の長手方向に垂直にして固定されており、この回転駆動部27の回転軸にプロペラ28が取り付けられている。
【0024】
また、センサ(図示せず)がケース31に作用する圧力を検出するようになっている。図4に示すように、ケース31が船底から下方に突出しているにも拘わらず、船舶1が前進してしまったときに、水流による荷重がケース31に印加される。この圧力は、ケース31を船体内に押し戻すように作用するが、例えば、圧力センサを、側板22と船体との間に設けて、側板22から船体に及ぼす圧力を検出することにより、水流に起因してケース31に作用する圧力を検出することができる。そして、この検出圧力が所定値を超えた場合に、制御部(図示せず)がエアシリンダ25のピストンを退入させて、ケース31を、図2に示すように、船体内に格納するようになっている。
【0025】
更に、ケース31には、図4に示すように、ストッパ40が設けられており、このストッパ40が船体側の係止部に係止されることにより、ケース31の側板22が船底から下方に降下してしまうことがないようになっている。即ち、ケース31はその側板22が若干外方に延出して、ストッパ40を構成している。この側板22のストッパ40が船底に設けた係止部に係止されることにより、ケース31はそれ以上下方に回動しないようになっており、ケース31に連結されたエアシリンダ25に過大な荷重が印加することがないようになっている。
【0026】
次に、上述の如く構成された格納式スラスターの動作について説明する。船舶1が通常の送航時には、図2に示すように、ケース31は船体内に格納されている(エアシリンダ25のピストンが退入)。この走航時(格納状態)においては、船底外部には、突出物もなく、また取付位置においても、船底は平らとなるため、固定スラスター固有の送航抵抗、乱流及びキャビテーションの発生による速力の低下、並びに振動の発生が生じない。
【0027】
そして、船舶1が岸壁に接岸するとき、又は、岸壁から離れるときには、図3に示すように、エアシリンダ25のピストンを進出させて、ケース31を下方に(図示の左回転)回動させ、ストッパ40を船底の係止部に当接させる。そうすると、ケース31が船体から下方に突出し、従って、ケース31内のプロペラ28が船底から下方に突出する。このため、吃水が浅い場合であっても、プロペラ28は確実に水面下に位置する。
【0028】
そこで、回転駆動部27がプロペラ28を回転駆動すると、船体には横方向の力が作用し、船体を横方向に移動させたり、回頭させたりすることができ、岸壁への接離を容易に行うことができる。吃水が浅い船舶であっても、プロペラ28は前述の如く確実に水面下にあるので、気泡が発生したり、空気が流入したりすることがなく、その仕様どおりの性能を発揮することができる。
【0029】
接離作業が終了した後、プロペラ28を停止し、エアシリンダ25のピストンを退入させて、ケース31を船体内に格納し、推進プロペラ2を回転させて、船舶を前進又は後退させる。
【0030】
しかし、このとき、ケース31の格納を忘れて船舶1が通常送航に入ってしまった場合、図4に示すように、前進時には、水流により側板21に対し船尾に向かう荷重が印加され、後進時には、水流により湾曲板23に対し船首に向かう荷重が印加される。しかし、本実施形態においては、前進時には、ケース31の側板21がこの水流を受け止めるので、プロペラ28に対して水流からの過大な荷重が印加されることはない。また、センサがケース31に作用する荷重を検出しているので、この検出圧力が所定値を超えた場合に、制御部がエアシリンダ25を駆動して、ケース31を船体内に退入させるので、水流からの抵抗により、ケース31が破損することが確実に防止される。
【0031】
一方、船舶1が後進してしまった場合、水流は湾曲板23に作用し、船首方向への荷重が湾曲板23に印加されるが、この水流は湾曲板23の湾曲面に沿って流れて大きな抵抗力が湾曲板23に作用することはない。また、ケース31はストッパ40により係止されているので、ケース31に水流の荷重が印加されても、ケース31に作用する荷重はストッパ40により支えられる。更に、後進時は、船舶の速度が高々3〜5tであり、ケース31及びストッパ40、更にはエアシリンダ25が破損するような荷重は印加されない。
【0032】
更に、ケース31が側板21,22及び湾曲板23により組み立てられているので、海中のロープ又は浮遊物がケース31に絡まり、また引っかかることも抑制され、ケース31が船底から下方に突出していて、円滑に送航することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施形態を示す船尾の平面図である。
【図2】同じく本発明の実施形態を示す船尾の正面図である。
【図3】同じくその実施形態の動作を示す船尾の正面図である。
【図4】送航時の動作を示す正面図である。
【図5】船舶の正面図である。
【図6】船首のバウスラスター4を示す正面図である。
【図7】船尾のスターンスラスター6,7を示す図である。
【図8】船尾のスラスター7の格納状態を示す図である。
【図9】同じく船尾のスラスター7の格納状態を示す図である。
【図10】同じく船尾のスラスター7の平面図である。
【符号の説明】
【0034】
1 船舶
2 プロペラ
3 操舵板
4 バウスラスター
5,6,7 スターンスラスター
8 シリンダ
10 スラスタートンネル
11、12 側壁
20 スラスター
21、22 側板
23 湾曲板
25 エアシリンダ
27 駆動部
28 プロペラ
29,30 支持部
31 ケース
32 支持軸
40 ストッパ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体内に格納された状態と船底から下方に突出した状態との間で回動可能に船体に支持されたケースと、このケース内に回転軸を船体長手方向に直交させて設置されたプロペラと、前記ケースを船体内の格納位置と船底から下方に突出した使用位置との間で回動駆動する駆動装置と、を有することを特徴とする格納式スラスター。
【請求項2】
前記ケースは、船体長手方向に直交する方向を回転軸として回転可能に船体に設けられた支持軸と、一側部が前記支持軸に固定され一定の開き角度をなす1対の側板と、この側板の他方の側部間に掛け渡された湾曲板と、を有し、前記1対の側板及び湾曲板により断面扇形の枠が構成されていることを特徴とする請求項1に記載の格納式スラスター。
【請求項3】
前記ケースは、前記側板及び湾曲板における前記支持軸の長手方向の一方の端部に水が通過可能に設けられた支持部と、この支持部に支持されたプロペラの回転駆動部と、を有し、前記プロペラは前記回転駆動部に取り付けられていることを特徴とする請求項2に記載の格納式スラスター。
【請求項4】
前記ケースに作用する圧力を検出するセンサと、前記センサの検出圧力が所定値を超えた場合に前記駆動装置により前記ケースを船体内に格納させる制御部とを有することを特徴とする請求項2又は3に記載の格納式スラスター。
【請求項5】
前記請求項1乃至4のいずれか1項に記載の格納式スラスターを備えたことを特徴とするスラスター付き船舶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−126979(P2008−126979A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−317759(P2006−317759)
【出願日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【出願人】(596059934)運上船舶工業有限会社 (5)