説明

栽培作物を製造する方法

【課題】紫外線照射による殺菌を行いつつ、培養液中の重金属元素の不溶化を抑制できる栽培作物の製造方法、及び循環液体培地用添加剤を提供すること。
【解決手段】本発明に係る栽培作物の製造方法は、重金属元素を含む培養液を、循環させながら栽培対象へ供給する工程と、培養液に紫外線を照射して、殺菌を行う工程と、を有し、紫外線の照射は、培養液にリン酸系キレート剤が含まれた状態で行う。本発明に係る添加剤は、リン酸系キレート剤からなり、紫外線照射による殺菌が施される循環液体培地への添加に用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養液を循環して栽培対象へと供給する栽培技術に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の栽培作物の栽培における肥料として、液体肥料である培養液が汎用されている。かかる培養液には、作物の成長に必要な成分として、窒素、リン、カリウムといった3大栄養素や、鉄、マンガン、亜鉛等の微量要素等が含まれる。
【0003】
培養液は、循環して長時間に亘って使用されるため、培養液に加えた成分が経時的に不溶化し、特に重金属元素は沈殿してしまう。すると、培養液に溶存する成分が減るため、作物の栽培に悪影響が生じる場合がある。そこで、成分の析出を抑制する目的で、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)やクエン酸等のキレート剤を培養液に加えることが提案されている(特許文献1参照)。
【0004】
ところで、培養液を循環して再利用する系では、作物の病害を予防する観点から、培養液を殺菌する必要があり、かかる殺菌は、紫外線照射により行うことが多い。しかし、紫外線を長時間に亘って照射すると、キレート剤が分解されてしまうことが知られている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−145614号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】草刈 眞一 著、「養液栽培の病害と対策 〜出たときの対処法と出さない工夫〜」、社団法人 農山漁村文化協会、2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、従来のキレート剤を用いると、紫外線照射による培養液の殺菌処理を行った場合、キレート剤の分解に応じ、経時的に重金属元素が不溶化し、沈殿してしまうため、重金属元素を培養液へと頻繁に追加しなければならない。
【0008】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、紫外線照射による殺菌を行いつつ、培養液中の重金属元素の不溶化を抑制できる栽培作物の製造方法、及び循環液体培地用添加剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、リン酸系キレート剤が紫外線照射によって分解されにくいことを見出し、本発明を完成するに至った。具体的に、本発明は以下のものを提供する。
【0010】
(1) 栽培作物を製造する方法であって、
重金属元素を含む培養液を、循環させながら栽培対象へ供給する工程と、
前記培養液に紫外線を照射して、殺菌を行う工程と、を有し、
前記紫外線の照射は、前記培養液にリン酸系キレート剤が含まれた状態で行う方法。
【0011】
(2) 前記リン酸系キレート剤は、前記重金属元素の量に対し、当量以上10当量以下の量で存在する(1)記載の方法。
【0012】
(3) 前記リン酸系キレート剤は、ポリリン酸、ヘキサメタリン酸及びこれらの生理学的に許容される塩からなる群より選ばれる1種以上である(1)又は(2)記載の方法。
【0013】
(4) 前記培養液中の炭素単結合を有する有機キレート剤の量が、0.1質量%未満である(1)から(3)いずれか記載の方法。
【0014】
(5) リン酸系キレート剤からなり、
紫外線照射による殺菌が施される循環液体培地用添加剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、殺菌のための紫外線照射によってもリン酸系キレート剤が分解しにくいため、重金属元素のキレート化状態が持続し、重金属元素の不溶化を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を説明するが、これに本発明が限定されるものではない。
【0017】
本発明に係る栽培作物の製造方法は、培養液を、循環させながら栽培対象へ供給する工程と、栽培対象へ供給される前の培養液に紫外線を照射して殺菌を行う工程と、を有する。各工程の詳細を以下説明する。
【0018】
培養液は、作物の栽培に必要な成分の水溶液である。このような成分は、水素、炭素、酸素、窒素、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、及び硫黄からなる多量元素、塩素、ホウ素、鉄、マンガン、亜鉛、銅及びモリブデンからなる微量元素の一部又は全部の元素である。成分が添加される形態は、特に限定されず、酸化物、水酸化物、硝酸塩、リン酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩であってよい。各成分の好適な配合量は、従来周知であり、作物の種類や成長ステージ等に応じて、適宜設定されてよい。
【0019】
培養液が循環して長期間に亘って再利用され、更に、殺菌のための紫外線照射を受けるため、培養液中の成分が経時的に不溶化しやすい。特に、カルシウム、マグネシウム、マンガン、鉄、銅、亜鉛、及びモリブデンといった重金属元素は、比重が高く、不溶化した場合には沈殿してしまうため、沈殿物の除去の手間がかかる。
【0020】
そこで、本発明では、紫外線照射による殺菌を、培養液にリン酸系キレート剤が含まれた状態で行う。リン酸系キレート剤は、紫外線照射によって分解されにくいため、重金属元素のキレート化状態が持続し、重金属元素の不溶化を抑制することができる。この機構は、紫外線のエネルギー(例えば、波長254nmの紫外線の場合、470kJ/mol)に比べ、リン酸系キレート剤の分子構造に関わる結合(例えば、リン酸と酸素との結合)の解離エネルギーが高いためであると推測される。
【0021】
リン酸系キレート剤は、紫外線照射による分解性が低いため、培養液への度重なる追加的な添加が不要であり、経済的である。また、リン酸系キレート剤は一般的に生分解性を有するため、従来使用される、EDTAやクエン酸等の有機キレート剤に比べて環境への負荷が小さい点でも有利である。更に、リン酸系キレート剤は、長期間に亘り直射日光下に放置されても安定であり、保存性に優れ、また、栽培条件を選ばない点でも有利である。
【0022】
リン酸系キレート剤は、重金属元素のイオンと錯体を形成できるものであれば、特に限定されず、例えば、ポリリン酸、ヘキサメタリン酸及びこれらの生理学的に許容される塩からなる群より選ばれる1種以上であってよい。生理学的に許容される塩は、ナトリウム塩、カリウム塩等であってよい。より具体的には、トリポリリン酸、トリポリリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸、ヘキサメタリン酸ナトリウム等が挙げられる。培養液中でのリン酸系キレート剤の形態は、水溶状態である限りにおいて、特に限定されない。
【0023】
リン酸系キレート剤は、重金属元素の量に対し過小であると、重金属元素のキレート化が十分になされないおそれがある一方、過大であっても、経済的でない。このため、リン酸系キレート剤は、重金属元素の量に対し当量以上の量で存在することが好ましく、より好ましくは2当量以上である。リン酸系キレート剤は、重金属元素の量に対し10当量以下の量で存在することが好ましく、より好ましくは5当量以下である。前述のように、リン酸系キレート剤は紫外線照射に対して安定ではあるが、培養液中のリン酸系キレート剤の量が上記範囲を下回った場合には、不足する量のリン酸系キレート剤を追加してもよい。
【0024】
これに対し、有機キレート剤は、分子内の中央に炭素単結合(C−C)を有しており、この結合の解離エネルギー(350kJ/mol)が紫外線のエネルギーより小さいため、紫外線照射により分解されてしまうと推測される。このため、沈殿抑制効果と環境負荷とのバランスの観点で、培養液中の炭素単結合を有する有機キレート剤の量が、0.1質量%未満であることが好ましく、有機キレート剤が含まれないことがより好ましい。
【0025】
また、用いる場合でも、有機キレート剤は、紫外線のエネルギーより大きい炭素二重結合(C=C)や炭素三重結合(C≡C)により分子構造が構成されるものであることが好ましい。例えば、ビス(ベンゼン)錯体等のサンドイッチ化合物や、アセチレン錯体等が挙げられる。
【0026】
また、必要に応じ、アミノホスホン酸及びその生理学的に許容される塩を用いてもよい。例えば、ニトリロトリメチレンホスホン酸、ニトリロトリメチレンホスホン酸ナトリウム等が挙げられる。
【0027】
なお、重金属元素を含有する物質の培養液への添加順序は、リン酸系キレート剤の金属等に対する添加量が上述の範囲にある場合(例えば後述の実施例)には特に関係ないが、上述の範囲より少ない場合には、用いるリン酸系キレート剤に対する安定度定数に応じて決定することが好ましい。具体的に、安定度定数が小さいものを先にリン酸系キレート剤と併存させ、錯体を優先的に形成しておき、その後に、安定度定数が大きいものを添加することが好ましい。一般的には、カルシウムを先に、鉄を後に添加する。
【0028】
培養液の循環は、従来周知の方法に従って行えばよいため、詳細な説明は省略する。一般的に、栽培装置は、栽培対象の設置箇所への培養液の供給路と、栽培対象の設置箇所からの培養液の回収路と、回収した培養液に紫外線を照射する殺菌装置と、必要に応じ、殺菌後の培養液を一時的に貯留する貯留タンク、回収路を流通する培養液の一部を排出する排出装置と、を備えてよい(例えば、非特許文献1参照)。また、培養液の管理方法も、従来周知であるため、詳細な説明は省略する(例えば、社団法人日本施設園芸協会編、「溶液栽培の新マニュアル」、誠文堂新光社発行、2002年)。
【0029】
本発明における紫外線照射とは、少なくとも自然光より紫外線の割合が高い光の照射を指し、自然光の照射は包含されない。紫外線は、波長10〜400nmの光線であり、100〜280nmのUV−C、280〜315nmのUV−B、315〜400nmのUV−Aに分類される。このうち、波長254nm付近の紫外線が、殺菌力に優れる点で好ましい。紫外線照射の方法も、従来周知であり、例えば、紫外線ランプ(冷陰極管)を石英ガラスで覆った構造体を1個以上、培養液中に浸漬し、紫外線を発光させればよい。また、紫外線照射に加え、オゾン発生による殺菌を併せて行ってもよい。
【0030】
紫外線照射は、所望の殺菌レベルに応じ、適宜選択される時間に亘って行われる。特に限定されないが、1回当たりの照射時間は、45分間以上であってよく、好ましくは1時間以上、5時間以上、10時間以上、14時間以上である。また、紫外線照射の頻度も、所望の殺菌レベルに応じて適宜設定されてよく、好ましくは毎循環において行うが、2以上の循環に1度であってもよい。
【0031】
前述のように、紫外線照射によるリン酸系キレート剤の分解がほぼ生じないため、培養液中の溶存成分の経時的な不溶化及び沈殿による低下は抑制される。ただし、作物吸収により培養液中の溶存成分量が所定量を下回った場合、不足する量の成分を追加することが好ましい。
【0032】
なお、本発明の方法により製造できる作物は、栽培可能なものであれば特に限定されず、いかなるものであってもよい。
【0033】
本発明は、リン酸系キレート剤からなり、紫外線照射による殺菌が施される循環液体培地用添加剤も包含する。かかる循環液体培地用添加剤は、紫外線照射による殺菌が施されない系(例えば、加熱殺菌が行われる系)で使用される添加剤とは、明確に区別される。
【0034】
また、本発明は、作物栽培に用いる培養液の殺菌方法であって、重金属元素を含む培養液に紫外線を照射して、殺菌を行う工程を有し、前記紫外線の照射は、前記培養液にリン酸系キレート剤が含まれた状態で行う殺菌方法も包含する。
【実施例】
【0035】
<参考例>
10Lの水道水へ、表1に示す多量元素含有物質を投入し、撹拌して溶解させた。次に、100mLの水道水へ、表2に示す微量元素含有物質を投入し、撹拌して完全に溶解させた後、溶液1mLを分取し、先程の10Lの水溶液に添加し、撹拌した。また、FeSO1.9gと、トリポリリン酸ナトリウム26.3gとを100mLの水道水へ投入し、撹拌して溶解させた後、溶液10mLを、前述の10Lの水溶液に添加し、撹拌した。この水溶液に、Ca(NO・4HO 9.5gを投入し、撹拌して完全に溶解させることで、培養液を調製した。
【0036】
(比較例)
FeSO及びトリポリリン酸ナトリウムの代わりに、EDTA・Na−Fe 2.5gを用いた点を除き、参考例1と同様の手順で培養液を調製した。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
[評価]
参考例及び比較例の培養液を100mL分取し、振とうしながら、14時間に亘り、殺菌灯から波長254nmの紫外線を照射し続けた。その後の培養液を回収し、溶存する鉄の量を、(株)共立理化学研究所のデジタルパックテストにより測定した。参考例の培養液では、紫外線照射前と変わらず、溶存鉄量が3.5ppmであった。これに対し、比較例の培養液では、沈殿が生じており、溶存鉄量は0ppmであった。
【0040】
この結果から、紫外線照射を、培養液にリン酸系キレート剤が含まれた状態で行うことで、従来の有機キレート剤と異なり、重金属元素の経時的な不溶化を抑制できることが分かった。これにより、培養液の循環による栽培を、紫外線照射による殺菌を行いながら、良好に実現できることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
栽培作物を製造する方法であって、
重金属元素を含む培養液を、循環させながら栽培対象へ供給する工程と、
前記栽培対象へ供給される前の前記培養液に紫外線を照射して、殺菌を行う工程と、を有し、
前記紫外線の照射は、前記培養液にリン酸系キレート剤が含まれた状態で行う方法。
【請求項2】
前記リン酸系キレート剤は、前記重金属元素の量に対し、当量以上10当量以下の量で存在する請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記リン酸系キレート剤は、ポリリン酸、ヘキサメタリン酸及びこれらの生理学的に許容される塩からなる群より選ばれる1種以上である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記培養液中の炭素単結合を有する有機キレート剤の量が、0.1質量%未満である請求項1から3いずれか記載の方法。
【請求項5】
リン酸系キレート剤からなり、
紫外線照射による殺菌が施される循環液体培地用添加剤。

【公開番号】特開2012−205514(P2012−205514A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71787(P2011−71787)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】