説明

植物の生長促進及び耐塩性向上剤

【課題】低コストでかつ簡便に、植物の耐塩性を効果的に高めることができる農業資材、特に元来耐塩性を有しない植物に耐塩性を付与し得る農業資材を提供すること。
【解決手段】パエニバチルス属に属する細菌もしくはその培養上清を含有してなる、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤、当該細菌もしくはその培養上清を植物に施用することを特徴とする、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上方法。当該細菌として、パエニバチルス・フクイネンシス(Paenibacillus fukuinensis)に属する菌株、特に受託番号FERM P-20620で特定される菌株、あるいはその変異株であって、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上作用を保持する菌株が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パエニバチルス属(Paenibacillus)に属する細菌又はその培養物を含む、植物の生長促進及び/又は耐塩性改善剤、並びに当該細菌を用いた植物の生長促進及び/又は耐塩性改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、畑地での灌漑による塩類集積が世界的な問題となっている。植物に耐塩性を付与することは難しく、選抜や育種により得られる耐塩性の向上はわずかである。海浜など塩濃度の高い土壌で生息する塩生植物は、Na+の体外排出や液胞内蓄積など様々な機構により、塩ストレスに対する耐性を獲得していることが知られている。そこで、塩生植物の耐塩機構に関与する遺伝子を作物に導入することにより、イオンストレスや浸透圧ストレスに対する耐性を持たせようとする試みがなされている。しかし、そのようにして作出される作物は遺伝子組換え作物となるため、日本の現状では農業現場で栽培できる見込みは極めて低い。
【0003】
一方、遺伝子組換え技術に頼らない方法としては、微生物発酵により抽出した5-アミノレブリン酸(特許文献1)やアミノ酸発酵液(特許文献2)を散布する方法が開発されているが、前者は製造コストが高く、後者は効果が低い。従って、低コストでかつ簡便に、植物の耐塩性を効果的に高めることができる農業資材の開発が望まれている。
【0004】
ところで、植物の根内部や根圏土壌には、植物の光合成産物の供給により多様な微生物が生息している。その中には植物と共生関係にあり、植物の生長促進効果(非特許文献1−4)や塩生植物における耐塩性向上効果(非特許文献5)などを有する微生物が確認されている。しかしながら、元来耐塩性を有しない一般作物に耐塩性を付与するような根圏微生物は未だ報告されていない。
【0005】
本発明者らは以前、越前がにの殻を肥料として利用する福井県の伝承農法を実施している畑の土壌から、カニ殻の主成分であるキチンを分解する、パエニバチルス属に属する新種の細菌を分離・同定し、パエニバチルス・フクイネンシス(Paenibacillus fukuinensis)と命名した(特許文献3)。本細菌はキチン・キトサンを分解してオリゴ糖を根圏土壌に供給し、これがエリシターとして植物体内で抗菌活性を有するファイトアレキシンを誘導することにより、植物の病害抑制効果を発揮すると推測されている。
【0006】
しかしながら、上記パエニバチルス属細菌が植物の生長促進効果や耐塩性向上効果を有することは全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2896963号公報
【特許文献2】特許第3377873号公報
【特許文献3】特許第4243266号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Nature Biotechnology, 25, 1007-14 (2007)
【非特許文献2】Journal of Microbiology and Biotechnology, 17, 280-6 (2007)
【非特許文献3】Bioresource Thechnology, 98, 1224-30 (2007)
【非特許文献4】Journal of Applied Microbiology, 107, 625-34 (2009)
【非特許文献5】Soil Science & Plant Nutrition, 53, 12-16 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、低コストでかつ簡便に、植物の耐塩性を効果的に高めることができる農業資材、特に元来耐塩性を有しない植物に耐塩性を付与し得る農業資材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
植物と共生関係にある根圏微生物としては、根粒菌などの窒素固定菌が代表的であることから、植物に対して有益な相互作用を及ぼす土壌微生物のスクリーニングは、従来窒素固定能を指標として行われてきた。本発明者らは、カニ殻を肥料として用いる伝承農法において、その病害抑制効果に関して役割を果たしていることが示唆される、キチン分解能を有するパエニバチルス属細菌に着目し、本発明者らが分離したP. フクイネンシスの培養液をトマトの培土に添加して、通常条件下及び高塩濃度ストレス条件下で栽培したところ、当該細菌はキチンの有無に関係なく、植物の生長を促進し、かつ耐塩性を高める(付与する)効果があることが明らかとなった。また、当該細菌は、主として草丈を伸ばす方向に植物の生長を促進する効果があるのに対し、キチンをさらに培土に添加することにより、側枝の伸長も促進され、全体に生長が旺盛となることも見出した。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
[1]パエニバチルス属に属する細菌もしくはその培養上清を含有してなる、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤。
[2]前記細菌がキチン及び/又はキトサンを分解する能力を有するものである、上記[1]記載の剤。
[3]前記細菌がパエニバチルス・フクイネンシスに属するものである、上記[1]又は[2]記載の剤。
[4]前記細菌が受託番号FERM P-20620で特定される菌株、あるいはその変異株であって、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上作用を保持する菌株である、上記[3]記載の剤。
[5]キチン及び/又はキトサンと組み合わせてなる、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の剤。
[6]パエニバチルス属に属する細菌もしくはその培養上清を植物に施用することを特徴とする、該植物の生長促進及び/又は耐塩性向上方法。
[7]さらにキチン及び/又はキトサンを施用することを含む、上記[6]記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、遺伝子組換えによらず、自然界に存在する微生物を利用することで、植物の生長促進及び耐塩性向上効果を得ることができる。また、本発明により提供される技術では、発酵液から有効成分を抽出・精製することなく低コストで大量生産が可能であり、そのまま土壌に混和するだけで上記効果を実現することができる。さらに、キチンとの相乗効果が期待できるので、キチン源としてカニ殻を利用することで、従来廃棄物(生ごみ)として処理されているカニ殻の有効利用が図られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】パエニバチルス属細菌によるトマト苗の生長促進効果を示す図である。A:コントロール(腐葉土のみ、生長が悪い)。B:腐葉土に微生物培養培地を添加(茎が細く徒長である)。C:腐葉土にパエニバチルス属細菌の培養液を添加(旺盛な生長を示した)。
【図2】パエニバチルス属細菌とキチンとによるトマト苗の生長に及ぼす相乗効果を示す図である。A:コントロール(腐葉土のみ)。B:腐葉土に微生物培養培地及びキチンを添加(側枝は多く伸長するが、草丈は低い)。C:腐葉土にパエニバチルス属細菌の培養液及びキチンを添加(草丈も高く、側枝も多く伸長する)。
【図3】パエニバチルス属細菌によるトマトの耐塩性向上効果を示す図である。A:パエニバチルス属細菌の培養液及びキチンを添加(耐塩性が向上)。B:パエニバチルス属細菌の培養液を添加(キチンに関係なく耐塩性が向上)。C:微生物培養培地及びキチンを添加(塩害による増殖阻害)。D:微生物培養培地を添加(塩害による増殖阻害)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、パエニバチルス属に属する細菌(本明細書においては「パエニバチルス属細菌」と略記する場合もある。)もしくはその培養上清を含有してなる、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤を提供する。
本発明で使用し得る細菌は、パエニバチルス属に属する細菌であって、その菌体もしくは培養上清を対象とする植物に施用した場合に、それらを施用しなかった場合と比較して当該植物の生長を促進し、及び/又は当該植物の耐塩性を向上させる効果を有する限り、特に制限はないが、好ましくは、キチン(主としてN-アセチル-D-グルコサミン単位からなるアミノ多糖)及び/又はキトサン(主としてD-グルコサミン単位からなるアミノ多糖)を分解し、低分子のオリゴ糖を産生する能力を有するものが用いられる。
好ましい一実施態様においては、本発明で使用し得る細菌は、パエニバチルス・フクイネンシス(P. フクイネンシス)に属する菌株である。P. フクイネンシスは、本発明者らによって分離・同定された新種のパエニバチルス属細菌であり(上記特許文献3参照)、以下の菌学的性質により特徴付けられる。
・細胞形態:
桿菌:(大きさ: 0.5-0.6×1.2-1.5 μm)
運動性:+(周鞭毛)
グラム染色:+
内生胞子:+
胞子の形:楕円
胞子の位置:末端
胞子嚢の膨らみ:膨らむ
・生理的性質:
カタラーゼ:+
デンプンの加水分解:+
グルコースからの酸の生成:+
・酸素に対する態度:通性嫌気性
・生育温度:30-42℃で良好な生育
・至適pH:7.2(+:陽性)
さらに、P. フクイネンシスは、後述の受託番号FERM P-20620で特定される菌株の16S rDNA配列と少なくとも95%超、好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上の同一性を有し、かつ他の既知種のパエニバチルス属菌の16S rDNA配列とは95%以下の同一性しか有しない塩基配列からなる16S rDNAを有することによって特徴付けられる。
【0015】
本発明者らが分離・同定したP. フクイネンシスに属する菌株は、上記菌学的性質及び分子系統遺伝学的性質に加えて、キチン分解酵素(キチナーゼ)及びキトサン分解酵素(キトサナーゼ)を菌体外に分泌し、分解産物であるN-アセチルグルコサミンやグルコサミン、キトビオースを資化する能力を有する。本発明で使用し得るP. フクイネンシスに属する菌株は、キチンの有無に関係なく植物の生長促進効果や耐塩性向上効果を発揮し得るので、キチン及びキトサン分解能を必ずしも保持している必要はないが、キチンの共存により植物の生長促進に関して相乗的な効果を発揮し得る点で、キチン及び/又はキトサン分解能を保持していることがより好ましい。
【0016】
キチン及びキトサン分解能を有するP. フクイネンシスに属する菌株として、より好ましくは受託番号FERM P-20620で特定される菌株(以下、「FERM P-20620株」と略記する場合がある)、あるいは当該菌株由来の変異株であって、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上作用を保持する菌株が用いられる。FERM P-20620株は、茨城県つくば市東1-1-1中央第6、独立行政法人産業技術総合研究所に寄託されている(寄託日:平成17年8月17日)。
【0017】
FERM P-20620株の変異株は、FERM P-20620株に自体公知の変異原処理を行い、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上効果を指標として、親株と同等もしくはそれ以上の生長促進及び/又は耐塩性向上効果を有する菌株を選抜することにより得ることができる。植物の生長促進効果及び耐塩性向上効果は、例えば後述の実施例に記載される方法を用いて試験することができるが、それらに限定されず、自体公知のいかなる方法を用いてもよい。
ここで変異原としては、例えば、アルキル化剤(N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)、エチルメタンスルホン酸(EMS)等)、ヌクレオチド塩基類似体(ブロモウラシル等)、ニトロソ化合物、DNAインターカレーター、DNA架橋剤、放射線、紫外線等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、当該変異株は、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上効果が親株と比較して増大しているか、あるいはそれらの効果については同等であるが、例えば植物の病害抑制効果、キチンやキトサン分解産物の資化能の低下などの他の有利な効果を奏する菌株などである。
尚、当該変異株はキチン及びキトサン分解能を消失していてもよいが、親株と同等もしくはそれ以上の分解能を有していることがより好ましい。
【0018】
本発明で使用し得るパエニバチルス属細菌は、例えば、土壌、好ましくはカニ殻を肥料として用いている畑の土壌などの、キチン及び/又はキトサンを豊富に含む土壌から、キチン及び/又はキトサン分解能を指標に選択することができる。当該選択方法としては、例えば、上記特許文献3に記載される方法を用いることができるが、それに限定されない。
【0019】
本発明で用いられるパエニバチルス属細菌は、バチルス属細菌全般の培養に用いられる自体公知の方法により培養することができる。培養に使用される培地としては液体培地が好ましい。また、培地は、パエニバチルス属細菌の生育に必要な炭素源、窒素源、無機物などを含有することが好ましい。ここで、炭素源としては、例えば、グルコース、デキストリン、可溶性澱粉、ショ糖、N-アセチル-D-グルコサミン、D-グルコサミンなどが;窒素源としては、例えば、アンモニウム塩類、硝酸塩類、コーンスチープ・リカー、ペプトン、カゼイン、肉エキス、大豆粕、バレイショ抽出液などの無機又は有機物質が;無機物としては、例えば、塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化マグネシウムなどがそれぞれ挙げられる。また、培地には、酵母エキス、ビタミン類、生長促進因子などを添加してもよい。培地のpHは、好ましくは約5〜約8である。より具体的には、パエニバチルス属細菌の培養に適した培地として、例えば、カゼイン消化物17.0g、大豆粕のパパイン消化物3.0g、デキストロース2.5g、塩化ナトリウム5.0g及びリン酸水素二カリウム2.5gを含有するTryptic Soy Broth (BECTON DICKINSON, カタログ番号211825)(pH 7.2±0.2) や、後述の実施例で使用されるSBG-Y培地などが挙げられる。
パエニバチルス属細菌の培養は、試験管、培養フラスコ等の培養器に一定量の培地を入れ、パエニバチルス属細菌を接種し、試験管振とう機、シンプロカルシェーカー、ロータリーシェーカー等を用い、好気条件下で30〜42℃にて振とう培養により行うことができる。より大規模な培養は、数L規模のジャーファーメンタや数100 L〜数100 t規模の工業的タンク等の大規模培養槽を用いての通気攪拌培養にて行うことができる。培養時間は特に制限はないが、例えば、107〜109細胞/mlとなるまで培養することができる。
【0020】
上記のようにして得られるパエニバチルス属細菌の培養液は、そのままで、あるいは適当に処理した後、本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤として任意の適切な剤形に調製され得る。剤形としては、液剤、乳剤、エマルジョン、懸濁剤、水和剤、粒剤、等の一般的な剤形が挙げられるが、これらに限定されない。培養液の処理方法としては、例えば、当該培養液を水もしくは適当な希釈液(例えば、等張緩衝液や培地等)で適切な菌体濃度となるまで希釈することができる。あるいは、培養液をろ過もしくは遠心分離して菌体を回収し、適当な分散媒(例えば、等張緩衝液や新鮮培地等)に再懸濁することもできる。さらに、回収した菌体を常法により凍結乾燥することもできる。あるいはまた、培養液に10〜20%のグリセロールを添加して-80℃で凍結保存し、用時融解して培地等に再懸濁して用いることもできる。また、当該細菌は芽胞(内生胞子)を形成するが、芽胞は熱や乾燥などの環境変化に対して耐性を示し長期間安定に保存できるので、芽胞の形態で製品化し、用時発芽させ菌体を増殖させてもよい。
一方、植物に生長促進及び/又は耐塩性向上効果をもたらす有効物質が菌体外(培養上清)に分泌される場合は、培養上清をそのままで、あるいは濃縮もしくは希釈して製剤化することもできる。
【0021】
上記のようにして調製されるパエニバチルス属細菌の培養液、菌体もしくは培養上清又はその処理物には、農薬学的又は肥料学的に許容される添加物を配合することができる。
【0022】
本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤中のパエニバチルス属細菌の菌体濃度は、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上に有効な量の菌体が含有される限り特に制限されないが、例えば、約105細胞/ml以上、好ましくは約106細胞/ml以上、より好ましくは約10細胞/ml以上の範囲で適宜設定することができる。
【0023】
本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、好ましくは、キチン及び/又はキトサンと組み合わせて用いられる。後述の実施例に示されるとおり、パエニバチルス属細菌単独では、主として草丈を伸ばす方向に生長促進効果を示すのに対し、キチンの共存下では草丈の伸長促進に加えて、側枝を多く伸長させ、結果として葉の枚数を増加させるという相乗的な効果が発揮される。したがって、ホウレンソウ、コマツナ、レタスなどの葉菜類の栽培に用いる場合には、キチン及び/又はキトサンを併用することにより収穫量の増加がもたらされることが期待される。キチン及び/又はキトサンとしては、例えばカニ殻の粉砕物のような通常廃棄物として処分されるものを有効利用することができる。キチン及び/又はキトサンは、本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤中に配合させてもよいし、別途施用してもよい。
【0024】
本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、塩生植物のような元来耐塩性を有する植物だけでなく、いずれの植物に対しても適用することができる。従って、本発明における「耐塩性向上」とは、元来耐塩性を有する植物の耐塩性をさらに高めるだけでなく、元来は耐塩性を有しない植物に対して耐塩性を付与することも含む概念を意味する。例えば、元来耐塩性を有しないもしくは耐塩性の低い植物として、トマト、キャベツ、ダイコン、レタス、コマツナ、ホウレンソウ、キュウリ、ナス、メロン、イネ、ダイズ、ジャガイモ、サツマイモ、ニンジン等の商品作物を挙げることができる。もちろん、本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、比較的塩ストレスに対して耐性が高いとされるワタ、アスパラガス、オオムギ、コムギ、トウモロコシ、ビート、イチジク、ナツメヤシ等の作物、ソールトグラスやバミューダグラス等の牧草などの耐塩性をさらに向上させることもできる。
【0025】
本発明のパエニバチルス属細菌は根圏土壌から分離された微生物であるため、当該細菌もしくはその培養上清を有効成分とする本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、土壌に施用することが望ましい。あるいは水耕栽培の場合には、水耕液中に本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤を添加することができる。本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、通常塩濃度条件下でも植物の生長を促進する効果を有するが、高塩濃度条件下では、塩害による植物の増殖阻害を防ぐことができるので、塩類濃度の高い土壌や灌漑水に対して使用することが、特に望ましい。ここで「高塩濃度条件」とは、塩生植物以外の一般に耐塩性の有しないとされる植物が塩害により増殖阻害を受ける塩濃度条件をいい、気温や湿度等の気候条件、土壌水分量等の栽培条件などによって異なるが、例えば、3%の塩濃度を有する灌漑水で灌漑された条件下で、本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤を施用しない場合に比べて、有意に塩害による植物の生長阻害が軽減されている場合、より好ましくは、植物が水(塩濃度0%)で灌漑された条件下と同等の生長を示した場合に、「耐塩性向上」効果があるという。
【0026】
本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、例えば、培養液の形態で根圏土壌に施用する場合、1植物個体あたり約107細胞以上、好ましくは約109細胞以上、より好ましくは約1011細胞以上となるように施用することができる。
本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤の施用時期は、植物の栽培前及び栽培中のいずれの時期であっても良い。施用回数も特に制限されないが、パエニバチルス属細菌(生菌)を含む剤形(例えば、培養液)の場合は1〜5回、好ましくは1〜3回程度であり、生菌を含まない剤形(例えば、培養上清)の場合には、1〜20回、好ましくは1〜10回程度が挙げられる。
【0027】
本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上効果を妨げない限り、キチン及びキトサン以外の他の肥料成分や農薬等と組み合わせて用いることができる。そのような肥料成分や農薬は、本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤と配合して合剤として用いてもよいし、別個に植物に施用されてもよい。あるいはまた、本発明の植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤は、腐葉土、バーミキュライト、鹿沼土、赤玉土等の自体公知の培土と混合して用いてもよい。
【0028】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって本発明の範囲を何ら制限するものではない。
【実施例】
【0029】
(実施例1)トマト苗の生長促進効果
植物の生育試験には、福井で育種されたミディトマトである「華小町(品種登録第12969号)」の苗を作物として用い、キチン及び微生物の効果を調べた。パエニバチルス属細菌(FERM P-20620株)の培養にはSBG-Y培地(0.2% 硫酸アンモニウム、0.7% リン酸水素二カリウム、0.3% リン酸二水素カリウム、0.1% クエン酸ナトリウム二水和物、0.02% 硫酸マグネシウム七水和物、0.1% D-グルコサミン塩酸塩、0.5% 酵母エキス)を使用した。トマトの苗には、水(コントロール)、SBG-Y培地又はパエニバチルス属細菌の培養液を苗1本当たり根部に100 ml与えた(図1及び図2)。キチンは、苗1本当たり0.5 gをSBG-Y培地又は培養液に懸濁して与えた(図2)。投与回数は、いずれも苗の移植時に1回だけである。
試験の結果、腐葉土だけで生育させた苗は、他の苗に比べて生長が悪く、少し枯れかけていた(図1A及び図2A)。SBG-Y培地を与えた苗は、コントロールに比べて草丈も高く生長はよかったが、茎が細長くて柔らかく伸びる傾向(徒長)を示した(図1B)。パエニバチルス属細菌の培養液を与えた苗は、草丈が高く、茎も太くしっかりしていた(図1C)。これらの結果は、パエニバチルス属細菌が、キチンが存在しなくても、トマトの生育を促進し得ることを示している。
次に、キチンとの併用効果を調べた。SBG-Y培地とキチンを与えた苗は、側枝が多く伸長し、その結果として全体的に葉が多くなったが、草丈は低かった(図2B)。この結果より、キチンは側枝の伸長を促進させる可能性が示唆された。パエニバチルス属細菌の培養液にキチンを添加した苗は、草丈を伸ばし、側枝も多く伸長し、全体的に生長が旺盛であった(図2C)。この結果はパエニバチルス属細菌がトマトの草丈を伸びる方向に促進させる効果(図1C)、キチンが側枝の伸張を促進させる効果(図2B)の相乗効果と考えられた。
【0030】
(実施例2)塩ストレス耐性の向上
生育試験と同様にミディトマト「華小町」の苗を用いてポット栽培試験を行った。塩溶液は海水濃度に近い3% NaClとし、キチンはポット当たり0.5 gをSBG-Y培地又はパエニバチルス属細菌(FERM P-20620株)培養液に懸濁して土壌散布した。培地、培養液及び塩溶液は、プラグ苗のポット移植時に100 mlずつ「たねまき培土」(タキイ社製)に混合した。塩溶液だけは、100 mlの土壌混和を10日後に追加した。各ポットへの水遣りは3日おきに100 mlずつ継続して行った。
その結果、パエニバチルス属細菌の培養液を添加したポットの耐塩性が向上し、キチン及び培地の影響は確認されなかった(図3)。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明による技術では、自然界に存在する微生物を使用するため、遺伝子組換え作物のような規制を受けず、早期の実用化が可能である。また、植物の耐塩性を高める微生物は、作物の安全性という観点からだけでなく、生態系保全や環境修復、さらには津波被害による塩害地域などの土壌改良材のためにも重要である。さらにキチンとの併用効果があるので、従来生ごみとして廃棄処分されていたキチンを主成分とするカニ殻を有効利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パエニバチルス属に属する細菌もしくはその培養上清を含有してなる、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤。
【請求項2】
前記細菌がキチン及び/又はキトサンを分解する能力を有するものである、請求項1記載の剤。
【請求項3】
前記細菌がパエニバチルス・フクイネンシスに属するものである、請求項1又は2記載の剤。
【請求項4】
前記細菌が受託番号FERM P-20620で特定される菌株、あるいはその変異株であって、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上作用を保持する菌株である、請求項3記載の剤。
【請求項5】
キチン及び/又はキトサンと組み合わせてなる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の剤。
【請求項6】
パエニバチルス属に属する細菌もしくはその培養上清を植物に施用することを特徴とする、該植物の生長促進及び/又は耐塩性向上方法。
【請求項7】
さらにキチン及び/又はキトサンを施用することを含む、請求項6記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−75881(P2013−75881A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−218279(P2011−218279)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(507157045)公立大学法人福井県立大学 (22)
【Fターム(参考)】