説明

植物の病原菌感染抑制剤及び病原菌感染抑制方法

【課題】イネ及びキュウリをはじめとする植物において、植物自身が有する植物病原菌に対する抑制機構を有効に利用して病原菌感染による植物被害を防ぐことができる植物病原菌感染抑制剤及びその方法を提供する。
【解決手段】R21NCH2COCH2CH2COR3 (1)
[式中、R1及びR2は各々独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリール基又はアラルキル基を示し;R3はヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基又はアミノ基を示す。]で表される5−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩と金属とを有効成分とする植物の病原菌感染抑制剤及びこれを利用する植物の病原菌感染抑制方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作物の収量が著しく減少する原因となる植物病原菌の感染を抑制することが可能になる植物の病原菌感染抑制剤及び病原菌感染抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界の人口増加や気候変化などによる農作物不足が問題となってきている。農作物生産における収量減少の多くは、病害虫と雑草による損出被害である。その中で、病害防除も安定的な農作物生産と消費者への安定的な供給のために重要となっている。従来、このような病害防除には一般的に化学合成農薬が使用されている。
【0003】
化学合成農薬の多くは、病害の原因となる植物病原菌へ殺菌又は抗菌作用により、直接的に影響を及ぼして、植物病原菌の感染拡大を防止する。イネのいもち病やキュウリの褐斑病も同様に化学合成農薬を用いた防除が行われている。クロロフィル生合成モジュレーターおよびδ−アミノレブリン酸とからなる殺虫剤組成物も、生きている虫の中にテトラピロールの蓄積を誘発させ、直接的に殺虫する方法である(特許文献1)。
【0004】
ただし、植物病原菌へ殺菌又は抗菌作用により感染拡大を防止する化学合成農薬は、同一種類のものを連続的に使用することにより、耐性菌を出現させることがある。耐性菌の出現は農作物生産に重大な被害を及ぼす可能性があり、イネのいもち病やキュウリの褐斑病においても耐性菌の出現は問題となっている。
【0005】
さらに、環境への配慮や食への安全意識の高まりから、化学合成農薬を減らした又は使用しない農作物生産、植物自身が有する植物病原菌に対する抑制機構を有効に利用して病原菌感染による農作物被害を防ぐことが求められている。
本発明の植物の病原菌感染抑制剤の有効成分の1つである5−アミノレブリン酸は、クロロフィルの前駆物質であり、ほとんどの植物は自ら合成することができるが、適切な量を外部から与えると光合成活性などを増強させることが知られている(特許文献2)。
【特許文献1】特表平6−500989号
【特許文献2】特開平4−338305号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、イネ及びキュウリをはじめとする植物において、植物自身が有する植物病原菌に対する抑制機構を有効に利用して病原菌感染による植物被害を防ぐことができる植物の病原菌感染抑制剤及びその方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、植物病原菌へ殺菌又は抗菌作用により感染拡大を防止する化学合成農薬は、耐性菌を出現させる可能性があることを問題視し、また、植物の生命活動の中心となる光合成を高める植物中に含有される、5−アミノレブリン酸により、植物自身が有する植物病原菌に対する抑制機構を高めることができれば植物病原菌の感染を抑制することが可能であると考えた。一方、5−アミノレブリン酸の外生的な施用には気孔を開かせる傾向も知られており、気孔の解放は病原菌の感染ルートの一つを増強する懸念も考えられた。
【0008】
そこで、本発明者らは、かかる現状に鑑み鋭意研究を行ったところ、5−アミノレブリン酸及び金属を併用することにより、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち本発明は、以下の通りである。
(1) 一般式(1)
21NCH2COCH2CH2COR3 (1)
[式中、R1及びR2は各々独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリール基又はアラルキル基を示し;R3はヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基又はアミノ基を示す。]
で表される5−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩と金属とを有効成分とする植物の病原菌感染抑制剤。
(2)植物が穀物であり、植物病原菌がいもち病菌である、上記(1)の植物の病原菌感染抑制剤。
(3)植物が野菜であり、植物病原菌が褐斑病菌である、上記(1)の植物の病原菌感染抑制剤。
(4)金属が、K、Ca、Mg、Na、Fe、Mn、Cu、Zn、B、Moから選ばれる少なくとも1種以上である上記(1)〜(3)のいずれかの植物の病原菌感染抑制剤。
(5)植物を定植する24〜100時間前に、請求項1〜4のいずれかの病原菌感染抑制剤を葉面散布することを特徴とする植物の病原菌感染抑制方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の植物の病原菌感染抑制剤の有効成分の1つは、前記一般式(1)の5−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩である(一般式(1)の5−アミノレブリン酸、その誘導体を「ALA」、それらの塩を「ALA塩」、両者を合わせ「ALA類」とも記す)。
一般式(1)中のR1及びR2で示される基について説明する。
アルキル基としては、炭素数1〜24の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が好ましく、より好ましくは炭素数1〜18のアルキル基、特に炭素数1〜6のアルキル基が好ましい。炭素数1〜6のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基等が挙げられる。アシル基としては、炭素数1〜12の直鎖又は分岐鎖のアルカノイル基、アルケニルカルボニル基又はアロイル基が好ましく、特に炭素数1〜6のアルカノイル基が好ましい。当該アシル基としては、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が挙げられる。アルコキシカルボニル基としては、総炭素数2〜13のアルコキシカルボニル基が好ましく、特に炭素数2〜7のアルコキシカルボニル基が好ましい。当該アルコキシカルボニル基としては、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基等が挙げられる。アリール基としては、炭素数6〜16のアリール基が好ましく、例えば、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。アラルキル基としては、炭素数6〜16のアリール基と上記炭素数1〜6のアルキル基とからなる基が好ましく、例えば、ベンジル基等が挙げられる。
【0011】
一般式(1)中のRで示される基について説明する。
アルコキシ基としては、炭素数1〜24の直鎖又は分岐鎖のアルコキシ基が好ましく、より好ましくは炭素数1〜16のアルコキシ基、特に炭素数1〜12のアルコキシ基が好ましい。当該アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、ペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、オクチルオキシ基、デシルオキシ基、ドデシルオキシ基等が挙げられる。アシルオキシ基としては、炭素数1〜12の直鎖又は分岐鎖のアルカノイルオキシ基が好ましく、特に炭素数1〜6のアルカノイルオキシ基が好ましい。当該アシルオキシ基としては、アセトキシ基、プロピオニルオキシ基、ブチリルオキシ基等が挙げられる。アルコキシカルボニルオキシ基としては、総炭素数2〜13のアルコキシカルボニルオキシ基が好ましく、特に総炭素数2〜7のアルコキシカルボニルオキシ基が好ましい。当該アルコキシカルボニルオキシ基としては、メトキシカルボニルオキシ基、エトキシカルボニルオキシ基、n−プロポキシカルボニルオキシ基、イソプロポキシカルボニルオキシ基等が挙げられる。アリールオキシ基としては、炭素数6〜16のアリールオキシ基が好ましく、例えば、フェノキシ基、ナフチルオキシ基等が挙げられる。アラルキルオキシ基としては、前記アラルキル基を有するものが好ましく、例えば、ベンジルオキシ基等が挙げられる。
【0012】
一般式(1)中、R1及びR2としては水素原子が好ましい。R3としてはヒドロキシ基、アルコキシ基又はアラルキルオキシ基が好ましく、より好ましくはヒドロキシ基又は炭素数1〜12のアルコキシ基、特にメトキシ基又はヘキシルオキシ基が好ましい。
【0013】
ALAとしては、5−アミノレブリン酸、5−アミノレブリン酸メチルエステル、5−アミノレブリン酸エチルエステル、5−アミノレブリン酸プロピルエステル、5−アミノレブリン酸ブチルエステル、5−アミノレブリン酸ペンチルエステル、5−アミノレブリン酸ヘキシルエステル、5−アミノレブリン酸ベンジルエステル等が挙げられ、特に5−アミノレブリン酸が好ましい。
【0014】
ALA塩としては、例えば塩酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、スルホン酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩及びナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩が挙げられる。
【0015】
ALA類は、化学合成、微生物や酵素を用いる方法のいずれの方法によっても製造できる。例えば、特開平4−9360号公報、特表平11−501914号公報、特願2004−99670号明細書、特願2004−99671号明細書、特願2004−99672号明細書記載の方法が挙げられる。その生産物は、イネに対して有害な物質を含まない限り分離精製することなく、そのまま用いることができる。また、有害な物質を含む場合は、その有害物質を適宜、有害とされないレベルまで除去した後、用いることができる。
また、本発明においてそれらALA類はそれぞれ単独でも、これらの2種以上を混合して用いることもできる。
【0016】
また、本発明の植物の病原菌感染抑制剤における有効成分の1つである金属は、例えば、K、Ca、Mg、Na、Fe、Mn、Cu、Zn、B及びMoであり、好ましくは、Mg、Fe及びMnである。これらは、少なくとも1種以上含まれていればよいが、Mg、Fe及びMnが含まれているのが好ましく、K、Ca、Mg、Na、Fe、Mn、Cu、Zn、B及びMoが含まれているのが特に好ましい。
ALA類と金属との配合比は、総金属1モルに対して0.0001〜1モル、好ましくは0.0005〜0.1モル、特に好ましくは0.001〜0.01モルであればよい。
本発明の植物の病原菌感染抑制剤は、少なくとも使用時には、水溶液として用いられる。従って、上記金属は、水溶液中でカチオン化し得る塩等の形態として用いられるが、水溶液の状態で遊離カチオンであってもALA塩の形態であってもよい。
【0017】
本発明の植物の病原菌感染抑制剤における適用対象となる植物としては、特に限定されず、農業分野で広く栽培されている植物が挙げられるが、イネ、オオムギ、コムギ、ヒエ、トウモロコシ、アワ等の穀物類;カボチャ、カブ、キャベツ、ダイコン、ハクサイ、ホウレンソウ、コマツナ、ミツバ、アスパラガス、ブロッコリー、ニラ、セロリ、レタス、シュンギク、キョウナ、チンゲンサイ、ピーマン、トマト、ナス、キュウリ、オクラ等の野菜類;ミカン、リンゴ、カキ、ウメ、ナシ、ブドウ、モモ、イチゴ、スイカ、メロン等の果実類;キク、ガーベラ、パンジー、ラン、シャクヤク、チューリップ等の花卉類;サツキ、クヌギ、スギ、ヒノキ、ナラ、ブナ等の樹木類;アズキ、インゲン、ダイズ、ラッカセイ、ソラマメ、エンドウ等の豆類;コウライシバ、ベントグラス、ノシバ等の芝類;ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、ヤマイモ、タロイモ等のイモ類;ネギ、ワケギ、タマネギ、ラッキョウ等のネギ類;ニンジン、ダイコン、ハツカダイコン、カブ、ゴボウ等の根菜類が挙げられ、穀物類及び野菜類が好ましく、イネ及びキュウリがより好ましい。
【0018】
本発明の植物の病原菌感染抑制剤における適用対象となる植物病原菌としては、穀物類に対しては、いもち病、立苗枯病、ばか苗病;野菜類に対しては、菌核病、灰色かび病、葉かび病、うどんこ病、褐斑病、灰色かび病、べと病、黄化えそ病;果実類に対しては、かいよう病、腐らん病、モニリア病;花卉類に対しては、腐敗病;樹木類に対しては、ペスタロチア病、枝枯病、いもち病;豆類に対しては、豆類炭そ病、菌核病、炭そ病;芝類に対しては、葉腐病、菌核病、冠さび病、ダラースポット病、褐点病;イモ類に対しては、菌核病、疫病、夏疫病;ネギ類に対しては、灰色かび病、白色疫病;根菜類に対しては、黒条病、黒根病、根腐病挙げられ、いもち病及び褐斑病が好ましい。
【0019】
本発明の植物の病原菌感染抑制剤は、病害が発生していない植物へ茎葉処理することができ、葉面処理することが好ましい。その場合、本発明の植物の病原菌感染抑制剤を、5−アミノレブリン酸塩酸塩質量基準で、0.01〜10ppm、好ましくは0.01〜1ppm、より好ましくは0.05〜1ppmの水溶液濃度で含有せしめ、使用するのが好ましい。施用時期としては、定植24〜100時間前、好ましくは48〜72時間前に散布すればよい。なお、処理後は日光を十分に照射する方がよい。
また、併用される金属濃度は、上記ALA類との配合比から算出される。
【0020】
本発明の植物の病原菌感染抑制剤により、植物病原菌による病害を抑制できる理由は、以下のように考えられる。
すなわち、本発明の植物の病原菌感染抑制剤をイネ及びキュウリ等の植物に予め処理すると、光合成が高められ植物の物質生産が増加するとともに、植物がこれらの物質を植物病原菌であると異物認識し、植物体内に生産された物質を利用して植物自身の防御機能を高め、植物病原菌の感染を抑制し、植物病原菌による感染被害の拡大を効率的に抑制することが可能になると考えられる。一方、金属を併用することでより効果が向上する理由については明らかにできていないが、ALA類の外生的な施用による気孔の解放に何らかの影響を及ぼしているものと想定される。ところが、更に驚いたことには感染抑制を効率的に行うには、本発明の植物の病原菌感染抑制剤を植物への処理時期が重要であることが明らかとなった。このことは、例えばイネのように苗栽培から圃場へ移植される時期すなわち、病原菌の存在の可能性が高い環境へ暴露されるタイミングを考慮して本発明の植物の病原菌感染抑制剤を処理することが効果的であることを意味している。
また、抑制効果の低い処理時期が存在するため、少量の化学合成農薬を抑制効果の低いタイミングで処理すると更に効果的であるばかりか、化学合成農薬の使用時期を短い時期に限定できるため、化学合成農薬の処理量を低減し、感染抑制の効果を得られることが期待される。
【実施例】
【0021】
次に実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0022】
実施例1
5−アミノレブリン酸塩酸塩3gを表1に記載のNaaldwijk cucumber培地のイオン組成の各イオン成分が1000倍になるように調整した改変培地1Lに溶解し、本発明の植物の病原菌感染抑制剤としての混合液(以下、混合液という)を調製した。試験に使用したイネの品種は、「朝日」であり、いもち病菌はイネの品種「朝日」に病原性を示す「レース007」を使用した。
なお、Naaldwijk cucumber培地の詳細は、例えば、「COMPARISON OF THE MINERAL COMPOSITION OF 12 STANDARD NUTRIENT SOLUTIONS De Rijck G. and Schrevens E. Faculty of Agricultural and Applied Biological Sciences Department of Applied Plant Sciences K.U.Leuven Wilem de Croylaan 42, B-3001 Heverlee(Belgium)」に記載がある。
【0023】
【表1】

【0024】
イネは種籾を蒸留水に浸し、催芽後、水稲育粒状培土グリーンソイル(窒素0.9g、燐酸1.1g、カリ1.0g/3.3kg)を加えたケース(5×8×5cm)に播種し、3葉期まで生育させて実験に使用した。
【0025】
(2)いもち病菌の培養
いもち病菌(レース007)は、予め試験管(直径1.8×18cm)に20ml分注したジャガイモ煎汁寒天(PSA)培地(ジャガイモ 200g、スクロース 20g、寒天 20g、蒸留水 1000ml)に植え付けて26℃で培養させておいたものを使用した。上記のいもち病は直径9cmのプラスチックシャーレに約50mlずつ分注した米糠寒天培地(米糠 50g、寒天 20g、蒸留水 1000ml)に移植して14日間培養した。その後、菌叢の気中菌糸を取り除き、26℃に設定したBLB蛍光灯照射下に2日間保って胞子を形成させた。
【0026】
(3)胞子懸濁液の作成
胞子を形成させた菌叢上に蒸留水を注ぎ、4重のガーゼでろ過し、菌糸片等を除去後、遠心分離(2000×g、5分間)にかけ、胞子を集めた。集めた胞子は血球計算盤を用いて1×10spores/mlに調整して使用した。
【0027】
(4)混合液のイネ葉への処理といもち病接種
混合液を蒸留水で500倍、1000倍、5000倍希釈したものと蒸留水を用意し、上記のイネ葉に1ケース20mlを噴霧処理し、十分に光を照射し、48時間後にいもち病菌の胞子懸濁液を噴霧接種した。接種後、24時間湿室・暗黒下に保ち、5日後に各ケースの発病個体率及び1葉あたりの病斑数を確認した。
【0028】
この結果、接種5日後において蒸留水区では発病株率80.0±9.4%となり、高い発病個体率を示した。しかし、混合液の500倍、1000倍、5000倍の希釈倍率区ではそれぞれ発病個体率は23.3±14.1%、30.0±14.1%、26.6±9.4%となり、高い発病抑制効果が確認された(図1)。なお、発病個体率は、個体(数葉を有する株)あたり1個以上の病班を認めた率を示している。
さらに、イネ1葉当たりのいもち病病斑数を調査した結果、蒸留水区では6.8±3.7個であったのに対し、混合液の500倍、1000倍、5000倍の希釈倍率区ではそれぞれ病斑数は1.4±1.9個、1.5±2.9個、1.5±3.0個となり、高い病斑形成の抑制を確認した(図2、図3)。なお、病班点は、直径約0.5mm以上の中央に濃い褐色点を持ち、周囲にやや薄い褐色域をもつ典型的な病状班を意味する。
【0029】
図1、図2、図3に示すように混合液のイネ葉への前処理において、いもち病の発病個体率及び1葉あたりの病斑数が減少し、感染が抑制されることが確認された。
【0030】
実施例2
混合液、イネ、いもち病菌の胞子懸濁液は実施例1と同様のものを用いた。
混合液を500倍希釈したものと蒸留水を用意し、イネ葉に1ケース20mlを噴霧処理し、十分に光を照射し、0時間、12時間、24時間、48時間、72時間後にいもち病菌の胞子懸濁液を噴霧接種した。接種後、24時間湿室・暗黒下に保ち、5日後に各ケースの発病個体率及び1葉あたりの病斑数を確認した。
【0031】
この結果、接種5日後において蒸留水区では1葉あたりの病斑数は7.4±2.7個となった。一方、0時間、12時間、24時間、48時間、72時間前処理区ではそれぞれ病斑数は0.9±2.1個、8.4±2.0個、2.0±3.0個、1.9±2.4個、2.6±1.4個となり、24時間以降に病斑形成抑制効果が確認された(図4、図5)。
【0032】
図4、図5に示すように混合液のイネ葉への前処理後24時間以降において、いもち病の1葉あたりの病斑数が減少し、感染が抑制されることが確認された。また、0時間での混合接種において、いもち病の1葉あたりの病斑数が減少しているために混合液に直接的に菌の感染行動を阻害する作用が存在することが確認された。
【0033】
実施例3
混合液、イネ、いもち病菌の胞子懸濁液は実施例1と同様のものを用いた。ただし、イネは種籾を蒸留水に浸し、催芽後、水稲育粒状培土グリーンソイル(窒素0.9g、燐酸1.1g、カリ1.0g/3.3kg)を加えたケース(15×6×10cm)に播種し、5葉期まで生育させて実験に使用した。
混合液を500倍希釈したものと蒸留水を用意し、上記のイネ葉鞘の裏面表皮に混合液又は蒸留水を注射器で処理した。その後、十分に光を照射し、24時間後に混合液又は蒸留水を十分に蒸留水で洗い流し、いもち病菌の胞子懸濁液をイネ葉鞘に接種した。接種後、接種イネ葉鞘は湿室にしたプラスチックケース内に納めた後、26℃の人工気象器内に保った。接種48時間後にカミソリを用いて葉鞘裏面表皮切片を作製し、光学顕微鏡下で細胞内の侵入菌糸を観察し、侵入菌糸形成率及び菌糸伸展度を高橋ら(1958年)の方法により算出した。
【0034】
この結果、接種48時間後のいもち病の侵入菌糸形成率は蒸留水前処理区では73.0±20.1%となった。一方、混合液前処理区では21.9±20.8%となった。さらに、菌糸伸展度を調査すると蒸留水前処理区では2.5±1.3(最高伸展度13.0)であったのに対して、混合液前処理区では0.4±0.5(最高伸展度4.0)となった。これらの結果は混合液前処理によりイネ側のいもち病菌に対する抑制機構が働き、侵入を抑制したことを確認した(表2、図6)。
【0035】
【表2】

【0036】
実施例4
混合液、イネ、いもち病菌の胞子懸濁液は実施例1と同様のものを用いた。ただし、イネは種籾を蒸留水に浸し、催芽後、水稲育粒状培土グリーンソイル(窒素0.9g、燐酸1.1g、カリ1.0g/3.3kg)を加えたケース(15×6×10cm)に播種し、4−5葉期まで生育させて実験に使用した。
混合液又は微量金属のみの溶液を500倍及び1000倍希釈したものと蒸留水を用意して、それぞれにいもち病菌の胞子懸濁液を懸濁後、上記のイネ葉に1ケース20mlを噴霧した。接種後、24時間湿室・暗黒下に保ち、7日後に各ケースの1葉あたりの病斑数を確認した。
【0037】
この結果、接種7日後のいもち病接種において、混合液及び微量金属のみの500倍希釈溶液ではそれぞれ病斑数は0.95±2.1個、2.5±2.8個となり、混合液及び微量金属のみの1000倍希釈溶液ではそれぞれ病斑数は1.8±2.8個、2.5±3.7個となり、微量金属のみでも病斑形成抑制効果が確認されたが、混合液でより高い病斑形成抑制効果が確認された(図7、図8)。
【0038】
実施例5
混合液は実施例1と同様のもの、キュウリの品種は、「北進」であり、キュウリ褐斑病菌はキュウリの品種「北進」に病原性を示す菌株を使用した。
【0039】
(1)キュウリの栽培方法
キュウリは種子を、サカタスーパーミックスA(窒素180mg、燐酸120mg、カリ220mg/1L)を加えたビニールポット(直径9×高さ8cm)に播種し、2葉期まで生育させて実験に使用した。
【0040】
(2)褐斑病菌の培養、胞子懸濁液の作成
実施例1のいもち病菌の培養において、キュウリの褐斑病菌を用いた以外は、同様にして胞子を形成させ、実施例1と同様にして胞子懸濁液を調整した。
【0041】
(3)混合液のキュウリ葉への処理とキュウリの褐斑病接種
混合液を100倍希釈したものと蒸留水を用意し、上記のキュウリ葉に1葉あたり2mlを噴霧処理し、十分に光を照射し、48時間後にキュウリの褐斑病菌の胞子懸濁液を噴霧接種した。接種5日後に1葉あたりの病斑数を確認した。
【0042】
この結果、接種5日後において蒸留水前処理区では病斑数は31.0±17.0個となり、多くの病斑が形成された。しかし、混合液の100倍の希釈倍率前処理区では病斑数は7.6±9.6個となり、高い病斑形成の抑制効果が確認された(図9、図10)。
【0043】
図9、図10に示すように混合液のキュウリ葉への前処理後のキュウリの褐斑病菌接種において、1葉あたりの病斑数が減少し、感染が抑制されることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の植物の病原菌感染抑制剤によれば、植物病害の原因となるイネのいもち病菌、キュウリの褐斑病菌等の植物病原菌の植物体への感染を有効に抑制することが可能になる。
【0045】
従って本発明の5−アミノレブリン酸と微量金属の混合剤は、イネ及びキュウリを始め、多くの農作物栽培において広く利用できる可能性を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例1におけるイネの発病個体率を示すグラフである。
【図2】実施例1におけるイネ1葉当たりの病斑数を示すグラフである。
【図3】図2のグラフ作成に用いられた、イネの病斑を示す写真である。図中の、蒸留水、又は500倍、1000倍、5000倍は、図2の蒸留水、又は混合液の各希釈倍率に対応する。
【図4】実施例2における、混合液のイネへの処理時間に対するイネ1葉当たりの病斑数を示すグラフである。
【図5】図4のグラフ作成に用いられた、イネの病斑を示す写真である。図中の、蒸留水、又は0時間、12時間、24時間、48時間、72時間は、図2の蒸留水、又は混合液の各処理時間に対応する。
【図6】表2の作成に用いられた、イネ葉鞘裏面表皮切片の光学顕微鏡写真である。図中の、蒸留水、又は混合液は、表2の蒸留水、又は混合液に対応する。
【図7】実施例4におけるイネ1葉当たりの病斑数を示すグラフである。
【図8】図7のグラフ作成に用いられた、イネの病斑を示す写真である。図中の、ALA+/500倍、ALA−/500倍、ALA+/1000倍、ALA−/1000倍は、図7に記載のものに各々対応する。
【図9】実施例5におけるキュウリ1葉当たりの病斑数を示すグラフである。
【図10】図9のグラフ作成に用いられた、キュウリの病斑を示す写真である。図中の、蒸留水、又は混合液は、図9の蒸留水、又は混合液に対応する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
21NCH2COCH2CH2COR3 (1)
[式中、R1及びR2は各々独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリール基又はアラルキル基を示し;R3はヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基又はアミノ基を示す。]
で表される5−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩と金属とを有効成分とする植物の病原菌感染抑制剤。
【請求項2】
植物が穀物であり、植物病原菌がいもち病菌である請求項1の植物の病原菌感染抑制剤。
【請求項3】
植物が野菜であり、植物病原菌が褐斑病菌である請求項1の植物の病原菌感染抑制剤。
【請求項4】
金属がK、Ca、Mg、Na、Fe、Mn、Cu、Zn、B、Moから選ばれる少なくとも1種以上である請求項1〜3のいずれかの植物の病原菌感染抑制剤。
【請求項5】
植物を定植する24〜100時間前に、請求項1〜4のいずれかの病原菌感染抑制剤を葉面散布することを特徴とする植物の病原菌感染抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−53104(P2010−53104A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−221781(P2008−221781)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(000105567)コスモ石油株式会社 (443)
【出願人】(390010814)株式会社誠和 (31)
【Fターム(参考)】