説明

植物の花芽形成の制御方法および制御装置

【課題】植物の花芽形成を制御するための赤色光または遠赤色光の照射を必要最低限のエネルギー量で実施する。
【解決手段】短日植物の花芽形成を抑制する場合は、植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり11時間未満となる短日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、短日植物に対して合計で1乃至60分間照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の花芽形成を制御(抑制または促進)する方法、および植物の花芽形成を制御するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の花芽形成には、フィトクロム(phytochrome)が関与している。
フィトクロムは、光を受けると吸収スペクトルを可逆的に変える性質を有する色素蛋白質である。ほとんど全ての植物に、フィトクロムが存在している。
波長664nmに吸収極大を有する赤色光吸収型フィトクロム(Pr)は、赤色光(例えば、600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有する光)を吸収すると、遠赤色光吸収型フィトクロムに変換される。
波長724nmに吸収極大を有する遠赤色光(近赤外光)吸収型フィトクロム(Pfr)は、遠赤色光(例えば、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有する光)を吸収すると、赤色光吸収型フィトクロムに変換される。
【0003】
遠赤色光(近赤外光)吸収型フィトクロム(Pfr)は、遠赤色光を照射しなくとも、暗所(光を全く照射しない状態)において、赤色光吸収型フィトクロム(Pr)に戻る(暗反転する)。また、通常の太陽光は、相対的に遠赤色光よりも赤色光の照射強度が高い。
従って、昼あるいは夏では、相対的に遠赤色光吸収型フィトクロムの割合が高くなり、夜あるいは冬では、相対的に赤色光吸収型フィトクロムの割合が高くなる。植物は、フィトクロムの変換に基づいて季節を感知し、花芽形成のような生理作用を引き起こすと考えられている。
【0004】
短日植物は、一日当たり光の照射時間が短い短日期間において、花芽を形成する植物(例、イネ、ダイズ、キク)である。短日期間において短日植物に赤色光を照射すると、相対的に遠赤色光吸収型フィトクロムの割合が高くなり、短日期間であっても花芽形成を抑制することができる。逆に、長日期間において短日植物に遠赤色光を照射すると、相対的に赤色光吸収型フィトクロムの割合が高くなり、長日期間であっても花芽形成を促進することができる。
長日植物は、一日当たり光の照射時間が長い長日期間において、花芽を形成する植物(例、ムギ、ホウレンソウ)である。長日期間において長日植物に遠赤色光を照射すると、相対的に赤色光吸収型フィトクロムの割合が高くなり、長日期間であっても花芽形成を抑制することができる。逆に、短日期間において長日植物に赤色光を照射すると、相対的に遠赤色光吸収型フィトクロムの割合が高くなり、短日期間であっても花芽形成を促進することができる。
【0005】
以上の原理に基づいて、赤色光または遠赤色光の照明装置を備えた植物の花芽形成を制御するための装置が提案されている。
特許文献1は、三色の蛍光灯と遠赤外域光波長の光を照射する発光ダイオードとを備えた植物栽培装置を開示している。特許文献1では、発光ダイオードの照射により長日植物(ホウレンソウ)の花芽形成を抑制することにより、成長を促進している。
なお、遠赤外域の波長とは、通常25000nm〜1mm程度の範囲を意味するが、特許文献1(段落番号0002)は、700〜800nmの波長域を意味する旨を述べている。
特許文献1の段落番号0024では、蛍光灯を12時間/日または15時間/日照射後、730nm波長のLEDを15分間/日または30分間/日照射している。
【0006】
特許文献2は、ピーク波長630〜700nmの光を発光する半導体発光部を備えた電照栽培用ランプを開示している。ピーク波長630〜700nmの光は、長日条件を形成する目的で用いられている。
特許文献2の実施例3(段落番号0028)では、LEDランプを白熱灯と共に用いて、3時間(午後10時〜午前1時)の夜間照射を行っている。
特許文献3は、波長600nm乃至波長700nmの光量子束の積分値より波長700乃至波長800nmの光量子束の積分値の方が大きい光を放射する長日植物の開花促進の発光装置を開示している。
特許文献3(段落番号0023)は、照射時期と照射時間について、夕方から朝までの間の2時間以上の連続点灯または総点灯時間が2時間以上の点滅点灯を述べている。
【0007】
特許文献4は、有機EL発光シートの光を植物に照射する植物の生育方法を開示している。有機EL発光シートの光としては、ピーク波長600〜700nmの赤色光、ピーク波長400〜500nmの青色光およびピーク波長700〜800nmの遠赤色光を開示している。
特許文献4には、花芽形成の制御について、一般的な記載(段落番号0011)があるだけで、具体的な実施条件に関する記載はない。
特許文献5は、成長促進を目的として、夜の開始時(夕方)に遠赤色光を照射することを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−178901号公報
【特許文献2】特開平11−266703号公報
【特許文献3】特開2002−199816号公報
【特許文献4】特開2004−321074号公報
【特許文献5】特開2006−67948号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来技術に記載された方法で、赤色光または遠赤色光(近赤外光)を植物に照射して、植物の花芽形成を制御(抑制または促進)しようとすると、非常に多量の光を植物に照射する必要がある。花芽形成を制御するために照射する光は、光合成のための光よりも相対的には少量で良いはずである。しかし、従来技術に述べられている照射方法では、大量のエネルギーを消費する。
また、赤色光または遠赤色光は、(相対的に白色光に近い)光合成のための光と比較して特定波長の彩度が高い光であるため、少量の光の照射であっても周辺の環境への影響が大きい。
【0010】
本発明の目的は、植物の花芽形成を制御するための赤色光または遠赤色光の照射を必要最低限のエネルギー量で実施することである。
本発明の目的は、植物の花芽形成を制御するための赤色光または遠赤色光の照射を最適な条件で実施する方法を提供することでもある。
本発明の目的は、植物の花芽形成を制御するための赤色光または遠赤色光の照射を最適な条件で実施するための装置を提供することでもある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は(A1)植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり11時間未満となる短日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、短日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする短日植物の花芽形成の抑制方法を提供する。
また、本発明は(A2)植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり11時間未満となる短日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、長日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする長日植物の花芽形成の促進方法も提供する。
【0012】
さらに、本発明は(B1)植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり13時間以上となる長日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、短日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする短日植物の花芽形成の促進方法を提供する。
さらにまた、本発明は(B2)植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり13時間以上となる長日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、長日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする長日植物の花芽形成の抑制方法を提供する。
【0013】
上記(A1)、(A2)、(B1)および(B2)の方法は、下記の態様で実施できる。
(1)植物の室内栽培において実施する。
(2)植物の水耕栽培において実施する。
(3)光合成のための光を、人工光源から照射する。
(4)光源を植物の上を移動させることにより、植物に対して上記の光を照射する。
なお、本発明は、光合成のための光として、自然光(太陽光)を利用する場合と、人工光源の光を利用する場合との双方に適用できる。自然光を利用する場合、上記「光合成のための光を照射する時間」とは、日の出から日の入りまでの時間を意味する。
【0014】
本発明は、(C)600乃至690nmまたは700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ最大発光ピークが600乃至690nmの波長の場合は400乃至600nmの波長における強度、最大発光ピークが700乃至800nmの波長の場合は400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射することができる光源と、該光源を栽培されている植物の上を移動させるための搬送機構とからなる植物の花芽形成時期の制御装置も提供する。
【0015】
上記装置は、下記の内容に構成できる。
(1)600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射することができる光源と、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射することができる光源との双方を有する。
(2)光源が有機エレクトロルミネッセンス素子である。
(3)搬送機構が、植物を栽培している領域の片側または両側に設けられている一本または二本のレールと、栽培されている植物よりも高い位置に光源を取り付けることができ車輪によりレールに沿って走行する車体とからなる。
【発明の効果】
【0016】
本願発明者は、研究の結果、植物の花芽形成を制御するための赤色光または遠赤色光について、発光スペクトル、照射時期、照射時間および照射強度を最適な条件に調整することにより、照射エネルギーを大幅に削減しながら、充分な制御効果を達成することに成功した。これにより照射エネルギーの削減効果に加えて、赤色光または遠赤色光による周辺の環境への影響も軽減することができる。
本発明は、人工的な栽培環境(例、室内栽培、水耕栽培)や栽培条件(例、人工光源の使用)において、特に効果がある。すなわち、室内栽培や水耕栽培のような人工的な栽培環境では、赤色光または遠赤色光の照射時期や照射時間の調整や制御が容易であって、本発明が定義する照射時期や照射時間に従い最適の条件で実施できる。また、有機エレクトロルミネッセンス素子のような人工光源を使用することにより、赤色光または遠赤色光について、最適な発光スペクトルおよび照射強度を採用できる。
【0017】
本発明が必要とする赤色光または遠赤色光の照射時間は、従来技術と比較して短時間である。そのため、必ずしも栽培している植物全ての上に光源を配置する必要はない。従って、光源を植物の上を移動させることにより、必要とされる時間に限って赤色光または遠赤色光を植物に対して照射することができる。
具体的には、植物を栽培している領域の片側または両側に一本または二本のレールを設けて、栽培されている植物よりも高い位置に光源が取り付けることができる車体を、車輪によりレールに沿って走行させることにより、簡易に光源を搬送することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】有機エレクトロルミネッセンス素子が発光する遠赤色光のスペクトルである。
【図2】本発明に用いるコンテナを説明するための平面図である。
【図3】図2に示すラックのX−X’方向の断面図である。
【図4】図2に示すラックのY−Y’方向の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の方法は、(A1)短日植物に赤色光を照射して花芽形成を抑制する方法、(A2)長日植物に赤色光を照射して花芽形成を促進する方法、(B1)短日植物に遠赤色光を照射して花芽形成を促進する方法、および(B2)長日植物に遠赤色光を照射して花芽形成を抑制する方法を含む。
【0020】
(A1)短日植物に赤色光を照射して花芽形成を抑制する方法
短日植物(例、イネ、ダイズ、キク、アサガオ)は、一日当たり光の照射時間が短い短日期間において、花芽を形成する。従って、短日植物の花芽形成を抑制する方法は、短日期間において実施する意味がある。なお、本発明における短日植物は、長短日植物(長日条件に続いて短日条件が与えられないと花芽を形成しない植物)を含む。
本明細書において、短日期間とは、植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり11時間未満(好ましくは10時間未満)となる期間を意味する。この定義は、光合成のための光として、自然光(太陽光)を利用する場合と人工光源の光を利用する場合との双方を想定している。自然光を利用する場合に限定すれば、短日期間とは、日の出から日の入りまでの時間が1日当たり11時間未満となる期間を意味する。なお、日の出から日の入りまでの時間が1日当たり11時間未満となる期間は、東京では10月下旬〜2月中旬である。
【0021】
本発明では、光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、赤色光を短日植物に対して照射する。自然光を利用する場合に限定すれば、「光を照射する時間が終了」とは、日の入りの時刻を意味する。光を照射する時間が終了してから赤色光を照射するまでの時間は、4時間30分乃至7時間30分が好ましく、5時間乃至7時間がさらに好ましく、5時間30分乃至6時間30分が最も好ましい。
本明細書において、赤色光は600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有する光を意味する。最大発光ピークの波長は、620乃至680nmが好ましく、630乃至675nmがさらに好ましく、640乃至670nmが最も好ましい。すなわち、赤色光吸収型フィトクロム(Pr)の吸収極大波長である664nmに可能な限り近い波長であることが好ましい。ただし、遠赤色光のスペクトルとの重複を避けるため、少し短波長側に最大発光ピークが存在してもよい。
【0022】
本発明では、赤色光吸収型フィトクロム(Pr)の励起を目的として、赤色光を使用する。従って、赤色光のスペクトルは、使用目的とは無関係な波長の光を可能な限り含まないことが好ましい。
従って、赤色光のスペクトルは、なるべくシャープな最大発光ピークを有することが好ましい。具体的には、最大発光ピークの半値幅が200nm未満である。半値幅は、150nm未満が好ましく、100nm未満がさらに好ましく、75nm未満が最も好ましい。
また、赤色光のスペクトルは、足部(toe)の強度が低いことが好ましい。特に可視領域における足部の強度が低いことが好ましい。具体的には、400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である。400乃至600nmの波長における強度は、最大発光ピークにおける強度の8%未満であることが好ましく、6%未満であることがさらに好ましく、4%未満であることが最も好ましい。
【0023】
前述した赤色光(最大発光ピーク)の波長は、光の三原色における赤色光(RGBのR)の標準的な波長である。光の三原色を構成する赤色光は、様々な種類の光源がカラー画像表示装置のために開発されている。従って、本発明における赤色光の光源は、カラー画像表示装置の赤色光源から選択して使用することができる。
赤色光の好ましいスペクトルを考慮すると、光源は、有機エレクトロルミネッセンス素子、無機エレクトロルミネッセンス素子、発光ダイオード、および蛍光灯が好ましい。低消費電力であることから、有機エレクトロルミネッセンス素子あるいは発光ダイオードが好ましく、有機エレクトロルミネッセンス素子が特に好ましい。
【0024】
有機エレクトロルミネッセンス素子の発光色を赤色に設定するには、有機発光材料として、例えば、4−(ジシアノメチレン)−2−メチル−6−ジュロリジル−9−エニル−4H−ピラン、あるいはビス(2−(2’−ベンゾ[4,5−α]チエニル)ピリジナト−N,C)イリジウム(アセチル−アセトナト)を用いることができる。
ビス(2−(2’−ベンゾ[4,5−α]チエニル)ピリジナト−N,C)イリジウム(アセチル−アセトナト)を用いる有機エレクトロルミネッセンス素子の構成例としては、ITO/NPB(N,N−ジ(ナフタレン−1−イル)−N,N−ジフェニルベンジリデン)50nm/CPP(4,4’−ビス[9−ジカルバゾリル]−2,2’−ビフェニル)7nm/ビス(2−(2’−ベンゾ[4,5−α]チエニル)ピリジナト−N,C)イリジウム(アセチル−アセトナト)20nm/BCP(2,9−ジメチル−4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン)10nm/Alq3(トリス(8−ヒドロキシキノリン)アルミニウム)65nm/MgAg(10:1)100nm/Ag20nm(最大発光ピーク:660nm)を挙げることができる。
【0025】
本発明では、以上のような好ましいスペクトルを有する赤色光を、短日植物に対して最も効果がある時間に照射するため、栽培面積当たり1乃至50μau/cm2との低い照射強度にて、花芽の形成を抑制することができる。栽培面積当たりの照射強度は、2乃至20μau/cm2が好ましく、3乃至15μau/cm2がさらに好ましく、4乃至10μau/cm2が最も好ましい。
また、同様の理由により、照射時間も1乃至60分間との短時間で、花芽の形成を抑制することができる。照射時間は、2乃至40分間が好ましく、5乃至30分間がさらに好ましく10乃至20分間が最も好ましい。
【0026】
(A2)長日植物に赤色光を照射して花芽形成を促進する方法
長日植物(例、ムギ、ホウレンソウ)は、一日当たり光の照射時間が長い長日期間において、花芽を形成する。従って、長日植物の花芽形成を促進する方法は、短日期間において実施する意味がある。なお、本発明における長日植物は、短長日植物(短日条件に続いて長日条件が与えられないと花芽を形成しない植物)を含む。
具体的な赤色光の照射方法は、(A1)短日植物に赤色光を照射して花芽形成を抑制する方法と同様である。
【0027】
(B1)短日植物に遠赤色光を照射して花芽形成を促進する方法
短日植物の花芽形成を促進する方法は、通常は短日植物が花芽を形成しない長日期間において実施する意味がある。
本明細書において、長日期間とは、植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり13時間以上となる期間(好ましくは14時間以上)を意味する。この定義は、光合成のための光として、自然光(太陽光)を利用する場合と人工光源の光を利用する場合との双方を想定している。自然光を利用する場合に限定すれば、長日期間とは、日の出から日の入りまでの時間が1日当たり13時間以上となる期間を意味する。なお、日の出から日の入りまでの時間が1日当たり13時間以上となる期間は、東京では4月中旬〜8月下旬である。
【0028】
本発明では、光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、遠赤色光を長日植物に対して照射する。自然光を利用する場合に限定すれば、「光を照射する時間が終了」とは、日の入りの時刻を意味する。光を照射する時間が終了してから遠赤色光を照射するまでの時間は、4時間30分乃至7時間30分が好ましく、5時間乃至7時間がさらに好ましく、5時間30分乃至6時間30分が最も好ましい。
本明細書において、遠赤色光は700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有する光を意味する。最大発光ピークの波長は、710乃至790nmが好ましく、715乃至780nmがさらに好ましく、720乃至770nmが最も好ましい。すなわち、遠赤色光吸収型フィトクロム(Pfr)の吸収極大波長である724nmに可能な限り近い波長であることが好ましい。ただし、赤色光のスペクトルとの重複を避けるため、少し長波長側に最大発光ピークが存在してもよい。
【0029】
本発明では、遠赤色光吸収型フィトクロム(Pfr)の励起を目的として、遠赤色光を使用する。従って、遠赤色光のスペクトルは、使用目的とは無関係な波長の光を可能な限り含まないことが好ましい。
従って、遠赤色光のスペクトルは、なるべくシャープな最大発光ピークを有することが好ましい。具体的には、最大発光ピークの半値幅が200nm未満である。半値幅は、150nm未満が好ましく、100nm未満がさらに好ましく、75nm未満が最も好ましい。
また、遠赤色光のスペクトルは、足部(toe)の強度が低いことが好ましい。特に赤色光を含む可視領域における足部の強度が低いことが好ましい。具体的には、400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である。400乃至700nmの波長における強度は、最大発光ピークにおける強度の8%未満であることが好ましく、6%未満であることがさらに好ましく、4%未満であることが最も好ましい。
【0030】
遠赤色光は、可視光と近赤外光とのほぼ境界線の波長を有する光である。赤色光と比較して、遠赤色光の用途は多くなく、光源の種類も少ない。
遠赤色光の好ましいスペクトルを考慮すると、光源は、有機エレクトロルミネッセンス素子、無機エレクトロルミネッセンス素子、発光ダイオード、および蛍光灯が好ましい。低消費電力であることから、有機エレクトロルミネッセンス素子あるいは発光ダイオードが好ましく、有機エレクトロルミネッセンス素子が特に好ましい。
【0031】
有機エレクトロルミネッセンス素子の発光色を遠赤色に設定するには、有機発光材料として、例えば、テトラフェニルテトラベンゾポルフィリン白金(II)を用いることができる。
テトラフェニルテトラベンゾポルフィリン白金(II)を用いる有機エレクトロルミネッセンス素子の構成例としては、ITO/NPB(N,N−ジ(ナフタレン−1−イル)−N,N−ジフェニルベンジリデン):16質量%F4TCNQ(2,3,5,6−テトラフルオロ−7,7,8,8−テトラシアノキノジメタン)40nm/Alq3(トリス(8−ヒドロキシキノリン)アルミニウム):3質量%PtTPBP(テトラフェニルテトラベンゾポルフィリン白金(II))/OXDm(1,3−ビス[2−(2,2’−ビピリジン−6−イル)−1,3,4−オキサジアゾール−5−イル]ベンゼン):10質量%CsF(40nm)/Al(最大発光ピーク:774nm)およびITO/NPB(40nm)/Alq3:3%PtTPBP(20nm)/OXDm:5質量%CsF(40nm)/Al(120nm)(最大発光ピーク:765nm)を挙げることができる。
【0032】
前者のITO/NPB:16%F4TCNQ(40nm)/Alq3:3%PtTPBP/OXDm:10CsF(40nm)/Alの発光スペクトル(5V印加時)を図1に示す。
最大発光ピークは774nm、最大発光量子効率は4%(駆動電流密度<1mA/cm2)、5V印加時の電流密度は100mAcm2であった。
また、最大発光ピークの半値幅は40nm、400乃至700nmの波長における強度は最大発光ピークにおける強度の1%未満であった。
【0033】
本発明では、以上のような好ましいスペクトルを有する遠赤色光を、短日植物に対して最も効果がある時間に照射するため、栽培面積当たり1乃至50μau/cm2との低い照射強度にて、花芽の形成を促進することができる。栽培面積当たりの照射強度は、2乃至20μau/cm2が好ましく、3乃至15μau/cm2がさらに好ましく、4乃至10μau/cm2が最も好ましい。
また、同様の理由により、照射時間も1乃至60分間との短時間で、花芽の形成を促進することができる。照射時間は、2乃至40分間が好ましく、5乃至30分間がさらに好ましく10乃至20分間が最も好ましい。
【0034】
(B2)長日植物に遠赤色光を照射して花芽形成を抑制する方法
長日植物の花芽形成を抑制する方法は、通常は長日植物が花芽を形成する長日期間において実施する意味がある。
具体的な遠赤色光の照射方法は、(B1)短日植物に遠赤色光を照射して花芽形成を促進する方法と同様である。
【0035】
(栽培方法)
本発明は、人工的な栽培環境(例、室内栽培、水耕栽培)や人工的な栽培条件(例、人工光源の使用)において、特に効果がある。室内栽培、水耕栽培および人工光源を組み合わせて採用することが好ましい。
室内栽培、水耕栽培および人工光源の全てを実施する場合、コンテナの内部で栽培する方法が特に好ましい。
【0036】
図2は、本発明に用いるコンテナを説明するための平面図である。
図2に示すように、コンテナ(1)の内部にラック(図2では、21〜26の6箇所)を設ける。入り口(3)には断熱ドア(31)、中央部には通路(4)、奥には設備空間(51、52)を設けることができる。断熱ドア(31)だけではなく、コンテナの壁面(11)も断熱材からなることが望ましい。
断熱材を用いてコンテナの断熱性を高めることにより、通常の室内(ハウス)栽培と比較して、高いエネルギー効率を実現できる。また、断熱材を用いるコンテナでは、温度環境の調整も容易である。
【0037】
図3は、図2に示すラック(図2における21)のX−X’方向の断面図である。
図4は、図2に示すラック(図2における21)のY−Y’方向の断面図である。
図3および図4に示すラックには、3列×4段(2101〜2112)の棚が設けられている。それぞれの棚には、有機エレクトロルミネッセンス素子からなる光源(7)が設けられている。
【0038】
3列×4段の棚は一体化されて一つのラックを構成している。ラックには、全体として移動が可能であるように、ブレーキ付きの車輪(8)が合計6個設けられている。
図3および図4に示すように、コンテナの屋根(12)には、太陽電池(121)が取り付けられている。太陽電池から供給される電気をコンテナ内の光源に供給するための配線(図示せず)も設けられている。
【0039】
光源(7)は、光合成のための光を照射する。本発明では、光合成のための光源とは別に、赤色光の光源または遠赤外光の光源を設けることが好ましい。赤色光の光源は、600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射できる必要がある。また、遠赤外光の光源は、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射できる必要がある。
【0040】
赤色光の光源と遠赤外光の光源との双方を備えていることが好ましい。
赤色光または遠赤外光の光源は、光合成のための光源とは異なり、植物を短時間照射すればよい。従って、赤色光または遠赤外光の光源を栽培されている植物の上を移動させるための搬送機構を設けることが好ましい。
搬送機構は、例えば、植物を栽培している領域の片側または両側に設けられている一本または二本のレールと、栽培されている植物よりも高い位置に光源が取り付けることができ車輪によりレールに沿って走行する車体とから構成できる。また、ワイヤーで光源を吊して搬送する方法を採用してもよい。
搬送機構には、光源を植物の高さに合わせて調整および維持する機構を備えることが好ましい。また、搬送機構は、バッテリーにより自走することが好ましい。バッテリーは、太陽電池により充電可能であることが好ましい。
赤色光または遠赤外光の光源の移動は、コンピューターで制御し、有線または無線によりコンピューターから指示することが好ましい。
【0041】
水耕栽培には、土壌栽培と比較して、養液の管理が難しいとの問題がある。特に、養液内での菌の発生を防止することが重要である。具体的には、養液温度を低めに維持すること、滞留を起こさずに養液を流すこと、および養液の水質管理が重要である。コンテナ内での栽培は、栽培環境の調節が容易であるため、比較的容易に菌の発生を防止することができる。
【実施例】
【0042】
[実施例1]
短日植物であるキク科作物24種類(レタスを含む)を、短日期間に栽培した。
日没の6時間後に、660nmの最大発光ピーク(半値幅は150nm未満、400乃至600nmの波長における強度は最大発光ピークにおける強度の4%未満)を有する赤色光(光源:HIDリチウム充填金属ハロゲン化物)を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて15分間照射した。
以上の処理により、全ての作物について、花芽の形成を阻止することができた。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の方法に従うと、赤色光または遠赤色光を照射するためのエネルギー量を抑制し、周辺の環境に影響を与えることなく、植物の花芽形成を制御することができる。
【符号の説明】
【0044】
図1のチャートの横軸 波長(nm)
図1のチャートの縦軸 強度
1 コンテナ
11 コンテナの壁面
12 コンテナの屋根
121 太陽電池
21〜26 ラック
2101〜2112 棚
3 入り口
31 断熱ドア
4 通路
51、52 設備空間
7 光源
8 ブレーキ付きの車輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり11時間未満となる短日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、短日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする短日植物の花芽形成の抑制方法。
【請求項2】
植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり11時間未満となる短日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、長日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする長日植物の花芽形成の促進方法。
【請求項3】
植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり13時間以上となる長日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、短日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする短日植物の花芽形成の促進方法。
【請求項4】
植物に対して光合成のための光を照射する時間が1日当たり13時間以上となる長日期間において、上記の光を照射する時間が終了してから4乃至8時間が経過した後に、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、長日植物に対して合計で1乃至60分間照射することを特徴とする長日植物の花芽形成の抑制方法。
【請求項5】
植物の室内栽培において実施する請求項1乃至4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
植物の水耕栽培において実施する請求項1乃至4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
光合成のための光を、人工光源から照射する請求項1乃至4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
光源を植物の上を移動させることにより、植物に対して上記の光を照射する請求項1乃至4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
600乃至690nmまたは700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ最大発光ピークが600乃至690nmの波長の場合は400乃至600nmの波長における強度、最大発光ピークが700乃至800nmの波長の場合は400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射することができる光源と、該光源を栽培されている植物の上を移動させるための搬送機構とからなる植物の花芽形成時期の制御装置。
【請求項10】
600乃至690nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至600nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射することができる光源と、700乃至800nmの波長に最大発光ピークを有し、半値幅が200nm未満であり、かつ400乃至700nmの波長における強度が最大発光ピークにおける強度の10%未満である発光スペクトルを有する光を、1乃至50μau/cm2の栽培面積当たりの照射強度にて、栽培されている植物に照射することができる光源との双方を有する請求項9に記載の装置。
【請求項11】
光源が有機エレクトロルミネッセンス素子である請求項9に記載の装置。
【請求項12】
搬送機構が、植物を栽培している領域の片側または両側に設けられている一本または二本のレールと、栽培されている植物よりも高い位置に光源を取り付けることができ車輪によりレールに沿って走行する車体とからなる請求項9に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−157331(P2012−157331A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−21018(P2011−21018)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(000228349)日本カーリット株式会社 (269)
【Fターム(参考)】