説明

植物ステロールエステル油脂組成物

【課題】植物ステロールエステル製剤そのものを食品としてショートニングやマーガリン等の油脂類の代用品として利用し、脂肪を用いないことによるカロリー低下やコレステロール低下作用といった脂質代謝改善作用を有する植物ステロールを高含量に含有する食パン類やケーキ類などの食品を提供すること。
【解決手段】食パン類あるいはケーキ類などの製造において、ショートニングやマーガリン類等の油脂組成物の代用品として植物ステロールエステルを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物ステロールエステル製剤そのもの、もしくは50%以上に植物ステロールエステルを含有する組成物が、食品として食パンなどに使用するショートニングやマーガリン等の油脂類の代用として利用できることに関し、植物ステロールエステルを含有する食品によるカロリー低下やコレステロール低下作用を目的とし、健康に資する食品として有用であることに関する。
【背景技術】
【0002】
植物ステロールによるコレステロール低下作用についての研究は、1953年カリフォルニア大学バークレイ校での動物を用いた実験(Proc. Soc. Exptl. Biol. Med. 83, 498-9(1953)), (J. Nutrition 50, 191-201(1953))から始まり、ほぼ同時期に、ヒトでの実験(Circulation 7, 702-6(1953))でも、その低下作用を認めている。
【0003】
1974年には、「抗コレステロール剤」(米国特許第3852440号明細書(特許文献1))としての特許が認められ、その有用性は古くから知られている。近年においても、高コレステロール血症患者への有用性(Br. J. Nutr. 86(2), 233-9(2001)(非特許文献1))、吸収阻害機序(Atherosclerosis 160(2), 477-81(2002)(非特許文献2))などの報告、ジアシルグリセロールと植物ステロールとの併用による脂質代謝改善作用(Nutrition. 19, 670-675(2003)(非特許文献3)、J. Clin. Nutr. 55, 513-517(2001)(非特許文献4))の報告がある。
【0004】
また、植物ステロールは、コレステロールとは違い一般に腸などの消化器を介して体内へ吸収されないことから(J.Nutr.129,2109-2112(1999)(非特許文献5))、脂肪の代用品として利用した場合、食品のカロリー低下が期待される。
【0005】
しかしながら植物ステロールは、水への溶解性は低く、結晶性が非常に高く、油脂へも殆ど溶解しないことから、食品あるいは飲料分野への利用に難点が多い。
【0006】
植物ステロールを食品や飲料に利用するための多くの試みがなされてきた。植物ステロールを乳化、分散する方法としては、植物ステロールを含有する水分散型製剤(特開2005-143317号公報(特許文献2))、植物ステロールに少量のホスファチジルコリンを加えた水分散型製剤(特許第4029110号 (特許文献3))、ビタミンEを利用する方法(J. Am. Oil Chemist. Soc. 27, 414-22(1950(非特許文献6)、特開昭57-206336号公報(特許文献4)、特開平10-179086号公報(特許文献5))、レシチンを利用する方法(特開昭62-126966号公報(特許文献6)、特公平6-59164号公報(特許文献7)、特開2000-300191号公報(特許文献8)、特開2001-171号公報(特許文献9)、特開2004-018591号公報(特許文献10))、マトリックス中に微粉末粒子の形態で存在させる方法(特開2002-345414号公報(特許文献11))、植物ステロール脂肪酸エステルであればマーガリンやショートニング類等の部分グリセリド、トリグリセリドを含有する油脂に対して添加する植物ステロール含有油脂組成物(特開2002-206100号公報(特許文献12))などがある。
また、食品のマイグレーション抑制を目的に植物ステロール脂肪酸エステルを有効成分とした油脂組成物に関する報告(特開2004-8070号公報(特許文献13))がある。
【0007】
コレステロール低下など脂質代謝を改善することから植物ステロールは、食品中に高含量に含まれることで健康に資する食品開発が期待できるが、これまでに、植物ステロールエステルを食品として利用する場合、黄色脂肪スプレッドとして7〜15重量%の範囲でステロールエステルを含むステロール同等物(特開平11-127779号公報(特許文献14))、4〜40重量%以下の植物ステロールエステルを含有するマイグレーション抑制用油脂組成物の開示(特許文献13))程度しかない。つまり、4〜40重量%以下の植物ステロールエステルを含有するマイグレーション抑制用油脂組成物の開示しかなく、植物ステロールエステルそのもの、あるいは、50%以上の植物ステロールエステルを含有する油脂組成物が、ショートニングやマーガリン類などの代用品となりうるかの検討は充分になされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第3852440号明細書
【特許文献2】特開2005-143317号公報
【特許文献3】特許第4029110号
【特許文献4】特開昭57-206336号公報
【特許文献5】特開平10-179086号公報
【特許文献6】特開昭62-126966号公報
【特許文献7】特公平6-59164号公報
【特許文献8】特開2000-300191号公報
【特許文献9】特開2001-171号公報
【特許文献10】特開2004-018591号公報
【特許文献11】特開2002-345414号公報
【特許文献12】特開2002-206100号公報
【特許文献13】特開2004-8070号公報
【特許文献14】特開平11-127779号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Br. J. Nutr. 86(2), 233-9(2001)
【非特許文献2】Atherosclerosis 160(2), 477-81(2002)
【非特許文献3】Nutrition. 19, 670-675(2003)
【非特許文献4】J. Clin. Nutr. 55, 513-517(2001)
【非特許文献5】J.Nutr.129,2109-2112(1999)
【非特許文献6】J. Am. Oil Chemist. Soc. 27, 414-22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、植物ステロールエステル製剤そのものを食品としてショートニングやマーガリン等の油脂類の代用品として利用し、脂肪を用いないことによるカロリー低下やコレステロール低下作用といった脂質代謝改善作用を有する植物ステロールを高含量に含有する食パン類やケーキ類などの食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、植物ステロールエステルの食品としての特性について鋭意検討した結果、植物ステロールエステルそのものが、食パン類などの製造においてショートニングやマーガリン類等の油脂組成物の代用となることを見出した。
【0012】
すなわち本発明は、
(1)ショートニングに代えて植物ステロールエステルを使用することを特徴とする食品、
(2)食パン類あるいはケーキ類であることを特徴とする(1)記載の食品
に関するものである。
【0013】
本発明において、ショートニングやマーガリン類の代用になりうるかについて、食パンおよびマドレーヌを試作することで検討を行った。本発明において食パン類とは、イギリスパンであり、バターやショートニングによって小麦粉の生地を柔らかくした食品群を指す。一方、フランスパンは、小麦粉、食塩、水、酵母だけで作るために基本的に生地が硬い。本発明では、植物ステロールエステルそのもの、あるいは油脂組成物について食パンを試作、パン生地の柔軟性を評価することにより、植物ステロールエステル組成物のショートニングに対する代用性について評価した。
【0014】
食パンの試作方法は、70%の中種法を用いて小麦粉、イースト、イーストフード、水を加え混捏し、4時間発酵し中種を得て、小麦粉、食塩、砂糖、脱脂粉乳,中種生地を加え混捏した後、ショートニング、植物ステロールエステル、あるいは、ショートニングと植物ステロールエステルの混合物を加え、さらに混捏をおこなった。混捏生地を15分間休めた後、生地を4分割しさらに生地を20分間休めた。分割した生地を手でU字×2に成型し、生地をプルマン型に入れた。38℃、90%のホイロで35分間発酵した後、180℃・30分間で焼成した。食パンにおいては、標準的には小麦粉に対して5%のショートニングを加えるが、その代わりに、植物ステロールエステルそのものを5%加えた食パンを試作するとともに、カロリー低下を考えた場合使用するショートニングを半分に低減した場合についても検討を行った。すなわち、植物ステロールエステルとショートニングを1:1で混合し、植物ステロールエステルを50%含有した油脂組成物を5%加えた食パンを作成した。
【0015】
本発明で作成したパンは図1〜3に示す通り、良好なパン生地を形成し、14名〜17名パネラーによる評価において、生地がショートニング使用時に比較して、変わらないか、あるいは、ショートニング以上に柔らかくなることを示し、植物ステロールエステルはショートニング代用性を示した。
【0016】
マドレーヌの試作方法は、小麦粉、脱脂粉乳、ベーキングパウダーを混合し篩に通し(混合粉)、乳化剤、リョートーエステルSPを生卵に加え攪拌溶解をしておき、ミキサーのボールに無塩バター、ショートニングまたはフィトステロールエステルを入れ攪拌し、リョートーエステルSPを溶解した生卵、次いで、混合粉を篩いながら攪拌した。フレーバーを添加し、180℃のオーブンで17分間焼成を行った。
【0017】
なお、本発明で使用した植物ステロールエステルの製造法は、植物ステロールと脂肪酸を窒素雰囲気下、200℃で加熱し、脱酸、洗浄後、濃縮、水蒸気蒸留を実施し調製したものである。本発明で用いる植物ステロールは、大豆、菜種などの種子から抽出、精製されたステロールであり、β‐シトステロール、スチグマステロール、カンペステロール、ブラシカステロールの内1又は2以上の混合物である。該植物ステロールは、油に対する溶解性も低く、水には全く溶解しない。本発明で使用する脂肪酸は、特に制限はないが、炭素数C16〜C24の脂肪酸を90%以上含む脂肪酸を使用し、好ましくは、炭素数C18の脂肪酸70%以上が好ましく、不飽和度は0〜2価の脂肪酸が好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によって、植物ステロールエステルをショートニングやバター類の代わりに食パン類およびケーキ類の製造に使用することにより、植物ステロールを高含量に含有する食パン類およびケーキ類の調製が可能になるとともに、カロリー低下も行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ショートニングで試作したパンを示す写真。
【図2】植物ステロールエステルとショートニング(1:1)で試作したパンを示す写真。
【図3】植物ステロールエステルで試作したパンを示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に本発明の実施例を挙げて、より詳細に説明するが、本発明はそれらによって限定されるものではない。
【0021】
(参考例1)
[植物ステロールエステルの製造法]
β‐シトステロール46%、スティグマステロール18%、カンペステロール27%、ブラシカステロール9%の組成比の植物ステロールに、オレイン酸を78%含有する脂肪酸を添加し、窒素雰囲気下、200℃で加熱した。冷却後、アルカリ水溶液で脱酸処理を行い、脱イオン水温水で洗浄後、濃縮、水蒸気蒸留することで92重量%以上の精製植物ステロールエステルを得た。植物ステロールエステル以外には遊離型植物ステロールが5重量%程度含まれる場合がある。
【0022】
(実施例1、2、 比較例1)
[植物ステロールエステルによる食パンの試作]
参考例1で作成した植物ステロールエステルを用いて食パンを試作した。食パンは、中種法によった。試作方法は、以下の通りである。
【0023】
試作方法:
1.小麦粉、イースト、イーストフード、水を加え、アゼット社製堅型ミキサー10リット ル用、AZM‐10を使用し、L4分、H1分で混捏した。
2.混捏生地を4時間発酵し中種を得た。
3.小麦粉、食塩、砂糖、脱脂粉乳,中種生地、水を加え、HL4分、H1分間混捏した後、 ショートニングのみを添加したもの(比較例1)、植物ステロールエステルのみを添加 したもの(実施例1)及びショートニングを半分、植物ステロールエステルを半分加え たもの(実施例2)をさらにHL3分、H7分間混捏をおこなった。
4.混捏生地を15分間休めた後、生地を215g x 4に分割しさらに生地を20分間休めた。
5.分割した生地を手でU字×2に成形し、生地をプルマン型に入れた。
6.38℃、90%のホイロで35分間発酵した後、180℃・30分間で焼成した。
【0024】
配合:
中種 比較例1 実施例1 実施例2
強力小麦粉 350g 350g 350g
ドライイースト 7g 7g 7g
イーストフード 0.5g 0.5g 0.5g
水 227g 227g 227g
本種
強力小麦粉 150g 150g 150g
砂糖 30g 30g 30g
脱脂粉乳 10g 10g 10g
食塩 10g 10g 10g
ショートニング 25g 12.5g
フィトステリンエステル 25g 12.5g
水 98g 98g 98g
【0025】
焼成後の食パンの重量は、368g〜373gの間であり、特に焼成後の食パンの見かけ比重(またはかさ比重)に違いを認めなかった。焼成後の食パン生地を図1〜3に示すが、通常の比較例1と、実施例1および2との間で違いを認めなかった。
【0026】
[食パンの試食、官能検査1]
試作した食パンについて、試作パンの製造法については開示しない形で、14名のパネラーに試食してもらい、味、ソフト感について評価をしてもらった。アンケート結果を表1に示す。パンの好みについては、好ましいとした人が、比較例1が4名、実施例1が3名、実施例2が2名、不明4名とばらついた。また、生地の硬軟については、硬さについて質問し、不明としたのは7名、柔らかさについて質問し、不明としたのは8名であった。植物ステロールエステルを添加した食パン(実施例1および2)は、ショートニングを加えた通常の食パン(比較例1)と同等のパンに仕上がっていた。
【0027】
【表1】

【0028】
[食パンの試食、官能検査2]
試作した食パンについて製造法を開示し、食パンをトーストとして17名のパネラーに昼食前に試食してもらい、味、ソフト感について評価をしてもらった。ショートニングを使用した通常の食パン(比較例1)を基準とし、植物ステロールエステルを添加した食パン(実施例1および2)をどのように感じるかで評価を実施した。試験は、トーストしたての食パンによって評価を行なった。
【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
表2および表3から分かるように、17名のパネラーの中、実施例1で11名、実施例2で10名と半数以上のヒトがトーストの味は比較例1と「変わらない」と評価した。香りについては、実施例1は、「変わらない」7名、「香りがない」7 名、実施例2は、「変わらない」8名、「香りがない」7名であった。香りも基本的にはやはり「変わらない」と思われるが、若干「香りがない」と指摘したヒトが多かった。ソフト感についても「変わらない」としたのは、実施例1で11名、実施例2で9名であり、一方、実施例1では5名、実施例2では7名の者が「ソフト感がある」と指摘していた。実施例1と実施例2で、「美味しい」との指摘がそれぞれ5名および6名であったが、ソフト感が食パンの美味しさを左右している可能性があった。舌触りについては、「変わらない」とした人は、実施例1で11名、実施例2で10名であった。以上の結果は、ショートニングに代えて植物ステロールエステルを使用しても十分匹敵できる食パンを製造することが可能であることを示している。
【0032】
(実施例3および4、比較例2および3)
[植物ステロールエステルによるマドレーヌの試作]
参考例1で作成した植物ステロールエステルを用いてマドレーヌを試作した。試作方法は、以下の通りである。
【0033】
試作方法:
1.小麦粉、脱脂粉乳、ベーキングパウダーを混合し篩に通す。
2.乳化剤(リョートーエステルSP)を生卵に加え攪拌溶解をしておく。
3.ケーキミキサーのボールに、無塩バター、ショートニング、または、フィトステロー ルエステル(別表参照)を入れ、攪拌羽としてホイッパーを用いて中速〜高速で4分(途 中2〜3回ヘラで周りの未攪拌部分を入れる)、2のSPを溶解した卵を3〜4回に分け入れ る。(1分前程度に周りの未攪拌部分をヘラで混合する)
4.1の混合した粉ミックスを篩いながらミキサーボールに入れ、ヘラで軽く混合し、攪 拌羽としてビィーターで低速1分。(途中30秒程度でヘラで周りの未攪拌部分を混合す る)
5.フレーバーを添加して20秒間低速で攪拌。
6.生地の比重を測定する。
7.焼き型に生地を入れ、180℃のオーブンで17分間焼成を行う。
【0034】

【0035】
実施例3は、比較例2の無塩バターおよび比較例3のショートニングの代わりに植物ステロールエステルで50%置き換えてマドレーヌを試作したもの、実施例4は、植物ステロールエステルですべて置き換えて試作したものである。実施例3は、生地比重1.1043、通常のショートニングや無塩バターに比較し重くなり、焼成後の膨らみが若干少ないものの、油脂の風味および味は実施例2および3とほぼ同等であった。実施例4は生地比重、0.5548と逆に軽くなり、焼成後は比較例2および3に比較し膨張しやすかったが、油脂の風味および味は比較例2および3とほぼ同等であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ショートニングに代えて植物ステロールエステルを使用することを特徴とする食品。
【請求項2】
食パン類あるいはケーキ類であることを特徴とする請求項1記載の食品。









































【図1】
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【図2】
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【図3】
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