説明

植物ベンジルイソキノリンアルカロイドの生産方法

【課題】植物ベンジルイソキノリンアルカロイドを産生する方法を提供すること。
【解決手段】ドーパミンを基質とし、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼおよび3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼを作用させることを含む、レチクリンを生産する工程、および、得られたレチクリンを出発物質とし、イソキノリンアルカロイド生合成酵素を作用させる工程を含む、イソキノリンアルカロイドの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物ベンジルイソキノリンアルカロイドの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソキノリンアルカロイドは6000種にも及ぶ多様な化合物群であり、モルヒネやベルべリン等有用医薬品を多く含んでおり、植物の生産する重要な有用二次代謝産物である。しかしその生産のほとんどは天然物からの抽出に依存していた。
【0003】
ベンジルイソキノリンアルカロイド、例えば、鎮痛化合物であるモルヒネおよびコデイン、および抗菌剤であるベルベリン、パルマチン、およびマグノフロリンは、モクレン科、キンポウゲ科、メギ科、ケシ科、およびその他の多くの植物種において、チロシンから(S)-レチクリンを介して合成される。(S)-レチクリンは、多くのタイプのベンジルイソキノリンアルカロイドの生合成経路における分岐点中間体である。即ち、(S)-レチクリンは抗マラリア薬および抗癌薬の開発に有用な医薬上重要な非麻薬性アルカロイドである。
【0004】
高等植物は、二次代謝において多種多様な化学物質、例えば、アルカロイド、テルペノイドおよびフェノール性化合物を生産する。これらの化学物質のなかで、アルカロイドはその高い生理活性により医薬分野において非常に重要である。アルカロイドは、低分子量の窒素含有化合物であり、植物種の約20%においてみられる。ほとんどのアルカロイドは、ヒスチジン、リジン、オルニチン、トリプトファンおよびチロシンなどのアミノ酸の脱炭酸反応によって生産されるアミンに由来する。
【0005】
ベンジルイソキノリンアルカロイドは医薬用アルカロイドの大きな多種多様な一群であり、約2500種の構造が決定されている。ベンジルイソキノリンアルカロイド経路において、アポルフィン型アルカロイド、例えば、マグノフロリンおよびコリジン、ならびにプロトベルベリン型アルカロイド、例えば、ベルベリンおよびコプチシンは、チロシンから(S)-レチクリンを介して生産される。
【0006】
最近の研究により、これらのアルカロイドは新規な医薬として有用である可能性があることも示唆されている。例えば、アポルフィン型アルカロイドであるマグノフロリンは、動脈硬化性疾患の発症を防ぐために酸化ストレスの際に高密度リポタンパク質を保護すること、およびHIV-1によるヒトリンパ芽球様細胞殺傷を阻害することが報告されている(非特許文献1〜3)。最近の報告によると抗菌剤であるベルベリンがコレステロール低下活性を有することも示されている (非特許文献4)。
【0007】
医薬としての使用可能性において非常に注目されているために、いくつかのベンジルイソキノリンアルカロイドは全合成によって化学合成されてきた。例えば、麻薬性鎮痛薬であるモルヒネの全合成が報告されている(非特許文献5)。化学合成はアルカロイド生産に適用されてきたが、酵素による合成が、環境に優しく効率のよいアルカロイド生産のために望ましい。
【0008】
植物代謝工学ではアルカロイド経路の最終生成物の量を増加させる試みがしばしばなされてきており、選ばれた植物細胞では、工業的利用に十分な量の代謝産物を生産することができる(非特許文献6)。しかし、植物代謝工学の成功例はわずかしか報告されていない。
【0009】
これまで、コデイノンレダクターゼにRNAiを施した形質転換ケシ(opium poppy)植物およびベルベリン架橋酵素(BBE)にRNAiを施した形質転換ハナビシソウ(California poppy)細胞がレチクリンを生産するものとして報告されている(非特許文献7および8)。形質転換ケシはレチクリンの生産に好適であるが、植物および培養細胞によって生成物の量が非常に変動しやすく、かつ、植物および培養細胞は成育に長い時間がかかる(非特許文献9)。さらに、これら形質転換ケシはレチクリンのメチル化誘導体をいくらか蓄積した。形質転換アプローチは代謝工学に非常に強力なツールであり得るが、RNAiを含むこの技術には、所望の代謝産物生産に利用するにはいまださらなる改善の余地がある。
【0010】
最近、全植物生合成工程をインビトロで再構成する試みが微生物系において調べられるようになった(非特許文献10および11)。微生物系はその他の植物代謝産物を含まないため、二次代謝産物の量を増加させるのみならず、その質も改善させることが出来る。微生物系には化学物質の生体内変換についていくつかの有利な点があるが、特に植物代謝産物については、例えば、基質入手可能性が制限されていることといった不利な点も有する。微生物および植物由来遺伝子の組合せは、様々な化合物の生産のための効率的な系の確立に有用であろう。
【0011】
ベンジルイソキノリンアルカロイド経路においては、ノルコクラウリンからベルベリンまでのほぼすべての生合成遺伝子が単離されており、それらの活性は微生物システムにおいて示されている(非特許文献12および13)。ベンジルイソキノリンアルカロイド経路において、ノルコクラウリンシンターゼ(以下、NCSとも称する)によってドーパミンと4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(以下、4-HPAAとも称する)とをカップリングすることから、(S)-ノルコクラウリンを介して(S)-レチクリンが産生されることが明らかとなっている。(S)-ノルコクラウリンは次いでノルコクラウリン 6-O-メチルトランスフェラーゼ(以下、6OMTとも称する)によってコクラウリンに変換され、コクラウリンは、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(以下、CNMTとも称する)によってN-メチルコクラウリンに変換され、N-メチルコクラウリンは、P450ヒドロキシラーゼによって3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン(以下、6-O-メチルラウダノソリンとも称する)に変換され、そして3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンは、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(以下、4’OMTとも称する)によって、(S)-レチクリンに変換される(図1a参照)。
【0012】
本発明者は、イソキノリンアルカロイド産生植物細胞を用いることなく、植物、例えば、オウレン由来の遺伝子を組み合わせ、酵素的生物変換法、あるいは、異種細胞発現系を用い、アルカロイド生合成系の再構築を行なうことを試みることにより、レチクリンの産生のための微生物と植物の酵素を組み合わせた合成生物学的システムを見いだしている。
【0013】
イソキノリンアルカロイドの中間産物であるレチクリンは、ドーパミンと4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドとの重合反応後、3段階のメチル化と1段階のヒドロキシル化を経て生合成されることが知られている(図1a)。本発明者は、4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドのかわりに3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(以下、3,4-DHPAAとも称する)を用いることで、ヒドロキシル化のステップを省略できることを見いだした。さらに微生物(Micrococcus luteus)由来の モノアミンオキシダーゼ(以下、MAOとも称する)を用いることで、ドーパミンから3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドを合成できること、すなわち、ドーパミンのみから効率的にレチクリン合成が可能になることを見いだした(図1b)。
【非特許文献1】Hung TM, et al. (2007) Magnoflorine from Coptidis rhizoma protects high density lipoprotein during oxidant stress. Biol Pharm Bull 30: 1157-1160
【非特許文献2】Hung TM, et al. (2007) Protective effect of magnoflorine isolated from Coptidis rhizoma on Cu2+-induced oxidation of human low density lipoprotein. Planta Med 73: 1281-1284
【非特許文献3】Rashid MA, et al. (1995) Anti-HIV alkaloids from Toddalia asiatica. Nat Prod Res 6: 153-156
【非特許文献4】Kong W, et al. (2004) Berberine is a novel cholesterol-lowering drug working through a unique mechanism distinct from statins. Nature Med 10: 1344-1351
【非特許文献5】Gates M, Tschudi G (1952) The synthesis of morphine. J Am Chem Soc 74: 1109-1110
【非特許文献6】Sato F, Inui T, Takemura T (2007) Metabolic engineering in isoquinoline alkaloid biosynthesis. Curr Pharm Biotech 8: 211-218
【非特許文献7】Allen RS, et al. (2004) RNAi-mediated replacement of morphine with the nonnarcotic alkaloid reticuline in opium poppy. Nat Biotechnol 22: 1559-1566
【非特許文献8】Fujii N, Inui T, Iwasa K, Morishige T, Sato F (2007) Knockdown of berberine bridge enzyme by RNAi accumulates (S)-reticuline and activates a silent pathway in cultured California poppy cells. Transgenic Res 16: 363-375
【非特許文献9】Sato F, Yamada Y (in press) In Bioengineering and Molecular Biology of Plant Pathways, Volume 1 (Bohnert HJ and Nguyen HT, Eds.), Elsevier, Amsterdam.
【非特許文献10】Rathbone DA, Bruce NC (2002) Microbial transformation of alkaloids. Curr Opin Microbiol 5: 274-281
【非特許文献11】Ro DK, et al. (2006) Production of the antimalarial drug precursor artemisinic acid in engineered yeast. Nature 440: 940-943
【非特許文献12】Minami, H., Dubouzet, E., Iwasa, K., & Sato, F. Functional analysis of norcoclaurine synthase in Coptis japonica. J. Biol. Chem. 282, 6274-6282 (2007)
【非特許文献13】Morishige, T., Tsujita, T., Yamada, Y., & Sato, F. Molecular characterization of the S-adenosyl-L-methionine:3'-hydroxy-N-methylcoclaurine 4'-O-methyltransferase involved in isoquinoline alkaloid biosynthesis in Coptis japonica. J. Biol. Chem. 275, 23398-23405 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、ベンジルイソキノリンアルカロイドを産生するシステムを確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
このたび、本発明者は、植物酵素遺伝子を有する微生物を用いて、ベンジルイソキノリンアルカロイドの生産についての微生物系を確立した。この系により種々のベンジルイソキノリンアルカロイドの微生物による生産が可能である。
【0016】
さらに、本発明者は、より多種多様な化学物質を生産するために異なる生合成能力を有する2種類の微生物の組み合わせ系が普遍的な系でありうることを見いだした。
【0017】
具体的には、本発明者は、アポルフィンアルカロイドの1つである、マグノフロリン、あるいはプロトベルベリンアルカロイドであるスコウレリンを、ドーパミンからレチクリンを介して形質転換大腸菌および出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)細胞の様々な組合せ培養を用いて合成することに成功した。
【0018】
そこで本発明は、ドーパミンを基質とし、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTを作用させることを含む、レチクリンを生産する工程、および、
得られたレチクリンを出発物質とし、イソキノリンアルカロイド生合成酵素を作用させる工程を含む、イソキノリンアルカロイドの製造方法を提供する。
【0019】
該方法において、レチクリンを生産する工程は、具体的には、以下の工程を含む:
ドーパミンに、MAOを作用させることによって、3,4-DHPAAを得る工程、
ドーパミンと3,4-DHPAAとを反応させることによって、3’-ヒドロキシノルコクラウリン(以下、ノルラウダノソリンとも称する)を得る工程、
3’-ヒドロキシノルコクラウリンに6OMTを作用させることによって、3’-ヒドロキシコクラウリン(以下、6-O-メチルノルラウダノソリンとも称する)を得る工程、
3’-ヒドロキシコクラウリンにCNMTを作用させることによって、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンを得る工程、および、
3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンに4’OMTを作用させるによって、レチクリンを得る工程。
【0020】
本発明の方法は、次いで、得られたレチクリンを出発物質とし、イソキノリンアルカロイド生合成酵素を作用させる工程を含む。
【0021】
ここで、イソキノリンアルカロイド生合成酵素は、レチクリンを基質として作用する第一の酵素を必須に含み、さらに該第一の酵素の生成物を基質として作用する第二の酵素、該第二の酵素の生成物を基質として作用する第三の酵素、というように複数の酵素を含んでいてもよい。即ち、イソキノリンアルカロイド生合成酵素とは、目的のイソキノリンアルカロイドを、レチクリンを出発物質として生合成する1または複数の酵素を含むものとする。
【0022】
例えば、目的のイソキノリンアルカロイドとして、マグノフロリンを製造するためには、イソキノリンアルカロイド生合成酵素として、レチクリンからコリツベリンの反応を触媒する酵素、および、コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。具体的には、レチクリンからコリツベリンの反応を触媒する酵素としては、コリツベリンシンターゼ(以下、単にCYP80G2とも称する)が挙げられる。この酵素はシトクロームP450の1種であるため、効率よく反応を触媒させるためには、NADPH-シトクロームP450レダクターゼ(以下、単にP450レダクターゼとも称する)を共に用いるとよい。コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒する酵素としては、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(単に、CNMTとも称する)が挙げられる。
【0023】
即ち、本発明は、上記の方法において、イソキノリンアルカロイド生合成酵素が、CYP80G2およびCNMTであり、
レチクリンにCYP80G2を作用させてコリツベリンを得る工程、および、
コリツベリンにCNMTを作用させてマグノフロリンを得る工程、
を含む、マグノフロリンの製造方法を提供する。
【0024】
また、目的のイソキノリンアルカロイドとして、スコウレリンを製造するためには、イソキノリンアルカロイド生合成酵素として、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。具体的には、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素としては、ベルベリン架橋酵素(以下、単にBBEとも称する)が挙げられる。
【0025】
即ち、本発明は、上記の方法において、イソキノリンアルカロイド生合成酵素が、BBEであり、
レチクリンにBBEを作用させてスコウレリンを得る工程、
を含む、スコウレリンの製造方法を提供する。
【0026】
さらに、目的のイソキノリンアルカロイドとして、ベルベリンを製造するためには、イソキノリンアルカロイド生合成酵素として、レチクリンからスコウレリンを介してベルベリンを得る反応経路を構成する酵素を用いるとよい。具体的には、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素としては、BBEが挙げられる。また、スコウレリンからベルベリンに至る反応経路を構成する酵素としては、スコウレリン-9-O-メチルトランスフェラーゼ(以下、単にSMTとも称する)、カナジンシンターゼ(以下、単にCYP719A1とも称する)およびテトラヒドロベルベリンオキシダーゼ(以下、単にTHBOとも称する)が挙げられる。レチクリンを出発物質として、BBE、SMT、CYP719A1およびTHBOを作用させることによってベルベリンを製造することが出来る。
【0027】
本発明において用いられる、MAOの由来は特に限定されないが、微生物、例えば、Micrococcus luteus、Escherichia coli、Arthrobacter aurescens、Klebsiella aerogenes由来のものが好ましい。
【0028】
また、6OMT、CNMT、4’OMTおよびイソキノリンアルカロイド生合成酵素(例えば、マグノフロリンの製造に用いるCYP80G2、CNMT(この酵素は、上記のように3’-ヒドロキシコクラウリンから3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンの反応も触媒する)、および、スコウレリンの製造に用いるBBE)の由来も特に限定されないが、イソキノリンアルカロイド生産性植物由来のものであるのが好ましい。なお、マグノフロリンの製造に用いるP450レダクターゼの由来は、特に限定されないが、例えば、酵母、植物、哺乳類等の真核生物由来のものが好ましい。
【0029】
イソキノリンアルカロイド生産性植物としては、ハナビシソウ、ケシ、エンゴサク等のケシ科植物、メギ等のメギ科植物、キハダ等のミカン科植物、コブシ等のモクレン科植物、オオツヅラフジなどのツヅラフジ科植物、ならびにオウレン等のキンポウゲ科植物などのイソキノリンアルカロイド産生植物などが挙げられ、好ましくはオウレンである。
【0030】
本発明の方法において、ドーパミンと3,4-DHPAAとの反応は、酵素触媒によらない化学反応によっても進行しうるが、NCSの存在下で行うことが好ましい。NCSの由来も特に限定されないが、上記のイソキノリンアルカロイド生産性植物由来のものであるのが好ましい。
【0031】
具体的には、以下に説明するインビボでのイソキノリンアルカロイド生産の態様において、宿主として、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞等を用いる場合、ドーパミンと3,4-DHPAAとの反応は、NCSの非存在下であっても、化学反応により進行しうる。
【0032】
一方、宿主として、イソキノリンアルカロイド非生産性植物細胞を用いる場合は、ドーパミンと3,4-DHPAAとの反応のために、NCSを導入するとよい。
【0033】
一方、同様に以下に説明するインビトロでのイソキノリンアルカロイド生産の態様においては、用いる細胞に拘わらず、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTおよびイソキノリンアルカロイド生合成酵素に加えて、NCSの存在が必須である。
【0034】
このように、用いる生産系によってドーパミンと3,4-DHPAAとの反応は、化学反応により起こる場合と、NCSの作用によって起こる場合とがある。例えば、植物細胞においては、ドーパミンはDOPAデカルボキシラーゼによりL-DOPAから細胞質ゾル中にて合成され、液胞内に輸送され、液胞に区画化される。そしてこの区画化が、アミンであるドーパミンとアルデヒドである3,4-DHPAAの化学的カップリングを妨げている可能性がある。一方、大腸菌などの細胞ではドーパミンは区画化されないため、ドーパミンと3,4-DHPAAの化学的カップリングが、NCSの酵素反応よりも優勢であるようである。
【0035】
本発明は、また、以下の工程を含む、イソキノリンアルカロイドを生産する方法を提供する:
第一のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTをコードする遺伝子が導入されてなる、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTを発現する第一の組換え宿主細胞を提供する工程、および
第二のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を導入して、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を発現する第二の組換え宿主細胞を提供する工程、
ドーパミンの存在下に、該第一の組換え宿主細胞および第二の組換え宿主細胞を培養する工程。
該方法においては、目的のイソキノリンアルカロイドが組換え宿主細胞内で生産されるため、本明細書においてかかる方法を、「インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法」と称する。
【0036】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法においては、基質であるドーパミンの添加は必須であるが、メチルトランスフェラーゼ反応におけるメチル基供与体であるS-アデノシルメチオニン(以下、SAMとも称する)の添加は必須ではない。即ち、例えば、大腸菌を宿主として用いる場合、SAMを添加しなくてもインビボでイソキノリンアルカロイドが生産される。大腸菌などの宿主細胞においては、SAMの再生システムがあり、それによって、インビボでのメチル化活性が維持されているようである。
【0037】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法において、イソキノリンアルカロイド生合成酵素としては、上記したように、マグノフロリンを製造するためには、レチクリンからコリツベリンの反応を触媒する酵素、および、コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。スコウレリンを製造するためには、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。さらに、目的のイソキノリンアルカロイドとして、ベルベリンを製造するためには、レチクリンからスコウレリンを介してベルベリンを得る反応経路を構成する酵素を用いるとよい。
【0038】
即ち、本発明は、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法において、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、CYP80G2およびCNMTであり、得られるイソキノリンアルカロイドがマグノフロリンである方法を提供する。さらに、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法において、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、BBEであり、得られるイソキノリンアルカロイドがスコウレリンである方法を提供する。
【0039】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法における第一および第二の宿主細胞はイソキノリンアルカロイド非生産性細胞であるが、第一の宿主細胞として、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞などの宿主を用いる場合、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTをコードする遺伝子を第一の宿主細胞に導入し、第二の宿主細胞にレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を導入するだけでよい。
【0040】
しかし、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法においても、以下に説明するインビトロでの方法と同様に、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTを発現する第一の組換え宿主細胞は、さらにNCSをコードする遺伝子を発現するのが好ましい。この場合の第一の宿主細胞としては、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞であれば特に限定されず、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞だけでなく、イソキノリンアルカロイド非生産性植物細胞も挙げられる。
【0041】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法において、第一のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞は、好ましくは大腸菌であり、第二のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞は、好ましくは酵母である。
【0042】
また、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法における培養系は、第一の組換え宿主細胞と第二の組換え宿主細胞とを共培養するものでもよいし、第一の組換え宿主細胞を培養してレチクリンを得た後に、得られたレチクリンの存在下に第二の組換え宿主細胞を別に培養するものでもよい。
【0043】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法において、第一のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞として大腸菌を用い、第二のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞として酵母を用い、これらを共培養するのが特に好ましい。
【0044】
本発明はさらに、以下の工程を含む、イソキノリンアルカロイドを生産する方法を提供する(以下、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法とも称する):
一種のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子が導入されてなる、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を発現する組換え宿主細胞を提供する工程、
ドーパミンの存在下に、該組換え宿主細胞を培養する工程、
を含む、イソキノリンアルカロイドを生産する方法。
【0045】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法においては、用いる宿主細胞は1種のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞である。
【0046】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法においても、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法と同様に、イソキノリンアルカロイド生合成酵素としては、上記したように、マグノフロリンを製造するためには、レチクリンからコリツベリンの反応を触媒する酵素、および、コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。スコウレリンを製造するためには、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。さらに、目的のイソキノリンアルカロイドとして、ベルベリンを製造するためには、レチクリンからスコウレリンを介してベルベリンを得る反応経路を構成する酵素を用いるとよい。
【0047】
即ち、本発明は、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法において、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、CYP80G2およびCNMTであり、得られるイソキノリンアルカロイドがマグノフロリンである方法を提供する。
【0048】
さらに、本発明は、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法において、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、BBEであり、得られるイソキノリンアルカロイドがスコウレリンである方法を提供する。
【0049】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法において、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞は、好ましくは、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞および哺乳類細胞からなる群から選択される。
【0050】
また、本発明は、以下の工程を含む、ドーパミンからイソキノリンアルカロイドをインビトロで生産する方法を提供する(以下、インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法とも称する):
各々が、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素からなる群から選択される1以上の酵素を発現する1種以上の細胞からなり、全細胞を合わせると、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素のすべてを発現する1種以上の細胞を提供する工程、
ただし、該1種以上の細胞を構成する細胞のうち少なくとも1種は、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞である、
該1種以上の細胞から、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を含む酵素抽出液を得る工程、
該酵素抽出液とドーパミンとの混合液を用いてイソキノリンアルカロイドを産生させる工程。
【0051】
この方法では、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を発現する細胞から得られた酵素抽出液を用いてイソキノリンアルカロイドを生産するため、この方法を、「インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法」と称する。
【0052】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法では、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子が導入されてなる一種類の細胞からの酵素抽出液を用いてもよいし、二種類以上の細胞からの酵素抽出液を合わせたものを用いてもよい。いずれの方法においても、酵素抽出液は、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を必須に含む。また、いずれの方法においても、基質としてドーパミンを加える必要がある。
【0053】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法では、酵素抽出液にSAMが含まれているため、メチル供与体としてSAMを添加しなくてもイソキノリンアルカロイドが生産できる。しかし、インビトロでは、SAMを再生することはできないため、大規模にインビトロでイソキノリンアルカロイドを生産する場合には、該酵素抽出液とドーパミンとの混合液にSAMを外部から添加するのが好ましい。
【0054】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法において用いる1種以上の細胞を構成する細胞のうち少なくとも1種は、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞である。イソキノリンアルカロイド非生産性細胞としては、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞およびイソキノリンアルカロイド非生産性植物細胞が好ましい。
【0055】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法において、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素は、上記したように、マグノフロリンを製造するためには、レチクリンからコリツベリンの反応を触媒する酵素、および、コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。スコウレリンを製造するためには、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。さらに、目的のイソキノリンアルカロイドとして、ベルベリンを製造するためには、レチクリンからスコウレリンを介してベルベリンを得る反応経路を構成する酵素を用いるとよい。
【0056】
即ち、本発明は、インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法において、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、CYP80G2およびCNMTであり、得られるイソキノリンアルカロイドがマグノフロリンである方法を提供する。
【0057】
さらに、本発明は、インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法において、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、BBEであり、得られるイソキノリンアルカロイドがスコウレリンである方法を提供する。
【0058】
また、インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法においては、中間体として得られるレチクリンは、(S)-レチクリンである。
【発明の効果】
【0059】
本発明によると、宿主細胞にイソキノリンアルカロイド合成に必要な生合成酵素遺伝子を導入し、大量調製させた酵素を直接利用して基質を生物変換すること、あるいは、必要遺伝子を発現させた宿主細胞に直接基質を投与することにより、目的のイソキノリンアルカロイドを高効率で生産することができる。
【0060】
本発明により、多様な有用化合物生産のための素材であるイソキノリンアルカロイドが大量に生産できる基盤が構築されるとともに、さらなる代謝変換により、新たなる創薬資源の開発が可能となる。
【0061】
本発明による、植物遺伝子を組み込んだ微生物系は、希少なイソキノリンアルカロイドの大量生産を可能にすることが出来るだけでなく、新規なイソキノリンアルカロイドの生産のための新規経路を開発するのに有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0062】
本発明の方法によると、目的のイソキノリンアルカロイドの合成に関与する酵素、即ち、モノアミンオキシダーゼ (MAO)、ノルコクラウリンシンターゼ (NCS)、ノルコクラウリン 6-O-メチルトランスフェラーゼ (6OMT)、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ (CNMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ (4’OMT)、および、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を、単離した遺伝子をもとに宿主細胞内で発現させ、その酵素抽出液を試験管内で混合し、基質となるドーパミン、メチル化供与体であるS-アデノシルメチオニンの存在下で目的のイソキノリンアルカロイドを生産させる。あるいは、これらのうち少なくともMAO、6OMT、CNMT、4’OMT、および、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を1種以上の宿主細胞内で発現させ、ドーパミンの投与により目的のイソキノリンアルカロイドを生産させる。
【0063】
大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞などの宿主細胞内でのインビボのイソキノリンアルカロイド生合成ではSAMの添加は必要ないが、酵素抽出液によるインビトロのイソキノリンアルカロイド合成でも、SAMの添加は必須ではない。というのは、酵素抽出液に含まれるSAMを利用可能であるためである。しかし、酵素抽出液を用いて大規模にイソキノリンアルカロイドを合成する場合は、SAMを添加するのが好ましい。
【0064】
本発明は、ドーパミンを基質とし、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTを作用させることを含む、レチクリンを生産する工程、および、
得られたレチクリンを出発物質とし、イソキノリンアルカロイド生合成酵素を作用させる工程を含む、イソキノリンアルカロイドの製造方法を提供する。
【0065】
該方法において、レチクリンを生産する工程は、具体的には、以下の工程を含む:
ドーパミンに、MAOを作用させることによって、3,4-DHPAAを得る工程、
ドーパミンと3’4-DHPAAとを反応させることによって、3’-ヒドロキシノルコクラウリン(以下、ノルラウダノソリンとも称する)を得る工程、
3’-ヒドロキシノルコクラウリンに6OMTを作用させることによって、3’-ヒドロキシコクラウリン(以下、6-O-メチルノルラウダノソリンとも称する)を得る工程、
3’-ヒドロキシコクラウリンにCNMTを作用させることによって、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンを得る工程、および、
3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンに4’OMTを作用させるによって、レチクリンを得る工程。
【0066】
即ち、植物細胞においては、図1aの合成系路に示す通り、レチクリンは、ドーパミンと4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(4-HPAA)との重合反応後、3段階のメチル化と1段階のヒドロキシル化を経て生合成されることが知られている(図1a)。一方、本発明においては、4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドのかわりに3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(3,4-DHPAA) を用いることで、ヒドロキシル化のステップを省略できる。さらに本発明においては、MAOを用いることで、ドーパミンから3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドを合成できる。すなわち本発明によると、ドーパミンのみから効率的にレチクリン合成を介してイソキノリンアルカロイドを生産することが可能である(図1b)。
【0067】
本発明の方法は、次いで、得られたレチクリンを出発物質とし、イソキノリンアルカロイド生合成酵素を作用させる工程を含む。ここで、イソキノリンアルカロイド生合成酵素は、レチクリンを基質として作用する第一の酵素を必須に含み、さらに該第一の酵素の生成物を基質として作用する第二の酵素、該第二の酵素の生成物を基質として作用する第三の酵素、というように複数の酵素を含んでいてもよい。即ち、イソキノリンアルカロイド生合成酵素とは、目的のイソキノリンアルカロイドを、レチクリンを出発物質として生合成する1または複数の酵素を含むものとする。
【0068】
例えば、目的のイソキノリンアルカロイドとして、マグノフロリンを製造するためには、イソキノリンアルカロイド生合成酵素として、レチクリンからコリツベリンの反応を触媒する酵素、および、コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。具体的には、レチクリンからコリツベリンの反応を触媒する酵素としては、コリツベリンシンターゼ(以下、単にCYP80G2とも称する)が挙げられる。この酵素はシトクロームP450の1種であるため、効率よく反応を触媒させるためには、NADPH-シトクロームP450レダクターゼ(以下、単にP450レダクターゼとも称する)を共に用いるとよい。コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒する酵素としては、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(単に、CNMTとも称する)が挙げられる。
【0069】
即ち、本発明は、上記の方法において、イソキノリンアルカロイド生合成酵素が、CYP80G2およびCNMTであり、
レチクリンにCYP80G2を作用させてコリツベリンを得る工程、および、
コリツベリンにCNMTを作用させてマグノフロリンを得る工程、
を含む、マグノフロリンの製造方法を提供する。
【0070】
また、目的のイソキノリンアルカロイドとして、スコウレリンを製造するためには、イソキノリンアルカロイド生合成酵素として、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素を用いるとよい。具体的には、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素としては、ベルベリン架橋酵素(以下、単にBBEとも称する)が挙げられる。
【0071】
即ち、本発明は、上記の方法において、イソキノリンアルカロイド生合成酵素が、BBEであり、
レチクリンにBBEを作用させてスコウレリンを得る工程、
を含む、スコウレリンの製造方法を提供する。
【0072】
さらに、目的のイソキノリンアルカロイドとして、ベルベリンを製造するためには、イソキノリンアルカロイド生合成酵素として、レチクリンからスコウレリンを介してベルベリンを得る反応経路を構成する酵素を用いるとよい。具体的には、レチクリンからスコウレリンの反応を触媒する酵素としては、BBEが挙げられる。また、スコウレリンからベルベリンに至る反応経路を構成する酵素としては、スコウレリン-9-O-メチルトランスフェラーゼ(以下、単にSMTとも称する)、カナジンシンターゼ(以下、単にCYP719A1とも称する)およびテトラヒドロベルベリンオキシダーゼ(以下、単にTHBOとも称する)が挙げられる。レチクリンを出発物質として、BBE、SMT、CYP719A1およびTHBOを作用させることによってベルベリンを製造することが出来る。
【0073】
本発明の方法においては、基質としてドーパミンを用いる必要がある。ドーパミンの入手源は特に限定されないが、例えば、ナカライテスク社、和光純薬工業、シグマアルドリッチから得られる。
【0074】
また、本発明の方法においては、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が必要である。さらに、NCSを用いるのが好ましい。
【0075】
MAOの由来としては、微生物、例えば、Micrococcus luteus、Escherichia coli、Arthrobacter aurescens、Klebsiella aerogenesが挙げられるが、Micrococcus luteus由来のものを用いるのが好ましい。
【0076】
一方、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素、ならびに所望によりNCSは、特に限定されないが、イソキノリンアルカロイド生産性植物由来のものであるのが好ましい。イソキノリンアルカロイド生産性植物としては、ハナビシソウ、ケシ、エンゴサク等のケシ科植物、メギ等のメギ科植物、キハダ等のミカン科植物、コブシ等のモクレン科植物、オオツヅラフジなどのツヅラフジ科植物、ならびにオウレン等のキンポウゲ科植物などのイソキノリンアルカロイド産生植物などが挙げられ、好ましくはオウレンである。なお、イソキノリンアルカロイド生合成酵素として、シトクロームP450の1種であるCYP80G2(コリツベリンシンターゼ)を用いる場合に、共に用いるのが好ましい、NADPH-シトクロームP450レダクターゼの由来は、特に限定されないが、酵母、植物、哺乳類が挙げられる。
【0077】
以下、本発明に利用できるMAO、6OMT、CNMT、4’OMT、NCSおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素について説明する。
【0078】
本発明において使用される、MAOはドーパミンから3,4-DHPAAを得る反応、NCSはドーパミンと3,4-DHPAAから3’-ヒドロキシノルコクラウリンを得る反応、6OMTは3’-ヒドロキシノルコクラウリンから3’-ヒドロキシコクラウリンを得る反応、CNMTは、3’-ヒドロキシコクラウリンから3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンを得る反応、4’OMTは3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンからレチクリンを得る反応をそれぞれ触媒する酵素活性を有するものであれば特に限定されない。例えば、配列番号1に示すヌクレオチド配列にコードされるMicrococcus luteus由来のMAO、配列番号2、3、4および5に示すヌクレオチド配列にコードされる、いずれもオウレン由来のNCS、6OMT、−CNMT、4’OMTを好適に用いることが出来る。
【0079】
次いで、イソキノリンアルカロイド生合成酵素は、レチクリンを出発物質として目的のイソキノリンアルカロイドを得る経路を構成する1または複数の酵素であり、それぞれの経路の反応を触媒する酵素活性を有するものであれば特に限定されない。
【0080】
例えば、マグノフロリンを生産する場合、レチクリンからコリツベリンへの反応を触媒する酵素、およびコリツベリンからマグノフロリンへの反応を触媒する酵素を用いればよく、かかる反応を触媒する酵素活性を有するものであれば特に限定されない。具体例として、配列番号6および7に示すヌクレオチド配列にコードされるCYP80G2およびP450レダクターゼを好適に用いることが出来る。
【0081】
また例えば、スコウレリンを生産する場合、レチクリンからスコウレリンへの反応を触媒する酵素を用いればよく、かかる反応を触媒する酵素活性を有するものであれば特に限定されない。具体例として、配列番号8に示すヌクレオチド配列にコードされるBBEを好適に用いることが出来る。
【0082】
さらに、ベルベリンを生産する場合、レチクリンからスコウレリンを介してベルベリンに至る経路を構成する酵素を用いればよく、各段階の反応を触媒する酵素活性を有するものであれば特に限定されない。例えば、BBE、SMT(スコウレリン-9-O-メチルトランスフェラーゼ)、CYP719A1(カナジンシンターゼ)およびTHBO(テトラヒドロベルベリンオキシダーゼ)を用いるとよい。BBEとしては、そのヌクレオチド配列が配列番号8に示すものが好適に用いられる。SMT、CYP719A1、THBOの配列情報については、NCBI:National Center for Biotechnology Informationの提供するGenBank (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)から得ることが出来る。
【0083】
即ち、本発明に使用される酵素としては、これらに限定されないが、以下の (a)または(b)のタンパク質が挙げられる:
(a)配列番号1、2、3、4、5、6、7または8のヌクレオチド配列にコードされるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1、2、3、4、5、6、7または8のヌクレオチド配列にコードされるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有するタンパク質。
【0084】
本発明に使用されるタンパク質としては、以下の(b’)のタンパク質も挙げられる。
(b') 配列番号1、2、3、4、5、6、7または8のヌクレオチド配列にコードされるアミノ酸配列に対して、70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有するタンパク質。
【0085】
上記の、(b) のタンパク質は、「MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有する」という(a)のタンパク質の機能が失われない程度にアミノ酸変異(欠失、置換、付加)が起こっているタンパク質である。このような変異には、自然界において生じる変異の他に、人為的な変異も含まれる。人為的な変異を生じさせる手段としては、部位特異的突然変異誘発法(Nucleic Acids Res. 10, 6487-6500, 1982)が挙げられるがこれに限定されるわけではない。変異(欠失、置換、付加)したアミノ酸の数は、上記(a)のタンパク質の酵素活性が失われない限りその個数は制限されないが、好ましくは50アミノ酸以内であり、さらに好ましくは30アミノ酸以内である。
【0086】
(b')のタンパク質も、「MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有する」という(a)のタンパク質の機能が失われない程度の(a)のタンパク質に対する相同性を有するタンパク質である。相同性は、50%以上が好ましく、70%以上が特に好ましい。
【0087】
本発明において「相同性」とは、2つのポリペプチドあるいはポリヌクレオチド間の配列の類似の程度を意味し、比較対象のアミノ酸配列または塩基配列の領域にわたって最適な状態(配列の一致が最大となる状態)にアラインメントされた2つの配列を比較することにより決定される。相同性の数値(%)は両方の(アミノ酸または塩基)配列に存在する同一のアミノ酸または塩基を決定して、適合部位の数を決定し、次いでこの適合部位の数を比較対象の配列領域内のアミノ酸または塩基の総数で割り、得られた数値に100をかけることにより算出される。最適なアラインメントおよび相同性を得るためのアルゴリズムとしては当業者が通常利用可能な種々のアルゴリズム(例えば、BLASTアルゴリズム、FASTAアルゴリズムなど)が挙げられる。アミノ酸配列の相同性は、例えばBLASTP、FASTAなどの配列解析ソフトウェアを用いて決定される。塩基配列の相同性は、BLASTN、FASTAなどのソフトウェアを用いて決定される。
【0088】
タンパク質がMAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有するか否かは、該タンパク質調製物にそれぞれの反応基質を添加し、それぞれの酵素の反応生成物が生成したか否かを調べることにより判定することが出来る。MAOについてはドーパミンを添加し、3,4-DHPAAが生成したか、NCSについてはドーパミンと3,4-DHPAAを添加し、3'-ヒドロキシノルコクラウリンが生成したか、6OMTについては3’-ヒドロキシノルコクラウリンを添加し、3’-ヒドロキシコクラウリンが生成したか、CNMTについては、3’-ヒドロキシコクラウリンを添加し、3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンが生成したか、4’OMTについては3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンを添加し、レチクリンが生成したかを調べることによりその活性の有無を判定することが出来る。また、CYP80G2およびP450レダクターゼについては、それらの共存下でレチクリンを添加し、コリツベリンが生成したか、そしてBBEについては、レチクリンを添加し、スコウレリンが生成したかを調べることによりその活性の有無を判定することが出来る。なお、コリツベリンからマグノフロリンの反応を触媒するCNMTは、3’-ヒドロキシコクラウリンから3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンの反応を触媒するCNMTと同じものを用いることが出来るが、コリツベリンからマグノフロリンへの反応を触媒するか否かを、コリツベリンを添加し、マグノフロリンが生成したかを調べることによりその活性の有無を判定するとよい。
【0089】
生成物が、3,4-DHPAA、3’-ヒドロキシノルコクラウリン、3’-ヒドロキシコクラウリン、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン、レチクリンあるいは目的のイソキノリンアルカロイド(例えば、マグノフロリン、スコウレリン、ベルベリン等)であるか否かは、当業者に周知のあらゆる手段によって確認することが出来る。具体的には、生成物と3,4-DHPAA、3’-ヒドロキシノルコクラウリン、3’-ヒドロキシコクラウリン、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン、レチクリンまたは目的のイソキノリンアルカロイドのそれぞれの標品とを、LC-MSに供し、得られるスペクトルを比較することによって同定することが出来る。また、生成物と対応する標品とのNMR分析による比較によっても確認することが出来る。
【0090】
次いで、本発明に利用できるMAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTまたはレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子について説明する。
【0091】
本発明において好適に使用される、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、またはイソキノリンアルカロイド生合成酵素の具体例であるCYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEをコードする遺伝子としては、それぞれ配列番号1、2、3、4、5または6−8に示すヌクレオチド配列を有する遺伝子が挙げられる。
【0092】
即ち、本発明に使用される遺伝子は、これらに限定されないが、好ましくは、以下の(a)または(b)のDNAである遺伝子である:
(a) 配列番号1、2、3、4、5、6、7または8のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)(a)のヌクレオチド配列からなるDNAと相補的なヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【0093】
さらに本発明に使用される遺伝子としては、以下の(c)のDNAである遺伝子も挙げられる。
(c) 配列番号1、2、3、4、5、6、7または8のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【0094】
ここで、ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、6M尿素、0.4%SDS、0.5xSSC程度である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは(a)のヌクレオチド配列からなるDNAと60%以上の高い相同性を有することが望ましく、さらに80%以上の相同性を有することが好ましい。
ここで「相同性」については上記したとおりである。
【0095】
上記遺伝子によってコードされるタンパク質が「MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、CYP80G2、P450レダクターゼまたはBBEの酵素活性を有する」か否かの確認方法は、タンパク質について上記したとおりである。
【0096】
上記遺伝子は、当業者に周知のPCRまたはハイブリダイゼーション技術によって取得することが可能であり、あるいはDNA合成機などを用いて人工的に合成してもよい。配列の決定は常套方法により配列決定機を用いて行うことが出来る。
【0097】
次いで「インビボでのレチクリン生産」について説明する。
本発明は、以下の工程を含む、イソキノリンアルカロイドを生産する方法を提供する:
第一のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTをコードする遺伝子が導入されてなる、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTを発現する第一の組換え宿主細胞を提供する工程、および
第二のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を導入して、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を発現する第二の組換え宿主細胞を提供する工程、
ドーパミンの存在下に、該第一の組換え宿主細胞および第二の組換え宿主細胞を培養する工程。かかる方法を、「インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法」と称する。
【0098】
本発明は、さらに、一種のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子が導入されてなる、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を発現する組換え宿主細胞を提供する工程、
ドーパミンの存在下に、該組換え宿主細胞を培養する工程、
を含む、イソキノリンアルカロイドを生産する方法も提供する。かかる方法を、「インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法」と称する。
【0099】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法において、好ましくは、第一の組換え宿主細胞はさらにNCSをコードする遺伝子を発現する。また、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法においても、好ましくは、組換え宿主細胞はさらにNCSをコードする遺伝子を発現する。
【0100】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一および第二生産方法における宿主細胞としては、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞であれば特に限定されないが、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞およびイソキノリンアルカロイド非生産性植物細胞などが挙げられる。また、宿主細胞が、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞からなる群から選択される場合は、NCSをコードする遺伝子を宿主細胞に導入しなくても、目的のイソキノリンアルカロイドを生産することが出来る。
【0101】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一および第二生産方法において、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素およびそれらをコードする遺伝子については、上記に説明したとおりである。
【0102】
宿主細胞に遺伝子を導入する場合、遺伝子を直接導入してもよいが、遺伝子が導入されたベクターを宿主に導入するのが好ましい。導入遺伝子はすべて同一のベクターに組み込んでもよいし、2以上の別々のベクターに分けて組み込んでもよい。
【0103】
上記遺伝子が導入されるベクターとしては、宿主細胞内で自律的に複製しうるプラスミドまたはファージから遺伝子組換え用として構築されたものが適している。ベクターは、導入される宿主細胞に適合した複製開始起点、選択可能なマーカー、プロモーター等の発現制御配列、ターミネーターを含むのが好ましい。プラスミドベクターとしては、例えば大腸菌で発現させる場合は、pETベクター系、pQEベクター系、pColdベクター系などが挙げられ、酵母で発現させる場合は、pYES2ベクター系、pYEXベクター系などが挙げられる。
【0104】
選択可能なマーカーとしては、アンピシリン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子が挙げられる。
【0105】
発現ベクターは、発現制御配列を含むものが好ましい。発現制御配列とは、DNA配列に適切に連結した場合、宿主細胞において、そのDNA配列を発現させることが出来る配列を意味する。発現制御配列には少なくともプロモーターが含まれる。プロモーターは構成的プロモーターであっても誘導可能なプロモーターであってもよい。さらに該発現ベクターには転写終結シグナル、即ちターミネーター領域が好ましくは含まれる。
【0106】
本発明に用いる発現ベクターは、上記遺伝子の末端に、常法により適当な制限酵素認識部位を付加することにより作成することが出来る。
【0107】
発現ベクターの宿主細胞への形質転換方法としては、従来公知の方法を用いることが出来、例えば、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法などが挙げられる。
【0108】
次いで、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法においては、MAO、6OMT、CNMTおよび4’OMTおよび所望によりNCSをコードする遺伝子を導入した第一の組換え宿主細胞およびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を導入した第二の組換え宿主細胞をドーパミンの存在下で培養する。インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一生産方法においては、第一の組換え宿主細胞および第二の組換え宿主細胞を共培養してもよいし、第一の組換え宿主細胞を培養してレチクリンを得た後、第一の組換え宿主細胞とは別に第二の組換え宿主細胞を培養してもよい。
【0109】
インビボでのイソキノリンアルカロイドの第二生産方法においては、MAO、6OMT、CNMT、4’OMTおよび所望によりNCSをコードする遺伝子およびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を導入した組換え宿主細胞をドーパミンの存在下で培養する。
【0110】
ドーパミンの添加量としては、通常最終濃度が1〜5mMとなるよう添加するのが好ましい。
【0111】
培養条件は、組換え宿主細胞が良好に生育し、かつ、導入した遺伝子がコードするそれぞれの酵素が十分に発現し、それぞれの酵素活性を示す条件であれば特に限定されない。具体的には、培養条件は、宿主の栄養生理学的性質を考慮して適宜選択すればよく、通常液体培養で行われる。培地の炭素源としては、グルコース、グリセロールなどが挙げられ、窒素源としては硫酸アンモニウム、カザミノ酸などが挙げられる。その他、塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどを所望により使用できる。
【0112】
例えば、大腸菌を培養する培地としては、LB培地、2×YT培地、M9最少培地、酵母を培養する培地としては、SC培地、SD培地、YPD培地、大腸菌と酵母を共培養する培地としては、LB培地、SC培地、HEPESバッファー、Tris-HClバッファーが挙げられる。
【0113】
培養温度は宿主細胞が成育し、目的の酵素を発現し、その活性が発揮される範囲で適宜変更できるが、例えば、大腸菌の場合、温度20℃、24時間、pH7.0の培養条件を用いることができる。酵母の場合、温度30℃、20時間、pH5.8の培養条件を用いることができる。また、大腸菌と酵母を共培養する場合、温度30℃、60時間、pH7.0の培養条件を用いることができる。
【0114】
目的の酵素の発現は、その酵素活性のアッセイにより確認できる。即ち、目的酵素の基質から生成物への変換をアッセイすることにより確認することが出来る。
【0115】
目的のイソキノリンアルカロイドの生産の確認は、当業者に周知のあらゆる手段によって確認することが出来る。具体的には、反応生成物と目的のイソキノリンアルカロイド標品とを、LC-MSに供し、得られるスペクトルを比較することによって同定することが出来る。また、反応生成物と目的のイソキノリンアルカロイド標品とのNMR分析による比較によっても確認することが出来る。
【0116】
なお、インビボでのイソキノリンアルカロイドの第一および第二生産方法において、SAMの添加は特に必要ではない。というのは、大腸菌などの宿主細胞においては、SAMの再生システムがあり、それによって、インビボでのメチル化活性が維持されているようであるためである。
【0117】
イソキノリンアルカロイドの回収は、例えば、宿主細胞を懸濁している培地を回収し、固相抽出カートリッジ(Sep-pak等)を通してイソキノリンアルカロイドを吸着させ、MeOHで溶出して回収する方法が挙げられる。
【0118】
次いで、「インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法」について説明する。なお、本明細書において「インビトロ」とは、無細胞系を意味する。
また、インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法において、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素およびそれらをコードする遺伝子についての説明は、「インビボでのイソキノリンアルカロイド生産」について記載したとおりである。
【0119】
まず、インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法は以下の工程を含む:
各々が、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素からなる群から選択される1以上の酵素を発現する1種以上の細胞からなり、全細胞を合わせると、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素のすべてを発現する1種以上の細胞を提供する工程、
ただし、該1種以上の細胞を構成する細胞のうち少なくとも1種は、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞である、
該1種以上の細胞から、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を含む酵素抽出液を得る工程、
該酵素抽出液とドーパミンとの混合液を用いてイソキノリンアルカロイドを産生させる工程。
【0120】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法では、用いる細胞は、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素のすべてを発現する1種以上の細胞であるが、該1種以上の細胞を構成する細胞のうち少なくとも1種は、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞である。
【0121】
かかる1種以上の細胞からMAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を含む酵素抽出液を得る方法は、得られた抽出液が活性のMAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素およびSAMを含んでいる限り特に限定されない。例えば、1種以上の細胞を遠心分離して回収し、細胞を破砕し、遠心分離により得られた細胞の上清を酵素抽出液として用いることが出来る。
【0122】
2種以上の細胞を用いる場合、それらを構成する細胞は、それぞれ、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素からなる群から選択される1以上の酵素を発現するものであり、同じ生物由来の細胞であってもよいし、異なる生物由来の細胞であってもよい。
【0123】
2種以上の細胞から、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を含む酵素抽出液を得る方法は、得られた抽出液が活性のMAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMT、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素およびSAMを含んでいる限り特に限定されない。例えば、2種以上の細胞を遠心分離して回収し、それらを合わせて破砕し、遠心分離により得られた細胞の上清を酵素抽出液として用いてもよいし、2種以上の細胞を構成する各々の細胞を遠心分離して回収し、細胞を破砕し、遠心分離により得られた各々の細胞の上清を合わせて酵素抽出液として用いてもよい。
酵素抽出液には、トリス、HEPES、MOPSバッファー等の一般的バッファー(グッドバッファー)を含めるのが好ましく、pHは6〜8に調整するのが好ましい。
【0124】
酵素抽出液とドーパミンとの混合液を用いてイソキノリンアルカロイドを産生させる工程の条件は、MAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素のそれぞれの酵素が十分に酵素活性を示す条件であれば特に限定されない。酵素抽出液とドーパミンとの混合液は、活性のMAO、NCS、6OMT、CNMT、4’OMTおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素ならびにSAMを必須に含み、かつ、基質として添加したドーパミンを含む。ドーパミンの添加量は、通常最終濃度1〜5mMである。
【0125】
酵素抽出液とドーパミンとの混合液を用いてイソキノリンアルカロイドを産生させる工程の条件としては、例えば、37℃、pH7.5の条件が挙げられる。
【0126】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法において、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞は、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞およびイソキノリンアルカロイド非生産性植物細胞からなる群から選択される細胞であるのが好ましい。
【0127】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法においては、酵素抽出液とドーパミンとの混合液には、酵素を抽出した細胞に由来するSAMが含まれているため、SAMをさらに添加する必要はない。しかし、大量のイソキノリンアルカロイドを得るためには、SAMを添加するのが好ましい。というのは、酵素抽出液においては、細胞固有のSAMの再生システムが働かないためである。
【0128】
インビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法において、得られたイソキノリンアルカロイドの生産の確認方法はインビボでの場合と同様であり、得られたイソキノリンアルカロイドの回収方法は、酵素抽出液から周知の方法によってタンパク質を沈降させた後、固相抽出カートリッジ(Sep-pak等)を通してイソキノリンアルカロイドを吸着させ、MeOHで溶出して回収する方法が挙げられる。
【0129】
本発明のインビトロでのイソキノリンアルカロイドの生産方法によると、中間体として光学活性の(S)-レチクリンを介して目的のイソキノリンアルカロイドが得られる。光学純度は、キラルカラムを用いたHPLCによる光学異性体分離や、旋光計を用いた比旋光度測定により測定することが出来る。
【実施例1】
【0130】
実施例の概要
微生物におけるベンジルイソキノリンアルカロイド生産のための実験計画
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。実施例に示す系は、大腸菌および出芽酵母細胞によるイソキノリンアルカロイドの2段階合成系からなるが、本発明はかかる系に限定されない。
【0131】
本発明者はまず、ベンジルイソキノリンアルカロイド生合成における重要な中間体であるレチクリンを大腸菌細胞において生産することを試みた。次に、植物酵素のいくつかは必ずしも細菌においては活性な形態にて発現しないため、様々なタイプのベンジルイソキノリンアルカロイドを出芽酵母(S. cerevisiae)細胞を用いてレチクリンから合成した。大腸菌および出芽酵母細胞のこの組合せ系は、細胞質および小胞体 (ER)に区画化されている植物酵素の、細胞内での活性な形態での共発現に特に有利であり、異なる経路に由来する化学物質の生産にも有利である。
【0132】
微生物においてベンジルイソキノリンアルカロイドを生産するために、本発明者はまず、ベンジルイソキノリンアルカロイド経路を改変した(図1)。ベンジルイソキノリンアルカロイド生合成はチロシンのドーパミンおよび4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド (4HPAA)への変換から出発し、4HPAA は縮合されてノルコクラウリンシンターゼ (NCS) により(S)-ノルコクラウリンとなるが、かかる第一工程は多様なベンジルイソキノリンアルカロイドの効率的な生産のために再構成するのが困難である。この状況を簡潔にするために、モノアミンオキシダーゼ (MAO)、NCS、ノルコクラウリン 6-O-メチルトランスフェラーゼ (6OMT)、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ (CNMT)、および3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ (4’OMT)を用いて、レチクリンをドーパミンから大腸菌中で合成した。ドーパミンと3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒド (3,4-DHPAA)とのカップリングにより、ヒドロキシラーゼ (CYP80B)の工程を省略することが出来る。MAOはケシ(opium poppy)におけるアルカロイド生合成において役割を果たしていないようであるため、微生物のMAOをレチクリン生合成に組み込んでドーパミンの脱アミノ化により3,4-DHPAAを合成した。
【0133】
アポルフィン型アルカロイド生合成の第二工程において、新規に同定された P450 酵素 (CYP80G2)であるコリツベリンシンターゼ (Ikezawa et al.、Molecular cloning and characterization of CYP80G2, a cytochrome P450 which catalyzes an intramolecular C-C phenol coupling of (S)-reticuline in magnoflorine biosynthesis, from cultured Coptis japonica cells. J Biol Chem,in press, 2008) を、オウレン(Coptis japonica) CNMTとともに出芽酵母において用いた。CNMTは基質特異性が比較的広く、コリツベリンをN-メチル化してマグノフロリンを合成することが出来る(図6)。同様に、オウレンのBBEを出芽酵母で発現させてレチクリンからスコウレリンを生産した。
【0134】
大腸菌におけるレチクリン生産
まず、本発明者は、ベンジルイソキノリンアルカロイドの重要な中間体としてのレチクリンの高い生産を大腸菌において確認した。インビボ生産のために、ドーパミンからのレチクリンの生産に関与する生合成遺伝子 (即ち、MAO、NCS、6OMT、CNMTおよび4’OMT)を発現する形質転換大腸菌を2 mM ドーパミンを含む培地で培養した。この培養物は主に(R,S)-レチクリンを28時間で培地 1リットル当たり 2.0 mg の収率で生産した (図3)。ドーパミンおよび生産されたレチクリンは大腸菌細胞の成育を阻害することはなかった。この系の利点は (R,S)-レチクリンがメチル基供与体であるS-アデノシル-L-メチオニン (SAM)を添加せずに生産されることである。というのは、微生物細胞におけるSAMの再生は生物変換の際にインビボメチル化活性を維持することが知られているためである。レチクリン生合成遺伝子を発現する形質転換大腸菌の培地が空のベクターを含む大腸菌の培地と比べて淡褐色化することは、酸化および重合する前に、ドーパミンが効率的にレチクリンに変換されたことを示唆する。
【0135】
培地中のドーパミンの量を5 mMまで増やすと (R,S)-レチクリンの収率はさらに高くなり、培地1リットル当たり最大11 mgに達した。NCSは立体特異的に(S)-形態を生産するのに対し、大腸菌中で生産されたレチクリンはラセミ体であった(図3)。本発明者はNCSが大腸菌細胞中で効率的に機能できず、自発的縮合反応が起こってノルラウダノソリン(norlaudanosoline)を形成したと仮定した。というのはNCSを含まないレチクリン生合成遺伝子を発現する大腸菌細胞もラセミ型レチクリンを同じレベルで生産したからである (データ示さず)。ドーパミンの濃度を下げても(~100 μM) (S)-レチクリンのみが十分に合成されなかった(データ示さず)。植物細胞において、ドーパミンはL-DOPAからDOPA デカルボキシラーゼにより細胞質において合成され、輸送され、液胞に1 mg ml-1 の濃度で蓄積されるということは、ドーパミンの区画化がアミンとアルデヒドの化学的カップリングを妨げていることを示唆する。大腸菌細胞はドーパミンを区画化しないため、ドーパミンと3,4-DHPAA との化学的カップリングが長期のインキュベーションにおいてNCS 反応に勝るのであろう。
【0136】
(S)-レチクリンの優勢な生産を調べるために、形質転換大腸菌細胞からの粗酵素を調製し、ドーパミンおよびSAMと反応させた。驚くべきことに、それぞれの酵素レベルの微調整や精製を行わなくても立体特異的に (S)-レチクリンがドーパミンから粗酵素により合成された (図4)。(S)-レチクリンは2 mM ドーパミンから1時間 1リットル当たり22 mgの収率で合成され(図4)、(R)-レチクリンの形成はこの系では検出されなかった。酵素反応が進行し、経路中間体が検出されなかったことは、反応生成物のフィードバック制御や補因子の制限が (S)-レチクリンの合成に影響を与えなかったことを示唆する。この十分に高い変換率および中間体の欠如は反応生成物、(S)-レチクリンの精製を簡単にするであろう。添加するドーパミン量の増加は同じタイムスケールで(S)-レチクリンの収率を1リットル当たり55 mgまで向上させた。このインビトロ生物製造系では、光学活性の (S)-レチクリンを植物培養細胞または形質転換植物 (数ヶ月から1年) よりも速く(1時間程度)生産することができる。
【0137】
ベンジルイソキノリンアルカロイド経路における中間体の生合成
本発明の系の生物製造特性を特徴決定するために、(S)-ノルラウダノソリンから (S)-ノルレチクリンへのベンジルイソキノリンアルカロイド経路における中間体の生合成も、メチルトランスフェラーゼ酵素の様々な組合せ; 6OMT、CNMT、および4’OMTを発現する形質転換大腸菌細胞を用いて調べた。LC-MS 分析は明らかに、(S)-レチクリンに至るまでの4種類のベンジルイソキノリン中間体が本発明の改変された生物製造系において主要な生成物として合成されたことを示した(図5)。図5の結果は、CNMT または4’OMT 反応が6OMT 反応がなければほとんど進行せず、6OMTがベンジルイソキノリンアルカロイド生合成において必須の役割を果たしていることを示した。これはハナビシソウ(California poppy ) 細胞で示されているように律速段階としての6OMTの性質と一致する。これらの結果は、生合成酵素の基質特異性が代謝産物生産を制御し、様々な中間体の生産を制御することができるという知見を支持する。
【0138】
ドーパミンからのベンジルイソキノリンアルカロイドの生産は、本発明の系において非常に効率的であるので、代謝チャンネルの超複合体の形成を形質転換大腸菌細胞からの粗抽出液において調べた。しかし、ゲルろ過分析により、組換え NCS、6OMT、CNMT、および4’OMTのそれぞれは、単一のポリペプチドとして存在していることが示され、複合体形成は観察されなかった(データ示さず)。これらの結果は、生合成酵素の基質特異性が生物変換の重要な因子であること、および、6OMT、CNMTおよび4’OMTがメタボロンを形成せずに順に反応することを示す。本発明の微生物系は植物代謝ネットワークに新しい知見を提供し、新規な生合成経路の作出を導くであろう。
【0139】
微生物におけるベンジルイソキノリンアルカロイド生産
微生物におけるベンジルイソキノリンアルカロイド生産のために、本発明者は、医薬の目的のため、マグノフロリンをターゲットとした。マグノフロリン生産のために、レチクリン生合成遺伝子を発現する形質転換大腸菌細胞を 5 mM ドーパミンを含む培地で培養した。一定期間の培養の後、CYP80G2 およびCNMTを発現する出芽酵母細胞を大腸菌がドーパミンからレチクリンを生産している培地に添加した。液体クロマトグラフィー-質量分析 (LC-MS)により、マグノフロリンとコリツベリンが、大腸菌と出芽酵母との共培地中に生産されたことが示された(図7および図8)。マグノフロリンは72時間で培地1リットル当たり7.2 mgの収率で合成された。この系において、マグノフロリンはメチル基供与体であるSAMやレチクリンを添加せずに生産された。
【0140】
一方、BBEを発現する出芽酵母細胞をCYP80G2および CNMTを発現するものの代わりに用いた場合に、プロトベルベリン型アルカロイドであるスコウレリンが生産された(図7および図8)。スコウレリンは48時間で培地1リットル当たり8.3 mgの収率で合成された。この系において、プロトピン型およびロエアジン型アルカロイドの前駆体であるN-メチルスコウレリンが、スコウレリンのN-メチル化により合成された。これらの結果は、所望の生合成遺伝子を発現する出芽酵母細胞を用いた本発明の微生物系が、多様なイソキノリンアルカロイド、例えば、ビスベンジルイソキノリン、ベンゾフェナントリジン、プロトベルベリン、およびモルフィナンアルカロイドの合成に非常に有用である可能性を示唆する。
【0141】
微生物系におけるベンジルイソキノリンアルカロイド経路の再構成に成功したことにより、微生物細胞が植物アルカロイドを生産する能力を付与されうるという新規な分野が開ける。本発明の系は、ノルラウダノソリンに加えて様々なイソキノリンアルカロイド骨格を、基質としてその他のアミンとアルデヒドとを組み合わせることにより提供しうる。本発明の系の広範な適用により、抗癌薬、抗糖尿病薬、および抗マラリア薬などの化学療法薬のためのより進化したツールを開発するための多様な化学物質ライブラリーを必要とする医薬産業において、微生物系のさらなる進展をもたらしうる。微生物、植物およびその他の生物源を用いる生物工学は、広範な植物由来代謝産物、特にイソキノリンアルカロイドを製造する新規な基礎的ツールである。
【0142】
化学物質
(S)-レチクリンはDr. P.J. Facchini (the University of Calgary)から譲り受けた。マグノフロリンはDr. R. Nishida (Kyoto University)から譲り受けた。(R,S)-レチクリン、(R,S)-ノルレチクリン、(R,S)-3’-ヒドロキシコクラウリン、および(R,S)-スコウレリンはMitsui Chemicals、Inc.、Japanから譲り受けた。(R,S)-3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリンは以前に記載されているようにして調製した(Cui W, et al. (2006) Potential cancer chemopreventive activity of simple isoquinolines, 1-benzylisoquinolines, and protoberberines. Phytochemistry 67: 70-79)。(R,S)-ノルラウダノソリン は Acros Organics から購入した。ドーパミン は Sigma-Aldrich から購入した。
【0143】
実施例1
大腸菌でのレチクリン合成
イソキノリンアルカロイドの中間産物であるレチクリンは、ドーパミンと4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドとの重合反応後、3段階のメチル化と1段階のヒドロキシル化を経て生合成されることが知られている(図1a)。本発明者は、4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドのかわりに3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドを用いることで、ヒドロキシル化のステップを省略できることを見いだしている。さらに微生物 (Micrococcus luteus) 由来のモノアミンオキシダーゼ (MAO) を用いることで、ドーパミンから3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドを合成できる。すなわち、ドーパミンのみからの効率的なレチクリン合成が可能である(図1b)。
【0144】
レチクリン生合成遺伝子を含む発現ベクター pKK223-3 および pACYC184 の構築
レチクリン合成に関与する酵素、MAO、ノルコクラウリンシンターゼ (NCS)、ノルコクラウリン 6-O-メチルトランスフェラーゼ (6OMT)、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ (CNMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ (4’OMT) に対して、各上流に tac プロモーター もしくは T7 プロモーターを付加し、2種類の発現ベクターに組み込んだ (図2)。このプラスミドで 大腸菌 BL21 (DE3) を形質転換し、発現株を構築した。詳細を以下に示す。
【0145】
1)レチクリン生合成遺伝子 (MAO、NCS) を含む発現ベクター pKK223-3 の構築(図2左)
Micrococcus luteus MAO 遺伝子を含む発現ベクター pKK223-3 の構築
全長 M. luteus MAO cDNA の PCR 増幅を行い、MAO 用大腸菌発現ベクターを pKK223-3 中に構築した。PCR には以下のオリゴヌクレオチドを用いた:
フォワードプライマー、5’TTGAATTCATGAGCAACCCGCATGTCGTG3’(配列番号9) (これには ATG 開始コドンの前に EcoRI 制限部位を含めた (下線));
リバースプライマー、5’CTAAGCTTCAGGCGCGGATGTCCCGGAG3’ (配列番号10)(これは cDNA の 3’ 末端と相補的であり、TGA 停止コドンの後ろに、HindIII 制限部位を含めた (下線))。
PCR を以下の条件で行った: 最初の変性工程、2 分、94℃; 15 秒、94℃の変性、30 秒、50℃のアニーリング、90 秒、68℃の DNA 伸長からなるサイクルを 30 サイクル、そして最後の 68℃、5 分の伸長、これには KOD-plus DNA ポリメラーゼ (東洋紡) を用いた。PCR 断片を EcoRI および HindIII 制限酵素で切断した pKK223-3 ベクター (Pharmacia) にサブクローニングした。M. luteus MAO cDNA 断片を pKK223-3 中 tac ポリメラーゼプロモーターの制御下においた。DNA インサートの両鎖を配列決定し、PCR 増幅中に突然変異が導入されていないことを確認した。
【0146】
Micrococcus luteus MAO 遺伝子とオウレン NCS 遺伝子を含む発現ベクター pKK223-3 の構築
オウレン NCS 遺伝子を含む発現ベクター pET41a (Minami, H. et al. Journal of Biological Chemistry, 282, 6274-6282 (2007))をDNAの鋳型としてPCRを行った。PCRには以下のオリゴヌクレオチドを用いた:
NCS用オリゴヌクレオチド
フォワードプライマー、5’-ACTCGCGATCCCGCGAAATTAATACG-3’(配列番号11) (これにはT7ポリメラーゼプロモーターの前に NruI 制限部位を含めた (下線));
リバースプライマー、5’-CAGGATCCAGCAAAAAACCCCTCAAGAC-3’ (配列番号12)(これは cDNA の 3’ 末端と相補的であり、T7ターミネーターの後ろに、BamHI 制限部位を含めた (下線))。
PCR断片を、NruI および BamHI 制限酵素で切断した M. luteus MAO 遺伝子を含む発現ベクター pKK223-3 にサブクローニングした。
【0147】
2) レチクリン生合成遺伝子 (6OMT, CNMT, 4’OMT) を含む発現ベクター pACYC184 の構築(図2右)
全長オウレン6OMT、CNMT、4’OMT cDNA の大腸菌発現ベクターの構築は、上記 M. luteus MAO 遺伝子を含む発現ベクター pKK223-3 の構築と同様にして行った。オウレン 6OMT、CNMT、4’OMT 遺伝子を含む発現ベクター pET21d (Morishige, T. et al. Journal of Biological Chemistry, 275, 23398-23405 (2000), Choi, K.B. et al. Journal of Biological Chemistry, 277, 830-835 (2002)) を DNA の鋳型として PCR を行った。PCR には以下のオリゴヌクレオチドを用いた:
6OMT 用オリゴヌクレオチド
フォワードプライマー、5’AGGTACCGATCCCGCGAAATTAATACG3’ (配列番号13)(これには T7 ポリメラーゼプロモーターの前に KpnI 制限部位を含めた (下線));
リバースプライマー、5’CAGATCTAATATGGATAAGCCTCAATCAC3’ (配列番号14)(これは cDNA の 3’末端と相補的であり、TAG 停止コドンを含む、BglII 制限部位を含めた (下線))。
4’OMT 用オリゴヌクレオチド
フォワードプライマー、5’CAGATCTGATCCCGCGAAATTAATACG3’ (配列番号15)(これには T7 ポリメラーゼプロモーターの前に BglII 制限部位を含めた (下線));
リバースプライマー、5’TGGATCCTATGGAAAAACCTCAATGACTG3’ (配列番号16)(これは cDNA の 3’ 末端と相補的であり、TAG 停止コドンを含む、BamHI 制限部位を含めた (下線))。
CNMT 用オリゴヌクレオチド
フォワードプライマー、5’ TGGATCCGATCCCGCGAAATTAATACG3’ (配列番号17)(これには T7 ポリメラーゼプロモーターの前に BamHI 制限部位を含めた (下線));
リバースプライマー、5’ ACCTGCAGGCAGCAAAAAACCCCTCAAGAC 3’ (配列番号18)(これは cDNA の 3’ 末端と相補的であり、T7 ターミネーターの後ろに、PstI 制限部位を含めた (下線))。
3つの遺伝子の PCR 断片を KpnI および PstI 制限酵素で切断した pUC18 ベクターにサブクローニングした。この 3つの遺伝子を含む発現ベクター pUC18 より、PvuII-PvuII 断片を、EcoRV および NruI 制限酵素で切断した pACYC184 ベクターにサブクローニングした。
【0148】
大腸菌における組換えレチクリン生合成遺伝子の発現
レチクリン生合成遺伝子発現プラスミド (pKK223-3 および pACYC184) を大腸菌 BL21 (DE3) に導入した。これら組換え大腸菌細胞を 100 μg/ml のアンピシリンと 50 μg/ml のクロラムフェニコールを含む LB 培地 100 ml 中で 37℃で 80 rpm にて培養した。IPTG (イソプロピル-β-D-チオガラクトシド) を大腸菌の OD600 が 0.5 となった時点で終濃度 1 mM となるように添加した。細胞をさらに 24 時間 20℃で培養した。
細胞を 8,000 rpm、5 分、4℃の遠心分離によって回収した。ペレットを 3 ml の抽出バッファー (50 mM Tris-HCl (pH7.5)、10%グリセロール、5 mM 2-メルカプトエタノール) に再懸濁し、Sonic (Vibra-cell VC-130, Sonics&Materials Inc.) で超音波処理した (出力設定 15 で60 秒×3 回)。粗抽出物を 10,000 xg で5 分遠心分離し、細胞フリーの上清を得た。上清を酵素抽出液としてインビトロレチクリン合成に用いた。
【0149】
実施例2
インビボレチクリン生合成
大腸菌体内(インビボ)でのレチクリン生合成は、以下の点を除いては、上記大腸菌における組換えレチクリン生合成遺伝子の発現実験と同様にして行った。
IPTG 添加時に、終濃度 2 mM となるようにドーパミンを添加した。細胞をさらに 20 時間 25℃で培養した。培養液を 10,000 xg で5 分遠心分離し、菌体を除いた。遠心上清に等量のメタノールを加え、培地中のタンパク質を除去した。培地中のレチクリンを LC-MS (API 3200TM with AgilentTm HPLC system, Applied Biosystems Japan Ltd) にて測定した。
【0150】
結果
インビボレチクリン生合成
培地中のレチクリンを測定した結果、レチクリン生合成遺伝子発現株により、(R,S)-レチクリンが生合成された (図3)。収量は、2.0 mg/L であった。添加するドーパミン濃度を 5 mM まで上げることで、(R,S)-レチクリンの収量は 11 mg/L まで増加した。
【0151】
実施例3
インビトロレチクリン合成
インビトロでのレチクリン合成を行い、LC-MS で測定した。100 μl の標準酵素反応混合物は以下からなるものであった: 100 mM トリスバッファー、pH 7.5、1 mM のSAM (S-アデノシルメチオニン)、70 μl の酵素抽出液および 2 mM の ドーパミン。
反応混合物を 60 分、37℃でインキュベートした。反応を等量のメタノールの添加により停止させた。タンパク質が沈降した後、反応生成物を LC-MS を用いて定性、定量した。
【0152】
LC-MS によるレチクリン測定
サンプルを ODS-80Ts (Tosoh) に注入し、カラム温度 40℃、流速 0.7 ml/分で溶出した。移動相は 40% アセトニトリル+0.1% 酢酸であった。MS は ESI、ポジティブモードで、ドーパミンからレチクリンまでの全ての生成物(m/z=153, 154, 288, 302, 316, 330) を測定した。レチクリンの定量は、m/z=330のピーク面積の測定により行った。検量線を用いてピーク面積をレチクリン量に変換した。
【0153】
レチクリンの光学分割には、SUMICHIRAL-CBH カラム (Sumika Chemical Analysis Service) を用い、カラム温度 25℃、流速 0.4 ml/分で溶出した。移動相は 0.1%酢酸-アセトニトリル (95:5[Vol/Vol], pH 7.0) であった。
【0154】
結果
インビトロレチクリン合成
酵素抽出液(インビトロ)により、2 mM ドーパミンから (S)-レチクリンが 22 mg/L 合成された。反応は完全に進行し、中間産物は見られなかった (図4)。ドーパミン濃度を 5 mM まで上げることで、合成された (S)-レチクリン量は、55 mg/L まで増加した。
【0155】
本発明者は、ベンジルイソキノリンアルカロイド経路が微生物システムにて構築されたこと、および大腸菌細胞が植物アルカロイドを産生する能力を獲得したことを示す。本発明者のシステムにおいて、中間体生成物であるレチクリンを、大腸菌中でドーパミンのみから産生することに成功した。
【0156】
実施例4
3'-ヒドロキシノルコクラウリン(ノルラウダノソリン)からレチクリンまでのベンジルイソキノリンアルカロイド経路におけるその他の中間体の生合成を、様々な組合せのメチルトランスフェラーゼ酵素の生合成遺伝子(6OMT、CNMTおよび4’OMT)を発現するトランスジェニック大腸菌細胞を用いて調べた。結果を図5に示す。LC-MS分析により明らかに、(S)-レチクリンまでの4種のベンジルイソキノリン中間体が本発明者らのインビトロ方法を用いて主要生成物として合成されることが示された。インビボでの有効な生物変換も6OMTを導入していない組換え大腸菌と比較してMAO、NCSおよび6OMTを導入した組換え大腸菌では培地が明色になることにより示された(6OMTを導入していない組換え大腸菌では培地は黒くなった)。これらの結果は、CNMTまたは4’OMT反応が、ベンジルイソキノリンアルカロイド生合成において重要な役割を果たしている6OMT反応なしでは進行しないことを明らかに示す。これらの結果はオウレン細胞において6OMTが律速段階の酵素であることが示されたことおよび4’OMTの活性がN-メチル化により制御されていることと一致している。
【0157】
実施例5
マグノフロリン/スコウレリン生産のための発現ベクターの構築およびその出芽酵母における発現
P450 および酵母 NADPH-P450 レダクターゼのための共発現ベクター pGYRはDr. Y. Yabusaki、Sumitomo Cemicals Co.、Ltd.から譲り受けた。このベクターはグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ プロモーターおよびターミネーターを含むものであった (Sakaki T, Akiyoshi-Shibata M, Yabusaki Y, Ohkawa H (1992) Organella-targeted expression of rat liver cytochrome P450c27 in yeast. J Biol Chem 267: 16497-16502)。pGYRのクローニング部位をさらに改変してSpeI 部位を含むようにしてpGYR-SpeIを構築した。全長 CYP80G2 cDNAを、オウレン培養細胞の1.3 μgのトータルRNAからオリゴ (dT) プライマーおよび SuperScript III RNase H-逆転写酵素 (Invitrogen)を用いて合成した一本鎖 cDNAを用いたPCRにより増幅し、pGYR-SpeI のSpeI 部位 にライゲーションして酵母発現ベクター、pGS-CYP80G2 を作成した(Ikezawa et al.Molecular cloning and characterization of CYP80G2, a cytochrome P450 which catalyzes an intramolecular C-C phenol coupling of (S)-reticuline in magnoflorine biosynthesis, from cultured Coptis japonica cells. J Biol Chem,in press, 2008)。CNMTの発現ベクターは以下に記載するように構築した。全長 CNMT cDNAをKpnI-CNMT-Fプライマー(5’-TATGGTACCATGGCTGTGGAAGCAAAGCAA-3’(配列番号19)) および CNMT-SalI-R プライマー(5’-CCAGTCGACTCATTTTTTCTTGAACAGAAC-3’(配列番号20))を用いてPCRにより増幅した。CNMT 遺伝子のPCR産物をpAUR123 ベクター (Takara Shuzo Co.)の KpnIおよび SalI 部位にライゲーションし、酵母発現ベクター、pAUR123-CNMTを作成した。BBEの発現ベクターを構築するために、全長 BBE cDNAを CYP80G2について行ったのと同様にしてPCRにより増幅し、pYES2 ベクター (Invitrogen)のHindIII および EcoRI 部位にライゲーションし、酵母発現ベクター、pYES2-BBEを作成した(Ikezawa et al.、データ未公表)。pYES2-BBEの作成用プライマーとしては、HindIII-BBE-Fプライマー(5’-ATAAAGCTTATTATGCGAGCAACGCATACAATTATCTC-3’(配列番号21))および、BBE-EcoRI-Rプライマー(5’-TGAATTCTTTAGATAACAATATTTCCTCTACATCCAACACC-3’(配列番号22))を用いた。
【0158】
マグノフロリンまたはスコウレリンのインビボ生産のために、それぞれLiCl法 (Ito H, Fukuda Y, Murata K, Kimura A (1983) Transformation of intact yeast cells treated with alkali cations. J Bacteriol 153: 163-168)により、CYP80G2 およびCNMTの発現プラスミドを酵母株 AH22に導入し (Oeda K, Sakaki T, Ohkawa H (1985) Expression of rat liver cytochrome P-450MC cDNA in Saccharomyces cerevisiae. DNA 4: 203-210)、BBEの発現プラスミドをBJ5627に導入した。これらの組換え酵母細胞をSD 培地で 28℃、180 rpmで、文献に記載されているようにして培養した(Ikezawa N, et al. (2003) Molecular cloning and characterization of CYP719, a methylenedioxy bridge-forming enzyme that belongs to a novel P450 family, from cultured Coptis japonica cells. J Biol Chem 278: 38557-38565)。
【0159】
微生物におけるマグノフロリンまたはスコウレリン生産
マグノフロリンのインビボ生産のために、大腸菌細胞を25℃で12時間、5 mM ドーパミンを含むLB 培地でIPTG 誘導をかけてインキュベートし、CYP80G2およびCNMTを発現する出芽酵母細胞を28℃で20 時間SD 培地でインキュベートした。出芽酵母細胞および2 % グルコースを大腸菌培地に添加し、28℃でのインキュベーションをさらに72時間行った。スコウレリン生産のために、BBEを発現する出芽酵母細胞および2 % ガラクトースを大腸菌培地に添加し、28℃でのインキュベーションをさらに48時間マグノフロリン生産の場合と同様にして行った。培地を回収し、等容量のメタノールによるタンパク質沈降後の上清を用いてマグノフロリン/スコウレリン生産をLC-MSにより測定した。
【0160】
生成物のLC-MS 分析
ベンジルイソキノリンアルカロイド生産をLC-MS (API 3200TM、Applied Biosystems Japan Ltd.) により、AgilentTm HPLC システム: カラム、ODS-80Ts (4.6×250 mm; Tosoh Inc.)を用いて測定した; 溶媒系、0.1% 酢酸を含有する20% アセトニトリル; 流速、0.5 ml/分、40℃。生成物を標準化学物質との共溶出、およびLC-MS/MSにおいて断片化スペクトルについての標準化学物質との比較 (図8) により同定した。
【0161】
(R)および(S)形態のレチクリンを識別するためには、LC-MS によりキラルカラム(SUMICHIRAL-CBH、4.0×100 mm; Sumika Chemical Analysis Service)を用いた。溶媒系はNH4OHでpH 7.0に調整した0.1% 酢酸を含有する5% アセトニトリル; 流速、0.4 ml/分、25℃。
【産業上の利用可能性】
【0162】
微生物酵素遺伝子と植物由来遺伝子とを組み合わせる代謝工学は、医薬産業に微生物系のさらなる進歩を提供する。本発明により、抗マラリア薬および抗癌薬を製造する新しい機会が開発される。というのは、チロシンからレチクリンへのベンジルイソキノリンアルカロイド生合成における初期の工程は多くのイソキノリンアルカロイドの生合成に共通しており、レチクリンはすべてのベンジルイソキノリンアルカロイドの普遍的な前駆体であるからである。
【0163】
本発明者の微生物を用いた系により、新規または有用な目的のさらなる中間体の産生が可能となった。(S)-レチクリンは、BBE およびP450-依存性オキシダーゼにより、ベンゾフェナントリジンアルカロイド、例えば、サンギナリンおよびチェレリスリンに、またはCNMTおよびコリツベリンシンターゼにより、アポルフィンアルカロイド、例えば、マグノフロリンおよびイソボルジンに変換する(CYP80G2; Ikezawa et al. Molecular cloning and characterization of CYP80G2, a cytochrome P450 which catalyzes an intramolecular C-C phenol coupling of (S)-reticuline in magnoflorine biosynthesis, from cultured Coptis japonica cells. J Biol Chem,in press, 2008)。このシステムは広範なベンジルイソキノリンアルカロイドの製造のための微生物系の基礎として役立ちうる。
【図面の簡単な説明】
【0164】
【図1】図1は、(a)において公知の植物におけるレチクリン合成経路、(b)において本発明によるレチクリン合成経路を示す。
【図2】図2は、レチクリン合成に関与する遺伝子を含むコンストラクトを示す。
【図3】図3は、大腸菌におけるレチクリン産生のLC-MS 分析を示す。
【図4】図4は、インビトロレチクリン合成のLC-MS 分析を示す。
【図5】図5は、3'ヒドロキシノルコクラウリンからレチクリンまでの中間生成物の合成について、酵素の組合せにより生じた生成物を示す。
【図6】図6は、微生物において再構成したベンジルイソキノリンアルカロイド生合成経路を示す。略語は以下の通り: MAO、モノアミンオキシダーゼ; NCS、ノルコクラウリンシンターゼ; 6OMT、ノルコクラウリン 6-O-メチルトランスフェラーゼ; CNMT、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ; 4’OMT、3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ; CYP80G2、コリツベリンシンターゼ; BBE、ベルベリン架橋酵素。
【図7】図7は、微生物の混合培養にて生産したマグノフロリン (A)またはスコウレリン (B)のLC-MS 分析を示す。SIM パラメーター: m/z = 153 (3,4-DHPAA)、154 (ドーパミン)、288 (ノルラウダノソリン)、302 (3’-ヒドロキシコクラウリン)、316 (3’-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン)、328 (コリツベリン または スコウレリン)、330 (レチクリン)、342 (マグノフロリンまたは N-メチルスコウレリン)。挿入図は微生物におけるマグノフロリンまたはスコウレリン/N-メチルスコウレリン生産のタイムコースを示す。レチクリンを生産した大腸菌培養液に、CYP80G2-CNMT (A) または BBE (B)を発現する出芽酵母を混合し、共培養した。培養液から様々な間隔でサンプルを取り、生産レベルを定量した。N-メチルスコウレリン生産量はスコウレリンを標準として用いて計算した。エラーバーは3連の実験の標準偏差を示す。
【図8】図8は、マグノフロリン (A)、図7Aにおける反応生成物 (B)、スコウレリン (C)、および図7Bにおける反応生成物 (D)についてのCID 質量分析を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドーパミンを基質とし、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼおよび3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼを作用させることを含む、レチクリンを生産する工程、および、
得られたレチクリンを出発物質とし、イソキノリンアルカロイド生合成酵素を作用させる工程を含む、イソキノリンアルカロイドの製造方法。
【請求項2】
イソキノリンアルカロイド生合成酵素が、コリツベリンシンターゼ(CYP80G2)およびコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼであり、
レチクリンにコリツベリンシンターゼを作用させてコリツベリンを得る工程、および、
コリツベリンにコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼを作用させてマグノフロリンを得る工程、
を含む、請求項1に記載のイソキノリンアルカロイドの製造方法。
【請求項3】
イソキノリンアルカロイド生合成酵素が、ベルベリン架橋酵素であり、
レチクリンにベルベリン架橋酵素を作用させてスコウレリンを得る工程、
を含む、請求項1に記載のイソキノリンアルカロイドの製造方法。
【請求項4】
モノアミンオキシダーゼが微生物由来であり、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ、3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼおよびイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、イソキノリンアルカロイド生産性植物由来のものである、請求項1から3いずれかに記載の方法。
【請求項5】
第一のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼおよび3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子が導入されてなる、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼおよび3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼを発現する第一の組換え宿主細胞を提供する工程、
第二のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を導入して、レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を発現する第二の組換え宿主細胞を提供する工程、
ドーパミンの存在下に、該第一の組換え宿主細胞および第二の組換え宿主細胞を培養する工程、
を含む、イソキノリンアルカロイドを生産する方法。
【請求項6】
レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、コリツベリンシンターゼ(CYP80G2)およびコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼであり、得られるイソキノリンアルカロイドがマグノフロリンである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、ベルベリン架橋酵素であり、得られるイソキノリンアルカロイドがスコウレリンである請求項5に記載の方法。
【請求項8】
イソキノリンアルカロイド非生産性細胞が、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞および哺乳類細胞からなる群から選択される、請求項5〜7いずれかに記載の方法。
【請求項9】
第一のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞が大腸菌であり、第二のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞が酵母である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
第一の組換え宿主細胞と第二の組換え宿主細胞とを共培養する、請求項5〜9いずれかに記載の方法。
【請求項11】
第一の組換え宿主細胞を培養してレチクリンを得る工程、
得られたレチクリンの存在下に第二の組換え宿主細胞を培養する工程、
を含む、請求項5〜9いずれかに記載の方法。
【請求項12】
一種のイソキノリンアルカロイド非生産性細胞に、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ、3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子が導入されてなる、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ、3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を発現する組換え宿主細胞を提供する工程、
ドーパミンの存在下に、該組換え宿主細胞を培養する工程、
を含む、イソキノリンアルカロイドを生産する方法。
【請求項13】
レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、コリツベリンシンターゼ(CYP80G2)およびコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼであり、得られるイソキノリンアルカロイドがマグノフロリンである請求項12に記載の方法。
【請求項14】
レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、ベルベリン架橋酵素であり、得られるイソキノリンアルカロイドがスコウレリンである請求項12に記載の方法。
【請求項15】
イソキノリンアルカロイド非生産性細胞が、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞および哺乳類細胞からなる群から選択される、請求項12〜14いずれかに記載の方法。
【請求項16】
各々が、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリンシンターゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ、3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素からなる群から選択される1以上の酵素を発現する1種以上の細胞からなり、全細胞を合わせると、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリンシンターゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ、3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素のすべてを発現する1種以上の細胞を提供する工程、
ただし、該1種以上の細胞を構成する細胞のうち少なくとも1種は、イソキノリンアルカロイド非生産性細胞である、
該1種以上の細胞から、モノアミンオキシダーゼ、ノルコクラウリンシンターゼ、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ、3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼおよびレチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素を含む酵素抽出液を得る工程、
該酵素抽出液とドーパミンとの混合液を用いてイソキノリンアルカロイドを産生させる工程、
を含む、ドーパミンからイソキノリンアルカロイドをインビトロで生産する方法。
【請求項17】
該酵素抽出液とドーパミンとの混合液に、S-アデノシルメチオニンを添加することをさらに含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
該イソキノリンアルカロイド非生産性細胞が、大腸菌、酵母、枯草菌、糸状菌、昆虫細胞、哺乳類細胞およびイソキノリンアルカロイド非生産性植物細胞からなる群から選択される、請求項16または17に記載の方法。
【請求項19】
レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、コリツベリンシンターゼ(CYP80G2)およびコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼであり、得られるイソキノリンアルカロイドがマグノフロリンである請求項16〜18いずれかに記載の方法。
【請求項20】
レチクリンを出発物質として作用するイソキノリンアルカロイド生合成酵素が、ベルベリン架橋酵素であり、得られるイソキノリンアルカロイドがスコウレリンである請求項16〜18いずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−225669(P2009−225669A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−71366(P2008−71366)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【出願人】(591040236)石川県 (70)
【Fターム(参考)】